第87話

『たぬきつねこな大乱闘!』

(挿絵:クリーム隊員)

少し肌寒い秋晴れの11月。枯葉のシャワーもすっかり終わってしまって街は寂しく乾いている。
そんな街中を、ぷらぷらとトボけた様に歩いているのはスーパーフールサイボーグキャット、エコ君だ。

「おなかすいたなぁ……」

朝ごはんの食パン一枚は食べ盛りのエコにとってスズメの涙ほどに等しい。
こうして街を歩いているうちにせっかく補給した食パンエネルギーも底を突くと言う物だ。

「うゎ!」

背中に冷たさを感じたエコは驚きのあまり、足がもつれて転ぶ。
エコは、痛みを感じる前じポツポツと背中に冷たい物が当たる感覚を感じた。

「?」

上を見上げると、おデコにポタン、頬にポタンと雫が落ちた。
雨のようだが、空は晴れている。太陽もサンサン冬らしく淡い感じに輝いている。

「あ、天気雨だ。珍しいなぁー」

挿絵

濡れた顔をこすりながら立ち上がったエコは、珍しい天気に遭遇した事を転んだ痛みも忘れて楽しみながら歩いた。
太陽があるのに雨がある。その妙な不可解さがエコの冒険心とかそう言った物を刺激する。
少し違う日常に気がつくだけでその日がちょっぴり楽しくなるような気がするのはエコも例外ではない。

「シクシク……」

そんな違う日常の断片がもう一つエコの前に現れようとしていた。
目の前で誰かが泣いている。そしてもう一人がそれを慰めているのだ。

「嗚呼、何故こんな事に……」
「泣くなコン美さん。泣いてはいけない。泣いてどうにかなるものか」
「いいえ、ポン太さん、私は決心は付いています」
「では、何故」
「母の不憫を考えると涙が止まらないのです。嗚呼、どうしてこのような惨い運命……」

数十年前の様な男女ような会話をしているのは、キツネとタヌキの二人連れだ。
キツネは白無垢、タヌキは袴と、まるで結婚式の衣装だ。

「あのぉ……どうかしたんですか?」

エコは素通りしようと思っていたがあまりに様子が変なのと、天気雨に好奇心を刺激されたのも手伝って声をかけた。
タヌキはエコを見て「なんでもありません」と言った。しかし、馬鹿なエコでも「何でもないわけない」事だけは解る。

「あの、オレ、困った事があったらそう言うの解決してくれる人と知り合いなんです。だから任せてください!」

根拠の無い自信は胸をドンと叩く仕草で表現された。
二人は顔を見合わせ、キツネが小さく頷いたのを見るとタヌキが恐る恐る話し始めた。

「私はポン太、こっちがコン美さん。我々は10年前に出会いました」
「うん」
「一目会った時から僕たちは恋に落ちました。その恋がより激しく、狂おしい程の物になるまで時間はかかりませんでした」
「へぇー……?」
「しかし、僕はタヌキ、彼女はキツネ。種族の壁、特にこの2つの種族間の壁は厚い物です」
「うんうん」
「タヌキ族とキツネ族は古の昔から犬猿の仲。子供の頃からお互いがお互いを憎んでいます」

エコは、なんだか昼ドラみたいだなぁとワクワクし始めていた。
しかし、これはドラマでは無く現実の物。ますますエコのワクワクは激しく焚き付けられる。

「僕は、タヌキ族の長老の孫。彼女もキツネ族の長老の孫、決して許される恋ではありません」
「うん」
「そんな時、僕らの恋仲が知れ渡ってしまいました。親類らは僕らに内緒で勝手に結婚式を!」
「えぇー!?」
「我々は、離れ離れになる事は出来なかった。そうして今日、式場を飛び出してこうして二人駆け落ちしたのです」

話し終えた途端、コン美さんは火が付いたように「嗚呼、嗚呼」と再び泣き出した。ポン太がそれを優しく慰める。
エコは、TVを見ているときと同じ感情移入をしてしまい涙腺が潤み、妙な怒りの感情が沸きあがる。

「酷すぎるよね! 好きな人と一緒にいたいのに無理やり離れさせるなんて!」
「……しかし、種族の壁が」
「そんなのは関係ないよ。オレの先輩だって虎だけど、猫のオレと仲良くやってくれるもん」

エコは、イライラをキックに変えて側のコンクリート壁にぶつけた。痛かったが、怒りには負ける。

「よーし。オレに任せて! オレがビシーッと言ってきてやるぞー!」
「本当ですか?」
「うん。オレはタイガ先輩みたいなカッコイイ男を目指してるんだ!」
「?」
「この先に、オオカミ軍団ってのがあるからそこで待ってて!」

エコはそう言うと、二人からタヌキ族、キツネ族の住所を聞き、のっしのっしと大股で歩き始めた。
気分はすっかりタイガのそれで、どこかでタイガが見ていたらいいのになとエコは思った。
















「特撮史上瞬殺ロボと言えば……レオパルドンっと」

肌寒い大阪の町、通天閣の地下のOFFレン本部。
あったかいココアを飲みながらレッドがヒーロークロスワードパズルをやっている所にチャイムの音が響いた。

「グリーン、誰か来たよー」
「グリーンはいないっすよー」
「じゃ、ブルー出てー」
「ブルーは居ないっすよー」
「じゃぁ困ったなぁ」
「困ったっすねー」

部屋にいるのはレッドとブルーの二人のみ。ブルーはブルーでコミック雑誌を読むのに忙しいのだった。
隊員の部屋に2,3人ほどいるかもしれないが二人は玄関に出るのがメンドクサイ。

「あのー、さっきからチャイム押してるんですが……」

リビングの扉を開けて現れたのはタヌキ達だった。
そのタヌキ達にレッド達が気づいたのは部屋の中にタヌキ達が全員入り終わった時だった。
しかし、タヌキ達はオロオロとレッドとブルーを疑いの眼差しで見ていた。

「あの、ここOFFレンジャーさんのお宅じゃ……?」
「後楽園遊園地……っと。そうですよー」
「正義の味方のOFFレンジャーさんですよね?」
「え、2番の歌詞? 友よ友よ友よ~♪ 友よ見えるかこの火花♪ ひ、ば、な……っと」
「あの、ちょっとご相談したい事がありまして」

めんどくさそうにレッドが雑誌を閉じるとタヌキの方に体を向きなおした。
ブルーは相変わらず雑誌を読んだままなのが少し気に食わない。

「相談って何ですか?」
「は、実は、タヌキ族の長老の孫の結婚式を今朝行っていたのですが。誘拐されてしまったのです!」
「あのー、僕、そういうのは警察に届出たらいいんじゃないかなぁって思うんですけれど」
「まぁ、詳しい話を聞いてください」
「聞かないと進まないんでしょうね」
「ハイ」



──我々は、孫のポン太を探している所へ妙な少年がやって来たのです。

「あのぉ。ここってタヌキ族の村ですか」
「そうですポン」
「一体何の用かな」

少年は、怪しげなナリで見るからに不信な少年でした。何やら水色やら黒やらテカテカして……。
すると、少年は突然、妙な事を言い出したのです。

「えーとえーと。 探しているタヌキさんはオレが……貰って、じゃない、預かってます!」
「何だと!?」
「それは本当かポン」
「えーと。3時に尾布ヶ丘で待ってますから絶対来てください! それじゃ!」

帰ろうとする猫を取り押さえ、居場所を掃かせようとしましたが少年は体と同じで頑固でしてね。

「まさか、お前はキツネ族に頼まれたのか!」
「うん、キツネさんもいますよ」
「どこにいるか吐くポンー!」
「それは尾布ヶ丘に来てください! じゃなきゃもうオレは知らないですからっ!」



「そうして、少年を渋々解放したんですが、ポン太が今頃キツネ族のヤツラに甚振られていると思うと……」
「興奮するですー」
「こうふ……違う違う! 何を言い出すんですか!」

リビングのドアの所ではシェンナとクリームが立っていた。
どうやら騒ぎか匂いかそんな物を嗅ぎ付けてやってきたのだろう。

「隊長、どうやらその怪しげな少年はエコみたいですね」
「え、解るの?」
「テカテカした猫の少年なんて、脂性かサイボーグしか考えられません」
「となると、オオカミ軍団が絡んでるって事かぁ」

レッドは、単なる誘拐事件ではないと言う事に気づいたのか少しだけやる気が出て来ていた。
最近、体が鈍ってしまっているのだからオオカミ軍団ぐらいのレベルだとちょうど良い相手になるのだ。

「……ところで、何でまたウチに?」
「はぁ、以前どこぞのタヌキ達から噂をお聞きした事があった物ですから」
「きっとポンポンのグループですー」

シェンナは、かつてのタヌキ騒動の事を思い出していた。
詳しい事はバックナンバーで確認してもらうとしてこのシェンナの脳内で繰り広げられたムービーは割愛させて戴く。

「キツネ族の長老の孫娘がポン太をたぶらかすからこんな事になってしまって……」
「跡継ぎをキツネにしてタヌキ族を滅茶苦茶にする気に違いない!」
「3時にきっとヤツラは決闘を申し込んでいるんです。だからこそ貴方たちの力が欲しいのです!」

タヌキ達は一斉に土下座をし始めた。レッドはその光景にすっかり気分を良くして得意げに「いいでしょう!」と言った。
すると、タヌキ達は何やら小箱を差し出したのでレッドはお金かな♪と思い開けてみた。

「……なんですかコレ」
「ハイ、一応、皆さんにはタヌキになって戴きます」
「え、何故?」
「我々にもプライドと言う物があります! キツネ族を倒すのはタヌキだと思い知らせてやらなければ」
「はぁ……」
「ささ、それをどうぞお食べください」

小箱の中には小さな黒い実が入っていた。何だか山の木とかになっている怪しげな実にそっくりだった。

「これ……ですか?」
「それは、タヌキ汁やタヌキ酒の原料となるポンポコの実です。それを一粒食べれば一日タヌキになれます」
「へぇ……じゃぁ、一口」

レッドはポンと実を食べてみた。すると何だか苦い味がして思わずレッドの顔は崩れてしまう。
しかし、我慢して飲み込むとなんだか体の奥が熱くなるのを感じて来た。

「……あ、隊長がタヌキさんですー」
「え、ホント?」

レッドが鏡を見ると体がすっかり茶色で、目の周りも黒い。シルエットは猫だがタヌキにも見えるだろう。
なんだか、お腹をポンポンと叩きたくなって来る。

「さぁ、皆様もどうぞ」

レッドはブルーから雑誌を取り上げ、レッドがタヌキカラーになっているのに気づいて驚いた所を口に実を放り込んだ。
するとブルーもあっと言う間にタヌキカラーになる。クリームも一口食べるとなんとも不思議なタヌキカラーになる。
最後にタヌキがシェンナにも渡そうとするがクリームがそれを制止した。

「あ、シェンナはタヌキ色だもんねー」
「いえ、違うんです」

クリームはシェンナの頭をゴソゴソと探りだし、中から緑色の小さな四角い紙を取り出した。
それをどんどん広げていくと葉っぱの形になる。アッ!と思うもつかの間、クリームはふきんを湿らせ
シェンナの顔をそれでゴシゴシと拭く。そうすればすぐさまタヌキ顔のシェンナの出来上がりだ。

「……実は全然治って無いんです」
「ですですー!」

この件についても詳しくはバックナンバーを参照だ。
とにもかくにもこの部屋は茶色一色。なんだか殺風景な系統だがそれは仕方が無い。

「皆さんは時間までタヌキ村でお茶でも飲んでいてくださいな」
「とりあえず、皆さんはタヌキ族の選ばれた一員。ぽんぽこ戦隊タヌキーズと言う事にしておきましょう」
「なんかこっぱずかしいっすね」
「まぁ、いいじゃんいいじゃん! よーし! ぽんぽこ戦隊タヌキーズ出陣!」
「おーっ!」

レッドが勢いよくドアを開けるとワッと言う声を出して驚くパープルの姿があった。
一人だけ色の違うパープルは隊員達とタヌキ達の姿を見て困惑していた。

「……パープルも。ぽんぽこ戦隊に入ろうか♪」

レッドがニヤリと笑うその表情はまさに悪ダヌキの様だった。












「ただいまー。言って来たよー」
「本当に上手く行くんでしょうか……」

エコが帰ってくると、ポン太が溜息を付きながら薄い緑茶を啜った。

「大丈夫だよ。 だってオレはタイガ先輩の後輩だもん!……ケホケホ」

エコは空っぽな自信を満々にして胸を叩いてむせる。
オオカミ軍団の物置みたいなエコの部屋では何度もこのような会話が繰り広げられていた。

「オレが、タヌキ族もキツネ族も呼び出して握手すれば仲直りできるよ」
「種族間の500年にも渡る争いが本当にそんな事で解決するんでしょうか……」
「だ、ダメでも。オレがビシッと説教してやるから任せてよ。タイガ先輩の下でそう言うの勉強したんだー」

ポン太は再び薄い緑茶を飲んだ。コン美は相変わらず涙を浮かべたまま薄い緑茶を見つめ、何度も同じ事を呟いた。

「嗚呼……こんな苦しむのならばタヌキに生まれれば良かったと……」
「何を言うんだい。僕こそ……僕こそキツネに生まれればよかったと何度思ったことか!」

そんな何度も繰り返してきた光景から目を逸らさないままエコは薄い緑茶を飲んだ。
エコは昼ドラの時間を過ぎている事にもまったく気づいていなかった。やっぱり、リアルの方が面白いのだ。
しかし、あんまり辛気臭いままではエコも思わず ええいああ 君からもらい泣き をしてしまいそうになる。

「あ、そうだ。オレ、モノマネでもしようかなぁ」

エコは、場を和ませようと突然そんな事を言い出した。
二人は手を握り合ったままエコの方を見た。しかし、エコはモノマネなんてした事がない。
しかし、言ってしまった以上はやるしかなかった。エコは生唾を飲み込むと目をきっと吊り上げてみた。

「お、オォイ! エコ! 腹減ったぞぉ、め、飯食いにいくぞぉ!」
「……」
「ば、バカだなぁ、お前わぁ! オレのか、カッコよさがダメになるだろぉー!」
「……なんですかそれは」

二人がキョトンとしているのに気づくとエコは恥ずかしそうにモジモジし始めた

「えぇと……タイガ先輩なんだけどぉ……」
「すいませんが、我々はそのタイガ先輩とやらを存じませんので似ているのかどうかが……」
「じゃ、じゃぁ、これは? エコ、可愛いねぇー」
「……?」

二人の反応が同じで、エコは恥ずかしそうに俯きながら消えそうな声で言った。

「ほ、ホラン先輩の真似……なんだけどなぁ……」















そして、ほぼ時を同じくして空っぽのOFFレン本部に帰ってきたグループがあった。

「あー、もう、肩が凝るのなんのって」
「グリーン、お疲れ様です」

大きな荷物を抱えたグリーンを筆頭にピンク、ホワイト、オレンジ、ガーネットがリビングに雪崩込んでくる。
荷物は全て日用品や食料品ばかり。彼らは買出しに出かけていたのである。
厳密に言えば、ガーネットの荷物だけ漫画やフィギュア等のグッズが大部分を占めているのだが。

「さぁ、今から個別に分けて戸棚にしまい込みますよ」
「俺は漫画を読むから始める!」
「ダメダメ。漫画は全部終わった後ですよ」
「大丈夫だ! 俺は漫画を読むするをしながら片付けを出来る!」
「だからダメですってば……」
「大丈夫だ! 俺は得意なのだ!」
「だからダメですってばー!」

いつも通り新メンバーとバタバタしていると突然、チャイムが鳴った。
この忙しいときに……とグリーンは半ばイライラしながらドアを開けると先にドアが開いてキツネさん達がやって来た。

「お邪魔します。コンコン」
「も、もう勝手に入らないで下さいよぉ……一体セキュリティはどうなってるんですかぁ」
「そんな事はどうでも良いです。コンコン。ここはOFFレンジャーさんの本部ですね。コンコン」
「そうです。あの、よかったらどうぞ」

ピンク達はテーブルの荷物をどけ、椅子をキツネたちに勧めた。
キツネ達の数とは全然足らなかったが、一応、もてなす形だけは表せたのでいいだろうとグリーンは思った。

「それで、何の御用でしょうか」
「はぁ、実はですね。今朝から我らキツネ村の長老の孫娘のコン美の結婚式をしていたのですが」
「そのコン美様があの、忌々しいタヌキ族に誘拐されてしまったのですコン!」
「ふむ、でもそう言うのって警察に届けたらどうですか?」
「まぁ、話をお聞きください」
「はぁ」



──我々は、コン美様を探している所へ妙なテカテカした少年が現れたのです。

「あのぉ。ここってキツネ族の村ですか」
「そうですコン」

少年は、見るからにぼんやりとして何だか頼りなさげな奴でした。
すると、少年は突然、妙な事を言い出したのです。

「えーとえーと。 探しているキツネさんはオレの所で預かってますからー」
「何!?」
「それは本当かコン」
「えーと。とにかく、3時……うん、3時に尾布ヶ丘で待ってますから絶対きてください。絶対ですよ」

そのまま帰ろうとする少年を取り押さえましたが少年は中々口を割らずに困りました。

「まさか、お前はタヌキ族にっ!」
「タヌキもちゃんといますから安心してください」
「どこにいるか吐けっ!!」
「それは尾布ヶ丘に来てください! じゃなきゃとんでもない事になりますよー。それじゃぁー」



「今頃コン美様はきっとタヌキ族のヤツラにそれはもう酷い仕打ちをされているに違いない……!」
「以前もタヌキ族は、コン美様をたぶらかして大変だったのです。コンコン」

感情的なキツネ達に圧倒されながらグリーンは一度冷静に考えてみた。

「ど、どうも、話を聞いている所だとその少年とはエコみたいですね……」
「じゃぁ、オオカミ軍団がその誘拐事件に絡んでいるって事ですか」
「なるほど、だからウチに来たんですね」
「コンコン、それは違います」

キツネ達はどこからか狐色のツボを取り出しグリーン達の前に差し出した。
グリーンは恐る恐る中を覗き込んでみると王道色の木の実の様な物が中にぎっしりと詰まっていた。

「あの……これは?」
「これは、我がキツネ族の嗜好品のキツネの実です。どうぞお食べください。コンコン」
「はぁ、じゃぁ、一口」

グリーンが一粒つまんでそれを口に入れた。ぷにぷにとしてほどよい弾力のゼリーの様な感触だ。
プチっと中が割れてトロトロとしたミルクのような甘い液体が流れてくる。シュクリームの外側がゼリーと言えば解りやすいかもしれない。

「うん、中々の美味」
「そうでしょうそうでしょう。 これを食べられるのは特別な日なのです」
「ははぁ、いやぁ、こんな物を戴きましてどうも……」
「あぁっ! グリーン!」

頭を下げたときにピンクが叫んだ。グリーンはそれが一体何の事なのか気づくのにしばらく掛かってしまった。
誰が出したのかテーブルの上に置かれている手鏡をピンクがグリーンに渡すとグリーンは鏡を覗き込んだ。

「ぎぇっ!?」

鏡の中にいたのはグリーンではなかった。緑色だからグリーンだと言う安直な名前が無意味になってしまう姿だった。
グリーンは真っ黄色だったのだ。これでは、黄緑だ。いや、もはや黄色だ。
しかも、ほっぺから長く延びたヒゲ。猫の姿をしているが、まさにこの姿はキツネそのものだった。

「な、なんですかこれはーっ!?」
「実は我々がここへ来たのはタヌキ族との決闘の用心棒としてお願いに来たからなのです」
「キツネの実の事はご安心ください。一日経てば元に戻りますから」
「どうして用心棒だからってキツネにならないと行けないんですかぁ~……」

グリーンはガクンとうなだれながら地面に座り込んだ。尻尾が微妙にキツネっぽくてお尻にしくとフワフワする。

「キツネ族にもプライドがありまして。猫にお願いしたとなれば恥をかきますからね」
「じゃぁ、キツネにお願いしてくださいよぉ……」
「かねがね噂は聞いてましたから、きっと力になってくれるだろうと思って。コンコン」
「とにかく、皆さんもお食べください。どうぞどうぞ」

キツネは他の隊員達にもキツネの実を勧めた。ガーネットが張り切って5粒も食べてしまったが、
他の隊員は渋々と食べていた。あっと言う間に部屋は真っ黄色ばかりになる。

「俺はキツネだ! コンコン! コンコン!」
「さぁ、皆さんそれでは時間までウチの村で休んでいってください」
「……仕方ないですねぇ」
「もう、船に乗っちゃったんですから。行きましょ行きましょ」

そして、ぞろぞろと黄色の大群がリビングから出て行く。
一人テンションが高いガーネットが突出していたが皆、違う動物になると言うのは意外と新鮮味があるのか
少しだけ楽しい気分だった。変身願望が変な形で満たされてしまったのだろうか。

だが、そんなキツネたちは気づいていなかった。
廊下の角で、息を潜めている一人の黄色い猫の存在に──。

「……ふぅ、出て行かなくて良かった。ここは大人しく医務室に篭るに限るわね……」











「えーとえーと。ポン太さんは、どうしてコン美さんを好きになったんですかー?」

間が持たなくなり気まずくなっていた空気はエコの質問タイムになる事で回避された。
しかし、エコの脳内ではそんなに多彩な質問が出来るはずも無くありきたりな質問ばかりが飛び出していた。

「僕は、かつて幼い頃からキツネと言う物は醜く汚らわしい存在だとそれはもう悪い印象を植え付けられていました」
「私も、似たような事を教えられた事がありました……」
「あれは、月夜の晩、帰り道でバッタリとコン美さんと出会ったのです」
「あの時の貴方はとても、素敵でしたわ……」
「しかし、今は……なんと悲しい運命に」
「嗚呼……」
「あ、そ、そうだ。 オレが面白い話してあげるよ」

再び、暗い話題になってくるとエコはすぐさま察知して話題を変える。
この辺の能力もタイガとの活動の中で身に着けた特技だ。

「えーっとー。 オレが先輩と歩いてたら、バナナの皮で滑っちゃってマンホールに落ちちゃったんだー」
「…………」
「えーと、好きなテレビはなに?」

意外と自分が思っていたよりも面白く話せなかったのと反応が悪かったのも相まってすぐに話題を変える。
こう言う時だけ頭の回転が早いのは電子頭脳の持ち腐れかもしれない。

「僕らは、テレビをあまり見ないので解らないですね」
「えぇー。じゃぁ、何見てんの?」
「本ですね」
「えー。本なんて字ばっかりで全然面白くないよー。 『愛の迷路』見なよ。すっごく面白いんだよ」
「どんな話なんですか」
「えーとね。 文子って人のお母さんが死んじゃって……すっごい泣けたんだよ。ここ。あのね……」

テレビっ子のエコは、好きな番組の事となると突然、饒舌になってしまい。
さっきまでの空気の読めさ加減が嘘の様に二人を無視して話し始めた。
しかも、エコの話はあらすじを説明している途中で急にその部分を深く掘り下げたり話が飛んだり戻ったりと
聞いている方も少し疲れ初め。ついつい置いて行かれるがエコは一人で懸命に喋っている。

「で、おんぞーしとせーりゃく結婚させられそうになった所で……あっ! 今日の話見るの忘れた!」
「エコさん。エコさん」
「ガッカリ……先輩見てるかなぁ」
「あのー。3時まで30分切りましたけれど」
「ん……何だかいっぱい喋ってると疲れちゃったなぁ……」

エコはポン太の言葉が聞こえないほどうつらうつらし始め、ついにコテンと眠ってしまった。
ここまでマイペースだと非常に気まずい。

「エコさん! ちょっと、エコさん!」
「ZZZ……」












遂に3時。尾布ヶ丘。ひゅるりらひゅるりらと北風が吹きすさぶ。決戦(?)の時は来た!

「どうだ。キツネ達は来ているか」
「……まだ来ないみたいだポン」

先に来ていたのはタヌキ達だった。と言うよりむしろタヌキ村に来て少ししたらすぐここに来たのだ。
その間、何をしているかと言うとぽんぽこ戦隊タヌキーズの面々の勝利を願ったちょっとした会を開いていた。

「ささ、どうぞ。タヌキ芋の煮物も戴いてください」
「あ、これ美味しいや」

皆は決戦前と言うことで軽食を取っただけだったがタヌキの応援の人々達がやけに食べ物や飲み物を勧める。
それにまんまと乗ってしまうのが我らが隊長。レッドだ。

「あは。なんかタヌキの人達って優しいなぁ」
「レッド、そんなに食べたらお腹痛くなるっすよー」
「何だか僕、タヌキとして暮らしてもいいかなーって気がしてきた」
「それはあり難いポン。タヌキ村は今、過疎化で困ってる所だポン」
「それは大変だ。よーし。僕はタヌキ族を救うぞぉー!」

良い気分になると勝手に一人で盛り上がるのはレッドの悪い癖だ。
よく考えればタイガもやっぱり同じ性格だ。そういえばあのにゃは~っとした笑顔はまさにタイガそのものだ。

「あっ、キツネ族の奴らだポン!」
「ささ、タヌキーズの皆さん。準備をお願いします」

タヌキーズ達がストレッチを始めている頃、キツネ達の中にいる隊員達はのろのろと尾布ヶ丘にやって来た。

「うぐ! タヌキ族に先を越されるとは迂闊だったコン」
「まぁ、良いじゃないですか。今の内に優越感を持たせておけば良いんです」

そう言うキツネグリーンはすっかり目が据わっていた。
キツネ族の長老から謝礼の事を言われてからずっとこうなのである。

「(嗚呼、グリーンっていつから守銭奴キャラになったんだろう……)」
「では、コンコン戦隊フォックス5行きますよ」
「いつの間に名前を……」

グリーンは色が変わった次点で既にグリーンでは無くなっていた。
今までの様々なシガラミから開放されたと言うか、別人になれたと言うのか……。

「もし、私がこの戦いに勝ったらキツネとしての道を歩むかもしれませんよ」
「え、ど、どうしたんですか。グリーン。急に」

グリーンは遠い目をしながら遠くに居るタヌキ達の群れを眺めていた。

「何だか私の心の奥に重く圧し掛かるあの怨霊をキツネならば祓えそうな気がするのです」
「お、怨霊……?」
「ホラン君のことじゃないかな」
「あぁ……」

そしてちょうど、キツネ族とタヌキ族の軍団の間にはわずか2メートルほどの間隔が出来た所で両者は止まった。
両者の後方からは、応援隊の笛や太鼓の音が聞こえ、野太かったり黄色い声援が響く。
奥からタヌキの長老、キツネの長老が出て来て両者、睨み合いを始める。

「……待たせたな。タヌ兵衛。古からの因縁。ようやく決着が付くときがきたようだ」
「フン、笑止千万。こっちにはタヌキ族の精鋭が揃ってるからな」
「何を。こちらこそ。精鋭中の精鋭を揃えておるわ」

それぞれの長老に促され隊員達は横一列に並んだまま前に出た。
タヌキの隊員とキツネの隊員。不運な事にお互いの相手が仲間である事に全く気づかない。

「これが、タヌキ族のぽんぽこ戦隊タヌキーズだ!」
「何を。こやつらがキツネ族の最強部隊、コンコン戦隊フォックス5だ!」

レッドは、フォックス5をキッと睨み付けるとグリーンも同じようにレッドをにらみつけた。
両者は本当に兼ねてからの敵同士のように間に火花を走らせている。

「卑怯な真似ばかりするキツネ族! タヌキ族の代表として懲らしめてやる!」
「フッ。何を言いますか。キツネ族の代表である我々がタヌキどもを滅してくれるわ!」

タヌキとキツネの種族間でのにらみ合いは続く。
運命の悪戯でOFFレン同士で戦わなければならないとは。なんと皮肉な事だろうか。

「……ぽんぽこ戦隊タヌキーズ。ここは我々に土下座すれば許してやっても良いのですよ」
「コンコン戦隊フォックス5こそ。僕らに泣いて謝るなら今の内だよ」

グリーンはこの言い草にカチンと来た。
この、OFFレンの某隊員に似せた口調が妙に鼻についてイラ立ちを覚えるのだ。

「どうやら、そちらはあくまで我々より上の立場でいたい様ですね」
「何いってんだい! タヌキの方が上だよ!」
「キツネこそ偉いんです!」
「タヌキだ!」
「キツネ!」
「タヌキ!」

レッドとグリーンはまるで生まれたときから自分達がタヌキやキツネであるかのように怒り始めた。
実際、二人は既に身も心もキツネであり、タヌキであるのだ。
そんな白熱した様子を見ていると他の隊員達も、自分がタヌキやキツネであるように思えて、怒りがこみ上げてくる。

「キツネだと、いってるでしょうがぁぁぁぁぁぁっ!」
「タヌキだタヌキだタヌキだぁぁぁぁ!」

遂に、タヌレッドとキツグリーンの二人が乱闘を始めるとそれを合図に他の隊員達も乱闘を始める。
それを応援していたタヌキやキツネ達もその光景になんだかウズウズした気持ちを感じ始めるのには時間は掛からなかった。

「みんなでタヌキーズを応援するポン!」
「フォックス5に加勢するコン!」

そして、何百ものタヌキとキツネの大群がいっせいにぶつかり合った。
殴る蹴る、そして噛み付く。デートスポットである尾布ヶ丘はすっかりケモノ達の合戦場と化してしまった。




そしてその頃。問題を引き起こしたエコ達は──。



「くぅ……くぅ……くぅ……」
「あの、エコさん。あの」
「……ふぁ、タイガせんぱぁい。おはようございまぁ……す……ZZZ」

頭を左右にフラフラと揺らしながら寝ているエコにポン太とコン美は困惑していた。
だが、別に起こさなくても良かった。何故ならば、

「いたぁっ!」

椅子から転げ落ちて自然にエコが起きるからだった。
エコは頭をさすりながらテーブルによじ登るとポン太とコン美の二人と目が合った。

「あ、おはよう」
「エコさん。おはようではありません。もう3時過ぎていますよ」

エコは壁に掛かっているタイガースの掛け時計を見た。
時間は3時20分。予定より20分も過ぎている。もちろんエコが過ぎているのに気づくのに少し時間が掛かった。

「あぁっ! た、大変だ! 急いで行かないと!」
「僕らは準備できています。早く参りましょう」
「う、うん。そうだね!」

エコは急いでポン太達と共に部屋を出るとオオカミ達を掻き分けて尾布ヶ丘に向けて走り出した。
ポン太達は服がそのまま結婚式用の物の為か少し走りづらかったようで早くは走れずエコと距離が離れてしまった。
仕方なく、エコが二人の後ろに回って背中を押すがあまり速度は変わらなかった。

「ご迷惑かけてすいません……」
「ごめんなさい」
「別に平気だよ。先輩で慣れてるから」

尾布ヶ丘に行く道を走っていると何やら人々が同じ方向に流れていた。
ただ、同じ方向を歩いているわけではない。人々の目は好奇心に満ちていて皆早くもその場所に急がんとしているのだ。

「何でしょう……。あっちは尾布ヶ丘の方ですよね」
「あ! もしかしたらもう仲直りしてみんなで踊りでも踊ってるんじゃないかなぁ」
「まさか」

人々の波はどんどん尾布ヶ丘に近づくにつれて酷くなってくる。
押しに押されながらエコ達はなんとか尾布ヶ丘の入り口の坂道に到着する。

「押すな押すな」
「なんだよ。いてぇなー!」
「すいません。ウチの子が迷子に……」

坂道はスムーズに人が流れにくいせいか、ちょっとしたパニックになっている。
エコは、ポン太とコン美の二人を盾に無事(?)坂道を登り終えるのに10分もかかってしまった。

上に上がるとこれまた物凄い人だかり。人々が何か茶色や黄色い集団を囲んで円になっている。
中からは何やらドシュッとかバキッとか、骨と骨が削れ合うような、肉と肉がぶつかり合う様な、
まるで格闘ゲームの効果音の様な音が聞こえてくる。

「賑やかだなぁ。行ってみよう」

不安げな顔のポン太達とは裏腹にワクワクしているエコが人々を掻き分けて円の中心に出てみると、
いきなりエコに向って茶色い物体が飛んできた。エコはぴゃ、と奇声をあげてその下敷きになった。

「だ、大丈夫……ハッ!」

エコの上に乗っているのは目を廻しているタヌキである事にポン太は気づいた。
そのタヌキを見て動揺する暇も無く、向こうからキツネがやって来てそのタヌキの首根っこを掴んで殴る蹴るのオンパレードを始める。

「イタタタぁ……もう、いきなり何なんだよぉ。まったくもー」

エコが起き上がるとポン太、そしてコン美の二人の顔が強張っているのに気づいた。
頭をさすりながらエコは二人の目線の先をゆっくりと追っていった。

「あ……」

そこは、タヌキとキツネが入り乱れての乱闘騒ぎだった。
アチコチで傷だらけのタヌキやキツネ達が倒れている。
中心部の方ではさらに激しく10名ほどのタヌキとキツネが火花を散らして戦っている。

「ハァ……ハァ……タヌキーズ。中々やりますねぇ……」
「フォックス5こそやるじゃないの。でも、所詮はキツネだね」
「まだまだ。悪ダヌキを懲らしめるまでわぁぁぁぁーっ!」

エコは目の前の光景にどうした物か困っていると今度はキツネが一匹こっちに転がってきた。
今度のキツネも目を廻しており目の周りにアザが出来てまるでタヌキの様だ。

「ね、ねぇねぇ。 タヌキとキツネは仲良くなったんじゃないの?」

エコは肩を叩いてキツネに聞いてみるがキツネは目を廻しているだけだ。
よく見ると妙に頭髪の多いキツネだが、エコはそれがオレンジだとは全く気づかなかった。
かと思えばまたキツネがこちらにやって来て思い切りそのキツネを蹴り上げた。

「あ、いた! この悪ダヌキっ!」
「ぐぇっ!」

キツネはタヌキ顔のキツネの頭髪を掴んでそのままずるずると引っ張っていった。
やはりエコはそれがホワイトである事はまったく気づかなかった。

「……やはり、タヌキとキツネの間にはどうにもならない溝があるんだ」
「嗚呼、嗚呼……」
「コン美さん。行こう。もう決心はついているんだろう」
「ポン太さん……」

泣き出すコン美を抱き寄せながらポン太は人ごみを掻き分けて行った。
エコが追いかけると帰る人ばかりになった坂道をゆっくりと降りていっていた。

「待ってよ。待ってよ。オレ達が遅かったらケンカしたんだよきっと」
「どっちにしろ同じ事です。所詮、タヌキとキツネは永遠に分かり合えない運命なのです」
「そういえばオレの族も隣町の族とケンカしてたなぁ……」
「僕らは結ばれない運命なのです……残酷なまでに」

エコは、内心昼ドラの様でドキドキしていたが少し可哀想な気もしてきた。
ポン太の諦観した眼差しや、コン美の目に浮かんだ透き通る涙の粒がとてもリアルなのだから。

「じゃぁさ、カケオチすれば良いんじゃない? テレビだとみんなカケオチしてるよ」
「初めは駆け落ちするつもりでした。その為に今日、あの場所で落ち合っていたのです」
「うん、じゃぁ、カケオチすれば良いよ」
「しかし、僕らは長老の孫同士です。きっと村の人々に追われる身になります」
「……そういえばみんな新しいお母さんとかに見つかっちゃったなぁ」

ポン太とコン美はふと、立ち止まった。

「だから……僕たちは最後の結論に達したんです」
「サイゴノケツロン?」

コン美はずっと下を向いたまま、ポン太はしっかりと前を見つめていた。

「僕らは、深く愛し合っています」
「ポン太さん……」
「コン美さんのいない人生なんて僕は耐えられない」
「私もよポン太さん……。私も貴方のいない人生なんて……」

見詰め合う二人の瞳にはお互いが映っている。エコはその光景を映画でも居ているような気分で見ていた。
二人は軽く唇を触れさせると、ポン太はコン美を抱きしめた。

「僕たちは、僕たちの愛は永遠だ」
「嗚呼、ポン太さん……」

エコは思わず涙腺を潤ませていた。二人の映画はもはやクライマックスなのだ。

「心は決めているね。コン美さん」
「貴方と一緒ならば……私、何も怖くありません」
「そうだよ。二人ならなんとかやっていけるよ」

二人は長い長い抱擁を終えると、エコに深々と頭を下げた。

「エコさん、色々とご迷惑をおかけしました」
「うん。オレは大丈夫だよ」
「これから、僕らは心中しに向います」
「うん、それが一番だと思うよ(しんじゅうって何だろ……)」
「本当にお世話をかけまして……」

ポン太とコン美は再び頭を下げると手と手を取り合って歩き始めた。
すると、またポツポツと細雨が降ってきた。まるで光のカーテンの中を歩いていくようだ。
その後ろをエコも付いていく。ポン太は振り返って不思議な顔をしていた。

「あ、大丈夫だよ。オレ、邪魔しないから!」
「しかし……」
「ポン太さん。いいじゃありませんか。後のことはエコさんにお任せすれば」
「……そうだね。どこの誰か解らない人よりかは良いかもしれないね」
「そうだよそうだよ。だから安心してシンジュウしていいからね」

二人は微笑みあいながら本当に幸せそうに天気雨の町を歩いていた。
















「ゼェ……ゼェ……」
「ヒィ……ヒィ……」

タヌキーズ。そしてフォックス5の周りにはタヌキ、キツネがアチコチに倒れている。
もはや残っているのは隊員達とわずかな力のある者。そして遠くで見ている長老達だけだ。

「しぶとすぎますなぁ。……」
「なんのなんの……そっちこそ……やるじゃあないかぁ」
「タヌキ族の威厳に賭けて!」
「キツネ族の威厳に賭けて!」
「お前をたおおおおおおおおおおおおおす!」

そして、その頃、他の隊員達もなかなかの交戦ぶりを発揮していた。
シェンナとクリームのグループはピンクとホワイトと敵対している。

「シェ……ぐるポン。変化よ」
「ですー」

一応、現役の経験があるシェンナはすぐさまゴム弾に変身してクリームの手の中に納まる。
次々と銃口からはテニスボール大のゴム球が発射される。あたれば痛そうだが上手くホワイトのキックがそれを弾いてくれる。

「いい加減大人しくなりなさいよ」
「冗談言わないで! そっちこそ大人しくなりなさい」
「困ったキツネね……」
「なんかヤなタヌキ!」

同じ頃では、ガーネットとブルー、そしてパープルが敵対している。
この三人は妙に戦闘らしい戦闘を全くしていない。

「うぉ! マジっすか!」
「俺はとても大真面目だ!」
「今週号の付録っすよ!? ホントにホログラムが当たったんすか!?」
「俺はとても自分を褒めたく思う……」

二人は漫画談義に花を咲かせてすっかり何故ここにいるかすら忘れている。
パープルはどうすればいいのか間でオロオロとしているばかりだ。

「今度、俺のと交換しないっすか!?」
「あなたが良いタヌキになったら俺はそれを承諾する事をする」
「何~!? 俺ほどの善人はいないっすよ!」
「俺は悲しい。あなたが悪いタヌキでないとすれば友達になれる」
「俺だってそっちがキツネじゃなかったらメルアドだって渡してるっすよ」
「そんな事を言うあなたは俺は好きじゃない」
「俺だって!」

だんだん、険悪な雰囲気になってパープルはホッとし始める。
と同時に、向こうの方で争っているほかのタヌキ隊員達を見て思わず溜息もついてしまう。

「……何が楽しくてタヌキになってんだろ私」














「はー。お腹空いたなぁ」

タヌキとキツネの悲しい戦いが繰り広げられている頃、エコ達は尾布市の街を歩いていた。
二人は一言も二言も言葉を交わさず、バージンロードを歩く如くゆっくりゆっくり足並みをそろえて歩いていた。

「ねぇ、どっかでご飯食べようよ」

エコは、そんな恋人達の後ろで間の抜けた言葉ばかりを喋っている。
人生経験の乏しいエコにしてみれば色気より食い気なのだ。

かと、思えば二人は急に店屋の前で立ち止まった。うどんやそばを扱った麺物の店だ。
エコは、きっとここで昼食を食べるんだな。と思いながら思わず唾を飲んだ。

「コン美さん……」
「ポン太さん……」

二人は、再び見つめ合い、抱きしめ合い、そして接吻を交わし、エコに深々と頭を下げると店の中に入っていった。
エコは店の前のショーウィンドーに並んだメニューサンプルを見て何を食べるかを考えながらその後を入った。

店内は、もう夕方のせいかガラガラだった。店の奥に二人が入っているのを身ながらエコは席に座った。
いくら待っても水が来ないのを不思議に思っていると店の壁に「お水はセルフです」の張り紙を見つけ水を汲みに行く。

「(てんぷらうどんにしようかなぁ。 でも、先輩に言ったら怒られるから内緒にしとこ……)」

水を飲みながら店の奥のダシが煮える音などを聞きながら水を飲み干し、もう一杯水を汲みに行く。
それを何度か繰り返すと、店の奥から大将がやって来て2つの皿をドン!とエコの前に置いた。

「ヘイ、お待ち」
「え、まだオレ何も頼んで無いのに……」
「確かにあんたにやってくれって言われたんだよ。代金は貰ってるから気にせず食いな」

そういって大将は店の奥に引っ込んでいった。エコはなんだか変な気持ちがしながら目の前のうどんとそばを見た。
どちらも茹でたて、つき立て、とても美味しそうに湯気が立っている。

「エコさん。さぁ、どうぞ食べてください」
「私からもお願いします」

急にどこからか声が聞こえてエコは首をかしげた。
するとまた「エコさんエコさん」と声が聞こえ、ついにエコはその声の主を突き止めた。
右のうどんからはコン美さんの声が、左のソバからはポン太の声がするのだ。

「な、なんで!?」
「僕はたぬきそばに、コン美さんはきつねうどんに、僕らはもうただの食べ物になったんです」
「貴方のおなかの中で二人一緒になれたら私、もう何も思い残す事は」

二人の入った鉢がガツンとブツかってエコに迫った。
エコは、お腹が空いているがいくらなんでもこんな重い食事はなかなか出来ない。

「で、でもオレは食べられないよぉ……」
「食べてください。お願いします」
「お願いします。どうか、どうか、最後の望みを……」

エコは二つの鉢を両手で抱えてじっと中を見た。とても美味しそうだし、
上に乗った油揚げやネギなんかもしっかり空腹感を刺激してくれる。でも、エコの心の中はもやもやしていた。
思わずポタンポタンと、雫が汁の中にこぼれる。

「シンジュウってのは、食べ物になるって事だったんだね……オレ、それが良いなんて言っちゃって……」

エコは、二つの鉢を抱えながら涙が止まらなくなってきた。
二人がどうしてたぬきそばやきつねうどんにならなくてはならないのか。歯痒い思いが胸を締め付けた。

「お、オレっ! 文句言ってくるっ!」

突然、立ち上がるとエコは二つの鉢を両手に持ち店を飛び出した。

「エコさん、何をするのです」
「悔しくないの! こんな姿になってまで文句の一つも言わないなんてさぁ」
「…………」
「ビシッと言いなよ。 先輩もきっと同じ子と言うもん!」

目的地に向ってまっすぐ見つめている瞳は怒りに満ちていた。
ドラマでは怒ったり泣いたりするばかりでなにも出来なかったが現実ならばこの怒りをどうにかできると思った。















「このっ……このぉっ……」
「ふ、ふふ、きかぬ、きかぬわぁぁ……っ」

その場にはもはや長老達を除いて戦っているものはレッドとグリーンしか残っていなかった。
お互いがお互いの種族の為に身を粉にして戦っている。しかし、もはや殴りあいもただの触りあいのようになっている。

「ワルダヌキめぇ……」
「ワルギツネめぇ……」

二人は拳を振り上げるとそのまま後ろへと倒れこんだ。
虫の息ほどしかない二人を見つめながら長老達は地団太を踏む。

「何をしておる! タヌキ族の名誉に賭けてキツネに負けてはいかんぞ!」
「先に起き上がった方が勝ちと言う事にしよう」
「そ、そうだな。 早く起き上がれ!」
「起き上がれ! 起き上がるんだ! タヌキより一秒でも先に!」

しかし、二人は肩で息をしているだけでまったく起き上がる素振りは見せない。
もはや、レッドはタヌキとして、グリーンはキツネとしてその使命を全うしたといえる。

「タヌキ! えーと、あと、キツネ!」

二人の起き上がり対決に注目していた二人の長老は背後の怒りを露わにした声に気づき振り返った。
そこには、うどんとそばの鉢を持ったエコが怒った目で見つめていた。

「お前は! テカテカ猫!」
「ち、違うよっ! オレはエコって名前なんだ!」
「何の様……ややっ、そ、それはたぬきそば!」
「し、しかもきつねうどんまで。 な、なんと不吉な物を持っておるのだ!」

二人は、エコの持っている麺類に恐れおののいていた。
エコがジリジリと詰め寄ると二人も同じ距離だけエコから離れる。

「お爺様……もうこんな不毛な戦いは辞めましょう」
「やや、そ、その声は我が孫ポン太ではないか!」
「もう、このようにキツネとタヌキが憎しみ合うなんて……辞めましょう。お願い。お爺様……」
「その声は我が愛する孫娘、コン美!」

二人はエコの手から飛び降り、再びお互いの鉢をカチンと触れさせた。

「そうです。僕はポン太です」
「コン美です……お爺様」
「僕らは、そば心中、うどん心中をしました。本当はこのままエコさんに食べてもらうはずでしたが……」

長老達は無残な孫の姿の前で地面に膝をつきしゃがれた声を出しながらオロオロと泣き出した。

「ど、どうしてそば心中などをしてしまったのだ。私のポン太よ」
「嗚呼、コン美、手塩にかけて育てた我がコン美が……」

たぬきそばことポン太が二人の前に出た。エコは涙を拭きながら二人をキッと見た。

「僕らは、逃げようとしていました。この争いから……運命と言う言葉を盾に」
「だけど、私達、エコさんのお陰でやっぱり、これから私達の様なタヌキやキツネを生むべきではないと……」
「え?、う、うん! そうだよ。産んじゃダメだよ!」

二人の顔はもう筆舌に尽くしがたい様な無残な泣き顔になっていた。
終いにはお互い抱き合いながらポンポンコンコン泣き出す。

「タヌキとキツネには争いあう理由など何もありません。負の遺産は受け継ぐべきではない」
「現に、こうして私達は、愛し合えたのですから」
「キツネもタヌキも仲良く暮らしていきましょう。僕らからのお願いです」
「お願いします」

二人は泣き止まない長老達を眺めながらエコの足元の方へと戻ってきた。
エコは、頷きながら二つの鉢を持ち上げた。

「エコさん、最後のお願いなんですが……」
「解ってるよ。 オレ、バカじゃないから」
「ありがとうございます。本当に」
「ありがとう……」

エコはポン太の鉢を持ち上げすっかり汁を吸ってしまった麺や具をコン美の鉢に移した。
そばとうどんが混ざり、汁と汁が混ざり、そして具と具が混ざり、二人は完全に交じり合った。

「よかったね。一緒になれて……」

涙でうるむ視界の中で、エコは二人の幸せそうな笑顔が見えたような気がした。

















翌日、タヌキ村とキツネ村は長きに渡り憎しみあった事を反省し友好化が実現した。
長老達は、泣きに泣きその涙と共に染み付いたお互いの村への偏見や憎しみを洗い流してしまった。

まだ、年長者の間ではわずかにわだかまりは残っている物の、若者達はすっかり順応してしまい、
今ではすっかりお互いの村で合コンやサークル活動なんかも活発に行われている。

そして、二つの村の中心に新たに小さな神社が建てられた。
その名も『たぬきつねうどんそば神社』。ここにはポン太とコン美が混ざり合ったまま奉られている。

若者達の間では、ここでお参りをすると恋愛が成就するとモッパラの評判で、
事実であるポン太とコン美の恋物語はタヌキやキツネの女性の憧れる恋愛の代名詞ともなってしまっている。

このようにすっかり仲良くなったタヌキとキツネだったが、一番被害を受けたのはOFFレンジャーだった。


「それにしても、俺らって何なんすかねぇー」
「あんなに戦ったのにねぇ……」
「しかも、仲間内同士でって……なんか一番バカ見たのってウチじゃないですか?」
「ホントにねぇ……」
「タイガせんぱぁーい。 どっかいきましょー」

そして、一番被害をこうむってないのは、サイボーグキャットエコくんだ。
だが、エコの目的のタイガの姿どころかレッドの姿、さらにグリーンの姿まで見えない。

「あー、レッドなら今頃……」











「や、グリーン。相変わらずキツネだねぇ」
「レッドこそ、タヌキが板についてますよ」

二人はタヌキ村の喫茶店でお茶をしていた。お互い実を一日一回食べる事でかろうじてタヌキやキツネでいた。
それもこれも、あんなに激しく戦ったらお互いの動物に妙な愛着を覚えてしまったのだ。

「グリーンはどう? キツネとしての暮らしは」
「爽快ですね。ホランに、私の今の写真送ってやりましたよ。もう返事が楽しみで楽しみで。レッドこそ?」
「僕はね。新生タヌキーズの隊長になっちゃって。タヌキ村の平和を守ってるよ」

そこへやってきたのが青いマフラーをしたタヌキ。

「アカポン隊長ー」
「お、ピコポン。どうしたの。泥棒?」
「向こうで迷子みたいなんですポン。ポコポンやピタポンも一緒に探してて中々見つからないポン」
「仕方ないなぁ……じゃぁ、行こうか」
「アカポン隊長が来れば百人力ポーン!」
「やだなぁ、照れるよ。じゃ、新生ぽんぽこ戦隊タヌキーズ! 出動!」

タヌキとして生きる道を選んだレッドの目はイキイキとしていた。
グリーンは、ふとコーヒーの水面に映った自分の姿に微笑みながらそれを飲んだ。

「はぁ……なんか良いですね。新しい、自分……」




しかし、レッドは後にタイガになり自分の美意識とのズレに大暴れし、
グリーンは『そんなキミも素敵だよ』と言う文面と共に物凄い写真が添付されたメールが来たことによって
結局二人とも猫に戻り、OFFレンジャーに戻ったのでした。

めでたしめでたし