第53話

『タイガ暴走』

(挿絵:ピーターパン隊員)

タイガがとある店の店内で暴れたという情報が入ってきたのは夜の12時を回った頃だった。


「遅かったか……」

オオカミ達が既に駆けつけたときには既に遅く見るも無残な店内の姿がそこにあるだけだった。
自動販売機らしき機械の残骸が真っ二つに千切れて店の遥か奥のほうに壁に突き刺さっていた。

「……酷い。虎何十匹というレベルの問題ではないぞ……」
「……犠牲者を出さないうちに早く見つけるんだ」
「仕方ない……奴らに頼んでみるか……」











「……んー。夜中に漫画読んでるのも不健全なのかな……?」

一人部屋で過ごしているパープル。何冊も読んでいるうちに時計の針は時間を刻んでいく。
静かな夜に静かに読書、これだから夜更かしはやめられない。ホントなら音楽も一緒に聞きたいけれどCDを持ってくるのを忘れてた。

『ドンドンドンドンドン!!』

ステレオからじゃない雑なリズムが部屋の外から響いてきた。
誰かがドアを叩いているような音……。タイガの部屋からにしては聞こえる方向が逆だ。
パープルは読みかけの本をパタンと閉じてそばにあったホウキを持った。そのままパープルは部屋を出て恐る恐る音のする方へ歩いていった。

『オイ!誰かいないのか!? オイ!』

ドアのレンズから覗いてみると真っ赤なサングラス。
このまずない色のサングラスは……オオカミだ。

『オイ!誰かいるのか!緊急事態なんだ!』
「な、何の用?こんな夜中にやってきて……ハッ……まさか夜這い!?」
『何馬鹿な事を言っているんだ!違う!タイガ様のことだ』
「あぁ……タイガくんなら今日はココに泊ってるから。明日には帰るよ」

タイガを探しに来たのだろうと思っていたパープル。
……だがさっきから切羽詰った声のオオカミが少し気になっていた。

『タイガ様がここに?そんなはずは……今、タイガ様は街で暴れているんだぞ?』
「……そんなわけないでしょ……。だってかぎ掛けて……」

パープルがドアノブを握ってみるとスルッとノブが回ってドアが開いた。

「……開いてる……」

ドアの向こうに何十人ものオオカミが立っていた。誰の表情も深刻そのものだった……。

「……タイガくんが暴れてるって……言った?」
「あぁ……。だからOFFレンに協力して欲しいんだ」
「でも……今、みんなは家に帰っていて……」
「クソッ……よりによってこんな時に……」

オオカミ達がOFFレンに頼るという事はどんなに大変な事かパープルもわかっていた。
つい最近ティグレスについて相当苦労したのだから……。

「……タイガくんどうしたの?覚醒しちゃったの?」
「いや……」
「じゃぁ、何で暴れて……。さっきまで大人しかったのに」
「パープル」

オオカミはパープルの肩を掴んでキッとパープルの目を見た。
何時になく真剣な目にパープルの「何」という一言もその場の空気の中でかき消されてしまった。

「……とりあえずいずれわかることだから……言っておく。いいか今から言う事は真実だ」
「……」

パープルは頷く事しか出来なかった。

「……タイガ様は……実はレッドなんだ」
「そんなまさか……だって全然似ても似つかないじゃない」
「……全く身に覚えがないのか?」



「オレが……レッドだったらどうする……?」


「……オレ、レッドだよ。ぱ、パープル……」



ハッとパープルは数時間前のタイガの言葉を思い出した。
あの時は冗談かと思ってろくに見なかったタイガの顔……そう言えば何時になく真剣だった。

「……本当にないのか!?」
「あ、あるけど……あれは……冗談で……」
「冗談じゃない。いいか、よく聞くんだ。レッドを洗脳し少し改造をくわえたのがタイガ様だ」
「……」
「そしてタイガ様、いや、レッドは自分をタイガというやつだと思いこんでいるわけだ」

オオカミは事の経緯を手短に伝え始めた。
パープルは黙ってオオカミの話を聞いていたが何処かぼろが出ればすぐにでも反論するつもりだった。
だが、オオカミの言葉には疑わしいが、完全に嘘であると言う様な所は見つからなかった。
ぼろを探そうと思えば思うほど見つからない事に焦りを感じ始めてついにはオオカミの話も終ってしまった。

「……このまま放っていれば大変な事になる。パープルみんなを集めてくれないか?」
「今回も一時休戦だ。頼む。これはオオカミ軍団。OFFレンジャー両者共の問題なんだ」

オオカミ達が土下座を始める。これは間違いないのだ。だが、パープルは動揺を隠すのが精一杯でまともに彼らを正視出来なかった。
正視してしまえばこの現実を受け入れなくてはならなくなると思った。

「……頼む。タイガ様が何故ここに来たかわかってるだろう……。パープル」
「!」

挿絵

パープルは携帯型PCを見つめた。ひときわ小さいはずの転送装置のアイコンが今日はくっきり見える。

「……今の話、嘘だったら承知しないから」
「解っている……」

パープルが転送された後急いでオオカミ達は街へと再び散らばっていった。







「ガァァァァァァ……」

タイガは人気の無い廃ビルの壁に爪を立ててボロボロと崩していた。
タイガの頭の中では今までにない憎悪という怒りでもない憎しみでもない感情が渦巻いていた。
次第にその渦はだんだん声となって猛獣と化したタイガに囁きかける。

『そうだタイガ……オレの本来の姿はこうだろう……』

その声が聞こえるたびにタイガは吠えた。壊した。暴れた。
自分が虎になっていると言う優越感が少しずつタイガの中で大きくなっていた。

『お前は猫なんかじゃない。虎だってずっと解ってただろ』

もう、どうなってもいい。虎にさえなることができれば。
本当のタイガは静かにその瞳を閉じ始めた。全てを忘れて本当の虎になってそして……

『すぐにオレはお前と完全に同化してやる。同じオレとオレだろ……』

自分の憧れていた物が自分の中に入っていく。
それはピッタリと自分に納まる。爽快なほどに自分にぴったり合う気がした。

『そのためにオレ達は全てを壊さないといけない。オレ達が最強だという事をわからせなければいけない』

優しく自分がなりたかった自分にタイガは抱かれていた。少し苦しく感じたが、これが本当の自分だとタイガは一生懸命言い聞かせた。

『さぁ、オレも力を貸してやる。お前を馬鹿にした奴らを、そいつらの住む街を全て……壊せ』

タイガは静かに目を閉じて眠った。後は理想だった自分が全てをやってくれる。
こんな虎の力の欠片を持っていない自分はさっさと消えて、理想の自分が居るという事を満足したかった。

「オレは……オ……レは全て……壊す……ガ……ガァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

もう一人のタイガは誰も見せたことのない残虐な笑みをタイガの顔に浮かばせ目前の壁を粉々にしていった。







「みなさん!遅れました!!」

寝癖の付いた髪を手ぐしでときながら慌てて隊長が会議室へと入ってきた。他の隊員は既に集まって自分の座席に座っていた。
眠そうな目を擦る隊員もいる。夜更かししていたのかいつもと全く変わっていない隊員もいる。

「……タイガが暴れてるらしいですね。急いで止めに行かなければ!」
「でも、タイガの中のDNAがそんなに強くなっていたなんて……」
「一応、自分で言うだけあってタイガも虎だったんですねぇ……ね?パープル」

パープルは目を逸らしたまま頷いた。
パープルはタイガが暴走している事も言った。このままでは危険な事も言った。
だが、タイガがレッドだということはどうしてもいえなかった。
パープルはまだ心の奥底では本当は勘違いだったということになることを信じていた。

だから、言う必要はない……いうべきではない。

「……とりあえず手強そうなので……ボックスを多数持っておきましょう」
「でも、覚醒していても女の子には弱いときあるじゃないですか。タイガくん」
「一応念のためです!さ、各自ボックスは持ちましたね!?OFFレンジャー出動です!!」

バタバタと走っていくOFFレンジャーたちの一番最後をパープルは走っていた。









外に出ると大阪の街は雨に覆われていた。
何処かそれに通じる物があってパープルは顔を下げた。


『ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……』


巨大なビルが崩れていくのを隊員たちが目撃したのは、彼らが本部から出てすぐの時だった。
避難してくる人の波をかき分けながら現場へ向かうと、そこにはオオカミ達の姿が既にあった。


「……あ、タイガは居ましたか?」

オオカミは首を横に振るだけだった。

「……いや、探してみたがいない。崩れ始めてから5分で到着したが既にタイガ様は……」
「探知機もこの大雨で使えないしな……」

オオカミの中にはしゃがみこんで頭を抱える物もいた。
こうしている間にもタイガも町の人々も手遅れになってしまう事は解っている。だが、どうしようも出来ない苛立ちを皆隠し切れなかった……。

「……ハッ。一か八かだが……一つ方法があるんじゃないか……?」
突然何かを思いついたようにオオカミの一人が顔をあげた。

「……タイガ様が好きな女を集めれば次第に寄って来るかもしれないぞ?」
「馬鹿な。覚醒しているとはいえタイガ様の人格が少しでも現れるとは限らないぞ」
「だが、どこかに呼び寄せ、もし捕獲できれば多少の被害が抑えられる……そう思わないか?」
オオカミ達の中に反対する者はいなかった。
そして、問題の女子隊員だが……。

「やってくれるな!?OFFレン女子隊員」
慌てて隊長が間に入る。

「待ってください!女子に危険なことはさせられません」
「じゃぁどうやって呼び寄せるんだ」
「我々が女装します!」

グリーンのこめかみにオオカミの平手が飛ぶ。

「……タイガ様が馬鹿でも……それくらい見分けが付くだろうが」
「イタタ……で、ですが……」
「OFFレンボックス」
「へ?」
「OFFレンボックスがお前達にはあるだろうが。それ使ってフォローしろ」
「で、ですが……」

隊長は女子隊員の方を見る。
隊長は、女子達の不安そうな眼差しがそこにあると思っていたが女子達は実にあっさりとしていた。

「隊長、大丈夫ですよ。タイガくんぐらい。ねぇ?」
「そうそう、ボックスもありますし」

女子に異論が無い事を確かめるとオオカミはもう一度グリーンの顔を見た。
何か反論をしようと思った様子を見せたが渋々彼も了承した。

「……よし。二手に分かれろなんとか探知機でタイガ様を発見したら連絡する」
「……わかりました。それでは皆さん計画を立てておきましょう」
妙な胸騒ぎを抑えながらグリーンは隊員達を一堂に集めた。







───ザッザッザッ......

タイガはひと気の無い道を何も考えず突き進んでいるとフッと嫌な感じがして立ち止まった。
どこかの学校の向こう側にぼんやり明かりが灯っていた。
人の気配がしてタイガはそちらの方へと駆け出した。何でもいいから暴れたい。そんな気持ちなのだ。

「ガァァァァ...」

タイガは明かりの灯る方へ駆け抜ける突風のように向っていった。
いつの間にか振り出した雨が、その小さな粒達がタイガの体を滑っていった。
しだいにぼんやりしていた明かりはだんだんハッキリした物になりタイガはさらに速度を上げて向った。

「!」

グラウンドでは目も開けられない明るさのライトが一点を集中していた。そこには何人かの人影があった。……女子隊員達だった。

「タイガくん!デートでも何でもしてあげるからおとなしくしなさい!」
「止まらないともう嫌いになっちゃいますよー!」

次々と女子隊員達が走り寄って来るタイガに声をかけた。だが、タイガは気に食わなかった。猫を見ていて憎らしくて仕方がなかった。
女子隊員達は走る速度が緩まないタイガに少し戸惑っているようだった。

「ガァァァァァァァァァ!!!」

タイガの危ない!と女子隊員は間一髪で避けた物の鋭い爪の先が何名かの肌をかすめた。
だがタイガはすばやい動作でくるっと向きを変え、地面に伏せていた女子隊員達へと飛び掛った。

「!!」

一番上に倒れていたパープルの真上にタイガはバン!と圧し掛かった。一瞬の出来事にパープルは何が起こったのか解らなかった。
目を開けるといつもの彼じゃない彼が鋭い牙を剥いて鋭い瞳で自分を見下ろしていた。

「タイガ……くん。や、やめて……」
「ガルルルルルルルル……」

タイガはまったく声に反応を示す事はなく低い声で唸っていた。
その顔には以前の彼の面影は見えない。

──怖い……。

今まで一度も彼に対して抱いた事のない感情が初めて芽生えた。
タイガの鋭い獣の目を見ていると食べられる前の小動物のような気持ちになった。
声も上げる事ができないほどだった。タイガの牙がすぐ傍まで近づく……。

「パープル危ない!!」

突然飛び出した緑色の閃光が目の前を横切った。タイガはそれを避けたのだろういつの間にかパープルの前からいなかった。

「大丈夫ですか!みなさん!」

グリーン隊長達とオオカミ達が物陰から慌てて女子隊員たちの方へと駆け寄っていった。
タイガはそれがやってくる前にグラウンドのフェンスを飛び越え何処かへと再び走り去っていった。

「逃げられたか……」

男子隊員達が女子隊員達を助けている間、タイガを追いかけようとしたオオカミ達がとぼとぼと戻ってきた。

「……みなさん大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です……全員すこし……手や足を擦りむいたくらいです」
「そうですか。無事で何よりです」

安心する男子隊員とは裏腹に女子隊員の全員達の表情は暗かった。

「(……タイガくんがあんなになっているなんて……)」

女子隊員の誰しもが思っていたそのことが最も強かったのはパープルだった。
あのいままでの『女子』という盾だけで何でも乗り切ってきた彼にはそんな小手先の物は通用しない。
「意外だった」というよりも、野獣のような恐怖が女子隊員達の気を落としていた

「……まずい。あの方向じゃぁ市街地へ突っ込む事になるぞ……早く次の作戦の用意を」

突然、オオカミの一人が叫んだ。
しかし、OFFレンはもちろんのことオオカミ達の中にも諦めのムードが漂っていた。

「……もう、こうなったら仕方ありません。自衛隊とかその辺に任せて……適当に始末してもらうしか」

グリーンがボソッと言った一言で場の雰囲気はさらに重くなった。
そのまま何分経っても誰も異議を唱える物はいなかった。オオカミ達を除いては。

「……お前、自分たちの仲間によくそんな事がいえるな」
「血の代わりにトマトジュースが通ってんじゃないのか?」

オオカミ達の言葉にキョトンとしたグリーンを見てパープルは一人、オオカミ達から目をそむけた。

「私達の仲間とは……?」
「隊長、以前タイガが一時的に入団したじゃないですか。それですよきっと」
「あぁ……なんだ。それだけで仲間だなんて大げさですよ。まったく」

オオカミ達が平然と答えている隊員達の返事を聞いてチラッとパープルを見た。
決してこっちを見ようとしないでじっとうつむいていた。

「……パープルから聞いていないのか?」
「な、なんですか……。タイガが暴走した事を聞いたからちゃんとここに来て……」
「いや、違う。タイガ様がOFFレッドだったってことだ」
「え……」

隊員達が一斉にパープルを見た。パープルはギュッと目を固く閉じている。

「ホントですか……パープル」

コクッ。とパープルはそっぽを向いて頷いた。
隊長以下それぞれは、文字通り驚きと同様が入り混じったような感覚に襲われた。

「ちょ、ちょっと……じゃぁ、つまり……タイガがレッドてことは……その……」

目を泳がせながらオオカミに問い詰めるグリーン隊長。心なしか声が震えている。

挿絵

「……安心しろタイガ様から、虎のDNAを抜けば元に戻る」
「で、でも……そうなるとタイガは……」
「……無くなる。だが、仕方がない。ここまで来ればもうタイガ様を元に戻す事も出来ないだろうしな」

オオカミ達の中にはガクッと崩れ落ちる物もいた。どうやら彼らも同様に辛い思いをしているらしい。
馬鹿な子ほど可愛いとはよく言うが……グリーンも実際タイガの事をそこまで憎んでいなかった。
それは、元々レッドだったからなのか、そうではないのか今となっては解らないが。

「……ど、どうするんですか隊長。これから」
「タイガがレッドだって解れば放って置けませんよ……」

グリーンはもう言うことはもう一つしかなかった。

「……タイガを捕まえましょう。今度こそ完璧に。この場所で……」
「どうやって……」
「彼は覚醒して虎になっています。虎になった状態で彼を呼び寄せるには……?」
「あ、そうか!」

グリーンの横顔が何時にも増して頼もしくなっていた。





その頃、タイガは何処かの公園で破壊の限りを尽くしていた。
つい先ほどまで綺麗な花を咲かせていた花壇は一つの大きなクレーターの様になっており
綺麗な紅葉を始めようとしていた木々たちも真ん中からポキリと簡単に折れ曲がっていた。その折れた木々たちの道が何メートルも続いていた。

「オレは……全てを……破壊してやる……」

そう呟くタイガの目はギラリと次の獲物を探すかのように辺りを見回した。
先ほどまでいた誰かの気配も異変に気づき、逃げたのか全く感じなくなってしまった。

その時だった。

「にゃぁ……」

タイガの耳に嫌な声が聞こえてきた。今のタイガが最も嫌う物の声がタイガの鼓膜を震わせたのだ。

「みゃぁ……にゃぁ……」

遠くの方から聞こえる鳴き声がタイガの耳に入る度、タイガは辺りの物を壊し始める。
だが、次々と増えていく声についにタイガは我慢できなくなった。

「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!」

タイガは物凄い勢いで声のするほうへと走り出した。
現在の彼の頭の中には、猫を無残にも引き裂くような光景が描かれようとしていた。
ただ、その光景だけが頭の中で膨らんで行き、タイガは目前にあるものを次々と破壊していった。





「……来ました!タイガくん、やって来てます!」

監視係をしていた女子隊員達が走って帰って来ると隊長はコクリと頷き、目の前にあるたくさんの猫たちを見つめた。
子猫、大人、眼帯をつけた謎の虎猫……たくさんの猫が大量のマタタビの木をかじっていた。

「やっぱり来ましたね……。さぁ、みなさん準備に取り掛かりましょう」
「ほ、ホントに成功するんですか……?」
「解りません。でも成功させるんです……!」
「そうっすよ!でなければ再び小学校のグラウンドになんて来ないっす!」

男子隊員、女子隊員達も急いで準備に取り掛かった。オオカミ達も、虎のDNAを抜く装置を用意してタイガが来るのを待った。
かすかに聞こえていた何かの壊れるような、引き裂かれるような音が近づいてきた。

「……ホントにタイガ様と俺達……こんな形で別れるのか……?」

ボソッと一人のオオカミが呟いた。誰もが言わずもがなそんなこと解っていた。
オオカミも場の空気を察したのか「悪い」と呟いたままそれ以上何も言わなかった。……その時だった。

「ガァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

物凄い勢いで突進してくる黄色の塊……タイガだった。
一目散に猫の密集するグラウンドの中心へ一気に駆けてくるのが解った。

「いまです!!みなさんっ!!」

グリーンが叫んだ瞬間隠れていた隊員がいっせいにタイガに向って駆け出していった。

「OFFレンボックス!……虎ちゃんホイホイ!」

ボックスを地面にたたきつけた瞬間、猫達とタイガの間に大きな紙製の細長い小屋が出現した。
その小屋は筒抜けになっていて。小屋の向こうに猫たちの集団が見えた。タイガはそのまま勢いを加速して小屋の中へ入って行った。

……が、ちょうど小屋の中央の辺りまで来た所で床の粘着剤が作動し始めた。
タイガは案の定もがき始めるがよけい粘着剤が体に絡まるだけだった。しかももがくのと同時に、粘着剤を通って電流が流れてくる。
そんな状況を打ち壊すように、小屋の中では「とおりゃんせ」のオルゴールヴァージョンがタイガを挑発するかのように流れていた。

「ガァァァァァァァァァ!!!」

電流の痛さと、粘着剤の粘着力でタイガは次第におとなしくなってついには小屋の中で動かなくなった。

「……あ、そうそう。一応マッサージの電流を強にしたものですからクレームは出さないよーに!」
「いや、あれ気絶してますよ……」

ポンと小屋が消えると、グラウンドの中央で倒れているタイガがいた。
猫たちも騒ぎを聞いて怖くなって逃げたのだろう。マタタビごとどこかへ消えていた。

「今だ!いくぞ!」

オオカミ達がタイガに駆け寄り拳大の大きさの機会から伸びたチューブをタイガにチクッと突き刺した。

「……!?」

ビクッとタイガの体が動いて必死にもがき始めた。だがその動作も数値が上がっていくたび徐々に弱まっていった。
しだいに気絶したようにガクッと首を垂れてタイガはおとなしくなった。その間に、数値はついに100%に達した。

「……な、何故だ!?何故……」

しかし、タイガの体は以前と変わらずその鮮やかな虎柄を保っていた。どこかが変わった様子も見受けられない。

「……ど、どういうことですか!?虎のDNAは全て取り払ったんでしょう?」

研究員達は考え込むとついに一つの結論に辿り着いた。

「……俺達はタイガ様の虎の人格と操っているレッドの人格と考えていたな……」
「そ、そうですけど……」
「これは、あくまで仮定だが、もし、何かの拍子に新たにタイガ様としての一つの人格が出来ていたとしたら……?」
「……3つの人格がタイガの中にあった?」
「そうだ……まだこの体の中には2つの人格がある。そうなると厄介だ……」

OFFレンジャー達はよく解らないまま研究員たちの次の言葉を待った。

「……DNAから成り立つ人格とは違ってこの種の人格は完全に分離するのはほぼ不可能に近い」
「そ、そんな……」
「……どちらかを犠牲にするか。不可能に近い方法に少ない希望を託すか……二つに一つだ」
「で、でも……このままにしておいて様子を見ると言う手も……」
「レッドの人格は眠っている。タイガ様をこのままにしておけば……DNAによる人格もなくなってしまった今……
いつ、レッドの人格がタイガ様に取り込まれてしまうとも限らないんだぞ」
「……じゃ、じゃぁ……どうすれば……」

一同は横たわっているタイガに眼を下ろした。
今はもう、タイガの目の小さな粒が頬を滑っていくのを見ているだけしかできなかった。