第91話
『生まれ変る虎猫...』
(挿絵:パープル隊員)
レッドの顔には苛立ちや焦りや苦悩といったマイナスな感情のトップ3が一堂に会していた。
時計の長針をじっと時間が止まれといわんばかりに睨みつける。だが、レッドはエスパーでは無い。無駄なことだ。
「レッド、まだチャンスはありますよ。行動に移すときとか移した直後とか」
包帯でぐるぐる巻きになったグリーンが松葉杖の先をひょいとレッドに向けた。
だが、レッドは、なおさら頭を抱えてしまった。
「どんな作戦なのかすら解らないのにそんなの無理だよ……気楽に言ってくれるよねグリーンは」
「へーへー。すいませんでしたね。頭が痛むんですよ」
皮肉っぽくグリーンは言い放ったがレッドには皮肉を受け取る余裕は微塵も無かった。
しかし、何より隊員の中で苛立っていたのはクリームだった。
「改造猫達を信じた私達がバカでした。しかも簡単に操られて……」
「クリームは良くやってくれたよ。ね、シェンナ」
「あー……えーと……ですー!」
会議室に一年に一回来るか来ないかの重い空気が溢れ返っていると頼みのムードメーカー(?)隊員シェンナもぎこちない。
全ては振り出しに戻ってしまった。隊員達が出来ることと言えば溜息を付くことと改造猫の悪口を言う事だけだ。
「へっくしゅニャ! す、すいませんですニャ……」
改造猫らはその頃、今までのアジトとは違う普通の一室に集まっていた。
その中でも操猫は顔色が優れず、OFFレンにコテンパンにされた事もあってすっかり意気消沈していた。
だが、ウィックは全く気にせずに話を続ける。
「……まもなく、長きに渡る我がBC団の壮大な計画が完成する。貴様らは良くやったな」
「あり難きお言葉ですニャ」
「後は、完成まで計画を邪魔される事が無い様にしろ。そうすれば……後はBC団の思うがままだ」
改造猫達はおぉー!とこれからの自分達の支配に期待した。猫猫は頑張った甲斐があったと目が潤みそうになる。
「お、お任せくださいですニャ。改造猫一同、ウィック様の為によりいっそう頑張りますニャ!」
「ケッ、簡単にOFFレンにやられたくせによく言うぜ」
どこかから声が聞こえてきて猫猫はムッとした。心の底から言った言葉をあっさり否定されたのだから無理は無い。
「だ、誰だニャ!」
「……オレだよ」
ウィックの言葉と共に、首領の背後からゆっくりと現れた人影。
猫猫や獣猫は、その顔を見るなりあっ、と叫んだ。虎縞、額にBC団の紋章、そして、トゲの付いた首輪。
「お、お前こんなトコで何をしてるんだニャ!」
「あ~?」
「猫猫……コイツは新しく改造猫部隊に入った、虎猫だ」
「こ、コイツBC団に入ったんですかニャ!」
猫猫は愕然として虎猫を見た。虎猫はフンと鼻で笑ってすぐに猫猫から目を逸らした。
その態度が相変わらずカチンと来たがウィックのいる前で下手な事は出来なかった。
「……コイツはお前達よりも良い動きをしてくれるぞ。今後は虎猫を中心に動くようにな」
「解ったか? 猫猫」
「ぬうう……」
「では、後はまかせたぞ。虎猫よ……」
「お任せください」
ウィックが去ると猫猫はすぐさま虎猫に詰め寄った。が、虎猫は心底鬱陶しそうに猫猫を見た。
「お、お前、新入りのクセして態度でかすぎなんだニャ!」
「新入りとか、んなのより……要は、能力。だろ?負け続けの猫猫さんよ」
「ニャッ……」
爪を磨きながら平然と応える虎猫の態度に猫猫はキレそうになっていた。
だが、ここは先輩の意地として堪えるしかなかった。そうだ。獣猫や操猫も最初はこうだったのだ。
「話終わったなら、オレは失礼するぜ」
「ニャ、ま、待つニャ! どこ行くニャ!」
「オレはお前らみたいな役立たずと一緒に行動したくないんでな」
部屋を出て行く虎猫の背後で猫猫は頭を掻き毟りながらやり場のない怒りを爆発させていた。
「むっ、ムーガーづーぐーニャー!!!」
部屋を出た虎猫の前にひょっこりとエコが飛び出してきた。
もじもじとしているエコを虎猫はじっと見ていた。エコは、言葉に詰まりながら恐る恐る声をかけた。
「あ、あのぉ……せんぱぁい」
「…………」
「タイガせんぱぁい……」
虎猫は鋭い目付きで、エコを見下ろしていた。そのまま、鼻で笑って虎猫はエコの横を通り過ぎようとした。
「あ、ま、待ってください!」
エコは、勇気を振り絞って虎猫の腕を掴んだ。エコは、息を呑んでもう一度話しかけた。
「あ、あの、先輩。先輩もBC団に入って一緒ですよね。ま、また武勇伝聞かせてくださいね!」
「気安く触んな」
「……ふぇ、た、タイガ先輩……」
「オレは虎猫だ。そんなヤツは知らねー。……離せ」
虎猫はエコの手を振りほどいて、そのまま黙々と通り過ぎていった。
エコは、頭の中がこんがらがってしまって何がなんだか解らなかったが、少しだけ寂しい気持ちだと言う事は解った。
「エコ」
いつの間にか背後にボスが立っていた。サングラスの奥の目が鋭くてエコは少し怖くなった。
「ぼ、ボス、タイガ先輩が何か変で」
「あいつはな。ウィック様によって生まれ変わったんだ」
「先輩、タイガじゃないって変な事言うんだ」
「虎猫となった今のアイツには、タイガの頃の記憶なんて必要ないんだ。解るか」
ボスはエコの肩を掴んでゆっくり言い聞かせた。
「???……良くわかんないなぁ」
「タイガもウィック様にお遣いして幸せなんだぞ」
「……」
「タイガの新しい門出を祝ってやれ。それがタイガの為だろ。エコ」
「う、うん……」
肩を掴んだボスの手に力が入った。
エコは納得する気はなかったが、表面的に納得したフリだけしておいた。ボスの目が怖かったのだ。
「解れば良い。さ、今後の出動に備えてどこかで昼寝でもしておけ」
「は、はーい……」
ボスに背中を押されてエコはそのまま歩き出していたが目的地は特に無かった。
寝ると言ってもそんな簡単に寝られない。エコは、仕方なく研究員達のいる部屋に向った。
中では研究員達は何やら忙しそうに、火花を散らしながらメカを作っていた。エコが付き合わされた奴だとすぐ解った。
バチバチと眩しい光が研究員達が囲んでいる鉄の机の上から発せられて目がチカチカと痛んだ。
ようやく、一段落付いて研究員達が鉄の面を顔から外すとエコが机に近寄っていった。
「わっ、何だエコ。入るときはちゃんとノックしろって言ってるだろ」
「オレ、ちゃんとしたよー」
面倒くさいお説教は勘弁だったのでエコはとっさに嘘を付いた。
それよりも研究員達の作っているメカが気になって仕方がなかったのだ。
「ねぇ、オオカミ。この機械は? 爆発すんの?」
「それはな。まぁ、エコに言ったって仕方がない事だ」
「オレだって手伝ったじゃん。教えてよ」
「あー、解った解った。どっかで遊んできな」
完全に子供扱いされていることにエコは憤慨した。
先ほどのタイガの一件と言い、エコには不快な要素が次々と襲い掛かってきていたせいで怒りを誘発しやすくなっている。
「遊ぶって言ったって、外出たらダメだって言われてるじゃん!」
ダンダンと足を踏み鳴らしながらエコは研究員に自分の怒りを訴えた。
しかし、研究員は適当に相槌を打ってますますエコの怒りは頂点に達しようとしていた。
「誰か遊ぶ奴がいるだろう。……そういや、タイガ様が来たとかボスが言ってたな」
「先輩は無理だもんー!」
「ほー、そうかそうか」
「タイガ先輩、オレの事忘れちゃってるし。変な事ばっかりなんだよー!」
「そりゃ大変だなー。じゃぁ思い出してくれる様にガンバレな」
「思い出すって!…………」
エコは、研究員の言葉にピンと閃いた。そうだ、忘れているなら思い出してもらえば良いのだ。
でも、まともに話してもダメだろう。どうせならタイガの好きなAVが良いと思った。それには、外に出なくてはいけない。
「さ、仕上げるぞ」
「よーし、やるか」
研究員達は相変わらずエコをほったらかしにしてメカを組み立て始めた。
脱ぎ捨てた白衣がバサッと椅子の前にいたエコに覆いかぶさる。視界は真っ白。
「わっ、も~………………!」
エコは、白衣すっぽりとかぶさっていていたあの状況にピンと来て、白衣をそっと掴んで部屋を抜け出す。外に出る絶好の方法があった。
そのままエコは誰にも見られないように出入り口までやってきたが、出入り口には見張りの改造猫らがいた。
「だ~か~ら~。オレ様がイチバン上だって事をアイツは解ってないのニャ!」
「俺、アイツ、嫌い」
「だよニャー。生意気だよニャー!」
見張り番となっているのは猫猫と獣猫の二人だけだった。よく見れば奥の雑巾みたいのは操猫の様だ。
あそこさえ抜け出せば、後は外に出られる。エコは、持ってきた白衣を頭から被ってゆっくりと近づいていった。
「第一、オレ様が猫なのにアイツが虎ってのが気に食わないニャ。まんまだニャ」
「虎、獣」
「あ、そうだニャ。虎も獣だニャ。名前被ってるよニャ~やっぱり気に食わ……ニャ?」
見張り番に5メートルほど近づいたときに猫猫は白い布を被ってやってくる謎の物体に気が付いた。
エコは、ドキドキしながら足が震えてしまうのを悟られないようにしながら近づいていった。
「だ、誰だニャ? 獣猫かニャ?」
「俺、いる」
「あ、そうだったニャ。じゃぁ、誰だニャ? ちょ、ちょっと止まるニャ!」
そのまま突っ切ろうとしたがエコの前に猫猫が通せんぼしてきた。エコは仕方なく止まる。
猫猫はジロジロと頭から足まで眺めていた。エコはどうすれば良いか、頭をフル回転した。逃げても捕まるだろう。
適当に被っていれば逃げおおせるだろうと思ったのが甘かったとエコは悔やんだ。
「誰だニャ? ちょっと面出せニャ」
猫猫が白衣を引っ張るとエコはそれを取られないようにしっかりと布を掴んだ。
白衣が鼻にこすれて痛いが、声を出せばバレてしまう。口を真一文字に結んでエコは耐えた。
「しぶとい奴だニャー! いい加減に……ニャッ!?」
突然、猫猫が白衣から手を離したのにエコは気付いた。
「う、う、ウィック様! も、申し訳ございませんでしたニャ!」
「?」
エコは白衣のボタンの間が開いて頬の所が見えてしまっていたのに気付いた。
するとその部分が妙な感覚を感じているのに気付き見てみるとそこへ額のシールがずり落ちていた。
エコは、コレ幸いにと、模様を猫猫に見せ付けてゆっくりと歩き出した。
「う、ウィック様、何故そのような布を被って……」
「……ウォッホン!」
「あ、し、失礼しましたニャ!」
猫猫がウィックに弱いお陰でエコはまんまとアジトから脱出することが出来た。
外に出るとエコは白衣を脱いで、久々のシャバの空気を堪能しながら走り出した。目指す場所は……今から決める。
「……完成だ」
研究員たちは今までの苦労を思い出すかのように大きく息を吐き、
机の上の携帯電話の様な大きさの黒光りする長方形のメカを見た。
「完成したか……」
ドコからともなく現れたウィックが待ちわびていたかのように歩み寄ってきた。
それを愛おしそうに触れようとするウィックを研究員は制した。
「お待ちくださいウィック様。まだ、最後の仕上げが残っています」
「時間がかかるのか」
「そこに、中央に小さな穴がありますでしょう」
研究員が指差した先につまようじで突いた様な小さい穴が空いていた。
真っ黒いツヤのあるメカの表面のせいでその穴が変に引き立っていた。
「そこに、増幅用の装置を付ければ完成です。なぁに、ほんの2,3秒です」
「ならば早く完成させろ」
待ちきれない様子のウィックはで、苛立ちながら研究員に言った。
研究員は、すぐさまテーブルから離れ辺りを見回し始めた。
だが、徐々に研究員の顔が疑問、把握、衝撃と言う順序で変化していったのをウィックは見逃さなかった。
「……どうしたんだ」
「い、いえ、そ、それが。白衣のポケットに増幅用の装置を入れていまして……」
「無いのか」
研究員はとてもその先を言える様子では無く、ウィックが理解するのを待った。
ウィックはその態度がますます気に入らず、研究員に掴みかかった。
「……何故、そんな所に入れていたんだ!」
「ま、豆粒ほどの大きさですから、先に加えておくと焼ききってしまいますし、無くならない様に……」
「今すぐ作れないのか……!」
「…………」
研究員は目を逸らして、冷や汗をかいたまま黙っていた。
「……貴様!」
ウィックはそのハッキリしない態度についに逆上し研究員の顔を殴りつけた。研究員は声をあげずに地面に倒れた。
ウィックは怒りに震えながら再び研究員に殴りかかろうとしたが他の研究員がそれを取り押さえた。
「う、ウィック様、もしかしたらエコが」
「……何だと?」
「研究員以外に入ってきた者と言えばエコぐらいしかいませんので……多分」
ウィックは研究員の腹を蹴飛ばし部屋を出た。外には虎猫が跪いた状態で待機していた。
「ウィック様、どうされましたか」
「……部品を持ち出した奴がいる。……エコだ」
「!」
虎猫は立ち上がると口惜しそうに唇をかんだ。
「BC団の風上にも置けない奴め。ウィック様、直ちにこのオレが捕獲してきましょう」
「……早急に頼むぞ」
「この虎猫、命に代えても必ず」
「……必ずだ」
「ハッ」
虎猫はすぐさまウィックの怒りは自分の怒りだと言わんばかりに走り出し、見張り役である猫猫の所へ向った。
「ニャハハハ、それマジかニャ?」
「ホント、だ」
地べたに座り込んで獣猫と談笑していた。のん気なその態度に虎猫は腹が立った。
二人の前にやってくると、猫猫らはメンドクサイ奴が来たと言う顔をした。
「……オイ、猫猫。獣猫」
「へいへい、一体何だニャ~?」
猫猫の体は突然、宙に浮いた。虎猫の右手が猫猫の首を思い切り締め付けていた。
物凄い力で、猫猫がいくら足をバタバタと動かしてもビクともしなかった。
「見張りのクセに何やってたんだ? お前達のお陰でな、ウィック様はお怒りだ!!」
「ニャ、く、くる……く……」
「エコだ。エコを探せ! 部品さえ無事ならば破壊しても良い。解ったか! 解ったな!!」
猫猫の体は床の上に投げ出された。猫猫は、咳き込みながらその怒りを口にする事なく
アジトを出て行く虎猫の背中を憎憎しい目で見ていた。
「えーとえーと、どこに行けば良いのかな」
エコは白衣を肩から掛けたままブラブラと街中を歩いていた。
久々の外だからと言ってはしゃげるのも最初だけで、タイガに思い出させる様な物のアテがあった訳でも無く
既にエコは自分が追われている立場である事を知らないままのんびり散歩していた。
「あ、先輩と食べたラーメン美味しかったなぁ。ラーメン持って行こうかな」
とりあえずエコは目に見えるもので良い物があればそれを持っていこうと思った。
しかし、何でもかんでも持っていけるわけでは無い。エコも次第に興味が店頭の商品等に移ってきてしまった。
八百屋の甘そうなリンゴの赤や、化粧品店のパステルカラーのリップスティックたち。どれも綺麗だ。
『……由美子。どうしてもニューヨークに行くのか』
エコが店と店の間を通ったとき、聞き覚えのある声が聞こえた。
そこは電気店。ショーウィンドーに並んだ最新型の薄型液晶プラズマ壁掛け大型カラーテレビ受像機。
画面の中では眉目秀麗な男と女がどこかの岬で抱き合っていた。エコは何だったかなと画面を見ながら考えた。
『「柊家の人々」、最終回。このあとすぐ』
「あぁっ! 今日、ドラマ最終回だー!」
エコは当分TVと離れていたために、毎日見ていたドラマが本日最終回である事をようやく思い出した。
最終回は絶対エコは見なければならないと思った。しかし、外は寒い。アジトにはテレビが無いし……。
「あ」
エコはまたもや良い事を思いついた。今日は頭が冷えているお陰か、今まで外に出ていないせいか頭が冴える。
ずり落ちてくる白衣を上げながらエコは走りだした。その先は……OFFレン本部だ。
……で、目的地のOFFレン達はアチコチに散らばって聞き込みや偵察を始めたが収穫が何もなく、完全にお手上げ状態。
結果が見えてこないと士気も下がってしまうのは自然の摂理で、OFFレンは、ただただうなだれていた。
「お邪魔するよー」
そこへ、エコがトコトコと何食わぬ顔で入ってきたのに隊員達が気付くまで時間が掛かった。
普段からあまりにも馴染みすぎていたせいでもある。
「ちょっとテレビ借りるねー」
「え、ちょっ……」
そのままエコは勝手にテレビを付けちょうどOPが始まったのに安心しながらソファに座った。
CMに入るとエコはくるっとこっちを向いてくりくりとした目でこっちを見た。その速さに目があったレッドはドキッとした。
「ねぇ、タイガ先輩が大事にしてる物とかある?」
「あ、え、さ、さぁ。エロ本とかならその辺にあるけど……」
エコは、テレビの前で横倒しになっている紙袋を見たがすぐまたこっちを向いた。
「うーん、もっと他の。すっごく大事な事だからさー。好きな物とかでも良いよ」
「す、好きな物ねぇ……」
「シェンナ、知ってますよー。タイガくん、お刺身が好きなんですー」
「それ高い?」
「すっごい高いですー」
「じゃダメだ」
エコは、首を振った。
「野球は阪神が好きですー」
「んー。どこに行けば見れる?」
「あはは、今はシーズンオフだよ」
「えー。困ったな。簡単に手に入る物ないかなぁ。あと安くてさぁ」
「お花はどうですかー。タイガくんコスモスが好きなんですよー」
「ふーん。じゃぁ……あ」
エコは、テレビ画面にドラマ本編が映ったのに気付きすぐに顔をテレビに向けた。
何やらハイテンションで繰り広げられるドラマの世界にエコはもう入りきっていた。
「……なんなんですかね。この子はホントに」
タイガより立ちの悪い、引っ掻き回すだけ引っ掻き回すエコのやり方に隊員達はただ唖然とするばかりだった。
「あ、そういや、エコも今BC団にいるんじゃ……」
「!」
レッドの何気ない言葉に隊員達がすっかり忘れていた、と言うよりエコが思い出させなかった事に気が付いた。
エコがここにいると言う事はつまりアジトからここにいた訳で、アジトがなければエコはどこから来たのか……難しくなってきた。
「なぁんだ。飛んで火にいる冬のエコ。早速、アジトの場所を聞こうじゃないの」
と、レッドが立ち上がるとグリーンはすぐさまレッドの尻尾を掴んだ。
「待ってくださいレッド」
「?」
「……怪しいと思いませんか」
レッドはエコを見た。テレビ画面では熱烈なキスを繰り広げているラブシーンが映っている。
エコが「うぅっ、うぅっ」と泣いている。怪しげな点を探せといわれる方が困難だ。
「巧妙に我々をミスリーディングさせたBC団の一員なのですよ。もしかしたら罠かもしれません」
「え~まさかさかさままさかさまだよ。グリーン」
「ここは慎重に行動すべきです。皆さん、緊急会議です」
隊員達はテーブルの中央まで身を乗り出してこそこそと会議を始めた。
罠である場合と罠でない場合を想定し、仮に前者であった場合、後者であった場合を考え
さらには拷問、取り調べ、泣き落とし、催眠、中華風など様々な案が出たが一向にまとまらなかった。
だが、まとまらない会議ほど長続きする物は無く、極論に傾きそうになっては隊員がそれを制し、
無難な案に落ち着こうとすれば保守的だと自称革新的な隊員から批判が出る。酷くなれば、早くも今年の10大ニュースを決めてしまう。
「と、とにかくまずはエコの身柄を確保する事がですね……」
「コラニャー! エコを出せニャー!」
突然、ドアをぶち破って猫猫、獣猫が現れた。奥にいるのは操猫か食卓塩か隊員でも見分けがつかない。
「あっ、BC団! やっと来ましたね。さぁ、アジトの場所を吐いてもらいましょうか!」
「そんなのどうでも良いニャ。エコだニャ。エコを出せニャ。ここにいるのは解ってるんだニャ!」
「エコならばそこに……」
グリーンはソファの方を指差したが、そこにはエコの姿は無かった。
テレビ画面では良く解らないバラエティの再放送が流されている。
「あぁっ、いない!」
「ニャにー!? ど、どこへやったニャー!」
猫猫は充血している目をガンガングリーンに見せつけながら詰め寄ってきた。
「ど、どこにもやってませんよ」
「嘘付けニャ! エコが重要な部品を持っているから隠してるんだニャ!」
「じゅ、重要な部品とは?」
「洗脳電波発生装置の部品だニャ! あれが無いと全国洗脳計画が……」
「猫猫、やめる」
獣猫が思い切り猫猫の頬を殴ると猫猫は壁面に吹っ飛んだ。
ずるずると猫猫がずり落ちると共に赤黒い物がこすりつけられていた。汚い。
「いない、別に、良い」
そして獣猫は猫猫と操猫をおぶって疾風の様に本部から出て行った。
あっと言う間の出来事に隊員達は何も出来なかった。
「全国洗脳計画ですって!? きき、聞きましたかレッド」
「聞いたかといわれればこの耳でしかと聞いたよ」
「急いでエコを探しましょう。恐ろしい計画を阻止するべきです。早急に動きましょう皆さん」
包帯を解きながらグリーンは早口で言い切った。
すぐにでも飛び出していきそうなグリーンだったが、
「……大丈夫ですよ。部品なら私が持ってます」
クリームがフィルムケースを取り出しカシャカシャと降った。中に小さくて黒い物が入っているようだ。
「クリーム! ど、どうしてそれを」
「エコがTVを見てる隙にこっそり抜き取っておいたんです。だから大丈夫ですよ」
「す、凄いやクリームは」
ライトブルーが惚れ惚れした様な顔で言うとクリームもまんざらでなさそうに微笑み、椅子から立ち上がった。
そのまま冷蔵庫の方に向い、冷凍庫を開けギュウギュウに詰まった冷凍食品の中にそれを押し込んだ
「これは、ここに隠しておきましょう」
「あ、良いアイデアですね」
「ですがまだ油断できません。早く改造猫を捕まえてアジトの場所を吐かせましょう」
クリームがレッドに目配せをするとレッドは頷きすくっと立ち上がった。
「よし、OFFレンジャー出動だ!」
「オー!」
隊員達が一斉に部屋を飛び出し、玄関を飛び出し地上へと階段を駆け上がった。
通天閣の股下を潜り抜け、隊員達は大阪の街中に飛び出す。通りを駆けて行く隊員を市井の人々は全く気にしていない。
「待ってください」
と、そろそろカッコイイBGMでも流れ出そうかと言うとき、クリームが叫んだ。
隊員は水を差されたような気分がして、立ち止まり振り返った。
「隊長、本部に戻りましょうか」
「う、うぇぇ!?」
「今帰れば、面白いものが見られますよ。きっと」
クリームは何か思惑ありげに微笑んだ。
「貴様の不注意でどれだけ計画が遅れたと思っているんだっ!」
ボスは、鞭を何度も何度も打ちながら研究員を叱責していた。
既に研究員の意識は半分ほど飛んでおり、その痛ましさは他のオオカミらから見てもすさまじかった。
「ぼ、ボス……もう良いじゃないすか。研究員だってわざとやった訳じゃ」
「そうそう、ボス。ピリピリするのはわかりますけどやっぱ。ホラ……」
しかし、ボスは鞭を振るうのを止めず怒りに満ちた眼で何度も何度も鞭を唸らせた。
「ボス、どうしたんすか、おかしいですよ。何だか別人みたいで」
「黙れ! ウィック様の期待を裏切ることになった俺の屈辱がまだ解らないのか!」
ボスは喉が張り裂けそうな大声で怒鳴った。そのすぐ後でまた鞭の破裂音が響いた。
「でも、ボス。そんなに打てば研究員が……」
「そんな物、別な奴に代われば良いだろう」
「ぼ、ボス。そんな!」
ボスはイライラしてきたのか、思い切り鞭を地面に叩きつけてオオカミ達に振り返った。
「さっきからうるさいぞ! お前らの代わりはいくらでもいるんだ。とっとと失せろ!」
ザコオオカミ達は、悲しそうな目でボスを見た。
だが、ボスはすぐさま向きなおして鞭を振るい始めた。
「…………」
……先ほどまで隊員達がいたOFFレン本部。そのリビングの扉がゆっくりと開いた。
電気が消え真っ暗だが、人影は一つ。辺りを見回しながらその人影は冷蔵庫に近づいて行った。
人影は再び辺りを確認し、ゆっくりと冷凍室を引き出した。
冷たい冷気が顔に当たりその人影はぶるっと震えた。
同じように震えている指先をぐっと中に押し込み、その人影が探している物を手探りする。
「!」
手ごたえに気付きその人影はそっと中からフィルムケースを取り出した。
冷凍庫から漏れる明かりに照らされて怪しくケースが光った。
「……そこまでよ」
暗い部屋にパッと電気が付いた。人影はその眩しさに目を細めた。
半開きの扉の側にはクリームが立っていた。後からぞろぞろと隊員達が入ってくる。
「やっぱり貴方だったのね……ライトブルー」

フィルムケースを手にしていたのはライトブルーだった。
しまった。と言う顔を一瞬見せたがライトブルーはすぐさま笑って近づいてきた。
「や、やだなぁ。クリーム。オイラは、ここじゃ無用心だから別な場所に移動しようって」
「どうもオカシイと思っていたのよね。オオカミの情報を仕入れるのはいつも貴方。それに、
まるで倒し終わったのを見計らった様に入れ替わり起こる騒動。グリーンも無防備な時に狙われ、そしてさっきの改造猫乱入ね」
「そ、それは、オイラが常に周りを気にしているからこそで……別に。ねぇ、みんな!」
ライトブルーは笑って隊員達を見た。その作り物の様な不自然な笑みの違和感は隊員達も気付いたらしい。
「いっとくけど、その中にあるのはただの甘納豆。部品じゃなくて残念だったわね」
「…………」
「正体を現したら? ライトブルー、いえ、あなたは写猫ね」
ライトブルーは急に表情を無くし、手にしていたフィルムケースをポンと床に放り投げた。
「チェッ、せっかく良い所取れると思ったのに。超残念って感じ」
彼はお腹の中をゴソゴと触ると、突然のフラッシュと共に写猫へと変化した。
「本物のライトブルーをどこへやったか聞かないですー!」
「フッ、ライトブルーなら今頃地下の倉庫で……って、聞かないのかよ! 調子狂うって感じ!」
写猫が突っ込んだ隙にクリームは写猫に飛び掛り右手を掴むとあっと言う間に一本背負で床に叩き落した。
自分の体が床にあると写猫がそれに気付いたのは掴んだ右上をクリームが捻り上げた時だった。
「い、いたいいたい。マジ痛いって感じー!」
「アジトを教えてもらいましょうか」
「もう少しカッコつけたかったのに……」
クリームの見事な事の運びかたにレッドは、少し危機感を抱いた。
呆然とクリームを見ている隊員達にわざとらしくレッドは言ってみた。
「……ぼ、僕も本当の力を解放したら凄いけどね。ホント」
「……虎猫、まだ見つからないのか」
イライラしながら壁を殴りつけていた虎猫にウィックは声をかけた。
一方の虎猫は、すぐさま跪き歯を食いしばるほど口惜しそうに声を出した。
「ま、まだです。しかし、ウィック様の為。必ず探し出させますのでご安心ください」
「……虎猫。ならば一足早く目的地へ向い、先に事を済ませておけばどうだ」
ウィックがあれほど慎重な作戦の過程をすっ飛ばしている。虎猫はウィックが相当焦っていることに気付いた。
それが虎猫をますます苛立たせてしまっていた。だが、首領の命令は絶対である。
「ウィック様、了解しました。そして必ずや、計画の成功を……」
「……虎猫、頼んだぞ」
「これもウィック様からのご恩の為、お任せください」
虎猫は、拳を握り締めながら怒りに震えていた。
それもこれも、全てはBC団の為、ウィックの為。虎猫の瞳は遠いあの場所を見つめていた。
捕らえた写猫を縛りに縛って隊員達は正真正銘のアジトに向っていた。
先を急ぐ犬の散歩風景の様に、写猫を縛った縄を腰に巻いたレッド以下一同は黙々と大阪の街を歩いていた。
「なぁ、ちょっと、こ、これ、恥ずかしいって感じ……」
「だまらっしゃい!」
写猫は変な屈辱に耐えながらアジトに向っていた。途中何度も逃げ出しそうになったので
本部を出発して10分も経たない内に写猫の両手を他の隊員が掴むと言う厳重な体制になった。
それから10分、計20分後。正真正銘のアジトに着いた。
「まさか、ここだったとはね……」
見覚えのある入り口、見覚えのある地下への階段。見覚えのある通路、壁のヒビ。
そう、ここは既に解散したはずのオオカミ軍団の元アジト。
「お、俺、さすがにこのままじゃ帰れないって感じ」
「黙れ若造! とっとと地下へ案内するんだよ! オラッ!」
「うぅぅ……」
無様な格好でアジトに帰るのはプライドが許さないのかそれともウィックが怖いのか、
時々、立ち止まる写猫を後ろから蹴りながら隊員らはアジトの奥の奥へと向っていくと、
自然と大きな扉のある集会所の前へとたどり着く。
「ん」
と、「この中だ」と言う風に写猫があごで指し、隊員達はそっと扉を開けた。
立て付けの悪さのせいで扉は蝶番からギィギィと嫌な音を立てていた。
そっと中を覗いたが、がら~んとしていてアジトどころかただの空室にしか見えない。
「コラ、写猫! また僕らを騙す気だな。そうは問屋が卸売りだぞ!」
「ば、馬鹿。 隅に扉がある感じだろ」
レッドは再び部屋を除くと右隅の床に小さな扉がある。床と同じ白で統一しているがよく見ればたしかに扉だ。
「ホッ、じゃぁ早速入ろうか。ね。みんな」
『残念だが、入らせるわけにはいかんな』
急に声が聞こえたかと思うと白い扉から茶色いオオカミ達がぞろぞろりと飛び出してきた。
あれよあれよと言う間に体育館ほどの広さがあった集会所いっぱいにオオカミらが集まった。
オオカミが道を開けたその奥から現れたのは、何やら雰囲気がただならぬボスオオカミだった。
「……どうやら見つかってしまったようだが、ウィック様の野望のためだ。ここは通さない」
ボスがOFFレンを威嚇する様にムチを地面に跳ねさせた。
一瞬怯んだが、隊長の意地で写猫の背後に隠れる。盾のお陰でレッドの自信も回復だ。
「そ、そうはイカの磯部焼きっ。BC団の悪だくみは全てお見通しだぞ!」
「……ならば、お前達には消えてもらおう」
ボスの放ったムチが写猫の顔面に破裂音を立てて当たる。
「ひぎゃっつ!」
写猫のただならぬ声を聞いてレッドは慌てて写猫から離れた。
一人残された写猫は後ろ向きに倒れたまま動かなくなった。
「さぁ、今度こそお前たちの番だ」
ボスは手にしたムチをパチンと伸ばしてじりじりと近づいてきた。
機械の様に冷静でいてまるで感情が無いその表情は金縛り同様の効果を持っていた。
「あ、が、が……」
動こうにも、体が固まって動けなかった。
部屋の冷たい壁を背中に感じながら隊員達は詰め寄るボスの顔をただ恐怖に満ちた顔で見ているしかなかった。
「いくぞ」
ボスはゆっくりとムチを振り上げた。
「ふぅ、ふぅ、はー。こすもすってどこに咲いてんだろうなー」
まさか、自分がさらに別な方向から追われているのも知らず、
ぷらぷらとコスモスを探して走り回るエコが夕暮れの尾布市の街中にいた。
「あのー。こすもすどこにあるか知りませんか?」
と、道を行く人々に尋ねてみても誰も応えてはくれなかった。
ある人に新婚旅行で行った先のコスモス園が綺麗だったと言うどうでも良い話までされてエコは余計混乱してしまった。
「ま、まさか伝説の花なのかな。先輩が好きなんだもんな。普通の花なワケないよなぁ……」
自然に囲まれて育ったエコは花は摘む物だと言う認識が強く、花屋と言う物がこの世にある事は知っていても
花屋に行けば良いと言う考えがすっぽりと欠落してしまっていた。
「あ」
だが、尾布市内を歩いていれば嫌がおうにも花屋が目に付くいてしまう。
大通りのT字路のちょうど角。その正面にはエコが良く知っているホランの会社ビルがでんと建っている。
ホラン社長御用達の花屋である。エコはそれを見ると回り道していた自分を悔いるよりも先に発見の喜びを感じるのに夢中だった。
「あっ、あっ、こすもすくださーい!」
騒がしく花屋に転がり込んだエコは、側の花の束に突っ込んで頭をぶつけたが、
それでも、気丈に立ち上がり驚いている花屋の店員に詰め寄った。
「な、何をお買い求めですか?」
「こすもす一個ください 先輩にあげるからさ、綺麗なのがいいなー」
「えっと、コスモスですか?」
「「こ」と「も」と「す」と「す」で、こすもすだよ。早く早く!」
花屋の店員は困った顔で期待に満ちているエコを見ていた。
次第にエコもその雰囲気だけは察することが出来たのか徐々にアクションも弱弱しくなって行き、じーと店員の顔を見るだけになった。
「コスモスはね、シーズンじゃないから今は置いてないんです。取り寄せも8月下旬頃じゃないと」
「そんなぁ……」
何となく予感はしていた為に思ったより激しい落胆振りは見せなかったエコだったが、
それでもじわじわと体の中心部からガッカリさが広がっていくのを感じた。
「先輩が好きだって言うからオレ、絶対欲しいんだけどなぁー」
「う~ん。この時期だとカトレアなんてどうですか。香りも良いし綺麗だし。プレゼントにぴったりです」
「か、かとれあ……それってこすもす?」
「全然違う花ですけど、コスモスと同じくらい綺麗ですよ」
「ダメだよー! こすもすじゃなきゃさぁー!」
エコは、どかっと床に座り込んだ。
「こすもすをくれるまでオレ、動かないからなー!」
無理やり低音を出して言ってみた。かすれてしまって上手く言葉になっていなかったが、
店員さんは困った顔をそのままエコに向けたままうぅんと考え込んでしまった。
「…………」
エコは腕を組んで石の様に座り込んでいたが、店員も困っているし、あぁ言ったものの、
そんなに長くはここにいたくないしでエコは内心もう少し他の事を言えばよかったなと早くも後悔し始めた。
「あ、そうだ。造花で良ければ差し上げても良いですよ」
「ゾウカはこすもすなんだね?」
エコは、コスモスかどうか確認するまでもなくコレ幸いにと立ち上がった。
「作り物のお花ですよ。プラスチックですけど精巧ですし」
「それ高い?」
「前に装飾用に使ったものなんで、捨てようかと思ってたんですが欲しければタダで差し上げますよ」
エコは、タダと言う響きになおさら引かれてすぐさまその話に乗った。
店員はホッとした様子を見せすぐさま店の奥から造花のコスモスを一輪持ってきた。
エコは造花の綺麗さが想像以上だったので喜びも増し、ペコペコと頭を下げて店員にお礼をした。
「よぉし。これで先輩も喜ぶぞ」
ほくほく顔で何が待ち受けているか想像すらしていないエコはアジトに帰ろうと、店を出ようとしたその時だった。
花屋の前を忙しげに通り過ぎていく虎猫の姿を一瞬エコの目が捕らえた。
「せ、せんぱっ……!」
造花を頭上で振りながら店を飛び出したエコだったが、虎猫の足は速く、姿は既に遠くにあった。
エコは、どんどん遠ざかっていく先輩を追うべく走り出した。
「……くっ!」
ボスの振り上げられたムチはレッドもその後ろのグリーンも、
そして非常に残念なことにレッドの横にいたオレンジにすら何故かあたることは無かった。オレンジにすら。
「離せ! 離さんか!」
恐怖で閉じられた眼をゆっくりと開けると、目の前のボスの両手両足をザコオオカミ達がしがみついて制止ししていた。
ボスは、もがきながら怒鳴っていたがそれでもザコオオカミらは辞めようとはしなかった。
「ボス、いい加減にしてください」
「こんな俺達でも、大事にしてくれたからこそボスに突いてきたんじゃないっすか!」
「そんなボス、俺、大嫌いです」
「俺だって!」
「俺もです!」
ザコオオカミらの悲痛な叫びが隊員らをハートウォーミングな雰囲気にさせていたが、
ボスは全く聞こうとはしなかった。
「改造猫! 何をしている! 早く来い! 改造猫!」
地下扉から慌てて飛び出してきた猫猫がオオカミににゃんにゃかビームを食らわせ、猫化させると
わずかに動くムチを無茶苦茶に振り回し、ボスはオオカミを振り払った。
「さっきから聞いていればくだらんことを……貴様ら!」
ボスはオオカミ達にムチを振るい、猫になりきっているオオカミらを痛めつけていた。
「ウィック様の邪魔をする気か! 馬鹿者どもめ!」
「ニャぁ……相変わらず痛そうだニャ」
「お前達はOFFレンを倒していろ!」
ボスからの怒号にビビリまくりながら猫猫は180度向きを変えてオドオドとファイティングポーズを取った。
獣猫と意気消沈している操猫はその横でめんどくさそうに突っ立っていた。
「行くニャァァァ、フギャッ! ギニャァァァァッ!」
駆け出した猫猫の顔面をボスが後ろに振り上げたムチの先が滑っていった。
音速を超えているムチの先端に勝手に滑られた痛みで猫猫は顔面を押さえながら地面にのた打ち回っていた。
獣猫の呆れた顔がその悲痛さをさらに引き立たせていた。
「(ハッ! 今の内に攻撃しなきゃ)」
ドタバタと色々な事が起こりだしている最中、レッドはようやくやるべきことを思いついた。
改造猫はあんなだし、ボスもザコオオカミらに眼が向いている。
「おふれんれっつごぉ……」
小声で隊員達に呼びかけ、レッドを先頭に隊員らは一気に倒れている猫猫を踏みつけながらボスに向っていった。
レッドは勢い良くペンダントを掴んだ。勢いがつきすぎて少々指に先が食い込んでしまった。
「!」
ボスは隊員らが迫ってきているのに気付き振り返った瞬間、
レッドのスターヨーヨーはボスの顔面に命中した。サングラスにヒビが入った。
「うぁぁ!」
ボスはすぐさま顔を抑えてうめき声を上げた。
レッドはそのまま格好良く着地するはずが少し足が滑っってしまい、しゃがみ込みながら両手を広げて誤魔化した。
「ボス、大丈夫ですか!」
「ボス!」
あれだけ痛めつけていたザコオオカミらが苦しむボスに駆け寄った。心温まる名場面。
しばらくして素顔のボスが顔を上げると不思議そうに周囲を見回した。
「……何やってるんだお前達」
「何って、ボス。どうしたんですか」
「何だお前らそのデコのマークは。ん、ありゃ俺の顔にもなんかくっついてるぞ」
シールを剥がしながらボスは立ち上がってポリポリと頭を掻いた。
オオカミが、確認の為にボスに一部始終を話してみるとボスは苦笑しながら頭を振った。
「ハハハ、馬鹿言うな。俺はちゃんと断ったぞ。そっから先は……あれ。何だったかな。ホラ、あいつもいた」
ボスが指差した先には暗い雰囲気の操猫が立っていた。
レッドは要約点と線が繋がったとばかりにわざとらしくポンと手を叩いた。
「なるほどね。ボスは上手く利用されちゃってたワケか」
「何だ。そうだったのか。まぁ、お前達、悪かったな。この埋め合わせはするからな!」
「良いんですよボス。俺らとしては、いつものボスに戻っただけで十分です」
「ん?そうか。ハハハ」
和気藹々としたオオカミ軍団の光景に隊員達も良かった良かったと胸をなでおろした。
と思いきやさすが隊長。問題が全く解決して無いことに気付いた。
「あれ、そういや、例のチップを持ったエコとかその洗脳装置とかほっといて良いのかなぁ」
「あぁっ! そういやそうです。 改造猫、洗脳装置はドコですか!」
一人まともな獣猫が、その言葉を待ってましたとばかりに悪者ぶった笑みを浮かべた。
「ここ、無い」
「なにー!? ど、どこですか!」
「今頃、テレビ塔、BC団、天下、取る、OFFレン、終わり、俺、絶対、教える、しない」
綻んだ口元から牙を光らせている獣猫だったが、隊員達は改造猫の馬鹿さ加減に安心した。
「よし、急いでテレビ塔に向おう。エコを見つけられる前に!」
「了解!」
隊員が一斉に飛び出していくと獣猫は何故OFFレンに場所が解ったのかと焦りながら倒れている猫猫や写猫に声をかけた。
「猫猫、起きる、写猫、起きる、OFFレン、テレビ塔、行った、ウィック様、叱られる、!」
改造猫は、強心剤の如き首領の名前にすぐさま目を見開いた。
「1、2、3……18人か。チョロいもんだな」
欠けの一つすら見当たらない爪を虎猫はスカイデッキのベンチに座って磨いていた。
足元には無数の警備員がボロボロになって倒れている。虎猫は、つまらなそうにそれを眺めた。
「ん……?」
と、その時チンとエレベーターが上がって来た音が聞こえた。
ここに上がってくるまでの従業員らしき人物は倒したし、見物客らしき奴らは勝手に逃げた。
警備員の応援部隊かと、内心ワクワクしながら虎猫はエレベーターの開く扉を見た。
「あ、先輩!」
エコだった。虎猫の耳がピンと立った。逃げられては元も子もない。
ゆっくりとこっちに歩いてくるエコを見つめたまま虎猫はじっとしていた。
エコの肩にかけられた白衣に目標を定めた、と同時に後ろ手に何か持っているのが虎猫は気になった。しばらくは様子見だ。
「えっと、タイガ先輩。足が速いからオレ、なかなか追いつけませんでしたよ」
「…………そうか。それは悪かったな」
虎猫の言葉にエコはホッとした。やっぱりいつもの先輩と同じだと思うと何だか遠回りした気もしてきた。
「まぁ、こっちに座れよ」
「あ、ハイ」
虎猫の隣にいそいそと向い、エコは横に座った。
エコの右肩にかけられた白衣がちょうどこちら側に来て虎猫はそれに手をかけようとした。
だが、エコは邪魔になるからと気を利かせて反対側の肩に掛けなおした。
「(チッ……)」
「あれ、これもしかして全部先輩が倒したんですか?」
床一面に倒れている警備員にいまさらエコは気付いた。
「そーだ。これがブラックキャット団の強さだ」
「いえ、これは先輩が強いんですよ。凄いなぁー! お、オレ、やっぱり憧れちゃうなぁー!」
エコは尊敬の眼差しで虎猫を見たが、虎猫は自分の仕えている組織の強さを否定された気がして苛立った。
「あ、そうだ。先輩、その首輪カッコイイですねー」
虎猫の苛立ちに気付かずエコは虎猫のトゲトゲの付いた首輪を指差した。
「前のリボンみたいなのもカッコ良かったですけど、オレ、そう言うのもカッコイイと思います」
「……何の話だ? オレはずっとこれを付けてるぜ」
「あぁー。やっぱりどっかで頭ぶつけたのかもしれませんねぇ。せんぱぁい」
「?」
「あ、そういえば今日、新しいドラマが始まったんですよ。えっとですねぇ……」
馴れ馴れしく訳の解らない事を言ってくるエコに虎猫はそろそろ限界がきはじめていた。
既に、目標はそこにあるのだ。虎猫は勝手に喋っているエコの背中にそっと手を廻し始めた。
「今度は、真帆って女の人が凄い事になるんです。凄いことって言うとぉ……」
エコは全く気付いていない。虎猫の指先が白衣に触れた。思わず笑みがこぼれる。
「そこまでだ! ブラックキャット団!」
と、そこへエレベーターの到着音と共に飛び出してきたレッドがビシッと虎猫を指差した。
虎猫は、舌打をすると同時にスッとエコから白衣を抜き取っていた。
「あれ、 た、タイガ……?」
「あっ、タイガくん!?」
虎猫を見て隊員達は驚きの声をあげていた。だが、当の本人はめんどくさそうに隊員らを見ていた。
「だーかーらー。オレは……ま、別に良いか」
虎猫は、白衣のポケットを探り中から小さなアンテナの様な物を取り出した。
「まさかそれは街でウワサの洗脳電波発生装置じゃないでしょうね!」
グリーンがヒステリックに身を乗り出して叫んだ。
何をそんなに焦っているのかとレッドは少し冷ややかに感じていたが、よく考えれば当たり前でレッドも焦り始めた。
「ハハハハ!その通り! まもなくこの世界は我らがブラックキャット団の物になる!」
それをどこからか取り出した四角い機械の上部に差し込み、ニヤリと笑った。
「これをあのてっぺんにつけりゃ、皆がウィック様にひれ伏す。お前達はもう終わりだ」
「そ、そうはさせないぞ!」
「ふーん。どうするって言うんだ?」
悪どい笑みを浮かべて隊員らを見つめる虎猫。いつもと違う様子に思わず怯んでしまう。
だが、勇気を振り絞りここは隊長の意地で虎猫に人差し指を力強く向けた。
「お、お前を倒すっ!」
「へぇ……そんな事、出来んのかな」
虎猫が首を廻しながら冷ややかな眼でレッドを見た。
だが、その二人の間をサッとエコが割って入った。
「先輩、おっ、オレもお供します!」
「……邪魔だ」
「ふぇ」
「お前みたいなのオレ一番嫌いなんだよ」
虎猫はエコの鈴の付いた首輪をぐっと持ち上げて苛立ちを露わにした。
エコは何が何だか解らず、目玉をキョロキョロ動かしていた。
「せ、せんぱ……苦しいですよ……」
「誰のせいでこんなに計画が遅れているのか解ってんのか? いい加減に恥を知れ」
「た、タイガ……先輩」
「何度も言わせんな。オレ様は、ブラックキャット団改造猫、虎猫様だ!」
エコの体が宙を飛んだ。体はフェンスに突っ込んだ。
「ケッ、クズのくせに……あ、何だこれ?」
虎猫は足元に落ちた造花の花を踏見つけた。花びらが粉々になったがさほどそれを気にした様子は無かった。
「せ、せんぱぁい……」
エコはそれを物悲しげに見つめていた。涙は出てこなかった。
「さてと、OFFレンジャー。そろそろ行かせてもらうかな」
一方、虎猫は洗脳装置をぽんぽんと手の上で投げながらテレビ塔の階段へ悠々と向っていった。
「ま、待て! そうはさせないぞ!」
「…………」
「平和の為に、負けるわけにはいかないんだっ!」
背を向けている虎猫にレッドは強く言い放った。
虎猫は、少しだけこちらを振り向いた。その眼はいつに無く決意に満ちていた。
「……オレも、ウィック様の為に負けるわけには行かねーんだよ」
「!」
虎猫は、すぐさま階段を駆け上がり始めた。レッドが慌ててそれを追いかけると隊員らもそれに続いた。
カンカンカンと隙無く足音だけがテレビ塔に響き渡る。人一人分しか無い小さな踊り場に来ては何度も暮れ掛けた夕陽が目を刺した。
「はぁ、はぁ、れ、レッド! 向こうは、足が速いです!」
レッドの真後ろを走っているグリーンが叫んだ。虎猫は既に頭上の踊り場に来ている。螺旋階段だ。
「そ、そだね」
「これを使ってください!」
後方から飛んできたグリーンレーザーをレッドは見事にキャッチした。
「それで、なんとか足止めぐらいにはなるでしょう」
「う、うん!」
レッドは銃口を上に突き上げ虎猫が頭上を通過する瞬間を狙ってレーザーを撃った。
しかし、疾走中のせいと、虎猫が早い事が手伝いまともに当たらなかった。
それどころか鉄骨に跳ね返ってはるか後方の隊員に当たったらしい。声からして多分、オレンジだ。まぁ、多少の犠牲は仕方ない。
レッドは頭上の段と段の隙間から遥か遠くのてっぺんを見た。
既に薄暗くなった空に向って伸びた塔の先、レッドはずっとこのまま走らなければならないのではないかと思った。
「わーっ!」
と、その時背後でグリーンの叫び声と共に物凄い音がしてレッドは立ち止まった。
下の踊り場でグリーンを上にしたまま隊員らが倒れている。
「わ、わ、みんな、大丈夫!」
「ハイ、なんとか」
「グリーンは見れば解るよ。その下の隊員だよ!」
「ダメっす!」
レッドが階段を駆け下りようとした時、ブルーが叫んだ。
篭っていたので隊員らに深く埋もれているに違いない。
「俺らは平気っすから、レッドは早くタイガを!」
隊員らの塊から、うにうにっとOFFレンボックスが這い出してきた。
グリーンはそれを取るとポンとレッドに投げた。
「レッド、頼みましたよ」
「任せて、カッコイイところみせるからさ」
走り出したレッドにグリーンは叫んだ。
「今だって十分、カッコイイですよ!……イテテテ」
既に夕陽がビルの山々の向こうへ落ちかけようとした時、虎猫はテレビ塔のてっぺんにたどり着いた。
肩で息をしながら手の中の装置をアンテナに付けるべくゆっくりと向って行った。
「ハァ……ハァ……ウィック様、お喜びください。ついに世界を我らの物に……」
虎猫の中にはウィックからの指令を達成すると言う喜びに満ちていた。
だが、装置をアンテナにくっつけようとした瞬間、パチンと装置がはねとんだ。
「!」
後ろを向くと車ほどの大さのある白いハトの足に捕まって飛んでいるレッドがレーザーの銃口を向けていた。
「ハァ~、間に合ったぁ」
「くるっくー」
「OFFレンボックスには、こんな使い方もあるんだよ」
レッドはハトから手を離し、ぴょんと地面に飛び降りた。
白いハトは物凄い勢いで羽ばたきながら遠い空の向こうへと消えていった。
「っテメぇ……」
「言ったでしょ。僕だって、負けてられないんだよ」
虎猫とレッドは長い間にらみ合っていた。
洗脳装置は二人から見て右方向へ飛んでいる。今、走ってもどちらにもそれを取る事が出来る距離だ。
「お前を倒さねーと、どうやらオレは使命を達成できないみたいだな」
「そうみたいだね」
「……最後の勝負だぜ」
虎猫は、不敵な笑みを浮かべて長く伸ばした爪を顔の前で交差させた。
「タイガーチェンジ!」
途端、虎猫のベルトのバックルが光った。一瞬の閃光がしてレッドは眼をつぶった。
「ハッハッハッハ……!」
虎猫の高笑いが聞こえ、レッドは恐る恐る眼を開けると、目の前にいた虎猫の姿が変わっていた。
瞳は鋭くまるで野獣の様に、長く伸びた牙、若干獣化している手足……。

「ハハッ、どうだ。オレ様は、全能力が何十倍にもなる虎獣に変身する事が出来るんだぜ」
「(つ、強そうだなぁ……)」
まさか、変身能力を持っているとは思わずレッドは内心とても焦っていた。
頼みの綱のボックスはもう使ってしまったし、水鉄砲みたいなレーザーとおもちゃ紛いのヨーヨーだけだ。
「どうした? オレからいくぞ」
虎猫は爪を再び顔の前で交差させレッドを見据えた。
「わっ、わっ、ちょっとタンマ! バーリアっ!」
「いくぜ! タイガー……スラッシュ!」
左右に引き抜いた爪の中心から物凄い衝撃波がレッドに向って一直線に飛んできた。
レッドは、想像以上の威力を見せ付けられ、それを避けるので精いっぱいだった。
まさか、遠距離攻撃まで出来るとは……レッドは腰を抜かしてしまいその場から立てなかった。
「どうした。オレの強さにビビッたのか?」
虎猫はレッドの前までやってくると爪の上部でクイとレッドの顎を上げた。
レッドは、動こうとするがいつになく鋭い獣そのものの虎猫の目によって金縛りにあった気がした。
「BC団、ウィック様の偉大さが解ったか?」
「ぁ……ぅ……」
「オレに土下座しろ。そして、敗北宣言をしろ。そうすれば命だけは助けてやるよ。ホラ、どうした」
虎猫は、意地悪な笑みを浮かべながらレッドの顎をさらに上げた。
レッドは、か細い声で声をゆっくりと出した
「……そ、それは……出来ないよ」
「!」
虎猫は爪を思い切り横に振るとレッドは右へと飛んでいった。
痛そうにレッドはヨロヨロと立ち上がると虎猫は、怒りを露わにして鋭い爪をレッドに向けた。
「どこまでもふざけた野郎だぜ! せっかく好条件を出してやったのによ!」
「タイガ、いや、虎猫。僕は、やっぱり、最後まで諦めるわけにはいかないんだ」
「んだとぉ……!?」
「だってさ」
レッドは、虎猫に笑って見せた。
「そう言うヒーローに、僕は憧れてるんだもんね」
虎猫は爪を大きく振り上げてレッドに突進してきた。
「……な、なら、その憧れのヒーローとやらをこのオレ様がぶっ潰してやるよ!」
レッドはグリーンレーザーを捨て、スターヨーヨーを手に取った。
「オレはっ! ウィック様の為にお前を倒す!」
振り下ろされた爪をレッドはヨーヨーで弾いた。次いで右わき腹に向ってくる左腕をしゃがんで回避した。
「そんなに首領が良いの」
虎猫は、再び飛び上がり振り上げた両腕を一気にレッドに振り下ろしてきた。
「当たり前だっ!」
レッドは横に転がってそれを再び回避し、すぐさま虎猫の体にヨーヨーをぶつけた。
だが、虎猫はすぐさまレッドから距離を置くとすぐさま突進してきた。
「ウィック様はなっ! 捨てられたこのオレを育ててくれたんだっ!」
水平方向に移動する虎猫の腕をレッドは飛び上がって避けた。
頭上にヨーヨーを飛ばすが虎猫の爪でまたも弾かれた。
「オレはウィック様の為なら何だってするんだっ! ウィック様と共に人間どもに復讐してやるんだ!」
「それって……」
虎猫は、レッドに向って左右交互に爪を繰り出してきた。レッドが後方に逃げるごとに床に爪の痕が残っていく。
だが、レッドにはもう後ろに逃げられるスペースは無かった。
「ハァ……ハァ……これで、最期だぁぁぁぁぁぁぁぁー!」
虎猫が振り上げた腕、レッドはその瞬間がスローになって見えた。
自分の頭に向ってゆっくりと振り下ろされる爪。レッドは、諦観の境地に達しようとしていたのか。
だが、その時だった。レッドの視界に虎猫の後方にある洗脳装置が飛び込んできた。
すると、虎猫の振り上げた腕の隙間からしゃがんで逃げられることにも気付いた。
「(いける……!)」
レッドは、物凄い速さで虎猫の前からすり抜けて洗脳装置へ駆け出していった。
虎猫がそれに気付いたのは地面を爪が鋭くえぐった後だった。
「しまっ……!」
虎猫も慌ててレッドを追う、レッドと洗脳装置の距離は1、2メートルだ。
「タイガースラッシュ!」
後方から声が聞こえ、レッドは振り返った。
自分に向って衝撃波が飛んできている。虎がこちらに喰らいついて来ようとしている様に見えた。
レッドは洗脳装置を抱え、それを避けようとした。だが、レッドが洗脳装置を掴んだ時衝撃波は命中した。
「ぐぁぁぁぁっ!」
レッドの体は無数に切り刻まれて傷だらけになっていく。
しかし、虎猫は洗脳装置を巻き込んだことに気付き急いでレッドに駆け寄った。
レッドは、痛みに耐えながらうっすらと開けた目で虎猫を見た。
このままではいけない。レッドは、最後の力を振り絞って力いっぱい洗脳装置を放り投げた。
「!!」
洗脳装置は孤を描いて尾布市の黄昏る街中へと落ちていった。
虎猫は急いで駆け出し装置を守るべく飛び上がり、装置と共に落ちていった。
「……レッド、レッド、起きてください」
暖かいベッドの中でレッドは目を覚ました。
包帯でぐるぐる巻きになったレッドはなんとか開けられる目で周囲を見回した。
隊員達が安心した顔でレッドの顔を覗き込んでいた。
「せ、洗脳装置は……イテテテテ……」
「あぁ、安心してください。下の隊員によるとアスファルトに叩きつけられて粉々になってたそうですよ」
「そっか。良かった……」
レッドは鼻から息を吐いて体いっぱいで安心した。
ふと、隣が眼に入りそこではエコも包帯でぐるぐる巻きになっていた。眼が覚めていたが元気が無いようだった。
「先輩どうしちゃったのかなぁ……オレが馬鹿だから怒ってるのかなぁ……謝りたいなぁ……」
「大丈夫ですよ。ホラ、オオカミに電話しときましたから安静にしといてください」
状況が飲み込めていないエコを少し可哀相に思いながらレッドは向きを変えたが
そこでも、包帯でぐるぐる巻きになった改造猫らがベッドに座って意気消沈していた。
「さいぼぐ、帰る場所、ある、良い……」
「はぁ~……とっくに戦いは終わってるし、アジトに帰ればウィック様はいなくなってる感じだし……」
「オレ様達、もう帰る場所も無いのニャ……。悲しいニャぁ……」
「どうすれば良いのかわかんないヨ……」
暗い影を落としていった新生ブラックキャット団。
レッドは、事件は一応解決したのにまだ安心しきれない様な不安が胸の中に渦巻いていた。
「(でも、僕、ちょっとカッコよかったからまぁ、良いか……な?)」
真夜中、尾布ヶ丘の外れでは冷たい風が吹いていた。
いつもの様にネオンサインや家の明かりが作り出した夜景を忌々しそうにウィックは見下ろしていた。
「……また失敗したか」
ウィックの呟きは風にかき消されてしまった。
金は別な場所に保管しておいたから良い物の、やはり失った損失は大きい物だった。
「……う、ウィック様」
「!」
背後の茂みからゆっくりゆっくり足を引きずりながら歩いてきた影。虎猫だった。
「……生きていたか虎猫。だが、貴様はもう用済……」
ウィックの前に虎猫は騒動の原因であった増幅装置を差し出した。
ヒビが入っている為に使い物にならないのは眼で見て明らかだった。
「これだけはと、守っておきました……こ、これで、もう一度ウィック様の野望を……」
虎猫は、痛む体を抑えながら心の底からウィックを敬う様に跪いた。
ウィックはそれを見下ろしたまま黙っていた。
「……しばらくは力を溜めなければな」
ウィックは夜景を横目で見つめながら呟いた。風が強くなってきた。