第51話
『ボス帰る』
(挿絵:ピンク隊員)
「ガァァァァァァァァァァァ!!!」
タイガの部屋からドタバタと暴れる音がする。
もちろんタイガが覚醒してしまった事による音であることはオオカミ達も良く解っていた。
しかし、問題なのは最近覚醒するのが多くなってきている事だ。
「……また掃除しなきゃいけないのか……」
「しかし、いささか多すぎないか……?うーん」
「多分……虎のDNAが活発になってきている反動が出ているんだろうな。模様も少し替わったことだし」
BC団の闘い以降見た目が少しずつ虎っぽくなってきているタイガ。
野性の本能という物は一度目覚めてしまうとなかなか直らない物らしい……。
『あのー。タイガさんはご在宅でしょうかー?』
玄関、通称隠し入り口の方から若い男性の声がする。
モニターを見た限りでは一見普通の郵便局員だが油断は出来ない。
悪の組織では通例となっているのだがごくたまに別な悪の組織が嫌がらせを仕掛けてくる場合があるのだ。
以前も無記名でたくさんの猫グッズがタイガ宛に送られて悔しさの余りタイガが一週間寝込んでしまったという事例もある。
『何の御用ですか……?』
『電報と、小包が届いております』
『……そこに置いといてください……』
『はぁ……』
郵便局員はドアの下に2つの物を置くと、そそくさと帰って行った。
オオカミは誰もいないのを確認して小包と電報の入った封筒を持って入った。
「あー腹減った♪」
静かになったかと思い数分後、すっきりした顔でタイガは食堂に入ってくる
1時間も暴れていればそりゃぁお腹も減るというもの。再び暴れないのを願うだけだ。
「今日の飯なんだ?」
「……いなりずしです……」
「んー。そっかぁー。もう月末だもんなー」
昨日まであった金庫のお金がごっそりなくなった原因の張本人はまったく悪びれた様子は無い。
いい加減暴れて金を取って自由気ままにワガママに……といった性格を改善して欲しい物だ。
「あ、タイガ様、何か届いていますよ?」
かなり大きな小包(?)を抱えてオオカミが食堂に入ってくる。
その小包を見てタイガは満面の笑みを浮かべてオオカミの元へとやってきた。
「おぉっ!ついに来たかー!」
「今度は一体何買ったんですか……?」
「へへー。驚くなよー」
タイガが小包を乱雑に破くとガラスケースに収められたベンガルトラの剥製がその姿を現した。
自分の存在を大きくアピールするかのようにガッと大きな口を開けてこちらを睨みつけている勇猛な姿だった。
「じゃーんっ!前から夢だったトラの剥製だぜーっ!!」
タイガが嬉しそうに剥製を指差したがオオカミ達の話題はもう一つの電報の方に移っていた。
「……所でその電報誰からなんだ?」
「さぁ……開けてみるか……」
オオカミは薄っぺらな紙に書かれた古臭い感じの電報を読み上げた。
【キョウヒグレニカエル ボス】
食堂に長い沈黙が訪れたが徐々に事態が飲み込めてきたのかオオカミ達から大歓声が上がった。
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!』
オオカミ達は互いに抱き合ったり、握手をしたり、涙を流す者や神に祈りだす者までいた。
「オイ、何だ。何なんだ?」
自分の自慢の剥製を無視されて少々不機嫌そうなタイガが電報を取り上げた。

「……今日、日暮れに帰る……ボス……ボスって誰だ?」
「ボスオオカミですよ。タイガ様」
「あぁ……ボスオオカミか……って何ーーーーー!!!!!」
青ざめた顔のタイガの手から電報の紙がハラリと落ちていく。
「よし、ボスが帰ってくるらしいからな!パーティーの準備だ!」
「アジトにあるありったけの金でうまいもの作ろう!」
「お、俺花束買ってくる!」
「あぁ、一番大きいヤツな!なんなら花輪でもいいぞ!!」
オオカミ達はわいわい嬉しそうに騒いでいた。
しかしタイガは世界の終わりでも来たかのように絶望した顔をしてふらふらと部屋を後にした
「……ど、どうしよう……」
部屋に帰ったタイガは一目散にベッドに飛び乗った。
ボス代理の地位が無くなれば自分はどうなるのか解らない。もしかしたらお礼参りなんて物が来ないとも限らない。
ボス代理の地位から下っ端へと戻るのはプライドの高いタイガにとって屈辱以外の何者でもない。
「……もっかいボスの毛をむしりとってやるか……イヤでも研究員がいるからなぁ」
気が付くとどうやってボスの帰還をさらに遅らせるか……そんな事ばかり考えていた。
しかし、どんな手を使ってもいつかは帰ってきてしまう。
殺してしまうか?なんてことも考えてしまったが、そんな事するわけにもいかない……。
「……ま、いっか……。ボスにお世辞使えば多少は上手くいくだろうし……」
色々考えているうちに相手につけこむ作戦を思いついた。一番良い方法だし、いざとなれば隙を見てまた悪巧みをすれば良い……。
早速考えが決まったタイガはベッドから起き上がった。
「よし!あいつら手伝ってやるか!」
タイガが食堂へ向うと先ほどとは全然違ったカラフルな飾り付けをされたパーティー会場の様な部屋がそこにあった。
こんな綺麗な飾りが何処にあったのか不思議でたまらない物もチラホラ見受けられ、天井からは『ボスお帰りなさい』と書かれた板が吊るされていた。
「……すげー……なぁ」
改めてオオカミのいざという時の行動力に驚いているタイガの側でダンボールを抱えたオオカミ達がバタバタと走り回っていた。
走り回っているオオカミ達の顔は心の底から誰かの為に進んでやっている表情だった。
いつもの不服ながらも腫れ物を腫れさせない様に気を遣う顔とは違っていてタイガは妙にムッとした。
「……オーイ。オレもなにか手伝う事は無いかー?」
タイガが声をかけてもオオカミ達はまったく聞き入れない様子でさらに忙しそうに走り回っている。
もう一度大きな声で呼んでみても結果は同じだった。
「……オイ!」
側にいたオオカミを呼び止めたが迷惑そうなオオカミの顔に機嫌のよかったタイガもあっという間に不機嫌になってしまう。
「……なんですか!今ボスが帰ってくるための準備で忙しいんです」
「だからオレも……」
「それとそこの剥製邪魔なので早くどけてくださいよ!」
「な、何ー!お前……」
「もう、時間が無いんです!遊んでる暇は無いんですよ」
「なんだよみんなボスボスって!!」
「あたりまえでしょう!タイガ様とボスは違うんです!準備の邪魔ですからとっととどっかに行ってくださいよ!!」
つい焦りと怒りに任せて口走ってしまった言葉にオオカミはハッと口を押さえた。
怒って覚醒するかもしれないと思い恐る恐るタイガのほうを見るとむしろショックを受けた感じでじっとこちらを見ていた。
「あ、あの……タイガ様……」
何も言わずにタイガは剥製を持って部屋を飛び出していった。
追いかけようにも準備で忙しいので気になりながらもオオカミは準備に戻った。
「……オレだって……お前たち可愛がってやったのに……」
川辺に一人座って石を投げているタイガを発見したのは買い物帰りのOFFレンジャーだった。
「タイガー!……何やってんだー?」
グレーがタイガに声をかけるといつもなら元気に手を振るタイガだがしょんぼりしたままこちらを向いただけだった。
ただ事ではないと思ったのかOFFレンジャーがタイガの側にやってきて声をかけても
「あぁ……」
としか応えない。体の芯がすっぽりと抜かれてしまったみたいだ。
「た、タイガ元気ないですねー……どうせまただれかに振られたんでしょう?」
それくらいの落ち込みようではないことはグリーンにもわかっていたが、とりあえず向こうに話させるキッカケが欲しかったのだ。
しかし、せっかくのキッカケもタイガの深いため息にかき消されてしまった。
「……オオカミ軍団から追放されちゃったりとか?」
「……違うけど……似たようなもんだよ」
ようやくタイガがボソッと応えてくれた。
「また馬鹿なもの買ったんですか?」
「……違う」
「じゃぁ何か壊したり……?」
「……違う……」
「じゃぁ、何なんですか?」
その質問にはタイガは答えてくれず。ぽちゃん。と、タイガの投げた小石の音がした。
「……埒が明きませんねー……」
敵なのだからほっとけばいいのは解っていても……。
なかなか放っておけないのがタイガなのだった。なんといっても、彼とは隊員同様に長い付き合いなのだから。
「そうだ隊長。タイガも誘ったらどうですか?」
「……そうですねー。タイガ、よかったらウチのパーティーに来ませんか?」
「以前は色々あって私とイエローの誕生日パーティーが出来ませんでしたからね。どうです?」
「オレが行ってもいいのか……?」
「たくさん買い込んじゃったから隊員達だけじゃ食べ切れなくて……だ、ダメですかね?」
たくさん下げている買い物袋を見せた。しかしタイガはあまり乗り気ではないようだ。
「来たくないんですか?」
「……食欲ない」
「……女子隊員もいますよ?」
何も反応が無いのでやはりこれでもダメかと思ったが、タイガは少しだけ表情が緩んだ。
「じゃぁ……行く」
ボスのお帰りパーティーの会場のように綺麗な飾り付けがされた部屋を見るとタイガは口をつぐんでしまった。
同じ上に立つ者だと言うのにこの扱いの違いはなんなんだろうか……。
「タイガくんも来たんだ」
「こ、こいつらがどうしてもって言うからね♪」
機嫌が良くなかったタイガだったが女子隊員の顔を見ると少し嬉しそうに話し始めた。
やはり活力剤はいつでも活力剤なのだ。
「……ところで準備だったらオレ手伝おうか?」
行った後になんだか緊張したような顔つきをしてタイガは黙った。なんだか変だなぁと思いながらもOKをするとホッとした風にタイガは喜んだ
「オレ、力強いから何でもやっちゃうよ!」
「あ、ありがと……何だか今日は妙に張り切ってるね……」
「うん。だって女子のみんなの為だも~ん♪」
いつものタイガに戻ったようでグリーンも一安心。ただ、調子に乗って悪ふざけをしないことを祈るのみ。
「じゃぁ、タイガ。地下倉庫にあるくすだまを持って来てくださいな。くれぐれも起こさないようにお願いしますよ」
「は?起こすなってどういうことだ?」
「いえ、話せば長くなるから言いませんが起こしたら厄介なので……一応クリーム行ってあげてください」
クリームが席を立って何も言わず地下の階段を下りていった。タイガも後を追う。
ただでさえ地下だというのにさらに地下の方へタイガがやってきたのは数回しかない。
……クリームは既に倉庫の扉のまで待ってくれていた。
タイガが階段の最後の段を降りるとゆっくり扉を開けて倉庫の中へと入っていった
「……なんか薄暗いなー……」
「大切な物もあるから気をつけて……」
「あ、うん……」
ダンボールからはみ出した物もいくつか床に散乱している。
ヘタすれば何かを踏み壊してしまいそうだが絶対壊してはならないとタイガは心に固く誓った。
ここにまで嫌われてしまったらと思うとよけいその思いが強くなる……。
「……ん。これ何?」
倉庫の真ん中くらいまで行った所で真新しい布にくるまれた物が目立って見えた。
クリームは先に進んでいた為にめんどくさそうにまたタイガの方へ戻ってきた。
「……さぁ……私はあんまりここに置いてるのは知らないので」
「開けてみてもいいかなぁ?」
「……まぁ壊さなければいいんじゃないですか?」
クリームに言われるなりタイガはそーっと包みを開け始めた。
タイガは何だかその目立つ物が気になってしょうがなかった。
しかし中にあったのは青色の帽子と星型のペンダントだけだった。
「……なんですかそれ」
「どっかで見たことあるんだよなー……あ、そうかレッドだレッドの遺品だ」
「レッド元隊長ですか……?」
クリームは名前しか知らない為あまり興味がなさそうだったがタイガは懐かしそうにその帽子とペンダントを見つめた。
「確か、ハロウィンの時にみんながオレに付けたヤツだ……あの時は酷い目にあったけど……」

「へぇ……」
「そうだ!これを使ってさー……」
タイガが悪戯っぽい笑みを浮かべてクリームの耳に囁いた。
あまり乗り気がないような目でクリームはタイガを見ていたが別に悪いことをするわけではない。承諾した。
「んじゃぁ、くすだま見つけて早く帰ろ♪」
「ハッピーバースデー!グリーン隊長ー!……とイエロー隊員!」
ポーンとくすだまの割れた瞬間緑色に光る銀紙が隊長とイエローに降り注ぐ。
その緑色の紙ふぶきの中隊長は照れくさそうにロウソクを吹き消すと隊員たちから歓声があがる。
イエローはそんな子供じみた事はできないという顔でその様子を見ていた。
「え、えーと。みなさんありがとうございます。今年もよろしくお願いします……」
「隊長……正月じゃないんだから……」
「あ、そ、そうですね……つ、つい……」
歓声から冷やかしとも取れる声が隊員たちからあがると隊長もさらに恥かしそうに頬をかいた。
「それじゃぁ……そろそろケーキを……」
「あ、その前にちょっと待ってください。隊長に大きなプレゼントがあるんです」
ケーキを切ろうとしたピンクをクリームが止める。
チラチラとロビーのドアを見ながらケーキを見ている隊員にSTOPと手で合図する。
「大きなプレゼント……ですか?」
「だからちょっとお時間がほしいのですが……」
「……別にいいですけど……」
少し不安そうなしかし期待を隠しきれない微妙な表情で隊長は頷いた。
「ではっどうぞ!」
ぎこちない棒読みの掛け声でバーン!と扉が開く。眩しいくらいのライトが隊員たちの目に付き刺さる。
その眩しいライトの向こうにポツンと人影が映った。グリーンはそのシルエットに非常に見覚えがある気がした。
「……レッド……?レッドですか……?」
シルエットは黙ったままこちらに歩いてきた。
あのグリーンより少し高い背丈は間違いなくレッドだとグリーンは思った。
懐かしい初恋の人に会ったときのようにグリーンの鼓動は高まった。
「……あ、あの……レッド……」
パチンとバックライトが切れるとそのシルエットに色が付いていった。
本来薄黄な部分が濃い黄色に、灰色の部分が黄色と黒の縞模様に、優しげな笑顔が妙にだらしのない笑顔になっていた。
「……ざんね~ん♪タイガでしたー♪」
「……」
「レッドですかー?ってギャハハw オレだっつーのw」
本人はそこで笑いを期待していたのだろうが場の静まり返った雰囲気で次第にタイガの顔からも笑みが薄れていった。
軽い冗談のつもりだったが隊長の怒りを買ってここからも追い出されそうな気がして隊長から目を逸らした。
「……ホント……レッドかと思いましたよ」
「にゃ?」
「……ホント似てますねぇ……シルエット」
「え、そ、そうかな……」
「いやホント……ハロウィンの時に来たレッドとそっくりです」
「(あ、そっちなんだ……)」
最悪の事態は免れてホッとしたタイガ。なんだかドッキリというよりのほほんとした空気が場に流れ出す。
「じゃぁ、レッドタイガくんも来た事ですし。ケーキを食べましょう!」
「お、オー!オレいっぱい食べちゃうぞ!」
「……私の誕生日なんですけどねー」
「私にはプレゼントは無いんですか。そうですか」
イエローは余りいい機嫌ではないようだ。
再びケーキを切り始めるピンク隊員。大きなイチゴの乗った部分は特別に隊長のお皿に載せてあげる。
さすがに15人分切り分けるのは非常に大変で、調整の為に一部の隊員が犠牲になってしまったがなんとか切り分ける事が出来た。
「おー。うまいー!」
「……うん。美味しいですね」
「……でもちょっと少ないですよねぇ……」
隊長がまた食べたそうに呟くが、ハッと隊員達の視線に気づいて慌てて首を振った。
「い、いえ!違うんです!皆さんが私なんかの為にお金を出し合って買ってくれただけでもありがたいんですから」
「そ、そうですか……?」
「ええ、ええ、そりゃぁもう!」
「まー。でも確かに少ないよなー」
せっかく落ち着きを取り戻した雰囲気を崩しにかかるタイガ。
本当にこの場に居たいのか客観的な立場から見ても疑わしくなってくる。
『……ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ』
と、突如ドアの向こうから白いシーツが駆けられたキャスター付きの台がこちらの方へと転がってきた。
また、タイガがまた何かしているのかと思ったがタイガ自身もまったく覚えがないらしい。
「……とりあえず……このシーツとって見ましょうよ」
「爆発物だったらどうするんですか!?」
「大丈夫ですよ。だってホラ……」
銀色に光る台の側には『WTEP』ホワイトタイガーエンタープライズの略称が彫られていた。
つまり、ホランからの贈り物だという事がわかる。
「……」
グリーンは何もいわず台をドアのほうに押し返したが
『……ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ』
何者かに操作されているかのように再び隊長の元へと戻ってきた。
何が何でもこの台の上にあるらしき謎のプレゼントを受け取らなければいけないのだろう。
心なしかもぞもぞと時折シーツの中で何かが動いているのがわかった。
「……開けましょう」
「イヤですよ……」
「でも……開けないと……」
「わかってますよ……」
バサッと顔を背けてグリーンはシーツを取り払った。
「お誕生日おめでとう♪グリーン……」
不機嫌そうにグリーンはおそるおそるシーツをとると台の上には横たわっているホランの姿があった。
しかし、いつもと違った点といえば彼の体が何か見覚えのあるもので彩られていたという事だ。
「……こ、これは……」
「すまないグリーン……ホントはキミの誕生日に祝ってあげたかったのだが……。いろいろあったらしく……祝ってあげる事が出来なかった……。だからオレは……今日、グリーンの誕生パーティーが開催されるという事を聞きつけフランスの一流のシェフに作ってもらったんだ。このケーキをね♪」
ホランは両手を上げケーキをしかとグリーンに見せ付けた。
ホランの手足にはクリームが乗っていて、お腹や足にも綺麗なフルーツが載せられていた。
つまり、人体を土台とした美しいケーキが出来上がっていたのだ……。
「……キミを一番満足させて挙げられるプレゼント……それはオレという事に気づいたのさ♪」
グリーンはぽかーんとして綺麗にデコレーションされたホランを見ている。
「さ……グリーン……オレを食べてくれ♪……下の方なんかお勧めなんだけど……」
「……お、お前変態だな」
さすがのタイガも青ざめる衝撃的な状況。グリーンも愛想笑いのまま硬直している。
「……む。タイガじゃないか……。キミも来ていたのか」
「……いやいや。そうじゃないだろお前が言うべき台詞……」
国境のトンネルを抜けるとそこは大阪の街だった。昼の底がなんとも明るかった。
懐かしい大阪の空気に男は深く息を吸った。排気ガスの混じった空気だったがしかし妙な郷愁感を引き立たせていた。
「お、おかえりなさいませ!!」
男が電車を降りると綺麗に整列した男の部下が90度の礼を始めた。
「……やりすぎだ」
男は笑った。部下たちも照れた笑を浮かべて少しだけ身を起こした。
だが、男はそれだけでも非常に嬉しかった。
「おかえりなさいませ!ボス!」
「……あぁ、ただいま」
男……ボスオオカミは2年以上ぶりに大阪の地に足を踏み入れていた。
久々の大阪はやっぱり第二のふるさとといった感じでボスオオカミも懐かしそうに辺りを見回していた。
「全然変わってないなー……この街は。おぉー……あの店まだあったのか……」
無邪気に町並みを見て回るボスオオカミの姿が子供のようだった。
2年以上も訪れていなかったのだから仕方がないといえば仕方がないのだが。
「タイガはどうした?せっかく帰って来たって言うのに」
「あ、いやその……。ちょっと怒って出ていっちゃいまして……」
「仕方のないやつだ……」
ボスもなんとなくタイガの出ていった訳はわかっている。そういう所が少し可愛くもあり。憎めない所なのだろうが。
「まぁ、いいだろう……やつには後で話せばいい」
「……ささ、ボス。早速アジトの方へ」
「そうだな。アジトの変わりように驚いてやるか」
ボスは笑って歩き出した。
ホランの強制わいせつ行為を跳ね除け、隊長誕生パーティーも終盤を迎えてきていた。
美味しそうな料理を並べていた皿は流し台へ移動し、綺麗な花を飾っていた花瓶も今では棚の上に戻された。
「……ふー。ちょっとハプニングがありましたが……楽しいパーティーでした。ありがとうございます」
満腹になったお腹をさすって隊長は笑顔で言った。ホランも嬉しそうだったが少し腑に落ちない様子だ。
「さ。もう夜の9時ですよ。タイガもホランもお家に帰りましょう」
「……そうだね。今度は食べ物じゃないプレゼントを持ってくることにするよグリーン」
「えぇ、実用的なものをお願いしますね。ささ、帰りましょう帰りましょう!」
ホランが席から立ち名残惜しそうに帰っていたが、タイガはムッとした顔でうつむいていた。
グリーンが声をかけても決して席を立とうとはしなかった
「タイガ。早く帰ってくださいよ」
「……オレ帰らない」
「え?」
「オレアジトには帰らない!」
拗ねた顔をしてタイガは叫んだ。
「……な、何故?」
「……オオカミの奴らオレの事全然大事にしなくて……あ、な、な何でもない!」
途中まで言いかけてタイガはまた黙ってしまった。
しっかり聞いてしまったグリーンもどうせそんなことだろうと呆れて物も言えなかった。
だが、タイガの目は何時に無く真剣だった。
「……とりあえず。余計なことをしないのなら一日くらいなら泊ってもいいですが……」
「泊るんじゃない……。ずっとここにいるんだ……」
タイガの意志はずいぶんと固いようだった。
「……タイガ。ここは戻りましょうよ。今日はみんなここには泊まらないんですよ?」
「……別にいい」
「この時期オバケ出ますよー。食われちゃいますよー」
オーバーなアクションをしてからかってみたつもりのグリーンだったが、タイガの顔は少し青く見えた。
「……や、やっぱ帰る」
「……怖くなったんですか?」
グリーンはそんなタイガに苦笑しながら聞いてみる。
「ち、違う!やっぱ……女子もいないんじゃいてもつまんねーし……」
「ピンクからぬいぐるみでも借りればいいかもしれませんよ?」
「うるさい!オレを馬鹿にしてんのか!!」
帽子とペンダントを床に投げつけてタイガは不機嫌そうに帰っていった。
その後ろで素直でないわが子でも見るかのような顔でグリーンは帽子のほこりを叩いていた。
「……ホント、単純ですねぇ」
「(……あんな事言ったけど……あいつ等の方へ簡単に出て行けないよなぁ……)」
感づかれないようにそーっとアジトに入っていくタイガ。
どうやらオオカミ達はまだパーティをしているみたいだった。奥の方から賑やかな声が聞こえる。
「(……オレの事忘れて楽しんでる……アイツらー……)」
ホントはボスも総出でタイガを探し回っている、そんな淡い期待を抱いたのが間違いだった。しかし、もう夜も遅く、外泊するようなお金もない。
「(……覗くだけ……覗いてみるかな……)」
タイガがそーっと食堂を覗いてみると本当に楽しそうなオオカミ達がボスの周りを取り囲んでいた。
非常に悔しいというか哀しいというか、そんな気分になってしまった。
タイガは顔を引っ込めて入り口のそばに座って遠く聞こえるオオカミ達の談笑を聞いていた。お腹はいっぱいでもどこか空腹感があった。
「……そういえば、タイガ様遅いな」
しばらくするとボソッと誰かが言ったその一言がタイガの耳に届いた。
一番待ち望んでいた言葉だけにタイガにとっては、ちょっと嬉しかったりする。
「そうだな……遅いなぁ……」
「また道草食ってるんじゃないのか」
「そうだなー。タイガ様ブラブラどっかで口説いた女の家にでも……なぁ?」
「ハハハ」
嬉しさも吹き飛んで出来れば殴りに行きそうになった。楽しい笑いの声でない声に腹立たしくもあり、悲しくもあり……。
「タイガもそろそろボスの座から降りてもらうわけだが……」
「……!」
ボスの一言に『来たか』という雰囲気がオオカミ達に来た事はタイガにも解った。
「……タイガも代理として頑張ってくれたのはあり難い……」
ボスの口調には本人がいない分遠慮なく話そうという感じが強かった。
次に口から出るのは消せという言葉だったら……そう思うと思わず身震いしてしまう。
「……今後も代理の地位から離れても頑張って欲しいと思う」
タイガの安堵のため息は他のオオカミ達のものと混じって聞こえなかった。
どうやらボスには下手な気を起こそうという様子が無い事が解っただけでもよかった。
頭にこびりついていた巨大な靄が晴れていった。しかし、ボスの口調はさらに深刻になって行った。
「……だが、ちょっと一つ問題がある……」
「な、何ですかボス……」
「実はタイガはだな……」
タイガは物凄い恐怖を感じてきた。ボスはゆっくり語った。タイガの体の力がガクッと抜けていく感じがした。
「……タイガの正体は…………レッドなんだ」