第35話
『タイガ豹変 -解決編-』
(挿絵:グリーン隊員)
「……やはりここか」
聖獣さん達は小さな壷を目の前に真剣な表情でそれを見つめる。
「どうやら日露戦争のどさくさに紛れてここにやって来ていたようね」
「『どさくさ』って凄いね……」
暗黒獣と書かれた壷。
この壷こそが闇虎を初め世界を恐怖のどん底に突き落としてしまう悪の聖獣が封印されているのだ。
「闇龍、闇雀、闇亀……そして闇虎か」
「問題は、この壷をどうやって守るかだな……」
暗黒聖獣の一体が復活を果たそうとしている今、残りの3匹までが復活してしまえば尾布市どころか日本が大変な事になってしまう。
聖獣は慎重に事を運ばなければいけない
「……買わないのかね?お客さん」
尾布骨董堂。
聖獣達がいた場所でもあり、タイガが闇虎を買った店でもあるのだ。
かといって変な風貌の奴らが壷を見つめているのだからこれは壷を売りつけるチャンスしかない。
「これはねー。昔、楊貴妃がキムチを作るのに使った壷らしいよ~。本当だよ~」
さっそく店主は適当にマニアが好きそうなウンチクを散りばめた売り文句を発する。
しかし、良く考えてみれば実にうそ臭い売り文句だなと我に返るがそんな事を考えて虚しくならないうちに店主は言葉を続ける。
「……闇虎から守るためにこれをどこかに隠さねばならないな」
「僕はね!こうしてここで見張ってた方が」
「そうね……青龍。隠した方が安全ね」
聖獣の反応は皆無。しかしここで負けちゃいけないのが浪速っ子。
「キミらカッコいいね~あ、もしかして原宿の竹の子族かな~!?」
ついでに店主の時代感は現代とかなり差があることを追記しておく。
「しかし、もう時間がない。早く最悪の事態を避けるためにもこの壷を隠そう」
「そう!そうだよねぇ~」
「しっ……玄武は黙って……何か聞こえない……?」
聖獣が壷に向って聞き耳を立てる
つられて店主も耳を澄ますが何も聞こえない。
「……まずいな。寝返りを始めたぞ」
「……こっちはなんか歯軋りが」
「悪い奴が歯ぎしりなんかしないでしょ!玄武は離れてなさいよ」
「うぅ……どうして僕ばかり……」
店主は最終手段の値引き作戦へと移行を始めるために得意の営業スマイルで語りかける。
「キミ達~!ほんとはこの壷2億円ぐらいするんだけど今日は特別に……」
「よし、じゃぁ朱雀はこれを持って例の場所へ」
「わかったわ」
「私は闇虎の様子を見てくる。後は頼んだぞ!玄武!」
朱雀は壷を持って走って行き、青龍もいつの間にか忽然とその姿を消した。
「え!?ちょっ……」
「オイ!ドロ……(……まぁ、いいか。どうせ河原で拾った奴だし)」
玄武もこっそりと青龍の後を追おうとするのだが、店主は金づるを逃がさない。案の定尻尾の蛇をつかまれて玄武は捕まった。
「キミね。掛け軸とか興味ある?」
「……は、はぁ」
烏龍茶が届くまでOFFレンジャーは、トランプ三昧。
ではなく、白虎にいろいろと話を聞く質問大会へと変わっていた。何事も予備知識は必要だ。
「……で、次はなんだ?」
白虎はかったるいといった風にソファの背もたれに手を置いて首をぐるぐると回し始めた。
さきほどから人生観だの生きている意味だの小難しい事を聞かれたら誰だってそうなる。
「えーと皆さんがつけている勾玉って何なんですか~?」
やっとまとも(?)な質問をしてくれたと白虎はふぅと浅いため息をつく。
「これか……。これはオレ達の力の源といえばいいかな……。これがないといろいろと不都合が生じるんだ」
「えー。それって~4次元ポケットのないドラちゃんじゃないんですかー?」

シェンナが白虎に思いっきり指差す。
「……言っている意味側からないが何も出来ないわけじゃない。例えば元の姿に戻ってしまったりするわけだ」
「えーそれってー。何かをするっていうよりーパワーダウンじゃないですかー?」
再び指を誘うとするシェンナをクリームが押さえつける。
白虎は冷めた目でその光景を見ていると再びテーブルの上の無添加烏龍茶を一口。
「あぁ……美味いな烏龍茶は。さて、もう終いか?」
「あ、えーとですね……。闇虎達と聖獣さん達の間でいろいろ合ったみたいなんですけど……?」
白虎は再び烏龍茶を口につけながらチラと質問したオレンジを見る。
「昔いろいろあったんだよ。闇聖獣達がオレ達の神殿に攻めて来たりとか……」
「ほー」
「まぁ、あの時はオレの力で何とかなったがな……」
「へぇー」
「いちいち気に障る反応だが……まぁいい。一つ良い事を教えてやろう」
白虎は無くなった烏龍茶の空き缶をグシャっとつぶして後ろの缶の山に放り投げ話し始めた。
「……勾玉を4つあわせれば何でも願いが叶う。正し一年に一度だけ」
「なんかありきたりですね」
「もっと喜ぶと思ったんだが……時代は変わったな」
白虎は再び缶を開けて美味しそうにウーロン矢を飲み干す。
アル中並のペースで飲んでいるのだが体に負担はかからないのだろうか……。
「じゃぁ、我々が闇虎封じに協力すればお願いを聞いていただけるわけですか?」
「まぁ……そうだな」
白虎は再び空き缶を飲み干して潰す。ここまでくると潰す音さえ爽快に感じてしまう。
「さてと。そろそろ……青龍たちが帰ってくる頃だがな……」
白虎はソファから立ち上がってそっと部屋を出て行った。
さきほどの数行だけで烏龍茶の本数は6本。トイレに行かないから楽そうではある。
OFFレンの実になってしまった部屋の中ではお願い事についての論議で持ちきりとなってしまう。
「願い願い……不老不死とか」
「お金!お金が一杯!」
「シェンナ。恐竜王国の王様になりたいですー」
「アニメの世界に入りたい……」
「待ってください!お願いといえば家内安全、無事故これできまりでしょう!」
グリーンが無理に決断をまとめようとした矢先……。
「お、OFFレンジャー!!」
突如ボロボロのオオカミがロビー内へと突っ込んできた。
いつになくシリアスでエキサイティングな雰囲気。
「ど、どうしました!?♪」
……思わず声が上ずってしまう。
なんだか正義の味方っぽい演出の連続にOFFレンの興奮は止まらない。
「た、タイガ様が……。突然暴れだして……何処かへ」
「へぇ~♪そうですか。イヤハヤ差し詰めお決まりですねぇ♪」
「あの様子……ただ者じゃなかった……」
「ふむふむ。よく見る展開ですね」
こんな時は慌ててはいけない。グリーン隊長の様にメモを取るようでなければ。
「早くしないと……大変な事になるかもしれない……お、お願いだOFFレンジャー……」
「ハイハイ♪ まかしてください♪さぁ、みなさん探しに行きましょう!」
「お前ら何故そんな嬉しそうなんだ……ガクッ……」
一方聖獣はというと、闇聖獣達を闇虎に触れさせないためにとある場所で待機していた。
2人では到底足りないために白虎も呼び寄せ、3人で今後の行く末を考えていた。
「さて……どうする?白虎」
「OFFレンジャー達と言えどこの場所を明かすわけには行かない。なぁ、玄武?」
しかし玄武はその場にはいない。
玄武の姿がアニメのようにチカチカと点滅するだけである。つまりいないのだ。
「む!?玄武はどうした!あいつがいないとバリアすら貼れないぞ!?」
白虎も朱雀も不思議そうに辺りを見回すがもちろん玄武の姿は見えない
聖獣というのは合体ロボットのように1つ無いだけでもかなりの大打撃をこうむってしまう。
おでんで言うとちくわが無いのと同類。他の聖獣をおでんに例えてもいいのだがあえて割愛させていただく。
「まさか……闇虎に……!?」
「バカ!そんな事軽々しく言う物じゃない!」
「だが、青龍……。その可能性も無いとは言えないぞ?」

白虎が壷を見つめながら白虎は言った。
朱雀も青龍もお互いに顔を見合わせて困惑している。
「探してきてくれ……。玄武を」
白虎は壷を抱えて2人に言う。
「しかし、白虎1人では……」
「大丈夫だ。オレ1人でも闇虎から壷を守るくらいの力は多少持っている」
何か言おうとした青龍を朱雀が制す、2人は黙ってそのまま玄武を探しに走っていった。
白虎は壷を抱えその場に座った。
壷の中からは何やら不穏な雰囲気が伝わってくるのが解る『共鳴』……しているのだろうか。
「……あの時と同じだな」
白虎は首の勾玉をギュッと握り締めた。勾玉は静かにその輝きを保っていた。
玄武はその時在庫一掃整理バーゲンという意味不明のお買い得さに負けて掛け軸を一枚買わされた。
特に何の変哲も無い一枚の掛け軸で中央に松の木が書かれている。
なお、今後掛け軸は重要なキーアイテムなどにはならないので読者にはスルーの方向でお願いしたい。
「朱雀も青龍も白虎もひどいよ……。僕を置いてけぼりにしてさ」
「しゃー」
「へびくんもそう思うよねぇ?だよねぇ……」
歩道橋の上で玄武は疲れて座り込んだ。重く感じる帽子も外して一息を突く。
聖獣にとってこの町は迷路の様なものだ。車も電車も何もかも珍しすぎて疲れる。この掛け軸に描かれた世界が全然違う物に思える。
「あの時はよかったなぁ……闇聖獣とも仲良かったし」
「しゃー?」
へびくんが玄武の顔を横から覗き込む。
「ううん。いいんだ。思い出ばっかり大事にしててもダメだよね。へびくん」
玄武は掛け軸を巻き終えると再び歩道橋を降り始めた。
いつの間にか帽子を忘れて……。
青龍と朱雀はOFFレン本部へと駆け込んできた。
やっと主役人の出番が来たかと思うと筆者の嬉しさもひとしおである。もちろん玄武の事を聞きにきたのだが当然誰も知る由も無かった。
「玄武さんならみなさんと闇聖獣を探しに行ったのでは?」
「えぇ、そうなんですが……見当たらないんです」
青龍はチラリと時計を見る。白虎と別れてから既に20分が経過している。せいぜい白虎1人が闇虎に対応できたとして1時間が限度。
何とか玄武を探して4人で闇虎を封印にかからなくては……。
「探していただけませんか!?玄武が……必要なんです」
「わかりました!OFFレンジャーが世界の危機を救って見せますともよ!」
さっそくグリーン達はOFFレンボックスを片手に準備を整える・。
「た、タイガ様はどうするんだ!?」
そこで包帯でぐるぐる巻きにされたオオカミが突然大声を出した。
さっきまでミイラのように黙っていたのに、たまたま気が付いたのか、タイガの事が彼を動かしたのか
確かにタイガが暴走を始めたのだから闇虎に憑かれたと考えるのが普通だ。外はタイガでも中は闇虎。パワーは計り知れないだろう……。
「残念ですがオオカミさん。その……虎猫の子は闇虎に支配されていると思われます」
「は?闇虎……?」
「まぁ、だいたい話の流れで掴んでください。つまり……そういうことです」
「そ、そうなのか……」
朱雀は青龍に背を向けていち早く本部を後にしていった。
「朱雀……」
「さぁ、青龍さん。行きましょう。今日はボックスを3つ持っていきますから」
グリーンの顔に斜めの線が見える。強気な目だ。
OFFレンジャー最初で最後の大決戦かもしれないのだ。人生のうち何度体験できる事か。
「……ハイ」
斜め線は青龍の顔にも出現した。
朱雀にはすぐに追いつけた。
見失ったといても聖獣にとっては姿が無いだけであって波長はしっかりと残っていたりする。
「朱雀!」
呼び止めに気が付いて朱雀は青龍のほうを振り返った。
いつにも無く朱雀の顔が弱気だった。こんな顔を仲間に、特に青龍に見せるのは初めてだった。朱雀の手には玄武の帽子が残っていた。
「それは玄武の!?」
「青龍……。もしかして玄武の奴……」
後からOFFレンジャーも2人に追いついた。さすが聖獣だけあって早さの人並みはずれている。しかし二人の様子にただならないものを感じた。
「玄武さんは見つかったんですか?」
ここで2人の様子を見ておくためにリトマス紙に見せかけた発言を二人に投げかける。
2人はだまって帽子を見た。どうやらあまりいい様子ではない事がリトマス発言が示している。
「まさかとは思うんですが……玄武さん勢い余って歩道橋から身を……」
ここはトラックの量が半端ではなく高さもそれなりに高い。まず無傷ではいられないだろう。
その言葉を聞いて弱気な朱雀を青龍はぎゅっと抱きしめた。
「朱雀、落ち着くんだ。まだそうと決まったわけじゃない」
「……そ、そうね」
青龍はチラと道路わきに立てられた時計を見た。既にあれから50分。
闇虎に見つかっていると仮定すると危険な頃だ。
「OFFレンジャーのみなさん。白虎が心配なので我々はちょっと失礼します」
「あ、あの!玄武さんは……?」
「すいませんが皆さんで探してください。例の場所と言えばわかると思いますので……」
そういうと青龍は朱雀を抱えたままひょいと飛び上がってそのまま消えていった。
残ったOFFレンジャーはまず二手に分かれて玄武を探す事にした。
もしもの時の為に全員ビニール袋と火バサミを持った。どうか無残な姿になってない事を祈って。
その時、白虎はなんとも無しに壷を持ったまま地べたに腰を下ろして3人の帰りを待った。
1時間以上待っているものの何万年も生きてきた聖獣にとっては1時間など一瞬でしかない。
「白虎ぉー!」
玄武がパタパタと足を鳴らしながら白虎のところへとやってきた。特に反応するまでも無く白虎は壷を持ったまま深くため息をついた。
「何処に行ってたんだ玄武!聖獣としての自覚が足りないんじゃないのか!?」
急に怒鳴られた玄武はムスッとした顔で白虎に向かい合わせに座った。気まずい雰囲気の中へびくんだけが右へ左へとにょろにょろ動いていた。
「……青龍と朱雀は?」
玄武が聞いた。
「お前を探しに行ったまま帰ってこない……帽子はどうした?」
「あ、帽子……何処へ忘れてきたんだっけ?……へびくん」
「しゃー?」
さぁ?とへびくんは答えているようだ。玄武の体についている物なのだからあまり当てには出来ない。
白虎はそれよりも気になることがあった。あの時と状況が全く似ているのだ。以前闇聖獣と戦った時と。
「……ここまで同じ状況になると逆に安心するな。オレ達の勝つのは見えてる」
「え?何が?」
「……とぼけるな。いくらお前でもあのときのことは覚えているだろう?」
白虎のいっている意味が全く解らなかったが無駄な応答は玄武は嫌いだった。
「あーうーん。覚えているような気がしないまでも無いね」
一応相づちだけはうっておいた。
「そうだろう……。あの頃は闇龍に手こずったな。青龍が捕まって……」
「あー?うーん。……捕まったよね」
「闇虎も逃げ出して……今みたいに」
「あー……うん、逃げたねぇ」
白虎はいつの間にか壷を横に置いて昔を懐かしむように上を見上げていた。
「お前も闇虎を探すとか言っていなくなった……お前がいなくなあった後闇虎が戻ってきて……」
「うんうん。あったかもあったかも」
「フ……まぁあの時はなんとかなったがな」
「うん!そうだ!なったね!」
「しゃー!」
へびくんもつられて泣き声をあげながらピーンとまっすぐ伸びる。
「勾玉の事も覚えているか?」
「あぁ、そ、それは完璧に覚えてる!」
白虎は勾玉を首から外すとギュッと手で握り締めた。
「思えば……この勾玉のせいなんだよな」
「うーん……。仕方ないよ。最初は僕らが勝った訳だし……負けてたら……」
「オレ達が闇聖獣か……」
白虎は勾玉を首に付け直すとチラと玄武を見た。
こうして自分達が平和を守っているのだ。悩む必要は無い。
「フン……懐かしいな」
突如その場に声色の違う声が響き渡った。青龍のもの?違う。じゃぁ、朱雀?
それも違う。まさかへびくん?いや、絶対にない。
「貴様は……!?」
太陽を背にしているため姿が見えないが相手のシルエットだけがはっきりと捕らえられた。
少なくともOFFレンジャーではない。彼は……
「や、闇虎!……だよね?」
タイガの顔がはっきりと目で捕らえられた。
間違いなくタイガだ。だが、邪悪な瞳。顔にまで延びている模様。伸びた爪……。何もかもがタイガではない。
「その通り……。こうして会うのは久しぶりだな玄武」
「……昔話をしている暇など無い……」
白虎が玄武の前にスッと入る。
「フン、白虎か……相変わらず冷たい物だな」
「お前こそ……。今回は随分と迷惑な事をしてくれた物だ」
闇虎は側の石に腰掛けると2人にも座らせるように手で示した。
どうやら壷の事については勾玉の力で気づかれていないようで安心だがまだ油断は出来ない。
「さてと……今回は別にお前達をどうこうしようと言う訳ではない。我も成長したのだ」
見た目はタイガでもその言葉の重い雰囲気は紛れも無く闇虎だ。こうは言っていても闇虎は闇聖獣内で最も油断できない狡猾な聖獣である。
ここは相手の手の内を探りつつ話を進めていこうと白虎は考えた。
「……ならば目的は?」
「もちろん闇聖獣の復活……。今はそれのみ」
「残念だが、こちらも聖獣としてその要求は簡単に承諾する事は出来ない」
「ねぇ、僕も混ぜてよ~」
「フン……もちろんそういうだろうとは思っている。まぁ……闇聖獣が何処にいるかは知らないが……」
闇虎はチラと白虎の目を見つめた。その鋭い目に思わず白虎は目を逸らしてしまった。
闇虎は黙って不敵な笑みをただ浮かべるだけ。
「……そ、それはオレ達も調査中だ。だが見つかっても復活させる気はない」
「それなら、我も探させていただこう……丁度良い体も手に入ったことだ……」
「ねぇ~僕にも聞いてよ」
「体とはいえ本人の意思に反した憑依を行えば体自体が危険だぞ……?憑依とて完全に乗っ取ったわけではない!」
「意思に反する……?面白い事を聞くものだ。我は同意の下憑依を行ったのだ。今、喜んでいるだろう」
「あのー……?」
闇虎はそう言ってタイガの腕に思いっきり爪を立てる。グイグイと食い込んだ爪からは血が滴り落ちていく。
「!……やめろ!」
白虎は立ち上がって闇虎をおさえようと足を踏み出す。
闇虎は爪をゆっくりと腕から引き離し爪に付着した血をペロッと舐めニヤリと笑った。
──嫌な笑い方だ。と白虎は思った。

「……どうだ?体を傷つけても拒否反応一つ起こらない」
「わー痛そうだねー?白虎」
「わかった!……だがそんな事はやめろ……」
白虎は再びその場に座り込むと、青龍と朱雀の帰りを待つことにした。
玄武はこうして帰ってきているわけなのだからすぐに帰ってきてもいいはずだ。
いずれ壷が闇虎にばれるのは時間の問題……。玄武と二人でどれだけ守れるかイマイチ不安だった。
「さて……解っていただけたようだから話を戻そう。他の聖獣復活後、その勾玉を我らに渡してくれるだけでいい」
「何!?」
「それが無理だというのならば……掟通り……」
「白虎!玄武!」
青龍と朱雀が闇虎の後ろから走ってくるのが見えた。闇虎は特に動じずに黙って腕を組んだまま朱雀と青龍が来るのを待った。
「玄武!あんた何処いってたのよ!」
「朱雀!その話は後だ……今は闇虎が……」
2人が闇虎の前まで来ると闇虎は座ったままクルッと振り返り一言言った。
「この状態で会うのは久しぶりだな。朱雀、青龍」
青龍も朱雀も相手に特に戦う意思はないのに気が付くと白虎の方へと歩み寄った。何か企んでいるような気がしないまでもない。
「闇虎……?何が狙いだ?」
「そんなの他の聖獣の復活と勾玉の強奪に決まっておるだろう……」
「馬鹿な……勾玉はもう我々の物のはずだぞ」
そういわれると闇虎は立ち上がってニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
すぐにでも行動に移さないとも限らないその笑みは今でも嫌な気分がする。
「それならば……こちらにも考えがある」
闇虎は白虎の横にある壷を指差してその邪悪な顔を更に歪ませた。白虎はそれに気づくとサッと壷の正面に立って遅すぎた抵抗をする。
「我を見くびられては困るな……。貴様達が仲間の波長を読み取れる以上我々も同等なのだよ」
闇虎は壷へと歩き出す。玄武や青龍が白虎の前に飛び出す。闇虎は鋭く尖った爪をゆっくりと振り下ろそうとした……。
「みなさ~ん!!」
グリーンの声に闇虎振り返った瞬間、突然闇虎の体は透明な袋で覆われる。
何が起こったのか理解できないままその袋はキュッと闇虎の体に張り付いていく。
「こ、これは……!?」
闇虎の横ではイエローが掃除機を持っている。今が理解できない聖獣にグリーンはニコニコしながら話しかけた。
「OFFレンボックスで布団圧縮袋を出しておきました。じきに闇虎を吸いだせると思いますよ♪」
「あ……はい。で、でも……何故ここに!?」
「ノリです♪まぁ、そんなことはどうでもいいですから!さぁ~がんばりますよ~!」
グリーンが嬉しそうに拳を力いっぱい上へと突き上げる。しかし掃除機を持っているイエローの表情が曇る。
中の闇虎は一向に吸い取られるどころか不敵な笑を浮かべながら腕を組んでいるのだ。
「愚かな……愚かな愚かな愚かな……」
「ば、馬鹿な!?布団圧縮袋が通じないなんて!?」
闇虎の爪が圧縮袋を引き裂く!
闇虎は側に居たイエローを突き飛ばすと掃除機をぐしゃっと踏み潰した。
「こんな奴らを仕掛けて追ったのか貴様達は……だが、時間稼ぎにもならんな」
「ち、違う!この人たちは……!」
闇虎はもう聞きたくないといわんばかりにカッと目を見開く。何か余計な事をしてしまったのだろうかとOFFレンジャーは焦燥に駆られ始める。
「フン!貴様達がそう来るならば我も行動にでる!その壷を渡すのだ!」
「そ、そうはさせないぞ!?」
白虎は虎が獲物に襲い掛かるような体制を取ろうとするが青龍に静止される。
「辞めろ白虎!体は……タイガくんなんだぞ」
「だ、だが……このままでは……聖獣の掟を忘れたか!?」
「……」
こちらが手出しできないとさ闇虎は悟るとつぼの方へとジリジリと詰め寄る。白虎が何度か抵抗を示そうとしたがそれを青龍は止める。
OFFレンジャーは見ている。もはやここまで来るとどうにもできない。
「青龍!オレはもういくぞ!」
白虎が青龍の静止を無視して闇虎へと突進する。
「……愚かな」
闇虎の拳が白虎を跳ね除ける。続いて朱雀、青龍、玄武と続けるが闇虎の前に無力に等しかった。
下手に手出しが出来ない状態なのは百も承知だがどうしても聖獣たちにはそれが出来ない。
「この様な時に掟というものは便利な物だな……」
闇虎は、一際深く黒い壷へと近づいた。この時をどれほど待っていただろう……闇聖獣で唯一1人だけ離れて過ごしていたこの長い年月。
再び仲間と会えるときがやってきた。そして再びこの世界を縦横無尽に行き来できる時がやってきた。
「や、闇虎……。やめるんだ!」
もはや彼に誰の声も聞こえない。聞こえるのは壷の中で闇虎を待ち望んでいる仲間たちの声だ。
闇虎はゆっくりと壷の蓋を取っていった……。
「……ば、馬鹿な!?」
突然闇虎は目を見開き、よろよろとその場に座り込む。
そして再び壷を手に取りそれをひっくり返して中の物を全て出してしまった。
「……!?」
中からでてきたのは無数にある黒い破片ばかり。
その破片から感じるオーラは他の闇聖獣たちであるということは闇虎が一番良く解っていた。
「日露戦争のどさくさに紛れて封印された器ごと……壊れてしまったんだな」
「寝返りに聞こえたのは破片がこすれあう音だったのね」
「歯軋りに聞こえたのは破片がかすれあう音だったのね」
「……真似しないでよ玄武」
よろよろと立ち上がりながら聖獣も黒い破片を見つめた。
闇虎の落胆は激しく地面に手を突きながらなにやら呟いていたが聖獣にはよく聞こえなかった。
「……聖獣たちよ……」
白虎もようやく起き上がった頃、闇虎は顔を下に向けたまま呟いた
先ほどまでの邪悪な余韻を残した喋り方ではなく何か酷く悲哀を込めた様な言葉となっていた。
「我らが掟の下闘い破れた幾数年……1人隔離された我の希望は、他の闇聖獣のみだった……」
「……」
闇虎は黒い破片を見つめながら震えたような声で続ける。
「この機会に再び仲間と出会えると……我は喜んだ。掟の中での仲間だったとはいえ……我には嬉しかったのだ」
「……闇虎」
「我はこの様なガラクタに他愛もない希望を抱いていたというのか……」
闇虎はよろよろと立ち上がって聖獣を一人一人見つめた。
「もはや……我は勾玉など眼中にもない。掟など……我は忘れたのだ」
「闇虎……掟に縛られる必要はないだろう?また我々と銅像として……」
「……無駄な同情はいらぬ……」
闇虎は黒い破片にそっと触れて微笑んだ。
「既に……我に仲間などいなかったのだ……」
その時、闇虎の体がガクッと崩れた。闇虎……いや、タイガの頭上には闇虎の形をかたどった銅像が浮かび上がる。
その銅像が破片の真上に来た時力が抜けたように真下へと落ちていった。
───壊。
聖獣達が本部へとやってくるとグリーンは残っていた烏龍茶を全部たらいに入れて4人にストローで飲んでもらった。
なかなか粋な飲み方だと4人も喜んだ風だった。
「それにしても──」
「闇虎……ですか?」
青いストローの曲がった部分を何度かいじりながら青龍は言った。
「えぇ、後半の変わりようには我々も理解しがたい所が」
「……私には解りますよ。同じ掟を守ってきたものとしては」
「掟、掟って言ってますけどそれって何なんですか?」
「……所詮関係のないことさ」
青龍が言おうとした所へ白虎が口を挟んだそれを聞いて青龍も笑って頷いた。
「闇虎の奴も寂しかったってことでしょうかね」
「ハァ……そういうもんですかねぇ……」
「所でタイガさんはどうなさいました?」
──タイガ。かなりの疲労が残っていたらしく現在彼は入院中。
憑依による後遺症も無く、時期に元気に退院する事が出来るはずだ。
「えぇ、まぁ大丈夫っぽいです」
そう答えた時既に、聖獣達がたらいに並々と注がれた烏龍茶を飲み干していた。
青龍と白虎は多少満足そうに黙っているものの、朱雀と玄武は不満げにOFFレンの方をちらちらと見る。
「さてと……そろそろ我々も帰る時間ですね」
と、長い沈黙を破るかのように青龍がゆっくりと立ち上がって勾玉を首輪から外した。
それに続けて白虎、玄武、朱雀と勾玉を外し続けた。
「ま、まだゆっくりされていいのに……」
「いえ、闇虎の事も解決した事ですし……世界中をのんびり旅でもしようかなと」
「ですから約束どおり願いを一つかなえて差し上げましょうというわけです」
勾玉をギュッと握り締めると4人を代表して白虎が続ける。
「何か願いがあれば……叶えてやるよ」
「ね、願いですか!?チョット待ってください!えーとえーと!」
グリーンは一斉に全員を招集すると何をかなえてもらうか考え出した。
世界平和だの、たこやきお腹一杯だの、宇宙旅行だの様々な案が出たが結局収拾はつかない。
「グリーン!早速烏龍茶を入手したよー♪」
さらにホランがそこへ大きなビヤ樽を抱えてやって来たのだからややこしさが倍増する。
しかし、相手に出来ないので無視したまま話を続ける。ホランはビヤ樽を聖獣の前に置くと白虎の顔に少々照れながら軽く礼をした。
「ど、どうぞ……白虎さん方……」
「ありがとうございますーじゃぁ僕が早速♪」
ビヤ樽の栓を玄武が抜こうとして青龍がそれを後ろから止める。それにしてもなんて大きなビヤ樽だろうと青龍は思った。
通常の烏龍茶と違って少量でもすぐにエネルギーになる高級烏龍茶が一杯詰まっているわけだから多すぎるほどだ。
「待て玄武。これは旅の途中にでも戴こうじゃないか」
「……そうね。高級烏龍茶がこれだけあれば4人でも十分すぎるほどだし」
「じゃぁ、OFFレンのみなさんはお願いないみたいですからホランさん何が望みはありますか?」
ホランは白虎の顔を思わず見てしまって赤面したまま下を向く。
その時その会話を聞いたグリーンが慌ててホランを止めに入ろうとダッシュする。
「の、望みですか……?そうだなぁ……叶うのなら……一度グリーンと一緒なベッドで眠りたいというか……」
とき既に遅し、聖獣は勾玉を一つに合わせてなにやらブツブツと唱え始める。
キラッと一瞬何かが光るとすでにホランの望みは叶ったようだった。
「ホランさん。きっとその願いは叶いますよ♪」
「そ、そうなんですか……?(/////)」
取りあえず場を仕切りなおして聖獣とOFFレンは地上へと上がって軽く雑談を交わした後ついに別れの時がやってきた。
とりあえずアジアの国々を回って現在の世界情勢を見るのだそうだ。そして闇虎たちの残骸を祖国である中国へ埋葬する予定らしい。
「では、ついに猫から元の姿に戻らないと……」
「そうね……。今更ながら恥ずかしい気もするけど」
「オレは本来の姿の方がカッコいいんだけどな」
「僕はどう見られるんだろー?」
4人の体がぼぉっと光初めていよいよ本来の姿を見られるときがやってきた。
猫の姿というのもなかなか乙なものだが本来の聖獣を是非この目で見たい。しかし光は急激に弱まって青龍が頬をぽりぽりとかきながらすまなさそうに呟いた。
「あのー……最後に烏龍茶を」
「あ、はいはい」
「もうわかってらっしゃると思いますが……」
グリーンはニコリと微笑んだ。
「無添加、ですよね」
その後、聖獣の本来の姿も拝むことができ、無事聖獣達は中国へと文字通り飛び立った。
しかし、その晩眠っていたグリーンの体が急に発光しどこか見知らぬベッドに横たわっていた。
「ぐ、グリーン……」
真っ白な体になっているホランが真横に立っていた。ホランは恥ずかしそうに枕で顔を書くし側のデスクにあるドウランを手に取り模様を書き始める
今のうち逃げたいのだが体が思うように動かない。
「白虎さんが言ってた通りだ♪グリーンの方が来てくれるなんて……」
「あ、あのー……」
「今夜は寝かさないよ……♪」
ホランは布団を被りグリーンの方へ体を寄せていく。
「グリーン……♪」
「ちょ!ちょっと!?ホランさん!?」
ホランの手はグリーンの顔から段々下の方へと移動していく。
ホランの荒い呼吸が聞こえてくる。グリーンの顔が引きつっていくのが解る
グリーンが放心状態で本部に帰ってくるまであと10時間の事だった。