第100話

『そして僕らは未来へ (5)』

(挿絵:パープル隊員)

ナズナ&イマチの両刑事は、一課にやってくるなりボスから簡単な報告を受けた。
モニターを操作するフリをしながらブランが送ってきた内容は、2名の犯人と2名の人質がおり、
武器を所持している、そして対する術が全く無い、この3つが暗号の形式で送られてきていたとのことだった。

すぐに出動命令を下された二人は、すぐさまタイムシップの格納庫へと急いだ。

「……弟の非常事態だって言うのに、兄貴は呑気なもんだな」

誰に言うでもなく、腹立たしそうにナズナが呟いた言葉をイマチは黙って聞いていた。
この人はパラ二課が嫌いなのか、それとも単にへそ曲がりで、ああは言ってるが実は多少認めている所があるのか、
この陰険な顔をしたセンパイの気持ちがイマチはよくわからなかった。

「あ、あの、お二人とも、すみません……」

その途中、鑑識の前を通った時、鑑識の一員であるフェン巡査部長が二人を呼び止めた。
軽く会釈してそのまま通り過ぎようと思ったが、彼はただならぬ様子で、なおも二人を引き止めた。

「一体なんだ」
「……ちょっとお二人の逮捕した犯人ですが、色々とおかしなことになっていまして」
「おかしなこと?」
「ちょっとお耳を拝借……」

フェンはそう言って辺りを窺いながら、二人の耳にそっと耳打ちする。

「データがない!?」

目を見開いて叫んだ二人に、フェンは慌てて人差し指を唇に当てた。

「シーッ! 大きな声を出さないで下さい」
「データが無いってどういうことだ。そんなことあるわけねえだろうが」
「私だって、鑑識課に配属されて始めての事です。それで、さらに詳しく解析してみたんですが」
「出たのか」
「出たと言うには出たんですが……」

フェンはツンツンに立った髪を撫でながら、まだにわかには信じられないといった顔をしていた。

「……ありえないんです」
「ありえない?」
「犯人の所属している世界のデータがないので、近似している世界がないか解析しようと思いまして、
そしたら……どれもバラバラなんです」
「何がバラバラなんだ?」
「世界がです。色んな世界の要素が一緒くたになっているんです」
「ど、どういうことですかそれ?」
「つまりですね」

良く判らないといった顔のイマチ刑事に、フェンは軽く咳払いをして説明を始めた。

「……仮に世界が1から番号順に並んでいるとしましょう。1番と2番の世界が重なり合うことはよくあります。
非常に近い世界ですからね。ふとしたことで選択史同士が重なり合ったりします。これはごく自然なことです。
でも、考えてみてくださいよ。1番と5000000000番ぐらい離れた世界が間を飛び越えていきなり重なり合うことは不自然でしょう」
「そ、そうですね。そこまで離れているのならば、もはや別な世界だと思うし……」
「みなさんの逮捕した犯人は、先の例で言えば、飛び飛びの世界がミックスされた世界からやって来ているんです」
「そ、そんなことありえるんですか?」
「だから、あり得ないんです。仮にそんな世界があり得たとしたら……」
「……誰かが人工的に世界を作った。そういうことか」

ナズナがぽつりとフェンの後に続けた。イマチには、センパイのその陰険なはずの顔が若干渋い顔に見えた。

「人工的な世界だなんて、そんなの作れるんですか!?」
「作れないことはありません。ただ、かなり大掛かりな準備が必要になりますし、
豆粒ほどの規模の物でも、作った時点で時空管理課の連中がすぐに発見するでしょうから、不可能に近いかと」
「でも、そんな世界から例の犯人がやって来ているってことなんスよね……?」
「だから、ビックリなんじゃないですかぁ!」

フェンは何故か、少しだけ興奮しているかのように鼻息を荒くして言った。
完全に彼の目は、研究者の探究心……いや、ミーハーのそれに近いような印象を二人は覚えた。

「だったら、こんな事してる場合じゃねえな。オイ、イマチ、時空管理課に行って来い」
「え、でも、ボスからブランさんの救出命令が」
「弟の不始末は兄貴に付けさせるのが筋ってもんだろうが!」
「そんな無茶苦茶な」
「大体、弟の危機だっつーのに、駆け付けにも来ないのが俺はすっげームカつくんだよ!」

イマチ刑事は、また元の陰険な顔に戻っていた。

「とにかく、俺はパラ二課に行って来るから、イマチ、てめえは時空管理課へ行ってブレオって奴に会って来い」
「会ってどうするんですか?」
「爆破事件の被害者のハルキ警部補のことをとにかく聞いて来い、あと、例の爆発のこともな。頼んだぞ!」
「わかりました」
「……あ、あと」

ナズナが何やら耳打ちをすると、一瞬イマチは動揺していたようだったが、肩をポンと叩いて
有無を言わさずにナズナ刑事はベルトコンベアーに乗ってパラ二課へと向った。
やっぱりあの人の考えている事が判らないなとイマチは思った。

「あの、これ、大事件の匂いがしますよね!」

振り返るとギラギラ目を輝かせているフェンの顔がイマチの目にどアップで映った。

「あの私、鑑識の奥の部屋で解析を続けてますから、時空管理課で何かわかったら私にも教えてくださいね!」
「……フェンさんって結構、ミーハーなんスね」

フェンはニヤニヤしながら、こくりと頷いた。

「だから、警察官やってんですよ」















パラレルワールド二課の部屋では、電気もつけないまま、うな垂れて座っているライガがいた。

「あの、いかなくて良いんですか」
「……良いんです」

その前にいる男子達は、ブランのことを尋ねては見るが彼は何も答えはしなかった。

「お邪魔しますよ」

そのために、そっとドアを開いて、あの陰険男ナズナ刑事が顔を出してもライガの態度は変わらなかった。
ナズナ刑事は邪魔臭そうに足の側面で男子達を寄せながら、こちらに目を合わせない彼の前に立った。

「さっき、警報が流れていましたよね」
「……」
「救出を俺達が任命されたんですが、ちょっとそれどころじゃなくなりましてね。
だから、ライガ警部補、あなたがブラ男の救出に向ってくれますか」
「……ボスから待機命令が下りています」
「でも、その上の警視総監から捜査に協力するように言われているんでしょう?」

ライガは何も答えなかった。ナズナ刑事の眉毛がピクピクと動いていた。苛立っているのだと隊員はすぐにわかった。

「あなたの相棒でしょうが」
「……ブランのバカが一人でやったことです。既に別行動だから、私の監督外ですし、責任も発生しません」
「そう言う問題じゃないでしょう」
「私がいかなくたって、他の人間が助けます」
「刑事部の人間はほとんど負傷して、動くことが出来ません」
「……だったら、放っておけば良いじゃないですか」

ナズナ刑事の眉毛に呼応して、口の端までもピクピクと動き始めた。

「あなたは、ブラ男の兄貴でしょう」
「そんなのは、ただ形式的なものです。それに、私はアイツを弟だとは思った事はありません。
アイツのせいで、未来が約束されている私がこんなパラ二課になんかに左遷されたんだ」

ライガの語調は次第に強くなっていた。

「たった一人の兄弟が危機的状況にあると言うのに、あなたはそれでも警察官ですか!」
「……ブランなんかは……っ!」

ライガは叫んだ。

「このまま、いっそ犯人が殺してくれれば……」
「テメェ!」

ナズナ刑事は、ライガの胸倉を掴み、後ろの壁にそのままたたきつけた。部屋中のホコリが舞った。

「お前は、お前はブラ男のこと、何もわかってねえ。アイツが、アイツがどれだけお前のこと考えてたか、
どれだけ、お前のために頑張ったか、それがわかんねえのか! 何がアイツのせいだよ。ブランは何もやってねえ。
アイツは……お前の身代わりになろうとしてたんだぞ! 左遷されるお前を、守ろうとしてやったんだぞ!」
「……え」
「クソ……言っちまったよ」

ナズナ刑事は、目を伏せて、大きく舌打ちをした。

「……どう言うことですか」
「……」
「どういうことなんですか!!」

ナズナはゆっくりとライガから手を離し、彼に背を向けた。

「タイムシップのゲート開放事件があったでしょう」
「……パラ二課に移動になった事件でしょう」
「あれは、あなたの不注意だった」
「嘘だ」
「いいえ、嘘ではありません」
「私は、私はそんなことしていない! そんな初歩的なミスを犯すはずがない!」
「状況証拠が揃っていました。証言も取れていました」

ライガは言い返そうにも何も言葉が出てこなかった。

「満場一致……いや、警視総監だけは反対していましたが、上はあなたの懲罰人事を決定しました。
その時、ブランの奴が会議に飛び込んで来て、言った。アイツの代わりにオレを左遷してくれ」



「キミ、いい加減にしないか。もう決定したことだ」
「お願いします。お願いします!」

去ろうとする監察官の足にブランはしがみ付いていた。

「オレは、オレは、ライガを超えたいんだよ。ライガ以上の警察官になりたいんだよ」
「離したまえ!」
「オレの先を行ってる兄貴が、オレは、オレは目標なんだ。ずっと、目標なんだよ。
だから、アイツは、アイツはもっと立派な警察官にならなきゃいけねえんだよ!」
「ブラン巡査、出て行きなさい。さもなくば、キミもただじゃおかないぞ」
「そのために、いろんな奴、助けなきゃいけねえんだよ。いっぱいいるんだよ。そういう奴が」

ブランを引き離そうと、周囲の人間が彼に掴みかかった。
もみくちゃにされながらも、ブランは監察官の足を離さなかった。

「だから、アイツはこんな所で落ちぶれちゃダメなんだよ。絶対ダメなんだよ……!」



「……一連の騒ぎのせいで、ブラ男の奴にも懲罰人事が下ったが、
ボスや警視総監の計らいで表ざたは、奴の巻き添えで兄貴もってことになった」

ナズナ刑事はふっと息を吐き、ライガのほうを振り返った。

「驚いたぜ。ブラ男の奴から土下座されてな。黙っててくれってさ」
「じゃぁ、どうして、それを知っていながら我々に嫌がらせばっかりなんか」
「ブランが言うんだよ。本当の事知ったらアイツは潰れるから、反骨精神はあるから、
ライガには冷たく当たれって。……ま、俺は元々あんたみたいなスカした野郎は鼻に付くし?
ブラ男はブラ男で、ムカつくから、頼まれなくてもそうしてるけどな」

ナズナは、ライガの側に来ると、ポンと背中を押した。

「……ここまで行っても、気持ちが変わらねえんだったら、それはしかたがない。
どうなさいますか、お・に・い・さ・ん?」

顔をごしごしとこすった、ライガは前の時同様にあの警察官の目に戻っていた。

「……情けをかけられるのは、私の性分に合いません。これでチャラにしてやります」

ライガはフッと微笑むと、男子達も、立ち上がり笑った。

「行きましょう」














その頃、イマチ刑事は時空管理課の課長であるブレオ警部補を尋ねていた。
何日も風呂に入っていないのか、ボサボサの毛並みで少しブルーに似ている彼は、その眠たげな目を向けて、
イマチからの質問に答えている。

「じゃぁ、時空管理課ではその爆発は確認されていないんですね?」
「まぁね。そんなのがあったら俺以外にも他の奴が見つけているだろうし」

時空管理課は、主にパラレルワールド等、時空間の調査、監視を行う部署で、何か異変があれば、
すぐさまそれを専門部署に報告しており、パラレルワールド課もここから入った情報を元に行動している。
しかし、その報告は業務のついでのような物で、中心となるのは膨大な数の異世界を調査管理することであり、
業務担当に就いている期間は、寝食以外の余計な事は避けなければならないほどの激務の部署なのである。

「あの。じゃ、話は変わるんですけどこの課で人工のパラレルワールドなんてもの、見つけてたりします?」
「……え?」

ブレオの眉が少しだけ上に上がった。イマチは変な事聞いちゃったなと少しだけ後悔した。

「なんだい、それは」
「いや、こちらで捕まえた犯人なんですけどね。データと照合してみたところ、該当がないみたいで」
「……そうか、それは妙だな。でも、だから人工のパラレルワールドから来たなんて結論に結びつけるなんて論理的じゃない」
「でも、詳しい解析だと色んな世界の要素が組み合わされているらしいと鑑識から」
「……バグじゃないかな」
「そうでしょうか」

イマチは360度、壁に沿って並べられている巨大なコンピューターをぐるっと見渡した。

「……この課のコンピューターは警視庁にも無いほどの高性能なものでしょう?」
「俺が結構予算を回してもらうように頑張ったからね。どの世界の公的機関よりも一番良いものだと自負してるよ」
「ほぼ付きっ切りでコンピューターの制御を行っているんですよね?」
「ああ、しかも俺は課長だからおかげでもう1年くらい家には帰ってない」
「だったら、そのコンピューターが収集したデータベースに誤作動が起きるとはとても思えないんですけど」
「コンピューターも完璧じゃない。もしかしたらそれ以外の理由かもしれない」
「それ以外の理由?」
「例えば、鑑識が嘘をついている」
「まさか」
「科学だってね。実際は全部確かな確認がなされているものはないんだよ。全てある程度の所で概ね正しいだろうと実験を止めているんだ。
だってそうだろう、実験器具が正常かをチェックしても、そのチェックが正常かをチェックする、さらにまたチェック、またチェック。
不可能なことだが、仮にそれらが全てクリア出来たとしても、実験している当人が正常かどうかもチェックしなきゃいけない」
「言葉遊びをしているんじゃありませんよ」
「……わかってるよ。まぁ、そうだな。その件に関してはこちらで調査しておくよ。それじゃ」

ブレオはそう言うと、苦笑いしながら自分用に持ってきたコーヒーを飲みながら立ち上がった。

「あ、あと。もう一つだけ」
「忙しいんだよこっちは」
「すみません、センパイから聞いて来いって言われまして」
「1分だけだよ」
「ありがとうございます。えっと、今朝方事故に合われたこちらに所属しているハルキ警部補のことなんですが」
「全く残念な事になったな」

ブレオの言葉が、どこか上っ面だけのようにイマチには聞こえた。

「まるでもう死んだと決まったような口ぶりだな」

声がして振り返ると、ナズナ刑事が開け放したままの扉の前に立っていた。

「ナズナか……。決まったようなもんさ。現に、襲撃された5人だけ未だ発見されてない。見つかったとしても四散してるだろう」
「何故、ハルキ警部補が一課のパトロールに同行したんだ?」
「毎月ウチの課が一課と同行して調査報告書をまとめているだろうが。期日も決められた通りだし、何ら不自然な点は無い」
「ふうん、そうか」
「……何が言いたいんだ?」
「調査データをちょっと見せてくれないか、今朝方から現時点までの分、全てだ」
「忙しいんだ」
「それだけもらえればすぐに帰る」

明らかに不機嫌な顔でブレオは硬くなった頬の毛並みをボリボリと掻き毟ると、
チラと背後の巨大なマシンに目をやった。タイムポリスが出来てから毎分記録される膨大な数のデータを保存している代物だ。

「ま、ちゃちゃっとやってくださいっス」
「そう簡単にいかねえーんだよてめぇはどっかその辺に行っとけ」

ナズナ刑事は後輩に寄りかかると、頭を快やかにひっぱたいて、その場から追っ払った。
さらに不機嫌顔を形成し始めたブレオを察し、ナズナは慌ててテーブルの上に手を付いて、頭を下げた。

「引っ張り出すだけで大変なのは重々承知だ。だが、重要なことなんだ。頼む」
「……何の目的で必要なんだ?」
「人工のパラレルワールドが何者かに作られていた可能性がある」
「その話なら、さっきお前の後輩にしたばかりだ。いいか、仮に作ってもウチが見つけないわけがない。
仮に見つからずに完成させたとしてもだ」
「ブレオ」
「俺は忙しいんだ。そこまでにしていてくれよ」
「待て、最後に一つだけ聞かせてくれないか」
「何だ」

席を立ったブレオを呼び止めると、彼はうんざりした顔で顔をこちらに向けた。

「データの改竄をすれば、人工的なパラレルワールドの存在を確認させなくするのは可能か」
「……何?」
「俺達のタイムスティックレーダーは、お前の所からのデータで成り立っている。
世界自体のデータを調整するような面倒な事をしなくても、この部署のデータを改竄すれば容易い事だ」
「……じゃぁ、仮にそうだとすれば、誰がやるんだ?」

ブレオはクッとメガネを上げて、フッと笑った。

「バカな話はそこまでだ。じゃ、早く出て行けよ」

ブレオはそのまま背を向けたまま、部屋の奥へと入っていくと、
二人はそのまま時空管理課を後にした。

「……大丈夫か」

外に出ると、ナズナ刑事は、チラと後輩刑事に目をやった。
彼は指で〇を作ってタイムスティックを見せた。

「何とか。ここ数日のデータはコピー出来ましたよ」
「すぐに解析だ」
「でも、センパイこれかなりマズイんじゃないですか?」
「何が?」
「バレたら、始末書何百枚書かされることやら……」
「大丈夫だよ」

後輩からタイムスティックを奪い取ると、ナズナ刑事はニヤリと笑って見せた。

「刑事は結果さえ出せばどうにかなるもんだからな」
「そんな無茶苦茶な……」

その時であった、ベルトコンベアーの向こうから水色のツンツンヘアーを振り乱しながら、
鑑識課のフェンが何やら慌てながらこちらに駆け寄ってきていた。

「た、大変です!」
「何かあったのか?」
「そ、それが、犯人のもっと詳しいデータを取ろうとしていたら」
「していたら?」

フェンは肩で息をしながらしばし喘ぐと、突如ナズナの腕に掴みかかって叫んだ。

「犯人が、突然消失してしまったんです!」













かなり年季の入ったタイムシップに乗り込んだライガと男子隊員達は逃走している犯人を追っていた。
ナズナ刑事たちのタイムシップよりかは多少広かったものの、やはり多くの人間を乗せるのは厳しいようで、
バランスが崩れると船体が左右に傾いたりする。そのため操縦しているライガと助手席のグリーン以外は、
皆バランスを保つように均等に座り込んで、必要最低限の事以外は余計な動作を取らないようにしていた。

下手に動かないと言うのはかなりキツイ姿勢で、「もう少し良い奴なかったんですか?」と誰もが言いたくなったが、
部外者が、乗せてもらっただけあって、隊員も我慢するしかなかった。

「あのぉ、なんかボクの所だけ穴空いてるんですけど、これ大丈夫ですよね」

おまけに、何故かオレンジの座っている前にサッカーボールぐらいの大きさの穴が空いている。
覗き込むと、どこが底でどこか天井かも判らない不思議な時空空間、タイムホールが見えた。
飛行しながら移動していた時と違って高速で動いているため、かなりの迫力だった。

「あ、それ気をつけてくださいね。落ちたら時空のねじれにハマって下手するとあなたぐちゃぐちゃになりますから」
「ひぇぇぇぇ!」
「トイレとかに使えばいいじゃん。ラッキーだよラッキー」

完全な安全地帯にいるライトブルーが励ましのつもりで彼の肩をポンと叩いたが慰めにもならなかった。
どうしてこんな損な役回りは自分なのだろうとオレンジは思った。きっとOFFレンの中で一番悲しい隊員かもしれないとも。
……ん?そう言えばさっきから感じているこの妙な感じはなんだろう。気になるオレンジだったが、その考えはライガの声にかき消された。

「見えました! あれがそのタイムシップです!」

当然、近づいていくと言う事は、向こうにもその存在がバレてしまうと言う事で、
レッドやエコ達を乗せたタイムシップ内でも、追っ手が近づいていることは明々白々であった。

「……ルベウス、後ろから来てるぞ!」

ブランたちの乗るタイムシップでは、既に向こう側が鮮明に見えるほどまで透けてしまったテオが、
恐怖に怯えながらも、操縦桿を留守にしているルベウスに向って叫んだ。
慌てて、ルベウスが操縦桿を握り、スピードを上げ何とか後方の船と等しい距離を保って進みだすと、
テオは安心したものの、自分に起こった怪異はまだ残っていることを目の当たりにして愕然としていた。

「クソッ、なんで俺だけが透けてんだよ……!」
「ま、まさか、オレのパンチには相手を透明にさせる力があったのか!?」

真剣な顔でレッドに尋ねるエコだったが、あまりにもバカバカすぎて突っ込む気にもならなかった。

「ね、ねぇテオ、この際タイムポリスに捕まって病院に行ったらどうかな?」
「バカ言え。だったら、わざわざこんなことしてねえよ」
「でも、このままじゃ……」

レッドが後の言葉を濁すと、テオはその妙な気遣いに腹が立ち殴りかかろうとしたが、
その拳もレッドの顔をすり抜けていった。その歯がゆさに唇を震わせつつも、彼はニヤリと笑って見せた。

「……フン、消えるならそれはそれで構うもんか。くだらねぇ人生に最適な幕切れだ。むしろ好都合だぜ」
「そんなこと言うなよ。オレがもっかいパンチしたら元に戻るかもしれねえぞ? な?」

レッドはやはり真剣なエコの言葉を無視したが、エコは試しにとばかりにテオに向ってパンチしてみたが、結果は確かめるまでも無かった。

「このまま、消えちゃって良いって言うの?」
「……構わねえよ。別に」
「もっと自分を大事にしなきゃ」
「テメェに何がわかるってんだ。俺も、ルベウスも、未来を捨てて生きてきてんだよ。そうだろルベウス」

ルベウスは何も答えず、口をかすかにもごもごとさせながら、返答すべきか迷っているような素振りを見せた。
彼の顔を見た時、何故か自分と彼の間にうっすらと溝の様な物が見えた気がした。

「お前……まさかコイツらの言う事を真に受けてんじゃねーだろうな」
「違う!」

彼は即答した。

「俺は……俺は……」
「フン、お前はいつも言葉を曖昧にして逃げてるだけだな。よっぽど、戻りたい過去があんのか?」
「…………」
「俺に教えてくれても良いだろ。ホラ、もう消えちまうんだぜ?俺はよ。お前と数年間付き合ってやったんだ。
冥土の土産に聞かせてくれよ。いじめか? 親からの虐待か? まさか、女から振られたなんて事はねぇよな」

テオが振って見せた右手は、ほぼ消えかかっていた。

「ホラ、早くしねえと、俺、もう消えちまうんだぜ」
「……テオ」

ルベウスはそう言ったきり何も答えなかった。テオはじっとそんな彼を見つめていた。

一方、後ろに追いやられているレッドは、トントンとエコの肩を叩いて小声で彼に言った。

「……ねぇ、エコ。なんとかしてテオを助けようよ」
「はぁ? どうやって」
「それはわかんないけど、でもホラ、透けちゃったからタイムスティックが落ちちゃってる」

レッドは、床に転がっているタイムスティックを指差し、気づかれないようにそっと拾い上げた。
しかし、ボタンがごちゃごちゃしていてよく判らない。型番が旧いのか良く判らないが前に持っていた物とは勝手が違うらしい

「こ、こうかな?」

適当にレッドがいじると、水色の光がエコを照らした。ヤバイ!と思ったが、幸い二人は気づいていないようで一安心。
なんとか、文字を読み取ろうとするが、英語の苦手な我らがレッド隊長はTIME以外読めなかった。

「(えぇい……もう、ぐちゃぐちゃに押しちゃえ!)」

レッドがピコピコとスイッチをいじり始めても、まだなお、二人は黙り込んでいた。

「……お前、弱虫だな」

吐き捨てるように言い放ったテオの言葉に、ルベウスはぐっと操縦桿を握ってテオを睨んだ。

「俺は……」

相棒のいた場所にはもはや誰もいなかった。思わず息を呑んだ。
そして、そんな彼の目の前は後ろから突然あふれ出した何かによって真っ暗になってしまった。















急いで鑑識にやって来たナズナ、イマチ、フェンの三人は、奥の部屋に入り、
犯人が入っているはずのタイムスティックを手に取り、ボタンを押した。
本来ならば、捕獲しているはずの犯人が現れるはずなのだが、ピーっと言う無人を意味する音が鳴っただけだった。

「解析中に突然エラーが起きてしまって、それで確認したら消えてしまっていたんです」
「……消えるなんて一体どうして」
「これは私の憶測なんですが」

フェンが二人の前に回りこんで、少しだけワクワクしているような顔を見せた。

「犯人は、人工的なパラレルワールドからやって来ました。しかし、その世界は存在しない。
これは、存在が隠されているのではなく、既になくなっているのだとしたら」
「……世界が無いんだから、当然消えちまうわな」
「だったら、あの時の爆発はもしかしたら、その世界が爆発したのでは?」

ナズナは、イマチからタイムスティックを奪い取ると、すぐさまそれをフェンに押し付けた。

「情報管理課から盗ってきたデータだ。あんたなら解析できるだろ」
「え、ええ、出来ますけど」
「なら、急げ!」

フェンはすぐさまパソコンにタイムスティックを接続して、データの解析を始めた。
それを見つめるナズナの表情に何かを確信したような物をイマチは感じた。

「……センパイは、やっぱりブレオさんを疑っているんですか?」
「まぁな」
「どうして」
「人工的に作るパラレルワールドなんて、まず不可能だ。何故なら情報管理課が見逃さないからだ。
だがな、情報管理課が見逃すことが出来るようにする方法が一つだけある。……情報管理課の人間が世界を創造するんだよ」
「あっ!」
「そうすりゃ、色々なことの辻褄が合うだろ。爆破された調査船の事件は、恐らく目的は犯人じゃなく調査員の口封じのためだ」
「まさか、グルだったってことですか?」

ナズナは黙って頷いた。

「……パトロールのメンバーはいつも決まっている。共犯の可能性が高いと思わないか?」
「そして、人工世界の消滅も、それによって犯人共々証拠隠滅しようって魂胆だろう」
「でも、何のためにそんなことを?」
「多分、アイツは理系だからな。タブーを犯したくなって出来心でやったのかもしれない。多分だけどな」
「凄い! センパイ、そこまで判ってたから俺にデータを盗ませたんですね」
「……ちげえよ」
「え?」
「ブレオは俺とタイムポリススクール時代からの同期だ。確かめたかったんだよ。アイツが犯人じゃないってことを」
「……」
「俺としては、気のせいであってほしい」

その時、キーボードを叩いていたフェンの手が止まり、ナズナたちの方を振り返った。

「終わりました」

二人はパソコンの側に近寄り、画面を覗き込んだ。パラレルワールドの縮図画面が表示されていた。
その上には天気図の雲のように赤や黄色の時流の流れを示す線が動いている。
その中央にある、台風のように白くモヤがかかっているような場所をフェンは指差した。

「……このデータだと、この部分にはただ何も無い空間となっていますが、復元してみますと……」

キーが押されると、何も無かった空間に、明らかにそこにパラレルワールドがあることを示す反応が浮かび上がった。
ナズナとイマチは息を呑んだ。その反応は一つや二つではなかった。何十、何百もの世界がここにあったと言う事を教えていたのだった。

「こ、こんなにたくさん……人工世界があるなんて」
「実に巧妙な改竄の仕方です。データがあがってくると同時に特定の場所のデータを改竄するようにプログラムが組み込まれています。
もちろん、多少の誤差が生じるので、細かな所は手作業で小まめに修正しなければなりません。こりゃぁ相当なやり手の仕業ですよ」
「……ブレオは、情報管理部のホープだからな」

ナズナの声は今にも消え入るかのようなか細い声だった。

「で、でも、センパイ。これだけだとブレオさん以外の人間の可能性もなくありませんか」
「……ああそうだな。あくまでもブレオが怪しくなっただけだ……だが、確かめる方法はある」
「確かめる方法?」
「アイツに頼むしかない」
「アイツとは?」

ナズナは二人と肩を組むと、ただ一言だけ、ぽつり

「……調査員であり事故の被害者、情報管理課所属ハルキ警部補だ」













突然、目の前を飛行していたタイムシップが爆発し、レッド達はタイムホールに飛び出した。

「良かった。レッドが無事で」
「ホントだよ。僕もうあと最低50年は人質にはなりたくないなぁ」

おかげで、無事駆けつけてきたライガ達と合流し、なんとか感動の再会が再び訪れた。

「……で、これがそのエコですか?」
「おう、オレがエコだぜ!」

元気よく親指を立てるエコに、男子達は少々戸惑っていた。
あんまり皆が戸惑うので、エコ自身も、一体どんな自分が彼らの世界にいるのか気になった。

「所で、何で爆発したんでしょうかね?」
「それはわかんないけど。でも……」
「ん?」
「なんか、ホラ、例の魔王がいたじゃない」
「あぁ、あの大冒険の魔王ですね」
「……あれの光線に似ていたような気がする」
「まっさかー。だったら、凄くややこしいことになっちゃいますよ」
「そ、そうだよね……うーん」

レッド達は考えてはみたが、結局答えがでないだろうことは判りきっていたので、
「ま、無事助かってよかった!」と言うことで落ち着くことになった。

「……ブラン、大丈夫か」

その頃、若干焦げてしまった髪をいじっているブランに、ライガは声をかけていたのに隊員達は気づいた。

「当たり前だろ。言っとくけど、また壊したのはオレのせいじゃねーからな!」

いつものムスッとした顔をする弟の顔を見て、ライガはますます申し訳ない気がしてきていた。

「……ナズナ巡査部長から聞いた。パラ二課の左遷のこと」

ブランはその言葉を聞いて、髪を撫でながら拗ねたような照れくさがってるような顔を見せた。

「……言うなってあれほど言っておいたのに。ナズナのバカ野郎は、ったく」
「ブラン、私は……」

ブランは右手を前に突き出して、何も言うなと言う事をライガに示した。
弟の目は、いつもと違った真剣な目をしていた。

「謝ったりするんじゃねーぞ。ごめんの一言でも言おうもんなら、オレ、絶対ライガのこと許さねーからな」
「……」
「お前はオレの目標なんだからな。いつか、ライガを超えるような警察官になってやる。だからさ」

ブランはフッと笑った。

「それまでは出来る兄貴でいてくれよな……は、張り合いっつーもんがねーしさ!」

ライガは、弟に土下座したくなった。いくら謝っても謝り足りないような気がした。
だが、弟のその笑顔を見ると、ただ彼の思いは目からの雫となって外に飛び出した。
男子隊員たち今までのライガの涙で一番綺麗な涙に見えた。

「ライガさん、良かったですね。良い弟を持って」
「……良い弟になるのはこれからです」
「ちぇっ、厳しいなライガの奴は」

ライガもブランも隊員達もみんな笑った。なんて美しい光景なのだろう。
少し離れて眺めている彼らの姿に、状況がよくわからないレッドも思わず微笑ましくなってしまった。

「さてと……そろそろタイムシップに戻りましょうか。ブラン、逮捕した犯人を渡してくれるか?」
「へ? 何が?」

ぽかんとした弟の顔を見て、ライガは一瞬思考が停止しそうになった。

「……お前、逮捕してないのか!」
「だ、だって、ライガが何も言わないから」
「このバカッ! 早く逮捕してこい!」
「なんだよ、うっせーな!」
「……残念ながら、まだ逮捕されるわけにはいかない……俺にはまだやることがある」

声のする方を見ると、ルベウスは銃をレッドに突きつけている姿がそこにあった。

「ぼ、僕、10分もたたずにまた人質になっちゃったぁ~!」
「レッド、不注意にもほどがありますよ!」
「どけ!」

ルベウスは、隊員達を牽制しながらタイムシップに乗り込んだ。
しかし、再び逃げられてはいけないとブランが無鉄砲にも飛び込んでいった。

「てめぇこらぁぁぁ!」
「ブラン!」

続いて、兄としての立場もあるためライガも弟に負けじと中に飛び込んだ。
既に発信させようとしていたルベウスは突然飛び掛ってきた二人の刑事と取っ組み合いが始まった。
隣に座らされているエコはとりあえず、自分の頭をガードするので精一杯だった。

「逮捕したぜ!」

手錠の手ごたえを感じたブランがグッと腕を振り上げると、隣にいたライガの腕がグッと上がった。
当然、犯人は自由なままだった。笑ってみるが、そんなごまかしはきかないらしく、

「しっかりしろ! バカ!」

と、弟を蹴飛ばした。……まではよかったが、彼が派手に飛び込んだのは操縦席。
何かしら変なボタンを押してしまったらしく、突然タイムシップはワープ体制に入り始めた。

「あ、しまっ……!」

既に時は遅く、タイムシップはそのままワープゾーンに入り隊員達の前から消えうせてしまった。
残された隊員達は、上空を見たまま固まってしまった。こんな所に取り残されてしまい、誰がつれて帰ってくれるのか。

「ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉー!」










行方不明になったうちの調査員の一人、情報管理課のハルキ警部補が救出されたとの一報が突如アナウンスされて、
“彼”は急いでタイムポリスホスピタルへやってきた。

小耳に挟んだ話では、重傷ではあるが、意識はハッキリしており、喋る事も出来るそうだ。まさか、まさかそんなはずは……。
彼はツバを飲み込んで自動ドアを潜り抜ける。いくら何でも生きているはずが無い。生きているはずが……。
やはり、急いだ事後処理が甘かったのか。こんな事になるとは思わなかった。

「ご苦労様です!」

すれ違いザマに敬礼するゴーグルをつけた黒猫の警官にも気づかず、彼は歩みを速めた。
果たして彼は喋る気なのだろうか、いや、それともシラをきり通すつもりか……。
いや、この際、どっちでも関係ない。彼は手の内に隠した粒子銃をぐっと掴んだ。

301号室、301号室、301号室……。ナンバープレート以外の物が視界に入らない。
誰かとぶつかったような気がするが、構っていられない。303号室、302号室、301号室……。ここだ。
軽くノックする。返事がない。

「……入るぞ」

引き戸を開けると、消毒液のツンとした匂いが彼の鼻をついた。個室のため、他の病人はいなかった。
白いカーテンの向こうに、ベッドに横になったシルエットが見える。
側に掛かったネームプレートには"ハルキ警部補"の文字。よりにもよって時空管理課が生き残るとは。思わず舌打ちをした。

「わざわざ、すみません……」

か細い声で怪我人は言った。覇気がなくかすれているが、十分聞き取れることが出来る。
彼は粒子銃を胸元まで、もってくるとそろりそろりと近づく。

「……無事で何よりだな」
「はい……ご迷惑をおかけしました」

彼は、カーテンに手をかけ、

「……本当に、迷惑だ」

一気にそれを横に引き、粒子銃を構えた。その時だった。

「そこまでだ! ブレオ!」
「もう逃げられないぞ!」

ベッドの上にいたのは、ハルキ警部補ではなかった。
そこにいたのはが同じく粒子銃を構えたパラレルワールド課 刑事一課、ナズナ巡査部長の姿だった。
背後には、後輩イマチ巡査が粒子銃を構えて飛び出した。だが、犯人を確保できたはずの彼らは、目の前にいる男の姿に目を見開いた。

「……こんな見え透いた罠に引っ掛かるとは、俺も落ちぶれたもんだ」
「まさか、あなたがこの事件の首謀者ですかっ!」

粒子銃を降ろして、彼らのボスである外村刑事部長はふっと息を吐いた。

「……違うと言えば、このまま帰してくれるのか?」
「何故、あなたのような方があのようなことを」
「人類の平和のためだ」
「平和?」

外村は冷笑を浮かべて、ナズナ刑事を見た。

「あぁ、そう。平和だ。そのために人工世界を創造しただけだ」
「ボス、一体、あなたは何を言っているんですか」

ボスに近づこうとしたナズナの足下に突然、光線が発射された。
見ると、ボスの後ろにいたはずのイマチ刑事が、粒子銃を構えたブレオに人質になっていた。

「ブレオ! テメェまで!」
「悪いな。ナズナ」

ブレオはニヤリと笑った。今まで見た事の無い、邪悪な感情がそこに垣間見えたような気がした。
ボスはそんなブレオに目配せをすると、

「……それじゃ、ナズナ、イマチ、元気でな」

そのまま病室を出て行った。追いかけようとするナズナ刑事だったが、
ブレオの銃口が後輩に突きつけられると、それ以上動くことは出来なかった。

「ブレオ、どうして、こんなことに協力している!」
「……俺は……本当は大学に進んで、そのまま、研究者になりたかったんだよな」
「何を言ってる」
「……毎日毎日、データと睨めっこばっかして……なんだこの生活は。ふざけるなって感じだろ。
俺はもっと凄い事が出来るんだ。そんな時、ボスに話を持ちかけられて、俺は協力してやったってわけだよ」
「なにバカなこと言ってんだ!」
「……どっちがバカか、すぐに判ることだ。ナズナ」
「やめろ!」

ブレオは引金に指をかけて、フッと笑った。
その瞬間、彼の銃はどこからか飛び込んできた光線によってはじかれた。
その光線を撃った人間を確認する前に、ブレオの体は病室の床に叩きつけられていた。

「……二人とも大丈夫でしたか?」

ナズナとイマチはその男の顔を見るなり、慌てて敬礼の体勢をとった。

「警視総監! どうしてこちらに」
「……そんな話は後です。早くタイムポリスに戻りましょう」

警視総監が微笑むと、ナズナとイマチは再び敬礼をし、
病室を飛び出していく警視総監の後に続いた。
















「……わかりました。ありがとう。他に何かわかったらよろしくお願いします」

ライガは、たまたま一課に連絡を入れようとしたが、代わりに出たのは鑑識のフェン巡査部長だった。
そこから、彼から事の成り行きを全て聞き終えると、優れない顔をしてそのまま通信を切った。

ワープに入ってしまったライガ達は急いでワープを停止させようとするが、
ブランの石頭で緊急停止用のレバーが根本からぽっきり折れているせいで、
当分はこのままワープを続けなければならなくなってしまった。
本当ならば、その救出を連絡するはずだったのだが……。想像以上に大変な事態になっていたらしかった

「……本当に、カッツとピースまで消えてしまったのか」

青い顔をしたルベウスがぽつりと呟いた。ライガ達は何も答えずに、うな垂れる彼の姿をただ見つめるしかなかった。

「どうせ消えるんなら、頼みがある。俺には、どうしても、戻りたい所があるんだ」
「残念ながら、そうはいかない。法律違反になる」
「頼む……俺はもう……」
「いくら頼んでもダメなものはダメなんだ。それにキミが戻ったとしても、すぐに世界は修正される。
キミのためを思って言うが、何をやっても結局は無駄になってしまうんだよ? そんなの虚しいだけだ」
「消えなくする方法って無いんですか?」

力なく頭を落とすルベウスを見て、隣にいるレッドも不安そうに尋ねたが、
ライガはただ首を横に振るだけだった。

「世界創造は重罪だし、孤立した世界は前後がないから消滅してしまった以上、修復は無理。
ま、悪い世界に生まれちまったよな。お前も。天罰だぞ天罰。にゃはははw」

ヘラヘラ笑って、ルベウスの顔を覗き込むブラン。だが、突然ルベウスは顔をあげて、
そんな無神経な男の顔面に思い切り頭突きを食らわせた。全く無防備だった彼は、鼻血を出して後ろによろけて、
自分の身に何が起こったのか、まさになんじゃこりゃといった顔で、手に付いた血液をまじまじと見つめた。

「い……いてぇなぁぁぁぁぁぁ!」
「ブランっ! やめろ! 今のはお前が悪いぞ!」

反撃に出ようとしたブランを兄が一喝したが、

「何だよ! 本当の事言っただけじゃねーか! どうやったって消えちまうんだろうが!」

と、消えゆく運命の男を指差して、彼は反論した。ルベウスは歯を食いしばって、縄を解こうともがいた。
だが、もがけばもがくほど、それは焦りを増して、苛立ちとなって……そして、ぱたりと火が消えたようにその動きが止まった。

「フンっ。もう諦めたのか?」
「……頼む、俺は、どうしても、過去へ行きたいんだ」

急に、心の底から搾り出すような声で彼は訴えた。ブランは、予想していた言葉と違っていたことに、一瞬と惑ったが、

「ダメだ。第一、お前の望む過去の世界へ行ったとしても、どっちみち後ですぐに修正するってライガが言っただろっ。
行くだけ無駄なんだよ。無駄無駄。ぜーーーーーーってー、行かせないぞ」
「……頼む」
「そっ、そんな真剣に言ってもダメだ」

ブランは、ただならぬ想いが彼にある事を瞬時に悟った。だが、どっちにしろ、行かせた所で無意味なのだ。
自分が満足したとしても、すぐに元の世界へと修正される。悪いままに戻ってしまうのだ。下手な同情は残酷になる。
彼から目を逸らして、見ない様にしながらブランは席に戻った。すると、何やら通信のランプが光っている。
受信してみると、前方の画面いっぱいに陰険を絵に描いた様なナズナ刑事の顔が現れた。

『ぅおぉい、ブラ男! 何で、そんな所にいるんだコラ!』
「何だよ。犯人逮捕したんだ。文句あっかこら!」
『文句なんかねぇよ。てめぇ、良い感じに遡ってんじゃねぇぞコラ!』
「……はぁ?」
『センパイ、なんで、都合の良い所にいるってことをわざわざトゲトゲしたオブラートに包むんですか』
「何だ? 何かあったのか?」
『……実はな。今、一連の事件の首謀者がタイムシップを使って逃走中だ』
「なに!? だ、誰だそいつは」

ナズナ刑事は一度咳払いすると、今までの陰険な顔が顔からすっと引き、刑事然とした物になった。

『外村刑事部長だ』
「……嘘だ!」

突然、操縦席のライガが立ち上がって叫んだ。

「ば、バカ言うな。オイ、ナズナ! テメェ、適当な捜査やってんじゃねーぞ!」
『……俺達も信じられん。だが、真実だ』

ブランは、隣のライガに目をやった。彼は苦悶の表情を浮かべていた。

『今から、逃走犯の現在位置のデータを送る! 何とか頑張れば間に合うはずだ』

ブランは通信が耳に入ってこなかった。あの一課を代表する刑事だったボスが……。
兄同様に彼の事を心の隅でボスを尊敬していたブランにとって、そのショックはじわじわと胸に突き刺さっていた。

『馬鹿野郎! ぼっとしてる場合か! 追いつける見込みがあるのはテメェらしかいねぇんだぞ!』

ナズナ刑事の怒号が、ブランをハッと我に返した。画面の向こうの喧嘩相手の目は真剣だった。

『クソみてぇなパラ二課のくせに一課の言う事も聞けねえのか。 腐ってもお前らは刑事だろうが!
身内から犯人が出ただけで怖気づくんなら、タイムポリスなんてやめちまえっ てめぇなんかブラ男じゃねぇ、ブラだブラ! 』
「……俺はブランだっつーの」

ブランはフッと笑って、モニターを見返してやった。彼はフンと鼻で笑って見せた。

『テメェも刑事の面が出来るんだな。初めて拝ませてもらったぜ』
「無駄口叩いてる暇あったら、早くデータ送れ。バカ」
『今、送ったところだ。ちゃんと見ろ。このブラ』

ブランは頷いて、隣のライガを見た。まだ、ショックが尾を引いているようだった。

「なぁライガ」
「……お前に言われなくても判っている。私だって、心は立派な刑事のつもりだ」

ライガはそういって目を閉じると、ふーっと息を吐いた。

『……後はお前らに任せたぞ』
「あ、タイムホ-ルに男共とあとどっかの世界に女の子達置いてきちゃったから、お前ら連れて帰ってくれよな」
『はぁ!? なんだそれは』
「じゃぁな!」
『オイコラ!』

スイッチを切ると、ブランは「転ばないように座っとけよ!」と後ろに声をかけた。
ワープのスイッチを最大まで上げた。レッドは座ったものの、大きく傾く船体にバランスを崩し
側にいるルベウスに触れた。一瞬チカチカと彼の姿がチラついた。

「!」

ルベウスは揺れの激しい船内でバランスを保つ方に気を取られていて、気づいていなかった。
ふと目が合う。思わず目を逸らしてしまった。彼がこちらをじっと見ている事がなんとなく感じられた。

「……俺はやっぱり何も出来ずにいるのか」

レッドへの問いかけなのか、それとも自問しているのか言葉の調子からは判らなかった。
それきり、ルベウスは何も言わず。レッドも何も声をかけられず。船はスピードを上げていった。
















何度もワープを繰り返しているうち、ライガとブランの顔に不安の色が浮かびはじめたことにレッドは気づいた。
前に出ているモニターには-1,000,000,000との数字が出ているのが見えた。10億年……まだ人間もいない。相当昔だ。

「ボスの船と繋がった!」
「モニターに出せ。早く!」

ブランが叫ぶと、ライガも大声を張り上げながら操縦用のパネルを操作していた。
すぐさま表示されたモニターには、さすが事件の首謀者なだけあって、
余裕の笑みを浮かべているボスオオカミ…にそっくりな外村刑事部長の顔が映し出された。

『……二人ともご苦労』

挿絵

彼の第一声は逃走犯とは思えないひどくさっぱりとしたものだった。
ライガ達はそのいつもと変わらぬ声を聞き、悲しそうに目を伏せ、唇を噛締めた。
その様子から日頃から、彼はあのように温和な上司なのであろうことはレッドの想像に難くなかった。

「ボス、何故ですか、何故あなたのような方がこんなことを」
『……この世から、いや、全ての世界から罪悪が無くなる事が無いから。かな。俺は随分と青臭い事を言うが、
少しでも世界から様々な悪によって悲しむ人々を無くすためにこの何十年間、頑張ってきたつもりだ』
「……ボスは立派にやってきました。多くの人が救われました。それは事実です」
『だが、ちっとも悪はなくならないじゃないか!』

一人の男の怒号は、タイムシップ内に重く響いた。その重さが、彼の心を物語っているようだった。

『……だから、俺はそんな悪の無い世界を作り出すために人工的界を創り、それに様々な形から干渉して、
究極のモデルを作り出そうとしたんだ。そして、完成の暁にはこの世界全てを作り変える。それが俺の望みだった』
「ボス」
『だが、ダメだったよ。いくら試行錯誤した所で、戦争が起きる、殺人が行われる、嫉妬や憎悪がはびこる。
この数年間、サンプルの組み合わせを変えても、アプローチの方法を変えても、全て無駄だった。……そんな時に、お前だよ』

ボスはルベウスを見つめ、自虐的な笑みを浮かべた。

『まさか、調査員を襲って外へ脱出する者が現れるとは思わなかった。どの世界も、
タイムホールの発見やタイムマシンの発明を行わせないように、注意深く監視していたと言うのに。
……調査船からのSOS信号が出た時には肝を潰すかと思った。俺に通信してきやがって、一人の時だから良かったものの』
「だから、だからボスは、タイムシップを爆破したのですか」
『……それは時空管理課のブレオ君。彼の判断だ。俺はただ"どうにかしろ"としか言っていない』
「しかし!」
『夢の実現に犠牲は付き物だ。最も、ウチのナズナ達が余計な真似をしてくれたおかげで、逆に墓穴を掘ってしまったが』
「……あなたは!」

操作パネルを叩いて、喉が張り裂けそうな声でライガは叫んだ。

「あなたは、自分のしたことがわかっているんですか! 多くの隊員に被害を負わせ、裏切っただけじゃない。
その"夢"の実現のために勝手に生み出され、消し去られた世界にも、たくさんの人々がいたんです!」
『それは理解の上だ』
「ならば、あなたの夢に巻き込まれた全ての人々のために、あなたは一生をかけて贖罪するべきだ」
『……残念ながら、もうそのつもりはない。俺は自分の手を汚しすぎた』
「ボス! バカなことはやめてください!」

外村はサングラスの奥の目をふっと細めた。

『やはり、お前らにも判っていたか……無理もないか、このまま行き着く場所と言えば一つだけだ』
「あなたは、本当にそれが最善の策だとお考えですか」
『……悪のない世界が作れないと言う事は、前提から誤っていると言う事だ。だから、もう無くしてしまう。
そうすれば、悪も、それに悲しむ人々も全て無くなる。本当の平和だと思わないか?』
「思いません!」
「ライガの言う通りだ! それじゃ、楽しい事も、嬉しいことも……あ、あとカワイイ女の子もいなくなるんだぞ!」

二人の訴えに外村は無言だった。レッドとルベウスも、モニターの向こうの男を見つめながらじっと彼の返答を待っていた。

『……そうだ。言うのを忘れていた。ライガ、お前が左遷されたのはブランのせいじゃない。お前のせいでもない。俺だ』
「!」
『お前は優秀だからな、それに正義感が強い。だから邪魔になった』
「……どうしてそんな話を今するんですか」
『お前は出来るヤツだから心配するな言うことを言っておきたかっただけさ……俺からの遺言だ』
「ボス、お願いします。早まらないで下さい。お願いします……!」

長い間。この船内で時間の経過が感じられるのは、遡っている時間の表示パネルだけ。既に35億年まで遡っていた。
どれくらい時間が経ったか、と言う時、モニターの中でボスは悲しげに笑った。

『……俺はもう、悲しむのはゴメンだ』

それきりモニターはぷつりと切れ、モニターを黒く染めた。ブランの息を呑む音がレッドにはハッキリと聞こえた。
力なくライガが椅子の上に崩れ落ちた。「どうなるの」とレッドは聴くことができなかった。彼らの姿がその答えだったから。

「……どう……なるんだ」

たどたどしくルベウスは言った。彼の体は微かに透け始めていた。
しかし、何故かそんな彼だけがこの船内の中でただ一人、絶望を打ち破ろうとしているように見えた。

「……このままアイツを放っていてどうなるんだ!」

ルベウスが腹の底から叫んだ。レッドは初めて感情を全面に曝け出した彼を見た。

「原点となる世界が破壊されれば、当然全てが消えてしまいます」

力なくライガは答えた。

「当然、そうなればここにいる我々も消えて、修復は不可能になります」
「……全て、消えるのか」
「オレまだ女の子とHしたことないのに~!!」

ブランは鼻水を垂らしながら泣き喚いた。場違いな感もあるがこう言う時、本音が出るのは仕方ない。

「ライガさん。捕まえる方法はないんですか?」

レッドが重要な事を尋ねたが、ライガの反応はあまり良い物ではなかった。

「タイムスティックで向こうの船に乗り込むことも、同時に同一のワープ空間にでもいない限り、不可能。
事件のようにボスの乗る船を破壊するのも、高速ワープ中ではまず無理です」
「そ、それって」
「……実の所、説得しか残されていなかったんです。それが今だったんです」
「こんなことなら、あのとき総務課の女の子たちとパスタ食べに行くんだったぁぁ~!!」
「……本当にそれだけしかないのか?」
「そ、それは」

ルベウスの言葉に、ライガは言葉を詰まらせた。頭脳明晰な彼の事だ、あらゆる解決策を想定し、
その中から安全で実行可能なものだけを取捨選択しているのだろうとルベウスは踏んでいた。
そして、そんな自分の考えを読まれていると気づいたライガは、表情を強張らせ、答えた。

「……一つだけあります。我々とボスのいるワープホールは別々で、ワープ中はお互いに物理的な干渉は出来ません。
しかし、向っている先、出口は同じ場所です。先回りする事は可能ですが、ボスとの距離差を考えてもせいぜい数十秒が限界です」
「でも、それだけしかなかったら、何も出来ないんじゃ……」
「いいえ……」

レッドの言葉に、ライガは首を振った。

「……ワープホールの出口に、この船を飛び込ませるには十分です」
「そ、そんなことどうやって!」
「……俺がやる」

ルベウスが名乗り出た。ライガも彼がこう言う事は判っていたらしく、ゆっくりと頷いた。

「ルベウス!」
「……ワープホールの中ならば爆発を起こしても源世界には影響はありません」
「ダメだよ、ルベウス。そんなこと!」
「じゃぁ、ほっとけば消えちまう俺の代わりに、これからも存在し続けるお前が特攻してくれるのか。たいそうご立派なガキだな」
「……そ、それは」
「そうと決まったら……早くしてくれよ」

ルベウスに促されてライガは操縦席へと戻り、ブランを泣き止めさせるとワープスピードの調整に取り掛かった。

「ちょっと待ってよルベウス。ヤケを起こしちゃダメだよ。もっと他の方法を考えようよ!」
「……黙っていろ」

光の粒子が線となって後方へ流れていっていた。次第にそれは長く続いている1本の線に見えるようになった。
モニターの表示される時間は、読み取れないほど早い速さで動いていく。船内は緊張が張り詰めていた。

レッドはルベウスを見つめた。方膝を立てて見た目だけはどっしりと構えているが、
自分の運命を直面し、ヤケになっているのだと思った。レッドにはどうしてもルベウスの事、
どうしても彼の言う戻りたい過去の事が気に掛かっていた。

「まもなくワープホールを抜けます! レッドさん準備してください」

前方にぽっかりと空いた白く光る穴があった。真昼の太陽のようだった。

「自動的にワープホールを検知するようにしていますから、後は、レバーを手前に引いてください。
後は、そのまま突進していきます。もし不明な点があればどうぞ」

ライガは一気にまくし立てるように喋った。額に汗が滲んでいた。

「……いや、大丈夫だ」

ルベウスの言葉を聞くとライガは彼の手を取り、硬く握った。指が僅かにすり抜けていた。
二人は何も言葉を交わさなかったが、お互いに言いたい言葉は通じ合っているようだった。
ライガは手を離すと、自分の腰のホルダーからタイムスティックを取り出し、それをレッドに渡した。

「レッドさんは、ホールを出るとすぐに、タイムスティックのこの赤のボタンを押してください。
源世界に放出されればすぐに我々が助けに向います。……ブラン!準備は出来たか」
「当然だろ!」
「ちょ、ちょっと待って。本当に他に方法は無いの!」

レッドの言葉に誰も答えることは無かった。

「ライガさんは平気なんですか、いくら消えるからってこんな方法、それにこのままじゃ、
ボスまで大変なことになっちゃうんですよ。良いんですか!」
「……良いわけないでしょう」

ライガの目は険しかった。それは、ライガ個人の目ではなく、一人の刑事の目だった。

「……私は刑事です。刑事として本来ならばこんな方法は取りたくない。しかし、我々には守るべき世界とその住人がいるんです。
反対に我々のボスは、それら全てを失わせる決断をしました。だから、我々も、決断するしかないんです」
「で、でも」
「オイ! もうすぐ出口だ!」

ブランが叫んだ。ライガはタイムスティックを持つレッドの右手を握って「良いですね」と目で合図した。
真っ白な光が船内を照らしていく。ライガはブランの側に駆け寄り二人でタイムスティックを握ると、

「……タイムポリスの一員として、このような結果になった事を申し訳ないと思っています」

と、ルベウスに向って頭を下げた。顔を滑っていく光の線で、彼が涙を流しているように見えた。
しかし、その光景も、全てが真っ白に包まれて見えなくなった。

「行くぞ! 3、2、1……いけーーーーっ!」

ライガとブランの体は真っ暗な何も無い小さな光だけがある源世界に放り出された。
前方を物凄い速さでタイムシップが通り抜けていく。遠くには薄っすらと別のワープホールの出口が出現し始めていた。
このまま、全ての事態を見ることが、自分の使命だとライガは思った。……その時だった、ブランが慌てながらライガに駆け寄った。

「おい、ライガ! レッドがいないぞ!」















ボスがやって来ようとしているワープホールの出口が徐々に開き始めていた。
ルベウスは、レバーを後ろ手に引きながら、タイムシップに留まっているレッドを見つめていた。

「……死にたいのか」
「ルベウス、このまま僕らと脱出しようよ。このまま行けば」
「バカなことを言うな……」
「キミは言ってたじゃない。どうしても行きたい過去があるって。消える前にそこへ行こうよ。
最期に、自分の望みをかなえなきゃ、じゃないと、キミがなんのために生まれたのか……」
「バカかお前は。そんなことをすれば、船の舵は誰が取るんだ」

ルベウスは呆れたように鼻で笑った。

「いいか。俺はヤケクソでこんなことをやってるんじゃない。……俺はこれが一番良い方法だと思ったんだ」
「え……」
「俺はな。取り返しのつかないことをしちまったんだよ。とても、償いきれないことだ。
俺はそれからずっと、後悔して生きてきた。自分は生きる価値のない奴、生きていてはいけない奴だと思った」

モニターに警告の表示が現れたが、ルベウスは引いているレバーをしっかりと握っていた。

「いつもあの時に戻れたらと心の片隅で思っていた。そんな時にアイツらが現れて、襲ったらタイムマシンがあった。
皆で散らばって好きな事をするって決めた。俺は使い方が判らなくて、様子見で行った世界にお前がいた」
「…………」
「だが、俺が何か成し遂げても結局は修正されるようなことをしても無駄だってわかった。おまけに俺は存在してはいけない人間だった。
しかも、もうすぐ消えちまうんだ。バカみてぇだろ。全世界の俺の中で一番、滑稽な存在だ」

ルベウスは笑った。自虐的な笑みではなく、何故か心の底から嬉しそうな顔だった。

「でもな、こうすれば俺が全世界を救えるんだ。数え切れない人間を。これほどの償いはないぜ?
過去を変えるわけじゃないから修正されない。すげえだろ。全世界の中で一番凄いのは俺だ。俺は全世界の救世主になるわけだ」
「……ルベウス」
「だから、俺には一番良い方法なんだ。これでわかったか?」

レッドは何もいえなかった。虚勢ではなく、本当にルベウスは幸せそうに見えたからだった。

「お前はまだまだガキだよな」
「え?」
「ろくな後悔したことねえんだろうな。優しくて、人のこと滅多に疑わないで……はんっ、くだらねえ」
「……」
「これから先、お前は足下を見ずに生きられるか?……どうなんだ」

ルベウスはレッドの手を強く握った。

「……僕は、足下は見ないよ」

ルベウスはフッと鼻で笑った。

「やっぱりガキだな、お前」
「……」

そう言ってルベウスはレッドの手に何かを握らせた。

「救世主様からのプレゼントだ」

前方から突き刺すような真っ白い光が出現する。ワープホールに飛び込むまで、もう間も無くだった。

「じゃ……あばよ。クソガキ」

ルベウスはレッドの手のタイムスティックのボタンを押して、──笑った。

「ルベウス!」

レッドの体はもうタイムシップの中には無かった。
ルベウスは操縦席に戻り、眩い光に包まれながら、かつての自分の過去を思い出した。
忌まわしい記憶。耐え切れない後悔の念。今までどれだけあがこうとも消えることのなかったそれらが、
今この瞬間、少しずつ溶けて行っていることをルベウスは感じた。手に暖かい物が触れた。あの時以来の涙だった。

……全世界の人間を救う。実際の彼はそんな大層な事はどうでもよかった。彼が救いたかったのは、ただ一人だけ。
無数に広がる世界の中のどこかにいる、明るい未来を過ごそうとしている、幸せな笑顔を浮かべている……。

前方に外村の乗るタイムシップが見えた。こちらから見た彼は一瞬驚いた顔を見せたが、
瞬時に全てを悟ったらしく、ルベウスと同じように微笑み、何かを呟いた。誰かの名前のようだった。
アイツも、俺と同じだったのだとルベウスは思った。

「……ルベウス、お前、すげえわ」

ルベウスの隣にテオの姿が見えた。テオは笑ってこちらを見つめていた。

「俺にはとてもそこまで出来ねえもんな」
「……出来ないんじゃねえんだよ」
「?」
「お前も、みんなも……足下を見ているだけなのさ」

ルベウスはテオと見つめあいながら笑った。
──そして、彼らはそのまま、光の中へと吸い込まれていった。














ワープホールから噴出した光の粒が何もない源世界に光の雨を降らせていた。
間一髪で脱出したレッドは、ライガに抱きかかえられながら、消えてゆくその雨を見つめていた。

「……ルベウス、幸せそうだった」
「そうでしたか」
「……ルベウスの過去には何があったんだろう」
「さぁ……それは今となってはもう、判りません。ただ……」

ライガは顎で向こうからやってくる2台のタイムシップを差した。
中には隊員達やナズナ刑事達が乗っているのが見えた。皆、笑顔だった。

「彼は確かに、世界を守りましたよ」
「ホントホント、これで俺も女の子とHが出来る未来が約束されたわけだからな!……アイツは、よくやったよ」

タイムシップから隊員達が降りてくると、レッドはようやく世界の平和を実感できたような気がした。
ナズナ刑事とその後輩の刑事が降りてくると、続いて一人の黒猫がゆっくりとタイムシップから降りてきた。
一瞬、レッドにはそれがルベウスに見えたが、よくよく見ればあの派手な模様のないウィックと言った方が適切だった。

「……ご苦労だった。ライガ君。ブラン君」
「け、警視総監!!」

ライガとブランは、大きな眼いっぱいに目を見開いて、すぐさま敬礼をした。突然の事にテンパっているのか、
ライガは両手で敬礼をするよくわからないポーズを取っていたが、ブランに小突かれて、すぐに左手を下ろした。

「……二人ともよく頑張ってくれた」

ウィックに似た警視総監は、とても穏やかな顔をしていた。こっちの世界のウィックが悪の親玉な分、
こっちの世界のウィックは正義の親玉と言うことらしい。隊員達は彼の温和な笑顔が妙にこそばゆかった。

「いいえ、タイムポリスの刑事として、当然の事をしたまでです」
「……外村君の事は残念だった。彼に推薦されて君達に特命を与えたが、まさかこうなるとは……。
窓際部署の人間なら、さした成果は上げられずに証拠隠滅がしやすいと思ったのだろうが、裏目に出たようだな」

ライガは、首を振って敬礼する手をそっと下ろした。

「警視総監、我々はボスの優しさをよく知っています。同時にボスも我々の事をよく知っていました。
今思えば、ボスは、我々に止めて欲しかったのではないかと私は思うのです。……ボスは最後まで我々に優しく接してくれました」
「そうか。そうかもしれないな」

警視総監は何度も頷くと、彼は急に思い出したようにポンと手を叩いた。

「そうだ。……君達の功績に何か褒美を上げなければならないな」
「警視総監、オレの兄貴を一課に戻してやれませんか」

ブランがすぐさま申し出たが、ライガは首を振って弟の前に飛び出した。

「いえ、私は左遷された身、本来来るはずのなかった弟こそが一課に戻るべきです」
「何言ってんだよ! オレよりライガの方が一課に向いてるだろ!」
「バカを言え。同情は結構だ。お前が一課に戻れ!」

ナズナ刑事は、突然お互いを尊重し始めた兄弟を見て怪訝な顔をしていたが、
事情をよーく知っている隊員達はニヤニヤとその光景を見つめた。

「……じゃぁ、二人とも一課に戻ると良い」
「え!?」
「それなら文句は無いだろう?」

ライガとブランは警視総監の顔を見つめ、お互いの顔を見つめると、抱き合いながら同時に叫んだ。

「や、やったー!!」
「……ケッ。余計な奴が帰ってきやがるな」

ナズナ刑事は、相変わらず陰険な顔で声をかけてみるが、何となくその表情はぎこちなかった。
素直に褒める事が出来ない天邪鬼が邪魔をしているようで、ブランも意地悪く彼に突っかかっていた。

「オイ、ナズナ。素直に、おめでとうって言ったらどうだ?」
「バッカ! 全然めでたくねぇし。まぁ、そうだな。でも、一応? 一課に舞い戻れたみてぇだから?
俺が、と・く・べ・つ・に! ブラからブラ男に戻してやるよ」
「俺はブランだっつってんだろうが!」
「まぁまぁ、センパイもブランさんも、仲良しなのはわかりましたから。素直になりましょう」
「誰が仲良しだ。俺がこんなオタンコナスと!」
「んだと! オレだってなぁ、こんなドテカボチャとは死んでも仲良くするのはゴメンだぜ!」

相変わらずケンカしている二人に、隊員達も思わず笑ってしまう。
ライガとレッドも安心感から、彼らと一緒に笑うが、ブランとナズナはそんな光景に苦い顔を浮かべた。

「そろそろ、戻りましょう。これからOFFレンジャーの皆さんを送らないといけませんから」

ライガの言葉に隊員達の胸にもようやく、長い長い冒険が終わったと言う安心感が訪れた。
まさか一度に二回も大冒険をするとは思わなかった。

「では、ウィッグ警視総監戻りましょうか」
「ああ」

イエローは妙な物を見るような目で、誰もあえて言わなかった言葉を、つい呟いてしまった。

「……ヅ、ヅラ!?」


















最初にブランと出会った土手に隊員達を降ろすと、ライガは何度も頭を下げた。

「皆さん、本当に申し訳ありませんでした。こんな事に付き合わせてしまって」

隊員達は、いやいやと手を振って大丈夫ですよと答えたが、それでもまだ収まらないようだった。

「ま、でも俺が悪かったとは言え、出会った女の子達とサヨナラするのがちょっと辛いぜ」
「お前も謝らないか……まったく」

ライガは困った顔をしながらも、弟を見ながら微笑むと、向こうも笑って見せた。

「ライガさんもブランさんも兄弟仲良くしてくださいね」
「……オレも帰るけどさ、なんか別れるのって辛ぇよな」

半ば無理やり付いてきた別世界のエコは、ぽりぽりと頬を掻きながら照れくさそうにレッドに言った。

「オレ、こんなすげー事経験して、なんか、うん、良かったよお前に会えて」
「エコも、そっちの世界の僕をちゃんと応援してね」
「当たり前だろ。オレの心の師匠だからな! 死んでも幽霊になって追っかけるぜ!」
「あはは……長生きしてね」
「でも、なんか一度だけさ、こっちの世界のオレに会いたかったな~」
「まぁ、仕方ないよ」
「こっち歩いて来ねえかな~」

エコは残念そうに、その側を通り過ぎていくスルメを噛んでいる少年を見つめた。
あまりにも偶然すぎる出会いだった。エコだった。

「あ、あの子だよあの子!」
「ふぇ?」



《原作》ぐるぐる戦隊OFFレンジャー製作委員会



「うぉぉぉぉぉぉ! 会いたかったぜオレーーー!!!」

スルメを噛みながら首をかしげるエコに、エコは抱きついていた。

「な、なんだよぉー! 気持ち悪いなぁー」
「お前、ちゃんとカッコイイ男になれよな!」
「言われなくてもなってやるよー!」
「お前、ちょっとダセェぞ。服とか買えよな」
「お金無いんだ。さっきもこのスルメ買っちゃったし。でも、キミカッコイイねー」
「だろ? オレにはお手本がいるからな。お前も、ピアスくらい空けた方がいいぞ」
「そっか、オレも空けようかなぁー」
「どうせなら、オレみたいにタトゥーも入れちゃえよ。良い店知ってるから今度行こうぜ」
「それもカッコイイなぁ。じゃぁ明後日に行こうよ」
「おう、じゃぁここで明後日の朝10時に待ち合わせな!」

また二人がバカな話に落ち着いた頃、こっちの世界のエコは元気良く帰って行った。



《脚本・演出》レッド隊長



エコは大きく手を振りながらタイムシップに乗り込んでいった。
残ったライガとブランは、隊員達の前に並んだ。

「皆さん、もし異世界に迷い込んだ場合は、我々にお任せ下さい」
「わかりました。ま、そういうことはあんまりないでしょうけど」
「ピンクちゃん、イエローちゃん、ホワイトちゃん、パープルちゃん、
ピーターちゃんにシェンナちゃんにクリームちゃん。とても楽しかったよ。ありがとう」

ブランはそう言いながら、二本指を立て、こめかみの側で振るというカッコいい仕草でアピールしたが、
女子達は苦笑いしながら、小さく手を振ることしか出来なかった。

「それでは、最後に……ぐるぐる戦隊OFFレンジャーの皆さんに、敬礼!」

二人はとても綺麗な敬礼を隊員達にしてみせてくれた。



《挿絵》パープル隊員



「それではみなさん! さようならー!」

タイムシップが土煙をたてながら、空へと昇っていった。
そして、一瞬の閃光と共に、パラレルワールドの冒険は幕を閉じた。

その瞬間、何かが光ったかと思うと、隊員達は自分達が今まで何をしたのか、
何故ここにいるのかわからなくなった。

「……あれ、僕ら?」
「えぇと、ペンダント見つけて……あれ?」

隊員達は土手に映る夕陽をじっと見つめながら、これまでの冒険を思い返した。
島が浮かび、龍が飛び、隊長が歌い、妖精と触れ合った第1の冒険。
そして……何かよくわからないけど、もう一度凄い冒険をしたような……。

「そうだ、隊長! ちょっと遅れたけど行きますか!」
「え? どこへ?」
「やだなぁ、そもそも打ち上げの途中だったじゃないっすか」
「あ、そっか! 打ち上げだ!」



《出演:OFFレンジャー》

レッド隊長
ブルー隊員
イエロー隊員
グリーン隊員
ホワイト隊員
ブラック隊員
パープル隊員
ピンク隊員
オレンジ隊員
シルバー隊員
ライトブルー隊員
ピーターパン隊員
バーント・シェンナ隊員
クリーム隊員
ガーネット隊員



「パンガ様、おはようございます。朝食の用意が出来ていますから」

ふと目を覚ましたパンガは、何故か妙な気分になっていた。
いつもと変わらない朝なのに、何故だかいつもの自分とは違う気がした。

今までの弱気だった自分を後押ししてくれているかのような、
そんな強い自分が自分の中にいるような気がした。

「……街に出かけたい」

パンガはポツリと呟いた。
今日は、何か特別な人に出会えそうな気がする。
今日から、何かが変わる気がする。いや、変わるのだ。



《出演:タイムポリス》

ライガ警部補 (タイガ)
ブラン巡査 (ホラン)

ナズナ巡査部長
イマチ巡査

フェン巡査部長 (変猫)
ブレオ警部補 (ブルー)

外村警視長 (ボスオオカミ)

ウィッグ警視総監 (ウィック)



「ピースさん、今日もレッスン頑張りましょうね」

桃子に声をかけられて、ピースは黙って会釈した。
そして、もし、彼女に告白できたらどれだけ良いだろうと、
いつもと同じような事を考えた。

だが、いつもならそのまま終わる彼の考えは、
今日に限って何か違っていた。

「(告白しない後悔よりも、して後悔する方が良い)」

何故、急に自分がこんな考えに至っていたのかピース自身でも不思議だった。

「桃子さん!」

勇気を出したピースの一言、桃子が振り返る。
「大丈夫だ」誰かが背中を押してくれている気がした。

「僕は……あなたが……」



《出演:悪人》

カッツ(猫猫)
ピース(獣猫)
テオ(パープル)
ルベウス

ザコオオカミ

エコ(ノーマル)



エコは目を覚まして、慌てて時計に目をやった。
既にバイトの時間が過ぎている。遅刻だ。

「ヤッベー!」

すぐさま、路地から飛び出すエコ。
今日も朝日が眩しい。明日も眩しいだろう。

「よーし! 今日も良い一日にすっぞー!」

エコは、何故だか妙に嬉しい気持ちで通りを駆け出していった。



《出演:サブキャラ1》

エコ(異世界)

OFF群青隊員
ピチピチタイツ未来少年

パンガ(タイガ&パンダ)
ボルフ(ホラン&オオカミ)

ピース(グリーン)
桃子(ピンク)
ジェンガ(シェンナ)
マロン(クリーム)

妻イエロー(イエロー)
夫シルバー(シルバー)
ゴールド



「……良い人達で良かったな」
「ああ」

ライガとブランは、タイムホールを進みながら今までの事を思い返していた。
エコはすっかり眠っている。このまま記憶を消去して、返せば丸く収まる。

「あーあ、女の子達、もうオレのこと忘れちゃったんだよな~超残念」
「……私も、何だか、残念なんだ」
「楽しかったもんな、なんだかんだいって」
「違うんだ……何か、胸の奥が……苦しいんだ」
「はぁ?」

ブランは、ライガが顔を赤く染めながら、胸を押さえている姿を見て、何だかとても嫌な予感がした。

「……別れた今になって、あの人のことを考えると、何故だか鼓動が高まるんだ」
「お、おい……ライガ?」
「なぁ、ブラン」
「……なんだよ」

ライガが開いた手の中には、緑色の毛が1本握られていた。

「私は……グリーンさんの事が好きになってしまったみたいだ!」
「ゲゲゲッ!?」



《出演:サブキャラ2》

イタ飯屋店員 (化猫)
看守 (写猫)

喫茶店の店員 (ライトブルー)
オカマさん (オレンジ)
サッカー少年1 (ホワイト)
サッカー少年2 (ピーターパン)
病院にいた警官 (ブラック)

幼少期ライガ
幼少期ブラン

オオカミ帝国の少年 (ガーネット)



「うぉぉぉぅ!」

妙な震え方をするグリーンをよそに、隊員達はワイワイ騒ぎながら、打ち上げ会場へと歩み始めていた。

「じゃ、打ち上げにレッツゴー!」

少し遅れてレッドも続く、夕陽、草むら、土手の向こうを走る自転車、
どれも実に平和だった。その平和の影には誰かがいてくれたような気がレッドはした。

「……」

レッドは、いつの間にかアクセサリーを握ったままだった事に気づいた。
いつからかは判らないが、ずっと、硬く握りしめていたようだった。

「?」

レッドはそっと手を開いた。ボロボロに削れた小さなアクセサリーは、
よく見れば紙粘土で出来ていた。そして、そこには、子供の字で、小さくこう書かれていた。

「せいぎのみかたへ」



《制作協力》

Melma!
RED-STUDIO



アクセサリーは、レッドの手のひらの上で光の粒子となって、ゆっくりと空へと昇っていった。

挿絵

その光をじっと見つめながら、このアクセサリーを何故持っているのか、レッドは全く思い出せなかった。
だが、空に消えていく光を見つめて、自分の中に少しだけ強くなった自分が生まれた気がした。

「レッド、おいて行きますよ!」

隊員達がレッドに呼びかける。道の向こうに、皆が笑顔でこちらを見ている。
レッドは、今すぐに、隊員達の方へ駆け出したくなった。

「……今いくよ!」

レッドは、笑顔で隊員達の方へ駆け出して行った。とびきりの笑顔を浮かべて。



《制作・著作》

ぐるぐる戦隊OFFレンジャー
OFFレン通信編集部






──これからもOFFレンジャーの活躍はつづく!
100話到達おめでとう、OFFレンジャー。これからもよろしく、OFFレンジャー!








【オマケ】
第100.5話

「そして僕らは未来へ…のつづき」

「あれっ、レッド達どしたのこんな所で。奇遇じゃん」

橋に差し掛かったとき、隊員一同は向こうからコンビニの袋を提げて歩いてきているグレーとバッタリ出会うと、
隊員達は「あっ」と言う声をあげ、すぐさまグレーのその純粋な表情から、一斉に目を逸らした。

「今から本部行くの? 俺も今から行く予定だったんだ」
「…………」
「あ、あれ? ぜ、全員揃ってるんだ……俺以外……」

隊員のただならぬ表情に、グレーもバカではない、うっすらと大体の事情が飲み込めてきた。

「シェンナ達、大冒険してたですー」
「コラッ、シェンナ!」

シェンナの口を慌てて押さえるクリームだったが、グレーは突然50歳ほど老けたかのような達観した瞳で、
こくりこくりと、やけに優しく頷いた。

「……ハハッ、俺、何も聞いてなかったな」
「みんなで力を合わせて大魔王を倒したですー!」
「そっかあ……俺がいなくても大魔王って倒せるんだなぁ……じゃぁ“大”ってつけてんじゃねえよ……」

グレーは表情はそのままで、既にこの世にはいない大魔王に怒りをぶつけるかのように、片足で地面を蹴りつけた。

「グリーン、連絡したんじゃなかったの!」
「えぇっ、私ちゃんと全員に連絡しましたよ!」
「だって、グレーいなかったじゃないか!」
「いいや、私はちゃんと全員にメールを送信しました。あっ、もしかしてグレーはメルアド変更したんでしょう。そうじゃなきゃ、届いてないはずがありませんよ!」

グリーンがすがるような目でグレーを見つめたが、彼はグリーンの目を見ないまま、ゆっくりと首を横に振った。
慌ててレッドがグリーンの方を再び振り返ってさらに問い詰めて見る。

「ちゃ、ちゃんと15人分送ったの?」
「ちゃんと15個分送りましたって。ハッ、そうだ。サーバーのせいでしょう。そうに決まってます!」
「そうだ。サーバーのせいだよ。僕もね、そういうことはよくあるんだ。不可抗力だよね」
「ですねですね。これは、もう仕方のない事ですね」

グレーは地面を見つめたまま、口角だけはニヒルな笑みを浮かべて微動だにしなかった。

「あのさぁ……」
「そうだ。グレー、お詫びと言っちゃなんだけど今から一緒に打ち上げ行こうよ!」
「そうですね。それがいいですね。ちゃんと15名って全員分予約してますからね!」
「……あのさぁ……」
「グレー、僕ら15人でOFFレンジャーだよ。仲間じゃないか。だから、キミも来るべきだよ!」
「OFFレンって全部で16人なんですけど!!!」

グレーの言葉に、レッドもグリーンも言葉を失ってしまった。

「いっつもそうだよな……俺、そんなに影薄いか? 俺だってなぁ、一生懸命生きてんだよ!」
「グレー、まぁまぁ、落ち着いてよ。ね」

何とかしなければと、我らがレッド隊長はグレーに駆け寄りポンと肩に手を置いた。
ここからがOFFレンジャーとしての隊長の人望の見せ所である。

「忘れられてなんかないんだよ。グレーは、僕らの心の中でいつまでも生きてるんだから」
「それ俺が死んでるみたいじゃん!」
「ご、ゴメン、じゃあ訂正! グレーは僕らの心の中で生きてません!」
「その訂正ちょっと違うと思う!」
「と、とにかくね、少なくともね。僕はグレーの事をちゃんと理解してるし、君を忘れたことなんてないんだから!」

レッドはポンと胸を叩いてとびきりの笑顔をして見せたが、グレーの心は完全に荒んでしまっていた。
彼はどこか冷ややかな瞳を隊長に向けて、一際小さな声でレッドに尋ねた。

「……じゃ、俺の出身地覚えてる?」
「九州の博多!」
「……俺がやってるスポーツは?」
「登山!」
「……俺の武器は?」
「長刀!」
「……おもいっきり全部違えてんですけど」

その時のグレーの表情は、既に彼の心の中から人を信じる気持ちが完全に失われていたことを隊員らに悟らせた。

「……俺、もうOFFレンやめる」
「なにもそこまで!」
「……オオカミ軍団に入って、極悪非道の男になってやる……」
「早まっちゃダメだって。オオカミ軍団でもそんな上手い事行かないって」

ライトブルーがひょっこり顔を出してグレーに語った。
妙に、オオカミ軍団のことを判った風なことを言うなと隊員達はふと思った。

「みなさん、ひどいのだ!」

と、隊員達の中からいかにも「怒ってます!」と言う顔の少年がグレーの前に飛び出してきた。
OFFレン一のピュアボーイ、台湾出身のガーネット隊員だった。彼の前では偽善などと言う言葉は無意味である。

「ガーネット……お前……」

思わず、グレーの心から溢れた喜びと言う泉の水が、彼の瞳から溢れてきそうだった。

「グレーさんもOFFレンに入りたい気持ちだ。ダメと言うことは可哀相なのだ!」
「コイツ、色々勘違いしている上に、初めから俺を隊員として見てなかった!!」



《出演:ごめんなさい人》

グレー隊員



グレーは提げていたコンビニ袋を地面に投げつけた。

「俺はいらない隊員なんだろ! そうなんだろ! OFFレンに必要ない人間なんだろ!」
「グレー、ヤケをおこしちゃダメだってば」
「こんな戦隊、もう辞めてやる!」

涙の粒を零しながら走り出したグレーを追おうとしたレッドは、足元のコンビニ袋に足を滑らせて、派手に転んだ。
中に入っていたオニギリはぺったんこになり、スナック菓子はバラバラに、
そして、レシートらしきものが宙を舞い、レッドの目の前にポトリ、と落ちてきた。

「こ、これは……グレー、ちょっと待って!!」

レッドに呼び止められて、グレーは振り返った。

「これ、グレーが持ってた奴でしょ!」

レッドが手にしていたのは、今から隊員達が行こうとしているレストランのクーポン券だった。
しかも券には、『株主優待スペシャルクーポン! \(・_・)/フトッパラデェイ!』と書かれている。

「だからなんだよ」
「僕ら、今からここに打ち上げに行こうと思ってたんだよ。でも、値段が高くて、クーポンが欲しかったんだ」
「……そんなの、そこの社長と俺が知り合いってだけだし。一昨年に駅までの道教えてから仲良くなっただけだし」
「だからさ、グレーはそんな感じで地味に交友関係が広いじゃない! おかげで僕ら、格安で打ち上げが出来るよ!」

グレーの耳が少しだけ張った。彼の心のつぼみはもうすぐ花開こうとしているのだ。

「な、何が言いたいんだよ……」
「グレーはOFFレンに不必要な隊員なんかじゃないってことだよ。現にこうして隊員として十分に役立ったじゃない!」
「……そ、そんなこと」
「グレー、隊長としてお願いするよ。OFFレンジャーに戻ってきてください!」

深々と頭を下げたレッドに、さらに悪態をつけるほどグレーの心は悪に染まっていなかった。

「……わかったよ。俺だって、OFFレンで長いことやってきたんだもんな」
「グレー、ありがとう!」
「みんな、俺を忘れていた分、俺に感謝して打ち上げしてくれよ!」
「オー!」

夕陽の土手に、隊員達の拍手が響いた。
それは、グレーを称える拍手でもあり、彼の隊員としての新たなる門出のメロディーのようでもあった。
拍手に包まれながら照れているグレーを見て、思わずガーネットの瞳も潤んでしまっていた。

「グレーさん、OFFレンに入隊できたことは、とても良かったのだ!」



《ゲスト出演》

(;・_・)グ、グレー…?

ミャウミャウくん (友情出演)



シェンナが座れそうなほどの大きなミックスピザが運ばれてきた時には、打ち上げもすっかり佳境に入っていた。
もちろん、グレーもしっかり楽しんでいる。

「それにしても、なんか今日はすっごい疲れたよね~」
「ホントホント。なんか俺2回くらい冒険をした気がする」
「え、ボクもそんな気がしてるよ」

オレンジの発言を機に、他の隊員からも口々に同じような発言が飛び出した。
話をまとめてみると皆、例の冒険の後に、別な冒険がすぐ始まったような気分がなんとなくあるらしかった。

「何だろうね。このモヤモヤした感じ」
「俺だけそんな感じしてないけどね……」

グレーが声のトーンを少しだけ落として呟くと、すぐさま「あ、そうだ!」と手を叩いてライトブルーが立ち上がった。

「オイラ、もう一つ自分のソックリさんに会ったような気もしててさ。おかしいでしょ?」
「え、私もソックリさんに会った気がしてる」
「えー、私はそんな気しませんけどねえ」
「あ、アタシ見た気がする。シェンナとクリームも、なんか違う感じの見た気がする」
「そういえば、ボクもホワイトとかピーターのソックリさんを見た様な気がするんだよね」

せっかくライトブルーが話の方向を変えようとしていたが、意外なことに他の隊員達も同じような感覚があるらしく、
グレー一人をおいてけぼりにして、わいわいと話に花が咲き乱れ、満開になってしまっていた。
最初は我慢して聞いていたが、エコやタイガ、ホラン、果ては改造猫のソックリさんまで見たと言う者が現れているにも関わらず、
グレーのソックリさんに会ったと言う発言は一切出てこなかった。普通に仲間はずれにされるよりも何だか不愉快だ。

「なんでだよ! 何で、俺だけそんな気がしてないわけ? 誰か俺のソックリさんにあった奴いないの!?」

とうとう痺れを切らしてグレーが怒鳴ると、隊員達は困ったように皆一斉に目を斜め上に向けた。
皆、グレーのソックリさんに会った記憶を探ろうとしているのだが、出てこないと言う顔であることは一目瞭然だった。

「……もう良いよ」

グレーが椅子からゆっくりと降りると、隊員達は慌てて彼を引きとめようとした。
だが、彼はくるっと振り返って不機嫌そうに「トイレだよ!」と叫ぶと隊員達は大人しくなった。

隊員達のいる席から2席向こうにトイレのドアがあった。グレーは、喜びと落胆とをごちゃ混ぜにしたままそこへ向う。
せめて、打ち上げだけじゃなくてある程度の感覚も共有したい。せめて自分も誰かのソックリさんに会いたいものだ。

そんな時トイレの中から、酷く顔色の悪い、ソバカスだらけの顔をした灰色の猫が腹を押さえながらぬっと顔を出し、グレーと目が合った。
難波っ子のグレーは、自分ソックリの男の顔を見るなり、大声で突っ込んだ。

「お前かいっ!!」



《出演:ゲストキャラ》

トイレ男 (グレー)








≪第100話 これにておしまい!≫