第93話
『トラトラ教に入ろう!』
(挿絵:ブルー隊員)
「早く、早く!」
朝から研究員たちはエコに急かされながらメカ作りに一生懸命になっていた。
内心めんどくさいのだが、いつになく珍しいエコのモーレツな熱意に押されてしまっているのだ。
「ねぇーまだ!? また一時間経ったよ!」
「もうすぐだ。少しは待てよ……」
「オレもうずっと待ってんだってばー!」
エコが何故にここまで急いでいるのか誰も知らなかった。ただ、物凄い悪事をする為に必要と言う事らしい。
今日は朝っぱらからボスオオカミに許可まで貰ってここに来ているのだからただ事ではない。
「あー!もー! はやくはやくー!」
「よーし。あと5分黙れ。5分黙ってたら最後の仕上げをしてやる」
その言葉にエコは口を真一文字に結んで、さっきから続けている通りに机の周りを忙しなく廻った。
そのまま待つことピッタリ5分。研究員は「出来たぞ」と言ってエコの頭を押さえつけた。
「やった! じゃぁ早く貸して!」
エコは研究員の手から礼も言わずに出来立てほやほやのメカを奪い取り、自分の右腕にはめた。
そのメカは一見すればただエコに似せた腹話術の人形にしか見えない。しかし、目付が釣り目で悪そうだ。
「うーごーかーなーい!」
しかし、うんともすんとも起こらないメカにエコは足を踏み鳴らしながら怒った。
研究員はめんどくさそうに慌てているエコの頭を再び押さえ込んだ。
「説明ぐらい聞け。朝飯も食ってないんだぞこっちは」
「わ、わかったよ。じゃぁ早く説明してよ」
「……オホン。良いか。まず下のほうに小さなボタンがあるだろ?そこがスイッチだ」
エコは研究員が言い終わる前にすぐさまそのスイッチをONにした。
その途端、エコの体がブルッと震えた。しかし何も起こってない。
「何も起こらないよ!」
「ちょっと読み込みに時間が掛かるんだ。少しは落ち着け」
研究員はエコの尻尾を掴んで先っぽのボタンをエコに見せた。
しばらくしていると黄色くピカピカと光っていたのが徐々に青黒く変わっていった。
「……何だ? どこだここ……」
「あ、凄いや! 悪エコだ!」
「あ~?」
エコの右手についた人形がぐいと頭を上げてエコを見た。
さすがの悪エコも咄嗟の事に状況がわかっていないのか丸っこい腕でぽりぽりと頭を掻いた。
「悪エコ、オレだよオレ! エコだよ」
「……な、何だこりゃ! 俺に何してくれてんだエコ」
悪エコのドラえもんの様な手がエコの右頬にパンチを飛ばす。
しかし小さいので痛みは無い。そんな悪エコにエコは馬鹿そうな笑顔を向けていた。
「あのさ、オオカミに頼んで悪エコと一緒に話できるようにしてもらったんだよ」
「そんなのさっき気付いた。俺の頭脳はテメーと違うんだよ」
「えっとー。実はオレ、悪い事をやりたいんだけど。オレってバカだから良い作戦思いつかないんだ」
「ふ~ん」

悪エコは腕を組んでエコの話をいい加減に聞いていた。
厳密に言えば顔はずっと固定されたままだから言葉のアクセント等でエコはそう判断していた。
「だからさ、ここは悪エコに手伝ってもらおうって思って」
「やーだーねー」
「悪エコって頭良いし、それにすっごい性格も悪いし、良い作戦思いつくんじゃないかなーってさ」
「思いついてもテメーに教えてやんねー」
悪エコの右腕が右目の下に付けられそのまま下に降ろされた。
多分、あっかんべーとやっているらしい。悪エコの性格からしてこんな幼稚な事をするのは物凄い侮蔑のつもりなのだろう。
「オレのお小遣い全部あげるからさー」
「ケッ、たかだか数千円で何ができんだバーカ」
「じゃ、じゃぁ、どうすれば協力してくれる?」
「ん~? そうだな……」
悪エコは再び腕を組んで顔を少し上に上げて考えているポーズをした。
「俺とお前の立場を逆転する。ってのはどうだ。俺がボタンを押さない限りお前が出てこないっての」
「……………わかった。 でも、作戦が成功したらだよ」
「フフフ、この俺様が成功しない作戦なんか考えると思うか?」
エコはその言葉の意味が解って同じくフフフと笑った。エコは作戦の成功を同じく確信したのだ。
「じゃぁ、今からどんな作戦にするか考えようか」
「そんな時間いらねーよ」
「?」
「もう思いついた。とっておきの作戦だ」
悪エコの顔はずっとそのままのはずなのにエコには物凄い悪顔に見えていた。
しかし、逆にそれは頼もしくもある。エコは初めて武者震いをこの時経験した。
うららかな午後の昼下がり。レッドはガーネットと共に町へと繰り出していた。
「へぇ、ガーネットは将来、漫画家さんになりたいんだ」
「そうだ」
「へぇ、偉いねぇ」
「……」
「……」
レッドとしては隊長として新隊員との友好を図るべく買物に誘っていたのだが、初めての二人きりは気まずかった。
会話を途切れさせたら無言になるのは当たり前だがその無言が怖いのである。
しかし、ガーネットとしては既にあるフレンドリー精神によりレッドが感じているほどの気まずさは感じていなかった。
「隊長は楽しい人なのだ」
「え、あ、いや、はは、どーもすいません」
新隊員に頭を下げながら恐縮している場合ではないのだが、レッドは気を使わせているのだと胸が痛んだ。
ガーネットの心中はごくストレートに楽しいと思ったから言ったまでなのだ。ここにもカルチャーギャップが存在している。
「(何か良いキッカケでもあれば良いんだけどなぁ……)」
レッドが周囲を見回しても別段普段と変わりの無い日常風景がそこにあるだけだった。
当たり前と言えば当たり前なのだが妙に何も無さ過ぎて逆に非日常の気分さえ起こってくる。
一旦そう思うと勝手に非日常は向こうからやって来た。看板を持ったオジサンが二人の前に忙しない素振りで来たのだ。
「あ、お二人さん。そこの空き地でね。そこの空き地で、面白い事やるからちょっと見てってよ」
オジサンは二人の意見すら聞かずに背中を押し始めた。
レッドは何か言おうと思ったが、これぞ待っていた事では無いのかと思い黙って押されるままに歩き続けた。
「あぁ、あそこだあそこ。ほらね。人がいっぱいいるでしょ。楽しいよ楽しいよ」
狭い空き地には10名程度の人がビニールシートの上に座っていた。
皆、「なんだかわかんないけど待つか」といった顔でレッドらが入ってきてもさほど気にしていなかった。
「お花見か? 弁当を買うの忘れたのだ!」
「うーん。違うと思うよ。多分、なんかの販売とかじゃない?」
「販売? 何を売ってくれるのか? 楽しみだ!」
「そんな楽しい物じゃないと思うよ。あはは……お!」
レッドは話が弾んでいることに気付いて思わず喜びの声が出てしまった。
幸いその声はガーネットには聞こえてないらしくレッドはあのオジサンの顔が天使に見えた。
「皆さん、よくお越しくださいました」
と、レッドがむさくるしいオジサンに感謝していると空き地の土管の上にフードを被った猫が上がってきた。
両手を後ろに組んだまま演説をする様な格好で、怪訝な目で見ている人々をその猫は眺めた。
「これは怪しいイベントでは無いです。いわば人との交流を深めてもらおうと、そういうわけですね」
フード猫がそう言うとオジサンらがダンボールからジュースやお菓子を取り出して皆に配り始めた。
レッドも貰う。ガーネットは宝石でも貰ったかのように大喜びだ。
「この日本では人と人との繋がりが弱い。そう思いませんか? 我が団体はボランティアとして各地を回ってこのように
人々に交流の場をご提供しているのです。ご安心くださいお金は要りません。もちろん、そのままお帰りいただいても結構です」
レッドは、こりゃぁ凄い事を考える人もいるものだなと思いながらオレンジジュースを開けた。
飲みながら辺りを見回しているがそんな事言われても困ると言う風に皆オロオロとしていた。
後ろの方のオバサンはとっとと貰ったものをカバンにしまって帰っていった。
「みなさん、この機会に上や若い世代の方と交流しましょうよ。どうせただなんですから」
前の方に座っていたキャリアウーマン風の若い女性が立ち上がって言った。
皆がどうしたものかとしていると女性は側に居たサラリーマン風の男性に話しかけ始めた。
「あの、お仕事は何をされているんですか?」
「は、私ですか。しがない営業をやってます。ど、独身です」
「営業ですか。大変ですよね。私も実は経験があるんです」
女性は和気藹々とその男性と話し始めていたかと思うと、いつの間にかその隣の人も巻き込んでいた。
そうなればあとは連鎖反応で次から次へと皆が女性の周りに集まっていった。レッドらも巻き込まれた。
色々な話を長々と話した。その人の苦労話から面白い話まで。語らいの楽しさに皆、酔いしれていた。
「あら、もうこんな時間。ごめんなさい。あまりに楽しくて……私会社に帰らないと」
時計を見ながら女性はそういって名残惜しそうに立ち上がった。
もっと名残惜しそうだったのは男性の皆だったが、特に中の良い友達が一人帰ってしまうような気持ちがした。
「今日はとっても楽しかったです。また皆さんでお話したいです」
「おや、それならばこちらで特別に会場を用意しておきますよ」
フード猫がそう提案すると集まった人々もまんざらでもなさそうに反応した。
「では、連絡用に皆様の電話番号とお名前を教えていただけますか。場所が決まり次第ご連絡いたしますので」
「そんな、ご迷惑じゃないんですか」
「いえいえ、我々の団体は人々の交流を深めるのが目的ですから。皆様が深めたいとお望みならば喜んで」
「じゃぁ、またみんなで集まろう」
「うん、それがいい!」
人々は、メモ用紙に名前と電話番号を書いて「また会いましょう」とウキウキしながら帰っていった。
どの顔もレッドらが来た時とは違って晴やかだった。レッドも同じように書いてガーネットと帰っていった。
「楽しかったのだ。良い人だ。また行きましょう」
「そうだね。楽しみだね。やっぱり人と人の繋がりって良いよね」
楽しげに帰っていく二人を見つめながらフード猫はそのごついフードを脱ぎ捨てて右手の人形に話しかけた。
「はー疲れた……。ずっと口パクするのって疲れるよ」
「まだまだ。しっかりやってもらわないとな。お前には」
「ハイハイ、わかったよ」
フード猫こと、エコは肩を廻しながら土管から飛び降りて空き地から去っていった。
翌日、エコはとあるビルの一室を借り切っていた。
広い部屋の中をエコはぐるぐると回りながら外の景色を眺めて満足していた。
「へへ、なんかオレ偉くなった気がするなー」
「俺が偉いんだバカ。とっとと次の段階に移れ。間抜け」
悪エコにやわらかいパンチを受けながらエコは隅に積まれたパイプ椅子を10脚ほど円を描くように並べていった。
それが終わるとエコは早くも疲れたのか円の中心にぺたんと座り込んだ。
「休むな。これからが本番だ。…………おっと、大事な事を忘れていた」
「へ?」
「団体のシンボルが必要だ。これはお前に決めさせてやる。言え」
「シンボル?」
「このバカがっ!」
悪エコは全身でエコの顔に当たってきた。流石に今度は痛かった。
「皆が尊敬するような物だ」
「うーん。じゃ、タイガ……」
「タイガー? 虎か。ふむ、猫科か。フフ、お前にしてはなかなか良い考えだ」
「あ、そ、そうじゃなくて……いたっ!」
悪エコはまた悪そうなオーラを出しながらエコのヒゲをピンと引っ張った。
「オイ、あと30分でヤツラが来る。準備しろ」
「う、うん……」
それから30分後。フードをすっぽりと被ったエコは最初に入ってきたレッドの姿を見てしめしめとほくそ笑んだ。
後からガーネットもやって来てエコは口をパクパク動かした。悪エコが「お座りください」と後ろで言ってくれるのだ。
それ以降はぞろぞろとあの時とほぼ同人数が部屋の中にやって来た。エコはふふと笑みがこぼれてしまった。
「何、笑ってるんだ。とっとと始めろクズが」
「ぁ、ぅん」
小声でぼそぼそと喋っていても皆は既に話を始めていたのでエコはホッとした。
「皆さん。今日はようこそいらっしゃいました」
早速悪エコが口を開くと皆はこちらを向いてくれた。
「今日は皆様がより交流を深めるために、そしてそれだけで無く、共に人間として向上してもらう場を、
ご用意させていただきました。今日は大した事は出来ませんがどうぞお楽しみください」
レッド達は軽く頷きながらエコの話を聞いていた。
エコはダンボールからそれぞれ飲み物と菓子を昨日と同じように渡し談笑するように薦めた。
今度はあっと言う間にスムーズに語らい始めた。皆、イキイキしている。
それから一時間ほど経過した頃、エコは立ち上がって皆の談笑を止めさせた。
「皆さん、ここらでちょっと気分を入れ替えて一つ、より親密な関係に迫ってみませんか?」
「親密な関係に迫るって一体?」
「我々はいつも人間の表面的な部分のみ見て満足してしまいます。そして一方、我々自身も自分の表面的な部分のみを
評価されることで満足しているのではないでしょうか」
「おっしゃる事がよく解りませんが」
眼鏡をかけたサラリーマン風の男がおずおずとエコに言った。
エコは「大丈夫です」と言うジェスチャーをしてレッドの後ろに立った。
「皆さん、この少年を見てください。表面的に見れば色々あるでしょう。あ、言わないようにしてください」
エコは、悪エコに言われてレッドの肩に手を置いた。レッドは自分が注目されている事に緊張している様子だった。
「貴方、お名前は?」
「えっと……一応、レッドでお願いします」
「レッドさん。赤、赤ですか。ずいぶんおかしな名前ですね。赤いところなどどこにもないのに」
エコの言葉にレッドの顔が一瞬強張った。だが、悪エコは気にせずに続けた。
「おまけにこのファッションセンス。はっきり言って酷いですね。若者らしくない。
顔も見てください。一見、幼く見えますね。これは内面が幼稚な証拠なのです。人間的な成長がまるで感じられない。
背も少々低いですね。彼女も多分出来ないでしょう。さらに私の印象としては会話の端々からあまり深い教養も感じられません。
単なる言葉の羅列をそのまま深い思慮もなく喋っているだけです。知能が低いのではないでしょうか。
しかし、やはり特筆すべきは名前ですね。矛盾にも程があります。赤くないのにレッドとは噴飯物ですよ。
他にも色々とありますが、軽く話しただけで彼がいかに浅い人間かと言う事が良く解ってもらえたと思います」
悪エコが一気に喋り終えると、皆は黙ったまま泣きそうなレッドの顔を眺めていた。
それは同情心であったり、ちょっとした怒りでもあり、納得したような感心したような人もいた。
ガーネットは翻訳ソフトの調子が上手く行かないのか普通なら怒っている所だが、無反応だった。
「……さて、皆さんは私がレッドさんを嫌っていると思っているのではありませんか?
とんでもありません。私はレッドさんがむしろ好きな人間です。では何故あんな風に言ったか……。
それは簡単です。私はレッドさんの欠点を指摘し、それを自覚した上で自分なりに解決に導いてほしいと思ったのです」
エコを見る目が興味の目へと変わっていったが、エコは気付いていなかった。
エコに出来る事はやはり口をパクパクする事しかないのだ。
「彼のペンダントを見てください。この古い感じのペンダント。私は見逃していません。
これはかなり使い古しています。アクセサリーと言ってもここまで使い古すと言うのは中々じゃありませんか。
彼は物を大事にする性格だと言えるでしょう。物を大事に出来る人は人も大事に出来る人です。
人徳もあるようです。何故解ったかと言うと会話中に皆さんを気遣うような発言の数々。聞き逃していません。
喋り方もハキハキとしていて温和な印象も受けます。退屈させないように気をつけているのでしょう。
しかし、それは意識しての事ではありません。自然に身についているのでしょう。この様な事を自然と身につけるのは、
かなり苦労の居ることです。いかに今まで良い人種と接してきたのかが垣間見えます……」
悪エコは次から次へとレッドを褒めだした。さきほどの悪口よりも長々と。
エコはてっきりレッドをしょんぼりとさせて泣かせるつもりだろうと思って口を動かしていのだたが予想外だった。
レッドの顔も徐々に明るくなってきて終いには「いやー。そ、そんな風に言われると」と、照れていた。
「この様に、人には欠点がありますがそれを凌ぐ長所もたくさんあるのです。いえ、長所が多いと言えるでしょう。
さぁ、皆さんも相手を傷つけるのを恐れてはいけません。指摘は相手の為です。そして長所もいっぱい言ってあげましょう」
悪エコの言葉で、皆は関心してレッドの横にいる大学生の短所を皆で指摘して行き出した。
レッドも仕返しだとばかりにその大学生の欠点をとにかく言いまくっていた。
「ねぇ、悪エコ。こんな事して何になるんだよ……オレ、さっぱり解んないよ」
エコは賑わっている会話の外で口の周りを手で揉みながら悪エコに聞いてみた。
「フン。心理学さ。心理学」
「ふぇ?……もっとさぁ、簡単に説明してよー」
「俺は今、気分が良いからな。その時々で教えてやる。まぁ、そのまま見てろ……」
エコはさっぱりわけが解らないまま天井を見上げて溜息を吐いた。
「(こんな事するために悪エコ呼んだんじゃないのになぁー……なんかお腹空いてきたなー)」
そのままぽかーんとしたまま数十分後、悪エコに叩かれエコは我に返った。
既に欠点と長所の貶しあい褒めあいは終わっており、エコの方を見たまま次の指示を皆は待っているようだった。
「みなさん、終わったようですね。では、本日はこの辺にしておきましょうか」
壁にかかっている粗末な時計は既に夕方の6時を指していた。
皆は楽しみの時間が早く終わったのを残念そうに立ち上がりドアの方へと向って行く。
すると、そのドアの前に悪エコはすぐ向うようにエコに指示した。仕方ないのでエコはドアの前にさっと飛び出した。
「皆さん、すいません。大事な事を忘れておりました。実はここの部屋のレンタル料なのですが、思ったより資金が掛かってしまいまして。
このままではこの場を長期に渡ってご提供するのを、断念しなければならないかもしれないのです」
エコは、えっと声を出しそうになった。そんな事したら計画がパァになる。が、済んでの所で飲み込んだ。
「その為には資金が必要です。皆様にもご負担をしていただかなければなりません。
私としても皆様の為、どうしても努力したいのですがここは皆様のお力が必要なのです」
『負担』と言う言葉を聞いた時に参加者は皆、困惑したような表情を浮かべた。レッドも有料だと困ると言う顔だ。
「そこで、どうでしょう。提案なのですが、まず皆様に会費を月五千円を宛がいます。
そして、誰か皆様のご友人等を入会して戴きますと一人に付き会費を500円引きに致します。
あ、ただし、何百人紹介されても500円は最低払っていただきます」
エコの提案に皆も関心した様に頷いていた。紹介すれば安くなるなら悪くは無い。
レッドはちょうど良い知り合いが身内にも多数いるのでこれ幸いにとニッコリ笑顔。
「たくさんの方に参加していただくと私達としても嬉しい限りですし、皆様のご負担も減ります。
将来的には、集まったお金で専用施設の建設なども視野に入れたいと思っております。いかがでしょうか」
参加者は皆、素晴らしい提案に拍手を送った。エコは調子に乗って万歳をしたら皆も万歳した。
「ありがとうございます。ありがとうございます。では、次回からどうぞよろしくお願い致します」
エコは扉を開けて一人ひとりに「気をつけておかえりください」と声をかけていった。
レッドとガーネットも満足げに帰っていった。そして最後の人間が帰った後ドアを閉めると悪エコよりも先にエコが笑った。
「へへ、なるほどね。これで大儲けするのかぁ。さっすが悪エコ」
作戦が成功に向っていると一人興奮しているエコを悪エコは冷たく鼻で笑った。
「この脳無しが。この天才の俺様が、そんなくだらねー事すると思うか?」
「うぇ、ち、違うの?」
「俺の考えは、もっとデカイ。お前みたいなクズには到底出来ない様な計画だ……」
悪エコはそう言ったままフフフ……と笑い出した。
エコは知っていた。この笑い方をした時は悪エコの脳内で凄い事になっていると言う事を。
それから一週間。エコはずっと口パクの仕事を続けていた。
ただ集まって色々な事を悪エコが言ったりする。それだけだ。
何とかして悪エコの作戦をこの状況下から導き出そうと思うがやっぱりおバカなエコには解らないままだった。
「お願いだよ。悪エコ。オレ、全然わかんなくてさぁ。どんな作戦かオレにも教えてよ」
そして週の最後の日曜日。まもなく来るであろう参加者の為の準備をし終えるとエコは思い切って頼んでみた。
が、反応は思ったとおりだった。
「ん~どうするかな~? 脳の回路がイカれてるテメーにこの俺様の優秀さが理解できとは思えねえな~?」
「そうだよ。悪エコは頭が良いよ。オレ、バカだからさ、少しでも悪エコの凄さを知りたいなーってさ」
エコは悪エコが微妙におだてに弱いことをなんとなく知っていた。引っ掛かってくれそうな気がしたが、
悪エコはそんなエコの魂胆を見抜いたかのように馬鹿笑いをした。
「フン。クズがクズなりにお世辞のつもりか?……ま、それくらいの知能はとりあえずあるみたいだから特別に教えてやるか」
「あ、ありがと。悪エコ」
エコは笑顔の奥で、やっぱりおだてに弱いんだなと悪エコの弱点をそれとなく確信した。
「えっと、前にやった自分の嫌な事をみんなに言うのは何?」
「あぁ、あれか」
今日は、皆さん。自分が欠点だと想う事を告白しましょう。そして、
それを自分はどうしたいか。一人ずつおっしゃっていってください」
悪エコの言葉に、皆は自分の欠点を告白していった。
そして決まって皆は最後にはその欠点を直したいと言うのだった。
「皆さんには、様々な悩みがあるようですね。欠点は一人で克服するのは困難です。
大丈夫です。皆さん。この場で、皆さんと共に新しい自分になり必要がありますね。
新しい自分への変身。皆さん、この言葉を忘れてはいけません。常に人は進歩する物です」
「……あれは、簡単な事だ。この場で自分は変われるとさりげなく植えつけるのさ」
「ふ、ふーん。じゃぁ、その次の日にやった掃除は?」
翌日は、悪エコが掃除用具を買ってきてそれを皆に配り「週に一度、付近を掃除をする事にしましょう」と言い出した。
掃除が好きじゃないエコは、一応監督官の立場だから掃除しなくて良いと思っていたら
「テメーもするんだよ」
と、言われてしまい嫌々した記憶があった。
結局終了時間まで隅々に雑巾がけをやらされてしまい腰が酷く痛くなったのでよく覚えている。
「掃除しなくてもさー綺麗なクセにさー」
「フン。バカが。あれは準拠集団って奴だ。大抵のクズはな自分とこの集団と同じように振舞おうとするのさ。
それに人間ってのは、一定の行動を取ればその行動に縛られる。つまり、コミットメントの原理だ」
「………ふぅん」
エコは全く理解できなかったが理解した顔だけは作ってみた。
「無償行為は、有償行為と違い、良い行為と言う認識をしやすく、イコール、ここは良い団体だとも思いこみやすい。
つまり、準拠集団への帰属意識を醸成させるのに最適って事だ。解ったかバカ」
鼻高々な悪エコの機嫌はよくなっていたのはエコにも手に取るように解った。口数の多さがそれを証明している。
「えーと、じゃあ、じゃあ……」
「フフフ……ビデオ鑑賞か」
「あ、そうそう。何か難しいビデオでさー。それになんか怖かったよ」
「今日は、生と死に付いて考えて見ましょう。この二元論でたいていの物は語れます。
それほど人間としての生活に重大な影響を及ぼします。今日はこのビデオでちょっぴり考えて見ませんか」
悪エコが持ってきたビデオは、初めはほのぼのとしていたが、徐々に悲しい事故のニュースであったり
ちょっとかわいそうな事故現場映像であったりとエコは怖くなって目を逸らしていた。
あまりの怖さのせいか、この回限りで参加を脱退すると言う人まで現れて、
悪エコの趣味の悪さのせいで金づるが減ったと憤慨したのでこれも良く覚えている。
「人間にとっての最大の恐怖を自覚させる……フフフ。それを利用すれば人間なんか簡単にコントロールできる」
「良くわかんないけどさ。怖がって辞めちゃった人までいるじゃん。あれ困るなぁー」
「本当に低脳だなテメーは。そいつは多分、感づいたんだな。ま、大抵はマニュアル通りだからか。
こっちとしてはそう言う奴はとっとと辞めてもらわねーと困るんだぜ? 逆に、都合の良い奴だけが残る……フフフ」
悪エコが悪びれた様子も無いのでエコは、ムスッとしたまま椅子に腰掛けた。
エコにとっては作戦よりも目先の金の方が重大なのだ。
「ほかにはだな。例えば会費だ。フット・イン・ザ・ドア・テクニックと言ってな。
一度承諾させて徐々に上げていくのさ。そうすれば、いままで金を出していたと言う既成事実が出来てるから結局、払うのさ」
エコは調子に乗ってペラペラと喋っていたが、エコにはさっぱり解らないままだし、
詳しく教えてくれと言った所でバカにされるのは目に見えている。
「ねぇ、もうすぐ時間だよ」
キリが良い所でエコがそう言うまで悪エコは得意げに喋っていた。
悪エコはけじめがついているのかすぐさま、エコにドアの前に立つように命じた。
毎日続けていてもやっぱりめんどくさそうにエコはへろへろとドアに向った。
「はぁー。今日は一体どうするのさ。こんな格好してさぁ……」
「待て」
エコが暑くなってフードを脱ごうとするのを悪エコは止めた。
「これもテクニックの一つだ。俺が良いと言うまで脱ぐな」
「わかったよ、も~」
エコが応えたとき、ドアが開いて参加者達が入ってきた。
悪エコはそんな事まで解ったのかと内心ドキドキしながらエコは頭を下げた。
「よく、いらっしゃいました。本日も良い集まりになると良いですね」
綺麗な抑揚の悪エコの言葉は非常に耳障りが良い。
性格が悪くなければ先輩ぐらい凄いかもしれない。いや、先輩の方が凄いかな?等とエコは頭を下げたまま考えていた。
「こんにちは。いらっしゃいませ。さぁ、お座りください」
初めは集合にもバラ付きがあったのに最近の参加者は皆、全員集まったのを確認してから
この部屋に入ってくるのではないかと思うほど性格にやってきていた。
「では、みなさんお席に着きましたね」
悪エコの言葉に頭を上げるときちんと座ってこっちを見ている参加者の姿があった。少し不気味に見える。
「今日は、昨日に引き続き世界平和について考えて見ましょう」
悪エコの饒舌ぶりが今日も快調だ。エコは最近口をパクパクしたままぼけーっとするのが上手くなった。
しかし、気を抜きすぎると頭をカクンと傾けてしまい、真剣に聞いている参加者から変な目で見られる。
そう言うわけで何度か背中を悪エコにどつかれながら顔を元に戻す。
「(あーあ……オレなんでこんな事してんだろうなぁー)」
しっかりとぼけーっとしているのに悪エコが背中を突いて来るのがエコは気になっていた。
大丈夫だよと後ろ手に合図を送ったが、それでもだんだん叩くのが強くなってくる。
「立てっつってんだよ!」
小声ながら悪エコの怒りは相当だ。慌てて立ち上がる。
「……さて、いよいよここで皆さんにわが団体の秘密を一つ、教えてあげましょう」
悪エコに合図されエコは暑いフードのボタンを一つずつ片手で外していった。
今日の為にわざわざこんな格好をしたのは解ったが、秘密とは何なのか解らない。
エコは、フードを脱ぎ捨てた。しかし、レッドもガーネットもエコには気付かなかった。
なぜならば、エコの腕は縞々、足も縞々、全身縞々の虎猫色になっていたのだ。
「……この世界が暗黒に満ちているのは何故か。それは、人々が徐々に本来の姿を逸脱しようとしているからです」
悪エコの声がイキイキとしていた。物凄い作戦が始まるんだと言う事だけはエコにも解った。
「皆さん、実は……我々は本来虎だったのです」
レッドとガーネットが最近、頻繁に外出して会議等に参加しなくなりつつあったが、
隊長は隊長なりに新隊員と親睦を深めたいのだろうとか、別に今は戦闘も無いしと言う事で特に気にする者はいなかった。
いなかったのだが、さすがに今日は気にしない訳にはいかなかった。
会議室に現れたガーネットとレッド隊長は見事にまっきっきで縞々の黒のラインが映えていた
「あ、おはよう。みんな揃ってるね」
「遅くなった。ごめんなさいだ」
隊員達は何事も無かったかのように席に着く二人に突っ込めば良いのか、それとも触れないほうが良いのか困っていた。
横にいるグリーンは横目でレッドを見る。その表情は、「あれ、レッド虎猫ですよ」と言って欲しそうな顔では無い。
かと言って、皆が驚くのを内心ほくそ笑えんでいる様子も無い。ごく当たり前の姿で来ましたと言う感じだ。
「えーと、今日の議題は何かな?」
「あっ、え、えーと……」
隊員らはレッドを好奇の目で見ているのに気付いていない。
実はハゲだと知ってる人が今日に限ってカツラがずれてるのをどうした物かと言うのに似た気まずい心境だ。
「今日は特にないですね」
空気の抜けるような声と共にグリーンは完全にレッドの姿を無視すると言う意味合いの真顔を作った。
隊員は逃げやがった!とグリーンを攻める様に見ていたが悟りに似た境地に入ったグリーンは今、何者も寄せ付けない。
「なので他に誰かこの場で言う事があれば挙手してください」
「ハイ」
レッドが勢い良く手を挙げた。グリーンの口元が一瞬ピクッと動いた。
やはり突っ込むべきだったのかと言う動揺の様に隊員達は見えた。
「レッド隊長。どうぞ」
しかし、グリーンはこうなればこのまま突き進むしかないと言う様に何事も無くレッドに発言を促した。
「えー、みんなに言っておく事があります。それは、どうすれば幸福が得られるかと言う事です」

レッドのいかにも突っ込んでくれと言わんばかりの発言に動揺を隠し切れなくなりグリーンは
変に息を飲み込んだせいで「んぐっ」とみょうちくりんな声を出した。
「僕らも肌で感じて居るとおり、悪い奴らっていなくならないよね。でも、それは必然なんだよ。
その理由は、僕らの先祖が真の姿を捨てて快楽にばかり走るようになったからなんだ。僕らは進んで不都合な存在になろうとしていたんだ」
レッドの発言はどんどん熱が入っていた。これはいかにも突っ込んで欲しいと言うべきパフォーマンスだ。
グリーンは、こんな状況は耐えられなかった。突っ込もう。突っ込んで早く自分達もレッドも満足させよう。と立ち上がった
「なんでやねん! もう、レッドは冗談がキツイっ! そんなタイガみたいな格好してお人がわるぅいっ!」
隊員らはグリーンが突っ込んだ事に安心してホッと安堵の息を吐く。
しかし、レッドの反応は全く予想だにしないものだった。
「これは僕の本来の姿だ! グリーン、ふざけるのもいい加減にしてくれないかなぁ!! 不愉快だ!」
レッドの喉が張り裂けんばかりの怒号を浴びせられたグリーンは怯えた仔犬の様にぷるぷると震えだした。
そして普段ここまで怒らないレッドに怒られたという事実がじわじわと染み込んで来て涙が出て来た。
「ご、ごめんなさっ……ごめんなさいっ……うぅ」
グリーンは泣き顔を手で押さえながら無我夢中で会議室を飛び出していった。
隊員はもはや何が起こっているのか解らなかった。真面目なのか不真面目なのかその境目が破れている様な気がした。
「レッド、すいません。私たち、急にレッドとガーネットがそんな格好をしたんでビックリしたんですよ」
なんとか頭でこの不可解な状況を理解しようとクリームがレッドに話しかけた。
「あ、ごめん。実はね。僕らは本来の姿は虎だって事を教えたいんだよ。その崇高さを捨て去って煩悩にまみれた世界に入ったツケが
今の僕らに回ってきているんだ。かつて、虎だった先祖は、様々な超能力を駆使した超人類として君臨していたんだよ」
「あの、私たちが知る限りではそんな話は聞いたことが無いのですが」
変に刺激しないように一言一言気をつけながらクリームは喋った。
「そう、この秘密はあるお方によって隠されていたんだ。そのお方こそが王虎様なんだよ」
「……そ、そうなんですか」
「王虎様はね、救われない人々の為に僕らを本来の姿に戻そうとしてくださってるんだ。
でも、数には限りがある。それに、人数が多ければその中に異分子も出てくる。だから王虎様だけが認める人だけなんだ。
来るべき復興の日に向けて僕らは少しでも王虎様の下で、本来の姿に戻る準備をしなければいけないんだ」
レッドの黄色の目がキラキラと光っていた。普段と違う黄色い目は多分コンタクトなのだろう。
ガーネットがパチパチとレッドの熱演に拍手を送っていた。どうやら二人はマジらしい。
「みんな、とりあえず今日は会議なんてお休みしてさ。僕らと一緒に聖虎会に見学に来て見ない?」
レッドがにこやかに右隣のブルーの肩を叩いた。が、寸前でその手を避けた。
「どしたのブルー。あ、解った。カルト宗教かなんかだと思ってるんでしょ? そんな俗悪な所じゃないから平気だよ」
「い、いやぁ……」
もう一度レッドは小走りでブルーの肩を掴んだ。今度は逃げられなかった。
「僕は、みんなが幸福に暮らせるようになってもらいたいだけだよ。隊長としてね」
「…………」
レッドと目を合わさないままブルーはどうした物かと隊員に目で救助信号を送った。
しかし、隊員達もどうした物かとオロオロしているばかりだった。
「お、俺、用事あるんで。ま、また機会があったらで……」
「じゃぁ、とりあえず今度の日曜日ね」
「い、いや……」
「日曜日に迎えに行くのだ」
いつの間にかやってきたガーネットにも挟まれブルーは冷や汗かきかきで頭を抱える。
「いくの? いくね? いくんでしょ? 行くね。決めるよ。決めたよ。 じゃぁ、日曜日に必ずね」
レッドは笑顔でブルーの背中を叩くと次の獲物を狙うかのようににこやかに周囲を見回した。
「今日、空いている人いる? 今日はね。王虎様が説法をしてくださるんだよ」
「いい加減にしてください。もう、そんないかがわしい所の勧誘はよそでやってくださいよ」
クリームの言葉にレッドはあからさまにムッとする。
「いかがわしいって失礼だよクリーム隊員。この会に入って皆、自分を見つめなおして幸せになっているんだよ」
「そんなの自己暗示って奴です。そんな非現実的な話を!」
「違うんだよ。違うんだよ。話宝を唱える事によって自己の中にある虎魂を浄化させてだね……」
「あぁっ、もうじれったいわねー!」
イライラしっぱなしだったホワイトが飛び出てきてレッドの肩を掴んだ。
「隊長、アタシがいってあげます。そこでそのナントカって奴にビシッと言ってやるから連れて行きなさい」
「あ、じゃぁホワイトは来てくれるんだね。きっとホワイトも気に入ると思うよ」
レッドは嬉しそうにポンポンとホワイトの肩を叩いた。ガーネットも満足げだ。
ホワイトは皆に向けてVサインを出し、任せてといわんばかりに威勢の良い顔を見せた。
「ホワイト、ダメです。すぐに辞めてください」
「大丈夫。私、悪徳商法とかそう言うの見破るの得意だし。こういう洗脳紛いな物もかからない自信も大有り」
「ホワイト! ダメです! すぐに戻って……」
クリームの心配を他所に、ホワイトは意気揚々とレッドらと共に会議室を出て行った。
心配そうな隊員もホワイトなら大丈夫だろうと少し安心していた。
「私がいながら、そんな事になっていたとは……」
そこへ、席に座って頬杖を付いたクリームだけが一人浮かない顔をしている。
彼女が自分の問題だけでなく周囲の問題まで抱えがちになるのは癖なのだ。
「クリームは考えすぎですー。ラムネ食べて元気出すですー」
シェンナもこの時ばかりは立場が逆転し、笛ラムネをコロンとクリームの前に転がす。
溜息一つでそんなシェンナの能天気さを打ち消すとクリームはいつになくマジな顔で呟いた。
「隊長らの状況を見る限りでは、完全に思考停止状態のレベルAです」
「……?」
「我々がその片鱗に気付かなかったと言う事は、向こうは相当なマインドコントロール技術を持っています」
「一体、何の話?」
「つまり、隊長の入っている団体は相当ヤバイと言う事です。たいていは布教目的などで使用する団体もあるそうですが、
隊長の所は綿密な計画性が感じられます。完全な、悪意を持っていると言う事です」
クリームの話はなんだか妙なリアル感があるようで、ある意味OFFレンワールドとはノンリアルな様で……隊員は妙な気がしていた。
「でも、レッドの団体がヤバければホワイトだってバカじゃないんだし気付くでしょ?」
隊長の信頼がこんな所で微妙に地に落ちつつあるのをレッドは知らないまま女子隊員はこんな事を言った。
クリームは立ち上がって隊員達の無知を叱るかのように睨み、一冊の本を隊員らに見せた。
「私が今読んでいる『カルト宗教の恐怖~私はこうしてマインドコントロールにかけられた~3』です」
「……なんでそんなの読んでるの」
「あなたたちの認識は甘いんですよ。いつも敵対しているのがあんなのですから、つい見落としガチですが、
カルト宗教はある意味知らない間に日常に侵食してくる非常にやっかいな悪の組織以上の組織なのです」
クリームの大マジな顔は隊員達の中に不安とかそう言う物を静かに植えつける。
しかし、まだそんな大マジな話はどうしても信じられずその感情は苦笑いや他の人と顔を見合わせると言う形となって現れる。
「BC団みたいに催眠術とか、洗脳装置とかそんな物でハイ一発とやるんじゃないんです。
危険な団体は丁寧に丁寧にステップを踏んで巧みに対象者を洗脳していくんです。しかも、本人は洗脳されたと思っていません。
自分の考えが知らない間に誘導され、気が付けば『自分で考えた』と言うその考えは相手の思うツボな考えなのです」
クリームの言葉の端々はずいぶんとシビアな台詞ばかりで隊員達の表情も険しくなっていく
「じゃ、じゃぁホワイトはヤバイんじゃないっすか!?」
「いえ、いくら何でも一日目なのでさすがにホワイトは大丈夫だと思いますが……」
「が!? が、が、って何すか!?」
慌ててブルーが身を乗り出してクリームに詰め寄った。
「相手の出方次第では危険かもしれません」
「そ、そんにゃぁ~……」
倒れそうなブルーをさっと女子達が支えると、クリームはマジな顔をさらにマジにして言った。
「解ってますね。今後、隊長が怪しい団体について何を言っても相手にしない事。付いていかないこと。
そして、一番重要なのが怪しい団体について何も言わない事。特に早く辞めるように言うのもダメです」
「どうしてやめるようにいっちゃいけないの?」
「団体によっては、共通の敵を作ります。それはもちろん団体意識を強める為でもありますが、
親や友人等の団体をやめさせようとする勢力までも邪魔をする『敵』だと見なす様に教えられれば反発し、より団体に陶酔してしまいます」
クリームの言葉の一つ一つをしっかり覚えるように隊員達は頷きながら真剣に聞いている。
「また、隊長らが誰か信頼のおける人等に紹介されている場合、なども厄介です。
『あの人がそんな悪い団体に関わっているはずがない』と思い込みます。女性の場合この点が非常にカルトに漬け込まれやすいのです」
「怖いですー」
「しかし、一番厄介なのが『自分が信じてきた物に対する時間』を捨てるのは人間には非常に辛いと言う事です。
人間は自分のしてきた事が無意味だと思いたくない為に、それは良い経験なのだと思い込む心の機能があります。
それによってますますカルトにのめり込む。とまぁ、無理やり下手な方法で辞めさせようとすれば非常に危険なのです」
一気に喋りつかれてクリームが再び椅子に腰を下ろすと隊員達は呆然と立ちすくんでいた。
「えいやー」「ぼかーん」ないままでとは全く違う深い深い悪の世界に体が馴染んでいないかのようだった。
そのままどれくらい時間がたっただろうか。隊員らが我に帰ったのはホワイトが虎縞になって帰ってきた時であった。
「アタシ聖虎会を誤解してたみたい。あのね、そもそも差別とか不平等ってご先祖が本来の姿を捨てたせいで生み出されたんだって。そんでね……」
「虎総南法宝月況汪話……」
朝6時。最近エコは苦手な早起きをしている。
なぜならばこの時間は、いつもいつも虎話とか言う呪文を唱える時間になっているからだ。
「(オレ眠いのに……みんな毎日毎日良くやるよなぁ……)」
虎縞のエコこそがレッドの話に散々出てきた王虎様その人である。
悪エコが用意した特殊スーツをすっぽり被る事でリアルな虎猫に見えるという寸法だ。
一応この王虎こそがこの聖虎会の教祖であるがここは宗教と銘打ってないので一応、虎長と言われている。
「暁月香総虎々王法……」
悪エコによればこの虎話を唱えることで本来自己の中にある野生『虎魂』の何代にもわたる汚れを浄化させるのだそうだ。
当然、この呪文は悪エコがそれっぽく適当に書いたデタラメな文章である。浄化どころか暇つぶしにもならない。
もちろん虎魂も嘘っぱち。エコが「そんな物があるのかぁ」と関心した所、悪エコに鼻で笑われた。
「(でも、ホント人数増えたなぁー)」
50名を越す人々が規則正しく部屋一杯に座っている光景は誰が見ても圧巻である。
しかも皆、虎縞だ。目がチカチカしそうになる。エコはその人々を眺めながら思惑通りとの微妙な違いに内心ガッカリしていた。
「皆さん、ご苦労様でした。今日も皆さんの虎話により自己がまた清められました」
悪エコもここまで来ると、神々しい喋り方になってくる。
気を抜けばエコも口を開けてぼけーっとした間の抜けた顔になるので注意が必要だ。エコが崇められているのだから。
「復興の日まであとわずか……。皆さん。少しでも虎魂を浄化し真の姿へと回帰致しましょう」
エコはいつもの様に頭を下げて幕を閉めた。特別に作ったこの壇上と幕は、より神々しい印象を与える為の物だそうだ。
それにエコに気合を入れるためのものでもあるらしい。実際、悪エコもエコのバカさに辟易しているのだ。
「はぁー……オレ眠いよもう。お腹も空いてきたしさぁ……」
「もう少しの辛抱だ。もう少しで……フフフ」
「どうでもいいけどさぁー。フッコーの日って何すんのさ」
「俺が一番やりたかった事さ。テメーはテメーで俺の言う事を黙って聞いておけ……フフフ。フフフ」
悪エコは最近、妙にもったいぶったように不敵に笑う事が多くなったのにエコは気付いた。
あの極悪非道な悪エコが喜びそうな事と言えば想像もつかない物凄いことだろう。
「王虎様、お入りしても良いでしょうか」
幕のすぐ前でレッドの声がするとエコは急いでアグラをかいて神々しい感じの顔を作る。
「赤虎か、入りたまえ」
セキコとはまた変な名前だが、これも悪エコが適当に付けた団体用の名前だ。
何でも悪エコに言わせればこのように団体だけで通じる名前や共通語を使うとより一層効果が高いとか。
「失礼いたします」
レッドは幕を上げて中に入るとエコに向って両手のひらを爪を出すようにしたままくっつけて二礼した。
これもここ専用の合図である。エコはレッドがここまで自分にペコペコしているので内心満足している。
「何用ですか。赤虎」
「は。先日入ってきましたライトブルーさんですが見事昨晩に虎清の儀を終えられ我々の仲間入りを果しました」
「そうですか。それは良かった。すぐに聖虎会の教えを語ってさしあげてください」
聖虎会の教えを語る。これはみんなに囲まれて延々と同じ話を聞かされると言う物だ。
エコはこれを見て「確かに同じ話ばっかり言われるとそう思うかも」と納得した物だ。
「赤虎。今、実は昨晩、私自身の清らかな虎魂が虎汪界とリンクして虎汪様からの獣告を戴きました」
「え、ほ、本当ですか! つ、ついに復興の日が来るんですね!」
「復興の日は、いよいよ明日の24時より訪れるとの事です。すぐさま皆に知らせてあげてください」
「か、かしこまりました」
レッドは再び入ってきたときと同じようにして慌てて幕から飛び出していった。
まったくエコにはちんぷんかんぷんな話だ。いい加減、テレビを見てみたいが悪エコはそれを許してくれない。
悪エコが最近になって大人数を帰らずにここに住み着かせるようにしてからだ。余計な情報を一切与えない為だと言うがエコには意味が解らない。
エコが解ってるのは復興の日とやらが来ると終わるのだと言う事だけだ。
「責任者を出せコラー! ぼてくりこかすぞきさまらぁー!」
「DEATHー!」
と、急に幕の向こうが騒がしい。エコはチラと幕から外を覗いてみると、それがOFFレンだとすぐ解った。
無数の虎猫に紛れてカラフルな猫がいるで非常に解りやすい。
「あッ、私の右足に蹴りをぶちかましてくれているのはライトブルー! なんで増えてるんですか!」
「ホントにそんなに簡単に洗脳されちゃうのか興味津々だったよ」
どうやらレッドらをこちら側に取り込んだせいで、向こうが完全に動き出したらしい。
エコはバレては大変と急いで悪エコの体を掴んだが、悪エコは全く動じていない。もちろん人形だからではない。
「グリーン! 何のつもりだよ!」
「あいや、これはレッド! いえ、もうレッドとは呼びますまい。そろそろ帰りましょう」
「グリーン。何でそんな事言うんだよ。やっぱり虎魂の曇りが君の心を蝕んでるんだね。そうに違いないね」
「だからそんな戯言を真に受けてはいけません! 帰るんです。帰るんですよ!」
グリーンは叫びながらレッドの腕を掴んだ。しかし、レッドはその手を振りほどきその他大勢の虎猫の中に入った。
「僕は本来の姿になって幸福になるんだー!」
「幸せになれるわけがないでしょう!」
グリーンは足を一歩踏み出した。だが、すると虎猫達はバッとガタイのよさそうなのが集まって胸を張っては威嚇をしてくる。
一歩下がってみると今度は向こうが迫ってくる。便りの綱のほかの男子も女子も怯えている。
虎縞のカラーリングが注意を促す効果があるのでそう言う本能的な物も加わってグリーンの頬の上を冷や汗が流れていく。
「だ、だから、こんな団体は嘘っぱちです。皆さんは騙されてるんです!……と私は思うのですが批判があれば別にそれも個人の自由じゃん!?」
「……もっと強気になってよグリーン」
ピンクからのツッコミが胸に刺さる。しかし、この人数は反則である。こちらはか弱い少年少女なのだ。
「皆さん、どうしましたか。騒がしいですね」
幕が開き、エコは口をパクパクさせながらグリーンらを見た。
悪エコが口でなんとかしてくれると思っていたがエコは念のためいつでも逃げられるように少し体を後ろにそらしていた。
「我が聖虎会が嘘っぱちだと。失礼ですが、それは貴方の認識不足としか言えませんね」
「あ、あなたが親玉ですか。良いですか。我々が本来虎だったと言うのはどう考えても非常識でしょうが」
「ほぉ……失礼ですが、どういう思考プロセスを経て非常識と云う結論に至ったのでしょうか」
「え、だ、だって科学的じゃないです。オカルティックです。そんな話だって聞いたことがありませんし。常識的に考えて……」
「さっきから常識とおっしゃいますが、貴方は、我々の先祖がどんな姿だったのかご存知なのですか?」
「知るわけ無いでしょう。生まれても無いですよ」
グリーンはムッとしてエコを見た。話は難しいが悪エコが有利みたいだとエコは解った。
「そうです。誰も知るはずは無いのです。なぜならば人間は本来記憶を子孫に伝えることは出来ないのですから……」
こうなればしめたもので、悪エコは次々と科学的哲学的宗教的と様々な観点からグリーンの発言を全て論破し、ぐぅのでないまで追い詰めた。
一体何の話かエコどころかグリーンも解らなくなっていた。悪エコの頭脳もさすがだとエコもそこだけ関心する。
「……さぁ、まだ何かご意見がありますでしょうか」
グリーンは悔しそうに唇を噛締めたままエコを睨んでいた。
しかし、にらみ合いも根負けしてしまい、ついにグリーンはエコに背を向けてしまった。
「お、おぼえてやがれっ!」
ザコキャラのような捨て台詞を吐いてグリーンは我先にと部屋を飛び出していった。
ボス猿がいなくなった後のザコ猿のようにOFFレン隊員も皆急いで部屋を飛び出していった。
「御覧なさい。我々の澄んだ魂の前に、彼らは敗北したのです」
悪エコの言葉にガラスが割れるかと思うほどの拍手が巻き起こった。
中には泣いている者までいた。エコはこんなにオレの事を好きになってくれるならこのままでもいいかなと少し思ってしまった。
翌日、エコが悪エコに文字通り叩き起こされるとすぐさま虎猫スーツを被って幕を開けた。
いつもはきちんと整列している虎猫達が今日は3,4人のグループになって部屋のあちらこちらに固まって何か機械を作っている。
「おはようございます。王虎様」
赤虎ことレッドが真っ先にエコに気付いて頭を下げる。
エコは、異様な光景に「なぁにこれ?」と口に出して言ってしまい慌てて口を押さえた。
「王虎様。どうしましたか? 声が少々違いますが」
「ゲホ、ンン……少し痰が絡まっていたようだ」
そう言うと後ろの悪エコは思い切りエコのお尻をつねった。痛い!
「まもなくできるようです。復興の日。いよいよですね」
「心待ちにしていたよ。本当にね」
レッドがいなくなると悪エコは舌打ちをしてエコを散々小声で罵った。
エコはそんなことよりも皆が何を作っているのか興味があってじーっとそれを眺めていた。
カラフルな配線や液晶板。そんな物を組み合わせて何やら鉄製の球体に押し込んでいる。
「ねぇ、悪エコ。あのボールみたいなのオレにも教えてよー」
「チッ、何度も何度もしつけーなテメェは。転生装置さ」
「……そ、それって何?」
「ばーくーだーんーだーよー!」
悪エコはエコのヒゲを思い切り引っ張ってエコが痛がるのをさも楽しむかのようにぐるぐると廻した。
布地の腕から放されたヒゲがパチンと音を立てて頬に当たるとエコは少し遅れて爆弾のワードに驚いた。
「ば、ばくだん!? なんで爆弾なんか作るんだよー!」
「爆発させる為に決まってんだろ」
「な、なんで爆発なんかさせるんだよぉー!」
「フフフ……言っただろ。俺が一番やりたい事……この天才的な頭脳で俺が手を下さずともこの街のヤツラを皆殺しにする事だ。
爆弾には核廃棄物を詰めているからあちこちに飛散して、ここは数百年は誰も住めない死の街になる……フフ、フフフ……」
悪エコのあまりの残虐さにエコは想像を遥かに超えた恐怖を感じた。
エコの脳内の悪事レベルなんか可愛い物だ。せいぜい金をあつめるくらいなのに。
「そ、それってぇ、みんな死んじゃうってことー……?」
「安心しろ。クズどもが一人残らず死んだのを俺が見届けられるようにシェルターを作っておいた」
「ダメだよ! そんなことしたら先輩まで……!」
「しらねーよ。黙ってお前は俺の言うとおりに……」
「ダメだダメだダメだーっ!」
悪エコの体(?)は思い切り飛び上がり側の壁にガンガンと叩きつけられた。
それは一瞬たりとも弱められる事は無くエコの中にある100%の力で悪エコは壁に激突する。
「イデッ、イデッ!な、に、し、や、が、るっ!」
「オレはそんな事まで頼んでたなかったぞー! 余計な事ばっかりしてー!」
しばらく壁を悪エコの付いた右腕で殴りつけていると悪エコ人形の首が大きくねじれ初め、
ブチッと言う音がした途端、火花を散らして人形は燃え出した。
「テメェ……そんな事しても……止められない……ぜ……フフ……フ……最後の……」
悪エコの声を最後まで聞かずにエコは人形を床に投げ捨て、
人形は線香花火の様にパチパチと周囲に火花を散らしながら真っ黒な塊に成り下がった。
「これで悪エコには邪魔させないぞ。へへーんだ」
エコは自分で悪エコを閉じ込められた嬉しさと安心感に浸りながら黒コゲの悪エコをつま先で転がしていると、
その優越感を一気に破壊するかのように幕の中に虎猫達が飛び込んできた。
「どうされました王虎様っ!」
突然幕内に入ってきた彼らに虎猫スーツを着ていなかったのも手伝って、エコは王虎との関連性を隠そうとする意志が働き、
黒コゲになった悪エコ人形を踏んで真っ黒な粉末にすると、恐る恐る虎猫らを作り笑顔で振り向いた。
「ここはオレしかいないよっ」
もちろんそんな事を信じるはずも無く虎猫の中から虎猫レッドが現れてエコに詰め寄った。
「どうしてここにエコがいるの?」
「お、王虎さま、と、オレ知り合いなんだー」
もう少し上手い嘘を付く事すらできないかわいそうな頭のエコのせいいっぱいな嘘だったが、
相手がレッドだったのかそれとも案外良い嘘だったのかレッドは「そうなんだ」と納得した。
「ねぇ、王虎様はどこにいったの? もうすぐ僕らは復興の儀式を始めないといけないんだけど」
「ば、爆弾でしょ。辞めたほうが良いよ。爆発したら痛いよ」
「アハハ~。バカだなぁ。痛いけど、それによって本来の姿へと転生する事が出来るんだよ。
虎魂を極限まで清めたから来世では僕は幸せに暮らせるんだよ」
エコは、レッドの目がマジだったのが少し怖かった。
「でも、それには王虎様がいないとね。どこにいったの? 急いでるんだけど」
「……えぇと、えぇとねー……」
「時間が無いんだよ。本当に。早く、早く!」
力強くエコの肩を掴んでくるレッドの迫力に怯えてエコは咄嗟に叫んだ。
「し、死んじゃったよっ」
その言葉にレッドは目を見開いて大きく後ろにのけぞった。
その背後の虎猫らも魂が抜けたかのように呆然と突っ立っているだけだった。
「だ、だからさぁ。ここは終わり。みんなもさぁ、変な事してないで帰って良いよ」
パンパンと手を叩いて皆を帰そうとしたエコだったが誰も変える素振りを見せなかった。
ダメ押しでもう一度叩いてみる。しかし、虎猫らはマネキンの様にそこに立ったまま宙を見つめていた。
「……あれ?」
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁん! たすけてぇー!たすけてぇぇー!」
エコが本部に飛び込んできたとき、既に隊員らは待ち構えていたかのように立ち上がると、
部屋の隅に積まれた武器やボックスの前に一列に並び、一人ずつ一人ずつそれを取り始めた。
その手際の良さに訪問者であるエコがぽかんとしているとクリームがエコの肩をポンと叩く。
「思ったより早かったんですね。それで、どこで行ってるんですか?」
「ふぇ」
「カルト宗教と言う物は大抵自分を受け入れない社会に反感を覚える物ですからね。でも、第一発見者がエコで良かった」
エコは訳の解らないことを言うなといわんばかりにクリームの手を振りほどくと、
いつになく真剣な表情で涙を浮かべたままクリームに掴みかかった。
「そんなんじゃないよっ。悪エコがみんなが死んだら幸せになれるとか変な事教えたんだぁ!」
エコの涙の訴えにクリームも予想外だったのかじんわりと額に汗がにじみ出る。
「えっ、あ、あの団体は悪エコがの仕業だったんですか……。なるほど。用意周到な計画。完璧でした」
感心するクリームに苛立ちを感じながらエコは掴んでいるクリームの腕をブンブンと振る。
「オ、オレっ、悪エコが街を爆発するって言うからっ、先輩がっ、いるからっ。ダメだと思って。
で、でも死んじゃったから終わりって言ったのに、みんなっ、爆弾持ってどっか言ってっ」
「死んだといったんですかっ!? な、なんて事をしてくれたんですかっ!」
クリームはよろめきながら壁に背をもたれるとこめかみを痛々しそうに抑えた。
「……急に団体から切り離された人々は、突然すぎて代わりにすがる物が何もありませんよ。
そうなれば残るのは、絶望ばかり……。団体の教えが教えですから、最終的には集団自殺!……かも」
「えぇーーーーっ!?」
こればかりは今まで武器を抱えたまま整列していた背景と同じ隊員らも喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。
「しかし、アメリカでは数百人の信者が芝生の上に寝転んで一斉に服毒自殺を図った事例もあります」
「へぇ……」
「のん気にしてる場合じゃないよ。早く行かないとっ! みんなはどこに行った?」
エコは目をゴシゴシと腕でこすると外を指差しながら、
「こ、こっちだよ」
と走り出した。隊員らはこの重苦しい雰囲気を打ち破るべく本部を飛び出して行く。
尾布公園の虎猫達を、側を通りかかる人々は怪訝な顔で見つめていた。
彼らは噴水の周りに放射線状に座り込み、目を閉じたままなにやら念仏の様な物を唱えている。怪訝な顔で見ないほうがオカシイと言う物だ。
そんな虎猫らの異様な集会の中心にレッドら数名が噴水の上で大声で叫び始めた。
「王虎様が先に虎転を行った今、もはや我々には極限まで虎魂を清め、すぐに虎転を行わなければいけません。
まもなく正午です。みなさん準備は良いでしょうか。それでは、次は本来の姿でお会いしましょう」
良い終えるとその数名の虎猫らも地べたに腰を下ろし念仏らしき物を唱え始めた。
まっきっきな公園内に黒い爆弾が不規則に転々と配置されている。まだ設置されて新しそうな時計の針は11時25分である。
「そこまでですよ。カルト団体!」
そこへ、ようやくOFFレンジャーが虎猫集会の中に突っ込んで行った。
だが、彼らは隊員らの方をチラとも見ずに虎話の唱和に集中している。
「あなた方の崇めていたナントカって人は悪者なんです。騙されてたんです。だからこんなバカな事をやめてですねぇ……」
グリーンが必死に大声で説得を試みても、誰一人としてその言葉に耳を貸す者はいない。
時計の針は30分を刺し始めると、いよいよ彼らの声も大きくなる。360度から聞こえる唱和は蝉時雨の様だ。
「グリーン。退いてください」
躊躇しているヒマは無いとばかりにボックスを抱えたクリーム隊員がグリーンを押しのけ噴水の上に立った。
「出でよ、洗濯機!」
地面にボックスを投げつけると煙の中からトラックほどの大きな大きな洗濯機が現れた。斜めドラムだ。
そこへ、洗濯機の中でドラムがゆっくりと回転し始めると突風が吹き始め虎猫達がその中へとあれよあれよと吸い込まれていった。
「これで変な考えに染まった体を洗濯するんです。みなさん。こちらへ来て下さい」
一分も立たずに全員が吸い込まれていくとクリームは洗濯機の背後へ隊員らを案内した。
そこへは洗濯機の大きさに対して通常サイズのローラー式の絞り機が付いていた。
「さぁ、これから忙しくなりますよ」
クリームが言うと絞り気のタンクにゴトンと何かが落ちる音がした。
するとすぐにローラーに付いたハンドルをグルグルと廻す。ローラーの隙間から延しイカみたいな猫がゆっくりと頭を出してくる。
「シェンナ、急いでこの洗濯糸を吊るしてきてね」
「ですですー」
シェンナが荒縄のような洗濯糸をクリームから受け取るとすぐに木の幹に縄を結び始めた。
反対側の木に縄を結び終える前にクリームはローラーから出切った猫を掴んだ。
「後は、皆さんでこれを繰り返して干していってください」
クリームはそう言うと掴んだぺちゃんこにゃんこさんをピンと結ばれた洗濯糸に吊るした。
ぼけーっとその一連の動作を見ているとタンクに次々と洗濯済みのにゃんこさんが入っていく音がする。
「あぁ、なんで脱水機付けてないんですかもう」
詰まっては大変とすぐさまハンドルをグリーンが掴んでグルグルと力いっぱい廻した。
少し力を入れすぎたせいで少しシワが寄ったので伸ばしながらグリーンは後ろのピンクに順番を廻す。
こんな風に何度も何度もハンドルから以前は虎猫だった人々が排出され、洗濯糸に吊るされていく。
そして正午を差したとき、最後の一人であるレッド隊長が出てきた。
「うぅ……虎になるんだぁ……」
意識はまだあるのかグダグダと呟いているのでグリーンはナプキンみたいなレッドの耳を掴み、
「あなたは初めから猫ですよ猫。虎なんかじゃありませんよ!いいですか! ただの猫です!
いい加減目覚めてくださいよ! 聞こえてるかこの帽子野郎が!よくもこの前はあんな醜態を晒させてくれましたね!
あんたは猫ですよ! 赤くない猫ですよ。え! レッドですよ!赤くないのに!悔しいかこの野郎!」
と、だんだん熱を入れ始めまるで親の敵のように叫ぶとレッドも何も言わなくなったので糸に吊るす。
全てを吊るし終わるとまるで洗剤のCMの様にヒラヒラと公園内に猫がなびいている。
「驚きの白さって感じっすね」
「完全に乾けば、そのうち自分から家に帰るでしょう」
クリームは地面に散らばった爆弾を洗濯機に入れるとそのまま洗濯機は爆弾ごと消えてしまった。
全てが終わって胸をなでおろしているとヘラヘラと笑いながらエコがとぼけた口調で同じく安心を口にする。
「あーよかったぁ。これで一件落着だねー」
「……まだあなたへの仕置きが済んでませんよ」
「えー?」
殺気を感じないエコが投げかけた間の抜けた笑顔を最後にエコは紐で縛られた。
少し遅れてエコがヤバイと感じたときにはもう遅く、エコの縛られた縄の先っぽは公園の入り口に止まったトラックの荷台に結び付けられた。
「な、何するんだよっ」
「尾布市全滅しかけたんですよ。しっかり反省してくださいね」
「こ、これ動いたら危ないじゃんかぁー。これ車っ……」
と、エコが言い終わるのを待たずしてトラックは、こんな細道をそんな猛スピードで走って良いのか、
と誰もが思ってしまうような速さで急発進した。
エコはいきなりその発進でつまずいて、後頭部を何度か地面にバウンドさせていた。
「おーぼーえーてーろぉー」
そんなエコの声が聞こえたのを最後に、トラックは遠くに見える交差点を曲がって行った。

そんな事があって一週間後。
グリーンの罵声のせいで改めて自分の赤くなさに傷ついているレッドを置いてきて隊員らは買物に出かけていた。
「それにしても、全く何であんな馬鹿な事やってたんだろー」
「一時の気の迷いってヤツです。どっちみち終わったんだから良いじゃないですか」
「そう簡単な話では……カルトの一番恐ろしい部分はですね……」
「あ、エコくんですー」
無事に抜け出したと見えるエコが隊員らの前方をふらふらと歩いている。
相当な距離を旅したのか後頭部や臀部の塗装が剥げて真っ直ぐな線が出来ている。
「私達は聖虎会によってマインドコントロールをされ……」
駅前に近づくと何やら多くの人が集まってあの宗教団体の被害を訴えているのに隊員らは気付いた。
何やら似顔絵らしき物が描かれたチラシを配っている。エコはその前に立ち止まって不敵な笑みを浮かべていた。
「あのさぁ、あんたらそんな事して暇なの?」
鋭い目付きと物凄く感じの悪い様子から隊員らはあれが悪エコだと気付いた。
何かするのではないかと悪エコに気付かれないようにこそこそと近づいていく。
「わ、私達は、コイツのせいで大切時間を、お金を、失い。さらには生命の危機にまで」
「普通、そこまでされたらやめるんじゃねーの。フツー」
「………ま、マインドコントロールと言うのは……」
「テメーらの自業自得だろ……? 引っ掛かるやつが悪いだろ……? え、そうじゃねーのかクズ共が」
「……」
何も言わずに馬鹿笑いしながら去ってゆく悪エコを見つめている被害者らの姿を、遠くで見ながらクリームは呟いた。
「一番恐ろしいのは、辞めたとしても、決して終わらない事です」