第78話

『オレの好きな先輩』

(挿絵:パープル隊員)

「タイガ先輩、やっぱ遊園地は楽しいですねー」

遊園地にやってきたエコとタイガ。
エコはソフトクリームを舐めながらベンチに座って次のアトラクションを探していた。

「あ、今度はあれに乗りませんか?………………あれ?」

エコが絶叫マシンを指差しながらタイガに呼びかけた。
しかし、さっきまで隣に座っていたタイガが忽然と姿を消してしまっていた。

「(トイレかなぁ……)」

そう思いながらエコが再び正面を向くと、いつの間にかタイガが立っていた。

「あれ、先輩そんな所にいたんですか?」
「…………」

タイガは表情一つ変えずに黙ったままエコに背を向けて歩き出した。

「あれ? せんぱぁーい。 どこいくんですかー? トイレならあっちですよー!」

エコの声にタイガは何も応えることなく黙々とタイガは歩いていた。

「せんぱーい! 待ってくださーい!」

エコは追いかけようとするが、いくら走ってもタイガには追いつかなかった。
終いには、転んでしまった。顔を上げるとタイガはいなくなっていた。落ちたソフトクリームがゆっくり溶けていった。

ふと目が覚めた。慌てて起き上がるといつものエコの部屋だった。

「なんだぁ……夢かぁ」












『えー、こちら大阪布、尾布駅前です。あちらをご覧戴けますでしょうか。
先日からお伝えしています、怪人ラーメン男にスープのダシにされ味気ない顔にされてしまった被害者の方々です』

OFFレンジャーはその時いつにも無く真剣にテレビのニュース番組を見ていた。
もちろん、この事件についての情報が知りたい為だった。

『えー、こちらが被害にあわれた佐々木さんです。襲われたときの状況をお話していただけますか』
『いきなり、鍋に放り込まれたかと思ったらそのまま煮込まれちゃったんだよ。困っちゃうよもう』

画面に映った佐々木さんの顔は、まるでのっぺらぼうの顔にごま塩を3つ付けただけの様な味気ない顔にされてしまっていた。
と言うよりむしろ、笑ってしまう顔なのだが、OFFレンジャーは表情一つ変える事無がなかった。
何故ならば、既に身内に被害者が出てしまい昨日、一日中、大爆笑していたからだった。

『犯人に、何か一言ありますか?』
『僕の旨味を返せー!』
『府警は本日より大阪府全域のラーメン店に家宅捜索を始める予定だそうです。以上尾布市よりお伝えいたしました』

ニュースが、タレントの離婚会見のニュースに変わると隊員達は一斉にため息を吐きながら、グリーンを見た。

「く、悔しいっ……なぜ私ばかりがこの様にっ……」

グリーンの顔は3つの点で構成された実に味気ない顔をしていた。そう、身内の被害者とはグリーン隊員だったのだ。
小さな小さな目からはチョロチョロと水分が流れていた。笑いと言う感情を使い切ってしまった隊員達は冷めた顔でそれを見ていた。
しかし、それがまた昨日とは違う意味でグリーンを酷く傷つけていた。ここが崖ならば躊躇無く彼は飛び込んでいるだろう。

「ラーメン屋を全部あたっていくわけにはいかないし。これは解決まで長くなりそうっすよ」
「困ったなぁ。ビーストズのライブの練習が近いのにぃ……」
「もう、私が許しますっ! 生きていようが死んでいようが必ず犯人を捕まえるのですっ!」

グリーンは怒っていた。しかし、表情が無いので全く解らなかった。虫眼鏡で見れば微妙な変化に気づくかもしれない。

「じゃぁ、こうしよう。隊員達は常に腕時計型PCを付けておくこと。怪人ラーメン男を目撃したらすぐに知らせる。
それですぐに駆けつけて怪人ラーメン男を退治する。この作戦を取ろう。なるべくパトロールを欠かさずに」

隊員達は皆、一様に頷き腕時計型PCのスイッチを入れた。
全員がスイッチを入れ終えると、グリーンが、不気味な笑い声を上げていた。簡素な顔なせいで違う意味の怖さがあった。

「フフフフフ……トドメは私にさせてください。 あの野郎の来世の分まで消し去ってくれようぞ……フフフ」
「……後、グリーンは自分が正義の味方だって事を忘れない様に」

すっかり精神をやられてしまったグリーンに不安を抱きながらレッドは、ソファに座った。

挿絵


隊長が座ったのを確認すると隊員達も緊張も一気に解け、静かだったリビングが徐々にいつもどおりの雰囲気に戻っていった。
すると、玄関の方で誰かが入ってくる音がした。パタパタと言う軽快な足音がどんどん近づいていった。あの足音は……。

「せんぱぁーい。お邪魔しまーす」

ヘラヘラしながら、何の悩みもなさそうなオーラをキラキラと纏いながらエコがリビングへ入ってきた。
エコはすぐにタイガが居ないのに気づくとキョロキョロとその大きな瞳で辺りを見回し、レッドを見つけた。

「エコ、今日はダメっすよ。今日は尋常じゃなくダメっすよ」

ブルーからの忠告も聞かずにエコはパタパタとレッドの背後へと回っていくとその語調も強くなる

「ダメっすよ! 今日はマジでダメなんすよっ!」

エコは耳まで馬鹿なのか、隊員達がエコを取り押さえようとしたときにはもう遅く、帽子は眼下にまで降ろされてしまった。
すぐさま、レッドの体に縞が現れ、タイガになると、ゆっくり背伸びをしながら帽子を取った。

「あぁー……何か腹減ったなぁー」

帽子の下からは、同じくヘラヘラとした馬鹿そうな笑顔を浮かべたタイガが現れた。
ただのヘラヘラが2ヘラヘラになって、すっかり本部の雰囲気も変わってしまった。

「せんぱぁーい。今日、オレ500円拾ったんでどっかご飯行きましょうよー」
「たったの500円かぁ? それじゃラーメンでも食いに行くか」
「やったー! じゃぁ、すぐ行きましょう」
「ちょ、ちょ、ちょっ!」

勝手にエコとタイガの間で話が進み、勝手に本部から出ようとするとすぐさまブルーが飛び出し行く手を遮った。

「何だ? お前もラーメン食いたいのか? 自分で金払えよ?」
「もー何から話せばいいのか……とにかく外は危険っす! 怪人ラーメン男が……」
「にゃははははw 何だグリーン、その顔! にゃはw にゃはw ヤベw マジで笑えるぜーw」

ブルーの説明を放ってタイガは側にいたグリーンの顔を指差して大爆笑し始めた。
グリーンは微動だにしないままじっとそのマル書いてチョンの瞳でタイガを見ていた。

「た、タイガ、あんまり笑っちゃダメっすよ。外に出たらこんな顔になる恐れが……」
「にゃははははw は、腹イテー! え、エコ、は、早く行くぞ、お、オレ、笑いすぎて死んじゃうぜw」
「あ、ダメだって! コラ!」

タイガはグリーンの顔から少しでも離れようとしている様に脱兎の勢いで本部を出て行ってしまった。
ブルーは、黒目だけをそっとグリーンに向けた。グリーンは相変わらずじっとしたままその場に立っていた。

「滅っ……! 滅っ……!」

グリーンが何か呟いていた。ブルーはすかさずグリーンから離れた。明らかにグリーンは殺気立っていた。











タイガとエコは、駅前のラーメン屋に向っていた。だが、その途中に見慣れないラーメン屋を発見した。
新装開店の花輪があり、外まで漂ってくる匂いとも相まってタイガはここに入ると言い出しここに入ることになった。
中に客は一人もおらず、もしかしたらマズイのかとタイガは思った。
しかし、入ってしまったからにはもう気持ちが食べる事に完全に集中しており、いまさら別な店に行く気にもならなかった。

「せんぱぁーい。ここ、外が見えて綺麗ですよー」

エコは素早くカウンター席の向かい側にある座敷席に座り、水を汲み始めていた。
普段はトロトロしていても、こう言うパシリな事は慣れているのか本当に得意だなとタイガは少し感心した。

「ふぃー。腹減ったぜー」

タイガがグラスを持とうとすると、突然、机がドン!と振動した。
地震では無かった。見知らぬ手があった。その手を目で追っていくと、
学ランを来た茶トラの中学生くらいの見るからに不良を気取った様な少年がタイガにガンを飛ばしていた。

「ここはこの俺が座ってた席なんだよ。退け」

年下に生意気な口を聞かれて当然、タイガは平然としていられるはずも無く、少年に掴みかかった。

「オレにそんな口を聞くんじゃねー! お前の席だって証拠があるのかぁ!?」
「あったらどーすんだぁ? アァ!?」

少年は、怯むことなくタイガにガンを飛ばしていた。

「そしたらすぐにでも退いてやるぜ。オラオラ、出せるもんなら証拠出してみろ!」
「そこに俺のカバンあるだろコラァ!」
「あぁ!? 嘘、言うんじゃねーよ! んなもんなかったぞ!」
「あ、せんぱぁい。これじゃないですかー?」

ニコニコしているエコが机の下から黒い通学カバンを取り出して頭上に上げて見せた。

「オレと先輩が邪魔にならない様に、下においておいたんですよ」
「あれが俺んだよ。解ったかカス」
「く……く……ぐぅぅ……!」

タイガは悔しそうに歯をギリギリとさせていた。以前ならば間違いなくここで覚醒していただろう。

「オイ、早く退け」
「は、はーい」

エコがカバンを少年に渡すと、コップを持ちながら座敷から降りた。
タイガも負け惜しみのガンを飛ばしながらゆっくりと席を降りた。

「さ、先輩。移動しましょー」
「…………」
「あれ、先輩どうしたんですか?」
「うるせぇ! 全部お前のせいだぞっ!」

エコはタイガの怒りを込めた両手からのパンチをまともに喰らい、グラスごと床に倒れこんでしまった。
水浸しになった床の上でエコはゆっくり頭を押えながらゆっくり起き上がった

「な、なんでなぐるんですかぁ……?」
「フン!」

タイガは不快感を露にしている事だけはエコに理解できた。
こう言う時は、話題を変えて話を逸らすに限る。これも族の頃から身についた習性だった。

「じゃ、じゃぁ先輩! ここにしましょう」

エコが真っ先にカウンター席に座ると、水を汲んで右側の席に置いたが、タイガは左側の席に座った。
急いでエコが水を横に移動させた。それをタイガは当然のように飲むと、目の前に立てかけてあるメニューをエコから受け取った。

「は、はい。先輩どうぞ。嫌な事はご飯を食べて忘れてください」
「……まぁ、そうだな。じゃ、何にするかなぁ。お前は何にするんだ?」
「えーとえーと……先輩が先に決めて良いですよ」
「そうだなぁ。味噌ラーメン。あ、でも餃子も食いたいなー」
「せんぱぁい。500円しかないんですからいっぱいは無理ですよ?」
「んなこと、解ってるよ!」

タイガは、メニューを隅から隅まで見渡していた。エコは、その間にタイガのグラスに水を継ぎ足した。

「よし、じゃぁ、ラーメンと餃子とライスが付いて安い味噌ラーメンセットにするぜ!」
「わかりましたー。味噌ラーメンセットくださーい」

エコが注文を言うと、奥から大きなマスクをつけた怪しげな男が早足で現れた。
カウンターから身を乗り出して止まると一言、言った。

「……500円」
「はーい」

エコは、店主に500円玉を渡した。
しばらくすると、エコは不思議そうに自分の右手を見つめながら結んで開いてを繰り返していた。

「どうしたんだ?」
「えぇと……オレの分がなくなっちゃったんですけど……」
「オレ、金もって無いぞ」
「ふぇ……」

店主は、何も言わずに再び奥に引っ込んでいった。
何だか嵐が過ぎ去った後のように静かで店内にはもう一人の客が水を飲む音しか聞こえなかった。

「何か気味悪い店だなぁ……マズくなきゃ良いんだけどな」
「せんぱぁい。オレにも先輩のちょっとわけてくださいよー」
「お? そうだな、モヤシくらいならやってもいいぞ」
「……は、はーい」

エコはシュンとしながらも、タイガのグラスに水を汲んだ。
こんな扱いをされていてもエコにとっては大事な先輩であり、尊敬する先輩でもあるのだ。
時には、それに見合う事をされたいと言う事を考えてしまうが族の頃から見返りを考えないと言う事を教えられている。

「あー。遅せぇなぁー。まだかぁー? オイ、エコ! ちょっと見て来いよ」
「もうちょっと待ちましょうよー」
「もしかしたら店の奴が寝てるかもしれないだろっ! ホラ、行けっ!」

椅子から突き飛ばされて、しぶしぶエコはカウンター席の奥にある入り口から中に入った。
不思議な事に、カウンター席と厨房をつなぐ空間には、調理器具が何も無くガランとしていた。
そのまま紺色の暖簾のかかった、入り口を覗きエコは厨房を覗いた。

「あっ!」

エコは思わず声を出してしまった。それは何故かと言えば厨房の中はガランとした空間だったからだった。
いや、その部屋の中央に大きな鍋と大きなコンロがあり、鍋の中からはグツグツと言う音が聞こえてきていた。

「みぃ~~たぁ~~なぁ~~?」

その鍋を見ていた男がエコの声に気づき振り返った。いや、それは男では無かった。人間の形をしたラーメンだった。

「わーーっ!」
「お、エコ。どうだった?」

エコが飛び出すと、タイガが間の抜けた質問をした。

「まぁ~~~てぇ~~~~」

しかし、すぐに続いて厨房から出てきた怪しげな人の形のラーメンにタイガも目が点になっていた。

「せんぱぁぁぁい! せんぱぁぁぁい!」

エコが恐怖で泣きながらタイガの元に走り寄ってくる。
タイガも、ただでさえ怖いと言うのにエコが泣き叫んでいれば必要以上に恐怖心を抱いてしまった。
逃げようにも足がすくんで動けない。しかし、プライドがあるのか上半身だけは何故かファイティングポーズを決めていた。

「せんぱぁぁぁぁぁ、うわっ!」

エコが、タイガのすぐ側まで来たとき床に撒いたままの水で足を滑らせてしまった。
その滑り方、速度、姿勢その他諸々が上手い具合に作用してエコが気づいたときには空中で回転していた。
エコはスローモーションの様に景色が見え、タイガの恐怖から唖然とする表情の移り変わりがハッキリと見えた。
滑らせたエコのまっすぐに伸びた右足は、徐々にラーメン男の方へ向っていった。

「?」

エコの右足は何か柔らかいものに当たった感触を感じた。その瞬間、エコの体は一気に床に叩きつけられた。

「イテテテ……」
「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

突然、感じる速度が通常の物に戻ったと気づいた瞬間ラーメン男が股間を押えてもがき苦しんでいた。
どうやら急所にジャストミートしてしまったらしい。おまけに生身ではないメカニカルなのだから衝撃もかなりの物だっただろう。

「お~ぼ~え~て~ろぉ~~~~!」

謎のラーメン男は捨て台詞を吐きながら店の奥へと逃げて行った。

「……お、オイ、エコ、大丈夫か?」
「せ、せんぱぁい。大丈夫でしたか……?」
「オレは、大丈夫だ……ってオイ!」

タイガが突然立ち上がって辺りを見回した。エコは何をしているのだろうと思い、店内を見回した。
しかしそこは店内では無かった。いつの間にかガランとした駐車場の隅っこにエコ達はやってきていたのだ。

「な、何だったんだ? 一体。オレの味噌ラーメンセットはどこいったんだ!?」
「せんぱぁい、もしかしたらオレ達騙されたんじゃないですか?」
「はぁー!? 訳解んねーぞっ! オレの体全部が味噌ラーメンセットを食う準備してたんだぞっ!」
「イタ! 先輩、お、オレのせいじゃないですよぉー!」

タイガがエコに八つ当たりを始めていると、ポンポンと誰かがタイガの肩を叩いたのに気づいた。
振り返ると、後ろにいたのはさっき一緒に店内にいた少年だった。

「何だ? まだオレ達に文句でもあるのか?」

少年は、ムスッとした顔でタイガを見続けていたかと思うと、突然土下座を始めた。

「お願いします! オレを弟子にしてください!」
「……は、はぁ!?」











「オイ、OFFレンジャー助けてくれ!」

最近、全然姿を見せなかったオオカミ軍団のザコオオカミ一同がぞろぞろと本部めがけてやってきた。
ずいぶん久々に見るので最初はどこの毛皮を纏ったマダム達なのだろうと思ったほどだった(清々しいほど嘘)

「どうしました。ついに私の前にひれ伏す決心が付いたのですか」

グリーンが、何のためらいも無くオオカミ達の前にその顔面を晒すと、オオカミ達の間にどよめきが起こった。

「お、お前も犠牲になったのか!」
「その通り。私はついに神をも凌駕した!」
「???」
「……グリーンの事はあんま気にしないで下さい」
「それより、お前『も』って事は、オオカミ軍団の中にまで犠牲者がでたんすか?」
「あ、あぁ……」

オオカミ達はいっせいに首を縦に振った。統一感のある首振りだった。

「……ボスが。ラーメンでも食ってくるって言って帰ってきたら何とも味気ない顔にされて」
「おかげですっかりボスは落ち込んで、また毛がごっそり抜けたんだ」
「しかも頭部だ。頭部の中央だ。アルシンドになっちゃったんだよ」
「OFFレンジャー、なんとかしてくれぇ~!」

一斉に、声を揃えて一応、悪者達から懇願されてしまったOFFレンジャーたち。
元々、悪者を助ける義理も本命も無いのだが、ここまで被害が広がっているからには見過ごす事はできなかった。

「こっちも色々対応に困ってるんすよー。しかも、勝手にエコがタ……レッドとラーメン食いに行っちゃったし」
「……まぁ、エコなら別にいいよな」
「そうだな」

オオカミのエコに対する反応の違いに、エコがオオカミ軍団の中でどう言うポジションにいるのか垣間見えた気がした。
それに、エコがあんな顔になったとしても対して何も変化が無い気がする。そう思うと対して心配ではない。

「エコはどうでも良い。ボスだボス。ボスがあられもない姿になる前に何とかしてくれ! 俺達も協力するからさ!」
「そんな事言われても困るんすよねぇ~。ラーメン屋で被害にあったとしか……」
「どこのラーメン屋か解ればいいんだな!?」
「まぁ、そうっすねー」

オオカミ達は突然、輪になってもそもそと何やら話し合いを始めた。
こう言うチームワークは見習いたい物だなぁとブルーが思ったとき、話し合いが終わったオオカミは一斉に言い放った。

「今から、市内の全部のラーメン店に行ってくる!」
「えぇー!?」
「俺達が持ってるものと言えば人材、いや狼材しかないだろ? 見つけたら連絡するからさ」

ブルーは、オオカミの話を聞きそれも一つの手だなと思った。
確かに、数百人以上いるオオカミならば、一人くらい怪人ラーメン男にあっても不思議じゃない。
隊員に意見を募るまでも無く、これは良い方法だとブルーは思った。
レッドが居ない今、そしてグリーンが全うな判断が出来ない状態となっては、副隊長のブルーが隊長代わりを務めるしかなかった。

「じゃ、じゃぁ、お願……」
「いいや! OFFレンジャー! お前らがダメだと言っても俺達はそうするぜ!」
「いや、だから……」
「それじゃぁ、またな!」

オオカミは、何やら爽やかな別れ方をして、本部からあっという間に飛び出していった。
ブルーは当分見ない間になんだかオオカミ達とOFFレンジャーの間に何か見えない壁の様な物が出来ている気がした。

「レッドは虎猫で、グリーンは精神病んで。一体どんな戦隊ヒーローなんすかねぇ……」












その頃、タイガとエコ。そして、例の少年は駅前のラーメン屋にやってきていた。
さっきの事があったのでタイガはあまり行く気にならなかったのだが、少年が奢ると言い張るので根負けしてやってきたのだった。

「……で? 何で急にオレの子分になりたいんだ?」

熱々のラーメンを一口すすると、タイガは少年に尋ねた。
タイガは、急にあんなに反抗的な少年が180度変わって急にタイガの子分になると言い出すのが理解できなかった。

「申し送れました! 俺、トラキチと言います。この町では結構なワルで名が通ってるんすよ!」

タイガは、大抵の不良は「この町で強いor悪い」と言うもんだと言う事が解っていた。

「で、何でそれとオレの子分とで何の関係があるんだ?」
「さっきのラーメン屋では失礼しました。俺、貴方があの変な奴を一瞬で倒したのを見た瞬間体中にズバーンと来ました!」
「はぁ……? お、オレが……?」

タイガは、あの時の状況を思い出していた。
エコが、滑って上手い具合に急所に当たっただけで、タイガはただファーティングポーズをとりながら制止していただけだったのだ。
そういえば、あのラーメン男は結構大きかった。あの巨体に隠されてタイガどころかエコまで見えなかったのだろうか。
おまけに、倒れた瞬間にタイガがファイティングポーズをしているのを見たら誰がどう見てもタイガが倒したように見えるはずだ。

「あ、あれはー。オレが滑っ……」

トラキチに説明をしようとするエコを突き飛ばし、タイガは親指でビシッと自分を指した。

「そう! 全部オレ! やっぱ、野性の本能っつーのかなぁ? つい、瞬殺しちゃうんだよな」
「た、タイガ先輩。 あれはオレが……」
「くぅー! カッコイイっす! マジ憧れます! 最高! 大統領! 宇宙一!」

トラキチの混じりけの無い尊敬の眼差しと言葉を浴びてタイガはニヤニヤとし始めた。

「まぁ、オレって確かに宇宙で一番強い虎かもしれないけどなぁ~。にゃははーw」
「一生、付いていきますぜ。兄貴!」

トドメの一言が効いたのか、タイガのニヤけ具合も相当な物になっていた。

「にゃはーw よし、気に入ったぜ。 特別にオレ様の子分にしてやる」
「ありがとうございまっす!」
「これからよろしくー」

トラキチに友好の証として肩に触ろうとしたエコの手はポンとはじかれてしまった。
エコは、トラキチのその対応にぽかんとしていると、ゆっくりトラキチが立ち上がってエコを睨んだ。

「あれくらいで泣き喚く弱っちいガキが気安く俺に触んじゃねーよ」
「ふぇ」
「さ、イケメン兄貴。俺がおごりますからじゃんじゃん食べてください!」

エコが唖然としたまま返事をするとトラキチはタイガの方を向くなり手を揉み足を揉み。
タイガを建てながら上手い具合におだて始めた。おだてに弱いタイガもまんまとハマって機嫌が良さそうだ。

「むー。トラキチは良い子分だなぁ。ますます気に入ったぜ」
「どもっす!」

トラキチは、エコの方を向くなり「俺の方が凄いだろ」と言う顔をしてみせた。
エコにはその理由どころか、トラキチが何故あんな事をしたのかすら理解していなかった。

「……ところで、兄貴~。何でこーんなガキを子分にしてるんですかー?」
「ん? エコの事かぁ?」
「そうっすよー。だって、見たところ間抜けそーだし。鈍そうだし、兄貴に似合わないじゃないっすかー」

トラキチは、嫌味ったらしくタイガにエコの悪口を喋り始めた。エコはただぽかーんとその様子を見ていた。
しかし、あまり気分が良い物では無い事だけは感覚的にエコは感じていた。

「エコだって、ホラ。 良い所もあるぞ?」
「え~? 例えばどこっすか?」
「んーとなぁ……むー……えーと……お、ラーメンのモヤシ食ってくれるぞ?」
「ふぇ?」
「アハハ、兄貴面白いっすねー。そんなの犬だって出来るじゃないすか~。じゃぁ、コイツは犬と同類って事っすねー」

トラキチは、エコのひじで何度も突いた。
タイガはそんな事にも気づかないようで美味しそうにラーメンをすすっているばかりだった。

「……あ、でもエコはあれだよな。暴走族入ってたんだよな?」
「あ、はい。そーです!」
「どうせ、小学生集めてその辺走り回ってたんすよ。本物だとしてもくだらねートコですって」
「ち、違うよぉー!」

エコは、自分の入っていた族が馬鹿にされた気がしてトラキチにズバッと言い切った。
トラキチは、耳を掻きながら相手にしてないと言う風にしていた。

「じゃー。どこの族だよ。言ってみろよ。俺は族の友達の数マジパねぇからな。嘘付いてもすぐバレっぞ!」
「えぇと……えぇと……わ、ワイルドキャット……」

トラキチは一瞬、驚いたような顔をしてエコを見たが段々苦笑いを浮かべ始めた。

「ば、馬鹿言うなよ。ワイルドキャットは大阪一の人数を誇る超有名暴走族じゃねーかよ。嘘付くならもっとましな嘘付け」
「嘘じゃないよ! オレは小学校からずーっと族にいたんだー!」
「お前みたいな弱そうなワルっぽくない奴があそこに入れるわけ無いだろ! あそこは相当なワルじゃなきゃ入れないんだぜ!」
「……オレ、ワルだもん。笹山さんに可愛がってもらってたもん……」

エコの言葉にトラキチは再び驚いてガタンと机を揺らしてしまった。

「さ、笹山っ!? 笹山ってあの、伝説の族長?……バカバカしい。あの人は悪魔の化身って言われてる人だぞ」
「えー? オレにはすっごく優しかったけどなぁ。バイクの後ろにも乗せてくれたし」
「バイクって……あの伝説のバイク『雷神』に乗ったのか? ……ほ、ホラな!やっぱり嘘だ。雷神に触れたものは生きて帰って来れないんだぞ」
「嘘じゃないんだってばー! 笹山さん、オレなら何度乗っても良いって言ってたんだ!」
「も、もう、お前みたいなホラ吹きの弱虫とは話さねぇよ!」

トラキチは、大声怒鳴るとエコの椅子を蹴飛ばした。エコは物凄い音を立てて背中から倒れた。
椅子を壊してしまい、ラーメン屋の店主にまで怒鳴られてしまった。泣く泣く説教されるハメになっている間二人は和気藹々としていた。

「俺、マジ強い人に憧れてるんすよ。あの速さマジ尊敬出来て。ヤバイっすよ兄貴。兄貴マジヤベーっすよ」
「にゃははーw そうだろそうだろー」
「俺も兄貴を見習いたいっす! 俺、兄貴の為ならなんでもしますよ!」

タイガとトラキチばかりが喋って、エコは自分が一人取り残されているような気がした。
何だか、ふいにエコの中に出来た淋しいと言う気持ちが少しずつ少しずつ育っていっているようだった。

「っよし。美味かったぜ! サンキューな。トラキチ」
「兄貴の為ならこんなの安いもんっすよ!」

タイガが満足そうにお腹を押えながら店を出て行った。
エコが追いかけようとすると、つまずいて思い切り顔面から床に倒れてしまった。

「オイ、邪魔だよ」

代金を払い終えたトラキチがエコの側を通って店を出て行った。
エコを見るトラキチの顔は逆光だったが、エコには笑っているように見えた。
しばらくぼーっと床に伏せたままで居るとイライラしているタイガが入り口から顔を出した。

「エコ? 何やってんだよ。早く来い」
「あ、は、はぁーい」

エコは、立ち上がると急いでタイガの側に駆け寄っていった。













「オオカミから連絡は?」
「まだみたいっすね……」

その頃、OFFレンジャー達は怪人ラーメン男の潜伏先の情報ばかりが気になっていた。
あれからニュースで入ってくる情報によるとますます、被害が酷くなっているようだった。
目撃情報がバラバラで、行動に規則性があるワケでもなくオオカミ達からのリアルタイムな情報を期待するしかなかった。

「帰ったぞー」

玄関の方からタイガの声がした。あの声の様子だとどうやら被害には合っていない様で少し安心した。
もちろん、安心したと言ってもタイガでは無くレッドの事である。

「へぇ~。ここが兄貴の住む家っすか~」

リビングに真っ先に入ってきたのは、タイガでもエコでも無く見知らぬ少年だったのに隊員達は驚いた。
しばらく唖然としていると、見慣れた顔のタイガとエコが入ってきて現実味が戻ってきた。

「あ! あれが例の兄貴の下僕っすね」
「もちろん、あ、でも女の子はオレのガールフレンドだぞ」
「マジっすか? モテモテじゃないっすか兄貴~」
「ちょっと、タイガ。ただでさえ大変な時だって言うのに何一般人連れ込んできてるんすか?」

ブルーはいつも通りタイガに注意したつもりなのだが、それを聞いたトラキチはすぐさまブルーにガンを睨みつけ、顔を間近まで接近させてきた。

「何だコラ。下僕の癖に兄貴に生意気な口聞いてんじゃねーぞ。山下先輩呼ぶぞコラ」
「だ、誰っすかそれ」
「んだとぉ? 二中の山下先輩だよ」
「いや、知らないっすから……」
「キレるとマジ怖いんだぞ。山下先輩のパンチマジはえーし」

何とも、頭の悪そうな『虎の衣を借る狐』の如き発言にブルーは呆れ半分、苦笑半分といった所だった。
適当に「すいません」と謝るとトラキチはさも鬼の首を取ったかのように満足げに「気をつけろよ」と言ってタイガの側に戻って行った。

「あんまり突っかかるなよ?トラキチ。 女子が怖がるだろ~?」
「あっ、すいません兄貴!」

トラキチは、さっきまでと違っておどけた風に「やっちゃったぜ!」と言う風に頭を叩いた。
この変わり身の早い茶トラはなんだろうかと、隊員が思い始めるとタイガがそれに気づいたのか少年の肩に手を廻し紹介し始めた。

「つーわけで。オレの第一の子分になったトラキチな!」
「第一の子分ってエコはどうなんですか?」

エコはタイガとトラキチの後ろでつまらなさそうに俯いたままだったが、自分の名前が呼ばれたのに気づいて
しかし、それだけで何の事か解らずに、ただキョロキョロと辺りを見回していた。

「エコ? アイツは別に……オレにくっついてくるだけだろ?」
「ストーカーっすか? 気持ち悪いっすねー」

エコは、トラキチが振り返って一笑したのを見て自分の事を言われているのだと気づいた。
さすがのエコも少しムッとした。何か言おうかと思うが、上手い言葉が出てこなかった。

「あ、そんな事より兄貴の部屋見せてくださいよ」
「ん? オレの部屋か?」
「兄貴の部屋はきっと男らしくて良い部屋っすよね? 超見たいんすけど」
「にゃははw いいぞいいぞー。 特別にお前にも見せてやる!」

タイガがトラキチと部屋を出て行くとエコはまだ考え事をしていたが、タイガ達がいない事に気づいて慌てて追いかけた。
隊員達は、「うるさいのがいなくなった」のと、「部屋に居れば安全」と言う事で大きく一息を付いた。
最近ため息が多い気がする。皆が皆そう思ったが誰も口には出さなかった。











「さ、ここがオレの部屋だっ!」

トラキチ、そしてすぐ後から入ってきたエコに部屋の扉は大きく開かれた。
中はレッドがいたせいか綺麗に片付いていて、特撮グッズも目に付くところには置いていなかったのでタイガは安心した。

「わぁ~! 兄貴の部屋綺麗に片付いてますねー! 俺掃除とか苦手なんでマジ憧れるっす!」
「にゃははw だからオレ、女子にモテちゃうのかもなー♪」

また、タイガが喜んでいるのを見てエコも何か言わなければと思った。

「い、いつもの先輩の部屋はもっと本とかそこに並べてて、ティッシュとかも床にいっぱい置いてるんですよねー」

『オレは、トラキチよりも先輩のことを知ってるんだぞ』と言う事をアピールしたつもりがタイガに一発殴られてしまった。
エコには、何が悪かったのか全く解らず、ただトラキチの小馬鹿にするような笑いを見てさらに気分が落ち込んでいってしまう。

「まぁ、オレの部屋はこんなもんかなー?」
「あー! これ、2003年の阪神の優勝記念ビデオじゃないっすか!?」

タイガが、部屋から出ようとすると大きな声を出し、トラキチが本棚に置かれたビデオに気づいた。
それに反応したのか開けたドアをタイガは勢いよく閉めてトラキチに近寄った。

「トラキチ! お前タイガース好きなのか?」
「あったり前じゃないっすか。 俺、生まれたときから阪神ファンっすよ!」

その言葉にタイガの目もイキイキとして、表情も実に嬉しそうにトラキチの背中をバンバン叩いた。

「何だよお前ー! だったらそう言えよなー!」
「兄貴こそ水臭いじゃないっすかー! このビデオ、エンディングが泣けるんすよね~?」
「えーと、あれだ。日本中の阪神ファンが優勝に喜んでいるシーンだ!」
「そうそう! 実は、あの中にちょっとだけ俺映ってるんすよ。駅前のシーンで」
「にゃっ!? マジか!? ちょっと、見てみようぜ」

エコを置いてけぼりにして、タイガとトラキチはテレビの前に並んでいた。
早送りする間も、阪神談義に花を咲かせ、全くタイガースの事を知らないエコはつまんなそうに二人の後ろに座った。

「えー? どこだ?」
「もうちょっと後っす」
「あ、これか?」
「いや、まだっすねー」
「………おっ、おっ! これか!?」
「あーそうっすそうっす! この叫んでるのが俺っすよ!」
「ホントだー! すげー!」

二人のワクワクした雰囲気がエコの寂しさをさらに増大させていく。
こんなに近くにいるのに二人が遠くに居るみたいにエコは感じ、小さな声でタイガに声をかけた。

「……せんぱぁーい、どっか遊びに行きましょうよー」
「あー? 今、それどころじゃねーんだよ。オイ、トラキチ! オレも映るにはどうすればいいんだ?」
「そうっすねーポイントはやっぱり……」

しかし、タイガはすっかり好みが合うトラキチに上手い具合に乗せられてしまいエコの勇気ある発言は無残にも砕け散ってしまった。

「せんぱぁい……」

エコは、再びタイガに呼びかけた。
しかし、その言葉は誰の耳にも届かずただ、部屋の中に小さく小さくこだまして消えていった。

「おぉー! なるほどなぁ。 じゃぁ、その時間にその辺を歩いてればいいのかぁ」
「そうなんすよ。兄貴もがんばってください!」

エコは、取り付く島が無い事を理解し、肩を落としてタイガの部屋を誰にも気づかれないまま出て行った。
トボトボと歩いていると時々、タイガが気づいて連れ戻しに来ないかなぁなどと淡い期待を寄せながら振り返っていた。
しかし、連れ戻しに来るどころか、部屋からは楽しげな声が聞こえ、ますますエコは淋しくなった。

「あれ、エコ。 お前OFFレンの所いたのか」

リビングの方から数名のオオカミが歩いてくるのが見えた。

「あ、オオカミ……」
「どうした? お前も怪人ラーメン男の情報を掴んだのか?」
「……そんなの知らないよ」

エコは、機嫌が悪そうにそう言うと黙って玄関の方へと歩いていった。
オオカミ達は「変なヤツだな」と口々に言いながらリビングへと向った。
リビングに入ると、TVを見ながら電話の前に待機していると言う以前と何も変わらない状況がそこにあった。

「あ、オオカミ。 どうっすか? 怪人ラーメン男の情報は」

入ってきたオオカミに気づき歩み寄ってきたブルーの顔には疲れの色が伺えた。
隊員達の奥の方に縄で縛られたグリーンの姿が見えた。何か一悶着あったのだろう。
そんなブルーにオオカミは明るい顔も言葉も捧げる事はできなかった。

「全然ダメだ。全く動きを感じられない。どのオオカミからも連絡が入らないし」
「俺らもTVやネットとか色々チェックしてるんすけどあれから全然情報が入ってこないんすよ」

ブルーは諦めと絶望の入り混じった顔で言った。

「もしかしたら、被害が拡大してそろそろ潮時だと思ったんじゃないか?」
「あぁ、それもそうだな。足が付く前に辞めるってのは悪事の必須条件だからな」
「そうなんすかねぇ……」

ブルーは床に転がったまま足だけ見えているグリーンの姿を見た。

「でも、そうなるとグリーンはずっとあのままなんすよねぇ……」
「仕方ねーって。 正義の味方に被害は付きもんだろ」
「いや、そんな事いってますけどそっちのボスだってずっとあのままなんすよ?」

オオカミは一斉にあっ!と言う顔をした。ブルーは何だか先が思いやられるような気がした。














翌日、相変わらず怪人ラーメン男の情報が入らないまま隊員達は朝を迎えた。
どうやらオオカミの言うとおり、足が着く前に逃げてしまったのか。隊員達はさらに頭を悩ませていた。

「せんぱぁーい……?」

その程度はエコが本部にやって来たのにも気づかないほどだった。エコの声が小声だったのもあるが。
その理由と言うのは、朝早くこっそりタイガの部屋にやってきて部屋を掃除したり朝ごはんを用意する等をして、
少しでも自分を認めてもらおうと言う作戦を昨日必死にエコが考えていたからだった。自分はすっかり子分と言う地位に甘えていたのだ。

「えぇと……先輩の好きなツナマヨのおにぎりと、卵のサンドイッチと……」

エコはトラキチにタイガを取られると言う事より、トラキチがエコからタイガを離そうとしている事が嫌だった。
自分は何もトラキチに悪いことをして無いと言うのに、尊敬するタイガを独り占めしてエコを嫌いにさせようとしている。
そう思うと何だか哀しくなり、寂しくなり、そう言う訳でエコはそんな作戦を思いついたのだった。

「ドキドキするなぁ……先輩ちゃんと寝てるかなぁ……失敗しない様にしなくちゃぁ」

エコは、ゆっくりゆっくり音を立てないようにしながらドアを開け、タイガの部屋を覗き込んだ。
昨日とは打って変わって部屋にスナック菓子の袋だのティッシュのクズだのが乱雑されていた。
ベッドの上には、布団を床に蹴落としたまま眠っているタイガの姿があった。トラキチも居なくない。

「……お、おじゃましまぁーす」

足音すら立てないように、エコはそろそろとタイガの部屋へ足を踏み入れた。
ゆっくりと、コンビニ袋を隅っこに置くと、やっとエコは息ができるようになったと思った。

「えーとぉ……まずはゴミを捨てないといけないなぁ」

エコは、コンビニ袋から大き目のゴミ袋を取り出すと大きな音がしないように慎重にそれを広げた。
そして近い場所から床のゴミを拾ってそっと中に入れるのを繰り返しながら部屋の掃除に取り掛かった。
元々片付いていたせいか10分ほどでゴミはほとんど取り去る事ができた。

「むにゃむにゃ……もっと脱いでいいよ……にゃぁ」

タイガも寝返りを打つことなく寝言を言いつつも熟睡しているので安心だった。
エコは、ベッドの下にあるアダルト本や雑誌をまとめて本棚に置くとほぼ掃除らしい掃除は完了した。

「えぇと……えぇと……」

再びエコはコンビニ袋の所に向かい、取り出したおにぎりとサンドイッチとお茶を抱え
ベッドのちょうど向い側にある机の上に綺麗にそれらを並べた。その並んだ食べ物群を見ているとエコはじぃんと感激した。

「やったぁ……! 失敗せずに出来たぞー。オレもやれば出来るんだなぁ!」

満足げにエコは部屋を眺めると、最後の仕上げとして床に落ちている布団を慎重にタイガに被せた。
ベッドに手を付いてエコはタイガの寝顔を見つめた。その顔が笑っているようにエコは見えた。

「先輩、早く起きないかなぁ。 オレいっぱいがんばったんだもんね」

エコは起こそうとも考えたが、下手に機嫌を損ねる可能性もありそれは得策では無い事が何となく解っていた。
どうせならいつもどおりにタイガが起きて、部屋中を見渡して驚き、朝食の用意をしているのにも驚く2段サプライズの方がより良いと思った。

「えーとえーと。 タイガ先輩、おはようございまーす」

既に部屋にやって来て一時間が経過していた。
タイガが起床した時の第一声の練習をしたり、朝食に気づかせるためのさりげないポーズの練習等をするが、それでも時間は有り余っていた。

「……にゃー……オレは猫じゃねぇぞぉ……」

タイガの寝言も数十分に一度だけで非常にエコは退屈し始めていた。
時々、起こさせようとタイガのベッドをギシギシと揺らしてみたりするが全く効果は無かった。

「せんぱぁーい。起きて下さいよぉー。オレ頑張ったんですよー……?」

既に準備が出来てから2時間が経っていた。エコが時計を見る頻度は確実に増えていた。
朝早く起きたせいかじわじわと退屈な時間の中でエコの眠気が勢力を強めてきていた。
ベッドの上に顔を乗せ、エコはタイガと同じ目線になった。「少しだけ寝ても良いかな」と思い、エコは目を閉じた。

「(ぁ、先輩の匂いだなぁ……)」

エコは、ほのかな整髪料の香りの中、仮眠を取る事にした。
目を開けてしばらくしたら、きっと先輩は自分の事を本当の子分だと認めてくれるに違いない。

「…………あっ、起きなきゃ!」

しばらくしてエコは慌てて目を覚まし、タイガを見た。だが、目の前にはタイガは居なかった。
あるのは真っ白な便器だった。いや、よく見ればそこはタイガの部屋では無かった。

「あ、あれ?」

エコは、冷たいタイルに手を付きながらゆっくりと立ち上がった。
ラベンダーの芳香剤の香りがエコの鼻をかすった。そこは本部のトイレだった。
エコはどうして自分がこんな所に居るのか不思議に思った。さっきまでタイガの部屋にいたはずなのだ。

「……トイレ行きたくなって途中で寝ちゃったのかな?」

エコは、自分の中で思いつける結論を出すと再びタイガの部屋へ戻るべくトイレを出た。
タイガの部屋へ戻ろうとすると部屋の中からタイガの笑い声が聞こえてきた。
エコは「しまった!」と思って慌ててバタンと大きな音を立ててドアを開けた

「先輩!」
「な、何だよエコ! びっくりさせんなよ!」

エコの突然の入室にタイガはイライラしながらエコの方を振り返った。

「まったく礼儀も知らないヤツっすね~」

いつの間にかトラキチがやってきて、タイガと向かい合わせに床に座っていた。
タイガはエコの買ってきたおにぎりを黙々と食べている最中だった。

「あ、あのおにぎり……」
「あぁ、これか? トラキチが買ってきてくれたんだぜ」
「えぇ!?」

エコは、タイガの口から出た衝撃の発言に戸惑いながらトラキチを見た。
トラキチは、ただ鼻で笑うとエコから目を逸らした。

「おまけに部屋まで掃除してくれるしな。 ホントにトラキチは気がきくぜ」
「いやぁ~兄貴の為っすもん」

エコは、頭の中で大きな鐘がガンガンと鳴り響いているような気がした。
その音がタイガとトラキチの楽しそうな談笑さえ聞こえなくさせていた。

「あ、あのっ……そ、それ……お、オレが……」
「ん? 何だ? どうかしたのか?」

エコは、震える声でタイガにそれは自分がやったんだと言う事を言いたかった。
しかし、何故だかエコはそれ以上喋る事ができずに黙り込んでしまった。

「何なんだよ。ハッキリしないやつだな~……」
「兄貴~。 こんなヤツ放っておきましょうよ。 今日は兄貴の為に良い物もってきたんすから」
「良い物? 何だ何だ?」

トラキチは、カバンから三本のDVDを取り出した。
ピンクを基調とした色で彩られたパッケージに裸体の女性が映っていた。

「おぉー! こ、これ限定版じゃーん! オレ、見たかったんだー!」
「昨日、兄貴のベッドの下にエロビデオあるの見つけて好きだろうなぁって持ってきたんすよ」
「と、トラキチ! お前は良いヤツだなー! ますます気に入ったぜ」
「アイツとどっちが兄貴の弟子に相応しいっすかねー?」

その言葉を聞いてトラキチは意地悪な目でエコを見て、タイガに聞いた。
タイガは、エコを見るまでも無くトラキチの背中をバンと叩いた。

「そんなのトラキチに決まってるだろ~? 阪神ファンだし、AVの話もちゃんと出来るし、
それにオレと同じ虎縞もあるしな。 オレ、あんま男好きじゃないけどお前みたいな気のきくヤツなら弟子にしても良いと思うもんな」
「いやぁー。まいっちゃうっすねー。 でも、俺もあんな弱虫泣き虫のガキより兄貴には俺の方が合う気がするんすよ」

エコは、トラキチに怒りを感じていた。しかし、それよりも悲しみの方が強くエコは自分の気持ちが解らなくなっていた。
こんな事ならば、もう悪エコにでもなっちゃえば良い。エコは尻尾のスイッチを押した。
だが、スイッチはスカスカと音がするだけで何も作動しなかった。当然エコにはちゃんとエコの自我が残っていた。

「そうだろー? オレもアイツの馬鹿さには時々ムカつく時があるんだよなぁ。ただでさえ猫なのによー」
「俺もっす。なんかあー言うメソメソした奴見てるといじめたくなるんすよね」

エコは、ポロポロと涙を零しながら部屋を飛び出した。

挿絵


タイガは、言いすぎたかなと言う顔をしたがいつもエコは泣き虫だと言う事を思い出し何事も無かったかのようにDVDを手に取った。

「兄貴、それから見ます?」
「お? おぉ……」












エコは、アジトに帰ってきた。研究室へと向っていたのだ。
タイガに嫌われたくなかったが、こうなった今ではもうどうしようも無かった。エコは決心した。

「あぁ、こんな味気ない顔でボスなんて務まるわけねぇよな……」
「ボス、触っちゃいけませんよ。 また抜けますよ」
「スキンヘッドも意外といいかもな。ハハッ……ウェッ!」

エコは、ボスがいるのにも気づかずに思い切りボスにぶつかった。
ボスは先ほどの衝撃で腰周りの毛がごっそりと床に落ちていた。

「も……も……もう俺はダメだっ! 俺は今からオオカミを辞めるぞーっ!」

床に倒れこんでしまったボス。
しかし、それでもエコの速度は(元々そんなに速くは無かったが)弱まらなかった。

「オオカミー!」

研究室に入るなりエコは研究員の足にしがみついてワンワン泣き出した。

「ど、どうしたエコ。何なんだ一体」
「お、オレを……タイガ先輩みたいな色に塗って!」
「は、はぁ……?」
「お願いだよぉー……」

研究員を見上げるエコの目は涙でいっぱいだった。
その訴えている目に研究員は、横目で他の研究に合図すると、他の研究員は渋々立ち上がった。

「……特別だぞ?」
「うん」

研究員に押されながらエコは実験室へと入っていった。
奥から他の研究員がホコリのかぶった黄色と黒の塗料缶を運んできていた。
エコは、台の上に横になって目を閉じた。これがエコが考えた精一杯のタイガに気に入られる為の考えだった。

「じゃ、始めるぞ」

マスクを付けた研究員達はエアブラシに塗料をセットすると慎重にエコの体に色を付け始めた。
皮膚とは違いメタル加工をしているので非常に色が付きやすく、あっという間に黄色いエコになると研究員達も一息つく。

「サイボーグって事でカッコ良くカラーデザインしたのに何が哀しくてタイガ様カラーにしなきゃいけないんだか」
「ま、所詮俺達はタイガ様からの呪縛からは逃れられないって所じゃねーか?」
「ここから俺の腕の見せ所だな。縞はめんどくさいぞ~?」

苦笑しながら研究員は細いエアブラシに黒をセットし、丁寧に丁寧に縞模様を入れて行った。
非常に難しく、研究員は5分おきに大きく息を吐きながら仕上げていった。
他の研究員達は何もする事が無いため、しばらくは黙ってその光景を見ていたが、第に談笑を始めた。

「何かこんなに真っ黄色だと出来立てのドラえもんみたいだなー」
「あぁ、ネズミに耳かじられたショックで青くなっちゃうんだよな」
「は? 違うだろ。泣きすぎて塗料が全部剥げちゃったんだろ」
「いや、俺は前それが理由だって聞いたぞ?」
「俺の理由が正しいっつーの」
「えぇい、うるさいぞ! 気が散る!」

塗装係の研究員は細かい作業にイライラしていたらしく、舌打ちを頻繁に打ちながらエコに色塗っていた。
いつの間にかエコは寝息を立てていた。それが研究員をますます苛立たせていた。

「あぁ、やっと右足で終わりだ……」

簡単に研究員はシュッシュッと縞を書いて無理やりエコの塗装を終わらせた。
顔が少し違うが、それを気にしなければまさにエコはタイガカラーになっていた。

「オイ、出来たぞ。起きろ」
「ふぇ、ちゃ、ちゃんと出来た?」

研究員がエコに手鏡を渡すとすぐさまエコは自分の顔を鏡に映した。

「わぁ、凄い! ありがとうオオカミ!」

エコは、すぐさまタイガに見せるべく研究室を飛び出していった。
その後姿を見ながら研究員達はため息を付いた。

「……何かエコ、最近タイガ様に似てきて無いか?」
「あぁ、悪気無くこき使う所とかな」














エコは、通天閣の側まで来たものの、どの様に中に入るべきか悩んでいた。
下手にタイガの前に飛び出してまたトラキチに変な事を言われたら水の泡で、エコは珍しく慎重に事を運ぼうと思った。

「えーとえーと……初めましてぇ……かなぁ」

エコは、見知らぬ虎猫になる事によって一からタイガに出会おうと言う事を考えていた。
トラキチがいる以上、エコはもうタイガの側にいられないと思い出した結果がそれだったのだ

「オレはぁ、エコ……じゃなくって、エ……ポ? エポにしようかなぁ……やっぱり変かなぁ……」

しかし、一から違う自分を演じると言う芸当がエコにたやすく出来るわけは無く、
勢いでカラーチェンジしたもののどうすれば良いのか全く理解できていなかった。
どうした物かと考えながら通天閣の下で右往左往していると、突然背後に異様な雰囲気を感じた。

「みぃ~つ~けぇ~たぁ~ぞぉ~」

エコはその聞き覚えのある声に嫌な予感がし、恐る恐る後ろを振り返った。
そこには、先日のラーメン屋で襲われたあのラーメン男の姿がそこにはあった。
ラーメン男だとバレてはマズイのか黒い服で身を隠していたが、エコにはすぐに解った。

「あの時は~よ~くもや~ってくれたなぁ~ お~前の虎柄はわ~すれてな~いぞ」

ラーメン男はエコをタイガだと思っているらしく、安心感がエコの中に生じた。
しかし、安心ばかりもしていられなかった。ラーメン男は鼻息(?)荒くエコに迫ってきていた。

「つ~ぎ~は~こっちのぉ~ばんだぁ~!」

エコは、迫り来る怪人ラーメン男にあれほど入るか迷っていた地下への階段に飛び込んだ。
後ろからはペチョペチョと言う麺が地面に叩きつけられているような音が激しく聞こえてきていた。
エコは恐怖で泣きそうだったが、タイガの事を思い出して泣かなかった。でも、止まる事はできなかった。

「何っすかぁ……このぬるぬるぺったん音は」

さすがのOFFレンもこの音に気づいたらしくブルーが玄関から顔を出した。
こちらを見るなりブルーの表情がドンドン変わっていくのに気づけるほどの余裕はその時のエコには無かった。

「わーっ! わーっ! どいてーっ!」

エコは、ブルーを突き飛ばして玄関を勢い良く閉めた。閉めた瞬間、ぺちゃぺちゃと嫌な音がドアに伝いに聞こえた。
その音は止まることなく「あ~け~ろ」と言う声も聞こえてきていた。

「はぁ、はぁ……怖かったぁ……」
「なんすかタイガ! どっからあんなの連れてきたんすか!」
「ふぇ」

エコは、ブルーまで自分だと気づかない事に少し嬉しくなった。
自分の考えた作戦は案外成功かもしれない。そう思ったときだった。ドアに付けた背中に何か嫌な感触を感じた
ドアから離れてみると、ドアの隙間から麺がにゅるにゅると出て来ていた。

「いぃ~くぅ~ぞぉ~」

その麺は次第に増えて行き、徐々にあのラーメン男の形になりつつあった。

「うわっキモッ! なんすかこれ!」

エコは、ブルーの質問に答えず急いで靴箱の下に隠れた。タイガカラーになっても怖いものは怖かった。
そのうちラーメン男が実体化していくにつれ、ブルーも玄関から逃げ出してしまった。

「まぁ~てぇ~」

怪人ラーメン男は、エコに気づかないまま通路をまっすぐ進んでいった。
エコは、その先にタイガの部屋がある事を思い出した。

「(先輩が危ない!)」

エコは、自分が追いかける側に回っているという感覚があるのも手伝って靴箱から飛び出し、
タイガの部屋へと走っていった。












その頃、怪人ラーメン男が迫っているとも知らずにタイガとトラキチはAV鑑賞に熱中していた。
何と言っても、過激な作品であって瞬きを忘れるほどタイガは画面に見入っていた。

「おぉー……すげぇ……ほぼ丸見えじゃーん……」
「っすよね? モザイクマジ薄いっすよね?」
「こ、これ、オレにくれ!」
「えぇ~いくら兄貴の頼みでもこれ高かったんすから~」
「いいじゃねぇかー! オレの弟子だろー! もう、オレが貰うって決めたんだー!」
「そんなぁ~」

突然、タイガの部屋の扉が吹っ飛んだ。

「みぃ~つ~けぇ~たぁ~りぃ~」

前はAV、後ろは麺男。二人はこの異様な状況に一瞬頭が真っ白になった。
怪人ラーメン男が大きいその手を振り上げるのを、その手から無数の麺が飛び出し自分達の体の巻き付くのを、
二人は点になった目で見ていることしか出来なかった。

「よぉ~くも~急所に直撃してくれたなぁ~。 お前達は~マズ~イラーメンにしてやる~!」

徐々にキツク締まる麺が体に痛く食い込み始めた。その痛みでまともな判断が出来るようになった時には既に遅かった。

「せんぱいっ!」

エコが駆けつけたときにはタイガ達の全身が麺で覆われていた。
中からうめき声が聞こえていた。危ない。エコは直感した。

「なんだ~? ここにもいたのかぁ~!」
「……せ、先輩を離せーっ!」

エコはラーメン男の足に蹴りを入れたが、柔らかく弾んだだけで全くアテにならなかった。

「お前も~ラーメンにしてやる~!」

ラーメン男は、片手を上に挙げ、エコの方に向けた。
その時、エコはラーメン男の下腹部が全く無防備だったのに気づいた。

「く、くらえーっ!」

エコは思い切りラーメン男の急所に頭を向けて飛び込んだ。
しかし、良い感触はあった物のラーメン男は全くダメージを受けていないようで大きく笑い始めた

「二度も~食らうと思うなよ~ しっかり麺で~ガードしてるのだ~!」

ラーメン男の急所が妙に分厚くなっているのにエコは気づかなかった。
これではいくら体当たりしても意味が無いだろう。エコは、ラーメン男の股をくぐって逃げた。
しかし、こんな狭い部屋の中逃げることは出来ない。エコはどうするればいいのか解らなかった。泣いてしまいそうだった。

「……あっ!」

エコは、机の上にあったアダルト雑誌の切り取りページの上に置かれているハサミに気が付いた。

「これ~でおわりだ~ぁ!」
「…………えーい!」

エコはハサミを掴んで再びラーメン男の急所に向って突っ込んでいった。
ブスッと言う音、ブチブチと切れていく音。

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

怪人ラーメン男は物凄い悲鳴をあげながら飛び上がった。
そして天井にぶつかると、大きな破裂音がしバラバラに飛び散りながら部屋の中に麺が降ってきた。

「……ふぇぇ。怖かった……怖かったぁ……」

エコは、麺が膝まで来た時にようやく自分のやった事を実感し涙が出て来ていた。

「お、お前は……」

タイガの声がした。エコは振り返るとぐったりしているタイガとトラキチがいた。
エコは、自分がエコだと言う事がバレたのでは無いかと思った。すると何だか恥ずかしくなってきた。

「さ、さらばだぁ!」

エコは自分の出せる精一杯低い声で、以前TVで見た時代劇の台詞を吐くと部屋から飛び出して行った。













翌日、エコは研究員に頭の形が変わるほど殴られながら元のカラーリングに戻り、OFFレン本部を訪れていた。
エコは、玄関の前で一時間もウロウロとしていたが勇気を出して中に入った。

「おや、エコ。ハハッ、今日は良い天気ですねぇ」

通りがかったグリーンの顔はいつもの顔に戻っていた。心なしか表情が非常に豊かになったいた。

「何ですか、タイガなら部屋にいますよ。ハハッ、それにしても今日は良い天気だ」
「う、うん……」

様子のおかしいグリーンに困惑しながらもエコはタイガの部屋に向った。
タイガの部屋でも再び同じような事をしそうになったが、ドアは開いていた。

「せ、せんぱぁー……」
「すいません。兄貴!」

中を覗くとそこにはトラキチがタイガの前に土下座をしている光景があった。

「……俺、強い兄貴に憧れて兄貴の弟子になろうとしましたけど。俺、あの虎猫さんの強さに憧れました!」
「はぁ?」
「俺、あの人の弟子になります! と言う訳で兄貴、さようなら!」

トラキチは、名残惜しさのカケラも無いあっけらかんとした口調で別れを言うと部屋を出て行った。
エコが顔を出したときにちょうどそれが重なって肩がトラキチとぶつかってしまった

「おっ、気をつけろよ」

トラキチは、あっという間に本部から出て行った。
タイガは、不満そうにベッドの上に座って腕を組んでいた。タイガのプライドは傷ついていた。

「……あの、せんぱぁーい」

エコは、オドオドしながら慎重に部屋に足を踏み入れた。
タイガは、じっと姿勢を崩さずに目を閉じていた。エコは、その隣に座ってタイガを見た。

「あ、あのぉ、先輩……オレ」
「昨日、変な虎猫がオレの部屋に来たんだよな」

エコの話を遮ってタイガは話し始めた。タイガは相変わらず腕を組み目を閉じたままだった。

「あれ、お前だろ?」
「ふぇ……ち、違いますよ。お、オレは虎猫じゃないじゃないですかぁ」

エコは、とっさに嘘をついた。

「オレはお前と一年以上付きまとわれているんだぞっ! 何となく解るんだよ」
「…………」
「オレの子分は、やっぱ他の奴にコロコロ変えないお前みたいな馬鹿なヤツの方が良いな」

エコは、久々にタイガに褒められたような気がして少し嬉しかった。

「……やっぱり、あれお前なんだろ?」

エコは、何も応えずニコッと笑ってタイガに寄り添った。

挿絵


「先輩、ご飯食べに行きましょう!今日もオレが奢りますよ」
「おぉ、でも……」

エコは、タイガの顔を見た。


「ハイ、ラーメンは辞めときますねー」