第68話
『こちらオオカミ軒』
(挿絵:ブラック隊員)
2007年。1月。あけましておめでとうございます。
しかし、年が明けても全く変わらない尾布市の光景。例えば、この空き地。
「よいっしょ!よいっしょ!」
「うんせ、うんせ……」
色々あって、上手いことOFFレンに載せられてタイガとエコの凸凹コンビは餅をついている。
最初は二人ともしぶしぶだったがやっているうちに楽しくなってきて正午を過ぎた頃には夢中になっていた。
「よっ……はっ……そりゃぁ!……ふー! 先輩、餅つきって楽しいですねー」
「そうだろそうだろ。ちゃんと水入れてるか?」
「ハイ!美味しいお餅作るためですもん! 美味しいお雑煮食べましょうねー!」
「にゃはーw オレ雑煮大好きだぜー♪」

そんな楽しい二人を邪魔する者が1人現れた。
「オイ、お前ら。餅寄こせ!」
突然見慣れない赤い奴が現れ命令口調で叫んだ。向こうにも一人連れらしき奴がいる。
エコはムッとしたが、タイガのほうはさらにムッとしている。
「なんだお前!」
「そう言うお前もなんだコラァ!」
「餅寄こせコラ」
「オレも餅食いてーんだよコラ」
「なんだとコラァ!」
「やるかコラァ!」
二人はいきなり顔を近づけてガンのつけ合いをしている。タイガの方が勝っているが向こうも負けてない。
だが、何時までこんな事をしていたら餅が固まってしまう。しまいにはお互いが掴みかかり始めた。
「先輩っ!落ち着いてください!ちょっとくらお餅くらいあげましょうよー」
「だ、だってオレたちがついたんだぞ!?」
「だーかーら!二人につかせた分の少しあげればいいじゃないですか。もち米いっぱい買っちゃいましたし。それに……」
エコはタイガの耳にそっと耳打ちをした。
「(あの二人見てくださいよ。変な格好でしょう。きっと身寄りの無い子たちなんです)」
「(何?なんでわかるんだ?)」
「(雰囲気です)」
「(はぁ)」
「(あの奥の紫色の子は、きっとお腹を空かせた弟で、赤いのがお兄さんですよ。
二人は親戚の家を追い出されて仕方なく泥棒をするしかなかったんですよ)」
「(お前、凄いな……そこまでわかるなんて)」
「(えへへ……この前テレビでやってたんです。だから間違いないですよ)」
「(そうか……テレビじゃ間違いないよな。解った。どうせ全部付いても食べきれねぇ
し)」
「(そうです。もしなにかやっておけば将来偉くなった時に餅のお礼で何かくれるかもしれませんよ)」
「……なるほど……だったらオレも楽できるし……よし!お前らに餅つかせてやるその半分やるぜ!どうだ?」
赤い奴は少し嬉しそうな顔をした。
「……わ、わかった。絶対半分だぞ!?」
エコの心は良い事をしたという気分で悪者でありながら暖かくなった。
赤い兄は懸命に餅をつき、紫の弟は木陰で休んでいた。仕方なくエコがこねる役に回る。
2時間ほど付いていると向こうも手馴れてきていた。タイミングがしっかりつかめてい
る。
「…………っよーし!できたぜー」
中には見ているだけでそのモチモチ感が伝わってくるほど見事な餅が出来上がっていた。
「じゃぁ、半分やるな。ちゃんと食えよ」
「言われなくても食うに決まってんだろ」
エコは薄い紙に粉をまぶしその上で餅を転がしくっつかないようにして包んだ。
少し熱いがこれならば持って帰られる。赤い兄に渡すと向こうも喜んでいた
「サンキューなー! オイ、いつまで休んでんだよ行くぞ!」
紫の弟を引きずりながら赤い兄は空き地から去っていった。
楽も出来たし良い事をした。
「もうずいぶん付いたし帰ろーぜ」
「ですねー。帰りましょー」
それから二人は雑煮を食べ、TVの特番を見、ゴロゴロし、悪者らしからぬ生活をしていた。
いい加減ふぬけているのでどこかに遊びに行こうかと思うが金が無い。タイガはエコの肩をトンと叩いた。
「オイ、エコはお年玉貰ったかー?」
「お年玉……?その玉綺麗なんですか?」
「はぁ?お前お年玉貰った事ねーのか?正月にくれる金の事だよ」
エコは全く思い当たる節が無いと言う顔をしている。
「……パパもママもそんなのくれませんでしたよ」
「そうかー。お前の親ケチだったんだなー」
「うぅ……酷い」
涙目のエコをよそにタイガはポンとエコの肩を叩いた。
「まぁ、いいじゃん。今年はボスからでも貰えばさ」
「あっ、そうですね。さすが先輩。じゃぁ、オレ貰ってきますね!」
「おー!貰ってきたら一緒に遊びに行こうぜ」
「はーい!」
エコは目を拭くとアジト目指して走り出した。
「ボスー!あけましておめでとー!」
勢いあまってドアを突き破ってエコはボスの部屋に転がり込んだ。
ボスは年賀状を見ていたのかさっきの衝撃のためか机の周りにはハガキが散らばっていた。
「元旦から妙に元気だな……何だ?」
「お年玉!お年玉ちょーだい♪」
ボスは「気づかれたか……」と一瞬そんな顔をして目をそらすと年賀状を拾い集め始めた
「……なんだそれは?綺麗なのか?」
「違う違う!お・か・ね!お正月に貰うんだって!」
「……さぁ、知らないな……そうなのか?」
ボスはエコの方を向かないまま年賀状を拾い続けている。
「……タイガ先輩は毎年ボスに貰ってたって言ってたもん……」
「はぁ……どのオオカミがそんな事教えたんだ……」
「いいからおかねおかね!おかねーーーー!!」
ボスの体を揺さぶりながらエコは激しく要求した。
ボスもどうしようもない事を悟ると、机の中から出した小さなポチ袋に500円玉を入れエコに差し出した。
「ホラよ。お年玉だ」
「やったやった♪」
エコは喜んで中を見るがどう見ても中に入っているのは500円玉。
エコはボスを涙目で見上げた。
「うぅ……500円じゃ……遊べない……遊べない……オレぇ……」
「…………ったく……仕方ねえな……」

ボスはサイフから5000円を出してエコから取り上げたポチ袋に入れてやった。
するとあっと言う間にエコの涙も引っ込んだ。
「わーいやったやった♪ お年玉だー♪ オレ初めてもーらった♪」
「タダでさえ財政難なんだからな……大事にしろよ」
「うん。ボスありがと」
壊したドアに目もくれずエコは嬉しそうにスキップしながらポチ袋を抱えていた。
弾んだスキップはそのまま空へと飛んでいってしまいそうなほど軽やかだった。
「さてと。タイガ先輩が待ってるから早く戻らなきゃー!」
『ジリリリリリリリリリリ!!』
駆け足の第一歩を踏み出した瞬間。傍の黒電話がけたたましく鳴り出した。
思わず一歩目を踏み出そうとしている体勢のままエコは鳴り響く黒電話を見つめた。
「お、オオカミー!電話だよぉー!」
電話の応対が苦手なエコはいつも出ずにオオカミに出てもらっていた。
もちろんエコに掛かってくる電話なんてないので困る事も無い。
「オオカミー!電話ぁーー!!」
「悪ぃ、出てくれー」
向こうの方からオオカミの声が聞こえた。エコは仕方なくそーっと受話器を取った。
「も、もしもし?」
『あぁ、大神軒さん?』
受話器の向こうからいかにもオバサンっぽい声が聞こえてきた。
『もしもし?大神軒さんじゃないの?』
「え、えぇと……オオカミ軍団ですけどぉ……」
『大神軒なのね?正月だけど今日やってる?』
「えぇと。ハイ。今もやってます」
『じゃぁね。チャーハンと餃子とチャーシュー麺2つずつ。3丁目の前田までお願いね』
「え?チャーハ……?マエダ?」
『チャーハンと餃子とチャーシュー麺2つずつ!出来ないの!?』
大声で叫ばれてエコの耳がキンキンした。
「えーとえーと…お、オレ料理作ったことあんまなくって……」
『何? あんたバイトさん?』
「(バイトなのかな……?)多分、そう……です」
『ま、多少不味くてもいいわ。夫の両親が来ててねぇ食べさせないといけないから』
「はぁ……」
『ま、子供にお年玉くれるから良いけどねぇ』
「え!お年玉くれるんですか?」
『えぇ、そうよお正月だもの。二人とも山7つ持ってる金持ちだから結構もらえるのよぉ』
「じゃぁ、オレも行って良いですか?」
『当たり前じゃない。来なきゃ食べられないじゃないの。じゃぁ、二人がうるさいからなるべく早く持ってきてね』
「わ、わかりました!」
電話が切れるとエコは受話器もおかずに体の向きを変え、食堂へと走り出した。
「やったやった♪チャーハンと餃子とチャーシュー麺持って行けばもーっとお年玉もらえるぞ♪
オレ、ついてるなー♪ 100万円くらいもらえるのかなぁ? オオカミに作ってもらおー♪」
食堂へつくと雑談をしているオオカミのグループが2,3見えていた。
しかし厨房には誰もいない。エコは傍のオオカミに聞いてみるが誰も知らないと言う。冷蔵庫の中を覗いても空っぽ。
「……困ったなぁ。持っていかなきゃお年玉貰えない……あ、そうだ!」
エコはとりあえず外を飛び出してある場所へと向った。
アジトを出て右、左、直進、右。オオカミが時々お世話になっている一軒の中華料理屋だ。
「ここで買っちゃえば作る必要も無いよね!」
だが、お店の入り口には古びたシャッターが降ろされていた。
『年末年始は休業です。5日より通常通り営業いたします』とマジックで簡素に書かれた紙が貼ってある。
「……お、お休み……? 困った。困ったぞ……」
エコは念のため知っている中華料理屋やラーメン屋を2,3件回ってみたがどこも同じような結果だった。
「ぜぇ、ぜぇ……な、なんでお正月なのにお店お休みなの……?」
お正月だからお休みなのだが、ド田舎育ちのエコにはそんな事は解るはずもない。
しかし、あれから既に30分が経過。エコは焦ってどうにかしなくてはと思うが混乱するばかり。
「あ、そうだ!悪エコ!……はダメだよねぇ……毒とか入れそうだもんなぁ……」
しかし、この際どうしようもない。
エコの偏差値ではどうあがいてもこの場で慌てふためくだけで一日が終わるだろうし。
しかし、性格の悪い悪エコの事。何をするか解らない。どうにかして悪エコに応えさせなければ……。
「あ、良い方法思いついたぞー♪」
エコは常日頃持っているメモとペンを取り出しそこへ字を書いてボタンを押した。
きっとこれなら大丈夫。と最後まで思わないうちにエコは悪者へと変化した。
「……ったく。なんだアイツ……」
悪エコは目を覚ますと手に持っていた紙に目をやった。
お世辞にも綺麗とはいえない字で、『ちゃーはんとからーめんをてにいれるにはどうしたらいいでしょうか?
このもんだいにせいかいするとあなたはだいてんさいです。すごい!えらい!』と書かれていた。
「お前の考えは見え見えなんだよ……ま、ちょっとからかってやるか……バカめ」
悪エコはメモの裏に返事を書くとニヤニヤと嫌な笑いをしながらボタンを押した。
エコはやけに早かったなと思いながらメモを見た。うっすらとメモの裏側に文字の後が見える
「あ、なんか書いてある!悪エコも結構優しいんだなぁ」
エコはメモを裏返してみると、
Do not you understand such a thing, too? (お前そんな事も解らないのか?)
Go to a convenience store. (コンビニに行けよ)
Try to read if readable. A fool(読めるものなら読んでみろよ。バーカ)
と書かれていた。英語なんてABC以降が怪しいエコが読めるはずも無い。
思わず本日二度目の半泣きをするエコ。
「ひ、酷い……やっぱり悪エコって性格悪いよぉ……オレが英語読めないの知っててぇ……」
しかし、解読していては時間が無い。
とりあえずエコは一生懸命、炒飯、餃子、チャーシュー麺の手配を考える事にした。
お店がダメとなれば、どうするか。
「あ、そう言えば以前、ボスとご飯食べたとき……」
エコはボスと二人だけで夕飯を食べる事になった日、ボスは冷凍の餃子をフライパンで作っていたのを思い出した。
それを思い出したら芋づる式にインスタントのラーメンや炒飯も食べたことがあった事も思い出した。
エコはポンと手を叩いた。
「あ、そうだ。コンビニ行けばいいんだ。あそこなら年中むきゅーでいつも開いてるしね。あーあ。悪エコに聞いて損した」
エコは急いでコンビニへと走り出した。
既に一時間が経過。コンビニに着くとエコは店員に目もくれず中へ飛び込んだ。
「ぜぇぜぇ……」
早速ラーメンを探すエコ。ラーメンがいっぱいあってどれがどれだか解らない。
チャーシュー麺はラーメンと言う事は解っていてもチャーシュー麺がどんな物なのか実はエコは良く知らない。
「ぜぇぜぇ……あ、あれ?何麺だっけ……チャ、チャ……」
走りすぎて脳の栄養まで使ってしまったエコの目にチャンポンの字が飛び込んできた。
「こ、これかな……?」
とりあえずボスが作っていたのと同じ袋入りのチャンポン麺を2つ手に取るとエコは餃子と炒飯を探しに歩き出す。
隅の方に冷凍食品のコーナーがひっそりと置かれていてエコはガラス戸を開けて詮索してみた。
「あ、エビピラフだ!3つ買おう♪」
大好物の袋を手に取るとその横にある炒飯の袋に目もくれずエコは餃子を探す。
だが、餃子なんてめったに食べたことの無いエコ。白い皮に包まれていた事しか思い出せず、シューマイの袋を手に取った。
「あれ、シューマイって書いてる……ギョーザじゃない……?」
念のため他にも無いか探してみるがここにあるのはシューマイのみ。
「あれ?ギョーザじゃなくてシューマイって名前だっけ?でも、オレこれ食べたことあるぞ」
念のため、傍にいた店員に聞いてみる事にしてみた。チャラチャラしていてなんだか怖いが、
族経験のあるエコにとっては意外とそう言う人の方が話しかけやすい。
「あのーこれギョーザじゃないですよねー?」
「(何だコイツ……)しゅ、シューマイっすよ」
「白い皮にお肉包んでる奴ですよねー?」
「(こ、コイツ、ヤベェ……)は、はい……」
「ありがとうございます!」
エコはシューマイの袋を2つ取りレジへと向った。
「……1500円です」
「1500円1500円……。あのーお年玉でも大丈夫ですかー?」
「……?…………は、ハイ」
お年玉全額の5000円札をレジに置くと4000円のお釣りが帰ってきた。
持って行けばもーっと多くのお年玉が貰える訳だから多少の出費は致し方ないとエコは思っていた。
レシートを受け取る前にエコは袋を掴んでコンビニを飛び出した。急いでアジトへ戻って作らなければ。
「急げ急げー!」
「あ、エコくんですー」
くるくる道の真ん中で回っているシェンナがエコの行く手を邪魔しながら声をかけた。
「な、何やってるの……?」
「シェンナ、コマ回しやってるんですー。でもコマがないから代わりにシェンナが回ってるんですよー」
「ふ、ふーん……オレ急ぐからちょっと退いてくれない?」
シェンナゴマは結構速い速度で左右に動いていて通るにも通れない。
ここを通らなければアジトに帰れない。同じように向こう側にも家族連れが困った顔でシェンナを見ていた。
「コマは自然に止まるまでとまれないんですよー。だからシェンナ止まれないんですー」
「い、いつ止まるの?」
「自然に止まった時ですよー。それまでシェンナ涙をのんで回り続けるしかないんですー」
「(変な子……)じゃぁ、もう良いよ。回り道するからっ!」
エコはきびすを返し、結構遠い回り道を走ることにした。既に1時間30分が経過している……。
「変な子ですー」
──その頃。
「エコおせぇなぁ……何やってんだよ……」
見るからにイライラしているタイガが本部のソファでダンダンと足踏みをしていた。
「タイガくん。暇? 一緒にゲームしない?」
「にゃはーw するするー♪」
「ぜぇぜぇ……ついたぁ……」
食堂の入り口でくじけそうになったがなんとか厨房まで持ちこたえられたエコ。
急いで袋を取り出しまずはラーメンを作るが、エコは早速困惑する
「あれ……どうやって作るんだっけ……」
袋の中を全部出してみるがスープの粉末の袋とかやくの入った小さな袋が一枚ずつはいっているだけ。
そしてカチカチの麺。
「…………この固まってる奴なんだろ?」
ラーメンと言えばふにゃふにゃした物しか見たことの無いエコ。
とりあえず割って見るが綺麗に2つに割れただけで中から何も出てこない。
さらに割ってみるが何も起こらない。とりあえず粉々にしてみた。
「ま、まぁいいや……えーと次は……お湯だお湯!」
自分の中のラーメン像を思い出しながらエコはラーメン容器にお湯を並々に注いだ。
「えーと……スープのもと……か。これを入れれば良いんだね。簡単簡単!」
スープを溶かし、もう一つの袋を手に取るエコだがそこに書かれている文字を見てエコは驚愕した
「うわっ!『かやく』って書いてある!かやくって爆弾の事だよね……危ないなぁ」
加薬と火薬を勘違いしたエコはかやくを捨て、とりあえず粉々になった麺を器の中に入れた。
匂いはスープのおかげで良いものの。なんだか小さな物が浮いている奇妙な汁物が出来上がった。
「こ、こんなんだっけ?……まぁ、いいや。オレが食べるわけじゃないし」
エコは次に、エビピラフの3袋を全て開け、フライパンの中へ放り込んだ。
だが当然、冷凍米はあふれてエコの足元にいっぱい散らばった。強火にしてもまったく氷は解けない。
とりあえずフタをしようと思うが良いフタが無いので一番厨房で大きなボウルを被せてみた。
「よし、これで待てばいいんだよね。エビピラフ大好きだから美味しく出来るといいなぁ」
ピラフは置いておいて、次はシューマイに取り掛かった。
シューマイはフライパンで焼こうと思っていたが、パッケージにデカデカと『レンジで簡単!』と書いてあるのに気づいた。
エコは早速シューマイを全て開け、容器から出してそのままバラバラとレンジの中に乱雑に放り込んだ。
「えーと……ここを押して……っと!よし、これでOK!」
レンジを待つ間にエコはフライパンに被せたボウルを取り外してみると生暖かそうなピラフが出来ていた。
火を止めてちょっとつまんで食べてみるが美味しいわけも無く、と言うか硬くて美味しくない。
「……このピラフまずい……オレいらない……まぁ、オレ食べるわけじゃないし……」
適当にお皿に盛り付けた頃、チンとレンジの音がした。
扉を開けて見ると皮がくっついたシューマイたちがひとつのモンスターに生まれ変わっていた。
「……うわ!くっついちゃってる!もー……っ!アチチチ!」
取り出そうとしたものの、余りの熱さに落ちた野球ボールほどのシューマイの塊がゴロゴロと床を転がった。
綺麗な白だったのが床のオオカミの毛やホコリが付いて薄黒くなっていた。
「もー……いいや」
とりあえず冷めたところでシューマイを適当な大きさに中がボロボロ出てきていながらも切り離し、
お皿にのっけてようやく全てのメニューが色々間違いながらも完成した。
エコは全てにラップをかけると、冷蔵庫の隅に置かれていた例の中華料理屋のオカモチの中へ3品を入れた。
「うわ、なんだかテレビでやってるみたいだなぁ♪ よーし!持っていくぞー!」
早速、勢い良く外へ飛び出そうとした時、再びけたたましく黒電話が鳴り響いた。
オオカミにとられる前にエコは電話を取った。だが、耳がキーンとするだけで何も聞こえない。
『…………て…………の!……ぇ…………っと!……ちょっと!!!!!』
受話器から聞こえてくるオバサン声。どうやら出た瞬間に大声を出されたせいで耳がキーンとしていたらしい
『ちょっと!もう2時間たってるのよ! アイツらコタツに入って寝始めたじゃないの!!』
「す、すいません!今、出来たのでちゃんと持って行きます!」
『まったく!ちゃんと来てよね!3丁目の前田よ』
「あの、3丁目ってどこにあるんですか?」
『はぁ? 3丁目って言ったら3丁目よ』
「えーとえーと……尾布市の何処ですか?」
『え!尾布市に引っ越しちゃったの? 駅8つ向こうの市じゃない。どおりで遅いわけだわ』
どうやら前田さんの家は相当遠い事だけはエコは瞬時に理解できた。
『まぁ、いいわ。特別料金はかからないんでしょ?持ってきて頂戴。3丁目の前田ね。公園前駅の近くだから』
「はい!」
『なるべく早めにね。頼んだわよ?』
「まかせてください!……あ、あのー……本当にお年玉貰えるんですよね?」
『えぇ、貰えるわよ。でも下の子がまだ帰って来て……』
「行きます行きます!!」
ガチャンと受話器を置くとエコは一目散に駅へと走り出した。
アジトから駅は少々歩くが、エコの頑張りのお陰で気持ち5分くらい早くついた。
「えーと尾布市から……公園前駅……公園前駅……」
駅の料金表とにらめっこしながらエコは切符を買う。
しかし、ろくに電車に乗ったことの無いエコはどうすればいいのかよく解らない。
「いいや、1000円くらいの買っとけば足りるよね」
切符を購入し、残る金額は3000円。早速電車に乗り込むが2つあってどっちに乗るかも解らない。
とりあえず先に到着した方へエコは乗り込む。
オカモチを持った少年に乗客は少々怪訝な目で見ていたがエコは気にならなかったと言うより気づかなかった。
『尾布駅初、新京都駅行き急行が発車致します……』
そんなアナウンスもぼーっと座っていて聞いてないエコ。
ただ流れていく景色に心躍らせているだけだった。
──その頃。
「あっ、タイガくんいじわるだー」
「にゃはーw またまたオレの勝ちだー♪」
「タイガくん。シェンナ知りませんか?」
「ん?知らないよ。 どっか行ったんじゃないの?」
「そうですか……どっかで馬鹿なことしてないといいんですけど……」
「……どこ……ココ……」
すれ違う舞妓さんを怪訝な目で見つめながらエコは京都の町並みを歩き回っていた。
何だか古いお寺や木造の家が並びなんだか異国の地へやってきたみたいに思えた。
日本語が通じるかどうかも不安になってくるが、とりあえず舞妓さんに話しかけてみる。
「あ、あのーここ公園前市ですよねー?」
「おこしやす」
とりあえず日本語が通じた事にエコは安心した。
「ここは京都。祗園の町どすえ」
「えぇ! 違うのぉ!? あ、あのぉ……公園前駅に行きたいんですけどー」
「公園前駅ゆーたら大阪どすえ。乗る電車間違えたんでないのどすえ」
「じゃぁ、引き返さなきゃ……」
「ほんに一人旅とは渋い子どすえ。気をつけて行って下さいどすえ」
「あ、ありがとどえす!」
急いでエコは元来た道を引き返し新京都駅へとやってくる。
とりあえず来たときと同じ1000円で切符を買うと急いで電車に乗り込んだ。
おかもちの重さで腕が疲れないのはサイボーグで良かったとしみじみエコは感じた。
今度こそアナウンスを聞き逃さないようにして、やっと尾布駅に到着した頃には辺りは夕方になっていた。
急いで1000円分の切符を買うとさっき乗ったのとは違うホームの電車へと乗り込んだ。
アナウンスの中の停車駅の中に『公園前駅』をちゃんと聞こえるとオカモチを膝に乗せて座席に座った。
「はぁ……疲れた……でももうすぐだからなぁ……」
オカモチを抱えているエコに周囲は好奇の目で見ているがまたぼーっとしていて気づかなかった。
ようやく駅に付いた頃にはすっかり太陽が景色の向こうに少しだけ顔を覗かせている程度になっていた。
どこかへ遊びに言っていたのか家族連れも多くそれらにまぎれて改札口を通るが切符が無いのにエコは気づいた。
当然、ビービー音が鳴って駅員さんが走ってくる。
「……あ、あのぉ……切符なくしちゃってぇ……」
「何処から来たの?」
「尾布駅からです……」
「本当に?」
どう見ても異様な雰囲気のエコに駅員の目は冷たい。
「ほ、ホントです!1000円払ってきたんですから!」
「……尾布駅からだったら480円で来れるけど?ホントに尾布駅から来たの?」
「え……あ、あの……き、切符の買い方解んなくてー。だからー……その……」
「始発からで1000円戴きます」
「………………………………………………ハイ」
とぼとぼ、駅から出て行きたエコは唯一の希望であるお年玉を支えに前田を探していた。
聞いてみると3丁目がココである事は間違いが無いらしい。
「えーと……マエダ、前田、まえだー……」
駅を出たところは、タクシー乗り場の向こうにはフェンス越しに公園が見えた。
その周辺には民家がチラホラ見えて案外探すのは簡単そうだった。
かと思えば公園を越えたところに前田はあった。例のオバサンが玄関前で待っていたのだ
「あっ、来た来た!もー!!ホント遅いわよー!!」
「ご、ごめんなさい!でもホラ、持って来たよ!」
「あぁ、どうも。ハイこれ代金ね」
エコの手には850円が渡された。
「……これお年玉ですかー?」
「は?違うわよ。代金よ代金」
「あのぉ……オレのお年玉は……?」
「なーんでアンタと関係の無いウチがお年玉あげなきゃいけないワケ?」
「で、でも、お年玉くれるーって!!」
「それはウチの子!アンタにあげるわけないでしょ!」
エコは目の前が真っ暗になった。
「あーあ。麺のびちゃってるんじゃ……って何よコレ!!」
「…………え?」
絶望真っ只中のエコの耳にオバサンのダミ声が入ってくるまで時間が掛かっていた。
「これがチャーハンギョーザにチャーシューメンだって言うの!?ふざけないでよ!!」
「え、でも、オレちゃんと作って……」
「もう代金返して!もうほかの所で頼むから!!これもって帰ってよ!!」
オバサンはエコの手から代金を奪うとオカモチをガンとエコの顔面に投げつけた。
麺や米にまみれてエコは地面に倒れた。だんだんエコの緩い涙腺が痛みと絶望感によってさらに緩められていく。
「うぅ……うぅ……うぅー……」
エコはしばらく地面に倒れたまま泣いていた。しばらくして力なく立ち上がると、
涙で前が見えなくないせいで、電柱に頭をぶつけたり壁にぶつかったりしながらエコは駅へと歩いた。
しかし、駅とは逆方向に歩いた為か気づけば見知らぬ土地。日も暮れすっかり真っ暗。
帰らなきゃと思ってサイフをあけるが中に入っているのは5円玉。辺りは人もおらず田んぼだらけ
「あれ………………ここどこー…………?」
運悪く向こうから野良犬が走ってきてさらにエコの恐怖に追い討ちをかけた。
「わーっ!!」
慌てて逃げ出そうとするとエコは足を滑らせそのまま田んぼにダイブした。
犬はそんなエコに飛び乗り頭と右耳をしばらくガリガリと噛んだ後どこかへ去っていった。
「……オレ、オレ……お正月って……楽しいって……先輩が……言ってた……のにぃ……
うぅー……」
少し風が強くなってきた。しかし、エコは立ち上がる気力は残っていなかった。
「……お腹すいたよぉー……怖いよぉー……寒いよぉー……タぁイガせんぱぁーぃ……」
涙とドロと食べ物でグチャグチャになったままエコの新年最初の一日は終わって行ったのであった。

それからエコが尾布市へ帰るにはこれまた壮絶なドラマが繰り広げられるのだが、それはまた、別の話で。