第86話

『ネバネバ王国の使者』

(挿絵:ピンク隊員)

納豆ご飯ほど上手い物は無いと、ある人は言った。卵や葱を加えればいっそう美味しいとも。
もはや今日の日本では、朝食から納豆と言う物は切っても切り離す事ができない。国民的豆と言えるだろう。

しかし、そんな美味しくて栄養豊富な納豆が苦手な人も結構いるはず。
そんな人達は、今日、この話を見れば少しだけ納豆が好きになれるかもしれない──。










小さなちゃぶ台を床において、シェンナとクリームはその日最初の食事を始めていた。
隊員達はまだ寝ていたり実家にいたりして他にグリーンやピンクぐらいしかリビングにはいなかった。

それもそのはずで、時は午前7時。大学生や高校生には寝ちゃってしまって当然の時間だ。
ここ最近、クリームは規則正しく生活させる為にねぼけ眼のシェンナを起こしてこうして一緒に朝食を取っているのだ。

「シェンナ、どうしたの? ご飯進んで無いわよ」
「…………」

クリームはご飯にまったく手をつけずに、ご飯の上の納豆の粒を箸でコロコロといじくっているシェンナに気づいた。
寝起きなのもあるが、シェンナは苦い顔をして相変わらず箸で納豆をいじくるばかりだった。

挿絵

「シェンナ。食べ物で遊んじゃダメよ。ちゃんとご飯食べなさい」
「……美味しくないんですー」
「そんな訳無いでしょ。納豆だってシェンナが好きなの買ってあげてるんだから」

クリームはシェンナと同じ納豆ご飯を口に入れた。別にいつもと変わらない美味しい納豆だった。
もちろん、味噌汁や漬物だっていつもと変わらない。美味しい朝食だ。

「クリーム解んないんですかー?」
「別にいつも通り。全部美味しいじゃない。ホラ、もっかい食べてみさない」

シェンナは渋々納豆の一粒を口に運んだ。その瞬間、シェンナは苦い顔をし始めた。

「やっぱり美味しくないですー……」
「そんな訳が……貸してみなさい」

クリームはシェンナのお茶碗を取ると恐る恐るシェンナの納豆を食べた。
良く噛んで味を確かめてみるがさっき自分が食べたものと特に変わらない。

「やっぱり、私のと変わらないじゃない。きっと、寝起きだからよ。ホラ、文句言わないで食べなさい」
「嫌ですー。マズイ納豆なんかいらないですー!」

お茶碗を目の前に置かれたシェンナは這う様にしてソファの方へと逃げ出した。
クリームがひょいと大またで追いつくとすぐさまシェンナは捕まえられる。

「ご飯を食べないと大きくなれないでしょ。ホラ、食べなさい」
「嫌ですー! マズイんですー!」
「シェンナ! 駄々をこねないの! 早く食べなさい!」

クリームは首根っこを掴んだままシェンナをちゃぶ台の方に持っていった。
そのまま座らせ、クリームが箸を持ってシェンナの口に納豆ご飯を近づけるがシェンナの口は真一文字。

「シェンナ! コラ! 食べなさい!」
「んー! 嫌ですー!」

無理やり、口に押し込もうとするがシェンナの口は右に逃げ、左に逃げ、追いつかない。
埒が明かなくなったクリームはシェンナの頬を左右からギュッと摘んで固定させた

「んんんん! いーやーでーすー!」
「食べなさい。ホラ、た、べ、な、さ、い!」

納豆がゆっくりとこっちに近づいてくる。シェンナは全身の力を振り絞って思い切り抵抗した。
すると足が何かを蹴り上げた感覚と同時に物凄い音が聞こえてきた。

「あ」

シェンナはちゃぶ台を蹴り上げてしまった。おかげで床一面は朝食の放し飼い状態。
あんなに嫌だったシェンナの納豆ご飯もカーペットの腕でそのねばついた糸を繊維に絡ませていた。


「シェンナーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
















「シェンナは何も悪くないですー! クリームなんか鬼女ですー!」

本部を追い出されたシェンナは、なけなしのお金で買った甘納豆を噛締めながら秋の尾布市を歩いていた。
冬も近い11月の寒い町並みに甘納豆は良く似合っていた。心がほんのりと温かくなる甘さがシェンナには頼もしかった。

しかし、シェンナは闇雲に歩くだけでこれからどこに行くか途方に暮れていた。
かと言って本部におめおめと帰るわけには行かない。シェンナのプライドがかかっているのだ。
たとえ自分が悪かろうとクリームがごめんなさいと土下座して謝るまで絶対に帰ってやら無いと決心するのだった。

だが、甘納豆を買ってしまってシェンナの残る所持金は10円。これではガム程度しか買うことが出来ない。
もちろんカプセルホテルやマンガ喫茶などに入り浸る事だって出来ない。

「あ、オオカミ軍団に行ってエコをいびり倒してやるですー。いい考えですー」

本部がダメならば敵側だとシェンナは意気揚々オオカミ軍団のアジトへと向った。
体が徐々に寒くなってきて急ごうとする余り、シェンナはいつの間にか走っていた。

すっかり黄色くなったイチョウの木の並木道を走っていくとカサっと枯れ葉の踏む音が耳に心地よかった。
そのまま真っ直ぐ走っていっていると地面に落ちた銀杏が納豆みたいに可愛くてシェンナはつい気をとられてしまった。

「あっ!」
「ですっ!」

シェンナは反対側から歩いていた誰かに思い切りぶつかってしまった。
思ったより勢いは付いてなかったお陰でシェンナが倒れる代わりに手にしていた甘納豆の袋が倒れてくれた。
地面に落ちた甘納豆はバラーッとイチョウや銀杏と共に床にばら撒かれた。

「シェンナの甘納豆、食べられなくなっちゃったですー……」
「あぁ、すみません。僕が銀杏を納豆みたいだと思って見惚れていたばっかりに」

シェンナは声の主を見た。ぶつかったのは、端整な顔立ちの青年だった。
しかし、綺麗な顔立ちなんて虎や白い虎などで見飽きている。それよりも甘納豆だ。

「シェンナ甘納豆まだちょっとしか食べてなかったんですよー!」
「ホント、すいません……甘納豆と言えば最上級の菓子。お気持ちはお察しします」
「そんなのどうでも良いですー。とっとと誠意を見せるですー!」

シェンナは右手を差し出したが、青年は困ったように目を逸らした。

「申し訳ありませんが、僕はあいにく今、金銭を持ってないので弁償はとても……」
「じゃぁ、身ぐるみはがさせてもらうしかないですねー」

シェンナは青年に詰め寄ったが服はなんとも普通な物だし被っている帽子も平凡な物だ。
とてもじゃないがこれを質屋に持って言っても二束三文と言う所だろう。

『おう……いや、スティッキー。代わりにあれを差し上げたらよかろう』
「あ、なるほど」

突然、足元から老人の声が聞こえシェンナはびっくりした。
下を見ると、蓄音機みたいな小さなスピーカーの付いた変なラジオが青年の足元にあった。

「代わりに、この干し納豆でよければどうぞ受け取ってください」

シェンナがこれは何だろうと思っている間に青年はシェンナに袋に少しだけ入った干し納豆を差し出した。

「シェンナ、甘納豆が欲しいんですー!」
「干し納豆も美味しいですよ。さ、どうぞ」

渋々その袋を受け取るとシェンナは一粒口に含んだ。
すると、甘納豆とはまた違った。美味しい味がふわーっと口の中に広がってシェンナを包んだ。

「どうですか?」
「ま、マズくは無いですー……」
「美味しいでしょう?」
「で、ですー……」

シェンナがまた一口干し納豆を食べたのを見ると青年はフッと笑った。

「僕はスティッキーと言います。あなたのお名前は?」
「シェンナですー。ですーは、名前じゃないんですよー」
「これはこれはシェンナ殿。ご無礼をお許しください」
「解れば許してやらん事もないですー。シェンナ、大人なんですー」

急におかしくなって二人は笑い始めた。シェンナの気持ちも少しだけ丸くなる。
もう一口、干し納豆を噛締める。一口、また一口食べているとあっという間になくなってしまった。

「無くなっちゃったですー。おかわりですー」
「お腹空いているたんですね。しかし、申し訳ない事にそれで終いなのです」
「ちぇ、シけてるですー」

シェンナは干し納豆の袋の口を顔につけて中の空気を吸い始めた。納豆の香りが落ち着く。
それを見ながらスティッキーは微笑ましげに見ていた。

「そんなに納豆がお好きなのですか?」
「ですー」
「納豆は美味しいですからね」
「ですですー。……でも今日のはマズかったですー」
「マズかった? それは醤油や薬味がでは無く、納豆自体がですか?」
「ですー!」

力強く応えると干し納豆の袋が振動して声がブルブルと震えた。
それほど、今朝の納豆はシェンナにとってマズかったのだ。

「……失礼ですが、歯磨きの後だったり口内炎が出来ていたりでは無いのですね」
「シェンナはオールデイズ、ベストコンディションですー!」
「失礼しました。そんなマズい物を作っているのはどこの会社ですか?」
「ひょっとこ納豆ですー。シェンナはあそこの納豆が好きだったんですー!」
「あそこは老舗のハズ。オカシイですね」
「お腹ぺこぺこであんなマズイ物食べさせられたシェンナは超MK5ですー!」

シェンナは十分袋の中の空気を堪能したと見えてぐしゃぐしゃに丸めると側のゴミ箱に思い切り放り投げた。

「なんだかシェンナ腹が立ってきたですー! クレーム入れてくるですー!」
「僕も一緒に付いて行っても良いですか?」
「足手まといにはなるなよですー」

シェンナはのっしのっしと大またで、地面をドシドシと踏みつけながら歩いていった。
枯れ葉の音が良い感じにくしゃくしゃと潰れてシェンナの士気もぐんぐん上がって行く。

「シェンナ殿」
「なんですかー!」
「逆です」

シェンナは後ろ向きのまま、のっしのっしと元の位置に戻ってきた。












ひょっとこ納豆、大阪支社は隣町の中心部にあった。茶系統の色の社屋。納豆の香り。
そして、大きなひょっとこのオブジェが玄関の側に堂々と置かれている。
そんな玄関に入ってすぐのカウンターで担当者にクレームをぶつけているのがシェンナである。

「ですですですですー!!」
「そう言われましてもねぇ。ウチは品質が一番ですからねぇ」
「ででででででででですー!」
「だから、第一、商品を持って来ていただかないことにはねぇ。捨てちゃったんでしょう?」
「ですー……」

最初は意気込んでいたシェンナだが正論で返されると徐々にシェンナも意気消沈。
後ろで様子を見ているスティッキーにチラチラと助け舟を求める様に目線を送る。

「失礼ですけれども工場を一度見学させていただけませんか?」
「衛生面の問題がありますからそれはお断りさせていただきます」
「納豆の養殖所だけで良いんです。それだけ見たら帰りますから」

めんどくさそうな顔をしながら係員は受話器を手に取り、二言三言話し受話器を置いた。
しばらくすると、奥から工場の青い制服を来た男性が二人の前にやってきた。

「私がこの工場の工場長です。養殖所の見学だそうですが5分だけですよ」
「申し訳ありません」
「ですー」

シェンナたちは玄関を出て、工場の裏手に回っていった。
そこには木造の小屋が多数建てられており、その周りには全て外から入れないようにコンクリート壁で覆われている。

「少々、日が当たりにくいのではないですか?」
「いえ、ちゃんと一日5回は当ててますよ」

スティッキーは不信な顔をして、その小屋を眺めていた。シェンナはすっかり怒気も冷めて
納豆の香りが充満しているこの場の雰囲気に、ただワクワクしていた。
しばらく歩いていると奥に他の物よりも一回りも二回りも小さな小屋が建っていた。

「こちらです」

工場長はそれだけ言うと、その小屋のブロック塀のドアの鍵を開け二人を中に通した。
小屋を覗き込むと、中は掃除をきちんとしているのか綺麗で、人工光も眩しいほど当てられている。
そんな小屋の中で小さな納豆豆たちがぴょんぴょん跳ねていたり、隅の野菜の束をかじっていたり。

「可愛いですー」

シェンナが覗こうとして柵に手を付くと、納豆豆達は怖がっているのかワーっと反対側に逃げてしまう。
それを見てシェンナは反対側にも回る。納豆豆はまた反対方向に逃げる。

「納豆豆がストレスを感じますから辞めてください」

とうとう、繰り返していると工場長に首根っこを掴まれてしまった。
スティッキーは黙ったまま小屋の隅から隅まで見ていた。納豆豆たちはシェンナと違ってじっとしている
スティッキーに興味を示しているのか側に集まって来る。シェンナもそれを見て側に座り込むが来てくれない

「もう、5分経ちましたよ」
「他の小屋も見せていただけませんか?」
「すいませんが、忙しいのでここまでにさせてください」

工場長はスティッキーとシェンナの腕を乱暴に掴んで外に出すとすぐさま鍵をかけた。

「あのう、何故この小屋だけ他の物より小さいのでしょうか」
「……新築ですから」

スティッキーは疑わしい目をしたまま工場長を見ていた。

「少し、この小屋の養殖方法が凝っているようですがコスト面は大丈夫なのでしょうか」
「それは、もう、我が社の企業努力の成果ですよ。もう良いでしょう。さ、お帰りください」

工場長はそれだけ言うと先に帰って行った。
スティッキーは塀をよじ登ろうとしてずり落ちているシェンナに声をかけた。

「シェンナ殿。どうやらこの会社、少々怪しいですよ」
「そうですかー?」
「……あの工場長の目は何か隠している目です」
「シェンナ、あんな濁った目興味ないですー」

コソコソと話していると遠くから「早く帰ってくださいよ」と言う工場長の声が聞こえた。
仕方なくシェンナ達は帰ろうとした時、向い側からいそいそと納豆パックがホウキを持ってやって来た。
どうやらここの掃除係らしい。

「すいません」

スティッキーが声をかけると掃除納豆は驚いたように足を止めて後ずさりをしようとした。

「怪しいものじゃありません。少しお話を聞きたいと思いまして」
「お、お話って何ですか」
「この会社の事についてです。何か怪しい動きとかありませんか」
「さ、さぁ……私みたいな末端の者にはそんな事……」

掃除納豆は見るからに動揺しているのが判るほど小刻みに震えていた。

「スティッキー。別にもう良いですよー。シェンナ心が広いんですー」
「そうは行きません。同じ納豆を愛する物として放っておく事なんて」
「スティッキーは頑固ですー。クリームとおんなじですー」

スティッキーはしゃがみ込んで掃除納豆をしっかりと見つめた。

「では、最近何か変わった事はありませんでしたか? 」
「さ、さぁ……先月、社長が変わったぐらいじゃないでしょうか……」
「その社長とはどんな方ですか?」
「すいません。掃除しないといけないんです。すいません。すいません」

掃除納豆は一息に言い切るとぴょんぴょこと飛び跳ねながら奥に消えていった。
シェンナはその様子を見ているスティッキーの腕を引っ張って言った。

「スティッキー、帰ろうですー」
「……そうですね」












「そうやってね。クリームは頭ごなしに叱り付けるからダメなんだよ」
「そんな事ない。シェンナはキツく叱らないと応えないんだから」

シェンナが出て行った後の後片付けも終わり、クリームは一人頬杖を付いたままふて腐れていた。
周りからフォローを入れようにもクリームが頑として受け付けようとしない。

「だいいち、ホラ、子供って味覚変わるって言うじゃない」
「同い年なのに?」
「味覚障害とかじゃないの。亜鉛だったかが不足しているとそう言う事が起こるらしいし」
「シェンナの食事の栄養バランスは私が考えてやってるのよ。失礼な事言わないで」

取り付く島も岩も無いクリームにもう一本頬杖が加わる。
隊員らもこれはダメだと感じたのか、TVのあるソファ側に移動し始めた。
この時間はTVのワイドショーばかり。特に目新しいニュースも無く、芸能人のゴシップばかりだ。

『えー悲しい事件が起こりました。親子喧嘩の後、追い出した子供の遺体が山奥で発見されました』

突然、物騒なニュースが入り始め一同はシーンとしてしまった。

「フン、そんなのシェンナじゃないもの」

クリームは聞こえよがしに言い放った。その言葉の奥にはどこか虚勢のような物を皆感じていた。

『次です。ご飯が美味しくないと飛び出した少年が家の前でダンプカー80台にはねられました』

マスコミはOFFレンの事件を知ってからかっているんじゃないかと思うほどバッドタイミングなニュースが次々飛び込んでくる。
クリームはまた「ど、どんなとこに家があるのよ」と怒ったように言った。しかし、今度の言葉は少し心配そうな様子が窺える。

「クリーム。心配なら僕らと一緒にシェンナ捜しに行こうか?」
「お断りです。隊長、そんな暇があったら悪者でも倒してきてください」
「だって、そわそわしてるじゃない。短気は損気」
「使うところおもいっきり間違ってます」

何もかける言葉が無いと言う表情を隊員達に向けるとレッドはすごすごと退散する。
そんなとき、玄関の方からガチャっとドアを開ける音がしてクリームは急に立ち上がりドアに向った。

「シェンナ! 帰ったの?」

ドアを開けるとシェンナはスティッキーの手を引きながらリビングの前を横切ろうとしていた。
クリームはスティッキーなど目に入らず、シェンナを見た。しかし、シェンナは「フーンですー」と首を振った。

「シェンナ……私が悪」
「クリームなんか嫌いですー」

シェンナは、目を合わさないままそう言い放った。

「シェンナ、クリームに束縛されない生き方をするって決めたんですー!」
「な、なんですって!」
「シェンナ、何も悪い事なんかしてないのに、いっつも怒るから嫌いだったんですー!」
「……シェンナ!」

クリームが手を挙げようとするとヒョイとシェンナは後ろに避けて目を下に引っ張って舌を出した。

「あっかんべーですー!」
「シェンナー!!」

そのままシェンナはスティッキーを引っ張って自分の部屋に飛び込んでいった。
クリームは呆然としたまま、ドアの前に立ち尽くしていた。

「って言うかあの子誰だろう」
「シェンナの友達じゃないの。でも、カッコ良い顔してたね。彼氏とかかな?」
「クリーム?」

クリームは黙ったまま怒った顔で椅子に座り、頬杖を付く。
そこまでは一緒だが以前とは雰囲気が違う。時折ため息を付きながら目を伏せているのだ。

「絶対許してやらないんだから……」














「あんな事を言って大丈夫だったんですか?シェンナ殿」
「良いんですー。クリームは子供だから怒ってやらないとわかんないんですー!」

部屋に入るなりぷりぷりしながらシェンナはベッドの上に横になった。
シェンナはスティッキーの方を見るとスティッキーはシェンナをじーっと見つめていた

「シェンナ、安い女じゃないですよー!」
「あ、申し訳ありません。 女人のお部屋に入るのは初めてな物ですから緊張してしまって」
「シャワーはここを出て左ですー」
「そ、そのようなやましい事は一切考えておりません」
「なんか新鮮ですー」

Tみたいな男がいつも側にいるシェンナからしてみればスティッキーは実に紳士的だ。
シェンナはひょいと飛び起きてスティッキーの方に体を向けた。

「シェンナ、ずっと聞きたかったんですけどそのラジオみたいなのはなんですかー?」

常にスティッキーの足元でチョロチョロ動いていた蓄音機なのかラジオなのかチョロQなのか解らない変な物体。
少し前に渋い声がスピーカーから流れてきたがその時は納豆業者への怒りが強い余りすっかりスルーしていたのだった。

「これですか。これは僕のじいやです」
「おじやですかー?」
「おじやは食べ物。じいやは人間です」
「興味深いですー」

スティッキーは足元のメカをひょいと持ち上げるとアンテナをパチンと指で弾いた。

「このアンテナの上の部分にカメラがあるんです。じいやは、海外旅行が嫌いなのにそれでも僕を心配してこの様な物を」
『コラ、スティッキー。余計な事を言うでないぞ』
「スティッキーはアメリカ人なんですかー? 」
「いえ、もっと近い所です」
「チャイニーズですー?コリアンですー?」
「もっと近い……ネバネバ王国です」

シェンナの記憶の中には、バチカン市国はあってもネバネバ王国は存在しなかった。
首をかしげるシェンナにスティッキーは少し残念そうに俯いた。

「やはり、知名度が低いのですね……」
「どこにあるんですー?」
「日本の裏側です」
「じゃぁブラジルですー?」
「いえ、日本列島の裏側です」
「ですー?」

シェンナはますます解らなくなった。スティッキーはそれを見かねたのか机の上にある本を手に取った。
それを横にしたまま、スティッキーはその上面を手で撫でた。

「これを日本列島とすると、ここが日本ですね」
「ですー」

スティッキーは本の裏側を手で撫でた。

「その列島の裏側にあるのがネバネバ王国です」
「日本はマントルとかとくっついているんじゃないんですかー? それに海ばっかりですー」
「シェンナ殿、それでもネバネバ王国は存在しているのです。理屈では国の存在は否定できません」
「深いですー」

スティッキーはニッコリ笑うと、ネバネバ王国の話を始めた。
ネバネバ王国は納豆大国である事、最初に納豆を作ったのはネバネバ王国産である事、
国民の100%が納豆を食べている事、今、王国の文化や風土は日本と変わらず、ほぼ日本の県の一つのような物である事……。
どれもこれもシェンナにとっては新事実で、面白おかしいユーモアも時折加えながらスティッキーは話してくれた。

「他にはないんですー?」
「そうですね。織田裕二の『Love Somebody』が国で発売以来、今なおTOP1を独占しているくらいでしょうか」
「変わった国ですー」
『しかし、ネバネバ王国が無ければ日本は無かったも同然なのですぞ』

そんな事を話していると、シェンナは急にお腹が空いて、
引き出しの中から納豆味のガムを取り出して一枚口に含む。

「美味しいですか?」
「ですー」
「それもネバネバ王国産なんですよ」
「驚き桃の木山椒の木ですー」

シェンナはぷーっと風船を膨らましてみせる。そのままパチンとはじけると辺りに納豆の香りが漂う。
ガムがメガネにくっついて取るのに苦労した。

「なんでみんなネバネバ王国の事、知らないんですー?」
「それはですね。国土を荒らされないようにする為ですよ」
「ですー?」
「ネバネバ王国は、我々猫達と納豆豆が共存する国。観光客が増えれば汚れてしまいます」
「シェンナ、遊びに行きたいですー」

シェンナの言葉にスティッキーは少し頬を赤らめて小さく頷いた。

「……シェンナ殿ならば。きっと我が国を気に入るでしょうね」
「クリームには絶対内緒ですよー。シェンナ一人で行って羨ましがらせてやるんですー!」
「わかりました。では近いうちにでも」
「ですー!……でも、シェンナはネバネバ王国よりも先にご飯を食べたい気分ですー」
「……シェンナ殿ならばあそこに連れて行っても大丈夫じゃないかな。じい」
『好きにしなさい』

会話をし終えるとスティッキーは立ち上がり、シェンナにそっと手を差し出した。

「一緒に参りましょう」
「ですー?」












駅前の巨大なビルにシェンナは始めて入った。
ここは会員制クラブ等、ブルジョア向けの店舗ばかりがひしめく場所なのだ。
スティッキーはそんな場所でも臆することなくスイスイと中に入っていく。

奥へ奥へと進んでいくと、だんだん薄暗く怪しげな雰囲気になっていく。
同時に、シェンナの鼻にふわっと納豆の香りを感じた。思わずお腹がなってしまう。

「すいません。身分証明できるものをご提示願えますか」

『納豆CAFE』と書かれた扉の前に付いた途端、カメラから声が聞こえた。相当厳重な警戒を強いているのだろう。
一体、中はどんな風になっているのか。シェンナの心は期待と不安で一杯になる。

スティッキーは、茶色いカードをカメラに向けるとすぐさまガチャっとロックの外れる音がした。
ドアを開けると物凄い納豆の香り。スティッキーはドアを開けたまま先に入らず右手を中の方に向けた。

「さぁ、どうぞシェンナ殿」
「紳士ですー」

シェンナが中に入ると、そこは、居酒屋の様な場所だった。
畳敷きの座敷席に、カウンター席。予想と違っていたがシェンナにとって和風な方が落ち着く。

「ここは、ネバネバ王国民でなければ入られない場所なのですよ」

辺りを見回すと茶色い猫達が納豆パフェだの納豆カレーだの様々な物を食べていた。
よく見ると納豆豆達も食事に来ているらしく、座敷席は家族連れで賑わっていた。

二人は奥に進み、突き当たりの一際大きな座敷席に来た。

「シェンナ殿、こちらに座りましょう」
「ですー」

10人分ほどありそうな座敷席を二人だけで陣取るのはとても爽快で、金持ちの気分だった。

「クリーム、泣いて悔しがるですー」
「さぁ、何でもお好きな物を頼んでください。お金の心配は要りませんよ」

スティッキーが茶封筒の様なメニューシェンナに差し出した。
中を開けば納豆サラダであるとか、納豆アイスだとか、納豆プリン等々様々な納豆料理が書かれている。

「シェンナ、やっぱり普通の納豆とご飯がいいですー」
「本当にそれだけで良いのですか?」
「じゃぁ、生卵も付けるですー」
「欲がないのですね。シェンナ殿は」
「ですー」

注文を済ますとシェンナは広い座敷の上を転がりながら時間を潰す事にした。
スティッキーはその様子をただ優しげな瞳で見つめている。この空間はシェンナにとって心地よかった。

「あー、今日は納豆ばっかりの日ですー」
「納豆ばかりは嫌ですか?」
「シェンナ、納豆大好きですー!」

そうこうしていると、すぐさま納豆が運ばれてきた。湯気が立つ真っ白なご飯。
すぐさま飛び起きてシェンナは箸を握った。

「美味しそうですー!」
「味は保証しますよ」
「ワクワクですー」

さっそく、納豆を混ぜ、卵を加え、ご飯の上に載せようとした瞬間。
突然、一升瓶がシェンナ達の席に飛び込んできた。

「わ、ですー!」

間一髪、の所で酒瓶は誰にも当たらなかったもののテーブルの上は滅茶苦茶になっていた。
ご飯も納豆も全てグチャグチャになってしまっている。

「大丈夫でしたか。シェンナ殿!」
「シェンナの納豆ご飯……お腹すいたですー」
「一体、誰だ!こんな事をするのは!」

店の真ん中で、なにやら騒がしい音がする。悲鳴等も聞こえてくる。
どうやら誰かが店内で暴れているらしい。

「シェンナ、堪忍袋の緒がぶっつんこですー!」
「国民の憩いの場を……一体誰が」

二人は騒動の中心へと向った。
そこはカウンター席で、周辺にある物を投げたり壊したりしながら一つの納豆パックが大いに暴れまわっていた。

「ーーーーーーー! ーーーーーーーー!」

納豆カップは何やら叫んでいたが全く聞き取る事はできなかった。
周りの人々も納豆々もどうすればいいのか困っていた。

「き、キミはあの時の納豆パック!」

スティッキーが叫んだ瞬間、納豆パックはこちらに気づいて動揺していた。
その隙に周りの客達が一斉に納豆パックに飛び掛り納豆パックは押さえつけられた。

「スティッキー、知り合いですー?」
「何を言っているんですかシェンナ殿。納豆工場で掃除をしていた納豆パックですよ」
「あぁー、シェンナすっかり忘れてたですー」

納豆パックは紐で縛られ、すぐさまテーブルの脚にくくり付けられた。
納豆パックは抵抗することなく、黙ったままうなだれていた。

「納豆パック。一体どうして暴れ始めたんだい」
「……」

スティッキーはしゃがみ込んで納豆パックに優しい口調で語りかけた。
しかし、納豆パックは何も言わなかった。シェンナもしゃがみこみ、じっと納豆パックを見る。

「……こんな所で一人、酔って暴れるなんて普通の納豆パックのする事じゃない」
「ですー」

納豆パックは突然、肩を震わしながら泣き始めた。
野次馬が増える中、スティッキーは縄を解き納豆パックを抱え、

「後はこちらでなんとかしますから」

と、店員に言いさっきの座敷へと戻っていく。シェンナもトコトコと付いていく。
テーブルの上を片付けるとスティッキーは納豆パックをそこに載せた。

「さぁ、話してくれませんか。 一体、どうしたのか」
「……私はごく普通のひょっとこ納豆で作られた納豆パックでした。
しかしある日、先代の社長が借金を抱えひょっとこ納豆を売り渡してしまい。
それも売った相手はその借金相手。それ以来、ウチの会社は変わってしまったのです……」

納豆パックは切々と語り始めた。



新社長は突然会社の重役達をリストラし、経営方針もすっかり変えてしまいました。

『今年度は例年よりも売上高を60%増す!』

そんな事は出来るはずもありません。しかし、社長はとんでも無い事を言い出しました。

『品質を多少下げても構わん。 生産数を大幅に増やせ』

さらには、納豆豆達にやるエサはまるで生ゴミ同然の物。
悪質な事には自分達が食べる納豆だけは良い育て方をしているのです。

私の父の納豆パックはそんなやり方に反対しました。
しかし、皆は社長の報復として廃棄処分にされてしまったのです。
他の仲間も皆、捕らえられ……私は、仕方なく掃除係として働かされ……。

嗚呼、飲まなければやっていけません。



納豆パックの話を聞いてスティッキーの目は怒りに燃えていた。
シェンナもそんな納豆を食べさせられていたのかとなんだかまたまた腹が立ってきた。

「なんと惨い事を……」
「生かしておけねぇですー!」
「私はもうどうすれば良いのか……」

泣き崩れる納豆パックの肩をスティッキーは優しく支えた。

「社長は今、どこに」
「……今日は工場長や副社長と共に料亭に行くと話しておりました」
「わかりました」

スティッキーが立ち上がるとその腕をシェンナが掴んでいた。

「スティッキー、シェンナも行くですー」
「シェンナ殿……お互い気をつけましょう」
「ですー!」













料亭尾布。純和風のこの料亭は市議会議員などがよくやってくる老舗の料亭である。
今宵の月は三日月で、実に風流。獅子脅しの音が小刻みに響いているのもまた良い。

そんな庭を見据えながらひょっとこ納豆の新社長、副社長、工場長が酒を飲み交わしている。
皆、程よく酔っており料理もほとんど食い散らかしてしまっている。宴は佳境だ。

「……社長。最近、クレームが時折くるようですがいかがいたしましょうか」
「なぁに。味がマズイならばタレを濃くすれば良い。塩を増やしておいてくれ」
「なるほど。いやはや、社長のお知恵には感服するばかりでございます」
「何々、そこまで褒める事も……あるがな。ハッハッハッハ」
「アッハッハッハッハ」
「ワッハッハッハッハ」
「食い物など、所詮何を食っても同じ事。むしろ安く買える分感謝してもらいたいくらいだ」
「確かに。借金を背負わせてまんまと会社も我が物に。笑いが止まりませんなぁ」
「この事を知っているのは我ら3名のみ。社外に漏れる事もあるまい。グワッハッハッハ!」


『……さて、それはどうかな』


夜霧の中から鋭く3人の鼓膜に突き刺さる一声。

「誰だ!」

思わず3人は縁側に飛び出して庭を見る。しかし、そこには誰も居ない。
ただ、月夜に照らされた日本庭園があるだけである。

『小悪人どもが揃って宴とは。そのような高笑いができるのも今宵限りだ』
「うぬぬぬ、誰だ! 姿を現せ!」

灯篭の奥から現れた二つの影。スティッキーとシェンナ。そしてシェンナの肩に乗った納豆パックである。
その姿を見て工場長はハッと目を見張った。

「貴様達は今日の!」
「知っているのか」
「今日、工場にクレームを入れに来た奴らです! 貴様ら、一体何故ここへ」

スティッキーはキッと3人を睨み付けると、3人は怯んでいた。
シェンナにはスティッキーの目の怒りの炎がありありと感じられた。

「……貴様たちの悪事、しかと聞かせてもらったぞ!」
「フン。何の事かな」
「ひょっとこ納豆社長を乗っ取り、粗悪品を製造、あまつさえ納豆豆達にも粗末なエサを与え、
日本の納豆好きの皆を裏切り、納豆豆らの平和を壊すその行い。許しておかぬぞ!」
「ですー!」
「何をほざくか、この若造どもめ。お前のような尻の青い様な奴が何を言い出す」

3人はあくまでもシラを切りとおそうとしているようだった。
すると、スティッキーはどこからか茶色い玉の突いたステッキを取り出した。
さらに、王冠を取り出し頭に載せ、そして背中に現れた黄色いマントを翻した。

「……フン、何のマネだ」
「僕の顔を見忘れたか」

スティッキーの格好に何が何だか解らないシェンナ。
すると足元のスピーカーから張り裂けんばかりに怒るじいの声が聞こえてきた。

「愚か者め! この御方を何方と心得る! ネバネバ王国の時期国王。スティッキー王子であらせられるぞ!」
「!?」
「ですー!?」
「えぇっ!? お、王子!?」

3人はハッとし、顔を見合わせた。足が震え、そして顔まで青ざめていた。シェンナもビックリしていた。

「と、となると、貴方はわ、若様!」
「は、ハハーッ!」

土下座を始める3人。納豆パックも頭を下げていた。シェンナも釣られて土下座をしそうになった。
スティッキーは3人の前に出て、怒りの眼差しをぶつけていた。

「数々の悪行、とても許されるものではない。 納豆達の豆権を踏みにじった罪は重いぞ」
「も、申し訳ございません……!」
「許さぬ。潔く食べられない納豆となって土に返るが良い!」

ステッキを指すと、社長達は苦渋の表情で頭を上げた。
その目は後悔の目ではなくもっと別な目であった。

「……おのれぃ……!」
「わ、若様がこの様な場所にこられるはずが無い!」
「こ、コヤツは恐れ多くも、時期国王の名を語る偽者じゃ!出会え出会え!」

3人が奥の座敷に引っ込むと襖と言う襖からたくさんの巨大な納豆が現れた。
皆、一同に刀を持っており、まるで時代劇の用心棒達のようだ。

「ワハハハ。こんな時の為に巨大納豆らを雇っておいて正解だったわ」
「斬れ! 斬り捨てぃ!」
「シェンナ殿、納豆パック。二人は灯篭の後ろで隠れていてください」

シェンナは、心配そうにスティッキーを見つめながら灯篭の後ろに隠れた。
用心棒達とスティッキーはじっとにらみ合っていた。お互いがお互いの隙を狙っている。

「でぁぁぁ!!」

ついに痺れを切らした巨大納豆の用心棒達がスティッキーに切りかかってきた。
スティッキーはたった一本のステッキのみで刀を弾いている。

ガチャンガチャンと金属音が響き渡る日本庭園。
スティッキーはなんとも鮮やかに巨大納豆達をステッキで倒している。

「スティッキー! 危ないですー!」

背後にいっせいに巨大納豆たちが切りかかっている。
しかし、スティッキーはシェンナの助けで一太刀で倒す事ができた。

だが、その隙にスティッキーを囲む巨大納豆用心棒達。
シェンナがアッと思った瞬間。物凄い風が吹いて巨大納豆達は中心部から放射線状に吹っ飛ぶ。

かと思いきやすぐさまスティッキーは座敷に飛び乗り逃げようとする3人の背中にステッキを向けた。

「成敗!」

すると、ステッキの先から物凄い爆発が起こり部屋中に白煙が立ち込めた。
煙の中からスティッキーが現れるとシェンナはすぐさま駆け寄った。

「大丈夫だったですかー?」
「ハイ、もうこれで大丈夫です」

スティッキーは白煙が消えうせた部屋の中を見た。シェンナも見た。
部屋の上には古びた納豆パックが3つあるだけだった。

「彼らはネバネバ王国法に従い腐った納豆になりました。後で埋めておきましょう」
「勧善懲悪ですー」
「す、スティッキー王子だったとは気づきませんで……数々のご無礼……お許しください!」

ぴょんとシェンナの肩から飛び降りた納豆パックは地面にひれ伏した。
だが、スティッキーはしゃがみ込み、優しく微笑んで小さく首を振った。

「これから、ひょっとこ納豆を復興させる為に頑張ってください」
「王子……」
「良い話ですー」

その時、ギュルギュルギュルと変な低音が聞こえた。
スティッキーは辺りを見回すとシェンナが照れくさそうに呟いた。

「そういえばご飯全然食べて無かったですー」
「シェンナ殿。それならば納豆カフェで遅い朝食を取る事にしましょうか」
「ですですー!」















「たたたたたたたたたたたた……!」
「え?」
「大変っ、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーっ!」

突然、リビングに飛び込んできたライトブルーは勢い余って部屋中を転げまわり、
ずっと頬杖を付いたままムスッとしているクリームの座った椅子に頭をぶつけて大人しくなった。

「どうしました琉球の民」
「なんかシェンナが変な人と一緒に玄関にやって来ていて、シェンナと結婚したいとか言い出してる!」
「えぇーーーーーーっ!?」

だらけていた隊員達はいっせいに玄関に押し寄せた。しかし、一番真っ先にやってきていたのはクリームだった。

「ど、どういう事なのシェンナ!」
「あ、まずはご挨拶を。僕はネバネバ王国の王子スティッキーと申します」
「シェンナ! ちゃんと説明しなさい!」
「スティッキーが説明するですー」

シェンナは、相変わらずクリームの方を向かないままぶっきらぼうに言い放った。
スティッキーは礼をしてゆっくりとした口調で語り始めた。

「実は、僕はこの日本の納豆の平和を監視に来たと同時にお嫁さん候補となる方を探しに来てもいたのです」
「じゃ、じゃぁ、それがシェンナなんですか?」
「ハイ。納豆を愛するその心。そして人柄。まさにネバネバ王国を代表する女王に相応しいと思っています」

隊員達が変な顔をしているのをよそにスティッキーはシェンナの手を優しく握った。

「そういう訳ですー。クリームはずっと愚民でいるですー」
「シェンナ……」
「式には必ずお呼びしますのでご安心ください」
「たっしゃで暮らすですー」

困惑する隊員をよそに本部から去ろうとするシェンナとスティッキー。
そんなとき、クリームが叫んだ。

「待ちなさい! シェンナ! きょ、今日はハンバーグよ!」
「!」

シェンナの足が止まったのにスティッキーは気づいた。
掴んでいたシェンナの手がするっと離れてしまった。いや、シェンナが離したのだ。

「シェンナ殿!」
「スティッキー……」

シェンナは、困ったようにスティッキーを見た。

「シェンナ、納豆も好きですけど、ハンバーグも好きなんですー」
「シェンナ。フライドポテトも付けてあげるわよ」
「……フライドポテトも好きなんですー」

シェンナが戻ってきたのを見てクリームは少し安心していた。
しかし、それに気づいたスティッキーは、フッと笑って深々とシェンナに頭を下げた。

「シェンナ殿、お元気で」

スティッキーはそそくさと本部を後にした。
クリームはシェンナの頭をポンポンと叩いた。

「……私も悪かったかもしれないわよ」
「クリームが全部悪いんですよー」
「わ、わかったわよ」
「解ればいいんですー。許してやるですー」

クリームは思い切りシェンナの頭を叩いた。











スティッキーは、地上に上がると眩しい太陽に照らされながらゆっくりと歩き出した

『王子、ホントによろしいのですか。 せっかくの王女候補を……』
「なぁに。他にも良い人がいるさ。それに、彼女にはいるべき場所があるようだ」

スティッキーは、晴やかな顔で通天閣の下を通りまっすぐ商店街を歩き出した。

「しかし、なんだか疲れてしまったな」
『ならば早くお帰りになりましょう。国王様も心配されております』
「……そうだな」

日本の風の中に遥か遠くの自国の香りを感じる。
納豆がある限り、きっと彼女も幸せであろうと心に思う王子であった。