第45話

『忍び寄る闇』

(挿絵:パープル隊員)

「レッドいつになったら戻るんでしょう……」

会議中にグリーンがふとそんな言葉を漏らした。

「受験なんてとっくに終ってるはずなのに……最近音沙汰ないですよねぇ……」
「まぁまぁ。高校生なんてこの時期大変ですから」

イエローの言葉にクリーム他高校生メンバー達もうんうんと頷く。

「私だって、ホントはこういうところにいるべきじゃないんですよ」
「進路を固める時期としてねぇ……」

そんな先輩達の話を聞いてもグリーンは何処か浮かない顔をしたまま本日2回目のため息を突く。
どうやら二言三言の月並みの励まし言葉ではどうしようも無いことが隊員たちにはっきりと解る。

「……隊長?お疲れなんじゃないですか?」
「そ、そうですよ。今日は特にする事もないですし……ね。解散しましょう」

ピンクの言葉を最後に会議は終了した。
こういう年頃の子供はそっとしておくに限る事がこれまでの人生によって全員良く解っていたのだ。

「……便りがないのは元気な証拠って言うじゃないですかグリーン」

みんなが出て行った後で、ピンクはグリーンに声をかけた。
解っていたにもかかわらずピンクはどうしてもグリーンに一声かけたくなったのだ。

「……そうですね。ハイ……ピンク、貴方も帰って構いませんよ私も今日は早めに帰りますから」

グリーンはそれでも浮かない顔で浮かない口調で応えた。これ以上何かを言うのも迷惑だろうと、ピンクはそっと会議室を後にした。

『今日からキミが隊長ね!僕も受験とかいろいろ忙しいからさ~?』

頭に浮かんだのは1年半前ぐらいだったか、最後にレッドに言われた言葉だった。
最初は隊長なんてなかなか出来るもんじゃないなんて思っていた時期もあったけど意外となんなくこなせて安心はしているし不安もない。
でも、何故かグリーンのどこかではなにかパズルの一片が欠けている様な気持ちのままここまで来てしまっていた。

「(レッドがいないからかな……。でもこんな事、人に言ったらホランみたいに思われそうだし)」

わずかながら何故かということはグリーン自身にもわかっていた。
頼りにしていた人がいないというものはさすがに見た目は一人前になったとは言えまだまだ不安も大きいもの。
まして、新たな組織を相手に、しかも全く経験した事のないタイプにこれからどうしたらいいのかますますグリーンの不安は大きくなっていくばかり。

「はぁ……タイガも同じように代理の身ですしねぇ……彼はどうなんでしょうか……」







「なんだこりゃー!!!!!」

彼だってそれなりに成長した所もある。
例えば、タイガは日課の身だしなみをしようと鏡の前に立ったとき、異様な自分の姿に気がついたのだから。
その異様なものは何度も手でこすってみたり頬を引っ張ってみたりしてもまったく変わらない。

「ほ、ホランみたいな模様になってる……」

頬から延びた2本の突起型の模様。まさしくホランが黄色くなったような状態だった。
心なしか少し牙も伸びて口を軽く閉じても少しだけ牙が見え隠れしている。

「……どうなさいました?タイ……ホラン様?」
「ち、違う!オレはタイガだ!あ、朝起きたらこんな風になってて……」

タイガは何か何だか解らなくなっているらしく挙動不審な目付きで鏡を見ていた。
ちょうど、研究員がやってきたためタイガは詳しく調べてもらう事にした。

「……ふむ。これは……」
「変な病気か!?オレ死ぬのか!?」

タイガの腕につけた変な機械を研究員は取り外しながら不思議そうに首を傾げていた。

「タイガ様の虎のDNAがなんらかの原因で強く体に影響しているようですね。模様もその一つでしょう」
「????」
「憶測ですが……その、例の新たな敵が現れた為に、タイガ様に眠る野生の血が対抗しようとわずかに覚醒しているというのではないでしょうか?」

イマイチ良くわかっていない顔をしていたタイガだったが、馬鹿だと思われたくないためにしばらくしてわかったように頷いた。

「な、なるほど……な……治らないのか?」
「原因は追々究明してはみますが……。まぁ、体に害はないようです。少し虎っぽくなってるし逆にいいのでは?」
「オレは元々虎だっ!!……で、でも、そうだな……ちょっと魅力が増したかなぁ?」

鏡に映った別人のような自分を見ながらタイガは少し悦に入っていた。
オオカミもそんなタイガに呆れていつの間にか居なくなっていたが、逆に好都合だ。

「ん~……。結構こういう模様もいいもんだなぁ……ホランの奴がこういう模様なのも解る気がする」

頬から延びた三角の模様がますます他の奴らとは違う異質な何かを感じさせていた。
少し気になって水を模様に軽くつけてみたがまったく色あせる事もなかった。
ホランと同じだが一番大事なところが違うのだとタイガの優越感はますます募って行った。

「カッコイイなぁ……ガオー!……うん。様になってる♪」
「素敵です……お兄様」

突然タイガの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
何故か聞こえた瞬間体に電撃が走ったような気がした。

挿絵

「……誰だ!?」

振り返ると懐かしい顔がそこにあった。やさしそうに微笑んでタイガを見つめているのは──コスモスだった。

「お、お前……!?」

コスモスはタイガの方へ飛びついてきた。
嬉しそうにはしゃいでいる声も姿も温もりも何一つ変わっていなかった。

「お兄様。素敵になられました……」

タイガは何が起こったか全くわからなかった。思わず花壇の方をチラッと見てしまった。

「コスモス!何故ここにいるんだ!?」

タイガは抱きついていたコスモスを突放した。コスモスはクスッと笑ってタイガを見た。

「(変わってない……)」

以前にも見た優しげな笑顔だった。体の芯から熱くなって──。
今にでも泣きながら彼女に飛びつきそうな予感がして思わずタイガは目を逸らした。

「お兄様……。私、すっかり病気も治りました。いままである人の所で療養していたんです」
「そ、そうか……コスモスになったんじゃなかったのかぁ……」

タイガはぎゅっとコスモスを軽く抱きしめた。
やわらかな肌の感触が少し恥かしく、少し嬉しくもあった。

「……お兄様。今日はお願いがあって来たんですの……」
「な、なんだ……?」
「コスモスは……お兄様と一緒に……また暮らしたいんです」
「う、うん……それもいいな」

コスモスからさわやかな匂いがした。お日様のような匂い。やはり彼女に違いなかった。
コスモスに違いないのに、タイガの頭のどこかでは疑っていて、でも間違いなくて……不思議な気持ちがした。

「……お兄様……紹介しますわ」

コスモスの後ろに、いつの間にかマントをつけた変な猫が立っていた。
見た感じあまり良い人、といった感じはしなかった。というより以前この猫の姿をどこかで見たような気もした。

「……私の療養中お世話になった。闇猫さんです」
「……よろしく……」

ニヤリと悪者のような笑みを闇猫は浮かべた。
好意を示していると言うよりもなにか企んでいるようなそんな悪い事を考えているような顔だった。

「我々の所でお嬢さんはとても大事に預からせていただいていますよ」
「あ、あぁ……そ、それはどうも……」

コスモスは闇猫の横に立ってニコッと笑った。少し、嫌な気分になった。

「……お嬢さんはしきりに貴方と早く一緒に暮らしたいと懇願されていましてね……」
「……」

そのお嬢さんだけじゃない。タイガ自身も同じ意見だった。

「……そこで、是非我々の団体にお越しいただけませんか?……タイガさん」
「……団体?」
「お兄様。ブラックキャット団と言うんです」

ブラックキャット団という名前を聞いて思わずタイガは何かが崩れたような気がした。

「お、お前……ブラックキャット団に……」
「違うんです。お兄様……BC団はそんなに悪い団体ではありませんわ」

コスモスがタイガの元にすがり付いてきた。何故だか汚い物が寄り付いてきたような気がしてならなかった。

「……オイ!コスモスに手を出してたら承知しないぞ!」
「……ご安心を。改造などは施していませんよ。施しているとすれば……」

闇猫はコスモスの側に立って彼女の手の甲をぐっとタイガの目の前に突き出した。

「……BC団の紋章を入れたくらいでしょうか……?」
「!?」

コスモスの右手の請うには間違いなくウィックの額にあるような模様が小さかったが確かにあった。
タイガは思わず彼女の手の甲をバシッと引っぱたいた。

「……お前!なんでそんな物を入れさせたんだ!」
「お兄様……。わ、私は……お兄様と暮らしたくて……」

コスモスは潤んだ目で黙り込んでしまった。手を叩いたタイガの手がじんじんと痛んできた。

「……勘違いなさっていませんか?お嬢さんを治したのは我々なのですよ。いわば、手術跡のような物です」
「……お前らの目的は知ってるんだぞ!? コスモスを悪の手先にする気か!?」
「……おやおや、これは可笑しな事を仰るのですね。あなた方も悪の団体ではないのですか?」

闇猫は赤くなったコスモスの手の甲をさすり始めた。タイガは何も言う事が出来なかった。

「貴方としては彼女が悪人として立派に成長している……それを本来喜ぶべきではないのですか?」
「……」
「……まぁ、どう解釈されるかはご自由ですが。彼女を見れば納得していただけると思います」

闇猫の手から真っ黒い渦のような物が出てきた。その渦のような物がタイガの周りを取り囲み、なにやら体がチクチクした。

「それはBC団からの贈り物です……」

タイガの額にはウィック同様の模様が描かれていた。思わず額をこすってみるが何も変わらない。

「……その紋章は最高幹部の証であると同時に最高の悪の証。あなたに相応しいでしょう?」
「……お、オレは……ブラックキャット団なんかに……」

そう言いかけた瞬間タイガの視界にコスモスの姿が入ってきて、言葉をそれきり詰まらせてしまった。

「……タイガ……良く考えてください……貴方は今……何をしたいかを」

闇猫の姿が闇に消えていく感じがした。何処だかわからない真っ暗なとこにタイガがいる感じがした。

「……寂しかったのでしょう?……でしたら……是非……我らBC団に……」

頭の中で闇猫の声が響く。だんだんタイガの意識が闇の中へと溶けていった。

「……さぁ……どうしますか……?タイガ……さん?」

タイガは虚ろな目でコスモスを見た。

「……お兄様……。ブラックキャット様に忠誠を誓ってくださいますよね……?」

コスモスはゆっくりと手を差し出した。タイガもそれに応じて彼女の冷たい手を握った。
闇猫は待ちに待ったとばかりに邪悪な笑みを浮かべた。

「……歓迎しますよ……タイガくん」







その頃グリーンは一人、まだ会議室でアルバムを見返していた。一枚の写真にどうしても目が行って仕方がなかった。
レッドとグリーンのツーショット。ついつい懐かしくてなんどもページをめくってはまたここに戻ってきてしまうのだった。
こうして目を閉じるとレッドの声がまた聞こえてくるようだった。

『グリーン!こんな所に居たんだね!探したよ』

最初は我が耳を疑った。
会議室のドアの向こうからピョコンと顔を出して、帽子を被ってて、光る星のペンダントがまぶしくて──。

「れ……レッド」

目の前に居たのは間違いなくOFFレン前隊長。レッドだった。
何度も目をこすったり瞬きを繰り返しても目の前に居たレッドは少しも形を変えることがなかった。

「ど、どうして……」

驚きのあまり声の震えが止まらなかった。そんなグリーンを前にしても明るくレッドは応える。

「いや~。みんなどうしてるかなぁ~って思ってね♪ ついつい来ちゃった。元気にしてる?」
「は、はい!」

レッドがニコッと笑った顔につられてグリーンも思わず微笑んだ。笑った時にペンダントが少しだけ揺れている所も以前と少しも変わっていない。

「他のみんなは?」
「今日はもう帰りました」
「そっか~……みんなにも会いたかったんだけどなぁ~」

レッドはグリーンのすわっていた椅子にそっと腰掛けた。

「あー!懐かしい感触。やっぱり隊長はいいよねぇ」
「も、もしかして、再び隊長に復帰されるんですか?」

思わず声が上ずってしまった。グリーンの中の蝋燭がパッと明るく灯った気がした。
だが……レッドは少しうつむいて暗い声で応えた。

「う~ん……その気はもうないんだ」
「……え?」

グリーンの胸がチクッと痛んだ。

「で、では……レッドはもう普通の一般人に……なるんですか?」
「ううん。そういうわけじゃないんだよ。実は今日来たのはグリーンを誘いに来たのもあるんだ」

レッドは立ち上がってじっとグリーンを見た。

「誘い……に?」
「そう……グリーンをブラックキャット団の一員としてね……」

レッドは何処からか取り出したマントをバサッとひるがえした。
そこに居たのは、以前のレッドではなく、真っ黒なマントに身を包んだレッドが居た。

「そ、その格好は……」
「俺は……ブラックキャット団改造猫四人衆の一人……闇猫」

レッド……闇猫はニヤリと微笑んだ。
レッドとは違う悪の化身と貸した闇猫がただそこにいるだけだった。

「まさか……レッドが今まで帰ってこなかったのは……」
「もちろん……ブラックキャット団により改造猫になっていたからだよ……グリーン」
「そ、そんな……」

驚くグリーンに邪悪な笑みを浮かべながら闇猫は言った。

「君に隊長を任せて数日後……俺はウィック様にBC団への入団を勧められた。もちろん……俺はOFFレンがあったし、断った。しかしウィック様は俺無理矢理改造猫に仕立て上げた。 そう……闇の力を俺に与えてくださったんだ……。この力は人の心の闇を読み取る能力もある。 読んでみて驚いた。人間の心の邪悪な事……俺はこんな奴らの為に正義を貫いてきたのかと馬鹿馬鹿しくなった。 多分脳改造のせいもあったんだろうが……俺は悪として生きることを決意し、この世界を俺の手で滅ぼしてやるとな。 俺はOFFレン、そして過去の俺を全て捨て……BC団に永遠の忠誠を誓った……。ウィック様には感謝のしようもない。 俺はこの1年半、BC団として悪の限りを尽くすために修行を積んだ。そして……こうして今に至るわけだ。 グリーン。俺と一緒に悪の限りを尽くそうじゃないか……」

闇猫はグリーンに手を差し伸べてきた。

「し、しかし……正義はどうするんですか……。レッドの言ってた正義は……」
「正義?そんなものはくだらない幻に過ぎない……悪こそ全て……さぁ、グリーン」

闇猫はグリーンの背後に立ちそっと肩に手を触れ耳元で囁いた。

「……さぁ、グリーン……。君も今からBC団の仲間になるんだ……」
「で、でも……」

グリーンの意識が次第に朦朧としてきた。ただ、闇猫の言葉以外何も聞こえる事が出来なかった。

「…………ぅ……ぁ……」
「……もう何も考えなくて良い……グリーン。ただBC団に忠誠を誓えばいいんだ」
「れ、レッド……」
「俺は昔のレッドじゃない……今は闇猫……もう生まれ変わったのさ……」

うつろな目をして黙っているグリーンを見つめながら闇猫はそっとグリーンの顔を撫でた。

「大丈夫……すぐに楽なるよ。俺もそうだったから……ね」

闇猫は懐かしそうに微笑んだ。







『えー。こちらが最近巷で流行っています。憂鬱BOXです。ご覧下さい』

リポーターの手の方には公園の隅っこに設置されているドアのついた真っ黒い箱があった。

『……大阪のあちこちに設置されているというこのBOX。この中に入った人が突然鬱になって出てくるという謎のBOXです』

その時ドアが開いて中から一人青年がのそのそと頭を下げたままBOXから出てきた。

『……あのー。中はどうなっているんですか?』
『……そうだよ……女なんて星の数ほどいるじゃないか……フフ……』

『あのもしもし?』
『……そうだ。包丁買お……』

青年は一目散に駆け出して行った。リポーターも終始沈黙していた。

『えー……現在、様々な年齢層による自殺未遂も相次ぎ、県警の方でも回収を進めておりますが増える一方でまさにいたちごっこが続いています。しかし、未成年の好奇心によるBOX入りが急増し、なかなか利用者を食い止めることが出来ない状況です。県警の方では見かけても決して入らないように付近の住人に呼びかけています』

そのままニュースは全く関係のない株価の話題へと移った。会議室での議題はもちろんこのことなのだがはかどるはずもなかった。
それというのも、グリーン隊長がいなくなって1週間。連絡しても音信不通。

「……まさかと思いますが。若さゆえに学校の屋上から……」
「ありえない事ではないですが……だとしたら遺書くらいは残すでしょう」

隊長がいないだけで会議室は自習時の教室のように収拾がつかない状況になっていた。

「み、みなさんっ!隊長がいなくなったって言うのに心配じゃないんですかっ!」

ピンクが悲痛な声で雑談している隊員たちに言った。ピンクの顔は心底心配している顔だった。

「……ピンク?グリーンだって思春期なんですよ。盗んだバイクで走り出して暗い闇の帳の中へ逃げたい年頃なんです」
「隊長は泥棒なんてしませんっ!」
「ですからね?ピンク。大人の階段登るシンデレラの年代なんですよ」

イエロー他隊員たちののんきな態度も合間ってピンクの不満はさらに高まった。

「だ、だからって……少しくらい心配してあげても……」
「心配するだけムダですよ。便りのないのは元気な証拠。レッドだってもう何年も音信不通で……」

途中まで言いかけた所で、シルバーが突然考え込んだ。

「まさか……グリーン。レッドに会いにいったのでは……」
「え?」
「いなくなった日……レッドのこと心配してましたよね。それでレッドを探しに行ったんじゃ……?」
「そんなわけないじゃないですか。第一「愛媛」という事しかわかっていないんですよ?」

そんなシルバーの説をイエローが嘲笑うように言った。確かにOFF会の日までは本名その他諸々も秘密と言う事になっている。
OFF会を楽しみにしているグリーンがわざわざそんな暗黙の掟を破ってまでレッドに会いに行くとは考えられない。

「ですが……」
「まぁ、隊長のことですし少し経てばかえって来るでしょう。ああいう人ですしもしもの時は連絡するぐらいしますよ」

イエローの言葉に一同も納得し(ピンクは不服そうだったが)会議も終了の方向を見せた。
……が。会議が終っても別な問題は終りそうになかった。
終ろうと立ち上がった瞬間、会議室のドアを開けて入ってきたのはまだ何も知らないホランだった。
その後ろには呆れているオオカミがお供なのだろう。2,3名ほど待機していた。

「グリーン♪ 会いに来てあげたよ……(///)」

いつもの様に顔を赤らめながらホランがいそいそとロビーを歩き回る。オオカミ達は一定の距離を開けて困ったようにホランを見ている。

「……グリーン?グリーンは何処にいるんだ?」

ホランがキョロキョロと室内を見渡すが当然、グリーンが視界に入ることはない。
下手な所を探されても迷惑なのでとりあえず女子に言いに行かせた。

「……あ、あのー……グリーンは……」
「……?」

ホランの何も知らないキョトンとした顔が見ていて痛々しかった。

「……一週間前から行方不明で……」

さっきまで赤かったホランの顔が今度はみるみるうちに青くなっていく、信号機じゃあるまいしせっかくの美形も台無しだ。

「……まさかグリーン……他の男と駆け落ちなんかを……」
「いやいやいやいや……ホラン様それはちょっと」
「……い、今頃……すでにグリーンの操が……だ、ダメだっ!!!グリーンの貞操はオレの物だっ!」

ホランが頭を抱えてうずくまってガタガタと震えている。オオカミがそれを一生懸命なだめるのだがホランの悪い妄想はなかなか終らない。

「あぁっ!?だめだグリーン!ファーストキスはオレが!! い、いけない!その男に体を預けちゃ!あ、あぁーっ!!!」
「ホラン様……落ち着いてください……しかし、タイガ様もいなくなったと思えばOFFレンもか……」

ボソッとオオカミ達がつぶやいたのをOFFレン達は気が付いた。

「タイガも居なくなったんですか?」
「……あぁ、1週間前にな……それでオオカミ達の統制が取れないからホラン様に臨時ボスとして……」

──1週間前といえばグリーンがいなくなったのと同じ時期。これはやはり間違いなく二人の間に何かがあったことが窺える。
にしても、タイガの様なボスがいないだけで統制が取れないなんてよほどオオカミ軍団は自分勝手な奴らの集まりなのだろうと思った。

「……これは多分何かの事件に巻き込まれた可能性がありますね」

シルバーが最近珍しくシリアスムードになっていく。最近出番がなかったせいかいつにもましてその体の銀色(?)も一層輝いて見える。

「例えば?」
「……そう。憂鬱BOXがあるじゃないですか。それが登場したのも1週間前。偶然にしては出来すぎです」
「憂鬱BOXか。あれは辞めとけ。仲間のオオカミが入ったらしいんだが入って以来部屋に閉じこもってポエムを書くようになってしまったぞ」

オオカミが落ち着いてきたホランを宥めながら言った。どうやらやはりあのBOXには何かあるようだ。

「……じゃぁ、BOXを調べてみましょう。どこにBOXがありましたか?」
「確か……尾布市中央公園の公衆トイレ脇に1つあったぞ?」
「よし!OFFレンジャー出動!」

シルバーが妙に力の入った声で叫んだかと思えばくるりと振り返って不敵な笑みを浮かべた。

「……ということでワタシが臨時の隊長という事で。……異議はないですね♪」







真っ暗な部屋の中へウィックは静かに入って行った。そう、ここはBC団アジト。

「……闇猫よ」

ウィックの背後からスッと闇猫が現れる。フッと闇猫の笑い声が聞こえた。

「……例の計画とやらはどうなっている……?」
「……全て順調です……。ご覧下さい」

闇猫は、嬉しさを秘めた様子で側の二人をウィックに見せた
ぼーっとしている二人の周りを真っ黒な霧が取り囲んでいく。その霧の中で二人は苦しそうに声を上げた。

「……闇の気ですよ」

ウィックからの問いかけが出る前に闇猫は答えた。

「……二人に潜む心の闇を増幅させる為闇の気を与えているのです……ウィック様。この部屋は気分がいいでしょう?」

ウィックはこの部屋に入ってから何処か心地の良い気分がしてならなかった為そうだなとウィックは簡素に答えた。

「この部屋に充満する霧は闇の気……その濃度を濃くしてこの二人に与えれば……」
「……完全な悪人の出来上がりと言うわけだな……」
「そういうことです……」

苦しそうにしている二人を闇猫は楽しそうに見つめた。そのうち、その片方がうめき声をあげながら何かを呟いていた。

「れ……レッド……」

闇猫は彼の側に寄り添ってそっと彼の手を握った。ひんやりと冷たそうな手だった。

「……大丈夫だよ……グリーン……すぐ闇の気に慣れるからね……」

グリーンのうめき声は次第に小さくなっていった。荒かった呼吸も次第に整っていった。もう片方も同様だった。

「……ほらね。闇の気は気持ちいいだろう……?グリーン……」

闇猫はまた、懐かしそうな顔で二人を見た。

「……改造を施せば早いと思うのだが?」
「それでは物足りませんよ……。俺のように徐々に闇に染まっていかなければ……」
「……変わった奴だ」
「いろいろと思い出がありましてね……こればかりは消えないようですよ」

闇猫はグリーンの頬をそっと撫でた。

「……脳改造が足りなかったか……?闇猫よ」
「いえ……その代わりちゃんと活動させていただきますよ……既に例の物も順調に稼動しておりますし……ね」

部屋の中にうっすらとモニターの明かりが眩しく光った。そこには、頭を抱える若者。何かに怯えている女性など様々なシーンが映し出されていた。

「……これが憂鬱ボックスの効果か……」
「人間には誰しも心に闇を持っています……その闇を少し増幅させてあげるだけでこの様に……」

モニターの映像はゆっくりと消えていった。ウィックの満更でもない表情に闇猫も少々安心した。

「……オレには好きなものが3つある。一つは金。そして二つ目は……有能な部下だ。俺はお前に期待しているぞ」
「お任せください……」

闇猫は他の改造猫たちとは違うと言う確信を以前から持っている。
今の表情とウィックの言葉により闇猫の顔は自信に満ちていた。






「……これですね」

真っ黒いボックスの上の方に紫色の字で『憂鬱』とデカデカと書かれているだけでメーカー名すら記載されていなかった。
一瞬どこにドアがあるのか解らないほど真っ黒いボックスで、その異様な雰囲気の反面パッと見あまり、違和感が無い。

「……なんだ?これは……」

すっかり持ち直したホランがボックスをコンコンと軽く叩いた。
と言ってもあまり音はしない。かなり外面だけでも頑丈な物のようだ。

「……試しに誰かが入ってみるしか方法がありませんね……」

シルバーがチラと男子隊員の方を見る。

「じ、女子隊員が入ればいいじゃないっすか!」

シルバーの目線が合った時、慌ててブルーは言った。その後から「そうだそうだ」と男子が後に続く。

「私達はか弱い乙女……こういう時は男子でしょう」

イエローが頑として男子の意見を撥ね退けるが、すぐさまオレンジが間髪入れず反論する。

「男女差別だー!女子だって強い人とかいるじゃないかー!」
「オレンジ……それはそれ。これはこれでしょう?」
「絶対女って男女差別を上手く使いこなしてるよぉ~……」

しょんぼりとしているオレンジの肩にシルバーが手を乗せようとするがオレンジは物凄い速さでそれを避ける。他の男子も同様だ。

「……仕方ありませんね。ここは間を取ってホラン……」
「は?何でオレが……」

ホランは詳細を知らないせいか、そこまでいやそうな素振りは見せなかった。
脈ありと判断したシルバーは上手く2,3言言葉を交わすとホランが入ってくれることとなった。
いくらボス代理とはいえ、タイガの片割れ似た様な物なのだ。

「……じゃぁ、ホラン。中に入って何があったかを詳しく聞かせてください」
「……わかった」

ホランがドアを開けるが覗き込んでみても中は真っ暗。ホランは椅子らしき物があると言ったきり中からは何も聞こえなくなった。
時折、外から声をかけてみるがまったく反応がない。物音すらしない。ひょっとしたら別世界にでも行っているのかも知れない。

「……生きてるのか……?」

との声も、オオカミの方から聞かれる始末だ。
ホランが決死の突入を開始してからもうすぐ15分……。

『……ガチャ』

15分ジャストにホランがボックスからのそのそと出てきた。
早速、ホランに何があるか聞こうとしたがホランは目を真っ赤にして何も喋らなかった。

「……ホラン?中には一体何が……?」

「……グリーン……キミはそんなに他の男がいいのかい……?フフ……フフフフフ……」

挿絵

ホランはうずくまったままこんな感じのことを繰り返していた。これでは、すぐにでも側の公園の池に入水自殺でもしそうな勢いである。

「……ずいぶんと負のオーラが漂ってますね……」
「ホラン、中には何があったんですか……?」
「……グリーン……そんなにオレに他の男と愛し合っている姿を見せたかったのか……フ、フフフフ……」

ブツブツとホランは暗く呟いたまままったく話を聞いてくれなかった。
呟きを聞いているとどうやらグリーンが他の男の人とイチャイチャしていたと言う事がわかる。
となると考えられるのは、この中に入ると鬱になるようなことをさせられるか、見せられるということだ。

「……全員で入ってみるのはどうかな?」

ボソッといつからいたのかブラックが呟いた。

「はぁ?ブラック。気は確かですか?どうみても入れるわけが……」
「待って下さいブルー」
「?」

シルバーはボックスの側まで行ってそれをまじまじと見つめながら、
何度かボックスの側を歩いたり歩数を数えたりして何かを考えていた。

「……やっぱり」
「何がやっぱりなんすか?」
「考えてみてください。ホランが椅子を見つけたと言うのはだいたい5,6歩してから。しかし──」

シルバーはボックスの側を歩いてみると端から端まで3歩ほどしかかからなかった。

「解りますか?こんな非常に人一人が入るのがやっとなボックスの中を5,6歩も歩くと言うのは大変な事」
「つまり……ホランの歩幅が小さいって事っすね?」
「…………違います」

イヤハヤとシルバーは呆れたように首を振る。心なしかいつもより高圧的な態度がするのは気のせいだろうか。

「つまり……これは仮説ですが……中は意外と広いということですよ」
「だから?」
「……全員で入っても大丈夫!……かも?という結論が出たわけです」

早速シルバーがボックスを開けて隊員の方を向いてオイデオイデをする。

「オレンジ、お先にどうぞ」
「いやいや……グレーこそ……君に譲るよ」
「……全員一緒に来ればいいでしょう?」

仕方なく一気にボックスの中へと隊員たちが入っていく。ホランが少しだけ心配だがいつものことだから、ここはオオカミに任せよう。







闇猫は暗闇の広がる部屋の中でフッと気が付いたように顔を上げた。

「……どうやらおいでなさったようだな……」
「……そうか……ずいぶん早いものだな……」

闇猫がパチンと指を鳴らすと、黒い靄のかかって薄暗かった部屋が次第に晴れていった。
その靄の中からウィックと同じく、マントに身を包んだグリーンとタイガがその姿を現した。

「ほぉ……揃いの格好と言うのも……複雑な物だな」
「……まぁ、ご覧下さい。すぐにでもOFFレンをウィック様、そしてブラックキャット様の下へ……」

闇猫に、グリーンとタイガが続いた。

「レッド……」

途中、ボソリとグリーンが呟いた。

「……どうしたんだい?グリーン……。今からキミのお披露目だよ。しっかりしないといけない」
「…………」

コクリとグリーンが頷く。

「そう……キミは俺のいうことだけを聞いていればいいんだ……。君は俺に会いたかったんだろう?」

再びコクリとグリーンは頷いた。

「……いい子だ……グリーン」

闇猫は優しくグリーンの頭を撫でてやるとグリーンの方もこれ以上何も言う事はなかった。
目指すは、OFFレンのいる、ボックス内部まで……。







一方、ボックス内部はシルバーの言うとおりなんだか空気の乾燥した真っ暗な広い空間が広がっていた。
物音も聞こえず、確かに椅子はあることはあるのだがそれ以外何もない。

「……ホランは15分で出てきましたからね……。多分そろそろ何かが……」

全員がわからなくならないようにピタッと誰かがだれかに寄り添って固まった。
暗闇の中で少しずつ動いて見るのだが、まったく壁らしきものにも当たることが出来なかった。

「……もう、10分くらい経ったんじゃないんですか……?」
「変だな……何も起こらないぞ……?」

『幻影ではつまらない……。キミ達は俺が……片付けてあげるよ』

コツコツと足音がOFFレンの前で止まった。黒い人影があるのはわかったが、誰かまではわからない。
その後パチンと音がすると、周囲数メートルが見渡せる程度にぼんやり明るくなる。

「……!」

人影の姿を見て、隊員たちは言葉を失った。
「……この姿では初めまして……かな?シルバー」

驚くシルバー以下隊員達を見て、彼は満足そうにニヤリと微笑んだ。

「じゃぁ、初めまして。ブラックキャット団改造猫部隊……闇猫です」
「……そ、そんな……」

シルバーはそれ以上声を出す事が出来なかったようで、闇猫は先に先に話を進め始めた。

「……いろいろあって、BC団に入ったんだ。そういうわけだから……キミらを倒さなければいけない……わかるよね?」

見覚えのある顔から、聞き覚えのある声が放たれる。
まさかそんなことが。しかし、現に彼らと相まみえている人物こそ、正真正銘の……。

「……レッド」

パープルが悲痛な声で、闇猫に語りかける。だが、彼はそれにまったく動じない。

「……パープル。残念だが……今の俺はキミの嘆き悲しむ姿を見たいと言う感情しか浮かんでこない……」
「レッド……。すっかり変わってしまったんですね……」

ブルーが悲しげな声で後に続いた。

「……レッドじゃないというのに……まぁそう呼びたいなら好きにすればいいよ。でも、本来なら俺は闇猫と呼ばれたいんだけどね」
「何故ですか!?レッド!」
「……君たち人間が憎い。心の底からね……殺したいほど……。魂を捧げたのさ。それじゃもういいだろう?いかせてもらうよ」


不敵な笑みを浮かべながら、闇猫は自分の後ろに居る二人を前に行かせた。

「……また、紹介しないといけないね……。新しくBC団に入ったグリーンとタイガだよ」


闇猫は二人の後ろに立ってやさしげな声で再び言った。

挿絵

「レッド……二人がいなくなった原因も貴方ですか」
「……そうだよ。でもせっかく会えたのに残念だ。今からキミ達のお相手はタイガがしてあげるよ」

闇猫はバサッとマントをひるがえした瞬間。タイガはOFFレン隊員たちに向ってきた。
下手に攻撃しては2人が危ない。仕方なくブルーは急いでボックスを二人に投げつけて檻を出そうと考えた。

『──っ!?』

ボックスは二つに割れてタイガの後方へと弧を描いて飛んでいった。そんな様子を嘲笑うように闇猫はこちらを見ていた。

「……これは操られてますね……。なんとかしなければ」
「やはり闇猫を倒さなければ……」

一同の顔に不安感が漂い始める。
しかし、このままでは下手すれば一方的にやられてそこまでということだってある。

「キャー!」

考え込んでいたシルバーの耳に女子隊員の叫び声が聞こえた時には既に遅く、タイガがその鋭い爪をシェンナの喉笛に突きつけようとしていた所だった。

「シェンナ!?」
「イケてないですー!喉切っちゃうなんて、マジイケてないですー!」

泣いているのかボケているのかよくわからないシェンナの喉笛を裂こうとしているのだろう。
タイガの手がゆっくり上に上がって今にも振り下ろしそうな勢いだった。

「ですー!シェンナ食べても美味しくないですー!美味しくするとしたら塩コショウをですねー!」
「……」
「シェンナはお肉好きですけどお肉になるのは嫌ですー!ん?肉?まぁ、いいや。肉ですー!」

ギャーギャー騒いでいるシェンナ。の所へ腕はいつまで経っても振り下ろされる気配はなかった。
というより、振り下ろそうとしているのを必死に食い止めようとしている気がした。

「……シ、シェンナ……ちゃん……」
「……お兄様!」

タイガの前にいつの間にかコスモスが現れていた。
強い力でタイガの腕を掴んでシェンナのところに振り下ろさせようとしていた。

「お兄様!早く!OFFレンを一人からでも……!!」

コスモスの腕にさらに力が入る爪がタイガの腕に食い込んで痛い……。

「痛い……。コスモス……痛い……」
「お兄様……早くこの者を……!!」

タイガの腕は微動だにしなかった。タイガが痛そうにしていてもコスモスはタイガの腕を掴むのを辞めない。
見かねたコスモスはついにタイガを突き飛ばして彼女自身の爪がコスモスに伸びた。

「お兄様がやらないのなら……私がやるまでですわ……!!」
「あー。シェンナたらいまわしですー」

コスモスの形相がタイガには悪魔に見えた。
自分の腕についた手の跡を見た。爪が食い込んでいた跡がハッキリしていた。

「……ち、違う……コスモスじゃ……コスモスじゃない……」

コスモスの動きがピタッと止まった。

「……お、お前はコスモスじゃないっ!?」

タイガの虚ろな目が次第に晴れて行く。コスモスは人形のように静止したまま動かない。


そのコスモスに向ってタイガは爪で思い切り裂き、そのまま倒れてしまった。

「……!?」

コスモスは真っ黒い塊となって四方八方へと飛び散る。その塊は闇猫の方へと集まって、消えてしまった。闇猫は軽く舌打ちをして言った。

「……フ。幻影が解けてしまったか……だが、まぁいい……グリーン?」

闇猫の側に居るグリーンの姿がフッと消えた。

「……OFFレンジャー……キミ達には申し訳ないが……ここでお別れだね」

シルバーがハッと気が付くと後ろには銃を構えているグリーンが立っていた。闇猫の含み笑いが聞こえる。

「その銃は原子分解銃……跡形もなく消え去るがいいOFFレンジャー……
それとも、自分達を助ける為に何か抵抗をしようとするのかい?……そうはさせない」

闇猫がパチンと指を鳴らすとグリーンは銃口を自分のこめかみへと向ける。

「……すぐにでもグリーンを始末させるよ……俺はどちらも助かると言うのは嫌いでね……」

闇猫はニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「……抵抗しても構わない……人間と言うのはこういうときにはすぐに自分の事ばかり考えるから。
そう、俺が改造されてすぐ人間の心を読み取った時のようにね……」

闇猫はついに、大声で笑い始めた。グリーンとOFFレンの間で長い間にらみ合いが続いた。
その虚ろなグリーンの目には何も見えてこない。闇猫……レッドは既に悪魔となっているシルバーはグッと拳に力を入れた。

「……腹くくりましたよ。どちらかは倒れなければいけない……同感です」

シルバーはOFFレンボックスをブルーから受け取った。

「シルバー!!」
「……イエロー……闇猫の言うとおりです。どちらかが倒れなければ……」
「素晴らしい……シルバー……俺はいい部下を持っていたようだね」

闇猫は再び笑い出した。
シルバーはボックスを持つ手にギュッと力を入れると、ボックスを思い切り投げた。

「……っ!?」

後方へ飛んでいったボックスは闇猫の目の前へ着地すると物凄い煙が噴出し始めた。シルバーは大声で叫んだ。

「……目付きの悪い鑑定士!」

煙の中から確かに目付きの悪そうな紺色の着物を着たどこかで見たような鑑定士が闇猫の前に現れた。

「お願いします」

鑑定士はシルバーの言葉に頷くと、さっそく虫眼鏡を取り出して闇猫にかざした。

「う~ん。なるほど……。ここまで……へぇ……」
「な、なんの真似だシルバー……。抵抗すると……」

闇猫は手をマントの中から取り出すと指を鳴らす前に鑑定士にその腕をつかまれてしまった。
その腕に虫眼鏡を当てながら鑑定士はまじまじとそれを見始める。目付きが悪いのでなかなか下手に抵抗する事が出来ない。

「……おのれ……鑑定士の強引さをついつい許してしまう人間心理を利用するとは……」
「なるほどねぇ……。ふむふむ……ム!?……ハイハイ……」

鑑定士は虫眼鏡を懐にしまうとくるりとシルバーの方を振り返った。

「まったくの偽者ですね。成分を分析してみましたが本人よりも1、2歳若いです」
「虫眼鏡だけでそんな事が出来る物なんですか?」
「鑑定士に出来ない事はありません。間違いなく偽者です!」

鑑定士は良く解らない名言を残してパッと消えてしまった。

「これで、わかりました。闇猫、あなたはレッドではありませんね!」
「……フ……鑑定士にお墨付きを貰ってしまったのだから、仕方がない」

闇猫は観念したのかニヤリと微笑んで開き直ったように言った
バサッと闇猫がマントを翻すと先ほどまでのレッドの顔をしていた物から黒猫の顔をした闇猫が姿を表せた。

「……せっかくいい作戦だと思ったんだが……残念だ……だが、何故俺がレッドではないとわかった?」
「長年の勘がそうさせたとでも言いましょうか」
「訳のわからないことをほざきやがって……だが、グリーンはまだ俺のいうことを聞くんだぜ……?」

闇猫が再びマントから手を伸ばそうとする所を見計らってシルバーは再びボックスを指を鳴らさせる前に投げつけた。
再び白煙が上がりシルバーは叫んだ。

「……闇猫の恩師の先生!」

白煙が止み、中から30代後半ぐらいだろうか?そこそこ綺麗な小柄の女性が姿を現した。シルバーはその女性の前で闇猫を指差して言った。

「……彼はどんな生徒でしたか?」
「そーねぇ……」

先生は首をかしげて思い出し始めた。闇猫は慌てて先生の口を塞ごうと走り寄ってきていた。

「……良く虐められてたわねぇ……毎日机の上にはチョークの粉が……」

闇猫はその言葉を聞いた瞬間、動揺したのか転んでしまった。

「ふむふむ……それで?」
「……いつも泣いててねぇ……私も仕方なく相談に応じてあげたんだけど……」
「や、やめろーーー!!」

闇猫は頭を抱えてその場にうずくまった。しかし、哀しいかな先生の晒し上げはまだ続いている。

「それで、他には?」
「……そうねぇ……ノートや教科書が焼却炉に入れられて……燃やされた事があったわ」
「ギャ!ウワ!や、やめてくれー!!!!」

先ほどの様子とは打って変わってゴロゴロと闇猫はのた打ち回っている。

「他には……?」
「先生~。っていつも私に泣きついてきて……」

闇猫は心臓を押さえて苦しそうにうめき始めた。
グリーンをけし掛けようとするのだが手が震えてなかなか指を鳴らす事が出来ない。

「で、先生はそれをどう思っていたんですか?」
「はっきり言ってウザかったわねぇ……」

闇猫は『グッ!』と一声うめいて心臓をかきむしりながらその場に倒れてしまった。
シルバーは先生に一礼をすると先生も頭を下げて消えてしまった。

「……闇猫は、人の心の闇を大きくする反面。自分の心の闇も大きかったんですね」
「……うぅ……だから俺は……改造猫になって……みんなに復讐しようとしていたのに……」
「可哀相な話ですがそれでは、貴方のやっていることはいじめっ子と同じことですよ」

OFFレンは自分を差し置きながらうんうんとシルバーの言葉に頷いた。

「……俺はお前に期待していると言ったはずだ……」

すると、グリーンの後ろから突然マントに身を包んだウィックがゆっくり闇猫の前に現れ、近づいていった。
闇猫は申し訳なさそうにウィックに目をあわせられないように顔を背けた。

「……も、申し訳ありません……。今から退却をし……次の作戦を……」
「その必要はない……」

ウィックはパチンと闇猫の前で指を鳴らした。するとグリーンはOFFレンのほうに銃口を向け始める。

「闇猫、俺には好きなものが三つあると言ったのを覚えているだろう?……一つ目は金。二つ目は有能な部下。三つ目は……」

しかし、OFFレンの方向を通り過ぎ銃口は闇猫の前でピタリと止まった。

「……無能な部下を始末する事だ」

バシュッ……と、眩い光線が闇猫の右肩に当たった。次第に闇猫の右肩から原子分解され消えて行っている。
闇猫はカッと眼を見開いてウィックの顔を見た。ウィックはフンと鼻で笑うと、背を向けてそのまま闇の中へと消えていった。

「う、ウィック様!! も、もう一度……!もう一度だけ俺にチャンスを……!!!」

その闇の中からウィックは二度と姿を現さなかった。

「い、嫌だ!!俺はまだ!まだ復讐をしていない!……俺を苦しめたあいつらを……」
「見苦しい奴ですー」

闇猫の右半分が既に消えかかっていた時点で、闇猫は諦めたようにフッと自虐的な笑みを浮かべていた。

「……俺の代わりに……ブラックキャット様がきっとあいつらに復讐してくれるに違いない……」
「もう倒されるのが決まってるんですが……」
「何を訳のわからないことを……」

さすがに気の毒なのでこれ以上闇猫に声をかけることが出来なかった。

「……俺は生まれ変わったら……悪魔になって……あいつらに復讐してやる……」

闇猫は陰も形もなく消えてしまった。グリーンも闇猫が居なくなった途端バタリと倒れてどうやら元に戻ったようだ。







「……レッドじゃなかったんですね……で、でもレッドが悪人になってなかったから安心……です」

やっと目覚めたグリーンは今までの経緯を聞いてそういって肩を落としていた。

「……グリーン……」
「いいんです……。改造猫も倒せたんですから……」

グリーンはベッドに潜り込んでそのまま何も話さなかった
グリーンの部屋を後にするとタイガとホランがロビーでくつろいでいたのを発見した。

「……そうだ」

『プルルルルルルルルルルルルルル……』

布団に潜り込んでいたグリーンに電話のベルが聞こえてきた。
グリーンの部屋に電話なんてあったっけ?と思いつつ受話器を手に取ると懐かしい声が聞こえてきた。

『えーと……ぐ、グリーン……か、かい?』
「……その声は……レッドですか!?」
『う、うんそーだよそーだよ。レッドだよ』
「レ、レッドなんですね!本物なんですね!よ、よかったです……」

グリーンの部屋をこっそり覗いていたピンクが、後ろに控える一同に向けてVサインをした。
計画は成功だ。ロビーではタイガがレッドの喋り方マニュアルを見ながら受話器の向こうのグリーンと対話していた。

「ホランの協力で、変声機を使えることになってよかったですねぇ……」
「タイガも丁度変声機に合ういい声質をしているし、これならレッドに聞こえるでしょう」
「二人とも御礼を絶対要求するはずでしょうけどね」

ホランもタイガもうんうんとうなずいていたが隊員達はホッとしていた。

「でもいいじゃないですか……ワタシも初めて隊長らしい事ができたんですから」

シルバーも嬉しそうに微笑みを浮かべていた。










ウィックは帰るなり、側にあった灰色猫を思い切り壁にたたきつけた。
物凄い爆発音を立てながらバラバラと歯車たちが飛び散っていた。

「……OFFレンジャー……俺を……本気で怒らせたようだな」

ウィックの目はいつにも増して鋭くなっていた。