第94話

『赤くなったよ赤隊長』

(挿絵:ピーターパン隊員)

賽銭箱に111円を投げ入れるとレッドは手を叩き、鈴を鳴らして祈った。

「どうか、赤色になれますよーに!」

シーズンオフの神社には誰もおらず、レッドは一人目を閉じながら真剣に祈っていた。
5分ほどすると大きく息を吐きながらメモ帳の「川内神社」の文字の上にラインを引いた。

「赤色にしたまえー。アーメン」

さらにその十分後、無人の教会でレッドは十字架に向って祈っていた。
胸の前で何度も何度も十字を描いていた。どこからか聖歌まで聞こえてきた所でレッドはメモ帳の教会に線を引く。

「赤色赤色赤色……!」

その30分後には、良く解らない建物の中でレッドは転がりながら天に向って祈っていた。
レッド自信もこれは何の宗教なのか良く解らないが、藁にもすがりたい思いがここまでさせているのである。

「はー……やれやれだ」

メモ帳にびっしりと書き込まれた住所に全てラインを引き終えるとレッドは疲労困憊といった様子で帰路についていた。
レッドは元々、赤色じゃないのに微妙なコンプレックスを抱いていたが先日の一件のせいで、それはますます酷くなっていた。

「開店キャンペーン中で毛染め3500円です。どうぞー」

美容院の前で配っているチラシを受け取ってレッドは思わず中に入りそうになった。
しかし、変に染めれば毛並みに悪い。若ハゲにはなりたくない。レッドは涙を呑んでその場を通り過ぎた。

挿絵

遠い空の向こうでは既に日が赤くなり始めている。まさか太陽にまで嫉妬してしまうとはレッドも思わなかった。
赤く色づく街中に暗い暗いレッドの影が歩道に落ちている。レッドは赤くなんかない。

「……はぁ。赤くなりたいなぁ」
「赤くしてやろうか?」

突然の声にレッドは辺りを見回した。だが、ここは辺りは民家も人通りも少ない道。
人間ところかスズメすら見当たらない寂しい道だ。レッドは、幻聴まで聞こえるほどなのかと肩を落とした。

「オイ」

前を向きなおした途端、レッドの視界に逆さまの顔が突然現れた。
当然レッドは「うわっ」と驚いて、影の上に思い切り尻餅をついた。
なんと、ツンツンヘアーの青い猫が逆さまに浮いていてレッドをじっと見ていたのだ。

「つ、ついに幻覚まで見え始めたっ! うわぁぁ、ぼかぁもうダメだぁ!」

頭を抱え込みながらレッドは自分のウジウジしている気分がこれほどまでに深い物なのか、
どうにかしなければでも、もう手遅れなのかもと変な葛藤がグルグルグルグルグル渦巻いて混乱し始めた。

「何言ってんだ。よく見ろ。ホラ、見ろよ」

逆さまの体をくるっと元に戻して宙に浮いている青い猫はレッドの腕を引っ張って顔に手を触れさせた。
レッドには確かに感触と温もりがあった、この青い猫は寒色なのに。

「……げ、幻覚じゃない」
「当たり前だ」

青い猫は呆れた顔でレッドを見下ろしていた。

「で、でも何で浮いてるの……?」
「それは俺が特別な存在だからさ」
「どっかで聞いたフレーズだなぁ」

青い猫は地面に降り立つと、じろじろと舐めるように見ながらレッドの周囲を回っていた。
何度目かにレッドの正面に来るとまたふわっと飛び上がって青い猫は腕を組んでもう一度レッドを上から見た。

「あ、あの。もしかしてあなたは悪魔とか……」
「悪魔? ハハッ。テレビの見すぎじゃねーのか」
「え……」
「良いか。よく聞け。俺はお前の願いを聞き届ける為に来てやったんだ」
「……?」

レッドは何のことだか解らず青い猫をぽかーんと見ていた。

「あ? 何だそのリアクション。もっと驚いてくれねーと俺としちゃ張り合いがねーんだよな」
「い、いや、でも、僕ら初対面、だし」
「バーカ」

青い猫は、なかなか理解しないレッドのオデコをツンと突いた。

「『赤色にしてください』って今日、ずっと祈ってただろ?」
「あ、そ、そうです。あ、あれ、じゃぁまさか!」
「やっと解ってきたか。フフン。叶える側としてはやっぱそうでねーとな」

レッドは徐々に明るい表情を取り戻し、瞳の中もキラキラとして来た。

「嘘! ホントに!? 本当に僕の願いを神様が聞いてくれたんだ!」
「神様? あー……まぁ、そんなもんかな。で、どうすんだ? 本当に赤くなりたいか?」
「そ、そりゃぁもちろん!」

レッドは、真剣な瞳を意識的に作ってそれを青い猫に向けた。
ニヒルな笑みを浮かべ、「その願い、叶えよう」と青い猫は言って尻尾をレッドの顔の前に伸ばした。

「さて、どんな感じがいいもんか」

尻尾の先は筆の様になっていて、それをレッドの顔の前にまっすぐに立たせた。
まるで画家がデッサンの際に、鉛筆を立てて対象物を見るかのようだ。

「オイ、お前の希望はあるか? ただ赤色にするだけじゃつまんねーだろ」
「え、えぇっと、所々白ぐらいがいいかな。うん。あ、あと何かカッコイイ感じ!」
「ヘッ、カッコ良くか。俺のセンスに任せるって事だな」
「で、出来ます……か?」

青い猫はニヤッと笑って親指を突きたてた。

「俺じゃなきゃできねーよ」

挿絵

「あ、ありがとう!ご、ございます!」

青い猫の尻尾の先が赤色に変化していくとレッドの鼓動はどんどん高まっていった。
尻尾の先をレッドの顔の前で左右に振り、再び中央に戻すと青い猫は言った。

「よし、目を閉じろ」
「う、うん!」
「腕がなるぜ……」

レッドの頬に冷たい物がポンと触れた感触が伝わってきた。触れた部分は後にだんだんと熱くなってきていた。
そしてそれは上下左右に動き、そしてそれは徐々にレッドの顔を覆い、そして耳を覆い、上半身を覆い……。













「みんな、おっはよー!」

翌朝、会議室に一人だけ遅れてきたレッドを見て隊員はまさに目が点になった。

「あの、どちら様でしょうか。ここは関係者以外立ち入り禁止になってるんですけれどもね」

グリーンがおずおずと立ち上がってそう言ったのを聞くとレッドはニヤニヤ笑いが止まらなくなった。

「フフフ」
「な、何ですか。何がおかしいんですか!? 私の顔に何かついてるんですか」

他の隊員も自分の変わりようを気付かない。レッドはますます嬉しくなって隊員達を見た。

「僕だよ。僕。わかんない?」
「知りませんよ。あなたみたいな失礼な人なんかっ!」
「ボクボク詐欺ですー」

挿絵

「えー、本当にわかんないのー? 仕方ないなぁ」

ニヤケながらレッドは胸元のペンダントをひょいと持ち上げて隊員達に見せ付けた。
さすがにここまですると隊員らも気付いたらしく口々にあっ!と叫んだ。

「それはレッドの! あなたレッドに何をしたんですか!」
「違うってばもー。僕がそのレッドなんだよ」
「えぇっ!」
「やだなぁ。みんなってば。声とかで普通わかるもんなのにさー」

ヘラヘラ笑いながらレッドは会議室の奥に向いホワイトボードの前に立つと、右手を上げた。

「えー、この度、OFFレッドは本当に赤くなっちゃいましたぁー!」

ニコニコ笑顔を絶やさないレッドの体を隊員達は驚きの目で見ていた。
どこをどう見ても真っ赤な体。顔も赤い。口の周りは真っ白。頬も白いがそれを庇う様に二つの三角模様が付いている。

「ほんっ…とぉーにレッドなんですか?」
「体が赤いんだからレッドに決まってるじゃん♪ 馬鹿だねぇ。グリーンは」
「隊長、まさか怪しげな薬とかで染めたんじゃ」
「フフ。染めてなんか無いよ。実に健康的(?)に赤くなったんだよ」

レッドは、クルクルと回りながら鼻歌まで歌って浮かれに浮かれていた。
隊員達はそんなレッドの急激な変化に今は戸惑っているしかなかった。

『ただ今入ったニュースです。野バラ銀行の尾布支店で銀行強盗強盗が発生しました』

と、そこへラジオからニュースが流れた。それに真っ先に反応したのはレッドだった。

「むむ、早速の大事件! よーし、この真紅のレッドが退治してやる!」
「レッド、急ぎましょう」

と、グリーンが立ち上がる前にレッドは会議室を物凄い速さで飛び出していった。
あまりに早いのでグリーンはホワイトボードを二分ほど見つめていた。

「……早っ!」







レッドが来た時、銀行前は物凄い野次馬の人だかりになっていた。
パトカーや機動隊がたくさん銀行の周囲を取り囲んでおり、レッドは赤くなったせいもあり燃えに燃えていた。

「来るな! 来るとコイツの命はねーぞ!」
「た、助けてぇ……!」

銀行のガラス戸の前では人相の悪い男が覆面強盗に銃を突きつけていた。
レッドは銃を見ても怖気づくことなく、機動隊の制止も聞かずに犯人に近づいていった。

「うわっ、レッド! な、なんて命知らずな事を!」

慌てて追いついてきた隊員も騒ぎに気付き追いかけようとしたが機動隊に押さえつけられてしまった。
レッドとはんにんの距離は2メートル程度になっていた。もはや誰も手出しできない。

「な、なんだお前はっ!」
「この人が苦労して銀行強盗をしてお金を奪えたのに、それを横から奪うなんて卑怯だぞ!」
「う、うるせーっ! 銀行強盗みたいなクズから金を取ったって罰当たらねーんだ!」

犯人はレッドに向って銃口を向けた。隊員は「レッド!」と叫び向おうとしたが、また警官に引きずり出された。

「フフ。そんな物怖くなんかないぞ。僕はレッドなんだ!」
「何を訳のわかんねーこと……! ならテメェから始末してやる!」

犯人が引金を引こうとしたとき、誰もが息を呑んだ。警官が辞めろ!と叫んだが悲鳴の紛れて消されてしまった。
隊員の誰もが顔を背けた。これで、さらに真っ赤になってしまうのだと皮肉な結果を悔やんだ。

「…………」

しかし、何分立っても銃声どころか何も音がしなくなっていた。
最初に目を開けた機動隊の誰かが叫んだ声で人々は状況を把握できた。

「しょ、少年が犯人を確保しました!」

隊員らは押さえつけている隊員を押しのけて立ち上がりレッドの方を見た。
そこには、スターヨーヨーでぐるぐる巻きにされて気絶している犯人とレッドの姿があった。

「……か、かくほだーーーー!」

機動隊がいっせいに犯人に向って突進していくとその中からあの時と変わらぬ笑顔のレッドが出てきた。
手には札束を持っており、隊員達が来るや否やすぐにそれを見せ付けた。

「へへー。助けたお礼に貰っちゃったー♪」
「レッド、凄いですよ。凄すぎますよ。どこにそんなポテンシャルがあったんですか」
「赤色になったお陰でなんか勇気が沸いて来たんだよ。でも、ちょっと緊張したなぁ。まぁ、良かった!」

レッドはVサインをしてハハハハハと高らかに笑った。隊長も成長したなと隊員達も心強くなった。

「すいません。阪神新聞社ですが」
「こっちは毎秒新聞です。是非、コメントを」

そこへ一気にマスコミ陣が流れ込み隊員らはレッドからあっと云う間に引き離されてしまった。
フラッシュが集中する場所がレッドのいる場所だなとなんとか見当が付けられるほどの人だかりだ。

「あの勇敢な行動を取るなんてそう簡単に出来る事ではないと思いますが」
「僕は、正義を守る事が第一だと思ってますから! 平和の為ならいくらでも勇気が出るんです!」

レッドの頼もしいコメントを遠くに聞きながら隊員らも笑顔になっていた。











「いやー。今日も快調快調!」

あれからレッドはすっかり最大のコンプレックスが消滅したことにより自信に満ち溢れていた。
いつもよりも強くなった気もしたし、いつもよりも目線の角度も上に上がった気がしていた。
さらには食欲も上がったし、目立つし、顔つきもキリッとしてきて隊長らしさが3倍になったと隊員からも評判が良い。

「さてと。事件あるまでDVDでも見るかなー」

本棚に並べられた特撮DVDの中でレッドが手にするのはもちろん戦隊ヒーローだ。
一巻のジャケットは必ずレッドが出ている為、一巻を手にとってニンマリとしては悦に入っていた。

「よし、今日はガオレンにするか。ガオガオガオ~♪」

それを様々なシリーズで繰り返す事10分。ようやくDVDを手にしてレコーダーの元へ向う。

「よっ!」

と、そこへ再び逆さまの顔がレッドの目の前に現れてレッドは尻餅をついた。
DVDをすぐさまチェックし傷がない事を確認するとバツが悪そうに逆さまに浮いているあの青い猫を見上げた。

「もう、頼むから普通に登場してよ。心臓に悪いじゃないか」
「わりーな。クセなんだよ」

青い猫は逆さの体を元に戻すとレッドの前にすとんと飛び降りた。

「……で? どうだ。赤くなった感想は」
「そりゃぁもちろん最高だよ。赤くなったおかげで世界が輝いて見えるったらありゃしない」
「ハハッ。そうか。そんなら俺も赤くした甲斐があったってもんだぜ」

青い猫はフッと笑ってレッドの肩に手を廻してきた。

「所で、昨日の戦いぶりを見せてもらったけどよ。あの戦い方は凄かったぜ。本物のヒーローみたいだしな」
「え。みたいって、もぅ、やだなぁ。僕は本物のヒーローなのにぃ。まぁ、僕は隊長だしぃ~」

顔を赤らめながら満更でもない様に答えるレッドを他所に青い猫は廻した手をぐっと寄せて来た。

「ところで、これは俺の個人的な考えなんだけどな。お前、独立したらどうだ?」
「え、どくりつ?」

挿絵

「傍で見ているからこそよく解んだけどな。どうも他の奴らはお前の足を引っ張ってるぜ」
「そうかなぁ……僕は」
「大丈夫さ」

レッドの不安げな表情がハッキリと現れる前に、青い猫はまた身を寄せてきて続く言葉を打ち消す。

「別に俺はお前に悪人になれって言ってる訳じゃないんだぜ? 他のヤツラは他の奴らで。お前はお前で正義を守ればいいじゃねーか」
「でも、僕がいなきゃOFFレンジャーはやっぱりチョコの無いチョコパフェだよ」
「何言ってんだ。お前がいない間もアイツらはアイツらで長年やってきたくせによ」
「それはそうだけど」
「俺の力でもっと良い施設を使わせてやるし。悪い話じゃねーだろ? 俺はお前に立派になってほしいんだよ」
「うぅーん。で、でも……」

煮え切らない態度に業を煮やしてきたのか、青い猫はレッドを突き放し空中に飛び上がると冷めた目で見下ろした。

「優柔不断にもほどがあるぜお前は。また今度来てやるからその時までに考えててくれよな」

青い猫は1回転して煙とともに消えた。レッドは彼の話を頭の中で反芻して考えてみた。
悪い話じゃないが、足を引っ張っていると言うのがイマイチ納得できない。
それに、OFFレンは居心地が良いから別段嫌気が差していると言うことは無い。独立の必要性も感じられない。

「レッド、大変です。駅前でエコが暴れ馬を乗りまわしています!」

と、そこへグリーンが転げまわりながら飛び込んできた。DVDの視聴の邪魔がまた入る。
仕方なくレッドはジェットマンのDVDをベッドの上に置いた。

「せっかくのひと時をまったくもー。ぱぱっと行ってこらしめてやろっ!」

レッドは急いで本部を飛び出して行った。レッドは普通にちょちょっと走ったつもりだったのだが、
ふと気付けば既にレッドは本部の外。通天閣の真下にいる。

「グリーン! 何やってんのー?」

呼びかけてみても返事は無い。レッドはこの時、本当に足手まといになるなぁとふと思った。
だが、これは自分が早くDVD為に思ってしまった事だから別に本心じゃないと自分の中でフォローした。
とりあえず早く帰ろうと「先行ってるからねー!」と階下に叫んでレッドは駅前へとダッシュした。
今走り出したと思えば、レッドの前には既に人だかりが現れた。

「だだだれれれかかかとととめめめてててー」

そして奥からは弱弱しいエコのバイブな声と、蹄がアスファルトに当たる音が同時に聞こえてくる。
あまりに急いだからこんなに早くなったのかなと言う思いも一瞬だけで、レッドはすぐに人ごみを掻き分けて中に入った。

「たたたたたすすけけてててて」

一体何をどうすればこんな事になるのか、エコのまたがった馬が飛んだり跳ねたり縦横無尽に行き来している。
馬はその周りを囲んでいるギャラリーに危害を加えている様子も無く、何故か小銭を投げ込む輩までいて、
人々は一種のパフォーマンスと思い込んで楽しんでおり、一人エコだけが笑われながら扱いに窮している印象を受ける。

「だだだだだだれかぁぁぁぁぁ」

ほうっておこうとも思ったが、一応来たからには止めなければならない。
レッドは相手は馬だと言う事も忘れているかのようにひょいと馬の前に飛び出した。

「ダメじゃないか。こんな所で暴れちゃ!」

レッドはまるで犬猫に叱るような口ぶりで馬が振り上げた両足を手で簡単に止めた。
掴まれた足を馬は振り払おうと身をよじらせて暴れていたがレッドの手はビクともしなかった。

「ほらほら、怖くないから落ち着いてごらん」

優しく語りかけたレッドの言葉が通じたのかあれだけ暴れていた馬は大人しくなった。
レッドが足をそっと地面に下ろす。すると馬はゆっくりとレッドに擦り寄っていった。

「よしよーし。もう大丈夫だよ」
「あ、ありがとぉ、レッドー」

馬の上に乗った半泣きのエコもレッドにペコペコと頭を下げて感謝していた。
今まで見ていた周囲の人々がレッドに賞賛の拍手を送った。レッドはニヤニヤしながらそれに酔いしれる。

「レッド、は、早いですよまったくー」

エコを乗せたままどこかへ歩いていく馬を避けながらようやくグリーン達が追いついてきた。

「遅いよグリーン。もう、僕がやっちゃったよ。どうよこれ」

レッドは自信満々に拍手を送るギャラリーを指した。

「そっ、そ、それよりも今度は幼稚園バスがハイジャックされてるそうですよ」
「あー、OKOK。これも僕がぱぱーっとやってくるからね」

Vサインを向けてレッドは走り出す。隊員らも追いかけようとするがグリーンはそれを制した。

「……やっぱ辞めときましょ。どうせ行った頃には解決してます」












それからレッドの活躍はますます華々しくなっていた。市民は突然現れた赤い少年を褒め称えた。
そうなればレッドのおっかけまで増えて、地方新聞がインタビューまで取りに来たほどだ。

「グリーン。オレンジジュース買ってきて。果汁100%の」
「はいはい」
「ハイは一回で良いの。気をつけてよね」
「……はい」

その一方、レッドの態度は徐々に尊大になっていた。持ち上げられれば持ち上げられるほど調子に乗るレッド。
スーパーマンの如く飛べない以外は力も早さも桁違い。レッドが調子に乗ってしまうのも当然である。
隊員らもレッドには頭が上がらなくなってしまっていた。悪者に指一本触れる前にレッドがやっつけるのだから。

「よっ、景気良いみたいだな」

グリーンが部屋を出た後、一週間ぶりに現れた青い猫にレッドは全く驚かなくなっていた。
特撮雑誌に目を落としたまま「まぁね」と応えるだけだ。

「ふーん。特撮ヒーローねぇ」

青い猫は雑誌の中を後ろから覗き込みながら呟いた。
レッドは特に気にするでも無くページをめくって新発売のビデオコーナーを見た。

「十分、ヒーローしてるのに何でまたどっかが作った都合の良いヒーローを見るんだかな」
「もう、うるさいなぁ。好きだから良いんだよ」

さすがにこの発言は放っておけなかったらしく、レッドは苛立ちながら言った。

「好き? こんなおもちゃみたいなのがか?」

青い猫は相変わらず不敵な笑みを浮かべたまま、雑誌をひょいと取り上げた。
取り返そうと手を伸ばしたレッドを嘲笑うかのように青い猫の体はふわっと浮かび上がった。

「コラー! 返せー! 買って来てもらったばかりなんだぞー!」

レッドが椅子からジャンプしても天井近くまで浮かんでいる彼の毛先すら触れることは出来なかった。
青い猫はアグラをかいてレッドをニヤニヤしながら見下ろしている。ますます苛立って来た。

「返せぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

レッドは自分がさっきまで座っていた。ソファを持ち上げて思い切り青い猫に投げつけた。
彼はさすがに予想していなかったのか間一髪でそれを避けたが、ソファは天窓に当たると壁をずたいに落下した。

「お、おい。そんな怒る事ねーだろ。たかがガキ向けの雑誌じゃねーか」
「かぁぁーえぇぇーせぇぇぇ!」

レッドの顔にあるのは怒りだけだった。レッドは何故か無性に腹が立って腹が立って仕方が無かった。
この苛立ちを解消する為、側にある机を掴むと思い切りそれを振り回した。本棚も照明も何もかも壊れていった。

「レッド、何やってるんですか!」

騒ぎを聞きつけて隊員らが部屋の中に駆け込んできた。レッドが振り返ると隊員は怒りに燃えているレッドを見てたじろいだ。
レッドを中心に放射線状に何もかも破壊されている。

「どうしたんですか。虫でも出たんですかっ?」
「……なんでもないよ」
「何でもない事無いでしょう。こんな部屋中めちゃくちゃになって」
「何でも無いって言ってるだろ!」

レッドの怒号にグリーンは次の言葉が出てこなかった。とにかくむしゃくしゃしてたまらないのだ。
隊員らは渋々部屋を出ようとしたその時だった。

「フン。役立たずのクセに」

レッドが吐き捨てる様にそう言ったのを聞いてグリーンは立ち止まった。
隊員らが背後から辞めるように小突いても辞めようとせずレッドの方をグリーンは向いた。

「もぉぉぉぉぉぉぉぉぉっガマンできません!」

グリーンは散らかった残骸を思い切り踏みつけながらレッドに歩み寄った。

「レッド、あなたね。赤くなったのも良いでしょう。コンプレックスが無くなって本来の力が発揮できたのも良いでしょう。
ですがね、だからって天狗になったらお終いですよ。調子に乗ったらお終いですよ」
「なんだと!」

凄んでくるレッドを物ともせずグリーンはグイグイと顔を近づける。

「ハッキリ言ってあなたはヒーロー失格ですよ! 強いだけがヒーローですか!」
「黙って言わせておけば好き勝手いいやがって!」

レッドの拳がグリーンに飛ぶ……と思われたときレッドの体がふわりと上がった。
隊員らはそこでようやく頭上に浮かんでいる青い猫に気が付いた。

「やー、わりーわりー。俺のせいなんだよな」
「はなせぇぇぇ! ぶん殴ってやるんだ!!」

暴れるレッドを掴みあげながら苦笑いをしている青い猫を隊員は呆然と見つめていた。
とりあえず口火を切ろうとグリーンは、あなたは?と聞いた。

「コイツが赤くなりたいってアチコチ巡っていたからよ、俺が見かねて赤色にしてやったのさ」
「美容師さんか何かですか……?」

我ながらとぼけたことを言っているなと内心思いながらもグリーンは聞いた。

「ま、コイツが言うには俺は精霊みたいなもんさ、飛んでるし俺」
「はぁ」

グリーンがそれ以上何も聞けないのを知ってかしらずか次は青い猫側が話しかけてきた。レッドは相変わらず暴れている。

「ところで、さっきの話だけどな。俺はヒーローっつぅのは強いもんだと思うぜ」
「え、あぁ、はぁ」
「だってそうだろ。強くないと何も出来ないんだぜ。だから、多少の傲慢さは仕方ないだろ。人間ってそんなもんだぜ」
「うるさいですね。部外者は黙っててくださいよ!」

青い猫は、そんなグリーンの反応に冷淡に返した。

「……俺はいわばコイツの恩人だ。ここは俺にまかせてくれねーか。お前らのどうにかなる奴じゃねえ」
「な、なんですって! どこの馬の骨だか肉だかわかんないあなたにそんな事言われる筋合いは……」

青い猫は尻尾にある筆先でくるっと円を描いた。
するとその円からは物凄い水流があふれ出し、目の前にいたグリーン以下数名を部屋の外へと押し出した。

「まぁ、俺に任せとけって」

そう言って伸びている隊員らに一応声をかけて青い猫は扉を閉めた。
改めて乱雑しているレッドの部屋を見渡してみるとレッドは肩で息をしながらやり場のない怒りを眼力に変えて青い猫を睨んでいた。
青い猫は悠々と構えた態度で飛ぶとそのままレッドの背後へと回り込んだ。

「俺が悪かったよ。そう怒んなって」

肩に手を廻して青い猫は言った。しばらくそうやってなだめてやるとレッドも落ち着いてきたらしくその場にぺたんと座り込んだ。

「でもよぉ、俺の言ったとおりだろ。やっぱりアイツらはお前の足を引っ張ってるぜ」
「……」
「お前の成功を妬んでんだよ。だからさぁ、俺がなだめようとしてんのに気に障ることを言ってるのさ」

青い猫の言葉をレッドは静かに聞いていた。その目には確信の色が窺えたのを彼は見逃さなかった。
不敵な笑みを浮かべながら青い猫はレッドの心を包むかのようにそっと囁いたのだった。

「……すぐ出ようぜ。な?」
















本部を飛び出したレッドは今、とあるマンションの一室にいた。
結局あの青い猫が言うとおりレッドは独立したのだ。もう誰にも邪魔はさせない。

ここは、何から何まで青い猫が揃えてくれたし生活には不自由しない。
時々、センサーで事件を聞きつけてすぐに迎えるようにもなっている。
おかげでテレビでも時々レッドの活躍が聞こえてくるようになった。

『えー、今回もまた謎の赤い猫が事件を解決してくれました……えっ、あ、また事件です。現場の……』

だが、レッドは最近、めんどくさくなっていた。何か一つ解決してもまた事件は起こるのだ。
一時間ごとに、30分ごとに、どこかで誰かが事件に巻き込まれて、誰かが助けを求めている。

「…………」

次から次へと起こる事件をどうして自分が解決してやらなければならないのかと思ってきた。
正義を守ると言うはたやすいがあちこちで頻発する事件の前でただただレッドは飽きてきていた。

「どうした。今日の事件来なかったな」
「……なんか面倒だから」

このようにレッドは最近、事件解決に積極的ではなくなった。馬鹿らしくなってきたのだ。
青い猫も、レッドに正義は何かとは説く訳ではなかった。レッドは、遂に事件が起きても解決しなくなっていた。

「せっかくの力を使わないのは勿体ないな……そうだろ」
「…………」
「正義を守るのはめんどくさいか? でも、何故か力は有り余っている。そうだろう?」
「…………」
「そうだ。お前はたんに正義の味方で終わるなんてな。バカバカしいだろ」
「…………」

レッドの中で何かグラグラとしている。そして、とうとう青い猫があの一言を言ったのだった。

「……どうせなら、お前がこの世界を征服したらどうだ。なぁに、お前の力ならたやすい事だぜ」















レッドは、尾布市の駅前に立っていた。
全てを破壊してやる。レッドの心の中にはもはや正義の心は無かった。
持っていた武器で隣の電信柱を真っ二つにしてやった。

「そうだ、レッド。どんどんやれ。お前に逆らうヤツは容赦なく倒せば良い」

青い猫の囁きがレッドの耳をこだまする。レッドはぼんやりとしたままヨーヨーを握った。

「そこまでです!……怪しい怪しいと思っていましたがそう言う事だったんですね」

その時、駅通りを走りながらやってきたのはOFFレンジャーだった。

しかし、その声はレッドには届かない。

「レッドをそそのかして悪人に仕立て上げるとは、言語道断横断幕ですよ」
「ハッ、何を言うんだ? コイツは自分の意思でこうなったんだぜ?」
「怪しい猫。それに、悪人、これはもうあなたがどこの馬の骨かすぐに解りますよ!」

グリーンが指を指すと青い猫はニヤリと笑って頭のベルトをひょいと上げて見せた。
赤と黄色の逆三角模様がチラリと見えた。

「いかにも、俺はブラックキャット団改造猫、変猫だ」
「かわりねこ……またBC団は悪事を性懲りもなく企んでいるんですねっ!」
「……ブラックキャット団は何度でも蘇るのさ」

変猫の背後からゆっくりと現れたのは同じく額に変なマークを付けた虎縞の猫。
BC団によってタイガが改造されてしまった姿、虎猫である。

「あっ、タイガ! あなた生きてたんですねっ」
「フン、何度も言わせるな。オレは虎猫。お前達を倒すために蘇った……が、今日の相手はオレじゃない」

去っていこうとする虎猫は変猫を一瞥すると変猫はハッと頭を下げた。
グリーンが追いかけようとするが、その前には変猫が。

「残念だが、ここがテメーらの墓場になる。仲間、特に隊長にやられるのは本望だろう。行け、レッド!」

変猫はふわりと浮いてレッドの指示を出した。
レッドは座った目でOFFレンらを見つめ、突進してきた。

「わわっ」

慌てて隊員は避けるがレッドはすぐさま向きを変えて突っ込んでくる。
レッドの力だけではここまでとは考えられない。

「俺の能力は、人を悪人に変える事が出来るんだ。 お前らを倒した後はコイツもBC団の一員って寸法さ」
「そんな能力ありですかっ!」
「ありなんだな、それが」

グリーンが何かを言おうとするとレッドがまたも突っ込んでくる。
このままでは到底太刀打ちできない。何か良い方法は無い物か……。

グリーンはピンと来た。レッドがこうなったのは赤くなったからである。
レッドが赤にこだわるあまりこうなったのだ。その思いを無くす事が出来れば……。

「もう、すぐ行きますよ! OFFレンボックススタート!」

グリーンの掛け声と共にブルーはBOXを打ち出す。
次々と回ってくるボックス。それをグリーンは受け取り、思い切り地面に投げつけた。

「出でよ、代議士とその応援団!」

突如、巻き起こった白煙と共に現れたのは少々頭の薄いスーツで決めた50代後半の男性と、
数十人はいようかと思われる同じくスーツで決めている初老の男女。
その後ろには薔薇の花に似せたペーパーフラワーを付けたホワイトボードが一つ。

「辻先議員、当選バンザーイ」
「バンザーイ」

白煙が消えようかとするとき、すぐさま彼らが万歳を始めた。紙ふぶきを投げている者もいる。
レッドも変猫も何事かと首をかしげているとレッドの首ねっこを応援団の一人が掴み、議員の側に持っていく。

「先生、どうぞ目をお入れください」
「うむ」

大きな筆を渡された議員さんは、満面の笑みでレッドの右目の上に大きな目玉を描いた。
レッドは突然の事に動揺したのか暴れていたが応援団に挟まれてなかなか逃げ出せずにいる。

「苦節12年。遂に、遂に当選したぞ。友子」
「あなた……」

涙涙に議員とその妻が抱き合っていたが、レッドの赤への思いが強かったと見えてポンと議員らが消えてしまった。
レッドの右目がけ真っ黒で犬みたいになっていた。

「……フ、フッ。そんな事で」
「まだまだ、出でよ、心根の優しい母親っ!」

再びボックスを投げつけると白煙と共に小汚い茶封筒を抱えた年老いた女性がよろよろとレッドに向って歩いてきた。

「あぁ、貧乏暮らしで苦労をかけた我が息子、必死で勉学に懸命に励んでいる我が息子。このお金で良い物を食べて頂戴」

女性は涙を拭きながらレッドの口に封筒を突っ込む。
しかし、レッドが吐き出すと女性は拾い上げてレッドの口を押さえながら無理やりに奥へと突っ込み始める。

「ん、んがぁっ、ぼ、ぼかぁ、ポストじゃないよぉっ!」

密かに聞こえたレッドの正気の声、途端に女性が消えるとレッドは地面にバタリと倒れた。
目を廻して「赤はイだぁァ、イヤだぁ」と呟いている。

「オイ、どうした! 目を覚ませ!」
「さーどうですか。もう肝心のレッドは敗れましたよ。ここが年貢の納め時ですねぇ」

変猫は唇を悔しそうに噛締めながら隊員らを睨んだ。

「……覚えていろっ。次こそは必ずBC団の勝利だと言う事をなっ」

変猫は回転と共に空中で消え去った。グリーンはようやく溜息を付いて足元のレッドを見た。
レッドはまだいやだいやだと呟いていた。色が徐々に薄れて元の色に戻るまで時間は掛からなかった。














普通の色に戻ったレッドは、翌日の会議で真っ先に土下座をした。
グリーンがねちねちと嫌味を垂れていたが許されることが出来た。

「全く、シェンナの一言があったからこそ寸での所で食い止められたんですよ!」
「シェンナ、BCの模様がチラっと見えたんですー」
「……あぁ、シェンナもありがとね」

レッドも、安心して椅子につくと深い深い溜息を吐いた。隊員達も、釣られて吐いた。

「……やっぱり、ね。無理やり願いをかなえようとするのがダメだったんだね」
「そうですよ。天は二物を与えずって言いますからね」
「だね。僕が隊長として十分すぎる能力があるからだよね」
「それはどうか解んないですけれど……」
「僕もね。見た目じゃなくてオーラで赤っぽい感じにしていこうと思うよ!」

レッドは腕を廻しながら変に張り切り始めた。

「やっぱり赤くないレッドが一番ですー」
「そうですよ。っていうか赤い猫なんてそう見ませんしね」
「へへー」

和やかに微笑むOFFレンジャー達。
しかし、彼らは知らなかった。TVに映る赤いレッドと同じ姿の少年が警察に取り押さえられようとしていたのを……。