第55話
『猛虎去る』
(挿絵:クリーム隊員)
タイガは目を覚ました。いつもの朝だ。
でも、いつもとほんの少し違う。今日で、こんな朝ともお別れだ。
「あ、タイガ様。お目覚めですか。朝食の用意していますよ」
「あぁ、行くから準備しとけ」
いつものように、オオカミがオレが起きているかを確認しに来て、
その後、朝飯食って……。でも、みんな今日が最後だ。
「おー。タイガ、今から朝飯か?」
部屋を出たところでボスオオカミに出会った。
今でも、オレから見れば立派な悪者の風格だなぁと思う。
「そう、朝飯……ボスも?」
「あぁ、ここ最近よく寝ちゃうからな」
「そっか。オレと逆だ」
「……何、シケタ面してんだ。ほら、一緒に食いに行くぞ」

ボスは、オレの背中を押して歩き出した。
食堂まではここからちょっと遠い。二人とも黙っていると気まずいからオレが声をかけた。
「なぁ……ボス。オレ……一応感謝してるんだぞ。オレにいろんな事教えてくれて」
「あぁ……大変だったぞ。盗みのテクとか、悪者の言い回しとかななかなか覚えなくて」
「でも、その苦労……無駄になっちゃったな」
「……気にするな。そんなの新入りのオオカミでもう慣れてる」
急にオレの背中からボスの手が離れた。もう食堂についていた。
良い匂いがする。いつもはこんなに匂いをよく嗅いだこと……なかったな。
「オイ、何やってんだ。飯食うぞ」
「あ、わかった……」
いつもの朝飯の風景はもっと騒がしいのに、今日の食堂は静かだった。
「……お前、何食べるんだ?持って来てやるぞ」
「いい。オレが持ってこれる」
今日のメニューは目玉焼きとトーストだった。オレの好きな奴だ。
目玉焼きなんか、黄身が2つも入ってる
「……これ2つも入ってるぞ?」
「あ、すいません。間違って2つ焼いてしまったんですよ」
……嘘付け。いつも、一個ずつ痛んだのないか確認して焼いてるくせに。
「さー。食うぞ。朝飯はいいだろ。タイガ」
オレと、ボスは向かい合って座った。オレはただ頷いただけだった。
「……これからどうするんだ?お前は」
「散歩でもしてこようかと思ってる」
「そうか……よくいろんなもの見て来い。車に気をつけろよ」
「オレは子供じゃないぞ」
ボスは笑って悪い悪いと謝って席を立った。ボスはもう朝飯を食い終わってた。
オレも、食い終わって流し台の方に持っていった。
「……ごちそうさま。美味かったぞ」
「え……あ、ハイ。ありがとうございます」
「これからも美味い飯作れよなー」
「……ハイ」
ちょっと、照れくさい感じがしたけど、食堂のオオカミもちょっと嬉しそうだった。
オレは、食堂の入り口の所でオオカミ達に言った。
「ちょっと、出かけてくるぞ。3時くらいには帰ってくる」
お気をつけて。と、オレを心配する声があちこちから聞こえてくる。
オレは、さっさとアジトを出ることにした。
「社長!お気を確かに!!」
「いやだぁー!!オレは、グリーンに会うんだぁぁぁ!!」
「オイ、あれを持って来い!!」
ホランの会社にやってくると社長室から叫び声が聞こえる。
しばらく、部屋の外で待っていると急に静かになり、社員がぞろぞろと疲れ果てた顔で出てきた。
「全く……社長の悪い癖だ」
「あれさえなけりゃ良い社長なんだがなー……」
「もうすぐ大事な時期だというのに……」
社員が出ていった社長室をオレは覗き込んだ。
中にはグリーンのぬいぐるみを抱いて顔を赤らめてじっとしているホランがいた。
「何やってんだお前」
「なっ!!タイガ!!」
慌ててホランは立ち上がって真面目な表情になった。
でも、ぬいぐるみにまだ抱きついたままだ。
「お前も、相変わらずだよなー……」
「……フン。キミのように欲望丸出しの奴とオレは違う」
「んなこといったってさー。お前もそんなことやってないとは言わないだろ?」
「ま、まぁ……毎晩一人グリーンの事を考えながら……って何を言わせるんだ!」
ホランはやっとぬいぐるみを机の上において自分も椅子に座った。
オレも、接客用の席に座る。
「で、何の用だ?」
「コーヒーくらい出せよなー」
ホランは冷たい目でオレの方を見て立ち上がった。
「……キミは……インスタントでいいな」
「高いのくらい出せよー」
「……キミには何を飲ませても同じだ」
そう言って、ホランは隣の部屋へ入って行った。
相変わらずむかつくやつだぜ……。
そうこうしてると、早くもホランが部屋から出てきた。
「ホラ、コーヒーだ。飲め」
「言われなくても飲むに決まってんだろ!」
ホランのカップはちょっと高そうな奴なのに、オレのは紙コップ。
こういうあからさまな嫌がらせをするコイツがホントムカつくぜ……。
オレも、ちょっと仕返ししてやるか。
「これ、不味いな~。お前の所のインスタント100均で買った奴じゃねーの?」
「……それは、高級豆を使って既に作っておいた物を暖めただけだ」
「にゃ……」
「やはりキミには高級な物はわからないようだな。だから何を飲ませても同じだといったんだ」
……ムカツク。
でも、そう言われると結構美味い様な気がする……でも今更そう言えないよなぁ。
ん。なんだあの棚……。オレはちょっと気になって覗き込んでみた。
「それで、何の用…」
「おぉー!なんだコレー!ビデオがいっぱいあるぞ」
「なっ!何をしている!」
ビデオにはグリーンの文字が全部に書かれていた。
どのラベルの題名も盗撮っぽいタイトルが並んでいた。
「にゃははーw盗撮ビデオだー変態だなー♪」
ホランは慌てて棚を閉めるとオレの首元を掴んだ。
「黙れ!キミだって、盗撮されたビデオを購入しているだろうが!」
そういわれるとオレも返す言葉が無かった。
「……でもさ。グリーンなんかの何処がいいんだ?」
「う、そ、それは……あの愛くるしいフォルムと優しい瞳……」
「じゃぁ、グリーンに告白されたら嬉しいか?」
「そ、そりゃぁ……あの顔でホラン大好き♪と言われたらオレは何をするか……」
ホランはそのままぶつぶつと独り言を呟きながら妄想世界にトリップしていた。
オレはそんな様子を呆れて見ていた。コーヒーでも飲むかな。
「……ハッ」
ホランもようやく正気に返ったようで赤面したままコーヒーを飲んでいた。
「そ、そ、それで……何の用なんだ?」
「あ、ちょっとな……散歩だ散歩」
ホランはほぅと言って何か言いたそうだった。
「……お前も、どうなんだ?最近」
「キミに言われなくても……ちゃんと経営している」
「……ちゃんと、オオカミ軍団の面倒も見てやってくれよ……」
「変な話だ。キミがオオカミ軍団からいなくなるみたいな言い草だな」
ホランは気づいていたようだった。でも、オレはしらを切った。
「……まぁいい。オレだってあそこが実家なわけだからな……見捨てはしない」
「そうか……ヨロシクな」
「あぁ……」
「……そろそろオレ、帰る。また……いや、じゃぁな!」
ホランもあぁ。と言った。もっと話せばよかったかなぁ……
次にオレは少し遠かったけど大きな屋敷の前にやってきた。
ここは、以前オレとそっくりな奴が住んでいたらしい。
「あら……タイガくん」
門の前でうろうろしてたら庭にいたのは以前色々と迷惑かけた婆さんに声をかけられた。
「こちらへ来る?今、お茶を飲んでいたのよ」
「あ、あぁ……」
門を潜り抜けると婆さんが花壇の前の所で手招きをしていた。
なんだかこの敷地の中を見るのも凄い久々な気分だな。
「……あれから……体は大丈夫なのか?」
花壇の前には置かれた小さなテーブルと椅子が置かれてあった。
そこへ来てオレはそう聞くと婆さんは笑ってオレの分のお茶を注いでいた。
「……元気よ。そっくりさんでも……ナポレオンが生きてるって思えるとね」
「……じゃぁ、今度はオレがいなくなったら……悲しいか?」
「そうね……悲しいわね」
悲しそうな顔の婆さんになんだか申し訳ないような気がした。
だけどすぐに婆さんはまた笑った。
「でもね。本当のあの子もきっと何処かで新しい人や新しい場所に囲まれて元気に育ってるのよ」
「……」
「だから、タイガくんはタイガくんなのよ。私は、外見だけでタイガくんを求めているんじゃないのよ」
なんだか、今のオレにはちょっと辛い言葉だった。
それに、ちょっと気になる事もあった。
「……寂しくないのか?」
「慣れてるのよ。こういう生活には……でも、お友達がいるから」
「お友達……?」
婆さんは花壇の方に目をやった。オレもそっちを見た。
花壇の周りで小鳥達がちょこちょこと歩いてた。小さなパンくずみたいなのを拾ってる。
多分、婆さんがあげた物なんだろうな。
「……ね、だから私はちっとも寂しくないのよ」
「……そっか」
オレはカップの中のお茶を飲み干すと椅子から降りた。
別れの言葉を言う前に、婆さんは微笑んで言った。
「いつでも来てちょうだいね。私は構わないから」
聞こえないフリをしてオレは帰っていった。約束破る事になりそうだったから。
それから、よく行ってた本屋とかゲーセンとか、ビデオ屋とか……いろいろ回った。
どこも好きな場所だったから全部回った。でも、辺りはだいぶ暗くなってた。
後は、あの場所に行くだけだな。
「……これでよし」
教会の前の花畑にはコスモスが咲いていた。持ってきたコスモスの種をオレはそこへ埋めた。
あの時のコスモスの思い出の記念というか……なんというか……
ここにもあいつから出来た種を埋めたかったっていうのかな。
「……コスモス。ありがとな」
もう鐘が鳴り始めた。あんまり悲しい気持ちはしなかったな……。
「……あ」
アジトの近くまで来た頃でカップルが向こうから歩いてきてた。
男の方は知らない奴だけど。女の方は……コスモだった。
目を逸らせるつもりだったけどすれ違う時、偶然目が合った
「……知り合い?」
少ししてオレの後ろでそんな声が聞こえた。
『……知らな~い。どこかで顔だけ見たことがあるって感じ?』
『あ、そ……』
結局、アイツはあぁやってる訳なのか。
やっぱあんな奴よりコスモスの方選んで正解だな。
でも、もう二度と合わないって決めたのに偶然会うなんてなぁ。ま、いっか。
「ただいまー」
「あ、タイガ様!おかえりなさいませ!ささ、こちらへ!」
割烹着姿のオオカミたちが廊下の向こからやってきてオレの背中を押した。
何が何だかわかんないままオレは食堂へつれてこられた。
中からはなんだか良い匂いがする…
「とにかく入ってみてください」
オレが戸惑っていたらオオカミがオレの背中をぽんと押した。
恐る恐る中に入ると食堂のテーブル全部がくっつけて大きなテーブルにしてあった。
その上には、お刺身とか、酒とか、なんかよくわかんない物とかたくさんの料理が並べてあった。
「タイガ様のために腕によりをかけてみんなで作ったんですよ」
「お、オレの為……?」
「お腹すいてないんですか?」
「……ううん。オレの好きなものもいっぱいだ」
オオカミはオレの前の椅子を引いてオレをそこに座らせた。
オレの目の前には美味しそうな鯛の刺身が並べられてる…。
「…うぅ……お前ら…」
「ぜーんぶ食べちゃって構いませんよタイガ様」
「タイガ様、我々の気持ちです。遠慮なさらずどうぞ」
「で、でもオレだってこんなには食べられないな。お前らもちょっとは…食わせてやるよ」
オオカミ達は喜んで少しだけ料理を自分の更に盛りつけ始めた。
ちょっと恥かしくなった。オオカミに優しくするのもやっぱ照れる。
急いでオレは刺身を醤油につけて食べ始めた。
「………うまい!やっぱ刺身は美味いな!」
「結構高かったんですよ。ささ、そちらのから揚げなんかも食べてください」
「…うん」
どの料理もホントに美味しかった。
でも、オレは解ってる。オオカミの奴らとこうやって飯を食うのも……
飯を食い終わって、オオカミ達はなんだかいきしょーちんってゆーのかな?元気が無い。
そんな雰囲気がなんか嫌だったからオレは部屋に一旦帰った。
改めてじっくりこの部屋を見た。いろんな想い出があったことを思い返した。
「……タイガ様」
ドアを開けっ放しにしていたからオオカミ達が入ってきたのに気づかなかった
「…あの…本当によろしいんですよね…?」
「………何がだよ」
「明日の朝レッドに戻るという……」
オオカミ達はその続きを言わなかった。
「…何だよ!どうしようがオレの勝手だろっ!虎じゃないって解ったし、
別れの挨拶もしてきたし、別にいいかな~って思っただけだ」
「……」
「お前らだって、料理で誤魔化してオレがいなくなってせいせいするんじゃないか?」
つい勢いで言ってしまった。オオカミは黙っている、
「……ホントにそう思ってるならみんなでお金を出し合って豪華料理作りませんよ」
「……………!」
「タイガ様は代理とは言え我々のボスには変わりないんですから…」
「……お前ら」
目にごみが入ったからオレは目を擦った。
なんだか暗い雰囲気も嫌だったからオレは出来る限りの笑った顔を見せた。
「どうせ、もう見ることもないしな。オレのAVみんなお前らにやるよ」
「ですが…」
「ボス代理の命令だ!」
オオカミ達の顔が少しだけ明るくなった。
「では、いただきます」
「大事にします」
「おう。粗末にすると許さないからな!」
オレの部屋にたくさん積んであったDVDはあっという間に無くなっていた。
借りもコレで返せたかな……後、オレのやり残した事は…
「……はぁ」
OFFレン本部の会議室は何時にも増して静かなものだった。
隊員たちは頬杖をついてぼーっとしてため息をつくばかり……。
「なんですかみなさん。暗いですよぉ!明日からレッドが帰ってくるというのに」
グリーンが隊員達に声をかけてみるもイマイチ反応は無い。
「……でもなんかなぁ……腑に落ちないというか……」
「じゃぁ、レッドは帰ってこなくても良いって言うんですか!?」
「そうは言ってないけど……」
「……タイガは悪者ですよ。そうやって割り切らなきゃ……」
そういうグリーンの顔も何処か不安げな顔をしていた。
「……とにかく、我々はですねー……」
すると、グリーンの頭上にポンと小さな爆発音と共になにやら黒い物が落ちて顔に直撃した
「ぐわっ」
「お久でーす!」
グリーンの顔に直撃した黒い物はそのままふわりふわりと飛び上がって挨拶をした。
その黒い物はクリスマスの時期にやってくる不思議なてるてる坊主。マジックてるてるだった。
「いやー。もー。ブルガリアの方で酷い目に会いましてね~。ご挨拶遅れちゃいました」
「……あ、てるてるさん……」
「どうしましたー?元気ないですねー。そんなに私に会えないのが精神的ダメージを与えてたとは…」
「いえ、ちょっといろいろありまして……」
てるてるは不思議そうな顔で会議室のテーブルの上にちょこんと降りた。
「はぁ、タイガくんがそんな目に」
「……私、何も行ってませんけど」
「やだなー。そんなの前の号見れば解りますって」
「?」
てるてるは機嫌良さそうにステッキを取り出して小さく振り始めた。
その仕草を見てグリーンはハッとある事をひらめいた。
「あ、そうですよ!てるてるさんの魔法でタイガくんとレッドを別々に分ければ!」
「あ、なるほど!そうすればどちらかがいなくならなくて済みますね!」
「ナイス!ナイスです緑!」
急に明るさを取り戻すOFFレン達だったがてるてるはあまり良い顔をしていなかった。
「……それはちょっと無理ですねー」
「えぇっ!なんでですか!魔法使えるんでしょう?資金だって頑張れば何とか…」
「いや、そういうことじゃなくてですねー。別な体を用意しないと人格を移せません」
「魔法で作れないんですか……?」
「国家予算並みの費用を使わないと無理ですねー。私の負担も大きいので」
盛り上がっていた場は一気に盛り下がり、立ち上がっていた隊員はいなくなった。
次第にはてるてるまでもため息をつき始めた。
「……もう深夜1時ですね。仕方ありません。今日のところは……寝ましょう」
「ですが…」
「忘れましょう。彼の事は……」
ぞろぞろと無言で退室していく隊員達。足取りが重そうだった。
てるてるは最後に部屋を出て行くグリーンの後をついていった。
「PPPPP......」
解散してから数時間。
既に夜も明けようとした頃パープルの携帯電話が鳴り響いた。
眠っていたパープルだったが、イマイチ熟睡してなかった為にすぐに目を覚ました。
「……は、はい」
『パープルちゃん……?オレ……タイガ』
「タイガくん……?」
『会えないかな……オレ、パープルちゃんに会っておきたくて』
「……わかった。アジトに行けば良い?」
『うん……他のヤツラには内緒ね……じゃぁ』
電話が切れる前にパープルは部屋を出る準備をしていた。
タイガに会えばパープルの中でモヤモヤした気分が少しでも変わるような気がした。
玄関を出る途中、だれかに見つかったような気分になったが幸い誰もいなかった。
「パープルちゃん。いらっしゃい」
パープルちゃんは約束どおりやってきてくれた。
こっそりオレの部屋のドアをノックして、最後まで優しいな。
「何……?呼び出したりして」
「まぁ、座って」
ベッドに座ってるオレの横にパープルちゃんも座った。
「……オレ、レッドに戻るって決めたよ」
「知ってる」
「何でか知ってる?」
「………さぁ」
パープルちゃんは俯いて言った。ホントはわかってる顔だ。
「オレ、パープルちゃんと健康ランド行ったよね」
「うん…」
「……一緒に部屋でお話したこともあったし……いろいろしたよね」
「……そうだね」
「……オレ、パープルちゃん好きだよ♪2番目に好き」
「1番は?」
「……教えない♪」
笑ったつもりなのになんか上手く笑えなかった。
「オレの好きなパープルちゃんにこれだけ言っておきたくてさ」
「……」
「ホントは……ちょっと怖い。ケド、もう全部お別れしてきたから……」
「タイガくん……」
オレはパープルちゃんの膝の上に頭を置いて横になった。
怒られるかなって思ったけど……パープルちゃんずっと黙ってた。
「……レッドの奴より先にオレがパープルちゃんの膝枕独り占めしてやったぜ」
「タイガくんがいつもどおりの状況だったら怒って帰ってるのになぁ……」
パープルちゃんの声は小さくかすれてた。
「………最後のお願い良い?」
「何…?」
「このまま……朝までいてくれる……?」

オレは最後の夜がパープルちゃんの側でいられるなら……本望って奴だな。
断られたらどうしようって思ったけど、パープルちゃんは黙って頷いた。
「……よかった。レッドの奴聞いたら悔しがるかな?」
「さぁ……あの人……タイガくんと全然性格違うから」
「……そっか」
なんだか膝枕って暖かかった。夢心地ってこういうもんなのかな…
ちょっと、眠い。
「……あーあ……起きたら虎になってたらいいのにな……
今までの全部夢で……ホントはどこかの山の中で可愛いメス虎の横で眠ってたり……して」
タイガはいつの間にか眠っていた。
パープルはタイガの寝息を聞きながらカーテン越しに朝を待っていた。
「……タイガ様」
扉が開いて、オオカミ達が入ってきた。
パープルがいるのに驚いたが一目で状況を理解したようだった。
「まだ朝の5時だけど……」
「タイガ様が寝ている間にはじめた方が……良いと思ってな」
「……そう」
「邪魔しに来たんじゃないなら……研究室に来るか?」
パープルはタイガを起こさないようにそっと頭をどかして立ち上がった。
まだ眠っているタイガをオオカミ達は抱き上げて部屋を出て行った。
「……これから何をするの?」
研究室へ向う最中、最初に沈黙を破ったのはパープルだった。
「……タイガ様の人格を分離した後、体の改造を除去し、
レッドの人格が完全に固定化するまで待つわけだから……6時前には終る」
研究員は表面的には淡々と答えていた。
「タイガくんの方は……」
「……消去という手段を取らざるを得ないな」
「……一瞬で消えるの?」
「一旦、別な機械に移して……5分ほどで完全に…」
研究員の足がパタッと止まった。既に研究室の前に着いていた。
研究員は研究室の側の椅子で待つようにパープルに言うと、タイガを中へと運んだ。
「……バイバイ」
聞こえてない事は解っていたが、最後のあいさつとしてパープルは呟いた。
中からはかすかだが機械音が聞こえる。しばらくするとぞろぞろとオオカミ達が様子を見にやってきた。
「……タイガ様もう始まったのか?」
「もう少し話しておけば良かった……」
「タイガ様…」
パープルの横に座ったオオカミ達からはため息と共に後悔の言葉が発せられる。
座れないオオカミ達は地べたに座って同じような事をしていた。
「ま、まぁ……タイガ様もパープルといれただけでも嬉しかっただろうな…」
「俺達といるより……女子隊員といた方がタイガ様には良かったのかもな」
黙っていたパープルの肩をオオカミが叩いた。
「なぁ、パープル。タイガ様……最後なんていってたんだ?」
「タイガ様、あぁ見えて結構臆病だからな……」
「……目が覚めたら虎になってたらいいなぁって」
「……虎?」
オオカミ達がざわめいた。
「……今までの事が全部夢で……ホントは虎が見ていた夢だといいなって」
「タイガ様……」
「……本物の虎の体があればもしかしたら実現するかもしれないんですけどねー」
その場にいないはずの声が頭上から聞こえて一同は一斉に上を見た。
真っ黒な布がふわふわと浮かんでいた。
「……てるてるさん。何時の間に」
パープルの声にてるてるは、ふわりと下の方へと降りてきた。
「こっそり着いてきてたんですよ♪」
「あぁ……あの時の人の気配は……」
「な、なんなんだ。コイツは……」
オオカミ達が謎のキャラに動揺を隠せないのを他所に二人は話を続けた
「虎になるのがタイガくんの望みなんでしょう?虎の体があれば例の、ホラ…」
「オイオイ、何を話しているんだ?」
「タイガ様消えなくて済むのか?」
無理矢理状況を理解してオオカミ達は話に入り込んできた。
「……いや、私ができるのは人格を移すというだけで」
「な、何!じゃぁやってくれ!」
「頼む!」
「しかし、別の体なんて用意できないでしょう?誰かの体を使うわけにも行かないし」
オオカミ達は一斉に落胆する。何だか別な場所でも似たような光景を見たような気がした。
「タイガくんは虎になりたいって言ったんでしょう?虎の体でも大丈夫ですよ」
「そんなのあるわけないだろ……ただでさえ希少動物だ」
「動物園から盗む訳にも行かないしなぁ……」
しばしの沈黙が流れた後、一人のオオカミが急に立ち上がった。
「……剥製!」
「?」
「タイガ様、確か以前虎の剥製を買ったって……」
「そうか!」
その言葉に次々にオオカミは立ち上がった。
しかし、パープルは不安そうな顔をしていた。
「で、でも……剥製じゃぁタイガくんを移しても……」
「いえいえ、剥製くらいだったら私の魔法で処理前の状態に戻す事が可能です」
「じゃぁ……タイガ様は!」
てるてるはニコッと笑った。
「急ぎましょう」
6時10分前、研究室の扉がそっと開いて研究員達がぞろぞろと退室し始めた。
全ての事をやり遂げて研究員達の表情は清々しかった。
「疲れた。10年分の大仕事をやり遂げた気分だ」
「あぁ、全くだな……」
「タイガくんは?」
「無事完了だ。後は……」
研究員はポンとパープルの背中を叩いた。
研究室のドアの向こうには懐かしいシルエットが浮かび上がっている。
なんて言おうか迷っているとそのシルエットはゆっくりパープルの方へと近づいていった。
「……」
徐々にシルエットに色が付き、凹凸もはっきり解ってきた。
帽子やペンダントはつけてないものの、間違いなく、それはレッド隊長だった。
「……ただいま」

ニコッと笑ったレッドに、パープルも少しだけ微笑み返した。
「…………おかえり」
『11時発アメリカ行きはまもなく到着します......』
OFFレンジャー達は大阪空港を走っていた。
ロビーの中を探し回って、ようやくエスカレーターに乗ろうとしていたホランを見つけた。
「ホラン!待ってください!」
「グリーン!」
グリーンの声に驚いてホランは振り返った。
「ホランを呼びに来たら、秘書の方からアメリカに行くって聞いて…」
「あぁ……」
「出張ですか?」
「……いや、留学するんだ」
「留学!?」
ホランの顔は真剣だった。
「あぁ、実は前から考えていた事で……要約、会社もメドが付いたしいい機会だと思ってね」
「一言くらい言ってくれても良かったのに…」
ホランはトランクから手を離すと一呼吸置いて少し涙ぐみながら答えた。
「言ったら…キミは絶対オレを止めるだろう……なんせオレは、グリーンの大切な人だからね」
「いや、私は別に…」
「いいんだグリーン!キミもつらいのは解ってる…」
「いや、だから私は……」
「……グリーン!」
ホランはグリーンの両肩に手を置いた。ホランの目からはすぐでも涙がこぼれそうだった。
「オレは、もっと立派な男になって帰ってくる。キミ以外の恋人なんかは決して作らない!
そして自由の国でいろいろな事をしてみたい!だから……解って欲しい……!」
「……はぁ」
「大丈夫。時々グリーンには手紙やビデオレターとか送るようにするよ。安心してくれ」
「ハイハイ……」
ホランはハンカチで目を拭くとキリッとしたいつもの顔つきでグリーンの顔を見た。
「それで、オレを呼びに来た理由ってなんだい?」
「あ、それなんですが……」
グリーンがタイガの事、レッドの事をかいつまんで話した。
ホランは表情一つ変えずそれを聞いていた。
「……そうか」
「それで、せっかくですからホランも呼ぶようにオオカミに言われまして」
「……留学しなかったとしても……オレは断るよ」
頭上に上げられたサングラスを降ろしながらホランは笑った。
グリーンが不思議そうな顔をしているとホランは再び答えた
「タイガの事だ。完全に虎になった事を誇らしげに思ってることだろう。
オレだって、白虎とは言え完全ではない。そんなオレが彼に会う…これほどの屈辱は無いね」
「……そうですか」
「最後の最後までイヤミな奴だ…。タイガにはこう言っておいてくれ『白虎こそ一番だ』とね」
「わかりました」
「……そろそろ出発の時間だな。じゃぁ、また会おうグリーン」
ホランは腕時計を見るとエスカレーターの方へと歩き出した。
一段目に足をかけようとした時、ホランは何かを思いついたような顔でこちらに戻ってきた
「どうしました?」
ホランは真顔なのに何処か笑いを含んだような顔でグリーンの右肩を指差した。
「右肩に何か付いてるぞ」
「え?」
グリーンが肩の方に顔を向けたときだった。彼の左頬に柔らかい感触を感じた。
その感触は間違いなく……キスそのものだった
「!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」
「……オレ流のマーキングって奴さ。……じゃぁねグリーン」

混乱するグリーンをよそにホランはニヤリとしてエスカレーターの方へと向った。
グリーンはあまりの衝撃に腰が抜けてその場に座り込んでしまった。
「あわわわわ……」
「最後までホランの方もやってくれましたね。グリーン……」
何処かの山奥で一匹の虎が目を覚ました。
その虎の目には見たことも無い景色が映っていた。
虎は、少しの間自分の体を見回していた。
その様子を遠くからオオカミやOFFレン達は見つめていた。
一同はその虎に可笑しな様子がないことにホッとしていた。
「タイガ様、我々の事次第に忘れるんでしょうかね…」
「野性に帰ったからな…じきに忘れていくだろう」
「……寂しいですー」
「そんな事言わないの……タイガくんの幸せを考えたらね」
シェンナの頭をクリームはポンポンと叩いた。
「タイガくん大丈夫かな。急に野性に帰って」
「大丈夫ですって。タイガはなんだかんだ言って女好きですから……ホラ」
虎は、もう一匹の虎を見つけたらしくその後をついていっていた。
その様子を見ると一同も安心した。
「……タイガくん。元気でね」
パープルの呟きが聞こえたのかその虎はこちらの方を向いて二、三度咆哮すると、
背を向けてもう一匹の虎と共に草むらの中へと消えていった。

虎はその風景の一部と化した。そして……猛虎は去った。