第89話

『年が明けたらイカあげた』

(挿絵:ピンク隊員)

2008年、1月。遂に平成も20年目を迎え、何だかおめでたい気分になれる。
もちろんそれは毎年の事であるし、正月特有の空気、雰囲気でもあるのだが。

「あけまして、おめでとうございます!」

レッドもついウキウキしてしまい、メルマガ読者の方々に挨拶をしてしまう。
台詞だけでは解らないかもしれないが、レッドはとてつもない微笑みと共にこの言葉を貴方に送っているのだ。
事細かく描写をしたいのだが、いやはやどうして、めでたすぎて書けないのだ。

「やぁやぁ、レッド隊長。 あけおめことよろとしだまくれくれです」
「おぉ、そこにいるのはグリーン隊員。 めでたいねぇめでたいねぇ」

隊員達も正月の挨拶に本部へとやって来る。来ない隊員は来ない隊員で寂しいが、
彼ら彼女らは家族や友人達と一緒に幸福な正月を過ごしているのだろう。

「正月は楽しいのです!」
「あ、ガーネットも嬉しそうだね。日本で過ごす初めてのお正月だもんね」
「楽しいのだ!」

こうして、何事も無い幸福なお正月をまた迎えられるのもOFFレンジャー達が平和を守っているからだ。
他にもヒーローはいるだろうが、多分一番平和に貢献しているのはOFFレンジャーだろう。

「いやぁー! ぼかぁ、幸せだなぁ」

OFFレンジャーはとにかくもう幸せで幸せでたまらないのだ!

「……全然幸せじゃないのニャ」

挿絵

「何を喋っているんだ……」
「な、何でもないですニャ!」

お正月は公平な物でどんな悪人にも必ずお正月はやって来る。
ここ、ブラックキャット団でも例に漏れずお正月はやって来ている。が、お年玉も無ければ門松も飾る事は無い。
首領の方針もそうだが、今は浮かれている状況ではないのだ……。

「……猫猫よ」
「は、ハイですニャ!」

ここは、改造猫を製作する部屋。いわば改造室である。
様々な機械が置かれ、手術台らしき物もある。特にその範囲を広く取っているのが洗脳カプセルである。
だが、この洗脳カプセルの表面のガラスが激しく破壊されていたのだ。

「……これはどういうことだ」
「えーと、その、なんと申しますか、逃げちゃったようですニャ……。ハイ」
「……猫猫」
「は、ハァイッ!」

その破壊された洗脳カプセルの前に猫猫、写猫、獣猫の3人が横一列に並ばされていた。
そして、その前を鋭い眼光をチラつかせているウィックが左右に往復しながら歩いていた。
改造猫は、口を真一文字に結んで冷や汗をダラダラとがまの油を出すが如く流していた。

「……これは貴様の責任だ」
「ニャ、で、でも。 ウィック様は見張りはいらないと……」
「……猫猫」
「ごめんなさいですニャっ!」

猫猫はペコペコと頭を激しく振りながらただ、謝っていた。
だが、ウィックは怒りが収まらないのか猫猫の後頭部の毛をわしづかみにして猫猫の頭を持ち上げた。
あまりの恐怖に猫猫は泣いてしまいそうになる。いや、ここまで書いた所で泣いた。

「……ご、ごめんな、ごめんなさぁい……ニャぁ……ごめ、ごめなさ……ニャ……」
「改造猫を作るというのにはそれなりに費用が必要なのだ……わかるな」
「お、オレさまぁ……ごめさない……ごなめさいな……ごさめになぁさい……ニャ……」
「……今すぐ探し出せ。どんな事をしても良い。必ず探し出せ……良いな」
「は、は……はひ……」

掴んだままの猫猫の頭を思い切り放り投げるとウィックは黙ったまま部屋を出て行った。
猫猫は、恐怖に泣きながら床の上で泣いていた。写猫と獣猫は哀れむように猫猫の

「さすがに理不尽すぎる感じ」
「俺、怖かった」
「ちょ、ちょ、ちょっとちびっちゃったニャ……ニャぁ……ニャぁー……」

このように、猫猫の涙でBC団のお正月は迎えてしまったのだ。
そう、皆様お気づきの様に、今日の物語は彼ら改造猫3人組達の物語である。













やっぱりお正月の風景はのどかな物であちらこちらで凧を揚げ、コマを廻し羽根を突いている。
羨ましそうに改造猫達はその光景を幾度も涙を堪えて通り過ぎていた。

「良いニャぁ……オレ様も楽しい正月を過ごしたいニャぁ」
「せめて餅の一つくらい食べたいって感じ」
「早く探す、餅食う」

初めはなるべく積極的に探していた改造猫達だったが、正月のめでたいオーラを浴びている内にその足取りはドンドン重くなっていた。
お正月と言うこのイベントが悪の組織の構成員の心を重くさせるほどのポテンシャルを秘めているのだ。

「だいいち、どんな奴なのかも解らにゃいのにどう探せばいいのニャ?」
「俺が聞いたところだと、凄い怪力の持ち主って感じらしい~」
「俺、ビル壊す、聞いた」
「だったらどこかで暴れているかもしれないニャ」

改造猫達は辺りを見回すが、周囲は童謡に出てくるような古きよき日本のお正月風景だ。
なんとか遠くに見えるビルも、てっぺんにめでたく鏡餅をのっけてある。なんら異変は感じられない。
耳を澄ましても羽子板に羽の当たる耳障りの良い音や、どこかの家のテレビから流れるバラエティ番組の笑いSEが聞こえてくだけだ。

「……なんかオレ様、すっごいバカバカしくなってきたニャ」
「でも、探さないとウィック様に殺されるって感じ」
「ニャ! そ、それは困るニャ……」
「計画、全然、進まない」
「そうだニャ……全然進まないし、資金繰りだって……ニャぁ……」

涙を拭きながら改造猫達は黙々と歩いていた。そのとき、前方から楽しそうな声が聞こえてきた。

「あ、改造猫ですー」

そんな悲しい正月を過ごしている3人の前に現れたのはシェンナとクリームだった。
通常は敵同士だが、お正月ワールドの中にいるために敵対心も無く、二人とも穏やかな顔をしていた。

「OFFレンジャー! 何か用って感じ!?」
「別に用はないですー。用があったらそっちから来るのが筋ですよー」
「別にOFFレンなんかに用はないニャ! な、何だニャ!」
「なんかあなたたちカリカリしてるわね……今はお正月よ」

クリームの和やかな口調に改造猫達は言葉を詰まらせてしまった。
明らかに今改造猫の心の中にあるのは敵対心ではない、八つ当たりの心だ。

「シェンナたち、今からイカあげにいくんですよー」
「さっき、スーパーで安く買ってきたのよね」
「フンだニャ! イカなんて揚げられるわけ無いのニャ」
「タコあげなんか古いですー。 今のトレンドはイカあげですよー!」
「知らないのニャ! イカでもマグロでも勝手にあげてりゃ良いニャー! わぁぁぁぁぁ」

猫猫が泣き出すと写猫は鈴の付いた人形を、獣猫はガラガラを振りながら猫猫をなだめ始める。
シェンナとクリームはその様子を呆気に取られながら見ていた。もう、猫猫はいっぱいいっぱいだった。

「クリーム。早くイカさんあげにいくですー」
「そうね。せっかくのお正月だもの」

シェンナたちが去っていくと猫猫は少しだけ落ち着き、ヒクヒク言いながら二人に肩を支えられ歩き出した。

「悔しいニャぁ……オレ様だってイカあげしたいニャ……」
「気にするなって感じ」
「イカ、美味い」

猫猫の体は少しだけ軽かった。心労に心労が重なっていつか倒れてしまうのではないかと写猫は思った。
早く改造猫を見つけて帰らなければいけない。 とは、思うもののやはり正月気分の街を歩くのは辛かった。
せめて、猫猫に少しでも正月気分を味あわせてやればこの鬱さはおさまるかもしれない。
そこまで思ったとき、写猫の頭の中のひらめき電球が眩い光を放った。

「そうだ。猫猫、良い事思いついたって感じ!」
「何だニャ……?」
「まぁ、見てろ!」

写猫はベルトのバックルを押した瞬間、フラッシュが光った。
猫猫と獣猫は突然の眩しさに眼がくらんでいたが、ようやく眼が慣れてくると目の前にウィックが立っていた。

「にゃぁぁーーっ!? ウィック様っ! い、いますぐ探し出しますニャぁぁっ!」
「バカ、俺だ俺。写猫!」
「にゃ?」

ウィックの姿をしているがよく見れば写猫と同じベルトが付いていた。
猫猫は、安心すると共に意識までが飛んでしまいそうだった。

「ちょうど、ウィック様のネガが残ってて助かったって感じ」
「何で、ウィック様、なる?」
「へへ。 ウィック様には内緒でちょっと正月気分を味わおうぜって感じ」
「に、ニャ?」

ニヤリと微笑む写猫のウィックは本家本元と何の代わりもなく悪どい微笑だった。













『おぅ、こいつぁ良いどんぶりつかってやがるぜ、昔っから食い物は器で食わせろって言うからね』

一方オオカミ軍団では、食堂に集まって小さな小さな餅の入ったお雑煮を食べながら正月のお笑い番組を見ていた。
さすがの貧乏団体でも、正月くらいは少しだけ水準を上げているのだ。

「オイ、エコお年玉は貰えたか?」
「……うん」
「そっか、子供は良いよな~」

エコはひとかけらしかない餅を大事に大事に噛みながら物足りなさげに器を見ていた。
そして、しばらくするとポチ袋の中身を見た。中には1000円札が2枚と500円玉が一枚入っていた。これで十回も見ている事になる

「(去年は5000円だったのになぁ……)」

そんなエコの隣に、汁を並々に注いだお椀を抱えたボスが座ってきた。
エコは、ポチ袋をしまって少しだけ横にずれた。

「エコ、もう餅食ったのか? ダメだろ、汁で腹を満たして満たしてトドメに餅を食わないと」
「うん……あのさぁボス……」

エコがお年玉の事を言い出そうとするとボスは頭をポンポン叩いてエコに笑顔を見せた。

「クリスマスパーティは出来なかったけど、掃除がんばったから特別にお年玉やったんだからな辛気臭い顔するな」
「……う、うん」
「少ないけどこれでも結構奮発したんだぞ。 大事に使えよ」
「うん」

エコは結局金額の不満さを訴えることが出来ずおわんに残っていた汁を一気に飲み干した。
醤油を相当ケチっているのか味は薄めであまり美味しくなかった。

『おい、いくらでぃ。ヘイ、16文でございます。オぅ、16文だな。小銭が多くてかなわねぇや
ちょっくら手を出してくれ。ヘイヘイ。よろしゅうございますよ』

TVでは、落語家が何やら言っているがエコは全く面白さを感じられない。が、何やらニヤニヤとしているオオカミはいる。
エコのようなヤングボーイには落語の面白さはまだ解らないのだ。

『えーと、1、2……』

オオカミ達の一部でどっと笑いが起こるがエコは何が面白いのか全くわからない。
エコは、何が面白いのか理解に苦しみ隣のボスの腕を引っ張った。

「ねぇ、ボス何が面白いの? コレ」
「とりあえず、見てみろ」

エコは、再びTVを見た。だが、頭の薄い男が数を数えているだけにしか見えない。

『6、7、8……オぅ、今何時だい。へぇ、9時です』

エコは、つまらないなぁと思いながらそれを見ていた。
しかし、オオカミ達は何かを期待しているような雰囲気だけは感じられた。

『9時、9時ね。10111213141516っと、それじゃぁな。へい、まいど。とまぁこのようにして……』

オオカミ達はまた笑った。エコは笑えなかった。しかし、その代わりにエコの体の中に電撃が走った。

「す、すごい……!」
「おい、どうした? エコ」

エコは感動の眼差しでTVの中の頭だけでなく幸まで薄そうな落語家を見ていた。

「(これなら、お年玉少なくても大丈夫だ!)」

エコは、居ても立ってもいられなくなり食堂を飛び出していった。
その表情は興奮して赤くなっていた。気持ちはまるで大発見をした科学者の様。

「最近の子供は良くわからんなぁ……」

ボスが首をかしげながら汁をゆっくり飲んでいると食堂の入り口から改造猫達が現れた。

「たのもー」














「にゃはw オレ、ちょーど腹減ってたんだよな~」
「好きな物食べてくださいね。ちょっとくらい高くても大丈夫ですから」
「何だ? 金いっぱいあるのか?」
「えへへー。 実は良い作戦があるんですよ」

ホクホク顔のエコはタイガを連れてファミリーレストランに向っていた。
ちょうどお昼時から外れているためか店内は意外と空いていた。と言うよりガラガラだ。

「先輩、奥の席に座りましょうかー」
「おー」

少ない客はほとんど窓際の奥の方に固まっていた。
一番奥の席にエコとタイガは座ったが、席の前でには、何やら険悪そうな雰囲気の男3人が座っている。
そして、隣は頭にバンダナを巻いた頬に変な模様のある男だった。どこかで見たことがあるなとタイガは思ったがそれっきりだった。
周りの雰囲気は最悪だが、食事に集中すれば別に困ることも無いのだ。

「タイガ先輩は何食べますかぁー? オレ、迷っちゃってるんですよー」

エコは、メニューを開いてタイガに差し出した。
ファミレスのメニューは決まっているもんだがやっぱりファミレスといえどもバカにできなくてメニューは豊富だ。
ここは、豪華でなおかつ腹もたまり正月らしい丼物にするのが一番だとこういう時にフル回転するタイガの脳は分析した。

「そうだなぁ~。天丼でも食うかな」
「あ、じゃぁオレも天丼にします」
「やっぱカツ丼にするかな。勝つだから縁起ってもんを担げるんだぞ」
「良いですねぇ。じゃぁオレもカツ丼にしますよ」
「おぉ、これ美味そうだぜ! 海鮮丼に決めた」
「美味しそうですねぇ。じゃぁオレも海鮮丼にします」

結局二人は海鮮丼とえびピラフを注文し、食事が届くまでのんびりと外の風景を見ながら待つことにした。
エコはぼーっと外を見ていたが、タイガは通りかかる女性を好みか好みじゃないかを延々と語っていた。

「おまたせしましたー」

すると、さすが客が少ないために海鮮丼とえびピラフはすぐさま届けられた。
エコは美味しそうにほお張り始め、タイガも具を美味しそうに食べ始める。
幸せなひと時に二人の間は無言だった。本当に幸せなとき、人は何も言わない物なのだ。

「だから、何で辞めるんだよ」
「さっきから何度も言ってるじゃねーかよ」
「ふざけんな!」

すると、静かな正月のレストランで唯一険悪な雰囲気をかもし出していたタイガらの席の前にいる3人組が目立ってきた。
タイガは、舌打ちをしてその方向を睨んでいた。エコは好奇心満々にその様子に聞き耳を立てていた。
よく見れば隣の変なバンダナ兄ちゃんもそっちを見ていたので安心した。

「もう、こんな独裁政治みたいな状況耐えられないんだよ」
「何だよ。俺はお前らの事だって考えてやってるだろ」
「大学創立の代から先輩達が受け継いできたサークルだからこそ黙っていたがもう我慢の限界だ」

エコは聞き耳を立てているだけだったが、ドロドロな雰囲気大好きな部分が変に主張を初めて、
首が回り、体も回り、すっかり覗くような体勢になってしまった。

「お前らがやめたら俺だけになるじゃないか。もう少し考えてみろよ」
「考えれば解るだろう。最初は20人いたんだぞ。お前が長になるまではな」
「あいつらは、俺の考えを理解できないクズだったからだろ」
「そこさ、お前は話し合いと称して結局自分の意見を押し付けるだけで、譲歩とか妥協って事を知らないんだ」

エコは口に咥えたままのスプーンを知らずうちに噛んでいた。
もちろん、言っている意味はそんなに解らないのだがどんどん険悪になる状況にエコのやじ馬根性はうなぎのぼりだった。

「とにかく、俺達は一年も我慢したんだ。そろそろ開放してくれないか」
「何だよそれは。俺が束縛していたみたいな言い方しやがって」
「束縛してたんだよ!」

遂に、向かい合っていたうちの大人しそうなメガネの男が机を叩いた。
エコは、ドキドキしながらその行く末を見ていたがスプーンを強く噛みすぎて歯が痛くなった。

「よく、1年もお前みたいな奴といられたもんだ。どこに行っても自慢できるよ」
「何だと!」
「もう、二度と会わないだろう。それじゃあな」

メガネの男は500円玉を机にたたきつけるとレストランを飛び出していった。
残った太めの男も500円を置いてその男の後を追いかけていった。

「クズどもが! お前らは俺の言う事だけ聞いてれば良いんだよ!」

残された男の叫びでドロドロ険悪な状況は終わったようでエコはエビピラフに体を向きなおした。
すると、タイガは既に海鮮丼をご飯粒一つ残さずに平らげて、残った水を美味そうに飲み干していた。

「ぷはー。うまかったぜー。帰るぞー」
「え、ちょっと待ってくださいよー。オレ、急いで食べますからー」

エコは、スプーンを素早く動かしてエビピラフを口の中に次々と押し込み、飲み込んでいく
おかげでまったくエビピラフを食べた感じがしない。なんだか損したような気もする。

「げぷ、お、終わりました」

ご飯粒をいっぱい残したお皿にエコはスプーンを放り投げた。
タイガは、待ちくたびれたように立ち上がり、出口の方に歩き出していた。

「オレ、先に出てるからな」
「あ、はーい」

エコはサイフを出しながらテレビで見た落語の事を思い出していた。
しっかり覚えている。あれを何度か繰り返せば200円くらいは得できる。エコは思わず笑みがこぼれそうになった。

「お会計おねがいしまーす」
「はい。えーとお二人でちょうど860円です」
「細かくても良いですか?」
「良いですよ」

エコは、100円玉だらけのサイフの中をニコニコしながら見つめて一枚ずつ手に取り受け皿においていった。

「1枚、2枚、3枚、4枚、5枚、6枚、7枚、8枚、あ、今何時ですかー?」
「えーと、1時ですね」

エコはしめしめ、と思いながらサイフから100円玉を取り出した。

「1時ですかぁ。1時なんですね。あ、そうだお金お金。2枚、3枚、4枚、5枚、6枚、7枚、8枚……あれ今、何時って言いました?」
「1時ですよ」

エコは、また、わざとらしく首をかしげながら店員に時間を聞いた。
店員は再び時計を見ながら優しくエコに教えてくれた。

「ありがとうございまーす。1時1時……あ、お金忘れてた。2まーい、3まーい……」














そしてまたまた、ほとんど時を同じくして改造猫は。

「美味かったニャぁー……」

お腹を汁で満たして満足げな改造猫たちは、ゆっくりとオオカミ軍団のアジトから出てきた。

「どうだ。 資金援助してやるとか言えばすぐに差し出したって感じ」
「さすが、写猫だニャ。 お陰で楽しいひと時が過ごせたニャ」
「モチ、うまい」

心かお腹のどちらかを満たせば人は気分が良くなる物だが、お腹の満足は心に比べて異常に減りが早い物。
最初は、楽しく談笑していた3人だったが、徐々にお腹が空っぽになるにつれ寂しさが増していった。
さらに追い討ちをかけているのは、世間の楽しげな正月の風景だ。

「ニャぁ……そういえばオオカミ軍団のヤツラ楽しそうにしてたニャ……」
「ホームドラマみたいに貧しくても楽しく生きてるって感じ~……だったなぁ」
「正月、らしい」

3人の目にじんわりと涙が浮かんでくる。だが、悪者としてここは泣き顔を見せてはならない。
なんとか写猫と獣猫は堪えた物の、一番感情的な猫猫だけはぷるぷると震えていた。

「ニャぁ……ニャぁぁ……みんな楽しそうにしやがってぇ……悔しいニャぁ……」
「猫猫、落ち着く」
「周りを見るなって感じ。そうだ、上を向こう」

挿絵

写猫は、猫猫の顔を上に向けたまま歩き出した。
これなら涙も零れないし、空を向いていれば余計な物も目に入らない。
と、思いきや猫猫の顔を掴んだ写猫の両手に冷たい物が触れた。

「ニャーっ! ニャーっ! イカが空に! 空にイカが飛んでるのニャー!」

空に浮かんだイカを指差しながら猫猫はギャーギャーと泣き始めた。
クネクネと10本の足を動かしながら他の凧と一緒に空を自由に飛び回っているイカはまさしくシェンナの持っていたものだ。

「もう、滅茶苦茶にしてやるニャー!」
「猫猫! しっかりするって感じ」

暴れる猫猫を写猫たちが抑え始めた。猫猫は、タコ上げ会場に進もうとする。
だが、行かせてしまえば猫猫は余計暴れてしまう。二人はなんとしても食い止めようとする。

「わーーーーっ!」

と、急に猫猫が目指していた方向から物凄い騒ぎが聞こえてきた。
そしてあんなに空に浮かんでいた凧達も風に飛んで行った。

「な、何だ?」

写猫が気を取られていると猫猫は駆け出してしまった。
写猫と獣猫も急いでその後を追いかける。

改造猫らが川原に付くと、地面が捲れ上がっていたり草が空中を舞っていたりと不思議な光景があった。
凧揚げをしていたらしい子供らが泣いていたりする。その中にシェンナとクリームを見つけた。

「ニャァァ! オレ様にもイカでもナメコでもあげさせろニャー!」

怒りの猫猫が二人に怒鳴り散らしていたのを取り押さえて大人しくさせるとシェンナが猫猫の頭を踏んだ。

「な、何するニャ!」
「シェンナ、イカあげ終わったらイカ飯にするつもりだったんですよー!」
「……シェンナ、今は何やってもいいわ」

シェンナはぷんすかぷんすか、そしてクリームはじっとり怒っていた。

「ま、待つって感じ! 俺達は何もしてない!」
「嘘付くなですー! 嘘吐きは明日の友ですよー!」
「シェンナ、根本的に違うわよ」
「ホントだー! 俺達はオオカミの所で雑煮食ってた感じー」
「オデコにBC団のマークがあったですー」

シェンナは猫猫の頭の上に片足で乗りながらクルクルと回り始めた。
写猫は獣猫を見たが無表情に首を振るだけだった。よく考えれば一緒にいた訳だから当たり前だが。

「ハッ、もしかしたらソイツがアジトから逃げた改造猫だニャ!」
「また新キャラですかー。覚えられないですー」
「ソイツ、どこ、行った」
「聞くまでも無いですー」

シェンナが指差した地面にはクッキリとえぐれた地面が一直線に伸びていた。
どんな怪力の持ち主なのか、改造猫は不安だったが何とも早く連れて行かなくてはならない。
シェンナを押しのけて3人はその地面に沿ってドテドテと走り始めた。

「シェンナもイカさん追いかけるですー」
「仕方ないわね……」















タイガは、エコが店を出るなり火が付いたように泣き出したのでビックリした。

「うわあぁぁぁぁぁぁん! うあぁぁぁぁぁぁぁん!」
「な、何だよイキナリ! オレ何にもしてないぞ」
「お、お、おとしだま全部なくなっちゃったんですよぉー! ふぁぁぁぁん!」

エコの手には口が開いたサイフがだら~んと頼りなさ下に垂れ下がっていた。

「い、いくらあったんだ?」
「に、2500円です……」
「オレ、そんな高いの食ってないぞ」
「じ、実はですねぇ……かく、かくのしか……じかなんです……うぅ」

白い息を吐きながら涙ぐむエコの頭を撫でてやりながらタイガはエコの話を聞いていた。
テレビで見た儲けのテクを実践して500円ぐらい得するはずが、気づいたら全額取られていたと言う事だった。

「ふーん……。そうだったのか」
「お、オレ……残ったお金で……ミドリガメを、買うつもりだったんです……うぅぅ……」
「バカだなぁお前。算数ってのは難しい物なんだぞ。10と10たしたら20で、でっかくなるだろ」
「うぅ、算数って怖いんですねぇ……せんぱぁい」
「そうだぞ」

その時、向こうからバタバタと改造猫とシェンナ達がやって来た。
タイガは、何かあるのだろうかと後ろを向いたりしたがエコがタイガの腕を掴むので上手く振り返れなかった。

「ニャ、ニャぁ……オイ、こっちに変な奴が来なかったかニャ!?」
「お前とか」
「そうじゃないニャ! もっと変な奴だニャ!」
「……後ろのお前」
「俺、変、違う、違う……」

何故か落ち込む獣猫をなだめる改造猫をよそにシェンナとクリームの存在にタイガは気づいて笑顔になった。

「あ、シェンナちゃん達も来てたんだー。にゃはw」
「シェンナ達、イカあげしてたんですよー」
「にゃはw オレ達は、飯食ってたんだー♪」
「そんなのどうでも良いのニャ!」

楽しげに談笑しているタイガ達の間に改造猫達は無理やり割って入った。
タイガはその行動に見るからにムッとしているのが改造猫にも解った。

「と、とにかく、見たか見てないかを聞きたいのニャ…」

思わず、口調をやわらかくしてしまった猫猫に後ろの二人も釣られて萎縮した。
タイガは、腕を組みながらこれぞとばかりに背伸びして3人を見下ろす様にした。

「な、何ニャ…!」
「お願いします聞かせてくださいだろ~?」
「ニャにっ!」
「別に良いんだぜ~? 言わなくてもさ。でも、困るのはお前らだろ?」
「ニャ、ニャんだとぉー! 言わせておけばー!」

猫猫がタイガに掴み見かかるのを写猫達が必死に止める。
タイガは、その光景を一目も見ないで鼻歌交じりに耳をほじくっていた。

「猫猫、ここはやっぱりこっちが譲歩するしかないって感じ」
「や、ヤダニャー! 悔しいニャー!」
「頼む、だけ」
「オレ様だってプライドがあるのニャー!」
「ウィック様」

写猫の一言で愚図っていた猫猫の体は急速冷凍みたいに固まった。
脳髄の奥に刻み付けられた電気信号が猫猫の体中に駆け巡る。上の為上の為……。

「し、仕方ないニャ……」
「土下座だぞ!」

タイガも調子にのって煽りに煽る。猫猫は唇を噛締めながらエイヤとばかりに地面に正座した。
他の二人も躊躇なくそれに続く。しばらく猫猫の頭は下がりかけたり元に戻ったりだったが、遂に頭は地面と密着した。

「お、お願いしますニャ……教えてくださいニャ」
「お願いしますって感じ」
「お願い、する」

タイガは目の前の優越感に満足したのかにゃはにゃは笑っていた。
それを目の当たりにしながらエコも「カッコイイなぁ…」と、タイガへの憧れをますます募らせていた。

「じゃ、教えてやるぞ」
「あ、ありがとうニャ! 助かるニャー」
「おう、えーとな。オレはそんなヤツ見てないぞ!」

タイガの満足そうな笑顔での回答に猫猫は再び固まってしまった。
すると、何か筒状の物が切れるような音がして猫猫はタイガに掴みかかった。

「ふざけんニャー! オレ様をここまでコケにしてくれた癖にー!」
「何だよー! 見たかどうか知りたかったんだろ!」
「あそこまで焦らされたら誰だって見たと思うニャ! この野郎!」

猫猫が思い切りタイガの腹部に蹴りをかますと、タイガの野生の血が少々騒ぎ始め、
仕返しだと言わんばかりに猫猫の右頬を思い切り殴った。

「やったニャー!? オレ様、親にしかぶたれたことニャいんだぞー!」
「じゃぁ、もっと殴ってやるぜー!!」

レストランの前で猫と虎の世紀の戦いが始まったが、勝負は一分程度で決着が付いた。
砂煙の中からボロボロになった猫猫の頭を踏んづけて、高々に笑っているタイガが現れたのだ。

「にゃははーw 猫なんかにオレが負ける訳ねーんだよ!」
「うわぁ! さすがタイガ先輩!」
「悔しいニャぁ……」

タイガの足の下から猫猫を救出する二人だったが、猫猫のネガティブスイッチは完全にONになっていた。
猫猫は、メソメソ泣きながら写猫の胸に顔をうずめていた。

「オレ様、何で正月早々こんな目に合わないといけないのニャ~!」
「猫猫……皆まで言うな。俺だって、何でこんな事を……って感じ」
「……俺、腹減った」

猫猫に釣られて二人の周りにもどす黒いオーラが渦巻き始める。
徐々にそのオーラは三匹の体を徐々にアスファルトに引っ張り、とうとう3匹は地面に座り込んで泣き出した。

「俺達もお正月を楽しみたいよーっ!」

挿絵

シェンナやクリーム、そしてタイガまでその様子を気まずそうに見ていた。
一応、悪の組織でオオカミ軍団より悪の道を歩んでいる団体の一員らがここまでになるのだ。

「も、もう嫌だニャー! オレ様こんなの耐えられないのニャ。BC団を辞めてやるニャ!」
「ね、猫猫、それはさすがに!」
「イイヤ、もうオレ様決めたニャー! 皆も一緒に辞めるよニャ!?」

猫猫は決心したように立ち上がり、二人を見たが二人は困惑していた。

「俺も辞めようか……あ、だ、ダメだ。頭が痛くなってきたって感じ」
「頭、ズキズキ」
「耐えるのニャ! 頭ズキズキを乗り越えれば吹っ切れるニャー!」

すっかり3人の熱血な世界を傍で見ている隊員らは呆れて帰ろうとし始めていた。
もちろんそれでこの話が終わるはずはなく、重要人物がそこにやって来た。

「……何やら面白そうな事をやっているな。猫猫よ」

レストランから出てきたバンダナの兄ちゃんが3人の前に立つと3人まとめて急速冷凍されてしまった。
姿を見ずとも誰だか3人がイチバン解っている。

「う……ウィック様、ど、どうしてここへ」
「周囲の偵察だ」

バンダナを取ると額にハデな色の逆三角マークが現れた。
この悪そうな目をしている兄ちゃんこそが3匹のボスであるウィックその人だった。

「……さっき俺には、辞めるとか何とか、そう聞こえたがな」
「め、め、め、め、滅相もありません」
「き、きっと聞き間違いですニャ!」
「そうか。それなら良いんだが……聞き間違いをする様な事を言う奴は見過ごしておけんな」

涙を流していた3匹、今度は全身から冷や汗を流しながらお互いを抱き合ったまま固まっていた。
ウィックは3匹にゆっくりと近づいていった。ますます3匹は顔面蒼白になる。

「好きなほうを選ばせてやる。俺に始末されるか、ここにいるコイツらを倒すか……さぁ、選べ」
「ニャ、そ、それはもちろん! 倒しますニャ!」
「オイ、勝手に決めんなよ! クリームちゃんらに手を出したら許さねーぞっ!」

空気を読まずにタイガがウィックに詰め寄ると一目されただけでタイガは無視された。
先ほどの優越感から一変し、偉そうな奴に小馬鹿にされるとムカつき度も倍だ。

「無視すんなー!」

鋭い爪を振りかざすがウィックも一組織のボスだけあっていとも容易くそれを避ける。
余裕げなウィックの笑みを見てタイガも負けていられない。本気になり始めていた。

「食らえー!」

思い切り飛び上がり、ウィックの頭上から爪を振り下ろす、ウィックは右に避ける。
タイガの腕は右へ、ウィックは飛び上り左へ。タイガは右に動き始めた体を捻って一気に左へ腕を振り下ろす。

「フッ」

ウィックは背後に移動しタイガの背中に電撃を食らわせる。
苦痛に顔をゆがめ始めているかと思うとタイガが一瞬にして消えた。
ウィックはそれに一瞬焦りの様子を見せたが、すぐさま飛び上がろうとした。その時!

ベチャッ

上空から落下してきた謎の物体がウィックの顔面に突然張り付いた。
ウィックの体はバランスを崩して地面にお尻から落ちた。

「あ、シェンナのイカさんですー」

ウィックの顔面にはイカが元気よくうねうねと動きながら張り付いていた。
立ち上がろうとするウィックだったが、背後からタイガの爪が一瞬にして飛び出した。

「!」

ウィックの首筋にタイガの爪が伸びている。タイガは勝利を確信した笑みを浮かべていた。
だが、ウィックは怯む事はしなかった。ただ面白い物を見たかのように笑うだけだった。

「なかなかやるようだな……良いだろう……ここは、俺が身を引こう」

そこまで言いかけると顔面のイカはウィックの顔に墨を吐き、真っ黒になった。

「……」

ウィックはイカを引っぺがして放り投げ、タイガから離れると3匹の前に向っていった。
生気が半分抜けかかっている改造猫らにウィックは言い放った。

「帰るぞ」

3匹は最初何を言っているのか解らなかった。
だが、時間がたつにつれその言葉がハッキリと脳みそに伝わってきた。

「ニャ、ニャニャ!? 逃げた奴はもう良いんですニャ!?」
「俺たち、もうすぐ捕まえられそうって感じですのに」
「……放っておけ。どこかで勝手にくたばるだろう……」

3匹からは安堵の深い深い息が間欠泉の如く漏れていった。

「……それに、新しい改造猫の候補も見つかったしな」
「ニャ?」
「帰るぞ……」

ウィックはバンダナを再び頭に巻くとスタスタと足早に去っていった。
3匹はすぐさまその後を追いかけ彼らの姿も見えなくなった。

「せんぱぁい! カッコ良かったです! お、オレ、感激しちゃいましたー!」
「お、おぅ……」
「良かったですー。イカさん活きが良いですー」
「にゃはw シェンナちゃんのオカゲだよー♪」

タイガがイカを拾い上げるとスミがぼとぼとと地面に落ちていた。

「これじゃぁ、上げたらカッコ悪いですー」
「どっちみち、イカ揚げも終了よ」
「じゃぁ、帰ってお刺身にして食べるですー」
「刺身!? にゃはw オレも食べる食べるー♪」

タイガは刺身の一言にニコニコしながらシェンナ達の後を付いていった。
お正月の後半戦はまだまだ始まったばかりだ。
















その日の夜遅く。
改造猫3人組は、薄暗い部屋の前でボロボロになった改造室の掃除を行っていた。
とっくにウィックは寝ており、眠いのだが監視カメラで録画されている為に休めない。

「ニャぁ……やっぱりBC団しかにゃいんだニャ……」
「ウィック様をあそこまで怒らせても俺達無事なんだから変な感じ」
「黙る、掃除、する」

3人は、同時に溜息を付きながら目の前のカプセルを見つめた。

「しかし、こんな奴どっから見つけて来たって感じ~?」
「ま、新しい奴が入ってくるんだからコキ使ってやれば良いニャ」
「後輩」

カプセルの中には眠っている紫色の猫が入っている。額にはBC団のマークが入っていた。
3匹にはその猫の口元が恐ろしい企みでも考えているかのように微笑んでいるように見えた。

挿絵