第69話
『かき氷はいらない』
(挿絵:ピーターパン隊員)
「うまーーーーーーーい!」
女子隊員が買ってきたアイスクリームを口に入れた瞬間タイガは叫んだ。
「うまいよークリームちゃん!オレ幸せ♪」
「そんなに美味しいなら買ってきた甲斐があったわね」
「シェンナが選んだんですよー!」
「ありがと!シェンナちゃん、クリームちゃん♪」

あっという間にカップの中のアイスを全て平らげてタイガは満足そうに口を吹き始めた。
「にゃはーw やっぱ夏が終わってから食うアイスの方が美味いなぁ~♪」
「なんてったってこれは昔から駅前にある老舗のアイス屋さんの物ですからね。伊達にア
イス作ってませんよ」
「ふーん。よくわかんないけど。アイスのプロって事なのかぁ。どれ、もう一個」
タイガがアイスに手を伸ばすとそれをグリーンの手がさえぎる。
「美味しいですけどまた前みたいにお腹壊したりしないでくださいよ……タイガ一人の体じゃないんですから」
「わかってるって。オレだって最近はスタイル維持するためにがんばってるんだからな」
「アイスも良いですけど、最近、駅前にかき氷屋がオープンしたの知ってますか?」
グリーンの声にアイスを食べているタイガが噴出して笑った。
「にゃはははw この時期にだれがかき氷なんて食うんだよw」
「でも、アイスだって時期はずれじゃないですか?」
「馬鹿だなぁ、寒いときにアイス食うヤツはいっぱいいるけどカキ氷食べてるやつなんて聞いたことねーよ」
そう言われれば、「冬でもアイスは美味しい」とは聞くが、「カキ氷が美味い」なんて聞いたことが無い。
グリーンもアイスなら食べるかもしれないがかき氷は確かに食べないだろう。
「確かにオープンにしては時期が遅いですよねぇ。しかもカキ氷専門店なんて」
「多分、意外性を狙ったつもりなのかもしれませんが外れてますよねぇ」
「オレでもそんな事解るのに馬鹿だよなぁー。にゃはw」
──だが、その時はまだOFFレンたちはこれから起こる大事件をまだ知らなかった。
いつも事件は知らないうちに起こるのが定番なのだ。
『アイス屋は当分お休みしますごめんなさい (・_・)ノ ユルシテネー☆』
こんな張り紙がアイス屋の閉められたシャッターに貼られたのはそれから3日後の事だった。
当然、エコを誘って買いに言ったタイガもこの張り紙を目にする。
「ありゃぁー。お休みだそうですよー先輩。帰りましょー」
「……嘘だろ……オイ……嘘だと言えよコラ!殴るぞコラ!バラバラにするぞコラァ!」
「ちょっ、せんぱっ……いっ!ちょーっ!機能が停止しますーっ!」
突然キレたタイガがエコの首を掴んで揺さぶる。
どれだけ中の機械がシェイクされたか解らない頃。タイガはぺしゃんと地面に座り込んだ。
「アイス食いたかったのにぃー…………」
「ひぇ、ひぇんぱぁい……ひゃ、ひゃえばひいひゃないですふぁ……」
エコはエコで中の機械が突然のショックで上手く働かなくなっていた。
周りを見ると同じように来て落胆した人々の姿が見える。
「買うっつたってー。ここのアイスの方がウマイんだっ!」
「れも、お休みなら仕方ないじゃないですふぁ」
「今食いたいんだっ!! 今すぐ持って来い!」
「そんなぁ~……」
タイガは駄々をこねる子供のように手足をバタバタさせて暴れ始めた。
「今!今!今!今すぐ食いてーんだーーーーーっ!!!」
「せ、先輩っ!格好悪いですよ!落ち着いてください!」
「今今今今今今今今今今今今今今今今今今今今!!!!今っ……」
タイガは興奮しすぎたのか急に鼻血を吹いてバタッと倒れた。
鯨の潮吹きの様に噴出す鼻血は見事だなぁなどとエコが感心して見ていた。
だが、飽きて来た頃にハッとタイガの異常な事態にようやく気がついたのだった。
「せ、先輩!しっかりしてくださ~い!」
「そうして嫁は銀の槍で鬼姑を無事仕留めたのでした。めでたしめでたし」
「深い話だったですー。次はこれ読んで欲しいですー」
「えーまた読むの? もう疲れたわよ……今日はこれでおしま……イヤーッ!」
クリームがロビーのドアを開けると血まみれのタイガを背負った血まみれのエコが立っていた。
どこをどうみても遺体を懸命に運ぶ殺人鬼にしか見えない。
慌ててグリーンたちが飛んでくるがその光景に声の出ない悲鳴をあげていた。
「お、オレ……タイガ先輩を……」
遠くの方を見つめるような目でエコは呟いた。
「おおおお、落ち着いてくださいエコ!早く帰ってください!我々は関係無いんですっ!」
「き、気がついたらタイガ先輩が……」
「ですー!ですー!ですー!」
「は、鼻血だして倒れちゃって……とりあえずここへ持ってきたんだけど」
部屋中に隊員の吐いた深い深い安堵の息が充満した。
しかし、鼻血でこれだけの量とはタイガの血液はどれだけあるのだろう。
「とりあえずシャワー浴びてきてください……」
「うん……」
エコはボーっとした顔でシャワー室へ向った。
あのボーっとした顔がいっそう殺人鬼らしさを引き立たせていてやっぱり怖い。
「はぁーやはりスプラッタ物はOFFレン向きじゃありませんねぇー」
「もう鼻血だけで怖いですもんねー……」
その頃、エコたちはシャワー室に到着し、早速シャワーでタイガと自分の体を軽く流した。
そしてすっかり固まった血液を流す事にする。
「先輩……お湯加減大丈夫ですかー?」
「あぁ……まぁまぁだな」
ふにゃふにゃになったタイガの手足の血を一通り洗い流すとエコはタイガの体をグイと持ち上げて椅子に座らせた。
「せんぱぁい……アイスだったらオレが毎日お店見てきてあげますから我慢してくださいねぇ」
「うん……」
「タイガ先輩はオレの尊敬する人なんですから!オレにまかせてくださいね!」
「ありがと……エコ」
うるんだタイガの目がエコを見つめる。何時に無く弱気な顔だ。
「っ!?」
ふと、エコの胸にチクリと痛みが走った。小さなトゲで刺されたかのような痛みだった。
特に痛みが持続していた様子も無いのでエコはそのままタイガの体を洗い続けた。
「エコ……なんだか暑い……」
「え?お湯熱かったですか?」
「うぅん……違う……なんだか体が火照っちゃった……」
タイガが顔を上げる。恥らった少女の様な顔だった。
するとエコの胸をまたあの痛みが襲った。しかし今度は一過性のものではなかった。
じんじん痛みがガマンできないほど増してきた。エコは胸を押さえてシャワー室を飛び出した。
「い、イタタタ! せ、せんぱっ! す、いませっ!…………イタタタ!!」
バタバタと本部を飛び出していった後、何事かと思った隊員が駆けつけるとタイガがぼんやりと顔を赤らめて座っている。
「ど、どうしたんですか!?タイガ!」
「わかんない……」
子供が応えるような声でタイガは呟いた。
「な、なんか様子が変じゃないですか……?」
グリーンはタイガの額を触ると熱い。尋常でないほど熱い。
「うわ、熱がありますねぇ……じゃぁベッドへ」
「わ、私が連れて行きます!」
「私も!」
女子たちが懸命にタイガを優しくかかえてシャワー室を後にする。
そういえば、タイガは熱を出すと意図せず母性本能をくすぐるキャラになってしまうのだった。
なるほど、どうりでちょっと可愛いななんて思ってしまったわけだ。
でも、エコは何故逃げてしまったのだろうか…………?
「ハァ……ハァ……なんで痛いんだろ……今までこんな事なかったのに……」
「どうしたエコ?マラソンでもしてきたのか?」
傍を通りがかったオオカミがエコに声をかけた。床に座り込んで胸を押さえていたら誰だって声をかける。
「なんだか胸が痛くなっちゃって」
「マシントラブルか……?この前メンテナンスやった所だろ?」
「うぅん……なんかタイガ先輩を見ていたら……」
「何っ!?タイガ様の写真を見ていたら?………そ、そうか。お前もついに目覚めてしまったか……」
オオカミは鋭い目でサングラスを上げた。
「え?何の事?」
「こっちに来い……」
オオカミは突然コソコソとし始めて傍の壁に張り付いた。
エコもそっちへ歩いていくとグルンと壁が回転した。忍者屋敷みたいだった。
扉の裏側は薄暗い通路だった。
「よし、じゃぁ、突いて来い」
「な、何!?何なの!?」
オオカミの言われるままに真っ暗な通路の中をついて行くと向こうに薄明かりが見えた。
洞窟のようになっているそこには5名ほどのオオカミがちゃぶ台を囲んで座っていた。
座っているオオカミは紙に何やら漫画を書いている。しかも結構上手い
「オイ、今度の冬コミに間に合わないぞ。どこ行ってたんだ」
「あぁ、実はエコに聞いたんだかどうやらお仲間らしい」
「何!ホントか!?」
「あのー……オレ何がなんだかぁ……」
オオカミたちは立ち上がって傍にかけていた風呂敷をバッと取った。
そこには大きな額縁に入れられているタイガの写真。
「俺たちはタイガ様ファンクラブのメンバーなのさっ!」

「タイガ先輩の……ファンクラブ?」
「オオカミ軍団にはいわゆるサークル活動みたいなのがあるんだ。どれも秘密裏に活動しているがな」
「ここもその1つで……俺らはどちらかと言うとその……なんだ。そっち派の集まりなんだよ」
「んー??」
エコは全くそう言う世界を知らないのか首を傾げるばかりだ。
「要は、タイガ先輩を好きなんだな」
「あ、うん。オレも好きだよ!」
オオカミたちは苦笑いをしながら指を振る。
「その好きじゃない。LIKEじゃなくて俺らはLOVEだ」
「…………ええー!どっちも男だよ!?」
「世の中にはそう言うヤツもいるんだよ……お前もそうなのさ」
「えぇーっ!オレもそうなの?」
「今まで女の子を好きになった事はあるか?」
エコは困惑した顔で腕を組んで懸命に何かを思い出していた。
「ま、ママは好きだけど……うーん」
「ホラな。お前もやっぱりそっち派なんだよ!」
「お前がタイガ様を慕うのは尊敬の気持ちじゃなくて愛情なのさ」
「あぁ……タイガ様が今もいればなぁ……」
エコの頭の金はさっきからガンガンと鳴りっ放しだった。
今までほとんど無垢に育ってきたエコにはこの5分の間に物凄い衝撃を受けているのだ。
「そ、そう言われればなんだかタイガ先輩が好きな気持ちはそう言うよーなぁ……」
「あの時折見せる猫っぽい所なんかもうキュンってなるだろ?」
「いや、怖いのに無理やり強がる所もポイント高しだぞ!」
「いやいや、やっぱり寝ている顔だろ!」
「くぁぁぁ!あれはマジで萌えるな」
「あっ、これは他のオオカミには内緒だぞ!」
勝手にオオカミが盛り上がっているとエコの後ろから別のオオカミたちがぞろぞろとやってきた。
このオオカミたちもメンバーなのかと思ったがなんだか空気が張り詰めている。ライバル登場の空気だ。
「おやおや、ずいぶん賑わっているようですなぁ。タイガ様ファンクラブのみなさん」
「これはこれは、ホラン様ファンクラブのみなさん。そう言うあなた方も昨日はずいぶんお騒ぎで」
「昨日は、ホラン様がグリーン隊員に送ったビデオレターのコピーの鑑賞会だったものでね」
「あぁ、それはそれは」
なんだか空気が可笑しいのにエコは気づくとこっそりその場を後にした。
アイスクリーム屋の様子を見に行く為でもあったが、エコは行く途中までずっと考え事をしていた。
「(知らなかった……お、オレはタイガ先輩を愛していたんだ……そうだ。そうだったんだ……。
じゃぁ、オレはタイガ先輩とキスしたいって事なのかな?うぅん。そう言われればしたいかもしれないなぁ。
あとえっちな事とかもしなきゃいけないのかな……?でも何するんだろう?うーん。ベッドで寝るしか知らないなぁ
うーん……でもタイガ先輩は女の人が大好きなんだよね。でも、オオカミはオレはタイガ先輩が好きって言ってるし
タイガ先輩に告白しなきゃいけないのかなぁ……オレ、好きだけどそう言う事したいのかな?したいんだろうなぁ……
だって、オレはタイガ先輩の事愛してるんだもんなぁ……きっとそうなんだ。オオカミがいってるもんなぁ)」
と、そこまで考えたところでアイスクリーム屋を少し通り過ぎていたのにエコは気づいた。
慌てて引き戻すがやはり閉まったシャッターも張り紙もあれから変わってはいない。
もう帰ろうかと思ったがエコの頭の中に再びさっきの思考たちが舞い戻ってきた。
「ハッ!帰っちゃだめだよ!好きな人が欲しい物は命かけてでも手に入れるのが愛だってドラマで言ってたもんね!
でもオレ帰りたいなぁ……おかしいなぁ……すごくめんどくさいなぁ……愛は愛でも違う愛なのかなぁ?」
ブツブツと独り言を呟きながらエコは店の前に座り込んであーでもないこーでもないと少ない頭で考えていた。
ちょうど店の前にあるかき氷屋が見える。意外とお客さんが来ている。物好きもいるものだ。
だが、なんだか気温が少し高く感じる。ちょっと暑い。
「……はぁ、オレもカキ氷食べようかなぁ。みぞれ味あるかなぁ?」
「ありますよ」
エコの後ろには女性が立っていた。
「ありますよ。みぞれ」
「え、あ、そ、そうですか」
振り返ったエコはふとある事に気がついた。女性はさっきまでシャッターが閉まっていた位置に立っているのだ。
アイスクリーム屋らしい格好もしていて偏差値の低いエコでもそれがアイス屋の人だと17秒くらいで解った。
「あ、お、お姉さんお店の人!?」
「……うん。そうよ」
「あー良かった。またお店始めてくれて。オレが愛してるらしい先輩の為にアイス買いに来たんだけど……2つね!」
エコは500円玉を差し出したが受け取ってくれなかった。
「あれ?足りない……かな?」
「ううん。そうじゃないの。私は出てきただけでお店はまだお休みなの」
「えー!困るよぉ!先輩にアイス食べさせてあげたいんだもん!」
「ごめんね……でも前のお店にカキ氷があるからそっちでね」
「うー……オレカキ氷も実は嫌いじゃないんだけど。先輩はアイスが良いって言うからアイスが良いな!」
お姉さんは困った顔をして「ごめんねごめんね」と言いながら頭を撫でてどこかへ走り出していった。
エコはため息を付きながらとぼとぼをかき氷屋の方を名残惜しそうに見ながら帰って行った。
「……あーっ!! 待ってよー!!」
その頃。タイガはベッドの上で女子たちに解放されながら至福の時間を満喫していた。
「桃缶……食べたいなぁ」
「今買いに言ってるからもうちょっと待っててね」
熱でぼーっとしたタイガほど女子に好かれる時は無い。
母性本能をくすぐられる女子隊員たちはずっと付きっ切りだ。
「可愛いですー」
「いつもこんな感じなら良いんですけどね」
「にゃぁ……うにゃぁ……」
顔を手でこする仕草がこれまた可愛い。女子たちも思わずため息を付く。
だが密集しているせいなのか隊員の頬を一筋の汗が流れ始めた。
「……所で何か暑くない?」
「ホント……ちょっと汗かいてきちゃった」
クーラーを付けるものの人数が多いせいなのかあまり涼しくならない。
タイガも暑そうだ。こういう時だからいっそう可哀想。
「タイガくん大丈夫?ウチワで仰いであげようか?」
「うぅん……みんな疲れちゃうから……オレ……平気だよ……オレ強いもん」
「可愛い!」
「いつもこうならデートしてあげるのにねー!」
「かって来たよー!」
女子が騒ぎ出した頃ようやく買い物に出かけた隊員たちが帰ってきた。
桃缶を早速開けてタイガにスプーンで口に運ばせる速さは見習いたい。
「はい、タイガくん。あーんして」
「にゃぁ……ん」
大きく開けた口から見える小さな牙。そのギャップとは違うあーんの掛け声。
「(可愛っ!)美味しい?」
「美味しいー……オレ幸せー……」
タイガの口はもごもごとしたままでなかなか飲み込もうとはしなかった。
「あ、これなに?」
「暑いからアイス買おうと思ったんだけど休みらしいからカキ氷買って来ちゃった」
「えー?ホント?あーでも今はカキ氷でも食べられる気分だよねー」
「シェンナハワイアンブルーにするですー」
「じゃ、私はレモンにしよーっと」
すっかり人気が上がったカキ氷。しかしこう暑いとカキ氷でもペロリと行けそうだ。
「美味しいねー。この甘さが何とも……」
「うんうん。アイスとは違った美味しさがあるよねー」
「しかもこう暑いとよけいねー……」
「た、大変ですーっ!……うわ、暑っ!」
季節はずれのカキ氷を美味しく戴いていた女子の部屋に突然グリーンが飛び込んできた。
部屋に入るなりグリーンはダラダラと汗をかき始めている。
「どうしました?」
「異常気象です!真夏並みの暑さだそうですよ」
「またまたそんな急に温暖化なんて……理由は何なんです?」
「そ、それが……」
グリーンは肩を落とした。
「駅前のアイスを食べられない人々がショックで熱を出してその熱で温暖化が始まっているんです」
「じゃぁ、解決策は簡単ですよ。アイスを作ってもらえば良いじゃないですか」
「地球の危機になれば作ってくれますよ」
「そ、それもそうですね……じゃぁ、ちょっと行って来ますね」
グリーンが部屋を出て女子たちはカキ氷をスプーンですくったが手ごたえが全くなくなっていた。
底には薄い色の水。
「……も、もう溶けてる」
「……離してよっ!離してっ!」
「離さないーっ!!」
恋人が別れている場面ではない。逃げている女性の足をエコが必死に掴んでいるのだ。
幸い人通りの少ない土手の所のため変な誤解を持たれるような事も無かった。
むしろ二人は周りの目を気にしているどころではないのだが。
「どうしてそんなにアイスが欲しいの!買えば良いじゃない!」
「だ、ダメだよー!あのアイスがなきゃ!」
「なんでそこまでこだわるのよ!」
「だ、だって……オレは……先輩を愛してる(らしい)か
らーーーーーーーーーーっ!!」
エコの悲痛な叫びに女性の動きがふと止まった。
観念したのかとエコが見上げると彼女の目からはこぼれそうな涙。
「……私だって……あの人を愛しているのに……」
突然しゃがみ込んで顔を抑え泣き出してしまった。エコはとりあえず足を離した。
「ど、どうしたの? オレが掴んでて痛かった?」
「あれは……先月の事だった……」
「え? 何? 何の話?」
──先月。私はいつもどおりアイスを買いに来たお客さんの応対をしていた。
「チョコバニラ3つください」
「500円です。ありがとうございましたー」
そんな時、彼はやってきた。優しげな青年だった。氷のように透き通った綺麗な目をして……。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「バニラを」
「あ……バニラは今切らしていて。すいません」
「いや、僕はバニラが欲しいんです。貴方と言うバニラをね♪」
なんて面白い人なんだろう。私はそう思った。ちょっとクサイセリフだったけど。
でも、今にして思えばそれが私が彼を好きになったキッカケだった……
私たちは3回目に会った時にはもう仲良しになってた。
「きょ、今日は何にしますか?」
「そうだなぁ……今日はいいや。キミと話がしたいな」
「…………で、でも」
「もうお店閉めるんでしょ?だから僕はこの時間に来たんだ」
嬉しかった。彼も私を想ってくれている。でも、私は不器用で自分の気持ちを言えなかった。
お互いの想いは解っているのに彼は私の気持ちを待っているみたいだった。
「……僕ね。今度カキ氷専門店をオープンさせるつもりなんだ」
「カキ氷?でも、冬にカキ氷は……」
「きっと流行るさ。みんな喜ぶ。幸せになる。僕はそんな人々を見て満足なんだ」
「…………」
「設けたお金で一年中かき氷と遊べるカキ氷ランドを作るのが僕の夢なんだ。
きっと楽しい遊園地になるぞ。カキ氷のジェットコースターにカキ氷の観覧車で遊んで、
カキ氷の温水プールの傍でカキ氷のポップコーンを食べながらカキ氷のショーを見るんだ。どうだい?」
「素敵な夢だと……想います」
夢を語る彼の目は素敵だった。私はも彼の夢を叶えてあげたいって想った。
それからようやく先週、彼のお店はオープンした。でも……流行らなかった。
彼のイキイキとしていた顔は次第に暗くなっていった。私は悩んだ。
彼のお店を繁盛させるにはどうしたら良いのか……。それで私はやっと解ったの
私のお店さえなくなれば……ファンの人がショックで熱を出して地球温暖化し、暑くなれば、
彼の店のカキ氷屋だ繁盛するって……だから私……
「……ふーん。じゃぁ、お金さえ溜まればアイス屋またやってくれるんだね?」
「でも何時になるか……」
「聞かせてもらいましたよ!」
その声は土手の上で仁王立ちしているグリーンのものだった。
「……お店に向おうとしていたらちょうどいたので仁王立ちしながら盗み聞きさせてもらいましたよ」
「…………どちら様?」
「私、OFFレンジャーのグリーン隊員と言います。一応元隊長ですよ」
グリーンは土手を降りてきて女性の手を掴んだ。
「さ、これ以上地球温暖化したら地球が大変な事になりますよ。アイスを作りましょう」
「グリーンやめてあげなよ。この人はねぇー!」
「悪者は黙っていてください!これは地球規模の問題ですよ。さぁ、早く。
このままだと人類は滅び、カキ氷ランドどころじゃなくなりますよ」
彼女はグリーンに掴まれた手を振りほどいた。
「人類が滅びても良い……私が彼にしてあげられる精一杯の事はこれぐらい……」
「ちょ、何バカな事を言ってるんですか!」
「バカはグリーンだって!」
エコは怒っていた。
「好きな人の為に何かしてあげるのは当然の事なんだよ!……ってドラマで言ってた!
オレだって……。愛してる(らしい)先輩にアイスを買ってあげたいからこうしてここにいるんだ」
「はぁ? 何をわけのわからない事を……」
「と、とにかく!オレはこの人の意見に賛成! 邪魔させないぞ!」
エコはファイティングポーズらしきものを取り始めた。
でも腰がなんだか逃げ腰だ。
「……もう、わかりましたよ」
「ほぇ……そ、そう……オレの強さをみせてやろうってお、思ったのに!」
「ハイハイ……。でも、人類滅亡って事はあなた方の愛する方もしんじゃいますよ?」
「そ、それはそうだけど……」
「先輩が死んじゃうのはオレも嫌だなぁ……」
グリーンは呆れながらもなんとか言葉を発しようと背筋を伸ばした。
「……とにかくアイスを作ってください。限定発売と言う形でも良いですから
「げ、限定発売くらいなら……」
「あ、じゃぁオレと先輩の分も作ってね!2つだよ」
彼女はなんとか立ち上がって店の方へ歩いていった。二人も後を突いていった。
「……なんですかこりゃ!」
店の前に戻るとまるで飢饉の様に地べたにたくさんの人が座ったり倒れていたり……。
店のシャッターにすがり付いてなにやら呟いている男。虚ろな目で念仏を唱えている老人。
太陽のほうを向いて力なく笑っている子供たちなどなど。何とも不気味な光景である。しかも暑い!
「さっきまで何とも無かったのに……」
「みんなカキ氷よりアイスが食べたいんですよきっと……」
「そ、そんな……こ、こんなに私のアイスを食べたい人がいたなんて……」
「みなさんここのアイスが大好きなんですよ。だから。ね?作って……」
彼女はグリーンが言い終わらないうちにシャッターを開けて店の中へと飛び込んでいった。
何やらガタガタと音がするとガラスのショーケースに綺麗な色とりどりのアイスが並べられて行った。
「……念のために作り置きしておいた奴だけど……きっとこれで……アイス再開です!」
続々と倒れていた人たちが店に殺到し始めた。
ケースの中身はどんどん減り、気温もだんだん元に戻り始めた。
「待ってくれ!」
店に並ぶ人々をかき分けてやってきたのはカキ氷屋の主人。彼女の想い人だった。
「どうして!どうしてアイスを作るんだ!家の店がどうなってもいいのかい!?」
「……ごめんなさい……私……私のアイスを買いに来てくれるお客さんをやっぱり見捨てる事は……」
「カキ氷ランドを作る夢を応援してくれるんじゃなかったのかい!?」
「……ごめんなさい……ごめんなさい……」
「くっ!こうなったら仕方が無い……」
男はバサッと服を脱ぎ捨てると男は、正体を現した。

「貴方は……昔、アイス専門学校の教科書で見たことが……か、怪人ザ・カキ氷!」
「(変な名前……)」
「その通り。世界中をカキ氷だらけにする為の仮の姿!お前に恋心を抱かせて(中略)するつもりだったが……」
怪人ザ・カキ氷は、大きな刃物を取り出して彼女の首に突きつけた。
いや、正確に言うと刃物ではなかった。ツララだ。
「そこをどけ!お前らはカキ氷だけを食えば良いんだ!コイツがどうなっても良いのか!」
「ま、待ってください!ここは穏便に穏便に……」
「(もー!OFFレンジャーならなんとかしてよー!)」
必死に説得しようとするグリーンをエコが突いた。
「(そ、そういわれてもここ最近全くバトルやってませんからボックス持って来てませんし……)」
「(役立たず!そんなんだから先輩が仕方なく手を下さないんだ!)」
「(い、いや……それはちょっと違いますけど……)」
両者の睨み合いが続く。しかし、両者の間には緊張の糸が張り詰めて切れそうだ。
「……待ってください!こっちには火炎放射器があるんですよ!人質を解放しなさい!」
グリーンはエコを前に出して口の上下を掴んでグアッと開かせた。
「さぁ、このエコロジー火炎放射器が火を噴きますよ!」
「ふぁ……ふぁにー?(な……なにー?)」
「(しっ……こうなればハッタリでもなんでもかますしかありません。火炎放射器のふりしてください)」
「ぼ……ぼぁぁ! ぼぁぁ! ぼぁぁー!」
エコは大きく開かされた口から炎の擬音らしい音を出す。
だが、向こうも譲らない。黙って首筋に鋭いつららを近づける。
『そんな真似をするならば先にコイツを……』と言う事なのだろう。
「ぼぁぁー! あふいほぉー!」
「熱いぞーって言ってますよ!どうしますか!?あなた溶けちゃいますよ!?」
「ぼぁぁ! ぼぁぁー!」
辺りにはエコの必死の擬音だけが響いていた。その時。
「……もうやめて!!」
人質にされいた彼女は涙を流していた。
「……もういいの……私、彼に殺されるなら……彼の為に死ねるなら本望よ」
「……馬鹿な事いっちゃいけませんよ!彼は怪人なのですよ!」
「いいんです……私、愛する人のためなら死ねるわ……」
彼女は怪人を見上げた。
「……ね。だから……私を殺して貴方は逃げて……」
「…………っ…………」
「私、あなたの夢……応援してるから……さよなら……」
彼女は目を閉じた。エコの擬音の音量もでかくなる。
人々は息を呑んだ。怪人も静かに眼を閉じ───。
「…………僕だって……キミが好きだ」
「え…………」
怪人はツララを地面に落とした。カツーンと綺麗な音がしてツララは砕け散った。
「……キミを利用するつもりが僕もキミを愛してしまっていた……初めからこんな事するつもりはなかった」
「……怪人ザ・カキ氷……」
「だが、もう良い……カキ氷で世界を征服したってそんなの哀しい世界さ」
怪人は彼女から離れるとマントをひろげアイス屋の上へと飛び乗った。
「……僕はもう普通のカキ氷になるよ。そして正々堂々とカキ氷ランドを作ってみせる!」
「私も……私もこれからはアイスだけじゃなくてカキ氷も作るわ……」
「もしかしたらキミの作るかき氷は僕かもしれないね……」
「その時は私のアイスを食べて……私、待ってるから……」
「……………………さらばだっ!」
怪人ザ・カキ氷はそう良い残すとそのままどこかへと消えていった。
「私、待ってるからー!!!」
──アイス屋の女性は初めのうちは元気が無かったようだったが、次第に以前のような明るさを取り戻していった。
約束どおりカキ氷も始めたがやっぱり売れ行きは余り良くなかった。だが決して販売をやめることは無かった。
来年の初めには支店を作るそうだ。本部の近くに作ってくれないかなぁ等と隊員はこっそり期待していたりする。
「な~んか変な事件でしたね……」
「はい、先輩。あーんしてください」
「あーん」
タイガの熱もすっかり下がり、以前の様な可愛さもなくなると女子も次第に離れていった。
ベッドから起き上がっていてすっかり元気だが、部屋にはエコだけが残って面倒を見ている。
「やっぱり冬に食べるカキ氷も美味しいですよね。先輩」
「そうかぁ?オレはやっぱりアイスの方が良いなー」
「実はオレも食べててちょっと思いました……」
「でもま、食う分には良いけどな」
ニコリと笑うタイガの笑顔にエコの胸がチクチク痛む。これが恋心……。
エコはその痛みを感じながらときめいていると痛みがどんどん移動してきたのに気が付いた。
食道……喉……だんだん痛みが広がりエコは口の中に異物を感じてそれを吐き出した。
「ケホッ!」
エコの口からカラカラと一本の小さなボルトが飛び出した。ボルトの先は鋭くとがっていた。
多分、以前のメンテの時に間違って体内に残ったままだったのだろう。
「痛みの原因ってこれ……先輩への愛じゃなかったのかぁ……悩んで損したぁ……」
「は?なんだ? このネジがどうかしたのか?」
「あ、いえいえ! なんでもないですよ。は、はい先輩! あーん!」
「あーん」
タイガの口にスプーンを持っていくエコの心はなんだか温かくなっていた。
これはやはり愛なのか尊敬の気持ちなのかそれとも冷却装置の異常か、エコには解らなかった。
だが、エコは尊敬する先輩のお世話をしているだけで幸せなのだった。
「……んぐ!?何かガリッって言ったぞ?」
「え? 氷の塊が入っちゃったんですかねー?」
「思わず丸ごと飲み込んじゃったぜー……あーなんか変な感じだー」
「溶けますから大丈夫ですってー」
「だ、だよな。にゃはははw」
和気藹々と笑いあっているとエコの顔からふと笑顔が消えた。
それに気づかずタイガは笑い続けている。エコの脳裏には、ぼんやりとした嫌な予感が過ぎる。
何かもやもやした物が心の端っこに引っかかっているような気持ち悪い感じが……。
──ま、まさかそんな事……でも、
そのまさかだったりして──。