第36話
『ホランがお見合い!?』
(挿絵:パープル隊員)
秋。秋も縄竹。
秋といえば読書に勤しみながらスポーツで汗を流しもりもり食べる。
ついでに芸術的な感性を養えば秋を十分満喫できちゃうという物だ。
しかし、秋はそのロマンチックさから恋愛に通ずるという者がいる。
だが、良く考えてみれば春、夏、秋、冬とそれぞれが恋の季節だと唱える人が多いのも事実。
何はともあれ、大人の渋い恋愛をしたい時は一番秋がぴったりだと思う。
これはかなりのテクニックとタイミングを要するので一般の方々にはお勧めできない。
そこで、例にもれずOFFレンにも秋はやってくる。まぁ、日本だしね。
「……秋かぁ……」
グリーン隊長はいつの間にか舞い込んだ落ち葉を見つめながら物思いに浸る。落ち葉とは対照的にグリーンの体は青々とした緑色。
それを遠めに見つめながら他の隊員も話に花を咲かせる。
「グリーン隊長なんか思いつめてるね……」
「生理かなぁ?」
「昨日の株主総会が響いているのかもしれないですね」
そうとりあえずいつになく隊長を心配するのもこれまた秋のみが成せる雰囲気のせいだ。
人々が妙にやさしくなれる時期。それが秋。嗚呼、秋。
「鯉……か」
グリーン隊長はボソッとTVに映った大きな鯉を見つめながら呟いた。
墨と紅が綺麗に交じり合った大正三色の雄大な泳ぎを見て何故だか隊長は涙が出てきた。
この所PC続きでドライアイが止まらない。
「恋……隊長ついに恋愛に手を出す気になったか……」
「恋!?年下の癖に生意気な……お、オレなんてまだ恋なんて!恋なんて!」
「でも、隊長誠実だもん。大穴かけても損はないかなぁ~?」
この手の話題は必ずといっていいほど女子が中心となる。この瞬間に初めて男性と女性の恋愛論の違いを垣間見る事がでいるのだ。
「でも、グリーンにはちゃんとお相手がいるじゃないですか♪」
「お相手?!」
ピンクはフッとそれを持ちかけてきたピーターの目を逸らす。
「ホラ、みんなの知ってる……」
「グリーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!」
突然ロビーのドアをぶっ飛ばしてホランがグリーンの背中に向って飛びついた。
全員が何事かを判断できるようになったのはホランがグリーンの足元で泣き喚いている時だった。
「グリーン!グリーン!!」
柄にも無くあのホランが子供のように泣きじゃくっている。それもグリーンの足に捕まって。
「ど、どうしました!?ホラン!今度は何ですか!?」
いつもとは違う雰囲気にただならぬ様子を感じてグリーンは落ち着かないホランの肩を叩いた。
「今すぐオレと結婚してくれ!グリーン!!お願いだから!!」
顔を真っ赤にしたホランがグリーンに哀願する。
涙で滲んでしまったフェイスペイントがなんとも無様だ。
「ば、バカな事いわないで下さい!そんなことできるわけないでしょう!」
「ならアメリカへ行こう!アメリカなら男同士の結婚が出来るじゃないか!」
「は、はぁ!?」
「こうなったらグリーンを洗脳して……ダメだ!涙で上手く使えない!!」
ホランが泣き叫ぶたびにだんだん場の雰囲気も変わり始める。
「ホランが急にグリーンに結婚を申し込む……」
「ということはなにか焦っている可能性が高いというわけで……」
「つまり、ホランは焦っていると……とりあえずグリーンホランをなだめて下さい」
グリーンの足に捕まっているホランの耳元でそっとグリーンは囁く。
「ほ、ホラン……。大人しくしてください。お願いですから」
「…………わ、わかった」
最後のお願いだからにアクセントを強めてグリーンが囁くとホランは少し顔を赤らめてうなずいた。
「…………で?どうしたんですか?急に」
ホランを隊長の席につかせてそれを取り囲むようにOFFレンが座る。
ホランは硬い表情でなかなか話そうとしなかったがグリーンが何度か急かすとようやく話した。
「……実は、取引先の社長の娘とお見合いをすることになったんだ」
隊員が深いため息を突いたのは言うまでも無い。
「……なんだ……そんなこと……」
「そんな事だと!?オレはグリーンしか認めないぞっ!ましてや女など!」
ホランは拳で何度も机を叩いた。興奮してきているのか再び顔が赤くなってきている。
「でもまだ。ホラン君未成年じゃないんですかー?」
「……社長の愛娘だそうで、悪い虫がつかないうちに婚約をしとこうという事らしい」
「でもですね。所帯を持って身を固めた方が社長的にも……」
「それに、ゲイだなんて知られたら社長の座がですねぇ……」
「……これだから日本人は……!!」
ホランは不機嫌そうに椅子に再び座った。ホントに心から嫌そうだ。
「……で、どんな人なんですか?美人?」
一応お相手というのも気にはなる所。社長令嬢……。
金に狂ったバカ女か、気品のある大和撫子か……。2つに一つである可能性は高い。
「……2,3度あったが……。オレは別になんとも……」
「男しか興味ないんですねー。ホント」
そう笑いながらグリーンはとりあえず拍手を送った。
「まぁ、なんにしろ。いい機会じゃないですかまぁ、結婚の年齢ではないでしょうが将来を約束するくらいは……」
「ぐ、グリーンは、オレに結婚をしろというのかい!?キミという人がいるのに!」
ホランの声にだんだん強みが増していく。
「……タイガくんにお願いしたらどうです?色々と詳しいですよ彼」
「そ、それはそうだが……アイツは品がない。オレの会社に少しでも悪いイメージを抱かれたら……」
ホランはそういいながらフェイスペイント用のペンを取り出して涙で滲んだ頬の三角の枠線を書き直す。
「……それに、お見合いは今日の1時だ……時間が無い」
「ならいいじゃないですか。あと30分です」
「だからグリーン!オレと一緒に来て結婚していると言……」
「いやです」
グリーンは考えるまでも無く即断った。
お見合いを見てみたいことは見てみたいが、そんな事は嘘でも嫌だ。ホランは頬の枠線の内側を塗りつぶしていくと椅子から立ち上がり、
「……なら仕方がない。こうなったら相手側に破談させるしかないな」
そういってホランは黙ったまま会議室のドアを開け出た。
「……話は聞かせてもらったぜ……ホラン」
タイガが腕組みをしながら床の上で足をパタパタと鳴らしていた。
ホランは汚い物を見るような顔でタイガの横を通り過ぎる。
「オイ!オレを無視するな!」
「……キミの話を聞くだけムダだ。オレはもう時間が無い」
タイガは急いでホランの前に回り込んでさっきのポーズをつけながら声色を変える。めんどくさそうにホランはため息をつく。
「そのお見合い。……オレが手伝ってやっても良いぜ?」
「断る。早くそこら辺の女でも追いかけていろ……野蛮男」
「フッフッフ……野蛮で上等。虎は野蛮でナンボだからな……」
今日のタイガは妙に雰囲気が違うなぁとホラン他一同は思った、
なんだか勝気というか、余裕を持っている。
「もういい。そこを退け。既に1分経過したぞ」
「……オ、いいのか?オレがお前のお見合いを潰してやろうって言うのによ~?」
「……キミが来ると見合いだけでなくオレの会社まで潰す結果になる」
ホランも負けじと思いつく限りの皮肉をタイガにぶつけるがタイガはびくともしない。
そうこうしているうちに約束の時間まで10分。
「……わかった。来てもいいだろう……下品な態度は取るなよ」
「よっしゃぁ!やったぜぇ!もし破断して~♪可愛かったらオレにくれよな~♪」
ホランは物凄く嬉しそうにガッツポーズをとる。
しかし、お見合いに行くだけでこんなに喜ぶとは少々怪しい……。
「ただし、グリーンたちも一緒だ」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?」
「OK!オレが責任を持って連れて行く!」
タイガは馴れ馴れしくグリーンの肩に手を置いて親指をホランにピンと立てた。ホランはもう時間がギリギリのようで先に会場へと向った。
「……さてと。お前らも来るよな?」
「行きませんよ。めんどくさいですもん」
タイガは蝶ネクタイを引っ張りながら言う。
「お見合い会場だぜ?可愛い子がいるかもしれないぞ?それに料理なんかも食べられる!」
「私たちが食べられるわけ無いでしょう……」
「バカだなぁ~!?そんな物盗めば良いだろ。最近お腹一杯食べてないんだよな~」
引っ張った蝶ネクタイを一気に離すとタイガはくしで毛並みを整える。
「……それに、上手く破断すればホランから大金ふんだくれるだろ?」
「今日はいつに無く悪ですね」
「フン。……オレはいつでも悪だぜぇ~?」
なんとなくまだ闇虎がついているのではないかと思うほどタイガの顔が悪者ぽかった。

『尾布乃山庭園』とは、この辺ではお見合いの名所で有名な場所である。
どちらかというと会社の社長とか財閥の御曹司などが顔を連ねる一般人とは無縁の場所だ。
そこの木々の一本一本が通常の木の値段と0の数が違うというのだから驚きだ。
なんでも人間国宝とあがめられた一流の庭師や造形師などがこの庭園に携わっていて尾布市の隠れ名所である。
玄関から入るだけでも緊張してしまう佇まい。オマケに、
「オーッス!ホラン!」
の一言がロビーを埋め尽くすのだから緊張感もひとしおである。
ホランは顔を赤くしてタイガから目を逸らす。知り合いだと思われたくないのだ。
「オイホラン。来てやったぜ?相手は何処だ?オイ、聞いてるのか?」
「キ、キミって奴は……」
肩を震わせながらホランはグリーンが来た事に免じてなんとかタイガを許す物の、内心かなり焦っていた。周りの目をとても見ていられない。
「……ホランさん?」
1人の少女がホランの元へとやってきた。
綺麗な顔立ち、若いというのに穏やかな目をして手を腰の中央に重ねている。
「あ、失礼……知り合いが来てしまいましてね」
「構いませんわ。賑やかなのは良い事ですもの」
「お、オイ……この可愛い子は誰なんだ!?」
突然の素敵な女性の登場に、思わずタイガは興奮する。
「……紹介しよう。お見合い相手の撫子さんだ」
「なでしこ!?ここここ……この可愛い子が……お前の!?」
タイガはホランが遠い存在に思えた。
あの男好きの変態野郎がこんなかわいい子と縁談を……。白虎隊の時と違って今度は完全に負けた気がする。
「……撫子です。ホランさんには父がお世話になっておりまして」
「いえ、むしろ私目の会社がお父様のお世話になっております」
遠めに見て意外と良いカップルなのではないかとグリーンは思った。
確かに、多少自分から離れられる安心感からグリーンがそう感じるのかもしれないが、意外と雰囲気がマッチしているのだ。
カメラのワンフレームにピタリと収まる……。そのような感じだ。
「え、えーとタイガだ!……です!よ、よろしく……!!!」
タイガも柄に無く畏まっている。それにしても良く出来たお嬢さんだ。
「……父は急用でおりませんが……?一応お部屋の方へ。ホランさん」
「……そうですね」
「お、オレ達もいっていい……ですか!?」
敬語を使い慣れていないのか多少変なアクセントだったがタイガもホランの腕に捕まって言った。
一方の撫子は、ただ微笑んで首を縦に振ってその場を後にした。
「か~わ~いい~!」
「……くれぐれも下手な真似はするなよ。社長が居ないだけありがたい」
「わかってる♪わかってる♪」
OFFレンは豪華そうなロビーの中にポツンと残った。特に付いて行く予定もなかったし、ホランも何も言わない。
「仕方ありません。我々は庭園を散歩しましょうか滅多に来れる物じゃないですから。ね?みなさん」
グリーン隊長が振り向くと、隊員の半数は既にいなくなっていた。
獅子脅しの音をこうしてじっくり聞くのは初めてだな。とホランは思った。
障子の金粉で書かれた鶴や亀の絵柄がまたその場の緊張感を高めている。
「……あの」
先に声を出したのはホランの方だった。
「……あの。ご趣味は……?」
前もって見合いのマニュアルというものを読んではいたがいざとなると定番的な質問しか浮かばない。
特に撫子にそれといった感情は持ち合わせては居ないのだがホントに緊張してしまう雰囲気だった。
「……お茶と御花、琴なども少々。でも一番は……海を見ることですわ」
「へぇ~そうなんだ~♪海!海はいいよね~♪秋の海はさ~♪」
ホランの横のタイガが早速喋り始めた。黙らせるために与えておいたお茶菓子も全て平らげてしまっている。
ホランはなるべく動揺を抑えつつ質問を変える。
「特技などは御座いますか?私と致しましては英、独、仏の3ヶ国語が話せまして」
実際は英語のみは完璧に話せるがドイツ、フランスにいたってはまだかじる程度。しかし、見栄を張ってしまうのがお見合い。
「私は……琴もそうですがピアノなども、後、貸し出しビデオの返却も得意です」
「貸し出しビデオの返却ですか!私はどうも苦手でしてね」
「オイ、ホラン……こいつ大丈夫か?」
タイガが肘でホランを小突くのだがホランは一向に相手をしない。
「ビデオといえば……何をご覧になりますか?」
ホランがそういいかけたときふと気が付いた。こんな事を流暢に話している場合ではない!お見合いを破談しないといけないじゃないか!、と。
「私は……そうですね。外国の映画などをよく見ます」
「……私はあまり外国の映画は知りませんね」
「あ……そうですか」
ここはあえて趣味が会わない態度を取ってみる。破談への第一歩は、多少なりとも自分には合わないと思い込ませるのが一番だ。
「オレは外国の映画なら大体~♪」
「キミは黙っていろ……(オイ、タイガ!オレ達の目的を忘れたのか!?)」
「(あぁ、そうだったかなー?悪い悪い。じゃぁ……)」
タイガは撫子の横に行くとバン!と机を叩いた。
「撫子ちゃん。実はさー。オレが言うのもなんなんだけどさー。お見合いやめたほうがいいんじゃないかな~?」
ホランは多少なりとも不安が残るが一応タイガに任せてみる事にしたしかしタイガは。
「実は……このホランは同性愛者なのだっ!しかも筋金入りのホモだぜっ!!」
と、大声でホランを指差したのだから一大事。
「ば、バカッ!キミという奴はなんてことをっ!!!」
「だってさー。速く見合いなんか終わらせて撫子ちゃんオレにくれよ~。最近欲求不満なんだよな~♪」
「だからといって、言って良いことと悪いことがっ!!」
ホランはタイガの首を掴んでブンブンと上下左右に揺さぶる。
しかし、当の撫子は
「……素敵だと思います。同性愛者の偏見が取りざたされる中その様にいえる勇気……。感服致しました」
と、微笑みながらお茶をすすり始めた。

タイガも緩んだホランの手をすり抜けて蝶ネクタイを整える。
「で、でもさ!?こいつ年下趣味だぜ!?気持ち悪いじゃん!男と男がHな事するんだぜ!?」
ここで撫子をホランに渡すのはなんとなく腹立たしいし、破談させないことにはいかない。
「……でも。本当に気持ちの悪い事でしょうか? 愛情の前では性別など無意味なもの……」
「で、でも!!あ、そうだ!こいつ!」
「もういい、やめろタイガ……」
タイガを押しのけてホランは撫子さんのところに座った。
「(……困った。オレの男好きを知ってもビクともしないなんて……)」
ここまで偏見や差別といった物を知らない女性にあったのは初めてだった。
ホランは今までそんな偏見に多少後ろめたさを感じながら生きてきたのだ。それを認めてくれている人はOFFレンにもオオカミ側にも居ない。
「(……悪くは無いかも……しれないな)」
ホランは恋愛感情こそ抱かない物のもっと別な思いがホランの口を動かした。
自然と破談なんてどうでもよくなった。
「あの、お庭をご一緒に散歩しませんか?」
庭園の中の小さな池にOFFレンジャーたちはいた。
最初はいろいろな場所を固まった人数で見ていたが、次第にそれぞれ男女2組になって、ここへとたどり着いた。
この池のそばには鯉が泳いでいて小さな灯篭が一つ池の中央に立っていた。
そんな池を見ながらグリーンは横に居るピンクと話し始めた。
ピンク1人がグリーンのところに残ったのである。
「綺麗な庭園ですよね~。心が和むと言うか……」
「そ、そうですね……素敵だと思います……」
そんな2人の前をシェンナが走り去っていく。池の鯉にエサをあげているようだ。
「クリーム。鯉さんチョコレート食べますかねー?何が好きなんでしょうねー?」
「さぁ……食べるんじゃない?」
クリームは大きめの石に腰掛けて読書に勤しんでいる。彼女が一番まっとうに秋を楽しんでいる隊員かもしれない。
「じゃぁ、今持っているバナナあげてみますー♪」
「……好きにしなさい」
「バナナはやっぱりむいたほうがいいですかねー?」
「……あぁ、そうね……ハイハイ」
シェンナはバナナを剥いて池の中に放り込んだが鯉が食べに来るはずも無くバナナは2度と浮かんでこなかった。
「バナナなくなっちゃいましたー。シェンナのおやつがなくなっちゃたですー……」
薄暗い水の底を見つめがらシェンナは泣き出した。バナナの皮についた少量のバナナをペロペロしながらシェンナは途方に暮れる。
「あぁ!もう!うるさいわね!今読んでいる所わからなくなったじゃない!!」
「シェンナのバナナなくなったですー!」
「なら池に潜って取りに行けばいいじゃない……」
シェンナは仕方なく池に入った……。
鯉が時折体にまとわりついて来たがバナナは一向に見つからない。クリームの読んでいる小説がちょうど最終章に入ったときのことだった。
見事な松の木が等間隔にきちっと植えられているこの『松の庭園』が一番風流だと人は言う。
松以外にこの庭園にあるものはごくわずか。ただ長い一本道の両端を松が並んでいるだけなのだ。
素朴さの中に落ち着きを見出した時こそ本当に日本というものを理解したといえるのではないだろうか?イヤ、多分。
「どこを見ても松松松松……オレもう飽きた」
タイガが永久に続くかのような松の一本道を見てうんざりした風に言う。
こんなタイガの様な発言をする者は、まさしく日本人のスピリッツを失いかけていると言えよう。
「素敵な松……ですね」
「えぇ」
そんなタイガを意識の隅に追いやってホランは撫子に話しかけた。
撫子は嫌な顔一つせず延々と続く松の木を一本一本噛締めるように鑑賞している様だった。
ホランも日々の仕事の疲れや先ほどの事などがあってか、前へ進めば進むほど不思議に元気になって行くようだった。
「なあ、ホラン~。もっと他の所行こうぜ~? 松なんか見て何が楽しいんだよ」
「……イヤなら帰るんだな。オレはキミと歩きたいわけじゃない」
先ほどから投げかけられているタイガの文句に嫌気が差したのか、ホランはビシッと一喝した。
かと言ってタイガは帰るわけにいかなかった。上手く破談をしなければ!
「あ、あのさ! 撫子ちゃん!」
「キャー!!」
突然タイガの勇気の一言を消し去るように撫子が橋の下を指差して叫び声をあげた。
「バナナやっと見つけたですー」
川の流れに沿ってシェンナが流れていっていたのだ。それに気づいて手を振るタイガの横で撫子は慌てて橋の下にいるシェンナを覗き込む。
「あ、あんな小さな子が溺れてます!ど、どうしたら……」
「あ、タイホラコンビですー♪ やっほーですー♪」
「わ、私泳げないんです……ど、どうすれば……!」
シェンナはバナナを一口食べながら優雅に川を流れていく。
どう見ても溺れているようには見えないのだが。そんな撫子の様子を見かねたのか、ホランが橋の欄干に足をかけた。
「……私が行きましょう」
「オイオイ、ホラン。マジかよ~?」
ホランの後姿を見ながらタイガも苦笑いをするが撫子はそんなホランをじっと見つめている。少し、ホランにヤキモチをやきそうになった。
「ホランさん……」
ホランは綺麗なフォームで川の中に飛び込んだ。
泳いでいるシェンナの首下を掴んで川岸の方へ泳いでいった。突然水に濡れてしまったために模様が滲んで頬や腕が汚れてしまった。
「マジかよ……ホラン」
あっけに取られているタイガをよそにホランは水に溶けている顔料の雫を払い始める。
このままでは新たに模様を描くこともままならない。そんな時、撫子はそっと真っ白いハンカチを取り出してホランに差し出した。
せっかくのハンカチを汚してはいけないとホランは手で制したがそれでも撫子は差し出してきた。
どうしようか迷っているホランに撫子はクスッと笑ってこう付け加えた。
「……お気になさらず。使ってください」
ホランは仕方なくハンカチで自分の顔や腕を拭く。ハンカチが黒くなればなるほどホランの体は真っ白になっていく。
ある程度肌が綺麗になるとドウランを取り出して再び顔に模様を書いていく。
そんなおかしな様子を見ても撫子は顔色を一つも変えずに優しげな瞳でホランを見ていた。
「あの……可笑しいと思わないんですか?」
「何がですか?」
撫子は笑って聞き返した。

「その……私の体を見て……」
「人にはいろんな事情と言う物があります。私は、それをありのまま受け入れるだけですわ」
「……」
困ったような顔をしているホランに再び撫子は続けた。
「それとも、ここは笑った方がいいんでしょうか?」
「いっ、いえ……そんな……」
撫子は、慌てるホランの姿を見て、再び微笑んだ。
「ホントにすみませんでしたね~」
シェンナをOFFレンの元に返すとグリーンはペコッと頭を下げた。その後ろでクリームもシェンナの頭を押さえて頭を下げる。
「いや、グリーン……気にしなくていいんだ……。当然のことをしたまでだよ」
「そうですか。じゃぁ気にしません」
「……」
そう言うとグリーンに続いてぞろぞろと本部へと帰って行った。
グリーンが心配そうにこちらを見てくれないものかとホランはグリーンが見えなくなるまで遠くを見ていた。
そんな様子を見かねてタイガがホランの背中を突っつく。
「オイ、もう日が暮れたぞ?まだいるのか?」
「あ、も、もう……そんな時間か」
ホランはチラと撫子の方を見た。撫子もホランの目に気づいて軽く頭を下げて一呼吸置く。
「今回のお返事は私からすればよいのでしょうか?何分こういう事には慣れていなくて……」
「あぁ、いえ。私の方からさせていただきます。こういうのは早い方がいいのでしょうかね?」
「じっくり考えてください。じっくり……」
撫子は悲しそうな顔で呟いた。その物悲しそうな顔に気を取られていたせいで後半の言葉が聞き取れなかった。
お見合いが嫌だという事ならわかるのだがホランには何となく違うような気がした。
「では、また後日……こちらから電話を」
「……はい」
ホランは帰ろうとして聞かないタイガに引っ張られてそれだけしか言う事が出来なかった。
ある程度まで来た所でハンカチを返すのを忘れてしまっていたが綺麗に洗ってから返す事にした。社長たる者、礼儀を欠いてはいけない。
「社長?」
あの時感じた気持ちは何なのだろう……恋? いやそのような感情ではないことはわかる。
「社長~……?」
しかし、今までとは違うあの妙なフィーリング……。
「社長!」
「え、あ……何だ?」
目の前にいつの間にか秘書が立っている。秘書はそのカッコよさで即座に採用した人物だがこんなに迅速な男だとは聞いていなかった。
営業の方にまわしたらなかなかいいかもしれないなどとホランはふと思った。
「……お客様です」
秘書の真後ろにはつまんなそーにしているタイガが立っていた。ホランは秘書に下がるように言うと彼はそのまま部屋を後にする。
秘書が帰っていく足音がちょうど消えていった所でタイガがようやくホランの机の方へ歩いてきた。
「お前さぁ~。秘書にまで男使うなよな~」
「あいにく、ジェンダー的な考えは嫌いでね」
「あぁもう。英語は辞めろ!」
タイガは耳を上から押さえる。まるでドラえもんのようにまん丸な頭になるが特におかしさは感じない。
「所で、何のようだ?金ならもうやらないぞ」
「そんなんじゃねーよ。お見合いの返事♪ どうなったんだ~?」
あれから3日経ってはいるがまだ返事を出してはいない。
特に忙しかったわけでもないが何となく電話をかけようとすると躊躇してしまっていただけなのだ。
「その様子だとまだなんだな?」
黙って腕を組んでいるホランを見てタイガがニヤリと笑う。
「……キミには関係のない事だろう……」
「それが関係ないことではないんだな~……オレはいわば三角形の角っこなんだぜ!」
「……君の発している言葉がオレの脳に何も働きかけないのだが……?」
「え? 何だって?」
異国の人とでも話しているかのような表情でタイガは聞き返す。本当に同い年なのか怪しいところだ。
「……要するに言っている意味が解らない」
「あぁ、なんだ!つまりだな~オレ達はいま三角関係なんだよ!わかるか?」
「オレと撫子さんの間にどうしてキミの様な奴が入り込む隙間があるんだ……?」
再びタイガは首を傾げたが、なんとなく否定されているらしい事を感じて話を続ける。
「オレは、撫子ちゃんのことが好きー♪で、撫子ちゃんはお前と見合い! な、ちゃんと三角関係だろ~?」
「……まぁキミの三角関係の解釈は良しとして、これはオレ自身の問題だ。悪いが帰ってくれないか? まだ……」
ふと気が付くとホランの肩にタイガの手が置かれていた。さすが虎だけあって気配を消すのは上手い物だ。
「そんな事言わないでさ~♪ オレも最近欲求不満なわけだし~♪ さっさと断っちゃえば~?」
「それはオレが決める事だ!」
タイガの楽天的な考えをうすうす感じてきてホランも苛立ったように机を叩いた。するとタイガはしばし黙って声のトーンを少し下げて話を再開する。
「だってさー。お前男にしか興味ないんだろ?」
「あぁ、まぁな」
「別に撫子ちゃんと結婚するわけじゃないんだろ?」
「あぁ」
「じゃぁ断ったも同然だろ?」
「いいや」
タイガはカクッと首を傾げる。
自分の言っている事が違うわけないし、相手も話の意味をわかっているはずなのだ。
まず3問中最初の二問に『いいえ』と答えれば3問目の言葉は『YES』なのだが……。
「こ、断らないのか……?」
「いや、まだわからない」
「で、でも!結婚しないんだろ!?」
「あぁ」
ホランは薄ら笑いを浮かべて何処から取り出したのかくしで前髪を綺麗に抄いていく。
「(どういうことだ……? ホランは撫子ちゃんのことが好きじゃないのになんで100%断らないんだ!?
あいつよりオレの方がだんぜんカッコいいのに……朝だって夜の方だって満足させてあげられるのに……
それに、男好きなくせしてどうしてコイツばっかりいい思いするんだ!?オレはなんだ!?わけわかんねー!!
っていうか、一番ムカつくのは、なんでオレがグリーンみたいに長ゼリフ喋ってんだよぉぉ!!ウガァァァ!!!)」
髪もある程度整った所でホランは、黒いペイントスティックを取り出して頬の模様を塗り始める。
電話をかけるのをやめて自ら出向こうとしていたのだった。ハンカチの件もあったから……。
「ガルルルルルルル……」
「キミも好きだな……そんなに虎になりたいのか。……フッ」
塗りたての黒をハンカチにつけないように気をつけながら手に持ち、
じっと立ったまま唸っている半覚醒中のタイガを放って部屋を後にした。
タイガを部屋に残すのは心配だが、まぁ彼のオツム程度で何か悪さが出来るようなセキュリティは搭載していない。全ては万全だ。
何故、絶対に断るという思いが無いのかは、ホランにも良くわからなかった。
魅力な人なのは確かだが、ホランはどうしても恋愛感情などは抱かない。しかし……何故だか好感を持ってしまう。
自分に優しいからか? いや、それもあるかもしれない。自分のような性癖を理解してくれる女性の存在は極めて少ない。
しかし、それだけではない。フィーリングというか、何か彼女にホランの何かを揺さぶる所があったのだ。
だから、こうして今、彼は撫子の家の前まで来てインターホンを押しているのだ。
『はい……どなたですか?』
撫子の父親だ。独特の渋い声で、時折電話で良く耳にする声だ。
「ホランです。お見合いのお返事をしに」
『おぉ!ホランさんですか!お待ちしておりました所です。撫子も待っております』
「あ、いえその……」
『今、使いの物をそちらによこしますので、少々その場でお待ちください』
大きな門の向こうに執事だろうか?一人立っている。
ガチャリと門を開けてホランを中に通す。この頃にはペイントも乾いてきていたようだ。
執事は微笑んでいるのか微妙な顔つきでホランを家(この場合屋敷といった方が良いかもしれない)へと案内する。
屋敷の前で撫子とその父親がホランを待っていた。
「やぁ!どうも、ホランさん。わざわざお越しいただけるとは光栄です。ホラ、撫子。お前も挨拶をなさい」
「……どうも」
以前あったときよりも暗い顔、いや、声や雰囲気何もかもが暗くなっている撫子がそこにいた。
目線を落としたままホランの顔を見る事は無かった。
「まぁまぁ、ホランさん。積もる話もありますでしょうが中へどうぞ」
「いえ、すぐ終りますから」
「そういわずに!さ、中へ中へ!」
強引にホランの腕を掴んで屋敷の中に入っていくホラン。
無理に抵抗して得意先を一つ潰してしまうのも気が引ける。社長としては仕方がないところだ。
「(やれやれ……3時からの企画会議までには間に合わせなければ)」
そんな事を考えながらホランは大広間へと案内される。
いやらしいほど輝いているシャンデリアの真下に豪華そうなソファが2つ、向かい合わせに置かれてある。
ホランを右側に座らせると撫子と父親がそれに向うように座る。
「ホランさん。この度は娘と婚約をしていただき……」
「あ、あの……私はまだ決めたわけでは」
「まぁまぁまぁ、二人でゆっくりお話でも……」
そういって父親は部屋を出て行く、そういえば以前商談の会議の時も強引に意見をまとめていた。
一代で富を築いた男なのだろうからその押しの強さはその間に培われた物なのだろう。
父親が出て行ってどれくらい経っただろうか、撫子が顔を上げたのは。
「……ホランさんは……」
撫子の目には涙が浮かんでいた。
「ホランさんのお返事はどうなのですか……?」
「わ、私は……お断りしようかと思っていた所なのですが……」
「それならば、電話で言ってくださるだけでよかったのに……」
そう言って撫子はハンカチで顔を覆って泣き出した。ホランは、大体の状況が読めて電話で返事をしなかった事を少し後悔した。
ハンカチは郵送でも何でもよかったではないか。何故理由のわからない変な気持ちの為にこの娘を泣かせたのだろうかと。
「……私は父の方針を悪くは思ってないんです。でも私には……」
すると、どうしていいかわからない様子のホランに気を使ってか、ハンカチを顔から少し離してそう続けた。
「私には、ホランさんとお見合いする前に既に好きな人が……いたんです」
「……そうでしたか」
タイガの様な男だったらショックは大きかったと思うが、意外にもホランは他の男性がいたことには平気だった。
もちろんこれがグリーンだった場合はタイガ以上の衝撃が彼の精神を揺さぶるのは言うまでも無いのだが。
「2年前の事です。海辺で非行に走ったハマグリに私が脅されている所を助けてくださった大海さんという方で……」
「……」
「もちろん、そういう状況下に会った事も理由の一つだと思いますが、私が一番惹かれたのは彼の……夢なんです」
撫子の顔は少し穏やかな笑顔で少しホランも複雑な心境になった。
「彼は……船がすきなんです。いつか世界中を船で回るのが好きだと……」
「そうですか……」
「……今日、彼がマグロ漁船に乗って長い旅に出るんです」
「マグロ漁船ですか……?」
「旅といえば……マグロ漁船です」
撫子は視線を窓の外に向けて寂しそうに呟いた。
「最低でも1年は帰れないんです。私……彼の夢に付いて行きたいんです」
「……しかし、一人娘なのでは?」
「もちろん、父が反対するのは知っています。でも……私自分で決めたいんです」
撫子はホランの手をぎゅっと握った。そして再び涙をうっすらを浮かべた。
「ホランさん……私を海に連れて行ってください……」
「な……撫子さん……」
このまま撫子を連れ出せば重要な得意先を一つ失う事はホランも撫子も解りきっていた。
しかし、何故か撫子から漂ってくるこの不思議な気持ちにホランは勝てなかった。
「(……フン。オレの実力ならば得意先の一つ失うくらい、どうって事も無い……)」
ホランは覚悟を決めて撫子の手を握って部屋を飛び出した。
部屋を飛び出すと父親の部屋の前でなにやら撫子が呟いた気がしたがホランには聞こえなかった。
「撫子さん。出発は何時ですか!?」
「正午です……正午に漁船が!」
「正午か……」
ホランは体に流れる野生の血を思いっきり活性化させて海へと突っ走った。
「大海さん!」
港に立っていた一人の青年に撫子は駆け寄った。
正午10分前。思っていたより早くついたことに驚いていたのは撫子だけではなかった。
ホランは遠くから2人の様子をじっと見詰めた。
「オイ、ホラン」
急に声をかけてきたのはタイガだった。さっきと打って変わって少し落ち着いた様子だった。
「あいつが彼氏か~……ちぇー」
「……なんでキミがここに……?」
「ままま!そんな事気にしてたら話がそれるだろ?」
そんな時、2人がホランの下へ近づいてきた。
撫子の想い人という大海とやらは水平帽で良く顔が見えなかったが近づくにつれだんだんはっきりとしてきた。
「貴方がホランさんですか!」
水平さんの格好といえばいいだろうか、そんな格好をした紺色の青年……というより幼く見えて少年のようだ。
グリーンのように優しく彼は微笑むと手を握って頭を深々と下げた。
「ありがとうございます……撫子は……僕が責任を持って!」
「あ、は、はい……」
船の汽笛が港に響いた。……出発の時間なのだ。
「ホランさん……」
撫子がホランの側に駆け寄って来た。涙で潤んでいた瞳がホランの心を揺さぶった。
「ホランさん、ありがとうございました。そして、ごめんなさい」
「え……?」
「あなたとお見合いしたのは、父の顔を立てる為……というのが表の理由です」
「なら、本当の理由は?」
「世間知らずな私が……大海さん以外にいい人がいるか、ちょっと知りたかったんです」
「……」
「悪女ですね、私」
「私は……どうでしたか」
ホランの言葉に、撫子は『心配しなくていい』というように微笑んだ。
「素敵な方だと思います」
「……」
「大海さんには負けますけど、ね」
悪戯っぽくそう言って、撫子は大海の待つマグロ漁船へと乗り込んでいった。その去っていく二人の背中をじっとホランは見た。
「ハンカチ……渡しそびれてしまったな」
「ん。何が?」
「……いや、なんでもない」
今にして思えば、あの不思議な感覚は大海から来たものかもしれないとホランは思った。
何故なら、彼もホランのタイプだったからだ。
……しかし、今のホランにそんなことはどうでもよかった。