第72話
『クロネコ盗賊団』
(挿絵:シェンナ隊員)
ほそぼそとした町並みの中に埋もれるように配置されている小さな空き地。
大きな土管が2,3転がっただけの荒れたこの場所は野良猫の格好の住処となっていた。
「はぁ……今日もわびしいニャ……」
だが、民家も疎らなこの荒地で暮らす事は野良猫たちにとって苦痛でしかなかった。
夏は暑く冬は寒い。おまけに食料を調達する様な場所へは歩いて20分。これではあまりにも不便すぎた。
そうして様々な猫たちがここを住処にしたものの、数日してここを去りっていった。
「まだかニャー……」
そしてこの空き地に新たな住人がやってきていた。
彼らは幼い頃から野良猫として生活し、苦楽をともにしたいわば兄弟の様な存在だった。
寒い土管の中で身を乗せあって寒さをしのぎ、雨の日は土管口に滴る雨だれを見つめて夢を語り合ったりした。
そうして彼らはこの空き地の歴代の住人の中で最も長い空き地での2週間を迎えていた。
「兄貴ー!持ってきたミャー!」
「全員分あるでしゅー!」
彼らは3匹の黒猫であった。黒猫だからといって別に忌み嫌われていたわけでもなく、
野良猫たちのコミニュティで災いを呼び迫害されたわけでもなく、せいぜい歩いていた小学生に、
「うわっ!黒猫が前を横切ったぁ!不吉っ!」と月1で言われるくらいだった。
「兄貴、今日はサンマですミャ」
「ちょうど3匹あったでしゅー」
彼らは野良猫なりのプライドがあった様で魚屋から魚を盗みもせず、ゴミ箱をあさり、
民家でおねだりをしたりする程度だった。それはきっと良い行いをすれば良い事があると言う考えによる物で、
3匹が一時期教会に住み着いていたことがある経験からであった。
今回も太っ腹な人がサンマをくれたらしい。3人はサンマが大好物だった。でも、明石屋さんまは嫌いだった。
「サンマをまるごと食べるのも久しぶりだニャ……」
「オレは初めてだミャー!」
「ぼきゅも初めてでしゅー」
生唾を飲みながら3匹は兄が何本もの木を燃やしていた焚き火の周りにサンマを刺した棒を立てた。
良い匂いを香らせながらサンマは綺麗に焼けていっていた。脂がじわじわと皮を伝い生唾を飲む回数も増えていった。
「うまそうだニャー……」
「……オレ今日の日を神様に感謝するミャー」
「お祈りしましゅー!」
クリスチャンにかぶれている3人はいつも食事の前にお祈りを欠かさなかった。
少し多めに焼けてしまうが彼らには別段気にするようなことではなかった。
しかし、このお祈りの時間が彼らの運命を大きく変える出来事の一番の要因となってしまったのだった。
「ですー!ですー!」
「サンマだ、サンマだー!」
「辞めなさいシェンナー!! シェンナー!!」
何やら騒がしい声が聞こえてきたが彼らにはお祈りに集中する以外その時は出来なかった
グチャ
嫌な音がして3匹は目を開けた。そこにはサンマを踏み潰しながらゴーゴーを踊る茶色い猫と水色にテカった猫姿があった。
サンマはすりつぶされながら徐々に地面の土へと静かに同化していく、
3匹の体は衝撃の光景の前に動かなくなっていた。(※サンマは後でスタッフが美味しく戴きました)
茶色い猫とテカった青っぽい猫の横で必死に止めようとしているうす黄色い猫も見えなかった。
「ですーですー」
「イェイーイェイー」
「やめなさいっ! シェンナー!!」
サンマが土になった頃、二匹の猫は両手を横に広げながら空き地を飛び出していった。
3匹たちの間に長い長い沈黙が訪れた。その訪れた時間の間に3匹たちの中で何かが壊れて言った。
「ニャ……ニャ……ニャニャー!!!!!」
「ミャーーーーーーーーーーーーーー!!」
「でしゅーーーーーーーー!!!!!!!」
3匹の中に怒りや憎悪がだんだんと芽生えてきていた。
それらの感情は3匹の善意と言う善意を覆い彼らの心の中は邪悪な物でいっぱいになった。
だが、それだけでは終わらなかった。邪悪な心は彼らの体中を覆い、彼らは邪悪の化身と化したのであった。
「……許せんニャ……復讐ニャ……」
「あいつら、イヤ、もう日本中全員同罪だミャ……」
「根こそぎ苦しめてやるでしゅー……」
彼らはこの瞬間から悪人として生まれ変わり、大阪を、そしてOFFレンジャーを苦しめていくのであった……。
彼らはサンマが眠った地を踏みつけながら高笑いをするのであった……。
「ニャッハッハッハッハッハ……」
これは、そんな3匹の猫が新たな道へ進み始めたばかりの頃の物語である……。
そんな事があった日から二日後。シェンナは大きなタンコブを作ったまま椅子に座って説教を受けていた。
エコもついでに横に座らされていたが彼の頭はメカのためかタンコブがない。
「全く……サンマを踏み潰しながらツイストを踊るブームが来たとか訳のわかんない事を言って……」
「そんな事ないですー!シェンナ夢でお告げを聞いたんですよー!!」
「その時点で既に訳がわからないでしょ、私は食べ物を粗末にするなって言っているの」
シェンナの顔が曇った。土と同化していくサンマが脳裏に浮かぶ……が、2秒ほどしてすぐ忘れた。
「でもね、シェンナが言う事って凄く本当っぽいんだよ。神様光ってたんだってー」
「あーそうですかそうですか……。とにかく、そう言う罰当たりな事しちゃダメよ。いいわね」
「そう言う何でも宗教観念と絡める考え方……果たして本当に正しいんですかねー……」
「ダメよ。そんな深い疑問を持ってきて誤魔化すのは。真面目なのはOFFレンに合わないでしょ」
「(ちぇ、ですー……)」
こってり絞られたシェンナは俯いていたが5秒で持ち直し、自分の部屋へと帰っていった。
クリームは誰もいないソファに横たわり腕で目を覆った。
「はぁ、どうしてあんな馬鹿な子になってるの……」
「脳に障害でもあるんじゃないのー?」
「私も以前もしやと思って調べたわ、でも違うの、馬鹿なのあの子。普通以上に馬鹿なだけなの。ホントあの子は……」
エコは、机の上に飲みかけで置いてあった牛乳を飲むと何気なくクリームに言った
「なんでそんなにシェンナの事気にするの?シェンナの事好きなのー?」
「ち!! 違うわよ! ただ、黙って見てられないって言うか……」
「やっぱり、クリームはシェンナの事が好きなんだね」
「私がレズって言いたいの……?」
「うん」
既にTVを見ながら上の空になっているエコが適当に応えた。
「……違うのよ。LOVEとかLIKEじゃなくて……なんかこう……違う感情なのよ」
「うん」
「見てて放っておけないって言うか……なんか馬鹿な事してるとイライラするって言うのか……」
「うん」
「あー!!食道の中心部くらいまで出かかっているのに!!」
「うん」
「……もう、なんだか頭痛くなってきた……部屋帰って本の続きでも読も……」
「うん」
リビングを後にするクリームに気づかずぽけーとしているエコはTV画面すらまともに見ていないぼんやりぶりだった。
「うん」
部屋に戻ったクリームは、すぐさまベッドの上に横になり、枕元にあった本を手に取った。
栞を挟んでいたページを開くとすぐさまクリームは本の世界へと入っていく。
この何もしなくて良い時間がクリームにとっては素晴らしく穏やかな時間だった。
「ですー!ですー!」
しかし、隣からドスドスと聞こえてくる不吉な音と声に穏やかな時間も一時中断されてしまう。
放っておこうと思えば放って置けるのだが、クリームは気になってしかたがなかった。
ろくに文章が頭の中に入らないまま3ページほど進めた頃、クリームは本を閉じた。
「(……また馬鹿な事やってるのかしら……もう、ホントにシェンナは……)」

ベッドから降り、シェンナの部屋へ向おうとドアノブに手をかけた時、クリームは突然、その手を離した。
「……シェンナを気にしすぎてるのよね……私。別に放っといても死ぬ様な子じゃないし……)」
さらに隣からはガラス物が割れる様な音が聞こえてきた。
「シェ!!……どうせ皿回しとかしてるんだわ……気にする事ないわね……そうよ。そう」
クリームは雑念を払うように顔をブンブン横に振りながら読書を続ける為ベッドに戻った。
何かごそごそと物音がするのを気にしては振り払いを繰り返しなかなかページを進める事ができない。
慰め程度にティッシュを耳に詰めてみても当然音の聞こえは変わらなかった。
どうすればいいのか頭を抱え始めたクリームにポッとひとつの答えが過ぎったのは悩み始めてからだいぶ経ってからだった。
「……そっか、外へ出ればいいんだ」
シェンナの部屋の前を通り、中の様子を気にしながらクリームは外へと出かけていった。
階段を昇りきって外に出ると、冷たい風がなんともいえない心地よさでクリームの頬を撫でていった。
「さてと、新刊入ってるかしら……」
買いたい本の事だけを考えながらクリームは商店街のアケードをくぐった。
何気ないこの道も冬になると枯木ばかりが目立ち、なんだか寂しげな印象を与えている。
「あ、コレ安い……」
ふと目に飛び込んできた魚屋のお魚たちの値札の赤字がクリームの購買意欲と言う線にかすかに触れた。
そんなクリームを察知してすぐさま奥から店の親父が顔を出す。
「いらっしゃい。今はブリが美味しいよ。ヒラメもなかなか行けるよ」
「…………あ、でも」
「冬の魚はねー身が引き締まってて、塩焼きにするとこれまた美味しいんだなぁ~。お客さん若いからオマケするよ?」
「……そうね……」
チラっとクリームがブリの銀色に光るお腹を見た。脂が乗っていて美味しそうだ。
おじさんの言うように塩焼きにして、シェンナと半分こすれば食べられない量じゃない。
「やだ、またシェンナの事考えてる」なんて突っ込みを入れながらクリームが再びブリを見た。
「……?」
さっきまで見ていたブリが無くなっていた。おじさんはクリームに魚料理の仕方を教えてくれているし、
ほかのお客さんが来ている訳でもない。まさか神隠しか、キャトルミューティレーションか……
クリームがそんな事を考えていると今度はブリが一匹もいなくなっていた。氷だけだった。
「だっ!!ブリが逃げた!」
ようやく異変に気づいたおじさんが突然の異変に腰を抜かした。
がっしりしている体格だが意外と内面はか弱いらしい。
今度クリームが目を魚たちに戻すとそこは既に魚屋ではなくなっていた。
「あっーー!! 魚が全部逃げた !! ひぇぇぇ!! 」
クリームは何かの気配を感じて魚屋の横にある細い路地へと駆け込んだ。
路地をの角で何かがキラッと光った。魚だ!クリームは直感した。
夢中でクリームはその気配を追いかけて行った。OFFレンジャーの血が騒いでいた。
だが、その気配もある所でプッツリと糸が切れたようになくなってしまってた。
「……いない……!」
そこは細い路地でありながらも4方向に分かれた十字路になっていた。
確立は四分の一。クリームの野生の勘に頼るしかなかった。
「……こっちだ……!」
ピンと来る路地の向こうを見つめてクリームはその道を再び走り出した。
「ニャッハッハッハッハッ…………ニャーハッハッハッハッハッ……」
暗い土管の中で3匹の黒猫は高笑いをし続けていた。
彼らの顔に巻いたハチマキの明るさがその場では不釣合いだったが……。
「……人間の隙を突くなんてちょろいもんだニャ~」
「なんで今までやらなかったのかミャー」
「でも、これで当分ご飯には困らないでしゅー!」
「ニャッハッハッハッハッ…………ニャーハッハッハッハッハッ……」
「そこまでよ……」
土管の向こうに黒い影。逆光で3匹はそれが誰か確認する事は出来なかった。
「……魚。返してもらうわよ……」
「ニャニャーッ!?誰だニャー!」
「OFFレンクリーム……」
目にガトリングを付けた少女は彼ら3匹にとっては脅威の象徴として映った。
「……ニャッ!何の事だニャ~?」
「俺たちはふつーの野良猫だミャ」
「そうでしゅ、そうでしゅー!」
「その背後の生臭い物は何なの?」
あからさまに3匹はギクッと言う擬音がピッタリの反応を見せた。
「お、おのれ……貴様只者じゃないニャ?」
「そういうあんたたちこそ只者じゃないわね……?」
「……ニャッハッハ……よく解ったニャ……」
「俺たちこそ悪の中の悪の猫……」
「その実態わぁー!」
「バル!」
「ノア!」
「ネロ!」
「おーれたっちゃ♪ クーロネコ♪ とぉ♪ ぞく♪ だん♪」

ババーンと決めポーズが決まったのか3匹の顔は嬉しそうだった。
「……クロネコ盗賊団……ねぇ」
「カッコイイだろニャ、寝ないで考えたんだニャ」
「今までの俺たちは馬鹿だったミャ、これからは極悪猫として生きていくんだミャ」
「だから、ぼきゅらは、盗んで盗んで盗みまくるんでしゅー!」
どうやら悪の組織の一つらしいこの盗賊団を目の前にクリームはガトリングを外して腰をかがめた。
「あのね。物を盗んだらいけないのよ。解るわね」
「うるさいニャ!」
「俺たちが野良猫だからって馬鹿にしてるミャ!」
「ぼきゅより背が高いからって見下してるでしゅ!」
ギャーギャー騒ぎ、喚くこの3匹の始末をどうするか考えてみる。
しかし、どうしようもない。このまま放っておいたら被害は拡大するばかりだ。
「俺たちはいずれこの日本を征服するんだニャ!」
「無敵だミャ!」
「でしゅー!」
彼らの発言にクリームはピンとある事を閃いた。
「ねぇ、あなたたち。私、凄い悪の組織知ってるの。彼らに勝てたら見逃してあげるわ」
クリームのこの発言に警戒するかと思われた3匹だったが……
「望むところだニャ!」
「そんなの楽勝だミャ!」
「ぼきゅらの力を見せてやるでしゅー!」
すっかりその気になっている。野良猫と言えまだ子供。
クリームは本も魚の事も忘れて彼らを組織のアジトへと案内し始めた──。
「おークリームかぁ、久しぶりだなー」
ぼんやりと床にねっころがっていたオオカミがクリームの訪問を迎えた。
エコの二面性の苦労に加え、作戦のマンネリ、タイガの損失、ボス復帰の安心感、
などなどの要因が重なった結果、すっかりオオカミたちは腑抜けになってしまっていた。
「ほれ、ポテチ食うか?」
その辺に転がっている袋を持ち上げる前に3匹はそれを奪い取り、バリバリと食べ始めた
「盗ませてもらうニャ」
「コレまずいミャ~」
「でも返さないでしゅー」
実際、オオカミ軍団と会うのは3ヶ月以上ぶりだったりする。
既に悪の組織と言うよりただのオオカミの住処と化してしまっている。
いくらオオカミが腑抜けているとはいえ3匹を相手にしたら勝つだろう。
「で、何の用だ? 飴食うか?」
「戴きだニャ!」
オオカミの手から飴を奪い取って3匹は口に含んだ。
「……実は、ちょっとこの子たち悪者団体始めたみたいなんだけど。ちょっと勝負してくれない?」
「極悪非道のクロネコ盗賊団だミャ!」
「ほほー。そうかそうかよし来た」
オオカミがおじさんみたいに立ち上がると力士みたいな構えをして「さぁ、来い!」とばかりに両手を広げた。
3匹はわーっとオオカミに飛びつき、小パンチや小キックの雨アラレ。
「うぉ、これは凄い、なかなかやるな! ハハ」
「ドリルパンチでしゅー!」
「ぐわぁぁ!やられた! 強い!」
オオカミはバタンと後方に倒れた。
クリームにはオオカミが子供と遊ぶ親戚のおじさんに見えた。
「クロネコ盗賊団の勝利だニャー!」
「ミャー!」
「でしゅー!」
オオカミの上に飛び乗って高らかに勝利宣言をする3匹。
よく考えればこんな子供相手に大人が本気になる訳がないのだった。
「ここはクロネコ盗賊団の第一支部にしてやるニャ」
「言う事を聞くんだミャ」
「解ったでしゅか」
「よーし解ったぞ。ハハー! 何でもご命令をー!」
「ニャッハッハッハッハッ!」
──そして。
オオカミとすっかり仲良くなってしまった為にクリームはお菓子を貰ってホクホク顔の3匹を連れアジトを後にした。
「あーまずいミャー」
「でもあげないでしゅよ」
「いらないわよ……」
だが、クリームの中にどうせ子供の遊びの延長線みたいなこの盗賊団結成を放っておいても、
どうせ大きな問題になるはずが無いのではないかと言う考えが過ぎった。
せいぜい、悪さをしたとしても警察とかがなんとかしてくれるんじゃないか、別に自分が出る必要も無いのではないか。そう思った。
「……このラムネ甘いニャ」
「ホントだミャー」
「ぼきゅも食べたいでしゅー」
実際、こうしてみると普通の子供となんら変わりないわけで。
だが、クリームの脳裏にシェンナがパッと浮かんだ。お馬鹿なシェンナ、屁理屈シェンナ……。
「……ダメだ……放っておけばきっとダメなままに育つわ……OFFレン隊員として子供を良い方向に持っていかないと」
クリームは3匹に悪者の恐ろしさと強さを見せ付けて悪者に興味を向けさせない様にしようと考えた。
となれば残る方法は一つしかない。
「もっと凄い悪者に会わせてあげる。ソイツに買ったら解放してあげるわ」
「楽勝だミャ」
「泣かしてやるでしゅー」
すっかりオオカミとのバトル(?)で気をよくしている3匹は意気揚々とクリームの後を付いていった。
徐々に市街地から外れて行き、太陽がクリーム達の正面から右側を照らし始めた頃、目的地に着いた。
「ここよ」
そこは、すっかり古びれた廃ビルが一つだけ建っていた。
「立ち入り禁止」の看板の朽ち果て具合から廃ビルと化して20年以上経っているのが容易に想像できた。
「中に入るのかニャ?」
「お化けが出そうでしゅー」
「帰ろうミャ…」
「クロネコ盗賊団がお化けを怖がってどうするの」
廃ビルを見ただけで3匹はすっかり怖気づいてしまっていた。
それでも、クリームは3匹の背中を押しながら廃ビルの中へと入っていく。
かつては綺麗な白い色をしていたであろう玄関のタイルは枯れ草で多い尽くされ見る影も無かった。
「暗いニャ」
「怖いミャー……」
「お、お化けにポマードって叫ぶと逃げるんでしゅよ」
「それは口裂け女」
クリームが歩き出すと3匹もクリームの足にすがりつくようにして付いて来る。
まだ、どっち側にも慣れる子供なんだと改めて思った。
しばらくすると古びた内装には似つかわしくない真新しいハシゴが下に掛かった穴が見つかった。
「どこに行くニャ?」
「この下にいるのよ」
「お、お化けでしゅか……?」
「悪者よ。でも、お化けよりもーっと怖いかも? 帰る?」
解りやすく3匹はガタガタと震えていた。これで「帰る」とでも言ってくれればクリームとしては有難いのだが。
「いいいいいい、行くニャ」
「クロネコ盗賊団の名がす、廃るミャ」
「怖かったらお前が帰ったらいいでしゅ!」
「(何で私が……)」
クリームが梯子を降りようとすると3匹は固まって一気に梯子を降りていった。
梯子の下で待っているのかと思ったが梯子を降りてすぐにある横穴へと突っ込んでいった。
「あっ!待ちなさい!」
急いでクリームが後を追うが途中で分かれ道になっていた。
どちらに行ったのか足跡でも探そうとするが薄暗くてよく見えない。その時。
「ギャーーーー!!」
3匹の叫び声が聞こえた。右の穴からだ。
急いでガトリングを装着してクリームは一気に穴に突っ込んだ。
「うわーん!うわーん!!」
「泣くなニャ……オレ様何もしてないニャ……?」
かなり奥に入っていくと前方に固まって泣いている3匹が見えた。その前には人影が1つ。
「その子たちに触らないで!!」
「な、なんだニャ!? 一体何だニャ!?」
手を挙げてソロソロと前に出てきたのは黄緑色の猫。額には黄色と赤の紋章。
BC団の改造猫、猫猫だ。
「……ニャッ!? お前はOFFレンジャー!! どうしてここが解ったニャ!?」
「この前、街でアンタを見つけたから一応後を付いておいたのよ」
「し、しまったニャ……」
「あんた猫缶買って、ここの入り口で嬉しそうに食べてたでしょ。四つんばいになって猫みたいに」
「な、何故それをー! オレ様の秘密を知ったからには生きて帰さないニャー!!」
猫猫は額に手を当てようとするとガトリングが猫猫の足元に向って火を噴いた。
思わず猫猫も後ずさる。
「……今日はね。取引をしに来たの」
「と、取引ニャ……?」
「そこの子猫たちと勝負して欲しいの。で、軽~く勝って欲しいの」
「何でニャ? こんなチビッ子なんかオレ様楽勝でボコボコにできるニャ!」
クリームは猫猫の額にガトリングを押し当てた。猫猫の顔が青くなった。
「……軽く! ゆっくり転がせる感じで怪我させない様に。そしたら今回は見逃してあげるわ」
「な、何をニャ……?」
「ここでBC団が何かの陰謀を企んでいる事は知ってるの。ここがそれの工事現場だって事もね」
「何故それをー……」
「私は何でも知ってるの。シェンナの事以外はね」
猫猫はうーんと唸って首を一度だけ縦に振り下ろした。
「……じゃ、契約成立ね」
「ホントに見逃すニャ……? 正義の味方がそれでいいのかニャ?」
「どうせ倒す事になるんだ物。どっちみち。じゃ、お願いね」
「………………」
猫猫は黙って再び頷くと、クリームはワンワン泣いている3匹の頭を優しく撫でた。
「ニャーニャー!」
「ミャーミャー!」
「でしゅーでしゅー!」
「ホラホラ、泣かない泣かない。良い子でしょー?」
クリームは3匹を経たせると猫猫を指差した。
「あのオジサンはねー。すっごーく悪い組織の一員なのよー」
「オレ様はまだギリギリティーンだニャー!!」
「あのオジサンに勝てたらクロネコ盗賊団は凄いわよ。どう?」
3匹は涙をゴシゴシ拭いていちおうキリッとした目をした。
猫猫もクリームの顔色を伺いながら
「さ、さぁ、来るニャー!!」
「兄貴と口癖被ってるでしゅー」
「生意気な奴だニャ。クロネコ盗賊団がボコボコにしてやるニャー!」
「行くミャ!」
わー!と3匹は猫猫に突進するが猫猫は一匹づつ持ち上げて軽く、ゆっくり地面に投げた。
3匹全員投げ終えると困惑した顔で猫猫はクリームを見た。
「うわー!怖~い!さすが悪者!」
「……そ、そうだニャ~! オレ様はとっても悪くて怖いんだニャ~!!」
「わーん!」
3匹はクリームの足にすがり付いてまた泣き始めた。
よほど悔しかったのだろう。猫猫も何だか苦い顔をしている。
「じゃ、さっさとここから逃げましょうねー」
クリームと3匹はゆっくりゆっくり元の道を戻って行った。
その様子を見ながら猫猫はただ呆然と立ち尽くしていた……のだが
「(一体なんだったんだニャ……?)」
「猫猫……」
「ニャッ!?」
背中に嫌な汗が流れていく。振り返らなくても猫猫は声の主が誰か理解していた。
「ウィック様ぁ……な、なんでございましょうかニャ……?」
「……一部始終を見せてもらっていた……これはどう言う事だ?……猫猫よ」
「ニャ……あのーそのー……えーと……うニャー……」
猫猫の眼球がガクガクと上下に動いてかなりの動揺の色が伺えた。
しかし、ウィックは許してくれるはずもなく指をパチンと鳴らした。
「う、ウィック様ー!!お許しをぉぉぉーー!!」
涙目になりながらウィックにすがり付こうとする猫猫はやってきた灰色猫に捕まえられて
空洞の奥へと連れて行かれてしまった。猫猫はただ延々と叫び続けていた。
「……さて次は……」
「悪者なんて怖いニャー!」
「ミャーミャー!」
「もうやりたくないでしゅ~!」
廃ビルを出てもまだ3匹はぐずついてクリームの足にしがみついていた。
少々、荒療治だったかなとクリームは思ったが十分この子たちにはいい薬になったようだ。
「じゃぁ、これからいい子にするのよ。また悪さしてたらあのオジサンがまた来ちゃうからね」
「解ったニャ……」
「いい子にするミャ」
「でしゅー」
3匹の言葉はクリームにカタルシスを感じさせるにはあまりにも強い物だった。
今までシェンナを見てきた彼女にとってこうして道を間違えそうな子供を軌道修正できたと言う事は
快感以外の何者でもなかったのだ。
「……待て……ここから簡単に返すわけにはいかん」
クリームの前にウィックが現れていた。
ただならない雰囲気にクリームは3匹を背後に向わせた。
「……何の用?」
「我がブラックキャット団の極秘工事の場所を知られた以上ただで返すわけには行かない」
クリームがガトリングを取り出そうとした瞬間、
ウィックが指を鳴らしただけでガトリングはクリームの後方へと飛んでいった。
「……く……」
「……お前は利用価値がありそうだ……改造猫として俺の下で働くが良い……」
指を下に曲げただけでクリームの足は石になったかのように動かなくなった。
ウィックはそんなクリームに不気味な笑みを浮かべながらゆっくり近づいてくる。
「さぁ、俺に忠誠を誓うのだ……」
ウィックの指がクリームの頭上に向けられる。足の重さも広がって首から下が動かなくなっている。
怖い。だが、指は徐々にクリームの額へと近づいていった。その時。
「ニャ」
「ミャ」
「でしゅ」
クリームの背後から飛び出した3つの陰。もちろんあの3匹の物だった。
3匹は素早くウィックに飛び掛り、ウィックがそれに気づいた時には既に遅かった。
「!!」
3匹の手には札束が握られていた。
当然、ウィックはその事実に気づくまで時間が掛かったようでしばらく驚いた目で3匹を見ていた。
「……っ」
クリームは手の指がかすかに動く事に気づいた。
ウィックが自体を飲み込み始めた為にわずかに気が乱れたのだった。
「そ、それを返せ!!」
ウィックは傍目にも解るほど動揺して3匹に迫った。
その形相は幼い3匹に強烈なトラウマを与えるのには十分だった。
「わーっ!!」
3匹がウィックの方へに札束を投げると宙でバラバラになった紙幣が舞う。
慌ててウィックは地面に散らばったお札を拾い始めた。
その瞬間、完全に動く事が出来たクリームは急いでガトリングを拾い目に装着する。
「……さぁ、これで立場は逆転したわね」
「!?」
ウィックの顔のすぐ近くまで、ガトリングが向けられた。長い間両者の睨み合いが続いた。
だが、明らかに不利なウィックが負けを認めるのに時間は掛からなかった。
「……覚えていろ……OFFレンジャー……!!」
ウィックがマントを翻すとその姿は忽然と消えうせていた。
一安心してクリームの緊張もゆっくりと溶けて行った。
「さぁ、もう大丈夫よ。みんな、帰りましょうね」
3匹の方へクリームは振り返った。しかし、3匹の様子が可笑しい事にクリームは気づいた。
まるで感激に震えているかのようにぷるぷるとわなわなとしていた。
「……お、俺たちがあの怖い奴からお金を盗んだニャ……」
「す、凄いミャ」
「ぼきゅらもやれば出来るんでしゅー!」
クリームは嫌な予感がした。
「やっぱりクロネコ盗賊団は存続決定だニャー!」
「がんばって悪いことをしまくるミャ!」
「でしゅー!」
「おーれたっちゃ♪ クーロネコ♪ とぉ♪ ぞく♪ だん♪ ワー!!!」
燃えに燃えている3匹は意気揚々と名乗りを上げながら突っ走っていってしまった。
「あ、待ちなさい!!」
しかし、クリームが追いかけると3匹は既にどこかへ居なくなっていた。
せっかく軌道修正したかと思えば悪者への道に大いな活力を与えてしまった。
クリームは本部に帰っても部屋に閉じこもってしまうほどすっかり落ち込んでしまっていた。
「はぁ……私が甘かったわ……結局、私に子供を扱うのは無理なのね」
そんなクリームを心配しながら外には女子がポツポツと部屋を覗きこんでいたが、
取り付く島がないほど沈んでいるクリームの背中を見るとそんな気が起こりにくかった。
「あの子たちの将来をダメにしてしまったのね……はぁ……」
そんなとき、部屋にシェンナが飛び跳ねながら入ってきた。
暗いオーラをまとった背中を見てシェンナはそっとクリームに寄って行った。
「クリーム、大丈夫ですかー?」
「……大丈夫よ。シェンナはあっちに行ってなさい」
「シェンナの事怒ってるんですかー?
「…………」
シェンナはクリームの座っていた椅子を回して横を向けるとぺこっと頭を下げた。
「クリーム、ごめんなさいですー」
「……シェンナ」
「シェンナ、クリームに絵本読んでもらいたいですー」
クリームはシェンナの頭を引き寄せてぎゅっと抱きしめた。
「もう……ホントにシェンナは馬鹿なんだから……」
「シェンナ、馬鹿じゃないですよー」
