第30話
『秋桜を探して……』
(挿絵:ピーターパン隊員)
──良い天気だなぁ……。
彼が今日そう思えたのはここ最近の天候の悪さにあった。ここ最近の天候の悪さといったらニュース番組1コーナーで騒がれるほどだった。
しかし昨日の雨雲が嘘のように消え失せ今、外には雲ひとつ無い青空が広がっている。
「オイ。オオカミー。紅茶もってこい」
そんな清々しい気分をなんとなく味わいたくて彼は紅茶が飲みたくなった
枯れ葉散る秋の午後に似合わない青々とした空の下で今彼は紅茶を飲んでいる。
「……薄いな。砂糖が足らない」
そんな彼の楽しみといえばアダルト文庫のシリーズをお茶の時間に戴く事。
好みの定員のいる店では堂々と写真集や成人向け雑誌を買えない為にこれを買ってくる。
たまたま買ってきたら意外と夢中になって読みすすめてしまっていた。すでに彼の本棚にはシリーズ全巻が揃ってしまっている。
「今日は……第8巻『体育倉庫にご用心!?』これだな。後半のシーンがいいんだよなこれ」
順序良く並べられたシリーズの中から目当ての本を取り出した。その後、表紙の写真をじっくりと堪能した後……彼は1ページ目を開くのだ。
男の台詞は自分が読み、女の台詞は脳内でキャスティングをする。これが最も楽しく読める彼が編み出した読書法だったりする。
「由美子ちゃん……。ここは体育倉庫だ。定番じゃないか定番。さ、ここで僕らの愛のハーモニーを奏でようでは無いか」
「……そんなこといわないでおくれ。ボボボ……ボクは……君じゃなきゃ……」
「……問答無用だよ由美子ちゃん。ボクの理性はもう完全になくなっているんだよヒッヒッヒ」
ふと3行の演技をした時点で彼はふと、読むのを辞める。
「んー……。どうもオレの感じじゃないな。オレはこんな暗い奴じゃないぞ……今日は辞めだ」
そうして彼は自製のしおりをページに挟む。コスモスの押し花を和紙ではさんだ綺麗なしおりだ。
彼は自分の読む本にはこのしおりを必ず使っている。
「……雨で種が流れて無いといいけどなぁ……」
ふと、彼自身の話題は窓から見える花壇に集中した。本を机の上に載せるとさっそく引き出しから青いじょうろを取り出す。
これは暗黙のうちに毎日彼に課された課題で、彼自身の趣味の一つでもある。
「ん?でも良く考えれば雨が降ってたんだから水はいらないかな……?」
蛇口をひねろうとした瞬間。タイガはやっとそれに気が付いてじょうろを締まった。
「みずやりが無いとつまんねぇなぁ……乾かすかな~w」
などと考えながら再びタイガは本棚に手を伸ばす。
今度は第2巻の「処女の桃源郷」という随分濃い表紙の本を手に取る。今度は手に取らずにじっくりと読みふけっていった。
「ん~。やっぱあれだな。時折入る性的描写がなんとも……www」
タイガは初期の過激な作品が好きらしくよく読んでいた。
よく、穴が空くほど読むというが実際興奮のあまり何度か穴をあけてしまった事がありそれほど熟読しているのだった
といっても、ただ単に10人の高校生が1人の青年にHな事をされるというだけの単純な話なのだ。
「うぁーw『恥じらいを感じながらも』だってー やべーまた穴開けそうだぜ♪」
1人、紅茶を読みながら独り言を言っているタイガは急につんと鼻に付くにおいを感じた。
最初は、紅茶と整髪料の匂いか何かかと思っていたがだんだんその匂いが焦げ臭い物だと気が付いた。
「……火事……なわけないよな」
ドアを開けて辺りを見回してみてもオオカミはただぼーっと歩いているだけだった。
不思議に思って部屋に戻ると再び紅茶を飲みながら外を眺める事にした。空の青さとカップの虎模様がなんともいえない幸福感をタイガに与えていた。
「んー。やっぱ虎柄のカップはお気に入りだぜ……ここにパープルちゃんとかホワイトちゃんがいればなぁ……」」
そんな事を考えながらチラッと再びタイガは外を見た。さっきとは打って変わって綺麗な夕焼けがタイガの目に映った。
「綺麗だな……さっきまであんなに青かったのに……青……」
時計を見ると午後1時。もうすっかり夕暮れ時……。
「なわけない!まだ昼じゃねぇか!!なんだなんだ!?」
再び部屋の中に焦げ臭い匂いが充満する。
……そうやら外からにおって来るらしい事がわかった。
「……外だな!?」
タイガは急いで部屋を飛び出しアジトの外へと出た。すると物凄い勢いで火が踊り狂っていた……こんな大火災は見たことが無い。
「た、大変だ!!オオカミー!水をもってこい!!」
必死に外からオオカミに呼びかけた。少ししてようやく中から慌しい音が聞こえた。
そんな時、火の中から楽しそうな笑い声が聞こえて少しタイガは不思議に思った。
「……だから……ねー」
「……といっても……♪」
タイガは火の中へとゆっくり入っていった。思ったより煙の中は暑くなく、すんなりと進む事が出来た。
ようやく中間点の地点まで来るとたくさんの人影が並んでいた
「あ、タイガくんだ」
人影がこちらを向いてこちらに気が付いていた。よく目を凝らしてその影を見ると……OFFレンジャーたちだった。
「な……何やってるんだよっ!!オレのアジトでっ!!」
赤々と燃え盛る火の中央でOFFレンたちが輪を描いて座っている。
その奥のほうからグリーンが出てきて笑顔でタイガに説明した。
「すいませんー。キャンプファイヤーしてまして」
「きゃ……キャンプファイヤーって……山火事みたいじゃねぇか!!」
上を見上げると物凄い炎が渦を巻いていた。
そんな状況下にもかかわらずOFFレンは楽しそうに歌を歌っていた。
「燃えろよ燃えろーよ♪炎よ燃えろぉー」
「歌ってるんじゃねぇよ!消せよ!」
ふとタイガがキャンプファイヤーの中心部を見た。見覚えのある野菜の黒焦げが転がっている。
「ま、まさか……!!」
焦っているタイガを見てシルバーとブラックはタイガのそばまでやってきて書類を見せた。
どうやらキャンプファイヤーの見取り図(?)らしくここ一体の簡単な図が描かれていた。
「このようにですね。燃え広がらないようになっていますんで大丈夫ですよ」
「キャンプファイヤー用の特殊装置だよ。俺達が考えたんだから」
「しかも有害物質が全く発生しないという優れもの~♪」
タイガはシルバーの胸倉を掴んで怒鳴った。
「ごたくはいいから早く消せ!!!」
「わ、わかりましたよ……ちょっと待ってくださいね」
シルバーは側のバケツを手にとってタイガに渡した。
「すいませんがバケツリレーでしか消せない仕組みになってるんですよ手伝ってください」
「何だとっ!!!いろんな機能つけるんならそういう機能もつけとけよ!!」
「すいません……気分を出したかったものでして……」
タイガは急いで駆けつけたオオカミを使ってバケツを一生懸命運んだ。そして火が消えた頃にはすでに中心部は黒焦げだった。
「消えましたね~」
グリーンが額の汗を拭きながら爽快そうに言った。
他の隊員もそれに同調して頷く、良い汗かいたなぁといった感じだ。ふとタイガのほうを見るとタイガはキャンプファイヤーの中心部を目指して走っていた。
そして到着するや否やへなへなとそのばに座りこんだ。
「そ、そんな……」
隊員が集まるとそこは自家農園といった漢字でトマトやきゅうりが植えてある畑だった。
「……あ、すいません。一緒に燃えちゃったみたいですねぇ雑草がいっぱいあってわかりませんでした」
「でもまぁ、野菜はまた育てればいいし♪」
タイガの肩に手を置いたオレンジはタイガの爪で引っかかれた。
「うるさい!!お前らは自分のしたことがわかっているのか!?」
「……キャンプファイヤーとバケツリレーでいい汗かい……」
「違う!!違う!!ちがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁう!!!!」
タイガが珍しく涙目で叫んだ。
「こ、ここには……ここには……コスモスが……植えてあったんだぞっ!!」
「コスモス?」
タイガが指を差すと真っ黒になって炭になっているコスモスの苗らしき物体が落ちていた。
その辺り一体がそうだったらしく火がダイレクトに当たって全滅している。

「……オレの大事な大事な……コスモスなのに……」
「まぁまぁ、また植えればいいじゃないか」
「たかが花なんだし……ね?」
「お、OFFレンなんて大嫌いだぁぁーーー!!!!!」
タイガは側に居た男子隊員を突き飛ばすと泣きながら走り出した
しかしある程度の場所で止まるとこちらを振り返った」
「で、でも女子の皆は大好きだぁぁぁーーーー!!!!」
あきれ返ったOFFレンの顔を見ずに、タイガは走り去っていた。
───その晩。真夜中のビデオ鑑賞会でも秘密の集会でもなくオオカミはタイガの部屋の前に集まっていた。
あの後自分の部屋に閉じこもったまま彼は出てこない。ご飯も食べないのだから重症だ。
「……OFFレンも確信犯じゃないかと思うくらいやってくれたなぁ……」
「タイガ様が覚醒せずに泣き出すほどだもんなぁ……」
「オレ達どうすればいいんだ……」
困り果てた顔でオオカミ達は頭を抱える。その中で1人が顔を上げた。
「……また水をやればいいんじゃないか?」
「土も焦げてるしそれは無理だな」
「……じゃぁ新しいのを買ってきて植えるか……」
「タイガ様にばれないのか?」
タイガは意外とこういうことだけは律儀に見分けられるのがオオカミ達にとって少々不安だった。
「奇跡とか感動とか適当に説明しておけば大丈夫だろう」
「そうだな……。それしかないよな」
「コスモス様も今どうなされていることやら……」
オオカミはタイガの部屋を見つめた。
中でタイガは布団に包まって静かに泣いていた。大声で泣きたいのは山々だったが、彼のプライドがそれを許さなかった。
「……グス……コスモス……」
今年のコスモスはオオカミの育てていたナス部分をとっぱらったからさらに綺麗に咲くはずだった。
タイガはそれを楽しみにして今日まで水をやり続けてきたし、約束も護るってきた。
しかし、こんな事で約束を破ることになってしまうとは運命とは皮肉な物だ。
「オレ……コスモスになんていって謝ろう……」
タイガは外から青白く光る三日月を見上げた。今日に限って光が心に痛く染み込んむタイガは窓を空けてすーっと軽く深呼吸をした。
「……会いたいな。コスモス……」
タイガはそばの椅子にもたれかかった。そして空を見上げるように眠った。

「……イガ……ま……タ……様……タイガ様!!」
朝。タイガはオオカミの怒鳴り声で目を覚ました。
あのまま寝ていたのでなんだか背中が少し痛んだ。
「……あ、オオカミか……」
「どうなさったんですか?もう12時ですよ?」
そういえば少しお腹がすいた感じがする。
「あ、じゃぁ……飯くれよ。飯」
「……ありません」
「なんで……?」
オオカミは窓辺にたって下を指差した。確かこの下は家庭菜園の場所。
「……野菜類が全部燃えてしまったのでいつも食べてるトマトの丸焼きすら食べられなくなりました」
「……あ、そっか。OFFレンが……燃やしたんだっけ……コスモスも」
タイガは少し寝癖がついている頭をコリコリとかいた。
元気の無いタイガの様子にオオカミは少々心配しながらも、食う宛を探すために部屋を出た。
「……腹減ったな。飯……はないんだっけ……」
側にあった蝶ネクタイも付けずにタイガは部屋を出た。
普段はすべてきちんとしている彼だが今回はボサボサの気のまま。ぼーっとしたうつろな目でアジトを出た。傍目から見ても元気が無いことがわかる。
「あ、タイガくんですー」
「ホント」
買い物中のシェンナとホワイトの前を廃人のようにタイガは通り過ぎた。
すぐ側に居たにもかかわらず一声もかけることなく通り過ぎたタイガをホワイトは不思議そうに見た。
「……変なタイガくん。いつもなら……」
「『ホワイトちゃーん♪』って来るのに……変ですねー」
「昨日の事、また気にしてるんじゃないかな?やっぱ」
「……シェンナは糖尿病になったんだと思いますねー。見た感じ」
2人はこっそり食べていたソフトクリームを急いで食べるながらタイガくんを追いかけた
「しまった!見失ったわね」
「シェンナ50m10秒台なのに追いかけられないなんてショックですー」
途中、線路の下の橋げたの下まで来ると四方八方何処を見てもタイガくんらしき人物の姿はなかった。
こんな暗い所にいるならば彼の黄色い体が良く目立つはずなのだが……
「あ、いましたー!」
シェンナは壁にぶつかっていながらも進もうとしているタイガを発見した。
側によってシェンナが強く尻尾を引っ張ってもタイガは黙って壁に向って歩き出していた
「……歩くおもちゃじゃないんだから……」
ホワイトも後からやってきてタイガの肩を掴んでグイッと引き寄せた
それでもまだ気づかないタイガの体の向きをこちらに向けて2,3回頬を叩いた。ぺしぺし。
「コラ!しっかりしなさいですー」
「シェンナは何もやって無いでしょう?」
少ししてからタイガは目を開けて軽く胸の前で手を振った。
「あー……。パープルちゃん……やっほー……ほー……ほ……」
「違うでしょ?ホワイト!ホワイトだって」
「あー。ホワイトちゃん……オレの部屋に来てくれるなんて嬉しいなぁ……今お茶でも……」
タイガはなにやら手でお茶を注ぐ素振りをしたが、それを手で払うと再び頬を叩いた。
ぺしぺし。
「タイガくん。どうかした?昨日の事なら謝るから」
「昨日の事……?オレ……何かしたっけ……?」
「ホラ、やっぱり糖尿病ですー」
ふらふらしているタイガを壁に立てかけるとホワイトは事の深刻さに驚いた。
「思ったより重症……」
「糖尿病は深刻ですー」
顔色が悪いタイガをみながら2人は悩んだ。
「ホラホラ、タイガくんはつよぉい虎なんでしょー?元気出さないと虎が聞いて呆れるよ」
「そうですよー。ガオー!ですー」
「……タイガって誰……?ホワイトなにしてんの……?」
タイガは深ぁぁぁいため息をつくといつもと違ったアクセントで話し始めた。
「……ついにぼけ始めたわね。しっかりしなさいタイガくん」
ぺしぺし。
「……痛い。痛いよホワイト……隊長に何するんだよ」
「隊長って……」
「久々にあったと思ったら……ホワイトも随分じゃないか……グリーンが可哀想だ」
変な様子のタイガにホワイトは困惑した。
「レッドみたいな事言わないでくださいよ……タイガくん」
「糖尿病が悪化しちゃったですー」
「レッドみたいな……じゃなくてレッドだよ……ホワイト」
壁にもたれかかりながらタイガは続ける。
ホワイトはタイガの腕を掴んでそれを目の前に持って行った
「この虎柄でどこがレッドなわけ!?いい加減しっかりしてくれないと困るんだけど!」
「……あぁ、そっか……オレはタイガだった」
「疲れるなぁ……」
少し元気が出た様な感じのタイガは落ち着かない足取りで歩き出した。
「ホワイトちゃん……お願いがあるんだけど」
「何?」
「腹減った……」
ホワイト達は、近くにある喫茶店に入った。
たまたま近くにあったので入っただけだが、なかなか良い雰囲気を醸し出している喫茶店だった。
茶系統の地味な内装の店内に響く穏やかな音楽、かすかな花の香り、水の音。窓辺にぼぉっと光るライト達。
まさに、恋人達で来る店感が強い所だ。実際数名のカップルがお茶を飲みながら楽しげに雑談をしている。
そんな中、カチャカチャと雑音を発しながら食事をしているタイガを前に2人は困惑していた。
「……ん?ホワイトちゃんもシェンナちゃんも食べないわけ?」
「いや、私達は……見てるだけで」
「……そ。じゃぁ、オレンジジュースおかわりして良い?」
「……ちゃんと返してよ」
「おっけおっけ」
ここはトーストやらピザやら簡単な物しかなかったのだが、良く食べる。
聞くところによると、最近は菜園頼りでトマトやナスの丸焼きしか食べてなかったそうだ。また、タイガが大理石のバスタブなるものを購入した為らしい。
「……で。昨日の事なんだけどわざとじゃないのよ」
「シェンナがここにしようっていったんですー」
「今のは狂言よ狂言。夏の夜の夢が聞かせた狂言なのよ」
「……いいよ。別に済んだ事だから」
タイガはフォークを皿の上に置いて寂しそうな声で言った。

「そんな大事なコスモスだったわけ?」
「……まぁ、AV何百本にも及ばないね」
こんな時にAVと比べるタイガに少々突っ込みを入れたくなったホワイトだったが、あえて突っ込まずに聞き返す。
「……誰かのプレゼント?」
「……コスモスからのプレゼント」
タイガは窓の外を見上げて彼女の名前を呼んだ。
「へぇ……コスモスさんかぁ(←忘れてる)」
「お花みたいな名前ですねぇ(←会ってない)」
「うん……。会いたいなぁ」
タイガはホットケーキをほおばりながら呟いた。いつものプレイボーイ的な彼とは違って純粋な男の子といった感じだった。
「じゃぁ、会いに行けば良いじゃないの?」
「……オレの家にいるよ」
「じゃぁ、会いに行けば良いのに」
さっきとは打って変わって半分呆れながらホワイトは言った。そんなホワイト達の反応に不安を感じながらもタイガは言う。
「……だって花になっちゃったんだもん。コスモス」
「……」
ホワイトは口を半開きにしたままタイガを見た。
その横ではシェンナがタイガの食べかけのホットケーキをつついている。しばらくして、やっとホワイトが言った。
「……タイガくん。変な宗教でもしてるの?」
タイガは部屋に入った。
手にはホワイトから『悩みがあるんなら聞くから』といって渡された500円玉が握られている。
それを机の上に放り投げると、その音がやまないうちにタイガは本棚を見た。
昨日読んだ第8巻を取り出すと10ページほど進んだ所にあるしおりを取り出した。
綺麗なコスモスの押し花は色あせることなく昨日、ずっと前と同じままだった。
「コスモス。お前の花燃えちゃったよ」
しおりに向ってタイガは優しい口調で言った。しおりに使用してある押し花はとある出来事でベッドの上に置かれていた物だった。
タイガはそれを丁寧に押し花にして常に使用している。
「コスモス……会いたいよ」
今度は寂しげにタイガは言った。
タイガはしおりを胸に当てて窓辺にたった。もう日が暮れようとして空が赤々としている。昨日のことを思い出してしまった。タイガは静かに目を閉じた。
……タイガは再び目を開けた。何故か綺麗な花畑の中にタイガは倒れていた。
昨日燃えてしまった花壇ではなく、地平線が見えるほど広い広い花畑だった。
「……天国みたいな所だな。オレにぴったりだぜ」

その時、カラカラと変な音がした方を向くと向こう岸から人力車が走ってきていた。
人力車はタイガの目の前でピタリと止まると渋い顔をしたおじさんが粋な口調で言う。
「よぉ、兄ちゃん何処へ行く!」
その気迫はタイガは押しつぶされそうなほどだった。
「え、えーと……」
この花畑を歩くのは辛いと思ったタイガは、何か答えねばと思った。
しきりにおじさんが足をパタパタとあげては下げあげては下げ見るからにイライラしているのが解った。
「早くいってくれねぇと、こちとら短気なんでね」
「と……とりあえず、花畑じゃないところ」
おじさんは腕を組んでキセルを一服吸った。めんどくさそうにキセルの灰を人力車の持っての所に打ち付けて落としながら言った。
「花畑じゃない所ってあんた。地面が無い所へ行けって言うのと同じだよ」
「……?」
「何畑の何丁目?」
「え?」
キセルを打ち付ける音が強まると同時におじさんの声も、気迫も強まっていく。
「何畑の何丁目!?それとも、チューリップの丘かい?」
「いや、ここ、畑ごとに別れてるのか!?」
「当たり前だろぉ?他に何で見分けろってんでぃ?」
「じゃぁ……コスモス畑一丁目」
ふとタイガは思った花の名前を言った。チューリップがあるのならコスモスもあるだろうと思った。
それだけでなく、なんだかコスモス畑にホントに彼女がいるような期待がタイガにあったのは確かだった。
「コスモス畑一丁目ね……。ハイハイ」
おじさんはしぶしぶキセルをしまうとタイガを人力車に乗せ走り出した。
少し狭かったがタイガはなんだか人力車という過去の違和感にワクワクしていた。
走っていくとなんとなく解るのだが、畑は綺麗に区間されているらしく交差点まで存在していた。
さらに畑と畑の境目がきっちり分けられており、蝶の種類もある一転を境に別な蝶が舞っていた。
「ここにはどれだけ畑があるんだ?」
見たことのある花から名も知らぬ花まで見ていたタイガはふと気になっておじさんに聞いた。めんどくさそうな口調でおじさんは答えてくれた。
「そうだな……。数えた事は無いが200以上はあると思うぞ」
「ふーん」
タイガはそばの花畑に目を移した。ちょうどパンジーの畑の真横を通りかかっていて、そろそろ別な畑に入ろうとしていた。
人力車に乗ってこんな花畑を通る事になるとはタイガは考えもしなかった。
ただ、花と蝶しか視界にないにもかかわらず飽きもし無い風景にタイガは満足していた。
「お兄さん。そろそろ秋桜の畑ですよ」
「そ、そうか……」
少し向こう側にピンク色の綺麗な色が顔を出した。タイガは身を乗り出してそれを覗く。
……ちょうど畑に入った所でやってきた時のように人力車はピタッと止まった。
タイガはピョンと軽く飛び降りるとコスモス畑の中に一歩足を踏み入れた。
「……」
そしてもう一歩畑の中へ入っていった。いつの間にか人力車の姿もどこかへと消えていて、タイガは1人畑の中に残った。
辺りを見回すと、向こうの方にポツンと、小さな影が見えた。
「コスモス!?コスモスーーー!!!」
確認する事も考えずタイガはコスモスに足をとられながらも小さな影へと走っていった。
段々大きくなる影はタイガの目の前まで来て……。
「……お兄様」
タイガは涙が出た気がしたが、涙よりも先に出たものがあった。
彼女は花畑に座って彼を見上げて静かに微笑を浮かべるだけ。
「……コスモス」
「お久しぶりです……。お兄様」
少女は立ち上がってタイガと同じ目線にたった。
さっきまで花畑に広がっていた白いドレスがすっと伸びてタイガの目に眩しかった。
「コスモス……」
くすっとコスモスは笑ってタイガの目をじっと見た。あの頃となんら変わっていない彼女の瞳の色見てタイガは目をそらしてしまった。
「お兄様、さっきからそればっかりですね」
「あ、あぁ……えーと……」
「……無理もありませんよね。私もお兄様に会えてもう、どうしたらよいもの……」
タイガは突然少女をぎゅっと引き寄せ抱きしめた。あの時には出来なかった事。少女も黙って微笑んだ。
「コスモス、実は……お前のコスモス……」
少女と一緒になった今、勇気を出してタイガは言った。
そんなタイガの様子を察したのかコスモスはタイガの手を掴んで引っ張った。
「お兄様、こちらにいらしてください」
コスモスは畑の中をタイガの手を引いたまま走り出した。タイガは何も言わずにコスモスに手を引かれるまま走っていた。
「コスモス、何処行くんだ?」
「海です。お兄様」
「海って……ここは花畑じゃ……」
急にタイガの足の裏が熱くなった。砂に足を取られて躓いた時、ここが海だと気が付いた。
何もいない静かな海で、鳥や魚らしき物も見えない。
「……私、ここの眺めが好きなんです」
ぼーっと海を見ていたタイガに後ろからコスモスがそっと呟いた。
「……あぁ、綺麗だな」
「えぇ」
「お前も……座ろう?」
コスモスはき、フッと笑って、タイガの横に座った。
「あの……」
タイガが何か言おうとした時、コスモスはそっと人差し指をタイガの口に当てた
「お兄様、私ずっとお兄様に会いたかったんです」
海を見ながらコスモスは言った。
「……オレもだ」
それはタイガも同じ気持ちだった。
「お兄様……お体は大丈夫ですか?好きな人はできましたか?今オオカミの皆さんは……」
「待て待て!そんなに言われたらオレも答えようが無いぞ!」
そういうとコスモスは顔を赤くしながら下を向いた。
「……ごめんなさい。お兄様に聞きたいことがいっぱいあって」
「そっか。まぁ、オレもオオカミもみんな元気だぞ、ホランとか言う嫌な奴も要るけど」
「ホランさんですか?」
「白い虎とかほざいてる嫌な奴なんだ。あいつ、生ゴミが主食なんだぞ」
真剣な表情でタイガはホランを罵倒する。ホランはもちろんこのことを知る由もなく。
「……生ゴミが主食ですか……お体を気をつけていただきたいですね」
「そうだろ~?でもまぁ、最近はあいつのキャラクター性もずいぶんギャグ化してるしなムカつきも減ったし」
「一度お会いしたいですね……。私」
「じゃぁ、お前も来いよ!またオレと一緒に暮らそうぜ!」
嬉しそうなタイガの顔を見てコスモスはうつむいてさっきまでとは違うトーンで言った。
「……」
その様子を見てタイガは不安になった。
「……お、オレと一緒に帰ろう?な?」
「……」
「ど、どうして……」
「お兄様、コスモスは……コスモスは……」」
コスモスは顔を上げてタイガの顔を見た。瞳が少し潤んでいた。タイガはそんなコスモスを見て思わず後ずさりをした。
「い、嫌だ!せっかく会えたのに!コスモス!オレお前と……」
急に景色が開けてコスモスの花畑の花びらが当たり一面に舞っていた。
コスモスは花吹雪の向こうでゆっくりと立ち上がった。
「お兄様、コスモスは……お兄様とは行けません」
「じゃぁ……オレもここに住む!コスモスと2人でいれば……オレだって」
コスモスはただ、黙って首を横に振る。
「どうして……」
「お兄様、私は……コスモスだって……お兄様と一緒にいたいです。でも……」
「で、でも!?」
「……私には……もう無理なんです。お兄様」
「コスモス……」
花吹雪の中からコスモスの声が響いた。
「お兄様、また……また会える時が来るまで……さよならです」
「タイガ様!?」
ハッと気が付くと、タイガはドロだらけになったまま花壇の中に倒れていた。
目の前にはオオカミが3人タイガの顔を覗き込んでいた。
「あれ?……オレ」
「上から落ちたんじゃないですか?タイガ様、窓のところで寝たのでは?」
上を見上げると月に重なってカーテンが風にそよいでいるのが見えた。
手に持っていたはずのしおりがいつの間にかなくなっていた。
「(どうする?そろそろ言うか?)」
「(そうだな……)あーーーっ!タイガ様花壇を見てくださいよ!」
「ぁ?」
タイガの倒れていたちょうど足元の方向にコスモスが5輪咲いていた。
「こ、これは奇跡ですよ!タイガ様!何かの力による奇跡ですよ!」
「そうです!こういうときは軌跡の力が絶大なんですよ!!」
タイその5輪のコスモスの横に小さく咲いているコスモスに気が付いた。
側によるとあのときのようにそこだけぼぉっと光っていたような気がした。
「(……オイ、6つも植えたか?)」
「(5つしか持ってこなかった気がしたんだけどなぁ……)」
タイガはその1輪のコスモスを見て呟いた。
「……当分はコスモスのままでいるんだな……コスモス」

数日後、タイガは無理矢理ホランを連れて来てた。
「なんだ一体!これから海外事業の企画書をまとめなければならないんだぞ」
「まぁまぁ、お前が忙しいのはわかったからちょっと来いよ」
「キミか企画書だったらオレは企画書を取るがな」
「ハイハイ……いいか?約束だからお前をコスモスに会わせてやる。今回は特別だぞ!」
「コスモス!?キミはそんな事でオレを呼んだのか……」
タイガはキョロキョロ辺りを見回してホランの手を強く引っ張って花壇の前につれてきた。
「……花なんかオレが見てどうだというのだ!」
「黙れ!これはただのコスモスじゃないんだぞ!」
タイガはコスモスに顔を近づけて言う
「ホラ、コスモス。こいつがホランだぞ。馬鹿な顔だろ?」
「……キミにはそんな趣味があるのか?」
「黙れ!ホラ、挨拶しろ!ホラン!」
ホランは髪をいじりながら呆れたように壁にもたれかかる。
「……下らない」
「挨拶したらオレが使ったグリーン変装セットをやるぞ」
「……仕方ないな」
ホランはバツが悪そうにコスモスの前に座った
多分、コスプレして快感を得たいのだろう。
「えーと……コスモスさん…………やってられるか!!」
「いらないのか!?グリーン変身セット!」
「どうせマフラーだけだろう!」
「……本物のスペアだったらどうする?」
ホランは軽く舌打ちをすると再びコスモスに向って話しかけた。
「……えーとこんにちは。オレは……えーと白虎で、タイガより全能力が上で……す」
「……よし。明日宅配便に出しとくな」
「約束だぞ!」
ホランが立ち上がったときふわっと風が吹いた。
「……今何か言ったか?」
「ん?イヤ別に?」
ホランは不思議そうな顔で言った。
「『生ゴミは体に良くない』って言ったような気がするんだけどなぁ……」