第100話

『そして僕らは未来へ (3)』

(挿絵:パープル隊員)

「どーすんだよこれから……」

エコ(と言ってもパラレルワールドのエコだが)と、その仲間はとある小屋の屋根裏にいた。
脱獄を成し遂げた彼らは広い敷地内にボロボロの小さい離小屋を見つけてそこに隠れることにしたのだ。

「……夜まで待つか」
「夜!? そんなに待てるかよ。こんな汚い所で!」

この小屋自体、廃屋と言っても良いほどの風化ぶり、入ってくるなりエコが床板を踏み抜けてしまったくらいだ。
この屋根裏部屋もひび割れた屋根から雨が入り、辺りの木材もだいぶ腐食が進んでいる。

「嫌なら出て行くか?」
「べ、別に嫌じゃねーし……」
「ま、どっちにしろあの騒ぎじゃ夜もどんちゃん騒ぎしそうだがな」

テオが薄笑いを浮かべながらひび割れた屋根の隙間を覗いた。
外はパンガの結婚式を盛大に行うための準備で、賑わっている。
緑ばかりの竹林の中、色とりどりの万国旗がよく映えている。

「しかし、物好きなパンダもいるもんだ。あの帽子のガキも良い趣味してるぜ」

テオは折りたたまれたピンクのビラを広げた。そこにはハートで囲まれたパンガとレッドが映っていた。
『オオカミ帝国 パンガ大王 之 婚礼之儀』と描かれたこのビラは、脱獄直後にヘリコプターで
空から大量にばらまかれていたものを拾ったものだ。国民の参加を呼びかけているのか、『一人辺、祝儀 五萬円ヲ納メルベシ』と赤く印字されている。

「その結婚式が始まったらヤベーだろ。人いっぱいくるんだろ。今しかねーよ」
「まぁな。つっても、準備してるオオカミ野郎も結構いるだろうが」
「だったら、今のうちにレッドのやつ助け出そうぜ。早く帰りてーよ!」
「どうする。ルベウス」

天井板に座り込んだまま、俯き加減だったルベウスはフッと目をテオに向けた。

「……始まるまで待とう」
「バっカ! 人増えたらやべーだろ!」
「そいつら全員が俺達を捕まえに来るわけじゃないだろ」
「そ、そりゃそうだけどよー」
「それに、人が多い方がかえって動きやすい。オオカミだけの状況よりもな」

エコはルベウスの意見が正しい事に気付いたが、おバカなりにプライドはあるので、
何度も頷きながら「まー、そういうのもあるよな」と苦し紛れの言葉を吐いた。

「式の開始はいつからだ?テオ」
「午後6時。花火が10回鳴った時だそうだ。ついさっき3回鳴ったからあと7回。もう少しだ」
「そうか……」

ルベウスはそう呟いたきり何も言わなかった。
何か作戦を考えているようにも見えるが、ただぼーっとしているようにも見えた。

「まだこんな汚ねーとこにいなきゃいけないのかよー!」
「焦んなよ。"急いては事を仕損じる"だ」
「あー、腹減った。食い物もちょっと頂戴しようぜ」
「……それもいいかもな。面白い見世物もあるし」
「ん?」

テオは『?』顔のエコを無視したまま、先ほどのチラシを再び眺めた。
右隅の進行表には"誓イノ接吻"の文字。要するにキスをする予定がしっかり立てられていた。

「……ちょっと助けるの遅らせるかな」

意地悪な笑みを浮かべてテオは外を眺めると、外ではちょうど4発の花火が夕空に打ち上げられていた。










「うんまーい♪ このペペロンチーノサイコー♪」

今にもほっぺが落ちると言うような幸せな表情で、
フォークにめいっぱいパスタを巻きつけた物をブランは口に運んだ。

「うんまぁぁ~い♪」
「ブランくんってパスタ好きだねー」
「だって、美味いんだから、好きに決まってるじゃん♪」

ブランはまたも一口麺の束を口に入れ、美味いと言う。
食べ始めてからずっとこの調子なので、女子達もいい加減鬱陶しさを覚え始めていた。
さきほどの会話も、"関心・興味"ではなく"皮肉"の意味が暗に込められていたが、彼は気付いていない。

「それにしても、こんな世界でイタ飯食べてるなんて、いつもとあんま変んないね」
「ですー」
「ランチしてても、パラレルワールドだもんねー」
「おまけに、ソックリさんも見ちゃったしねー」
「……まったく、見てて気分の良い物じゃなかったわ」

シェンナの口の周りのソースをナプキンで拭きながら、
クリームは思い出すのも汚らわしいとばかりに、吐き捨てる様に言った。
確かにあのシェンナは酷い。酷かった。

「ピンクのソックリさんは普通に可愛かったけどね」
「もぅ、そんなことないよぉ~」

恥ずかしそうに声をあげるピンクを見て一同は和やかに微笑む。
すると間髪いれずに「うんま~い♪」が入るので、のどかなランチタイムも大衆食堂並みだ。

「お水いりますかー?」

待ち構えていたかのように、銀色のポットを片手にウェイターがやって来る。
別に普通の行為だが、女子達は囁き声で彼の事をヒソヒソと話し出す。
さすがに露骨すぎたのか、彼は見るからに不機嫌そうに語調を強めて、

「お水いるんですか!? いらないんですか!?」

と言った。女子達は申し訳ないが面白さの方が先立ったので「結構でーす」と言うのが精一杯。
それもこれも、そのウェイターがBC団改造猫の化猫にソックリだったのだ。ご丁寧にタヌキ模様もちゃんとある。

「人の顔見てコソコソ話すのは失礼ですよ。あなた方って常識ないですねっ!」

挿絵

よほど不愉快だったのか、お客に向かって皮肉めいた台詞を言い放つと、
そのままぷりぷりと厨房の奥へと戻っていってしまった。プライドが高すぎるのもソックリだ。

「それにしても、何か私たちの知ってる人とかと良く会うねー」
「うん、すっごい偶然。ねぇ、ブランくん」
「うん……まぁ~い♪」
「それ返事なの?」

ブランはとうとう残った最後の麺を口に運び、満足げに空皿の中にフォークを放り投げた。
そして、ぽんぽんとお腹を叩くジェスチャーをしながら「満腹満腹」と呟く。親父じゃあるまいし。

「で、 みんなどうしたの? なんか言ってたよね?」
「うん、私たちの知ってる人と良くあうから。凄い偶然だね。って言ってたの」
「なぁ~んだ。そういうことか」

ブランはポン!とお腹を叩くと、身を乗り出して放り投げたばかりのフォークを掴んだ。

「あのね、それは偶然じゃなくて。必然とも言えるんだよ」
「必然?」
「オレもみんなも同じ軸から派生しているでしょ? だからある種、共鳴する所があるんだよ。
上手くいえないけどさ、不思議な力に引き寄せられているっつーの? だから、オレ達の出会いも運命♪」

女子達に向けたフォークの先を上下に振りながら、ブランは得意げに語った。
理屈はよくわからないが、隊員達も感覚的には理解できるような気がした。運命、必然。あるような気もする。

「じゃー、我々がこの店に入ったのも、なんらかの必然性が働いたと?」
「そうかもね~。パラレルワールドとは言え、元は同じだから」
「それじゃ、これから、また知ってる人とパラレルワールドで出会うかもってこと?」
「イエローのソックリさんとかにも会えるのかなー!」

何気なく、ピーターが隣のイエローを見て言う。本人は固い硬い笑顔を見せた。

「……多分、会わないと思いますよ。解剖とかしてるんじゃないですかね」
「会うヤツもいるだろうし、一度も会わないヤツもいるかもね」
「なにそれー」
「"よくわかんないけど"、そういうもんなんだってー」

ブランはとにかく、これ以上の事は自分には説明できないよと言う風に前半を強めて言った。
女子達もさすがにこれ以上深く聞こうとは思わなかった。言われてもほとんど理解できなさそうだったからだ。
だから、ある意味、ブランの説明は実に庶民的に噛み砕かれていると言えるかもしれない。

「んじゃ、そろそろ出よっか?」

ブランが伝票を持ちながら立ち上がろうとすると、
女子達は、顔だけ『私も出そうか?』と言う風にして見せた。
素早くそういう表情を悟るのはさすが女好きのブラン、笑いながら心配いらないとばかりに手を振った。

「良いの。良いの。オレのおごり」
「そんな、悪いよ」

再び女子達は、眉をハの字にしながら、財布をチラつかせながらそう言う顔を見せた。
当然ながら、本心では次に予想される言葉を待っている。マナーとしてやってみせただけだ。

「大丈夫大丈夫。だってオレ、タイムポリスだよ?」
「判った。経費で落ちるんだ!」
「そっかー。ごちそうさまー」

すぐさま、女子達は待ってましたとばかりにブランにおごりをお願いする。
実に打算的ではあるが、これを女の知恵と呼ばずして何と呼ぶか。

「……毎度ありがとうございます、17800ジャパンドルです」

レジではさっきの化猫ソックリの店員がムスッとしながら、代金を清算した。
単位が違うので、女子達も新鮮に感じる。

「ヘイヘイ。17800ジャパンドルね~」

ブランは、ニコヤカにタイムスティックを取り出し、
突然、ピカ、ピカ、と素早くフラッシュを二度、店員に浴びせた。
彼は一瞬、ビクッとして目を見開いたが、徐々に落ち着いてくると、

「あ、ブラン社長。いつもお世話になっています!」

と、急に手もみをしながらブランに向かってそう言った。
ブランは「ん」とだけ言うとそのまま、口笛を吹きながら外へと出て行った。
一瞬何が起きたのか判らない女子達も、恐る恐る外へ出ようとすると、
店員は、ブランと同じようにニコヤカな笑顔で、

「これは社長のお嬢様方、ご来店ありがとうございました」

と、さっきまでの態度が嘘の様に送り出してくれた。
わけが判らないまま外に出た女子達は、外で待っているブランに詰め寄った。
彼女たちが聞く前から、ブランはタイムスティックを指でクルクルとペンのように回しながら、誇らしげな表情を浮かべていた。

「タイムスティックにはね。捜査の時のために、記憶操作機能がついてるんだ。
これを使えば関係者用の所にもいけるし、ホテルだって泊まれる。便利でしょ~?」
「じゃぁ、つまり、その機能で、お店を食い逃げできたわけ?」
「やだな。食い逃げだなんて。今のオレたちは、あの店のオーナーとその娘たちなんだから、
食い逃げじゃなくてご馳走してもらったの。オーナーなんだもん。と~ぜん!」

ブランはそう言うと、ガンマンのようにタイムスティックを回転させながら腰のケースに戻した。
女子達も微妙に腑に落ちなかったが、これも犯罪者を捕まえるためだと、気にしないようにした。

「さってと♪ 腹もいっぱいになったし、犯人を捕まえるか!

ブランは戻したばかりのタイムスティックを再び取り出すと(二度手間だ…)、
レーダーの形に変形させた。機嫌がいいのか波状の様子をニコニコと見ている。
─と、突然彼の顔が真顔に変った。次いで「ん~!?」と画面に顔を近づけた。

「ブランくん、どうしたの」
「……それが、反応が全然なくて」
「え、それってつまり?」

ブランは、苦々しく硬い笑顔を女子達の方に向けた。こう言う表情を作る場合、相手は贖罪を求めている。
女子達も何となく、彼の顔を見るなり、全てを把握した。そして、その予感は的中してしまった。

「……犯人、別の世界にいっちゃったっぽい」













「……38番、ピアノ科在籍、ピース。曲はムソルグスキーのスケルツォ第4番ホ長調op54」

本番さながらに、そう呟くと、ピースは練習室のピアノの前に腰を下ろした。
自分の番が来るまで、残り僅かな時間しか残されていない。

『俺が、未来から来たおまえ自身だからだよ……』

昨夜の自分自身だと名乗る男の言葉が脳裏に蘇り、ピースは首を振ってそれを打ち消した。
気を取り直して、鍵盤を叩く。今は余計なことは一切考えてはいけないのだった。
何日も練習した曲だけあり、指使いは本人の予想以上にスムーズに運び、人知れず彼は安堵の息を吐いた。

『……このままじゃ、お前は明日の演奏会で失敗する』

ピースは目を閉じた。音を、鍵盤の感触だけに集中するのだ。そう何度も自分に言い聞かせる。
しかし、心の動揺は昨夜の出来事を音と音が途切れる合間をすり抜けて、彼に忍び寄ってくる。



『失敗する!? どうして、そんな事が言えるんですか……!』
『どうして? 言ったはずだ、俺はお前だからだ』
『全然似てないじゃないですか。毛色だって違うし……
ボクは、将来軍隊にでも入るって言うんですか? 体力もロクにないボクが』

男は不敵な笑みを浮かべてゆっくりと首を横に振った。

『学校を退学した俺は、ある犯罪組織に入る。そこで…色々あってな』
『バカバカしい。そんな怪しい組織には入りません。第一ボクは退学なんてしない』
『ジェンガに桃子を取られてもか』



ピースは隣の鍵盤に触れそうになり、咄嗟に指を横へとスライドさせた。
ワイシャツが背中にべっとりと張り付く。忘れる。忘れるんだ。ピースはそれだけを心の中で繰り返していた。



『何を言うんですかいきなり!』
『桃子のことが好きなんだろう? よく知ってるぜ』
『出て行ってください! も、もうあなたの話は聞きたくない!』
『桃子を自分の物にしたい。それには演奏会で勝たなければならない。
桃子は高嶺の花だ。良い所のお嬢様だ。お前には釣り合うはずがないに決まっている』
『……な、なんだと』
『だが、ジェンガは違う。ヤツも金持ちで地位もある家の出だ。アイツも桃子を狙っている』
「うるさい!」

ピースが男を突き飛ばそうとすると、彼はピースの腕を掴み、捻りあげた。
あっと言う間の出来事に、声が出なかった。

『……全てお前自身が思っていることだ』
『!』
『ジェンガよりも成功して、振り向いて欲しいと思っているんだろう。
だが、そんな物は都合の良い妄想だ。それではお前はプレッシャーに負ける』

男はピースの腕を振りほどき、ベッドの上のスコアを手に取った。
ページをゆっくりと捲り、ある所で止めると、それを指さしてピースに向けた。

『この部分でお前は失敗する。レのフラットが外れる、そしてテンポがずれる。そして終わりだ』
『な……』
『結果はジェンガの勝ちだ。桃子はヤツと結ばれることになる。お前は自暴自棄になる。
ピアノなんて腹の足しにもならないと思うようになる。もうピアノには触らなくなる。
ヤケになる、全てが憎くなる、退学する、堕ちるところまで堕ちて、犯罪組織に仲間入りって訳だ』
『…………』

男は軍服の上着を脱いだ。ピースはハッと息を呑んだ。彼の体は何十もの傷で覆われていた。

『……ここまで傷を負っても、俺は組織を辞めようとは思わなかった。わかるか。
もう、どこにも居場所がなかったからだ。それしか、生きる意味を見出せなかったからだ』

ピースは小さく首を振りながら、青ざめた顔で後ずさりしていた。
男はそんなピースをギロッと睨み付けると、『目を逸らすな!』と叫んだ。

『……安心しろ。犯罪組織は解散して、俺は別なこじんまりとした組織に入った。
俺の戦闘経験を活かせているとは言えないが……地獄の日々と較べれば幾分かはマシだ』
『…………』
『だが、落ち着いて来ると、自分を冷静に考える時間も出来たわけだ。
俺はこんな人間になりたかったのか。答えはNOだ。でも今からじゃもうやり直すことなんか出来ないに決まってる。
それもこれも、全ては明日の、明日の演奏会のせいだ。あの時に戻れたら……何度も考えた。
そして、俺は運よく過去の俺に会うことが出来る様になった──』



ピースはハッとして目を開いた。指が遠くに離れて行った様な錯覚に一瞬、襲われたのだ。
指はちゃんとそこにある。丁寧に、譜面通りに動いてくれている。大きな息を吐いた。



『目的が達成できないならば、達成のために障害となる物排除する必要がある。戦闘の基本だ』
『それが……ジェンガさんに怪我をさせると言う言葉の意味ですか』
『そうだ』

男の瞳はじっとピースを捉えていた。

『俺が俺を救うにはそれしかない。そして、桃子を奪い取れ。後は好きにしろ。
今のお前にはわからないだろうが、桃子は良い女だぜ……』
『やめてください!』
『……わかっただろ。このままじゃお前はこう言うゲスな人間になるってことが』
『…………』

ピースは俯いていた。どうすれば良いかわからなくなった時、
いつも誰かにどうすれば良いか決めて欲しいと思い、彼はこのような態度を取る。
男は、それが良く判っており、そっとピース肩に手を置き耳元で囁いた。

『俺の言う通りにすれば良い。そうすればきっと良い未来が待ってるぜ』
『…………』
桃子を物にしたいんだろ。もし他の男に取られたらなんて考えると夜も眠れないんだろ。
ピアノが得意だから、何て曖昧な動機を、高い物にしてくれたのは桃子のお蔭なんだろう』
『…………』
『今のお前じゃ告白しても振られるに決まってる。女を物にする近道は金か、実力だけだ。
ジェンガさえいなくなれば、お前が勝つ。桃子も見直すだろうな』
『……一つ、良いですか』
『何だ?』



男が言っていたレのフラットの音符を超えた。まもなく、この曲も終わりに近づく。
あと少し。あと少しだ。ピースの鼻筋を汗が流れる。



『……桃子さんとの最初の出会いを覚えていますか』
『あぁ』
『……答えてください』

男は、フッと笑った。今までで見た中で一番優しげな表情だった。

『廊下でスコアを拾ってくれた』



最後の音がホールに響いた。ピースの頭は真っ白になっていた。ラストまでミスせずに完奏出来た。
長い長い一音が途切れると、拍手の音で我に返り、背後にあの軍服姿の男が立っていた。

「……上出来だ。その調子で本番もしっかりやれよ」

ピースは静かに頷いた。













ライガたちは、アンパンを齧りながら真昼の公園のベンチの辺りにたむろしていた。
喉が渇くと、パックの牛乳を啜り、そして再びつぶあん入りのパンをくわえ込む。
女子達がイタ飯だった一方、こちらでは刑事と言えば!と言う事でこのような昼食になっていた。

「こうしていると、何かここがパラレルワールドだって事、忘れちゃいそうになりますよね」
「もっと凄い世界もありますけど、大抵は平和ですからね」

ライガはそう言って、パンの袋を几帳面に折りたたんで側に置くと、次いで2個目の袋を開封した。
どうも、相当食事を我慢していたらしく、再び美味しそうにかぶりついていた。

「不思議っすよねー。ホントに、なんか」

牛乳パックを握りつぶしたブルーは、その光景を見ながらぼんやりと呟いた。

「どうかしましたか、ブルーさん」
「いや、俺らの世界じゃタイガ…つまり、こっちの世界のライガさんって、ブランさんソックリなんすよね」
「はい。存じてますよ」
「それが、何か、こう礼儀正しいと。もやもやするっつーか」

ライガは苦笑しながらパンを膝の上に置き、大きく頷いた。

「そんな違和感はあって当然です。私も、何度も経験してますからね」
「そんなもんっすかー」
「でも、ライガさんはホランって感じはしないよな。ごく普通に真面目な感じだし」
「そうなんですよ。実にライガさんは誠実で良い人だと思いますね。私も太鼓判を押します」

ライガの隣に座っているグリーンも、ニコニコしながら彼の肩を叩いた。

「でも、案外、ライガさんもそう言う趣味があるかもしれないよ。グリーン」
「……シャラップ、オレンジ。引き千切りますよ」

一瞬にして200%の不快感を示すグリーンに、ライガは笑いながら打ち消すように手を振った。

「大丈夫ですよ。私、生まれてこの方、男性に恋愛感情を抱いた事なんてありません」
「まだ目覚めてないだけかも」
「オォォォレェェェンジィィィィ!」

グリーンは低い絶叫を上げながらオレンジの銀髪を大根でも抜くような勢いで引っ張り始めると、
ライガは、「まぁまぁ」とグリーンの肩を押さえながら、彼をベンチに座らせた。

「と言いますか、私、同性だけでなくて異性にも恋愛感情を抱いた事って無いんです」
「えー!? 一度もですか?」
「ハイ。一度も。人を好きになるって事、イマイチ判んなくて」
「じゃぁ、ブランさんなんか余計わかんないんじゃ?」
「えぇ、まぁ。ちょっと羨ましくもありますけど」
「本当に正反対っすよねー」

ライガは「昔からいつも言われてます」とこれまた大きく首を縦に振りながら答えると、フッと笑って、遠くを見つめた。

「お腹の中でブランに取られちゃったのかもしれませんね。恋愛感情を」
「ははぁ、尋常じゃないですもんね……ってえぇ?!」
「えぇーーー!?」

男子達は一斉に立ち上がってライガを見つめているのにブランは気付いた。
最初は何を驚いているのか判らなかったが、彼は頭の回転は良いためかすぐに気付いたらしく、「あぁ」と声を漏らした。

「あれ、言ってませんでしたっけ? 私とブランが双子の兄弟だって」
「……初耳でした」
「あなた方の世界ではそうじゃないんですか?」
「え、えぇ……」

ライガは「変なの」と言う風に男子隊員を見ながら子供じみた笑みを浮かべた。

「私が兄で、ブランが弟です。昔っからブランは、勉強せずに、女の子を追い掛け回たり、遊びまわったり。
私は、勉強が好きで、本も良く読んでて、あまりに違うから、どっちか病院で取り違えたんじゃないかって、言われたこともあります」
「そりゃまぁ、あまりにも違いすぎますもん」
「でもまぁ、兄弟仲良く同じ課なんて、良いですよね」
「良くなんかありませんよ」
「そうですか。でも、お二人とも良いコンビだと思いますよ」
「……そんなことはありません」

ライガの声が少しだけ険しくなったが隊員には、それが強がりに聞こえていた。

「またまた~。ケンカするほど仲が良いって言うじゃん」
「同じパラ二課同士なんですから~」
「あんな奴と私を一緒にしないで下さいっ!」

突然、ライガは立ち上がって大声で叫んだ。

「アイツはいつも邪魔ばっかりして、自分勝手で、傲慢で、そのうえ、人の気持ちを悟る事すら出来ないそんな奴なんですっ!」

ライガの目はどこか憎しみに溢れていた。手に握ったアンパンから餡があふれ出て来た。

「タイムポリスになっておきながら、職務に不真面目、モラルのカケラも無い。そのクセ、人の足は必ず引っ張る……!」
「ら、ライガさん?」
「……出来の悪い自分が惨めにならない様に、どうやって誰かの足を引っ張る事を考えてる。あんなヤツ、畜生以下だ!」

いつもの穏やかだったライガとは違い、顔を真っ赤にしてまくし立てるように叫び続けていた。
それは、彼が歩んできたブランとの人生において少しずつコップに溜め込まれてきた悪感情が、僅かに垂れてきていた瞬間のように思えた。

「全部、全部、ブランのせいでこんなことに……っ!」

ライガの目から悔しさに満ちた彼の瞳から零れたものは、餡に塗れてしわくちゃになったアンパンの上に落ちた。

「ブランのせいで、私がパラ二課なんかに!」

全身を怒りに震わせる錯乱気味のライガの前で、隊員はただただ唖然として、これ以上何も声をかけられなくなっていた。
その時、隊員に気を使ってくれたのだろうか。どこからか飛んで来たサッカーボールが、いきなり彼の顔面にヒットした。













「……はぁ。エコ達大丈夫かなぁ」

胸元にパンダのマークのついた男物のチャイナ服を来たレッドは、
中庭を取り囲む通路の欄干にもたれ、蓮の池を眺めていた。

勝手にパンガが進めている結婚式まで、あと数時間。
準備はちゃくちゃくと進んでいるし、パンガはあんなだし、
レッドは本当に結婚してしまうような気がして、若干マリッジブルーになりかけていた。

「まだいたのか。キミは」

聞き思えのある声に気付いて、レッドが振り向くと、
そこには白に黒い虎縞のオオカミ、ボルフ(レッドの世界で言うホラン)が立っていた。
サングラスの奥の目が、呆れている。

「どおりで起きてみたら外が騒がしいわけだ」
「あ、どうも。こんにちは」
「いや、知らなかったよ。キミが男色家だったとはな」
「はい……って、いや、違います!」

パンガと長く一緒にいたせいで微妙に思い込みかけていたレッドは、この時我に返った。

「あの、実は……」

レッドはボルフに一か八か、今までの状況を話してみた。タイムスティックの事は話そうか迷ったが、
さすがにそこまで話すと胡散臭くなりそうなので、大事な物とだけ言っておいた。

「なるほどね。パンガらしい。バカなやり方だ」
「それで、あの」
「わかってる。パンガに言ってこんなバカげた式を止めさせて、その大事な物もキミに返させる」

ボルフが歩き出そうとすると、レッドは慌てて彼の手を掴み、歩みを止めた。彼は「何故止める。キミのためだぞ?」と言う目を向けた。
彼の行動はありがたかったが、先ほどの例と良い、あまり二人の仲は良くない。よけい事態が酷くなるような予感がしたのだった。

「も、もうちょっと様子見でお願いできませんか」
「何故?」
「その、パンガ、ボルフさんのこと嫌いみたいだし……」
「だから?」
「逆効果になるんじゃないかなって」
「大丈夫。パンガはオレに頭が上がらないんだ」

ボルフは心配そうに見つめてくるレッドを一笑に付した。

「ここだけの話。あいつがあの地位にいるのはオレのおかげだからな」
「え?」
「オレがアイツに王の座を譲ってやったってこと」

ボルフはレッドと同じように欄干に持たれ、遠くの方を見ていた。

「キミも知ってるだろうけど、オオカミ帝国がここまでになるのに、割と時間が掛かった。
何せ、相手は国家だからな。オレも苦労した。だが、その突破口になったのがパンガの誕生だ」
「パンガが……?」
「パンガは生い立ちが酷くてね。オオカミになるはずがミスでパンダになってしまったし、
おまけに力はそれなりに強いがちょっと抜けてる所があるし、自己中心的で子供だ」
「……」
「ボルフと較べてパンガは……なんて良く言われた。実際、アイツは使い物にならない。全ての面でオレが上だ」

彼は実に淡々と語った。事実を単に述べているだけでそこには感情は介在していなかったように聞こえた。

「……軍隊を掌握したのも最終的にはオレだ。皇帝を降伏させたのもこのオレだ。
だが、王の座なんて面倒な物にオレは縛られる気はなくてね。趣味じゃない」
「それで…」
「パンガに王の座を譲ってやると言った。幸い、その場には二人しかいなかったし」
「どうして」
「さぁ。……しいて言えば哀れみかな」

ボルフは、苦笑しながら頭を掻いた。

「失敗作とまでは言わないが……パンガより、オレの方が優れているわけだしね」
「……」
「以上、パンガがオレに頭が上がらない理由。安心したかい?」

レッドは先ほどのパンガの発言を思い出していた。彼は彼なりに辛い思いをしてきたと言うのも想像に難くない。

「……あの、やっぱり、もうちょっと待ってくれませんか」
「Why?」
「パンガをなるべく傷つけたくないって言うか」
「……hmm。キミもずいぶん人が良いんだな。呆れを通り越して尊敬するよ」
「レッドー! どこ行ったー!」

と、その時、遠くからパンガの声がした。レッドを探しているらしい。
ボルフはヤレヤレと言う風に首を振ると、レッドの肩を叩き、足早のその場を去っていく。
彼の姿がちょうど見えなくなった頃、パンガはレッドの姿を捉え、駆け寄ってきた。

「お、レッド! こんな所にいたのか」
「うん」

レッドはつとめて平静を装うようにしてパンガに微笑みかけた。上手く微笑めてない事はなんとなく感じられた。
そんな些細な変化をパンガは気付かない。極めて純粋にこちら見てくれていた。

「知ってるぞ。結婚前のヤツはちょっと悩んじゃうんだろ。まりじ……まりじっと…なんとかって言うんだよな」
「んー、まぁ、そうかな」
「安心しろ。オレは元カレもいない。いわゆる童貞ってヤツだ。嬉しいか?」
「ははは……」
「あぁ、もうすぐ結婚式だ。オレ達、一緒になれるよなー?」

パンガの言葉にレッドはハッと気付かされた。彼は、誰にも愛情を与えられなかった代わりに、
誰かに愛情を注いで、その見返りを求めようとしているのではないか。自分そのものを好いてくれる対象を。
勿論、ここまでハッキリと意識したわけではなかったが、直感的にそう感じたのだ。

「レッド、行くぞ」

パンガの差し出してきた手にレッドはそっと触れた。
ここまで来て、生粋の流されやすいお人よしが出て来てしまい、「結婚ぐらいならまぁ…」と思い始めていた。
当然、隊長の中での結婚の意味が友人の家へのお泊り程度の認識になっているのも追記しておく。














突然、隊員の間を抜けてライガの顔面に命中したサッカーボールは彼の顔に少しめり込むと、
ライガの体は慣性の法則に従って後ろへと大きくのけぞり、そしてベンチから落下した。

「すんませーん!」

ボールの犯人であるらしき少年が急いで駆け寄ってきた。
短パンを履いた、いかにもサッカー少年っぽい井手達をしている。
おまけに、ホワイト隊員にクリソツと言うオマケまで付きだ。

「あっ!」
「大丈夫ですか? あの、すみません」

ぽりぽりと頭を掻きながら申し訳なさそうに頭を下げるホワイト少年。
ブルーは、目を見開いてこの不思議な存在を右から、左から物珍しげに眺めていた。

「……何か?」

不機嫌そうにブルーを睨むホワイトの顔を見るなり、ブルーも思わず土下座して
「うわっ! すいませんっす!」と叫んだ。立派に調教されていると言って良いだろう。

「次は気をつけるんですよ」

ライガの顔からボールを引っぺがして、グリーンは少年にボールを返した。
すると、これまたホワイトとソックリな笑顔を見せて「ありがとう」と言うなり、遠くで待つ友達の方へと走っていった。
そんな微笑ましい光景を眺めていると、ライガがベンチの下から弱弱しく昇って来た。

「……みなさん。お恥ずかしい所をお見せしました……」
「いえ、大丈夫です。ちゃんと気をつけるように言っておきましたから」
「焦っていたんです。ブランのせいで余計な手間をかけることになってしまうし、犯人には逃げられて……」

レッドの事を言っているのだろうと隊員達はすぐに理解した。だが、明らかに関係者を目の前にして「余計な手間」とは言うべきではなかった。
どうやら、彼は混乱で、自分が失礼な事を言っているのかどうかも判断がつかなくなっているらしい。

「私、ちょっと暗くなりすぎてました……ブランと離れる為にも、犯人を絶対捕まえなくてはと。
今出来ることはそれしかない……きっと、あのサッカーボールは私にそう伝えたかったんだと思います」

ライガはさっきの衝撃でちょっと頭を打ったせいか変な事を言っていたが、気が晴れたようでもあるので、
隊員は安心してライガを起こしてベンチに座らせた。微妙に焦点が定まってないのか彼は目をこすりながら、タイムスティックを手に取った。

「……皆さん、これからの捜査、また心機一転、頑張りましょう」

ライガはいつもの頼もしそうな笑みを隊員達に向けた。顔面にはくっきりとサッカーボールの跡が付いていた。
しかし、そんな跡が何かしらの形で共鳴したのか、再び飛んできたボールが、ライガの顔面に寸分違わぬ位置へと吸い付いた。

「……」

ライガは何も言わずに、軽くニ・三歩後ろによろめき、尻餅をついた。

「すんませーん!」

やれやれと思いながら隊員達が少年の方を見た。やって来たのはホワイトではなくピーター隊員そっくりな少年だった。
二人揃っているなんて珍しいと思っていると、少年は頭を下げて、

「すんません。俺、二度もやっちゃって」

と謝ると、グリーンは、ボールを拾うと今度は語調を強めにしながら叱った。

「次からは気をつけてくださいよ。危ないですからね。さっきの白い子にも言いましたけど皆にも言ってください」
「……白い子なんていませんけど」
「はぁ?」

グリーンは軽く首を伸ばして遠くでこちらの様子を窺っているサッカー少年たちを見た。
確かに白い毛の少年は見当たらない。

「まぁ、良いでしょう。さっきボールを取りに来た白い子は何故か消えていますが、もし、見つけたら、
注意して遊ぶように言ってくださいよ。良いですね?」

さては隠れるか逃げたのだろうとグリーンは納得して少し皮肉めいて注意することにしたが、
少年は「変な事を言うヤツだな」と言いたげな顔でチラとグリーンを見上げた。

「さっきも俺が取りに来ましたけど」
「いいえ、さっきは白い子でした」

グリーンはすぐさま生意気な反論をしてくる少年に少しムッとしたように言い返した。
すると、少年もこれまたピーターそっくりの不服そうな表情を見せてさらに言い返す。

「俺でした」
「俺じゃありません」
「ホントにさっき俺がここに来て、謝って返してもらいました」
「じゃぁさっき来た白い子は何なんですか? 白い子があなたに変身したって言うんですか?」
「…………」
「そんな事あるわけが」
「グリーンさん!」

よりくっきりとサッカーボールの跡が付いたライガが突然、叫んだ。

「ありますよ! そんな事!」
「え?」
「だって、ここはパラレルワールドじゃないですか!」

最初、隊員はライガが何を言っているのか判らなかった。サッカー少年まで「はぁ?」と言う顔をしていた。

「犯人が、もし過去の世界に関わったら、世界は変化するでしょう?」
「あっ!」

隊員達もすっかりここが異世界だと言うことを忘れていたせいもあって、ライガの言葉が脳天に響いた。
そうだ。vol.1のガーネットの時と同様に、彼も過去の世界が変化したせいでこうなっているのだ。

「ちょっとごめんよ」

ライガは怪訝な顔をしている少年にレーダーを向けた。微量だが確かに反応がある。
本来の世界から確かに変化しているようだった。彼は隊員達に頷いた。

「今度こそ、犯人を捕まえましょう! 」












「ピース君、今日はお互い頑張ろうじゃないか」

ジェンガは、枝のように細い腕を差し出して、ピースに微笑みかけていた。

「まぁ、ボクが最優秀賞を貰うことになるだろうが、君は君なりに死力を尽くすといいよ」
「だよだよー」
「…………」

ピースは目を合わせる事なく、形式だけの握手を済ますとその場を後にした。
計画を実行するまで残り時間は少ない。男が待っている場所へと歩を進めた。

「ピースさん」

正面に立っていた桃子の声に、顔をあげた。思わず息を呑んだ。

「もうすぐですね」
「えっ」
「演奏会」
「あぁ…本当ですね。では……」

ピースはそれだけ言って、すぐにその場を去ろうとした。
決心が揺らいでしまうだけではなく、彼女の目をまともに見る事が出来なかった。

「ピースさん。あの」
「すいません」
「ピースさん、私……」
「…最後の練習をやりたいと思っているんです。すいません」

彼女の方を向かないまま、ピースは舞台袖を降りて行った。
あまり褒められない方法だが、こうしなければ、想い人を自分の物には出来ないのだ。

今までの自分だったら、多少のズルをしても勝ちたいとは想うが、実行はしないだろう。
ピースは男と同じ気持ちだった。どうせ今の何でもない自分が桃子に告白した所で振られるに決まっている。
だからこそ、少しでも自分をより良くしなければいけない。あんな、あんな人生は送りたくはない。

「……来たな」

ピースが舞台の天井部にやってくると、迷彩服姿の自分が立っていた。
男の足元にはランニングシャツ姿の照明係が倒れていた。気を失っているのか口の端に白い泡が付いていた。

「来てみな」

ピースは、照明機材や、コード類、誰が置いたのかパンの空袋なんかを避けながら鉄骨を渡った。
彼がやってくると、男は真下を指差した。下を覗くとちょうど真下には舞台袖から少し離れた所にある休憩スペースが見える。
粗末なテーブルとパイプ椅子が置かれ、ちょうどジェンガがマロン相手に何やら会話をしている。

「簡単な事だ。この、小型ライトを落とせばそれで良い」

足元に置かれているライトを男はポンと叩いた。ピースの頭ぐらいの大きさだ。

「いいか、これを手に向って落とせ。慎重にな。下手に大怪我させたら、中止になりかねない」
「……」
「それぐらいなら、ジェンガ一人を棄権させるぐらいで済むだろう」

男はピースの側に寄り、そっと背中を押し照明機具の前まで連れて来た。
ためらうような表情を見せると、男は両腕を掴み、機材に触れさせた。

「俺はお前にやって欲しいんだ。あの頃の俺自身に」
「…………」
「お前自身の手で勝利を掴むんだ。何をしてでも……それが戦闘で生き残る為のコツさ」
「…………」

ピースは、小型ライトを掴み、目下のジェンガを見つめた。
彼は両手をテーブルの上に置き、鍵盤を弾く動作を始めた。彼の練習スタイルの一つだった。

「さぁ、やれ。やるんだ」

両手が近づいたその瞬間、ピースは目を閉じ、照明機材から──手を離した。














逃げた犯人を追いかけてくるなり、とんでもない世界にやって来たなと男子達は思った。
最初に飛び込んできたのはビルのてっぺんに、"天晴"と書かれた大きな金の扇子のオブジェ。
いや、書かれているのではなく、LEDで映し出されている。電光掲示板らしい。
当然、それだけではない、そこら中を歩く人々の服装が原色ばかりのサイケな和服姿。
まるで海外の映画やアニメに出てくるような滅茶苦茶な日本の姿がそこにはあった。

「何だか、スゴイ世界ですねぇ」
「俺、こんな所には住みたくないな」
「……ここは、私の生まれた世界です」

ライガは恥ずかしそうに隊員に呟くと、隊員の顔色がサッと変わった。

「あ、いや、価値観の違いってヤツで。別にこの世界自体を否定してないって言うか……」

とんでもない発言をしたブラックが、慌ててフォローを入れようとするが、
ライガは首を振って、モニターを眺めた。

「いいんです。ここは例の犯人のせいで世界が変わってしまっていますから」
「あ、何だ。じゃぁ、こんな異常な世界になっているのはそのためなんすね」
「えぇ……。本来ならば、人力車が走っているはずなのですが……代わりに籠が走っています」

ライガは深刻な顔で隊員に語ったが、隊員達が指す異常とライガの言う異常には大きな隔たりがある事を痛感する。
人力車以外はどうやらこの光景がデフォルトの世界のようだ。

「じゃぁ、ライガさんが俺らの世界に来た時はビックリしたでしょ? あまりに地味で」
「いいえ? 私のいる世界と変わりませんよ」
「どこが。全然違うじゃないっすか!」

ライガは「ふぅ」と溜息をつくと、向こうからやってくるイルミネーションに彩られた大名行列を指差した。
彼らは、お札らしき物をばら撒きながら「ええじゃあーりませんか ええじゃあーりませんか」と声を合わせて通りを練り歩いている。

「常識的に考えてくださいよ。こんな異常な世界がありますか。最悪のセンスですよ」
「確かに志茂田景樹もマッツァオなセンスですけど…」

その言葉選びのセンスもどうなの?と言う隊員の視線がグリーンに向けられるが、当人は気付かなかった。

「でも、今さっきライガさんが生まれた世界だって自分で言ってたよ」
「ええ。でも、ここはあなた方の世界で言うバブル期。私がまだ6歳の頃の世界です」

ライガの説明に隊員達もすっかり納得した。パラレルワールドには過去も未来もあるのだった。
今まで現在思考でしか考えていなかったために、すっかり前後の概念が抜け落ちていた。

「あ、前にライガさんが言ってたタイムマシンが作られた時期ですね」
「ええ。女性たちがディスコで踊っていたら色々上手く作用して何か出来ていたんです」
「ディスコは俺らの世界と同じなんすよね」
「ええ。服装や流行は色々違いますが、重なる所もちゃんとあります。先ほど言ったディスコは繁盛していますし、
もつ鍋も流行りました。ランバダも確かこの辺りに流行っていると思います」
「女の人のぶっとい眉毛と肩パットは?」
「何ですかそれは……。皆ロボットにでもなるつもりだったんですか?」

ライガはあり得ないと言う様な顔をした。どうやら重なる所もあり、全く異なっている所もあると言うのは本当のようだ。
だが、どちらの世界にしてもバブル期と言う物が異常な時代だったことは確かなようである。

その後、ライガ達は異世界のバブル期の町並みをレーダーを頼りに歩き回った。
途中、黄緑色に発光するお神輿の一団が通り抜けていったりと、あまりの濃さに隊員も胸焼けがしそうだった。
一際賑やかな通りをまっすぐに進んでいると、潮の香りが隊員達の鼻をくすぐった。
通りの向こうには東京ドーム……よりも二周りほど小さいホールが、空に四方八方へライトを飛ばして鎮座している。

「あれは何でしょ?」
「……ディスコですね」
「なるほど。ウォーターフロントですか。この世界でも地価の高騰があるわけですね」

グリーンは、年不相応な事を言いながら、ライガに目をやった。
何故かそこへ近づく度に、彼の表情が曇っていた。側にいるグリーンがレーダーを見ると激しい反応。

「あぁ、嫌な予感が……」

レーダーの反応を見ているライガがぽつりと呟いた。
恐らくあのド派手なホールの中に犯人がいるということなのだろう。しかし、あれほど犯人を捕まえたがっている彼が、
犯人がいる場所へと近づいていっていると言うのに、どうして表情が優れないのか。不思議だった。

「あぁ、やっぱりそうだ……」

ホールの正面につくなり、ライガはそう言って恥ずかしそうに目を抑えてその場にしゃがみ込んだ。
何かあるのかと隊員は辺りを見渡してみたが、あるのは『ジャポニカ』と言う名のホールと周辺に植えられた木々。
後、派手な和服姿で扇子を振って踊っている女性達もいた。どうやら、ディスコホールらしい。

「あの。どうかしました? ディスコお嫌いなんですか?」
「……いえ、ちょっと見覚えがある場所なもので」
「あぁ、これだけ派手だったらそりゃあるかもしれないよね」
「いいえ、そう言うのではなくて……。と、とにかく、犯人の捕獲を急ぎましょう!」

ライガは、すっくと立ち上がると、胸のバッヂを直したり、レーダーを整えたりと、
表面的な部分をきっちり正した。その一つ一つの行動がやけに丁寧で、オマケに自己確認の印のつもりかそれぞれに頷いている。
明らかに、何かを誤魔化そうとしている仕草ではあったが、それよりも犯人逮捕が先決と言う事で皆、空気を読んだ。

まず最初にディスコに入ったのはブルー(上にブラックも乗っているが)だった。
様子見と言うことで中に入ったが、眩いレーザー光線。耳を劈くかと思うほどの大音響。
派手な和装姿で踊り狂う男女。やけにピチピチとした着物を着ている女性がいるが、この世界で言うボディコンなのだろうか。

「大丈夫みたいっすよ」

別段普通のディスコの光景である事を確認したブルーが手招きすると、残りの隊員達もぞろぞろと中に入った。

挿絵

外も派手だが中も派手。蛍光色のドリンクを運ぶウェイターが前を横切る。盆には大量のチップが乱雑に置かれていた。
BGMはユーロビート。マイケル・フォーチュナティの「Give Me Up」だ。ブルーから飛び降りたブラックは、ご機嫌なダンスを踊る。
さすが小さくても男子の中では最年長の兄貴分なだけあって、動きの一つ一つがキマっている。

「ブラック、踊ってる場合じゃないっすよ。犯人捜しなんすから」
「あっちみたいですね……」

ブラックがブルーの頭上に上ると、皆はライガの指差す方向へ、人ごみの中を掻き分けながら進んだ。
"芋を洗うよう"とはまさにこう言う事を言うのかと実感する人の多さだった。
5分経っても入り口から1メートルほどしか進んでいない。ウェイターさんが苦しそうに人と人の間に挟まれている光景も3度見た。
途中「こんだけいると隠れる必要がなくていいですね」なんて声も出る。確かにその通りだが、これでは逆に犯人を捜すのも一苦労しそうだ。

BGMがカイリーミノーグに変わった頃、ようやく隊員達は中間地点のカウンターバーに到着した。
オシャレなブラックライトで照らされた大人の雰囲気のソコでは女を求める男達の目がギラギラと光っていた。
一方隊員達は、人ごみにもみくちゃにされて体がズキズキしていた。ギラギラズキズキだ。

「まったく、こんなにたくさんどっから沸いて出てくるんでしょうかね」
「でもま、ここは空間が広めだから良かったよ」
「ねね、見て。あれ凄いよ」

ライトブルーが指差した先にはどれもガラス張りの部屋に続く扉がいくつも存在していた。
いわゆるVIPルームと言う奴なのか、どの部屋でも札束が宙を舞っている。くじ引きの機械みたいだ。
ライガはその扉一つ一つにレーダーを向ける。バーの右側、隊員達から見て一番奥の扉の反応を見ると、ライガは頷いた。

「今度こそ逃げられないよう、細心の注意を払いましょう。恐らくタイムスティックは、
肌身離さず持っているでしょうから、とにかく隙を見て、突入。スティックを使用する前に逮捕です!」
「その必要はないみたいだけど……」

真面目に語るライガを冷めた態度で受け流すブラックは、チラと扉の方を見た。
そのガラス扉の向こうでは、何やら上機嫌な様子の猫がテーブルの上で札束を撒き散らしながら踊り狂っている。
それを露出度の高い和服(?)を着たピチピチギャル達が地べたに這いつくばって拾い集めているのだ。
第三者から見てあまりにもお下品な光景に、隊員達は胸焼けしそうになる。砂糖を塊で飲み込んだみたいだ。

「い、一見、隙だらけに見えても、我々の目を掻い潜って逃げ出した悪党です!油断してはいけません!」
「あれは単なるこちらのミスじゃないですか。大した事してませんよあの人」
「そっ……それはそうですが、注意するに超したことはないですから。さ、行きましょう」

ライガはタイムスティックを銃に変形させると、ガラスの外壁の前でしゃがみ込、銃を顔の横に構えた。

「3、2、1で突入します。良いですね」
「りょーかい」

ドアの近いところにしゃがみ込んだライガは大きく深呼吸をして、OFFレンに目配せした。
しかし、ライガの表情に何か不安の色がサッと横切ったかと思うと、突然彼は「あ、あ、あ!」と言いながら胸の前で×を作った。

「や、やっぱり3、2、1、GO!にしましょう」
「ゴーでもロクでもいいから早くしてください」
「で、では……GO!」

余程テンパっているのか、カウントダウンをしないままライガはドアノブを握り、扉を勢いよく開けた。
隊員達も、内心「えぇーっ!」と思わず声に出して突っ込みながら、後に続く。

「た、タイムポリスのライガ刑事の逮捕でお縄を……た、逮捕する!」

中では、相変わらず札束が舞っていたが、その場にいる全員はテンパっている刑事の方を見つめ呆然としていた。
一番奥にいる犯人らしき男は、酒の入ったグラスを床に投げつけるとフラフラとしながら立ち上がり、

「くぅぉぉぉぉら! 誰だ、お前たちゃぁぁぁ!」

と、怒鳴ると、酔っ払ったと誰もが判る赤ら顔を隊員達に見せた。
バンダナを巻いているので一瞬、気がつかなかったが、その顔は隊員達は良く知っている人物であった。
意地の悪そうな目付きのクセに、妙に可愛らしい口元、頬からはぴょんと3本のヒゲが伸び、それがまた愛らしい姿になっている。
そう、彼はブラックキャット団改造猫の猫猫である。

「ここは、このカッツ様が金を払ってるんだぞぉぉぉ! 警察がなんだこるぅぁぁぁ!」

ガラスのテーブルの上に足を乗っけて、シャドーボクシングをやりながら威嚇する猫猫…そっくりのカッツ。
語尾に"ニャ"が付いていないので、何だか妙に男らしさを感じる隊員達だったが、彼の繰り出すパンチが弱弱しいので結局相殺されてしまう。
しかし、ライガはそんな弱弱しいパンチに若干怯んでいるのか、体を後方に少し逸らしながら額に汗を滲ませていたが、

「そ、そんな、脅しに負ける私ではない!」

と、自分を奮い立たせるかのように片手で拳を握り締めると、もう片方の手でカッツに銃口を突きつけた。

「時航法59条、67条、93条違反容疑により、お前を逮捕する!」
「……にゃ?」

ようやく猫らしい声をあげたカッツは、状況が把握できていないのかしばし自分に向けられた銃とライガの顔を見比べた。
しかし、ある瞬間を境に、微かに左右に揺れていた身体は杭を打ち込まれたかのように突然停止し、
真っ赤と言って差し支えの無かった顔色はますます寒色を帯びてきた。

「…っ!」

どうやら、ただの警察でない事をようやくカッツは把握したらしく、テーブルの上のスティックに視線を向けた。
彼が手を伸ばそうとした瞬間、スティックは弾き飛ばされた。ライガの粒子銃だった。

「二度も逃げられるような真似はさせない」
「……クソ……っ」

カッツは、そっとテーブルにあった足を革張りのソファの上に戻し、すり足で左に動いた。出入り口の方向だ。
ライガも同じように左に動くと、カッツは右側に動いた。だが、ライガも同様に右へと歩みを進める。
それから何度も右に左に動きながらの両者の睨み合いは続いた。その姿はさながらディスコには若干不釣合いな、
社交ダンスのステップを踏んでいるかのようだった。それを見ている男子達は完全にその光景に飽きてきていたが、

「…って言うか、俺らも協力した方がいいんじゃね?」

と言う、ブラックの言葉で、ライガだけが犯人を捕まえなければならない訳ではない事にようやく気づき、
男子全員はライガを中心にソファの前方に孤を描くように並んだ。明らかに不利な状況にカッツは狭いソファの上で後ずさる。

「ひ、卑怯だぞ!」
「これは卑怯ではなく頭脳プレーと言うんだ」
「ぬうううう……!」

隊員とライガは、じりじりとソファの周りを囲むようにしてカッツの元へと近づいていった。
カッツの背後には僅かな隙間と真っ黒な壁しかない。ここから逃げるには隊員達を飛び越える必要があるが、凡人のジャンプ力ではまず不可能だろう。

「さ、さぁ、観念しなさい!」

諦めの色がカッツの表情に現れ始めるのを見ると、まもなく訪れるであろう逮捕の瞬間に、ライガの興奮は頂点に達していた。
いよいよ、ヤツの手に手錠を嵌める事が出来る……はずだった。カッツの体は突然壁の中に吸い込まれたのだ。
いや、正しく言えば壁であったはずの一部がすっと奥に開いていったのである。突然の事に、隊員達もライガも目が点になっていると、
その空間から、ケバケバしい化粧のおねいさんが現れ、「ただいま~! トイレ込んでてさぁ!」と明るく入室する。
どうも、従業員専用の出入り口らしく、扉の向こうには『非常口』のライトがうっすらと灯っているのが見えた。

「あ……あぁ~っ!!」

予想外の出来事にフリーズしてしまっていたライガは、慌ててソファの上に飛び乗り、カッツの姿を探した。
彼の目下にあるのは、おねいさんの十二単の裾と、派手なカーペットの柄だけ。
向こうからは、カンカンカンと誰かの遠ざかる足音が聞こえてくる。逃げられてしまったようだ。

「ま、待て!」

ライガは急いで追いかけるためにソファを飛び越えようとして、ソファごと地面に倒れた。
隊員達が覗き込むと、僅かに鼻血を出しながら、ライガは勇ましく立ち上がった。

「今度こそ……今度こそ逮捕しますよ!」

とてつもない迫力に押された隊員達が何度も頷いたのを確認すると、ライガは「ああああああ!」と怒りの叫びをあげながら走り出した。
あぁ言う真面目なタイプが怒ると手がつけられないのはどの世界でも同じらしいなと、思いながら隊員達も急いでライガを追う。

非常用出口から外に飛び出すと、目の前に夜の港が一気に開けた。港の倉庫街は淋しく、しんとして不気味だった。
だが、真っ黒な水面の上を彩るディスコの照明が反射し、殺風景な倉庫の壁面に弾けて、隊員達に花火大会を思わせた。

「待てーーー!」

遠くから響いてくる船の汽笛よりもハッキリと聞こえるライガの叫びを頼りに隊員達は均一に並んだ倉庫街の路地に入った。
どこまでも続きそうな倉庫と倉庫の隙間の向こうにライガの背中が見えたので、それを追いかける。
ようやくライガの背中が目と鼻の先になるまでに追いつくと、本当に彼の背中に目と鼻が付いてしまった。突然ライガが立ち止まったのだ。

「ど、どうしました……」

一番先頭にいたグリーンが鼻を押さえながらライガの目線の向こうに目をやった。そこにはカッツが立ち止まっていた。
いや、よく見ればただ立ち止まっている訳ではない。腕に何か乗っている。首だ!…いや、よく見れば下に胴体があった。

「はなせー! はなせよー!」
「これ以上来ると、コイツがどうなっても知らないぞ!」

カッツは何処にいたのか、小さな子供を人質にしていた。なるほど、だからライガは手出しが出来ずに止まったのか。
納得。と手を打つグリーンだったが、そんなジェスチャーをしている場合ではなかった。

「子供を人質に取るとは、この卑怯者!」
「チッチッチ。これは卑怯ではなく頭脳プレーなのさ」
「くっ、言われてしまった」
「グリーン、人質を取ろうがこんなのボックスを使えば楽勝っすよ」

ブルーが前に出ようとすると、ライガの手がそれを制止した。

「いや、あの……」
「え?」

ライガの表情を見たグリーンは、彼の顔に"照れ"を感じた。僅かに顔が紅潮し、目が泳いでいた
「犯人を刺激しないで」と言う物ではなく、どちらかと言うと「こっちに来ないで欲しい」と言うようなきまりの悪い顔だった。

「ブランーーー!」

右方向に伸びた通路から、ライガの声が聞こえてきた。本人は前にいるのだから本人の声のはずはない。
となれば、もう一人ライガがいることになるが、まさしくその通りで、目の前の人物よりも頭一つ頭身の低いライガがそこにいた。

「ぶ、ブランを離せ……!」

震えながらカッツを睨み付けた幼き頃の自分を目の当たりにしたライガは、気恥ずかしそうに両手で顔を抑え「やっぱり……」と悲痛な声をあげた。

「え、やっぱりあれライガさんの幼少期?」
「……世界は違いますが……恐らく……」
「何でまたこんな所に」
「それは、その……」
「まさか、ライガさん結構ワルガキだったんじゃ」
「バブルの影の深夜徘徊っすね……」
「ごちゃごちゃうるさい!」

つい賑わってしまった男子隊員にイラついたのか、人質の首に回した腕をぐっと持ち上げてカッツは怒鳴った。
苦痛に歪むブランの顔を目の当たりにした幼いライガも、『ちゃんとしろよ』と言いたげな目を隊員達に向けた。
ニ方向からの圧を受けて、ライガはこの際、羞恥心を押し殺して仕事に集中するための合図として軽く咳払いをして、カッツに言った。

「よし、君の要求を聞こう」
「あのタイムマシンみたいな機械を返せ。じゃなきゃこの子供がどうなっても知らないからな」
「そんなことは」
「いいでしょう!」

グリーンが胸を張って即答すると、ライガは血相を変えてグリーンを引っ張っり込んだ。

「ダメじゃないですか! また逃走されたらどうするんですか」
「いや、大丈夫なんですってそれが。こちらでニセのタイムスティックを作って渡して、開放した所で逮捕すれば良いんです」
「そんなこと出来るわけがないでしょう」
「出来るんですって。OFFレンボックスと言う物があるんですよ。それを使えば……」

グリーンはブルーに目配せするとすぐさま、OFFレンボックスを取り出した。
見るからに『クリスマスのプレゼントか?』と言いたくなるその外見にライガは怪訝な顔を見せる。

「じゃ、行きますよ」

と、ブルーがボックスを地面に投げつけようとした時だった。後方からカッツの叫び声が聞こえたのだ。
一斉に振り向いたライガと隊員達が見たのは、カッツのシッポに噛付いている幼少ライガの姿だった。
ギャーギャー喚いているカッツは、ブランを放り投げ、背後のライガを捕まえようとするが、お互いぐるぐる回り続け、
隊員達にはそれが追いかけても追いかけても捕まらない半世紀ほど昔の古臭いコントに見えた。

「危ない!」

若干、微笑ましく見守っていた隊員達とは違い、客観的に状況を把握したライガは銃を片手にカッツの方へ突っ込んでいった。
カッツがライガに気づいた瞬間、ライガはカッツの胸元に飛び込んだ。

「はぁぁぁぁぁぁ!」

ライガの掛け声と共に、カッツの体が宙に浮いた。が、すぐに地面に足が付いた。
隊員達はまさか自分達が本当にずっこけるとは思いもしなかっただろう。
皆は柔道の様に、カッコよく背負い投げが決まるのかと一瞬期待したが、ライガはどうやら非力な方らしい。
何度も何度も、カッツの服の胸元を上げ下げしていたのだ。無駄に気合だけ入った掛け声と共に。

「…………ハァ、ハァ」

劣勢だと判断したライガは、肩で息をしながら胸元がしわくちゃになったカッツから離れた。
相手は何が起こったのか判っていないようで、僅かに受身を取ろうと後頭部に手をやろうとしている体制のまま固まっている。
ライガは、ふーっと大きな息を吐くと、銃を取り出して、彼に向かって連射した。

「ちょっ!!」

黄色い光が命中したカッツが痙攣しながらその場に音もなく倒れると、思わず隊員から「えーっ!?」と言う声があがるが、
当の本人は全く気にせず、ゆっくりと気絶しているホシの側に向かい、その手にカチリと手錠を嵌めた。

「……大丈夫だったかい?」

シッポに噛付いていた幼少ライガがシッポを口から離し、こくりと頷いた。

ライガはフッと微笑むと、カッツに向けてスティックから何か薄青の光線を放った。光は彼の体を包んだかと思うと、カッツの体は豆粒の様に小さくなった。
スティックの上部にある半円型の蓋を開けて、ライガはその豆粒を中に入れた。カランと乾いた音がした。

「逮捕完了、と」

不思議そうにライガを見つめている幼少の自分に何か言おうとすると、幼少ライガは、突然走り出して投げ出された弟の元へ向った。
弟は地面にペタリと座り込み、泣きべそをかいていた。

「兄ちゃぁん。膝すりむいたぁ……」
「泣くな。血も出てないだろ」

弟を気遣う別世界の自分達をしばらく見つめていると、子供ライガはこっちに駆け寄ってきた。

「お兄さん、タイムポリスの人でしょ。バッチ付けてるもん。ありがとう!」

ライガはしゃがんで、自分の子供時代の彼の頭をポンと叩いた。

「秘密基地で犬を飼い続けるのは無理だよ。お母さんによく頼めばわかってくれるから」
「えっ……」
「頑張ってごらん」

ライガはそう言って、背を向け後ろ手に手を振りながらまた歩き出した。

「あ、あの、犬じゃなくてエリマキトカゲですけど」
「……エリマキトカゲでも判ってくれると思うよ」

再び立ち止まったライガは、またさっきと同じように軽く手を振りながら隊員達の方へと向った。
隊員達はニヤニヤしながら、やって来たライガの顔を眺めて言った。

「なるほど~。ライガさんがタイムポリスを目指したのはそう言うことですか」
「皆さん、困りますね。ここはパラレルワールドですよ。そんな訳がないでしょう」
「あ、そう言えばそうですか」
「……私の時は、タイムポリス鑑別所からの脱獄犯でした」

ライガは懐かしそうな顔で微笑んでいた。

「あの時も、タイムポリスの人に助けられましてね」
「じゃ、犯人はその再現をしたってことですか? なんて言う偶然」
「不思議なものなんですよこの世界は。ただの偶然も必然に。でも、ただの偶然かもしれない」
「難しいっすね」

だんだん無邪気な子供の様な笑顔になってきたライガは、ゆっくりと頷いた。

「後で修正されても、彼はいつかタイムポリスを目指すかもしれません。
私がそうだったように、正義を守り、悪者を捕まえ……」

ライガは突然そこまで言いかけると、ハッと目を見開いて口をつぐんでしまった。
何か大事な事を思い出したような、そんな表情だと隊員達は思ったが、それを尋ねる前に、
彼はすぐさま首を振り「まぁそう思ったわけです」と言いながら硬い笑顔を皆に向けた。

「じゃぁ、早く次の犯人の確保に向いましょうか」

急ぐようにタイムスティックを取り出して、隊員達の返事を聞かぬままライガはこの世界を飛び出していった。
彼らが消えるのを最後まで見つめていた幼きライガとブランは、興奮冷めやらぬまま秘密基地に向かった。

「タイムポリスってカッコイイね兄ちゃん」
「うん。僕も大きくなったらタイムポリスになろうかな」
「ホント?」
「悪い奴らをいっぱい捕まえて、そんで……今日みたいにブランを助けてやる」

ブランはその目を輝かせて、そう語る兄に向って精一杯答えた。

「じゃぁ、おれもタイムポリスになって兄ちゃんを助けてやる!」











ピースはゆっくりとした歩調でピアノに近づく。何百もの拍手の動きが陽炎の様に見えた。

「……プログラムを変更しまして38番、ピアノ科在籍、ピースさん。曲はムソルグスキーのスケルツォ第4番ホ長調op54です」

あの後、ジェンガは、両手の甲に切り傷を負った様で、医務室に駆け込んだ。
すぐさまあの場所から逃げたので、詳しくは判らないが誰かが話していた所だと傷は深めだと聞いた。
幸いにも、不慮の事故と言う事で中止にはならず、ジェンガの順番が飛ばされて、自分の番がやってきたのだ。

そっと鍵盤に指を置く。邪魔者はもういない。後は、自分がちゃんとするだけだ。

指がなめらかに動く。今までなかったようなほど、スムーズに動いてくれる。
ライバルがいなくなったことで、桃子を物にできるかもしれないと思えたからか。
いや、これは安心感だ。未来の自分が、正しい道に導いてくれる。決して失敗しない道へ。自分も歩みかけていた道では無い方へ。

音と音がぶつかり合って、ホールに弾けて行く。こんなに気持ち良い演奏は生まれて始めてだ。
全ての音符が流れていく。いつの間にかピース自身が微笑んでいた。良い調子だ。
問題の箇所もとうに越えた。後は流れに任せて、体の赴くままに……

「…………」

最後の鍵盤を叩く音がホール中に響いた。汗が頬を滑っていった。
拍手が、再び割れんばかりの拍手が、ピースを我に変えさせる。

やったのだ。完璧に、ラストまで演奏できた。
ピースは立ち上がり、深々と観客席に向って頭を下げた。爽快感しか残っていなかった。

「……!」

客席の一番奥に未来の自分、あの軍服姿の男が立っていた。ピースが微笑むと彼も小さく頷く。
すると、男はそれきり俯いたかと思うと、肩を震わせたままそれきり顔をあげる事は無かった。












6発目の花火がなった頃、廃屋の屋根裏部屋ではただ一人落ち着きのないエコが、
少しでも自分の暇を持て余そうと、黙って座っているテオとルベウスに突っかかっていた。

「じゃぁ、お前も入れよ。好きな食べ物言うんだ。オレ、エビチャーハン!」
「特にねーよ」
「……俺も」

エコが色々な話題を持ち出すが、二人ともさっきからこんな感じで、まともに会話は続かなかった。
もう少し極端な発言をしてくれれば、突っ込んだりイジったりすることはできそうなものだが、
どうも微妙で曖昧な、どう言った物か困ってしまう返答ばかり。彼の胸の中は「つまんねぇ」で充満していた。

「あー、早く帰りてえなー。これからいっぱいやりたいことあんのによー」

ここまでくると、エコは何か目に見えるものをいじるしかなくなってしまい、テオに目をやる。

「お前さぁ、何でずっとフード着てんだよ。ハゲてんの?」
「……んなわけねーだろ」

エコの予定ではもう少し楽しい流れになるはずだったが、物凄く冷たい目で返答されてしまい、
もう少し大人しいルベウスの方に対象を移してみた。あまり喋らず、何を考えているのかもわからない。
よく考えれば、何でこいつらと仲良くなったのか。思い出そうとしても全く思い出せない。

「……何だ」

冷たい目をエコに向けて、ぽつりとルベウスは呟いた。

「もうちょっと色々話そうぜ。退屈なんだからさ」
「俺には話す事なんか何も無い」
「そんなつれない事言うなよ。あ、そうだ。一緒にレッドさんの歌を歌おうぜ!」
「向こうへ行ってろ」
「いいじゃねーかよ!」

ルベウスの腕を引っ張って何としても、自分のペースに巻き込もうとするエコ。
しかし、あまりにも強情なのでエコも本気になってしまい、服も掴んで無理やりこちらに引き寄せようとした。
その時、何かキラリと光るものがルベウスの懐から落ちて、床の上を転がった。

「何だこれ」

エコは手を離して、白く光るそのアクセサリーのようなものを手に取ろうとしたその瞬間、

「触るな!!!」

ルベウスがエコの胸元を思い切り掴み、舌を噛みそうなほど激しく揺さぶられた。
一瞬、何が起こったのかわからなかったエコが我に帰ると、目の前のルベウスの顔を見た。

「……それに触るな」
「ふ、ふぁ……?」

ルベウスの目は怒りに満ちていた。と言うよりも、
エコにとって、その瞳は怒りと断言することが出来ない強い感情が奥にあるように思えた。

「な、なんなんらよ……っ!」

今まで一度も見た事のないルベウスの目に、怯えて呂律も上手く回らないエコを突き放すと、
すぐさま床の上の物を拾い上げ、ルベウスはそれを胸にしまいこんだ。

「……」

ルベウスはまだ興奮しているのか深く息を吐きながら窓枠に座った。
しばらくの間、気まずく、長い沈黙が訪れた。「何だよそれ」とエコは聞けなかった。

「ま、ケンカはやめようぜ。そろそろ、7発目の花火が出るころだしよ」

テオが隙を見て呟くと、エコは緊張状態の中で安心したように「おぉ」と答えた。
すると、テオの予想通り7発目の花火が鳴り響いた。結婚式まで刻々と時間が迫って来ていた。

「よっしゃ、後3発! もうすぐだな!」
「……しっ」

待ってましたと立ち上がったエコに、ルベウスは人差し指を口に当てて見せた。
テオがすぐさま、立ち上がって隙間の空いた壁面から外を覗いた。
エコも続いて覗いて見ると、色とりどりの猫達がこちらに向って歩いてきているのが見えた。













「こんな所にホントに犯人がいるのー?」

笹林の中を抜けて妙な敷地に入ってきたブラン達は、この世界にいる怪しげな人物を探すため、レーダーの反応を窺っていた。
昼食中に犯人に逃げられてしまい、あっちへウロウロこっちへウロウロ。
そんなこんなでようやく見つけたこの反応だったが、長く連れまわされたせいで女子達は完全に飽きてしまっていた。

「うん、間違いない。たくさんビンビンと反応が来てる。 この世界にタイムスティックがある証拠だよ」
「じゃぁ、もしかしたら、犯人達の合流地点かもしれないね」
「おっ、おっ、近い近い!」

ブランの持つレーダーのモニターは激しく波打ち始めた。
辺りを見渡して見ると、今にも崩れそうないかにも怪しげな廃屋が一軒。
その方へレーダーを向けると、どうやらあそこにこの世界にとって異質な存在がいるようだった。

「あそこ?」

ブランは小さく頷くと、タイムスティックをしまい、そろりそろりと廃屋に近づいていった。
女子達も、抜き足差し足忍び足で後に続く。家の前までやってくると、ブランは壁に張り付いてそっと中を覗いた。
腐食し始めている床板、家具一つも置かれていない殺風景な室内、しかし、反応は確かにある。

「(そうか……!)」

ブランは確信した。何も隠れられるのは部屋の中だけではない。他に隠れられそうな場所と言えばただ一つ。
彼は、スティックを銃の形に変形させると、すぐさま廃屋の中に飛び込んだ。

「タイムポリスだ。観念しやがれ!」

床下に銃口を向けたブラン。きっとホシはここにいるに違いない。
踏むだけで割れそうな床板だ、剥がして中に入るくらい造作もない事だろう。と彼は踏んだのだ。

「いいか、3秒だけ待ってやる。出こなきゃ撃つからな。オレは狙撃だけは上手いんだからな?
いいかー? いくぞー? さーん……にぃー……いぃー……」

その時だった。突然、頭上から物凄い音がしたかと思い、ブランが見上げると、天井が迫ってきていた。
いや、正しく言えば天井が降ってきていたのだ。

「出て来てやったぜー!」

少年の声がしたのもつかの間、ブランはあっと言う間に木材の束に押しつぶされた。
外にいた女子はすぐさま部屋の中を覗き込もうとすると、そこから3つの影が飛び出してきた。

「悪く思うなよー!」

どこかで見覚えのあるバカそうな少年があかんべーをしながら走り去っていった。
女子達はしばし、その光景をぽかーんと見ていたが、瓦礫の中からブランの呻き声が聞こえると、
すぐさま手分けして瓦礫を取り払い、中から、文字通りボロボロになったブランを助け出した。

「うぅ、ここ……天国?」
「残念ながらまだ生きてるよ。ブランくんしっかりして」

ホワイトは、正気を取り戻させるためにブランの頬に平手打ちを食らわせた。
本人としては優しくはたいたつもりだが、思ったより力が入ってしまい、ブランの頬に赤もみじが張り付いた。
だが、その痛みのおかげでブランも気がついたのか、頬を押さえながらよろよろと立ち上がった。

「……いてぇ」
「してやられたね。あの3人に」
「ブランくんが言うのはその事じゃないと思うけど…」
「あぁーっ!?」

ブランは乱れた髪の毛の乱れに気付いたのか、今にも泣きそうな顔でそれを押さえた。
綺麗にセットされていたあの髪の毛も、今では、もじゃもじゃのねじれた毛虫のようになっている。

「ゼッテー許さねぇ……滅茶苦茶時間かかってんのによぉ」
「そんなことより、絶対犯人でしょう。ヤツら。早く追わないと」
「待って。その前にヘアスプレー買ってこなきゃ!」

今すぐにでも駆け出そうとした女子達にブランが叫んだ。
くしゃくしゃになった髪を両手で押さえつけながら、まさに涙が零れそうな瞳で皆に訴えかけている。

「犯人逃げちゃうじゃん。ヘアスタイルなんて後!」
「ダメ! こんな髪型じゃ、オレのプライドがぁー!」
「ブランくん、わがまま言わないの」
「やだー! やだー!」

タイガ同様に駄々をこね始めるその姿に我慢できなくなったのか、ホワイト姐さんが、再び女子達を掻き分けてやって来た。
明らかにキレている表情で、ブランを見たかと思うと、

「刑事だったら刑事としてのプライド持てバカヤロー!」

と、言うなり彼の頬に再度ビンタ(若干グーにも見えた)をかました。パチンと言う音ではとても形容できない破裂音がこだました。
先ほどは左頬だったが、今度は右頬。彼の両頬で、時期外れの紅葉シーズンが始まった。

「痛ぃ……」

ブランは両頬を押さえながら、目からはポロッと涙を零した。

「痛い!? でも、ブランくんを叩いたアタシの心はもっと痛かったんだから」
「なわけないですー」

突っ込んだシェンナにキッ!とホワイトの睨みが飛ぶと、
「あんたは黙ってなさい…」と、クリームは彼女の口をそっと両手で覆った。

「とにかくね、ブランくん。刑事として、男として、ヘアスタイルが乱れようが、
手足が折れようが、悪い奴を絶対捕まえることが大事でしょ! それが人間のあり方ってもんでしょ」
「…う、うん」
「アタシがブランくんだったら、絶対そうしてる。ってかする!」
「…うん」

女子メンバー中、最も男気のあるホワイトの迫力に若干押され気味のブランは、
ただただ、頬をおさえたまま、彼女の言葉に相槌を返すことしか出来なかった。

「今度、ふざけたこと言ったら、わかってんね!?」
「…うん」
「OK。色々言ったけど、これもブランくんのためを思ってるんだからね?」
「…うん。ごめんね。ホワイトちゃん」
「良いってことよ」

フッと笑いながらホワイトはポンと彼の方に手を置いた。
これではどっちが男だか、本当に判らない。

「じゃ、犯人を追うね?」
「…あ、でも」
「なに?」
「この髪型、どうしたら…」

彼女の額に青筋が浮かんだのを女子達はハッキリと捉えた。

「んなの、ツバでもつけとけ!」

ホワイトの平手打ちが再び飛ぶと、またも見ごろなもみじの赤がブランの顔面に鮮やかに彩った。
何も、あんなことがあった直後に言わなくても良いのに。女子達はブランのKYさにやや呆れた。

「コラ! そこで何をしている!」

女子達は再びホワイトがキレたのかと思ったが、それは男の野太い声だった。
後方を向くと、槍を手にしたオオカミ達が数名立っている。が、女子達は警戒心よりも先に、安心感がやって来た。

「あ、オオカミがいる!」
「全然違う世界だからいないのかと思ってたー!」
「ボスオオカミもいる? ねぇ、いるの?」

はしゃぐ女子達に、オオカミは表情一つ変えず、槍を構えた。
そんな物を見せられると女子達もすぐさま空気が読めたらしく、大人しくなった。

「逃げ出したガキどもとはお前らのことか?」
「……違いますけど」
「そうだよ。お前、逃げ出したのは男で3人だけだろうが」

隣のオオカミが槍を構えたオオカミを小突いた。

「多分、結婚式に出席する一般市民だろ」
「オイオイ、国民は皆、屋敷の正面の方に集まるはずだろ」
「トイレ探してて迷ったんじゃねーの?」
「あ、そうです!」

女子達は、精一杯の力を込めて言った。

「なんで、そんな事が判るんだよ」
「ここ、古いトイレだろ。しばらく見ない間に崩れちまってるけど」
「あぁ、あの汚すぎて誰も寄り付かなくなった」
「放置されすぎて便器とか全部溶けちゃったヤツな」
「ゲッ!」

オオカミの言葉に、ブランは最大級に濁った声をあげた。
そんな家屋に潰されてボロボロになった彼の心境は想像を絶する。

「なら、心配は無用か。お前達、トイレに行くなら会場の仮設トイレを使え」

オオカミは竹林の向こうを指差した。
よく見えないが、林の上空では花火が打ち上げられたり、色とりどりの風船が飛び交っており、賑やかなのは把握できる。

「あんまりうろちょろするんじゃねーぞ。判ったな」
「ありがとうございまーす!」

女子達は、愛想よくぺこぺこと頭を下げながら、去っていくオオカミを見送った。
良く判らないが、何とか難を逃れたようだ。一人を除いて。

「さ、ブランくん。犯人を追いかけよっか!」
「……」

ブランは落ち込んでいるのか、グッタリした様子で目も虚ろだったが、
女子達は彼の心境を少しも察せず、オオカミの指差した『会場』の方へと向かった。
結婚式が行われるそうだが、もしかしたら犯人もそこに紛れているかもしれないと。

「結婚式だってー」
「なんか、"壮大"ってのが判るよね。ここから見ても」
「でも、誰の結婚式があるんだろうね?」
「オオカミがいたってことは、私たちが知ってる人かもね」
「レッドですー」
「そうだね。案外レッドだったりしてね」
「ここに書いてるですー」

シェンナは手にしたピンクのビラをヒラヒラさせていた。
それどうしたの?と聞く前に表情で判ったのか、彼女は地面を指差した。
辺りに点々と落ちているピンクビラ、廃屋やオオカミの事で今までまったく気付かなかった。

「レッドの結婚式ですよー」

シェンナが寄りにも寄ってパープルにチラシを手渡した。
いっせいに彼女の周りに皆が集まり、手にしたビラを覗いた。
そこには、何となく誰かの面影があるパンダと、完全に皆が知っているレッドの姿が映っていた。
何故だか『世紀之婚約!!』と言う文字の下に、ご丁寧にわざわざ♂×♂のマークが書かれている。

「……これ」
「パラレルワールドだもん。こう言うのはさ、まぁ、ね」
「もしかしたら、本人だったりして」
「じゃ、レッドってホモだったの?」
「それはわかんないけど……」
「…………」

女子達の間にしばしの沈黙が訪れる。かと思うと、皆、妙な興味が沸いて来たのか
嬉しいような困ったような、妙な笑みを浮かべながら周囲の女子達に目配せし、一斉に叫んだ。

「どっちにしろ面白そう!」






≪その4につづく≫