第99話
『影を追う先には -前編-』
(挿絵:イエロー隊員)
「影猫か……」
「ハイ、ウィック様。兼ねてから計画しておりました作戦の予行演習の成果をご覧いただきたいと思いまして」
ブラックキャット団のアジト。
一人佇むウィックの背後にフッと現れた改造猫、影猫は跪きながら答えた。
「……そうか。予行と言うだけにあまり過ぎた期待はしてはいないが、見せてもらおう。……虎猫、お前もな」
「そうですねウィック様。オレも是非、見てみようと思います」
ウィックの目線を追うと、壁にもたれながら立っている虎猫の姿を影猫は捕らえた。
敵意が体から滲み出ていながらそれをウィックの前だと言う事で隠そうとしているのが手に取るようにわかる。
今から虎猫がどれほど悔しがるか、そう考えるだけで影猫の自尊心は輝きを増すのだ。
「それでは、お見せしましょう」
影猫は虎猫を嘲笑するように一瞥し、立ち上がると、正面の壁に向けて両手を前にし、目を閉じた。
そして、何やら呪文らしき物を呟くと、壁に映っている影の中から真っ黒な箱の形が浮かび上がってきた。
それは次第にハッキリとした細かな凹凸が出来、それが金庫であると解るまでになった。
「ウィック様、どうぞご覧下さい」
金庫の横に立ち、影猫はウィックに向けてゆっくりと戸を開いた。
「これは……」
虎猫はウィックの目付が変わったのに真っ先に気付いた。
ゆっくりと金庫に近づいていくウィックは、屈みこむとそっと中に手を突っ込み、金の延べ棒を両手に掴んだ。
「ウィック様、偽物かもしれません!」
思わず、虎猫は叫んだ。当然、そんな事を言うのが無意味だと言うことは解っていた。
彼は取り出したその金を惚れ惚れするように眺め、頬ずりをした。口元が綻んでいた。
「素晴らしい……」
「お気に召されましたでしょうか」
金庫の中には、ぎっしりと金塊が詰まっている。あんな短時間でどうして大量に盗めたと言うのか。
虎猫は、確実にウィックの信頼が影猫へ傾いているのをひしひしと感じた。焦りと苛立ちで今にも影猫に掴みかかりそうだった。
「予行でこれだけとはな。正直言って、俺は貴様を見くびっていたようだ」
「ウィック様のご期待を遥かに超えたようで、オレも嬉しい限りです」
影猫は勝ち誇った笑みを虎猫に向けた。虎猫は目を逸らした。冷静にならなければならないと思った。
今はウィックの御前なのだ。それにウィックは自分は出世候補なのだとほのめかしてくれたのだ。虎猫は精一杯怒りを静めようとしていた。
「本日より、本格的に計画を始動させていただきます。もちろん、成果はこれらの金塊が小さく見えるほどになるでしょう」
「ほう……そこまで言い切るのならば、俺も相当な期待を貴様に寄せてもいいわけだな」
「ご安心ください。きっと、ウィック様もお喜びになられることでしょう」
影猫の不敵な笑みは自分の作戦の成功を確信した自信に満ちている物だった。
迷いや不安など微塵も感じられない、過信とも思える影猫の表情った。
「それなりの成果を出せば、影猫、貴様に褒美をやろう」
虎猫は、ウィックのその言葉を聞いた瞬間、全身の血の気が引いていくような感覚を覚えた。
影猫までが、いや、この瞬間から影猫だけが出世候補になってしまったのだ。鼓動が高まった。
その場から去っていくウィック。すれ違う時に虎猫の事を一目も見ようとはしなかった。絶望感が頭の中でぐるぐると回る……。
「言っただろう……? 誰が最も優れた改造猫か解るだろうとね」
虎猫に歩み寄り、影猫は囁いた。胸元に掴みかかって行ったが、すぐさまかわされてしまった。
その後何度も何度も指の一本でも触れてやろうと追い回したが結局、触れることは出来なかった。
「テメェ……!! 」
不敵に笑う影猫を睨みつけながら、虎猫はウィックの前でプライドをズタボロにされた怒りに震えていた。
遂に腕を交差して、虎獣に変身したが、影猫は眉一つ動かさず嘲笑するような目付で見、ニヤリと笑った。
「……せいぜい今の内にオレの前で地べたに這いつくばる時の練習をやっておくんだな」
せせら笑いながら、影猫は消えていった。もはや虎猫の中では怒りだけがフツフツと湧き上がっていた。
「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」
虎猫は叫びながら地面に何度も何度も爪を突き立てた。完全に怒りの感情だけをむき出しにした野獣と化していた。
絶対に影猫を許さない。幾度もそう繰り返している心の中は憎悪だけが渦巻いていた。
2008年、8月某日、12時10分前──。
この日もエコは帰国中のホランに夕飯を食べさせてもらうために社長室にやって来ていた。
クラシックがかかっている部屋の中で、ホランは一冊の本を読んでおり、エコは会話のキッカケとばかりに聞いてみた。
「ホラン先輩、何読んでるんですかー?」
「……リルケの詩集だよ。やっと全集が手に入ったんでね」
「へぇー? それ面白いんですか?」
ホランは本から目を上げ、フッと微笑みエコを見た。
「リルケの詩は繊細で、そして美しいんだ。よかったら、一つ読んであげようか」
「わー、ありがとうございまーす」

ホランはパラパラと白い指でページを撫でるように捲ると、一つ咳払いをしてから、詞を朗読し始めた。
何処にこの内部に対する
外部があるのだろう? どんな痛みのうえに
このような麻布があてられるのか?
この憂いなく
ひらいた薔薇の
内湖に映っているのは
どの空なのだろう? 見よ
どんなに薔薇が咲きこぼれ
ほぐれているかを ふるえる手さえ
それを散りこぼすことができないかのよう
薔薇にはほとんど自分が
支えきれないのだ その多くの花は
みちあふれ
内部の世界から
外部へとあふれでている
そして外部はますますみちて 圏を閉じ
ついに夏ぜんたいが 一つの部屋に
夢の中の一つの部屋になるのだ
ホランは優しげな声で一文字一文字を愛でるように読んでいた。彼の目は、まさに美と言う物に酔いしれている一人の男の目だった。
彼がパタンと詩集を閉じた音までが、ピリオドとして、その詩を一つの完全なる芸術作品に仕上げているかのようであった。
「『薔薇の内部』と言う詩だよ。神秘的で美しいバラが目の前に現れてくるようだろう?」
「えぇっと……お、オレ感動しました。凄いです。漢字とかもいっぱい使ってそうですよね」
「オレはね。美しいバラを見た時に、いつもこの詩を思い浮かべるんだよ」
「そ、そですかぁ」
正直何を言っているのかすら解らなかったエコだったが、ホランがあまりにもその本の素晴らしさに身を震わせていていたので、
エコはとりあえず当たり障りの無い事を言って誤魔化した。だが、ホランはエコが同意してくれる事でますます詩の世界に浸かっていた。
このままでは、ご飯を食べさせてもらうのが大いに遅れてしまう。
「リルケはね、バラのトゲに刺さって死んでしまったと言う逸話も残っているんだよ」
「へぇー。じゃぁ、その人ってすっごく小さいんですねー」
「リルケは象徴主義の詩人でね。これは、当時モネから始まった印象派のアンチテーゼとして生まれたんだが……」
「あ、いや、えっと、あの、ホラン先輩、そろそろお腹空いてきませんかー?」
エコの言葉に、ホランは卓上のデジタル時計を見た。12時5分前。いつもエコが来る時間だった。
「ん、もうそんな時間か。エコは時間が正確で偉いな。オレは時間に正確な人間が好きでね」
「もちろん! 時間を守るのはとーぜんですよ!」
実際はご飯を食べるために必要以上に時間に気を配っているだけで、いつも時間にルーズにも程があるのがエコだった。
ホランは早速、電話で車を呼ばせるとすぐさま出かける用意を始めた。と言っても毛並みや髪をクシでといて、
模様の欠けや滲みが無いか入念にチェックするぐらいの物だった。
外に出ると黒塗りに白虎の顔をモチーフにした社章のついた車がいつもの様に止まっていた。
内部はクーラーがキンキンに冷えていて、TVやら飲み物やらが完備していて、エコはこの車に乗るのが大好きだ。
「それじゃぁ、出発しよう。確か今日は寿司だったな。エコはどこがいいかい?」
「オレ、美味しかったらどこでもいいです」
地面から数センチ浮かんでそうな軽やかな足取りでエコが車に乗り込んで行くと、ホランもその後を追った。
「ん?」
車に乗ろうとした時、ホランは何だか違和感を覚えた。身体が一瞬痺れたような感覚……。
振り向いて見ると、ただこの尾布市で最も高いと言われる自社のビルが建っているだけだ。
「先輩、どうしたんですかー? 早く行きましょうよー」
「……あぁ、すまない」
しかし、すぐにその変な違和感も消えた為、ホランはさほど変に思わず車へ乗り込み、
そわそわ落ち着きの無いエコと共に寿司屋へ向った。時刻は12時だった。
その日はいつもの日と特に変わらなかった。涼しいクーラーの効いた部屋の中でいつもの様にTVを見たり、
ダベったり、おやつを食べたり……。一般人にとってはこの上なく平和なのだが、さすがにこんな生活も飽きが来る。
「しかし、ヒマですねー。こう暑いと悪者も夏バテするのかぐっと犯罪率が低下しますね」
「悪者なのに、情けないよね。ホント」
「きっとボスオオカミは、ウチワ片手に舌出して寝てますよ。ウィックはきっと汗疹だらけですね」
「ベビーパウダーとか買ってたりしてねー」
くだらない話に花が咲くのも退屈ならでは。このくだらない話がやっぱり一番退屈な時に盛り上がるのだ。
と、そろそろネタが尽きようとしたとき、いつものOFFレンの貴重な情報源テレビのニュースが流れた。
『では、次です。連日の株価下落が止まらず、今日の昼頃、民家に衝突しました』
当然ながら、OFFレンではどうしようも無いニュースが流れる日もある。
もちろん、全国ニュースは大抵期待できない。ここは全国用が終わった後のローカルニュースに限る。
『スタジオ変わって大阪のニュースです。尾布市で大規模な盗難事件が発生しました』
驚きのピンポイントぶりに隊員達も身を乗り出して、TVにかじりついた。
ニュースによるとほぼ同時刻に多数の家から金品が盗まれているとのことで、不思議な事に、
大勢集まっている宝石店の宝石たちが忽然となくなってしまったそうだ。
「これは、ただならぬ事件の予感がしますね。ただの人間の仕業じゃありません! OFFレン出動ですよ!」
「なんでグリーンが仕切ってるんすか」
「そうだよー。僕がいるのにさー」
ドアを開けて入ってきたのは、一匹の虎猫だった。とはいえ、BC団の虎猫ではない。
その正体はビーストズの夏ライブの練習から帰ってきたレッドで、ここ最近面倒でメイクも落とさず帰ってくるのだった。
「レッド、いつ帰ってきたんですかー。ってまたそのまま帰ってきてますね」
「めんどくさいんだもんー。ここ毎日だし、いかないって言うとみんなに泣きつかれるしさぁ」
「もう良いです良いです。レッドが帰ってきたことですし、ここはサクサクっと謎の連続盗難事件の調査をやりましょ」
結局虎メイクのままのレッドを連れてOFFレンはニュースで聞いた被害場所、宝石店へと向った。
陽射しは暑いが、それ以上に久々の事件に胸を躍らせずにはいられなかった。
「さぁ、エコ。何でも好きな物を頼むと良い」
「は、はい」
大阪の超高級寿司店、『天ノ川寿司』のカウンターに腰を下ろし、
出されたばかりのお絞りで手を拭いているホランは、隣で目を輝かせながら店内を見回しているエコに言った。
エコは普通じゃ絶対来れない場所に来ている喜びと好奇心でドギドギマギマギしながら、かかっている品札を見た。
札にはどれも「時価」と書かれていて、蚤の心臓の一般人はショック死するに違いない。もちろん、エコは時価の意味を知らない。
「えぇと、えぇと……じゃぁ、オレ、イカにします」
「遠慮しないでもっと高い物を頼んでも良いんだぞ」
「ふぇ。じゃ、じゃぁ、お、思い切ってエビにします」
オオカミ軍団で貧乏生活をしているせいか、思い切り方も非常にみみっちいエコ。
ホランはクスと笑って、エビとコハダを注文した。まさに寿司屋の大将と言うべき武骨な体つきの50くらいの男はヘイ!と威勢よく答える。
「ホラン先輩、ホラン先輩。ここのお寿司は回らないんですねー」
「回転寿司かい? あんな所の寿司は安いだけあってネタが乾ききってマズイにも程がある。
やはりカウンターに座って最上級のネタを使った握りたてを食べるのが一番さ」
エコは、こんなにも贅沢な物ばかりを食べているであろうホランを尊敬の眼差しで見つめた。
と同時に、タイガの次にこんな優しくてカッコよく、凄い人の後輩になれた事を心底嬉しく思った。
「エビ一丁」
と、握りたてのエビ二巻がエコの前に置かれた。ツヤツヤとしていてぷりぷりとしていて……。
一目見ただけでいつも食べているスーパーのお惣菜や冷凍のエビピラフのエビとは全く別物であると解る。
「い、いただきまーす」
エコは、割り箸を持ち、喜びのせいで震える手でエビを掴んだ。
が、余りにも震えすぎたのかエビは箸から落ち、カウンターの上を転がって、床へ落ちていった。
エコの「あっ」と言う声と同時に大将も同じく「あっ」と言ったのだが、エコの声の方が大きかったせいでかき消されてしまった。
「あぁ……。ホランせんぱぁい。エビおっこっちゃいました」
「気にせず、食べると良い。鮮度が落ちるからな」
ホランが肩を落とすエコに慰めの声をかけていると、続いて出来上がったコハダが目の前に置かれた。
「では、オレもいただくとしよう」
ホランは置かれたコハダをすぐさま手に取ると、ネタの方を下にし、ちょんちょんと軽く醤油を付けて口に入れた。
大将はチラとホランの方を見、口元、目元がかすかに綻んだ。
「(コイツは寿司を解っている……)」
寿司屋にとって、ネタの鮮度は命。握りたてを3秒以内に食べる客ほど嬉しい物はない。鮮度が落ちやういコハダを一番に頼んだのに加え、
醤油は米側ではなく寿司の要であるネタにつける。これこそ寿司職人に喜ばれる客の姿である。
大将は、内心でんぐり返ししたいほど喜びながら隣のエコを見た。
「……っ!?」
エコは、シャリが真っ黒になるほどベチャベチャと醤油に寿司を付けていた。
遂には、米がほぐれて醤油皿の中に米粒が浮いている。持ち上げようとするとシャリの半分がポロリと皿に落ちて醤油がカウンターに飛び散った。
結局、エコは醤油味の寿司を口に放り込んで、満足そうに微笑んだ。
「美味しいですねー。ホラン先輩」
大将はまな板で最低にも程があるこの客を殴りつけてやりたい気持ちを抑え、懸命に深呼吸した。
「大将。次は、イクラを握ってくれないか」
「あ、先輩、オレもそれにします」
大将は、職人として平常心を心掛けながらテキパキとした動きでイクラを握った。
ホランもエコもこの鮮やかな職人技に目を見張って、おぉと声をあげた。大将は鼻高々である。
「ヘイ。イクラお待ち」
赤くてつぶつぶしていて澄んだこの色を見ただけでも、良いのネタなのだと解るイクラの寿司。
エコは、いつも見ている濁ったような物とは違うこのイクラの赤に吸い込まれそうになった。
「では、早速」
大将は、ホランの動作をじっと食い入るように見つめた、通常の寿司とは違いイクラを下にして醤油をつけようとすれば、
ネタがボロボロと落ちてとんでもない事になる。ネタを下にする大抵の客はここで諦めてシャリを下にしたまま醤油をつけるのだ。
「!!」
だが、大将はホランの行動に目を見張った。ホランはイクラではなく、まずガリに箸を付けた。
そのガリを醤油に浸すと、それをイクラの上でハケの様に使い、丁寧にネタに塗る。
これならば、シャリはそのまま、かつ、ネタも綺麗なまま食べられる。まさに完璧。パーフェクト。寿司職人感涙物である。
「(若いのに、寿司の事がよく解ってやがるぜ……)」
大将は、涙を堪えつつエコの方を見た。どうせシャリにつけるのは解っているので大してその目も期待した物ではない。
「ぐっ!!」
さすがの大将も想像を逆の意味で裏切られる事になるとは思わなかった。エコは、当然シャリに醤油を付けたが、
一口で食べることなく、真ん中で噛みきっていた。ボロボロとイクラが零れて醤油皿やカウンターを転がり床に落ちる。
挙句の果てに、「先輩、オレ一個で良いんであげます」ともう一方を隣に渡しているのだ。ここまで最悪な客は開店以来始めてだった。
追い出したいのはやまやまだったが、その隣の客があまりにも嬉しい客なので、大将はじっと我慢の子であった。
「エコ、もっとじゃんじゃん頼んでも良いんだぞ」
「えっとー。じゃぁ、一番高いヤツにしても良いですか?」
「もちろん」
ホランの顔色を窺うようにして聞いたエコは、その答えにホッと安心した。
一度、食べてみたかったネタをメニューの片隅で見つけたのだ。それはもちろん大トロ。
「お、大トロをにぎってくれるかな」
エコは嬉しさと背伸びのつもりでホランの口調を真似し、大将に声をかけた。大将は返事をしなかった。
「オレも大トロを一ついただこうか」
「ヘイ。喜んで!」
ホランも注文するとすぐさま威勢の良い声で大将は答え、いつも以上に力を入れながらトロを握り始める。
「先輩。オレ、大トロって初めて食べますよ。テレビでしか見たことないです」
「ふむ、オレは良く食べているんだがな」
そう話している所へ大トロが二巻ずつ二人の前に置かれた。エコは目を輝かせてその寿司を見た。
ツヤが一切なく、くすんでいて、しなびていて、どんよりとした紫色をしている。
「せ、先輩先輩。目の前で見るとホントに美味しそうですねー!」
「あぁ、なにせ一番良い素材を使っているからね」
ホランはそう言いながら自分の大トロを掴んだ。こちらは目が覚めるような赤で、脂も光るほどしっかり乗っており、
見ているだけで涎が出そうな極上の一品に見える。実際、この大トロは大将が認めた客にしか出さない超高級部分だ。
「……美味い。口に入れた瞬間、とろけるようで……さすが大将。良いネタを使っているね」
「いえいえ、ありがとうございます」
ホランは白昼夢でも見ているかのようにぼんやりと大トロの美味しさの余韻を感じていた。
対するエコはまた汚い醤油のつけ方で、腐る手前のいつもならばほぼ捨てる部分を使った大トロを口に入れた。
「む……! こ、これは……」
エコは、口に箸を加えたままキッと真剣な目付をした。さすがにここまで酷いトロだと素人にもわかるかと大将は思う。
かと思えば、エコのくりくりとしたオメメからは、ぽろぽろと涙がこぼれ始めていた。
「こ、こんな美味しいのオレ、初めて食べたなぁ……さすが大将良いネタ使ってるね!」
「あぁ、どぅーもー」
味すら解らないエコのバカさ加減をさらにバカにするようないい加減なトーンで大将は答える。
エコはその後、何度も薄汚い紫色の大トロを注文し、ウマイウマイと言いながら食べた。
おかげで、捨てる手間が省けて大将はある意味エコに感謝した。
「さて、そろそろ時間だね。おあいそしてくれるかな」
店に入って40分。お腹もいっぱいになるとホランは立ち上がって白黒の縞の財布を取り出した。
大将はニコニコと揉み手しながら清算をした。さすが高級店。二人で15万だった。
ホランは顔色一つ変えずに、カードを手渡し、支払いを終えた。
「大将、また来させてもらうよ」
「ヘイ、お待ちしています!」
「大将、また来るねー」
「来なくていいよ」
笑顔笑顔のホランとエコが店を出て行くと、大将はまな板を拭き次に来るお偉方の為の準備をし始めた。
あらかた下準備を終えると、大将は先ほど清算したレジ画面に硬貨切れの表示が出ていたのに気付いた。
つい数分前まで出ていなかったはずだと不思議に思いながらレジを開けてみた。中には一円玉すら残っていなかった。
「店員や観客がいる中で盗みを犯すなんて、これは相当な悪者の仕業ですよ」
「考えられるのはBC団。オオカミ軍団はどうだろ。あ、でも悪エコの仕業ってのもあるかなぁ」
被害にあった宝石店へ向かいながらOFFレン達は、おおよその見当をつけようとあぁでもないこうでもないと話し合っていた。
最初はBC団でまとまりつつあった黒幕だったが、反抗の特殊性から悪エコの線が濃厚だと言う風になり、
一応、全く見知らぬ悪者の仕業と言う線も残しつつ、宝石店を調べた後にオオカミ軍団に行ってみる事になった。
宝石店に着くと、警察の捜査も終わったのか僅かな警官が2,3名が立っていた。
『KEEP OUT』の紙が貼られているので中には入れてくれないだろうから、覗き込むしかない。
隊員らは、野次馬に混じって中を覗いてみた。ショウウィンドーも何もかも綺麗なまま。一見、盗まれた場所だとは思えない。
「見れば見るほど怪しいですね」
「今、向こうの方のおばさんが非常ベルすら鳴らなかったらしいって言ってたよ」
「一瞬のうちになくなったって話も聞いた」
「包丁を持った背の高い女が壁の向こうに消えたらしいよ」
野次馬らの会話から情報収集をしている隊員達も大体の詳細が解ってきた。デタラメも混じっていたが要約すると、
当時昼前だと言う事で客はまばら。だが、客も店員も皆、宝石から目を離していた瞬間を境に宝石が突如煙の様に消えてしまったとの事だ。
監視カメラをチェックしてもマジックの様に1カットで宝石がごっそりなくなってしまっていたそうだ。
「聞けば聞くほど世にも奇妙な物語ですねぇ。悪エコが何か新兵器でも作り出したってのが妥当かもしれません」
「レッドはどう思う?」
「ごめん。僕、ちょっとトイレ! 向こうにコンビニあったよね。ね」
せっかくノってきた隊員内の雰囲気を一瞬でぶち壊すレッドに冷ややかな視線が送られているのを、
本人は全く気にせずに、今しがた通った宝石店の裏道へ入っていった。
「わっ!」
「イテ!」
と、裏道の角を曲がった途端、向こうから来ていた人物とまともにぶち当たり、レッドは、その反動で地面に頭を打ち、目を廻した。
我らが隊長にぶつかった人物は、尻餅をついたくらいで憎々しげな視線を隊長に向けた。
「!」
そのぶつかってきた人物は、レッドと同じ虎模様。額には赤と黄色の派手な模様があり……。
改めて詳しく説明するまでも無く、アジトから影猫の動向を探るために宝石店へ向っていたBC団の改造猫、虎猫だった。
「フン。OFFレッドか。ちょうど良い所で会ったな」
虎猫は右手を振り、一瞬で鋭く尖った爪を伸ばした。ここで始末しておけばBC団の為にも楽になる。
目を廻してピクピクしているレッドの喉元へ爪を向け、虎猫はゆっくりと振り上げた。
「………」
が、ここで虎猫の脳裏に良い考えが浮かんだ。殺すよりもずっと良い使い方がある。
虎猫の爪は、レッドの喉元には行かず、そのまま引っ込んだ。
──その後しばらく経って、自分の体を誰かが揺するのに気付きレッドは目を覚ました。
「……何で呼び出しておいて寝てんのさー」
「ほえ?」
ぼやける視界が徐々にクリアになると、目の前で巨大なタヌキの顔が自分を覗き込んでいた。
「わっ、タヌキだ!」
「誰がタヌキだ誰がー!」
「だ、だって……え?」
レッドは、飛び起きて改めてそのタヌキを見ると、それはただのタヌキではなくタヌキ顔の猫だった。
さらにだんだんと頭もスッキリして正常な判断ができてくると、そのタヌキ顔の猫はBC団改造猫、化猫だ。
「どうでも良いだろそんなこと、なぁ、とっととやっちまおーぜ」
「あ……」
そしてまた一人、目の前にいるのは青い猫。ツンツンとした凄い髪型の同じくBC団の改造猫である変猫だ。
何故か敵である二人の改造猫が自分に向って馴れ馴れしく話しかけている。敵意すら感じないが、思わず身構えた。
「いい加減にしろよ。虎猫。俺らはお前とふざけるために来たんじゃないんだぞ」
「そうそう。作戦が失敗してBC団内で肩身の狭いボクらに再起のチャンスがあるって虎猫が言うから来たのにさー」
「と、虎猫?」
レッドは自分の体を見てみた。確かに自分はビーストズの練習が終わってメイクを落とさずに帰ってきた。
だが、同じ虎猫の姿をしていても、全く別な姿だし……。と思ったところでレッドは自分の右腕にハマっているトゲの付いた腕輪に気付いた。
さらに左腕にも同じ物が付いている。さらに下を向いたときに顎が引っ掛かるトゲトゲ首輪の存在にも気付く。
「あっ!? えっ!? なにゆえ!?」
何故か自分が虎猫と同じ物を身につけている。側にある窓に顔を映して見ると、額にもBC団のマークがある。
よく見ると赤い色でV字を描いており、遠目でBC団の紋章に見えなくもない。どうやら何者かに虎猫に仕立て上げられた事は理解できた。

「影猫の手柄を横取りするんだろ? 早く、アイツがどんな作戦をやってるのか調べようぜ」
「えっ、じゃぁ……」
レッドの脳裏に良い考えが浮かび、声が出そうになる。すぐに口を押さえてチラと背後にいる二人の改造猫を見た。
二人が自分の事を虎猫だと思っていると都合が良い。さらに、今回の事件はBC団が関係しているようだ。
怪我の功名、このまま一緒に行動して、悪事の真相を暴けば隊長として非常にカッコイイ事になる。スリルも満点だ。
「そうだな。僕……じゃなくて、二人ともオレについてこーい!」
イキイキとしながら駆け出すレッドを、変猫と化猫は不思議そうに顔を見合わせ、後に続いた。
ちょうどその反対側の宝石店では、OFFレンがあらかた事件の情報が出尽くしたのでオオカミ軍団へ向おうとしていた。
「とりあえず、悪エコの仕業かどうかを調べた後でまた考えましょう。それで……」
と、次の行動に移ろうとし始めた時、パトカーのサイレンが右から左へと流れていくのが聞こえた。
何事かと思っていると、側にいた警官が無線機を取り出した。
「天ノ川寿司屋で同じ手口の窃盗事件発生。付近の警官は警備を強化してください」
その無線に真っ先に反応したのはOFFレン達だった。天ノ川寿司と言えばここから少し行った所にある高級寿司屋だ。
「何か新たな手がかりがつかめるかもしれませんね。寿司屋にも行ってみましょう」
「……遅くなった」
と、その時、トイレから帰ってきてレッドに隊員の視線が集まった。
その外見は全くビーストズメンバーのタイガと同じ。額のマークも帽子によって隠されている。
「あ、レッド。今から他の被害を受けた店に行く所なんですよ。行きましょうか?」
「……あぁ、良いとも」
OFFレンジャー隊長、OFFレッドに成りすました虎猫はいつにない不敵な笑みを浮かべながら、
これから隊員らを使い、影猫を倒させ、成果を横取り、出世してやるのだと言う計画が始動した事を感じていた。
虎猫の復讐は始まったのだ。
「だから、何度も言ってるだろ。ちゃんと閉めてたよ。人っ子一人見た事ねえんだから!」
「わかりましたわかりました」
寿司屋では、警官の事情聴取に興奮気味に答える大将の姿があった。
良いタイミングで到着したおかげで野次馬ではなく大将自身の口から事件の詳細が判明した。
やはり宝石店と同じ手口、目撃者は0。当人がまったく気付かないまま大金が盗まれているのだ。
「盗まれる前にいた客はどうですか」
「二人だよ二人。綺麗な顔立ちの人格も素晴らしそうな男性とガリみたいな顔したガキんちょだよ」
ガリみたいな顔と言う言葉に隊員達はすぐにその人物がエコだと解った。あれほどガリの似合う顔もないからだ。
となるとその偉人みたいな男となればホランだろう。多分。
「でもよ、その二人が15万支払いした時はちゃんとあったぞ。ホントにホントに。レジに触れさえしなかったんだから」
こんな高級寿司で15万分食事をしたのだと知るだけで歯痒い思いをしているグリーンを他所にレッドに成りすました虎猫は、
寿司屋の周辺をうろついて何か手がかりがないか探していた。かすかに影猫の気配が残っている。やはりこれも影猫の仕業なのは間違いない。
だが虎猫は、影猫の物なのは間違いないその気配が宝石店で感じた物と微妙に異なっている事が気に掛かった。
「レッド。何してるんすかー?」
もう少し集中して探ろうとした時、ブルーから肩を叩かれ虎猫はこのバカを引き裂いてやりたい衝動に駆られた。
だが、ここで見つかっては元も子もないので「別に」と無愛想に応える。
「ならいいんすけど。あ、今からオオカミ軍団に行くみたいっすよ」
「……解った」
ようやくブルーが立ち去ってくれると虎猫は再び気を集中しこの不思議な気配を探ろうとした。
だが、さきほどのブルーがこの辺りをうろついたせいで残っていた気配が消えてしまっていた。
虎猫は舌打ちをしてやり場の無い怒りを紛らわせるしかなかった。だが、あの妙な気配だけはしっかり覚えた。
「レッド、早く早くー」
いつあの気配を察知できても良い様にゆっくりゆっくりと歩きながら虎猫は隊員らの後へ続いた。
途中、ふと本物のレッドの事を思い出した。準備するだけで忙しかったために後の処理が疎かだったのが気になる。
しかし、いつ見つかっても平気だ。なにせ向こうは虎猫の格好をしているのだ。自分が上手く立ち回れば同士討ちさせる事が出来る。
「お前らは第一、悪者らしくねーんだよ。解るかー? えー?」
虎猫の格好をした本物のレッドは、辺りをうろつきながらキャラになりきってしまい、
何故か本職の悪者の二人に悪者とは何かを語り始めていた。もちろんレッドが意識しているキャラはタイガである。
「オレらはなー。ウィック様のために物凄い悪事をしなきゃいけないわけだろ? だからー……」
「虎猫。もう、良いだろ。説教聞かされに俺ら来たんじゃないんだぞ」
「そうそう。そんなの聞かされるくらいなら、ボク美容院に行くしー」
話が弾みに弾んでいるレッドに変猫からチクリとした言葉が投げかけられ、ようやく自分は単なるなりきりである事を思い出した。
「あ、わりーわりー。えーと、何だっけ?」
「フザけるのは辞めてよねー。影猫の作戦調べろってあんなにうるさく言ってたのにさー」
「おーそうだよなぁ。作戦だよなぁ。うーん。えーと、連続盗難事件は影猫のせいなんだよな?」
変猫は心底めんどくさそうな目でレッドを見ていた。完全に嫌な人を見る目だ。
「なんか今日の虎猫、おかしくね?」
「全然だぜ全然! にゃははーw」
「虎猫はそんな笑い方しないのさー」
いい加減、怪しまれないとも限らないので慌ててレッドはわざとらしくポンと手を打つ。
「おーそうだそうだ。早く影猫の作戦を調べねーとなー! 化猫、お前さすがだぜ」
「ボクなんにも言ってないけど」
「あー、とにかくだな。うろうろしてたら事件がまた起きるだろうから探すぞ。いいな!」
有無も言わさずのっしのっしと歩き出すレッドをやっぱりおかしいと感じながら改造猫の二人は後を追う。
「事件がまた起きるって、そんなのいつ起こるのさー」
「ん。ここにはいっぱい店があるだろ。あ、銀行で残ってるのあるか?」
「じゃぁ、コマツナ銀行だねー」
「コマツナ銀行か、ん? コマツナ銀行ってどっかで聞いたな」
レッドはぼんやりとそんな名前の銀行を目にしたことがあるような気がした。
すると間から宙に浮いた変猫が割り込んできてツンと虎猫の頭を小突いた。
「お前、いつからそんな馬鹿になったんだ? 集まった宝石店の二つ向こうにあっただろーが」
「あ、そうか。にゃはw そういや、看板があったな! じゃ、そこに行こうぜ」
早速、銀行に向って歩き出すレッドだったが、ふと疑問がわきあがり立ち止まった。
かなりの広範囲で起こった盗難事件。あの宝石店の付近の民家のヘソクリまでもが根こそぎ盗まれていると言うのに、
何故、わずか数メートルしか離れてない銀行は全くの無傷なのだろうか。何だか気になりレッドの歩く速度は早くなっていった。
隊員達がオオカミ軍団のアジトに向っていると、見覚えのある黒い車からエコが降りてきた所に遭遇した。
「せんぱーい。ご馳走様でしたー」
「あぁ、また晩にでも。レストランを予約しておいたからね」
「絶対行きます!」
グリーンはすぐに物陰へと隠れると、釣られて隊員達も同じく隠れた。
遠目でみた所、エコが悪エコになっている様子は無い。以前のような悪エコ人形も付けていない。
「あ、でも今から取引先に挨拶に行って来るから帰りは少し遅くなるかもしれないな」
「大丈夫です。オレ、待つのは平気ですから」
「そうか。それなら悪いが遅くなる場合は待っていてくれ迎えに来るからね」
「はーい。わっかりましたー」
車が行ってしまうと、アジトへ向おうとするエコを突然、虎猫が後ろからとっ捕まえて地面に伏せさせた。
目にも見えない速さだった為に隊員らもあっけに取られたが、すぐにそばへ寄って行った。
「あっ! た、タイガ先輩!」
「あー違いますよ。それ、レッドですよ。バンドのメイクそのままで来てるんです」
「違うよ。絶対、タイガ先輩だ。レッドかどうかくらい、オレ解る」
虎猫はエコを離すと、少し後ろへと下がった。あまり近づいてバレてしまっては事だと判断した。
「そんなのはどうでも良いんですよ。今日、ホランと寿司屋に行きましたよね?」
「え、うん。行ったよ。すっごく美味しかったなぁ」
「美味しかったですか。ほうほう。なら、いっぱい寿司屋のお金も盗めたでしょうねぇ」
下手な誘導尋問を仕掛けて見るグリーンだったが、エコは「はー?」と首をかしげるのみ。
「何でオレがお寿司食べに行ってお金盗むわけ? お金だったらホラン先輩いっぱい持ってるじゃん」
「じゃぁ、犯人はあなた方じゃないんですね?」
「チッチッチ。美味い大トロを食べさせてくれた大将のお金盗むほど、オレは落ちぶれちゃいないぜぇ?」
何となく演技のかかった口調でエコは答えた。多分、ドラマか映画の真似のつもりだろう。
「では、悪エコには今日一日なりませんでしたね?」
「んーと。おとといは、悪エコと交代したよーな気がするなぁ」
「そうですか。なら良いです。さっさと帰りなさい。Get out of here!」
「ちぇー。何だよ、人を捕まえておいてさぁ」
訳のわからない質問をされて苛立つエコはふと、側に立っている虎猫の顔を見ていた。
虎猫は帽子を目深に被り、冷たい目でエコを見下ろしていた。
「せんぱぁい。えっと、後で、ホラン先輩と晩御飯食べに、行くんですよ。あの、よかったら……」
「あ、グリーン。また大規模な盗難発生みたいです」
顔色を窺うように慎重な口調でエコは言ったが、その後の声はピンクの声でかき消されてしまった。
「次はどこですか!?」
「商店街みたいです」
「よし、じゃぁ、すぐに行きましょう!」
バタバタと走り出すOFFレンジャー達。その後をレッドになりすました虎猫が追いかけていく。
一人残されたエコは肩を落とし、
「……せんぱぁい。はぁ……」
トボトボとアジトへ帰って行った。少しだけ記憶の中の大トロの美味しさがなくなったような気がした。
夕方迎えに来てくれたホランは、エコを一流ホテルのレストランに招待してくれた。
前菜をさっさと食べ終え、エコが待ちに待っていた熱々のステーキを目の前に楽しいおしゃべりが展開されている。
「……と言う訳だから、ファンダメンタルズからの乖離がバブル崩壊を招いた一因だとも言われているんだよ」
「はぁ」
「もう少し補足するとインカムゲインとキャピタルゲイン、これはエコもさっきの説明で解っていると思うが、株や配当による将来的な差益と……」
「あ、あのっ、ホラン先輩、もう少し面白い話をしましょうよー」
だが、先ほどから息を付く暇の無いほど経済の話ばかりしているホランにさっぱり解らないエコはほとほと困りきっていた。
最初は世界経済における自論を展開していたが経済が全く解らないとエコが言ってしまった為に日本経済の説明から喋り始めて今に至る。
「ふむ。オレとしては面白いつもりなんだが、少々長ったらしくて退屈になってしまったか。何か、エコから話すことは無いかい?」
「えーっと……ホラン先輩は色んな国の言葉を喋られるんですよねー」
「色んなと言っても限度があるよ。今は日、英、独、仏の4つだけだが、今度機会があれば中国語もやりたいと思っている」
「先輩、オレにもちょっと教えてくださいよー」
ニンジンのソテーを口に運びながらエコが言うと、ホランはすこし思案した様にナイフとフォークを止めた。
「……じゃぁ、フランス語からやってみようか。Bonjour、これは、こんにちはと言う意味だよ」
「ぼんじゅーですね。ぼんじゅーぼんじゅー」
「Comment ca va、これはお元気ですか?と言う意味だ」
「ぼんじゅー、ごまさばー」
「Au revouir、これはさようならだね」
「ぼんじゅー、ごまさばー、おーぶぁー。なぁんだ、フランス語ってけっこう簡単なんですねー」
やり遂げた顔でエコはゴクゴクと水を飲んだ。既に彼の中ではフランス語に関してはネイティブレベルに達している程の手応えを感じている。
「そうでも無いさ。フランス語は発音のバランスや簡素化を避けるために発展を遂げてきた複雑な言語でね。
男と女で名詞を使い分けないといけなかったりするんで大変なんだ。だが、もしエコに興味があるなら滞在中少しは教えてあげられるよ」
「ホラン先輩はどれぐらいで覚えたんですか? 」
「そんなに長くはかからなかったよ。一日5時間の独学だけでたったの半年ぐらいさ」
「……や、やっぱ遠慮しときます」
エコは絶対無理だとすぐに判断した。アルファベットすら順に言えるか怪しいエコには一生かかっても無理だろう。
一方、そんなにしっかりと勉強をしているホランの努力さにタイガ同様ホランも凄いのだなと尊敬の気持ちがわいた。
「ふむ、そうか。まぁ、オレもフランス語には一番苦労したからね。数の数え方一つ取っても面倒なんだよ」
「か、かずって1、2、3の数ですよね……?」
「そうだよ。フランス語は非常にめんどくさくてね。例えば17。フランス語ではdix-sept。10+7と言うんだ」
「たし算ですかぁ。じゃぁ18は、えぇと、10たす、8……ですよね?」
「そうだね。だが77ぐらいになるともう大変なんだ。soixante-dix-sept、60+10+7。81は4×20+1」
「な、なんか、オレ、訳わかんなくなってきましたぁ」
「だろう。だが日常会話で計算が出ているおかげかフランスからは有名な数学者がたくさん出ているんだ……この話は、面白いかい?」
「ハイ、今度の話は面白いです。あ、もちろんさっきのもちょっと面白かったですよ」
ホランは満足そうに微笑んでシャンパンを口に含んだ。エコはちゃんと気を遣うのも忘れない。
それもこれも毎晩ホランに豪勢な食事に連れて行ってもらうためでもある。
ステーキを食べ終え、最後のデザートがやってくる頃にはエコもホランもおなか一杯になっていた。
デザートはアイスクリーム。カップに入っている物ではなく、ガラスの容器に入っている。
これを見るだけでも、いつも食べてる物とは数百倍違う世界の物なのだと言う事をひしひしと感じた。
「ホラン先輩はいつもこういうの食べていて、オレ羨ましいです」
「そうでもないさ。贅沢も日常になればもうそれは贅沢でなくなる物だからね。エコはいつもどんな物を食べているんだ?」
「えっとー、普通の時もあるんですけどぉ……塩ご飯とか、こんにゃくとか、ノリとかのときもあります」
恥を通り越して平然と応えるエコの姿に、ホランも驚いて思わずナプキンをテーブルの上に落としてしまった。
確かに、これでは贅沢したいのも無理は無いだろう。
「そんなに酷いのか? 可哀相に……」
「そうなんですよ。だから、オレ、ホラン先輩にはホント感謝してるんです」
「ん。そうか。……ならば、タイガには一応勝てたかな」
「…………」
何気なくタイガの名前を出したホランだったが、エコが急にしょんぼりとした様な気がした。
「どうした。タイガとケンカでもしたのかい?」
「なんでもないです。アイスおいしいですね」
エコは笑ってアイスをパクパクと食べていった。ホランは気にかかったが、深入りするのは迷惑だと思い黙っていた。
すぐにアイスクリームの皿は空っぽになり、ホランは席を立ち上がると、エコも名残惜しそうに立ち上がり後に続いた。
「なるほど、それで、どうしました?」
「強盗事件で危ないって言うから今日の売上金を別の部屋に移したんだよ」
OFFレン達は商店街にある八百屋さんに、詳しい話を聞いていた。
細々とその存続が危ぶまれ、寂寥感の影が差し込み始める商店街の店たちのお金も無残に盗まれていた。
鮮やかな手口の隙すら見つからず、隊員達もホトホト困るばかりだった。
「……ここもだ」
「何がですー?」
「別に。向こうに行ってろ」
一緒に行動し、スパイしている虎猫も、やはり影猫の気配を感じるだけでそれ以上の事は何も感じられなかった。
日が暮れかけ始めるのと同時進行で焦燥感も高まっていた。何とかしなければ。虎猫は店の外に出て舌打ちをした。
「っ!」
虎猫は突然目にチクリと何か刺したような気がした。目を開けてみて見ると、それはビルの反射光だった。
光にまでばかにされたような気がして思わず爪を剥き出そうとする所だった。バレては元も子もない。
「でもねぇ、なんかおかしいんだよなぁ」
「何がおかしいんですか?」
虎猫は、再び店の中に入り八百屋の主人の話に耳を傾けた。ここは冷静にならなければならないのだ。
「半分しかね、盗まれて無いんだよ。金庫の金が」
「はい?」
主人は小さな手で提げられるダイヤル式の小型金庫を取り出し、中を開けて見せた。
右側は小銭入れらしく、すっからかんになっている。ここが盗まれた部分だ。
だが、すぐにおかしい事に気付く。全く手のつけられていない左側には紙幣がぎっしりと入っているのだ。
今までの事件を考えると逆はあっても、小銭だけを盗って紙幣はそのままだと言う事は考えられなかった。
「場所を移す前はどっちも入ってたんですね?」
「小銭があるかどうかは重さでわかるからねぇ」
「で、場所を移してしばらくすれば何故か小銭部分だけ空っぽと」
「そ。変な話でしょ?」
メモを取っているグリーンも訳が解らなくなってきたのかエンピツを加えたままポリポリと頭をかいた。
宝石店もゴールドショップもそこにある金目のある物は全て奪っている犯人が何故ここで紙幣だけ置いたのか。
「まさかと思いますがニセ札じゃないですよね?」
「失礼な事言わないでよ。銀行で貰った新札だってあるんだよ? それだってそのままあるんだからね」
「……そうですか」
虎猫は金庫に残る気配も探ってみた。影猫の気配が感じられる。隊員同様に虎猫も訳が解らなかった。
「一応、話はわかりました。……どうも」
「ちゃんと犯人見つけてよー?」
隊員らは、徐々に重くなっていた足取りで商店街を後にした。
この事件、本当に解決できるのだろうか。隊員も虎猫もそんな考えが頭の中に渦巻いた。
「先輩、これカッコイイですよー」
食事を終えた後、時間が空いていたので二人は百貨店でショッピングを楽しんでいた。
エコはメンズファッションのコーナーに入り浸ってあれこれ見ては目を輝かせていた。
「エコは、ずいぶんとワイルド系が好みなんだね」
「だってカッコイイじゃないですかー」
エコはさきほどから、ドクロ模様やら龍の刺繍の入ったTシャツやジャンパーなんかに目をつけては鏡を前に合わせていた。
もちろん、あまり似合ってはいない。逆立ちしたってまだ、マネキンに着せたほうが似合うだろう。
「あ、この鎖カッコイイなぁー」
今度はアクセサリー類のコーナーに向い、次々に商品を漁り出す。
エコが手にしたのは、ズボン等に付けるチェーンだった。引っ張ったり、照明に照らしたりして、本人も気に入ったらしく、
「先輩、オレ、これ買います」
「オレが買ってあげようか?」
「平気ですよ。オレ、お小遣い溜めてますから!」
エコは財布を取り出して、レジに向った。こういう物はやっぱり自分で買いたい物だ。
そんな可愛い所に後ろを付いていくホランも思わず微笑んでしまう。
「この鎖くださーい」
レジにチェーンを置くと早速、バーコードが読み取られ"175000"の数字が表示される。
「チェーンですね。17万5000円になります」
「ふぇ」
エコは一瞬、目を点にした。財布には千円札が顔を出している。小銭入れも確認して見るが5円玉が一つだけだった。
とりあえず千円を受け皿に置き恐る恐るエコは聞いてみることにした。
「あ、あのぉ、これじゃ足りませんか……?」
「おもいっきり足りませんね」
エコは、残りの5円玉も置いてみたが店員の哀れむような目の色はますます強くなっていた。
と、そんな気まずい二人の間にホランの手が割って入った。
「カードで頼むよ」
金色に輝くキャッシュカードを差し出され、店員が素早く清算を済ませると、エコの手元に颯爽とチェーンがやって来た。
エコは千円札と5円玉をホランに渡そうとしたが、「遅いか早いかの誕生日プレゼントだよ」と笑って歩き出した。
「(はぁぁ……やっぱホラン先輩もカッコイイよなぁ……)」
思わずその優しさに胸がキュンとなる感じを覚えて、エコはホランの優雅な後姿を見つめていた。まさに男も惚れる男だ。
良い先輩を二人も持った自分は今、誰よりも幸せなのだとエコはひしひしと感じた。
コマツナ銀行は、レッドらが向うまでも無く、周囲一体の窃盗事件を警戒し、異常なほどの厳戒態勢を取っていた。
とにかく近づく物は盗人だと言うぐらいの勢いで警備員らが目を光らせているのだ。
「どーするのさー。虎猫ー」
「と、とりあえず、待とうぜ」
レッドはとりあえず、何か起きなければ始まらないだろうと銀行から少し離れた所にある電信柱の辺りにしゃがみ込んだ。
他の二人もしゃがみ込み、一見、ヤンキーが溜まっているようにも見える。ここから、同じく敵の動きを見ようというわけだ。
だが、いくら待ってもそれらしい人影すら見えず、警備員らも退屈しているのかアクビをする者もいた。
とうとう空が赤くなり始め、銀行は無事に閉店時間となった。警備員はこれからが本番だとばかりに気を引き締めていたが、
真夜中になっても来なかった。厳重警備のおかげなのだろうか。
「ねー。ホントに来るのー? 髪痛むんだけどさー」
「俺もう腹減ったぜ」
化猫が、髪をいじくりながらジロっとレッドを睨む。レッドは来ると言う確信が徐々に無くなっていた。
時計を見ると、既に夜の9時を回っていた。良い子は家に帰る時間なのだが、今は改造猫になりすましてるから帰るわけにも行かない。
「そ、そうだな。とりあえず今日はここらで引き上げて飯にするか」
「じゃーとっととアジトに帰るのさー」
「あ、いや、ちょ待てよ!」
歩き出そうとする化猫と浮遊しながら進もうとする変猫の背中を掴み、レッドはどこか良い場所は無いか考えてみた。
本部に帰れば地獄絵図だし、まさか実家に連れて行くわけにもいかないし、野宿も出来れば育ちの良いレッドとしては避けたい。
……となれば、もはや残っているのは一つしかない。
「あ、そーだ! オレの下っ端のヤツらがいる良い場所があるからそこに行こうぜ」
「は?何で?」
「そこで、作戦を練るんだよ。アジトだと、ホラ、集中できないしぃ……?」
「大丈夫なのか?そこ」
「もちもちロンロンだぜよ。変猫」
「そこ、加湿器ある?」
「あるよあるよ」
二人も特に反対しない様子を確認すると、レッドは背中を押しながらコマツナ銀行を後にした。
本部でも無い、実家でもない、野宿でもない、加湿器のある所とは一体どこなのかか
──それは、ビーストズがお世話になっているライブハウスだ。
「で、あるからして……ってありきたりな繋ぎゼリフ喋りますね私」
夜のOFFレン隊員たちは会議室に集まっていた。あまりにも行き詰まって仕方が無い事件だけに、
ホワイトボードに犯行現場に赤で印をつけている尾布市の地図をただただ、眺めるだけだ。
「これを見れば解ります通り、犯行現場は不可思議なことに、南から西に移って行きまして。
北方面、東方面は全く……あ、すいません。微妙に寿司屋だけ逸れてますね」
地図の赤い点はグリーンの言うとおり、南から一直線に伸びている線が扇形に移動している格好になっている。
そしてあまりにも綺麗なその形から外れているのがホランやエコらがいた寿司屋である。
「グリーン、警察署から電話っすよー。新しい犯行現場が判明っすー」
「はいはい、どうも」
「え、いつの間に警察から情報提供受けるようになったの?」
ブルーからのメモを受け取り、赤マジックを手にしたグリーンにイエローがたずねた。
グリーンは何でもないように点を打ちながら、
「何でも、警官の不正採用が発覚して今厳しいそうなんですよ。10割が本来不採用だったとか。
で、こっちが切り出す前に向こうから解決以来を頼んできまして。情報提供をいただきますしてるわけです」
点を打ち終えると首をかしげ、「どう思います?」とグリーンは隊員に尋ねた。
新たに追加された点は2つ。北東に一つ。東南東に一つ。他の密集地帯から考えればあまりにも離れている。
「そこは一体、どこなんですか?」
「上のが、高級レストラン、下が高級百貨店ですね。同じ手口らしく、同一人物に間違いないそーです」
「随分と離れてるね……」
「なんだか変だよねー。ホント。違う犯人じゃないの?」
今までキッチリと一直線上にある被害場所とは全く違う、まるで迷子の様にぎこちない点が3つ。
犯行場所のキッチリさと比べて、確かにバラバラすぎる。だが、手口は同じなのだ。
「変と言えば、あの八百屋さんの金庫のことも。お札だけ置いていくなんてねぇ?」
「それに何で一直線上なんだろね。直線も長さが等しいわけじゃなくて、途中から長くなってるし」
「しかも、直線の先から数メートル向こうのコマツナ銀行。大きい銀行なのに全然手出しされてないじゃないっすか」
隊員らは何か喉に小骨がひかかっているような気持ち悪さを覚えていた。
この不思議な事件の解決の糸口も糸足も見つかりそうも無い。会議室は、淀むような空気が満ちていた。
「とにかく、今日はここら辺にしてまた明日調べましょう。このバラバラの点も警察の事情聴取が済んだ後、
詳しいデータをこっちに送ってきてくれるでしょうしね。レッド、それでいいですか?」
机に足を乗せて地図を睨んでいる虎猫に隊員達の視線が集まった。
「……あぁ、そうしよう」
隊員らは解散と言う事で、ぞろぞろと各自の部屋へと戻っていった。だが、虎猫は動こうとはしなかった。
何かこの地図に隠されているはずなのだ。それを読み取れるはずだ。彼の自信と傲慢さが椅子から立ち上がらそうとはしない。
虎猫は、目を閉じてあの気配を思い出そうとした。影猫の気配と、似てはいるが異なる気配。
影猫と、そして別な何かがいるのか。それとも、わざと自分を錯乱させる為のミスリード用のものか。
「……影猫」
舌打ちを何度もしながら、虎猫は再び目を開ける。自分があんなヤツに負ける事はあってはならないのだ。
そう思い出すとここにいても仕方が無いような気がした。ヤツは今も動いているのだ。虎猫は立ち上がった。
「あ、レッド、どこいくの?」
会議室を出ると、ばったりパープルと出くわした。虎猫は「少し出てくる」と無愛想に言い放ち本部を出た。
影猫の言う『完璧な計画』を崩す手がかりを見つけるにはどうするか、虎猫は考えるまでもなくわかっていた。
それは、ボロが出るまで動かしておくのだ。動けば動くほど、カバー出来る範囲も広がっていくのだから。
「先輩、ごちそうさまでしたー。あと、ありがとございまーす」
エコは車で送ってくれたホランにペコッと頭を下げた。
豪華な料理を奢ってもらい、高いアクセまで買ってもらって、これでもまだまだお礼したりない気分だった。
「良いんだよ。エコ。これも可愛い後輩との親睦を深める為であり、先日の件のお詫びでもあるんだからね」
「お詫びなんて、オレが逆にホラン先輩に何かしてあげたいくらいですよー」
「フフ。そうかい? じゃぁ、明日も一緒に食事しに行ってくれるかな」
「もっちろんですよー。オレ、絶対行きます!」
ドンと胸を叩き、満面の笑みでエコが応えると、ホランはふと思案するように手を顎に添える。
「どしたんですか? 先輩」
「あぁ、明日はどこへ行こうかと思ってね。ほとんど行き着くしたし……エコは、何か食べたい物はあるかい?」
「えぇと、オレはまたお寿司でも大丈夫ですよ」
「ふむ。しかし、出来ればエコには色々な物を食べさせてやりたいしな」
エコも眉を寄せて考えて見る。しかし、エコの生活が生活なので豪華料理など思いつくはずは無かった。
「カニは食べたね?」
「食べました。あれ、美味しかったですよねー」
「しゃぶしゃぶも食べたな。確か」
「オレ、初めて食べましたよー。柔らかい肉をごまだれにつけて……」
よだれが垂れている口元を拭きながらエコは数々の豪華料理を思い出していた。
この時ばかりはエコの脳裏で数々の豪華料理の味を思い出して、口の中にいつでもそれを呼び戻せるのだ。
「そうだ。明日はフグにしよう。フグは食べてないはずだろう? エコ」
「た、食べてないですけどぉ……」
ようやく、思いついた案だったがエコは思ったほど喜ばず、眉をひそめた。
急に、そんな表情を見せるエコにホランは突然裏切られたような、突き放されたような気がした。
「どうしたんだ。嫌いなのかい? ふぐは」
「えっと、その、ふぐって毒があるって言いますよね……?」
あまりに不安そうにエコが聞くのでホランは思わず噴出してしまった。
急に笑い出すのでエコはますます怪訝な表情になる。
「なんですか。何なんですか。先輩」
「エコ、大丈夫だよ。毒があると言ってもそれは肝の部分だけだからね。そこは食べないから安心して良い」
「な、なぁんだ。そだったんですかぁ」
「よし。それじゃぁとびきり美味いフグの店をオレが見つけさせておこう。エコもきっと気に入ると思うよ」
「はい! オレ、楽しみにしておきます!」
エコはバタンと車のドアを閉めて、再度頭を下げた。窓越しのホランは小さく手を振ってくれた。
そのまま優しい先輩を載せた車が走り去るとエコはまだその日が終わってもいないと言うのに胸踊っていた。
「ふぐかぁ……へへ、またオオカミたち羨ましがるだろうなー」
遠足前夜以上の期待感を膨らませ、エコがアジトに帰ると良い匂いに釣られてオオカミ達が這いずり出てくる。
オオカミらの匂いからすると今日の夕飯はどうやらカンパンらしい。可哀相だなとブルジョア気分でエコは思う。
「今日も良い匂いしてるじゃねーかエコ。今日は肉食ったな肉」
「あったりー。 ぶ厚いステーキ食べたんだ。で、明日はふぐなんだー」
「なぁにぃぃ!? ガキのクセにいいモンくいやがってえええ!!」
オオカミらが泣きながら身悶えするこの瞬間がエコは妙に快感だった。
腰に手を当てて「へっへっへ。うらやましいだろー!」と高笑いをするのがここ連日のお約束だ。
「オマケに、先輩にブランド物の鎖も買ってもらったんだー。えぇと、100万ぐらいする高いヤツなんだぞー」
と、エコはさらにオオカミを羨ましがらせてやろう腰に付けているチェーンを見せようとした。
が、エコの手はチェーンを掴まなかった。二度三度と腰元を探って見るが自分の体にコツコツと指が当たるだけだった。
「あ、あれっ?」
嫌な予感がして、エコは腰元に目を落としてみた。先ほどまで付けていた銀色に輝くチェーンが忽然とその姿を消している。
あまりものショックにエコは、何が起こっているのかいつも以上に判断することができなかった。
「な、ないっ! ないっ! オレのくさり! せっかくホラン先輩に買ってもらったのに!」
「調子に乗ってるからついにバチが当たったんだな」
「やっぱり神様もちゃんと幸運の配分を考えているんだぜ」
オオカミの嫌味も聞こえず、エコは地べたに這いつくばってチェーンを探し始めた。
しかし、殺風景なコンクリートの地面に落ちていたら気付かないわけがない。
「オレのくさりー! どこなんだよぉー!」
落ちれば音がするだろうし、切れた様子もなくチェーン丸ごとなくなっている。
エコの先ほどまでの幸福感が一気に絶望感へと堕ちて行った。
「なんだここ……」
とても敵とは思えない間の抜けた顔を前面に出している変猫と化猫は、ライブハウスに入るなり声を揃えて言った。
ステージには楽器が置かれたままで、壁にはスプレーやら何やらで鮮やかなアート作品が描かれている。
「おー! タイガじゃん。 どしたどたした?」
成り行きでレッドが何故か入ることになったアマチュアロックバンドグループ、
ビーストズのメンバーでドラム担当のチーターキャラ、ミカンが元気に手を振った。
ちなみにタイガとは、ビーストズでのレッドのニックネームである。詳しくは70号を見るべし。
「ミカンさん。何でいるんですか?ここ」
「バッカ。俺らアパート追い出されてここに居候してるっつっただろー」
「あそっかー」
見た目とは裏腹に気さくなミカンは、ドラムのスティックをくるくる指で廻していた。
すっかり置いてけぼりの改造猫二人はそんなレッドと彼を目の前にますます唖然とするばかりだった。
「で、そいつら誰?」
「あ、知り合いの変猫と化猫。ちょっと今日ここに泊めてもいいかな?」
二人はぎこちなく頭をさげた。虎猫とこの一般人がどういう関係なのか全く理解できていないようだ。
それもそのはずで、虎猫ではなくレッドの変装なのだから仕方が無い。
「変な名前だなー。流行りのアニメかなんかの名前から取ったのか?」
「さ、さぁ。それは僕、じゃない、オレの知ったことじゃないし」
「ま、ここにいてもなんだから控え室行こーぜ。飲み物もあるしな」
ミカンがさくさく歩いていくとレッドもその後を追った。残された二人も首をかしげながら付いていく。
緑色のコンクリート壁づたいに歩いていくと奥の部屋から光が漏れている。ここがビーストズ専用の控え室だ。
「おーい。なんだかわかんねえけどタイガが来たぞー」
「マジか。珍しいな」
「入れ入れー。どんどん入れー」
中に入ると、ライオンのパールと、ヒョウのジョーズがレッドたちを迎えてくれた。
スチールのラックには衣装が乱雑に置かれ、汗臭い匂いがすぐに鼻をついてくるし、
当たりには菓子パンの袋やらカップラーメンのカップが散乱している。まさに男の部屋だ。
「何だその物々しいヤツら。新人か?」
「変猫と馬鹿猫だ。タイガの知り合いで今日泊まりたいんだってよ」
「ぼ、ボクは化猫だー!」
「おう、化猫だった。俺OKっつったけどお前らも良いだろ?」
「ま、3人も6人も関係ねーよ」
そう笑いながらパールたちは床のゴミ袋やただのゴミを足で部屋の隅に寄せて空きスペースを作っていった。
椅子は彼らの座っている三脚しかないので、たいていレッドは気を使ってメイク用の机に座っている。
今回もそうすることにして、机の上に変猫たちも座り、部屋の光景は男だらけになる。
そこで椅子に逆向きに座って、背もたれに顎を乗せているジョーズは、メモを取り出して、
「俺ら、今新曲のアイデア練ってたんだけどさ。タイガとあとその友達も何かアイデア出してくれよ」
「そりゃ良いな。フレッシュなアイデアが欲しいと思ってたんだよ」
「ほら、俺らじゃどうしても言葉とかテーマに偏りっつーもんが出るだろ?」
変猫と化猫は横目でレッドに何か助けを求めるような視線を投げかけてきていた。
よくわからないまま変な人に変な部屋で変な提案を求められているのだから無理も無い。
「あ、えっと……この人達は、バンドやってて。それで……」
レッドはそこまで言うと二人の耳を貸すようにジェスチャーし、耳を寄せた所で声を潜めて言った。
「コイツらはな。その……何猫だっけ?」
「影猫」
「そう、影猫を倒す時のために必要なヤツらなんだ。だからオレがこうやって仲が良いフリをしてんだ。
だから、お前らもオレに会わせてくれよ。な。だって影猫を倒すためなんだからな。解るだろ?」
二人は、渋々頷いてレッドが5秒で考えたウソで塗り固めた言葉を信じてくれた。
突っ込みどころは色々あるのだが、そこに突っ込まない所から下っ端改造猫なのもうなづける。
「でな、タイガ。一応、今度のライブ用に1曲作ってみたんだけどさ。どうもしっくり来なくて」
「へぇー。どんな曲ですか?」
「執着心♪ 執着心♪ 俺達のぉ~♪ 金はいつもどんな時も負けやしないさぁ~♪ 人生、人生、人生~金で出来てる~♪」
「……な、ちょっとイマイチだろ?」
レッドは黙ったまま、しばらく間を空けると歌を完全スルーし、話題を切り替えた。
「で、新曲の件だけどオレはねー。野菜とかどうかな。野菜の唄。一本だ~よニンジン♪」
「おっ。ベジタリアンにウケそうだな。そこのツンツン頭くんは何かないか?」
「……え、お、俺か」
変猫は、突然話を振られて一瞬、動揺した素振りを見せたが、少し考え込むようにすると、
「絵具とか、絵描きとか……。そう言う……のはいいんじゃね?」
「お、絵描きかぁ。アートだな、アートロックだな。次、そこのタヌキ顔の子は?」
「ボクはタヌキじゃないっ!!」
恒例の化猫の突っ込みを終え、本人がようやく落ち着いてくると、クシで髪を解かしながら
「……美容師は? ボク、元美容師見習いだしー」
「美容師? 美容師美容師……お、良いアイデアが出てきた。漁師の唄にしよーぜ!」
「ちょっと、何で漁師なのさー!」
化猫の案は微妙に曲がりくねった形で受けいられた。化猫は不満げだったが、すっかりビーストズは漁師ネタで盛り上がる。
レッドもよく、置いてけぼりにされるほど彼らだけで熱中しているのをよく目撃する。
「漁師が、海に出て、マグロを釣るけど、人魚を釣るわけよ。んで、その人魚に恋するってどうだ?」
「ロックだなー」
「あぁ、ロックだなマジで」
完全に方向性が決まってくるとテンションもMAXに上がり始め、改造猫らもまた困惑の色を露わにする。
レッドはとりあえず小汚い冷蔵庫の中からコーラを取ってきて二人に渡した。自分はオレンジジュースである。
「出てきた出てきた……! 波に戸惑う弱気な俺~♪ 通り過ぎるあの日の魚(うお)~♪」
「すげえ、なんかヒットしそうじゃね」
「やっぱジョーズの作詞能力は天才的だな」
コーラの缶がただの空き缶になっても、ビーストズのメンバーたちの盛り上がりは天井知らず。
さすがに、しびれを切らしたのか変猫がボソリと呟く。
「なぁ、早く影猫の事をどうにかしようぜ」
「かげねこ? 何だそr……」
「あーっ!あーっ!あぁーっ!」
レッドは大声を上げながら机から飛び降り、メンバーたちに突っ込んでいった。
すぐさま円陣を組み、レッドが咳払いすると、脳内を必死に回転させ、でまかせをくっちゃべる。
「えっと、あの子らは、何かバンドっぽいのやってて。ブラックキャット団って言うんだけどね。
一応、悪の組織のメンバーで、改造された改造猫だって言う設定なんだよ。うん。設定ね。
で、影猫って言う裏切り者?っぽいのを追ってて、それをいつか粛清するのが目的って言う設定で、なりきってるんだよ」
一気にまくし立てるようにレッドが言うと、メンバーたちは変猫たちをチラと見、悔しそうな顔をした
「何だよ俺らより若いくせにずいぶん作りこんでるじゃねえかよ」
「裏切り者を追うって設定がどうしたら出てくるんだよ。やっぱ柔らかい脳みそには勝てねえのか!」
「俺らもなんか新しいの考えないといけねえかもな……」
メンバーは、悔しさと羨望の入り混じった顔で改造猫たちを見つめた。
改造猫らもさきほどから張り付いている困惑の表情をさらに歪め、
「な、何だよ……なんか俺、変なこと言ったか?」
「いいや、面白い。面白いぜ、若者たちよ」
「は?」
「そうだな。じゃぁ、その影猫の事詳しく教えてくれよ」
メモを取り出して、設定を詳しく分析しようとする気満々のメンバーたちを前にして、
ますます動揺の色を隠せない改造猫もなんだかんだで普通なのだなとレッドは思ってしまった。
虎猫がブラックキャット団のアジトへ戻ってくると、影猫がウィックと対峙している時だった。
いない間に何か探ろうと思っていただけに、自分のタイミングの遅さにいつも以上に腹立ちを覚える。
「ウィック様、お喜びください、かなりの物が集まりました……」
「そうか。それは期待できるな……影猫よ」
壁に隠れて、覗いて見ると影猫はいつもの様にウィックの目の前に跪いているだけで、
特に何かを持って居ると言うわけでもないようだった。
「では、お目にかけましょう……」
前の時と同様に影猫が立ち上がり壁に映る影に向って手を出した。中から天井一杯に広がる大きい四角形が浮かび上がる。
徐々にそれが黒い扉の形を現して来、終いには大きな鉄の扉が出来上がっていた。
「随分と大きい扉だな……」
「もちろんです。しかし、見せ掛けではありませんよウィック様」
影猫は獅子の顔に輪のついた取っ手を掴み、それをゆっくりと引いた。
「……っ!」
だが、扉は開く事なく、ガチャンと金属音を立てて取っ手が引っ張られただけだった。
扉が現れてすぐ、一瞬、影猫が動揺する表情を見せたのを虎猫は逃さなかった。
あれほど自信に満ちていた影猫の顔に焦りが見受けられたのだった。影猫はすぐに平生を取り戻した表情で、

「……ウィック様、やはりここでお見せするのはもったいないと思われます。
さらに街中から集めた全金品をウィック様にお見せしてこれまでにない至福の時を味わっていただきたいと思います」
影猫はそう言い、ウィックの顔を見る事なく再び跪いた。それは影猫の真意ではないことは虎猫は解っていた。
きっとヤツの作戦に何か思いも寄らないことが起こったのだ。あの扉が開かなくなったか、または集めた金品とやらがなくなっているか……。
「……いいだろう。だが、明日には必ず見せてもらうぞ影猫」
「は、ハッ。お任せください」
影猫は、そう言い終えるや否やすぐにその場から姿を消した。あの冷静な影猫があぁまで慌てている。
やはり何か不手際があったのだ。これはもしかしたら逆転するチャンスかもしれないい。すぐさま虎猫はその場を後にした。
「……今回の改造猫は頼もしい奴らだな」
虎猫がいなくなったのを確認すると、ウィックはニヤリと笑みを浮かべ、ぽつんと呟いた。
夜の11時を回っていると言うのに、ホランは来日したばかりのアメリカ企業の社長と共に、
新規プロジェクトの推進計画の話し合いのため、とあるホテルにやって来ていた。
「それでは、我社の方で市場調査の結果をまとめて、後に報告させてもらいましょう」
「よろしくお願いします」
1時間みっちりと当面の対応を決めると、二人の溜息が広いホテルの一室の中を流れる。
相手の社長はホランよりも7つほど年上だが、中々のやり手で、情熱もあり実にウマが合う。
「そういえば、ホラン君は日本の恋人に、ただいまのキスぐらいはしてあげたのかい?」
「えぇ、まぁ。嬉しさのあまり向こうから求めてきまして、私もよりいっそう愛しくなりましたよ」
都合の良い様に自動的に改変された記憶を思い返しながらホランは顔を赤らめて言った。
「HAHAHA。さすが若いとお熱いねぇ。でも、確かに日本の女性は艶やかで僕も少しそそる物があるよ」
「えぇ、まぁ、そうですね」
「僕に日本人の恋人がいたとしたら、是非、着物姿で帰宅するのを待っていて欲しい物だ」
社長も、少し照れくさそうにしながらそう言うと、ホランもその意見に同意するように腰を浮かし、
「解ります。私も、家に帰った時に愛する人が迎えてくれると、もう、素晴らしく良い……」
「たまに、遅くなると怒ったようにパチンと叩いてくれると良い。なんてずいぶんとマゾな事を言ってしまうけどね」
「良いですね。私も、縄で目隠しされて縛られて、愛の言葉を囁かれながらムチでしばかれるとさぞ快感だろうと」
ホランは、社長のような一般的な男性の妄想とは徐々にずれ始めていることに気付いていなかった。
社長は冗談だと思ったらしく、大げさに笑いながら、
「君は若いのにとんでもないマゾヒストだね。いや、面白い。でも、君の恋人はそこまで過激じゃないでしょう」
「あぁ、言われて見ればそうかもしれませんね。どちらかと言うと大人しいタイプですから」
「そう言う人ならば、じっと抱きしめられるくらいがちょうど良いんじゃないかな」
ホランは顔をさらに赤くして、うんうんと頷き始めた。脳内にはクリアな妄想が広がっているのだ。
「良いですね。抱きしめられながら、首筋を噛み付いてくれると、これまた快感でしょうね」
「…………」
「あっ、後、ダンボールに詰められて箱を殴打して、どんどん箱が壊れると共に私の体に当たってくる……
そんな想像をするだけで私は、もういてもたってもいられなくなります」
ホランの赤い顔を正視しなくなってきた社長はおもむろに立ち上がり、早くこの場を終わらそうとした。
「今日はどうもありがとう。お時間をとらせてしまって」
「あ、そうですね。すぐに東京にいかなければいけませんし」
まだほんのり顔の赤い夢を見ているかのような表情のホランも立ち上がり礼をすると
足が浮いているかのような足取りで部屋を出て行った。彼の脳内では、今グリーンはとんでもないことになっていた。
「変わった人だな……」
ホランのいなくなった部屋で、社長はチラと腕時計を見た。
だが、さっきまで腕にしっかり巻きつけていたはずの腕時計は煙の様に消えてなくなっていた。
椅子の下や机の下を覗き、もう一度、本当につけたかを思い出してみたが間違いは無い。
まさかホランの仕業か?と思い追いかけようとドアノブに手をかけた時だった。
「うっ……」
後ろから何者かに後頭部をガツンと殴られる様な痛みを覚えた。
薄れゆく意識の中で背後を振り向くと、真っ黒い影がそこにあった。
そこでプツンと意識が途切れ、社長の体は床に崩れ落ちた。
「おかしい……コイツじゃないのか……どこだ……こんな時に限って」
目的の人物ではない事を確認すると、舌打ちをした影猫はそのまま影の中に溶けていった。
ホランは、既に東京へ向う飛行機に搭乗するため、車を走らせている頃だった。
「ンガー……ンゴー……」
変な化物がいるのではなく、これはビーストズのメンバーがイビキをかいている声だ。
聞くだけ聞いて感心すると、早くも椅子に寄りかかり、口をあんぐりと開けて高イビキなのだ。
「タイガ。お前もなんか歌詞ぐらい書けよ。曲はこっちで付けるからさ」
ただ、一人起きてチビチビと缶ビールを飲んでいるミカンがレッドを小突く。
「えー。僕はもう熱いのしか書けないですよ?」
「じゃぁ、あんたらは?」
酔ってもいないのに、テンション高く派手なモヒカンを揺らしながら、
借りてきた猫のように、缶を持ったまま固まっている改造猫にも話を振る。
「そこの、ツンツン兄ちゃん。どうよ。ロック好き?」
「俺はあんま……そう言うの書けないし」
「そこのタヌキの兄ちゃんは?」
「ボクはタヌキじゃない! オシャレな兄ちゃんって言って欲しいのさ」
「オシャレな兄ちゃんはどう?」
化猫はヒデをピンと引っ張りながら、誰に注目されているわけでもないのにこれ見よがしに足を組んだ。
「ボクは、ビジュアルが良いから、何でも似合っちゃうのさー」
「そんじゃ、ウチに入るか? ボーカルとして」
「もう、ミカンさん化猫に冗談言うのはやめてくださいよー」
「あ、でも、タヌキはビーストって言うかアニマルって感じだからな」
「タヌキじゃないって言ってるのにっ!!」
化猫の突っ込みに変猫がフッと鼻で笑った。冷笑と言う感じではなく、思わず笑ってしまった感じに近い。
「あ、変猫、笑ったー」
「何がおかしいのさー!」
「別に何でもねえよ」
変猫の意図せずしての笑いを発端に、徐々に改造猫とレッド達の間にある溝が埋まっていくのを感じた。
この場だけは、敵味方も関係なく、単なる男達の談笑の場になっていた。
変猫からは、絵の話を聞いて、化猫からは、髪型やら何やらの注意点を聞いて、ミカンはただ、自分の生い立ちを語る。
「さ、次はタイガの番だぞ」
深夜の2時を回っても繰り広げられているこのダベリもついにレッドの番がやってきた。
レッドは、まぁまぁとジェスチャーをしながら、急かしてくるミカンたちを抑えた。
「何だー。話せられないようなことか。オイ」
「ウィック様の秘密とかか?」
「何でもいいからとっとと話すのさー」
レッドは、再度もったいぶらせるように再度同じジェスチャーをし、静かになったところでゆっくりと立ち上がった。
「この前、道を歩いていたら、頭にトンピャラポンを乗せた人が歩いてきてね」
「ふんふん」
「気になったから何で、トンピャラポン乗せてるんですか?って聞いたんだけどー」
「ふんふん」
「そしたらぁ……」
レッドは、ふとそこで話を止め、OFFレン通信の読者たちの方をチラと見た。
「その前に。後編へ続きます」
≪参考文献≫
「リルケ詩集」 (富士川英郎訳 新潮文庫 刊)