第98話

『愛してるっていわない!』

(挿絵:パープル隊員)

株式会社ホワイトタイガーエンタープライズビルの最上階の社長室では、朝から電話がひっきなしに掛かっていた。
この時期は社長であるホランが帰国しその滞在中に任務を終えるために一週間程、業務につきっきりでなければならないのだ。

「あぁ、あぁ、解った。ではその線で進めておいてくれ」

電話を切ると、すぐさまホランは待たせておいたアメリカの企業に切り替える。

「Hello? Although it is an affair of an example, please let me trade by all means.……Yes. bye」

早口で一気に言い切ると、また電話を切り替える。次はフランスの企業である。

「Allo? Je vous ai continues a attendre……Oui、Oui、Monsieur. Je comprends.」

受話器を置き、溜息持つかぬ間に三度目の電話が掛かってくる。今度はドイツからだ。

「Hallo……Es Tut mir wirklich leid. Ich schelte spater ein untergeordnetes.」

ドイツからの分は部下の失敗により大変な剣幕で怒鳴られたので散々平謝りを続けてようやく電話の嵐からホランは開放された。
一時間ぶりにちゃんと呼吸をした気がする。目を抑えながらホランはふと、愛する人の事を思い浮かべた。

「目が回りそうだ……あぁ、こんな時はグリーンにアイスコーヒーでも口移しで飲ませてもらえばな……」

そこまで呟いてホランは小さく首を振って他愛のない妄想を打ち消した。今は、仕事に専念するのみ。
仕事が一段落付けば一日中グリーンの部屋に潜んでいられるのだ。寝こみだって襲い放題なのだ。
だからこそ今回の帰国の為にガマンに我慢を重ねてきたんじゃないか。ホランは自分を奮い起こした。

「……頑張るぞ。グリーン。見ていてくれ」

気合を入れて再び業務に取り掛かろうとした時、再び電話が鳴り出した。
うんざりしながらホランは受話器を取る。

「Hello?」

ホランはそこまで言うと内線のランプが光っている事に気づき、日本語で「なんだ」と無愛想に言った。

『社長に来客ですが』
「今は忙しいから断れと何度も言っただろう」

タイミングの悪さにホランは苛立ち紛れに言い放つと、受付も恐縮したように声を落とした。

『申し訳ありません。それが、どうしても社長に会うまで帰らないと言っていまして』
「どこのヤツだ?」
『それも、会えば解るとおっしゃるのみで』
「ふむ……とりあえず来て貰え。あぁ、だが内容によっては1分以内に帰ってもらうように伝えておいてくれ」

乱暴に受話器を置くとホランは次にペンを持って書類に目を通し始める。
どうせなら判でポンポンとサインを押せたら楽なのだが、しっかり目を通しておかないと下手すれば致命傷になるのだから仕方がない。
なんとか苛立ちも落ち着き初め、集中してくるとまた運悪く社長室の扉を誰かがノックした。

「……どうぞ」

書類に目を通したままぶっきらぼうに言うとゆっくりとドアが開いた。

「何の用か、単刀直入におっしゃっていただけますか、私はご覧の通り酷く忙しいのでね」
「……社長を素晴らしい場所にご招待したいと思いまして」
「招待?」

不気味なトーンで喋るその声が妙にひっかかり、ホランはその時、初めて来客の顔を見た。













とある場所のとある地下の、地上からの光すら差さない洞窟。
淡い青の炎が照らしているその場所は、今までBC団のアジトとしては最低の部類に入る場所にあった。
それもこれも、資金の問題による暫定的な物だからという理由だ。

「……虎猫。計画は順調にすすんでいるか」

暗闇の中から現れたウィックは巨大なカプセルの前に立つ虎猫に声をかけた。
虎猫はウィックを見るなり跪き、悪の一員らしく不敵な微笑をした。

「ご安心くださいウィック様。既に新しい改造猫もこの通り……」

カプセルの中に浮かぶ猫のシルエット。ウィックはちらとそれに目を配らせた。

「……なかなか、使えそうなヤツのようだな」
「以前から目をつけておきましたので、きっとウィック様にも気に入っていただけるかと」
「フ、お前がそこまで言うならば楽しみな物だな……」

ポンと虎猫の肩をウィックは叩いた。

「俺は、お前には期待しているのだ……お前の働き次第で、幹部に昇格してやっても良い」

虎猫は、我が首領からのその言葉をかけられただけでこの上ない幸せとやる気があふれてきた。
あまりの嬉しさから、思わず跪き、

「ウィック様の為ならばこの虎猫、必ずや成功させてみせましょう」

そこへ、カプセルの上部からかすかに空気が噴出す音がした。全てが完了したサインだった。
虎猫が完全に中の状態が無効化されたのを確認すると、正面の戸を開け、目を閉じたまま立っている猫に声をかけた。

「出て来い……影猫」

影猫と呼ばれた改造猫は、薄目を開けながらゆっくりとカプセルから出て来た。
ウィックの前に来て止まると、先ほど虎猫がやった様に彼も跪いた。

「……BC団改造猫、影猫。BC団繁栄の為、粉骨砕身の覚悟で臨ませていただきます」
「いかがですか、ウィック様」

虎猫の顔には僅かに自信が垣間見えていた。ウィックはその表情が偽りの無い物である事を悟ると静かに頷いた。

「……影猫、今回はお前に任せよう。虎猫、あとは頼んだぞ」
「ハッ、お任せください」

ウィックが暗闇の中へ紛れていくと、虎猫は第2の権力を持っているかのような高慢さの混じった笑みを浮かべた。

「ウィック様に期待されている以上、オレだけでなく、お前にもしっかりやってもらわないとな……」
「フン、そんな事はキミに言われなくとも解っている」

急に口調を変え、生意気な口を聞き出す影猫に虎猫はカチンと来た。
しかし、実力もウィックからの信頼のあると言う自信が虎猫に余計な手出しをさせる事は出来なかった。

「まぁ、良い。とにかくお前にはオレと共に来て資金を集めるのを手伝ってもらうぜ」
「手伝い? このオレがか? そんなのはオレ一人で十分だ。キミの出る幕は無いだろう」

影猫は、体の底から集めてきた侮蔑の表情を思い切り虎猫に向けた。
これには虎猫も黙っていられなかった。

「それは一体どういうことだ……?」
「理解力が無いんだな。キミが来たところで、オレの足手まといになるだけだと言えばわかるのか?」
「……なんだと!」

虎猫は長いツメを剥き出し影猫を威嚇した。まさに一触即発。
しかし、影猫は相手にせず冷ややかな目でそれを見て、すぐさま背中を向けた。

「どこへ行く! オレと勝負しろ!」
「改造猫になったばかりでまだ頭がぼんやりとするんで少し休む。その後で効率の良く資金を集める良い方法を考えて、実行させてもらおう」
「逃げるのか!」

虎猫は影猫の前へと回り込み、両手の爪を向けた。興奮状態の為に息が荒くなっていた。
しかし、そんな彼を見ても当人はやはり冷淡な表情で一笑に付すだけだった。

「キミは何だか腕っ節に自信があるようだが、それだけで慢心するのは勘違いも甚だしいな。じきに……誰が最も優れた改造猫が解るだろう」

影猫も暗闇の中へと溶けて行くと、虎猫はやり場のない怒りを紛らわせる為伸ばした爪を横の岩肌に思い切り付き差した。
また一突き、そしてまた一突き。固い一枚岩の中央がまるで粘土の様に鋭く抉れている。

「……オレこそがブラックキャット団で最も優れた改造猫だ」

虎猫の紅い瞳は憎悪の色をギラギラと光らせていた。











ホワイトタイガーエンタープライゼス1階ロビー。
まだ昼前のせいで受付が暇そうにしている所へ、2時間ぶりの来客がやってきた。

「すいませーん。ホラン先輩いますかー?」

何か期待をしている眼差しのエコを見るなり、受付嬢はすぐさま立ち上がって頭を下げた。

「申し訳ありません。社長はただいま外出中です」
「え……い、いつ帰ってきますかー?」
「さぁ、それは当方にも解りかねますが」
「そですかぁ……」

ホランの帰国を聞きつけて、お昼ご飯でも食べさせてもらおうと思っていたエコだったがせっかくの計画もパァになってしまった。
ここ最近のアジトでの粗食に飽き飽きしていた最中の希望の光だっただけにガッカリ度もひとしおだ。
諦めて帰るしかないのでエコは先ほど期待いっぱいで開けた自動ドアに向う。

「あ、お帰りなさいませ」

後方の受付嬢の声でエコはホランが開いた自動ドアを抜けて帰ってきたのに気付いた。
キリッとしたその顔つきが、エコには非常に頼もしく思える。

「あ、ホラン先輩! お久しぶりです」

エコが元気良くホランに話しかけた。が、ホランは全くエコに気付いていないかの黙って通り過ぎていった。
これだけで諦めるようなエコではないので今度はホランの前に回り込んで再び声をかける。

「ホラン先輩、こんにちはー! オレです。エコですよ!」

エコが満面の笑みを見せながら右手まで上げて声をかけたのに、ホランは一目見る事も無く通り過ぎていった。
変な人だとは思っていたが一応自分の事を可愛がってくれる先輩だっただけにエコはホランの様子がおかしい事にすぐさま気付いた。
バカなエコでも、わざわざ自分を避けて通っていくのだからいつもと違う事ぐらい解るのだ。

「……どしたのかなぁ、ホラン先輩」

結局、様子がおかしい時は無理に突っ込んでいくと怒られるのはタイガの事で経験済みなので
エコは今晩の粗食にうんざりしながらスゴスゴと社を後にするしかなかった。

その頃、ホランは上昇して行くエレベーターに乗りながら不敵な笑みを浮かべていた。
ガラス越しに見える町並みを見、そして満足げに自分の手足を眺めた。

「案外こんな物か……もう少し長いとより格好が良かったんだが」

ぶつぶつ喋りながらホランの乗ったエレベーターは社長室の階に到着した。
社長室まで伸びる赤い絨毯とその両側にあるグリーンコレクションの一部を眺めながらホランは社長室に入った。
ガラス張りの室内を見るなりホランは、何か考えながら机の上にある電話を取り、内線につないだ。

「……オレだ。カーテンを用意してくれないか。部屋を暗くしたいんだ」

受話器を置き、ホランは社長椅子に腰掛けた。心地良さそうな顔をして何度かその座り心地を楽しんでいた。
机の上にはたくさんの書類が積まれているが、ホランはそれに目もくれず右隣にある本棚へ椅子を転がした。
棚には洋書やら詩集やらが多数詰め込まれていた。大抵は買ったままで読まないままの本も結構ある。
ホランは、その中で目に付いた一冊の本を手に取った。パラパラとページをめくり、お目当てのページを見るとホランはほくそ笑んだ。

「これだ……」

ホランは本を持ったまま机の前へ戻った。これならば、計画も上手く行くはずだ。
ニヤリと微笑みながらクルッと椅子を回転させ、ホランはガラス窓の向こうに見える町並みを見下ろした。

「……ただでさえ忙しかったと言うのに、今日からより忙しくなってしまったな」

ホランは社長の顔から、以前オオカミ軍団のボス代理時代のような悪者の顔へと変貌していた。

挿絵











「ハイハイ、それじゃぁホワイト特製ビーフシチューまもなく到着~♪」
「わーい!」

スプーン片手に隊員達は運ばれてくるシチューの良い匂いに酔いしれていた。
今日は、夏休み真っ只中と言う事で本部でみんなでご飯を食べるのだ。

「ホワイトなのにあえてホワイトシチューにしなかったところがニクいですね」
「だってビーフシチューの方が美味しいじゃん」

たまにガサツな所もあるがやっぱりホワイトも男の子、いや女の子。
女子隊員が実家の旅行といった、何だかんだで彼女以外全員欠席していると言う珍事態だと言うのにお料理をちゃんとこなしているのだ。
男勝りなホワイトだが今日は男子ばかりのせいかずいぶんと輝いて見える。

「ねーホワイト。ご飯無いの?」
「え、隊長ってご飯とシチュー一緒に食べんの?」
「普通じゃないの?」
「ホワイト、レッドはグラタンと一緒にご飯を食べるような人種なんですよ」
「残念ながら今日はご飯は一切炊いてまっせ~ん。悪いけど単品でガマンして、隊長」

うな垂れるレッドを尻目にホワイトは次々と配膳済みのシチューを並べて行く。

「ねぇ、サトウのご飯とか買ってない? 麦とかは? ひえでもあわでも良いから……」

レッドを無視してホワイトはその隣のブルーの前に皿を置く。

「ハイ、ブルーくんもシチューね」
「う、美味そうっすねー」

次々と置いていくと、男子隊員も人の子。置かれるなりさっそくシチューを食べ始める。
「まずーい」「何ですってー」みたいなベタな展開も無く、普通に美味しい出来に隊長以外は満足

「ハイ、最後にグレーね」
「わーい。やったー!」

ホワイトはグレーの前に置いたはずが本人の色が全く違っているのに気付いた。
テカテカしているし水色だし何だしで……すぐエコだと気付く。

「一体何しに来てるんすか!」
「オレが来たって別にいいだろぉー。 良い匂いしてたんだしさぁ」

エコは、有無を言わさない勢いでスプーンを掴み、ガツガツとシチューを食べ始めた。相当、お腹が空いているらしい。
ホワイトはそこまで美味しそうにがっついてくれるエコを見るとさすがに邪険に扱えなかった。

「ぷはっ。おいしー。 お代わりある?」
「……あるけど」
「じゃ、ちょうだい!」

口の周りに付いたシチューを舐めながら水を飲んでいるエコ。この食いっぷりにホワイトもちょっとキュンと来る。

「ホワイト、今日はOFFレンの為の食事会じゃないんですか。エコは卑しくもオオカミ軍団ですよ」
「まぁまぁ。いっぱいあるからとっとと食わせて返しちゃえばいいんじゃない?」

ホワイトはそういってすぐさまお代わりを持ってエコの前に置いてやった。
またガツガツと食べ始めているエコにホワイトも満更ではなさそうだった。

「お、俺だっていっぱい食うっすよ!」

ブルーも負けじとシチューにがっついてお代わりを要求した。ホワイトも進んでお代わりをついでやる。
他の隊員も少しでも腹の足しにしようと急いで食べだした。良い光景だった。

「どうガーネット。美味しい?」
「美味いのだ! 俺は、和食が好きだ!」

ガーネットも微妙に勘違いしているが満足げだった。
ホワイトも少し照れながらエプロンを脱いで少なくなった皿をテーブルに持ってきて自分の分をついで食べ始めた。
後は勝手に男子隊員が自分でいれるのだ。こういう時はエコが妙に強気に隊員達に割り込んでいっぱいついで行く。

「エコはそんなにお腹減ってんの?」
「お、オレ、最近ずーっとおかゆだけだったから。先輩がダメだったけどOFFレンとこ来てラッキーだったなぁー」
「先輩って、タイガくん?」
「ホラン先輩だよ。ホラン先輩、いっつもオレにご馳走してくれるからさぁ、期待していったんだけど様子が変でダメになってさぁ」

ホランと言うワードが出てきたのでグリーンは青い顔をしてスプーンをシチューの中に落とした。

「も、もしかしたら、私の名前を呟いてませんでした?」
「グリーン。それじゃぁ普段とおんなじだって」
「んーと。何か、オレが挨拶しても全然返事してくれないし、何だかいつもの先輩じゃないみたいだったなー」
「解りましたよ! きっとホランはクローンを大量生産してそれで私をその中へと放り込もうと…!」

慌てふためくグリーンをよそにエコは皿の中にあった、ごろごろとしているジャガイモを食べてスプーンを置いた。
満腹げにお腹を抑えて気の抜けたようなのほほーんとした顔で至福の時を感じていた。

「あー。美味しかった。ご飯の無いカレーも美味しいんだねー」
「これシチューだってば」
「なんだ、どーりで辛くないと思った。でも、美味しかったよ。じゃーねー」

エコは食べるだけ食べたら椅子を降り、そそくさと帰って行った。こういうところは要領がいいのは何故だろう。
ちょうど同じ頃に隊員らも満腹になったらしく、カチャンカチャンとスプーンを皿の上に投げる音が連続して聞こえた。

「あ、鍋がからっぽ。みんな残さず食べて偉い! アタシも作った甲斐があったってもんよ」

ホワイトも今しがた食べ終えた食器を持って流しへと向った。男子らはそのままTVを付けようとしている。
手伝え!と言いたいところだったが、美味しそうに食べてくれたのでホワイトは大目に見る事にした。

「ホワイト、俺も手伝うっすよ」
「あ、そ」

しかし、ブルーだけは自発的に来てくれたのでホワイトはこき使う事にした。
皿洗いを彼にさせてホワイトは生ゴミなんかをまとめて処理機に入れるのだ。

「なんかさぁ、二人は夫婦みたいだねー」

麦茶を飲みに来たレッドがぽつんとそんな事を言った。
ホワイトは黙っていたがブルーは、

「や、辞めてくださいっすよ隊長! 美味かったから俺は手伝いしてただけなんっすからー」

と言うなり、ガチャンとブルーの手から飛び降りたお皿が地面で割れた。

「何やってんの、このバカ!」
「あ、ご、ごめんなさいっす! すぐ片付けます!」
「あーもう余計な事しないで。怪我したらまためんどくさいでしょうがホウキ持ってきて、早く」

リビングにあるミニホウキをブルーが急いで持ってきて、すぐさま割れた皿をかき集める。
ホワイトは既にゴミ袋を持ってきていて、皿をその中に入れさせた。

「大事なお皿をまったくブルーは。今度荷物持ちで買物付き合いなさいよ」
「は、はーい……」
「ハイは延ばさない!」
「はいっ!」

麦茶を飲み干してソファの方に戻ると、レッドは側にいたライトブルーにからかうような口調で言った。

「やっぱさぁ、あの二人お似合いだよねー」













翌日、ホワイトタイガーエンタープライズビルの玄関前でニヤーと笑っているエコがいた。
かと思えば急に真顔になり、またニヤーと笑う不信な表情をしていた。

「よし、カンペキ!」

開いた自動ドアを整った姿勢で歩きながら中へ入ったエコは、受付でホランがいる事を確認した。
そして、社長室の入室を許可してもらい、意気揚々とエコはエレベーターの中へと入った。

「ラーメンがいいかなぁ。あ、焼肉もいいなぁー。でもやっぱりエビピラフかなぁ……」

昨日もご馳走を食べたので今日もやっぱりご馳走を食べたい。そんな思いでエコはしっかりと手に持った切り札を見た。
これさえあれば昨日みたいに機嫌が悪かったホランでもすぐさま気をよくしてくれるに違いないのだ。
既にエコの脳内では、ご馳走に囲まれて満面の笑みを浮かべる自分の姿が映し出されていた。

チンと階に着く音がしてエコはビシッと背筋をのばしてドアの前になった。
ドアが開くと誰もいない廊下だとしてもキビキビと手足を交互に出して歩き出す。

「あれ?」

歩き出してすぐにエコは社長室へと続く通路の異変に気付いた。
いつもここには赤い絨毯が引かれ、両側にはグリーン関連の絵とかそんな物が飾られているのだ。
何かトラブルがあったのか一時期を境に多少グリーン関連の展示は最低限度の物にまで減少した物の、決してなくなることはなかった。
しかし、今日に限って紺色の絨毯がまっすぐ影のように伸びているだけで、非常に殺風景な光景になっていた。
グリーンのぐの字もそこには見当たらない。展示されていた絵や写真の跡がうっすらと日に焼けて残っている。

一瞬、違和感はあった物の、エコは特に気にするまでもないと思いすぐに奥に見える社長室へと向った。
トントンとノックしてドアを開け、元気良く挨拶をしようとしたエコの動きが止まった。

「……どうした」

社長室にはカーテンが引かれいつもの明るいはずの部屋が薄暗くなっていた。
デスクの上の淡いライトが不気味にホランの顔を照らしている。さすがにエコも部屋の中の変わりようには驚かざるを得なかった。

「あ、あぁ、えーぇと、こ、こんにちは。ホラン先輩。お邪魔します」
「……何の用だ」
「えーとえーと、ホラン先輩が帰ってきてるってボスから聞いて、会いたいなぁって思ったんです」
「……そうか」

ホランは不敵な笑みを浮かべて手にしていた書類に目を通し始めた。
エコは座れとも立っていろとも言われないのでどうすればいいのか解らずホランを困った目で見つめた。

「あのぉ……ホラン先輩。オレ待っててもいいですか?」
「何故だ? もうオレに会うと言う用件は済んだはずだろう」
「うぅ、ホラン先輩いじわるしないでください。オレ、今日先輩とご飯食べに行きたいんです」
「……あいにく今日は立て込んでいるんだ」

こちらを全く見ないままホランは応えた。しかし、エコは諦めるわけにもいかずホランの方へと歩み寄っていった。

「お、オレ、夜遅くても良いですよ。先輩とご飯食べられるんだったらいつまでも待ちますから」
「……だったら勝手に待っていると良い。オレはいくつもりは無いからな」

キツイ言い方をするホランにエコもどうすればいいのかますます困ってしまった。
機嫌が相変わらず悪いらしい。エコの経験上、ここはご機嫌をとるしかない。

「あ、そういえばホラン先輩。お部屋、模様替えしたんですか? ちょっと違いますよねー」
「キミには関係ないだろう」
「……あ、そうだ、ホラン先輩。この前オレ、麦茶と間違えて醤油飲んじゃったんですよー。面白くないですか?」
「まったく」

そっけない態度のホランにエコは気まずさがどんどん積もっていた。
いつもなら優しく応えてくれる先輩が、今日は言う言葉の一つ一つが冷気を吐いているようだった。

「えーとえーと、ホラン先輩、それ何の仕事ですか? オレにも教えてくださいよー」

エコはなおもホランに食いついていこうとしたが、ホランは机の隅に書類を投げた。
本当は内容が解るはずも無く、ホランとそこから話を広げていくつもりだったのだが。
しかし、一応見ておけば少しは話すキッカケが掴めそうなのでエコは書類を手に取った。

「……小さい字がいっぱいありますね。これ、なんて読むんですか?」
「どこの部分だ」
「えーとえーと……暗くてちょっと読めないです。ちょっと開けますねー」

エコは、ふと後ろのカーテンに手をかけた。暗い部屋にスッと光が差し込み始めた。

「やめろ!!」

その時ホランが突然立ち上がり開きかけたカーテンを布がちぎれそうなほど強く閉めた。
エコはそのホランの一連の行動に驚きとちょっとした動揺でオドオドとして書類を床に落とした。

「せ、先輩。す、すいません。お、オレちょっと暗かったから……」
「……帰れ」

ホランの黄色く鋭い目がエコをギロッと睨んだ。エコはただならぬホランの雰囲気にビクッとして後ずさった。

「ご、ごめんなさい。ホラン先輩。お、オレわざとじゃなかったんです」
「……帰れと言っているのが解らないのか」

いつものホランとは様子が違っていた。最近はすっかり影を潜めていた悪のホランの表情そのものだった。
全くその頃を知らないエコにとってはそんなホランが非常に怖く思えた。

「ほ、ホラン先輩。こ、これあげますから、ゆ、許してくださいよぉ……」

エコは持ってきていた写真をホランに差し出した。アジト中を探して見つけたOFFレンの写真だ。
だいぶ前にアジトに乗り込んできた時に撮られた物らしくグリーンがアップで映っている。

「ホラン先輩はグリーンが好きですから、オレ、たまたま見つけたんであげようかなぁーって思って」
「……フン、くだらん」

ホランは写真をチラと見ただけで臆する様子もなくそれを破り捨てた。グリーンの顔が中央から真っ二つに破られている。

「あぁっ! どうしたんですか先輩。あんなに好きだったじゃないですかぁ」
「……オレがコイツを?」

ホランは、心の底から嫌悪するような目付をした。エコは、頷くので精一杯だった。

「……もうこんなヤツは好きでも何でもない。何故あぁまで想っていたのか、本当に理解に苦しむ」
「ど、どうしたんですか。ケンカしちゃったんですか」
「……素晴らしい人に出会ってね。オレがいかに今までくだらない事をやっていたのか解ったんだ。これからはそのために計画を遂行させねば……」

そこまで言いかけてホランはギロとエコを見た。

「……もう無駄話は終わりだ。帰りたまえ」
「で、でも」

ホランはパチンと指を鳴らすとドアが開き黒ずくめの屈強そうなSP達が入ってきた。
エコに一言もいわせる間を与えずエコの両手両足、頭を掴み、社長室から出て行った。

一人きりになった暗い社長室の中でホランは椅子に腰を下ろした。
そして、完全に部屋が真っ暗になっている事を確認すると安堵の表情を浮かべた。


同じ頃、ホワイトタイガーエンタープライゼス社の前を悠々と歩いているホワイトと荷物を持ちながらフラフラと歩いているブルーがいた。

「ブルー、あれエコじゃない?」
「よく見えないっす……」

玄関の前にはうずくまって泣いているエコがいた。ホワイトが近づくとエコはそれに気付き、ごしごしと涙を拭いた。

「な、なんだよぉー。見せもんじゃないぞー」
「ホランくんの邪魔でもして怒られたとかしたんでしょ」

ホワイトがスパッと言い放つとエコの目がまたうるうるしてきてまた涙がこぼれた。

「ふぁぁぁぁん……!」
「あぁ、泣かない泣かない。今日ウチ流しそうめんするから一緒に来る?」

ホワイトがポンポンと頭を叩くとエコは泣きながら「焼肉がいいー!」と叫んだ。

「さっさと帰ろ。ブルー」

呆れて帰ろうとしたホワイトの尻尾をグイとエコの手が掴んだ。

「う、うぅ、し、仕方ないからそうめんでガマンしてやるよぉ……」
「何で泣きながら偉そうにしてんのよ」

その時、去っていくエコとホワイト達の姿をはるか上からホランは見下ろしていた。

「…………」












「なんだこれー! これにそうめんが流れんの!? うわぁー! お、オレが先食べていー!?」

その晩、ハイテンションでそばつゆと割り箸を持ってはしゃぎまくるエコに隊員らはあきれ返っていた。
確かに流しそうめんなんてそうそう家庭でやる物ではないからはしゃぐ気持ちもわかる。

「僕ねぇ、僕ねぇ、そうめん食べるときはずっと流しそうめんが良いって想ってたんだ! 早くやろ! 早くやろ!」

現に、レッドも相当はしゃいでいる。
こんなに喜ばれているならば、町内会のふくびきで数年前に当たって以来すっかり忘れていた流しそうめんセットも本望だろう。

「オレ、ここ! ここにする!」
「僕はこっちね! こっちー!」

隊員は、エコとレッドのコンビに微妙にエコとタイガの影が浮かぶ。どっちみちタイガもレッドも似た様な物だったが。
そろそろ始めようとすると下に大きな金ダライを置いてある場所に既にシェンナとクリームが陣取っている。絶好のポイントだ。

隊員は、適当に場所を決めるとそうめん流し係のブルーがチョロチョロと水を流し始めた。
一番高い所にいる向き合ったレッドとエコはその流れを真剣に見つめる。

「いくっすよー」

一玉、麺を流すとレッドの箸は華麗に麺を掴み損ねた。そして隊員達の間をどんどん下っていき
金ダライに落ちたそうめんをシェンナがさっと取ってずるずると食べた。

「そうめんですー」

一番手を逃して悔しそうな表情のエコとレッドは次に来る麺を待ち構えた。

「やぁっ!」

颯爽と流れてきた麺を今度はエコが狙った。すっと丁寧に箸を入れると麺は箸の上を撫でるように滑っていった。
そのまま麺はウォータースライダーを駆け下り金ダライのゴールへやって来た。次はクリームが取って食べた。

「……美味しいわね」

二度もミスした赤エコ二人は、キッとブルーを睨んだ。ブルーは空気を読み今度は二玉ずつ流した。

「たぁ!」
「ほっ!」

挿絵

レッドもエコも取り損ねたそうめんは、下流の隊員達が無事獲得しようやく味わえたそうめんの味に酔いしれていた。

「オレが悪者だからわざと取らさないようにしてるんだろー!」
「ブルー、ちょっと水の勢いが強いんじゃないの? 隊長命令だから弱めて。もっと平等にね。平等に」

めんどくさい二人が近くにいるなぁと思いながらブルーはコックを少し締め、水の勢いを少し弱くした。
次に流したそうめんはレッドが取った。羨ましげなエコの視線を満足そうにつゆに付け一気にすすった。

「……っくー! 日本の夏、そうめんの夏だね。これは」
「つ、次、オレ! オレが取るから誰も取るなよぉー!」

顔を竹に近づけ、尻尾を振りながらエコはそうめんを待ち構えた。
そんなエコにグリーンの野次が飛ぶ。

「あなたねぇ、昨日も勝手にウチでご飯食べてって今日も来てなんで我が物顔なんですか」
「あっ、取った! やったやった! オレがそうめん取ったぞー! へっへー♪」

エコもようやく最初の一口を口に運び優越感満々にグリーンを見た。少しムカついた。

「あなたねー!!」
「まぁまぁ、グリーン。なんかホランにまたおごってもらえなかったみたいなんだし良いじゃないの。単価も安いし」
「フン、どうせ想像がつきますよ。私とご飯が食べたいから嫌だとか言われたんでしょう」

その言葉にエコは哀れむような目でグリーンを見た。グリーンも急な哀れみの視線を向けられて戸惑ってしまう。

「な、なんですか」
「ホラン先輩、グリーン嫌いだって言ってたよ」
「は、い?」

グリーンは、エコの言っている言葉が解らずぽかーんとしながら首をかしげた。

「他に好きな人が出来たんだって。だからグリーン嫌いになったんだって」
「……何を言うかと思えば。ウソですね。あの男がそう簡単に諦めるはずがありません」
「えー、何? グリーン、ヤキモチ焼いてるの?」
「誰がですか誰が!」
「違うよ。本当に嫌いになったんだよ!」

エコは首を振って真剣な顔で言った。しかし、グリーンは疑いの目付をしているままだ。

「オレ、ホラン先輩にグリーンの写真をあげて機嫌直してもらおうと想ったんだけど、
写真をあげたらさぁ、ホラン先輩、びりびりって写真破ってぐしゃぐしゃにして足で踏みつけたんだ」

多少フィクションが混じっていたが、その話を聞くと一部の隊員の中にも信じる物が現れてきた。

「……いくら何でもウソでグリーンの写真を破るなんて出来ないよねホラン」
「グリーンがいつもいつも邪険にするからホランくんの中でグリーンへの愛情がいつからか恨みへと……」
「辞めてくださいよもう! どうせ何か企んでいるに決まっているんです。写真だって私を避けて破ったのかもしれませんよ」
「ううん、グリーンの顔の真ん中からびりーって破ってたよ」

エコの発言にもはや流しそうめんは置いていかれ竹の中にはただ水が流れているだけだった。
純愛一直線なホランにグリーンが振られたと言うのは今世紀最大のゴシップではなかろうか。

「ハンッ、写真の一枚くらい破った所でへでもないですよ。彼は」
「でも、以前グリーンが鼻かんだティッシュ。ゴミ箱の中に捨ててるのに勿体無いって持って帰った事あるよ」
「そんな事してたんですかあの人っ!」
「俺も見た。グリーンがトイレから出たすぐ後にホランが入って何か床に這いつくばって何かの毛を捜してたよ」
「なんですかそれはっ!」
「実は私も前に……ホラン君が深夜にグリーンの部屋から布団を持ち出して代わりに何か中で動いている別の布団を持ち込んでたのを見た事が……」
「もう辞めてくださいっ!」

グリーンは叫び声を上げながら頭をかきむしり始めた。
しかし、隊員はそれらの証言がますますホランの行動が真実である事の十分な証拠だと想っていた。

「解ったでしょ。グリーン。やっぱりフられちゃったんだよグリーンは」
「ついでに相当恨まれてるんだよ」
「私は信じませんよ! きっと何か企んでるんです! あの男はそう言うヤツですよ!」

グリーンはダラダラと汗をかきながら大きく悲痛な声で叫んだ。しかし、誰も真面目に聞こうとする者はいなかった。

「それだったら、明日オレと一緒にホラン先輩の会社行ってみようよ」
「あ、エコくんいい提案。自分の目で確かめればいいじゃない」
「……ヤですよ」

想わぬ提案にグリーンは半ば動揺しつつ、か細い声で言った。

「普通だったらさぁ、フられてバンザイ!なのになんかまだ疑ってるってねー?」
「失って初めて自分の気持ちに気付いたのね。グリーン」
「真実を知るのが怖いのは解るけど、ここは勇気を出すべきよ!」
「わかりましたよっ!!!!」

キャーキャー騒ぐ女子達の様子にグリーンはついに堪忍袋の緒が切れ、大声で怒鳴り散らし始めた。

「解りましたよ。明日、エコと言ってくれば良いんでしょう!そこでウソを暴いてやりますよ!
仮に本当だったとしたら一発、いえ、五百発ぐらい殴って、長年にわたり私の精神を追い詰めた罪を償わせてやりますよ!!
それで良いんでしょう! それで文句がないんでしょうが! えぇっ!?」

グリーンは興奮のあまり鼻息が荒かった。しーんとしている本部内には、水の音だけが響いていた。

「……あの、そろそろもっかいそうめん流していいっすか?」











「調子はどうだ……影猫よ」

薄暗いBC団のアジトにやってきた影猫はウィックに出会うとすぐに跪くと、不敵な笑みを見せた。
それは自分の計画が順調に進んでいることの証明に他ならなかった。

「ハッ、ご安心くださいウィック様。素晴らしい計画を思いつき、ただ今下準備を行っている所です」
「ほう……どんな計画なんだ?」

影猫は、そう言われても何か含みのありげに微笑むだけで首を振った。

「申し訳ありませんが今はまだ。後のお楽しみと言う事で楽しみにお待ちいただけると有り難いですね」
「……良いだろう。そう言うからにはよほど成功の確信があるわけだろうからな。影猫」
「無論です。一応、明日にその小規模な予行演習を行いますので、その成果をお見せすれば一目瞭然でしょう」

影猫の黄色い瞳がキラと怪しく光った。ウィックは満足そうに小さく頷いた。

「……それならば期待させてもらおう。お前ならばやってくれそうだと思っているぞ」
「ありがたきお言葉。私がブラックキャット団改造猫として生まれ変れたのも全てはウィック様のお陰……感謝しております」
「そうか。では、楽しみにしているぞ影猫」

ウィックはそう言って闇へと消えていったが、影猫はその場でただ名残惜しそうに我が首領の幻影を眺めていた。

「…………」

その光景を物陰から見ていた虎猫は、苛立ちの余りカリッと小さく歯軋りをした。
前までウィックから最も期待されていた改造猫は自分であったはずなのに、今はあんな新入りにウィック様は期待を寄せているのだ。
虎猫の心の中では影猫への嫉妬が風船の様にどんどん大きく膨れ上がっていた。









「どうしたんだよー。早くしてよー」
「解ってるんです! 解ってるんです! で、でも、何だか足に子泣きじじいでも捕まっているかのような……っ!」

開いたり閉じたりを繰り返している自動ドアの前でグリーンの足は大きく開いたまま微動だにしなかった。
既に中に入っているエコは、既に受け付けも済ませていると言うのに動かないグリーンにしびれを切らしていた。

「くぉぉぉぉ……! 動け私の足! 動けっ! 動けったらぁっ!」
「早くしないとホラン先輩、また機嫌悪くするかもしれないじゃないかぁー!」

エコが手を掴んでグイと引っ張るとようやくグリーンは社内に足を踏み入れた。
入ってしまえばもう体も全てを投げ出したのかスムーズに体は動くようになった。
エレベーターに乗るとそわそわしながらエコに話しかけるもぼけーっとしていて聞いていなかった。

「さ、行くよー」

階につき、ドアが開くとグリーンはすぐさま廊下の異変に気付いた。
いつものパァァと明るいはずの廊下が全体的に暗いトーンとなっている。

「ホラ、オレが言ったとおりだろー。グリーンの無くなってるし」
「……た、確かに」

グリーンは目の前に見せられた従来と180度違うこの光景に何だか不安を覚えた。
それはどんどん社長室の扉に近づいていくにつれ大きくなっていった。まるで暗闇の中へと進んでいっているかのようだ。

「……だから言っているだろう。そんな事はオレの知ったことではない。訴える? フン、勝手に訴えるが良い」

社長室の扉を開く前に先に携帯を片手に忙しげなホランが廊下へ現れた。
グリーンはいつものホランと変わらない印象を受けたが確かに雰囲気が冷たいようにも思えた。

「その変わりおたくの会社には二度と仕事が行かないと思いますがよろしいですね。脅迫? 人聞きの悪い。
おたくがいかに酷い会社か私の知人達に事細かく報告してあげるだけですよ……そうですか。やってくれますか。ではこれで」

電話を切りながらホランはグリーンをチラと見もせずそこに誰もいないかのように通り過ぎていった。
その一瞬がグリーンにとって何だか何度もリプレイされながら次第に残像は後方へと消えていった。

「ほ、ホラン先輩! 」

エコが慌てて声をかけるとめんどくさそうにホランは振り返った。その時やっとホランとグリーンは目を合わせた。
しかし、グリーンを見てもホランは顔色一つ変えずに冷たい目をしていた。いつもの宝石の様な輝く目ではなかった。

「……あ、あの、お久しぶりです……なんか久しぶりすぎて恥ずかしいですね。てへ」

グリーンは何となく自分ができる精一杯の可愛い仕草をやってみた。
とっさに出たその仕草が舌をペロッと出して首をかしげると言う物だった。グリーンは本当に恥ずかしくなってきた。

「今日は何の用だ」

うんざりしている様にこれまた冷たい口調でホランは言った。
グリーンはホランが何の反応も示そうとしなかった事に驚くのと同時に、誰もグリーンの仕草をスルーしていることが何だか辛くなってきた。
とりあえずグリーンは話題を変えるとともに、リトマスとして軽くジャブを打ってみる事にした。

「も、もう。ホラン、冷たいじゃないですか! 私とあなたの仲でしょう? せっかくだから今日は一緒にデートしてあげましょうか?」
「冗談は辞めてくれないか。不愉快だ」
「そんな冷たいじゃないですかー」
「キミにはもう興味は無い。キミと一緒にデートするなど考えるだけで反吐が出る」
「なっ……」

今までホランにこんな辛辣な言葉を浴びせられたことの無いグリーンはとてつもないショックを受けた。
いつも優しい人に急に怒鳴られたときの様な、そんな油断しきった隙にそこを突き刺されるかのような……。

「いっ、いつもいつも、あんなに好きだ好きだ言ってたくせに! なんですか! 人をもてあそぶのもいい加減にしてくださいよ!」

グリーンは、「からかうのもいい加減に」と言うはずが、何故か「人をもてあそぶのも」と言ってしまった。
これではまるで自分もホランの事が好きだったみたいではないか。と気付いたのは言い終えた後からだった。

「他に素晴らしい人と出会っただけだ。その結果キミがどれだけくだらない人物だったか解ってしまい。今度はオレの方が迷惑だ」
「なっ、なにおう!」
「あの人はオレを変えてくれたんだ……そして全てあの人の為に全てを投げ打ちたい……だが、キミにはもうその価値は無いというだけだ」
「ふっ、ふざklgdsvfdkfrh!!!!!!!!」

グリーンは言葉にならない叫びをあげながらホランに飛び掛った。もう完全にブチ切れていた。
今まであれだけ精神を病みそうなほど自分にまとわりついてきて、なおかつストーカーまがいの行動までしておきながら
急に他人に乗り換えて、一方的に拒絶し、勝手なことをベラベラと述べまくったあげく、こちらに全くその気は無かったと言うのに、
いつまでも未練がましい元彼を嫌悪するかのようなホランの態度が非常に腹立たしかった。

「あんたって人はあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

ブンブンとホランを揺さぶりながら頭突きを食らわせるグリーンの常軌を逸した行動に、
見ているエコも、どうすれば良いのか解らず、先輩、先輩と慌てふためきながらジタバタとしていた。
と、急にグリーンの体が宙に浮かんだ。かと思えば地面に叩きつけられた。

「ぐぇっ!」
「………………」

地面に伏せったグリーンの上にホランが圧し掛かりグッと首を掴んだ。首筋に鋭いホランの爪が光る。

「…………いい加減にしてもらおうか……これ以上オレの邪魔をするなら」

ホランは相変わらず冷たい声でグリーンの喉元に爪の先を向ける。
警察官に取り押さえられた凶悪犯の様な体勢のグリーンは、蛙の様な声で「ご、ごえんなざい……」と呟いた。

「二度とオレの前には現れるな。もし現れたときは……解っているな」

ホランはそう言うと立ち上がってホコリを払い、そのままエレベーターへと向った。
エコは今度こそ夕飯をご馳走してもらう気でいたのにホランの雰囲気に圧倒されてしばらく動けなかった。

「…………」

身も心(?)も傷ついたグリーンも、床にボロ雑巾の様に倒れたまましばらく動けなかった。
あぁも人のと言う物は変わってしまうのか、グリーンの中にちょっとした淋しさが募った。













その晩、赤飯を美味しそうにほうばるエコの横で茶碗と箸を持ったままぼーっと宙を見ているグリーンに隊員達の視線は集まっていた。
まるで魂のぬけがらの様に動かないかと思えば、時々口がぱくぱくと動いた。

「ブルー、あんた何か慰めてあげなさいよ」
「お、俺っすか!?」
「あんたしかないないでしょ。適任なのは」

ホワイトに言われて隣のブルーはツンツンと箸の先でグリーンを突いてみた。
だが、それはグリーンの脳には何の感覚も与えなかったらしくグリーンは微動だにしなかった。

「もしかして、グリーン本当はホランの事好きだったんじゃないのかな」
「いや、きっと今までのホランに対する緊張が一気に解けた事によるふぬけの状態だね」
「……もぉ、私には何がなんだかさっぱりピーマンです」

その時、本部に帰ってきてようやくグリーンは口を開いた。
だがその言葉は誰に向けたものでもなく、まだなんとなく宙をさまよっている様な感じだった。

「……ホランが私に二度と姿を見せるなとゆいました。私ってそんなヤな奴でしょうか……」
「そんな事ないよ。ね、ピンク」
「そう。グリーンは立派だよ」
「……あんないい加減なヤツに少しでも好かれる要素があった私って一体何なんでしょか……私って危険分子なんでしゅか……」
「グリーンは良い人だよ。ね、目にも優しい色してるし」

色々とフォローはしてみたがグリーンは相変わらずぼーっと宙を見つめているだけだった。
取り付く島の無いグリーンに隊員達も困っていると、箸と茶碗を置きグリーンはのっそり立ち上がった。

「……ちょっと寝てきます。一人にしてください」

そう言ってグリーンは部屋から出て行った。誰も言葉を発しないこの部屋の中でエコが赤飯をかきこむ音だけがこだまする。

「おかわりー」

ホワイトは向かいのブルーに目を配ってエコの茶碗にお代わりを入れさせた。
エコのぼけた発言のおかげで隊員達はちびちびと食事を再開し始めた。しかし、まだ多少グリーンのあの様子が影を落としているのが解る。

「結局は、すてきな片想いだったんだね」
「どうも、エコの話だとホランは別な恋人に乗り換えたようですが……それって大丈夫なんでしょうか」
「それどういうこと?」

クリームの一言にホワイトが食いついた。クリームは机の下から文庫本を取り出しパラパラとページをめくりだした。

「私が今読んでる本ですが、『カルト宗教の恐怖~私はこうしてマインドコントロールにかけられた~7』の125頁め……」
「それ7まで出てたんだ……」
「どうも、資金援助を目論んで会社の社長等を中心にこう言う危ない団体が近づく事ってあるらしいんですよね。もしかしたらホランもカルトの手先に」

以前の諸々の出来事をキッカケにだいぶカルトから遠ざかった物の、確かに経験者もおり、その恐怖も知る以上可能性は高かった。

「エコくん。ホランは、自分を変えてくれた人だと言ったんですね?」
「うん、そう言ったよ。あと、おかわりー」
「でしたら自己啓発関係から入った可能性が高そうですね……」

真剣に考え込むイエローの姿に他の隊員もホランのカルト入りと言う疑惑に僅かな確信を持ち始めていた。

「変に地位が高い分、もしかしたら我々も巻き込まれるかもしれませんね。早めに手を打ったほうがいいでしょう」

クリームがそう言うと、ホワイトは思い切った様に立ち上がってピンと親指を立てた。

「じゃぁ、アタシに任せて。明日用事何も無いし、ブルーと見張るから」
「えっ、なんで俺もなんすか!?」
「おかわりー」
「いいじゃん。アタシなんか最近、体がナマってきてるしー。それに刑事みたいでカッコイイし!」
「……や、俺は別にそうは思わないんでー」
「来、な、さ、い」
「わ、わかりましたっす!」

ホワイトに睨まれるとブルーは条件反射のように苦笑いしながらコクコクと頷きだした。
自分にこんな習性が身についてしまったのが悲しい。

「おかわりぃー」
「仮にカルトっぽい場所へ入っていったとしても中に侵入したらダメですよ。良いですね」
「OKOK。任せてよ。アタシもバカじゃないから。それに良い考えもあるし?」
「おかわりぃぃー!」

ホワイトは尾行や張り込みが待ち遠しいのかニヤニヤしながら赤飯と卵スープに箸をつけ始めた。
ブルーは嬉しいやら悲しいやらでさっきよりもだいぶペースの落ちた食事を始めた。

「もー! オレ、おかわりって言ってるのにー!」

















「社長はただいま会議中ですが」
「解りました。どうも」

翌日、ホランの在社を確認すると、帽子を目深に被りサングラスをかけたホワイトとブルーは外へ出て目の前の花屋へと入った。

「いらっしゃいませー」
「あそこの社長さん、最近何処かへ出て行っている様子は無いですか」
「は?」

店に来るなり挙動不審な様子でいきなり変な事を聞いてきた客の言葉に店員はあからさまに警戒の色を見せた。
後ろから申し訳なさそうにブルーがぺこぺこと謝っていたのが余計怪しかった。

「……実はあそこの社長さんを単独捜査中なんです」
「えっ、そうなんですか。あの人が……なんだかハードボイルドな感じですね!」

店員は何故か一転して好奇心旺盛な素振りを見せ始めた。
そこからは協力的に色々と詳しいことを話してくれた。ホランはここ数日12時ごろからいつも一人でどこかへ出かけていると言うこと。
いつもは外出の再に黒塗りの車に乗って出かけているはずが、何故か一人だけで出かけているので気になっていたと言う。

「やっぱり……これはますますカルト臭がしてきたわね。ブルー」
「そ、そうっすかね」
「あの、もしかして社長さんってアンダーグラウンドな方とのお付き合いも多いんでしょうか。私、消されたりしませんよね」

不安な言い方をしていたが店員さんはさらに期待している様にキラキラした目でホワイトを見ていた。
ホワイトは壁に掛かっている時計を見た。例の12時まであと15分ほどだった。そこで二人はさりげなく花屋の外へ出て花を見るフリをはじめた。

「あの、私は何をすればいいんでしょうか」
「店員さんは、社長が出てきたらこっそり教えてください。くれぐれも普通の素振りで」
「は、はい!」

店員さんはヘンに意識してキョロキョロと怪しい動きで花を整理していたが、
ホワイトはブルーと一緒にとにかく花を見て回った。小さいヒマワリが売れ筋なのか眩しい黄色がよく目に入ってきた。

「アタシも花ぐらいくれる彼氏いたらねぇ~」
「そ、そうっすね」

少しだけ女を見せたホワイトの横顔にブルーは良い様の無い動揺を覚えた。

「お、俺、ホワイトが欲しいんだったら……」
「あっ、来た! ブルー! 来たみたいよ」

そっと振り向いたホワイトは玄関からサングラスをかけて出てきたホランの姿が目に入った。
キョロキョロと人目を気にしている様子は怪しさバツグンだった。

「ホランせんぱぁーい! おはようございまーす!」

いつの間に待ち伏せていたのかホランの前に飛び出したエコ。
しかし、適当に軽くかわされ、なおも付いていっているとホランに何か言われたのか肩を落としてその場に立ち続けていた。

「……いくよ。ブルー」
「あっ、は、はいっす」

急いでホワイトはエコの元へ向った。エコは暗い顔で「……ホラン先輩にもう来るなって言われた」と言った。

「……ホラン、どこに行くか言ってた?」
「うぅん。オレも聞いたけど教えてくれなかった」
「じゃ、エコは、ここの辺で様子を探ってて。で、アタシ達は尾行ね」
「わかった!」

ホワイトはポケットの中からニット帽とサングラスを取り出しエコに付けさせた。
エコは気合十分だったが、絶対尾行中に何かしでかしそうな予感がしていたのでそのつもりの命令だった。

二人は電信柱や看板などに隠れながらこっそりとホランを追う。思った以上に尾行は簡単だった。
なぜならばホランは大通りではなく物がごちゃごちゃして隠れるところがたくさんある路地裏を歩いていくからだ。
曲がり角が多いので、チマチマとする必要が無く角を曲がればすぐにそこまで走っていける。
ホランも慣れてしまっているのか、辺りを気にしている様子もなく実にスムーズな尾行ができた。

「怪しさ100%ね……」
「そ、そうっすねぇ」

だが、交差点を曲がったホランを二人が追った時、そこにホランの姿は無かった。
ホワイトやブルーが辺りを駆け回って探して見るがホランの姿はやはりどこにも見つからなかった。

「俺らの尾行がバレたんすかねぇ」
「まだわかんない」

小さなビルが多数並んでいる地域なので、どこかに入った可能性も考えられるがさすがに一つ一つ見に行くわけには行かない。
二人はホランを見失った辺りのビルの一階部分にある喫茶店に入り、通路に面した一番奥の席に座った。
ホワイトは入るなりチョコパフェと水を注文した。当然、水はブルー用である。

「ホランくんがどっかから出てきたりしたらすぐに知らせるのよ」

チョコパフェが運ばれると、ホワイトはチビチビと水を飲んでいるブルーにそう言い、スプーンでパフェをつつき始めた。
外は、雲がチラホラと見えるくらいの良い天気で、見通しもよかった。ブルーはすぐに水を飲み干してしまい、テーブルの上のポットからまた水を注いだ。

「屈め!」
「え?」

突然、ホワイトがスプーンをテーブルに落として窓から見えぬ位置までかがんだ。
注いだばかりの水をゴクリと飲んだブルーは唐突なホワイトの言葉に行動が追いつかない。

「か・が・め!」
「あ、は、はいっす!」

ようやくブルーが腰をかがめて、ホワイトを見た。窓の下から少しだけ顔を出して外を覗いている。
ブルーも同じようにして通りの方をみてみると、ホランではなく、そこをうろついていたのは虎猫だった。
辺りを窺って、誰かを探しているような素振りだ。そのままあの改造猫が通り過ぎて行くとブルーの足をホワイトがつつく。

「追うよ」
「え?」
「追うの!」

ホランを探すつもりが、何故虎猫を追うのか、ブルーはとんと見当が付かなかった。
しかし、さっさとホワイトが代金を払って店を出て行くのですぐにブルーも後へ続く。
虎猫は黙々と通りを歩いていた。二人は先ほどと同じようにして尾行する。

「あの、ホランはどうするんすか?」
「……ちょっとした推理なんだけどね」

ホワイトは、小走りして電柱から出、次に大きなポリバケツの影に隠れた。ブルーも隠れる。

「ホランくん、カルトじゃなくてもしかしたら……」
「もしかしたら何すか?」

通りを覗くと虎猫が路地裏へ入っていったので、二人は側まで走り寄り、そっと中を覗く。
L字になっているらしく、虎猫が右側の通路へ消えていく姿が見える。

「やっと見つけたぜ、影猫」

壁づたいにゆっくりゆっくり音を立てぬように二人が追いかけていくと虎猫の物ではない声が聞こえてきた。

「……何の用だ虎猫」

何となくどこかで聞いたような声だとホワイトは思った。
恐る恐る覗き込んで見る。体中に縞模様の入った黄色い瞳の青い猫だった。その影猫の姿にホワイトはあっと声をあげそうになった。
ホランに非常に似ていたのだった。しかも、さきほどここにやってきていたのはホランだ……偶然にしては出来すぎている。

「何か勝手に動いているようだからオレ様がじきじきに忠告しに来てやったのさ」
「ふぅん。このオレに忠告されに来たのではないのか」
「その口を八つ裂きにしてやってもいいんだぞ……」
「八つ裂きにするのはオレではなく、OFFレンだろう?」

ホワイトとブルーはドキッとして、唾を飲み込んだ。その音が体中に響いて向こうにも届いているのではないかと思われた。

「もう良いかな。これはオレ個人の計画だ。ウィック様にも詳しい事を内密にしているほどね」
「待てよ。オイ!」
「こう見えて、オレは忙しいんだ。失礼する」

虎猫が叫びながら呼び止めるのも聞かずに、影猫はどこかへ、スッと消えていった。
ホワイトとブルーは顔を見合わせた。まさかタイガに続きホランまでもがBC団の手先になっていたとは。
いや、まだ可能性の段階だ。だが、限りなく100%に近い可能性だ。二人はそっと後ずさりを始める。

「誰だ!」

ピクッと耳を動かして虎猫がこちらに気付いたらしく振り返った。
ホワイトは勢い余って派手に転んだ。虎猫の足音が早くなってくる。

「ホワイト!」

ブルーはホワイトに覆いかぶさるようになりながら入れておいた転送装置のスイッチを入れた。
二人が転送された後、歩道へと飛び出した虎猫は辺りを窺いながらさっきの気配を感じ取っていた。
野生の血が彼にその気配、匂い、色々な物からそれが誰のものであるか答えを出させた。

「……OFFレンジャー!」














「なななななななななな、なぁんですって!!!」

ベッドで伏せっていたグリーンはホワイトとブルーからの報告を聞くなり驚いて天井まで飛び上がった。
もちろん、天井まで飛び上がったと言うのは大げさな表現ではなく事実だ。

「……そういうことならば話は早い。ホランの様子が急変したのも、彼の言葉の意味も辻褄が合います」
「しかも、ホランがいなくなった辺りのビルにある、ゴールドショップの品物が大量に盗まれてたんすよ」
「むむむ……」

グリーンは歯をガリガリと鳴らしながら、だんだんと目付が鋭くなっていった。怨みの炎が燃え上がり始めたのだ。

「今頃、会社にいるはずよ。計画とやらを実行される前にすぐさま潰すべき!」
「レッド、行きましょう」
「ごめん。僕、ちょっと用事があるからパス」
「まぁ、良いでしょう。では、他の方々。参りましょう!」

グリーンは布団を投げ飛ばして数分前とは打って変わって元気満々と言う様子でベッドから飛び降りた。

「私も行きます。全てがハッキリした以上、BC団の手先に成り下がったホランをこの際ボコボコさんにしてやりますよ!」
「それじゃぁOFFレンジャー出動だ!」

武器を万全に調え、皆は一斉に転送装置のスイッチを入れ、ホランの会社へと向った。
玄関前に転送されたOFFレン達は、こそこそと茂みの中に隠れているエコに出会った。

「エコ、どう? ホランは」
「あ、お、オレここで隠れて見れたら、ちょっと前にホラン先輩が何か大きい箱を持って入って行ったよ」
「それならば、今ですね!」

ホランが帰っているのが解ると、ぴょんと石段の上にグリーンは飛び乗ってビシッと自動ドアを指差した。

「皆さん、行きますよ!」
「オーー!」

エコと隊員達が一気に突っ込んでくるとロビーに配置されたSP達が異変に気付き、皆の前を立ちふさいだ。

「お待ちください。社長室には、今、誰も入れるなと言われております!」
「その社長は何をやっているのですか!」
「それは私達には知らせられておりません。ですが、これは社長のご命令です!」
「ええい、しゃらくせえ! 皆さん、こうなりゃ強行突破ですよ!」

何故か必要以上にイキイキと隊長らしくしているグリーンは先頭に立ち、SPの間をすり抜けていった。
ロビーの中で隊員とSPらのもみ合いが始まった。一部の隊員達がSPに取り押さえられている。
しかし、何とかその隙にエコやレッドなど数名がエレベーターへと乗り込む事が出来た。

他のSPらがエレベーターへと向ってきた時、済んでの所でドアは閉まった。
エレベーター内は静かだった。上に上がっていくごとに鼓動も高まっていく。大ボスに会いに行くかのようだ。

「全く、BC団に洗脳されようが何だろうが、あの人の想いってヤツもいい加減ですよ。ホント」

ぽつんと独り言の様にグリーンは言った。

「淋しいの?グリーン」
「違います。結局、アイツの思いとやらはそんなもんだったんだなと皮肉を言ってるんです」
「ねーホラン先輩結局どうなったのさー」
「シッ、着きますよ」

チンと、到着の音がして隊員達は息を呑んだ。いつも以上にゆっくりとドアが開いた気がした。
OFFレン達は、一歩一歩踏みしめるように扉へと向っていく。その間に武器をしっかり取り出しておく。
扉が目の前に、いつも以上に大きく現れている。グリーンは、後ろを振り向き、隊員達の頷きを確認した。

「いきますよっ!」

バン!と扉を開け隊員達は真っ暗な社長室の中へと飛び込んだ。
初めて見た社長室の異様な光景にグリーンは受話器を手にしているホランの姿を捉えるのに手間取ってしまった。
この嫌な冷気が漂う部屋の中で、ただ一つの社机の上のスタンドの光にホランの顔は不気味に照らされていた。

「……あぁ、今来たようだ」

受付からの物らしい電話を切ると、ホランは冷たい瞳をまっすぐグリーンに向けた。
それはいつものボケボケとしたホランとは確実に違っていた。

「随分と早く来ってしまったようだね……昨日グリーンが来た辺りからなんとなく嫌な予感はしていたんだが……」

椅子から立ち上がりホランは、ゆっくりと余裕を見せた素振りで歩きグリーン達の前に立った。

「ホラン! あなたって人は一体何を企んでいるんですか」

レーザーのトリガーに指をかけ、グリーンはいつでも撃てるよう準備をした。ホランの口からチラと見えた牙が光る。

「フフ、そうか。そんなに知りたいかい、グリーン。キミはまだオレの事が気になるようだね」
「そ、そんな訳ないでしょうが!」
「まぁ、良い。キミ達が遅く来てくれたお陰で準備は整っている。それには礼を言わせて貰うよ。グリーン」

ホランはニヤリと嫌な笑みを浮かべた。

「……それでは、キミに見せてあげよう」

グリーンは銃口をホランに向ける。レッド達も武器を取り出しホランに駆け出す。
その時、ホランはパチンと指を鳴らした──。











「ハッピーバースデーグリーーーーーーーーーーーーーーーーーン!」








パッと電気が付いた瞬間、四方八方の金色の巨大クラッカーから飛び出した紙テープが、グリーンたちにバッサリと覆い被さった。
部屋中に「HAPPY BIRTHDAY GREEN」と書かれた垂れ幕やら折り紙で出来たワッカやらがいたるところに飾り付けられている。

「……へ?」

何が何だか解らないグリーンは、赤い顔を恥ずかしそうに隠してもじもじしているホランを見た。
ホランはもごもごと何か言いたげな素振りをしていたがやはり恥ずかしいのか「あぁっ♪」と焦れていた。

「わー、ご馳走がいっぱいだぁー」

ひょっこりと顔を出したエコが左横の一メートルほどあるどでかいケーキや、和洋中取り揃えた豪華料理たちを嬉しそうに眺めていた。
テーブルの真ん中に、なにやらでっかい氷の塊が七色の光を放つ台に乗せられて回転している。よく見るとグリーンの形をしていた。

「……な、なんですか、こりは……」
「や、やだなぁグリーン。オレの愛するキミの誕生日パーティーじゃないかっ♪」
「は、はひ……?」

グリーンの脳みそは完全にオーバーヒートしてしまい、耳からぷすぷすと煙が出ていた。
後ろの隊員も口をぽっかりと開けたまま、ただただ唖然としている。

「遅れた分、今年の誕生日は驚かせてあげようと想ってね。色々と本を見たりして、よりキミを喜ばせる方法を考えていたんだが、
ホラ、よく言うだろう。一旦距離を置くと人はますますその人の事が気になって気になってしかたがないって言う!」
「ほぇ?」
「キミが悲しくて悲しくて、オレの事がいつも以上に好きで好きでたまらなくなる頃を見計らって連れて来るつもりだったんだが、
なかなか辛かったよ。グリーン。キミに愛してるって言えない事がこれほど辛い事だったなんてっ! どれだけ興奮を抑え切れなかったことかっ!」

ホランはグッと拳を握り締め、赤い顔をさらに真っ赤にさせながら目を輝かせた。それはいつものホランだった。

「あまりにもストレスが溜まってイライラしてたせいで、ずいぶんとアチコチに迷惑をかけた。
エコ、キミにも辛く当たってすまなかったね。お詫びにオレがいる間はいつでも好きな物を食べに行こうじゃないか」
「わぁー、ホラン先輩、ありがとうございまーす」
「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃ、じゃぁ、人目を忍んで出かけていっていたのは何なのよ!」

ホワイトはまだホランがBC団に改造されておりこれはそれを誤魔化す為の物ではないかと疑っていた。
しかし、ホランは「なんだそんなこと」と言いたげな様子で言った。

「あぁ、あの後ろの妙な気配はキミ達だったのか。あれは、グリーンへのプレゼントを取りに行ったんだよ」
「ここ数日ずっとプレゼントを取りに行くわけ?」
「……いや、完成したのは今日というべきかな」

ホランはいそいそと部屋の隅に置かれた大きな箱を引っ張り出して来た。
グリーンはその箱を見ただけで嫌な予感がした。

「数日前に、会社に来た男がいてね。それがリアルドールの制作会社の社員だったんだよ。以前、別な所でグリーンのリアルドールを作った事があって、
そこの紹介らしいんだが、ここがなかなか良い会社でね。製作現場を見せてもらって即決したんだ」

ホランは、ウキウキしている様子で箱を開けると中からホランが出てきた。
人形なのだがじっとしていれば見分けが付かないほど精巧に出来ていた。グリーンは思わずぎゃ!と悲鳴を上げてのけぞった。

「実に良く出来ているだろう? 長い時間をかけてオレのデータを取って、相当こだわった品だからね。
も、もちろん……グリーンが、す、好きにできるように……ちゃ、ちゃんと、あ、あれ……もっ……あぁっ、恥ずかしいっ☆」

一人悶えているホランに、隊員はどうすればいいのか解らず、やはりただただ立ち尽くすしかない。

「で、では、ブラックキャット団の、改造猫になった訳ではないんですね……?」
「何の話だい? オレはキミへ冷たくする苦しみに耐えるだけで精一杯だったよ」

グリーンはだんだん状況が把握でき、さっきまでの緊張は解け、今度は逆の緊張が体中に張り巡らされてきた。

「安心してくれグリーン。他に好きな人が出来たというのはもちろん嘘だよ。キミにヤキモチを焼かせてみたかっただけなのさ」
「は、はぁ……」
「……フフ。でも、やっぱりオレのグリーンだね。オレが他の人に取られると思ってガマンできずにキミの方から強引にやってくるなんて♪」
「えっ、い、いや、違います! それは断じて違いますよ!」
「恥ずかしがらなくても良い。も、もう帰国してから、オレはっ、き、キミに、抱きつきたくて、抱つきたくて……が、ガマンできなかったんだ!」

先ほどの怪しい光は今のホランの目からは消え、突然、発情している猫のように息を荒くしながらギラギラとした目を向けグリーンの方へと歩み寄ってきた。
グリーンは、そんなホランの物凄い様子に逃げるつもりが腰が抜けてしまい、がたがたと震えながら後ろへと下がっていく。

「でも、こ、これでキミと、お、オレは、ど、堂々と、愛し合えるんだね」
「や、やめて……お、お願い……」
「グリーーーーーン!」

ホランはガバッとグリーンに向って飛びついてきた。飛びついてくるなりグリーンは悲鳴を上げながらぐるぐると回転していたが、
頬にちゅーと吸い付いているのに夢中なホランはそんな抵抗を物ともせずしっかりと抱きついていた。

「グリーン……♪……グリーン……♪」
「や、やめっ、やめてくださぁぁぁーい!」

BC団とは全く関係ない事が解ってブルー達は安心すると共にどっと疲れがでてきた。
全く、ホランは人騒がせにもほどがある。紛らわしすぎる。

「よぉし、俺らもせっかくだし料理いただくっすかね」
「そーね」

エコが既にフライドチキンを食べているのを見ていてお腹が空いて来た隊員達は、こうなればヤケ食いだといわんばかりに料理のテーブルに飛びついて行った。
チョコレートの滝なんかもあり、これにデザートをつけて食べる事も出来る。意味があるのかシャンパンタワーまであった。
後からボロボロになった残りの隊員達も駆けつけ、真実を知り同じように唖然とした後、食事にありついた。

「グリーン、愛してるよ……ずっとずっと愛してるよ、グリーン……♪」
「いやっ、お、お尻っ、お尻に、何かが当たってるんですけど! ちょっと!!」

結局、ほぼ料理を平らげたテーブル上に一つ残ったバースデーケーキを、一旦、開放されて身も心もボロボロになったグリーンが
ロウソクを弱弱しく吹き消したのはそれから2時間後の事だった。

「お誕生日おめでとーグリーン!」
「これからもホランを大切にね」
「やめてくださいってば!」
「グリーン、今晩はオレと二人で楽しい夜を過ごそうね……♪」
「結構ですっ!!」

盛大な誕生日祝いなのだが、やはりホランの手によっていつものような展開に持っていかれてしまっていた。
そうしてグリーンは、いつものホランに戻った事に安心したような、ガッカリしたような、非常に複雑な気持ちで誕生会は過ぎていくのだった。












──ホランが影猫では無いと言う事は、放っている影猫の方は着々と準備を進めて居ると言うことだった。
しかし、OFFレンはホランのインパクトのせいですっかりBC団が動いている事を忘れていたのだった。

「まもなく、オレの計画が始まる……」

あるビルの屋上ではるか下界を見下ろしている影猫は、自分の中の邪悪さを表情に表していた。
様々な家々、ビル群、木々、ここから見える物が作り出す様々な影。影猫は作戦の成功など他愛も無い事だと思った。

「……フン、ウィック様のお望みを叶えるのはこのオレだ」

ビルの下からそんな影猫を見上げている虎猫は、これからどうやって影猫より先に手柄を立てるか考えていた。
ハナから影猫に協力などする気は毛頭なかった。協力するフリをして、自分の企みを悟らせない様にするつもりだった。
都合の良い事にOFFレンは影猫の計画に気付いている。だが、虎猫の計画は虎猫しか知らないのだ。



暮れかかる尾布市の中で二匹の改造猫は、人々に、そして自分にも言い聞かせるかのように呟いた。


「……最も優れた改造猫は、このオレだ」