第25話

『新隊員と慰安旅行』

(挿絵:グリーン隊員)

ある朝の日。
ブルーがはるか遠く……斜め上を長めなら何かに憑かれたかのように呟いた。

「そうだ……草津に行こう……」

みんなは何を言い出したのだろうと好奇の目でブルーを見つめた
手にはよく見かける旅行のパンフレットを手に取っている。

「草津に行こう……」

さきほどから同じことをうわ言の様に繰り返しているのに耐えられなくなったグリーンがついにブルーに話しかけた。

「どうかされました?」
「言ってくれるのを待ってました……。そうだ……草津へ行きましょう」
「草津って……草津よいとこ一度はおいで♪……って奴ですか?」
「はい、この魑魅魍魎が蔓延る学歴偏差主義の差別的な制度に満ち溢れたこの世界に癒しを求める為には草津へ行くしかありません」
「むむむ……よくわかりませんが。流れ的に旅行に行くのもいい事ですねって言わないといけません……ね?」

グリーンは振り向きながら笑顔を見せる。一応確認の合図だろう。

「う、うん……団体だと安くなるしね。……流れ的に」
「1人いくら?」
「1人2万円ぽっきりですが……子供料金で1万円ですね」
「……お得だね。子供料金がある旅行なんて初耳だよ。流れ的に」

思ったより評判がよく、もうすぐ土日なので賛成意見が圧倒的に多かった。

「では……行く方は~……お手上げです」
「それよりもさ。転送装置を使った方が早いような気がするんだけど……無料だし」
「オレンジ。そういう考えが不景気を呼び起こしているんですよ!黙って無いと地下鉄みたいにオレンジも民営化しますよ」
「わ、わかったよ……まぁ、ボクも良好の気分を味わいたいしそっちのほうがいいかな」
「じゃ、満場一致で慰安旅行出発決定ですね!」

早速、集金やら準備用に荷物やら申し込みやらをしようと隊員が行動を開始しようと思った矢先だった。
ブルーが物凄い大声で叫んだ。

「あぁーーーーーっ!!!!! グリーン!電話STOPingです!」

グリーンは思わず番号の末尾の番号を押す瞬間、手を止めた
受話器からはしばらくすると電話番号不明のアナウンスが流れ始めた。

「な、なんですか……。急に」
「俺達……何人っすかね?今」
「1、2、3、4……13名ですよ」
「そ、そうか……じゃぁ、草津はやめてデパ地下に行こう……」
「どうされたんですか?13人じゃ多いんですか?」

ブルーは再び斜め上をぼけーっと眺めたままパンフレットをグリーンの方へと差し出した。
しぶしぶそれを受け取り、申し込みについて色々と書かれているところを目でゆっくり追って行く。

【団体は15名以上とさせて頂きます。13名以上15名以下の場合は気分により誰であろうと、通常料金の10~30倍の金額を戴く事になります】

「な、なんですかこのぼったくりな文章は……」
「フ……やっぱり、草津なんて鷹野の花だったんすよ」
「それを言うなら高嶺の花ですね」
「……最近はそう言ようになったんすね」

グリーンが困って頭をかき始めた。あちこちからは「え~!?」とか「期待させやがって!」など文句が飛んでくる。
グリーンは必死にこの状況をどうするか考え始めた

──どうにかしなければ……隊長として……人数が足りないなら──

「そうだ!隊員を増やしましょう」
「はぁ!?」
「新隊員を2名募集しましょう!そうすれば15名ぴったしですよ」
「でも、急に隊員なんて……」
「……馬鹿ですね。新隊員は旅行の間だけ入れておいて後から適当に捨てればOKなんですよ。フフ……」
「黒いね。グリーン」
「フフ……ブラックグリーンと呼んでください……ってなに乗らせてるんですか。とにかく定番駅前でチラシを配りましょう」

いつの間に用意したのかグリーンの後ろには『新隊員募集!!』のチラシが大量に積み上げられていた……。しかも両面印刷だ!







天候が非常にいい為、駅前はたくさんの人だかりが出来ていた。
ずばり、チラシを配るには絶好な場所である。
早速一同をバラバラに配置させるとチラシ配りを大々的に実施した。
やっぱり、チラシ配りはテキパキと元気良くしなければならない。

「ええと、よろしくお願いします!カルト集団OFFレンジャーに入りませんか~?」
「今ヤングに馬鹿受けのカルト集団ぐるぐる戦隊OFFレンジャーです~!」
「若奥様も納得の待遇!金利手数料も無料のカルト集団です~」
「家庭に癒しを求められないお父様達から人気№!カルト集団OFFレンジャーの隊員募集です~」
「非行に走る我が子を矯正させたいならやっぱりカルト集団ぐるぐる戦隊OFFレンジャー!15年の実績ですよ」
「カルト集団に不安を抱える皆様方!OFFレンジャーなら安心ですよぉ~」

みんな精一杯にチラシを配ろうとするがチラシが一向に減らない。
見かねたグリーンが集合をかけ始めた。

「ちょっと!皆さん集合してください!!」

人ごみの中ようやく全員が集合するとグリーンが一同を一喝する。

「全然減って無いじゃないですか!何やってるんですか!」
「だってポケットティッシュならまだしも……ねぇ?」
「私達はサラ金じゃないんですよ。それにカルトカルトって……日本人が一番嫌いなのがカルトなんですよ!怪しいから!」
「だってメジャーでは無いでしょ……あ、マイナーにすればいいの?」
「そういうことではなくてですねぇ……例えばですよ」

グリーンが駅にある伝言板を勝手に独占して説明を始める
まずチラシを配る側、受け取る側の絵を描き始めた。

「いいですか。こういうチラシは大抵ゴミになりますから受け取らない人が多いんです。歩幅を早めてしまうんですね。そこでチラシを差出し始めるテンポを早くしなければいけません。パッと来たらガッ!雑草根性ですよよろしいですね?パッと来てガッ!!さらに受け取る側の年齢層が大事です。中年の女性は比較的禁止です。ポケットティッシュ専門ですからあの辺りはさらに10代は比較的受け取りません。この辺りの年齢ではこういうものに興味を示さないのです。そして、怪しいおじさんは無視です。絡まれたらショバ代がどうこうとうるさいですから基本的に無視で。特に一番良い年齢層は60代以上の男女。ここが一番ベストです。この辺りは人との触れ合いを無意識に求めたがる世代ですから差し出されたらまずとります。なんせ戦後のギブミーチョコレート世代ですからね。もらえるもんはとことんもらう!ここですしかし、問題はこれが募集と言う点です。お年寄りではさすがに内容の時点で、さらに、枚数の時点で危険です。広告ではなく、それに対する見合が必要な内容ですからね。そこで私達と同世代の10代に絞られてしまいます。一番優先するのはいかにも気が弱そうな奴!まず差し出して迷っているようなら無理矢理手にねじ込む!よろしいですか?そして、次は携帯カチャカチャやってる非常に見てるだけで腹立つ人には携帯と顔の中央に無理矢理突っ込むOKですね?さらに、その他の場合はとにかくねじ込むねじ込む!!ポケットやらブランドバッグでも何でもいいから突っ込む!相手のガードが固いなら負けじと突いて行きましょう。相手が裸でも、体に穴があれば何処でも突っ込むくらいの図々しさで!これで半分は減ると思います。さらにうたい文句ですが、ここで『安心・経済的』などの文句は非常に怪しまれます。しかも、何処の馬の骨かわからない子供たちですからね。この場合はオマケ作戦です。オマケと言えばティッシュやキャンディー、シャープペンやボールペンが一般的ですが。私達の場合は資金が無いので一応、旅行の予定ですから入隊すれば格安で草津へとか言っておけばOKです。これで馬鹿な人が一人くらい引っかかるでしょう。えー……と言うわけですが何かここで質問は?」

全員ぼーっとグリーンの台詞の余韻を頭に響かせていた。よくまぁ滑舌良く喋られる物だと感心する。

「ようは……温泉につられるお馬鹿な10代を2名つれてくれば良いと……」
「まぁ、そういうわけですね。では、早速戻って配り直しです。ホラ早く。時間は待ってくれませんよ」

チラシをさらに追加され再び元の位置についてみた物の。一向にチラシを受け取る人がいるどころかみんな一同を綺麗に避けて歩いていた。
突っ込めと言われども、そんな大それた事をすることも出来ず。10代を狙っても睨まれるばかり。

──今時温泉でつられる10代なんていないって……

開始から1時間。同じフレーズが頭の中に浮かびだす。
まだ、お買い物券だったらもう少し集まったかもしれない。なんていろいろ意味も無い事を考えてしまう
さらに1時間、また1時間。どんどん時間はなくなって、終いには駅前には酔っ払い
だけになってしまった。

「……1枚も減ってないね」

オレンジの追い討ちをかけた呟きで一同の士気はぐんぐん急降下。
所詮温泉旅行など、夢のまた夢なのだ。
仕方なく新隊員の勧誘は諦めてもうみんなは帰ることにした。

「OFFレンジャーにはいりませんかぁー!今なら温泉旅行がついてますよぉー!」

グリーンはどうしても諦めきれず、帰路の途中、誰もいない路地でも、人通りの多い商店街でも、呼びかけ続けた。
そんなグリーンから少し距離を置いてチラシを持ったまま数分歩いた時の事。

「入りたぁーーい!!温泉行きたいですー♪」

突然草陰から飛び出した黒い陰。よくよく見ると同年代らしき背丈の女性らしかった。
声の主はこの女性の物のようだ。急いで走ってきたのか少し息が荒く彼女は2回ほど深呼吸して、
息を整えたあと再び全身像が見える場所へ身を移した。

「そのなんとかレンジャー入りたいですー!後、ついでに温泉もいきたいです!」

その茶色い毛並みからはなんとなくオオカミを想像してしまうほど茶色くふさふさとしている。
さらに、目が悪いのかアニメでしか見ないような牛乳瓶の底の様な眼鏡をかけているが何故か片方だけにかけている。
見た感じ……11か12といった所だろう。にこやかな笑顔を絶やさないまま彼女はこちらを見続けている。

「……えーと」
「入隊希望ですー!」
「(……来た!温泉につられる馬鹿が来た!)」

突然の事に何を言っていいかわからず言葉が出なかったものの、うまく彼女がカバーをしてくれた。
目上の人を助けるその姿勢はなかなか好感度高しだ。
など、見た感じの印象諸々を確認している場合ではない。新隊員が入ったのは嬉しいことでも、たった1人じゃ14名。まだ1名足りない。

「あの、私達できればもう一人くらい欲しいんですけど」

とりあえず、断るわけにもいかず、彼女にその趣旨をそっと伝えた。
彼女は「なんだ。そんなこと!」といった感じで携帯電話を取り出した。

「ちょっと待っててくださいね」

何をするのかもわからないのに待つも待たないと思うのだが、彼女は待てという。
待てといわれれば待つしかない。泥棒で無い限り……うんうん。

「……あ、もしですー! かくかくしかじかですぐ来るですー!すぐですよー!」

携帯をきるとにこやかな笑顔で彼女は再び待てを出した。

「5分待つですー!」
「はぁ……」

5分後。ゆっくりと暗い影がこっちへと歩いてきた。
向こうがこちらを捕らえてもまったく急ごうともせず同じペースで歩いてきた。

「ここですー! ここ、ここー!」
「……わかってるわよ」

その影が近づいてくるにつれて、だんだんとその姿を現し始めた。

「……」

クールそうなその顔つきから彼女とは不釣合いな雰囲気を受ける。
薄いクリーム色をしたその体は少し温かみを感じるが、それより何よりもこの人は片目しかない。
いや、よくよく見ればもう片方の眼は物凄く小さかったりする……。

挿絵

「……何の用?」
「温泉旅行の募集ですー♪」
「……相変わらず暢気なんだから」
「一緒に行くですー♪」
「ええっ、今日映画あるんだけ……」

いささか乗り気ではなさそうな彼女。
しかし、ぐるぐるメガネの彼女は一向に引かずに明らかに迷惑そうだった。

「……他にも誘う人いるでしょ」
「だってパッと見目立ったんだもん」
「……で、この後ろの人たちと行くわけ?」
「そうそう!行こうよ。行く?行くのね?ハイ、決まりー♪。緑色さんこの子も入隊です」

強引に入隊したもう1名は不服そうだったが、どうせ温泉旅行へ行くまでの辛抱なん
とか入ってもらうしかない。
まずは、グリーンが主な概要を説明する。

「……というわけで、入隊すれば慰安旅行にいけるわけです」
「……お邪魔虫みたいですね」
「いえ、そういうわけでは……」
「第一、旅行が終っても私たちが隊の中に居るとは限らないし……」
「ギクッ!?」
「……今ギクッって言いいましたね」

ピンチヒッターブルーが早速お出ましする。

「入りましょう!青春の日々はすぐそこっすよ!」
「……貴方達年下ですよね?目上の人にそういう言葉遣いするんですか?」
「ゑ!?」

挿絵

一同は絶句。なんだか、悪口を言われるよりストレートに胸に突き刺さる厳しいツッコミの台詞回し。
ある意味、新鮮な人。こうなると意地でも入れないと気がすまなくなってくる。

「そんな事いわないで入ろうよー♪」

……まぁ、彼女も新鮮といえば新鮮だ。

「まぁ……近々休みだし……旅行くらいなら……」
「やったー♪美術部の合宿より楽しそうだよねー♪」
「……そうね」
「で、では……色を決めてください色」
「……色?」
「えぇ、戦隊といえば自分の色が無いと」

2人はしぶしぶ考えて茶色い方はすぐさま答を出した。

「はいはいはーい!私バーントシェンナにしますっ!」
「え?」
「茶色っぽい色ですっ!」
「では、わかりにくいのでブラウンにしていただければ……」
「え~!?やだやだー!バーントとしてシェンナしてるこの色のほうがいいですー!」

バーントシェンナなる者はだだをこね始めた。

「わかりましたわかりました。じゃぁ、シェンナで」
「やったー!やったね~?」
「(変な子……)」

もう1人のほうは特に考えている様子もなく、腕をくんでいた。

「クリームにしようよー。肌の色と同じー♪」
「……別にいいけど」
「……では、シェンナとクリームでよろしいですね?ふー。これでやっと流れが乗ってきましたね」

彼女たちの携帯番号を教えてもらうと、それぞれは家路についた。
しかし、家路についていない人が1人……。







「……フフフフフ……可愛い子見つけたぜー♪」

虎少年とオオカミ2匹は夜遊びの帰りに一部始終を見ていたりしていた。
なんとなくそばの茂みからのぞいたら何やら見たことの無い女性が2人居た。
それだけで彼は興奮する。

「ああー♪ きっと可愛いんだろうなぁー♪ 特に肌色の子……好きだなー♪」
「遠くからでよく見えませんでしたけどね」
「っていうか、茶色い方は興味ないので?」
「茶色い方?あれはガキだろガキ。8歳くらいの」
「そうですかねぇ……」
「素敵だなー♪」
「……それよりタイガ様。我々の慰安旅行の件。忘れないでくださいよ」
「あぁ、温泉旅行だったな。それがなかったら新隊員に会えたんだけどなぁ……」

茂みの形を整えると暗い影を落としてタイガたちも遅れて家路に付いた。









【5月某日。その日は行く先を不安にさせるかのように曇っていた】

リュックサックの中身には着替えに歯ブラシなどの日用品やお菓子。
もちろんバナナはおやつに入っているので安心安心。

『草津の湯でババンババンバンバンツアーの方々ー!こちらですー』

バスガイドに案内されて大型バスに乗り込むと早速トランプ大会が始まった。

「では、大富豪でもしましょうか」
「15人でですか!?」
「簡単ですよ。よろしいですね?以下の通りにわければ万事OKです」

大富豪
中富豪
小富豪
富豪
ぼちぼち富豪
大平民
中平民
小平民
平民
ぼちぼち平民
ぼちぼち貧民
貧民
小貧民
中貧民
大貧民

……以上15に分けて早速ゲームが始まった。

「……『2』のWカード♪」

イエローが早速あと1枚という所で、とどめを賭けに来た。

「イエロー凄いっすねぇ……相変わらず」
「ふふん♪」
「……ジョーカーのW」

突如クリームがジョーカーのWコンボをかけてきた。

「……っ!?」

挿絵

「……皆さんパスですか?パスですね?……パスのようですね。では1で上がりです」
「わークリーム凄いねー♪私なんて3ばっかりなのにー」
「……それはシェンナが何も考えずにカードを使うからでしょ」

クリームが大富豪の座に着き、次にイエローが中富豪の座に付いた。
平和な状況な物の、イエローは困惑していた。

「(……キャラが何かかぶってるんですけど……クールなイエローはいずこへ……!?)」

ちらとクリームを見ると平然とした顔でイエローの顔を見つめてきた。
何だかドキッとして思わず目をそらす

「わわわ。私全然ビリから上がれませんー」
「……3しかないからでしょ」

なごやかな雰囲気の中、グリーンは群馬へようこその看板を見つける。

「……そろそろ着くんじゃないですか?」
「まさかw 10時間はかかるはずですよ。まだ2時間じゃないですか」
「え、でも……」
「草津温泉到着でございますー!さぁ皆様方どうぞごゆっくりー」

添乗員の言葉に一同は一斉に外の風景に目をやる。
確かに温泉の煙がたちこめていそうな古びた旅館……。

「ずいぶん早いですね……」
「えぇ、我々は国家機密ルートを通ってきているので、とても早くてお客様に喜ばれているのですよ」
「はぁ……え、でもそれって犯z」
「まぁまぁ、早くついたんだからいいじゃん。入ろうよ温泉」

荷物をてきぱきとまとめると早速部屋の中に入る。
日本情緒溢れる佇まいのこの部屋はたたみの香りと棚に置かれた壷、掛け軸などまさに日本がダイレクトに伝わってくるのだ。
耳をすませば……獅子脅しの張り詰める音が聞こえてくるようなしーんとして、それでいてなごやかな雰囲気だった。

「静かだねー……」
「うん」

一言一言喋るごとに言葉がこだまする。
側に山でもあるのだろうか、木の香りがする。
そして、心なしか妖精さんの声が聞こえる……。

「オイ!こんな所に発禁AV隠し持ってやがったのか!?」
「す、すいません!ネットで……!ネットでぇぇぇ!!!」
「……まぁいい。その代わりオレが没収する」
「そ、それだけはご勘弁をぉぉぉ!!!」
「えぇい!ならぬ!ならぬわぁぁ!!」

……ずいぶん古風な妖精さんだなとブルーは思った。
いや、どうやら妖精さんではなくて隣の部屋から聞こえてくるようだ。
ずいぶんと騒がしいお客でちょっと旅行の楽しみが半減した気がした。

「温泉いきましょうよー!そろそろ」

シェンナが待ちきれずに飛び跳ねた。
まぁ、温泉目的で来たわけだし、早速ひとっぷろ浴びても悪くは無い。

「じゃぁ、浴衣持って行きましょう」

一同が持ってきた浴衣をそれぞれ小脇に抱えて温泉へ向おうとしたその時、シェンナがうるうると半泣きになっていた。

「……浴衣が無いぃ……」
「はぁ!?シェンナ何もって来たんですか!?」

シェンナはリュックの口をひらけると甘い香りと共に、お菓子が姿を現す。

「お菓子とバナナしか入ってません……」
「日用品は!?」
「ありません……」

呆れて誰も何も言おうとしなかった。

「……馬鹿ね」

クリームの言葉にすまないと思いながらも一同は内心うなづいた。

「……でもいいわ。どうせシェンナのことだから女将さんに色々と頼んでおいたから」

クリームは歯ブラシセットと浴衣をシェンナ側に放り投げた。
シェンナはそれをぎゅっと抱きしめた。

「うん……ありがとクリーム」

何はともあれ、事件解決。さていよいよ本番本番♪
一同は番頭に直行した。
番頭に続く木目調の廊下がギシギシ鳴ると共に、彼らの鼓動は激しくなる
ギシ……ドクン……ギシ……ドクン。
そしてリズムのリレーは、丁度男湯女湯ののれんを境に途絶えた。

「神は何故この様な壁をおつくりになったのだろうか……こんな壁があるから人間は……」

シルバーがつぶやいた。

「そんなこといったって、男は男湯に入らないと」

イエローがすばやくシルバーの言葉にだめだしをする。

「……はぃ」

シルバーはそれ以上何も言わなかった。
女子が全員のれんを潜り抜けたのを見届けた後、男子は汗臭い部屋へと向った。

「……っ!?」

──脱衣所は男臭かった。
いや、獣臭かった。なにやら人間の発する独特のかほりではなかった。
オオカミ……?いや、まさか。そんなわけが無い。
奴等はとっくに東京湾に……じゃなくてこんな所に来るはずが無い。

「タイガ様はー?」
「さぁ、女湯だろぉ」

……空耳だ。春の夜の夢の幻だ。温泉の湯煙のかほりが生み出した幻だ。
そうなんだ。いや、そうであってくれ。うんうん。

「……さっきからどうしたんですか?ブルー」
「えっ!?いっ!イや別にっ!」
「早く脱いで脱いで」
「えっ!?いや……普段から俺達……裸じゃ?」
「いいからいいから」

突然ガラッと戸が開いてオオカミが戻ってきた。
ブルーは……肩を落とした。

「お、なんだお前たちも来てたのか」
「オオカミ……もですかというとタイガは……」
「女湯だ。……じゃ、俺達もう長風呂したから上がるわ」

湯気が立っているオオカミがゾロゾロと帰っていくとさっそくブラックが温泉に向って走り出した
ジャブン!という音で彼らの興奮はピークを達した。
次々と飛び込むと全員顔を洗い始める。男なんて温泉にくるとこんな物。

「獣臭いね」
「体毛浮いてるし……」
「今頃タイガは女風呂かぁ……いいなぁ」

グリーンとオレンジを除く全員は男湯を隔てる竹の作に目をやった。
中では、はしゃぐシェンナの声しか聞こえない。

「わー♪ 温泉ですよ。温泉ですよ!」
「……水が飛ぶからやめて……」
「わわわー♪なんですかなんですかー!イエローさんセクシーですねー」

シルバーは赤面して湯の中に潜った。
ブルーとグレーはニヤニヤしながら向かい合う。

「いやぁー~。温泉の醍醐味はこれっすよねーw」
「だよねだよねー♪」
「イエローが……シェクシィーですか……」

グリーンはふといつものイエローを思い浮かべた。
……別に何とも思わない。

挿絵

女風呂は男風呂と違ってかなり高度なセキュリティシステムを搭載していた。
そんなシステムは石や竹に見せかけていて、逆に良い味を出していたりする。

「わー♪温泉って良いですねー♪」

黙って疲れを癒している女子達とは打って変わってシェンナのみはしゃいでいた。

「何か喋りましょうよー♪」
「……シェンナ。ちょっとは場の雰囲気を読みなさいよ」

クリームに一括されてシェンナは黙り込んだ。
つまらないのでシェンナは風景を見ることにした。
お月様がぼんやりと出ている夜空の下でかさかさと触れ合う竹の葉の音がじんわりと
響いた。
そんな自然の鑑賞に浸っていると、一本だけ不可思議な竹があった。
太さが人間の銅くらいあって、色も絵の具を塗っただけのような黄緑色をしている。
おまけに、顔だけがすっぽりと表面に突き出ていた。

「……あれー。誰か覗いてますよ」

シェンナが竹を指差して大声で皆に知らせる。

「……変態かなぁ」
「どうせ酔っ払いのコスプレ趣味でしょ……」

誰も覗きに屈しない。もちろんシェンナもなのだが。

「……みなさんて結構神経図太いんですね」
「まぁ、確かに覗きに屈しない女らしくない私たちの神経は確かに図太いかもね」
「自分で言ってて悲しいよね~w」
「うんうんw」

シェンナはとことこと竹に近寄ってまじまじと竹から突き出した顔を見つめた。
もちろんその正体は。

「(やばい……なんだこのガキは……女子達のが見えない……)」
「あれー。なんか冷や汗かいてますよー?」
「(じゃまだっ!どけ!)」
「うーん……。暑くないんですかー?」
「(どうでもいいだろそんなこと……)」
「出てきてくださいよー?」
「(うるせぇなぁ……こいつ……)」
「あ、あっちに女の人が裸で踊りを」

突然タイガが飛び出して柵の裏側に回る。
ハッと気づいて後ろを振り向くと女子の冷たい目線が体中に突き刺さる。

「わー♪虎猫さんですねー」
「違うっ!オレは……」
「タイガくん……何やってるんですか」

イエローは何処に隠し持っていたのかメスを取り出す。
タイガはおどけて笑い出す。

「にゃははーw なんていうか。女湯で待ち構えてたらイエローちゃんたちが居るんだもんなー♪オレとしては~覗かないとね!」
「……そうですか。まぁいいでしょう百歩……いえ億万歩譲って」
「っていうかさー♪っていうかさー♪そこの素敵な女性は誰なのー?」

タイガはニヤニヤ笑ってクリームを指差す。

「……ギャッ!よく見たら右目が無いっ!!」
「いえいえ、ちゃんとありますよ。小さいだけです」
「あ、そうなんだ……」

タイガは目のショックで一時クリームへの好意を削がれた。

「(う~ん……目が普通の大きさだったら結構美人なのになぁ……なんで目が小さいんだろ……)」

考え込むタイガの顔をひょいとシェンナが覗き込む。

「虎猫さん♪初めましてー♪」
「……オレは虎だ。ガキはどっかいけ!小学生に興味は無い!」
「ガキじゃないですよー♪私イエローやクリームと同い年ですよー♪ハイスクールスチューデントですよー♪」
「…………」

タイガはとぼとぼと女湯から立ち去った。帰り際に言った「世の中所詮嘘だらけ……」という言葉が聞こえたのは1人もいなかった。







「……枕投げだぁぁぁーっ!!」

ブルーの叫び声と共に風呂上りのお楽しみ第2回枕投げはスタートした。

『さぁ!始まりました第2回枕投げ大会ぃぃ!!前回は隊長が枕化してしまいましたがぁ!(某話参照)そんな事に凝りもせず!再び始まりましたぁぁ!!!枕投げ!スタートォォ!!』

オレンジを実況役、イエローをサポートに置き、早速枕投げはスタートした。
いきなり実況めがけて枕が集中するのは言うまでも無い。

「わー♪枕投げって集団リンチなんですねー♪」
「……違うでしょ」
「私もー♪えいやぁ!」

シェンナの枕だけ他の物とはあきらかに軌道をそれて隣の部屋のふすまに激突した。
もちろん、凹んでいる。大きくくの字に凹んでいる。

「あははーwやっちゃいましたぁ!」
「誰だー!!ふすまをこんなにしやがって!!!」

もちろん隣の部屋から、野次が飛んでくるのだ。
素直にクリームがシェンナを引き連れて隣の部屋に入って行った。
見事なまでの迅速な対応だ。

「どうもこの馬鹿がすいませんでした……」
「おじさん変な格好ですねー♪」
「何だと!?」
「……す、すいません」
「ホラおじさ~ん。クリームも謝ってますし!」
「……違うでしょ」
「えぇい!まったく……近頃の親は……子供の世話も出来んのか!?」
「え、いや……そういうわけでは」


ふすまの向こうから熱心な説得が聞こえる。
とばっちりを受けないように他の皆はすごすごと枕を片付けた。
誰かが「もう一度温泉に入りましょう」と言った。

「おじさんおじさん。起こると血圧上がるよー♪」
「なんだと貴様ぁぁ!!!!」
「……シェンナは黙ってなさい」

確かにその方がいいと一同は判断した。
それにご飯まで時間があるし、温泉は一度きりという決まりも無い。

「では、もう一度」

グリーンは一同を引き連れて再び温泉へと出向いた。
普通この時間帯ならもう少し温泉へ向う客が多いのだが……何だか少ない。

「……あの、お客様。温泉は現在……」

のれんをくぐろうとした所で番頭に呼び止められた。
商人特有のもみ手をしながら低い姿勢で歩み寄ってきた。

「……あの、現在温泉は使用できません……」
「な、何故ですか?準備中で?」
「い、いえ……そういうわけでは……」

番頭はちらっと目で側に居た従業員に合図をした。
ハッと気づいた従業員は女湯にどたばたと入ると首を振りながらでて来た。

「……ど、どうだ?」
「やられています……」
「あのぉ……何ですか?」

グリーンが2人の間に入る。
番頭は揉み手のスピードを速めてこう言った。

「そ、それが……怪盗湯けむり男という物から予告が来まして……」
「はぁ……湯けむり男ですか」

ネーミングがちょっと引っかかるが、とにかく何かを盗まれたという事だ。
だからこの番頭はもみ手の速度が速いし……OFFレンも温泉に入れないのだろう。

「何か盗まれたわけですね?」
「は、はい……温泉の効能を……」
「効能!?」
「リウマチです……リウマチと冷え性の効能を盗まれました」
「えぇーーーー!?」

リウマチと冷え性といえば温泉の効能の代表格!
それが盗まれたとなるとまさに一大事。温泉の生命にかかわる大事件だ。

「で、ですから……も、申し訳ございませんっ!!」

番頭はバッと土下座して大声で謝った。

「ど、どうする……?」
「私達は正義のOFFレンジャーですよ。その湯けむり男を捕まえましょう」

グリーンは拳を握り頼もしい顔をして振り返った。

「で、でも……」
「多分、まだ犯人はそう遠くへ入っていないでしょう。リウマチと冷え性の効能を持っていることですし」
「番頭さん。番頭さん。何か手がかりになるようなものは無いんですか?」
「え……いえ、特に……」

番頭はゆっくりもみ手をしながら考え込む。

「あぁ!そうだ。リウマチと冷え性の効能を盗むという事は、本人はリウマチで冷え性ということです!」
「なるほど!じゃぁ、リウマチと冷え性のお客が犯人かもしれないという事ですね」
「えぇ、まぁ……多分。なるべく早めにお願いします……」
「何故ですか?」
「効能の中でもリウマチと冷え性はデリケートなんです。早く救出しないと下痢になってしまいます」
「わかりました!後はご安心ください!」


グリーンがハキハキと答えるものの、冷え性でリウマチの客というアバウトな条件で
探さなければいけない労力は計り知れない。



「おじさん。足大きいですねー♪ぞうさんみたいですー♪」
「こ、このクソガキがぁぁぁ!!!!!」
「……黙ってなさいって言ってるでしょ……」
「でもこの人足大きいよね?ね?クリーム」
「……まぁね」
「もももももも……もう話にならん!!出て行けぇぇ!!!」


シェンナとクリームの謝罪は一部の人物により強制終了となった。
シェンナは何故か何であのおじさんが起こっているのか未だ理解できてなかった。

「変な人だねー♪」
「……あんたもね」


部屋にもどるとすでに誰もいなかった。
シェンナは動じずリュックの中から軽くお菓子を摘まんで口に入れる
それを呆れた表情でクリームは見つめた。

「私……トイレ行ってくる」
「いってらっしゃーい♪」


クリームが去っていくとシェンナはバナナを取り出し同じく食べ始める。

「やっほー♪みんないるー?」


タイガがオオカミを連れてきて部屋に入ってきた。
どうやら女子狙いだったようで枕を持参してきていた。

「あれ……?お前だけか……えーと」
「シェンナだよー♪」
「……シェンナちゃんね」


タイガはなんだかがっかりてその場に座り込んだ。
オオカミは余って後ろにいるだけである。

「ねー。タイガくん」
「あー?何だ?」


シェンナがバナナの皮をピラピラさせながらタイガの前にやってきた。
タイガの前にちょこんとバナナの皮を乗せるとにこりと笑った。

「何のまねだ?」
「踏んで!」


相手はダイレクトに要求を突きつけてきた。

「なんでオレが踏まなきゃいけないんだ!?」
「すべるから!」
「なんですべてえほしいんだ!?」
「面白いからー♪」


タイガはオオカミを顎を使って合図する。
オオカミは「はぁ……」と返事するとバナナの皮をゴミ箱に捨てた。

「どうだ!?もうこれで踏めないぞ!」
「踏んで!」
「聞いてんのか!?」
「すべって!」
「人の話し聞けよ!」
「面白いからー♪」
「リピートすんな!!」

タイガは大声を上げすぎて酸欠になったらしくぜぇぜぇ言いながらシェンナは無視し
て女子の帰りを待つことにした。
シェンナはめげずに不貞寝しているタイガを揺さぶる。

「踏んでー。ねぇ踏んでー」
「うるさいっ!」
「すべるからー。すべるんだよぉー」
「知ってるっ!」

タイガはイライラしてシェンナを突き飛ばした。
シェンナは後ろにのけぞって壁に頭を思い切りぶぶつけてわんわん泣き出した。

「うぅ……グス……グス……わーーーーん!!」
「泣くなよ……」
「……泣かせないでくださいよ……」

クリームがトイレから帰って来た。
突然の来訪者を物ともせずシェンナに近づいて頭をなでる。

「ホラ、シェンナ。いたいいたいのとんでけー……もう痛く無いでしょ?」
「ホントだ!痛くないー!」
「タイガくんだったっけ。……わかる?この子はこういう子なのよ」
「あ、あぁ……そう」


シェンナはぴょんぴょん部屋中を飛び跳ねた。
クリームはリュックから文庫本を取り出して読み始める。
誰もタイガのことを気にしなかった。

「あ、あのぉ……クリームちゃん?」
「何?」


クリームは迷惑そうにしおりを挟んでタイガのほうを見た。

「え、い、いやぁ……他の皆は何処へ行ったのかなぁと思いまして……教えて欲
しいのでございます」


何だか睨まれているように感じてつい低い態度をとった。口調もつい敬語が飛び出す
クリームは本に目を再び通しながら答えた。

「……さぁ?」





「リウマチと冷え性の方ー♪いらっしゃいましたら退治しますのでOFFレンジャーまでー♪」
「……それじゃぁ誰も来ませんよ」

犯人探しから20分後、やっと全員は同じ考えに行き着いた。
冷え性やリウマチの人なんて、温泉生きている人の大半はそうだろうと思われる。
温泉はそれを直す為に来ているのだから……。

「どうします?」
「さぁ……これ以上犯人の手がかりが……」
「あ、犯人がもう効能の力で冷え性とリウマチが治っているとしたら?」

イエローが嬉しそうに言った。

「といいますと?」
「自分が必要だから盗んだわけですからきっと、治ってますよね?犯人」
「確かに」
「つまり、モロそれっぽいくせに、冷え性とリウマチでも無い人が犯人です」
「なるほど、では、各自分かれて……」

そこでブルーの制止が入る。

「この旅館には消灯時間があります。もうすぐ来ちゃいますから明日にしましょう」

消灯時間は夜12時。現在夜10時半。

「……まだ時間あるじゃないですか」
「で、でも……早く枕投げの続きを……」
「隣があんなに怒りっぽい人なんですからもうしないほうがいいですよ」
「そうですよ。変な格好で血圧上がりやすい人なんですから」
「……怪しいですよねぇ」
「ですねぇ」

──怪しい人。まさかとは思うけど……

一同は部屋へと一目散に走り出した

「ねぇ。クリームちゃん。本好きなの~?オレも好きなんだー♪」
「アダルト本は私読みませんけど」
「……あはは、そっか」

タイガは枕を再び抱えてクリームに少しでも話すきっかけを作ろうと思った。

「あ、お、オレ!今日ここで寝たいなー♪なんて……」
「……」
「だ、ダメかな?やっぱダメかな……?」
「……」
「(ど、どうしよう……取り付く島が無い……)」

タイガは困った。無視とはこういうものなのかと改めて痛感した。

「いま……どうしようって思いましたね?」
「え、い、いや……別に」
「そうですか……」

沈黙に耐えられず側に居たオオカミと話を始めた。

「……疲れるな……」
「はぁ、そうですか……」

オオカミも何だかそっけない返事を返してくる。

「何か共通の趣味でもあればなぁ……」
「聞いてみてはいかがです?」
「ねぇ。クリームちゃん。好きなものあるー?」

クリームは黙って本を読んだまま返答しない。

「オレだったりしてーwなんちゃってー♪」
「……」
「ひょっとしてこのオオカミが好き?まさかねー♪」
「オオカミ?こんな所にオオカミなんて居るわけ……」

クリームはオオカミに目をやると、口を手で押さえつけた。
信じられないといったような。そんなリアクションだ。文庫本も床に落ちて表紙から折れ曲がっている。

「……ど、どしたの?」
「じ、獣人……さん」
「なんだ?なんだなんだ?」
「シェンナはケモノ系がすきなんだよねー♪」

さきほどからお菓子をぱくついていたシェンナが助言する。

「(そうか……)じゃぁさクリームちゃん♪オオカミ一匹あげようか?その代わりオレと♪」
「……っ!?……え、遠慮しとくわ……(……またの機会を待とう……)」

挿絵

クリームは本を再び読み直す。しかし手が震えていたのに気づいたのはタイガだけだった。

「あのっ!隣の人まだいます!?」

とそこへグリーンがやってきた。
シェンナはお菓子をぽいっお口の中へ放り込むと「うん!」と答えた。

「あ、あのさーグリーン。オレ今日この部屋でさー……」
「邪魔です!失せてください!それでシェンナ!隣の方はどんな方ですか?」
「ひょっとして冷え性でリウマチっぽいですか?」
「えっとねぇ……変な姿勢で足の大きい人だよー♪」

やっぱり……と互いに顔を見合わせた。
間違いなく隣の人物が『怪盗湯けむり男』に違いない!

「いきますか!?新必殺技」

イエローが隊長に問いかける。グリーンは黙ったままうなづいた。

「新必殺技ー?ヒーローみたいー♪」
「だからヒーローなんですってば。最初に言いましたでしょう?」
「そうだっけー?ねーそうなの?クリーム」
「……知らないわよ」

ミニコントはほっておいて、湯けむり男の巣屈へとグリーンは足を踏み入れた。

「怪盗湯けむり男!覚悟しなさい!」

中にはタバコをくわえながら新聞を読んでいる男が座っていた。
グリーンが入るなり物凄い形相で睨んできた。まぁ、普通の反応はそうだろう。

「なんだ……貴様は」
「(グリーン……違った時の保険として遠回りに聞かないと)」
「え、えと……あの……冷え性ですか?」


グリーンは遠回りに聞いたつもりらしいのだが男はカッと目を見開いて立ち上がった。

「お、おのれ……見破られたか!!」
「えっ!?……そ、そうですね!やはり湯けむり男の正体は隣のおじさんなのですねっ!」


男は不敵な笑みを浮かべ始めた。

「フッフッフ……ばれては仕方が無い……。その通り!私が怪盗湯けむり男なのだよ」
「では、我々OFFレンジャーが退治させていただきます!OFFレンボックススタートぉ!」


グリーンの掛け声と共にブルーはボックスを高々と打ち上げた。

「それっ!」
「えいっ!」
「やぁ!」


そしてシェンナの所でその流れは……。

「なんですかー?これー」


止まった。

「ちょっ!シェンナ!早くまわしてください!」
「中身は何ですかー?」
「あけないでくださいよっ!!まわすんです!」
「はいー」


シェンナは湯のみの様にくるくると胸元で一生懸命ボックスを回し始めた。

「違います!他の人に!他の人に!」
「他の人に?述語を行ってくれないと困るんですよねー。常識ですよ」
「他の人にあげてください!」
「じゃぁ、クリームあげるー♪」

クリームがプレゼントを受け取るとさっそく他の人にパスし始める。
通常の3倍の時間がかかっていたりする。

「グリーン!」
「はいー!えーとえーと……」

呼び出すものが全く思いつかない。
ボックスはぽとりと床に落ちた。

「わーい♪プレゼントだー♪」

シェンナはグリーンの足元のボックスを手にとってくるくる回し始める。

「さっきから貴様らは何をやっているのだ!!」

湯けむり男は逆上してそばにあった机やら置物をかたっぱしから投げつけ始めた。
それによけるのが精一杯で誰も手出しが出来ない状況に追い込まれる。

「ちょっ!」
「誰か!ぎ、犠牲になる隙に……」
「……それでは私が」

クリームが物が飛び交う中へ飛び出した。
その隙にグリーンはシェンナの方へと移動する。

「……みんな伏せて」

クリームの呟きと共に彼女は何処からかどでかいガトリングを取り出した。
それを何と言うことだろうか、目にガシッ!と取り付けてそこから銃弾が発射された。

『ドドドドドドドドドドドド…………!!!!!!』

銃弾は、遠慮がなく次々と発射され、湯けむり男の動きを止めるのには十分すぎるほどだった。
銃弾の音が響く中クリームはすばやくガトリングを外すとシェンナからボックスを奪い取ってグリーンのほうに放り投げた。

「……どうぞ」
「あ、あぁ……はぁ……で、では……ブルー……」
「あ、はい」

ブルーも困惑していた様子でタイミングがつかめないまま、再びボックスを打ち上げるが、

「これシェンナのですー!!」

シェンナがボックスを抱えたままブルーから遠ざかって再びごそごそと中身を空け始めた。

「中身は何ですかねー♪」
「……あの馬鹿は……」

挿絵

クリームはあきれ返りながらシェンナに寄り添って作り笑いをしながらシェンナに話しかける。

「シェンナー?いい?」
「なーにー?」
「あのね。その箱をあのおじさんにぶつけると、シェンナのお願いが何でもかなっちゃうのよ」
「へーすごぉいねー♪」
「そう、すごいでしょ?だからねー。あのおじさんをやっつける為にはその箱をぶつけないといけないわけ解る?」
「わかるよー♪」
「じゃぁ、投げて」

シェンナは勢い良くボックスをおじさんにぶつけた。思ったより腕力がいいのか、興奮で力んだのか、ぶつかったおじさんはくるりとひっくり返って、後ろに倒れた。
シェンナはうーんうーんと唸って何をお願いしようか考えた。

「お菓子はやっぱり和菓子かなぁ?クリーム」
「……」
「……地引網ー!!」

グリーンが時間切れ数秒前で叫んだ。
特に何かが考えがあったわけでもなく、そばのパンフにあった魚介類の写真を見てふと思いついたものだった。
湯けむり男の頭上には地元の漁師さんが丹精込めて編み、幾多もの漁業を共にしたと
思われる、がっしりした地引網が現れた。

「今です!みなさん引っ張ってください」


網が湯けむり男をつつむと急いでグリーンは口の所を思いっきりひぱった。

「ぎゅっ!」と網が閉まると急いでもがく男をみんなでひっぱる。

「おーえす!おーえす!」


ずるずると男は抵抗しながらも風呂場まで連れて行かれる。

「ば、番頭さ~ん!湯煙男を捕まえましたぁ!」

番頭は喜び勇んで走ってきた。
揉み手もうれしそうにアクションしている。

「ありがとうございます!で、では温泉の方へ!」

温泉の方へ番頭さんと共にもがく男を連れてきた。
そして湯の中に男をつきとばす。

「ぎゃぁぁぁ!!リウマチと冷え性の効能がお湯に流されていくぅぅ!!!いたたた……!!」

湯けむり男はボロボロになった怪しい格好のまま何処かへ逃げていった。
これで、一件落着天下泰平というわけだ。

「では、事件も解決ですし。寝ましょうか!」
「枕投げは……しないんすかぁ?」
「もうそんな時間内ですよ」
「……ぅぅ」

















「ピンクちゃぁ~ん……ピーターちゃ~ん……」

『タイガ入室禁止!』の張り紙の前でタイガはがりがり爪を尖らせて引っ掻いていた。
入りたいものの、嫌われそうだから入れない。悲しい男の性。

「……女子と寝たいよぉ……シェンナちゃ~ん……クリームちゃ~ん……」

そこでガラっと、扉が開いてシェンナがでていた。

「……寝ましょうかー?」
「いいの!?」
「いいよー♪クリームも一緒だけど」

シェンナの後ろにはクリームが立っていた。
枕を片手で持っていたがなにやら怖くうつった。

「クリームちゃんも!?」
「いえ……私はオオカミに会いたいだけよ」
「あ、そう……」
「グリーン?どうですか?彼女たち」

グリーンの横に寝ているオレンジが話しかけてきた。

「ZZZ……」
「……結局入隊……するんですかね?」
「ZZZ……」
「……寝てるのかぁ」

オレンジは障子の隙間から漏れる光を見つめた。
まだ障子の向こうからは新隊員の声が聞こえてきていた。