第88話

『エコのクリスマス』

(挿絵:ピーターパン隊員)

12月23日の日めくりを破ると、残りの枚数の少なさと共に月日の速さの寂しさにまでレッドは気づいてしまった。

「今年も残すところ、あとわずかかぁ」
「この前年が明けたと思えばもう暮れちゃうんですねぇ」
「ホントにねぇ」

レッドは、本部の隅にひっそりと置かれたままのレッドと同じ背丈ほどのクリスマスツリーに目をやる。
一週間前から置いたまますっかりただの置物になっていたが、いざイブの日になると全く違って見えるから不思議だ。
チカチカ光って鬱陶しい為に今まで消していた電灯も、今となってはすっかり本部をクリスマス空間にしてくれている。

「今年も残すところあとわずかだねぇ」
「さっきもそれ言いましたよ」
「A型だもん」
「なるほどぉ……」

遠くに鈴の音までが聞こえ始めるクリスマスイブの朝。
レッドとグリーンは、ぼんやりと飾り付けられた部屋を見ながら他の隊員より一足先にクリスマスの気分に浸る。
ちょっと、ドアを開ければそこからサンタクロースやトナカイなんかがやってきそうな気になる。


「お、今日は、クリスマスイブだなぁ」


もちろん、クリスマス気分に浸っているのは正義の味方だけでは無い。
ここ、オオカミ軍団アジトでもカレンダーに×を付け終えたボスが感慨深げに腕を組んでいた。

「今年、全然活動した気がしないよなぁ」
「無理もないさ、ただでさえ資金がヤバイんだもんな」
「無事に正月を迎えられたらいいけどな」
「ホントだよ。OFFレンに倒されずに貧乏で倒されるってのはな……」

行き先の不安を感じるオオカミ達はクリスマスだろうがイブだろうが関係無い。
だが、そんな不安のオーラに満ち溢れたオオカミを掻き分けて一人、汚れにまみれたエコがボスの元に寄って来る。

「ボスー。掃除終わったよ!」
「お、そうか。そんなら汚れ落としたらもう部屋入っとけ」
「はー、疲れた」

ホコリやクモの巣だらけのエコは、箒や雑巾を床にバラバラと置いた。
ボスは、それを気に留めずに再びカレンダーを見つめながら何やら感傷に浸り始める。
だが、ボスの足の毛をぐいぐいと引っ張る存在に気づき、ボスは足元にいるエコを見た。

「どうした?」

エコは、ボスの顔色を窺いながらもじもじとしていた。

「ねぇ、今日クリスマスパーティやるんでしょー? やるよねー!」
「……男だらけのむさ苦しいオオカミ軍団でクリスマスパーティーをするほど惨めな物は無いぞ」
「?」
「今年もパーティはしない!」
「だ、だって。ボス、去年オレが掃除頑張ったらパーティしてやるって言ったじゃん……だからオレ毎日掃除ばっかしてさ……」
「あれはな。酔った勢いって奴だ」
「ずるい! ボスずるいよー! インチキだー!」
「……エコ」

荒れ始めたエコをボスは鋭い目で見た。その眼光に思わずエコも萎縮してしまう。

「俺だってパーティーは好きだ。できれば資金調達に精を出しすぎてまともに悪事が出来なかったオオカミ達に
慰労の意味を込めてだな。してやろうと思う事もない。だが、今の状況じゃなぁ……」
「じゃ、じゃぁ、ちょっとでいいからやろうよ……」
「また来年だ。来年。パーティしなくたって死にゃしないさ。ハハ、ハハハ……」

ボスの乾いた笑いの意味はいくらエコでも解っていた。ガックリと肩を落としてとぼとぼと風呂場に向った。
貧乏な組織にサイボーグにされたのが不運だったと思うしかない。エコは冷たいシャワーの水でうっすら溢れてくる涙と共に汚れを落とすのだった。
正義の味方と悪の組織の境遇がここまで見事に対比されている本日。再び戻ってその頃、OFFレンと言えば……。


「ジングルベール! ジングルベール! すっ!ずっ!が! なるぅー!」
「今日は楽しいクリスマス!」
「イブ!」
「ジングルベール! ジングルベール! すっ!ずっ!が! なるぅー!」
「今日は楽しいクリスマス!」
「イブ!」

哀しみのさなかのエコがますます惨めになるほど隊員達は、はしゃいでいた。
パーティまでリビングに集まって思い思いに過ごしている隊員達だがテンションも上がらずにはいられない。

「クリスマスは楽しいのだです!」
「ガーネットは日本に来て始めてのクリスマスだもんねぇ」
「そうです! 俺は今日の為に花火を買うをした!」
「うーん。花火はいらないと思うな」
「そうなのか?」

ガーネット隊員も何やら間違った風にはしゃいでいる。元々、台湾ではクリスマスは日本よりは盛り上がらずに、
代わりに正月の方が大盛り上がりするらしいのだがガーネットの元気の前ではそんな事関係ない。

「シェンナ、今日こそケーキ全部食べるんですー」
「お腹壊すわよ」
「そしたら接着剤でくっつければいいですー」
「シェンナ、一休さんみたーい」
「この橋を屏風から出してみろですー!」

すっかり正義の味方だと言う事を忘れさせるクリスマスの不思議だ。
最も、クリスマスよりイブの方が盛り上がるのが日本人として当たり前の感覚なのだが。

「おっじゃましまーす♪」

そんなとき、天井からか聞こえてきた声の主に隊員達の視線は釘付けになった。
真っ黒い布がふわりふわりと宙に浮かんでいる。ガーネットは何やらごちゃごちゃと騒いでいたがもちろん皆は知っている。

「てるてるさん!」

部屋の飾りつけの折り紙を作っていたピンクが作業をほっぽりだして降りてくるてるてるの側に駆け寄った。
てるてるは、小さな帽子をヒョイと取ってピンクに礼をした。

「去年のクリスマスイブぶりです。ピンクさん」
「そろそろ来る頃だと思ってました。良かったらお菓子でもどうぞ」

てるてるはニコリと微笑んだ。すると、さっきから騒いでいるガーネットが気になったのかチラと目線をそっちに向けた。

「あ、彼は今年新しく入ってきたガーネットですよ。 台湾からイカダに乗って日本に来たんです」
「飛行物体がを見ている俺です! 捕まえようだ! すごい事だ! 写真をください!」
「どうも色々な所が可哀想な子みたいですね……」
「あんま気にしないで下さい」
「そうします」

てるてるは、それからテーブルの上のチョコやキャラメルの入ったお菓子皿の側に降り立った。
大きな粉砂糖の付いた飴玉を一口にほお張ってそのまま飲み込んだ。

「あー、わっふー!ですね。 やっぱり和菓子はこうでないと」
「てるてるさん。今度はどこに行ってたんですかー?」

また一つ飴玉を手に取るてるてるの周りは女子隊員で溢れかえっていた。
てるてるの話を聞きたがり、話したがりは女の性分と言う物だ。

「少し前までシンガポールに行ってましてね。 マーライオンが帰るなって泣くもんだから弱りました」
「へぇ、結構厳粛そうなのに」
「あれですよ。気は優しくて力持ちって奴です」
「なるほどー」

女子は女子。では、男子はどうかと言うと玄関に置かれていた大きな荷物を部屋に運び込んでいた。
インターホンが押されたまま放置されていたので危険物だと思いきや送り主の名前を見て安心(?)して運び込んできたのだ。

「……誰です? それは」

グリーンのくせに青い顔で、グリーンは荷物を舐め回す様に見つめ不安げに隊員に聞いた。
もはやこの感情は本能的なものだと見て間違い無いだろう。一字一句間違うことなくそのグリーンの推理は的中する。

「愛しのホランからだよ」
「おめでとー!」
「ニクいねこのー!」

挿絵

騒ぎ立てる男子隊員のはしゃぎようとは裏腹にグリーンは深い深い溜息を付きながら目を伏せた。
肩を震わせながら何やらブツブツと言っている。ソファ全体が揺れてグリーンの心中がうかがい知れるが隊員はそんな事しったこっちゃない。

「では、愛するホランからの一足早いクリスマスプレゼント! いよいよオー……」

プレゼントのリボンが解かれようとしたその瞬間、
ドタドタと何度も聞き覚えのある大勢の足音がリビングに近づき、そしてリースで飾られたドアがぶち破られた

「助けてくれOFFレンジャー!」

一斉に流れ込んだオオカミ達は手を合わせ、地面にはいつくばって急に隊員達に祈りだした。
レッドはぽかーんとして、グリーンはまたかと言う顔をした。

「どうしたの? 僕らに出来る事があったら協力するよ」

そして、時たまピュアを地で行くレッド隊長が優しくオオカミ達に語りかける。
だが、その後ろでグリーンが冷たくオオカミに言い放つ。

「レッド、ダメですよ。そいつらは腐っても悪者なんですからね」
「でも、今日はクリスマスイブだよ。聖なる夜の前日だよ。キリストは隣人を愛せよって言ったんだよね。ピンク」
「……えぇと、マタイ伝の22章39節ですね」
「さすが隊員唯一のクリスチャンだね。そう、つまりそう言う事なんだよ。グリーン」
「そもそも隣人でもないですし、イブだから関係ないし、その言葉私でも知ってますし……」

すっかり神様気取りのレッドは、オオカミに優しく微笑むとオオカミ達は涙を浮かべながらレッドを拝んでいた。
もはや聖なる夜の前日には善と悪なんて重いテーマはちっぽけな存在に成り下がってしまうのだ。

「どうしたのかな。迷えるオオカミ達よ」
「そ、それが、エコがクリスマスパーティの約束を破ったボスのせいで悪エコになって……」
「しかも、悪エコにボスを痛めつけてやれみたいな事を書き残したのかボスがあられも無い物体にされそうなんだ!」
「だから助けてくれOFFレンジャー!」

説明台詞を一気に喋り終えたオオカミ達は再び地面に伏せて頭上で手を合わせている。
レッドは何度も頷き胸をドンと叩いた。

「解った。任せておいてよ。悪エコなんてちょちょいのちょいっとやっつけてやる!」
「ホントに大丈夫か?」
「あたぼーでーい!だよ。 僕らをそこらへんのぞんざいな物と一緒にしないでよ。OFFレンジャーだよ!」
「悪エコは、巨大メカで街中まで荒らしているんだぞ」
「に」
「しかも、怪音波を発していてそれに当たると液状の不可解な物に変えられるぞ」
「え」
「俺らがここに来る前はこの5倍はいたんだ。もう地上はすっかり音波だらけだ」
「ゆ」

何だか妙に力の入っている今日の悪エコの悪事を聞いているとレッドも思わず意気消沈してしまう。
「どうすればいいんだ」と言わんばかりにレッドは頭を抱え帽子を抱え、タイガくんに変身する。

「あぁーーーっ!」

オオカミ達が顔を上げようとした瞬間、隊員達は急いでタイガの前に広がる。
ザコオオカミたちは、なんだなんだと人垣の向こうを見ようとするが隊員達が総出でオオカミ達をリビングから追い出す。

「あ、あとは我々がなんとかしますから任せてくださいな。ハハー!」
「お、ぉぉ……じゃぁ頼んだぞ」

扉を思い切り閉めたグリーンはそれまで経験した事の無い扉の重さを感じた。
もし、タイガをそそのかして仲間に入れている事が知られれば大変だと漠然と思ってはいたがいざこうして目の前に起こると焦ってしまう。

「タイガ! そうポンポンポンポン、あぶくみたいに出ないで下さいよ!」
「なんだと! オレだって好きで出てんじゃないんだぞっ!」
「まーいいです。まーいいです。この際問題はタイガじゃありません。エコですね。えぇ悪エコですね」

グリーンはソファに倒れこんで辛そうに目を抑えた。それはレッドのいない元隊長の立場の責任の重さによる物だ。

「えーと。なんですか。悪エコが街中で暴れて……外に出ると危険……申し合わせたように無理じゃないですか……」
「OFFレンボックスとか……」
「ここで使ったって仕方ないでしょう……。もっとこう、悪エコ自体を一瞬で消し去れるような……」
「なぁんだ。それなら簡単なことじゃないですか」

今まで黙っていたてるてるが飛び上がってグリーンの頭上にやって来た。
グリーンは指の隙間からこれっぽっちも信用していない目でてるてるを見ていた。

「私は魔法のてるてる坊主ですよ。まほーで簡単に消して差し上げますよん♪」
「おぉ! その手がありましたね!」

グリーンは上に圧し掛かっていた重圧がスッキリと取れたのか元気一杯に跳ね起きた。
てるてるも鼻は無いけど鼻高々につまようじみたいなステッキをブンブン振っていた。

「でも、さすがに消し去るってのはハード過ぎませんか」
「それもそうですね。 じゃぁ……む。消し去るというワードしか浮かびませんが」
「どうせならば、エコをサイボーグにさせなきゃいいんじゃない? 元を断つって言うか」
「おぉ、良いですよ良いですよ。じゃぁ、生身にさせましょうか!」
「いや、でも生身だけだとただの二重人格になっちゃうんじゃ」
「ううむ……やはり消し去るしか方法が……」

中々良い方法が思いつかない悪エコの対処方法。
その時、煮え切らない議論に業を煮やした一人の隊員がすっくと立ち上がった。グレーだった。

「そもそも、エコがグレたのは家庭環境にあった訳じゃん。だからそこを改善すればいいんじゃないかな!」
「そうだ、過去に戻ってエコの幼い頃の家庭環境を改善しましょう。大元を断てば良いんです」
「さすが、グリーン。とろけても元隊長!」

グリーンは早速、立ち上がって自分を奮い立たせる顔だけ作った。

「決まったようですね。それでは……」

てるてるは、天井ギリギリまで飛び上がるとステッキを振った。

「過去に戻ってエコさんとやらを立派な真人間にしてやる作戦開始で~す♪」

ステッキから零れた眩い光の粒が部屋中に降り注ぐとそれらは隊員達の体を包み一瞬の閃光と共に部屋にはグレー以外誰もいなくなってしまった。

「……あ、あれっ!?」


















林に囲まれた自然いっぱいの丘の上に一件だけポツンとある白いお家。
そこは以前も一度だけ来た事のあるエコの実家だと言う事は隊員達にはすぐに解った。

「ホラ、見てくださいよ。こんな自然溢れる所でまともに育てば優しい人間になるに違いないんです」
「てるてるさん、何時の時代に来たんですか?」
「とりあえずエコさんとやらが5歳の時にしてみまーしたっ♪ んじゃ、私はこれで」
「え、てるてるさんは一緒に来ないんですか?」
「2007年で待ってます。とりあえず終わったら手を5回叩いてください。戻ってきますからね」

そういっててるてるが消えると隊員達は、エコの真っ白い家を再び見た。

「だいたい10年前か……あぁ、当時を思い出すとなんだか泣けてくるわね……」

イエローやクリームの年上組の溜息はただ宙に消え、隊員達は家の周りを探索し始めた。
窓を覗いてみたがそこから見える部屋の中では、ホームドラマの様な清清しい朝食風景があった。
赤いチェックのクロスが掛かったテーブルの上には、目玉焼きやジャムの付いたトースト、卵サラダ。
この風景は隊員達が思っていたより実にまともだった。

「ママ、今日の天気も良いみたいだよ」
「あら、それは良かったわ。今日は洗濯物を干そうと思ってたの。ウフ」

新聞を広げている男性はエコのパパだ。ぱぱと書いているネクタイを締めているのだから間違いは無い。
そして、フライパン片手ににこやかに微笑んでいるのがエコのママだ。以前会ったときよりかは当たり前だが若い。
だが、肝心のエコの姿が見当たらない。5歳児だし、多分まだ寝ているのだろう。

「ママぁー……! ママぁー……!」

そう思っている側からどこからか小さな声が聞こえてくる。
起きた時にママがいない為に泣きじゃくっているのかな等と考えていた隊員の予想は見事に裏切られた。
エコママは、電子レンジを開けて、泣き喚いているエコを取り出したのだった。

「あら、エコ。どうしてそんな所にいるの?」
「パパがぁ~! パパがエコとじこめたのぉ~!」
「おや、夜中に小腹が空いたからおにぎりでも暖めようと思ったらあれはエコだったのか」
「あらやだ。パパったら。エコがふわふわして美味しそうだったからつい間違えちゃったのね」
「確かに、おにぎりがエコの布団にあるなんてオカシイと思ったんだ」
「まぁ、パパったら」
「ハッハッハッハ」
「ホホホホホホホ」

今となんら変わっていないエコの激しい泣き方を放ったまま笑う両親に『行先不安』の四文字が隊員の心中に渦巻いていた。
エコは、子供用の高い椅子に座らされると涙を浮かべたまま大人しくなっていった。そこは子供らしいといえばいいのか。
テーブルの上のトーストを小さな手でちょいちょいとつつく姿はさすがに子供らしくて可愛かった。

「あれが、5歳のエコくんなんだ。かーわいい!」
「オイ、でも見た目なんか違わねーかぁ?」

タイガの言うとおりエコの生身はただの薄い黄色地の子猫だった。クリクリとした瞳以外まったく今とリンクする所は無い。
成長の証なのだろうと思ったが良く考えれば彼はサイボーグなのだから違うのも当たり前だ。

「パパぁ。 エコもこーしーのむー」
「だめだぞ。コーヒーを飲むと夜眠れなくなっちゃうんだぞ」
「そうよ。ママは寝ないならご本は読んであげないわよ?」

しかし、なんだかんだでほのぼのとしているエコ一家の朝食風景は見ていて和やかだった。
何よりエコが普通に子供らしくて可愛いのだ。女子達が母性本能をくすぐられているのを横目で見ながらタイガは少し悔しかった。

「エコ、こーしーのまなーい」
「そうやってすぐ諦めるのがお前の悪い癖だぞ!」
「本がないと眠れないのは将来的に良くないのよ! めっ!」
「……?」

しかし、そんなほのぼのとした風景もマイペースな両親(エコ談)の不可解な怒りで脆くも崩れ去る。
こんな親でよくあそこまで育てられたのが不思議でならない。もしかしたらエコは運が凄く良いのではないだろうか。

「なんか、あのエコがぼけーっとしている理由が解った気がする」
「確かに、あぁころころと前後の流れ関係なく感情的になられたら物事考えるの馬鹿馬鹿しくなりますよね」

それから注意深くエコの朝食風景を観察していたがエコは黙ってトーストを食べているだけだったので
特に会話は無く語句普通の静かな朝食の風景になっていた。

時々、普通の家庭だったり変な家庭だったりすると隊員達も困惑の色を隠しきれない。
そうこうしていると、エコはあの小さな体でトースト一枚と両目玉焼きをペロリと平らげてしまった。

「ごちそうさまぁ」
「まぁ、エコ綺麗に全部食べたわね」
「うん」

頭を撫でられて嬉しそうなエコを半ば羨ましそうにタイガは見ていた。
自分の子分が子供の頃を見ると言うのはなんとも不思議な気分がした。
子供時代も親も経験した事の無いタイガにとってみればまさにファンタジーの世界だ。

「おや、ママ、ちょっと待ってくれないか」
「あらどうしたのパパ」
「全部食べたと言うけどお皿やスプーンを外して良いんだろうか……」
「ハッ。そうね。お皿やスプーンだけ仲間はずれはよく無いわ。エコ、ちゃんと食べてあげましょう」
「?」
「そうだぞ。何でも食べなさい」

だんだん雲行きが怪しくなってくるのを隊員はすぐに察知した。
案の定、エコママはお皿やスプーンをエコに手渡してしまう。

エコは、ぽけーっと両親の顔を見ながらお皿をゆっくりと噛んだ。
カチンと歯の当たる音がしただけで当然噛み切れるはずも無い。すると困ったように両親を見る。

「かたぁい」
「あら、固い物は歯に良いのよ。ねぇ、パパ」
「そうだな。おせんべいとかは特に美味しいなあ。エコ、頑張りなさい」
「う、うん……」

エコは、きっと美味しい味がして体にも良いんだろうと言う純粋な顔でフォークの先を齧り始めた。
意図していない幼児虐待みたいな光景に隊員達も苦い顔をしてしまう。

「アイツあんなところにずっといたなんてすげーなぁ……」

タイガの口からは思わずそんな言葉が飛び出した。
さらにそれを見つめる目には少しの尊敬を含んでいた。












結局、朝食は食べられないままうやむやに終わってしまった。
後片付けをするエコママや、相変わらず新聞を読んでいるエコパパの間を通ってエコは外に出た。
両親から解放されたエコは文字通りはずんでいて、ふにふにといった擬態語がピッタリな様子だった。

外に出たエコは、家の周りに落ちている枯れ葉を拾いながら遊び始めていた。
やっぱりここだけ見ると将来暴走族に入ってサイボーグになるとは思えない。
その様子を茂みから見ている隊員達はさっそく作戦会議を始める。

「とりあえず、エコに足りないのは愛情とか楽しさとかそう言うプラスの感情だと思うんですよ」
「俺はやっぱり親をどうにかしないといけないと思うけどな」
「でも、その親があれなんだもん。親の代わりに道徳とか教えてみたらどう?」
「一体どうやって……?」
「えぇと、一緒に遊ぶ中でとか! ちょうど今一人ですし」

もう一度エコの様子を見てみるとエコが遊んでいる所は家の裏で窓が無い。
おまけに枯れ葉をたぐって少しずつ家から離れているから好都合だ。とそう考えている度まるで誘拐犯みたいにも思える。

「じゃぁ、とりあえずエコと遊んでその中で道徳を身につけさせましょう」
「おー!」

隊員達はそろりそろりと足音すら立てないようにしてエコに近づいていった。
向かい合う形になっているがエコは枯葉を両手に持って見比べているので幸い気づいていない。
だが、さすがに一メートルほどの距離になるとエコも気づいたらしくぽかんと隊員達を見ていた。

「こんにちは!」
「こんにちわぁ」

エコは警戒心が無いのか隊員達を見ても落葉遊びを続けていた。
グリーンが作り笑顔でしゃがみ込み、エコの顔を覗き込んだ。

「何をして遊んでいるのかな~?」
「おおきいはっぱー」
「大きい葉っぱを探しているのかな?」
「うん」

エコは、ほとんど同じような枯葉を両手で見比べながら首をかしげていた。
全体を見ればそんなの解りそうな物だが5歳児にソレを言うのはさすがに野暮だなとグリーンは思った。

「ねぇ、ボク。お兄さん達と一緒にあそびませんか?」
「うん、いいよー」
「じゃぁ、鬼ごっこやりましょうか」
「エコしらなーい」

グリーンは、ポンポンとエコの頭を叩くとそのままタイガを指差した。
子供のエコと時を越えてあのくりくりとした眼で見詰め合ってるとタイガはまたもや変な感じがした。

「いいですか。あのお兄ちゃんにつかまらないように逃げるんですよ」
「うん。エコにげるよ」
「なんでオレが鬼なんだよっ!」

タイガが暴れようとするとすかさず女子達が「おねがい」と口々に言うのでタイガは何も言えなくなる。
どうせなら、女子を抱きしめながら捕まえると楽しいかもしれないと言う余計な事まで考えてニヤニヤしてしまう。

「よし、オレが鬼やるぞ!」
「じゃぁ、にげますよー」

蜘蛛の子を散らすように隊員達が逃げていくとタイガはすぐさま眼に入ったホワイトに向って一直線に走り出した。
ホワイトは物々しい雰囲気に気づき振り返ると、下心満々な微笑むタイガが迫ってきていた。

「タイガくん! もっと他の奴のとこ行って!」
「ホワイトちゃーーーん!」

ホワイトはこのままでは鬼ごっこの範囲を超えてしまうことまでされそうなのですぐさま林の中に飛び込んだ。
続いてタイガも飛び込むがホワイトは逃げてしまっていた。必死に辺りを見回すが女子達も危険を察知したのか男子達の姿ばかり。

「クソ……。 せっかく抱きつけると思ったのに……」

男子に抱きつくわけにもいかず、タイガは茂みから出て女子達の姿が現れるのをじっと虎視眈々に狙っていた。
だが、10分立っても全く現れずタイガは既に鬼に飽き始めていた。女子に抱きつけないのなら鬼をする意味が無いのだ。
となるとさっさと誰かに鬼を変わってもらうに限る。と、そこへちょうどちょこまか走っているエコを見つけた。

「お」

タイガは、すぐさまエコに向って全速力で駆け出すとエコは急いで逃げ出した。
「まてぇぇぇ!」と叫ぶタイガの顔は5歳児には怖いのだろう。エコは泣きながら逃げていた。
しかし、5歳児の速度はそこまで速いものではなくすぐさまエコはタイガに取り押さえられた。

「よしっ! お前が鬼だからな」
「うわぁぁぁぁぁん」

泣きじゃくるエコの上に圧し掛かるタイガを冷たい眼で見ながら隊員達が林から出てくるとタイガもさすがにやりすぎたかなと思った。
女子達は「サイテー」と言いたげな眼でタイガに鋭い視線を当てている。

「よしよし、怖かったねー」
「わぁぁぁぁん。あのおにいちゃんきらい!」
「あーあ。嫌われちゃったー」

まさか、あんなに慕ってくる子分からストレートに嫌われるのはタイガも少し辛い。
何だか子供のエコと言うのはとっつきにくくて調子が狂う。

「よしよし。じゃぁ、今度はおねえちゃんたちと遊ぼうか」
「エコ、おねえちゃんたちとあそぶ」

さすが、子供のことは女の子に任せるべきなのかエコはすっかり泣き止んで女子達と手を繋いで歌を歌い始めた。
タイガは羨ましそうにそれを見ていたが下手に遊びに入ると余計嫌われそうで行くにいけない。男子達もつまらなそうだ。

「エコくんは、何のお花が好きー?」
「しろいおはなー」
「白いお花かぁ。綺麗だよね」
「エコ、しろいおはながいっぱいあるとこしってるー」
「すごーい。エコくんは物知りだねー」
「えへへへ」

頭を撫でられているエコは、ニコニコと楽しそうに笑っていた。
グリーンは案外、このまま女子に任せていた方が良いような気がしてきた。さすが未来の母達だ。

「あら、エコ。大きなお友達ができたの? 良かったわねぇ」

そこへ、洗濯物のカゴを持ったエコママがにこやかにやってきた。
怪しまれるのではないかと思ったがエコママの様子を見る限りではまったく警戒心が無いらしい。

「エコ、ママちょっとお洗濯物干すから退いてちょうだいね」
「……エコ、どく」

地面に建てられた長い二本の杭に紐を結んでいるエコママを見るなりエコは、そこから急いで離れだした。
女子達はそれを単に、ほかの所で遊びたいんだろうと思っていた。だが、エコは家の陰に隠れて自分の母親を見ていた。

「どうしたの? 怖いお兄ちゃんは黙らせたから大丈夫だよ」
「ママ、いたいいたいするの」

震えているエコを見ながら女子達はただならぬ物を感じていた。
幼児虐待の四文字が浮かぶが、そもそも普段からある意味虐待まがいな事をしているわけだ。
でも、エコの将来を考えて黙っているわけにはいかない。代表してホワイトがエコを抱きかかえてエコママの所に向った。

「ちょっと、お話良いでしょうか」

エコママは、真っ白なシーツをパンパンと鳴らしながらしわを伸ばしていた。
洗剤のCMのように白いシーツが靡く光景は圧巻だったが、圧巻されている場合じゃない。

「あの、お話があるんですが」
「あら、私?」
「他に誰かいるんですか!?」

エコは、小さく震えていてそれがホワイトの口調をさらに荒くしていた。
さすがに若い子から強い口調で言われるとビックリしたのかエコママは見るからに動揺していた。

「ご、ごめんなさい。私、あ、あなたがこの壮大な大自然と話しているんだと思って……」
「なんで私がこの壮大な大自然と話さなきゃならないんですか!」
「あ、あの。私……ごめんなさい……」

エコママは涙を浮かべながら後ずさりし始めた。まるでこっちが虐めているようでホワイトも困惑の色を隠しきれない。
とりあえず、言うだけの事は言おうと決めてホワイトは口調を少しだけやわらかくする事にした。

「あの、エコくん、いたいいたいするって言ってたんですけど。虐待とかしてるんじゃ」
「そんな、私、虐待なんて……そりゃぁ……降ろすつもりが間違えて産んだ子ですけど……今では大事な一人息子なんですよ」
「でも、エコくんはあなたが洗濯物を干し始めたら逃げ出したんですよ」

エコは、ホワイトの胸に顔をうずめながらぷるぷると猫なのに怯えた仔犬の様に増えだした。
それを見てタイガははらわたが煮えくり返るほど羨ましいと思った。

「え、エコ、どうして逃げたの? ママ、あなたをいじめたりしてないのよ」
「……おみみ、いたいいたいしたの」
「ホラ、耳を痛めつけられたって言ってるじゃないですか。子供にとって耳と言う物は……」
「なんだ、それはね。洗濯ばさみを止める所がなかったからエコの耳をいつも借りてるんですよ。うふ」

エコママは、「何だそんな事だったのか。なぁんだー」と言う風にほのぼのとした微笑をホワイトに向けた。

「うふ、じゃないでしょう! 洗濯ばさみ止めに自分の息子の耳を使うってどういうことなんですか! 痛いに決まってるでしょう!」
「だ、だって……私、耳に洗濯ばさみを挟んだ事無かったから……ご、ごめんなさい……エコ、ママを許して……」

エコママは再び泣き出してついには地面に顔を伏せるようにして泣き崩れた。
悪意の無いところがまた厄介だ。この様子だとまたもホワイトがエコママを虐めてるように見えるだろう。

「あー、めんどくさい……」













エコが落ち着いた頃、既に時計は午後3時を回っていた。
あれほどないていたエコママもすっかりケロッとしていて掃除を始めていた。
そして、隊員達は地べたに座って一体どうすれば良いのか会議を始めていたが、難航に難航を極めている。

「……やっぱり、親はもうダメだと思うな」
「ここは、エコ本人に絞るべきだたね」
「じゃぁ、このままの路線で行きましょう」
「少しでも良い思い出が増えれば違うと思うんですよやっぱり」

何を話しているのか全く解っていないエコはホワイトの膝の上に座って頭を撫でられていた。
そして、向い側で嫉妬心丸出しのタイガの鋭い目線にもエコは全く気づかなかった。

「おーい。エコー。パパと遊ぶかい」
「うん。あそぶー!」

そこへ、エコパパがやってくるとエコは嬉しそうに父親の方へと走っていった。
なんだかんだで親を好きなエコを見て、ずっと親を好きでいる何か固い鎖の様なものが必要だと言う意見に固まりつつあった。

「よーし。たかいたかいだぞー」
「キャッ、キャッ」

父親と遊ぶエコは本当に楽しそうにはしゃいでいた。
本当にこういうところだけ見ればごく普通の父子だ。

「よーし。ぐるぐるだぞー」
「わーい」

高い高いの次は、エコの脇に手を通してぐるぐると回転し始める。
あれならば、しっかり掴んでいるし、まさか投げ飛ばしたりはしないだろうと隊員達が見ていると、
エコパパの手が徐々に上に上がり、すぽっとエコの首にハマった。

「どーだ。エコ、たのしいかー」
「パ……ぱぱ……くる……し」
「親子のスキンシップは最高だなぁ、エコ」
「ぱ……ぱ……ぱ……」

慌てて隊員が止めに入ったがノリに乗っているエコパパを止めるのには骨が折れた。
エコは白目をむいて落ちてしまっていたが、エコパパは「可愛いなぁ、寝ちゃったのか」と微笑むだけだった。













エコが目覚めると既に日は暮れかけていた。
あんな親でも心配するだろうと隊員達はエコを家に届けた。
それでとりあえず作戦は明日に伸ばそうと思いきや……。

「エコ、おねえちゃんたちともっとあそぶ」

と、エコがぐずり始めたのをキッカケにとうとう隊員達はエコ家にお泊りする事になってしまった。
食事はお風呂は流石に迷惑をかけるし、女子とお風呂に入りたがるエコにタイガがキレそうになるしで
結局、やる事と言えばエコの相手をするか、寝るだけだった。

「ごほんよんでー」

午後10時。ベッドに寝かしつけていてもエコは、絵本を片手に女子隊員の所に歩いてくる。
この周囲には、民家は無いし友達が出来たのは嬉しいのかなかなか寝なかったのだ。
そんなとき、タイガは部屋の隅で男子隊員と一緒にうずくまったままエコを睨んでいた。

「ポーくんお空にお砂糖まいた。雲さんもくもく膨らんで、いっぱいわたあめ出来ました」
「エコもわたあめたべたいな」
「そうだねぇ、今度お砂糖かけてみようか」
「うん」

三毛猫のマスコットが付いた布団に包まって、エコは絵本を熱心に聴いていた。
本を読み終わると次の女子が読んで、シェンナは飛ばして、また女子が読む。
男子の仕事と言えば絵本を聞きながら眠たいのを我慢しつつタイガが時々思い出したように暴れるのを抑える事だ。

「エコくん、そろそろおねんねしなきゃダメだよ」
「もっとよむー」

だが、11時になってもエコは寝ようとしなかった。
眠そうではあるのだが、楽しい時間を少しでも長引かせようと目をこすりながら賢明におきていた。

「じゃぁ、子守唄歌ってあげるからねんねしようね?」
「……エコまだねむくない」
「じゃぁ、ねんねするまで側にいてあげるから寝ようか」
「うん」

側に女子達が座るとエコは右手を出した。その手を握るようにしてエコは目を閉じると

「エコぉぉぉぉ! テメー!!!」

と、タイガはまた暴れだし男子隊員が抑える。こういう時に限ってレッドに戻らないのが歯痒い。

「ねんねんころりよおころりよ。ぼうやはよいこだねんねしな」
「ZZZ……」

エコはすぐさま眠ってしまい、ワンフレーズだけで子守唄は終わってしまった。
中心人物が寝てしまうと、女子隊員達も妙に眠くなってしまう。

「それじゃぁ、寝ましょうか」
「シェンナ、幽霊隊員みたいですー」
「タイガくんも、寝ようね」

女子達は、部屋の壁に背をつけるようにして眠ることにした。
部屋の広さが広さだから仕方が無い。男子達の一部は床にごろ寝になる。

「ちぇ……エコの奴良い目みやがってー」

すっかりスネているタイガは眠っているエコを十分睨むとそのままゴロンと横になった。












薄暗かった部屋のカーテンを開けると、朝日が部屋に差し込んできた。

「おねえちゃん、おはよう。おにいちゃん、おはよう、おねえちゃん、おはよう」

元気いっぱいのエコは疲れてまだ完全に起きれていない隊員らの間を歩き回ってはしゃいでいた。
時計を見れば朝の8時。すっかり青少年青少女な隊員にこの時間に起きるのはキツかった。

「キャッ、キャッ」
「子供の声って頭に響くわねぇ……」

否が応でも起きなければならなくなった隊員達はゆっくり体を起こしながらはしゃぐエコを抱き止めた。
エコは、喜んでより一層はしゃぎまわっていた。

「うるせーぞっ!」

だが、タイガが怖い顔でエコに怒鳴るとエコは萎縮して女子隊員の腕を掴んで隠れた。

「エコ、あのおにいちゃんきらい」
「でも、大きくなったら大好きになるんですー」
「きらいきらーい」

首を振りながらまた笑い出したエコをどうした物かと持て余している所へちょうど掃除機を抱えたエコママが入ってきた。
エコは首降り遊びに夢中でまったく気づいていなかった。

「あらエコ、また遊んでもらってるのね。ごめんなさいね。ご迷惑かけて」
「いえ、大丈夫です」
「なら良いんだけど……。あ、ちょっとお掃除するからうるさいですよ」

エコママが掃除機をかけると、床に寝転んだ男子隊員らを物ともせずガンガンとぶつけながらかけて行った。
残っていた男子隊員は仕方なく起き上がるが、機嫌が悪いタイガはとうとう部屋から出て行ってしまった。
エコは、まだ首を振りながらキャッキャキャッキャと楽しんでいた。

と、そこへ掃除機の吸い込み口がエコの顔面にくっついた。

「いたぁぁぁぁー……!」
「キャァァァー!」

顔面に吸い込み口がくっついたエコと、エコに向けて吸い込み口を向けたまま叫んでいる母親と、
朝っぱらからどこからどう対処すれば良いのか女子隊員達までもが母親の様にオロオロとしていた。
機転を利かせてクリームがコンセントを抜くとスポンと音がして吸い込み口からエコの顔は救出された。

「うわぁぁぁぁぁぁん! うわぁぁぁぁぁぁぁん!」

これ以上ないほどに泣き出すエコの顔面の中心部は赤くなっていた。
エコママはそんなエコの頭を撫でながらごめんなさいごめんなさいと謝っていた。

「虫かと思っちゃったらエコだったのね。 ごめんなさいごめんなさい」
「うわぁぁぁぁぁぁん! ママきらーーい! うわぁぁぁぁん!」

抱きかかえていたホワイトの胸に顔を向けたままエコの涙は何十分にも及んだ。
エコママは、息子に嫌われたのがショックだったのか、肩を落として掃除機を持ったまま部屋を出て行った。

「よしよーし……」

抱えて揺すって見るが、エコは赤くなった顔を抑えたまま泣き止まなかった。
なんとか落ち着きだしたかなと思った頃、ずかずかとエコパパがやってきてパチンとエコの頬を叩いた

「エコ! 何やってるんだ! ママを泣かせて! 悪い子だ!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! パパきらい!ママきらい!」

トドメの一発が聞いたのかエコは物凄い声で泣き始めホワイトの腕を振り払って部屋を飛び出していった。
エコパパは不思議そうにそれを見ているのをこれまた見ていた隊員達は頭がいたくなりそうだった。

「……?」












「んー……コレ食えんのかなぁ」

その頃、タイガは小腹が空いて何か食べるものでもないかと林の中でブラブラと散歩していた。
しかし、冬なせいで特に実りがあるはずもなく歩けばあるくほどおなかも空いてくる。
そこでようやく見つけたヘビイチゴと睨めっこしてみるが毒の事を考えると食べるに食べられない

「うわぁぁぁぁぁん」

その時、向こうを泣きながら駆けていくエコをタイガは見つけた。
どうせならエコに食わせてみようと呼び止めてみるが聞こえていないようだった。

「オイ、ちょっと待てよー!」

タイガはエコを追いかけていくがエコはまったく気づかない。
仕方なくスピードを上げるとエコが急に消えてしまった。タイガがそれに驚いたのもつかの間。

タイガの体は崖の様になっている斜面をゴロゴロと転がって行った。
世界が回って回って、タイガは何がなんだか解らなくなった。

「イテッ!」

ようやく痛みと共に地面を感じられると、タイガは周囲を見回した。
横には泣いている枯葉だらけのエコが座り込んで泣いていた。

「……うぅっ……うぅっ……」
「泣いてんじゃねーよ。ったく……お前のせいでー……」

泥を払いながらタイガは起き上がるとエコの頭をいつものクセでポカンと殴った。
当たり前だがエコの頭はとても柔らかく感じた。

「うわぁぁぁぁぁぁーん!」
「だー! もう、うるせー!」

泣きやまさなければいけないとタイガは周囲を見回すがオモチャがある訳でも無く、
ホワイトがやっていたようにエコの体を掴んでブラブラと左右に揺らしてみた。

「ホラ、たかいたかいだぞっ!」
「うぅっ……うぅ……」

エコはグズグズとまだ泣いていたが少し大人しくなったので地面に降ろした。
タイガは自分とエコが転がってきた崖の上を見上げた。10メートルほどありさすがに登るのはキツそうだった。

「……オイ、どーすんだよ。帰れねーじゃねーかよ」
「グス……グス……」
「オイ、泣くな泣くな! 泣いてる暇があったら早く帰る方法を考えろよな」
「エコ、かえらない」
「はぁー! ふざけんなー!」
「……かえらないのー」

エコは弱弱しく呟いたのを聞きタイガはエコの側に座り込んで俯いている頭を上に向けさせた。
涙と泥でぐしゃぐしゃになったエコの顔は、タイガが見覚えのあるエコの顔だった。

「何で帰りたくないんだ?」
「パパとママ、エコのこときらい……」
「仲良いじゃねーかよー」
「エコにいたいいたいするの……いっぱいするの」
「そんなのお前の親が変だからだろー」

エコは地面の葉っぱを弄りながら「エコかえらない」と何度も呟いていた。
タイガは放っておこうと思うが崖は高い。一応道らしい道は回りにはあるがどこに行くかは解らない。
だが、このままいるのもなんだからと、タイガはエコを放って歩き出した。

「じゃ、オレは帰るからな」
「……」

エコは、ふて腐れた顔で葉っぱをいじくっていた。
だが、徐々にタイガが離れていくのを見ると急に心細くなってエコは叫んだ。

「おにいちゃんまって! エコも、エコも……イタっ」

後ろで派手に転ぶ音がしたのを聞きつけタイガはめんどくさそうに戻ってきた。
タイガはエコの首根っこを掴んで引っ張るとエコの体はさらに泥だらけになっていた。

「……帰るのか帰らないのかどっちなんだよ」
「エコ、おうちにかえらないだけだよ」
「屁理屈は子供の時の方が上手いんだな」

タイガはエコを地面に降ろすとエコはバタンと尻餅を付いた。
よく見ればエコの右足が赤く腫れてしまっている。崖から落ちた時に挫いたのだろう。
エコは、タイガの顔をじっと見ていた。

「……しゃーねーなぁ」

タイガはエコの首根っこを再び掴んでめんどくさそうに歩き出した。
エコは左右にブラブラと揺れながら黙っていた。タイガはもうお腹の音はもはや気にしている場合じゃ無かった。
















「エコー。エコくーん。エコ坊ー。エコちゃーん。エコっ子ー!」

その頃、当のエコ家では飛び出していったエコを探す為に隊員達が朝っぱらから散らばっていた。
エコの両親はエコを心配していたが朝食だけはしっかり摂っていて呆れてしまった。

「ピンク、エコはいましたか?」
「ううん。全然」

それから数時間経ってもエコが発見できないのを見て両親もさすがに心配し始めた。
それを宥めるのが残りの隊員の仕事だ。

「私、エコにもしもの事があったら……明日のゴハン作れないかもしれないわ」
「ああ、ああ、エコ。パパが悪かった」

一応そわそわしている両親を見かねているとクリームはカレンダーが目に入り、ピンといいアイデアを閃いた。
シェンナも何か言いたげだったがそれを阻止してクリームは二人の肩を叩いた。

「あの、エコくんが帰って来た時のためにパーティをしてあげたらどうですか」
「パーティですか……?」
「きっと、エコくんが帰ってきたら喜ぶと思いますよ」
「でも、パーティなんてしたことないから解らないわ。ねぇ、パパ」
「料理を作って部屋を飾りを付けるんだよ。それで最後に太巻きをかじるんだ」
「あら、素敵じゃない。早速やりましょうよ」
「……まぁ、そんな所で良いでしょう。飾りつけは我々に任せてください」

エコママとエコパパは早速調理台に向い、料理を作り始め、
そして、クリーム達は早速新聞からチラシを抜き取りハサミで飾りを作り始めた。

「でも、なんでまたパーティーなんかするんですー?」
「シェンナ、カレンダーを見て御覧なさい」

カレンダーは12月24日。ちょうどクリスマスイブだ。












長い道のりを長く歩いていると嘘みたいに日は暮れ始めていた。
風が冷たくなり始め、さらに風の音が化け物の声のようにも聞こえさすがのタイガも怖かった。

「お、オイ、日が暮れてきたぞ」
「ZZZ……」
「寝るな寝るな。バカ!」

揺れているうちに眠ってしまうエコを起こしながら歩いていったが、また寝てしまうので
話をしながら歩く事でその問題は見事に解決された。

「エコね。はみがきしゅっしゅっうたうんだよ」
「なんだそりゃ」
「はみがきしゅしゅ、おくちをしゅしゅっ♪」
「あー、やめだやめ! もっと面白い話しろよ」
「…………ZZZ」
「だから寝るなって!」

さすがに5歳児とはまともな会話がなかなか出来ずにタイガも悪戦苦闘してしまう。
仕方なく、タイガがエコに質疑応答の形式を取る事でなんとかコミュニケーションを取る事は出来た。

「あ~、えーと。エコは何が好きなんだ?」
「ポーくん」
「だ、誰だよソイツ……」
「エコ、ポーくんのごほんすきー」
「何だよ本のキャラかよ」
「ポーくんね。ぽけっとにね。いっぱいあめもってるんだよ。ぽけっとはね、おおきいんだよ」

この話題はエコの好みに合っている様でイキイキとしてエコは長々と絵本に付いて語り始めた。
話す順序が支離滅裂なのは今とまったく変わっていない。

「エコ、おおきくなったらポーくんといっしょにあそぶー」
「にゃははw エコは大きくなったらなー。オレの子分になるんだぞ」
「えー。いやー」

純粋に嫌そうにエコから言われるとタイガもムッとしてしまった。
だが、事実は事実な訳だからタイガもムキになってエコに納得させようとする。

「いいかー。お前はなー。オレにせんぱぁ~いってくっついてくるんだぞ」
「えー」
「ホントだぞ。大きくなったら聞いてやるからなおぼえとけよ」
「うん」

一段落付いて、タイガはフッと溜息を吐くと既に日は沈み辺りは暗くなっていた。
周囲の状況に気が付くと何とも感じなかった物が、じわじわとタイガの中に怖さがしみこんできた。

「お、オイ。お前の家まだか!」
「エコかえらない」
「んな事言ってる場合じゃないだろ。お、オレはヤだぞっ! こんな所で寝るのは」
「エコへいきだよ」
「オレが平気じゃないんだよ!」

強情なエコにタイガはムカムカしていたが、さすがにこんなに暗くなっては一人で歩けるはずもなく
少し速度を早くするが、木々ばかりで何度も何度も同じところを回っているような気がしてくる。

「お、オイ。せめて、どっか食い物ある所でもないのか?」
「くいものってなーに?」
「食べ物だよ食べ物。腹がすいてるんだ!」

エコはしばらく黙っていたがその時ちょうどタイガのお腹がグルグルと鳴ったのを聞き、
寒さに震える指先を前方斜め右の方向へとゆっくり向けた。

「……あっちー」













時計は午後6時半。未だに見つからないエコを探し回っている隊員もさすがに疲れてきた。
しかし、エコにもしもの事があればダメなので諦めるわけには行かない。

「あら、綺麗な飾り」

肝心のパーティーの方の準備も着々と進んでおり、飾りつけはほぼ完璧である。チラシも使い様だ。
問題は料理だが、何故かフライドポテトやクラッカーのような軽食と太巻きばかりがテーブルに並んでいた。

「あの、こんなメニューじゃぁちょっと……」
「あら? パパ、これダメなんですって」
「変だなぁ。カラオケ大会だとこんなのが出てたんだがな~」

と、太巻きをかじりっているエコパパは首をかしげている。

「もっとこう、エコくんが好きな料理とか作ってみたらどうですか?」
「何が好きなのかしら……エコは何でも食べるから」
「シェンナ、知ってるですよー。エコくんエビピラフが好きなんですー」

そういえば、何度も耳にした事があるエコの好物と言えばえびのピラフだった。
多分、ちびエコも泣いて喜ぶに違いない。

「エビピラフなんて作った事ないからわからないわ。 お料理の本探さなきゃ」
「買出しに言ってるから大丈夫ですよ。フライドチキンなんかも買ってきますから」
「ふむ、フライドチキンか。ハハハ、何だかパーティみたいだねぇ」
「みたいじゃなくてパーティーなんですよ」
「シェンナ、エコのパパには勝てる気がしないですー……」

と、そこへ買出しに行ってきた隊員らが帰ってきた。彼らは食材だけでなく、クリスマス用のキャンドルライトや
小さいクリスマスツリーの置物なんかも買ってきていた。まさに豪華なパーティになりそうだ。

「あら、素敵。パパ、何だかクリスマスパーティみたいね」
「……シェンナ、エコのママにも負けそうですー」
「さぁさぁ、エコのママさん。お料理の続き頑張りましょう」

クリームは外を見た。
くたびれて、凍えそうな隊員達に何度も心の中で謝りながら冷凍のエビをパックから取り出し始めた。

「あ、そうだ。エコパパさん。頼まれていた奴買って来ましたよ」

ホワイトがクリスマス仕様の小さな包みをエコパパに手渡すとエコパパは満面の笑みでお礼を言った。

「あら、パパ、それはなぁに」
「クリスマス用のプレゼントだよ。すっかり忘れてたよ。ハハハハ」















「おぉーっ! すげー!」

エコに言われて向った先は小さな池のほとりだった。
月の光に照らされて光る水面の側には白い星型の花がたくさん咲き乱れている。

「なんか映画みたいだなー」
「エコがみつけたんだよ。パパとママにはないしょー」

このまま、妖精でも出てきそうな光景にしばらくタイガは見とれていたがお腹の虫に急かされて我に返った。
そういえば食べ物らしき物はどこにもない。まさかこの花を食えというんじゃないだろうなとタイガは不安になった。

「あっちー」

と、エコはお腹の音を聞いて花の茂みの向こうを指差してタイガは安心した。
タイガは茂みの奥を覗くと小さな木に何やらクルミの様な大きさの赤い木の実が成っていた。

「こ、これ食えるんだろうなー?」

とりあえず千切って匂いをかいで見るが匂いは無い。
迷っているとエコがパクっと口に入れるとニコニコしながら噛んでいるのを見てタイガも口に入れてみる。

「……む。美味い!」

甘い汁がじわっと口の中に広がってくる。いちごみたいな味だ。
食べた後しばらく待ってみるが特に体に変な感じも無くタイガはもう一口木の実を食べた。

「にゃはw こんなのがあるんだなー」
「これ、ぜーんぶエコがみつけたの。エコ、えらい?」
「よしよし、お前にしては上出来だぞ」
「えへへー」

嬉しそうに笑うエコに少年のエコが重なりタイガは頭を撫でてやった。
茂みの中は外気の妨げになる分、少しは暖かいし一応オヤツもある。
タイガは安心感からエコを地面に置き、そのままごろんと横になった。その横にエコもごろんと横になった。

「にゃはw ここなら一晩くらい居ても平気かもしれないな」
「エコ、ずっとここにいるー」
「そうだな。ここならしばらく暮らせるかもな」

エコとタイガは空にぽっかりと浮かんだ白い月を見つめた。綺麗な満月だった。

「あのね。エコね。おねえちゃんがママだったらいいな」
「む、ダメだぞ。ホワイトちゃん達はオレのだからな」
「エコ、おねえちゃんだいすきだよ。エコにいたいいたいしないよ」
「ん~。そうだなぁ。オレもホワイトちゃん達が親だったら良いと思うな」
「うん」

エコは、そういって起き上がると、タイガのお腹に頭を乗せてタイガと向かい合う体制になった。

「……おにいちゃんのママはー?」
「ん?オレか? オレはなー。親はいないんだぞ」
「えー」
「別に、寂しいとか思った事はないけどさ。……まぁ、親なんて良くわかんないけど。
オレだって、ちょっとはお前が羨ましい所もあるんだぞ」
「?」
「あー、つまりだな。お前を産んでるわけだろ? で、お前を育ててるんだろ」

エコが首をかしげるのを見てタイガは自分が何を言っているのか解らなくなってきた。
整理しようと思えば思うほどめんどくさくなってきたタイガは寝返りを打った。

「と、とっとと寝るぞ。話はまた今度な」

タイガがそう言うとエコは寝てしまったのかすっかり辺りは静かになった。
次第にタイガもウトウトとし始めた時、どこからか忍びなく声が聞こえタイガは目を覚ました。

「うっ……うっ……」

タイガが振り返るとエコが座り込んだまま泣きじゃくっていた。
エコの頭をタイガは撫でてやるがまったく泣き止む気配は無かった。

「オイ、どうしたんだ?」
「……おうちかえりたぁい」
「はぁ~?」
「エコ、おうちかえりたいよぉ」

エコはそう言って泣きじゃくるばかりだった。
このままここにいても愚図るのは目に見えていた。

「……ったく。んじゃぁ帰るぞ」

タイガが背中をエコに向けるとエコはよろよろとその上に乗ってきた。
涙が首筋に触れて冷たい。

「あ、おにいちゃぁん。ちょっとまって」
「?」
















「あ、帰ってきた!」

ブルーの大声に中にいた隊員やエコの両親は一斉に外へ飛び出した。
林の奥からボロボロになったタイガがエコを背負ってふらふらと歩いてきた。

「タイガくんまで! もう、どこに行ってたのー!」
「にゃははw……ごめん」

タイガは隊員達の前で座り込むと背を向けて皆にエコを見せた。

「イエローちゃん。コイツ、怪我してるから手当てしてやってよ」
「あしがいたいのー」

エコがドンと尻餅を付くとすぐさまイエローがエコの足を見て簡単な処置を施してあげた。
そのまま足に包帯の巻かれたエコを抱え、イエローはエコママに手渡した。

「エコ、ごめんなさいね。ママが悪かったわ」
「パパもすまない事をしたね。許しておくれ、エコ」

エコは先ほどあんなに泣きじゃくっていたくせにふて腐れて両親の顔から目を逸らしていた。
それがなんだか滑稽に見えてタイガはニヤニヤしてしまった。

「ママたちはね。エコの為にパーティーを用意しているのよ」
「ぱーてぃー?」
「ささ、エコ。外は寒い。中に入ろう」

エコ一家が家の中に入ると隊員達は窓からキッチンを覗き込んだ。
そこには、綺麗に飾り付けられたキッチンがあった。

「わぁー……」

それを見たエコは、いつもと違う始めてみるキッチンの様子に子供ながらに感激しているのか、
顔を赤くしてぼーっとテーブルの上のご馳走や中央に置かれた小さなツリーを見ていた。

「ママぁ。これ、ぜんぶエコのー?」
「そうよ。みんなママとパパがエコの為にやったのよ」
「クリスマスパーティーだぞ。凄いだろう」
「くりすますってなーに?」
「ん。良く解らないが。エコのお祝いだ。まぁ、座りなさい」

エコパパが奥の椅子を引くとエコママはそこにエコを座らせた。
部屋中の物に興味津々なエコはテーブルの上のご馳走を見るなりまたもや目をまんまるくして見つめていた。

「ママぁ。これエコの? これぜーんぶエコの?」
「そうよ。全部エコのだから食べていいのよ」
「今日はお皿やスプーンも残していいぞエコ」

エコはゴクンと唾を飲み込んで恐る恐る右手でフライドポテトを掴んだ。
そのまま震える指先でポテトを齧ると美味しいのかポテトを噛みながら顔が綻んでいた。

「美味しいか? エコ」
「……うん。パパぁ、おいしいよ」

テーブル中央のクリスマスツリーの小さな電灯がエコの目の中に丸っこい赤や青の光を写しこむ。
その光がじんわり滲むと、それに気付いたのはタイガだけだった。

「…………」

タイガはエコと自分を重ねてしまっていたがその事を自分自身でハッキリとは気づいていなかった。
エコはまた一つまた一つポテトを齧りながら表情の明るさを取り戻していた。

「さぁ、エコ。こっちにも美味しいご飯があるわよ」

エコママは湯気が立っているエビピラフをエコの目の前にある大きなお皿にフライパンから移し始めた。
そのエビピラフを見ながらエコは匂いを嗅いでいた。

「ママぁ。これなぁに」
「エビピラフって言うらしいのよ。ママ、初めて作っちゃったわ」
「えびぴらふー?」

エコは怪訝そうにエビピラフを眺めていると、エコパパはピカピカな銀色のスプーンをエコの手に握らせた。
しばらくスプーンとエビピラフを見比べるとエコは決心したのか、スプーンでピラフをそっとすくった。

「……あーん」

エコがピラフを口に含むとふわぁぁっとエコの顔が一層明るくなった。赤い顔がより赤くなった。

「ママぁ。おいしいー! えびぴらふおいしいよ」
「あら、良かった。作った甲斐があったわね。パパ」
「そうだねぇ。ママ」

エコはまた一口また一口エビピラフを口にほお張って、隊員達は喉に詰めやしないかと心配になりそうだった。
思惑通り、エコは苦しそうにスプーンをテーブルの上に落としてオレンジジュースでそれを流した。

「あらあら、エコったら。急いで食べるからよ」
「よっぽど美味しかったんだなぁ。エコ」
「……うん」

エコが照れくさそうにしているとエコパパはテーブルの上にあった小さな包みを箸でエコのピラフの上に乗っけた。
赤いリボンの付いたその包みとパパをエコは不思議そうに見ていると、

「エコ、パパからのプレゼントだぞ」
「ぷれぜんとってなーに?」
「エコにあげるって事よ」

エコはご飯粒の付いた包みのリボンを指で掴みあげて優しくそれを解いていった。
チリン、と何かが鳴ってエコは首を傾げていた。リボンを解き終えて箱を取り出すときにもチリンと何かが鳴った。
その箱をそっと開けるとエコは中から小さな鈴の付いた首輪を取り出した。

「あら、可愛い。エコにぴったりね」

エコママはすぐさま首輪をエコに付けてやるとまた鈴はチリンと鳴った。

「うん、なかなか似合うじゃないか」
「エコかわいい?」
「可愛いぞ。さすがママの子だ」
「もう、パパったら」

音が鳴るのを不思議そうにエコは鈴を何度も指で触ってチリンチリンと鳴らした。

「どうだ。綺麗な音がするだろう?」

エコママとエコパパはエコの側に寄って、優しく頭を撫でてやっていた。
まんざらでもないのかエコはニコニコしながら俯いていた。

「この鈴の音がすればパパ達にはエコがどこにいるかすぐ解るぞ」
「そうね。ママ達がすぐ見つけてあげるわよ。エコ」
「ママぁ……パパぁ……」

エコは笑顔なのに何故かぽろぽろと涙が溢れてきて何度もぬぐっても止まらなかった。

「コラコラ、こんなにしてやったのに泣く奴があるか」
「早く食べないとみんな腐っちゃうわよ。ホラ、食べましょうね」
「……うん。ママぁ。エコ、おかわりもするよ。いっぱいするよ」

エコは、また銀のスプーンを掴むとエビピラフをまた口に含んだ。
微笑む両親に囲まれながらエコは涙を拭きながら美味しそうにピラフを食べていた。

「……一件落着ですかね」

外にいる隊員達まで少しハートウォーミングな気持ちになっていた。
これできっとエコも両親の暖かさを感じてくれるだろうと思った。

「……では。帰りましょうか?」

隊員達はエコの家を後にしようとした時、バンと扉が開いてエコがよろよろと隊員の方に歩いてきた。
真っ先にタイガが飛び出してエコを抱えてやると照れくさそうにエコは笑った。

「どうしたんだ? また何かされたのか?」
「ううん」

エコは手に持っていた白い花をタイガに見せた。
あの場所に咲いていた花。エコがどうしても積んで帰ると言っていた花だった。

「おねえちゃんたちにあげるの」

隊員達がやってくるとエコは手を伸ばして花を一本ずつ女子隊員達に渡した。
最後に一本余るとエコはそれをタイガの鼻先に差し出した。

「おにいちゃんにもあげるー」
「……お、おぅ」

タイガが小さなその花を手に取ると、空からチラチラと雪が降ってきた。
ニコニコしているエコを玄関先に座らせ、タイガはエコに背を向けた。

「……ちゃんとクリスマスパーティーやってやるからな」
「?」
「グリーン! 帰るぞっ!」
「ハイハイ……」

グリーンが5回手を叩くと隊員達を光の粒子が包む。
ピカッと光るフラッシュと共に隊員達はいなくなってしまった。

「エコ、どうしたんだい?」
「おねえちゃんとおにいちゃんにバイバイしたの」
「あら、雪ね。どうりで冷えると思ったら」
「さ、パーティーの続きだぞ。エコ」
「うん」

両親に手を引かれながらエコは隊員達のいた場所をドアが閉まるその瞬間まで見つめていた。














「はー……。なんとか上手い具合にいきましたね」
「お帰りなさい皆さん。やっぱりダメでしたか?」

みかんにかじりついていたてるてるは現れた隊員達の側にひゅんと飛んできた。

「え、あの。やっぱりダメでしたって?」
「現状、全然変わってませんよ」
「えぇっ!?」

隊員達は今までの苦労が走馬灯の様に蘇ってきてその場に崩れ落ちた。
もう何もしたくない。まるで燃え尽き症候群だ。

「元を正しても結局エコはグレるって事ですか~!?」
「仕方ないよ。あの親だも~ん」
「せめて、何でエコが暴れたかが解れば良いんですけどね~……」
「……多分。オレが、エコに送ったメールのせいかも」

タイガの一言に隊員達の目付は鋭くなった。

「……オレ、あいつからパーティしようってメール来たのに。返事で滅茶苦茶言ってさ」
「あんたかー! この一連の犯人はあんたかー!」
「だって、オレ。アイツがあんなにパーティに思い出があったんだなって知らなかったし……」
「いや、それは我々がやったからこそで……あぁ、もう! てるてるさん。メールを数時間前のエコに送ってやってください」
「はいはーい♪」

てるてるのステッキがタイガの携帯に触れると自動的にメールを送信した。
ホッと一安心な隊員達だったが、てるてるはこっそりグリーンに「¥7000」の紙を差し出していた。












「せんぱぁーい! おじゃましまーす!」

いつも見ているエコが数時間後にやって来た。
テレビを見る限りだと初めからエコの暴走は無かった物となっているようだ。

「タイガ先輩。ちょっと準備に時間がかかっちゃって。怒ってますか?」
「……大丈夫だぞ」
「はぁ、そですか」

いつもと違って少し優しいタイガの様子をエコは不思議に思っていた。
そこへてるてるがぬっと逆さまの状態でエコの視界に現れた。

「わっ!」
「ははぁ、貴方がエコさんですね」
「う、うん。お、オレがエコだけど……」

てるてるはコートの下から名刺を差し出すと、エコは怪訝そうにそれを受け取った。
そしてそのまま、帽子をちょいと上げて礼をして見せた。

「ぶしつけですいませんね。何かお願い事はありますか?」
「ふぇ?」

エコは腕を組んでうーんとしばらく唸るとチラっとタイガを見た。

「オレ、先輩と楽しくクリスマスパーティが出来たらいいかなぁ」
「よろしい。では叶えましょう」
「?」

てるてるは、キラキラとステッキから光の粒子を飛び散らせた。
エコとタイガがそれに包まれてポンとどこかに消えると隊員達はてるてるを不思議そうに見ていた。

「今年はエコだったんですか?」
「ハイ。まぁ、色々と不幸な子の様でしたし。今頃二人で楽しく過ごせてますよ」

邪魔物が一応いなくなった事に安心して隊員達はパーティーの準備を始めた。
隅っこでグレーが落ち込んでいるが誰もそれを気に止める事は無かった。

「ねぇねぇ。パーティはいつから始めようか?」

一足先にクラッカーを持ってはしゃいでいるレッドがグリーンにニコニコしながら話しかけていた。
グリーンはそれを少し鬱陶しく感じながらも適当に相槌を打った。打ったのだが……。

「……あれ、なんでレッドがここにいるんですか?」
「え?何が?」

グリーンの横にはレッドがいた。間違いなくレッドだった。
虎縞の帽子に星のペンダント。くりくりおめめに赤くない色。まさしくレッドだ。

「……」

グリーンはレッドの帽子を下に下げてみた。レッドは「ちょっと、なに?」と言うだけで帽子を被りなおした。
虎縞はどこにも無い。普通のレッドのままだった。

「アッー! れ、れ、れ、レッドがレッドですよ!」
「変なグリーンだね。 怪しい物でも拾って食べたんじゃないの?」
「……ま、まさか。エコがタイガとって言ったから綺麗に分離したんですかね」
「へぇ。上手い具合にいったね~」

隊員達がわいわい集まってきて何度もレッドの帽子を下に引っ張ったがレッドが怒るだけで、やっぱりレッドのまま。

「あぁ、本当のクリスマスプレゼントですね!」
「ねぇ、何? 僕、なんかしたのー?」
「さぁ、パーティーパーティー!」

レッドとグレーを置いてけぼりのままパーティーはまもなく始まろうとしていた。
と、ようやく忘れかけていたテーブルの上のプレゼントにブルーが気付いた。

「あ、待ってくださいっす。これこれ、ホランのプレゼントをまだ開けてなかったっすよ!」
「あぁっ、だ、ダメです! だめぇ!」

ブルー達は動揺しまくっているグリーンをよそにバッとリボンを解いた。
ハラハラと解かれたリボンが舞う中でブルーは箱を開けた。
どんな危ないプレゼントが出てくるのか、グリーンの苦しむ姿をニヤニヤして見たいSっ気だ。

「……あれ?」

だが、ブルーが取り出したのは小さなグリーンとホランのぬいぐるみだった。
隅にハートの付いた白虎柄のマフラーで二つのぬいぐるみの首が一緒に巻かれていた。

「なんだ。普通すぎてちょっとつまんないっすね」
「ホランが作ったのかな~。口が×だからなんか乙女趣味っぽいな」

ブルーに手渡されたプレゼントを受け取ったグリーンは想像していたより普通なプレゼントに
やや困惑してしまっていた。しかも、普通に可愛いのでなおさら困った。

「……うぅん。 ホランも変な時に真面目なんですねぇ」
「ま、良かったじゃにの。さ、パーティパーティ!」












一方、真っ暗などこかのビルのだだっ広いホールの中の中央。
銀色のイルミネーションが部屋中を覆っている。光のクリスマスツリーが目に痛い。

「せんぱぁい。 なんか変な所に来ちゃいましたね」
「そうだなぁ」

外には雪が変にゆっくりとチラついていた。遠くに街の光が星の通路みたいになって見える。
タイガは、今まで過去にいた時の情景と変に重なっている様な気がした。

「……せんぱぁい。どうかしたんですか?」
「ん、何でもない」

タイガの顔を覗き込むろうそくの炎がエコの顔の輪郭をハッキリとさせる。
テーブルには、あの時と同じようなフライドチキンやエビピラフやフライドポテトなんかが乗ってあった。

「せんぱぁい。オレの好きなエビピラフがありますよ。もう食べても良いですか?」
「なぁ」
「ハイ?」

エコは銀色のスプーンを掴んだままタイガを見た。
タイガは、目を逸らして「ごめんな」と謝った。エコはその言葉の意味が良くわからなかった。

「……お前、イチバン最初にクリスマスパーティーした時の事覚えてるか?」
「どうしたんですか? 先輩」
「覚えてるかって聞いてるんだよ」
「えーとえーと……。オレ、小さかったから良く覚えてないんですけどぉ……」

エコは淡い思い出を懐かしむように微笑んでいた。

「すっごい楽しかった事だけは、覚えてるんです」

挿絵

「……ふーん」

タイガは蝶ネクタイの中央を開けて小さな白い花をテーブルの上に置いて、薄い水色が光るグラスを持った。

「先輩、この花は?」
「お前のプレゼントだろ」
「?」

タイガはグラスの中を飲み干すと外を見た。雪は優しくゆっくりと降っていた。
エコは既にピラフを口に含んでタイガと同じ、外の雪を眺めた。静かな夜だった。

「……先輩。オレ、クリスマスパーティーって大好きですよ」

エコの首元の鈴が冬の街中に小さく鳴った。