第24話
『白虎帰る』
(挿絵:ホワイト隊員)
……朝早くグリーン隊長はトイレに篭っていた。
ここの所徹夜が続いたのか、それとも食べ合わせが悪かったのか。
彼は今もこの中で自分と戦い続けている。
そんな彼の闘いの場の扉を珍しげにOFFレンジャー隊員は見つめていた。
中からは闘いの合間に発せられるうめき声が響いている。
「緑色で食物繊維いっぱい取ってそうなのにね」
「もう2時間も戦い続けてるなんて……今地震がきたら凄い恥ずかしい死に方するよね」
「心労かな。ストレスから来る……下痢っていうか……なんというか」
下痢という言葉に一同は苦笑いを浮かべる。
つい、闘いの状況を思い浮かべてしまったからだったりする。
やせこけた青白い顔で一生懸命戦っているグリーンの姿を……。
「……と、とりあえず。隊長がピンチなんだから!垂れ幕でも用意する?」
場をなごませようとオレンジが引きつった笑顔で皆に問いかける。
こんな若い子に気を使わせるのだからOFFレンという団体はとても罪作り。
「垂れ幕か!いいね」
「なんて書きましょう?」
「……グリーン隊長。トイレから帰還おめでとう……ですか?」
シルバーの一言で再び場に沈黙が訪れた。
この沈黙の中で一同は垂れ幕の企画案が無言で流れて言ったことを悟った。
「うぅーん……紙!紙ありませんか……」
途端に中から助けを求める声が聞こえてくる。
もちろん助けてあげたいのだがここでまだ問題があるのだ。
……誰が中に入るか。
黄色と黒の危険を知らせる組み合わせの色で組み合わされたこの部屋の中で、
部屋の内装とまったく同じ少年が1人部屋の中央に座り込んでいた。
少年はじっとうつむいたまま、床にそっと置かれている小さな紙切れを眺めていた。
時折ペンを手に取り、振るえながらそれに近づけるものの首を小さく横に振って再び紙を眺め始めるという動作を、グリーン同様2時間続けていた。
「……どうするか……こ、これにサインしたらオレは……」
紙切れは実は、自己破産の申し立ての書類。
タイガ自身の道楽がたたって、ホランの残した大量の資金も見事、約3ヶ月で使い切ってしまった。
自己破産すれば、借金が帳消しになってしまうものの。最低限の家具以外は没収されてしまうし、
約7年、ローンもクレジットも使えなくなる、さらに自己破産による不利益の数々……。
「ホランだ!ホランのせいだ!あいつがあんなに金を置いていくから……あの偽虎のせいで……」
いくらいない者を責めても仕方の無い事なのはタイガ自身も良く解っていた。
しかし、どうしても他人のせいにして少しでも今の気分を晴らそうとしているのだ。
だんだん幻覚か目の前に憎きあいつが見えてき始めた。
「無様な物だな……タイガ」
幻覚は幻覚の中でもタイガを嘲笑する。『もういい。消えてくれ』と自分に言い聞かす物の幻覚は消えない
それどころか余計幻覚がはっきりと見えてくる。
「……何だ?オレがそんなに憎らしいのか?」
どうやらよくよく見ると幻覚じゃなく本当にあいつが目の前に立っていた。
何と言うタイミングだろう。とタイガは少し驚いた。
「ほ、本物……な、何しに来たんだ!?」
「……ん。ちょっとな。用事のついでに来ただけだ」
ホランはかけていたサングラスを頭の上に上げるとニヤリと笑ってパンパンと手を鳴らす。
「何でございましょうか?」
ホランより少し背の高い青年がカバンを持って現れた。
体つきは良い物の。表情からは幼さが垣間見える。
「カバンだけでいい。ありがとう……また後で♪」
「は、はい!」
「だ、誰だ!?そいつは!」
青年はタイガの問に答えることなく再び走り去っていった。
「……彼はオレの秘書だ」
「秘書!?秘書って普通……女じゃ」
「忘れたのか?オレは……男が好きだ。わかるな?」
「あ、あぁ……そうだったな。ホモだったなお前」
ホモと言う言葉にカチンと来たのかホランは黙りこんでしまった。
鈍感なタイガは全くそれに気づかない。
「……フン。まぁいい。こうしてキミの所にやってきた理由は何だかわかるか?」
「……オレを嘲笑う為だろ」
「そうだ」
「ちょっとは否定しろ……」
ホランは突然タイガに腕を差し出した。直接肌に色を塗っていたあの腕だ。
しかし、何故だかこの腕にはドーラン臭さが感じられない。
それより、何故腕を差し出したのかという事事態解らない。
「……何だ?噛み付けばいいのか?」
「いや……。そうじゃない。よく見てみろ」
「別に……塗ってるだけだろ」
「……フン。そうか。そうだろうな。今までのオレだったらそうかもな」
ホランは勝利の笑みを浮かべるとタイガをビシッと指差した。
「オレは、色素の異常で白い姿のままだったがそれを以前お前に見破られてしまった」
「あぁ、知ってる」
「オレは……お前に復讐する事をあの時誓った……。愛するグリーンの前でオレに恥を書かせたことを今まで一度も忘れてはいない」
「あぁ、まぁそうらしいな」
「そして完全な白虎になるために……オレは苦労を重ね!ついに完璧な白虎になったのだ!」
「別に変わって無いような気もするが……」
頭上のサングラス以外特に何も変わっていない。
なんだろう、今度は模様の高画質プリントでもしたのだろうか。
「……全部タトゥーだ」
「何!?入れ墨か!?」
「……そうだ。腕から始まり、足、顔、背中……すべての痛みも平気だった。オレの白虎に対するプライドに比べれば!」
そう言われれば確かにドーランの匂いもしないわけだ。
しかし、『完璧な白虎に』というのは入れ墨をしてもそうなるのかタイガの中で疑問として残った。
「……」
「フン。声もでないか……」
「い、いや……あの後そんなことをやっていたのかと思ってさ……」
「それだけじゃないぞ。完全な白虎になってからはオレは全て順調に進んできたんだ」
ホランは手に持っていたケースをサッと開けた。
中からはタイガが久々に目にする黄金色のお菓子がうじゃうじゃと押し込められていた。
「……!」
「……わかるか?オレはあの後人脈を通して事業に成功、来年の今頃は宇宙進出も考えている」
そっとケースに手を伸ばすタイガの手を勢い良く叩くとホランは中から札束を一枚掴んでタイガの前でちらつかせる。
「ホラホラこれが欲しいんだろ?キミは」
「い、いらないっ!お前のなんかっ!」
「あぁ、そうか。では、鼻紙にでもするか」
ホランは束から一枚お札を取り出すと軽く鼻をかんでティッシュ同様丸めて外へ放り投げる。
タイガは、ただその状況を見て驚くしかなかった。
「(だ、大丈夫……。あれだけならまだ洗って使える!!)」
……という、気持ちも芽生えていたりする。

「……洗えば使えるとか思っているだろ?」
「べっ!別に!オレはそんなセコイ真似……」
「……そうか」
「(ちくしょう……大正時代の成金みたいな真似しやがって……)」
優越感に浸っているホランは、鼻で笑いながらさらに分厚い袋の束を取り出した。
多分、札束か延べ棒でも入っているのだろうとタイガは考えていたが口に出そうとはしなかった。
「……オオカミはいるか?」
これで、タイガをどう小ばかにするのだろうと思っていたタイガには、すこし意外だった。
ただ、拍子抜けした為「あ、あぁ……」とあいずちを打つ事しかしなかった。
それを聞いたホランは黙って軽く廊下に向って招集の呼び声をかけ始めた。
普段、タイガがいくら呼んでも10分ぐらいしないとやってこないオオカミの事、
しかし、全く反応が無いと思いきや、オオカミが全員駆け足でタイガの部屋にやってきた。
所要時間23秒。過去最高記録(だったりする)。
「気を付け!」
パッとオオカミが指先までそろえて気を付ける。
このスムーズな動作……手なずけられているとしか思えない。
「よし。全くオレの教え込んだ事は無駄にして無いな」
「お、お前ら……いつの間に……っていうかオレの時はもっと遅いh」
「……キミは黙っていろ。さて、オオカミ。キミ達の今の生活はどうだ?」
ホランはサングラスをかけなおすとそばの椅子に足を組んだまま座った。
タイガはなんとなく厳格なオーラを感じてしまった。
「……今の生活といいますと?」
「オレがここに来た理由の1つは、ここの現状調査だ。なにせ……タイガがボスになっているからな」
「うるさいっ!お前は泣いて逃げていったくせに!」
ホランはいったん言葉を詰まらせたものの高慢な態度で言い返した。
「……あれは、……日ごろのデスクワークで目が乾燥していたんだ。それより、どうなんだ?」
オオカミはうろたえながらタイガを指差したり見つめたりしている。
どうも、彼に対して言いたい事がいっぱいあるようだ。
「……。早く言え。早く言ったらいい物をやるぞ」
「べ、別にオレがボスで不満は無いよな?オオカミ」
「え、えぇ……まぁ」
小さくハモった声でオオカミ一同は応えた。
もちろんホランには嘘だという事はわかっている。
「……嘘だったら良い物は無しだぞ」
その一言にオオカミたちの目の色が一瞬にして変わる。
『いえ、不満だらけです!』
『お金も全て使い切っちゃいました!』
『わがままだし!』
『おっちょこちょいであわてんぼで腹ペコだし!』
『トラトラトラトラ……五月蝿いし!』
『お前は真珠湾攻撃するのかって言いたくなりますよ!』
『はっきりいって燃えないゴミの日に3回ほど出した事があります!』
「あ……あれはお前らの仕業だったのか!?」
オオカミ一同の偽りの無い発言を黙って聞いていたホランは深いため息をついた
あきらかに「やっぱりなぁ……」といったアクセントだった。
「……そうか、燃えないゴミの日に出したか。次からは燃えるゴミの日に出した方がいいな」
「黙れ!偽虎!……資源ごみならまだしも!」
「キミは……資源にはならないだろう」
「な、何だと……コラァ!!」
「……それで、今日は、そんな可哀相なオオカミ諸君にプレゼントを持ってきた」
「無視すんなコラァー!!」
ホランは先ほどから持っていた袋の束を頭上に掲げて全員に聞こえるように言った。
「……少ないかもしれないが小遣いだ」
オオカミから物凄い歓声が巻き起こる。
中には我先にと身を乗り出す者もいた。
「ほ、本当ですか!?」
「あぁ、キミたちも日ごろ大変な様子だからな……」
「ふん。そんなはした金……」
「キミにはやらん。……さて、悪いが今『円』を少ししか持ち合わせていない、ドルだが、ここに2万ずつの小切手がある」
一人一人に小切手が手渡されていく。失神する物もいれば、泣き喚いてしまう者もいた
注)『ちなみに2万ドルは日本円にしておよそ240万円だったりする』
「ど、ドルなんていらないよな?お前ら!」
「いえ、ドルが高い時に両替するつもりなので全然」
「……240万も使わないだろ?お前達は……な?」
「いえ、ここ最近給料もらってなかったので全然いります!!」
皆、束を抱えたまま口をそろえて同じ事を言うばかり。
今の心境に追い討ちをかけるようにホランは続ける。
「……現在大きな事業を抱えているから少ないが許してくれ。もっとやりたいのだがな」
「いえ、全然!」
「……そうか。それならばいい。では、オレはここで失礼する」
「ま、待てよ!」
タイガは勢い余ってホランを呼び止めた。
「……何だ?キミも欲しいのか?……まぁ、泣いて土下座すればやらないことも無いが」
「そ、そうじゃなくて……」
ただ、何も考えず呼び止めただけだったので特にホランに話すことは何も無い
しかし、何かを、何かいっておかないと彼は気がすまないのだった。
「えーと……その……ぅぅ……うーん……この馬鹿ホモ!」
タイガの頭の何かがスーッと抜けて行った気がしたと共に、世界を全て自分の物にした都合の良い気分にもなっていた。
ホランはケースを床に置くと再びサングラスをあげて言った。
「……キミにぴったりの良い話を教えてやろう」
「あぁ、なんだ?」
「昔、中国に王様がいて鹿を見たいと言い出した」
「ふーん。で?」
「しかし、鹿が見つからず。配下の物は馬を鹿だと偽って王に差し出した」
「だから何だ?」
「そんな事情を知らない配下の一人は、鹿が見えて王が喜んでいる最中に、これは鹿じゃないだろうといった」
「……頭の悪いやつだな」
「そしてその話から作られた言葉を君に捧げてやろう」
「あ、何だ?なんて言葉だ?」
「……馬鹿だ」
ホランは軽く鼻で笑うと黙って部屋を後にした。
タイガは最初何の事かわからず、ホランが去った後からだんだんと怒りがこみ上げてきた。
「なななななななな……何だとコラァ!!!オレが馬鹿だって言うのか!?」
「もう、帰られましたよ……」
「くそー!!ムカつくムカつくムカつくーーー!!!!マジでムカつくーーー!!!!」
タイガの体は怒りで震えが止まらなかった。
「あぁ、オレだ。B製薬会社の株5000万ほどでいいだろう、買っておけ……あぁ……用事が終ればすぐ帰る」
携帯片手にアジトをでたホランは次の場所に向っていた。
さきほどから携帯の話口のほうからはあたふたと焦りながら喋っている部下の話し声が聞こえる。
アジトに居た間に株の値が急激に変わってしまったとの事らしいのだが、彼はそんなことには動じない。
部下にとっては、ホランの注文は無茶な物ばかりで、下手すれば物凄い額の損害になってしまう。
しかし、今まで彼の決断に失敗は一度も無い。……とは解っていても今回の件は無茶すぎて少々社全体が慎重になっていた。
「……だから買っておけ。早くしろ。……あぁ……あぁ……1時間ほどで帰る」
ピッ。と電源の切る音と共に、彼は今花屋に来ているのを思い出した。
さきほどから部下の文句に対応するのに我を忘れていたようだった。
色とりどりの花がさっきまで仕事に追い込まれていたホランの心を少しだけだが和ませた。
ここに彼が居れば、思わず抱きしめてしまいそうだった。
「いらっしゃいませ!何をお探しでしょうか?」
店の物も気づかってくれていたのか電話を切るのを待っていてくれたようだった。
「……そうだな。軽くバラでも戴こうかな」
「申し訳ございません。ただ今バラを切らしていまして……」
そうやら本当に店の中を見回してもバラらしきものは全く見かけない。
彼は恋人に会うときは必ずバラと決めている。
「そうか。それならば仕方が無い……」
「恋人へのプレゼントですか?」
「……まぁ、そんなものだ」
「それならカーネーションはいかがでしょう!?」
定員の指差す先にはこの時期シーズンのカーネーションが束になって店先に並べられていた。
カーネーションは恋人に贈るものじゃないだろうとホランは考えた。きと売れ残りの処分として勧めているのだと思った。
そんな雰囲気を察したのか、店員は即座に花屋得意の薀蓄を並べ始めた。
「カーネーションの花言葉って知ってますか?」
「……いや。オレはそういうものは興味が無いのでな」
「カーネーションの花言葉は『あなたを熱愛します』なんですよ」
「……!!」
これはなんという事だとホランは自分自身の鼓動の高鳴りに驚いた
『貴方を熱愛します』……なんという素敵な響きだ。迷わずホランはカーネーションを選ぶ事にした。
「(嗚呼、きっとこれをあげたらグリーンも……)」
何処だかわからないお花畑。
グリーンはタンポポのソファに座ってホランに向って手を振っている。
その周りには、グリーンを綺麗な花と間違えたのかちょうちょが飛び交っている。
「ホランー!早くー!」
「今行くよ♪グリーン」
息を切らせながらたどり着いたホランはグリーンと共にタンポポのソファに座った。

「ねぇ。ホラン♪後ろに隠しているのなぁに~?」
「キミにぴったりのお花を持ってきたんだよ♪……グリーン」
「何々~?」
「ホラ。カーネーションだよ」
「わぁ。花言葉が貴方を熱愛しますの時期的にぴったりなカーネーションだぁ♪」
「キミの歳の数だけ包ませたんだよ」
「ありがとぉ~!ホラン♪ 大好き~!キスしてあげる♪」
「う、うん……グリーン……」
「こここここ……これを戴けるますですかな!?」
脳裏に浮かんだ自分勝手な妄想により、ホランはかなりの興奮状態にあった。
「花束ですか?」
「……もちろん!」
「何色になさいますか?」
「こ、これを……!!!」
ホランは店先にあったカーネーションで一番綺麗だった白いカーネーションを差し出した。
自分の一番の人には一番のものをというのが彼の信念の1つ。
「……よ、よろしいんですか?」
「あぁ、13本。早くな」
「そちらの色ですと……花言葉が『愛の拒絶』になりますが……」
「……えっ!?」
何処だかわからない荒れに荒れた荒野、所々に西部劇でよく見る奴がコロコロ転がっている。
グリーンは枯れ葉の毛虫の張っているソファに辛そうに座ってホランに向って愚痴っている。
その周りには、グリーンを食料と間違えたのかあちこちに蛾が飛び交っている。
「ホラン~……帰って良いですか?」
「い、今行くよ……グリーン」
息を切らせながらたどり着いたホランはグリーンと共に枯れ葉のソファに座った。
毛虫のグチャッという音がした。
「ねぇ。ホラン……後ろに隠しているのなに?」
「き、キミにぴったりのお花を持ってきたんだよ……グリーン」
「ふーん」
「ホラ。カーネーションだよ」
「わぁ。花言葉が愛の拒絶の……白いカーネーションだぁぁぁ……」
「き、キミの歳の数だけ包ませたんだよ」
「私のことが嫌いなんだ。へぇーへぇーへぇーへぇー。4へぇ」
「そ、そういうわけじゃ……ぐ、グリーン……」
「ホランなんて大嫌い……石投げちゃえー!…………あ、動かなくなっちゃった」
「いやだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!!!!」
ホランは突然その場にしゃがみこんで叫び声を上げた。
前の通りを通っていた車や通行人が一時停止をかけられたかのようにピタッと止まった。
店員も対応に困り果てている。
「お、お客様。こちらのピンクと赤のカーネーションを2つづつ包んだらどうでしょうか?」
ホランは頭を抱え込んだまま座り込んでマッサージチェアーより効果的に震えている。
現在彼の脳内にはホランの遺体を木の枝でつついているグリーンの光景が生き生きと映し出されている
このままでは売り上げに響くとして店員は別な花を指差して何とか注意をそむけようとした。
「あの、お客様?でしたら他のお花にしてはいかがでしょう?例えばヤブデマリは『愛してくれないと死ぬ』ですが?」
「……」
「こちらの撫子などはいかがですか?こちらの花言葉も素敵でして……」
ホランが全く無反応な為、カーネーションを再び持ち出して店員は抑揚をつけて彼に語りかけた。
今のホランにはカーネーション以外興味が無いようだ。
「赤は『愛を信じる・貴方を熱愛します』ピンクだと『熱愛』なんかになりますが」
「……ください!」
彼がカーネーションの花束を抱えて花屋から出てくる頃には、止まっていた人も車も何処かへいなくなっていた。
───密室。それはとても恐ろしく退屈な空間。
我々が身近に密室を体験する事ができるようになったのは鍵と言う物が発明されてからの事だ。
中から鍵を閉めてしまえば。外から鍵を閉めてしまえば……そう。密室の出来上がりだ。
そして、ここにも1人、もう4時間ほど密室の中でもがき苦しんでいる者が1人……。
「ふぇ……ふぇぇ……」
出す物を全て出し切ってしまったグリーンは、朦朧とする意識の中で芯を握りしめていた。
「ふぇ……ふぇ……あれ?」
急に便意(……失礼)が彼の体を通じて終わりをつげた。彼は闘いに勝利したのだ。
用を足し終えた瞬間彼の頭の中にこれからのスケジュールがきっちりと組み込まれた。
密室の中の時間ほど無駄な物は無い。まずHPを更新して、部屋を回って、TV見て……!
「……失礼する」
ドアを開けた瞬間、神のイタズラかそれとも幻か、会いたくないものに会ってしまった。
カーネーションの花束を抱えてサングラスをかけたまま顔を赤らめてグリーンを見つめている元白猫さんだった。
「(げ……!)」
「やぁ、グリーン。そ、そんなにオレに会いたかったのかな……」
ホランは照れくさそうにサングラスを再び頭上にあげてサッと花束をグリーンに手渡した。
グリーンにとって、カーネーションは母の日くらいにしか見ない花で、何か場違いな感じがした。
「……カーネーションだよ。花言葉は……貴方を熱愛します」
そんなグリーンを察してホランは何故この花という理由を追加してしておいた。
それ聞いてグリーンはあまり嬉しい気はしなかった。自分が女の子だったらもう少し嬉しかったかもしれない。
「……あのー」
「わかってる!キミの言いたい事は良くわかっているさグリーン♪」
「ですからー……」
「オレはついに、会社の経営者だ!さらに、模様も彫った!どうだグリーン?異論は無いだろう?フフ」
「だからですねー……」
「さぁ、お花畑でたんぽぽのソファにでも座ろうじゃないかグリーン♪」
妄想モードに入っているホランを止めるすべはグリーンにはなかった。
それ以前に、暴走列車溶かしているホランを止めるのが怖かった。
困り果てた末、正直な自分の気持ちをぶつけてみた。
「……だから、私は別にあなたのこと好きでも何でもないんですけど」
「!!!」
急にホランの全身が固まった。
グリーンにとっては何気ない言葉だったが、その絶妙なアクセントは彼の心を傷つけるには十分すぎるほどだった。
「……私、一度でも好きとか言ったことないですよね」
ホランの手から花束が真下に落ちていった。それと同時に彼の目から涙がこぼれ始めた。
「……ひ、酷いよ……グリーン……お、オレはこんなにキミを愛しているのに……」
泣いているので少々話し方が上ずっている。
涙はポタポタと花束の上に落ち、ついには、ホランの気持ちとは逆に花は朝露がかかったように綺麗になっていった。
「な、何故だ。何故なんだグリーン。オレの何がいけないんだ」
「ですから、私はそっちの趣味はないんですよ」
「……男だからいけないというのかい!?」
「まあ、そうですね」
ホランは涙目でキッとグリーンを睨んだ。
憎しみや怒りとは違う何かの感情がグリーンの全身を震わせた。
「……な、なんですか……!?……ま、また洗脳なんて手はダメですよ……」
「……グリーンの……グリーンの馬鹿ぁぁぁ!!!」
ホランは花束を踏みつけて泣きながら本部から飛び出した。
ちょっと可哀相な気がするものの、同性以前に好きでも無い人と付き合うつもりはないのだ。
「グリーン。誰かいるの~? 会議始まっちゃうよー」
ロビーの方からオレンジがやってきた。
さっきまで某所に閉じこもっていた疲れで今までのいきさつを話す気にもなれなかった。
「……いえ。なんでもありません」
「……グス……グス……グリーン……」
喫茶店の中でコーヒーを飲みながらホランは泣いていた。
「なんだ。お前は、落ち込んでいる姿もカッコつけるんだな」
ホランの横でソフトクリームを食べているタイガが座っていた。外でホランを見かけて入ってきたようだ
さっきまで怒っていたのをすっかり忘れている。
「……タイガか」
「そ。オレだ」
ホランは突然脈絡の無く話を切り出す。
「……なぁ、オレはおかしいのか?」
「まーな」
「男が男を愛しちゃ悪いと思うか……?」
「悪いって言うか~なんていうか~……もったいねーよな」
ソフトクリームを半分ほど食べ終えたところでタイガは一枚のカードを差し出した。
ピンク色の……よく電話ボックスに貼ってある奴だ。
「お前もさー。女の良さを解った方が良いと思うぜ?」
「……女の良さ?」
「ここならかわいい女の子いっぱいだぜ~♪」
「……」
「女の魅力知ればお前も変われるって」
グリーンとのあんな事があってから、喧嘩別れをしたカップルの片割れの心境の如く、もうどうにでもなれとホランは思った。
どうせ、求めても来ない物を無理に追い続けるのが虚しく思えてきたのだ。
「……そうかもしれないな」
タイガにつれられてホランは何処か解らない路地裏に着いた。
辺りには日本だと思えない光景が広がっていた。まるでニューヨークの裏道のような……。
「……すごいだろー。またこの先が凄いんだぜー♪」
「……しょぼくれた所だな」
ふとタイガは足を止めた。よそ見をしていたのでもう少しで彼にぶつかりそうになった。
タイガはビルの裏側の地下へと続く薄暗い階段を降りる……降りる……降りる。
「暗いから転ぶなよ」
「ああ、わかっている」
だんだん奥のほうに淡い照明が足元を照らし始めた。どうやら目的の場所に着いたようだ。
入り口には、スーツで正装した場にそぐわない格好の男が立っていた。
体つきのしっかりとした、門番のようなこの男は黙ったままタイガの顔を見つめた。
「2名な♪」
タイガのその一言でこの関門はすんなりと通る事が出来た。
どうやら常連客のようで顔パスが出来るまでになっていたらしい。
「タイガ。そろそろ教えてくれないか?ここはどういったところなんだ?」
「お前は発展場しか知らないんだろうがな。ここは会員制の秘密クラブさ♪」
タイガが嬉しそうにホランの頭を小突いた。
『8号室』と書かれた部屋の前に来るとタイガはゆっくりとドアを開けた。
ピンク色の小物や壁紙で構成された見ているだけで気持ち悪くなるようなキツイ色をしたこの部屋中央にタイガとホランは座った。
そこには数名の女性が入ってきて、バーやクラブの如く、2人に絡んできた。
色気は満点。頭は3点。といった所か……知性の欠片も感じない顔をしている。
服は、数年前に流行ったディスコのお立ち台ギャルのような時代錯誤も甚だしい物だった。
タイガは嬉しそうに左右にいる女性の頭を抱きかかえる。
「タイガさん今日はお久しぶりじゃない~?」
「そっかなぁー♪」
「お前、いつもここに来てるのか?」
「……いや、ネットで見つけてな♪」
ホランの左右にも女性はやってきた。ホランは黙って側にあったお酒を飲み始めた。
一応、ホランもタイガも未成年だがこの際気にしない。
「……」
「この人タイガさんのお友達ぃ?」
「あぁ。ホランっていうんだぜ♪どっかの社長らしいぞ」
『社長』というタイガの一言でタイガの左右にいた女性はみんなホランの元へと集まった。
タイガはつまらなそうに野菜スティックを少しだけかじった。
……苦い。そして、何故だか悔しい。連れてきたのは確かに自分だけど……。

「ねぇ~。ホランさん♪黙ってないでおしゃべりでもしましょうよぉ」
「ホランさん。私たちのことが嫌いなのぉ~?」
「馬鹿ね~。社長さんよぉ~。いっぱい女の人と付き合っているに決まってるじゃない」
「そっかぁ~。じゃぁ愛人になってもいいかなぁ~」
「ずるい~!じゃぁ私愛人2号♪」
「じゃぁ私3号~!」
女性たちの騒ぎようにホランはだんだんと腹が立ってきた。
これだから女は!男は金と肩書きしか見てくれない!……男とは偉い違いだと何度も頭の中で繰り返した。
いや。金と肩書きしか見なかったのはホランも同じだったのかもしれない。
グリーンへのくどき文句……。社長とか完璧な姿にとか……内面を全然……アピールしていない。
いつのまにか手に持ったカップが揺れているのがわかった。
そんなホランに気づかず女子達はただ横で『ホラン』とではなく『社長』と話していた。
「……タイガ。悪いが帰らせてもらう」
「え!?ま、待てよぉ!ホラン」
ガン!……とカップを机の上にたたきつけるとホランは部屋を後にした。
後からタイガが追いかけてきた。女性の香水の匂いをぷんぷんさせていたからすぐわかった。
自分にもその忌々しい匂いが付いているかもしれないと思うと反吐が出るようだった。
「タイガ、悪いがオレはやっぱりお前のようにはなれない」
「はぁ!?まだいってんのかそんなこと!」
「……タイガ。オレは自分の中にあるこの感情を変える事は出来ない」
「で、でもさぁ、ホラン。男と付き合うなんて変だろ?」
「キミみたいのを何と言うか知っているか?」
「?」
「お節介、って言うんだ」
ホランはふと手元にあった小切手を一枚タイガに手渡した。
「それはあの店の代金だ。後はキミ1人で楽しんで来るといい」
「えっ、いいのか?」
「……一応キミには感謝してやる。オレ自身のことが今日よくわかった」
ホランは軽く後ろ手でタイガに手を振りながら彼の愛する人の元へと向った。
タイガは店の代金を払ってもお釣りが大量に来るくらいの小切手を握り締めた。
「ふむふむ……」
その頃。愛されている人グリーンは新武器に関する問題で大いに悩んでいた。
「OFFレンボールに変わる新アイテム!……OFFレンボックス!いかがですか!?」
OFFレンボックス……。ここの所謎の生物にかかわることが多くなったOFFレンジャー達。
シャンプーだの星だのてるてる坊主だの……。
そんな相手にもし戦争状態に突入した時の対策としてこの武器が開発された……らしい。
ちなみに某事件で使われた水晶を改良して作った物で、なかなか良い結果を出すとの事。
「そこで、実験がまだでして……」
「そうですか……では近々実験結果を見てから導入に踏み切りましょう……」
ちらと一同の視線がグリーンの後ろに集まった。
実験に使われるスクラップのみで構成された『怪ロボットくん28号』だった。
「では、所定の位置についてください」
ロボットの真後ろに立ったグリーンが言った。
「では、お約束どおりブルーから」
「了解っすー♪」
赤いリボンのかかったまさにプレゼントの様なこのBOXをポンとブルーは放り投げた。
「えーと。OFFレンボックススタート!!」
イエローにパスされ。どんどんと進んでいった。
「えいっ!」
「やぁ!」
「とぉ!」
「せいやぁ!」
「よっと!」
「とりゃぁ!」
「あたっく!」
「うりゃ!」
「ちぇすとぉ!」
「うりゃうりゃぁ!」
グリーンにBOXが渡されるとシルバーの説明どおりにグリーンは叫んだ。
「マジック!……レーザー光線!」
プレゼントをロボットにぶつけた瞬間。まばゆい光と共に怪ロボットくんは消滅した。
「どうですか。これ」
シルバーは満足そうにホコリの舞う中にあった鉄くずを指差した。
しかし、煙の中から現れたのは、鉄くずだけでなくホランが混じっていた。
「!?」
ホランはゆっくりと立ち上がった。
その姿には元の白虎柄の面影は残っていない。
レーザーの関係で刺青の色が抜けて再び真っ白に戻ってしまっていたのだ。
「ホラン!?またですかぁ!?」
「……どうしても一言言っておきたくて……」
「何ですか急に。っていうか何処から……」
ホランはグリーンの方をがしっと掴んで真剣な目つきをした。
そして、ゆっくりと自分にも言い聞かせるように優しく言った。
「オレは……。キミが好きだ」
「……はぁ。知ってます」
「いずれ、キミを肩書きや財産だけで惹きつけなくてもいいような男になってみせる」
「……はぁ。そですか」
ホランはくしゃくしゃになったカーネーションを一輪グリーンに手渡した。
「……それまで待っててくれないか?」
「……ホラン……うっ!」
突如、グリーンの体内に潜んでいた悪魔が再び目覚め始めた。
体の中で雷鳴轟き、すべてが七転八倒。再び彼は危機を脱するべくカーネーションを投げ捨て、ホランを突き飛ばし戦場へと向った。
バタン!……と。ドアが閉まった。
「……ぐ、グリーン?ど、どうしたんだい!?グリーン!?……ハッ!」

『と、トイレに入るって……まさかオレを誘ってくれているのか……!?そうだ……トイレといえば……2人きりになれる素敵な場所……そ、そうか……グリーン……そんなにオレの事を。行きたい……!行って抱きしめたい!……い、いや……ダメだ……オレは約束したんだ……』
一通り勝手な想像を終えると、ホランはトイレのドアに手を当て、涙をこらえながら呟いた。
「ごめん……グリーン。オレはキミの所へはまだいけない……。必ず……戻ってくるからね」
ホランはグリーンに未練が残らないようにと本部を走リ去った。
外へ飛び出すともう夜中になっていた。
町のネオンから家々の明かりまですべてがホランを慰めてくれている様だった。
「……」
再びホランは携帯を取り出した。
「あぁ、オレだ。……そうか。やはり値は上がったか。言ったとおりだろう?」
今日はすべてが自分の思うとおりになっていた。でも、人の気持ちだけはそうそう思い通りに鳴らないものだなとホランは痛感した。
再び白くなった体。以前使い慣れたドーランで顔の模様を塗りながら、ホランはまっすぐ会社へと向った
「……そうだ。所でキミは撫子の花言葉を知っているか?」