第76話
『ラスボス来襲!』
(挿絵:グリーン隊員)
雲一つ無い日に一つの大きな雷鳴が轟いた。その轟音は人々に多大なる恐怖を与えた。
何故ならば、その雷鳴は恐怖を与える事を持続させないからだ。一瞬の自然現象に過ぎないからだと解っているからだ。
「……愚かな者共よ……この日より世界は恐怖に慄く事になるのだ……」
しかし、雷鳴自体が恐怖を与えるのでは無く、その雷鳴が恐怖の始まりだとしたら……
ちょうど同じ頃、OFFレンジャー指令本部会議室では隊員たちが集まっていた。
いつもならばぐだぐだとしている会議も今日は少し雰囲気が違っていた。
レッドの横に座っているグリーンがメモを一見、咳払いをして神妙な面持ちで隊員の顔を見る。
「……では、人事異動を発表したいと思います」
恐怖や絶望の言葉を何度も飲み込みながら隊員らはグリーンの口元を見つめていた。
「オレンジ」
「ひっ!」
隊員の哀れむような視線がオレンジに集中する
オレンジの銀髪の中から汗が滑り落ちる。
「……掃除係を金曜から月曜日に変更です」
「え?」
素っ頓狂な声を上げたオレンジを放っておいてグリーンは再びメモに目を落とした。
「次、ブルー。水曜のゴミ捨て係をトイレ掃除係に変更」
「りょ、了解っす……」
「次はホワイト」
「はーい」
隊員たちの強張った顔が徐々に柔らかくなって行った。
人事異動とは聞こえが仰々しい物の、要は些細な配置換えだと解ったからだった。
隊員たちは、その些細な配置換えを聞いてうんうんと頷き納得し、安心して行った。
「ハイ次はグレー。本日限りで解雇」
「OKー!」
「では最後にクリーム……」
「ちょちょちょちょっ!!!」
ピースサインで応えていたグレーが突然机をガタガタ揺らしながら立ち上がった。
「何、解雇って!」
「……辞書貸しましょうか?」
「そう言う意味じゃないって! 懐古とか蚕じゃ無い事ぐらい俺でも解るし!」
「じゃー何ですか?」
ポリポリと困った様に頭をかきながらグリーンは冷たい人事部員の様に言った。
その態度にグレーも混乱し始めたのかブルーに向って震える指をさした
「ぶぶぶ、ブルーの異動は、な、何だっけ?」
「水曜のゴミ捨てからトイレ掃除に変更っす」
「おおお、俺の次の、く、クリームは?」
「買出し係を3回から2回に変更するのを今から言おうとしてたんですよ」
「何で俺だけリアルなの!? 辞めようよこんなジョーク」
グレーはかなりの長い出番に嬉しさ半分、哀しさ半分といった感じで大げさにジェスチャーをつけて喋った。
しかし、誰もグレーと目をあわせようとしない。
「あ、これドッキリ? ドッキリっしょ? こんな事思いついたのはシェンナかな?」
「ぶっちゃけ幽霊隊員ですー」
「アハハ、シェンナ面白い事言うねぇ~! ねぇ?グリーン」
グリーンの顔は怖いくらい真顔だった。
「……解雇に至った要因を説明しましょう。クリーム隊員、電気を消して下さい」
会議室が暗くなると、ホワイトボードをスクリーン代わりに何かが映し出された
どうやら、映像らしく、物々しいナレーションが流れてきた。
【グレーが解雇になった訳 ~その日は突然訪れる~】
『グレー隊員。OFFレンジャーの初期メンバーとして頑張ってくれた貴方。
今日、この日を最後にグレーはOFFレンジャーを辞める事になりました……。では、何故解雇になったのでしょうか?』
《1、実績が無い》
『貴方は、今までOFFレンジャーにとって何か大切な事をしてくれたでしょうか?
ろくに出番も無く、これと言って剣道の活躍の場も無く、全員揃ったときに思い出したようにいる貴方。
本当に、貴方はOFFレンジャーに何をしてくれたと言うのでしょうか?』
《2、影が薄い》
『貴方は今までメルマガにどれだけ出ましたか?初めての台詞は11号になってようやくでしたね。
しかし、どうでしょう。主演の話は今までありましたか?唯一隊員で主役の話が無いのは貴方だけですよ。
きっと今後も主役の話は未来永劫無いでしょう。そんな隊員をどうして置いておけましょう』
《3、人数あわせ》
『正直、15人ものメンバーを纏め上げる技量が筆者にはありません。ごめんなさい。さようなら』
「ちょっと、何だよこれぇ~……なんだよこれぇ~……俺グレるよマジでぇ……」
「一同起立!」
困惑するグレーをよそに、グリーンの声で隊員らは一斉に立ち上がった。
隊員たちの目は哀れみの感情でいっぱいになっていた。
「グレー隊員」
「グレー隊員」
グリーンの声に続いて隊員らが声を揃えた。
「今まで本当に」
「今まで本当に」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
隊員らの顔(特にグリーン)は全然感謝の顔をしていなかったのがグレーにはしっかり解った。
「みんなで行ったぁ」
「温泉地ぃ」
「それでも貴方はぁ」
「出番無しぃ」
「楽しかったぁ」
「お花見ぃ」
「だけど貴方はぁ」
「刃物所持ぃ」
「初めて主役の巻末コーナーぁ」
「オレグレの部屋ぁ」
「だけど次号でぇ」
「別コーナーぁ」
「再び復活オレグレの部屋ぁ」
「やっぱり次号は別コーナーぁ」
「それきりグレーはぁ」
「出てません」
グリーンは、机の下からプリンター用の印画紙を取り出し、グレーに手渡した
多分、賞状のつもりなのだろう。文面が「グレー隊員 卒業おめでとう」になっている
「今後は、勉学や剣道に励み、アルバイト等にも精を出してがんばってください」
「納得行かない……すっごい納得行かない……」
「では、グレー隊員の退場です! 最後は一番仲が良かったであろうオレンジ隊員に送ってもらいましょう」
オレンジがうるうるしながらグレーの側にやってきた。
「グレーっ、元気でねっ!」
「よっ!OFFレンの森且行!」
拍手が巻き起こる中、オレンジに手を引かれ会議室を後にしていくと、本当に卒業していくみたいで、
グレーも少し感慨深い物が胸中に生まれた。なんだか、清清しい気分がした。
「グレーが居なかったら多分、ボクがリストラされてたよ。あ、ありがとう」
玄関まで来るとオレンジが涙ながらにグレーの手を握った。複雑な心境だが、何故かあまり深いには思わなかった。
「ありがと。時々、手紙おくろうか?」
「ううん、いらない。返事書くのめんどくさいし」
「そ、そっか……」
「じゃぁね!」
バタンと重々しくドアが閉められた。もう今後、この中に入ることは無いのだとグレーは思った。
しかし、あの変な雰囲気から一旦切り離されてじわじわとグレーはまた納得の行かない感じが湧き上がってきた。
「やっぱ納得いかないよぉ~……」
しかし、もうグレーは隊員では無くなったのだ。仕方が無いと無理やり納得させるしかなかった。
「……今日から俺も普通の男の子……か」
そして再び尾布市。いや、既にそこはもう尾布市では無いのかも知れない。
恐怖の火種がじわりじわりと密かに町を蝕んでいるのだから──。
「フッフッフ……愚かな愚民共め。この私の恐ろしさにひれ伏すが良い」
尾布市商店街の入り口の前に、ソレはいた。
大きなツノ、鋭い爪、黒尽くめのマントに身を包み、顔はこれでもかと言うほど悪そうで怖い。
一般的な人間の身長から言うと少し大きい。まるでその風貌は……ラスボス。
行きかう人々は恐れをなしてラスボスを裂けていく。それほどの存在感なのだ。
「……まずはアイツだ」
ラスボスは八百屋の前にいる親子に目をつけた。まず恐怖を拡散させたい場合は女子供が手っ取り早い。
徐々に歩を進めていくラスボス。すぐにその姿を子供が捕らえた。
「ママぁーおっきいひとー」
「あら、ホントねー」
ラスボスは自分の姿を見ても動じない母子に怒りを覚えた。
こうなったら、すぐにでも殺してやろうと思った。そんな残酷な事が出来るのもラスボスだからだ。
「グハハハ……これでも喰らえっ!」
ラスボスの爪が子供の頭に振り下ろされる。しかし、子供はあっと言う間に逃げて母親の足元にしがみつく。
爪は寂しく地面のアスファルトをえぐった。一番先に怒ったのはラスボスではなく母親だった。
「何するのよ。危ないわねぇー!」
「フフ……この私に逆らうから……」
ラスボスの顔面に母は大根を振り下ろした。思いのほか威力が強くラスボスは25のダメージを受けた。
「悪い事したらごめんなさいでしょう! 誤りなさいよ」
「わ、私は、魔王だぞ!」
「それが何よ。私は子持ちの専業主婦よ! 何か文句あるぅ~!?」
にらみ合いをしていると魔王はイライラして来た。
何故ここまで平凡な愚民が自分に盾突こうとしているのか。恐れをなさないのか。
「カイザースラッシュ!」
魔王は八百屋の店先に置かれた初物のスイカの棚に向けてビームを発射した。
隣のミカンとリンゴも粉々。地面には大きな穴が空いた。
「フハハハハ! どうだ。私の威力……」
「てめぇ!」
魔王の高笑いを八百屋の主人が止めた。魔王の顔面に再び大根が炸裂したのだった。
まったくの突然の事態にラスボスは48のダメージを受けた。クリティカルヒットだった。
「このスイカ高かったんだぞコラ! 弁償しろ!」
「わ、私の力はまだこんなもんじゃない」
「アホ抜かせ! ウチの被害もとんでもないわ! コラ! スイカどないしてくれんねん!」
「わ、私はこの世界を恐怖に陥れる魔王だぞ」
「それが何や! ウチは30年続く八百屋じゃ、ボケっ! 」
ラスボスは八百屋と専業主婦の迫力に押されてしまいそうだった。
「ふざけ格好しやがって! 警察に突き出してやるっ!来いッ!」
魔王は、八百屋に手を引かれ何が起こっているのかわからないまま警察へと連れて行かれた。
「ん~未成年だしねぇ~。ウチじゃ雇えないよ」
「そこを何とか……」
再び同じ時刻。尾布市の外れのコンビニエンスストアの前で土下座をしているグレーがそこにいた。
目の前に居るのはコンビニの店長さん。困った顔、いや、呆れた顔でグレーを見ている。
「キミのウチ貧乏なの?」
「いえ、ごく平凡な家庭だと思います」
「じゃ、何でバイトしたいの? 遊ぶ金欲しいの?」
「違います。暇なんです。今日、何ていうか何年もいた所を急に辞めさせられて……」
「あ、経験あるんだ?」
「い、一応……まぁ、経験は」
「何やってたの?」
「せ…………正義の味方です」
店長は鼻で笑うとそのまま店内に入っていき、二度と戻ってこなかった。
グレーは大きな、今日何度目かも解らないため息をついた。
「ハァ……やっぱり俺にはOFFレンしか居場所がなかったのかな……。でも、隊員より儲けて
アイツらがお金に困って借りに来たときに高級レストランでステーキ食いながら断ってやるって決めたんだ!がんばるぞ」
頬をパチパチと叩いてグレーは気合を入れた。今のグレーにはそう言う些細な復讐心だけが心の支えになっていたのだった。
「キミね、名前は?」
「……魔王」
「ふざけるんじゃないよ!」
何故、こんな小さな交番のパイプ椅子に座って偉そうな愚民に怒鳴られなければならないのだろうとラスボスは思った。
正直に答えろと言うもんだから正直に答えてやったのに怒鳴られる。ラスボスはその理不尽さに怒りを通り越して複雑な気持ちになっていた。
「住所は?」
「……魔界」
「あのねぇ……いい加減にしてくれるかなぁ?」
「………………」
「ハイ、職業は?」
「……この世界を恐怖に陥れる事」
「いい加減にしろっ!!」
警官がブチ切れて拳銃を魔王の顔に向ける。しかし、正直に答えるしかないのにどうすればいいのか。
なんだか、複雑な気持ちが徐々に哀しい物へと変わっていく。
「いいか?次の質問に正直に答えなければ死刑にしてやるぞ!これは警告だぞ?良いな?……歳は?」
「……10万6025歳」
「きっ、貴様ぁっ!……国家権力舐めんじゃねぇぞコラァ!」
銃口を顔に痛いくらい押し付けながら警官は完全に切れていた。
ラスボスも流石に少しだけ恐怖感が芽生えた。
「わ、私を怒らせるとどうなるか解っているのか……」
「何だとコラ? あぁ!? 俺の権限で死刑にしてやるぞ貴様!」
ラスボスはチラと窓ガラスに映る自分を見た。
愚民に圧倒されて僅かに怯えているような、困惑している様な顔。
この自分が何故こんなにも無様な姿をしているのだろう。ラスボスはそんな自分の姿にますます哀しくなった。
「……私は、ま、魔王なんだ、ほ、本当だ……この世界を恐怖のどん底に……」
「そうかそうか。じゃぁ、正義の味方に倒して貰わなきゃな。じゃぁ、俺が連絡してやるよ。
確か、いい歳して自分を正義の味方だとか言うヤツらの団体があったはずだからな」
「で、何でウチが面倒を見なければならないんですか。連れて来て良いって誰が言ったんですか」
「だ、だってお巡りさん凄い剣幕で……」
ラスボスはOFFレンジャー指定本部にやって来ていた。交番から連絡されては正義の味方として行かないわけには行かない。
しかし、その軽率な行動にグリーンは不快感をあらわにしていたのだった。
「でもさ、快楽殺人者とか、連続婦女暴行犯とかじゃないだけマシじゃないかな?」
「レッド、そんなリアルな問題はOFFレン通信に出ませんっ!」
「あ、そうなんだ。良かった♪」
へらへらしながらレッドはなんとも楽天的にラスボスを見ていた。
ラスボスは自分の置かれている状況がよく解らず、困惑した顔でその様子を見ていた。
「しかし、本当にコイツは魔王なんですか? そう思い込んでいる変質者じゃ?」
「変態ですー」
「まぁ、どっちに転んでもおかしくない危うさがOFFレン通信にはありますからね。素人判断は危険です」
「とりあえず話を聞いてみよう。えーと、貴方は魔王さん?」
レッドの質問にラスボスは俯いたまま覇気の無い顔で小さく首を縦に振った。
「何しに来たの?」
「……私はこの世界を恐怖に陥れるために来たのだ」
「へぇー。そっか~。じゃぁ、OFFレンジャーとしては黙って聞いていられないね」
「……OFFレンジャー?」
「悪い奴らを倒す正義の味方だよ。ぼかぁ、隊長なんだー」
「……何だと?」
ラスボスの顔がみるみるうちに元気になって行ったのにレッドは気づいた
「ならば、この私を倒してみるが良い。フハハハハ! この世界の崩壊と私の崩壊、どちらが早いかな?」
両手を広げ、エリマキトカゲの威嚇の如く、存在感しっかりといった様に魔王はOFFレンを見た。
「結構背が高いんだね」
「きっと牛乳をいっぱい飲んだんですね」
「シェンナもいっぱい飲むのよ?」
「ですー」
「骨粗鬆症にならなくて羨ますぃ~」
しかし、全く恐れをなさない隊員を見て魔王は自分が寂しい存在に思えてきた。
何だか自分がいても居なくてもこの世界に何の意味も無い気がしてきた。
気がつけばラスボスは自分の鋭く延びた爪を見つめていた。これで首を絞めれば楽になれるのだろうか。
ラスボスは自分の首に手をやった。
「わーっ!何やってんだ馬鹿ーっ!」
「こんな所で死なれたら困りますっ!」
男子隊員たちはラスボスに掴みかかりなんとか辞めさせようとするが、ラスボスは抵抗して暴れ始める。
仕方なく、男子達は自分の武器やら素手でラスボスをボコボコに殴り落ち着かせる(?)ことが出来た。
「うっ……うっ……私は魔王なのに何故誰も私を恐れないのだ……うっ……うぅ……」
ラスボスは目に涙をいっぱい貯めて泣いていた。こんなに泣いていては涙売りが出来そうだ。
OFFレンはそんなラスボスを見て、何だか同情したくなってきた。
「きっとこの人は過去に辛い事があったんですよ。それで自分を魔王と思い込んで自分を強く見せようと」
「架空に作り出したアイデンティティの崩壊による自殺ですか。これは複雑な問題ですねぇ」
「少しでも自分に自信が持てればこの人もきっと正常に戻るはずだよ。助けてあげよう」
レッドの言葉に皆頷く。しかし、グリーンはどうも納得行かない顔をしていた。
「……ね?良いよね?」
「仕方ないですねぇ……とっとと切り上げましょう。我々も新学期で忙しいんですから」
「ありがと。よし、それじゃぁ早速、自信を付けさせてあげようか」
「どうやって?」
レッドはタイガの様な顔でニコニコと笑いながらピンと人差し指を立てた。
「ま、僕に任せてよ!」
「えっ!雇ってくれるんですか!」
「うん、なんかねぇ、君のねぇ、目つきにねぇ、ビビッてねぇ、ぁぅん、来た」
グレーが様々な店を転々とし、ついに101店目に来た寿司屋でやっとOKが出た。
と言っても回転寿司屋だが、そこそこ時給も良いし、店も清潔感がある。
「俺、しっかり働きますから!」
「しっかりだねぇ、なんかねぇ、昔のねぇ、僕をねぇ、見てるねぇ、ぁぅん、みたい」
「俺、目標がありますから。燃えに燃えてるんです」
「ぁぅん、感心だねぇ」
グレーは、金持ちになって隊員がお金を借りに来ても高級な店でステーキを食べながらそれを断ると言う目標が見え、
「いつか自分の店が持てたら良いねぇ」
「えっ?……あ、はい」
「故郷のお母さんにも食べてもらえると良いねぇ」
「……そ、そーですね」
少しだけ自分の目標がちっぽけに思えてきたグレーだった。
「レッドぉ、こんな所に来て一体何をする気ですか?」
レッドがラスボスを連れて来たのはごくごく普通の住宅地のT字路に面した道端だった。
特に周辺に何か特別な物は無く、かと言って特殊なイベントもありはしない。
ただ、正義の味方とラスボスが道端に立っているシュールな状況がソコにあった。
「要は、誰かが魔王を恐れてくれればいいんでしょ? だったら作戦はひとーつ!」
「早く教えてくださいよー!」
「慌てない慌てない。良い? 一番この世界で怖がりと言えば小さな子供! これ鉄則!」
レッドはT字路の向こう側を指差した。ちょうど学校帰りの子供たちの下校する姿がチラホラと見えている。
「下校帰りの怖い話って色々あるでしょ~? 口裂け女に人面犬、怪人赤マントにトンピャラポン……」
「なるほど、そう言えば下校中にそう言う怖い目に会ったらどうしようって思ったことがありますね」
「でっしょ~? 僕自身も怖いんだから間違いないよ! 子供達が恐れ慄いてくれれば魔王も喜ぶ、僕らも喜ぶ♪」
「本当だな? ついに私の恐ろしさを愚民共が思い知るのだな?」
「YESYES! 僕が言うんだから間違いないよ。ね?」
隊員らは思わずレッドから目を逸らしてしまった。レッドがこう言う時は何だか厭な予感がするのだ。
「……まぁ、やる価値はあるんじゃないでしょうか……」
「ホラ、この作戦はもう折り紙つきなんだから。ガンバレ!」
「よ、よし」
ラスボスはのしのしとその大きな体を揺らしながら小学生の通る道へと近づいていった。
ちょうど、その先に、幸か不幸か、いかにも怖がりそうな眼鏡をかけた男の子が歩いていた。
「……フハハハハ! 私はこの世界を恐怖に陥れる魔王だ! まずはお前を食ってやろうかぁ!」
隊員達からは少年どころか向こうの壁が見えないほどラスボスは大きく両手を広げた。
少年は急に辺りが暗くなったのに気づいて上を見上げた。驚いたような顔をしてラスボスの顔を見た。
ラスボスは思い切り怖がらせてやろうと口を開け、その鋭い牙を剥き出しにしてやった。
「さぁ、まずはどこから食ってやろうかぁ!」
「……あの、すいません」
「まずは頭からにしてやろうかぁ~!」
「……すいません。ちょっと通してもらえませんか」
「それとも、足からかぁ~!」
男の子はラスボスの服の裾をひょいと挙げて明るい外側に出た。
ラスボスは子供を逃がすまいとランドセルをその大きな手でガシッと掴んだ。
「フハハハ、逃げるのかぁ~!」
「……あのー。僕、これから塾があるんですよぉ? 正直オジサンと遊んでる暇無いんです」
「私は、この世界を恐怖に陥れる魔王だぞ~!」
男の子はため息を付きながらラスボスをしっかりと見据えた
「……子供の僕が言うのもなんですが、おじさんはちゃんと働いていますか? 良いですか?おじさんがそんな風に遊んでいる間にも、皆、しっかり社会の為に働いているんですよ。オジサンはそんな馬鹿みたいな事をやって何か社会の為に役立ちますか?誰かを幸せに出来ますか?僕はあなたみたいな人を反面教師にして将来、人や社会の為になる職業に付く為に頑張っているんです。だから、邪魔をしないで下さい。もう人生を半分以上過ぎている貴方が出来る唯一の善は未来ある若者の足を引っ張らないことです。早く帰ってハローワークにでも通ったらどうですか。僕は貴方のために有意義な今後の人生をオススメしますよ」

男の子は目が点になっているラスボスをよそにスタスタと無駄な時間を過ごしたと言わんばかりに早足で帰っていった。
「ひゃぁ~……若いのにしっかりしてるなぁ」
「って感心している場合ですか。ラスボス凄いショックを受けていますよ」
チラとグリーンが見ると、ラスボスは地面に膝をつき、ベージュ色のコンクリート壁に頭をガンガンとぶつけ始めていた。
「わーーーっ! 辞めなさい辞めなさいっ!」
「……私は魔王……魔王なのにっ……オジサンでは無いのにっ……」
「みなさん、引っ張ってください!」
だんだんベージュ色ではなくなり始めている壁から隊員たちはなんとかラスボスを離した。
だが、ラスボスの顔はますます生気の無い。弱弱しい顔になっていた。
「どうするんですかレッド。ますます酷くなりましたよ」
「……惜しかったのになぁ~」
「いや、全然惜しく無いですって! むしろアウトでしたって!」
レッドは腕組みをして他に何かいい方法が無いか考えた。子供がダメなら女性はどうか。
いや、女性でも結果が同じになる可能性もある。では、ネットで怖がりな人を募集して……。
いや、それは時間がかかるし相手にされないだろう。ならば確実に怖がる身近な人と言えば誰か……
「あ、そうだ!」
レッドは一人該当者がいる事を思い出し、レッドは虎縞ペイントの携帯を取り出した。
「あれ、それレッドの携帯なんですか?」
「うん。なんか最近、虎柄にハマってるらしくって部屋にも結構虎縞グッズ置いてるんだ。買った覚えは無いのに」
「はぁ……そうですかぁ」
レッドは携帯の着信履歴の中から「エコ」の電話番号を決定した。
「へっへ~♪ エコならきっと怖がってくれるよ。あの子、ビビリで泣き虫だしね」
「なるほど、案外身近にいましたねぇ~」
「魔王、魔王、今度の子は100%怖がってくれるよ」
レッドは呼び出し音がなる最中に魔王の肩を優しく叩いてあげた。
魔王もその励ましに僅かな元気が出たのか「あぁ……」と小さな声で呟いた。
「あっ、出た。もしもし? エコ?……あれ、オオカミ? エコは? 昨日ピクニックに行って?
丘の上から? 転がっていったまま? 帰って来てない? 途中崖がいくつかあったって? あーそうなんだぁ……」
レッドは電源を切ると出来るかぎりの笑顔をして見せた
「エコ、今病気なんだって♪」
「いやレッド、もうバレバレっすよ……」
ラスボスはもうただの物体に成り下がったのかと間違えるほど微動だにしていなかった。
だが、わずかに唇の先が震えており、呼吸が出来ている事だけは確認する事が出来た。
「……これはもうだめかもわからんね」
「見捨てるの早っ!」
「やっぱりこういう事は医療機関とかに任せた方がいいと思うよ?」
「症状悪化させておいてそれっすか……」
「人間って意外と無力な生き物だって事が解っただけでも儲け物だと思わなきゃ!」
「だからそう言う変なポジティブさ辞めてくださいよ。魔王だってこれ以上は……ねぇ?」
「……フ、フフフ……」
魔王は真顔のまま、不気味な声を出して笑っていた。
まるで、恐れる物など何も無いかのように、全ての物を笑い飛ばしているようだった。
「も……もう……この魔王を……邪険にする……ような……世界は……ほ……滅ぼしてくれる……」
「うん、そうか。病院に連れて行ってあげるからね。もう大丈夫だよ」
「私の……恐ろしさを……思い知らせて……やる……フ、フハ、フハハハハハハハハハハ!!!」
魔王は、急に立ち上がると両手を高く上げ、何やら呪文を唱え始めた。
ついに、入ってはいけない領域に入ってしまったのかと隊員らは魔王を哀れみの目で見ていた。
だが、次第に魔王の頭上に真っ黒な雷雲が広がってきた。その雲は今朝、尾布市上空に出現したあの雲に良く似ていた。
「出でよ、魔物達!」
魔王がそう叫んだ瞬間、暗雲の中から不気味な魔物達が一斉に飛び出してきた。
龍みたいな魔物。トカゲとライオンの混じったような魔物。三つ目の恐竜の様な魔物。ドコと無くタイガに似ている魔物……。
ゾロゾロと止め処なく飛び出す魔物らは、尾布市上空を飛び、地面に潜り、道路を駆けて行く。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……!」
魔王は笑ったまま遥か上を見上げ、その目はもうドコを見ているのか解らなかった。
隊員らはだんだん自分らの置かれている状況に気づいた。
「……ほ、ホントに魔王だったんだね」
「どどどどどどどどどどどどどど、どうするんですかー!」
遠くでは何かが壊れる音がし始め叫び声も聞こえる。
「と、とりあえず、自衛隊かな……?」
「リアルな解決策は辞めてくださいよ……」
「だって、これ……じ、尋常じゃないよ?」
「俺らは正義の味方っすよ! 俺らがやらなくてどうするんすか!」
ブルーがレッドにOFFレンボックスを渡した。
久しぶりに使うせいか上の方に少しホコリが積もっていた。
「あ、そっかそっか。ボックスがあったんだった! んじゃ……」
レッドはぴょーんと高く飛び上がり、ボックスを魔王に向って投げた。
久しぶりに投げたのだろう。少しだけ目が爽快感に満ちていた。
だが、ボックスはちょうど雲から飛び出したカエルの魔物に食べられてしまった。
その魔物もぴょーんと隊員らを軽々と飛び越えて通天閣の方へと跳ねていった。
「ぎゃ!ぼぼぼぼ、ボックス無くなっちゃったよぉー!」
これ以上無いと言うほど怖がり始めたレッドは、地面にペタンと腰を付いた。
「こ、こうなったら仕方が無い。一旦、基地に避難してもう一度作戦を練りましょう!」
「あわわわ……こ、腰が抜けて……動けないよ……た、助けて……」
レッドは地面に這うようにしてブルーへ手を伸ばした。
しかし、ブルーはレッドの手を握ったまま青い顔をさらに青くさせていた。
「お、俺も足が抜けて動けないんすよ……」
「ちょっ! 何それー!」
レッドが動けないのを知ってかしらずか、足元に桃色のクラゲみたいな軟体の魔物が落ちてきた。
震えながら前進してくるそれは、レッドの足の裏に触れるともにゅもにゅと舐め回す様に震えた。
「ヒィィーーーー! きぼちわるいー!」
「だ、誰かレッドを!」
ブルーが振り返ると隊員らは遥か向こうの電信柱の影でこっちの様子を伺っていた。
所詮、わが身可愛さといった所か。こういう時の隊員らの薄情さにブルーはといもここでは言い表せない罵倒の言葉が止め処なくあふれ出した。
「ヒィィィィ……ぬ、ぬめぬめする……」
ピンクのもにゅもにゅは、レッドの膝の辺りまで張ってきていた。
レッドの顔は生気がなくなった様な顔をしている。じきに、ブルーもその魔の手が来ると思うとぞっとした。
その嫌気が脳の回転をいつもより良くしたのかブルーの頭に名案が浮かんだ。
「そ、そうっす! 転送装置で誰かを呼べば!」
腕時計PCを開き、ブルーはイエローを転送するボタンを押した。
これでイエローに来て貰って、二人を救出してもらおうと思ったのだ。ったが、無常にも『接続できません』と表示された。
どうやら先を読んでPCの電源を切っているらしい。他の隊員も試したが無駄だった。
「ア……ァァ……なんだか……快感に……なって……きた……ぁ……」
腰の辺りまで魔物に包まれ、恍惚の表情を浮かべているレッドの姿にブルーはますます焦りを感じないでいられなかった。
しかし、頼みの綱の隊員らも、そして自分の下半身も、この状況を助けてくれる事は無い。
すっかり魔物たちも道に溢れ返し、ブルーを見つけたらしき体中トゲトゲの魔物がゆっくり近づいてくる。
「ひ、ひぃ……だ、誰か……」
トゲ魔物は食欲がわかない色をしているにも関わらずブルーに詰め寄りながらよだれをアスファルトに落としていた。
普段の雰囲気とは違う魔物らにブルーは遂に腰まで抜けてしまい、地面に音もなく座り込んだ。
「た、助け……て……お、俺、お、お、美味しくない……っす」
決まり文句も通じない魔物はブルーを軽く飲み込めるほどの大きな口を開けた。
剣山の様な歯を見るだけでブルーは軽く失禁しそうな勢いだった。
魔物も楽にしてあげようと思っているのだろう。徐々に近づく速度を早めるという要らない善行をしてくれている。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
ブルーは断末魔の叫びを上げながら目を堅く閉じた──。
「あれっ、まおまお~!」
その時、通りがかりのすし屋の出前らしき男が魔王に声をかけた。
「…………えっ、グっちん!?」
あれほど錯乱状態が嘘の様に魔王は、簡単に出前の男に気がついた。
それと同時に魔物達もまるで人形の様に動きをピタリと止めた。
「痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない痛くない…………あ、あれ?」
いつまで経っても痛みを感じないブルーは目を開けた。
目の前に大きく口を開けた魔物が見えた。
大きなのどちんこらしき物が見える。あと5秒あればブルーはパクリといかれているだろう。
「あ、あれ……まさか俺に時間を止める能力が……?」
ブルーは恐る恐る魔物から後ずさり、ゆっくり立ち上がった。
まだ恐怖が残っているのか少しふらふらとしている。
「あ、ブルーだ。どしたの?」
魔物から少し左に寄るとグレーの姿がそこにあった。
ねじりハチマキ、手には寿司。ステレオタイプの寿司屋の格好をしている。
「ぐ、グレー……あ、危ないっすよ! そ、そいつは……」
「ん? まおまおの事?」
「ま、まおまお?」
魔王は旧友にでも会ったかの様な優しい顔をして、グレーの肩に手を乗せていた。
「ぐっちんの友達だったのかぁ。これは済まない事をした」
「ちょ、まおまおにグっちんって、二人は知り合いっすか?」
「やだなぁ~。俺とまおまおは友達なんだよ~」
グレーと魔王はお互い顔を見合わせてワッハッハと笑った。
「小学校の時。まおまおが行き倒れになっている所を助けてあげてさ」
「グっちんの卵かけご飯美味しかったな……」
「いやぁ~あの時俺、あれしか作れなかったから」
魔王とただのグレーが和気藹々と会話している。ブルーはすっかり目が点になってしまっていた。
「ちょ、ちょうど良かったです! 尾布市から退散して貰える様に頼んでくれませんか!? グレー!」
状況が良くなって来たのを見計らってか隊員らもいつの間にかブルーの背後にやって来ていた。
「え、何? まおまお、尾布市を恐怖と混乱に陥れようとしていた?」
「グっちんのいる世界だと気づかなかった。どうやらやってくる世界を間違えたようだな」
「全く、まおまおは慌てんぼうだな~!」
再び、グレーと魔王の楽しげな笑いが魔物達に囲まれた場に響いた。
「あ、早く別な世界を恐怖と混乱に陥れに行かないと。勇者とかが待ってるんじゃないの?」
「そうだな。では、そうさせてもらおう」
魔王はパチンと指を鳴らした。暗雲にぽっかりと大きな穴が空いたと思った瞬間、物凄い勢いで突風が吹いた。
掃除機に吸い込まれていくゴミの様に今までアチコチに散らばっていた魔物がその穴にへと消えていった。
「それでは、グっちん。また今度、卵かけご飯でも食べさせてもらおうか」
「今度はヨード卵使うから美味しいよ~」
「……では、さらばだ」
魔王はふわっと飛び上がり、その漆黒のマントを羽ばたかせている様に暗雲へと飛んでいく。
もう、魔王の姿は天の様になった頃、一発の雷鳴が轟いた。
思わず隊員が目を閉じ、再びあけた頃にはもう、魔王の姿も、暗雲も無い青々とした空が広がっていた。
「ぐ、グレーの交友関係が広くて助かったぁ……」
「別に?普通じゃない? じゃ俺、寿司屋の出前あるから!」
グレーは何事も無かったかのようにニコッと笑うと隊員らの横を通り過ぎていく。
「まっ! 待ってくださいグレー!」
突然グリーンはグレーを追いかけ、力強くグレーの手を掴んだ。
「……さ、さぁ、本部に帰りましょうか!」
「でも俺、解雇されてるし」
「いやぁ、実はコレはドッキリなんですよ! グレーが可哀相だって私は言ったんですけど
オレンジが『アイツ調子に乗ってるからちょっと締めようぜ』とか言い出して……」
「(えっ、何でボク!?)」
「私は最後の一人になるまで反対したんですよ! だけど泣く泣く解雇ドッキリを。とっても心苦しかったんです!」
グリーンは隊員らの方を振り返り目をパチパチをさせた。隊員らもその意図を感づき首を縦に振った。
「そ、そうなんだ。じゃぁ、俺、OFFレンジャーにいていいんだ!」
「当ったり前田のクラッカーですよ。グレーは大事な隊員です!」
グリーンがわざとらしく拍手すると隊員らもパチパチと拍手をし始めた。
グレーは少しだけ涙ぐんでいるように見えた。
「ありがとう! みんなありがとう!」
拍手の渦はますます大きくなっていった。世界中がグレーを祝っているようだった(気のせい)
「よーし! 今日はお寿司でお祝いだー! 出前なんて放っておこー!」
「わーい!」
しかし、隊員らはまだ気づいていなかった。
「も、もっと……上……」
レッドが危ない物に半分目覚めつつあった事を──。
そして、隊員の中で一度も主役を張ったことの無いグレーがやっと今回、主役のを務めた事を──。