第92話
『俺達、友達!』
(挿絵:ピンク隊員)
正義の味方の生き様は清く正しいと言いますが、それは大嘘です。
現にここに一つの正義の味方の団体があります。名をOFFレンジャー。
「あー焼きプリン美味しい~」
「ぷるぷるしてますよね。ぷるぷる」
彼らは、正義の味方であると同時にただの一青少年でもある。
15名も隊員がいようが今はすっかり平和よりも焼きプリンに夢中である。
「あー、違うよ違うよ。今は16名だよ」
「ガーネット隊員が入りましたからね」
これは失礼しました。そう、16名の隊員、ガーネット。
彼こそOFFレンジャーをしょって立つ人間なのかもしれない。まだまだ能力は未知数だ。
「そういえば、ガーネットって普段何やってるの? 全然見ないよね」
「修行も兼ねてアルバイトやってるんですよ。はー苦学生みたいじゃないですか」
「し、知らなかった……。そう言えば僕ら、ガーネットのこと全然知らないね。もっと知りたいなぁ」
「何ですかその無理やりな導入部は」
そう、もうお気づきの通り、今日は新隊員ガーネットの物語。
この話を読めば貴方もガーネット博士になれるかもしれない!
「じゃ、いってみよー」
尾布駅の改札口を出ると真っ直ぐな駅前通りがある。ここでは直線に進まず、右側の通りに折れる。
そのまま線路沿いに進むと左側にファーストフード店、書店、時計店と様々な店々が並んでいる。
すると十字路が現れる。その角に2階建ての大きなビルがある。ここが今回の主役ガーネットの働いているレンタルビデオ店だ。
「イラッシャイマセー!」
ガーネットはその時、ニコニコしながら従業員用の部屋で挨拶の練習をしていた。
ここでは、ガーネットの何事にも真剣な態度に店長からも信頼されているのだ。
「ヤベー……この焼きプリン超ヤベー……」
「あっ、お疲れ様な事です!」
「ヤベーし……マジこれヤベーし……」
「そうですね!」
唯一のバイト仲間との仲もすこぶる良好で、ガーネットはますます日本通になりそうだった。
もちろん、レンタルビデオ店でバイトを始めたのもアニメがたくさん見られるからなのだ。
パッケージを見るだけでワクワクしてしまうし、休憩中は漫画も読める。
「やぁやぁ、ガーネットくん。今朝も元気だね」
「あっ、こんにちは!」
「日本語はもう覚えられたかな?」
「はい。 タケヤブヤケタ、ソウケンビチャ、カンノンビラキ、フキノトー」
「わっはっは。勉強熱心だねぇ。関心関心」
にこやかなえびす顔の彼こそがここの店長である。
まだ日本に来て間もないガーネットに手取り足取り教えてくれてガーネットも尊敬しているのだ。
「ところでガーネットくんにちょっとお願いがあるんだけどね」
「何事が起こったか?」
「これからね。ちょーっと野暮用が、あ、野暮用ってのは野暮な用事のことね」
「ヤボナヨウジ……」
すぐさまガーネットはいつもポケットに入れているメモを取り出して野暮用を書き加えた。
このようにして帰って日本語を部屋で覚えると言ういじらしい努力をしているのだ。
「でまぁ、その野暮用でね。出掛けないといけないんだよ。一人でお店頼めるかな?」
「俺は一人でも冷静と変わらないのだ!」
胸をドンと叩いて任せておけと全身全霊を込めてガーネットはアピールした。
だが、ガーネットは三日前に入ったばかりなのでビデオを棚に並べることしかしていない。
「あぁ良かった。じゃぁ、もう一個お願い良いかな?」
「十個も平気だ!」
「もうそろそろしたらだと思うんだけど、お客さんが来るから……」
店長はレジの下に隠してあるダンボールを引っ張り出し中を開けた。
中には赤のビデオのパッケージが一本だけ入れられていた
「『この店暑いな』って言ったらこの赤いビデオを渡してね」
ガーネットは「なぁ~んだそんなの朝飯前っすよ」と言いたげな満面の笑みを浮かべて頷いた。
「良いね。くれぐれも気をつけてね。お金を貰ったらダンボールの中に入れておくこと」
「全部覚えた! 大鰤に持ったつもりでいてくれますか!」
「じゃぁ、頼んだからね」
店長は真っ黒い帽子にコートを着て、顔に大きなマスクを付けるとこそこそと店を出て行った。
ガーネットはガランとした店内を見渡し、一国の王になった様な気がして鼻息を荒くした。
しかし、聞こえるのは時計の針の音だけで飽きてくるとガーネットは椅子に座ってメモを読む事にした。
「すみませぇーん」
と、そこへ自動ドアの開く音が大きく聞こえてガーネットは勢い良く立ち上がりレジに向った。
「ハイ! いらっしゃいませ。ナナハク……ナナハクナノカですか?」
「オレはエコ。そんな変な名前じゃないよ」
「おー!」
ガーネットは、見覚えのある顔である事をすぐさま思い出しポンと手を打った。
しかし、どこで会ったかまでは覚えていないと言ういい加減さだった。
「ビデオ借りるのか。返すのか。どっちですか。あっちですか」
「んと、オレ、欲しいビデオがあるんだけどさぁ、良いのあったら教えてよ」
「俺に任せる! 愉快なアニメが多く知ってるのだ」
「ううん。オレが欲しいのはアニメのビデオじゃないんだ」
アニメコーナーに向おうとしていたガーネットは思い切りがっかりしてカウンターの上で頬杖を付いた。
「じゃぁ何が欲しいか?」
「っとねー……」
エコはもじもじとしながら背伸びしてガーネットの耳に囁いた。
「……!」
ガーネットは、ビックリしてエコを見た。
そしてすぐさま首をぶんぶんと振って腕を組んで見せた。ここは年上としてしっかり言わないとと思っての事だ。
「それはダメだ!」
「お、オレどうしても欲しいんだ」
「ダメダメダメダメダメ」
首を100%の力で振ってガーネットはエコのお願いを跳ね除けた。
振りすぎて少し頭がクラクラとするがこんな物は日常茶飯事だ。
「じゃぁ、すっごくHなのじゃなくてちょっとHなビデオで良いからさぁ」
「両方とも変わらないのだ」
ガーネットが頑としてエコの要求を拒否しているとついにエコは土下座まで始めた。
「オレの全財産払うからさぁ! どうしても欲しいんだ!」
「…………」
ガーネットは真摯な態度でエロビデオを欲しがるエコの土下座の美しさに心が震え始めていた。
これこそが日本人の心であり無形文化財だと思った。何故か涙が出てきた。これこそが清く貧しく美しくだ。
ガーネットの感動はどんどん変な方向に向って尾ひれが付きお頭まで付いてきた。そして遂にガーネットは折れた。
「理解した。その態度は良いです。俺は感動したのだ! 何本でも借りると良いです」
「やった! ありがと!」
エコは飛び上がって喜んでいた。ガーネットは良い事をした気がして心があったかくなった。
「俺も感謝する。心がとても温かくなったです」
「そっかこの店暑いもんね」
「そうです……あっ!」
エコの言葉を何気なく聞き逃してしまったがガーネットはすぐさまエコの言葉に気が付いた。
そして、急いでダンボールの中から赤いビデオを取り出しエコに差し出した。
「お待ちどうさまだ」
「あ、これがすっごくHな奴だね?」
「多分そうなのだ」
エコはビデオを受け取ると嬉しそうに顔を赤くしてビデオを抱きしめた。
「ありがと。助かったよー」
「俺は何でも助ける。一心太助だ」
「ハイ、これ500円ね。じゃー!」
エコは、元気に店を飛び出していった。ボロボロになった旧500円玉を握り締めるとほんのり暖かかった。
ガーネットは、漫画のタネになりそうな気がしてメモの後ろに「優しいビデオ店員と貧乏少年の感動物語」と中国語で書いた。
ちょうど書き終えると再び自動ドアが開いてお客が入ってきた。
「オイ」
真っ黒いカジュアルな服の少年がサングラスを外してガーネットに呼びかけた。
ガーネットはさっきの一件もあるのでニコニコとした顔を少年に向けた。
「ハイ、いらっしゃいませです!」
「なぁ、この店暑いなぁ」
「そうですね」
「……」
「……」
少年は一瞬アレと言う間抜けな顔を見せたが、すぐさま眉間にしわを寄せてカウンターに身を乗り出した。
「オイ、この店暑いよなぁ。暑いだろ?」
「もちろんだ。寒いと凍えてしまうのだ」
「そうじゃねーだろ!」
少年は思い切りカウンターを叩いて怒鳴った。
レジの横に置いてあったチラシのケースが倒れたのですぐさまガーネットはケースを立てた。
「ケースなんかどーでも良いんだよ。ビデオ出せよビデオ。んぁーコラ!」
「俺のオススメは、お婆さんがスプーンになるアニメなのだ」
「聞いてねーよ。テメーのオススメビデオなんか聞いてねーよ」
ガーネットはまたアニメに興味が無いと言われてしまってがっかりとした。
少しすねた顔でガーネットはチラと少年を見たが、少年はもう我慢できないと言う風にガーネットの首元を掴んだ。
「ふざけてんのかコラ。日本人のくせに日本語わかんねーのかなー! んぁ~!?」
「俺は台湾人だ」
少年はまたも、アレと言う顔をしたがまた一瞬で強面を作ってそれをガーネットの顔に近づけた
「か、関係ねーよ! 地球にいたら日本も台湾も同じなんだよ。コラァ!」
「そうなのか?」
「そーなんだよ。だから早くビデオを出せよビデオ」
「俺のオススメは、お婆さんがスプーンになるアニメなのだ」
「にっ、二回言ったな~? 一言一句間違えずに二回言いやがったなぁ!?」
「何度でも言えるのだ!」
「……こ、この野郎!」
えっへんと何故か自慢げなガーネットの態度に少年はぶち切れたらしく、
思い切り、ガーネットに向って頭突きを食らわせた。
「ぎゃふん!」
しかし、少年の目からは火花が出て流星群が出て、綺麗だなとガーネットが眺めていると少年は後ろ向きに倒れてしまった。
ガーネットは少し赤くなったおでこを撫でながらカウンターの下を覗き込んだ。
「俺の頭部は固いのだ」
「うぅーん……」
少年の目が覚めるとガーネットはニコニコしながら、おはようございます!と挨拶した。
まだ頭がくらくらしている少年はしばらくそのガーネットの顔を見ていたが、すぐに起き上がってカウンターに向って行った。
「そこは俺がやるのだ」
「うっせー。もうテメーとまともに付き合ってられるかよ」
少年はレジの下のダンボールを見つけて中を開けて見たが真っ白い梱包材だけしか入っていなかった。
他にも辺りの棚やレジの中まで調べていたが、探し物が見つからないのかその探し方が荒くなっていった。
「探し物か? 俺は手伝うのが得意だ!」
ガーネットがニコニコしながら少年に呼びかけてみるがシカトされるばかりだった。
しかし、ガーネットは聞こえなかったんだろうと何度も何度も同じ文句を徐々にボリュームを上げて叫んだ。
「さーがーしっ……」
「あーもう、っせーな! 赤いビデオだよ。赤いビデオ!」
遂に観念して少年はぶっきらぼうに言い放った。ガーネットは何だと言う様にハハハと笑った。
「それなら知っているのだ!」
「なに? どこだ。どこにある」
「さっきあげたのだ!」
少年はその言葉を聞いてサッと顔を青ざめてガーネットに掴みかかった。
「オイ、誰だ。誰にやったんだ! まさか、血忠会の奴らじゃねーだろうな!」
「俺はそれを知らないのだ」
「クソッ、ど、どんな奴だ!」
「そこにいる」
ガーネットは少年の背後、カウンターの前を指差した。
少年が振り返るとそこには釣竿を持ったエコが困った顔でこちらを見ていた。
「て、てめぇ、どこの組の奴だ? あ!」
「ふぇ?」
「ちょっとこっち来いよ」
カウンター越しに少年はエコの首元を掴んでカウンターの中に引きずり込んだ。
エコは顔面から地面に落ちたが、持っていた釣竿の先が少年の顎をぐりぐりと滑って行き、少年は変な声を一瞬出した。
「お、お、オイ。ビデオはどこにやったんだ? あ?」
「え、えぇ……そ、そのぉ」
エコの耳を掴みあげながら少年はエコに思い切りガンを飛ばした。
「可哀相な事をしてはいけない! 彼はスケベなだけだ」
「テメーは黙ってろ。オイ、ビデオどこにやったんだ。言えよ」
「……ど、どっかに落とした。うん、落とした」
少年はエコの言葉に再び青い顔をして震えながら尻餅を付いた。
「お、落としただと!? て、テメーあの中に何があるのか知ってるんだろうな?」
「すごーくHなビデオでしょ」
「ちげーよ! 全然ちげーよ! 何であんなアグレッシブなパッケージでそんな発想ができんだよ!」
「違うのか?」
ガーネットも不思議そうに尋ねると少年は初めから青かったのでは無いかと思うほど濃い青を顔に出した。
「お、お前ら……馬鹿じゃねーのか。あの中にはなぁ! 輸入したばかりの覚醒剤が入ってんだよ!」
「かくせいざい!?」
少年はハッと気が付いて慌てて口を押さえた。どう考えても遅い。
「か、かくせいざいって何?」
「俺はそんなグループは知らないのだ」
「……し、しらねーのかよ」
少年は、呆れながら胸ポケットから小さな袋に入った粉を取り出して二人に見せた。

「……これだよこれ。これだけでな、数千円もすんだ。俺は兄貴から貰ってるけどな」
「小麦粉だ!」
「ちげぇよ……まぁ、良いか。お前らにもやらせてやるよ」
少年は、ポケットから小さな鉄製の皿を出してその上に粉を入れ、ライターでそれを炙った。
二人は不思議そうにそれを見つめていた。すると徐々に焦げてきて白い気体が発生し始めた。
「これを嗅ぐとな。気持ちよくなれるんだぜ。やってみな」
エコは、ワクワクしながら差し出された皿の気体を思い切り吸い込んだ。
するとケホケホと咽たかと思うと急にぼーっとし始めた。
「ふぇ……ふぇぇ……?……なんか、頭がクラクラしてきたぞぉ……」
「どうだ。気持ち良いだろ?」
「俺も匂うをする」
ガーネットも気体を吸い込むと喉が熱くなった気がして頭が変な気分になった。
「変な感じがするのだ」
「な、これが覚醒剤だよ。解ったか」
「ねぇ、オレもっかい匂いたいな」
「ダメだダメだ。そんなに何度もやったらもったいねーよ」
「ちぇー」
少年は袋を胸ポケットに仕舞うとにやっと笑って二人の肩を叩いた。
「さ、ビデオを一緒に探してもらうぜ。俺らはもう共犯なんだ。サツにもチクれないぜ」
「えーめんどくさいなぁ……」
「元はと言えばお前がビデオをなくしたのが悪いんだろ!」
「諦めましょう。日本はこれを年貢の納め時と言うのだ」
「お前も、原因に含まれてんだよ!……くそっ、なんだよこの店」
舌打ちをしながら少年は二人の手を乱暴に掴んで店を飛び出した。
「どこへ行くのだ? 俺は留守番をする約束だ?」
「っせー! こっちの方が重大なんだよ! オイ、どこで落としたんだ?」
「……えぇと……街のどこか」
少年は、ふにゃふにゃと地面に崩れ落ちた。
「……っつーことは、よくわかんねーけどお前が釣竿でビデオを吊るして街を歩いてたんだな」
「違うよ。釣竿に付けた糸のさきっぽー」
「どっちも変わんねーんだよ。で、いつ気付いたんだ」
エコは、眉をしかめてうーんとそれらしく唸って、ポンと手を叩いた。
「えぇと、駅前に来て、駅周りをぐるーって回って、そんで、また戻って来た時に気付いた、と思う」
「どこまであったか覚えてないか?」
「ぼーっとしてたからわかんないなぁ」
「すこぶる役に立たねぇなコイツ、まぁ良い。とにかく俺らで探すぞ」
「めんどくさいなぁ……」
エコはぶつくさ言いながら少年の後を付いていった。
「留守番するのは俺だ。約束だ。探し物は困るのだ。俺は放っておけないです……悩むのを助けて欲しい」
その横のガーネットは留守番するか一緒に探すか頭を抱えながら葛藤していた。何だか滑稽に見えた。
「お前ら良い加減真面目に探せよ! ぶっ殺すぞ!」
結局、一番真剣に探しているのは少年ただ一人だった。二人にしてみれば他人事なので当然ではある。
「また買えば良いんじゃないかなぁー」
「あぁー!? テメー、何簡単に言っちゃってくれてんだよ! ウチの組の大事な収入源なんだよコラ!」
「なくしましたーって先生に言えばいいじゃん」
「その組じゃねーよ。テメーどんだけ頭が悪いんだよ!」
少年はエコの足元をガンと蹴り飛ばした。までは良かったがエコのバランスが崩れて少年に向って倒れてきた。
「ぐぇぇぇぇ!!!」
想像以上の重さに苦しくて苦しくて仕方がなかった。無理やりもがいて圧し掛かっているエコを退けると、
吐き気を催しながら少年は地面に手を付いていた。次いで、対してダメージを受けていないエコも起き上がった。
「て、テメーどんだけ隠れデブなんだよ……って、うおぃ!!!」
起き上がったエコの下に何やらバラバラになった物体があるのに気づいて少年はその物体の側に寄って行った。
二枚の金属の板がぶらーんと一本の管だけを頼りに繋がっている。いや、たった今それは千切れて下板は地面に寂しい音を立てて落ちた。
「あれ、なんか痛いなぁって思ったら携帯かぁ」
「……て、テメェ……」
怒りに震える少年にエコは哀れな顔をして、少年にそっと耳打ちをした。
とてもじゃないがガーネットに聞かれたら困ると思ったのだ。
「あのさぁ、何でそんなボロボロの携帯買っちゃったの? もっとカッコイイのにした方が良いよ」
「……ついこの間買ったばかりだ、ゴルァー!」
少年はエコのお尻を苛立ち紛れに蹴飛ばした。エコはわっと叫んで地面に倒れた。
怒りに任せて少年は何度も何度もエコの背中を踏みつけ踏みつけ延しエコにする気ではないかと思うほど踏みつけていた。
「コラー!」
すると少年の右頬にパン!とガーネットのビンタが飛んで来た。
突然の事に少年は油断していたのか予想外だったのか、がくがくがくっと後方によろけながら尻餅を付いた。
「暴力は行けない事だ! 治安は全体国家に暴力にすぐでたらめであって並びに最後に悪影響のを持っていると言うは原因がそうです!」
ガーネットは頬を押さえたまま唖然としている少年に早口で怒鳴っていた。
後半は機関銃の様に言っているせいで翻訳ソフトが上手く翻訳できず内容が滅茶苦茶になってしまったので、
少年はよけい唖然としたが物凄いガーネットの迫力に押されて完全に萎縮してしまっていた。
「起立だ!」
「あ、は、はい……」
ガーネットは少年を立たせると、転んで土ぼこりを払っているエコの前まで腕を引っ張って行った。
エコは、ムスッとしていて少年を不機嫌そうに見ていた。
「彼に謝罪する!」
「な、なんで俺が」
「悪い事すると謝るは常識だ。とても簡単だ」
ガーネットは、ニッコリ微笑むと少年は頭を掻きながらちょっと頭を下げた。
「……わりぃ」
「あなた、許してあげるか?」
「仕方ないなぁ。許してあげるか」
少年はエコの言葉に半ばムカツいていたが、ガーネットの純真な瞳がこちらに向けられているのに気が付いた。
仕方なく、エコに振り上げようとしていた腕を力なく少年は落とした。ガーネットは次にエコの方に顔を向けた。
「君も彼に謝るのだ」
「えぇ! 何でオレが」
「携帯電話を破壊した罪を償うべきです」
「ちぇ……オレ別に壊そうとした訳じゃないのにさぁ」
エコは完全にすねて、足元の石ころを軽く蹴飛ばしていた。
しかし、ガーネットの視線に気付きなげやりにエコは言った。
「……ごめん。ハイ、これで良い?」
「許すか?」
「もう良いよ良いよ」
少年の返事を聞いてガーネットは嬉しそうに二人の腕を掴んで握手させた。
「二人は友達だ!」
「えぇ、と、友達……?」
「謝って許せば友達なのだ!」
少年は照れくさそうに頬を掻きながら「馬鹿じゃねぇの」と呟いた。
しかし、ガーネットは相変わらずニコニコとしていて妙な恥ずかしさが全身を駆け回っていた。
「く、くだらねーんだよ……ったく」
少しだけ打ち解けた3人は、小腹が空いてきた事もあってガーネットの奢りでたい焼きを買った。
線路沿いのフェンスの下の石ブロックに座って湯気を立てているたい焼きを美味しそうにほお張った。
「みんなで食べると美味しいのだ!」
ガーネットはにこやかに左右に座っている二人に笑いかけた。
少年はこんなに笑ってばかりで顔の筋肉が疲れないのだろうかと不思議そうに横目でガーネットの顔を見ていた。
「あ、これ尻尾に甘いの入ってないよ。公園の所の店の買えばよかったのに」
エコはエコで我侭な事を言っていたがガーネットはそれもまた一興とばかりにニコニコしていた。
「良いよなホントお前ら。幸せそうでよ」
たい焼きの頭をガブッと齧って少年は吐き捨てる様に言った。
ガーネットは、その言葉に首を振ってそんな事、あるないですと強く強く言った。
「俺は日本で見るアニメがたくさんある。漫画もいっぱい見る。だが、毎日新しいのが出て追いつかないのだ……不幸だ」
ガーネットは頭を抱えてどよーんと暗いオーラを全身に纏いながら落ち込んでいた。
しかし、そんなガーネットを少年は鼻で笑うだけだった。
「そんなの不幸なんて言うかよ。俺なんか小さい頃から不幸ばっかだぞ。くだらねー人生さ」
「くだらねー事ないのだ。俺に言ってみる!」
ガーネットは、胸を叩いてさぁ来いと両手を広げた。
「……ま、ほんの笑い話さ」
少年は微笑を浮かべて晴れた空を見上げながら語り始めた。
「俺の親はホント屑で、俺が赤ん坊の頃からギャンブルばっかで、俺の事を邪魔扱いしてさ。
生んだのも降ろす金が無かったとかホント馬鹿みたいだろ。おまけに、殴るわ蹴るわ……。
そのストレスを発散するのは学校だ。いつも何かにイライラしててその辺の奴を適当に殴ったりした。
成績も悪いし、中学もほとんどいかずに巻き上げた金でゲーセン通い。良くいる不良も俺を相手にしなかったし。
結局、高校もいかずにブラブラしてこんな生活から逃げてぇなって思って気が付けば暴走族。
ストレス発散しまくって気持ちよかったけど、なんかつるむのもめんどくさかったし。
今、考えれば一人で暴れてただけだったな。一匹狼って結構辛いんだぜ。
で、ここから抜け出してぇなーって思ってたら暴力団に誘われたって訳さ」
少年は、苦笑いしながら目を伏せていた。
「暴力団は極道らしく人情ってもんを大事にするだろ。だから兄貴達もなんか優しくしてくれるし、
なんかやっと俺の居場所が見つかったって感じさ。解るだろ?」
少年はガーネットに同意を促す形で振り向いた。
するとガーネットの目からは物凄い涙が溢れていて、ぐしゃぐしゃになっていた。

「と、とても悲しいのだ。 可哀相な話だ!」
「な、何だよ。そこまで泣ける話じゃねーだろ?」
「俺が何とか、しっ、てあげたっ、いのだっ……」
ガーネットはうぇ、うぇと時々変な嗚咽を漏らしながらその場に崩れ落ちて泣き出した。
唖然とした少年、そしてその横のエコは味気の無いたい焼きの尻尾をチビチビと齧りながら見ていた。
「な、何だ。俺そんな変な話してないだろ?」
「うん。オレも別に変じゃないと思うなぁ」
「オイ、な、泣くなよ。何か恥ずかしいだろ」
少年は地面に泣き崩れているガーネットを立たせようとしたが、悲しみの重さを含んでいるのか
ガーネットの体は何度起こしても崩れ落ちた。
「うぁっ、あぁっ、か、悲しい、のだっ」
「ハァ……何で俺の事でお前が泣くんだよ」
「OH……OHHHH……!」
ガーネットはアスファルトに顔をうずめ握りこぶしをガンガンと地面に打ち付けていた。
こんな派手なパフォーマンスをしているとさすがにギャラリーも増え始めちょっとした騒ぎになり始めた。
「や、やめろよっ。 みんな見てるだろ」
当然、客観的に見てみればガーネットを少年が泣かしたような構図になっており、少年にもすぐさまそれが解った。
だが、立たせようとしても軟体動物の様に腕をすり抜けて地面に崩れるガーネットに四苦八苦する。
「ピースピース!」
「何やってんだよ」
何故か群集にピースサインをしているエコをひっぱたき、少年はエコにガーネットの左腕を持たせた。
「いいな。せーので走るんだぞ」
「ちぇ……わかったよもー」
「せーのっ!」
少年はガーネットの右腕を掴みあげると一気に走り出した。
「ジュースはうまいのだ!」
人気の居ない場所を探しているうちに3人は公園にやって来た。
そこで泣き喚くガーネットにジュースを与えた結果、しばらくして満面の笑顔で発した言葉が上の言葉だ。
「お前って感情の切り替えが極端なんだな」
「ニホンゴムズカシイ……」
「もう良いよ」
少年はベンチに座るガーネットの横に腰掛けると自分もさっき買ったコーラを開けた。
足元では二羽のスズメが飛び跳ねながらエサを探している。のどかな風景に少年は後ろにもたれて空を見上げた。
「何だろ俺。何やってんだ俺」
「コーラ飲んでるのだ!」
「そう言う意味じゃねーよ」
「そうか?」
少年は何も言葉を返さず目を閉じていた。ガーネットは飲み干した缶をどうした物かと両手でいじっていた。
雲の隙間からチカッと日の光が漏れて少年の顔に当たると眩しそうに目を開けて少年は言った。
「俺さぁ……」
「なんだ?」
「もうここまで来たら暴力団やめようかな、ってさー思ったりとかさ……」
「そうするが良い。俺も嬉しい!」
ニコニコと笑いながら肩を叩くガーネットの顔を少年はまともに見るのが恥ずかしく目を逸らしていた。
「バーカ。お前は俺が辞めようが辞めまいが関係ねーだろうが」
「関係ある。俺はあなたの友達だ!」
「ケッ、俺はお前に何も謝ってねーぞ」
「俺が一緒にいたかったら友達なのだ」
その言葉に少年は思わずガーネットの顔を見た。心の底から楽しそうな表情で自分を見ている。
「あなたは俺と一緒にいたくないか?」
「な、何だよ。バーカ。頭おかしいんじゃねーの」
純真な瞳で問うガーネットの顔が照れくさくて少年は目を閉じて、適当に罵倒する言葉を並べた。
「俺といたくないか?」
「だから、そう言う、いたいとかいたくないとか、もう、どうでも良いだろ」
「では、いたいか?」
「あー。何で、クソ……ったく。あ~」
ハッキリとした回答を求めるガーネットと、自分の羞恥心に挟まれて少年は言葉を詰まらせていた。
そこへ、助けとばかりにほくほく顔のエコがタイヤキを持ってこちらに走ってきた。
「へへー。オレ、またタイヤキ買っちゃったー♪」
「そ、そうか。そりゃ良かったじゃねーか。こっち来いよこっち」
少年はベンチからすぐさま降りてガーネットの横にエコを座らせた。
一方のガーネットは、グジグジと話を引っ張る訳ではなくエコのタイヤキに注意が向いてしまっていた。
「とても美味しそうだ。俺にも与えてください」
「やーだよ! オレの分が減っちゃうじゃないか」
「残念だ……」
一応、タイガのお陰か根がそうなのか小さな悪者ぶりを発揮しつつエコはタイヤキの尻尾をかじった。
やっぱり尻尾にもアンコがある!と喜んでいるエコの横で物欲しそうにしているガーネットの目が潤み始めていた。
「オイ、ひ、一口くらいやったらどうだ」
泣かれてはたまった物では無いので少年はエコに言ってみるがエコは「ヤダ」としか言わない。

「ここのタイヤキは高いんだ。500円もするんだからさ。欲しかったらオレにお金くれなきゃね」
そう言って満足げにタイヤキにかぶりつこうとするエコを見ながらガーネットはふと疑問を感じた。
「……あなた、お金無いのでなかったか?」
「うっ!」
エコは、タイヤキにかぶりついたまま固まっていた。
このリアクションはまずい事がバレて動揺してしまった時のリアクションなのは皆、経験で知っている。
「お前、まさか盗んだのか?」
「ち、違うよ。これはちゃんと買ったもん!」
「全財産は俺が貰ったのだ」
「そ、そうだけどさ……か、関係ないよ」
エコは冷や汗を掻きながらタイヤキに目を落として食べる事だけに専念しようとしていた。
しかし、少年がそのタイヤキを取り上げるとエコは絶体絶命状態になった。
「か、帰してよっ!」
「白状しろ」
エコは、どうしようもなく、うぅと唸ると申し訳なさそうに少年を見上げてかろうじて聞こえる声で言った。
「……お、お金は貰ったんだ」
「嘘付け。タダで金なんかくれる奴いねーだろ」
「う、売ったお金だよ」
「売った? 何をだ?」
「び、ビデオ……」
少年の顔色が変わるのにエコはすぐさま気付いた。当然、少年の中ではビデオと言う単語が物凄い威力を持って爆発していた。
「ビデオって、オイ、お前、お、お、落としたんじゃねーのか?」
「あ、歩いてたら、売ってくれって言われて、いっぱいビデオ買えるし、オレ、お小遣い少ないしで……」
「何で嘘付くんだよ!」
「だ、だって凄い怒ってるから」
「いくらで売った!」
「一万円」
「い、一万! 数百万が一万……」
少年は眩暈がしてへなへなとその場に座り込んだ。と思いきや寝転んだ。持っていたタイヤキも地面に落ちて砂だらけだ。
「あぁーっ! オレのタイヤキ!」
「も、もうダメだ。きっと血忠会の奴らだ……ウチのシマを狙ってたんだ」
「オレのタイヤキどうしてくれるんだよー!」
「うるせーっうるせーっ! 俺こそどうしてくれんだよ! この野郎! 馬鹿野郎!」
今度は少年が泣き出し、タイヤキを無くしたエコまで泣き出し、釣られてガーネットまで泣き出した。
もう体も成熟している少年3人が公園のベンチの前で泣き喚いているのは変な光景だった。
「い、いや、泣いてる場合じゃねえ。早く逃げねぇと」
急に泣き止んだのはかろうじて3人の中で精神年齢がわずかに高いであろう不良少年だった。
命の危険があるのだから当然と言えば当然であり、脳が良い働きをしたと言う事だろう。
「もう帰るか?」
「バカ、遠い所へ行くんだよ遠い所へ」
「別れは急だ……」
砂埃を払いながら立ち上がる少年にガーネットは寂しそうに応えた。
「急だけど。もうこうなったらしゃーねーだろ。元気でな」
「また会うのだ」
少年は、エコの頭を思い切り殴ると背を向けたまま手を振り走り出した。
エコは殴られた頭を抑えながら「今の事注意しないのかよ」と言う顔でガーネットを睨んでいた。
しかし、ガーネットは潤んだ瞳を何度もこすっているだけだった。
「別れは嫌いなのだ……」
ガーネットがトボトボとビデオ屋に戻ろうとしたとき少年は尾布駅に着いていた。
駅に来たは良い物の、これから行く場所のアテがあるわけでなし。自分の孤独さに気づきそうになるも振り払う。
とにかく一駅でもここから離れようと行けるまでの切符を買おうと決めた。
「レン。いったいどこにいくつもりなんだ?」
突然叩かれた肩の上の手。自分の名を呼ぶその声。少年は解っていた。
「よ、よぉ、あ、兄貴」
恐る恐る振り向いた少年は、なるべく平然を装うと少し顔を下げ気味に話しかけた。
しかし、その努力もむなしく少年は兄貴と呼ぶその人によってすぐさま首元を掴まれた。
物凄い力で少年の華奢な体は足元5センチほど浮き上がっていた。
「いつまで経っても帰ってこねーし、店はもぬけの殻だし、携帯もつながらねーし。どう言う事だ」
「あ、あにきぃ……」
「まさか自分だけヤクくすねてトンずらしようって魂胆じゃねえだろうな。あ、なんとか言えよレン」
「あ、と、そ、の……」
「何とか言えっつってんだろがゴラァッ!」
顔を間近に持ってこられて凄まれると、少年の足は震えに震えていた。少しちびりそうになった。
相手は学校の怖い先輩などではないのだ。暴力団の構成員なのだ。
「あ、兄貴……ご、ごめんよ、や、ヤク、取られちゃって……」
「あぁん!? テメェッ!」
額に思い切り兄貴の頭突きが飛ぶと少年は少しちびってしまった。
「ご、ごめんよ、あ、あにきぃ」
自分でも情けない声を出しているのは少年にも痛いほどわかっていた。
「まさか血忠会の奴らじゃねーだろうな。テメェ、ウチの組を滅ぼしてえのかどうなんだ。え~コラ!」
地面に投げ飛ばされた少年の背中に兄貴のケリが飛ぶ。この時塩気を感じて少年は始めて泣いていたことに気づいた。
「殺されても文句いえねーんだぞ。わかってんのか! 血忠会に勢力付けられたらなぁ!」
「……あ、あにき! ち、違う! 違うんだ!」
少年は、両手を頭上に掲げてSTOPのポーズを懸命に取った。
兄貴がそれを見て止まるのを確認する前に少年は叫んだ。
「び、ビデオ屋の店員が、ち、血忠会の奴らと繋がってたんだ!」
「……なにぃ?」
兄貴の眉が動いたのを確認すると少年は立ち上がって上手く回らない舌を駆使して喋り捲った。
「一億払えば血忠会にはこの事を伝えないでおくって俺、脅されて、それで俺、困って……!」
「……ほぉ。ふざけた野郎じゃねえか。レン、そいつの所案内しろ」
少年は迷いも無く震える指先を公園の方角へと指差した。
「あ、兄貴、こっちです」
「何故、釣竿なんか持ってますか?」
「秘密だよひみつー」
「気になるのだ」
「へへーん。男には秘密があった方がカッコいいんだ。オレも男だから」
ベンチに腰掛けて昼下がりの雑談に興じているエコとガーネット。
少し機嫌が良くなったガーネットはすっかり忘れてしまったのかそれとも忘れようとしているのかエコに話しかけてばかりいた。
「俺も男だ。俺にも秘密をください」
「ダメダメ。それじゃ秘密じゃなくなっちゃうよ」
「とても残念なのだ。では、半分こしましょう」
「だからダメだってばー」
ガーネットの変な天然具合とエコの妙なときだけ冴え具合がマッチして二人の会話は意外とスムーズに進行していた。
しかし、その会話は長続きはしなかった。二人の上に細長い影が差してきたのだ。
二人はほぼ同時に目の前に来た男に気付きおそるおそるその男の顔を眺めた。
「テメェらか……。ウチの組に盾突いているのは」
男はサングラスをかけていてガタイもしっかりしており、いかにも悪そうなオーラを放っていた。
その後ろにはさらに輪をかけて強面の男らが十名ほど控えていた。
「ちょっと面貸せよ。な」
ガーネットとエコはひょいと首根っこを掴まれ持ち上げられた。
二人は突然の事に?を頭上に浮かべたまま強面たちに囲まれて公園の奥の奥へと連れて行かれた。
「あ、あのぉ……オレ達に何か用ですか?」
「ちょっとお礼をさせてもらおうと思ってな」
「お礼されるのだ。日本人は親切だ!」
ガーネットはニコニコしながらぶらぶらと揺れていた。エコは何となく嫌な予感がしていたが口に出さなかった。
しばらくすると昼間なのに薄暗く人気の無い雑木林の中に二人は放り出された。
「お礼はなんだ?」
「ん?そんなにお礼が欲しいか?」
「欲しいのだ!」
と、そこへ満面の笑みを浮かべているガーネットの顔面を男Aは思い切り殴りつけた。
ガーネットの体は吹っ飛んで茂みの中へと飛んでいった。
「わっ!」
それを見たエコは物凄い恐怖に血の気がなかろうと顔面蒼白。腰が抜けてその場に倒れた。
そこへ、男Dがエコの背中をまたも思い切り蹴りつけた。エコは「ぎゃ」と叫んで塗装の剥げた背中を押さえた。
「解るか。舐めた真似するとこうなるんだよ。今日はたっぷりお仕置きしてやるからな」
男Bが茂みの中から痛そうに顔をゆがめたガーネットを引っ張り出すとA~Cが一斉にガーネットを殴る蹴る。
泣いているエコも男D~Hに一斉にリンチを食らっているエコの背中がメタル加工しているので足が滑るが痛いのには変わりない。
「や、やめるのだ! いたいのだ!」
「あ~? やめねーよ~? 殺されても文句言えねえもんなぁ」
ガーネットが頭を抑えている腕からは出血し始めていた。
一人、兄貴の後ろで震えたままその光景を見ている少年は兄貴の袖口を引っ張った。
「あ、兄貴。ちょっと、や、やりすぎっすよ……死んじゃうじゃないっすか」
「死んだら大阪湾にでも沈ませるさ」
「…………」
少年は何も言えず悲鳴と怒号の入り混じった惨劇に背を向けて耳を塞いだ。
いつもなら見慣れているはずの光景が何故か少年の胸を痛めつけていた。
「や、やめる、のだっ!」
「うわぁぁん。助けてせんぱぁーい!」
少年は耳を塞いでも体の芯に向って突き刺さってくる声や音に耐え切れずしゃがみ込んだ。
全身が震えて、少年は泣いているのにも気付かず「許してくれ許してくれ」と呟いていた。
「おい、レン。何やってんだ。こんなんでビビッてりゃ極道としてやってけねえぞ。立て。オラ」
恐怖と罪悪感でいっぱいの少年を兄貴が経たせるとその手に角材を持たせた。
少年が数分振りに見た二人の姿は無残だった。ガーネットは傷だらけで血も出ている。
その横のエコは無残な物で頭の形が変わっていた。悲鳴を上げそうになった。
「レン。お前もずいぶんやられただろ。これからはお前の独壇場だ。好きにやれ」
背中を押されてもレンは最初の一歩を踏み出しただけで震えたままガーネットを見ているだけだった。
ガーネットの傷だらけの顔はしっかりと少年を見つめており、その瞳は純真そのものだった。
「…………」
ガーネットは数回口をパクパクと動かしていたが少年にはその声は届いていなかった。
しかし、少年は解っていた。ガーネットは少年を責めているのではない事だけが。それだけで少年はたまらなかった。
「オイ、レン。早くやっちまえよ」
「……あ、兄貴ぃ。や、やっぱりコイツら許してやってくれよ。ヤクだったら俺の、全部返すからさ」
少年の言葉に兄貴はすぐさま腹部に蹴りを入れた。少年はガーネットの上に飛んでいった。
「テメェの持ってるヤクなんかただの小麦粉に決まってんだろ! 誰がお前みてえな奴に本物のヤクやるかよ」
「え……」
「本当に性根の腐った野郎だ。もう、良い。適当に鉄砲玉でもやらせようかと思ってたが、もうテメェなんかいらねえよ」
少年の胸は締め付けられるように痛んだ。視界がぼやけていった。
兄貴は地面に落ちた角材を拾い上げると少年に向って思い切り殴りつけた。下のガーネットにまでその衝撃は届いた。
「このっ! 役立たずがっ!」
少年は痛みの中で気を失いそうになっていた。死ぬのかもしれないと思った。
少年はそれでもいいかもしれないとふと思った。どうせ自分は……。
だがどうせ死ぬならこの二人を助けてやりたいと思った。少年はカッと目を見開いた。
「うぉぉぉぉぉぉ!!」
少年は喉が張り裂けんばかりの大声で叫び振り下ろされてくる角材に向って右足を突き上げた。
角材は相反する力にしなって、兄貴の腕からすっぽ抜けてエコの背中にドンと当たった。
「俺のダチになにするんだぁぁぁぁぁぁぁー!!!!」
少年は傷だらけの体を起こして立ち上がった。何も怖くなかった。
目の前の兄貴に突進していった。どうなっても良いと思った。
だが、少年は男Aの差し出した足につまずいて転び、再びリンチを食らった。
「……オイ、貴様ら。この俺様になんて事してくれたんだ」
この声の主は少年では無い。妙にドスを聞かせたこの声の主は少々頭の形が凹んでいるエコからだった。
尻尾のスイッチが黒く光っていた。この世の悪を一手に背負ったような暗黒オーラをまとったその雰囲気。悪エコだ。

「エコの奴が何したか知らねーけど。これは俺の体でもあるんだよな。解るだろ。クズども。
……それとも、クズすぎて俺の言ってる言葉もわからないか?」
「な、何だと!」
男AもBもCも(以下略)兄貴まで皆、動きを止めてただならぬ雰囲気の悪エコをにらみつけていた。
「ちょっと凄んだくらいで俺らがビビるとでも思ってんのか!」
「ビビる? この俺様が? 貴様らみたいなクズに? 低脳なら低脳らしい事しか言えないようだな」
「んだとぉ!」
悪エコは手にしていた微妙にスレンダーな形になっている角材を男達に向けた。
何やら糸や簡単な歯車が付いていて輪ゴム弾みたいだった。
男たちはその不恰好さに笑っていたが、その木製銃から飛び出した釣り糸が男達の首にキュッと見事に入った。
「うぐっ!?」
「なっ!」
「げぇぇっ!」
男らは糸を取ろうとするがもがけばもがくほど糸は首筋に食い込んでいった。
「……俺がこの引金を軽く引けば貴様らの首なんか簡単に飛ぶ。いい加減一人くらい殺してみたいもんなんだよな」
悪エコは悪魔の表情を浮かべながらもがき苦しむ男達を楽しげに眺めていた。
そして遂に5分とたたないうちに男達の顔は青ざめて泡を吹きながら落ちていった。
「じゃ、もう殺すか」
つまんなそうにしている悪エコが引金を引こうとすると悪エコの意識は遠のいていった。
しばらくすると、表情はじわじわと悪魔からぼけーっとした物に変わっていった
「……あ、あれ?」
気が付いたエコが後ろを振り向くと尻尾の先をガーネットはニッコリとしながら抑えていた。
「あれで許して欲しいのだ」
手にしていた木製銃を放り投げてエコはヘロヘロになっているガーネットを起こしてやった。
するとガーネットは倒れている少年に向って歩き出そうとしたのをエコは制止した。
「そんな奴助ける事無いよ。コイツのせいでオレ、見てよ。頭凹んじゃったんだよ」
「わりぃ……ホントに……わりぃ……」
地面に顔を伏せたまま嗚咽を漏らす少年にそれでもガーネットは向っていった。
ガーネットは少年の前に膝を着いて頭を起こすと少年は泣きながら地面に手を付いた。
「悪かった。お、俺、兄貴が怖くて、お前の事、お前の事……謝っても許してもらえることじゃねえのは解ってるけど」
「…………」
「とにかく、本当に……ごめん」
ガーネットは、ニッコリしたまま少年を見て言った。
「許すのだ!」
その言葉に少年は顔を上げてガーネットを見つめた。本当に心の底から笑っていた。
「俺を友達と言ったのだ。友達の為にやってくれたのだ」
「……イヤ、お、俺はもうお前の友達なんかじゃ無いさ。俺はお前らに酷いことしたんだ」
「そんな事ない!」
ガーネットは笑って少年の手を握った。
「俺は言ったのだ。謝って許せば友達だ」
「!」
「俺は許した。だからやっぱり友達なのだ!」
ガーネットの微笑みに少年は涙を流し、ガーネットを抱きしめて赤ん坊の様にワンワン泣き出した。
そんな少年に相変わらずガーネットは笑って優しく背中をさすってやっていた。
丁度その時である。薄暗かった雑木林の木々の隙間から日が差して二人を照らしたのは。
それからがすごかった。警察に連絡して暴力団を逮捕してもらい、さらにはビデオ屋の主人も逮捕だ。
ガーネットのバイトはなくなってしまうがまたバイトは探せば良いとあっけらかんとしていた。
そしてようやく3人が落ち着けるようになった頃には夕暮れ時になっていた。
「ホントにわりぃ。色々迷惑かけて……」
「平気だ。俺は強い!」
「へん。やせ我慢はよせよ」
ガーネットとレン少年はすっかり友情パワーに満ち溢れていた。
二人は握手を交わし、ガーネットが携帯のアドレスを渡し、再び握手をした。
「俺、真面目に生きていくよ。もう一人じゃないもんな」
「そうなのだ。俺たちは友達だ!」
「……ありがとな」
三度目の握手を交わすとレン少年は手を振ってガーネット達と別れた。
今度のガーネットは泣いていなかった。少年の姿が見えなくなるまで笑顔で手を振り続けていた。
「俺も帰宅する」
「うん。そっか、じゃぁね」
ガーネットと笑顔で別れ結局残ったのはエコ一人だった。
木製銃を片手にエコは沈み行く夕陽に向って力なく歩いていった。
アジトに帰ってくると良い匂いがした。コロッケだとエコはすぐ解った。
このまま部屋に帰ろうとするとばったりボスと出くわしてしまいエコはしまったと思った。
「エコ、ダメだろ。俺の釣竿を勝手に持ち出して。オオカミから聞いたぞ」
「う……」
エコはとっさに木製銃を背中に隠した。まさか悪エコに改造されて武器になったとは言えない。
「一体なんで釣竿なんか持ってったんだ? 怒らないから言ってみろ」
「べ、別に。ちょっと使いたかったから。それだけだよ」
「ふぅむ……。まぁ良い。ちゃんと後で戻しとくんだぞ」
「う、うん。じゃぁね」
エコがスタコラサッサと逃げた後、そこへ何やら陽気なオオカミがふらふらと歩きながらやって来た。
「ありぇ? そこにいるのはボスじゃあーりませんか? うーん。古い! チビッ子解るかな!」
「どうした。バカに楽しそうだな」
「ボスぅ。聞いてくださいなぁ~。今日のコロッケはとっても美味しいんですよ。美味しんぼう万歳!」
「ほぉ。それは楽しみだな」
「やーっと小麦粉が変えましてね。多分それが良いんじゃないかな? マナカナはカタカナ。HAHAHA!」
オオカミは笑い転げながらその場でぐるぐると回り始めた。
すると食堂の方からぞろぞろとオオカミが笑いながらやってきてボスは驚いた。
「何だ。お前達。そんなに今日のコロッケは美味いのか?」
「あたりまえっすよ~。このコロッケは美味すぎて美味すぎて……」
オオカミは手にしたコロッケを齧りながら言った。
「もう麻薬並みにヤバイっすよ!」