第41話
『タイガの正体!?』
(挿絵:ホワイト隊員)
タイガは最近良く夢を見た。
それも普通の夢ではないのだからそれが気になって仕方がなかった。
どんな夢かというと、暗闇の中に誰かが立っていて『今の君は本当の君じゃないよ』とか『僕もこんなになっちゃって』とか
なにやらタイガに対してブツブツと文句を言ってくるのだ。
そんな夢も初めの2,3日は全く気にもしなかったがこう何日も続くと気にしないではいられなかった。
「またあの夢かぁ……」
こうして今日も彼は同じような夢を見た。今日もまた同じだ。しかし、タイガは少々気にしながらもあえてそれを考えないようにしていた。
なんとなく自分の中のどこかで深く考えない方がいいような気がしてきたのだ。
「おはようございます。タイガ様……所で顔色が優れませんが?」
朝食の準備をしに来たオオカミもタイガの異変に気づいた。
いつもなら『遅い!』と怒鳴られるのだがそれがないと拍子抜けしてしまうのだった。
今日のタイガはスプーンをテーブルの上にコツコツと当てながら頬杖をついていた。
「ん~……ちょっとな~……」
「今日は量を減らしましょうか?」
「いや、食う」
オオカミがデザートの器を片付けようとしたのを捕まえてタイガは朝食を食べる事にした。
いつもしっかり食べないと元気が出ないし精力もつかない。あっという間にデザートのゼリーやりんごまで平らげた。しかし何だか気分が晴れない。
「なぁ、オオカミ」
「はい、なんでしょう?」
「オレってさぁ……なんで作られたんだっけ……?」
食後の一服のコーヒーを飲みながら少し落ち着いたところでオオカミに問いかけた。オオカミは微笑しながらテーブルの上を拭く。
「何を今更。タイガ様はOFFレンジャーを倒すためにですねぇ研究員が総力を挙げて……」
「な、なんで虎にしたんだ?」
「もちろん。オオカミのDNAが不足していたからですよ。虎のDNAは間に合わせです。……不満ですか?」
「いや……オレは虎だってことはむしろ満足だし……うぅなんかなぁ……」
オオカミはテーブルをふき終わるとあっという間にいなくなっていた。
ふとした事で、夢のことを話しそうになっていた所だった為、むしろいなくて少しホッとした。
あまり、弱気な所ばかり人に見せるのも彼のプライドが許さなかった。こんな時は、女の子に会いに行くに限る。
「出かけるぞ」
「アッ!はい!いってらっしゃいませ」
オオカミは出て行くタイガにペコッと礼をして去っていった。
なにやら朝からうるさかった気がしていたが特に気にしないことにした。どうせろくな事ではないだろうと思った。
「オイ、行ったか……?」
「あぁ、あの様子だと当分は帰ってこないな……」
タイガがいなくなったのを確認してオオカミは倉庫に隠していた大きな段ボール箱を5箱ほど引っ張り出してきた。
段ボール箱、一箱置くごとにオオカミの数もだんだん増えていった。増えすぎたためにスクリーンを用意する物まで現れた。
「まさかこんなに届くとは思わなかったな……」
「あぁ……。タイガ様に見つからないでよかった」
箱の中には沢山の公式、非公式の18禁のDVDやビデオがぎっしり詰め込まれていた。
オオカミ各個人の趣味を網羅できるように希望を全てかなえた充実のラインナップ。
美人はもちろん、幼女、女子高生、名作、珍作、濃い趣味、同性愛と退屈しないように瑛すぐった作品たちだ。
以前から溜めておいたへそくりで一気に買う事になったのだが何分タイガにばれないように気を遣うのが大変だった。
タイガが倉庫に近づこうとすると物凄いチームワークでカバーしこの苦労はここだけでは書ききれない。
「こんな生活してるとこういうことしか楽しみがないからなぁ……」
「タイガ様に見つかると没収されちゃうしなぁ……いっつも取り上げて一人で楽しむんだ」
「だ、だが今日は5本くらいは見えるかもしれないぞ」
オオカミの群衆の中から歓声が上がる。何も娯楽がないわけだから好き嫌いに限らずある意味一大イベントなのだ。
最初に何を再生するかもめない様に一箱めのDVDから再生する事になった。普段から協調性が良いのが長所である。
「よし、じゃぁ。これだな……?」
再生ボタンを押すとしばしの暗い画面が現れた後画面が表示された。
その途端拍手が巻き起こったが次第におかしなことに気づいた。アダルトなのだが、女が出てこないのである。
「ほ、ホラン様にあげたほうがよかったかもしれないな……」
「う、うーん……」
しかし、群衆の中の数名が嬉しそうに見ていたのを再生係のオオカミは見た。

その頃、タイガはOFFレン本部を目指して歩いていた。途中で数名に声をかけて無視されたものの、以前彼はまったくめげていない。
「さーてと♪今日は、誰もを狙おうかなぁ……。今日のオレは元気ないからおとなしめの子でも……」
その時、チラッとそばを通る誰かの目線が気になった。
よく見ると一人の上品そうな老婦人の姿だった。別に怒っていたりしているわけではなく何やら驚いている表情だった。
「(なんだぁ?オレの顔に何をついてるのか……?)」
適当に手で顔をなぞってみる物の特に何もついていない。
不思議に思いながらも通り過ぎようとすると後ろから声が聞こえた。
「ナポレオン!」
「さぁ、お入り……」
一番最初にキラキラしたシャンデリアが見えた。一瞬宝石のようにも思えた。
老婦人に招かれて屋敷につれてこられたのだがタイガはいまだ現状を理解できなかった。
理解しようと老婦人に質問をしても「大丈夫よ……」と笑顔で切り返されるのでどうも調子が狂ってしまう。
「さぁ、どうぞここに座って……何年ぶりかしら……あなたが帰ってきてくれたのは。「はぁ?」
ソファに座ろうとして急に老婦人が変な事を言い出してきた。
『帰って来た』と言ってもタイガにはそんな覚えは全くない。第一老婦人の顔に見覚えすらない。
「ちょ、ちょっと待て……。誰かと間違えてないか?オレは……」
「何言ってるの。貴方はどう見ても私の孫……ナポレオンじゃない。ホラ」
老婦人は暖炉の上の写真を手にとってタイガに差し出した。
そこには2人の男女(老婦人の息子夫婦なのだろう)と老婦人、そして中央にはタイガにそっくりな少年が映っていた。
綺麗な虎柄、赤い瞳、そして赤い蝶ネクタイ。少しタイガがしている物と違うようだがまったく姿はそっくりだった。

「こ、これは……」
「もう1年以上も行方不明で……寂しかったわ……息子夫婦ももう8年も外国で」
「1年前……?」
タイガが生まれたのも約1年以上前、タイガの心のどこかに引っかかっていたもやもや感が再び湧き出てきた。
あの夢はひょっとしたら……そんな考えが浮かんで来た。
「オレ……なのか?」
「すっかり雰囲気が変わっちゃって……もう子供じゃないのよね。立派な男の子なのよね。そういえば以前も……」
老婦人はタイガに何も聞かずただ彼の前で全く知らない思い出話ばかりを始める。いくら話を聞いてもタイガにはそんなことをした覚えは全く無い。
でも、そんな中でも老婦人はただただ……嬉しそうにタイガを見つめるのだった。
「(…………)」
写真の中の少年はじっとタイガを見つめていた。
「オオカミ!オイ!オオカミ!!」
タイガは老婦人を連れて自分のアジトへの玄関で叫んだ。この際だからタイガを作ったオオカミ達に話を徹底的に聞こうと思ったのだ。
オオカミの方では物凄く慌ててDVDを消し、段ボール箱を数名で囲んでとりあえず隠す事にした。
スクリーンはどうしても隠す時間はなかったためにたまたまあった『世界遺産の旅』を投影した。
「なんでしょうか!?タイガ様!」
タイガが入ってくる前になんとか粗方の配置を終えてオオカミが飛び出した。
「ちょっと……話がある」
写真をオオカミに差し出すとオオカミは何度かタイガと写真を見比べていた。
「これは……。タイガ様ですか?」
「や、やっぱりそう思うか!?」
「え?誰がどう見ても……タイガ様だと思うんですが?」
オオカミが後ろに待機していたオオカミにも写真を見せると他の物も同じ答えだった。
だんだんタイガの顔が心配そうな顔つきになっていく。
「あ、あの……あなた方は一体……?」
老婦人も耐えかねてオオカミに恐る恐る聞いた。
「え?一体と言われても……ほ、保護者扱いになるのか?オイ」
「さ、さぁ……。一応。そうなのかなぁ」
オオカミの方も返答に困ってお互いがお互いともどうして言いか全くわからない様子だった。
そこへ、間にオオカミ研究員が入ってきた。
「お答えしましょう。ご婦人。そして、タイガ様……」
「な、なんだよ……?」
研究員はサングラスを少しあげると決心したように話し始めた。
「実はタイガ様は、確かに我々が作り出した……というのは半分しか合っていないのです」
「どういうことだ?」
「ホラン様の時と違い。当時、我々の技術力ではあれほどの生命を作り出すことが出来なかったのです」
「……?」
「一番簡単だったのは、誰かを誘拐して悪人に仕立て上げる事……」
再び研究員のサングラスが少し上下した。
「そこで、この少年……を誘拐して改造と洗脳を施し……タイガ様の完成です」
「し、知らなかったぞ研究員」
「タイガ様にそんな真実が……」
しかし、タイガはイマイチ理解していなかったようで首を傾げていた。
「……要するに、この少年を洗脳して出来たのがタイガ様です」
「つまり……オ、オレは……ネコーーーーーーーーッッッ!?」
物凄い声でタイガは叫んだ。精神的なショックが大きかったのだろう。
「その蝶ネクタイ、我々が開発した洗脳装置なのです。つけている限りタイガ様……」
「うぅ……オレが……ね、猫だったなんて……」
タイガの目から涙がこぼれてきた。しかし、こらえようと頑張っているのか体が震えていた。
老婦人はそんなタイガの涙をハンカチでふきながら再び研究員に聞いた。
「あ、あの……私には何が何だか……この子は私のナポレオンなのですか……?」
「えーとですね。つまりナポレオン君が記憶喪失になっていたので我々が預かっていたのですよ。もうお返しいたします」
「そ、そうなのですか……」
「まぁ、じきに思い出すかもしれませんがね」
老婦人に洗脳だの、改造だのと言わない方がいいだろうという研究員の判断だった。
それに、悪の組織にいると言う時代だけでもかなり危険なのだが……。
「それでは、私達はこれで……」
「よ、よるなババァ!!お、オレは、虎のぉ……タイガ様だぞっ!」
「タイガ様……どうしても嫌なら洗脳を解いて差し上げましょうか?」
研究員にそういわれるとタイガは老婦人についていくしかなかった。
自分がなくなる恐怖と言うのは非常に恐ろしい事なのだとこの時初めてタイガは知った。
老婦人の去っていく後姿をしぶしぶタイガはついていった。
「あ、虎に関連する物は何も見せないで下さい。元に戻らないように虎関連を好きにしてあるので」
研究員が分かれ間際に言ったさり気ない一言だけでもタイガは悲しくなった
「さぁ、ナポレオン。ここが貴方のお部屋よ」
屋敷についても依然タイガの気分は晴れなかった。改めて猫だと言われた精神的衝撃は本人にしかわからない。
適当にベッドにもぐって人知れず泣くしかなかった。

そんな様子を見て老婦人は奥からアルバムを取り出してきてベッドの横のテーブルのそっと置いた。
「アルバムを見れば……思い出すかも知れないわね……。置いておくから気が向いたらで良いの……読んでちょうだい」
「……」
絶対元になど戻るものかとタイガは思った。
自分は自分なのだ。どうせあの老婦人も先は長くないだろう自由になった後で再びオオカミ軍団に戻ればいいだけのこと。
いざとなれば、自分の爪であの老婦人を……。
──その時、アルバムが見えた。
いまだ信じられなかったタイガはこわごわとアルバムを手に取り表紙をめくった。楽しそうに笑う少年。バイオリンを弾いている少年。海へ行っている少年。
どの写真も日付は一年以上前。最後に撮られているベッドの上の写真の日付もやはり1年以上前のものだ。
「……思い出せない」
アルバムを放り投げてタイガは再びベッドにもぐりこんだ。どうせなら、何十年分の涙を流しておこうと一晩中泣く事にした。
いつか、自分の意思に反した時に元に戻るかも知れない覚悟で明日を過ごす事にした。
朝、タイガが目を覚ますとテーブルの上に朝食が用意されていた。
いつもアジトで食べていた味付けとちょっと違って物足りなかった。
あまりに暇なので、なにか本でも読もうかと思ったがあいにく本棚には何かの楽譜ばかりが詰まっていた。
「あーあー……。つまんねぇなぁ……」
タイガはベッドのうえに座って窓の外を見た。
妙に大きな窓だから嫌でも目に入るのだが何処となく覚えがあるような気がした。
「んーー……。あっ、コスモスのいた病室の窓と良く似てる」
こんなにも窓は大きくなかったのだが、確かに窓から差し込む光の雰囲気はあの時の病室に非常に良く似ていた。
まさか、こんな所でそんな事を思い出すとは思わなかった。
「……元に戻ったらコスモスのことも忘れるのかなぁ……」
タイガはそんな事を気にしながらも、自分の腕を見た。
帰り際に『元に戻るので虎関連を見ないように』と言われていたので時折見るようにしている。
確かにそういわれれば、虎に関連した物を長い間見ないと不安になって変な気分になるときがあった。
だから、そうならないように無意識に虎関連を好きだと思い込まされていたのかもしれない。だが、そう簡単に元に戻ってはたまらないのだ。
「ナポレオン、もう起きたの……?」
老婦人が部屋に入ってきた。
その手にはバイオリンを持っておりそっとタイガの前に置いた。
バイオリンを置かれてもどうしようもなく困っていると老婦人は椅子に座ってじっとタイガを見た。
「……お、オイ。オレにどうしろって言うんだ……?」
「……」
多分バイオリンを弾けというようなことを言いたいのだろうが、タイガはバイオリンを弾いたことなんてない。
手に取りじっと眺めてみるが良く使い方がわからない。ギターのように指ではじこうとしても変な音がするだけで意味がない。
そこに長い紐のようなものを張った棒があるのに気づく、それを使うのかもしれないと思い手に取ってそれを使ってバイオリンを叩いてみる。
「……こうよ」
見かねた老婦人がタイガの肩にバイオリンを置いて弦を持たせた。
元を持った手をそのままバイオリンの方へ持っていき、軽く弦を引く真似をさせてみた。
そのままタイガが弦を引いてみるがギイギイ音が鳴るだけでお世辞にもうまいとは言えるものではない。
顎に挟んだバイオリンがずれてさらに不恰好になっていた。
「……上手いのか?」
「えぇ、とてもお上手よ。ナポレオン。貴方のバイオリンを聞くと元気になるもの」
懐かしそうに老婦人はタイガを見つめる。
次第にタイガは演奏を止めてバイオリンを老婦人に返した。
「……ちょっと、外に出て来る」
「あぁ、まってじゃぁ私と一緒に行きましょう?」
老婦人がタイガの手を掴んだ。
振り払うのも申し訳なく思いしぶしぶうなづいた。外で知り合いに会わないのを祈るばかりである。

「あれー。タイガくんですー」
「あ、ホント」
早速、茶栗コンビに出会ってしまった。
こんな姿になっているのは恥かしいので、知らないふりをして去ろうとするのだがシェンナがしつこく突いてくるのだ。
「タイガくんー。このおばあさん誰ですかー?」
「……」
目線をシェンナに向けないようにするのだが老婦人も気づいたらしくシェンナの頭を撫でて飴玉を渡した。
しかし、これで静かになったかと思ったがなお、シェンナはタイガにしつこく付きまとってくる。
そんなシェンナを捕まえてクリームはじっとタイガたちが通り過ぎるのを待った。『やれやれ』と思っていると後ろから声が聞こえた。
「シェンナ、この人タイガくんじゃないのよ。付いて行っちゃダメでしょ」
「えー。どうしてですかー?」
「だって、猫っぽいじゃない?」
タイガの耳に『猫』というワードが過剰に反応する。
じっと我慢したいのだが体の中に流れるDNAなのか、洗脳時に組み込まれた物なのか我慢が出来なくなってくる。
「ね、猫じゃないっ!!オレはっ!!」
「やっぱりタイガくんですー」
「だからね♪ これが一番確認しやすいんだって」
「あら、お友達なのね?ナポレオン」
老婦人の顔を2人は不思議そうに見ていた。
タイガは穴があれば入って、蓋までしてガムテープで止めておきたい気持ちだ……。
「かくかくじかじか……というわけなんだ……」
老婦人は屋敷に2人を招き入れた。タイガは何度も断ったのだが、『一人で寂しそうにしていたから』と言って聞いてくれなかった。
ここまできたら放すしかないと思って簡単にだけ2人に事の趣旨を伝えた。
「なるほどね……」
「はー?シェンナよくわかんないですー」
「シェンナ。ここは嘘でもわかったって言わないと話が進まないのよ」
「……シェンナ。一応、わかったふりですー」
「……こんな事。他の女子には言っちゃダメだよ……。あと、ホランにも」
2人に話し終えて安心したのかタイガはしゅんとして途端に無口になった。
「……大丈夫ですよー。タイガくんはカッコイイ虎さんですー」
「あ、ありがと、シェンナちゃん……」
シェンナの励ましにも2,3言返して何度も全員は無言になった。
そんな様子を察してかクリームがタイガの側にいるシェンナをつれて部屋を出ることにした。
「また……来るから元気出してね」
「う、うん……」
「帰るんですかー?」
「そうそう。早く、帰るよシェンナ」
「タイガくん。バイバイですー」
気を使わせて申し訳ないと思いながらも何も言う事が出来ず、2人は帰って行った。
今日何度目かのため息を付き、ベッドの上で寝っ転がり、自分の模様をまじまじと見る。
「……」
そばにあった難しそうな本をペラペラとめくって少しでも気を楽にしようと努力した。
そこにも難しそうな字がたくさん並んでいたがどうやら動物に関する本のようでついついネコ科のページを開いてしまった。
虎のページと猫のページを何度も見返しては複雑な気分がますます募るばかりだった。
「ナポレオン?晩御飯が出来たから食べなさい」
扉の向こうからノックの音と共に老婦人の声がした。
良い匂いがタイガの鼻に届く、だがオオカミの作ったご飯とは明らかに違う匂いだった。
「あとで食べる」
「でも、ナポレオン……。ちゃんとした時間に食べておかないと」
「後で食べるっていってるだろっ!!」
つい、いつもの癖で怒鳴ってしまったのに気づいたときには遅かった。少し悪い気がしたが自分の今の常態から言って仕方のないことだったのだ。
「そ、そう……置いておくから……ちゃんと食べるのよ」
老婦人の小さな声がタイガの胸にちくちく刺さった。
まるで親に暴言をはいてしまった後の反抗期の子供の気分のようだった。
晩御飯を食べた後もタイガの気分は晴れなかった。
だが、確実にこの生活に慣れてきている自分にも気が付いていたのだ。しかし、悔やんでも悔やみきれない。元々はこういう生活だったのだから。
「オレも、早く慣れないとなぁ~……」
ベッドにもぐりこむと少し冷たかった。
いつもはこの時期暖かい電気毛布が入っているのだがここにはない。
だが、いつものように寝る前にくしで毛並みを整えて蝶ネクタイをそばの台におくところだけはいつもと同じだった。
「おやすみオレ……。おやすみ」
タイガは枕をぎゅっと抱いて眠った。

「ん?」
急に違和感を感じてタイガは飛び起きた。ベッドが違うから眠れないと言う安易な理由ではない。
妙なフィーリングがタイガの体を駆け回っているのだ。頭の片隅で何かが突っ込みをダイレクトに入れてくる感じ。
部屋を見回してタイガはようやく気が付いた。
『その蝶ネクタイ、我々が開発した洗脳装置なのです。それをつけている限りタイガ様……』
オオカミがタイガの正体を明かしたときの言葉。だがその言葉を思い返してみれば明らかにそれは矛盾しているのだ。
「蝶ネクタイ……オレ、いつも外してるよなぁ……?寝る前に」
タイガは蝶ネクタイを手に取ると真ん中の青い部分の蓋を開ける。
小さい小物を入れられるようになっているのだがここはプラスチックで出来ていて明らかに機械が入っている様子はない。
ネクタイの部分もごく普通の布で何かメカっぽいものが入っているはずも無かった。
「ど、どういうことだぁ……?蝶ネクタイを外してるのにオレのまま……だよなぁ?」
喜怒哀楽。どの感情にも属さない不思議な気分。この謎が解決するためには……。
「アジトに行くしかないよな!た、たまにはあいつらの顔を見てやんないと……な!」
タイガ同様、本部も意気消沈の如く寂しげなムードが漂っていた。
タイガの真実が明かされて以降互いが互いを気遣っているような気まずい状況下。
せっかく大量入荷したDVD鑑賞会もあまり意気込みが感じられなかった。
「どうしたどうした!?お前達楽しくないのか……?」
「だ、だってあんなことがあったら……」
「素直に楽しめないよなぁ……ショックと言うかインパクトと言うか」
すると突然研究員のオオカミが笑い出した。爆笑と言うわけでもなく馬鹿笑いの意を含んでいるようだった。
「馬鹿だなぁ。お前達。あんなの嘘に決まってるだろ」

「な、何だって!?」
「確かに全部嘘ではないがタイガ様はあの婆さんの孫でもなんでもない」
「じゃ、じゃぁ、なんであんな嘘を……」
「鑑賞会を邪魔されたくないからな……タイガ様には悪いがまぁ、いい薬にもなっただろう」
「で、でもタイガ様がそれを知ったら……覚醒だけじゃすまないぞ?」
研究員のその言葉に一同は安心した物のその後に起こるであろう出来事に恐れずに入られなかった。
「大丈夫だ」
「なにか策があるのか?」
「いや、ない」
「何ーーーーー!?」
「……オオカミの話は最後まで聞け。考えてみろタイガ様に見つかって没収されるのと、怒られる覚悟で全部楽しむ。どっちがいい?」
研究員はまだまだ未開封のDVDの入った箱をオオカミ達に見せながら言った。さすがにそういわれるとオオカミも後者の方を選ぶしかない。
「お、お、お、……お前らぁぁぁ……!!!!」
しかし、とき既に遅くタイガがちょうどその場に到着していた。
「た、タイガ様……」
「今の話本当なんだろうな……!?」
怒髪天を突くが如く毛を逆立たせていままで以上にご立腹なのが良くわかった。
「ほほほほほ……本当です神に誓って!……ですからどうか落ち着いてください……」
研究員のその言葉を聞いて少し安心したのかタイガは大きくため息をついた。どうやら怒りよりも安心の気持ちの方が大きかったのだろう。
「……フン。ま、まぁ、猫じゃないって解っただけでもオレは安心だ。許してやる!」
「は……はぁ」
「じゃぁ、オレは荷物取りに行ってくる♪ それとオレも鑑賞会に参加させろ。特等席だぞ」
怒らなかっただけ幸運だったのか、参加という名の独占をされるのが不幸だったのかオオカミの気分は複雑だった。
「おかえりなさい……ナポレオンこんな遅くに何をしてたの?」
タイガが帰るなり老婦人が心配そうに手を差し出した。
……が、タイガはそれを見ておきながら無視した。タイガは持ってきたトランクに粗方の所持品を詰め込むと部屋を出た。
「ナポレオン!何処へ行くの?」
様子がおかしいことに気づいたのか老婦人は部屋の前でタイガに声をかけた。
「オレはナポレオンじゃない!タイガだ! 婆さんの勘違いだぜ」
「な、何を言っているのナポレオン……貴方は私の」
「オオカミがあれは違うって言ってたんだ!嘘だ!わかるか!?」
哀しそうにタイガの手を握ってきた老婦人。
罪悪感は感じたがその手をタイガは振り払い階段を下りていった。
「な、何故なのナポレオン!私は……」
タイガを追いかけようと老婦人は走った。その時、タイガの後ろで物凄い音がした。振り向くと階段の下に老婦人が倒れていた。
「ど、どうなんだ?イエローちゃん」
本部に助けを求めてタイガは走ったが隊員にはどうする事も出来なかった。
「……救急車を呼びましょう。骨が折れているかもしれませんから下手に動かさない方が懸命です」
「じゃ、私救急車呼んできます」
タイガはどうすればいいか解らずオドオドしていた。
「ナポレオン……」
老婦人がか細い声で呟いた。
「まだ、喋ってはいけませんよ」
「いいんです……どうせこんな老いぼれですから」
老婦人はタイガの腕を握った。ビクッとタイガの体が震える。
「ナポレオン……いえ、タイガくんだったわね。そう、私の孫は昨年病気で……」
「じゃ、じゃぁなんで」
「一人の年寄りのワガママだったのかも知れないわね……貴方を見たとき孫としか考えられなくなったのよ」
「……」
救急車のサイレンが近くなった。
手術中のランプが灯った。
聞いてみた話だと高齢のせいもあってか手術は厳しいものらしい。タイガは病院の玄関にじっと立っていた。
「タイガくん。中へは入らないの?」
「……病院って嫌いなんだよな。嫌な事思い出して」
「……そう。確かに中にいたって何も出来ないもんね……」
「…………そうだ」
タイガは何かを思いついたように急に何処かへ走り出していった。以前老婦人が話していたことを思い出したのだ。
──バイオリン。手術に関しては何も出来なくても音でなら少しでも老婦人を勇気づけて上げられるかもしれない。
「タイガくん……それは……?」
バイオリンを持ってタイガは病院の玄関前に戻ってきた。
はぁはぁと息を切らせながらタイガは覚えている限りのバイオリンの構えをした。
「……こうやるんだよ」
誰かの声が聞こえてきた。その声の言われるままにやってみると自然と体がバイオリンに慣れていった。
何の曲かはわからなかったがとてもいい曲だった。そして曲は……終った。

「……ねぇ、パープルちゃん。手術成功すると思う?」
バイオリンを膝の上に載せてタイガは階段に座り込んだ。
「さぁ。でもバイオリンは成功だったけどね」
「オレさぁ。こんなに上手く引けるはずないんだ。絶対」
「そっか。じゃぁ、例の子が少しだけ助けてくれたのかもね」
夜空は綺麗な星空だった。その時、手術室のランプがフッと消えた。