第97話
『出た!クレープ大明神』
(挿絵:ブルー隊員)
人は困ったときや望みを叶えたいときに未知の力を持つ誰かにお願いをする事があります。
そのほとんどは気休め程度の物で、まずそう願いは叶いません。叶うとすればそれは自分にちゃんと能力や運があったから。
しかし、もし人々の願いを100発100中叶える存在がいたとしたら……そして、クレープが好きだったとしたら……。
ある朝、朝刊に挟まっていた粗末な紙に印刷されたモノクロのチラシをいかにも胡散臭そうにグリーンは見た。
「天下のクレープ大明神、悠久の時を超え現代に蘇る……ハンッ、馬鹿馬鹿しいですねぇ」
「え、なにそれ」
隣で寝癖の付いた毛並みをとかしているレッドがグリーンの手からチラシをさっと取り上げる。
先ほどのグリーンが言った仰々しい文句と共にクレープが付いた鳥居の絵が中央にでーんと描かれていた。
「願った望みは必ず叶う。あの伝説のクレープ大明神。20年以上の時を経て復活。へぇーなんか凄そうだね」
「あーレッド、辞めてください。どうせどこかのクレープ屋が話題集めのために大げさになんかやろうとしてるだけですよ」
既に新聞の地域欄を読み始めたグリーンが、ぶっきらぼうに言い放った。
「だって伝説なんだよ。伝説って付いてるって事は案外ホントかもしれない」
「……1秒あれば何にだって伝説付けられますよ」
「うーん。そっかなぁ」
クレープ大明神の復活を知らせるチラシはその場限りで他の雑多なチラシの束にまとめられ、古新聞ボックスに入れられた。
すぐさまグリーンはTV欄に目を通し始めたし、レッドもクシを置いてDVD鑑賞に勤しもうとし、胡散臭いチラシの事はすぐさま忘れられた。
一週間後。完全に忘れ去っていたあの名前を二人が思い出したのは意外や意外、身内の言葉からだった。
それは、3時のおやつ時。ピーターを中心とした女子達がカステラと紅茶を話の友としてワイワイと騒いでいる時だ。
「マジマジ。何か凄い行列が出来てて、5時間待ちとかザラなんだって」
「嘘。じゃやっぱりご利益あるのかな」
「バカバカしい。そんなのサクラでも雇ってるだけじゃないの」
「何の話してんのー? 美味しいラーメン屋でも出来たー?」
ちょうど、ミカンアイスをかじっていたレッドが興味津々に輪の中に入ってきた。
男子でむやみやたらと女子の話に入ってくるのは隊長くらいだったが、持ち前の、のほほんとした雰囲気ですんなりと女子達にも受け入れられる。
「違うの隊長。ホラ、消防署の裏手に空き地があったでしょ」
「あぁー。そういえばそんなのあったね。ヘビイチゴがなってたよ」
「あそこにクレープ大明神って言うのが現れたの。クレープをお供えしたら願いを100%叶えてくれるって評判なんだ」
『クレープ大明神』その単語を聞いてすぐさまレッドは、あの一週間前に見た胡散臭いチラシを思い出した。
微妙なダサさいその言葉の響きは忘れようとしても忘れられない。胡散臭さMAXのあのチラシだ。
「あー、あれね……何を隠そう、ぼかぁ前から知ってたよ。なにせ伝説だからね。伝説だよ?」
話題の物が話題になる前から注目していた、知っていたというのは人間にとって優越感の宝庫。
レッドもそんな例に漏れず少しえばったように言うと、女子が自分を見る目が少し変わったのに気付いた。
「知ったかぶりじゃないの?」
「そんな事無いよ。OFFレンの隊長は博識でなくっちゃね。伝説ぐらい知ってて当然だよ。当然だよ?」
「隊長、やっぱりホントに100%願いが叶うの?」
「ん、まぁ、そうらしいね。伝説だもん。伝説だよ?」
「なに話してるの?」
調子良く喋っているレッドを中心とした会話の輪にパープルがやって来た。
レッドは、パープルにも先ほど以上に調子よく今、巷を騒がしているらしいクレープ大明神の事を話した。
「へぇー、そんなのがあるの。なんか面白そう」
「うん、面白そうでしょ。なんせ伝説の人だからね。伝説の人だよ?」
「レッド、パープルと一緒に行ってみたら?」
「え、ぼ、僕は別に良いけどさぁ~」
ホワイトがからかうように言うとレッドは満更でもなさそうに笑いながらパープルに目をやった。
しかし、パープルは突然あまり乗り気ではないような表情をして俯く。
「なんだか胡散臭そうだし。それに、私の願いなんてそう簡単に叶いそうにもないし……」
「成功率100%だよ? どんな願いでも叶うって言うじゃん」
「……解ってるから。私の望みなんてまず叶いっこないってこと」
パープルはどこか諦観したような影のある微笑を浮かべていた。
そんな表情をみてしまってはさすがに強気のホワイトですらそれ以上突っ込む事はしなかった。
「じゃぁ、明日にでも私、買物の帰りによってみるから結果報告するね。それでホントかガセか解るし」
場の雰囲気を読んでピーターがパンと手を叩いてそんなことを言い出した。
「そう、それいいわね。もしホントだったらアタシも色々とお願いすっからね」
「あ、良いね。僕も結果報告次第で行ってみようかな。パープルも聞くだけ聞いてみて判断したらどう?」
レッドの言葉にパープルはフッと力なく笑った。
「……そうだね。聞くぐらいは聞いてみるかな」
雅楽を流しているラジカセを店先に置いたトラック式のクレープ屋にピーターとピンクはやって来た。
薄い黄系統の色を基調とした小さな店の前には女子高生やらOLらしき人に加え年配の男性まで並んでいた。
「おまちどおさまでした」
「やった~!!」
列に並ぶと前の方に並んでいる女子高生グループが、クレープを受け取ると待ちかねていたように右へと逸れていく。
周りを茂みで囲っている中にポツンと小さなお社。その中に遠くからだとよく見えないが誰かがいる。あれが例の大明神だろう。
「ねぇ、知ってる? 2組の留美、あそこにお願いしてサッカー部の斉藤とデキたらしいよ」
「ウソ! やっぱりご利益あるんだ!」
「私、小遣い全部はたいてお願いしよ」
「わたしもー」
前の中学生グループの騒ぎに騒いでいる様子を見るとピンクもピーターも何だか本当に叶いそうな気になってきた。
所詮、女の子はこういう物が好きなのだが二人もやっぱり女の子。期待感もますます沸くのだ。
並び始めて30分ほどで早くも二人の番が回ってきた。甘くて良い匂いがし、食欲をそそる。
見るからに優男風なお兄さんがカウンターのメニューを差し注文するように促した。二人は無難にチョコクレープを注文する。
お兄さんは華麗な手さばきで焼いたクレープ生地にチョコソースをかけ、くるくると巻くと二人に手渡した。ほかほかしていて美味しそうだ。
「おいしそー」
「あ、ダメダメ」
ピンクが早速クレープにかぶりつこうとしたのをピーターが止め、お社の方を指差した。
「これは、食べずにそのままお社へお供えしなきゃダメなのー」
「そうなんだぁ……なんか辛いシステム……」
二人はクレープを大事に抱えて横にあるお社に向う列にまた並んだ。
前の方を覗いて見ると拝んだポーズを取ったまま微動だにしない女の子らの後姿が見えた。相当真剣みたいだ。
そんな感じだからこっちの列は非常に進みが遅かった。ようやく二人が拝めるようになるのに一時間半かかった。
「はー、やっとここまで来たね」
「だね。さっさとお願いして帰ろうか」
二人は目の前にある賽クレープ箱と筆で書かれた箱にクレープを入れた。斜面になっている投入口からするすると二枚のクレープは箱の中へ滑り落ちた。
すると御簾がカラカラと巻き上がり、中から白いフードをすっぽりと被った猫が現れた。
顔はよく見えないが、そのミステリアスさが何だか崇高そうなオーラを醸し出している。
「そなたの望みを叶えて差し上げよう……さぁ、何なりと願いなさい」
よく通る男の声だった。聞いてみた感じだとそんなに歳は取っていない。
二人は早速手を合わせて目を閉じた。
「グリーンに……」
「あ、いけません」
願いを言おうとした矢先にクレープ大明神はそれを止めた。
ぽかんとしていると、ピーターに小突かれる。
「ダメダメ! クレープ大明神はね。心で念じるだけで良いんだって」
「で、でもそれじゃ願いが何か解らないんじゃ……」
「だからね。何も言わないのにぴしゃっとその通りの願いが叶うから凄いわけ」
「わかりましたか?」
クレープ大明神にまでそういわれてしまうとピンクは恥ずかしさですっかり小さくなってしまった。
そして、再び少し遠慮がちに手を合わせて心の中で自分の願いを念じた。ピーターもピンクもなるべく叶いそうな願いを心に浮かばせた。
『……イタベタプーレク……ノリオドタシケタ……クユジラハ…………イタベタプーレク……』
するとクレープ大明神は手を広げてなにやら呪文らしき物を唱え始めた。胡散臭さMAXの光景だった。
しばらくして呪文を唱え終えると大明神は自分の顔の前に手をかざし、フッと息を吹いた。
「さ、目を開けてください。あなたの望みはすぐに叶いますよ。……次の方どうぞ」
大明神は淡白に言い後ろに並んでいたOLに二人は押し出された。
あんな物で本当に願いが叶うのか。二人は半信半疑で、やっぱり騙されているような気分でお社を後にした。
「ピーターは何お願いしたの?」
「ん、今度行きたいライブがあるんだけど。チケットなかなか取れないからそれ欲しいって。ピンクは?」
「えへ、内緒。どうせ叶わないだろうし」
「確かに、なんかインチキくさかったもんねー」
二人は帰り道に別な店でクレープを買い、十分にお腹を満たして本部への帰路に着いた。
「すごいすごいすごいすごいすごい!!!!!」
ピーターが興奮で顔を真っ赤にしながらリビングに駆け込んできたのに真っ先に反応したのは女子勢だった。
「どしたどした!」
「叶ったー!」
「えぇっ、ホントに!? ウソでしょ!」
ぽかーんとしている男子達をよそに女子達はがやがやと騒ぎ始めた。
ピーターは嬉しさのぜぇぜぇ言いながら一枚のチケットを取り出し皆に見せた。
「か、帰りに街頭アンケート答えたら、欲しかったライブのチケットもらっちゃった!」
「お願いしてきた帰りって……たった2、3時間で? 偶然にしてはピンポイントすぎる」
「……決めた。アタシもクレープのとこいくわ」
半信半疑だったホワイトまで、これから待つであろう幸運の予感に震えているのを見ると、
男子達もじわじわとクレープ大明神に興味を持ち始めた。しかし、男の性と言う物かあまり積極的に行こうと思う物はいなかった。隊長以外は。
「いいなー! 僕も今度言ってみよ。ね、ブルー、行こうよ」
「え、まぁ、俺はそうっすね。様子見でいいっす」
「じゃ、パープル一緒にいこー。願い叶ったんだもん。言ってみるべきだよ」
「……ううん。私はいいや」
一人女子達の輪の中から外れて一人ジュースを飲んでいたパープルは冷めた口調で答えた。
「チケットもらえたりするのってね。実際ある事だし。でも、私のお願いはまず叶うはずないから」
「あ、解った。パープルの願いって誰か好きな人に振り向いて欲しいんでしょ。だからそんな諦めた感じなんだ」
「や、やめてホワイト。私そんなんじゃ……」
ホワイトの言葉に見るからにパープルは顔を赤らめて慌てていた。図星らしい。
「私らの知ってる人でしょ?」
「あぁ、だから、違うってばー」
ますます慌てているパープルの様子と共にレッドの方にも視線が集中した。
皆が自分を見ているのに気付いてレッドは首をかしげながら皆の目を見返していた。
「みんなどしたの?」
「隊長も憎いっすね」
「なにが?」
レッドの鈍さをからかうようにニヤニヤと男子も女子も二人を交互に見ていた。
そこへホワイトはポンとパープルの肩を叩く。、
「安心しなさいパープル。アタシがクレープの代金ぐらいおごってあげるから一緒にいけばいいじゃない。願うはタダだからいでしょ?」
「なんなら僕もついていってあげるからさー」
パープルは突然椅子から立ち上がり、ホワイトに軽く頭をさげた。
「ご、ごめん。ホワイト。やっぱり私、やめとく」
パープルが部屋から出て行くと、空気の読めていないレッドに今度は非難の視線が集中した。
特にホワイトがレッドを呆れた顔で見ている。
「レッド。パープルがレッドと一緒にいけるわけないでしょっ」
「え、なんで? 僕が恥ずかしいならわかるけど、あそこ女の子ばっかなんでしょ?」
「……ったくウチの男子はどいつもこいつも鈍いわねー」
「?」
それからと言う物、尾布市内ではクレープ大明神を知らぬ者はほとんどいないと言うまでになった。
女子達が次々と調査に向い、100%の確率で願いが叶ったのでもはやOFFレン内ではパープル以外クレープ大明神を疑う物はいなかった。
「パープルも信じて行ってみればいいじゃない。どんな願いでも叶えてくれるのよ」
「シェンナ、変なジェントルマンにお菓子の国連れてってもらったですー」
「いくらなんでもそれはウソでしょ」
「ホントよ。私もついて行ったもの」
「ほらぁ、あのクリームが言うんだからホントだってー」

今の女子達はパープルをどのようにしてクレープ大明神の場所へ連れて行くかに苦心していた。
絶対叶うという自信があるというのと、女子特有のおせっかいさによるもので、連日男子を置いてけぼりで白熱していた。
「お汁粉の池とモナカの家があったんですー」
「麩菓子で出来た木とか、甘酒の噴水もあったわ」
「え~全部和菓子? なんかヤだそれ」
女子の白熱さが増す一方で男子達にもよりいっそうクレープ大明神の話題がちょこちょこと出るようになった。
大抵は何をお願いするかと言う事をぐだぐだとダメるだけなのだが。
「オレンジは何お願いしたいっすか?」
「ボクはそうだなぁ、欲しいゲームがあるからそれかな。グレーは?……あ、グレー今日来てなかったか」
「俺はブルーの頭に滑り止めが欲しい」
「ブラック、変な事願ったらダメっすよ~」
クレープ大明神の話題ですっかりもちきりなOFFレン内だったが、突如リビングに泣いているピーターが入ってきて雰囲気は一変した。
目が真っ赤になっているほど泣きはらしており、ただならぬ様子だった。
「どしたの。ピーター」
「うぅ、チケットなくしちゃった~。大事にしまっといたのに~」
「えぇー、ねぇ私も探してあげるから、もっかい調べてみようよ」
「そうそう。アタシも行ってあげるから」
「シェンナ狭いところ入れるですー」
バタバタと女子達が出て行くと、急にリビング内は静かになってしまった。
本当に若さと言うかエネルギッシュと言うかテンポ良く物事が進んでいく。
「なんか可哀相っすねーピーター」
「あんなに喜んでいたからね……ちょっと僕も見てくるよ」
レッドは、隊長としてよりも純粋に心配してピーターの部屋へと向った。
部屋は女子達が引き出しの中やクローゼットの中を探しに探し回っていた。一瞬、レッドも入るのが躊躇われた。
「やっぱりないよ~あんなに大事にしてたのに……ホントアホすぎる、私……」
足元がふらついているピーターをピンクが支えてベッドに座らせる。
レッドが入ってくるのに気付くと、タンスを調べていたホワイトがトンと引き出しを閉めた。
「どう? 見つかった?」
「全然。ピーターは部屋から一回も出してないって言うんだけど」
「盗まれた可能性は?」
「ピーターの他にライブのチケットを欲しがるような隊員もいないだろうし、ま、オオカミ軍団の仕業にしては金品には手をつけてないし」
「もう良い。みんな。私がホン…ット!にアホなだけだから。次は、前もって予約しておくから……」
ピーターが遠慮がちに言っていたが、皆、本当はピーターが誰よりも辛かったのは解っていた。
しかし、隅々まで探してもみつからない以上、どこかで諦めをつけなければいけないのは誰よりもピーターが解っているのだ。
「……そうだ! 僕がクレープ大明神の所へ行ってお願いしてきてあげよっか」
「レッド、そこまでしてくれなくても良いよ……それにもう」
チラとピーターが目を向けた時計は午後7時前を差していた。もうお社も閉まっている時間だ。
しかし、レッドはドンと胸を叩いて任せとけといわんばかりの笑顔を見せた。
「いいのいいの。もしかしたらお願い聞いてくれるかもしれないでしょ。ダメで元々だよ」
「……本当に良いの?」
「僕は恐れ多くも隊長だからね。ちょちょっと行ってきてあげるよ」
「わー。レッド優しいんだ~」
「えへへ。んじゃ、ちょっと行ってくるね!」
女子達から褒められて少し照れながらレッドは、部屋を出て行った。
ピーターは少しだけ笑顔を取り戻していた。例え、ダメだとしてもそうしてくれる隊長の心遣いが嬉しかったのだった。
「レッドのお陰で見つかるようになったらいいね。ピーター」
「うん」
「ダッシュダッシュですー」
と、そこへクレープ大明神の所へ行ったはずのレッドがひょっこり戻ってきた。
「ごめーん。すっかり大事な事忘れてた」
「あ、クレープ大明神のお社でしょ。今、地図書くから」
「ううん、違う違う」
レッドはピーターに両手を差し出して言った。
「クレープの代金貰うのすっかり忘れちゃって」
「本日はここまで。明日またいらしてください……」
残念そうに肩を落とす行列を少しも気にした素振りも見せずクレープ大明神のお社は閉じられた。
まだ、僅かに前をうろうろとしている人もいるが決して開かれることは無いのがわかると諦めて帰る。
中には、寝袋を用意してきて明日の早朝一番を陣取ろうとしているのも数名いる。
「…………さーてと」
電気も消えて、僅かな格子戸から漏れる月の光がクレープ大明神を照らしている。
彼は床に付いた取っ手を持ち上げて格納庫に溜まったクレープを両手に一つずつ掴んだ。
「もぐもぐ……はぐはぐ……」
一気に二個食べ終わると彼はまた二つ両手にクレープを持ち一気に平らげた。
そしてまた二つ、また二つ。フードから見える口が徐々に綻んでいく。
「オイ」
突然、クレープ大明神は被っていたフードをバサッと後ろから剥ぎ取られた。
一瞬、月光に照らされてチラと彼の白い体や、耳に光る物が見えた。彼はすぐに薄暗い影の中へと飛び込み、いつの間にか入ってきた侵入者を見た。
「な、なにすんのさ!」
「……お前がバクバク食ってるからだよ」
赤い瞳を持つ影にうっすら光が差し、そのシルエットが徐々にはっきりとしてくる。
オデコに見える鮮やかな赤と黄色の逆三角形模様。縞模様の入っている手足。ブラックキャット団の改造猫、虎猫だった。
「いつになったら作戦を実行する気だ?……ウィック様から早く実行する様に申し付かってきたんだぞ」
「うるさいな。それくらいボクだって重々解ってんのさ」
クレープ大明神の正体である改造猫は、すくっと立ち上がって虎猫を睨んだ。
決して光の当たる方へと寄ろうとしない為に彼の姿はうっすら青い瞳と派手派手しい額の模様が見えるくらいだ。
「そもそもオレはこんな馬鹿げた作戦は反対だったんだ。ウィック様がお前に任せるとおっしゃるから仕方なく承知してやったんだぞ」
「ちゃんと勝算はあるのさ。だからウィック様も納得してくださったんだ。フン、一度負けた奴がエラソーにさ」
「菓子ばかり食ってるような奴に言われたくはないな」
「個人的な好みの問題に口を挟まないで欲しいな。それに、ボクは太らない体質だから良いのさ。ホラ、とっと返してくれよ」
謎の改造猫は虎猫の手にしている白いフードに手を伸ばした。だが、虎猫はそれをひょいと彼から遠ざけた。
「な、何すんのさ!」
「だったら力づくで取り返してみろよ」
「コイツ!」
突如、虎猫に向って改造猫は突っ込んできた。光が彼を照らした。キラキラと耳や腕にアクセサリーが光る。しかし顔は腕で隠していた。
闘牛士の様にひょいと白布を華麗に翻し、虎猫は影の中にかすかに見えるシルエットを見た。
「いい加減にしろよ虎猫! ウィック様に言いつけるぞ!」
「どうぞご自由に? オレならお前に代わる作戦を確実かつ迅速に遂行できるんだぜ」
「……もう、解った。解ったから返してくれよ」
自分の姿を暗闇が隠してくれるギリギリの所まで来て彼は虎猫に向って手を伸ばした。
その時、裏口の戸がガラリと開き、新たな月光が一気に差込み彼を照らした。
「すいませーん。お願いがあるんですけどー」
入ってきたのはレッドだった。一瞬、急いで影に隠れる白い猫の姿を見た。
その横にいるのはブラックキャット団の改造猫。すぐさまレッドはクレープ大明神とBC団を結びつけ、事件の真相に気が付いた。
「……動くな」
レッドの首筋に冷たい虎猫の爪先が当たった。一瞬の間に背後には戦闘態勢に入っている虎猫がいた。
動こうにも動いたら首から赤いシャワーが噴出してくるだろう。レッドだけに。
「どうする、やるか」
「……そんな手間かかる事になくても大丈夫さ」
影の中から改造猫の声がし、レッドはそちらの方に目をやった。
淡いシルエットが決してハッキリと姿を見せないようにしながらレッドに近づいてくる。
彼はレッドの前に何やら薄っぺらい物を出してフッと息を吹きかけた。
「あわわっ…………あ、あれ?……はぁ、なんだ。そうですかぁ、わかりました!」
レッドは、きょろきょろと辺りを見回しながら何やらブツブツと喋ると、虎猫を押しのけてそのまま帰っていった。
ただ一人ぽかんとしている虎猫からその隙に白布を奪い取り、改造猫はすぐさまフードを被ってクレープ大明神に戻った。
「……改造猫の能力はフルに活用しないとね」
クレープ大明神は床下からクレープを取り出して一口かじり、口元が不敵に微笑んだ。
その様子は先ほどの弱弱しい生身の彼ではなかった。
「虎猫、ウィック様に伝えてくれよ。明日からちゃーんと作戦を実行に移すってね」
翌日、結局レッドは帰ってこずにピーターのチケットは見つからなかった。
とにかく、ピーターが暗くなっているので今日は他の女子達も一緒にクレープ大明神の所へ行く事にした。
そして遂にパープルも熱心なホワイトらの説得に折れ、メンバーに加わることとなった。しかしあまり乗り気ではなかった。
「ホラ、あれがクレープ大明神のお社よ。見てよこの行列。来ない方がおかしいっての」
お社の前は休日のせいなのかいつもよりもごった返していた。
しかし、いつもと違うのは従来はキチンとしていたはずの列が乱れに乱れ、人々がお社周辺を取り巻いていたのだった。
ホワイトらは一瞬気になったものの、すぐに意識はクレープ屋に向った。
「……あれ?」
いつもあるはずのクレープ屋へ続く列が全く無くなっていた。それはまだ良かった。
もう一つその先にあるはずの肝心のクレープ屋の屋台が忽然と姿を消していたのである。あの甘い香りも今はどこにも無い。
女子達はこの騒ぎの原因が何か瞬時に理解した。クレープがなければ願いを聞いてもらうどころかクレープ大明神に相手すらさせて貰えないのだ。
「クレープ大明神様、お金ならいくらでも出しますから願いを聞いてくださーい!」
「お願いします。クレープ大明神様ー!」
人々は閉ざされたお社の扉に悲痛な叫びを投げかけていた。しかし、扉は開くことはなかった。
お供えするクレープが全く無いのである。中には財布ごと賽クレープ箱に入れようとする者まで現れ始めた。
「どうしよ。せっかく来たのに」
「アタシだってサッカーの試合見たいから、CSアンテナとチューナー欲しかったのにー」
「ですですー」
我らが女子隊員は無様な醜態は見せなかったものの、何でも願いを叶えてくれる大明神との繋がりが途絶えてしまったのには困惑せざるを得なかった。
大明神を呼びながらぐるぐるとお社の周囲を回り始めた人々を隊員らは遠巻きに見ながら、何とかして自分達の願いを聞いてもらう方法はないかと思案していた。
「……灯台下暗し」
ぽつ、と呟いたクリームの一言に一同はハッと気付かされた。
そうだったのだ。クレープ屋と言う物はあの屋台だけの専売特許ではないのだ。実に単純明快。考え付かない方がおかしい話だった。
しかし、思いつけばもうこっちの物、他のヤツラに聞かれぬように女子らは円陣を組んだ。
「確かこの先の喫茶店、クレープも売ってるよ」
「そこよ! そこでテイクアウトすんのよ」
「他の子が気付く前に買って来なくちゃ」
「オー!」
女子達(パープル除く)は突然ダッシュし、クレープを扱っていると言う喫茶店へと向った。
距離が短いのか女子達の歩幅が長いのか、カフェテラスの様な趣の喫茶店にすぐさま到着した。
「あ、あの。クレープ、1、2、3……7つください!」
「既に売り切れましたが」
「え!」
店員のうんざりした口調から既に同じような考えのヤツらに先を越されていたことに気付き、ホワイトは地団太を踏んだ。
とにかくどこかへ向おうと足を踏み出した。しかし、ホワイトの目にクレープを我先にと追い求めようと疾走する女性達の一団が捕らえられた。
「み、みんな、絶対あんなヤツらに負けるんじゃないわよ! とにかく次よ次!」
ホワイトが走り出すと残りの女子達も、そしてすぐに店の前を一団が通過した。
非常に嫌な借り物競争みたいだ。と女子達は心のどこかでそんな言葉が頭を過ぎっていた。
「だからね、僕ら正義レンジャーの仕事はとても大事なんだよ」
「ハイ、よくわかりました」
レッドは、昼下がりの街を歩いていた。隣にいる正義レンジャーの正義レッドより正義の味方レクチャーを受けていた。
あの晩、クレープ大明神がBC団に襲われそうになった所を颯爽とやって来て颯爽と退治し、ごちそうにも招待されたのだ。
正義レッドは前々からレッドが理想としていたヒーロー像にピタリと収まるカッコイイ好青年だった。
「暑さのせいねぇ、可哀相に…」
「シッ、聞こえるわよ」
すれ違う人々がレッドらに後ろ指をさしていたが本人は全く気にしなかった。
とにかく、自分が好印象なヒーローの人と話が出来るのは大いに嬉しいことなのだ。
「あ、エコ!」
目の前にぽけーっと電気屋の店頭に置かれたTVの画面を見つめているエコにレッドは気付いた。
エコはレッドに気付くなり見るなりハッとし、弱弱しいファイティングポーズを撮りながら一歩後ずさった。
「な、なんだよぉー。お、オレ、今日何もやってないぞー!」
「違う違う。声をかけただけだよ」
「な、なんだ。もー、ややこしいんだよー」
エコはだらんといつもの力の抜けきった様な姿勢に戻った。
その時、正義レッドがエコを紹介して欲しそうにレッドの手を突き、すぐさまそれを察した。
「あ、こっちはエコくんと言って、悪者なんだけど、意外とのんびり屋さんなんです」
「ふぇ…?」
いきなりレッドが真横のショーウィンドーの斜め上部分を見上げながらさっとエコの方へ手を出してきて、エコは一体何をやっているのか解らなかった。
かと思えば今度はエコの様子にレッドも気付いたのか真横の方へと手を出す。
「こっちは、正義レッドさん。海外で物凄い敵と戦ってるんだって。凄い人なんだよ」
「ふぇ、こ、こんにちはー……」
取りあえず癖と言うか紹介されたのでエコはぺこっと頭を下げて、レッドの横にいるらしい正義レッドの姿をもう一度見ようと努力した。
下のタイルからとりあえず店の高さまで一通り眺めながら目を凝らしてみたが、全く人の形らしい物は見えない。
「じゃぁ、僕らまだ用事あるからこれで。エコ、ぶらぶらしているのも良いけど、あんまり悪さしちゃダメだよ」
「う、うん……」
レッドが歩き出すと、エコの方を一人分ぐらいに間隔を開けながら避けて行った。
どうやら本当にいるらしい様子だったのでエコは目を細めてなおもその後姿を見ようとしたが無駄に終わってしまった。
「お、オレの目、壊れたのかなぁー……?」
「ちょっと……待ってよー!」
一人残されたパープルは急いで追いかけるが、あっと言う間に見失ってしまった。
前後左右、おまけに上下を向くと知らない道、道、道。迷うのは解っていたがパープルは歩き出すしかなかった。
数メートル先にあったはずの電柱へ向っていたはずなのに、ちゃんと前を向いてまっすぐ歩いていたはずなのに、
パープルの前には巨大なヤシの木と、ハワイアンな音楽が流れ始めていた。
ヤシの木を避けたはずが、今後は砂漠地帯にやってきていた。方向音痴は本当に困る。
「ディスイズクレープショーップ。ディスイズクレープショーップ」
しかし、方向音痴もたまには役に立つ物でジャングルの奥地を越えた先に宣伝をしている九官鳥がいるクレープ屋を見つけた。
こんな場所にまでクレープがあるとは、パープルもクレープには世界の壁など必要ないのだなと思った。
「クレーププリーズ」
ぎこちない英語で、クレープを焼いている日に焼けた色黒のお兄さんにパープルは言った。
お兄さんはニッコリと真っ白な歯を見せて笑いOKOKと応えてくれた。
「せ、セブンプリぃズ」
「OK」
手際よくお兄さんはクレープを焼いてその上にスライスしたイチゴと生クリームを置いて包んだ。
7つ渡されて思わず一口いきそうになったがパープルはぐっと我慢して千円出した。今は円高だからお兄さんも喜んでくれた。
「急いで帰らないと……」
パープルはクレープを抱えて来た道(?)を戻り始めた。途中でいまにも綱が切れそうなつり橋を渡り、
波止場でのギャングの抗争の中をくぐり抜け、空を飛び血へ潜りパープルはようやく尾布市へと舞い戻るとバッタリ女子隊員に出会った。
「パープル。どこにいってたの!」
毛がボロボロになっているホワイトの姿でかなりの激戦があった事が窺えた。
しかし、ホワイトはまだ良い方らしくピンクやクリームは地面に手を付き、肩で息をしていた。
「それ、クレープ! どこで手に入れたの?」
「うろうろしてたら偶然見つけちゃって。人数分あるから、みんなでどーぞ」
クレープを差し出したパープルだったが、ホワイトはさほど嬉しそうではなかった。
味の問題かなと一瞬思ったが食べるわけではないのだからそんな事は関係ない。
「スイーツ一揆よスイーツ一揆」
「スイーツ一揆?」
「クレープ大明神がお願い叶えるのをクレープ一個から十個に引き上げたの! あの店のじゃないと力が出ないんだって」
その時、一番最初に女子達が向った喫茶店の方から爆発音と共に黒煙が上がり始めた。
タイマツを持った30代ぐらいのOLっぽい女性らが燃え盛る喫茶店からなにやら風呂敷包みを抱えて走り去っていた。
「クレープが無い場合は何でも良いからスイーツ10点でお願い一個ってのも出してきて、街中あんな有様なのっ!」
「国道沿いの三ツ星ケーキショップで、自衛隊が出動してるって噂まで出てるのー」
パープルの視界の端にバールのような物を持ってショーウィンドーを破壊している女子中学生の一団が見えた。
もはや、この街中の女性のほとんどは暴徒と化している事が一目でわかる酷い有様だった。
「判るでしょ、パープル」
「そ、そうね。早くみんなを止めないと」
「違うでしょ、安全かつ確実にスイーツをあと3つ手に入れないといけない訳よ」
「えー……」
「急ぐよっ!」
ホワイトはパープルの背中を押し、ほかの隊員も暴徒達からクレープを隠すようにして走り出した。
パープルは隊員達の壁の合間から、破壊しつくされているお菓子屋の光景を見て胸を痛めた。
「とりあえず、残り3つをどうするかよね。どこか、穴場はないもんか……」
「シェンナ、お好み焼きの素持ってるですー!」
「ハッ、そういえば、本部にうなぎパイがあったような」
「うなぎパイはスイーツじゃないんじゃない? あ、この前のカステラは!?」
「ダメ、この前ので最後。とにかく本部に戻れば何かあるかも!」
どんどん市の中心部に入ると辺りはもはや危険地帯にも等しかった。
ありとあらゆるスイーツを売る店は瓦礫の山と化し、覆面を付けた女性らが暗躍している。
「ふぁぁぁぁぁぁん! あついよぉぉぉー!」
何故か、十字架に貼り付けられたエコが火あぶりにされている。
もうそこは人間の町ではなかった。スイーツに狂わされた女人達の狂宴の場だった。
本部に命からがらたどり着くと、男子達が怪訝な顔で女子隊員達を見たかと思うと蜘蛛の子を散らすが如く逃げ出した。
スイーツ一揆はOFFレン隊員の絆まで奪おうとしているのだと思うとパープルは悲しくなった様な気が多分した。
「なるほどぉ、僕もそう思います。あ、どーぞ食べてください。いやいや、遠慮しないで下さい」
テーブルではレッドが、まるで向いに誰かいるかのように接していた。
街の恐ろしい事件を知り、その異常な事態に隊長はすっかり頭まで異常になってしまったのだと女子達は思った。
悲しい現実から目を逸らし、涙を呑んでホワイトは冷蔵庫を開けた。野菜くずやコチコチになったアイスノンが目に入る。
クレープ大明神がまた数を引き上げないうちに見つけなければならない焦りからホワイトは冷凍室をかき回し、床下に氷が散らばった。
しかし、スイーツのすの字の付く物すら発見する事は出来なかった。
「どうしよう! 戸棚は!?」
「無い!」
「ったく、サザエさんちの戸棚を見習って欲しいもんだわ」
「シェンナ、お好み焼きの素持ってきたですー」
「ハイハイ、アンタは向こうで遊んでなさいね」
「あーっ!あれみかんゼリーじゃない!?」
突然叫んだピンクが指差した先には確かにオレンジ色のゼリーが確かにあった。
頭のおかしくなったレッドの前に一つ、向い側の無人の席にも一つ。灯台下暗しとはこの事だ。
「そうですか?じゃぁ、僕がいただきますね。遠慮ぶかい所も素敵ですよ!」
なにやらブツブツ言いながらレッドはゼリーを食べ始めようとした。
女子達はダッシュでゼリーの下へと走った。スプーンがつぶつぶみかんゼリーの表面を抉る。
「これ、美味しいんですよー」
口を開けたレッドにスプーンとゼリーが近づいていく。このままではマズイ!
「レッド、ごめん!」
ホワイトはグッと右の拳に力を込めた。床を踏んだ足に体重をかけた。
ホワイトによるその右ストレートはレッドの無邪気な笑顔へと鈍い音を立てて突っ込んでいった!
スローモーションのように椅子から転げ落ちるレッドよりも先に手からスプーンを奪い、
ほじくられたゼリーを元の部分にしっかりとはめ込んだ。この間僅か5秒。火事場の馬鹿力である。
これならば新品としてクレープ大明神に十分お供えできる。ホワイトはセロファンのふたをゼリーの上にくっつけて、
「これであと一個ね。他は何かあったー?」
「ダメ、飴玉一つも転がってなーい!」
「お好み焼きならあるですー」
「とにかくー……ハッ!」
シェンナを無視しようとしたホワイトの脳裏にフッとある変な考えが浮かんだ。
それは「お好み焼きもクレープも似た様なもんじゃない」と言う変な考えだった。
薄く焼いて、フルーツでも入れてちょいと巻けばある意味クレープに見えないこともないんじゃないだろうか。
完成品ならともかく、シェンナが手にしているのはお好み焼きの素だ。案外、いいアイデアかもしれない。
「ブルー! 鉄板持ってきて!」
「はいっすー!」
ホワイトの声にホットプレートを抱えて疾風の如く現れたブルーは素早くお好み焼き、もといクレープを焼くための準備を整えてくれた。
「ホワイト、まさか……」
「それっぽく作れば絶対わかんないって!」
「祟られたらどーすんの」
「だって、相手はクレープ大明神よ。祟ると思う? クレープで大明神よ!?」
「あぁ……まぁ……」
ホワイトは、既に熱されたプレートにこれまたブルーが素早く用意した素を水で溶いた物を流し込んだ。
おたまの裏で軽く撫でるようにして生地を平ぺったくする。確かにクレープに見えなくも無い。
「砂糖!」
「はいっす!」
甘くするために砂糖も振り掛け、誤魔化しのためだけでなく自分の気持ちの為にもスイーツを作っている感を出した。
気持ち、パティシエになったお陰かお好み焼きクレープは、思った以上に綺麗に焼きあがった。
後は、チョコに見せかけたソースを注入し、クルクルとそれをクレープ風に巻き上げて出来上がりだ。紙で巻いたらもっとそれっぽく見える。
「これでいいわ。これで、ワールドカップのチケットは100%アタシの物」
つい、達成感から本音をポロッと言ってしまったホワイトは慌てて口を押さえたが、後の祭り。
他の女子からの冷たい目がホワイトへと向けられるのにはそう時間は掛からなかった。
「ちょっと待ちましょうよ。ホワイト。私だって何度ズタズタにしてもヘッチャラな実験体が欲しいんですよ」
「私だって、シェンナの馬鹿をもう少しマシにしてやりたいし」
「シェンナ、ジュラシックパーク行くんですー」
次々とホワイトが詰め寄られていくと、ホワイトは両手で制止するジェスチャーをして、一旦女子らを黙らせた。
「もちろん、判ってるわよ。判ってるけどね。アタシが考えたアイデアじゃない?これ」
「そんな事言ったら、クレープ7つ仕入れてきたパープルはどうなるの」
「そーよそーよ」
「私は別にお願いなんてするつもりなかったから……」
「ホラぁー、パープルそう言ってるじゃん」
「でも、やっぱりここはパープルに決めてもらうべきだと思うわけよ」
「そーよそーよ!」
恐ろしくも醜い女の戦いの火蓋がまもなく切って落とされそうになる緊張感の中、
一人そんな空気を痛みによってまったく読むことが出来ないレッドが椅子を掴んでヨロヨロと立ち上がる。
「あ、あれ……ぼかぁ、一体何を……」
レッドは、自分の前にいた正義レッドが突然いなくなった事に加え、ホワイトのパンチの衝撃でふと
何か大事な事を忘れている気がすると言う、左右の奥歯に物が挟まっているような妙な妙な気持ち悪さがあった。
「だいたい、OFFレンじゃ私が一番年上ですよ!」
「ですーですー!」
「そんな事言うんだったら、アタシが一番最年少よ! 年上は年下に譲るべき!」
「ですーですー!」
「ここは間を取って中間の隊員に任せるべきー!」
「ですーですー!」
女子達は次第に声を荒げ始めた。静かな始まりではあったが内に篭っている物はこの瞬間世界で一番醜悪な物に違いない。
欲望が絡んでしまうと正義も悪も関係なくなってしまうのか。男子達の震えが本部全体を揺らしそうになる。
「とにかく、これはアタシのだから! アタシがもらう権利があんのっ!」
そして遂に、ホワイトがスイーツ10種を抱えて本部を出て行った。
「待てコラー!」
女子達もホワイトを親の敵のように、追いかけた。その後をオロオロしながらパープルが続いた。
ホコリがゆっくりと落ちてくるリビング内に男子隊員が何度も安堵の息を吐きながら入ってくる。
急に静かになった本部内は逆にこの静けさが不気味さを増す。
「いやぁ、女の戦いほど恐ろしいものはありませんね。くわばらくわばら桑畑」
「オイラ、脇汗びっしょりだよー」
男子隊員はすぐさま女子隊員が来るまでに自分達がやっていた、ソファに横になったり雑誌を読んだりと言う行為を再開した。
だが、一人椅子を支えにして一点を見つめ何か考えているレッドだけはそのままだった。
「……何か、大事な事を、忘れているような気がする」
レッドの深刻ぶった呟きも、男子達の安心しきった空気にかき消されて誰も反応してくれない。
だが、レッドは何か重大な事実を完全に知っているのだ。しかし、何故か思い出せない。多分、ホワイトに殴られたせいだろう。
「知ってますか、切手のノリって一キロカロリーなんですって」
「へぇー、じゃぁカロリー計算の際には気をつけないとね」
「なんかお腹すいてきたねー。うな重でも取る?」
レッドは、何か自分のこのもやもやとした記憶を完全な物にするためのヒントになる物はないか本部内に目を凝らした。
いつもと同じレッドにも見飽きた光景は、既に斬新さのカケラもなく、ただただレッドの焦りを助長するばかり。
「うな重なんてオレンジ。金銭感覚0にも程がありますよ。私は国産しか食べませんからね」
「じゃぁ、さっぱりとおそばにしよっかー」
「俺、天ざるー」
「ボクもそれにしよ」
「俺もそばを食べるのだ」
おそば……。レッドは無理やり耳に入ってきたこのキーワードから何かヒントを得ようとしたが徒労に終わった。
「ガーネットは何にするんですか。レッドは、いらないんですね」
「俺は、俺は。選択は難しい。範囲が広いのだ。とろろとは何だ? トトロなら知ってるのだ」
「そうですねぇ。ガーネットにととろ、いや、とろろは厳しいでしょう。無難にたぬきそばにしてみては?」
たぬき……たぬきと言えばレッドも以前関わったことがある。たぬきたぬき、たぬき、きつね、ねこ。
ねこ……たぬき……きつね……ねこ、たぬき、きつね、ねこ、たぬき、猫……?
「だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
レッドの中で何か大きな一つだけ欠けたパズルのピースがピタリとハマった瞬間、張り裂けんばかりの声でレッドは叫んだ。
あまりもの大きさに電話をかけようとしてソファから立ち上がったグリーンがソファの後ろに落ちてしまった。
「どうしたんすか。レッド。レッドもソバ食いたいんすか?」
「ち、違う。女子のみんなが危ない!」
「そりゃ、あれだけ殺伐としていたら危ないでしょうね。外は」
「違う! クレープ大明神の正体はブラックキャット団の改造猫なんだよっ!」
「えぇ~~~~~~!?」
「これはアタシのだってばー!」
「年上を敬いなさぁぁい!」
「ですーですー!」
クレープ神社に向かいながら、争いを続けている女子達を遠めにパタパタとパープルは走っていた。
いくら願いが叶うとはいえ正義の味方らしくない行動をしているのは見ていてやはり辛い。
と、角を曲がった時、パープルの前には女子達の姿は無い。変な場所に入り込んだわけでもなさそうだ。
となると、微妙に道を間違えたのか。パープルは微妙な不安を感じながらも歩いていく。
普通に歩いているはずなのに、やはりどんどん見慣れた場所ではなくなっていくのが怖い。
こういうことには慣れているのにやっぱりまだ慣れない。
「……順調なのはいーけど、全然集まらないのはどーいうわけなのさー……」
ふと、見知らぬ声が聞こえてパープルは立ち止まった。
辺りは真っ暗、かといって夜になった訳ではない。木の格子戸から明るい光がなだらかに差し込んでいるのが見える。
どこかの部屋の中だ。パープルの目の前には白いフードをすっぽり被った占い師みたいな人物が座り込んでいる。
背を向けているのと、パープルが一言も発していない為気付かないらしい。
「せっかく甘い物がいっぱい食べられると思ったのにさー。やんなっちゃうよねー」
口を拭う仕草をすると、その人物はポイと後ろへ紙くずを放り投げた。パープルのつま先にコツンと当たる。
暗くてよく見えないが、どうやらどうやらクレープを包むあの紙らしい事はわかった。クレープと英語で書いてある。
だが、よく見ようと腰をかがめたせいでパープルのお尻が壁に当たり、バランスを崩して床に手を付いてしまった。
「……ん? 虎猫?」
だが、彼はチラと後ろを軽く振り向いただけでそれが誰であるかは確認しないまま、また前を向いた。
「今、食べるので忙しいんだよねー。作戦はさぁ、ちゃんとやってるからウィック様にも言っといてー」
「……作戦?」
パープルは、思わず呟いてしまい。慌てて口を閉じた。
だが、男と女ともつかないふとした小さな呟きだったおかげで、彼は気付かずにクチャクチャ言わせながら応えた。
「忘れたのかー? 街中からースイーツをなくしてー。イライラした女達が男に八つ当たりして、
男がまたイライラして、横領とかしちゃって、日本中を滅茶苦茶にしよーってヤツじゃん」
白装束の男はまたもポイと後方へケーキのビニールらしき物を放り投げた。
パープルはだんだん、彼が誰であるのか、そして彼の正体が誰なのか解り始めていた。
「でもさー、ボクもね。もうちょっと色々と集まると思ったんだけどさー。これが全然集まらないしー。
一応、成功してるけどボク的にはちょい失敗って感じなんだよねー。甘党の辛さってゆーか」
パープルはゆっくりゆっくり忍び足で自分に背を向けているクレープ大明神に近づいていった。
こう言う時はギシとか言ってしまう木製の床だが、新築のおかげか軋まないのが幸いだ。
「正体はバレてんだからねっ!」
パープルは思い切りクレープ大明神の白装束を引っ張った。男は油断していたせいか、ゴンと後ろに倒れて頭を打った。
そのままずるずると引っ張られてパープルの手に白布が手繰り寄せられたときには男はぴょんと影の中へと消えて姿は見えなかった。
「なななななな、何者だ! と、虎猫じゃないな! ウィック様でもないな!?」
壁にベッタリと張り付いているシルエットがパープルに確認できた。
「BC団の改造猫! どうりでずいぶんとおかしいと思った。善良な一般市民がやる事じゃないし」
「と言う事はOFFレンジャーだなー! バレたなら仕方無いのさ!……でも、戦ってやる前にその服返せよ」
「ダメ! 絶対怪しい」
「何も無いから返すのさー!」
「そういわれるともっとイヤ。絶対何かウラがあるんでしょ」
「そんなの無いから返して欲しいのさー!」
光を避けながら、黒いシルエットはパープルに迫って来た。
パープルはなんとか逃げようとするが長い白衣はその分足手まといになり、サッと改造猫に取られてしまった。
「やったやった。早く返せば良い物を。お前は一番最後に痛い目にあわせてやるのさー」
急いで着替えようとした改造猫は暗い中だったせいか、むんずと裾を自分で踏んでしまい大きく後ろへと倒れた。
後ろは壁だと思っていたパープルだったが、彼が頭を撃つと壁は観音開きになり、眩い日の光が中へと差し込んだ。
「あだだだだだだ!」
眩しい目を慣らしながらパープルが扉の方へと向うと、白装束を来た改造猫は、石段で頭を相当打ったのか大きなタンコブが出来ていた。
外に出てみると、ここはやっぱりクレープ大明神のお社だった。
「あ、クレープ大明神!」
よろよろと立ち上がっているクレープ大明神を見つけて敷地内に駆け込んできたのはホワイトだった。
ホワイトはパープルに気付くなり、あっと叫んで立ち止まった。先回りして自分を邪魔するのではないかと思ったようだ。
「ですですー」
と、後方から追いかけてきた女子達は慣性の法則に従い、急に止まったホワイトの背中に思い切りぶち当たった。
当然、ホワイトらは前のめりに倒れる。そして手にしていたスイーツもホワイトの真っ白な手から離れ、宙を舞う。
レッドの食べていたみかんゼリーはくっつけていたふたがはずれる。クレープは紙から離れてまるで三角形のアクロバット飛行。
そして、お好み焼きクレープは中に詰まっている大量のソースが孤を描き、落下していく。
「あーっ!」
ホワイトだけではなく、そこにいる全ての女性が叫んだ。
10点のスイーツは無残にも地面にぶちまけ、そしてお好み焼きクレープは運悪くクレープ大明神の正面に命中した。
ソースの臭いがスイーツの甘ったるい匂いと加わって異様な香りが漂う。
「あーあ……せっかく用意したスイーツが」
「今までの苦労はなんだったのよー」
落胆と言うよりも絶望の二文字を襲ったのは女子達だけではなかった。
ソースまみれになったクレープ大明神こと改造猫は、ぷるぷると震えたかと思うと、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! ボクのヘアスタイルがぁぁぁぁぁぁぁ!」
そう叫んで突然ジタバタ慌て始めたかと思うと、遂に灼熱の太陽が照りつける空の下、
クレープ大明神はバッ!と来ている白装束を脱ぎ捨てた。
「あぁっ!」
女子達は、その姿に一斉に声を上げてクレープ大明神の中身に驚いた。
それは額にBC団のマークを付けた真っ白な毛並みの猫。ただでさえ眩しいと言うのに、彼の耳にピアスがジャラジャラ、
腕にはブレスレットが、ペンダントも付けて……といったアクセを多数身に付けていて、それが日を反射する。
「クレープ大明神の正体はBC団の改造猫だったのねー!」
「シェンナ、本気でぶち切れたぜですー!」
すぐさま戦闘態勢に入る女子達だったが、改造猫は依然慌てふためきながら顔にかかったソースを脱いだ白布でふいている。
と、そこへ女子達の身を案じた男子隊員が駆けつけてOFFレンは勢ぞろいした。
「みんなー。無事ー!?」
「な、なんとか、コイツが改造猫だって事は解ったわ」
「なんかチャラチャラした格好の猫だねぇ……」
隊員達は、白衣で汚れをふき取っている改造猫を黙って見ていた。しばらくして安心したように、布を捨てた。
まだ顔にソースの跡がついていたが、改造猫は気にせずに急いで銀色のクシを取り出し茶色の髪をときはじめる。
「ったく! スイーツじゃないし。ソース臭いし。マジ最悪なんだけどー」
「まだ目の周りにソース付いてますよー」
愚痴をこぼす改造猫に突っ込みのつもりでそう言ったつもりが、その言葉に白い猫は毛を逆立て、
「これはソースじゃないっ! こーゆー模様なんだよ! 模様!」
と、怒り狂ったように叫んだ。言われて見れば汚れにしては目の周りにクッキリと茶色い模様がある。
この見た目だと、どうやらタヌキらしい。レッドも指をさして、言う。
「そうだよ。コイツだよ。僕が見たタヌキ猫は」
「ボクはタヌキじゃないっ!! ブラックキャット団改造猫、化猫だっ!」
「ば、け、ね、こ……。やっぱりタヌキがモチーフなんじゃないか」
「違う違うちがーう! これは違うんだーっ!」

地団太を踏みながら怒号を散らす化猫だったが、否定すればするほどタヌキに見えてくる。
「……化猫。BC団の名誉を汚すような事は辞めろ。みっともない」
と、暗いお社の中から、呆れ顔の虎猫が現れた。だが、仲間の声でも化猫の怒りは収まらない。
「うるさいっ! ボクは元々白くてセンスの良いオシャレな猫だったんだ! それをウィック様はボクの顔をタヌキみたいにしてさ……」
「ウィック様の悪口を言うのはオレが許さない」
「でも、こんなタヌキ顔はボクの美意識が許さないんだっ! どんなにオシャレしてもこのタヌキ模様が邪魔をするのさ……」
化猫は歯痒そうに舌打ちをして、虎猫を見た。
「……ウィック様に改造猫として力を与えてくださった事に感謝できないと言うのか」
「そ、それは……で、でも。何もタヌキ顔にしなくてもさ……」
「お前がウィック様に逆らうというなら、今ここでお前を消す」
虎猫が鋭い目を向けて尖った長い爪を見せると化猫も顔を青くして後ずさった。
「わ、わ、判ったってば。文句無い。文句無い! タヌキ顔くらいボクのオシャレテクでなんとかするのさ!」
「……わかれば良い。それじゃ、後は任せたからしっかりやれよ」
そう言うと虎猫はひょいと飛び上がって石段の上に飛び乗るとそのまま社の奥へと消えていった。
化猫は、まだ青さが残る顔をOFFレン側に向け、頬をパンパンと叩いて気合を入れると、キッと睨んだ。
「と、とにかく。作戦もバレた以上、ここで生かす訳にはいかないのさ」
そう言うと、武器を構えだす隊員らを前に化猫は悠々とした表情でベルトの葉っぱの形をしたバックルを外した。
それを顔の真ん中に持ってきて、フッと息を吹きかけるとクルクルと葉っぱが回転する。
「……?」
隊員達も、何やら化猫の方から冷たい風が吹いてきただけで別段何かおかしい様子が起こった事も感じない。
だが、突然OFFレン達の足元から物凄い水柱が上がり、一瞬でに隊員達は濁流に呑まれた。
「うわぁぁ、天変地異だぁぁ」
「ヘルプミー!」
「浮輪買えば良かったですー」
水の中でもがき苦しむ隊員達を化猫は不敵な笑みで見下ろしていた。
この世界の終わりの様な光景が見えているのは隊員達だけだった。化猫の目には地面を転げまわっている隊員達しか見えない。
「ボクの能力は、人を化かす事、つまり幻覚を自由自在に見せる事が出来るって寸法なのさ」
「幻覚!?」
レッドは化猫の言葉でこれが幻覚だと解ったが、冷たく感じるし水の感触も伝わってくる。
このリアルな幻覚の能力を使って人々の願望を本当に叶えているように感じさせたのだ。
「ふふん。ボクに恥をかかせてくれたお礼にたっぷりと苦しめてやるのさ」
化猫がパチンと手を鳴らすと、隊員達を飲み込もうとしていた水たちが炎に変わる。
「アチチチチチ!」
幻覚だと解っていても、こんなにヘビーな幻覚を見せられると精神的に参ってしまう。
もちろん、隊員達は普通の敷地内でぎゃあぎゃあ騒いでいるだけなのだ。
「な、なんとかしなきゃ、このままじゃローストビーフになっちゃうよ!」
「ビーフじゃないですけど、これは確かにキツいですね。熱つっ!」
隊員達は手も足も出ない状況。武器も地面に捨ててしまって慌てふためいている。
傍から見れば高速盆踊りをしているように見える。熱いだけでなく恥までかかされているのだ。
「こんなタヌキのためにあんなに努力したかと思うとホントにムカツく!」
「ボクはタヌキじゃない! ……こーんなにオシャレしているのにさ」
クシで茶色に染めている髪を優しくときながら化猫は、機嫌良さそうにふゅーと口笛を吹いた。
「全くバカだよね。本当に叶ってるわけじゃないのに大明神様大明神様ってさ。
ま、お陰で街はこんなに滅茶苦茶だし? バカはバカなりに利用させてもらったしね」
髪を優しく撫でて、化猫は髪をさっとかきあげた。腕のアクセがジャラジャラと金属音をたてた。
「女をバカにすると怖いわよ! 絶対ボコボコにしてやる!」
炎の中でもがきながら怒りで血管が浮き出ているホワイトが食いつくように叫んだ。
しかし、明らかに手出しできないのは解っているので、化猫はフンと鼻で笑う。
「やれる物ならやってみれば良いのさ。全然怖くなんて……」
化猫はチラと目線を少し上にあげた。クレープ大明神のお社の周りにいるギャラリーらが、
こちらに向って、鬼の様な物凄い形相で睨みつけている。化猫もさすがに動揺して体を仰け反らせた。
「な、なんなのさ。ボクは間違った事言ってないじゃん。引っ掛かった方が悪いじゃん!
文句を言うなら自分のバカさ加減に言えばいいのさ! だ、だいたい女はボクのファッションセンスを理解しようとしないし……」
小学生からはたまたお婆さんまで、化猫に怒りの目を向けてのしのしと地響きを立てて迫ってくる。
たらーと汗が化猫の頬を滑っていく、彼の瞳に映った背の高いOL風のお姉さんはグーで顔を殴ってきた。
「ぎゃん!」
まともに食らった近距離攻撃により、彼の体が地面に倒れたのを合図に合戦の如く女性達が走り出した。
化猫はもみくちゃにされながら殴る蹴る殴る蹴る噛み付く殴る蹴る痴漢冤罪蹴る蹴る蹴る……。
あまりもの酷い光景に化猫は悲鳴すら上げる事ができなかった。
一方、ダメージを受けているせいで幻覚が消え、隊員達は無事、炎の悪夢から逃れる事ができた。
念のため足や手を見てみるがもちろんヤケドの跡なんかもない。痛みも一瞬でなくなっている。
「何はともあれ、女を敵に廻してくれたお陰で助かりましたね。レッド」
「うん……。でも、なんか同じ男としてなんか可哀相と言うか」
「えぇ、まぁ、それはそうですけど」
土煙を上げてその惨劇の詳細はハッキリとは見えなかったが、重低音を響かせているサウンドを聞くだけで、
自然と彼がどのような事になっているか想像する事は難くない。無関係なはずの男子隊員らも冷や汗をかかずにはいられない。
その地獄はおよそ20分ほど続いた所で、終わりを迎えた。
「後で、裁判所からの通達が届くから覚悟しときなさいよ! 散々慰謝料搾り取ってやるから覚悟しとけっ!」
弁護士らしいすらっとしたスーツの女性が指差しながらそう言い放つと、女性達はぞろぞろと退散して行った。
今後は法廷で争うつもりらしい。団体訴訟と言う奴だろう。
「うぅ……うぅ……」
地べたには、ボロ雑巾をさらにボロボロにして30年ほどほったらかしにしたような化猫が横たわっていた。
相当な攻撃だったが改造猫なだけあって意外と頑丈なのか、鼻血が出ているくらいの流血加減だった。
「ボクの髪がぁぁぁ……ボクの毛並みがぁぁぁ……こんな汚い格好なんて耐えられないよぉぉぉ……」
化猫は次第にポロポロと涙をこぼしながら、攻撃を受けた痛みよりも自分の格好がボロボロになった事を嘆いていた。
「2時間かけてセットしたのにぃ……辛いよぉぉぉー! あーんあんあん! あーんあんあん!」
終いには子供みたいにわんわんと泣き始めた。
敵でありながらレッドもつい同情して、優しく声をかけてやる。
「狸猫くん、これも自業自得って事でね。僕ら、一応正義の味方だから、一応、ケリはつけとかないとね」
「ボクはタヌキじゃなぁぁぁーい! あーんあんあん!」
「ブルー、OFFレンボックス貸して」
ブルーは怪訝な顔で、レッドにボックスを渡した。
レッドはポンと化猫の側にボックスを投げて、ボソボソと何か言うと白煙が噴出した。
白煙が消えると何も現れなかった。ただ、相変わらずボロボロになった化猫が、目を輝かせているだけだ。
「あ、治ってる! ボクの髪も毛並みも元通りオシャレになったのさー!」
レッドは大きく頷きながら、さっさとどこかへ行くように払う仕草をした。
化猫は、レッドに照れくさそうな様子で、
「礼は言うけど、次は絶対倒してやるのさー! 覚えてろっ!」
と言うなり走り去っていった。幻覚には幻覚でお返しをしたのである。
後で、受けるダメージは相当な物だろうが、悪事をしたのでこれくらいはしても罰は当たらないだろう。
「じゃっ、帰ろうかー」
レッドの声がバトル終了の合図となり、隊員らはやれやれと胸をなでおろして帰路に着き始めた。
女子達は、自分達の願いが100%叶うなんてバカな話にノせられてしまった事を恥じて小さくなりながら後に続いた。
「アイツらぁぁぁ……絶対許してやんないのさー!」
バトルから数時間後、日課の鏡を見ている最中に幻覚が解け、数時間ぶりに気絶から復活した化猫は、
涙目で、ドライヤーと蒸しタオルとクシを交互に使い分けながら、髪や毛並みを整えていた。
「無様に負けたクセに良くそんな悠長にしてやれるな。ウィック様も呆れて物も言わないぞ」
「うるさい! ボクの作戦はカンペキだったんだ! ただ、ちょっとした予想外の事があっただけなのさ」
虎猫は、鼻で笑って部屋を出た。ウィックもクレープの代金をせしめるくらいで決めたわけで、
ハナからカンペキに成功するとは思っても居ない事は解っていたのだ。
それにしても、くだらない奴を改造猫にした物だと虎猫は歯痒い思いで夕暮れの尾布市を歩いた。
化猫の時は、なんとなく良さそうだと思っただけにウィックに推薦したのだ。つまり大元の責任は自分にある。
人一倍ウィック、BC団に尽くそうとしている虎猫にとってこのミスは悔しい。今は、挽回できるチャンスは無いかとぶらつくだけだ。
「ん。タイガじゃないか?」
突然肩を叩かれて、虎猫は殺気だって振り返ると見知らぬ白い虎猫が立っていた。
サングラスを頭に載せて、黄色い瞳がじっとこちらを見つめている。
「誰だ。お前」
「ずいぶんなご挨拶だな。オレだ。ホランだ」
「ホラン……? そんなヤツは知らない。人違いだろ」
ホランの腕を払いのけて虎猫は歩き出した。が、今度ホランは強くタイガの腕を掴んで引き止めた。
「待てよタイガ。機嫌でも悪いのか? せっかく今日帰国したんだ。良かったら夕飯でも奢ってやるぞ」
「何度言われてもオレはお前なんか知らないと言ってるんだ!」
虎猫は素早くホランの喉元へ鋭い爪を突きつけた。
一瞬の出来事だったために、ホランは思わず固まり、息を呑んだ。
「オレにしつこく付きまとうな……」
「わ、わかった。オレの勘違いだったみたいだ。も、申し訳ない……」

凄む虎猫にホランも身の危険を感じ、穏やかな口調で言った。
「フン」
虎猫はホランの胸倉を掴み、思い切り地面に投げつけたが、ホラン持ち前の野生の血のお陰か、
くるっと受身を取りたいしたダメージは受けなかった。その一連の見事な動作に虎猫の眉がピクッと動いた。
しばし彼はホランの体を見ると、
「……とっとと帰れよ。ホラン」
そう言い、虎猫は背を向けて歩き出した。その背中を見ながらホランはただ首を傾げるばかりだった。
「あの顔つきも声も、確かにタイガなんだが……ドッペルゲンガーと言うヤツか?」
疑惑が消えないホランだったが、タイガ以上に気になる人の事をふと思い出し、
足元のトランクを持つと、急いで自分の会社へと戻っていった。
「ね、これ見て。エクレアの教会だってー。エクレアを捧げると願いがなんでも叶うらしいよ」
「もう、そんなの辞めときなよー。馬鹿馬鹿しい」
あの事件から数日後、クレープ大明神はパッタリといなくなったが、二匹目のドジョウを狙って、
似た様な商売を始める輩が多数現れるようになった。クレープで懲りることなく依然、尾布市では密かなブームらしい。
「あーあ、幻覚でも良いからサッカー行きたかったなぁ」
「私だって、解剖しまくりたかったんですからね」
「パープルだけだよね。馬鹿みなかったのはー……」
「鈍いレッドもいい加減気付いてあげなきゃねー。パープルのお願いはすぐ叶うのに」
パープルは、その頃、買物帰りでクレープ大明神のお社の前を通りがかっていた。
お社は、まだ妬みを持つ女性達からのラクガキや藁人形らしき物が打ち付けられていたがまだそこにあった。
パープルは、なんとなく敷地内に足を踏み入れてみた。まったく信じなかったパープルだったが、
それは結局実現しない事だからと言う理由からだったが、幻覚だとするならば実現する事は可能なのだ。
惜しいことをしたな。どうせならお願いぐらいしておけばよかったな。と少し悔やむ。
もしかしたら、まだこのお社だけでも少しは効果があるかもしれない。化猫のパワーが移っているとか……。
変な事を考えて、パープルは買物袋の中からキャンディーを一つ石段の上に置き、パンパンと手を叩いた。
誰よりも一番願いたかったこと。パープルは誰もいない事を確かめて言った。
「どうか、福山雅治と結婚出来ますように……」