第84話
『懐かし仮面の涙』
(挿絵:グリーン隊員)
『ライトアップのブリーッジは~異次行きのダイヤモンドアドベンチャー♪』
レッドの周りには男子隊員が集まっていた。
初めはレッドが何気なくビデオを見ているだけだったのだが男子達が一人来て、また一人と増えてしまったのだ。
「カクレンジャー懐かしいっすねー」
「鶴姫が好きだったな。鶴姫って言えばね2年前のシュシュトリアンの花子役だったでしょ。僕は雪子お姉ちゃんが好きだったなぁ」
「次は何のオープニングやるの?」
「重甲ビーファイター。僕は全然見てなかったけどね。あ、でも次のオーレンジャーはさぁ何かマスクデザイン手抜きだよねぇ」
ベラベラと得意分野になると語りだすレッドをよそにDVDは次から次へと各オープニングを映し出していた。
歳をとっても男子と一部の女子にとっては、特撮と言う物は実に思い出深い物なのだ。
「あ、ジュウレンジャー懐かしいなぁ」
「僕ねぇ。ジュウレンジャーのサンダル持ってたよ。友達の龍くんと一緒に買ったの」
「何でレッドはこういう時はそんな饒舌になるんですか?」
「だって、ヒーロー好きなんだもーん。月光仮面やナショナルキッドから語れるよ。
あっ、ナショナルキッドってねぇ。エロルヤ光線銃って言う武器があるんだけどどう見ても懐中電灯なんだよ。でさぁ…」
楽しげに語り始めるレッドの話は誰も聞いていなかった。
レッドの舌は実に滑らかに動き、口は様々な薀蓄を吐き出して行っては宙に消えて行った。
「マイナーヒーローって言うのはね。これまたレアで。レッドタイガーとか、グリーンマンとか」
「レッドレッド。もう良いです。うるさくて歌が聞こえないじゃないですか」
「でね。他にも色々とあってー……えーと確か……他に……何かあったはずなんだけど……」
その時だった。悩むレッドの前に突然天井から謎の男が現れた。
全身黒タイツで、ベルトにNのバックル。そして顔には『懐』の文字。見るからにヘンタイだった。
「な、なんですか貴方は!……一応驚いておきましたよ」
「へ、変態だぁっ!」
レッドは突然の事にソファーの後ろにひっくり返った。
隊員達が変態を取り囲むとビシッと男はポーズを決めた。
「私の名は、懐かし仮面!」
「変態的なネーミングですね」
「やっちまえー!」
一斉に武器を取り出して応戦しようとした瞬間、懐かし仮面は手を前に突き出して制止するポーズを取った。
隊員達は、油断をしないように懐かし仮面の動向を窺っていた。長い沈黙が部屋を圧迫する。
「……モンスターファーム」
懐かし仮面が口を開いた瞬間、隊員達の体に電撃が走った。
記憶の奥底が一気に開放されたような心地ような、小恥ずかしいようなそんな心持だ。
「ロックン・オムレツ、バーコードバトラー、す~ぱ~ぷよぷよ」
ガンガンガンと隊員達は懐かしい響きのワードをぶつけられ思わず身悶えしてしまった。
その間に懐かし仮面は悠々とドアから出て行った。
ソファーからようやく起き上がったレッドだけがその感覚を感じることが出来なかった。
「あれ、みんな何やってんのー?」
それから一週間。
OFFレンジャー達は懐かし仮面の事など忘れて比較的、平穏無事な日常を過ごしていた。
しかし、懐かし仮面の一瞬の登場は小さな爪あとを本部に残していっていた。
「スラダン見よう。スラダン」
「えー。僕今からカブタック見ようとしてたのにー」
「シェンナ、たこやきマントマン見たいですー」
男子隊員の間に小さな懐かしブームが起こっていた。
最初はちょっとしたキッカケだったが懐かしい気分に浸り始めると止まらなくなっていた。
「先輩、お邪魔しまーす」
ドアから顔を出してキョロキョロと辺りを見回しながらエコが入ってきた。
いつもの事なのだが、エコはぼーっとTV画面に映ったスラムダンクを見ていた。
「コレ何ー?」
「えー!? エコ、スラダン知らねーの!? 子供の頃はみんな見てただろ!?」
「知らない」
ブラックがブルーの頭から身を乗り出して驚いていた。
「し、信じられない……この世にスラダンを知らない奴がいるなんて」
「僕も見たこと無いよー」
「ブラック、良く考えたらエコは平成っ子の14歳ですから放送始まった頃はまだ生まれて無いんじゃ?」
「じゃ、じゃぁエコは子供の頃は何を見てたんだ?」
ブラックが珍しく動揺しているのが何だか変な感じがしながらもエコは思い出していた。
「んーと……えーとぉ……」
「ポコニャンとかボンバーマンビーダマンとかじゃない? よく見てたなぁ」
「エコの事ですからスーパードール・リカちゃんみたいなのじゃないですかね」
「んーと。えーと。覚えてないや」
ぼんやりとした間抜けな答えを言うと隊員達はすぐにTVに目を移した。
エコは首をかしげながらTV画面を見ていた隊員に声をかけた
「ねぇ、タイガ先輩呼んでもいーい?」
「ダメっすよ」
「ボスが大変なんだよー。だから、先輩に相談しようと思って来たのにー」
「どうしたのどうしたの?」
しかし、男子は全く取り合わず、見かねた女子達がエコに声をかけた。
TVの周りを占領されている為に女子達の暇つぶしとしての気持ちからだった。
「んーと。ボスが古いおもちゃとか色々買っちゃって。お金が無くなっちゃったんだ」
「ボスもか……全く男って奴はいつまで立ってもガキなんだから」
ホワイトが呆れた口調でそう言うとエコもムッツリ顔でうんうんと頷き返した。
「ボスが日曜日にオレにお寿司食べさせてくれるって言ったのに。お寿司の代わりにおにぎり一個になったんだよ!酷いよ!」
「あーそりゃ酷いね。って言うかオオカミ最近何やってんの?」
「えーとえーと……アルバイトが忙しいから悪い事出来ないんだってー。しかも、ボスが無駄遣いするからもっとお金が無いんだ」
エコは大きなため息を付きながらレッドの方へと歩いていったがホワイトに捕まられて阻止された。
「ささ、今日の所はもう帰って」
「せ、先輩は……?」
「そっちは数だけは多いんだからなんとかなるって」
「あっ、せんぱぁーい」
ホワイトが無理にエコを追い出すと本部無いにも再びいつもの平穏な日常が戻ってきた。
男子達も相変わらずTVを見ていた。だが、女子の中にふと嫌な予感を感じるものが現れ始めていた。
「……これは例の懐かし仮面と何か関係がある気がする」
「クリームもそう思う? 私もそう思っていた所なんだ」
「シェンナはずっと前から解ってたですー!」
「で、でも、良いんじゃないかな? 別にそんなに被害があるワケじゃないし」

ピンクの言葉は最もだった。懐かしさに浸っているだけで別に暴徒と化す訳じゃない。
経済も多少回るだろうし、大丈夫だろう。そう女子達は判断した。
だが、その後その判断が謝りだと気づくのだった──。
「あぁ、もうっ! また切れてる! 発電所は何やってんだっ!」
イライラしながらホワイトはその怒りをぶつけるかのように壁のスイッチをパチパチと鳴らしていた。
本部は昼間なのに薄暗くてしーんとしている。それもこれも、電気が来ないからである。
「ここ最近、どうしてこうも電気が切れちゃうのかなぁ。ったくー!」
「こんな事態なのによくテレビで話題になんないよねー。大阪が停電って一大事なのにさ」
「アタシ、発電所に文句言ってくるっ!」
ホワイトがズカズカと足音を鳴らして玄関に向い、それをパープルが止めに入った。
止められてもホワイトは、怒りを抑えきれないようで見るからに不機嫌そうだった。
「一人で行っちゃ危ないって。みんなで行こうよみんなで……ね?」
「平気だって。アタシがパーッと行って小一時間説教するだけなんだから!」
「レッドー!レッドー!?」
ちょうどレッドの部屋の側だったのが幸いしてかパープルの呼び声に気づいて
超合金人形を両手に掴んだままのレッドがひょっこりと部屋から顔を出した。
「なーにー?」
「ちょっと、一緒に発電所に行ってくれないかなぁ」
「えー、今、ジャッカー電撃隊のバトルを再現中なんだけどなぁ」
「良いから良いから。隊長なんだから」
パープルはレッドの手を引っ張って部屋から引きずり出すとレッドは再び部屋に入った。
すると渋い顔をして超合金を持ってないレッドが部屋から出てきた。
「心配なんかしなくたって良いのに」
「まぁまぁ、ホワイト。3人で行けばいいじゃない」
「いいじゃな、いいじゃな、いいじゃないー♪ それでいいじゃないーい♪」
「ごめん、レッド、ちょっと静かにして」
そうこうしているウチにパッと視界が明るくなった。
暗い所に慣れているせいで目が刺された様な眩しさだった。
「あ、明るくなった! 忍者キャプターのDVD見よーっと!」
「……まぁ、明るくなったんならいいけど」
怒りの矛先をドコに向けて良いのか解らないようなホワイトは不服そうな顔をしたまま悶々としていた。
そのとき、レッドが付けたTVから発電所のニュースが聞こえ始めた。
ホワイトとパープルは部屋に入ってDVDをセットしようとするレッドの手を跳ね除けた。
『大阪発電所の他にも様々な場所で相次いで業務放棄をする職員が現れ始めています。
専門家は、過酷な業務による一種の逃避、または幼児退行では無いかとの見解を示しており……』
TVでは、怠けて漫画を読んでいる人や、おもちゃで遊ぶ人や、昔のドラマを見ている人だの
様々な様子が映し出されていた。以前、エコが言っていたボスの症状と全く同じだ。
『現場の山川さん、そちらの様子はいかがでしょうか?』
『はい、こちらは警察署なのですがご覧下さい。みんな懐かしい物を見たり聞いたりして楽しんでいます』
警察署の中は、先ほどの映像よりもさらに酷い光景だった。
アチコチに警察官が座り込んで本を読んだり、歌を歌ったりしている。普通の人が見れば正気の沙汰とは思えないだろう。
『山川さん。この場所では皆が小型TVを持ち込んでいますね。何を見ているんでしょうか?』
『あ、ハイ、まずこちらの手前の方は……夜のヒットスタジオですね。井上順さんが若いです』
『これまた懐かしいですね』
『こちらの方は、ゴールドライタンですね。こちらは、Drスランプ。こちらは、風雲たけし城ですねぇ』
『あ、こちらの方はカセットビジョンで遊んでいますね。あっ! 野球盤があります』
『皆さんは勤務をする予定は無いのでしょうか?山川さん』
『これはスーパーカー消しゴムですね。あ、見てくださいこっちで日光写真をやっています』
レッドがDVDの穴を指に入れてまだかまだかと待っていた。
ホワイトとパープルは何かを半分確信したような怪訝な表情をしていた。
『山川さん。山川さん。そちらの方々は何故勤務放棄をなさっているのでしょうか?』
『わくわく動物ランド。これ毎週見てたんですよ。あ、オールナイトフジが。夢で逢えたらもやってます!』
『えー、ただ今、音声の調子が悪い様です……えー……次は……』
『だ、誰だお前は! 何者だ!』
突然、スタジオの画面が切り替わって再び警察署の画面になった。
レポーターの前に居たのは、あの懐かし仮面の姿だった。
『あばれはっちゃく、毎度おさわがせします、ミルメーク』
『あふぁぁっ……!』
『月曜ドラマランド、クラッシュギャルズ、11PM、なめねこ、よい子わるい子ふつうの子』
『あぁっ、あんぁ……な、なつか……し……っ!』
懐かし仮面が一言一言喋るたびに、レポーターは悶え始めた。
カメラマンも同じなのかフラフラと画面が揺れている
『クイズ100人に聞きました、カリキュラマシーン、やまだかつてないTV』
『や、やめてぇぇぇっ! あぁっん!』
終いにはレポーターもろともバタンと倒れて画面は急いでTVに切り替わった。
しかし、画面には誰も居なかった。悶える声だけが聞こえていた。そしてそれは何時間経っても変わることは無かった。
「懐かし仮面。まさかここまで強大な敵だったなんて」
「なんとかしないとこのままじゃ大変な事になるかもよ」
「……ねぇ、もうDVD見ていい?」
レッドが声をかけた瞬間、本部は再び真っ暗になった。
それから一日経ったが、OFFレン一同は懐かし仮面に関する情報を全く掴む事が出来なかった。
マスコミ関係はほぼ全滅状態であるし、電気の復旧のペースも遅くなっていた。
「オレの買っておいたアイスも溶けちゃったし、食べたけど美味しくないし……」
「わかる。そんなの甘いぬるま汁だよね」
そして、今日もエコが愚痴りにやってきていた。エコは、タイガに合わせろと言うばかりだったが、
レッドはTVを見ながら変身ポーズを取ったりで全くタイガにさせる隙も無く、諦めていた。
「あっ、また消えたっ! やっとレオパルドンが出るところだったのにっ!」
再び真っ暗になったリビングにはレッドの怒りの声がこだましていた。
だんだん目が慣れてくると他の隊員やエコは「またか」と言う顔をしていた。
「こんなに電気が消えたら逆に懐かしさに浸れなくて良いんじゃない?」
「でも、最近は電気がすぐ消えるから、ボスは懐かし屋さんでおもちゃばっかり買って遊んでるよ」
「懐かし屋? 何々? そんなのあるの?」
レッドがエコの隣に座り興味津々といった様に問いかけた。
「えっとねー。駅の所に本屋さんがあるでしょ? その奥におもちゃ屋さんがあるんだって」
「え~? そんな所におもちゃ屋なんてあったっけ? タウンページに載ってなかったはずだけど……」
「あるよ。オレ、ここに来る時にいーっぱい人が並んでたの見たもん」
「じゃぁ、僕も行ってみようかな。マニアに荒される前にいくつか買っとかなきゃ!」
レッドが飛び出そうとすると、ホワイトが「待って!」と声をかけた。
「怪しくない? なんか」
「何が?」
「ここ最近の懐かし仮面の影響と、急に現れた懐かし屋。いくらなんでもタイムリーすぎない?」
「でも、最近の懐かしブームに便乗しただけかもしれないじゃん」
「今までの事件を考えてみてよ。カキ氷怪人の時はカキ氷屋が繁盛したし。BC団もニャンニャンランドを……」
ホワイトの言うとおりで、全くここまで解りやすいシンクロは今に始まったことではない。
懐かし仮面に懐かし屋。ネーミングセンスも同一である。レッドの中にも少しの疑惑が生まれた。
「じゃぁ、みんなで行こう。偵察って事でさ。 なんともないっぽかったらさ、帰ればいいよ」
「あ、隊長。悪いんだけどアタシ、ちょっーとヤボ用があるからパープル付いていって」
「え、私!?」
パープルとレッドの目が合うと思わず二人は目を逸らしてしまった。
「嫌なの?」
「そう言うわけじゃないけど。突然すぎて」
「じゃぁオレも行くねー」
エコが空気を読まずにそんな事を口走ってしまい。
しかも、パープルも頷いてしまい。結局、邪魔者が入った偵察活動は始まってしまった。
「あ、この列だよー」
エコの話で聞いていた以上に懐かし屋の行列は酷い物だった。
遠くにポツンと見える茶色い建物。どこからこんなに沸いてきたのかと言ううほどの人、人、人。
ラーメン店でも列はもう少し優しい長さだ。これでは今日中にたどり着けるかさえ怪しい。
「な、長いなぁ……」
「オレが通ったときはもうちょっと短かったよ」
「そりゃそうだって……」
レッド達は行列に並ぶものの、まったく列は動かない。そのくせ、反対側から紙袋を持った人々がやって来る。
おまけに今日は日が出ていて直射日光が頭に落ちてきて、秋とは言えまだ暑い。
「パープル立ちっぱなしで大丈夫? 足、痛くない? 背負ってあげようか?」
「あ、うん。 平気」
「良かった。勢いで言っちゃったから背負ってって言われたらどうしようかと思ったよ~」
「…………」
そうこうしていると、わずかに列が進んだ。ホッとした二人だったがすぐに止まった。
もう30分ほど経つと言うのに進んで距離は10センチ程度。レッドの顔にめんどくさい色が出始める
「ねーやっぱ帰らない? 僕、もう今度でいいや」
「せっかく並んだんだし……ね。だって、ほら」
パープルが後ろを指差すと、レッドは背後に並んでいる人を見た。これまた何百人もの長い行列。
「もう、やだー。帰りたいよ~……」
思わず座り込んでしまう。疲労に隊長も副隊長も関係ないのだ。
「レッド、子供じゃないんだから」
「僕は永遠の少年だから良いんだ良いんだ」
「あ、菅原さーん!」
のほほーんと立っていたエコが突然、懐かし屋の方から歩いてきたグラサンのオジサンに声をかけた。
見るからに、カタギではないその風貌を見て思わずレッドは立ち上がってパープルに寄りかかった。
「おぅ、なんじゃ、どっかで見た顔やおもたら、笹山んとこのエコか」
「お久しぶりでーす」
さすがそう言う世界に繋がった世界で少年時代を過ごしてきたエコにはあの人種に対する恐怖は皆無だったようだ。
長袖のシャツを着ているがうっすらと透けて鮮やかな毘沙門天の絵が見えている気がする。
「相変わらず可愛い顔しちょるのお。わいの女は子供嫌いじゃけんの。養子にこんか?」
「またですかー。菅原さん会うたびにそればっかりじゃないですかぁー」
「滝川組の傘下に入ったら広島大抗争がまた始まるけんのお……。オジキもこれから大変じゃきん」
「そうなんですかぁ。大変ですね」
なんとも危険な話を平然としてのけるエコにレッドもパープルも見かけによらないなぁと思った。
チラっとオジサンと目が合って二人は他人のフリをした。
「ところで、菅原さんは何か買ったんですかー?」
「おぅ。ちぃとブリキのヤツをな。懐かしくてたまらん。お前も何か買うんか?」
「えーとえーと……あの二人に付いて来ただけ何ですけどぉ。全然、列が動かなくって」
「ほお……」
オジサンはレッドにずかずかと近づいてグッと左腕を掴んでグイとオジサン側に引っ張られた。
「いやぁっ……!」
思わず女の子みたいな声が出てレッドは失禁しそうになった。
レッドはただプルプルと首を振り僕はカタギですと念仏の様に唱えていた。
「そっちのねえちゃんも。ホレ、早くこんかい」
手招きされてパープルも恐る恐る、精根尽き果てかけているレッドの側に立った。
すると、オジサンはそのまま来た道を逆走し始め、懐かし屋の列の最前列までやってきた。
「あ、あの……あの……な、何でしょうか?」
「ゴラァ! どかんかいゴラァ!」
「ひぃぃぃ! ごめんなさいーっ!」
失禁どころか失神寸前のレッド。しかし、菅原さんとやらの怒号を聞いて列が大きく左右に開けた。
すると、そのままレッドとパープル、そしてエコを空いた部分に入れると、菅原さんとやらは後ろに手を振って去って行った。
こうして、あまり良い気持ちのしない割り込みが完了したのだった。
「菅原さーん! ありがとうございまーす!」
「……エコ、君もやっぱり悪者なんだねぇ」
「ふぇ?」
冷たい視線を背中に感じながら3人は懐かし屋の中に入った。
中は木造であり、新しい家の匂いがした。ブームの便乗だと思えばあながち間違いではないかもしれない。
木の棚に
「あっ、凄い! スカイライダー超合金の初期バージョンがある!」
「なにそれー?」
「あー。姫ちゃんのリボンだ懐かしいー」
「ねぇ、それなにー?」
微妙に違った懐かしさを感じながらレッドとパープルは懐かし屋の中を見て回っていた。
中々、商品の置き方は馬鹿に丁寧だった。一つ一つが大事な子供の様に一定の間隔で棚に商品が飾られていた。
ついつい、懐かしい商品を見ている二人だったが一人つまらなさそうにしているエコがいた。
「オレも懐かしい物みたいのにー!」
「えー? あ、こっちにデジモンが置いてあるよ。懐かしいでしょ?」
「えーとえーと……オレ、それ知らないよ」
「じゃぁ、これは? ニャンダーかめん」
「えーとえーと……わかんない」
平成っ子にはつまらないであろうこの店でも何か懐かしい物があるだろうが、
エコには全く懐かしい物が無い。物覚えが悪いにもほどがあるというかなんと言うか……。
「よーし、僕はダンシングフラワー買おーっと! パープルはどう?何か買うの?」
「私はいいや。懐かしいけど別に欲しいとまでは思わないし」
「いっぱい女の子向けのあるじゃん。買えばいいのにー」
レッドは、女の子向けっぽい商品を次々と手にとって眺めていた。
その顔はやっぱり懐かしさでいっぱいだった。
「赤ずきんチャチャでしょー。ナースエンジェルりりかSOSでしょー。こどものおもちゃでしょ。
愛天使ウェディングピーチに、魔法のエンジェルスイートミントに、きんぎょ注意報に……」
「も、もう解ったから……」
ペラペラと喋りだすレッドにパープルは若干押され気味になっていた。
エコはエコで、ソフトビニールのゴジラやウルトラマンの怪獣を見ていた。
「それにしても、なんでこんなに懐かしい物がいっぱいあるんだろう?」
「……ウチはね。数年前までおもちゃ屋やってたんだよ。お爺さんの代から続いててね」
店の奥から、70前といった店主らしき老人が出て来てそう言った。
レッドは軽く頭を下げると、店主は目を細めて外の行列を眺めていた。
「区画整理でこんなへんぴな所に隠れちゃって、もう店を辞めようかと思ってたんだが……
なんか知らんが古い物が流行ってるらしいからやってくれって、銀行から融資までされてね。始めてみたら大繁盛だよ」
「そりゃそうですよ。こんなにいっぱいあるんですから。懐かしい物が」
「懐かしいって事は、遠い時代を思い出させる事だからね。この子達も忘れ去られていたんだよ」
「僕も、すっかり忘れていた物があって。昔、ダンシングフラワー欲しかったんです」
レッドが商品をおじいさんに渡すと、おじいさんは箱に貼ってある「1200円」と書かれた値札をトントンと叩いた。
すると、レッドは「えっ!?」と声をあげて値札を見た。
「これって当時の定価ですよね……?」
「あぁ、そうだよ」
「え、って事は……全部、当時のままの値札が貼ってますけど。まさかあれ全部……?」
「プレミアとか良く解んないから。そのままで売ってるよ。儲けたい訳でも無いしね」
レッドは、うんうん!と頷きながら1200円を払うとホクホク顔で商品を受け取った。
すると店主は他の客に呼ばれて向こうに行ってしまった。
「いやぁ、良いお店だねぇ。やっぱりこういう店って必要だよホントに」
「うん、良い人だよね」
「……僕、あのおじいさんが悪い事をする人だなんて思えないんだけどなぁ」
レッドはおじいさんの背中を見ながら呟いた。
それから二日後。尾布市には懐かし屋へ向う人ばかりになっていた。
ほとんどの人々が、懐かし屋へ向い、他の業種はほとんど全滅状態にあった。
それもこれも、懐かし仮面の力が強大であったからである。
「こういう地味な攻撃がここまで甚大な被害をもたらすとは思いませんでしたね」
最後のロウソクを灯しながら、輪を描いて座っている隊員達は深刻な状態に陥っていた。
「どう考えてもあの懐かし屋が怪しいじゃありませんか。今では人気があるのはあの近辺だけですよ」
「……そうだけど」
「レッド、気持ちは解りますけどやっぱりここまで来ればそのおじいさんが懐かし仮面である可能性は高いと思います」
クリームの一言にレッドは何も言えず、俯いていた。ロウソクの灯りが激しく揺れた。
「明日、早朝に懐かし屋に向いましょう。各自、武器やボックスの準備を怠らないように」
「了解!」
各自が手探りで自分の部屋に向った。レッドはロウソクの前でポツンと座っていた。
そんなレッドの背中にパープルは声をかけた
「レッド、早く寝ないと明日に響くよ」
「……うん」
レッドは座ったまま小さくなっていくロウソクの火を長々と見つめていた。
翌朝は曇りだった。
懐かし屋の前には相変わらずの行列があった。開店を待っているのだ。
OFFレンジャーはそんな人ごみの中ではなく、店の裏通りにいた。
「……いいですね。一気に突入しますよ」
「お年寄りなんだから、穏便にいこうね」
「解ってます。では、いきますよ……」
男子達が固まって一気にドアに体当たりすると、ドアは大きな音を立てて開いた。
すると、いっせい後続の隊員達が部屋の中に入るとあの店主と目が合った。
「な、なんだお前達は!」
店主は、玄関の方に逃げていこうとした。そこをレッドのスターヨーヨーが捕まえ、
店主の体をギュッと縛りつけ、店主はそのまま地面に倒れた。
「手荒な真似をしてすいません。でも、やっぱり……」
レッドがおじいさんに近づこうとすると、急に背後に嫌な予感を感じ振り返った。
そこには、まさかのまさか。懐かし仮面が日を背に立っていたのだ。
「あっ、な、懐かし仮面!」
「……ポケットビスケッツ」
「あふぁ」
懐かし仮面の攻撃は鼓膜から脳に入り、一気に隊員達の筋肉を弛緩させてしまった。
足元がふら付いて動けない。
「失楽園、ビーチボーイス、夢のクレヨン王国」
「あぁっ……!」
1000%テレビっ子な現代っ子の隊員たちは、懐かし仮面の攻撃に手も足も出なかった。
ただ、懐かし仮面の口から一言一言、懐かしフレーズが出るたびに隊員達はどんどん懐かしさの中に溺れていくのだった。
「Qちゃん」
「ふぁぁ……!微妙に……」
「あさりど」
「あぁっ、そんな奴も居たっ……」
「青いブリンク」
「懐かしすぎるですー」
隊員達は床にだらーんと倒れたまま、すっかり軟体動物の如くふにゃふにゃになっていた。
懐かし仮面は、相変わらず懐かしフレーズを言いながらおじいさんに近づいていった。
「あ、そ、その人に触るな……っ」
「クマのプー太郎」
「あぁんっぁ!」
懐かし仮面はおじいさんにジリジリと迫って行く。
レッドは、懇親の力でちょうど手にしていたBOXを思い切り床に投げつけた。
「マジック! 出でよエコ!」
BOXから、物凄い勢いで煙が噴出し、店内はあっと言う間に真っ白になった。
すると、一気に霧が晴れるようにして、OFFレンの目の前におせんべいをかじっているエコが立っていた。
「あ、あれっ! ここどこ!?」
「エコ、ちょっと力になって欲しいんだ……」
「冗談じゃないよぉ! オレ、ドラマ見てたのにー! 竜哉がお母さんに会う大事な所だったんだぞー!」
エコは、機嫌が悪そうに足を踏み鳴らしながら抗議していたが隊員はそれ所じゃなかった。
「た、頼むから、エコ。エコしかこの状況を打破できる人がいないんだよ……!」
「お断りだよっ! 何でオレがOFFレンジャーになんか協力しなきゃいけないんだー!」
エコはすっかり不機嫌になっていた。そうこう、していると、懐かし仮面の魔の手がエコに迫り始めた。
「……ランチの女王」
「わっ、誰、コレ!」
エコは、せんべいをかじったまま懐かし仮面の攻撃を受けた。
しかし、全くエコはビクともせず、ただただ、異様な格好の懐かし仮面に驚いているだけだった。
「……とっとこハム太郎」
「な、なんだよこれぇー! お、OFFレンジャー。説明してよー!」
懐かし仮面の絶妙な懐かしワードの選別にエコは全く懐かしがることは無かった。
それは懐かし仮面の側にもひしひしと感じられているらしく、動揺している事が手に取るように解った。
「明日があるさ、ミニモニ、模倣犯、タマちゃん、牡丹と薔薇!」
「な、何ー!? 怖いよぉー!」
エコは、懐かし仮面の攻撃に思い切り引いていた。懐かしいどころの騒ぎではない。もはや恐怖だった。
だが、そんなときでもエコはせんべいをかじっているのが凄いとこんな時に隊員達は思った。
「ゼェ……ゼェ……」
懐かし仮面は、息を切らせていた。精神面でのエコの勝利なのだろう。
幸い、エコとは一回りほど世代が違う為に、隊員達にはあれらの懐かしワードはほとんど効かなかった。
「今だーっ!」
レッドの掛け声に、隊員達はいっせいに懐かし仮面に飛び掛った。
レーザー光線、ナイフブーツ、剣、これでもかと言うほどOFFレン隊員の武器が激しく火花を散らす。
「でぇぇぇぇーい!」
最後に、レッドがエコを思い切り突き飛ばし、まともにエコを正面から食らった懐かし仮面はその場でノックダウンした。
それでもエコはせんべいを放さなかったのには感銘を受けずに入られなかった。
「ぐるぐる戦隊OFFレンジャー。勝利ーっ!」
ハイタッチを繰り返し、隊員達は倒れた懐かし仮面を見つめながら勝利を確信していた。
おじいさんの紐を解き、レッドは何度も頭を下げながら数々の無礼を謝った。
しかし、おじいさんは、懐かし仮面の事を気にしているのかレッドの方は見ていなかった。
「彼は……」
「大丈夫です。もう、悪さしない様にきつく言っておきますから」
「いや、そうじゃない……」
おじいさんは懐かし仮面の上でせんべいをかじっているエコを退かすとマジマジとその姿を見ていた。
レッドも、後ろから倒れている懐かし仮面をおじいさんの肩越しから覗き込んだ。
「相当、儲けられた事でしょう」
消え入りそうな声で懐かし仮面は初めて普通に喋り始めた。レッドはペンダントを外し、右手に握った。
「き、君は……ウチにいたおもちゃじゃないか」
「えっ!?」
レッドは改めて懐かし仮面を見た。仮面の『懐』の文字を外せばどこかで見た事のある姿だった。
それは、レッドが良く知っているあのジャンルにいる……。しかし、中々思い出せない。
「気づいてもらえた様ですね……」
「あ、当たり前じゃないか。お前達は私の子も同然だ。我が子を忘れる親がいるかね」
おじいさんは、懐かし仮面に近寄ると、ひび割れている腕を優しく撫でた。
「……おじいさんには感謝のしようがありません。こんな古びた汚い私を大事にしてくれて」
「なるほど。自分を大事にしてくれたおじいさんへの恩返しのつもりでこんな事をしたんですね」
グリーン隊員の言葉に懐かし仮面はゆっくりと首を振った。その行動は隊員らの考えを見事に打ち砕いた。
懐かし仮面はヨロヨロと立ち上がって、じっと前を見据えた。
「……おもちゃだけでなく、番組、食べ物、服、場所、言葉……。全ては生まれては消費され消えていく運命。
しかし、それらは、人々の心に残り、思い出として残る。だが、思い出に残らず忘れられたらどうだろうか。
時代の波にそっと埋もれて言っても、ふと、懐かしい物を思い出したとき、人も物も、言い知れぬ嬉しさを感じる」
懐かし仮面は、たどたどしく、しかし一言一言を大事に吐き出していた。
「生きていく事は、忘れる事かもしれない。美しい物も、醜いものも全て。だが、忘れる事は寂しい」
「だが、懐かしいとも思われない。全ての人々から忘れられた物達の悲しみはどうなるのか。
ただ、生まれて忘れ去られるだけに。誰の心の中にも残らずに消えて行くだけに我々は生み出されたのだろうか」
懐かし仮面の姿が突然、ぼやけて見えた。レッドは目をこすったがそれは正直な物だった
思い出せない。レッドには、懐かし仮面の正体がまだ思い出せなかった。
「もう一度、思い出してもらいたいと、私は現れた。しかし……」
懐かし仮面の姿がどんどん、透明になって行ったのと同時に幻の様な声が店内には響いていた。
「誰も私の事を思い出してはくれなかった……」
懐かし仮面のいた場所には、小さなソフトビニールの薄汚れた人形が一体だけ落ちていた。
おじいさんはそれを手に取ったまま何も言わなかった。
レッドは、その時、頭の中で全てのピースが繋がった。懐かし仮面の正体がわかった。
「あっ、思い出した! 確か、数ヶ月で打ち切りになったスーパーマックスVだ……」
「全然、聞いた事ないですー」
「……ファンもいないくらいだから」
「レッド、何やってるんですか! もうみんなレジに向ってますよ」
「んー。もうちょっと」
お菓子売り場の特撮ヒーローカードコレクションの中からレッドは懸命に彼を探していた。
あれから、しばらくの間に様々なリバイバルブームがやってきたが既に飽きられ始めていた。
懐かし屋もあの一件の後、全ての商品を売り切った後に店を閉めてしまった。
少々寂しいものがあったが、あの後には小さなコンビニがオープンして一応の賑わいを見せている。
今では、懐かしい物のリバイバルブームと言えば、アニメやマンガ、特撮といったサブカル層だけの物になっている。
少し数は減った物の、今でもこうしてちょくちょくと関連商品が出ているのはレッドにも嬉しかった。
「レッド! もう、置いていきますよ」
「あ、うん。ごめん」
ラインナップに彼が無いのを確認して、レッドは商品を棚に置いた。
「先に行ってますからね。早く来てくださいよ」
グリーンが棚に挟まれた向こうへと走っていく。長い長い、商品の棚、棚、棚。
様々な、商品、商品、商品たち。言い知れぬ気持ちがレッドの中に渦巻いていた。
「…………」
途方に暮れそうな時代が波になってレッドには見えるようだった。
流されたまま、寄せたまま決して返される事の無い波が。
「……今を懐かしいと思える日が来るのかな」
レッドは、いつまでも黙っている商品達に囲まれながら、一人ぼっちで呟いていた。
