第48話

『哀しい花束』

(挿絵:シェンナ隊員)

キラキラと光り輝く一つの光がまっすぐ地球に向って落ちていきました。
観測所のデータだとその光は大阪方面に落ちたということです。今回はそんなお話……。





「……なんだこりゃ……?」

タイガの目は花壇の隅の草むらに何かガサゴソとかすかに動く物を捕らえた。
日課の花壇への散歩にやってくる来た所でこれを見つけたのだ。

挿絵

よくよく近づいた所小さな小さな20センチくらいの人間が苦しそうに倒れていたのだ。

「……はぁ……はぁ……」

苦しそうな息遣いにタイガは心配になってそっとその小さい人間をそっと手のひらに乗せた。
小さな羽根らしきものが背中に生えていた。これは間違いない、妖精だ。
タイガは慌てて研究員のいる部屋まで駆け出していた。
少し妖精が可愛かったせいもあるが妖精とは珍しいからさすがに見殺しにするには惜しい。

「オイ、こいつを治してやってくれ」
「……ほぉ。妖精ですか……」

研究員の所まで持っていくと別段驚いた様子もなく診察を始めた。
何度か聴診器を当てたり、変な機械に通したりして30分が過ぎていた。

「……まだか……?治らないのか?」
「……珍しいウィルスですね。まぁインフルエンザの強い感じでしょう」

研究員は妖精に2回ほど注射をすると『ハイ』とあっけなくタイガに返した
あとは暖かい所に寝かせて栄養のある物を食べさせればいいと月並みな事を言った。
タイガは少し安心して自分の部屋にいって妖精を寝かせる事にした。

「ちょっと汚いけど……まぁいっか。えーとベッドベッド……」

ベッドは広すぎるし足の踏み場の無いこの部屋ではタイガの唯一のくつろぐ場所だ。かといって床に放置するわけにも行かないし……。
そこで、ふと思いついてタイガは側のティッシュ箱の上部をカッターでバサッと切り取りその中にティッシュを何枚も敷き詰めてみた。
思ったとおり妖精にぴったりだった。それにティッシュだって保温性はあるはずだ。

「……よしよし……あとは暖かい所だな~……♪」

タイガはTVの上にティッシュ箱を置いた。TVをつけっぱなしにしている時暖かいので、
それ以来タイガはTVには保温機能が付いていると思い込んでいたせいだった。
実際先ほどまでつけっぱなしにしていたからほんのりあたたかかった。しかしティッシュ箱全体を暖めるようなぬくもりではなかった。

「……さてと♪今日買ってきたAVでも見るかなー♪にゃは……」

ふとTVの上に眠っている妖精を見て少し気が引けた。
いくら妖精と言っても女の子には間違いない。いくらタイガでも女子にAVで興奮している姿なんて見せたくない。

「……ま、まぁ……TV付けた方が……もっと暖まるよな……な♪」

彼のプライドは臨機応変に変化していくのだった。
ビデオを見ている間の詳しい描写は避けるが粗方終盤まで来るとTVのスピーカーから聞こえない声が聞こえてきた。
最初はビデオ撮影時の雑音か何かかと思っていたタイガだったが一旦ビデオを止めてみるとどうやら妖精が目を覚ましたようだった。

「ん……ん……」

恐る恐る箱の中を覗いてみると妖精がうっすら目を開けてキョロキョロと辺りを見回していた。

「気が付いたか?」
「キャッ!」

タイガが声をかけると妖精は小さな悲鳴を上げてティッシュの中に潜り込んだ。

「ごめんごめん。別にとって食う訳じゃないから安心してよ♪」
「……?」

妖精はそっとティッシュの中から顔を出した。まだびくびくしていたのでタイガはとりあえず今出来る精一杯の笑顔をしてみた。
その笑顔に悪意は感じられなかったのか妖精はティッシュのベッドの中からゆっくり出てきた。

「オレ、タイガ♪よろしく~♪」

「……あ、あの……私……フルールです……」

挿絵

「フルールちゃんかぁ~♪可愛い名前だね~」

妖精はベッドのうえで立ち上がったかと思うとふわりと宙に浮かび出した。
浮かぶと辺りを見回して不思議そうにしていたのでタイガがそっとフルールの足元に手を差し伸べた。

「おいで♪」

タイガの手の上に恐る恐ると乗るとタイガはフルールの頭をそっと撫でた。

「キャッ!」
「あ、ごめん!びっくりさせるつもりはなかったんだけどさぁ」
「い、いえ……男の人に会ったのは初めてですから……」

妖精はぴょんとタイガの手の上から降りてタイガの真横に座った。
そこでタイガはTVに生々しく映っているビデオのワンシーンに気づいて慌ててTVを消した。すると、妖精はクスッと笑って言った。

「別に気にしなくていいんです。地球人の愛情表現の一つだそうですから」
「にゃ……ち、地球……?」
「あ、私、他の星から来たんです。地球の事を良く調べる為に」
「そ、それじゃぁオレの所にいなよ♪ 悪いようにはしないから……な?」

妖精はおねがいしますと、ペコッと頭を下げた。綺麗な髪飾りがゆらゆらと揺れた。
タイガはその様子を見てますます妖精が可愛くなった。なんだか年下の兄弟が出来たような気がした。

「あっ……」

妖精が急にフラッとその場に倒れた。慌ててタイガは妖精をそっと手の上に載せてティッシュ箱の中に妖精を戻してあげた。


まだ病み上がりだった事をすっかり忘れていた。なにか栄養のある物を食べさせてあげなければいけないとタイガは思った。

「……妖精って何食べるんだぁ……?お粥か?玉子焼きか?サプリメントか?……にゃ……にゃぁ……?」
「……花の蜜があれば……いいんですが……」
「蜜?そうか……蜜だな?よーし!」

タイガは花壇に行ってみた。この時期だどこからやってきたのかタンポポなんかも咲いていた。
早速タイガはコスモスの花壇の隅に咲いている花を片っ端から集め水が張ったガラスのボールの中に入れた。
そうして水の中でおもいきり花をぐりぐりとすりこぎで擦ってみた。思ったとおり花の中から緑色の汁が出てきてあっという間に真緑色の汁が出来上がった。

「(あんまり美味そうじゃないなぁ……)」

とりあえず砂糖を入れて妖精の所に持っていくがだんだん不安になってオオカミに試飲させてみる事にした。
ちょうどその頃はお昼時だったのでパラパラとだがオオカミが食堂に集まっていた。
早速タイガは隅っこで新聞を見ているオオカミに目をつけてそこへ座った。

「あ、タイガ様。おはようございます」

オオカミは、珍しくタイガが大人しく食堂にやってきたのを珍しく思ったのだがふと目を落とすと緑色の汁に気が付き嫌な予感がした。

「……あの、タイガ様……それは一体……?」
「飲め」
「…………は?」
「飲め」
「……しかし……」
「飲め」

タイガの爪がジャキンと伸びた。真顔でここまで来たらもはや飲む以外に方法が無いことがオオカミには良く解っていた。

「わ……解りましたよ……」

オオカミは並々に注がれている緑色の汁を見つめながらボールの縁に口をつけた。
思い切って少しを口に含んでみる。口の中全体にじわじわと苦味が広がっていくのがわかる。
時々ピリッと来る部分もありそれが苦味と相まって何とも言えない感覚がオオカミを襲った。
その感覚は次第に手を震わせ、吐き気を催し視界が淀むまでになりついにオオカミの限界を突破させた。

「ゴホッ!?」

オオカミが痙攣を起こしながらその場にバタリと前のめりに倒れた。
緑汁もオオカミの手から転げ落ち床一面にまき散らかされた。その騒ぎを聞いてオオカミ達の視線がこちらに集中する。

「このヤロー!!せっかく作ったのにこぼしやがったなー!!アオホオオカミ!」

オオカミの頭を殴ってみるが倒れているオオカミにもはや痛みを感じる余裕はなかった。


慌てて騒ぎを聞きつけた研究員達が食堂に駆け込んでオオカミを運び出していった。

「タイガ様、あのオオカミに何を飲ませたんですか?」
「花の蜜だ」

タイガは床に巻き散らかされた緑汁を指差した。

「花の蜜って……これでは花の出し汁でしょう……」
「蜜って花の中にあるんじゃないのか?」
「そりゃそうですが……ちょっと方向が違いますね」

研究員は所々散らばっている緑汁の中に残っている花の残骸を調べ始めた。
タイガの強い力でほとんどボロボロになっていたがなんのは中分別できる程度には残っていた。

「……これは……クサノオウですね。毒のある種類ですよ」
「草の王?」
「呼吸麻痺を引き起こす成分がある草です。日本全土で見かけますが本来……」

だんだん研究員の話しがつまらなくなりそうなのでタイガは、イライラしはじめた。

「そんなことはどうでもいい!花の蜜はどこで手に入れるんだ!?」
「……何故花の蜜なんて欲しいのですか?タイガ様」
「さっきの妖精が腹減ってるんだ。だから花の蜜を集めてたんだ」

研究員は呆れた顔で食料棚の方へ向かい小さな瓶を持って帰って来た。

「それでは、これを」

黄色いドロドロとした液体が中にあった。間違いなく中に入っているのはハチミツだ。
タイガはバター派なのであまりハチミツを食べた事がない。というよりハチミツという響きがなんだか嫌だった。
以前、ハチに嫌と言うほど刺されて半泣きで帰って来たという辛い過去があったせいもある。

「……ハチミツってハチの蜜じゃないのか!?」
「ハチが花の蜜を集めた物だからハチミツなんですよ」
「そ、そうなのか……よし、じゃぁこれはオレがもらっていくからな!」

早速ハチミツを持ってタイガは妖精の元へとかけていった。
残されたオオカミ達はこの騒ぎの後片付けに専念する。馬鹿な子ほど可愛いと言うのか知らないがあまり怒る気にもなれなかった。







ハチミツの良い匂いに気づいていたのか妖精は箱の中から顔を出していた。

「ホラ、花の蜜だぞ」
「……ありがとうございます……」

妖精はニコッと笑ったのを見てタイガは本当にオオカミに試して良かったと改めて思った。
早速ビンを蓋を開けるのだが妖精のサイズにしてはビンは大きすぎる。
妖精も無理してビンの中に身を乗り出して食べようとするのだがさすがに不敏に感じた。

「オイ、そこまでしなくても……」
「いいんです……仕方がないんですから」

タイガは側にあったカップラーメンの空容器の中に入っていた割り箸に気が付いた。
片方の割り箸をカッターで割り箸の先を小さなスプーンのように削ってみた。
確か以前鳥のヒナを飼っていたオオカミがこのようにしてヒナにエサをやっていたからだこの小さなくぼみにハチミツを抄くって妖精の口元に運んであげた。

「……!」

妖精はいきなりの事に驚いたがちょうど妖精が食べるのに最適なサイズだった。
オオカミもたまには役に立つなぁとタイガは再び心の仲でオオカミに感謝した。

「まだ病気なんだろ?オレが食べさせてあげるからさ♪寝てていいよ」
「で、でも……」
「いいのいいの♪オレ、女の子にはやさしいの♪」

妖精を横にしてそっとティッシュの掛け布団を被せるとタイガはもう一度ハチミツを救って妖精の口元に持っていった。
なんだか本当にヒナにエサをやっているみたいで楽しかった。そうやって何度も蜂蜜を口に運んでいると満腹になったのか妖精は首を小さく横に振った。

「もういいのか~?」
「はい……もう充分です」
「そっか♪じゃぁ欲しかったらまた言えよな♪」

口に少し付いていた蜂蜜をそっとティッシュで吹きながらタイガは言った。
そんなタイガの仕草が有難かったのか横になりながらも少しだけ頭を下げた。

「タイガくん……」
「ん?」
「花の妖精は……タイガくんの親切を決して忘れません……」

タイガは「え?」と聞こうとしたのだが妖精は目を閉じて既に眠っていた。
よーくみて見ると小さいながらもなかなか可愛い。小さなお人形さんみたいだった。

「あぁ~♪女の子の寝顔って可愛いなぁ……」

挿絵

タイガはふっと、OFFレンの女子達が気になった。ここ最近例の空き地の件があって以来会いにいっていない。
妖精も寝ているようだし部屋で変なことも出来ない。本当ならばAVを堪能したい所だが仕方がない。
そっと音を立てないようにしてタイガは部屋を後にした。
掃除のオオカミが勝手に入ると困るので部屋にもちゃんと『入ると殺す!』の張り紙を張っておいた。







OFFレンの玄関の前に来るとタイガは蝶ネクタイを綺麗に調節する。
蝶ネクタイの中央から口臭用のカプセルを取り出して軽く2,3粒飲み込むと早速ドアを開けて入っていく。
ロビーへ向う途中もどこから取り出したのかくしで毛並みを整えたり爪のチェックまで行う。
ここまで来てやっと、ロビーの中に笑顔で入っていくのだ。

「やっほー♪ホワイトちゃんにパープルちゃんにイエローちゃんにピンクちゃんにシェンナちゃんにクリームちゃん!お久しぶり~♪」

男子隊員から向けられる冷たい視線も、対応に困っている女子隊員の顔も、タイガはすっかり見慣れている。
そこで気分を悪くするようではまだまだ女は口説けないとタイガは固く決意している。
幸い、食事中だったせいもあってか話しの種も充分あるので場の空気に馴染みやすそうだった。

「ねーねー♪みんな何食べてんの?いい匂いだけどさ~」
「……ハンバーグとポテトサラダですよ」
「にゃはーw オレ、ポテトサラダ大好きー♪」

早速どさくさに紛れて女子隊員の間に割り込んで座り始めた。
右にクリーム、左にピンクとタイガにとっては珍しい組み合わせだった。

「……よ、よかったらタイガくんも一つどう?」

物欲しそうな目でピンクを見つめているとようやくピンクがポテトサラダを勧めた。
タイガも早速ポテトサラダを適当に盛り付ける。

「わーい♪ピンクちゃん大好きー♪」
「……ハンバーグはあげませんよ」

少し不機嫌そうにしているグリーンが言った。幸せなひと時の第三者の介入は非常に腹が立つ物。
特に、自分以外の男が嫌いなタイガにとっては……。

「オレこう見えてもスタイルには気を使ってんの。お前なんかに頼まれたって食ってやらねーよ!」
「……だそうですよ。イエロー」
「後で美味しいデザートをあげましょう……タイガくん」

イエローの部分からどす黒いオーラを感じた。慌ててタイガは正面にいるオレンジのハンバーグを盗って丸ごと口に入れる。

「う、うん!これは美味い!!イエローちゃん!オレイエローちゃんみたいに料理できる人好きだなー♪」
「ぼ、ボクのハンバーグ……酷いよタイガ!!」
「うるさい!お前がイエローちゃんのハンバーグを食べるなんて違法なんだよ!」
「な、なんだとー!」

オレンジは側にあったジュースの入ったコップを思いきりタイガに投げつけた。
オレンジジュースの入ったコップはタイガの顔面にヒットし自慢の毛並みも水でずぶ濡れになってしまった。

「…………」

放心した表情でタイガは自分の顔を側にある鏡で見た。毛並みが全部下の方向に寝ていた。

「……た、タイガ……ご、ごめ……」

オレンジが事の重大さに気づいて謝ってみるものの、タイガの顔は次第に怒りへと変わっていく
次第に全身の毛が逆立ち始め、ついには二足歩行をやめてしまっていた。

「ウゥ……ウガァァァァァァァァ!!!!ガオォォォォォォォォォォォッ!!!!」

覚醒を始めたタイガがテーブルの上に飛び乗るとテーブルクロスを食いちぎって暴れ始めた。
もはやハンバーグもポテトサラダも食べられないほどタイガに踏みつけられていた。

「……またですか……タイガ」

グリーンもついに堪忍袋の緒が切れたようだった。







「……ハッ!」

気が付くとタイガは冷たい床に寝そべっていた。起き上がってよく見るとOFFレンの正面玄関の前に寝ていたようだ。
ドアには『タイガ入室禁止!!』と書かれた張り紙が張っていたがタイガは気にせずにドアを開けるがチェーンがかかっていた。

「ちょ、ちょっとー!開けてくれよー!オレが悪かったからさー!」

ガチャガチャと玄関が騒がしいのを聞きつけてぞろぞろと隊員を引き連れてグリーンがやってきた。

「……気が付きましたか」
「オイ!開けろ!オレはまだ女子達と充分楽しんでないぞー!」
「……以前の空き地の件といい今日といい……温厚な私でももう限界です」

グリーンは手に持っていた紙切れをタイガの顔に押し付ける。タイガはよーく目を凝らしてそれを見た。

「……た、タイガ……永久入室禁止!?」
「……いいですね。タイガ。本来、貴方は我々の敵っ!オカシイでしょう?普通」
「ふ、フン!そんな事言ったってなー!オレはそんなことぐらいじゃ……」

グリーンはもう片方の手に持っていた紙の束を女子隊員に手渡しそれをタイガに見せるように指示した。
不思議そうに見ているタイガをグリーンが睨みつける。

「……そう、貴方はそれくらいで言う事を聞く人じゃないのはよぉ~く解っています。だから……」
「な、なんだよ……」
「貴方が入ってきた瞬間。この女子隊員達に書いていただいた婚姻届をすぐにでも市役所に届けます」
「な、なにー!?」

オーバーなリアクションを取りながらタイガは驚いた。驚いたかと思えば次第に不安そうな顔になる。

「女子たちもいい加減貴方の限度を超えた交際に嫌気が差しているんです」
「そ、そうなの……!?」

女子隊員がゆっくりと頷く姿が途端に涙で見えなくなってしまった。

「相手はもちろん我々……結婚したら女子隊員は他の男なんて好きにならないでしょうねぇ……」
「そ、そんなぁ……」
「貴方がビデオで見ているような事だって……ねぇ。する隊員だっているかもしれませんしねぇ……」
「ガーン!!!」
「まぁ、そういうことなので……」

ガチャン!と強くドアを閉める音がタイガの鼓膜に焼き付いていた。
タイガは呆然として地面に泣き伏せてしまった。グリーンがその様子をドアのレンズから覗いてみると少しいい気分になった。

「……でも、ちょっとやりすぎでは……?」

ピンクがグリーンにすがるような目で言ったが慌ててグリーンは目を逸らす。

「そ、そうは言っても……実際タイガにはいろいろと迷惑しているんですからこれくらい……」
「……ですが……」
「それに、タイガはスケベなんですからやはりスケベな事の方がタイガもショックが大きいでしょう。仕返しですよ」

グリーンは女子隊員から婚姻届の書類を一枚ずつ回収し始めた。
名前の欄しか書いていないのだが物事を良く知らないタイガにはそれだけで充分だった。

実際、タイガは結婚は何歳でもできると思っていたのだから。

「……いいですね?外でタイガにあってもあまり深くかかわらないようにしてくださいよ!」

グリーンは強い口調で念を押すように言った。






「グスッ……グスッ……うぅ~……グスッ……」

帰った早々部屋に閉じこもって泣いているタイガの声が妖精もティッシュ箱の中からあんなに嬉しそうに出かけていったタイガがこんな状態で帰って来たことが不思議でならなかった。
外ではオオカミ達の話し声が聞こえてきていた。

「タイガ様どうしたんだ……?あそこまで泣くなんてよっぽど……」
「なんでもOFFレンジャーに本部の永久入室禁止令を受けたらしいぞ……?」
「そうかぁ……まぁ、あれだけ行ってりゃぁなぁ……」
『お前ら黙れっ!!八つ裂きにされたいのかっ!!』

部屋の中に筒抜けになっていたオオカミ達の話が聞こえたのかタイガはドアに向ってそばにあった枕を投げつけた。
その音に驚いてオオカミ達の声は二度と聞こえなくなった。

「……た、タイガくん……?」
「……うるさい……少し黙ってろよ……」

挿絵

妖精はティッシュ箱から飛び出すとそっとタイガの側によって顔を覗き込んでみた。
顔をうずめて泣いているタイガを励まそうとするのだがなかなかかける言葉が見つからなかった。

「あのね。タイガくん……」
「も~!!!!うるさいっていってるだろっ!」

ガンガンガン!とタイガは机を激しく叩いた。
真っ赤な目をさらに真っ赤にしてタイガの目からはさらに涙が出ていた。

「出て行けよっ!お前がいなきゃ本部にオレは行かなかったんだぞっ!」
「そ、そんな……」
「いいから出て行けーーーー!!!オレに捻り潰されたいのかっ!!」

タイガは妖精を掴んでポイッと外へ放り投げた。妖精は落ちそうになったが少し回復していたようで何とか背中の羽で飛ぶ事が出来た。


そっと窓を覗いてみるがカーテンがかかっていた。

「……タイガくん……」

仕方なく妖精はそっと花壇の隅に向った。そこにあったのは小さなカプセル状のいわゆるUFOだった。
着陸に失敗してこの中から放り出されたことを妖精はまだ覚えている。中に入って内蔵されている機械を妖精は確認し始めた。

「……よかった通信機はまだ動くみたい」

妖精は慣れた手つきでカチャカチャとボタンを押すと小さなモニターには豪華ななりをした妖精が映った。
花の妖精は服のすそを持ち上げてそっと礼をした。

『……フルール。地球への到着ご苦労でしたね……』
「はい、女王様。あいにくこうして通信機のみが動く事になってしまいましたが……」
『まぁ、いいでしょう……計画が成功すればじきに使いの者を送ります』
「……計画ですか」

妖精の顔が途端に暗くなった。

『……我が星は小さな惑星。しかし、人口増加によりもはや我々が滅びるのも時間の問題。そのためには他の星を乗っ取るしか方法がない……そうして偵察員として貴方が派遣された』
「……はい、それは解っています……。
『……いいですね。本日の夕方に情報を送りなさい。そして計画を実行に移しなさい』
「はい……」

妖精は通信機を切った。普通は切る様に言われて切るのが星での礼儀だった。
妖精は背後のゼリー状の壁を見た。ゼリーのようにぷるぷるとしている壁の奥に小さな小さな丸い粒が浮かんでいた。

「……本日中……か」

妖精は思わずその粒から目をそむけてしまった












「……腹減った」

泣き付かれるとタイガは今まで無視していた生理現象に気が付いた。
タイガの場合何事にも無駄にエネルギーを消費する体質の様で深呼吸一つとっても結構疲れる仕方をしている。

「オーイ、腹減ったぞぉー。なんか持ってこいよぉー」

少し泣きの混じった声でドアをガンガンと叩いて自分の空腹を外部に伝えると外がバタバタと騒がしくなった。

「ははは……はーい。ただいまーお持ちいたします!!」
「早くしろよー」

バタバタとした足音が静かになった。多分厨房の方が騒がしくなっているのだろう。
少し落ち着いて辺りを見回してみるとただでさえ散らかっていた部屋が一層散らかってしまっていた。
どうやら無意識のうちに色んなものに八つ当たりをしていたようだ。
無意識と言ってもAVや阪神関連の物に手をつけていないのはさすがといったところか。

「……フルール?」

急に物悲しくなった気がしてタイガはティッシュ箱を覗き込んだ。
さっき窓の外に投げてしまった事を思い出した。何か別な所寂しくなった気がした
ガチャガチャと食事台のキャスターを急いで転がしている音が聞こえてタイガは慌てて椅子に座った。

「お待たせしましたっ!ど、どうぞごゆっくり……」

オオカミは台をタイガのとこまでもって行くとタイガの顔を全く見ずに部屋を出て行った。
台にはいつもは使わないナプキンまで置いているのだが今回に限って見当たらなかった。
よほど慌てたのだろう。今回ばかりは自分勝手も考え物だなとタイガは思った。

「……まぁいいか。とりあえずこれを食って……」

ナイフとフォークを掴んで薄く切っているステーキを食べ始めた。
普段からスタイルに気を使っているタイガ専用の策だった。コーンスープも市販の粉末物を使っているようで粉が底に残っていた。

「……早くしろったって手抜くなよな……」

ステーキに添えられたニンジンと粉ふきいもだけは妙に美味しく感じた。
しかし空腹になっていても美味しそうなデザートを目の前にしてもそれ以上何か食べたいと言う気はしなかった。
別な所にぽっかり穴が空いてそこから食べたものが全部出て行ったようだった。結局空腹のままだ。でもやはり食べる気はしない。

「……はぁ……。オレどうなっちゃったんだろ」

女子隊員を諦められるわけでもなし、かといって男子隊員にやるわけにも行かない。
このモヤモヤした気分のままフルールにもオオカミにも迷惑をかけた。なんだか自分が少しだけ嫌になった。でもそうせずにはいられない。

「……フルール?」

もう一度虎縞のカーテンに向ってタイガは言った。

「…………フルール!」

返事は返ってこなかった。タイガは無性にその場にいられなくなった気が付くと食事台を突き飛ばしてドアのノブを握っていた。
せめてフルールだけには嫌われたくないと思った。フルールには何処かタイガにとって懐かしいものがあったような気がした。













「女王様……地球は私たちが住む為に十分すぎる土地と資源があります」
『そうか……それでは早めに計画を実行なさい』「……地球人は全員死ぬんでしょうか……」
『そうですね……。その種を蒔けばすぐ芽が出て花粉が出ます。その花粉を吸うことによって地球人は全員花粉症になり、 鼻水が止まらなくなり最終的には体内の水分を全て失って干からびてしまうでしょう』

モニターの向こうの王女は神々しくも、淡々とした口調だった。

「……王女様……」
『なんですか……?』
「どうしても地球を侵略するしか方法はないのでしょうか……私」
『何を言うのですフルール。我々にはそれしか生きる道はないと……』
「……わかりました……」

フルールは種を手に取ることも無く、小さな丘の上の花畑でその場所の下見をすることにした。
延々と続く車の道や人の波。フルールにとっては斬新な気分がした。

「あー。なんか凄いものみっけですー」

電柱の住みでじーっと周辺を見始めていると急に体を掴まれた。大きな真ん丸い瞳がフルールの顔を覗き込んだ。

「……シェンナ。ピクニックしてるんだから変なものは……うわっ……なんですかそれは」
「妖精さんですー。凄いですー。シェンナ観察力ありありですー」
「……は、離してっ……」

フルールはシェンナの手の中で逃げようとするのだがなかなかシェンナはなしてくれないどころか逆に強く握り始めた。

「妖精ってスイカ食べますかねー?キュウリが好きですかねー?シェンナ、どっちも好きですよー」
「シェンナ、離してあげなさい。本部でペットなんて飼えないんだから」
「本部?タイガくんの行った本部ってあなた方の……」

「タイガ」という言葉にグリーンがムッとした表情になった。

「タイガの奴は……ずっと泣いているって聞いたから少しは反省したのかと思ったら今度は妖精に手を出す気ですか」
「ち、違います!私……」
「悪いことは言いませんから貴方、タイガくんから早めに手を引いた方がいいですよ」

去っていこうとするOFFレンにフルールはその場に落ちている小さな小石を手にとって叫んだ。

「待って!OFFレンジャー!私と戦いなさい!……じゃないとこの種をばら撒くわよ!」
「……はぁ?」
「この種は地面に蒔けばすぐに発芽して……花粉を撒き散らし世界中の人間が花粉症になり干からびてしまうのよ!」
「……ハァ……そういうのでしたら……」

グリーンはBOXを取り出すと少し躊躇いながらも妖精にボックスをぶつけた。
すると物凄い爆発が巻き起こり、妖精は悲鳴を上げて何処かに飛んでいった。

「……なんだったんでしょう?」
「さぁ……春先になると多いんですよねぇ……あぁいうの」









「王女様……この星はダメです……やはり……我々が住むには到底……」
『どうしたのですフルール!その姿は……』
「……この星では我々が全滅するのみです……繰り返します。この星は……だめです」







「フルールー。フルールー!」

部屋に戻ってきたタイガの目に花束が入ってきた。
どこからやってきたのか誰が置いたのかは知らないが綺麗な花束がそこにあった。

「……そうだ!この綺麗な花束をあげれば女子隊員許してくれるかもしれないぞ!」

タイガは嬉しそうに花束を抱えると部屋から飛び出していった。
花束の中からなにやらハチミツの香りがしたが走っていくとその香りもだんだん薄れていった。