第77話

『パンダの中には愛がある! -前編-』

(挿絵:ブルー隊員)

「おぉーーーあたぁーーーーーりぃーーーーーーー」
「あ、当たっちゃった……」

商店街、正午、買物帰り、レッドは、福引を、当てた。


7名様ご招待の香港旅行のチケットを持って帰ったレッドに隊員は狂喜乱舞し、


それから幾度も隊員の中で残りの6名を選出する為の戦いが繰り広げられた。


時には残酷に、裏切り、人間を捨て、理性を捨て、悪に染まり、それは詳細を書くのも恐ろしい。


そして、ブルー、オレンジ、ライトブルー、ホワイト、パープル、シェンナ。


6名の選ばし者たちは戦いに敗れた者たちの屍を背に、香港へと向った。


これはそんな旅行先で起こった愛と哀しみの物語である……。











「付いたぞぉーーー!!」

満の笑みでレッドは香港の陸地に足を踏み入れた。
4000年の歴史を持つこの中国大陸から伝わってくるパワーがレッドの足から脳天へ突き抜けている。

挿絵

「あぁ、中国、チャイニーズ。す・て・きだなぁ♪」
「レッド、早く添乗員さんに付いて行かないとはぐれるっすよー」

香港の風に酔いしれているレッドの背後にブルーは声をかけた。
後ろを向くといつの間にか皆飛行機から降りてどこかへ向っている。
慌てて追いかけるが、そんなミスをしてしまうのも中国の持つ不思議な魅力のせいだ。きっと

「もう、レッドちゃんとしてないと困るっすよー」
「メンゴメンゴ!」
「隊長、テンション高いですー」

シェンナがくるくる回っていた。レッド同様みな嬉しいのだ。

「レッドは、中華料理大好きなんですよねー」
「そう! チャーハン、餃子、ラーメン、麻婆豆腐、チンジャオロース♪ みんな大好き♪」
「どうでもいいけど添乗員さん向こう行ってるよ」

ホワイトの半分呆れがちな注意で再び隊員たちは慌てて添乗員達を追いかけた。
きっと、この先が思いやられている事だろう。

「レッド、嬉しいのは解るけどあんまりはぐれない様にしてよ」
「大丈夫! きっと良い香港旅行になると思うよ。うん、きっとそうだよ」

レッドの浮かれた言葉にどこか不安が過ぎる隊員達だった。










やってきたホテルは豪華と言うほどではなかったが、ごく普通にこじんまりとした小奇麗といった感じだった。
白いタイルで作られた外壁は清清しい印象を与えるし、ツルツルとした玄関へ続く階段も白い。

「清潔そうなホテルで良かったね」
「ホントに。汚いところ掴まされたらどうしようかと思いましたよ」

隊員たちはどっかのビルのオフィスの様なこじんまりとした受付を通り過ぎ、
男と女の2部屋の鍵を添乗員に貰い、分かれた。

「わぁ~!フカフカベッドだー!」

レッドは部屋に入ると荷物を部屋の前に放っぽり出して真っ白なシーツのかかったベッドに飛び乗った。

「レッド、荷物置いてからにしてくださいよー」
「ふかふかぁ~。やっぱホテルって良いなぁ~」
「ダメだこりゃ……」

ライトブルーたちが呆れていると隣の部屋からぼよんぼよんと何かが弾む音がした。
隣は女子の部屋。何やら騒がしい声が聞こえる。多分、騒動の原因は……。

「ですーですー」
「や、やめてシェンナ!」
「そんなに跳ねたら壊れちゃう!」

レッドがふかふかに酔いしれている反面、シェンナはトランポリンの様にベッドの上で跳ねていた。
だが、ベッドが古いせいかシェンナが跳ねるたびにギシギシととんでもない音が鳴っていた。

「やっぱりクリームも連れて来れば良かったかなぁ……」
「待って。こんな事もあろうかとクリームからシェンナのHow Toミニ冊子を貰ってきたから」

ホワイトはトランクの中から粗末な紙をホチキスで止めただけの分厚い冊子を取り出した。
表紙を開くと目次があった。ずいぶんと細かい字でたくさん書かれていてどのページを開けばいいのか解らない。

「えーと……どれを開けば……」
「こ、この『故障かな?と思ったら』じゃない?」
「281ページ……っと。あ、あった!『ベッドから降りない時 -外泊編-』
えぇと、他人の迷惑になる場合は素早く制止させる必要があります。そんな時は以下の手順を……よし!」

ホワイトは冊子を見ながらシェンナの真横に向った。

「えーと……クリームぽく……。シェンナ、辞めなさい。ベッドが痛い痛いって言ってるわよ」
「ベッドが言うわけ無いですー」
「えーと……『正論で返された時』……パープル、ちょっと反対側行ってくれる?」
「あ、解った」

パープルがホワイトと向かい合わせになり、ベッドを挟む形になった。
相変わらずシェンナは楽しげにベッドの上を跳ねている。

「良い? 私の真似して」
「うん」

ホワイトはそう言うと手拍子を始めた。パープルも後に続く。

「アンコール! アンコール!」
「あ、アンコール! アンコール!」

しばらくアンコールを繰り返しているとシェンナは綺麗に着地して変なポーズを決めた。

「シェンナの演技は金メダル物ですー」
「うん、そうね。じゃ、早くベッドから降りようか」

ホワイトとパープルはぴょんとベッドから降りたシェンナにホッと安堵したのもつかの間。
再びシェンナはベッドの上へと飛び乗って跳ね始めた。しかもますます高く飛んでいる。

「ちょ、ちょっとシェンナ!辞めなさい!」
「次は銀メダルですー」
「あっ、まさか……」

ホワイトは『アンコール制止法』の5項目を見ていなかったことに気づいた。
シェンナが降りた後に「もうやらないの?」と聞き、『アンコールは一回だけなんですよー』と返事しなければならないと書かれている。
ご丁寧にその下に赤字で(※ この仕上げをミスした場合、さらに調子に乗ることがあり危険です 【もしもの時は→530頁】)とあった。
つまり、この状態はかなり危険なのだろう。ホワイトは再び目次のページへ戻した。

「えーと……530ページ……」

ホテルに入っただけでホワイトとパープルはかなり疲れ始めていた。













「もう、シェンナを扱うのがこんなに大変だとは思わなかった」
「ですー」
「そっちはそっちで大変っすねー……でも、こっちもこっちで……」

男子部屋に全員集まっても相変わらずベッドの魔力に取り付かれているレッドをブルーは呆れた目で見た。

「ふかふからぁ~」

布団のふかふか効果により完全に猫化しているレッドはとても幸せそうな顔をしていた。

「……あ、暴れないだけマシじゃないかな」
「でも、長くあのままにしておくともう戻れなくなりそうだよね」
「じゃぁさどっか連れ出そうよ。せっかく香港に来てるのにホテルにいちゃ勿体無いじゃん」

ライトブルーの発言に隊員らは「そうだ。ここは香港だったのだ」とハッとした。

「こうはしてられないっすね! どっか遊びに行きましょう!」
「え~時間あるかなぁ……」

ホワイトが旅行の日程表を広げた。今は1時。『自由時間』の文字が夕飯の6時まで延びている。

「……うん、6時までに帰れば今日一日好きにできるみたい」
「じゃぁ、どこ行く?」
「シェンナ、ディズニーランドに行きたいですー」
「う~ん。その場所は色々と大人の事情が絡むからねぇ……」
「とりあえず、遠くに行って迷ったら大変だし近場の店でも見て回らない? 私、色々とお土産頼まれてるし」

ホワイトの鶴の一声に一同賛成した。いくらアジア圏とは言え外国は外国。常に安全を考えて行動するのは大事だ。
早速、隊員らはレッドをベッドから降ろす口実が出来、なんとかレッドをベッドから引き剥がした。

「ふ、ふかふかぁ~……」

まだ、ベッドの魔力が切れていないのか降りてしばらくは名残惜しそうにしていたが、じきに治るだろうと
ブルーとライトブルーでレッドの両側の腕を肩に掛け支えながら部屋を出た。

「ま、まずは、どこに行くんすか?」
「お土産屋さんでしょ。やっぱり」
「早く早く!」

足元がおぼつかないレッドを支えながら徐行歩行を続ける男子隊員らをよそに、
スタスタと期待に背中を押されているかのように身軽く階段を降りていく女子たちはそれに気づかなかった。

「ふかふか……ふか……」
「あぁ、もう。これで隊長なんて聞いて呆れるっすよ」
「ホントホント」

登るときには何とも思わなかった階段が非常に長く感じられた。いつの間にか心の中で自分を励まし始めていた。
「もうすこしだ。がんばれ俺」。それをもう何度繰り返したのか解らなくなったころ要約、階段無間地獄を終えることが出来た。

「二人とも遅いっ! 階段降りるくらいでどんだけかかってんのっ!」

ホワイトの怒りの言葉が階段を降りるだけで疲れた体に残酷に突き刺さった。

「だ、だってレッドが……」
「ん?何が?」

責任転嫁しようにも、レッドはすっかり正気を取り戻していた。ブルーの差した人差し指が虚しかった。

「ねぇ……早く行かない?」
「あ、そうそう。ブルーのせいで余計な時間を食っちゃったから急がないと」
「(な、なんで俺だけ……?)」
「早く行かないとお店が逃げちゃうですー」

シェンナが我先にと玄関を飛び出していった。

「あっ、目の前が道路だから車に……」

ホワイトが注意しようとした瞬間、外で誰かが何かにぶつかる音がした。
「しまった!」と思いホワイトの顔はブルーになった。

「ちょ、ちょっとブルー……見てきて」
「え、えっ、何で俺なんすか!」
「男でしょ! 早く行く。早く!」

ブルーの胸元を掴みながらホワイトが怒鳴ると、ブルーは恐る恐る玄関へと向った。
時折、ホワイトの方を見ながら、ホワイトから顎で合図され……。

「(だ、大丈夫っすよね……77号っすもん。怪我とかそう言うリアルな事件は……)」

ブルーは何度もそう言い聞かせて、外を覗いた。シェンナが地面に突っ伏して倒れていた。
『あぁ……ついに筆者の信条が変わってしまったのか』とブルーはこの旅行に参加した事を悔やんだ。
きっと、これから雪山の山荘で連続殺人事件が起こって、きっと自分は『殺人者と一緒にいられるか!』とか言って自分の部屋で殺される役割なんだ。
等など意味の解らない考えが頭の中で渦巻いていた。

「対、対不起……!」

中国語らしき言葉を叫びながら誰かがシェンナの亡骸に駆け寄った。
きっと、これから始まる惨劇に彼も巻き込まれていくのだろうとブルーが思っていると死んだはず(?)のシェンナが起き上がった。

「シェンナ、無事だったんすね!」

ブルーは一安心してホワイトらに両手で大きな○を作ると、隊員らも安心して駆け寄ってきた。
その中でホワイトが一番安心していたように見えた。

「良かった。シェンナ、大丈夫?」
「痛かったですー! いきなりぶつかってきたですー! 慰謝料出せですー!」

シェンナは相当ご立腹だったらしく当たり屋みたいな口ぶりで加害者に慰謝料を要求し始めた。
加害者はパンダの少年で困ったように首をかしげていた。

「シェンナ、相手は外国の人なんだから解るわけ無いでしょ」
「……あ、あの、大体なら、解ります」

パンダの少年はアニメに出てくるようなステレオタイプの中国人の発音では無い流暢な日本語を話した。

「あれ、日本語解るの?」
「はい。お父さんとお母さんが日本に長く住んでいたので」
「いやぁ、申し合わせたように都合が良いね。ウチの隊員がご迷惑かけましたー」

レッドは隊長らしく丁寧に頭を下げてパンダ少年に謝った。こういう所はさすがだなぁと隊員たちは思った。

「ホラ、シェンナも急に飛び出しちゃダメだよ。謝って」
「示談にしてやるですー! 指定の口座に振り込むですー!」
「コラコラ、ダメだよ正義の味方の脅迫はー」

レッドはシェンナの頭を押えてもう一度頭を下げた。
パンダの少年も流石に申し訳なく感じたのか「こちらこそ」と頭を下げた。

「いやいや、なんのなんの……ちょっと初の香港ロケだからみんな舞い上がっちゃって」
「いえ、ボクの方も急いでいましたから…………あぁっ! 菲菲が居ない!」

突然パンダ少年は、うろたえながら辺りをキョロキョロと探し始めた。
タイルの隙間、ホテル前の茂み。レッドの頭上……。

「菲菲!? 在哪儿呢?」
「どうかしたんですか?」
「ぼ、ボクの大事な菲菲が、い、居なくなっちゃったんです」
「ふぃーふぃーって何? 欧陽?」
「ボクのペットのウサギです。ボク、さっきまで菲菲を。……病院に連れて行く途中で」

パンダ少年は少しだけ涙を浮かべて肩を落としていた。
レッドはニコッと笑ってその少年をの肩をポンポンと叩いた。

「良かったら僕らも一緒にその菲菲を探してあげようか?」
「ちょっと、隊長!」
「いいんですか!」
「元はと言えばウチの隊員がした事だしね。それに、77号だから!」

レッドは胸をドンと叩いた。咽そうになったがそこは隊長の意地で我慢した。

「あ、ありがとうございます! えーと……」
「僕はレッド、以下同文」
「いや、全然同文じゃないから……」
「ボクはタンタンって言います。請多関照!」
「あ、どうも……」

挿絵

レッドとタンタンは軽く握手を交わすと早速、菲菲を探し始めた。
と言っても、やはり香港の地理は知らないのでタンタンに付き添いつつ、周囲を探すと言う方法をとった。
いくら日本から近い国とは言えやはり全く雰囲気が違っていた香港。しかし、なんだか異国にいると言う感じはしなかった。

「ねぇ、タンタン。菲菲の特徴ってどんなのかなぁ?」
「桃色のウサギで、金色の首輪を付けています」
「へー変わったウサギなんだねぇ。だったら意外と簡単に見つかるかもしれないよ」
「……是(ハイ)」

タンタンが不安げに笑って頷いたのがレッドは気になった。

「どうかしたの?」
「あ、いえ、ちょっと元気が無くて病院に連れて行こうとしていたから心配なんです」
「……ふーん。そっか。でもさ、逃げちゃうくらいなんだから大丈夫だよ」
「そ、そうですよね」

レッドにはタンタンが取り繕っているように見えた。どうやら、まだ安心していない様だ。
これ以上かける声が思いつかないと悩んでいると、ちょうど良いタイミングでシェンナが助け舟を出した。

「カメさんですー」

シェンナは海を挟んだ反対側の陸地にある建物を指差していた。
言われて見ると確かにその巨大な建物の外観は亀の様な形をしている。

「ホント、亀みたい」
「大きいですー」

すっかりウサギ探しを忘れて建物見物を始めた女子達に男子達は少々呆れてしまった。

「あれはコンベンションセンターです。最新設備が整っていて、国際会議もあそこで行われるんですよ」
「へぇー。タンタン香港に詳しいんだね」
「……パープル。この子の地元だから」
「あ、そっか」
「パープルもおっちょこちょこちょいさんだなー」

パープルの天然な発言に少しだけ場が和んだ気がして、レッドはタンタンの様子を横目で確認した。
タンタンの表情はさっきより少しだけ落ち着いているように見え、レッドは安心した。

「さぁ、早く菲菲探しに戻ろうか。見つけてから案内してもらえばいいじゃない」
「あ、そうだった。タンタンごめんね」
「いえ、良いんです。皆さんも香港に来て間も無いでしょうし。ちょこっとくらいならボクも解説しますよ」

タンタンは不純物の無い笑顔を見せた。ワクワクした様子の隊員らにレッドも注意を促す。

「解ってるだろうケド、菲菲を探す事が最優先だからね?」
「りょうかーい!」
「ですー」

妙に元気のある返事に本当に解っているのか不安が残るレッドだった。














──赤と黒で彩られた薄暗い部屋。
無数のパンダが左右に並んでいるまっすぐ伸びた赤い絨毯の先には数段の階段。

「級悪大熊猫先生 荣光那个! 級悪大熊猫先生 荣光那个!(極悪パンダ様に栄光あれ)」

その上段にある皇帝椅子。そして、そこに座っている謎のパンダは自分を称える声に酔いしれていた。

「級悪大熊猫先生! (極悪パンダ様!)」

すると、絨毯の上を急いで走ってきたパンダが一匹いた。パンダはすぐさま跪くと段上のパンダを見た。

「級悪大熊猫先生。被发現了坦担 (極悪パンダ様。タンタンを発見しました)」
「……真的吗?(本当か?)」
「真的(はい)」
「……快抓住(早く捕まえろ)」

それだけの呟きを聞き、手下らしきパンダはその場を下がった。
ただ、皆から極悪パンダと呼ばれている彼は、爪を噛みながら腹立たしそうな様子で、金色の肘掛に映った自分の左目の傷を見ていた。













「……ふぅ、香港って広いなぁ。もうぼかぁ、くたびれちゃったよ」

人一倍、ウサギ探しに積極的だったレッドは無数にあるビルを見上げながら座り込んだ。
他の隊員らがウサギのいそうな路地や、隙間を見ているのにレッドだけは柵の間やタイルの隙間等、
無駄な場所まで必死に探していたのだから。

「レッドぉ、休んでいる場合じゃないっすよー」
「だって疲れたんだもん。隊長も大変なのだよブルー隊員。あぁ、汗かいちゃった」

レッドは帽子を脱いで汗を拭き始めた。わずか15分でどうしてそこまで汗をかけるのかブルーは不思議だった。
止め処なく流れているような汗を吸うレッドの帽子。ふと、その手が止まった瞬間、レッドは思い切り立ち上がった。

「にゃー!!! どこだココーーー!!」
「ひゃぁ」

突然、虎縞になって大声で叫ぶレッドの姿にタンタンは驚いて変な声を出した。
どうやらレッド隊長は恐れていた虎猫変身を行ってしまったらしかった。

「どこだ!? なんか知らねー所に来てるぞっ!」
「タイガくん、落ち着いて」
「あっ、パープルちゃん! よかったぁ。オレ、どこに居るのかと思っちゃったよぉー」

タイガになったレッドは、パープルを見つけて馴れ馴れしく肩に手を置いていた。

「やっぱりパープルちゃんはオレのこと大事に思ってくれてるんだねー♪ この辺ラブホあるかなぁ~?」
「タイガ、そんな事してる場合じゃないっすよ。早くレッドに戻ってくれないと」

タイガはブルーに気づくと露骨に嫌そうな顔をして、小さく舌打ちをした。

「何でお前がいるんだよ。パープルちゃんはオレんだぞ」
「いや、私、誰の物でも無いから……」
「あーどうしてこう都合よくタイガが出てくるんすかねぇ~……」
「オレは久々に出て来たんだぞっ! なんか文句あるか!」
「あ、あのね。タイガくん。今、かくかくしかじかで」

余計めんどくさい事になりそうな状況を察知し、パープルはタイガに事のいきさつを説明した。
混乱しているタンタンにタイガとレッドの関係も簡単に説明した。
その際、反対にタイガにタンタンの事も紹介したが、女の子では無いのであまり興味がなさそうだった。

「じゃー……そのふぃーふぃーってウサギを探してるんだね?パープルちゃんとホワイトちゃんは」
「まぁ、簡単に言えばそうなの」
「むー。じゃぁ、オレが見つけたらパープルちゃんとホワイトちゃんでコンコンでデートしてくれる?」
「……香港でデートね。まぁ、考えてあげても良いよ。ね、ホワイト」
「ま、レッドよりかはよく探すんじゃない?」

ホワイトの言葉にタイガも調子良く、張り切ってウサギを探し始めた。
こうやってタイガが疲れたらレッドに、レッドが疲れたらタイガにと交代でさせればいいんじゃないか等とふと、ホワイトは思った。

「ここかぁー!」

しかし、タイガもさすが元が同じだけあって、レッドと探している場所が全く変わらず無駄な場所ばかり探していた。

「1+1は2じゃないんだね」
「元々0.5と0.5だから……」

ライトブルーとオレンジにまで評価を下げられているタイガ(とレッド)は、気がつけば数メートル先の場所を探していた。
通行人もタイルの隙間を探している変な少年を怪訝な顔で見ている。せめて日本の恥になる事はして欲しくは無いが、それも危ういかもしれない。

「わっ!」
「イテッ!」

隊員らの不安な心が一つになった瞬間、早速、虎猫少年は荷物を抱えた通行人にぶつかった。
バラバラと荷物がタイガの頭に落ち、被害者(?)は後ろに倒れて、俗に言う衝突事故の様になった。

「コラ、タイガー!」
「ごめんなさーい!」

なんとか、日中友好を維持しようと隊員たちはタイガを踏みつけてしまいながらも被害者に駆け寄った。

「えーと、ゴメンナサイあるよー」
「ですですー」
「イタタタ……いえ、大丈夫です。相手の方は……?」

ぶつかったのは青色の虎猫の少年だった。この人もどうやら日本語が話せるらしく丁寧にお辞儀しながら立ち上がった。
ホコリを払い、ぶつかってきたタイガをその少年が見ると、目を見開いて驚いていた。

「こ、この方は……」
「この虎猫を知ってるんすか?」
「知ってるも何も……この人は……」
「ワン!どしたのー?」

少年の背後から女性の声が聞こえた。今度の声にブルーらは聞き覚えがあった。

「あれ、タイガっちじゃなーい! よく見ればタイガっちの友達も!」

タイガを見つけるなり賑やかに喋りだした少女は、以前、タイガの彼女と言い出した事があるマオラだった。
そういえば、彼女は中国に帰ったとタイガに聞いた事があったなと隊員は思い出していた。

「タイガっちどうしたのー! 香港で偶然会うなんて! 私、すっごい嬉しい!」

ダメージを受けて半分意識が飛んでいるタイガの体を嬉しそうにマオラは抱きかかえた。

「ヤダー! 今日、香港に買物に来て良かったー♪ 感動の再会だねー♪」
「ま、マオラちゃん……ひ、久しぶりぃ……」
「タイガっち。今日はどうしたの? お友達と旅行?」
「お、オレ……う、ウサギ探してて」
「ウサギ?」
「それをさ、探せば、デ……」

マオラの前で他の子の話をする訳にはいかないなと思い。タイガは言葉を飲み込んだ。

「な、なんでもない。ピンク色のウサギ見なかった……?」
「ピンクのウサギ?」
「マオラ、さっきのあれじゃないかな?」
「あぁ、あれか!」

ワンの言葉でマオラは思い出したのかポンと手を叩いた。

「知ってるんすか!?」
「うん。さっき、ピンク色のウサギがワンの横を通り過ぎて行ったの」
「……いっぱい荷物持ってたんで転ばないように足元を見ていたので間違い無いです」
「じゃぁ、早速、探してみましょう!」
「ハイ!」

隊員達は、タイガを掴んでウサギを捕まえるべく走り出した。
残されたマオラは少し物悲しそうに、ワンは少し安心したようにその姿を見ていた。













ほぼ時を同じくして、日本でもまた何やら怪しい雰囲気を漂わせている場所があった。


「……猫猫よ。いつまで同じような言い訳をこの俺に聞かせれば気が済むんだ……」
「そ、それはぁ……」
「……そして、どうしてそんな言い訳が何度もこの俺に通用すると思っているんだ……?」

先ほどのあの華やかな悪の組織の様な場所とは違った暗い色調で統一されたこの部屋で、
その雰囲気とは合わない鮮やかな顔の模様を持つ男は、眼下にいる3匹の手下を睨んだ。
薄暗いその部屋では、彼の鋭い目だけがまるで宙に浮かんでいるように見えた。

「えーと……そのぉ……ニャァ……」
「……貴様らは本来ならば俺に始末されても文句を言えない立場なのを忘れていないだろうな?」

宙に浮かんだ目はさらに鋭くなり、3人の背中に冷たい汗が滑っていった。

挿絵

「そっ、それはもちろんですニャ! ウィック様の心遣いにはオレ様、心から感謝しておりますニャ!」
「う、う、写猫も右に同じって感じです! 俺はウィック様の為ならば何でも致します」
「俺、ウィック様、為、働く、する、BC団、好き」
「…………フン」

ウィックは、鼻で笑うとようやく、その目を3匹から逸らした。
その時、3匹は初めてまともに呼吸をしたような気がした。

「……一刻も早く完成を急ぐのだ。その為にはどんな事をしても構わん」
「で、ですが、資金の調達には手間がかかりますニャ、人材も少なく、工事か調達のどちらかに偏ってしまい……」
「不可能だと言いたいのか……?」
「ニャ、め、滅相も無いですニャ!」
「では何だ?」
「ニャ……えぇと……ニャァァ……あのですニャ……そ、そうですニャ! 」

猫猫は、緊張のあまり時々転びそうになりながら急いでウィックの元へと走り、『悪者の友 7月号』を差し出した。

「何だ」
「今日届いた、悪者の友ですニャ。そ、そこの特集ページをご覧下さいニャ……」

ウィックは悪者の友を受け取るとパラパラとページを捲り巻頭の特集ページを開いた。
そこには、香港のマフィアが日本進出を目指していると言う記事が掲載されていた。

「……これがどうした」
「日本に進出してくると言う事は、つまりそれだけの財力があると言う事ですニャ。つまり、
上手く誘い込んで共同作業と言う形で資金を出させる訳ですニャ。もちろん、完成の暁にはヤツラは用済みですニャ」
「ほぉ……貴様にしては中々いい考えだな。ならば、今すぐ香港に向え」
「ハイ、ニャ!」

猫猫は跪き、両手をウィックの方に伸ばした。

「……何の真似だ」
「ニャ? そ、そりゃぁもちろん、香港行きの費用ですニャ」
「貴様……」

猫猫は、その声を聞いただけでウィックがどんな顔をしているか瞬時に察知した。

「ち、違いますニャ、ウィック様。無駄づかいもしませんし、帰りはマフィアに上手いこと言って送ってもらいますニャ!
本来ならば泳いででも行くんですが、急がないと他の組織と先に手を結ぶ事もあるかもしれませんニャ!だから、片道だけ最低限の旅費を3人分……」

猫猫は顔を下に向けたまま差し出した両手を震わせながら一気に喋った。

「……猫猫」
「も、もちろん、費用はお返ししますニャ! マフィアを騙して10倍! いえ、100倍にしてお返し致しますニャー!」
「……猫猫」
「わ、解っておりますニャ! ウィック様の大事にされている金をお借りするのですからオレ様、寿命を使う覚悟で!」
「……猫猫。もう良い」
「はっ、ハイですニャ!」
「……これだけあれば足りるな?」

猫猫は汗でべったりと濡れた手の平に、紙の感覚を感じた。
恐る恐る、手の上を見ると、100万円はあろうかと思われる札束が乗っかっていた。

「ニャッ! ニャァーッ!!」

猫猫は驚きのあまり、腰が抜けてしまい床にへなへなと座り込んだ。
一円すら惜しむ、ウィックがこんな大金を出す。いくら何でも多すぎるのが猫猫には解っていた。
これはつまり『失敗は500%許されない』事を意味しているのだろう。

「ニャ……ニャニャ……ニャニャニャ……」

猫猫は体の芯から震えていた。下手をすれば失禁してしまいそうな程、手の上の札束に恐怖を感じていた。

「猫猫。期待しているぞ……」
「ニャ、ニャニャ……は、ハイ……ニャ……」

猫猫はまともにウィックの顔を見る事が出来なかった。目が上手く動かないのだ。

「成功の暁には、貴様を幹部にしてやろう……紋章も入れてやる」
「ニャニャニャ……い、い、命、を、か、かけて、が、が、が、が、頑張ります、ニ……ャ……」

搾り出すように言葉を言い終えた瞬間、猫猫は白目を剥いて後方に倒れた。
写猫と獣猫は猫猫の両肩を持ち、部屋の出口へとゆっくりゆっくり向っていった。
まるで、地獄の入り口に入るのを時折ためらっているかのように───。














「あっ、菲菲の鳴き声が……」

とある狭い路地に差し掛かった時、タンタンは急に立ち止まって耳を済ませた。

「何も聞こえないよ?」
「ボクには解るんです。赤ちゃんウサギの頃から一緒でしたから……」

タンタンは耳の側に手を当てながら辺りを見回した。
隊員らも同じようにしてみたが、車の音や人の話し声がかすかに聞こえるぐらいだった。

「……危ない! 菲菲ー!」

何か危険を察知したのか突然、タンタンは走り出した。
慌てて、隊員も追うが、よけい狭くなり、ゴミ箱やら何やらで道も複雑になっていた。
タンタンは華麗な身のこなしでそれを避けていくが、とても隊員たちには無理な話だった。

「うわっぷ! ゴミが口に入ったかも」
「オレンジ、邪魔よ。早く行って」
「そんな事言われても~!」

何だかんだで、ようやくタンタンの姿が確認できる所まで追いつくことが出来た。
タンタンが数メートル先の角を曲がってすぐ、タンタンが再び角から現れた。
しかし、隊員を待っていたわけでも無く、後ずさりしながら現れた格好だった。

「タンタン、どうしたの?」
「ふぃ、菲菲が……」

恐る恐る隊員たちはタンタンの目線の先を見た。
そこには、いかにも悪そうなパンダが二匹、ピンク色のウサギを捕まえていたのだ。

「……找到了(見つけたぜ)」
「一起来?(一緒に来てもらおうか)」

挿絵

もちろん、香港な訳だから中国語を喋っていた。タンタンだけが理解しているようで
何となく言ってる事は解るが隊員らは少しもやもやしたこの状況に違和感を感じていた。

「……不、不行!(い、嫌だ!)」
「被級悪大熊猫先生 命令(極悪パンダ様からのご命令だ)」
「級悪大熊猫……?(極悪パンダ……!?)」
「来!(さっさと来るんだ)」

OFF隊員はタンタンの腕を悪者パンダが掴んだ瞬間、急いで武器を手にした。

「た、タンタンから離れなさい!」
「日本人的熟人?手法没正変化(日本人の知り合いか? やり方は変わって無いな)」
「不是!(違う!)」
「だから離れなさいってば!」

言葉の通じなさにホワイトはイライラし始めていた。当然と言えば当然だが。

「ホワイト、ここはボックスを使うっすよ。ホラ、タイガ、起きて」
「うにゃ……」

まだ足元がおぼつかないタイガにブルーはボックスを渡した。

「いいっすね。何でもいいっすからアイツらを倒す方法を考えて」
「……お?おぉ……」

タイガはボックスを床に投げつけると、真っ白な煙が噴出してきた。

「早く言うっす!」
「……えーと……エロ本いっぱい!」

タイガの言葉に空からたくさんのアダルト本が降ってきた。

「にゃはwにゃはw こんなに読みきれるかにゃ~♪」

女子達は「最低……」と呟きながらまだ寝ぼけているタイガを冷たい目で見ていた。

「もういいっす。俺が代わりに……えーと。俊敏な笹!」

ブルーが投げつけたボックスから一本の青々とした笹がぴょこんと飛び出してきた。
悪者パンダもさすがにコレには反応したようで、キラキラした目で笹を見ていた。

「好象美味!(美味そうだ!)」
「是我的小竹!(俺の笹だぞ!)」
「不是!是我的小竹(いや、俺の笹だ!)

思惑通り、2匹のパンダは笹を巡って言い争いを始めた。
すると、笹にカモシカの様な足が生えたかと思うと脱兎の勢いで笹は逃げ出した。

「不要逃掉ー!(逃げるなー!)」
「是我的小竹ー!(俺の笹ー!)」

パンダ2匹はウサギをほったらかしにして、笹を追いかけて行った。
タンタンは急いでウサギの元に駆け寄り怪我が無い事を確かめると優しく菲菲を抱きしめた。

「菲菲! 対不起……対不起(菲菲、ごめんよ……ごめんよ)」
「何はともあれウサギが無事で良かった良かった」
「ピンク色で美味しそうですー」
「みなさん、ありがとうございます」

タンタンは何度も何度も涙ながらにお辞儀をした。隊員達も事件解決で一安心だ。
すると、グルグルと誰かのお腹が鳴った。

「シェンナ、お腹空いたですー」
「そういえばもうお昼過ぎてるなぁ。どっか食べに行こうか?」
「あ、ボク、美味しい店知ってます。是非、お礼におごらせて下さい」
「えぇー。いいのー?」
「この子が無事なのも皆さんのおかげですから!」
「じゃぁ、お言葉に甘えて!」

ワイワイ騒ぐOFFレンをよそに、タイガは一人、大量のアダルト本を真剣に拾い集めていた。















「……放掉了?(……逃がしただと?)」
「……是(……はい)」

先ほどの悪者パンダ2匹は時折、ゲップしそうになるのを堪えながら、極悪パンダと言う男に跪いていた。

「……抓住。不問手段(捕まえろ。手段は問わん)」
「是、是!(ハイ)」
「如果再失敗的……(もし、再び失敗していたら……)」

極悪パンダのニヤリとした笑みに2匹は恐怖を感じながら静かに頭を下げた。














「はぁー食べた食べた」

いっぱい美味しいご飯を食べ終えた隊員達は、タンタンと一緒に自分達の部屋に入った。

「本当に、来ても良かったんですか?」
「いいよいいよ。泊まるのは無理かもしれないけれど。時間までは遊んでいってよ」
「は、はい」

既に外の景色を見ると街は夕日に染まっていて、何だか大阪とは違う綺麗なオレンジ色の街になっていた。

「……さてと。オレ、ちょーっとあっちの部屋に行って来て良いかなー?」

アダルト本を4,5冊脇に抱えたタイガが、ドアノブに手をかけていた。

「シェンナも行くですー」
「だ、ダメだよシェンナちゃん。ちょーっと一人にさせてくれないかなぁ」
「シェンナ良い子でいるですよー」
「そ、そう言う訳じゃなくて~……」

タイガの顔は笑顔だったが明らかに焦りが見られていた。

「あっちは女子の部屋っすよ。しかも、タイガ一人じゃ……」
「大丈夫だって! オレ、ベッドとか荷物とか触らないし」
「じゃーなんでここじゃダメなんすか?」
「そ、それは……その……お前も男ならさぁ、な?」

タイガに冷たい目が集中する。

「……じゃぁ、オレンジを見張りとして」
「えっ、何でボク!?」
「じゃなきゃ、ダメー」
「……解った」

タイガは不服そうだったが小さく、よく見なければ解らないくらいに頷いた。
オレンジもめんどくさそうにタイガの側まで来るとドアを開けて外へと出た。
すると突然、オレンジの肩に手を廻してタイガはチラっと、持っていた本を見せた。

「なぁ、オイ、オレンジ。見逃してくれよ」
「え、そ、そんな事したらボクが大変じゃん」
「オレ、最近外出てなかったからさぁ……もうこれ以上はな? な? せっかくいっぱいエロ本手に入れたわけだし」
「えぇ~……」

タイガはオレンジに無理やり本を一冊持たせると、急いで部屋の方へと走っていった。

「いいな? 絶対、部屋に入るなよ!? あと、女子達も誤魔化しとけよ!」
「こんなの要らないよぉー……」

タイガがドアを閉めると、オレンジは無音の廊下に一人取り残された。
このまま、どこに行こうか。そんな事を考えていると、ふと背後に気配を感じた。






「!?」









後編に続く。期待して待て!