第23話

『ブルーとタイガの誕生日』

(挿絵:ガーネット隊員)

タイガはその日前々から準備をしていた計画に乗り出そうとしていた。
ふと机の上に目をやると鉛筆や消しゴムのかけすぎでボロボロになった画用紙が今までの苦労を物語っている。

「今日こそ……みんなとデートできますように」

ベッドの中でこっそり彼はお祈りをする。
ちらっとカレンダーを見ると今日の日付は5月5日となっていた。

5月5日。日本では『こどもの日』とか『端午の節句』などと言われているのは承知の通り。
そう、基本的に5月5日はそういう日なのだが、今日もう一つのイベントがあったのだ。

それは……。

「タイガ様。お誕生日おめでとうございます」

そう、5月5日といえば、タイガが誕生した日。彼の誕生日……。

「オウ!ありがとな!オオカミ!これでオレも……えーと……」
「1歳です」
「い、1歳・・・?」
「ええ、肉体年齢は15歳くらいですがね。生まれてからはまだ1年ですので」
「あーもう年齢のことはもういい!」

タイガは1歳という赤ん坊っぽい響きが嫌になり、無理やり話を終わらせる。

「それより、例のものを準備しろ!」
「あ、はいはい。少々お待ちを……」

タイガの誕生日ということで、彼は以前からいろいろとオオカミに注文をつけていた。
それに、初めての誕生日に付け込んで女子にいろいろ優しくしてもらおうと目論んでいるのだ。
蝶ネクタイも新品を用意して、毛並みの手入れも準備万端。それもこれも、過大妄想を彼が信じているからだ。

「どうだ……?……へ、変じゃないか?」

オオカミたちの前で後ろを向いたりしてしっかり確認をしてもらう。
初めての誕生日、粗相があってはいけない。オオカミも後で何かされてはかなわないと一生懸命確認する。

「……完璧です」
「そ、そうか……」

オオカミからOKを貰うと早速タイガはOFFレン本部へと走り出す。
第一声は何を言われるだろうか?オーソドックスに「おめでとう」だろうか?
それとも、この際に告白でもされるかもしれない、いや、ひょっとしたら誕生日プレゼントは女子隊員自身かも!

……などと、本部に近づくたび、彼の期待は大きくなる。

挿絵








そして、もう1人、この日を心待ちにしていた人物がいた。

「あぁ……やっとこの日が……俺が主役になれる日が今日……」

そう、今日はタイガだけの誕生日ではない。青い青年「ブルー」の誕生日でもあるのだ。
最近、なんだか控えめになっている様な自分が目立つ日。

「や、やっぱり、胃薬持っていったほうが良いかな……ご馳走だらけだとどうしよう……」

普通、子供の資金じゃありえない話だが、5月5日というこの日がそんな彼を見境のない妄想に駆り立てるのだった。

「みんなはロビーにいるみたいっすね……。それじゃ行くか……!」







5月5日、OFFレン本部のロビー・・・の、ドアノブを同時に握り締めた人物が2人。

「!」

青と黄色の毛色が同時に重なった瞬間。両者は同じ境遇だと悟り始めた。
そう、お互いがお互いの誕生日であるのだと知らなかったのだ。

「(タイガ……ま、まさか俺のこの日を……)」
「(ブルー……なんとしてもこいつより女子に優しくされなければ……)」

沈黙が続いているが気まずくなった為か、こっちの心境を読まれないようにするためかタイガは苦笑いをした。

「やぁ。ブルー。お前もオレの誕生日を祝ってくれるのか?」
「さぁ~どうだろうねー。今日は『俺の』誕生日でもあるし」
「それは初耳だな。なんたって『オレの』誕生日だとずーっと思ってたからな」
「今日は俺の誕生日だぞ!」
「いいや!オレだ!」
「俺だ!」
「オレだ!」
「……まぁどっちの誕生日でも良いじゃないか。用は向こうがどっちを盛大に祝ってくれるかだ」

このままはらちがあかないと思ったのかブルーが紳士的な態度でタイガをたしなめた。

「そ、そうだな……。じゃぁ、ロビーに入るぞ」
「待て、俺から入る」
「いいや、オレが先にはいる」
「じゃぁ一緒に入ろう」
「あ、あぁ……いいぜ!1、2の3だぞ」
「1,2の……3っ!」










扉を開けるとお腹の空く様な匂いが部屋中に充満していた。
この匂いは間違いなく食べ物の匂い。白いテーブルクロスの上には綺麗な花がたくさん飾られている。
花輪もチラホラ見えるのは気のせいだろうか……。

「あ、いらっしゃい。ブルー。……タイガもいるんですね」
「ぐ、グリーン……ここまで俺を盛大に……感動っす~……やっぱり暖かいなぁOFFレンは」
「オレをここまで祝ってくれるなんて……女子達も粋な事をしてくれるぜ……グス……」
「……?なんで、お2人をお祝いしないといけないんですか?」
「え!?

よくよく部屋の中を見てみると天井から吊り下げられた垂れ幕に『OFFレンメルマガ1周年記念』の文字が書かれていた。

「お、おふれんめるまが……」
「はい。1年前の5月5日からメルマガがスタートしたんです!ですので、今日はメルマガの誕生日なんですね」
「あ、あぁ……メルマガの……誕生日ね」
「それと、端午の節句をみんなで祝おうかと。柏餅もいっぱいありますよ♪」
「かしわもち……」

グリーンは愛想良く柏餅を差し出した。お皿の上にでんと乗った2つの柏餅。
後ろを覗いてもケーキらしき物は一つも見当たらない……。

「ブルー?タイガ?食べないんですか?今日は5月5日ですよ」
「5月5日だから食べないんだ……」

ブルーが震える声で呟いた。グリーンは不思議そうにブルーの顔を覗き込む。

「どうされました?柏餅はお嫌いで?あ、カツオもありますよ。あとショウブ風呂もシャワー室のほうに」
「かつお……しょうぶぶろ……」
「えぇ。だって今日はなんてったって5月5日ですから」

ブルーは我慢が出来なくなった。そりゃぁ最近なかなか活躍はしていない物の立派な隊員だし
名前だけのような気がするが副隊長だ。オマケにこの前だってブラックとホワイトの誕生日も盛大にやったのに……やったのに……。

「お、OFFレンなんて大嫌いだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!わぁぁぁぁぁーーー!!」

挿絵

そばにいたタイガの腕を掴んでブルーは泣きながら本部を出て行った。
一方タイガのほうは女子隊員が1人もいないことがショックで廃人寸前になっていた。



















夕日が良く似合う土手。しかし今はまだ正午にもなっておらず。
男2人が寂しく土手に座って家々のこいのぼりを眺めていた。

「5月5日になんて生まれるんじゃなかったかなぁ……」
「あぁ~!ピンクちゃん!ホワイトちゃん!ピーターちゃん!パープルちゃんにイエローちゃん!」
「はぁ……なんで俺の誕生日を忘れるかなぁ……」
「みんないなかった……オレの誕生日なのに……オレの……オレのぉぉ!!」
「タイガはいいな。それだけしか考えてないんだから……はぁ」
「何?それは聞き捨てなら無いぞ。それじゃまるでオレが女の子の事しか考えて無いみたいじゃないか」
「……」

なんだかこうしている自分が馬鹿らしくなってブルーは出かかったタイガに対する反論を押さえ込んだ。
そうだ。こうしていると余計みじめな気分になるのだ……。彼らの後ろでは、鯉のぼりが優雅に空を泳いでいた。











「それではお祝いしましょう♪」

ブルーを除く全員が集合すると早速各自にクラッカーが手渡された。
テーブルの上の柏餅の葉っぱがゆっくり剥がれて来ているのを見て急いで皆はクラッカーの紐を掴む。

「あれ?ブルーがいないようですけど」

ホワイトがブルーの姿がないことに気づく。こういう場が好きなブルーがいないのはとても珍しい。

「泣きながら出て行きました。なんでも私達が嫌いになったようですよ」
「隊長何か言ったんじゃないですか?せっかく今日はブルーの誕生日なのに」
「……えっ!?」

グリーンのクラッカーがただ一つ鳴らされた、普段なら勢い良く飛ぶ紙テープが筒の中から垂れ下がっていた。

「グリーン……まさか……」
「い、いやですねぇ……。よりにもよって隊員の誕生日を忘れるわけ無いじゃないですか!えぇ!覚えててモチのロンロンです♪」
「じゃぁ、なんでブルー泣いてたんだろぉ」
「さ、さぁ……何故でしょうねぇ……不可思議な人ですからブルーは。メルマガ1周年しか覚えてなかったなんてことは無いですよ。断じて!ハイハイ……」
「1週間前にブルーの誕生日企画してたじゃないですか~」
「そ、そうでしたっけねぇ……私……なんだか記憶が……」
「探してこよっか?ケーキ作っちゃったし」
「だ、大丈夫ですよ。待ってれば来ますって! ブルーには我が家かここしかないんですから」

グリーンだけが焦っている様子を見て、一同はすでに大体話の大筋が読めていた。

「(こ、これはまた厄介な事になりましたね……)」

「と、とりあえずブルーのお祝いはサプライズパーティーにしましょう。ホラ暗い部屋で電気がついてクラッカー!定番ですよね!?よね!?」








夕暮れ、買い物帰りらしき親子。
子供の方は母親の前をチョロチョロとおぼつかない足取りで歩いていた子供はふと母親のスカートのすそを掴んで母親の顔を覗き込んだ。

「ねぇーママ~今日は何の日だ?何の日だ~?」
「さぁ~なんだろうねー」
「わかんない?わかんない?あのね。今日は……」


「俺の誕生日だぁぁぁぁぁ!!!!わぁぁぁーーーー!!!」

挿絵

土手の下から聞こえた叫び声を聞いて母親は子供を抱えて足早に去っていった。叫び声の発生源は土手の下でうずくまっているブルーだった。
タイガはすっかり辛かった過去を忘れて川に向かって石を投げている。

「くすんくすん……。いいさいいさ。どうせどうせ……」

さっきから同じ事を呟きながらタイガを見つめる時間が長く続く。ブルー向こうも飽きずに石を投げ、呟いている。

「男はやっぱりパーティーなんて縁が無いんだよ」

周辺の石を全て投げつくしてしまったタイガが突然ブルーに話しかけてきた。
ブルーは「そうかなぁ……」とか細い声で応える。

「そうだそうだ。ましてやオレは悪役だぜ?正義の味方になんか……祝ってもらわなくたって」
「強がってるなぁ……タイガ」
「いいんだいいんだ。オレは。大きくなったら金の力で女子高生一杯援助交際してやるんだ!」
「援助交際ねぇ……」

ブルーはふと空を見上げた。赤々とした綺麗な空。おもわず目頭が熱くなってくる。

「(そうだ……俺もこの空の下で……ふぅ)」

なにやら感傷に浸っているブルーを尻目にタイガはその場を後にした。
いいかげんブルーに付き合ってられなくなったのと、お腹が空いたからだった。

「あ~ぁ。結局オレは一人ぼっちかぁ……オオカミに今更誕生日祝ってくれなんていえないしなぁ……ん?」

気が付くとタイガはふと、いつもの癖でOFFレンの本部に来てしまった。
このままアジトに帰るのも暇だし、ちょっと女子の1人でも引っ掛けてこようと思い立った。









「やっほ~。ホワイトちゃ~ん……ピンクちゃ~ん……?」

扉を開けると中は電気もつけていないのか真っ暗だった。

「みんな帰ったのかなぁ……しゅん……」

なんだか今頃になってタイガの目が潤んできた。なんだかんだいっても。やっぱり彼は辛かったのだった。

「お誕生日おめでとう~!」

部屋が急に明るくなった瞬間。クラッカーがパンパンとうるさくなりはじめた。

「あれ?……タイガだよ」
「無駄に使ったじゃないですか……クラッカー代も馬鹿にならないんですよ!使い切りなんですから」

チラと机に目をやると中高生の小遣いでせいぜい買える程度のケーキが中央に置かれていた。ロウソクがちょうどタイガの歳と同じ16本……。

「……こ、これはもしかして……オレの誕生日のパーティなのか!?」

挿絵

タイガの顔はとても嬉しそうに見える。しかし実際ブルーに用意した物。一同の視線が隊長に集まる……。そう全ては隊長にゆだねられた。

「……タイガお誕生日おめでとうございます~」
「(えっ!?)」
「うわーうわーー!全部オレのだー!やったー!」

タイガは嬉しそうにテーブルの周りを走り回った。
その様子を見てまぁ、彼を祝ってやるのもたまには悪くはないなと他の隊員も賛同した。
ブルーが帰ってこなかったら全部だめになってただろうし。

「じゃぁ、ろうそく消してください」
「これか!?これを消すのか!?オレが消すのか!?」
「そうですよ……」

肺活量が良いのか、ひと吹きでロウソクの炎がいっぺんに消えた。
そうして、一同から巻き起こる拍手に、タイガは舞い上がる。

「わー!すげぇなー!ろうそくが消えたぞ!次は何だ!?ケーキ食べるのか!?」
「その前に分けましょう。13人分ですか……」
「私、タイガくんにあげる……」
「私も……」

どう見ても13人分に分けると立っていられるのか不安なこのケーキ。
そんなにおいしそうなものでもなかったがタイガの喜びようを見るとあげた方がいいと思った。

「ピーターちゃんにパープルちゃん!優しいなぁ……オレ……生きててよかった……グス」
「大げさだなぁ……」
「と、ところで、誕生日ってプレゼントくれるんだろ!?オレにくれたりする!?」
「あー。買い忘れたかも……」
「じゃ、じゃぁさ……今日だけ……今日だけさ……お願い聞いてもらってもいい?」

急にもじもじしてタイガはホワイトに耳打ちした。
ホワイトは一瞬嫌な顔をしたが、嫌らしくないもじもじ顔をしているタイガを見てしぶしぶうなづいた。

「じゃぁ、……目をつぶって」

言われたとおりにタイガは目をつぶるとピンクからマータを貸して貰うとそっと彼の口にくっつけた。

「いいよ。目を開けても」

ホランみたく顔を赤らめながらタイガはゆっくりと目を開けた。今彼は夢心地だ。

「お、オレ……当分口洗わない……」
「よかったね。タイガくん」
「うん」
「さ、残った料理が片付くまでもうちょい続けましょうか!パーティー!」

アットホームな雰囲気の中タイガは心の中でふと思った。

『あぁ……やっぱり誕生日っていいなぁ……』


















「くしゅん!」

すでに空の色は赤々とした色から漆黒に変わった。見ているだけで目頭が熱くなった夕日も今は黄色い月が闇夜を照らしている。
ほんのりあたたかかった草もすっかり夜風の冷たさで冷え切ってしまった
「はぁ……もうこんな時間か……」

ブルーは立ち上がってゆっくりと土手を登っていった。辺りにはマンションの照明が頼りで歩けるようになっている。
時折、民家に近づくとおいしそうな料理の匂いがする。

「……あ、流れ星」

挿絵

夜空を走る一筋の光。ブルーは思わず手を合わせ、ぽつりと呟いた。



「……バースデーケーキが……食べたいなぁ……」