第54話

『オレの愛した人は...』

(挿絵:ホワイト隊員)

「……お目覚めですか。タイガ様」

カーテンを開けた後に差し込んだ日光が眩しくオオカミを映した。
タイガはオオカミが眩しくて布団を頭からかぶった。嘘だ。

「……タイガ様。今日はタイガ様の好きなお刺身にしましょうか」
「いらない……」
「……ちょうど、みんなのバイトの稼ぎも貯まって来ましたし……鯛もいいかもしれませんね」
「いらない……」
「……他には何が欲しいですか?タイ...」
「いらないっつってんだろ!!」

タイガは枕元にある固い物をオオカミに投げた。多分めざまし時計だ。
タイガースの。気に入ってた。いつも使ってた奴だった。壊れたような音がした。多分壁に当たったんだろう。

「……も、申し訳ありません……」
「出て行けよ」
「しかし……朝食がまだ……」

タイガは黙ったまま布団の中でオオカミに背を向けた。
タイはがこんなに小さかっただろうかと思いながらオオカミはため息を堪えて部屋を出た。

「……ダメか」

部屋の外に集まっていた研究員達が肩を落とした。
あの事件から3日。昨日、やっとの思いで説得した検査の結果は残酷な物だった。
やはり、レッドかタイガ、どちらかを犠牲にしなければいけない。
タイガは結果を聞いてから何も言わずに部屋に駆け込んで一晩。ようやく朝が来た所だった。

「……オオカミ軍団としては、タイガ様に残っていただきたい。が、OFFレンも黙っちゃいないだろう」
「一番の問題はタイガ様自身だ。どちらかに統一しなければならないが……検査の結果では、
タイガ様の深層心理がそれを拒んでいる事がわかった。タイガ様がどちらかに心の底から決めない以上統一は不可能だ」
「……タイガ様の中にあるその決心を鈍らせる物のどちらかを解消すれば話は変わるんだが……」

研究員達の話し合いは止まない。午後からはOFFレンの代表が数名やってくることになっている。
検査の結果と今後の話し合い。長引く事になるだろうが、それは仕方がないことだ。

「……とりあえず。タイガ様の判断を待つしかない」
「大丈夫なのか?」
「……計算では、今年いっぱいは確実に安全だ。だが、早く決断してくれるに越した事はないんだがな」

研究員達がタイガの部屋の前から去り始めた頃。タイガはぼーっと天井を見ていた。
唯一、部屋の中で真っ白な一面。なんだか映画のスクリーンに見えて、頭の中が全部映し出されそうだった。

(「オレ……このままでいたいな……オオカミと一緒に暮らして、OFFレンに遊びに行って……」)

そう考えていたタイガだったが、頭の隅に引っかかる言葉が一番彼を悩ませていた。

『……ホント。何処行ってんだろ……心配してやってんのになぁ』

パープルの言葉だった。本当なら、考えないはずの結論をこの言葉がタイガに迫っている。
実際、タイガもそうなってもいいかもしれないとだんだん思い始めていた。
自分の希望だった虎の可能性を完全に失って、結局全員に知られてしまった事実。
タイガは周囲の人間にまで恥を知られた苦痛に耐えられない時が一日に何度かフッとやってくる。
しかし、そんなタイガを今でも引きとめようとする心がやはり彼の中にはあった。
それが何なのかはタイガ自身わからない。深い霧の向こうにぼんやり町並みだと解る影の様に。
ただ、「タイガ」でいなければ永遠に失ってしまいそうな何かであることだけはタイガ自身理解していた。

『ガチャ……』

ドアを開けて外を覗いた。ちょうど、オオカミ達はOFFレンたちを招く準備で出払っていた。
せっかくの気晴らしに、ちょっと外を散歩しようとタイガは考えていた。
OFFレンやオオカミ達に会わないように余り通らない道を歩いてみよう。と、タイガは思った。






いつもは歩かない裏道を歩くだけで、大阪とは違う場所に来てしまったかのような景色だった。
路地裏を見上げた屋根の隙間から見える光はなんだか綺麗で、
狭い隙間から見た道路を行き交う車や人はなんだか映画のワンシーンのようだった。

「なんか、腹減ったな」

ぼーっと景色ばかり見ていたタイガの腹時計もさっきからしつこく空腹を連絡する。
路地裏の景色鑑賞をパタッと辞めて、タイガは持ってきた小さな虎縞の財布から500円玉を出す。
彼は路地裏を抜けた広いどこかの公園の隅にあったタコ焼き屋に目を付けていたのだ。

「(……こんな所に、たこ焼き屋なんてあったんだなぁ)」

周りをよく確認してそーっとたこ焼き屋へ走り出すタイガ。
近づいていけば行くほど良い匂いがして、空腹感を刺激する。

「お、オイ!たこ焼き1つくれ!」
「ハイハイ、500円ちょうどな。毎度あり」

500円玉を手のひらに載せて差し出すと屋台のおじさんは500円玉を取って、
たこ焼きのパックをポンと渡した。

「え……た、高くないか……?」
「高い分ウマイで~。今まで店やってきて一度もマズイ言われた事ないわ~」
「そ、そうなのか……じゃぁ、いっかな……」
「まぁ、ええわ。今日が開店記念やから450円にまけとくわ」
「そっか♪ ラッキー♪」
「また来てや~」

帰っていく後ろでおじさんがそんな事を行っているのが聞こえた。
また来れると良いなぁと思いながらそっとたこ焼きのパックを開けてみた。
ソースと青海苔と奥のほうにはマヨネーズが見える。熱々で美味しそうだった。
早速、公園の隅の人目に付かない所に座って、早速たこ焼きを戴こうとつまようじを持った。

ガッ!

……と、誰かが前を横切った瞬間、何かにぶつかる音がした。
タイガは別にどこかが痛いわけでもなかった。ただ、膝の上の温もりが消えていたのに気づいた。

「……あぁーーーっ!!」

ご丁寧にたこ焼きのパックが裏返しに地面に伏せられていた。
急いでパックを拾い上げるが完全に手遅れ、砂だらけだった。

「あ、あのー……」

さっき横切った本人と思われる足がたこ焼きを見つめるタイガの視界に入った。

「……て、てめー!!なにすんだ…………よ……」

見上げた少女の顔にタイガはどこか見覚えがあった。

「ご、ごめんなさい……これで……足りますか……?」

少女は1000円をタイガに差し出して怯えたような顔でタイガの反応を待っていた。
逆光のせいだろうか、空腹のせいだろうか幻覚を見ているらしい。
だが……本当に彼女は似ていた。

「あ、いや……いいよ……オレも不注意だった……し」
「す、すいませんでした……そ、それじゃ」

オドオドとした感じで少女は急ぎ足で去っていった。
そのまま噴水の向こうへと消えていく少女の後姿を呆然と見詰めたままタイガは呟いた。

「……コスモス……」

挿絵







「どこ行ってたんですかタイガ様。心配しましたよ」

トボトボと帰って来たタイガにワッとオオカミ達が一斉に寄ってきた。
だが、タイガはあの少女の顔が頭の中で何度も浮かんでいてそれ所ではなかった。

「……もうOFFレン帰りましたよ。それで結局、タイガ様次第ということで……」
「……レッドに戻すにしてもタイガ様がその気にならなければ出来ませんしね」
「いかがなさいますか?」

部屋へと帰っていくタイガの後で次々と問い詰めていくオオカミ達。
本当は聞こえていたがタイガは聞こえないフリをしていた。

「……タイガ様?聞いてますか?」
「……また今度じっくり聞く」
「しかしですね……」

タイガは部屋に入るとオオカミが入ってこないように急いで扉を閉めた。
外ではトントンと扉を叩く音やタイガを呼ぶ声がしていたがタイガの耳には届かなかった。

「(……アイツに……よく似てたな……)」

オオカミの声がしなくなってからよけいそのことばかりが頭の中を渦巻いていた。
ベッドの上で様々な事を思い浮かべては胸が苦しくなるような想いだった。
本当に似ていた。笑ったときに少し首を傾げる仕草が。声が。表情が……。
彼女に再び会いたい。という気持ちが強くなった。会うまではタイガのままでいなくては。
もし、タイガでなくなれば彼女とはもう───。
タイガは、もう決心していた。

「(……オレは、タイガのままでいる。絶対)」






朝早く目を覚ましたタイガはメモ書きをのこして、アジトを飛び出した。
目的地は考えるまでもなく、あの公園だった。
もうすぐ、朝のニュース番組が始まろうとする時刻。当然、人影は少ない。
ベンチに座って、彼女を待ってみるも、やってくるのは元気そうに走る老人達。
もう、季節も秋の終わりへと近づく時期、なんだか、寒くなってきた。

「(ちぇ……今日、たこ焼きの屋台でてねーのか……)」

昨日、屋台の会った場所にはスズメが3羽で井戸端会議。
何か温かい飲み物でも買えばよかったのに、生憎持ち合わせがない。
次第に公園を通り過ぎていく年齢層が変わってくるがスーツに身を包んだ男性ばかりだった。
だんだん、タイガの姿勢も横向きになってくる。

「……早くこないかなぁ……」

そのうちぽかぽかと明るい陽射しが朝の公園に差しはじめた。
その気持ちよさにおもわずタイガもうつらうつらとしてくる。
だんだん夢心地になって、そしてだんだんコスモスの顔が浮かんでくる

「コスモ……ス……」
「……はい?」

白昼夢(?)にしては嫌にリアルなサウンドだ。
まるで目の前に彼女がいるかのような────。

「うわっ!」

目を開けた途端、コスモスがこちらを覗き込んでいた。
いや、正確に言えば昨日のあの子だった。
何か声をかけようとしても何故だかドキドキが高まって声が出ない。

「……あの……まだ何か……用なんですか?」

何も言ってこないタイガに、少女はうつむき加減に言った。
タイガは何のことか良く解らず「あ……」とか「えーと」など言葉が見つからないでいた

「……私……呼びましたよね」
「え……?」

タイガの中にわずかながら希望の光が差し込んできたようだった。
コスモスの名前……呼びましたよね……似ている彼女……。
おもわず、何かが出そうになって慌てて目を擦った

「……あの……昨日の事でまだ怒っているんですか……?」
「い、いやっ!怒ってなんか無いよ!む、むしろ……あえて嬉しいよ……コスモス」

感極まってタイガは涙を堪えながらそっとコスモスを抱きしめる。

「ちょ……や、やめてください……!」

だが、コスモスは嫌がってタイガを突き飛ばしてしまった。
無防備だったタイガの体は女の力でさえ遠くへ飛んだ。

「な、なにす……」

起き上がったタイガがコスモスの方を向くと怯えたような顔でコスモスは立っていた。

「わ、私……親しくもない人に……そんなことされたくありません……!」
「そんな……こ、コスモス……」
「コスモです」

コスモスは強く言った。その顔は赤くなっていた

「コスモです。私。誰と勘違いされてるのか知りませんけど……私の名前はコスモです」
「コスモ……?」

タイガはガッカリしたような安心したような不思議な気分になった。
だが、間違いなく彼女がここにいるという現実だけが残っていた。
タイガは強張った表情のコスモに声をかけていた。

「……ねぇ。オレと付き合わない?」

タイガは、それでいいと思っていた。寂しさを彼女で埋められるのなら良いと思っていた。
コスモの方は思いもよらないタイガの言葉に戸惑っていた。

「でも……」
「……なんでもするし、なんでも買ってあげるよ!コスモの為なら!それに、オレ強いよ!嫌な奴からコスモ守ってやるよ!」

タイガはコスモに詰め寄った。困った顔をしていたコスモだったが気迫に負けたのか頷いてくれた

「OK?OKなんだね!?やったぜー!」
「でも……ちゃんとさっき言ったこと……守ってくださいね」
「解ってる解ってる♪明日空いてる?デートしようよ♪ここで8時に待ち合わせて」
「急にそんな……」

困惑しているコスモの小指をタイガは自分の小指にそっと絡めた。
タイガはその指を上下にふって笑った。

「約束……ね♪」

挿絵








その夜のタイガは、アジトへは帰らなかった。
ぶらぶらとコンビニで同じ雑誌を何時間も読んでいたり、野良犬に吠えてみたり──。
アジトに帰ればもう外出禁止にだってなるかもしれない。タイガはもうアジトには帰らないつもりだった。
自分ひとりで生きていけるかを全く視野に入れずタイガは新たな決心をしていたのだった。

「……120円かぁ」

タイガが既に決心を固めてから時計は深夜2時を回っていた。
季節はもう冬。いくら大阪の街だからといって寒いことには変わりない。
あったかい飲み物でも買おうかと思い立って自動販売機まで来たものの、
空っぽになった財布といくらにらめっこをしたって財布の中からお金は出てくるはずも無かった。

「キミ、こんな時間まで何しているんだね」

自動販売機の前で立ちすくんでいると見回りに来ていた警察官がタイガに声をかけた。
いかにも真面目一筋といった感じのキリッとした顔つきの警官だった。

「キミは高校生くらいだろう。親御さんが心配するじゃないか今すぐ帰りなさい」
「……親なんていねーもん……」
「しらばっくれてもダメだ。キミの学校はどこだね。言いなさい!」

夜中なのに大声で叱り付けて来るせいで耳がキンキンとしてきた。

「……学校なんて今まで一度もいったことねーもん」
「このご時世学校に行ったことのない奴がいるか!バカを言うな!」
「……オレ、バカなんて言ってないぞ?」
「そういう意味じゃない!!もう埒が明かない!ちょっと交番まで来なさい!」

大声の警官はタイガの手をがっしりと掴んできた。体がゾクッとして慌てて振り払う。

「離せよっ!オレは女の子とじゃなきゃ手をつながないんだ!」
「そうかそうか。じゃぁ、交番に行こうな」

嫌がるタイガの手を再び掴んで無理矢理引っ張って連れて行く警官。
さっきまで静かだったこの場所にプチンという音と共にタイガの声が響き渡る。

「はなせっつってんだろーがァァァァァァァァァァ!!!!!」



────ハッとタイガが気が付くと時計は既に3時を回っていた。
足元にはボロボロになって気絶している警官の姿。

「……あれ?覚醒しちゃったのか……?」

以前の騒動により虎のDNAを全て取られてしまったはずだった。
既に外見以外の虎の要素は全て無くなってしまったのに覚醒してしまっていた

「……あんまりむかついたから覚醒したような状態になったのかなー」

そう思って警官を見てみると確かに虎に覚醒した時よりも外傷は少ない。
何はともあれ安心してタイガはその場を立ち去ろうとした。
その時、警官の制服のポケットから茶色い財布のような物が見えていた。

「……おーどれどれ?……やった!3万7千円もあるぜー!」

いっきにふところも暖かくなってタイガは優越感に浸りながら千円札でコーヒーを買った。

「あ、そっか。今度から金がなくなったらこーすりゃいいじゃん♪」

後のお金はコスモとのデートに使おうとウキウキしながらタイガはその場をやっと立ち去れた。







午前8時。
タイガは昨日と同じベンチの所で買ってきたばかりの花束を持ってコスモを待っていた。

「……早くこないかなぁ♪」

きょろきょろと辺りを見回してみると遠くの方から歩いてくる人影が目に入った。
そのシルエットは間違いなくコスモだった。
タイガはいてもたってもいられなくなってベンチから飛び降りてコスモのほうへと走っていった。

「来てくれたんだねコスモ」
「あ……」
「ハイこれプレゼント♪さ、デートしよ!デート!」

まだ乗り気じゃない様子のコスモの手を掴むとタイガは公園の出口に向って走り出した。
足取りが軽くて文字通り二人で空を飛んでいるみたいだった。






「いったいどうなってるんですか!!」

挿絵

その頃、オオカミ軍団のアジトの方ではグリーンが声を張り上げて怒鳴っていた
OFFレンにはタイガの問題について後日結論を出すと伝えておいたままだった。
しかし、タイガが帰ってこないため、ついにグリーンも痺れを切らしていた。

「良いですか。このまま放置していれば大変な事になるんですよ!それを……」
「……タイガ様が帰ってこないというメモを残してどこかにいったんだ。探しようが……」
「探知機とか……いろいろあるでしょう!」
「……とりあえず。すぐどうなるというわけじゃない……こちらで何とかするから今日は帰ってくれ」
「……まさか。こちらにレッドを返したくない為に隠してるんじゃないんですか?」
「今更そんな事をするわけが無いだろう」
「……そうですよ……あなた方は我々の敵なんです。口では好き勝手言えるでしょうが」
「やめてください!!」

止めに入った隊員の言葉にハッと気づいてグリーンはオオカミ達に背を向けた。

「……10日待ちます。それまでに結論が出ない場合はこちらも黙っちゃいませんよ」

オオカミ達の返事も聞かず、アジトを飛び出していったグリーンを隊員達は追いかけた。

「……タイガ様。どこに行ったんだ」






それから3日経ってもタイガはアジトには帰ってこなかった。
タイガの方ももう帰る気は無かった。
あれから毎日のようにコスモと付き合っているだけでタイガは満足だった。

「ねぇ、タイガくん……」
「ん?何?」

コスモの方もタイガに慣れてきたのか恐々とした口調では話さなくなっていた。
それ所か、一応ルックスは良いタイガの事コスモも多少好意を持っているみたいだった。

「私、幸せ……。タイガくんみたいなカッコイイ人とこうしてデートなんて」
「何言ってるんだよ♪オレは、コスモが好き♪それだけだよ」
「そう。ありがとう。あ、タイガくんあのバック素敵だな……買ってくれない?」
「え、いいよいいよ♪約束だもんねー♪ちょっと待ってて」

コスモを待たせてタイガは人気の無い道へと入って行った。
既に所持金は700円程度。バックの金額は多分4,5万はするに違いない。
本来なら留守の家を探してそこから盗みに入るのだが、ここ周辺に家は無い
タイガは近くを歩いている奴を人気の無い道へと連れ込んで金を取るのだった。
力の強いタイガは腹部に一撃を食らわせれば簡単に気絶させる事が出来た。

「……3万か。シケてるなぁ……あと2人くらい……えーと」

適当に2、3人ほどから金を取り所持金は一気に10万に達していた。
これで当分金に困らないだろうと思ってタイガはコスモの元に向った
ただ、少し胸がチクッと痛んだ気がした

「(変だな……盗みなんて慣れてるのに……)」

コスモはタイガのいない間に嬉しそうにバックを選んでいた。
彼女が嬉しそうなら別にいいか。とタイガは思った。

「コスモ♪もう欲しいの決めた?」
「あ、タイガくん……実は……ね。素敵な柄なんだけど色違いのがあって……」
「……いいよ。両方買ってあげる。お金用意してきたから♪」
「ホント!?ありがとう、タイガくん」

優しい笑顔だった。その笑顔が見たかったのだ。
だがさっき調達してきたお金もあっという間に底に着いてしまっていた。

「……ねぇタイガくん。次、何処に行こうか……?」

お金が無いとは言えなかった。そんな情けない言葉はプライドが許さなかった。
また、2,3人から盗ってこなければならなかった。そう思うとまた胸が痛かった。







──タイガが知らない女性とあちこち出歩いているらしい。

そんなニュースがOFFレンの元に飛び込んできたのはあれから5日ほど経った頃だった。
あるときは、レストランで。そしてまたあるときは近くの商店街で。
隊員の中にも楽しそうに歩いているのを見たのもいた。

「……タイガの奴。この一大事に女の子とデートなんてどういう神経なんだ」
「あんな奴早く捕まえちゃおうよ」

男子隊員から非難が集中していたが、パープルは少し気になっていた。
以前のタイガとの会話。ただ、気を紛らわせるのとは違う気がしてならなかった。
あの時の二人での会話から考えて何か事情があるのではないかと思っていた。

「……パープル。どうしました?」
「いえ……別に」

ただ、その考えが仮想の域を超えないためパープルは口に出すのを憚られていた
あれこれ考えているうち、隊員の中からタイガを探してみようという話が持ち上がっていた。

「……では、タイガが行きそうな所を探してみましょう」

グリーンの言葉で隊員達は目撃情報のあった場所を探し始めた。
どの場所も定番中のデートスポットが多く非常に探しにくい状況だった。
3時間が経過しても一向にそれらしい人物を見た隊員はいなかった。

「……困りましたね。何か簡単に見つける方法があればいいんですが」
「……隊長。この方法を使ってみては?……ごにょごにょ」
「えー!?」

シルバーから耳打ちされた方法は確かに効果は非常に期待できる物だったが、
実践するとなると10代の少年にとっては少々恥ずかしい物だった

「私が言ったらただの変態ですが、隊長はまだ若いから取り返しが付きます」
「でも……」
「嫌なら別に良いんですけどね……ほかに手っ取り早い方法があるのならば」

隊長といえども蓋を開けてみれば平凡なただの少年が方法を思いつくはずも無く、
苦渋の選択ながらその方法を採択することとなった。

「……が……てます……」
「もっと大きな声で言わないと伝わりませんよ」
「……パ……パンツが落ちてます……」
「もっと」

「……あ、あー!!こんな所にパンツが落ちてますよー!!ひ、拾っちゃいますかぇァー!!」

叫んだ瞬間顔を抑えて隊長は近くの公衆トイレへと駆け込んでいった。

挿絵

周辺のカップルや散歩している野良犬が怪訝な顔でこちらを見ていた。
シルバーを筆頭に他の隊員達も他人のフリをしながら怪訝な顔で公衆トイレを見つめた。
だが、いくら待ってもタイガは現れない。作戦失敗の文字が隊員達の脳裏によぎる
その文字が通り過ぎていくと脳裏には隊長の怒り狂う様子が映し出されていた

「……タイガが来たが残念ながら逃げられたという事で」

シルバーはそう言って公衆トイレのほうへと歩いていった






タイガはその頃、遊園地で楽しくデートをしていた。
この連日あちこちに行って疲れていたがコスモといると自然と癒されていた。

「タイガくん……」

ほとんどのアトラクションを乗り終え、ラストに二人は観覧車に乗ることとなった。
かなり大きいこの観覧車やゴンドラの中を既に暮れかけていた陽が赤く照らしており、
俗に言う「良いムード」という物にしていた。

「タイガくん……」

ゴンドラが観覧車の頂上に達しようとした頃、コスモは声をかけた。
夕陽がコスモの白い毛並みを輝かせている。

「聞きたかったんだけど……私のどこが好きになったの……?」
「……うーん……」
「元カノに似てるとか?」
「ま、まぁ……ね」
「タイガくんみたいなカッコイイ人と別れるなんて勿体無い人ね」

思わずタイガは口をつぐんでしまった。
タイガの様子にコスモ気づいたようだった。

「……あ、もしかして……」

その後の言葉が出る前にゴンドラの扉が開いた。観覧車は既に下に着いていてた。
その傍にはこれからこのゴンドラに乗るであろうカップルがタイガたちが降りるのを待っていた。

「降りようか」

いつもより元気の無いタイガはコスモの手を掴んで彼女を降ろした。
既に新たな乗客を乗せたゴンドラは再び夕陽に照らされながら上昇していた。






「……はぁ……」

今のタイガにはコスモと別れた後の過ごし方ほど辛い物は無かった。
冬もだんだん佳境に入っていくと寝床探しに一苦労だった。
お金を盗んで、どこか安いホテルに泊まる事だってできただろうが、
コスモの為にお金を使うことがタイガには出来なくなっていた。

「寒いなぁ……」

冷えた手を擦りながら傍の自動販売機の明かりが眩しく目に映る。
タイガは缶一本の代金ですら惜しく感じていた。
お金が無くなれば、コスモがタイガのもとから離れていくような気がした。

「……くしゅん!」

この寒さに自慢の毛並みもすっかり萎れてしまい暖房の役割を果たしていなくなっていた。
ビルとビルの隙間に入ってみた物の、吹き込んでくる風は外よりも冷たかった。
どこにも居場所が無いタイガはトボトボと、深夜徘徊をするしかなかった。
いつの間にかうっすらと遠くの空が明るくなっている。コスモと会う時間が近くなっている。

「……そろそろ金調達しとくかなー……」

パンと頬を叩いて気合を入れ辺りを見回すと、早速何処かへと向う若い男に目をつけた。
タイガは男の後ろをそっとついていって、人気の無い所に差し掛かると一気に男の正面に回りこむ。

『ドンッ!』

いつもどおりみぞおちへ拳を突いて倒れ掛たところを胸ポケットから財布を慣れた手つきで抜き取る

「よし……っと」

さっさと逃げようと思った矢先、タイガの足を誰かが掴んだ

「な……何すんだこのヤロー!」

気絶させたはずの男はお腹を抑えながらタイガの足を掴んでいた。
わずかに突いた所がずれていたようだった。

「お、オーイ!泥棒だー!!このクソガキが犯人だー!!」

タイガは逃げようと足を振っても男も必死の形相で足を掴んでいた。
騒ぎを聞きつけて人気の無かった道に何人もの人がやってくる。

「は、離……!」

急いだ余りバランスを崩して地面に倒れてしまった。その上から2,3人で押さえつけられる。
必死に抵抗をしているうち誰かにガツンと頭を殴られ意識が薄れていく中、
誰かが知らせたのか向こうからやってくる警官が見えた。







『♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪』

──ピアノの音だ。TVやCDで聞くようなものとは違うぞ。

タイガは目を開けた。まだ頭がぼんやりしている。
警察署でもない。寒い公園でもない。暖かい風が吹き抜けている花畑だった。

「……」

以前タイガは一度ここに来たような覚えがあった。
区域ごとに分けられた綺麗な花達。間違いなかった。
その花畑の向こうに黒いピアノがポツンと見えている。音色はそこからのようだ。

「……!」

そばに寄らなくてもピアノの奏者がタイガには解った。

「コスモ……ス」

ピタリとピアノの音が止まった。

「お兄様……?」

ピアノの横からひょっこり覗かせた顔。コスモスだった。

挿絵

「コスモス!よかったぁ!また会えたのかぁ!」
「お兄様……ど、どうしてここへ……」
「な、なんかよくわかんねーけど……気がついたらな」
「そうですか……」

あの頃と何も変わらないコスモスの頭をタイガはそっと撫でた。

「……元気でやってるか?寂しくないか?」
「ハイ。私は大丈夫ですお兄様」
「……そうか」
「それで、お兄様……!」

タイガはコスモの方を抱きしめていた。途端に懐かしさや切なさ、いろんな物がこみ上げてきた
コスモスは静かに笑ってポンポンとタイガの肩を叩いた。

「お兄様。私、お兄様と会えない間にピアノを弾けるようになったんですよ」
「へぇ、今、何の曲弾いてるんだ?」
「ショパンの12の練習曲第三番ホ長調です」
「しょぱ……ほちょー……?」
「ピアノの練習曲としては最適なんですよ。とても綺麗な曲で……
作曲者のショパンは、『これほど美しい旋律を書いたことが無い』と言ったそうです」
「ふ、ふーん……でも変な名前なんだな」
「一般には、別れの曲と言われますね。恋人の別離を描いたフランス映画の題名から来ているそうです」
「!」

タイガはドキッとした。
コスモスがそんな曲を弾いていると思うとつい口ごもってしまった。

「お兄様に是非一度お聞かせしたいと思っていたんです。私、そのために……」
「じゃ、じゃぁ、オレにも聞かせてくれよ。オレ、もっとちゃんと聞きたいな」
「まだ始めて少ししか経っていなくて……もっと上手に弾けるようになってからですね」
「ちぇー……せっかく久しぶりに会えたのに……」

コスモスはクスッと笑った。

「そうですね。いつもお兄様ばかり来させて……ダメな私」
「そうだぞ!花になったままオレに会いに来ないで!」
「じゃぁ、今度は私がお兄様に会いに行ってピアノを弾いてあげます」
「ホントか!?今度っていつだ?」
「さぁ……明日か明後日か……1年後か」
「は、早くしてくれよ……あんまり遅いとオレは……」

コスモスがその言葉の続きを待っていたが言えなかった。
タイガにも長い時間は無いのだ。

「……オレは……」

急に体がふら付く。目が少しだけかすんでくる。頭の中に声がこだまし始める。
コスモスの顔が遠くに見える。

『オイ……オイ……起きろ……!』

パシンと頬を叩かれて目を開けると薄暗い牢屋の中みたいな所にタイガは座っていた

「ったく……いつまで寝ている気だ」
「こ、ここは……オレは……」
「警察署の地下留置所だ」

タイガの頬を叩いた40代くらいの男は低い声で言った。
男は、身なりも髪型もきちんとしており、警察の中ではやり手に違いないようだった。

「そ、そうか……オレ捕まったのか……」
「最近の連続強盗事件の犯人がガキとは……日本もよくここまで腐れたもんだ」
「お、オレ……死刑になるのか?」
「いや、死刑じゃない」
「死ぬまで刑務所にいるってやつか……?」
「いや、無期懲役でもない」
「じゃ、じゃぁ……オレは……ど、どうなるんだ?」

不安そうなタイガのか細い声が薄暗い室内に響く。
そんなタイガをよそに男はフフッと笑った。

「釈放だ」
「……え?」
「何故だか解らんが、さっき被害者全員から被害届けの取り下げの連絡が入った。
お前は釈放だ。もうこれにこりて、人様の金盗むんじゃねーぞ。わかったな」

男はポンポンとゴツイ手でタイガの頭を叩いて留置所からタイガを連れ出した。
階段を上がると地上の光がまぶしかった。

「……じゃぁな。いい大人になるんだぞ」

あっさりとした感じで男は言うと、署の玄関をタイガが出た頃には既に背を向けていた。
早く、ここから離れようと早足で門の方まで歩いていくと誰かに声をかけられた。

「……タイガ」

門の前に立っていたのは不機嫌そうな顔のホランだった。


「ホラン……お前」
「話は後だ。……とりあえずオレの会社に来ないか?」

ホランの後ろには真っ黒な車が止まっていた。









「……ほんとに、キミには困らせられる」

社長室に入るなり、ホランは言った。

「……被害者全員にどれだけ示談金を払ったと思っているんだ。このオレが、何人にも頭を下げたんだぞ」
「え、じゃぁ……オレが釈放されたのは……」
「勘違いするな……グリーンに頼まれたからやってやっただけだ」

ホランは応接席にタイガを座らせ、自分もその正面に座った。
席の前の机には湯気を立てたコーヒーがぽつんと2つ置かれていた。

「……で、連続強盗とはどういうことだ?」

コーヒーに口をつけて間もない頃、ホランが先に口を開いた。

「……グリーンも多くを語ってくれてなくてな……」
「……」
「オレはキミの事が良く解らない。だが、同じ虎仲間とでも言おうか……言える事もあるだろう」

ホランがコーヒーカップに再び口をつけた。ツンとタイガの鼻にコーヒーの香りがした。

「まぁ、コーヒーでも飲むと良い。本場から直輸……フ、この際関係ない事だな」

タイガはコーヒーカップを手に取り口元へ運んだ。
コクッと飲み込む音が小さく聞こえた。

「……お、オレ……」

タイガは、今までの出来事を自分の言葉で多少回りくどくても事細かく話した。
ホランはその間何も言わずじっと腕を組んで話を聞いていた

「なるほど……」
「オレ……もう、何もかもなくなったみたいで……」
「……キミの気持ちはわかる。オレも白虎という物にそれなりに誇りを持っているからな」
「……」
「だが、最終的な判断を下すのはキミだ。オレはそれ以上何もいえない」

タイガは考えないようにカップを手に取ったが、既に空になっていた。
ホランは続ける。

「……コスモスだったかな。彼女はもう既に……」
「ち、違うぞっ!!コスモスはそんなんじゃないぞっ!」

タイガは顔を真っ赤にしながら机を叩いた。ホランの方はそれを冷静に返した。

「……失礼。だが、時として見切りをつけるというのも大事なことだ」
「見切り……?」
「彼女は、似ている人とキミをつき合わせてまで安心させてあげたいと思っているのか?」
「そ、それは……」
「キミは、コスモの事を似ている人としか見ていない。彼女自体を見たことがあるか?
そして、キミ自身それで本当に満足しているのか?コスモスが喜んでいると思うか?」
「そ、そんなことは……オレは……」

キッとホランは冷たい目でタイガを見た。

「キミは、自分だけでなく彼女たち2人を同時に傷つけている事に気づいていない」
「……!」
「大事なのは、キミがコスモスの気持ちを考える事だ。そして最終判断を下す。以上だ」

言い終わるとホランは、分厚い札束を2,3つ机の上においてタイガに差し出した。

「……これだけあれば当分は持つだろう。コスモと過ごす間によく考えると良い」
「……わ、わかった……」

タイガは札束を受け取るとダッと社長室を飛び出していった。
あの部屋から離れればホランの言葉が薄れていくはずだったが、まだあの言葉が頭に響いていた。







いつもの待ち合わせの公園の時計はもう正午を指していた。
祈るような気持ちでいつもの待ち合わせ場所にやってきた。

「こ、コスモ……ご、ごめん……」

じっと目を閉じたままコスモは言った。

「待ってたわ。昨日も。その前も。ずーっと」
「許してくれる……?」
「……」
「あの……オレ……こ、これあげるから……許してよ」

タイガはさっきホランから貰った札束を1つコスモに渡した。
コスモは驚いたがフフッと笑ってそれを手にした。

「素敵。タイガくんってお金持ちなのね。許してあげる」
「よ、よかった♪」
「でも、何日も放っておいた罰。いっぱい買ってもらうから」
「わ、わかった……」

タイガはコスモの顔を見た。コスモの顔はタイガを見ていなかった。

「まずは……おいしい物でも食べましょう」
「そうだね……」

行く先々で、コスモに尽くしてあげたタイガだったが、何処か楽しめていない自分がいた。
ホランにあの言葉を言われる前からだったか。もっと前だったか……。
ただ、コスモと別れることによってコスモスとも別れる事になりそうな気がしていた。
コスモスだけじゃない。自分自身にさえ別れてしまうように思えた。

「……タイガくん。次、あれも買おうよ」
「え、うん……」

それから何度このやり取りが続いた事だろうか。いろんな物を見たり買ったり食べたりあげたり。
ホランに貰った札束も残るは1つ。それももうすぐ尽きようとしている。

「こ、コスモ……お金使いすぎるからそろそろ……」
「え?何?……あ、これ素敵!これも買おうよタイガくん」
「…………う、うん」

このままお金が無くなれば、コスモに嫌われるかもしれないとタイガは思った。
まだ、何も考えていない。考えたくなかった。そのためには、お金を確保しなければと決心した。

「ゴメン……ちょっと、待ってて……」
「わかった。早くしてね♪」

タイガはデパートの1階から2階へと昇るエスカレーターに乗った。
今日は、休日の為かエスカレーターも混雑していた。スリの側から見れば絶好の機会である。

「……!」

子供の方を向いて話をしている父親が数段前に立っている。
左のポケットには、わずかなふくらみがあり、財布のようだった。
タイガは狙いを定めて客をかき分けてエスカレーターを昇った。
次の階へ行くほんのわずかの間にタイガは一気に駆け上がり父親にぶつかりポケットに手を入れようとした。

「!」

その時、父親が体の向きを変えたのと、ぶつかった瞬間が重なりタイガの手が父親の体に跳ね返されてしまう。
バランスを崩し手すりに捕まるがそのまま自分が無理矢理書き分けてきた反動で、
手すりからするりと体が滑っていく───。






『♪~♪~♪~♪~♪~♪~♪』

──またピアノの音だ。まさか……!

タイガは目を開けた。そこはつい先日も見たあの花畑……。
そして、あの時と同じピアノの音色。

「コスモス……?」

声を出すとピタリと音色が止まる。

「お、お兄様……?」
「ま、またきちゃった……」

照れくさそうに笑ってタイガはコスモスの横へとやってくる。
この前も会ったばかりなせいか安心感も少し薄れていた。

「……あの……何度もここへ来て……お兄様、お体は大丈夫何ですか?」
「ん?んー……大丈夫だと思う♪」
「そ、そうですか……。ならいいんですけど……」

心配そうなコスモスの顔。何度見てもいとおしく感じる……。
だが、コスモスの様子は全く違っていた。

「……お兄様……もう、なるべくこちらに来ないでくれませんか……?」
「な、なんでだ!?オレの事嫌いになったのか!?」
「いいえ!……お兄様の事……とても大切な人だと思っています……でも」
「で、でも……なんだ?」
「私はもう……お兄様とは住む世界が……」
「そ、そんなこと関係ないだろっ!!」

タイガは大声で叫んだ。花たちの風に揺れる音が騒がしくなった。

「ここは、何処なんだ?世界が違うならオレと一緒に……帰ろ?」

タイガはコスモスに手を差し伸べた。
だが、コスモスはタイガが差し出した手に触れようとはしなかった。

「……許してください……お兄様……」
「な、なんで……なんでだよ!!」

タイガはコスモスの手を力いっぱい握った。
だが、コスモスは何も言わずコスモスの目には涙が浮かんでいた。

「お兄様……私は……」
「……」
「私は……」

また、タイガの視界がぼやけてくる。
コスモスの言葉が頭の中にエコーしたまま意識が遠のいて……。







「目が覚めたか……?」

目を開けると真っ白な世界が広がっていた。
が、よく見るとそれは天井でタイガは同じくらい白いベッドに横たわっていた。
……タイガの傍にいたのはホランだった。

「まったく……キミという奴はどれだけ問題を起こせば気が済むんだ」
「オレは……」
「覚えてないのか?エスカレーターから転落したんだ。2階から1階へな。
まぁ、体だけは丈夫なキミだ……。軽い脳震盪だけで済んだらしいがな」

確かに、まだ頭は少しガンガンしていた。
骨のどこか折れているのではないかと思ったがホランに聞くとどこも怪我してないらしい。

「……2、3日安静にしていればじきに退院できるそうだ」
「そ、そうか……よかった」
「……本当にそうか?」

タイガはホランの顔を見た。彼の目は冷たかった。

「タイガ……オレの渡してやった金はどうした?」
「……つ、使った」
「あれだけの大金を……彼女と遊ぶだけで使うか?まだ1週間も経ってないんだぞ」
「……そ、それは……コスモにたくさんプレゼントして……欲しいって言うから」
「プレゼントにしては度を越えている!」

大声こそ出さなかったが、ホランの声が怒っていたのが解った。

「キミは、彼女はキミと付き合っていると自分で思っているのかもしれないが。
彼女は本当はキミの金と付き合っているんじゃないのか……?」
「そ、そんなことねーよ!!」
「……キミは、怖いんだ。彼女が自分から離れていくのではないかという事に」
「!」
「キミは、コスモスは物をくれるから好きだったのか?」

タイガは布団を頭からかぶった。だが、ホランは続ける。

「……キミは何もかも逃げている。どれだけ人に迷惑をかければ気が済むんだ。
コスモにとってもこのままでは良くない事だ。早く別れろ」
「……」
「キミは……」

その時だった。病室の扉がガラッと開いてバタバタと大勢が病室に駆け込んできた

「タイガ!探しましたよ!!」

チラッと布団から顔を出すとそれは、OFFレンジャー一同。

「まったく!釈放されたと思えばいつの間にかいなくなってて!やっと会えましたよ!」
「……隊長いろいろと大変でしたもんね」
「あんなに恥かしい思いをしたのは久しぶりです……って、それは今関係ないですね」

タイガは、ホランが何も話さない様子なのを見ると布団から顔を出した。
長い間あっていなかった分、懐かしい面々という表現がぴったり合う感覚だった。

「そうそう。ホランから聞きましたよ。何処かの人と駆け落ちしたらしいっすね!」
「こんな大事なときに!何を考えて……」
「まぁまぁ、グリーン……ここは落ち着いて離そうじゃないか。タイガも考えがあるんだろう」

ホランは、グリーン達には「好きな人が出来て駆け落ちしていた」という事しか言ってないようだった。
そのせいか、OFFレンたちも次から次へとタイガの気持ちも知らないで愚痴をこぼす。
だからといって、自分で自分の気持ちを言うのはさすがにしたくなかった……。

「……まぁ、いいです。今日はこの辺で帰りますが……退院したらちゃんと来て下さいよ?」

タイガ口をもごもごさせたまま黙り込んでいた。返事が出来るような心境ではなかったのだ。

「まったく……。さ、みなさん帰りましょう」
「あ……私、ちょっと落し物したみたいで……先帰っててください」

パープルの言葉に隊長は軽く返事をして他の隊員達と共に病室を後にした。
だが、パープルは何も探そうとせずタイガの顔をじっと見ていた。

「……ホントは、違うんでしょ?」
「……え?」
「タイガくん……そんな事でこんなことするわけないよね。ホントは……」

「タイガくん!よかった!ここにいたのね!」

病室の扉が再び開いて、中に入ってきたのはコスモだった。
タイガはパープルに気づかれまいとコスモから目を逸らした

「びっくりしたのよ。入院したってきいたんだもん……」
「……」
「ね。タイガくん♪さっきね。また良い服見つけたの退院したらまた買いに行きましょう」
「……」
「タイガくん?どうしたの?……まぁ、いいわ。じゃぁ退院したら連絡してね」
「ちょっと……来てもらっていいですか?」

去っていこうとするコスモの肩をホランはポンと叩いた。
コスモはめんどくさそうな顔をしたが渋々着いて行った。
タイガは最後まで、コスモの方に顔を向けなかった。



「……タイガと別れて欲しい」

ホランはコスモを病院の廊下の角に連れて来るとはっきりした口調で言った。

「……は?」
「……ここに200万ある。慰謝料代わりと思ってくれれば良い。これで諦めてくれないだろうか」

ホランの差し出した厚い封筒をコスモは手で振り払った。
封筒の中から出た札束が病院の床に散らばる

「冗談。私にタイガくんと付き合うなって……?バカじゃないの」
「……え」
「たかがそれだけのはした金で?タイガくんと付き合っていたほうがもっと買えるわ」
「……キミはタイガの事は好きじゃないのか……?」
「好きよ。なんでも買ってくれるんですもの。そうでなければ付き合うわけ……」

ホランが何かを言おうとした時、コスモの指が口の前に当てられる。

「……話はそれだけ?タイガくんに言うのか知らないけど余計な事はしないでね」

コスモは背を向けたかと思うと、床の封筒を拾ってホランに渡した

「ハイ、これ。もう少し人に対するお願いの仕方勉強してくださいね……じゃぁ」
「……」

タイガは去って行くコスモの後姿にいやなものを感じた。
ホランはまだ数枚落ちている札束を拾うとタイガの部屋に帰ろうとした時、
ホランの携帯が響いた。電源を切るのを忘れていた為に慌ててマナーモードに切り替える

「……至急帰れ……本社からか……」

メールの文面に少々歯がゆさを感じながらも、ホランは病室に戻らず病院を後にした。
廊下の角で聞き耳を立てていたパープルには気づかないで……





「……タイガくん。ちょっと良い……?」

病室に戻るとタイガはこちら側に背を向けて窓の方を向いていた。

「……あの人……コスモスさんに似ているんだね」
「…………」
「でも、タイガくん。あの人はコスモスさんじゃないよ」
「……わかってる」
「あの人、タイガくんじゃなくてお金目当てなんだよ。タイガくんのことちっとも好きじゃ……」
「うるさいな!!そんなわけないだろ!!」

タイガの叫びには怒りの他に何か違う物も含まれていたように思えた。

「……パープルちゃん。そっとしといてくれないかな……」
「……ごめんね」

去ろうとするパープルにタイガは返事をしなかった。
相変わらず窓の方を向いたままだった。

「……タイガくんは、コスモスさんの外見だけを好きになってたんじゃないよね。
タイガくんの本当に好きな人をちゃんと決めたら……いいと思うよ」

背中越しに呟いた言葉にタイガはどういう顔をしていたのかはわからなかった。
ただ、どうしても言っておこうと思っていた。

「(……オレの本当に好きな人は……)」









数日後、タイガは予定より早く退院する事が出来た。
元々、体が異様に丈夫なせいでもあり、タイガにとっても不思議でなかった。
ホランやOFFレンには全く知らせないつもりだった。

「……キミは本当に体だけが頑丈だからな」

病院から少し出た頃、ホランがタイガに声をかけた。
ホランはフフンと悪戯な笑いを浮かべていた。

「……一人でこっそり退院するつもりだったんだろう?」
「……」
「はっきり言っておこう。彼女はキミを好いていない」
「……そんなことない」

タイガの言葉には余り自信というものが含まれていなかった。

「彼女は、キミの病室に来た時キミを心配するような言葉をかけたか?」
「……そ、それは……」
「彼女はキミの交際は金目当てだ」
「……パープルちゃんも同じ事言ってた」
「……そうか」

ホランは少ししわになった厚い封筒をタイガに差し出した

「これが最後だ。これ以降キミが何をしようがオレはもう関与するつもりは無い」
「……」
「ただ、彼女を似ていると言う色眼鏡で見るな。よく彼女を見ていれば自ずから答えが出るだろう
それが、間違っているか正しいかは別としてな……」

ホランはそう言うとそのまま背を向けて去って行った。
タイガは礼のひとつでも言おうと思ったが、黙ってホランの後姿を見ているばかりだった。




「おかえりなさいタイガくん!」

公園に行くといつもの優しい笑顔がタイガを待っていた

「一日早いのね。でも、私ちゃんと待ってたのよ」
「あ、ありがと……」
「さ、いきましょう。怪我した時買ってもらえなかった物いっぱいあるんだから」
「……うん」

挿絵

差し出したコスモの手をタイガは弱弱しく掴んだ。
その異変に気づかずコスモはそのままタイガを引っ張るように歩いていった。

それから、いつも通り買い物をし、おいしい物を食べた。
でも、タイガの中はどうもぽっかり穴が空いたように何も満たされていなかった。
いつもは楽しく話していたおしゃべりも今ではほとんど「欲しい」といった物ばかりになっていた。


「あー……楽しかった。今日はありがとね」
「う、うん……あ……コスモ」
「ん?何?」
「……怪我したお詫び……」

タイガは、コスモにホランから貰った札束の入った封筒を全て差し出した。
コスモは不思議そうな顔をしたが笑ってそれを受け取った

「……また、デートしようね」
「うん。またね」

コスモは嬉しそうに去っていった。
だが、タイガはコスモと10mほど離れた頃、彼女の跡をつけ始めた。
パープルやホランのいっていた事をこの目で少しでも確かめたかったのだ。

「(…………)」

コスモはタイガに尾行されていると気づかず人通りの多い明るい道を歩いていった。
明らかに住宅街からは離れている。嫌な予感がタイガの胸をよぎった。
コスモはさらに道を進んで行き、とある場所で立ち止まった。

「……ホストクラブ」

名前を聞いた事のあるクラブだった。
だが、まだ事実確認ができていないと、タイガはこっそり店内へと入った。
中は、TVでよく見るような青を貴重にした綺麗な場所だった。
大きな柱の陰に隠れて改めて店内の様子を見ると柱から少しはなれてコスモが席に座っていた。

「……最近羽振りが良くなったんじゃない?コスモちゃん」
「まぁねー……」
「また、新しい男見つけて貢がせてるんでしょ。可哀相にね~」

数名のホストと共に座って楽しそうにしているコスモ。
あんな楽しそうな顔、タイガの前ではまだ見せていなかった。

「……ちょっと、優しくしたらね。なんでも買ってくれるんだもん」
「相変わらず酷い女だね♪」
「まぁ、彼、カッコイイし……もう1年くらいはいけるかなぁ」
「頼むから、前みたいに男の子乱入してこられると迷惑だからさぁ……」
「わかってる。でも、今度のは優しめの金づるだもん。すぐ別れられるでしょ」
「……!」

タイガは黙って店内を出て行った。
まだ、入り口の前には、気絶している店員が壁にもたれかかって眠っていた。









『……コスモス』

タイガはいつの間にかまた、あの場所へとやってきていた。
ただ、以前と違ってコスモスはピアノの傍に座り込んで花を触っていた。

「……お兄様……」

コスモスも、タイガに気づいていたのかそっと目線を上げてタイガを見た。
タイガは、もう決心していた。

「コスモス……い、言いたいことがあるんだ……」
「……はい」
「今度、オレに会いに来るって言ったよな……?」
「はい……」

タイガは静かに深呼吸をした。

「……明日、教会に来て欲しい」
「教会……」
「あそこは……いいピアノがあるって……き、聞いた事あるし……それに……」
「……」
「傍に綺麗なコスモスが咲いてるんだ。お前にも……見せてやりたい」

コスモスは小さく頷いた。

「……オレが、そこで言いたい事は……オレの決心だと思って聞いて欲しい」
「……わかりました」

しばしの沈黙が流れた後、タイガは独り言のようにコスモスに問いかけた

「……お前は、オレの事……今でも……好きか?」

コスモスはいつもと変わらない優しい笑顔で答えた

「……はい」







「……夢?」

タイガが目が覚めるとそこは、公園のベンチの上だった。
だが、いつも迎えている朝とは何か違っていた。

「……よし」

頬をいつもより強く叩いて気合を入れる。
自分で考えた結論。後悔はしないつもりだ。

いつもの待ち合わせの場所には小さなメモを貼り付けておいた。
『教会で待つ』という物だったが、これだけでも彼女はわかるだろう。


「……いいんだよな……これで」






教会という物は静かなものだった。
まだ、咲いているコスモスや鐘が風に揺れてかすかな音色を奏でているようだった。
コスモスが本当に来るのかはタイガには解らない。
だが、ちゃんと自分の出した結論に従おうと思った。

「あ、タイガくん!いたいた!何?こんな所に呼び出したりして」
「……ちょっと話したいことがあるんだ」



挿絵

「へー。あ、そうそう!この前の店ね。新商品入荷したらしいの。ねぇ、後で行きましょう」
「聞いてよ……」
「あー……でも……高いのを1つ買うより手ごろなのを2,3こ買った方が……」
「オレの話を聞いてくれよ!!!」

突然タイガが叫んで驚いたのかコスモは困惑した顔でやっと黙った。
かと、思うと顔色を窺うように再び笑って話し始めた

「ちょ、ちょっとどうしたのタイガくん。そんなに怒らなくても」
「……今日でオレと別れて欲しい」
「え……ど、どうして!」

コスモは焦ったようにタイガの腕を掴んだがそれをタイガは目を逸らしたまま振り払った。

「……昨日、コスモの後つけたんだ」
「!」
「……オレ、金づるだったんだね」
「ち、違うわ!誤解なのよタイガくん!」

コスモは再びタイガの腕を掴んですがるような目でタイガの逸らした目を追った。

「彼、私の友達なの。時々、遊びに行ってあげてるだけなの! それに、あぁいう場で恋人の事よく言うとみんな快く思わないの。あの世界ではね……」
「……もういいよわかったから」

タイガの言葉にコスモはホッと腕から手を離した

「……コスモはそうやっていろんな人騙してきたんだね」

だが、コスモの取った意味は本来の意味とは違っていた。

「ち、違うの!信じてタイガくん!」
「……コスモスはそんな言い訳をするような奴じゃなかったのに」

コスモもいつの間にか口調が強くなってきていた。

「……はぁ?コスモスって元カノ?私と元カノが似てるって聞いたけど、私は私よ」
「わかってる……。わかってたんだ」
「そんな死んだ子、どうだっていいじゃない!私は、その子よりタイガくんを愛してるわ!」
「……っ……コスモスは死んでなんかいない!!」

タイガはコスモの肩を掴んだ。コスモの目は怒っていた。

「……コスモは、オレの前では花になって……生きてるんだ」
「バカじゃない!!お母さんは星になったって言ってるどっかの子供と変わらないわ」
「いいんだ。誰も信じなくても、オレがそう信じればそうなんだから」
「タイガくん!いい加減にして!あれは本当に誤解……」

タイガは突然コスモを抱きしめていた。
タイガは心なしか少し震えているようにも思えた。

「オレ……コスモのお陰でオレはコスモスの外見だけを好きになってたんじゃないってわかったんだ。オレの、オレの愛した人は……コスモスだって遠回りしたけどわかったんだ」

コスモの首筋に冷たい物が当たった。

「でも、コスモスだってもう、子供じゃない……オレとは違う世界で生きてる……
オレが何時までもコスモスの事ばかり気にしていたら……コスモスだって新しい所で生きていけないもんな……
それに、オレ……また好きな人が出来た。その人のためにオレも……オレと別れないといけない
だから、ちゃんと……オレと、コスモスと、コスモ全部ひっくるめてちゃんと言おうと思う……」

タイガは何度も深呼吸をしながら弱弱しい声で呟いた

「…………さよなら」


突然、コスモはタイガを突き飛ばして怒りに震えながら叫んだ


「いい加減にして!!こ、こんな話のわからない男だとは思わなかったわ!!
あんたみたいな情けない男……こっちから願い下げよ!!」

コスモはタイガの頬を叩くとそのまま帰っていった。
タイガはコスモの姿をコスモスとかぶらせないようにそっと目を閉じていた。






……聞こえてきたのは、ピアノの音だった。間違いなく、コスモスの弾いていたあの曲だった。

教会の中はガランとしていた。
どこからか差し込んできた光がピアノの周りだけを浮かび上がらせていた

「コスモス……」

ピアノを弾いていたのはコスモスだった。その優しい目でタイガを見ると静かに微笑んでいた。
タイガは、コスモスの傍に歩み寄って大きな深呼吸をした

「……聞いてくれたか?」

コスモスは黙ったまま頷いた。

「……解ってくれるよな……寂しくないよな」

再びコスモは頷いた。ピアノの音がタイガの目を潤ませていた。
タイガはコスモスの肩に手を置こうとした。
だが、コスモスの肩をタイガの手はすり抜けてしまった。
タイガはハッとしたが、笑ってすり抜けないように肩の場所に手を持っていった

「……お前、ピアノ上手くなったな。オレ達にぴったりの曲だな」

コスモスの表情も、微笑んでいたのに何処か少し悲しげだった

「……コスモス……」

コスモスとタイガの唇は重なっていた。コスモスの頬を涙が落ちていった。
長い時間が経ったような気がした。コスモスの体は光の加減のせいなのかだんだん薄くなっているようだった
タイガは無理の無いようにニコッと笑って言った。

「……また逢えるよな!」

コスモは顔を見せないようにしたまま頷いた。

「それまで、……お別れだ」

コスモスの体がだんだん消えていくのをタイガは笑ったまま見送っていた。
始めは悲しげだったコスモスもいつもと変わらない優しい笑顔でタイガを見ていた。
コスモスの姿は消えていた。初めからいなかったような気がした。
だが、ピアノの音だけはまだ続いていた。音色はやっぱりコスモスの弾いているものだ

「タイガくん……」

振り返るとパープルがタイガの後ろに立っていた。

「私……タイガくんがここにいるの見つけて……それで私……あの……」
「パープルちゃん……オレ……オレ……」

タイガはパープルに突然抱きついたままずっと堪えていた涙が我慢できなくなった
パープルの胸に顔をうずめたままその場に泣き崩れていった。



挿絵




タイガを慰めていたピアノの音色は静かにラストの音を響かせていた……。