第90話
『解散!?オオカミ軍団』
(挿絵:ブルー隊員)
延々と吸い込まれそうな闇が続く廊下。その突き当たりに行くと、漆黒の鉄扉が待ち構えている。
その中こそが悪の組織ブラックキャット団のアジトである。
「……計画は、相変わらずはかどっていない様だな」
淡い青の光が壇上の首領、ウィックの輪郭を浮かび上がらせた。
まるで、闇の中から現れたかのように音も無く。そして、それを見つめる段下の3つの影。
「ニャ、ニャぁ……以前よりかはペースが上がっておりますニャ」
「だから、この調子で行けば5年後には確実って感じに……」
「フ、本当に頭が悪い奴らだネ。ウィック様は早急に完成させろとおっしゃっているんだ」
その言葉に3人は焦りの色を見せる。ウィックは笑みを浮かべてその3人の奥の影を見つめていた。
闇の中に浮かぶ紅い瞳。その瞳は何も言わずしてウィックに語りかけていた。
「良し……全て貴様に任せよう。コイツらは好きに使え」
「ニャ、そ、そんな!」
「……貴様らのこれまでの失態を忘れたというのか?」
「ニャ、う、ニャぁ……わ、わかりました……」
「せいぜい、足手まといにはならないようにネ」
「ニャ、ニャに!?」
3人の嫉妬の火花を正面から受けながら新たな4人目は、ゆっくりと跪いた。
「必ずや、計画を遂行させましょう。 我が首領、ウィック様の為に……」
「……期待しているぞ」
「にゃはははははははははw」
「や、やめてよー! 返してよー!」
「にゃははw ピンクちゃんコレ見てよー!」
一方がシリアスならばその反対はコメディだった。
OFFレン本部では、タイガとレッドの似たものコンビが一冊のノートで一騒動起こしていた。
「なぁにこれ?」
「辞めてよー! タイガー!」
「コイツが考えたヒーローの設定ノートだって、笑えるんだよー。にゃはw」
ボロボロになっている大学ノートをピンクに渡すと隊員達はそこへワッと集まってノートの中を見た。
中にはスーツのイラストが5人分書いてあり、次のページでは設定がビッシリ書いてある。
「何々、キラキラ戦隊ギャラクシーV?」
「わー! やめてよー!」
「あ、見て。ギャラレッドの必殺技。『キラキラ正義フラッシュ』だって」
「安易な」
「やめてってばー!」
ノートを奪い取るとレッドはふて腐れながらノートを抱きかかえソファに座った。
「ヒーローがヒーローの設定考えたって良いじゃん!」
「まぁまぁ、誰にだってそう言うの考える時期だってありますし」
「恥ずかしいポエムとかね」
「ポエムかー。 笑えるんだろうなー。他の奴の部屋探してみるかなー。にゃはーw」
「まぁ、レッドの場合、架空のヒーロー設定だけマシだけど」
腹を抱えて笑うタイガに苛立ちながらレッドはノートを抱えたままドアに向っていった。
「あ、レッド。気にしなくても大丈夫ですよ。誰にだって恥ずかしいノートとか日記とかある物なんですから」
「もう良いよ。部屋でCDでも聞くからっ!」
ドアを乱暴に閉めてレッドはリビングを出て行った。
残された隊員は、苦笑いをして顔を見合わせていた。タイガだけはまだ笑っていた。
すると、消えていっていた足音がまた近づいてきた。今度は何だろうと思いながらリビングの扉は開かれた。
「せんぱぁーい。 こんにちはー」
扉が開くとレッドかと思えばいつもの様にエコがリビングへと入ってきた。
笑っているタイガを見つけてトコトコとこれまたいつもの様に近づいてきたが隊員達はエコの姿に些細な違和感を感じた。
「お、おぉ……」
その違和感はタイガも感じたようでエコの顔を見ていた。
エコは不思議そうにしていたが隊員らもタイガもエコの額に注目していたのだった。
「そ、それどうしたんだ?」
エコのおでこには赤と黄色の逆三角模様が付いていた。このマークを見て連想するのはたった一つだけだ。
ようやく、隊員らの反応の意味が解ったのかエコもポンと手を打ってオデコを撫で始めた。
「これですかぁ? 先輩! 似合いますか?」
「な、なんでそんなの付けてるんだ?」
「あ、そういえば先輩に言ってませんでしたっけー」
「?」
「実は、オオカミ軍団がBC団と一緒になったんですよ」

エコの言葉にタイガより先に隊員らが「えぇっ!?」と驚いた。
悪の組織にもそんな生々しい現象が起こるのかと、シビアな現実をまざまざと見せ付けられたようで変な気分になる。
「で、オレやオオカミもマークつけるようになったんですよ。人数が多いからシールですけどね」
「ふーん。 そ、そうなのかぁ、大変だなぁお前も」
「ハイ。オレ、BC団になっちゃいましたけど、先輩はずっとオレの先輩ですから安心してくださいね!」
「お、おぉ……」
エコは、何事も無かったかのようにタイガの横に座った。
なんだか、急な衝撃が来たせいで隊員らもエコのおでこを見たままになっていた。
「あるんですねぇ。悪の組織にも……吸収合併が」
「ホント、なんか可哀相な幕切れだったねぇ」
「タイガくんは、良いの? 挨拶に行かなくて」
タイガは、パープルの言葉にポカンとしていた。それはまさに「何で?」と言うリアクションだ
「一応、オオカミ軍団が実家みたいな物だし」
「えー。 オレ、パープルちゃん達がいるからこっちの方がいいや。な?エコ」
「そうですねぇ。 どっちみちアジトはもう無くなっちゃいますし」
「だよな~。にゃはははw」
と、楽しげに笑っていたタイガだったが急にその笑顔は消えうせてしまった。
じわじわと嫌な予感や不安が染み込んで来ている様子がタイガの顔に表れ始めている。
「……お、オイ。 今、アジトがなくなるって言ったか?」
「ハイ。言いましたよ。ボスは埋めるかもとか言ってました」
「な、なにー!」
タイガは突然立ち上がり、叫び、そして震えていた。
隊員達は、やっぱりタイガでも実家がなくなるのは耐えられないのかと少し安心した。
「ヤバイ! アジトにオレのお宝コレクションいっぱい隠してるんだぞ!」
すぐさま隊員は脳内で前言撤回をした。タイガは珍しく動揺しており頭を抱えてソファの前を行ったりきたり。
「ヤバイ……ヤバイ……あれが無くなったらせっかくの苦労が……」
「エコに取って来て貰えば良いじゃないですか」
「ダメだ! 絶対コイツ忘れて全部持ってこないぞ」
エコがしゅんとしているのを気づかないままタイガは頭を抱えてヤバイヤバイと呟いていた。
AV>実家なのはタイガらしいといえばらしいといえるかもしれない
「普通に、アジトに行けばいいと思うよ」
ライトブルーがひょっこり飛び出してタイガに助言するがタイガは納得しないみたいだった。
「今更オオカミの前に出るのもな……クソー! どうすりゃ良いんだー!」
「あ、大丈夫ですよ。もう、片付けも終わってみんなBC団のアジトに行ってます」
「ホントか!?」
「オレ、オオカミ達と一緒に出ましたから。間違いないですよ」
タイガは、天の助けと言わんばかりに胸をなでおろすとエコの手を掴み部屋を飛び出していった。
「じゃぁ、急いで運ぶぞ! 付いて来い」
「はい!」
オオカミ軍団のアジトはタイガの記憶となんら変わり無くそこにあったが、
中に入ると空っぽな雰囲気がひしひしと感じられた。
部屋の前には「不用品」と書かれたダンボールがいくつか積まれていてそれを不安げにタイガは見ていたが
エコから「先輩の物は捨てないようにしましたから大丈夫ですよ」と言われて安心した。
タイガの部屋に入ると中は虎縞の壁紙とガラクタばかりで寂しかった。
寂しがってもいられないので、タイガはエコに踏み台になるように指示し、天井板の奥から金色のビデオテープを取り出した。
「うわぁ、綺麗なビデオですね。先輩」
「これは500名限定のビデオだぞ。プレイがすげーから隠してたんだ」
タイガは部屋のガラクタの中に紙袋を見つけ、その中にビデオを入れてエコに持たせた。
それからタイガは、床下からDVDを3枚、さらに次はコンセントを外してCD-ROMと宝探しの様に次々と取り出していった。
「オレ、こんなにいっぱい隠し場所思いつけませんよー。 さーっすがタイガ先輩!」
「にゃははw オレは、ホントーは頭が良いんだぞ。覚えとけよ」
タイガはそれから食堂に向かい、テレビの裏からエロ本を一冊、椅子の足の中から薄い写真を5枚程。
タイガはエロ方面になるとバツグンの記憶力を発し、紙袋はあっという間にパンパンに膨れ上がった。
「さーてと。 これでもうほとんど見つけたかなー」
「じゃぁ、帰りましょうか」
「あ、いや、待てよ。 まだ集会場の方にDVDあったなー」
「じゃ、早く取って帰りましょう」
タイガは集会所にスキップを踏みながら歩いていった。エコは重い荷物を持ちながらフラフラと付いていく。
集会所の前についたタイガは勢い良くドアを開けた。
「よーし! 最後のお宝だぜー!」
と、ここまでは良かったものの。タイガは目の前の光景に唖然としてしまった。無人と化しているはずの集会所は灰山、茶山の人だかり。
一斉にこちらを振り返ったのはオデコにBC団マークのシールを貼り付けているオオカミの群れ、群れ、群れ。
「せんぱぁーい、見つかりましたかー? って、わっ!」
呆然としているタイガに追いついたエコも目の前の光景に驚いて紙袋を地面に落としてしまった。
いないと思ったはずがオオカミがここに大集合していたのだ。
驚いたのはザコオオカミ達も同じようでアチコチから「タイガ様?」「タイガ様だよなぁ」と言う声が聞こえてきていた。
「……タイガじゃないか。 どうしたんだ」
ザコオオカミの中から、やっぱり額だけでなく頬にまでマークの付いたボスがやってきた。
タイガは、さらに動揺しながら目をキョロキョロとしていたがボスにポンと頭を叩かれるとタイガは恐る恐るボスを見た。
「あ、あのな……これはな……かくかくしかじかでな……その、言う機会がなくて……」
「そうか。大変だったな」
ボスの反応が優しかったのにタイガは安心して今度はしっかりとボスの顔を見れた。
「お、オオカミ軍団、無くなるんだってな」
「あぁ、でもこれも考えた末の決断だ。 俺なんかボスからオオカミ部隊長に格下げさ」
「ボスも大変なんだな」
「このなんかマーク付けろとか言うのはまだ慣れないが……まぁ、なんとかやっていくさ」
ボスがフッと笑うとタイガも笑みがこぼれてしまった。安心できる実家である事はやはり変わりないのだ。
「所で、何をやってるんだ? ここで」
「アジトの最後の集会みたいなもんさ。 お前も聞いてくか? もうすぐウィック様もいらっしゃるぞ」
「……もう来ている」
タイガの背後からウィックが現れた。タイガは雰囲気すら感じず驚いてウィックから離れた。
ウィックはタイガを一見して「貴様も来ているのか」と呟いた。
「これは、ウィック様。よくぞいらっしゃいました」
「……あぁ」
「こら、エコ! お前も挨拶しろ」
エコもボスに促されてウィックに頭を下げた。他のオオカミらもそれに続いた。
「そうだ。 せっかくウィック様もいらっしゃったんだ。なぁ、タイガ」
「ん?」
ボスはタイガの背中を押してウィックの前に押し出した。ウィックの目がかすかに皮肉な笑みを浮かべる
「ウィック様、タイガも我々の仲間ですし。 BC団に入れてやってもらえませんか」
「ちょ、ちょっと待てよボス!」
「どうした?」
タイガはボスの手を振り払い、蝶ネクタイを伸ばし始めた。
「オレは、こーんな奴がボスの所なんか入りたくねーよ」
「ば、馬鹿! ウィック様に何と言う事を……申し訳ございません!」
「……フッ、活きの良い奴は嫌いじゃない」
「第一、オレがここに来たのはなー」
タイガは集会所の隅の床板からエロ本を取り出してそのまま紙袋に放り込んだ。
「このエロ本を取りに来ただけだぞっ!」
「……帰って来たらどうだ。 BC団傘下とは言え、基本的には今までと変わらない」
「で、でもなぁ……」
「良いじゃないですかぁ先輩。オレも戻ってきて欲しいです。いつでも先輩の武勇伝が聞けますし」
タイガはエコとボスからの挟み撃ちで困っていたが、チラと目に入ったエロ本が女子を思い出させた。
タイガは紙袋を掴んで笑顔で振り返った。
「ボスには悪いけど。やっぱりオレ、女子といた方がいいや。じゃぁな!」
そのままタイガは急ぎ足で帰って行き、あっという間にその姿は見えなくなった。
「ウィック様、申し訳ありません」
「…………」
ウィックが歩き出すとボスオオカミはいっせいにウィックに頭を下げた。
その光景を見つめながらエコは変な気分がしてしまった。
そんな事があって三日後。エコは全くあれから遊びに来ていなかった。
隊員の目撃情報によれば何やら忙しそうにオオカミらとバタバタと走っていたらしい。
「タイガくん。エコが来ないからつまんないんじゃない?」
「えー? 別に? オレにはホワイトちゃん達がいるもん♪」
組織は組織で忙しいみたいだが、OFFレンはごく普通の生活を行っていた。
特に、合併したからと言って物凄い悪だくみをしている様な雰囲気も全く無い。はずだった。
「大変だぁー! 駅前でオオカミ達が暴れてるよ!」
突然、飛び込んできたライトブルーが悪い一報を持ってきた。
早速新しい団体として動き出したなと隊員達は一斉に立ち上がり部屋を飛び出していった。
「……ちぇ、オレも行けばよかった」
一人残ったタイガはゴロンと横になってテレビを付けるしかなかった。
しばらくするとヤレヤレと隊員達が帰ってきた。女子の話では駅前でオオカミがティッシュ配りを邪魔していたらしい。
「オオカミ達も暇ですねぇー。 税金対策の一環でしょうか」
「まぁ、可愛いもんじゃないですか」
と、また隊員達が椅子に腰掛けようとすると再び扉が開いてライトブルーが飛び出してきた。
「ま、まただ! オオカミが通天閣の上で暴れてるって!」
「えー!?」
隊員達はめんどくさそうに再び部屋を飛び出して、またもタイガは一人ぼっちになってしまった。
仕方なく、もって帰ってきた紙袋の中のお宝エロ本を開いて黙々と読み始める。
「……ただいまぁー」
再び帰宅した隊員達は毛並みがボサボサになっていた。
今度は、オオカミが大量に沸いて大騒ぎしていたらしい。駆除するのに時間がかかったとか。
「まったく……オオカミやBC団は何を考えているのやら」
「でも、お客さんに被害が及ばなかっただけ良かったよ」
と、またも椅子に腰掛けようとして隊員らはふと姿勢を留めた。
何も足音やドアが開く気配は無いのを確認して座ると見計らったかのように扉が開いた。
「大変だ!」
またもや飛び出してきたライトブルーにうんざり顔の隊員だったが、予想とは違った言葉が口から飛び出した。
「女子の部屋が荒らされてるよ!」
室内で起こった事件に隊員らも急いで女子隊員の部屋に向った。
荒らされている部屋は、ピンク隊員の部屋だった。タンスやら机やらが散乱して酷い有様だった。
「酷い……誰がこんな」
「通天閣のオオカミがこっちにも来たんじゃないんですかね?」
「何か盗まれたりしてない?」
「……服とかちょっと少ないかも」
恥ずかしそうに呟くピンクに隊員を不憫に思いながらもグリーンは部屋の片づけを始めた。
調べてみると金目の物は取られておらず、どうやらそう言う目的の為に部屋を荒らしたらしい事が解った。
「まったく、オオカミの奴らは!」
「でもさぁ、オオカミだけとは限らないんじゃないかな?」
ライトブルーがチラとタイガを見るとタイガはすぐさまその意味を理解してライトブルーを睨み返した。
「何だよ。 オレがしたって言うのかよ!」
「でも、タイガが一人で残っていた訳だし。それに、前にも下着盗んだことだってあったし」
「オレだってその辺はずっと我慢してきてるんだぞ! それに盗むんならもっと綺麗に盗むぞ!」
「あ、ホラ。やっぱりそう言う気持ちもあるじゃないかぁ」
「んだとコラー!」
タイガが暴れそうになるのを隊員らが抑えて、事態は収束したがタイガはそれからずっと苛立っていた。
その後、ピンクから「タイガくん信じるからね」と言われて少しだけ機嫌がよくなった。
かと思えば再び扉が開き、ライトブルーから事件の発生が発表されてしまった。
「こ、今度は大阪城のテッペンに登って暴れまくってるって……」
「はぁ~!?」
オオカミ軍団、正式に言えばブラックキャット団オオカミ部隊は大阪中のあちこちに出没していた。
もちろんこれはザコオオカミらの独断ではなく全てはボスからの指令であった。
ザコオオカミらは、無線機で指令を貰い、指定の場所へ行き指定の行動をする。
そして、OFFレンが来たら戦って被害が拡大する前に逃げる。そしてまた指令を受けるという繰り返しだった。
「何で俺らこんな事してんだろうなぁ……」
大阪の街をパニックにさせるのと、OFFレンの疲労を増大させるのが目的だと言われていたが、
さすがにこれを三日も繰り返されるとバテてくる。たった今もOFFレンから逃げてきたところだ。
『よし、良くやった。次は……』
「あ、ぼ、ボス。ちょっと休ませてください」
無線機係のオオカミも疲れがピークに達してボスに返事をする。
係りにも他のオオカミらの疲労の色が眼に見えていた。
『尾布小学校のグラウンドでとにかく暴れろ。終わったら連絡する』
「ちょ、ちょっと、ボス、少し休まないと他のオオカミが……後でそっちに向います」
『ダメだ。ウィック様のご命令だぞ』
「で、でも皆疲れてて……終いには潰れちゃいますよ」
『それならまた新しいオオカミに替えれば良いだ。とにかく、直ちに向え』
無線の切れる音がこれほどまでに冷たく聞こえるとは係りのオオカミにも思えなかった。
新団体から追い出されないように焦っているのも解るがさすがに下の事を考えていない。
係は、オオカミ達を見た。疲れて皆の息が荒い。ほとんど夜も寝ていないのだ。
「なぁ、ボスは何だって?」
「次はどこに行くんだ?」
オオカミ達が弱音を吐かずに係に次の指令をたずねてくる姿を見て係は舌打ちをした。
「……90分休憩。各自、体調管理を万膳にする様に」
係は、無線機の電源を落としてオオカミ達の群れに向った。
一方、OFFレンジャー達はオオカミ達の三日三晩の戦闘により体力的にも精神的にもピークを迎え始めていた。
普段は一応片付いている本部のテーブルや床には、カップ麺やパンの袋なんかのゴミが散乱している。
「……あ~……ったく……なんで私が……こんな目にばかり……」
目のクマが一際酷いグリーンが一瞬悪者と間違えてしまいそうな怖い目付でリンゴジュースを飲んでいた。
ストローの飲み口は歯でガチガチに噛まれて無残になっている。
「ZZZZ……」
一人、気持ちよさげに女子の側で眠っているタイガを憎悪の眼差しで見つめながらグリーンはストローを噛み切る。
それもこれも、元隊長であるのが原因だ。 レッドから無理やり見張り番に任命されてしまったのだ。
「『あ、そうだぁ。グリーンにしようかぁ~元隊長だしねぇ~じゃぁ、グリーンおねがぁい♪』
ケッ!ケッ!ケーッ! あの帽子野郎……私を誰だと思ってるんだっつーハナシっすよーぅ……」
睡眠不足でほぼキャラクターを間違えてしまいそうなグリーン隊員の横では、
頬杖を付いて眠そうにしているピンク隊員やホワイト隊員がいる。彼女らは交代でグリーンの補佐をしているのだ。
「ケッ、ケッ!……私だってねぇ……そりゃぁもう眠たいですよ……だけどね。私にも意地ってもんがね。あるんすよぅ!
あーもう……元をただせば、タイガですよ……タイガがレッドを飲み込んでおけばこんな事には……」
グリーンは苛立って頭を掻き毟った。シャンプーすらしてない頭はボサボサになる。
ホランがここにいたとすれば悶絶しそうな程の酷さである。
「むにゃむにゃ……もう食べられないよぉ……」
そこへ、気持ち良さそうに笑ってお腹をかくタイガを見てグリーンの堪忍袋の緒は切れる寸前だった。
「んまー!コヤツはー! 人が苦労していると言うのに何もしないでただごろーんとして、すやすやと……!
私なんか大阪と日本の平和をこの若さで守ってやってると言うのに……
挙句の果てにベタな寝言を一言一句そのままに喋りやがってーー! ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
ついにグリーンは居ても経ってもいられなくなり、猫みたいに眠っているタイガをソファから蹴落とした。
「この野郎!」
タイガは綺麗にソファの表面を滑り落ち床に置かれた空いたカップ麺にハマっている割り箸の上に後頭部から突っ込んだ。
その瞬間、天使のように無害だったタイガは怒りのオーラ全開で目を覚ました
「いっでー! 何しやがんだぁぁぁ!」
「貴方ねぇ! 居候のクセに寝て食べてAV見ていい加減仕事くらいしたらどうですか!」
「そんなのオレの勝手だろっ!」
「連日連夜こうして頑張ってるんですよっ! タマには掃除とか洗濯とかやってください! ってかやれ!」
「なんだよなんだよっ! イラついてるからってオレに八つ当たりすんなよなっ!」
タイガは怒りに任せてソファを蹴飛ばすと、リビングから飛び出していった。
グリーンはイライラが収まらずソファを蹴飛ばしたが小指がぶつかりさらにイライラは増すばかりだった。
どうした物かと、ジュースのパックを握りつぶしながらストローを再び噛み切っているとリビングの扉が開いた。
横目で見ると紫色をしているのでグリーンはすぐにパープルだと解った。
「パープルですか?交代だったら……!」
グリーンが振り返るとそこにいたのはパープルでは無かった──。
その頃、改造猫らに連れてこられた無線係のオオカミは壁に手足を貼り付けられていた。
オオカミの体は傷だらけで、それを冷たくボスは見ていた。
「ぼ、ボス……許してください。俺はただ……皆が」
「……ウィック様のご指令に逆らうとは、この恥さらしが!」
何度も何度もボスはオオカミの体にムチを打つ。
オオカミは、既に悲鳴すら上げなくなっていた。猫猫は吐きそうになり、部屋から飛び出していった。
「様子、どうか」
「ニャ~……過激すぎるニャ。あぁ言うノリはちょっと苦手だニャ」
「とっとと、働く」
部屋の外で待っていた獣猫が持っていたツルハシを渡すと猫猫は渋々とそれを受け取った。
ムチの音がさらに強くバシバシと聞こえてきて二人は早足でそこから逃げた。
「い、今はどれくらいまで進んでるのニャ?」
「たくさん、進む」
「人数が増えたお陰でだいぶ計画の進行も楽になったニャ~」
「来週、完成、する、多分」
「初めからこうしておけばよかったニャ」
猫猫は、自分達のこれまでの活動を思い出して少しセンチメンタルになりそうだった。
「そういや、あの生意気な新入りはどうしてるのニャ?」
「写猫、一緒」
「オレ様と獣猫には、雑用やらせといてニャ~……。ホント気に食わない新入りだニャ」
「部屋、着いた」
「あ、そうそう。忘れてたニャ」
猫猫達は科学研究室の前に到着すると2,3度ノックをし中に入った。
中には研究員オオカミやら灰色猫がひしめいていた。その中央の椅子には頭にメカが付けられたエコが座っていた。
「ねー。お腹空いてきたよー。先輩に会いたいよー。テレビ見たいよー」
「ちょっと待ってくれ。 あと、この部分のパーツの作り方を悪エコに聞いてみてくれ」
「……えぇと。 豆板醤を豆腐と絡めて……」
「ふむふむ、ってそりゃ麻婆豆腐の作り方だろうが ちゃんと聞け!」
「ふぁぁん。せんぱぁーい」
エコはほとんどこの部屋に缶詰状態だった。何かの開発に悪エコも協力させているのだが
下手に呼び出すと危険なので特殊な機械を通して悪エコとエコが脳内で通話できる状態にしているのだった。
お陰で難航してしまい、エコのお馬鹿フィルターを通した作り方を解読する所から始めなければならないのだ
「あ、あのぉ……ちょっと良いかニャ」
「部品、持つ、ここ、来た」
獣猫が小さなチップを持ってくると研究員は礼も言わずに黙って受け取りまた何かの機械と向き合い始めた。
ムッとしながらも所詮自分らには解らない事だからと部屋を出ると二人は仕事場へと戻っていった。
「あーあ。 なんだかニャ~」
「……猫猫、獣猫。ちょっと待ってくれ」
声をかけられて二人が振り返るとそこにはムチを持ったボスが立っていた。
「お、オレ様、何もしてないニャー!」
「何を言っているんだ。ウィック様からのご命令だ」
「にゃ、ニャ?」
オオカミ達の活動がピッタリ止まってしまい、イライラも少しだけ回復しつつある隊員らだったが、
ここで一つの問題が続々と起こってしまった。
「どう言う事か説明して貰いましょうか!」
無理やり正座させられて隊員らから詰め寄られているのは、タイガだった。
「お、オレじゃねぇよぉ……」
「じゃぁ、誰がやったって言うんですか!」
タイガを問い詰めるグリーンの横ではピンク隊員が弱弱しく泣いていた。
それをタイガは悲しそうな目で見るがピンクはこちらを向いてくれなかった。
「ホントにオレじゃないんだよー」
「まだシラを斬りますか。何があったのかハッキリ言ってくださいよ。ピンク」
「た、タイガ君、が……急に私の腕を掴んで……床に押し倒して、手で変な所触ってきて……」
ピンクは堪えきれずに泣き出すと冷たい目がタイガに集中する。
「さー。どうしますか。ハッキリとピンクはタイガだったと言ってますよ」
「お、オレだってそんな事……したいけどさぁ……オレは絶対やってないんだ」
「まだ、タイガくんだと決まった訳じゃないでしょう」
「クリームは黙っててください。もう、今度と言う今度こそは絶対に許しません!」
タイガは、責めに責められていつもの勢いも無く完全に萎縮していた。
しゅんとして正座している姿はエコみたいに見える。
「グリーン。タイガが違うって言うならさ、勘違いかもしれないし。様子を見ようよ」
「レッドがそうやって甘い顔をするから付け上がるんですよ」
「で、でもねぇ……」
と、その時、ライトブルーがリビングに飛び込んで数時間ぶりの事件速報を持ってきた。
「ねぇ、また動き出したよ。 今度は、大阪運動公園を破壊してるって!」
「また遠い所っすね~……」
「とにかく、急ごう!」
隊員達が出ようとするとグリーンと数名の隊員は動こうとはしていなかったのにレッドは気付いた。
「私達は、別な出動があった場合に備えて待機しておきます。ついでにタイガを見張ってられますしね」
「うぅん……それじゃぁ頼んだよ」
隊員らが、ドタドタと部屋から出て行くとグリーン達はタイガの首根っこを掴んでソファから引き摺り下ろした。
「な、なにするんだよっ!」
グリーンはタイガを掴んだままズルズルと部屋を出て隊員の部屋の突き当たりの倉庫の中に放り込んだ。
「まだ無実かどうか決まった訳じゃありませんからね。しばらく地下の倉庫に入っていて貰います」
「ふざけんなっ!」
タイガがグリーンに殴りかかろうとすると間にピンクが入りタイガは手を止めた。
「タイガくん……私だって、出きれば……信じたいけど……でも、これでハッキリすると思うの」
「……ピンクちゃん」
「入るんですか。入らないんですか」
「は、入るよ。入りゃ良いんだろっ!」
タイガはデンと座り込んでそのままごろんと横になった。
「これで良いんだろ」
「……まぁ、良いでしょう。では、大人しくしていてくださいよ」
冷たく扉が閉まるとすぐさま錠前を掛ける音が聞こえ、足音が離れていくと、タイガは天井を見つめた。
視界が霞みそうになるがこすると綺麗に見えるようになった。
「オレじゃないのにぃ……」
何度も呟いたがその呟きは宙に浮かんで消えるばかり。
拗ねに、虚しさに……。そんな気分が織り交ざってタイガは色々な物がめんどくさくなってそのまま眠ることにした。
大阪運動公園では、オオカミ達に改造猫まで混じって椅子を壊していたり、
コースをシャベルで掘り返していたりと滅茶苦茶な有様だった。
「コラー! この設備に僕らの血税がどれだけ使われたと思ってんだー!」
レッドが一喝してみてもオオカミ達は全く見向きもしなかった。
一生懸命汗を流している姿だけを見れば美しくもあるが、破壊活動をこれ以上進めさせるわけにはいかない。
「世の中の仕組みを知らないヤツラめ。よし、OFFレンボックスの出番だ」
レッドが即、必殺技の仕様を決めブルーに目配せすると早速ブルーはボックスをレッドに手渡す。
イチバン効果的に使えるようにレッドはグラウンドの中央へとすぐさま駆け出した。
これもやはり単体だけ見ればカッコイイが周囲の破壊工作が加わると非常に滑稽だった。
「にゃんにゃかビィィィィィィム!」
「ぎぇぇっ!」
と、中央に到着する寸前にレッドの体に黄色い光線が命中した。
ボックスと共に崩れ落ちるレッドの体……。いや、正しくは四つんばいになったレッドの体。
「うにゃぁん……ごろごろ……」
完全に猫化してしまったレッドが芝生の上で気持ち良さそうに転げまわり始めた。
しまった!と思った時にはもう遅く、無防備なボックスはグシャっと獣猫の右足によって潰されてしまった。
「ニャッハッハ。久々すぎてすっかり忘れてたオレ様の必殺技の威力をお前達思い知ったかニャ!……ふー。噛まずに言えたニャ♪」
「隊長、使えない」
「にゃ~ん♪」
獣猫の手の猫じゃらしにじゃれ付いているレッドは到底役には立ちそうに無い。
ボックスは一つしか持ってきておらず、こうなれば再び個人戦にもつれ込むしかないようだった。
「仕方ないですね。隊長に代わり、ここは私が指揮を執ります」
「カーッコイイですー」
クリームは軽く咳払いをするとガトリングを構えた。それを合図に隊員達も武器を持った。
改造猫、そして隊員、背景には汗を流すオオカミ達。緊張が音になって伝わってくる。
「じゃ、いきますよ!」
クリームがガトリングを撃ちながら改造猫に近づいていく。
猫猫達はそれを上手くシャベルで跳ね返しながら隊員達と間合いを詰めていく。
「ニャッハッハッハ。無駄無駄無駄ニャー!」
猫猫が高笑いをすると、その口の中にガトリングがすっぽりと嵌った。
一瞬何が起こったのかわからない猫猫はガトリングを半分ほど飲み込みそうになった。鉄の味だ。
「……私達。ろくに正義の味方やってないの」
「ふぁ……ふぁふぃ……ふやふぃいファ……」
「猫猫」
「動かないで。さもないと後ろにも大きなお口ができるわよ」
獣猫を牽制しながらクリームは、青い顔の猫猫と一緒に歩き出す。
「後はみんなでやっておいて頂戴。アタシは……ちょっと彼と話があるから」
唖然としている隊員にクリームが声をかけるとそのまま猫猫とクリームはグラウンドの隅に向かい始めた。
隊員達は、ようやくオオカミを片付けるのを思い出して一気に攻め始めていた。
隅に到着するとクリームは口からガトリングを抜き、猫猫の顔のまん前に突きつけた。
「さてと……BC団は何を企んでいるのか言いなさい」
「ニャ、そうだ。お、面白い話聞きたくないかニャ? け、獣猫が夜中にトイレに行ったまま帰ってこなくて……」
クリームのガトリングが猫猫の顔にめり込んでいく。
猫猫の口が変な形に曲がって喋りにくそうにしている。
「あなた顔がレンコンみたいになりたいの?」
「ニャ……ニャ……」
「3、2、1」
「わ、わかったニャぁ!」
メリメリと音を立てて猫猫の顔に引込まれて行くガトリングにさすがに猫猫も生命の危機を感じたのか
下半身をガクガクと震わしながらゆっくりと両手を挙げた。
クリームは一旦思い切りガトリングをめり込ませて猫猫の顔から離した。猫猫は顔面を押さえて地面をのた打ち回っていた。
「痛いっ! 痛いニャぁ……コイツ悪魔だニャぁ……」
「何とでも言いなさい。早く言わないともっかいやるわよ」
「ニャニャニャ……! や、やめてくださいニャ!」
猫猫はクリームの前に座り込んで哀願するように手を合わせていた。
背後の獣猫にも猫猫の横に来るように命じさせて二匹はクリームに見下ろされる形で正座させられた。
「BC団の企みは何なの」
「……お、オレ様達はただ、ウィック様から命令されて……」
「理由、知らない」
改造猫達にガトリングを向けるが、改造猫達は慌てふためくのを見る限り本当に知らないようだった。
だが、ここでハイそうですかと二匹を開放する訳にも行かない。
「じゃ、次は……BC団は何の計画を進めているのか話してもらいましょうか」
「ど、どうしてそれを知ってるニャ!」
「前に廃墟の地下で何かやってたでしょ?」
猫猫は、獣猫からの「何、見つかってんだよ」と言う視線にうなだれてしまっていた。
「あれからまた見に行ったらもぬけの殻。でも、あの工事の規模を考えれば簡単に諦めるとはねぇ?」
「ニャぁ……」
「何か、大きな事をやろうとして今がその時期なんじゃないの」
鋭いクリームの意見に猫猫は冷や汗を拭き拭き地面の一点を見つめていた。
その様子を見てクリームは自分の中の疑惑を確信へと変えて行く。
いよいよ、虎の子だったトドメの呪文をクリームは言い放った。
「……猫缶。欲しいでしょ?」
OFFレン本部。タイガが閉じ込められて寝てしまってから一時間ほどが経っていた。
そしてタイガの心地よい眠りは揺さぶりに寄って乱されてしまった。
「起きなさいコラ!」
「え、な、何だよ……」
タイガが寝ぼけ眼をさするとグリーン以下3名が目の前に立っていた。
その隊員達の表情は皆、タイガに怒りの感情を露わにしていた。
「な、なんだよみんなして……。お、オレ寝てたろ。ちゃんと寝てただろ?」
「……ホワイトの部屋から下着がなくなっていましたよ」
タイガは、何故か自分の心拍数が上がっているのに気づいた。
「お、オレじゃないだろ。鍵だってお前が……」
「ほぉ、あれでもシラを切りますか」
グリーンは部屋の扉を指差した。
ドアノブの辺りがボコッと外れてしまっている無残な扉がそこにあった。
「あんな力ずくで壊しちゃダメじゃないですか。見え見えすぎますよ」
「お、オレは違うぞ。ずっと寝てただろ!」
「証拠があるんですか?」
「う、そ、そうだ。オレ、夢だってちゃんと見たぞ」
「そんなのが証拠になるわけないでしょう!」
グリーンの怒号がタイガの耳を劈く。
すがるような目で女子隊員を見るが、女子隊員の目は冷たかった。
「観念しましたか。もう、言い逃れも出来ないでしょう」
「お、お、オレが盗んだって証拠がないだろっ!」
「……」
グリーン達が黙ったのを見てタイガは安心した。
下着を手に持っているわけでもないしこの言葉は切り札だと確信した。
だが、その確信はすぐさま壊されてしまった。
「タイガの部屋で紙袋が出てきたよ」
レッドが後ろ手に持っていた紙袋をひっくり返すと中からドサッと様々な下着が床に散らばった。
タイガは言葉が出なかった。正しく言えば声が出なかった。
「オオカミから聞きましたよ。あなた、ボスオオカミから戻ってくるように言われてるみたいですね」
「!」
「仲間になったと思えばまた裏切りですか。本当に根無し草みたいにフラフラと」
「タイガくん……酷すぎるよ」
タイガの頭はこれ以上ないほどに混乱していた。自分が寝ている間にやったのか、
それにしてもそんな事は今までなかったはずだ。仮に無実だとしても、この状況では不利だ。
「お、オレじゃ……もっかい調べて……くれよ」
タイガの言葉は虚しく部屋の空気にかき乱されて消えていった。
「信じてよ。ホワイトちゃぁん……」
よろよろとホワイトに歩み寄るタイガ。だが、ホワイトはタイガを冷たい目で見ている。
少しでも話を聞いてもらいたい一心でホワイトの肩に手を置いた。だが、
「離してよ! バカ!」
突き飛ばされたタイガは積み上げられたダンボールに突っ込んだ。
あたり一面に散らばる鉄くずや、書類、衣類。タイガは立ち上がって再びホワイトに近づいていった。
「ほ、ホワイトちゃん……オレ……」
「もう、こっから出てって!」
ホワイトの手から大きなスパナが投げられた。ガンと顔にあたってタイガはよろけ、ダンボールの中に倒れた。
唇を少しだけ切ったが、蝶ネクタイの中央部にヒビが入っていた。
「……ひ、ひどいよホワイトちゃん」
「酷いのはどっちですか」
グリーンはタイガをダンボールから引っ張り出すと部屋の外に突き飛ばした。
タイガは受身も取らずにそのまま地面に倒れた。
「もう出て行ってください。 貴方みたいな悪ガキはもうウチじゃいりません」
タイガはグリーンを見た。その目は怒りの目では無かった。
ピンクもホワイトもレッドも見た。皆、悲しい目でタイガは見つめていた。
「な、なんだよっ! ケッ! 頼まれたってもうきてやんねーよっ! バカ! バカ! バカ……! っ!」
タイガは無我夢中で立ち上がるとバタバタと本部から飛び出していった。
どこをどう走っているのか解らなかった。久々にタイガは泣いているんだなと気が付いた。
だが、もはやそんな事はどうでも良かった。
オオカミを無事退散させた隊員達は肩で息をしながらグラウンドの中央に固まっていた。
レッドも元に戻ったようでキョロキョロと見回しながら状況を確かめていた。
「みんな、お疲れ様。こっちは聞き出したわよ」
「ハグッ、ハグッ……モグモグ……美味いニャぁ……」
クリームは猫缶を持ったまま一心不乱にがっついている猫猫を哀れな目で見ている獣猫を連れてきていた。
隊員達は、立ち上がるとクリーム達と輪になって早速今後の会議に入る。
「どうやら、BC団は何か日本中をあっという間に征服できるような兵器か何かを作ってるらしいわ」
「兵器?」
「それが完成間近らしいの。BC団のアジトの場所を聞き出したからすぐに向かいましょう」
クリームの言葉に隊員達の顔付きが真剣になる。
シリアスムードに染まっていくなというのが隊員達には手に取るようにわかる。
「後は武器の手入れを欠かさずに……良いですね。ボックスですが……」
「あ、オイラが転送装置で送ってもらうよ。ちょっと待ってて」
ライトブルーが携帯型PCを操作している間に隊員達は改造猫達をしっかり縛ってその変に放置しておく。
意外と大人しかったので作業は速く終わった。獣猫は不満げにじっと睨んでくるだけな一方、
猫猫はゲップをしながらウトウトとしていた。さすが猫猫と言う名前だけあって猫だ。
「ライトブルー、終わりましたか?」
ライトブルーは何やら携帯型PCの操作をしていた。
クリームに言われて「あ、大丈夫だよ」と返事をし、すぐさまボックスが転送装置で送られてきた。
「いざ、出陣ですー」
カッコ付けるシェンナを抑え、クリームはレッドに目配せをした。
レッドはしっかり頷きビシッと前方を指差した
「OFFレンジャー出動! BC団の悪事を阻止するぞー!」
「……」
気が付くと、タイガはオオカミ軍団のアジトに来ていた。
中を覗くとまだ完全に封鎖されていないようだった。タイガは無人のアジトを歩いた。
足音が大きく廊下に響いている。タイガは自分の部屋の中に入った。
ベッドも何も無く面影があるのは虎縞の壁紙だけだった。
自分は一人になったのだろうかとタイガは思って目をおもいきりこすった。
でも、こすってもこすってもタイガは落ち着かず、しゃがみこんでしまった。
「うっ……うぅっ……」
次から次へと言い表せない気持ちがあふれ出してきてタイガは止まらなかった。
蝶ネクタイをそっと外してぼやける視界の中でヒビにそっとタイガは触れた。
「誰かいるのか……?」
その時、ドアの方から声がしてタイガは振り返った。ボスオオカミだった。
「タイガじゃないか。どうした?」
「……ボス」
ボスの顔を見てタイガは急に安心してしまい、ボスの足に飛びついた。
泣いていると知られるのは恥だと思ったが、もう止められなかった。
「……どうした。ん。大丈夫か?」
ボスオオカミのアグラの上に向かい合わせで座り、タイガはOFFレン内の事件の事を話した。
泣いているので何度もつっかえたが、それでもボスはゆっくりと相槌を打ちながら聞いてくれていた。
全部話すとボスは微笑んでタイガの頭を優しく撫でてくれた。おかげでタイガの口は少しだけ綻んだ。
「OFFレンも酷い奴らだな。お前がここまでなるんだ。違うに決まってるのにな」
「……だ、だろ。オレ、何度も違うって言ったんだぞ」
「とんだとばっちりだな。ったく、アイツらは……」
ボスが味方してくれるのでタイガは安心して話すことが出来た。
何度も何度もタイガは自分の無実を訴えた。ボスはそれでもよく聞いてくれた。
「どうだ。すこしは元気になったか?」
「うん。ありがとなボス」
「これからどうする」
タイガは、OFFレンの事を思い出して少しだけ顔が暗くなった。
それをボスは見逃さなかったのかタイガの頭をポンと叩いた。
「やっぱウチに来るか。お前もOFFレンの所には戻りにくいだろ」
「……うーん」
「やってる事はオオカミ軍団の頃とそんなに変わりは無いし、そんなに堅苦しく考える事もないぞ」
ボスはタイガの体を抱き上げた。タイガは、チラとボスの額を見ていた。
「……その変なの付けないといけないんだろ?」
「何だ?そんなので悩んでいたのか?」
ボスは笑ってタイガの額を指でパチンと弾いた。
タイガは照れくさそうに額を撫でた。
「俺も最初は戸惑ったがな、慣れれば良いマークだ。誇りにさえ感じられるようになるぞ」
「ん~……そうなのか?」
「そうさ。ブラックキャット団は素晴らしい組織だぞ。その紋章だ。お前もきっと気に入るさ」
ボスの目は優しくタイガを見ていた。タイガもボスに言われて悪い気はしないような気がしてきた。
「ブラックキャット団にはお前が必要だ。みんな、お前が来るのを待ってるぞ」
「……オレを?」
「ウィック様もお前を認めてくださっているんだ。きっと良い待遇をしてくれるだろう」
「……」
タイガはボスの目を見つめていると急に頭がぼーっとしてきた。
ボスの目からタイガは目を逸らそうとするがボスはタイガをそっと抱きかかえて顔を近づけた。
「ブラックキャット団に入るんだ。タイガ……俺はお前に立派になって欲しいんだ」
「……立派に」
「大丈夫だ。タイガ、何も考えるな。そのまま眠ると良い」
「……ボ……ス……」
タイガの体が後ろに倒れようとするのを止め、ボスはタイガの頭を優しく撫でた。
「ボスオオカミ、ご苦労」
背後に立つウィックは、ニヤリと微笑んだ。ボスはタイガを抱えたままウィックの方に向いた。
「全てはウィック様のお望みの通りに……」
町外れの廃工場の中のホコリっぽい匂いが隊員達を不快な気分にさせる。
レッドは人一倍その思いが強く、何故悪者はこうも陰鬱な場所が好きなのだろうか、
どうせなら遊園地のメリーゴーランドの下とか、お菓子屋さんの奥とかに作れば良いのに等とどうでも良い事を考えていた。
「ねぇ、本当にこんな所にBC団のアジトがあるのかなー!」
ライトブルーが、大きな声でニコニコと先頭を行くクリームに声を掛けた。
クリームに小さく「シッ」と言われ慌てて口を押さえるがもう遅い。あの一声だけで工場が辺に振動していた。
中はだだっ広く、はるか上にあるガラスの割れた窓から光が差し込んできている。明るいがホコリがハッキリ見えて息を止めてしまいそうになる。
「不良物の映画とかってこう言う所で戦うよね」
「実際、戦う事になるんですよ」
「で、例のマンホールはどこにあるの?」
工場の奥に地下アジトへの入り口のマンホールがあると言う事で、隊員達は歩きながらマンホールを探していた。
それと同時に、敵から見つからないか。そんな事にも気を使いながら進んでいた。
しばらく歩くと木製のドアに突き当たった。他に何か入り口は無い。となればここの奥にその入り口がありそうだ。隊員は息を呑んだ。
「良いですか。武器は持ってますね。武器は……」
「うん。みんな、持ってるよ」
隊長とクリームは武器を持ち、ドアの左右に張り付き構えた。
レッドがゆっくりとノブを廻し、勢い良くドアを開け二人一緒に中へ飛び込んだ。
「!」
中に敵は居なかった。敵はいないが隊員がいた。
本部で待っていたはずのグリーン達だった。彼ら立っている奥にはマンホールが見える。
「なぁんだ。グリーンか。先回り?」
レッドはホッとしてグリーンに近づこうとしたがそれをクリームは右手で制止した。
「え?」
グリーン達は虚ろな目でこちらを見ていた。それと同時に全く動こうとはしていなかった。
この状態を見ればいくらレッドでもクリームの言わんとしている事はわかった。
「やー、早かったネ。関心だナ」
グリーンの肩越しからフッと現れた紫色の男の横顔は不敵な笑みを浮かべてレッド達を見ていた。
隊員達はすぐさま後ずさり、武器を構えた。
「グリーン達に何をしたの」
「キヒャヒャヒャヒャ……解ってるクセに。説明すんのメンドいんだけどナ~」
紫色の猫はひょこっとグリーンの背後から飛び出して平然と隊員達に近づいてきた。
オデコの模様を見ればそれが改造猫である事はすぐ解った。新顔だ。
「ハーイ。始めまして。ブラックキャット団改造猫4人衆、操猫です」

操猫は右手を高く上げてそのまま胸元に降ろす妙に礼儀正しい挨拶をした。
隊員達はますますそれを見て身構えるが、操猫は、呆れた顔をしてヒゲを伸ばし始めた。
「なんだ。挨拶したのに失礼なヤツらだネ」
「あやつりネコさんとやら。挨拶は時間の都合上省かせていただきましたっ!」
「なに訳のわかんない事言ってるんだい」
「ぼ、僕もわかんないから良いんだい!」
レッドは緊張と緩和を繰り返しているうちに混乱してきたらしかった。
何だか軽いヤツなので、呆気に取られるのも解る。だが、その軽さが油断できないよと第六感が警鐘を鳴らすのだ。
そこへ、OFFレンの冷静沈着隊員クリームが操猫に言い放つ。
「操猫さん。用がないんだったらとっととそこを退いてくれないかしら」
「ん~。それは無理って言うか~。俺、キミら倒さなきゃいけないしネ~」
「じゃぁ、力づくでも貴方を倒させてもらいましょうか」
「ノンノン。俺を倒す事なんてキミらには不可能だヨ♪」
操猫は指を振りながらニヤッと笑うとそのまま隊員達に背を向け、グリーン達の間抜けてマンホールの上に立った。
隊員達は操猫がこちらに振り返るまでの時間が長く感じた。隊員達の緊張はピークに達する。
「んじゃ、ヨロシク」
操猫がパチンと指を鳴らすと、静止していたグリーン達は一斉に隊員達に飛び掛ってきた。
グリーンがレーザーを打ったかと思えば、ホワイトがナイフブーツで宙を舞う。
「キヒャヒャヒャヒャ! やれやれー!」
マンホールの上で馬鹿笑いしながら操猫は戦闘を見ていた。
全くの無防備だが、隊員達は操猫に近づく事さえできなかった。操られた隊員達は異常とも言えるほど素早かった。
レッドはこういう時に限って、普段もこれくらい動いてくれればなぁ。等とのん気な事を考えてしまった。
「隊長! 歯、歯が立ちません!」
「イタッ! 血だ! ギャヮ!」
「オレンジの髪がざっくばらんに!」
隊員達もさすがに隊員達に余計な手出しが出来ないのか防御に徹するばかりだった。
だが、攻撃に攻撃を重ねてくるグリーン達の攻撃を防ぎ続ける事は不可能だった。
クリームは飛び掛ってくるグリーンの足元を蹴飛ばすとレッドに向って叫んだ。
「隊長、3数えたらグリーン達を一箇所に集めてください!」
「えぇ?!」
クリームからの突然の要求にどうすれば良いのかレッドはただオロオロとするばかりだった。しかし、クリームは既に、3、2、と数を数え始めていた。
3秒でそんな上手く行くはずが無いとキレそうになったがこうなったらヤケクソだと、レッドはさけんだ。
「伏せてー!」
「え?」
「うおりゃあああああああああああああああ!」
レッドはヨーヨーを思い切り伸ばし、グルグルとその場で回転した。隊員達は急いでしゃがみ込んだ。頭上をかすっていくヨーヨー。
グリーン達はすぐさまそれを避けるために飛び上がった。攻撃が止んだ一瞬を突いてクリームは操猫の方に走っていった。
だが、操猫は動揺する事なくガトリングを繰り出そうとするクリームを冷笑した目で見ていた。
「あれあれ、上手いコトやったネ……でも」
クリーム操猫の顔に暗い影が一瞬見えたのに気付いた。すると半目になってずっと眠そうな操猫の目がカッと見開いた。
化け物みたいにギョロっとした大きく不気味な赤い瞳がクリームの目と合った。途端にクリームの体が重くなった。
操猫に向っていくクリームの速度は徐々に弱まっていった。すると最後には操猫のすぐ前で止まった。
「キヒャヒャヒャヒャ……! 歓迎するヨ」
パチンと指を鳴らすとクリームはレッド達の方を向いた。その虚ろな目を見るだけで隊長は悔しくなった。
クリームはグリーン達同様に素早くガトリングを乱射しながら隊員達に攻撃をしてきた。
「わっつ! クリーム、しっかりするんだー!」
頼りの綱が敵に操られているとなると、もはや全てはレッドの判断だ。
無駄な労力を使う前にOFFレンボックスを使うしかないとレッドは即断したが、問題が山積みなのにすぐ気付いた。
攻撃を避けるので精一杯で、しかも下手に近づけばクリームの様に操られる。何かを召還しても操られるだろう。
飛び道具を使うにも距離が遠くて難しい。それ以前に隊員達がいる。何だ。倒すのは不可能なんじゃないか!とレッドはまたもやパニックになりそうだった。
「キヒャヒャヒャヒャ……! 仲間同士で相打ちだネ。愉快だネ~。もっともっとやればいいヨ!」
操猫の狂ったような笑い声が金属音に混じって廃工場に響く。
「キミらは黙って俺の言う事だけ聞いておけばいいのにネ」
仲間を倒す訳には行かない。敵はそこを突いてきている。卑怯だ、卑怯すぎる。レッドは歯痒さに顔を歪めた。
その時、レッドの頭の中にある考えが閃いた。何だ。解決策があるじゃないか。簡単じゃないか。レッドはこの考えに勝機を見出したのだ。
「皆、隊員達を攻撃して!」
「え! で、でもそんな事をしたらグリーン達が……」
「大丈夫! 僕に任せて!」
レッドの声に隊員達は一斉に防御を解き、隊員達に攻撃を始めた。
隊員達は攻撃を食らって奥へと吹っ飛んでいった。
「今だ!」
レッドは、側に落ちていた鉄パイプを掴んで隊員達に突っ込んでいった。
そして、起き上がろうとする隊員達の頭部を鉄パイプでこれでもかと殴りつけた。
「うおおおおおおおおおおお!」
グリーン達は、さすがに頭部は弱かったのか白目をむいて気絶してしまった。
ヒクヒクと痙攣しているグリーン達を満足げに見るとレッドは操猫をキッと見た。レッドは怒っていた。
「……ば、バカな。お、お前らの仲間になんて事をするんだヨ!」
初めて動揺の色を見せた操猫(もちろん隊員も動揺していた)は、後ずさりをしていた。
「……僕らの仲間を操って、そんでもって僕らを苦戦させようとするなんて酷すぎる……でもね」
レッドは鉄パイプを放り投げて操猫に向って大声で叫んだ。
「正義の味方も最後の最後には我が身可愛さだって事を忘れるな!」
怒りの叫びを放つレッドの言葉に隊員達は一瞬、正論の様に聞こえてしまったが、
よくよく考えれば滅茶苦茶カッコ悪い事を言ってるぞと思っていた。
「く、くっ……ひ、開き直りも甚だしいネ。でも、まだ俺が残ってるのをお忘れかナ」
操猫の言葉にレッドは有利になったかと思いきやまったく有利になっていなかったのに気付いた。
そういえば、本来敵に何らダメージを与えていなかった。
「こっちにおいでヨ。楽しい気分にさせてあげようかナ?」
勝ち誇った笑みを浮かべる操猫。武器すら持っていない裸一貫(?)で余裕たっぷりな姿が悔しかった。
しかし、近づくわけにもいかない。飛び道具も無駄だろう。レッドは脳に頼んだが良い作戦は思い浮かばなかった。
「ねぇ、操猫さんとやら。僕ら、目をつぶっているからさ。武器が届くとこまで来てさ、来たら「来たよー」って教えてよ」
「キミらバカ?」
「うぅ……やっぱりダメか」
目に見えてこうして会話も出来るのに手が出せないこの歯痒さ。隊員達と操猫の間で睨み合いが続いた。
「(ん、待てよ……目で見えて会話も出来る)」
レッドの脳は良い働きをしてくれた。今度こそ、正義の味方らしい(?)良い解決策を思いついた。
操猫にレッドはこれまでのお返しといわんばかりに勝利を確信した顔を見せ付けてやった。
「フン、ハッタリだネ」
操猫はたじろぎそうだったがすぐに持ち直した。レッドは、ブルーからボックスを受け取るとパッとそのまま手を離し地面に落とした。
煙がモクモクと中から噴出した。操猫はレッドが煙の中で何かを言うのが聞こえたがハッキリとは解らなかった。
そして、煙の中から一冊のノートを持ったレッドが現れると操猫はまたも馬鹿笑いをした。
「キヒャヒャヒャヒャ! 何だ。やっぱりハッタリだったんだネ。それに遺書でも書く気かナ~?」
「……コホン」
レッドは、咳払いをすると数分前の操猫の様に余裕の素振りを見せながらノートを開いた。
すると、レッドは拡声器を取り出し操猫に向ってノートの文面を読み始めた。
「流星に何をお願いするかって? そんなの決まっているだろう」
隊員達は、ぽかーんとしながらレッドの声を聞いていた。
一方の操猫も、何をやってるんだかといった風に馬鹿にした様子でそれを聞いていた。
「お前は俺の物、お前は俺の物、お前は……あ、消えちまった。多すぎるんだよな……。
え? 願い事の回数? 違うよ。お前への想いがだよ。I LOVE YOU FOREVER」
隊員達は、変な照れくささを覚えて耳を塞いでしまいそうな感覚に陥った。
操猫もそうかと思いきや、耳を塞ぐどころか何か気がつく所があったのかワナワナと震えていた。
「ど、どうしてそれが……」
「……コホン。俺は気まぐれな野良猫さ。甘えてほしいのか?気が向いたらな。
でも、どうしてもって言うんなら、お前の未来を俺にくれ。……そしたら俺もお前の物だ」
隊員達は目頭を押さえてこのやり場の無い感情をどうすれば良いのかと言う苦悩に直面していた。
と、操猫は余計震えながら耳を押さえていた。レッドは、拡声器のボリュームを上げてさらにページを捲った。
「絶望なんてぶち壊せ、暗黒の世界は俺には似合わない。……め、メガシャイントルネード?を喰らいやがれ
さぁ、お前も一緒に飛び出そう。大丈夫、未来は俺たちの手の中さ」
操猫は、地面に座り込んで震えながら何か言っているようだった。
だが、レッドは気にしない、さらにさらにページを捲っていく。
「や、やめっ、もうやめてくれヨー!」
「……えーと。ボクはドコにいるの。誰か教えてよ。ボクは心のない不完全生命体」
「ギャーーー!」
操猫は、耳を押さえたまま地面に倒れ足をバタバタと動かして悶え苦しんでいた。

「全てプログラム通りに動くだけのただの機械仕掛け。ボクに愛をちょうだい。信じる心をちょうだい」
「え、それ、マジで書いてるんすか?」
「……ぼ、ボクは心が無い不完全生命体。ボクは不完全生命体」
「自分に酔っててすこぶる気持ち悪いですー」
隊員達は、レッドの意図している事が面白がってノートにワッと飛びつき面白そうなポエムを探し始めた。
「我は神ではない。─我、信じるは我のみ。(中略)泣け。――嘆け。喚け。――喰らえ。もはやこの声も、 届かない」
「うわっ、最後の間がまた痛いっすね……」
操猫は、生きも絶え絶えにやめろやめろと叫んでいたが、そんなの関係ない。
「あ、これmy swwet flowerのスウィートがsweatになってる!」
「わー俺の汗の花って臭そうっすね」
隊員の馬鹿笑い返しに操猫は口から泡を吹きながらビクビクと痙攣していた。
もう少し責めれば失禁ぐらいまで行くかもしれない。レッドは衝撃度が強そうなポエムを探すべくページをどんどん捲った。
「あー! これだ。これにしよう」
レッドはボリュームを最大にしてイチバン最後のページに書かれたポエムを読み上げた。
既に、操猫はその声を認知できる状態なのか怪しかったがレッドは楽しかったからどうでもよかった。
「ぱんぱんぷー。お腹がいっぱい。お腹の中は大宇宙。トウモロコシもニンジンも漂っている」
「妙に可愛いですー」
「ぱんぱんぷー。ぱんぱんぷー。何か小さな音がする。葉っぱかな? 葉っぱじゃないよカエルだよ(?)」
操猫の口からは何か白いモヤみたいな物が出てきた。
レッドは、あれがうわさに名高いエクトプラズムかとシャメで撮りながら関心していた。
「わっ、全部大爆発。みんなみんな一緒になって最後に全部出て行った」
「なんすかそりゃ」
操猫は、エクトプラズムに引っ張られて宙を漂っていた。もはや意識すらないだろう。
レッドは、最後に最終行を優しく読み上げた。
「……執筆、2008年1月25日」
「ゲッ、超最近」
なにやらブチッと言う音と共に操猫とエクトプラズムが分離した。
操猫は音も無く地面に落ち、ビクともしなかった。シェンナが鉄パイプで突いてみたが完全にダウンしていた。
「沈黙ですー」
「やったっすね。レッド」
「いやぁ、タイガの一件が良いヒントになったよ。ポエム書くのが趣味だったんだろうねぇ」
「まさか未だにポエムを書いていたとは、可哀相なヤツっすね」
レッドは、白目を向いている操猫の顔の上に広げたノートを置いてあげた。
これならば万が一目覚めても少しは時間を稼げるだろうと。
「さ、マンホールも無事に突いたし。早速突入だ」
グリーン達を数名の隊員に任せてレッドら5名はマンホールの中に飛び込んだ。
薄暗いまっすぐ続く通路を走っていくと黒い扉が現れる。ここがいよいよアジトだ。
武器を持ったブルー達を前に立たせ、レッドはボックスを両脇に抱えた。
敵の本拠地だ。しかも壮大な計画を企んでいる。向こうも相当抵抗してくるだろう。
レッドは胃が痛くなってきた。胃薬を飲ませてもらう時間くらい与えてくれるだろうかなんてまた変な事を考えた。
「……よ、よし、突入ー!」
レッドの掛け声と共に隊員達は扉を開け中になだれ込んだ。
中には大きな階段のある薄暗い広い部屋があった。隊員達は八方に散らばりレッドを囲むように円になった。
「……さ、さぁ、来い!」
レッドの震えた声がアジトの中に響いた。いつどこから飛び出してくるか解らない。
だが、5分待っても10分待っても何も起こらなかった。頭上を見たがただの天井しか見えない。
「あ、あれ?」
隊員達は放射線状に広がって、奥の通路や部屋の中を開けた。
通路は閑散としており、部屋の中にはガラクタばかりがあった。
「いないっすよ!」
「こっちもだ」
レッドはボックスを地面に叩きつけ、「照明」と叫んだ。
一気にアジト中が明るくなると、隊員達はありとあらゆる部屋を開けた。
壁紙の中や小石の下まで探したが人っ子一人いなかった。
「レッド、いません! どこにもいません!」
「同じくこちらにも!」
隊員達の報告が聞こえる度、レッドの鼓動が激しくなっていった。
もぬけの殻のアジト。それを邪魔していた操猫。そして完成間近な計画……。つまり自分達はハメられたのだ
「しまった! 」
レッドは、すぐさまアジトを飛び出していった。
だが、どこに行けば良いのか解らなかった。こうしている間にも刻一刻と時間は迫っているのだった。
時を同じくして、腕を廻しながらようやく開放されたエコは、ブラブラと第2のアジトを歩き回っていた。
「あーあ……。肩が凝っちゃったよもー」
テレビはおろか、ろくな食事が出ないこのBC団にいささか不満を抱いているエコだったが、
外に出るとボスに叱られるので結局アジト内を歩くしかなかったのだった。
オオカミは出払っており、遊び相手すら居ない。時折、部屋を除覗いては誰かいないかをチェックしていた。
しかし、アジト内が複雑なのも手伝ってエコはすっかり迷ってしまった。
「ありゃ、変な所に来ちゃったぞ」
歩けば歩くほど辺りは薄暗くなってきた。昼間なのでお化けの心配は無い。がやっぱり怖かった。
と、正面の突き当たりに真っ黒な扉が見えた。エコは、ここに来た事は無かった。
「……」
中を覗くと、淡い青の光がぼんやりと浮かんでいるだけで何の部屋かは解らなかった。
しかし人影だけは確認でき、エコは恐る恐る声をかけてみた。
「あ、あのぉ……」
人影が振り返りエコを見た。ちょうど顔が光に照らされてハッキリと見えた。ウィックだった。
「何だ。お前か……まぁ、良い。入れ」
「ハ、ハイ。失礼しまーす」
エコはゆっくりウィックに寄って行った。初めてウィックと二人きりでいささかエコは緊張していた。
下手に話せばタイガより怖そうだなんて考えたが、そう考えると余計に言葉が出てこなかった。
「……せっかくだから、お前にも紹介してやろう」
「?」
ウィックは正面にをアゴで示した。薄暗くてハッキリ見えなかったが何かの機械である事だけは解った。
「俺は特に興味は無かったが……見れば見るほど、欲しくなった」
上の方に赤と黄色の光が点滅していた。だが小さくて全く何がなんだか解らない。
「フ……だからこそこんな回りくどい事をしてでも手に入れようと思ったのだ」
しばらく、ぼんやりと見つめていると機械の中央部が開いたのが見えた。中に人影が見えた。
「……?」
人影は徐々にコチラに近づいてきた。エコは目を凝らしてみたが薄暗くてよく見えない。
徐々に光のあるこちらに来るとその輪郭がハッキリとしてきた。
そして、徐々に光がその人影の姿を露わにしていった。ウィックは不敵な笑みを浮かべたままそれを見ていた
「歓迎するぞ……」
それはウィックを見ると、ゆっくりと足元にひざまずいた。エコは、その姿を見てハッと気がついた。
「……ブラックキャット団改造猫、虎猫」
ゆっくりと顔を上げたその額にはBC団の紋章が付いていた。
エコは、息を呑んだ。ウィックは、満足げに足元の部下を見つめていた。
「……ウィック様に永遠の忠誠を誓います」

エコは、ただ呆然としてその姿を見ていた。
「た、タイガ……先輩……」