第100話
『そして僕らは未来へ (1)』
(挿絵:パープル隊員)
「ぐあああああああっ!」
レッドの体が、爆風と共に飛んでいく。 その先にあるのは傷つき、折り重なるように倒れている隊員達。
「……愚かな者どもだ。そこまで、守るべき物なのか。正義などと言うくだらん物を」
30メートルはあろうかと思われる魔王の声が異空間の中で不気味に響いている。
ここで倒れれば、尾布市は、大阪は、日本は、世界は、宇宙は……。
「どうした……。もう終わりなのかOFFレンジャー君。ずいぶんとあっけないものだな」
レッドは歯を食いしばって地面に転がっている桜島大根を見た。血の滲むような思いをして、
手に入れたこのアイテムも、もはや今では何の役にも起たないのか……。
「まだ、まだだ……!」
搾り出すような声で叫ぶレッドは立ち上がり、ぐっと桜島大根を掴んだ。目だけはしっかりと魔王を見ていた。
体の節々が痛む。もう動けない体を地面に投げ出した隊員達も、そんな隊長を願うように見つめている。
「ほう、まだ立つ気力があったのか……面白い。それならば、そんな君に敬意を表し、止めを刺してあげよう」
魔王の大きな手がゆっくりと胸元に挙げられた。その動きだけでレッドの毛が激しく風に揺れた。
轟音と共に魔王の手へ眩い光が集まっていく、とても目を開けていられない……!
「さらばだ。OFFレンジャー」
真っ白な光輝の中、レッドは視界の中にニヤリと微笑む魔王の口元を見た。怖い。泣き出しそうになる。
だが、ここで負けるわけにはいかない。これまで敗れていった数々の人々…応援してくれた人々…皆を守るのは最早自分一人だけだ。
「……僕が」
レッドは大根の葉をしっかりと握り、カッと目を開けた。
「僕が、正義を守るんだぁぁぁぁっ!」
駆け出す彼の目の前に黄色い閃光が走った。何百もの光線がレーザービームの如く高速ですり抜けていく。
それでもレッドは走る速度を弱める事は無かった。この瞬間、レッドは本当に、正義の為にこの身を投げ捨ててもいいと思った。
「ば、バカな……!」
目が眩み何も見えず、突き進むレッドだったがその魔王の声だけは聞こえていた。
魔王は、すぐそこにいる……!
「くらえぇぇぇぇぇ!!」
レッドは立派に育っている桜島大根を力いっぱい振り下ろす。その刹那、爆風が吹き荒れる。
体が宙を舞う。上も下も判らない。何も見えず、聞こえない。彼は目の前が真っ暗になった……。
「……レッド、起きてください」
瞼を開けるとぼんやり滲んだ視界の中に隊員達の姿が見えた。
「魔王は、消えました。ホラ、見てください」
グリーンにそっと頭を起こしてもらってレッドが見た景色は、一面の桃色だった。
たくさんの桜の花びらが舞っている。その奥には、巨大な桜の木。あれは、魔王なのだろうか。
「隊長凄いっすよ! まさか、桜島大根が本当に伝説の剣の仮の姿だったなんて」
涙声のブルーの言葉を聞くと、レッドはようやく現実に帰ったような気がした。
「あの時、切り干し大根にしなくてよかったよ」
レッドの言葉に隊員も思わず笑ってしまいそうになった。全ては終わったのだった。
再びパタンと地面に頭を倒す。舞い上がる桜の花びらがまるで螺旋階段を昇るように、風に乗って舞い上がる。
《原作》ぐるぐる戦隊OFFレンジャー製作委員会
《脚本・演出》レッド隊長
と、その螺旋の奥から、ペパーミント色の光が降り注いだ。隊員達の傷が徐々に癒えて行った。
この力は間違いなく、ココルの物だ。儚く、ただ、あんな事になってしまった彼女の。
「……ココル。きっと、君も、これで安心して眠れるんだね」
レッドはゆっくりと舞い上がる桃色の欠片の向こうに手を伸ばした。
何を掴むわけでも無かったが、ただ、何か手を差し伸べて少しでも、触れようとしたかったのかもしれない。
「だから、おやすみ。ココル」
いつまでもいつまでも、レッドは花びらの奥に見える人々の幸せを祈った。
あのココルの優しげな声が、ふと聞こえたような気がした。
フェザーランドの悲しい過去も、悲しい人々も、そして彼女も。救われたのだ。
最期まで、最期まで、悲しかったけれども……。
《挿絵》パープル隊員
レッドは立ち上がってパンと手を叩いた。
「……さっ、打ち上げ打ち上げ!」
「まだ朝っぱらっすよ?」
「もう、すっごい超大作だったからねえ。これは打ち上げが必要だよ。じゃ、出発進行ー!」
すっかり元気になったレッドは隊員たちを引き連れ、打ち上げ会場へ繰り出す。
東の空は既に赤く染まり始めていた。もう
冒険に繰り出したのは一昨日だったから、三日間も頑張っていたことになる。
なにせ、これまでOFFレン史上あり得なかった壮大なスケールの物語だったのだ。日も暮れるだろう。
この地球の悲しい過去を全編に散りばただけでは飽き足らず、哲学的であり、普遍的であり、
興行収入全米第1位間違いなし、と言うまさに100号にぴったりなお話だったのだから。
「いやぁ。でも、凄い話だったよねえ。第2の聖書だよ。これは」
「レッド、凄い活躍してましたもんね」
「でしょ。ね、覚えてる? 僕が夢の世界で皆のために"ホール・ニュー・ワールド"歌ったシーン」
「美声だったですー」
隊員達も超大作に興奮が収まらないのか、いつも以上にレッドの自尊心をグイグイ高めてくれる。
気持ちいいので、ついつい100円玉を側にいたシェンナにあげてしまった。
「所で、打ち上げってどこ行くの?」
後方を歩いているホワイトに尋ねられ、レッドは振り返って携帯電話の画面を満面の笑みで彼女に突きつけた。
画面には『打ち上げに最適!』と取ってつけたような文句が並べられた飲食店のサイトが映っていた。
見てみると和洋中を取り揃えたレストランだそうで、載せられた画像を見る限り、清潔そうでヤングに最適な店だと言う印象。
「僕ねー。大々的な打ち上げ初めてだからワクワクしてたんだよねー。R25に載ってたんだけど、なかなか良いでしょ?
しかも、いっちばーん良いスペシャルコースだよ。スペシャルだよ、スペシャル!」
「でも予約制って書いてるじゃない」
レッドはこれ見よがしに人差し指を横に振り「チッチッチ」とポーズしてみせた。
「予約は昨日の晩に済ませておいたからALL OK!」
「昨日の晩って、長老が俺らに最後の望みを託して一人で魔物の森に突っ込んでいった時じゃ?」
「うん、ちょうどその辺だね」
「あんなシリアスな状況の最中によくまぁ打ち上げ会場の予約ができましたね……」
「だって、打ち上げなんて生まれて初めて参加するんだもん♪ 今日は僕のオゴリだよ」
「さっすが隊長!」
レッドの体は歩くたびに透明な階段を弾んで昇っているかのような軽やかなスキップをしながら、
我先に我先にと待っている打ち上げ会場へと向って居た。よく考えれば50号の際の打ち上げの時にはレッドはいなかったのだから当然か。
「でも、一人5000円ってずいぶん隊長ってば気風が良いよね」
《制作・著作》
ぐるぐる戦隊OFFレンジャー
OFFレン通信編集部
ホワイトの言葉にレッドは透明の段上から足を踏み外すと、
錆びたロボットのようにぎこちなく首を後ろへ捻った。
「……え、何が?」
「スペシャルコースは団体割引で一人5000円なんだって。レッドもちなんでしょ?」
「え、それは、つまり、16人で、5万、超えちゃう、っけ?」
「8万円ですね」
イエローがすぐさま全額の計算結果を淡々と隊長へ伝えた。
大きな?を頭上にくっつけたまま、レッドはホワイトに渡した携帯をすぐさま取り返す。
目を皿のように、食い入るように眺めると、すぐにホッと安心した表情で画面を指差しながら再びホワイトに見せた。
「ホラ、ここに書いてるよ。夕方の5時以降は10名以上の団体様1000円になるってね」
「……それはスペシャルクーポンを持っている場合って書いてるけど」
素早い突っ込みを受け三度目になる携帯画面の確認を終えると、レッド隊長はすぐに両手で顔を抑えながら「うぁぁ……」とうめきだした。
どうやら、本気で見落としていたらしい。たいして大きな字で書いてないと言うのに。
「レッドってさぁ、テストの時“当てはまらないものを選べ”って問題を、よく読まないで“当てはまるヤツ”選んでたでしょ」
「……大正解」
いつもの元気な隊長の少年声も、この時に限ってはお前は森進一か!と言いたくなるまでにしわがれていた。
ブルジョアでもなければ、ただの特撮好きなミカンの国からやって来た彼にとって8万は手痛い。頭も痛い。
8万なんて特撮物のDVDBOXが4、5箱買えてしまうではないか。おごっていたら自己破産物だ。
「どうするんですかレッド。そんなバカみたいな料金設定のコース選んじゃって」
「まさか、そんなクーポンいるって思わなかったんだもぉん……」
「でも、予約しちゃったんでしょう?」
「うん……キャンセル料いくらになるかなぁ」
「キャンセル料、取られるみたい。4500円」
「それでも8000円が減るだけですね」
冷静に二度目の計算結果をイエローが述べると、レッドは突如立ち上がりフラフラとおぼつかない足取りで歩き出した。
まるで蒸発寸前の夫を見送る妻のような心境の隊員達は、そんな無残な隊長の姿にかける声が見つからなく、ただ後を付いていくしかなかった。
「僕っていっつもそうなんだ。大事な所に限って地味なポカやっちゃってさ。よく見とけばよかったんだよ……
あと、あともう一個下のキーを押せば良かったのに……やっぱフリーペーパーなんてそんなもんだよね……」
ブツブツと独り言を呟きながら右や左に揺れながらレッドは歩いていく。
いつの間にか脇道を逸れ、尾布川の土手の上までやって来た。身投げはしないだろうが念のため、間を詰める。
やはり「失敗したことは仕方ない!」と言った方が少しはマシになるだろうか。
「そうだ。このまま街を歩いて誰かが8万円くれるのを待ってみよう。そうだ、そうしよう!」
「レッド。いい加減現実を見てください。仕方ないですから行きましょうよ」
「じゃぁ、みんなで割り勘にしてくれるんだね!」
「それは嫌ですけど」
レッドは再びしゃがみ込んで頭を抱え始めた。ここまで来て誰も「みんなでそれぞれ払おう」と口が裂けても言わないつもりらしい。
そんな事実にもレッドは心を痛めていた。正義の味方だからと言って、金銭問題になれば別の話。
こうなれば、何か金に変える様な物は無いかとレッドは周囲を見渡して見るが、土手だけに石と土と草とセメントしかない。あと雑多なゴミ。
「どうせならこれでも売ったらどうっすか?」
と、背後からブルーが、レッドの首から下げている星型のペンダントをさっと奪い取った。
隊員が身に着けている物で目に付く金目の物と言えばこれぐらいだった。
「ちょっと、ブルー! 冗談は辞めて返してよ」
レッドがブルーの手からペンダントを取り戻そうとする。と、二人の手がぶつかりペンダントは下に落ち、
そのまま土手のコンクリートの角に軽く当たって乾いたをたてると、そのまま青々とした草むらの中へと飛び込んでいった。
「あぁーーーっ!」
レッドは土手を駆け下りて自分の背丈まで伸びた草たちの中へと飛び込んでいく。
だが、ただでさえ密集して生えている草に阻まれて、ペンダントどころか地面の石すらまともに探せない。
「も~! ブルーが余計なことするから僕のペンダントどっかいっちゃったじゃないかーっ!」
隊長のお怒りに犯人のブルーに隊員の視線が集まると、ブルーも渋々駆け下りてジャングルの中へ飛び込んだ。
土手の上からは草むらの中で2つのうごめく影が見える。なんだか滑稽だった。
「ねぇー他のみんなも探してよ!」
「また買えばいいじゃないですか」
「ダメだよ。あれお気に入りなんだもん!」
隊員は妙な時に我侭になる隊長の性格を知っているためお互いに顔を見合わせて、溜息を付くと次々に土手を駆け下りていった。
しかし、なにゆえこんな夕暮れにこんな場所で探し物をしないといけないのか。悲しくなってくる。
「誰か見つけた人いるー? いたら僕に言ってね」
「隊長~」
南の方角からシェンナの声が聞こえた。
「シェンナ、見つけたの?」
「わかんないですけどー、隊長のペンダントは生足が生えてますかー?」
「えーと……ううん、多分生えてなかったと思うけど」
「3本足ですよー?」
「えーと……3本も生えてなかったと思う。違うよそれ」
「そもそも、考える必要あったんですか?」
東の方角からグリーンのツッコミが聞こえた。そう言われればそうだった。
いや、それ以前にペンダントと間違えるような3本足の物体って何だ!?
「あ、見つけたよ!」
レッドがシェンナに尋ねようとするとその疑問をかき消すかのようにどこからかライトブルーが元気な声でさけんだ。
「ホント? こっち投げて」
「オッケー!……投げたよ!」
こっちには来なかった。
「もー! またどっか行っちゃったじゃないか!」
「待たせておけばよかったのに」
「あぁー、もうこのまま永遠に見つからなかったらどうしよ~。僕あれしかないのに」
「……そういえば、何でレッドはいっつもあのペンダントつけてんの?
たまには、十字架とか、スカルとかカッコイイのも付けてみたら良いのに」
ホワイトの声が近くから聞こえた。
「子供の頃からね、ずっと付けてるからねー」
「誰かのプレゼントですか?」
「わかった。好きな子からのプレゼントだ!」
「えー、なんか恥ずかしいな」
レッドは照れくさそうに頭を掻いた。草むらで皆の顔が見えなくて良かった。
「レッド、私達にも教えなさいよ。探してやってんだから」
「え~。昔の話だからそんな面白くないよー」
「女子ってそう言う話好きっすよね~」
「ホントホント、そんな話するよりも早く見つけて帰ろうよ」
「じゃ、探しながらレッドに話してもらうなら良いでしょ?」
ホワイトが語気を強くして言うと、不満を言う男子は誰一人いなくなった。
「僕の5歳の頃の初恋の女の子がね。誕生日に自分で作った星型のペンダントをくれたことがあって。いつも付けて遊んでたんだ」
「まさか今我々が探してるのがそのペンダントじゃないでしょうね?」
「違う違う。紙粘土に色を塗って紐を付けた安っぽいヤツだよ。僕がそんな子供っぽいの今でもつけると思う~?」
問いかけたつもりだったが、隊員は誰も答えてくれなかった。
十分子供っぽいと皆が思っているのは間違いないようだとレッドはその無言の中から悟った。隊長なのに。
「シェンナ、そのペンダントみたいですー」
「そうだ。今度持ってきてよ。甘酸っぱい青春のプレゼント」
「残念だけど壊しちゃってもう無いんだ」
「へぇ、まぁ紙粘土じゃね」
「あ、でも壊れたっていってもカッコイイ壊れ方だから!」
最初は嫌がっていたくせにだんだんレッドは調子付いてきていることに隊員は気づいた。
現に、隊員が尋ねる前にレッドが話を続け始めたのだ。
「あのね、大雨の次の日に川で遊んでると女の子が溺れたことがあって、これ、すっごい急流だったんだよ!
そんでね。怖かったけど、僕は勇気を出してペンダントの紐を放り投げて、それに捕まらせてね……」
「引き上げたんですか?」
「まっさか~。通りかかった大人が駆けつけてくれて助けてくれたんだよ。そろそろ僕も落ちるかと思った頃だよ?
ギリギリセーフって奴。でもその後、みんなから偉いって褒められて、女の子にもすごく感謝されて……」
レッドは立ち止まったまま、懐かしそうにぽっかりと空いた空を眺めた。
「僕はその時人助けするってキモチイイなって、色んな人を助けるヒーローになりたいなって思ったんだ!」
握りこぶしをつくって、熱く語るレッドだったが、隊員の反応がまるきりゼロだった為、
すっかり話が別の方向に逸れていたことと、自分が今すべきことを思い出し、なんだか恥ずかしくなった。
「そんなもんかな。ハイ、終わりだよ終わり」
「あ、これだけ聞かせて。その初恋の子とはその後どうなったの? キスとかした?」
今度はピーターからだった。さすが隊員一の乙女っ子なだけあって恋バナには積極的だ。
「ん~小学校にあがる頃にどっかへ引越ししちゃってそれっきりだね」
「なんだ。つまんない」
本当につまらなさそうにピーターは呟いた。
「そういうもんだよ。それに初恋って言っても今思えば、当時の唯一の女友達だったからかもしれないし。
はい、僕の話はお終い。わかったら、みんなの隊長がここにいるキッカケになったペンダントをしっかり探してね」
レッドは、そう言って再び黙々と草を掻き分けながら、ペンダント捜索に励んだ。
隊員達も飽きてきたのか、ガサガサと言う音が徐々に減ってきた。もう見つからないのか。と、思った時だった。
足元で何か光った気がして、慌ててその場にしゃがみ込んだ。石と石の間に挟まっているが、紛れも無くレッドのペンダントだった。
「み、見つけ……だっ!」
ペンダントを拾い上げて叫んだとき、突如レッドの頭上に何かが墜落した。
かなりの激痛と共に、隊長は目の前が真っ暗になり、草のクッションの上にバッタリと倒れた。
「隊長ー!」
「どうしたのー!?」
レッドの可笑しな言動と、可笑しな物音を聞きつけ、彼らがレッドのいる場所までたどり着くと、
目を回して倒れている隊長の姿がそこにあった。と、傷だらけになりながら地面にぐったりと突っ伏している人がもう一人。
「あっ!」
隊員達はただ一言驚きの声をあげると、レッドの前に倒れている人物の姿を見つめた。
真っ白な体に黒の縞模様。そして綺麗な黒い髪。紛れも無く、ホランその人に違い無かった。
「だいぶダメージ受けてますけど、骨折などもないですし。しばらく安静にしてれば問題ないでしょう」
医務室から出てきたイエローが皆に簡単な報告を済ませると、隊員達はすぐさま中へと入っていった。
アメリカにいるはずのホランが、何故あんなボロボロになっていたのか、素人でも事件性と言う物を感じずにはいられなかった。
ホランはベッドの上で包帯を巻かれながら静かに横たわっていた。眠っているのかかすかに寝息が聞こえてくる。
「……それにしても、なんでホランが空から降って来たのかなぁ」
帽子の上から絆創膏を貼られているレッドは、頭を撫でながら、さっきから気になって仕方なかった疑問を口に出した。
川辺の土手だから、周囲にビルがあるわけでもないし、どこかから落ちたと言う事も考えにくい。
「きっとグリーンに会いたくて飛んで帰って来たですー」
「う~ん。いくら何でもそれはありえないでしょ」
「いいえ……彼ならやりかねませんよ。そんな事ぐらい」
ホランは寝ているというのに、どこかびくびくしながらグリーンは言った。
さらに時折、ちらちらとホランの方へ目を向けて動向を窺っている。
「あぁ…そう言えば、前にグリーン会いたさに幽体離脱とかしちゃった事もあったねぇ」
「そうそう。あの時はホワイトが大変だったね」
「でしょう? 空から降ってくるぐらい何でもありません。いえ、むしろ降って当然!」
「……うぅ」
と、その時グリーンの大きな声のせいか、ホランの口から小さな呻き声が発せられた。
「ひぃやぁぁぁぁ!」
その途端、グリーンの背中の毛は逆立ち、思わず前にいたレッドにしがみ付いた。
ホランは苦しそうに唸ると、寝返りをし、グリーンの方を向いたままそっと薄目を開けた。
「……お、オレは……」
「ホラ、グリーンが大きな声を出すから起きちゃったよ」
レッドがツンツンとグリーンの頬を突いてみたが、彼はただブンブン頭を振るだけだった。
どうやら、"ここにはいないつもり"になっているらしい。
すると、とうとうホランはベッドから起き上がり、多少ふらつくものの、床に足を付きゆっくり立ち上がった。
「ホラ、せっかく来てくれたんすからー」
「あ、ちょっと、やめなさいコラ! 青坊主!」
隊員達はレッドからグリーンを引っぺがすと、悪戯な笑みでドンとホランの前に突き飛ばした。
勢いが付いたせいか、二人は顔を近づけている格好になった。二人は向かい合ったまま無言状態が続く。
「……パスタ」
先に口を開いたのは、ホランだった。
「ひゃぁっ! や、やめてください! 今回は100号なんですよ!……って、はいぃ?」
「……パスタ、食べに行かないか」
いつもならば「愛してるよ!」「もう離さないよ!」「やっと会えたねグリーン!」とか言って抱きしめたり、
下手すればいきなり唇ぐらい奪いそうな物だが、意外なホランの発言にグリーンは思わず思考停止状態になってしまった。
「ぱ、パスタですか……? それって、イタ飯って事ですよね。“パンツを吸いたくてたまらない”の略じゃないでしょうねえ……?」
ぼーっとしているホランは、突然手を上げる。グリーンはハッと身構えるが、
ホランはグリーンの頭を掴み、グイと横へ押しのけ、そのまままっすぐ歩き出した。
「え、え、え?」
混乱するグリーンをよそに、一歩一歩進んで行くホランの前方にはレッドの姿があった。
もしや!?と言う視線がレッドに集中する。レッドも初対面のホランにとりあえずペコペコと頭を下げる。
「あ、はじめまして。僕、レッド。す、好きな英単語はフォトグラフ。好きな九九の段は九の……」
「どけ」
しかし、ホランはレッドと目をあわすこともなく、横へ突き飛ばした。
一斉に他の男子隊員は彼の後方へと逃げていくが、それも気にせず前へ前へと進んで行く。
そして、ホランは残っている女子隊員の中からパープルの手を取り、フッと微笑んだ。
「……美味しい、パスタを食べにいかない?」
医務室の中は一瞬、全ての物が静止した。
男子隊員はもちろんのこと、女子隊員までが、驚愕の表情を顔にピッタリと貼り付けている。
この衝撃的状況で、皆が言う言葉は一つだけだった。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!」
「……相当、頭をぶつけてしまったんでしょうか」
男子隊員に囲まれながら、脳関係のチェックリストを眺めているイエローがそう言うと、
皆、ベッドの方を見た。ホランは、周りにいる女子と和気藹々としながら語らっているのだ。
「オレってば、美味い店探すの超得意なんだぜ。いや、マジでマジで」
「えーホントにー?」
「なんなら、オレと一緒に素敵な場所へ行ってみる?」
肩に手なんか廻して、やけに馴れ馴れしいホランの姿。皆、彼にタイガの姿が被って見えている。
あまりもの変貌に、本来喜ぶべき男子も、どこか喉に小魚の骨がつっかかったような妙な気持ちの悪さがあり、素直に喜べない。
「本来は、タイガから作ったわけなんでしょ? だから、衝撃で同じようになっても不思議はないわけだよね」
「そりゃそうですが、人格が完全に変わっちゃってますし……」
「も、もしかしたら、前みたいに私の気を引くための演技かもしれませんよ!」
グリーンの疑惑も、後方で見えているホランのはしゃぎっぷりを見ると信憑性が音をあってて崩れてしまう。
誰がどう見ても、ホランの姿を借りたタイガにしか見えない。
「にゃはーw じゃ、今からジャンケン負けた子はオレにオッパイ触らせてよねー♪」
「ホランくんが女の子にセクハラ発言するのってなんか逆に新鮮ー」
「ねぇねぇ、ホワイトちゃん、ジャンケンやろー♪」
「いいけど、ホントに触ったらマジで殴るからね」
何やかんやで女子達も割りと楽しそうにしている。ちょっとした物珍しさがあるのか、
それとも、本能的に玉の輿を狙っているのか……。とにかく、女子には比較的好意的に受け入れられているようだ。
「ホランくんの総資産っていくらですかー?」
シェンナの何気ない発言に、「変な事聞かないでよー」と言う彼女らだったが、
その瞬間に耳がピクッと動いてしまったのを見て、男子達は、思わず苦い顔をする。
「え、オレ? ん~貯金もなんにもやってないけどー?」
「またまたぁ。会社の社長なんだから、そんな訳ないよー」
「え……あ、そ、そっかぁ! そうだよねー。にゃははw ん~と、1億万円くらいかなー!」
「ふーん。そんなもんかぁ」
と、そこへ、少し腑に落ちない感じでホランを眺めるグリーンの頭上に、イエローがカルテをポンと載せた。
「ま、誰も損しませんし、良いんじゃないんですか。ね、元隊長」
「……なんか納得がいかないんですよねぇ」
「グリーン、辛いのは解るけどさぁ……」
「だから、そーゆー風に私の心情を独自解釈するのは辞めてください!」
「まぁまぁ、ちょっとキャラは変わったらしいけど、ホランには変わりないんでしょ?」
「……多分。そうだと思います」
「だったら、隊長として仲良くしなきゃね」
レッドはグリーンを宥めるように言うと、すたすたとホランの方へ向った。
グリーンはなおも、猜疑心の塊のような目でそれを追ったが、隊長は特に何もされることはなかった。
ただ、シッシッと冷たい目で追い払うジェスチャーをされただけだ。
「あ、はじめまして。ホラン。僕は、OFFレンの隊長のレッド。最近、消息が気になる芸能人は鈴木蘭々……」
「うっせぇな! 男が寄るんじゃねーよ。あっち行け!」
突然、怒鳴られたレッドは大きく背を仰け反らせた。が、すぐに持ち直し、ぐっと背を起こした。
「えーと、グリーンから色々と話は聞いてて。会社の社長さんだとか。凄いよね」
「……あ?……あぁ、そうだな。そうだそうだ」
目線を合わせずに耳をほじっているホラン。それでも、何か話そうとすると、足に蹴りを入れられてしまった。
さすがにそこまでされてしまうと、さすがの隊長もそこで引っ込むしかなかい。
「あれー、ホランくん。それなーに?」
と、レッドが引っ込もうとした矢先、ピンクがホランの腰元に付いた小さなスティック状の物をツンと突いた。
「あ、これは……なんでもないんだよ。ピンクちゃん」
「ちょ、ちょっと、見せて。それ」
ホランが両手で、隠すように押さえたその物体をレッドは見逃してはいなかった。
目を光らせて彼に歩み寄り、腰元に手を添えはじめたのだった。
「な、なにすんだよ!」
「やっぱりこれ、宇宙警察ギャラクシーフォーの変身マグネスティックだよ!」
「ち、ちげーよバカ! 離せ!」
再び蹴りを入れられるレッドだったが、特撮魂がMAXに燃えているのかこれっぽっちも動じなかった。
そして、とうとう、レッドは腰のホルダーからスティック状の物体を抜き取った。
「おい、返せよ!」
「あっれー、これ初期型かなぁ……LEDが5つしかない」
「返せ! ぶん殴るぞ!」
スティックを高くあげて蛍光灯にかざしているレッドに掴みかかるホランだったが、
それでもレッドは少しでも長くそれを持っていたい、観察したいと言う風に真剣な目付きをしていた。
「返せっつってんだろーがコラー!」
とうとう、隊長はホランに押し倒されると両者とも床に転がって、ケンカが始まる。
頭を叩かれながらも赤子を抱くようにアイテムを両手で包んでいるのはさすがレッドと言った所か。
一場面だけ見れば、子猫を不良から守っているようにも見えなくもないのに、残念ながら守っているのは変身アイテムだ。
「ちょっと、二人ともやめてください。大人げないですよ」
「顔はダメですー。ボディですー」
周りからの忠告も聞かず、もみ合っている二人。だが、こうなればレッドも止められないし、
きっとホランも止められないことも解っているので、軽く声をかける以上の事は出来なかった。
「かーえーせー!」
「もーちょっとー見せてー!」
しばらくすれば、この子供みたいな他愛の無いケンカもすぐに終わるだろうと言うのが全隊員の予想だった。
ホランが諦めるか、レッドが諦めるかの二つに一つしかないはずだった。しかし、その乱闘は意外な結末を迎えてしまった。
「わっ! 何!」
突然、レッドの体が黄色い光に包まれたかと思うと、一瞬の閃光とともに消えてしまった。
床では、さっきまでレッドに馬乗りになっていたホランが体勢そのままに固まっている。
「……やっべー……」
青い顔したホランが振り返ると、隊員達は一斉に後ろへ下がった。
レッドが突然消えてしまったその側にはホランがいたし、あの変な道具を持っていたのもホランだ。
どう考えても犯人は一人しかいなかった。
「あ、あなた、もしかするともしかして、ホランじゃないですね!」
「……」
ホランは何も応えずにすくっと立ち上がると、ポリポリと困惑した顔で頭をかき始めた。
いかにも「バレちまったか」と言い出しそうな雰囲気に、隊員らはすぐさま武器を取り出し構えた。
……と、その時、背後の扉が勢い良く開き、何者かが飛び出してきた。
「見つけたぞ! ブランっ!」
突然入ってきた、帽子を目深に被り、コートで身を包んだ謎の男は、偽者ホランに詰め寄ったかと思うと、
パチンと弱弱しい音で彼の右頬をひっぱたいた。あまりにも全てが唐突すぎて隊員も行動と思考が追いつかない。
「何すんだよっ!」
「いくら修正が効くと言っても下手に干渉するなとあれほど言っただろ!」
「うっせーな! だったら別に良いじゃねーかよ!」
先ほどのビンタとは比べ物にならないほど良い音をたて、偽ホランはコート男の右頬を叩き返した。
男はすぐさまよろけ、後ろの壁に激突した。どんだけ馬鹿力なのか、その衝撃でコートも帽子も吹っ飛んでしまった。
「れれれー!?」
男の正体に、隊員達は悲鳴に近いような声で叫んだ。男が化け物みたいな風貌だったわけではない。
黄色に黒の虎縞、キリッとした赤い瞳……。今度はタイガのソックリさんが現れてしまったのだ。
「……あれ? 今……?」
レッドは、本部のリビングに立っている自分に気付き、辺りを見回した。
ホランの姿どころか、隊員たちの姿さえ見当たらない。それだけではなくいつの間にか駅前に立っている。
いつもの景色には変わらなかったが、どこか妙な違和感だけは残っているような気がした。
「あ、あれ……」
「うん、間違いない」
おまけに、ただ歩いているだけなのに通り過ぎる人々が自分を指差して何やら小声で喋っている。
悪口を言っているのかと思っていたが、それがまるで芸能人を見るような反応だと気付く。
そしてついには、女子高生に取り囲まれてしまいサイン攻めにまで合ってしまった。
「頑張ってください!」
「応援してます!」
とりあえず、話をあわせるレッドだったが、一体何が何だか訳がわからない。とりあえずピースしてみる。
思いあたることと言えば、ビーストズの事ぐらいだが、いくら何でもここまで急に注目を浴びるはずも無い。
「別に、いつもの僕だよねぇ……」
と、背後のガラス窓に自分の姿を映して確認してみるが、いつものレッドに変わりなかった。
キムタクにもなってなければ、玉木宏にも、水嶋ヒロにも、もこみちにもなってない。
「あっ!」
レッドは自分の映るガラス窓の奥に張られているポスター群に気付き、声をあげた。
『獣団』と書かれた文字の上にレッドを中心とした4人のグループがポーズをとって並んでいる。
似ているだけかと思えば、隣にビーストズのミカンさんもいる。他のメンバーは見知らぬヤツラばかりだが。
「これは…………んぐっ!?」
さらに“突然”と言うものは次々と襲い掛かってくるもので、隊長は急に背後から誰かに口を押さえられた。
抵抗しようとする、だが、キラリと目の下に光るものが。宝石だったら良かったのに運の悪い事にナイフだった。
傍から見れば、肩を廻しているだけなので、レッドが捕まって居ると言うことは解らない。
「ちょっと来て貰うぜ……レッドさん」
耳元で怪しく囁く背後の男、当然レッドはその言葉に従うしかなかった……。
いれたてのココアを置くと、タイガそっくりな男は軽く礼をしてカップを持った。
既に、ホランそっくりな男は何も言わずに飲んでいる。
「……つまり、あなた方は異世界の方なんですね」
二人の向い側に座ったグリーン達が、慣れているせいか淡々とした口調で聞くと、
カップを持ったまま、タイガに似たライガと言う男はまっすぐ立ち上がり、
「はい。タイムポリス刑事部パラレルワールド二課、ライガと申します!」
と、敬礼をした。足先から頭のてっぺんまで、実にキッチリとしている。
ホラン似の方は、そんな彼をうっとおしそうに横目で見て、
「オレ、ブラン。所属はコイツと同じ」
とめんどくさそうに名乗り、ココアを飲んだ。

「ところで、タイムポリスと言うのは?」
何気ないグリーンの質問に、ライガは実直そうな目を向けてハキハキとした口調で話し始めた。
「この世界では、タイムマシンすら発明されていませんが、我々の世界ではこの世界で言う80年代後半には完成していました」
「はぁ、ずいぶん前に出来てたんですね」
「えぇ。ディスコで踊っていたらステップや扇子が相互関係を引き起こした結果、なんか出来てたらしいんです」
「バブルの落とし子ってヤツっすね」
「そこから一気に技術が発展し、タイムトンネルの発見、パラレルワールドの実在が証明され、それを監督するタイムポリスも誕生しました」
科学技術の発展によりSFも現実の物となっているのだと聞かされると、羨ましくもあり、安心する気持ちもあり。複雑な心境だった。
「それで、そのタイムポリスとやらが、どうしてここにいるんですか」
「犯人追ってんだよ」
吐き捨てる様にそう言うと、ブランは再びココアに口をつけた。
「皆さんも、パワレルワールドと言う物はご存知でしょう。平行世界とも言いますが」
「知ってますよ……その、異世界ですよね。えーと、つまり……」
「シェンナも知ってますよー。恐竜がいる世界ですー」
「あんたは黙ってなさい」
ごちゃごちゃと、隊員らが騒いでいると、ライガはそれを咳払いで一蹴した。
「あなた方は、日常生活の中で様々な分岐点に出くわすでしょう。でも、どちらかしか選択できませんよね。
それで、あなた方がAを選択したとする。すると、同時にBを選択した世界も出来上がるのです。
例えば、朝何時に起きるか、それでも世界はどんどん分岐していきます。ある程度その選択が他と近似している場合は、
同じ世界に収束される場合もありますが、例外もあります。例えば朝7時に起きるのと7時半に起きるのはそう変わらないようですが、
7時15分のテレビで、何か良いお店を見てそこへ行ったとすれば、十分今後に違いが出てきますよね」
長々と話すライガの話に、判った隊員が3分の2、判らない隊員が3分の1。
このような頭を使う話は、やはり理解度にも差が出てしまうのだ。
「うーん。つまり、あれだね。色んなもしもの世界があるってことなのかな」
「エヴェレットの多世界解釈ですー」
「うわっ、シェンナが小難しいことを言ってる!」
またワイワイと騒ぎ出した隊員に、ライガは再び強く咳払いをし、
「今朝方、毎月のパラレルワールドの調査部員の乗るタイムシップからSOS信号が発信されました。
続けてタイムホール内に謎の存在を複数確認し、すぐさま謎の集団による調査部員の襲撃事件だと認定。
急いでウチの課を総動員して調査部員の救出作業と、謎の集団の確保に向かいました。
しかし、タイムシップのもとに駆けつけた瞬間、恐らく犯人が仕掛けたのでしょう、船は大爆発を起こしました。
犯人は逃走、駆けつけた隊員達は皆重傷を負い、乗っていた隊員も行方不明ですがあれだけの爆発なので恐らく……」
「で、たまたま居残ってた席を外してたオレらが、調査をする事になったってワケ」
ここぞとばかりにブランが立ち上がり、自慢げにニヤニヤと笑みを浮かべながら胸を張った。
こうも、見た目と中身の違和感を目の当たりにすると隊員達もどう反応していいのか困る。
「まぁ、そういう事で、その極悪人がパラレルワールドのどこかに潜伏しているはずなのです」
「なるほど、それでブランさんは一味に襲われてしまってここに来てしまったと」
「いえ……それはこのおバカが時空間の移動中にふざけてたせいで落ちたんです」
隊員達とライガから視線を一手に集めたブランは、一言言いたくてたまらないと言う風に立ち上がった。
「トイレだよ。トイレ! 文句あるか!」
「済ませておかないからじゃないか。おかげで、時間をくってしまっただろう」
「早く捕まえたかったんだよ!」
「各世界の住人とのコンタクトは禁止されていると言うのに」
「オレと会えたんだから良いだろーが!」
「そんなのは所詮結果論だ」
「うるせぇぇぇ! 小難しい言葉使うなっつってんだろ!!」
「どこが小難しいんだ」
「テメェのそういうところ全部だよ全部!!」
ライガとブランは顔を近づけて睨み合っていた。この光景を隊員は過去にタイガとホランで何度も見ている。
性格がほとんど間逆なだけで、基本的な関係は同じらしい。と、二人の睨み合いは、一応ライガが終わらせた。
任務に戻らないといけないと言う理性が働いたのだろう。もちろん、もう一人の方は任務よりも、現段階での自分の感情の赴くままに睨むのを続けていた。
「何か、すみませんね。重大な事件を知ってしまって」
「いえいえ、構いませんよ。ウチのブランを捕まえておいてくれたお礼です」
「人を動物みたいに言うんじゃねぇ!」
ブランがいまにも噛付きそうな勢いでライガに食って掛かる。が、ライガは無視してチラと隊員達に目を向けた。
「ところで、こちらの世界の私はずいぶん皆さんに迷惑をおかけしているようですね」
「は?」
「いえ、あまりにも皆さんが我々を不思議そうな顔で見ていますから。恐らく、知人でそれなりに交流がある。私の平然とした態度が妙に思われる所から、
こんな態度をまずとらないであろう人物。問題児か、よほどの変人か……そして、かなり性的な事柄に異常に関心が強い。こんな所でしょう」
すらすらと語るだけ語り、それが当たっている所から隊員もただただ頷くしかなかった。
「まったく当たってますね。で、でも、スケベなのはどうして?」
「簡単な事ですよ」
「え?」
「ブランがそうだからです」
ひじを突いてココアを飲み干していたブランを見て隊員達は「あぁ~」と思わず口に出した。確かに、彼はタイガそのままの性格だ。
「この世界のタイムコードは≪TW-256948-H-42201-KL385917-ZO-2256-183-25C≫我々の育った世界も同じKLナンバーからから分岐している世界ですから、
人物や歴史もある程度似通ってきています。せいぜい、逆か別な事柄が紛れ込んでいるか……。組み合わせの妙でまったく違う世界もありますがね」
「なるほど、じゃぁ、真逆だと言う可能性が大きいと踏んだわけですか」
「そう言う事です」
「あ、じゃぁ、そう言う事なら俺はそちらの世界で何をしてるか知ってる可能性があるってことっすね?」
さっきから気になって仕方がないと言う顔でブルーは自分の顔を指差した。
ライガは眉をしかめていたので、ブルーは少し不安になった。
「あの……もしかしていえないような事とか、っすか?」
「いえ、厳密に言えば職務規定に反するんですが……まぁ良いでしょう。貴方は、存じてますよ。
タイムポリスの本部の情報管理課で仕事をされています。真面目で実直な仕事ぶりだと聞いています」
ブルーは、案外普通な人生を歩んでいる別世界の自分に半分ガッカリしたと言う風に「そうっすか…」と呟いて座り込んだ。
「じゃ、ボクは?ボク」
オレンジが一連の流れを無視して、とにかく聞きたかったのだと言わんばかりにライガに尋ねた。
が、ライガどころかブランも目を逸らして、ただただ沈黙していた。
「あ、あの……? ボクは?」
言うまで聞き続けそうなオレンジの態度にようやくライガが苦々しそうに口を開いた。
「…無残な最期でした」
「えっ、ボク死んだの!?」
「オレ、10回は吐いたな」
「え、何!? どうなったのボク!?」
「すみません。この話は署内でもかなりのタブーになってまして、もうこの辺で…」
「いやいや、どうなったのさボクは!」
「それはさておき……もうこんな時間ですか」
「ご、誤魔化した!」
オレンジの話を早く終えたいと言う様にわざとらしく腕時計を見たライガは、慌しく立ち上がり、
腰元のスティック状の機械を手に取った。さっきブランが腰元につけていた物と同形のものだ。
「さ、みなさん一列に並んでください」
「何ですか?」
「我々とのコンタクトにより、その世界に微妙な変化を与えてしまいますからね。法で禁止されてまして、
万が一、コンタクトしてしまった場合は、記憶を消去したりして後に微調整して変化を戻すんです。さ、並んでください。どうぞ」
ライガは事務的に言っていたが、隊員達は困惑した表情を浮かべたまま、一列に並ぼうとはしなかった。
「あの……実はですね」
「いえ、お気になさらなくても結構ですよ。痛くありませんし、メモリーフラッシュで一瞬ですから」
「そう言うわけではなくてですね……」
「本当に大丈夫なんですよ。我々との記憶を消去するだけですし、副作用もありません」
「いや……」
「しつこい方々ですね。記憶消去が必須ですから、色々とお話もしたんですよ? ただでさえ超法規的措置だと言うのに…」
ライガは、隊員達の困惑の原因が記憶を消去されることに対する抵抗による物だと思い込んでいた。
そのせいで、彼の背後の白虎の少年が、そろりそろりと後ずさりしている事にすら気付こうとはしない。
「あの」
「どうしましたか?」
「どうも…そちらのブランさんがですね。ウチの隊長をどっかにやっちゃったみたいなんですけども」
「あぁ、大丈夫です大丈夫です。だから一列に……え?」
ライガは、前と同じく事務的に言おうとしていたセリフを止めると、背後のブランの方へ振り向いた。
「……ブラン。タイムスティックはどうした」
あと少しライガが気付くのを遅くしてくれれば、彼も外へ逃げられただろう。
声をかけられたブランは、アニメのようにピョッと背筋を立てたままその場に固まってしまった。
「ブラン!タイムスティックはどうした!」
「こ、コイツらが勝手に取って、なんか帽子のヤツが使って飛んでったんだよ」
さすがに、どうしようもなくなったと悟った彼は、振り向くなり隊員らを指差した。
明らかに、全ての責任を他者になすりつけて自分を正当化しようとする、タイガの性格そのままだった。
「ブランっ!」
突然のライガの怒号に、ビクッと体が反応したブランは、耳を下げながら不満げにうつむいた。
「元はと言えば、全てはお前の不注意だぞ。人のせいにするんじゃない」
「何だよ! オレは怪我人だったんだぞ!」
「そんなことは関係ない」
「なっ……なんでオレのせいなんだよっ。クソッ」
ライガは、再び隊員の方に向き直ると、深々と頭を下げた。ケンカのシーンから、ずっとタイガと被っていたので、
突然礼儀正しい姿を見せられて、隊員たちは、またも妙な違和感を感じた。
「……申し訳ありません。これも、私の監督不行届です」
「いや、それは別に良いんですけどね。ウチのレッドを返してもらえればそれで」
「どこかのパラレルワールドに飛ばされました。行き先はわかりません」
「そんな!」
「救助信号でも出してくれれば、特定できますが。その方は扱い方を知らないでしょうし。難しいと思われます」
隊員達の間に動揺が走った。大好きな特撮の真似事をしたせいで異世界にとんだ隊長。
微妙にカッコ悪いと言うしかない。おまけに帰ってこれないかもしれないだなんて。
「仕方ありません。誰か代表者一名、ついてきてもらえますか」
「無理です」
「不安なお気持ちは判ります。しかし」
「そうじゃないんです。代表者一名なんて、隊員が許さないんですよ。ね?皆さん」
グリーンの問いかけに隊員達はうんうんと大きく頷いた。
「面白そうな事を、一人じめは許せないよね」
「シェンナ、恐竜さんに会いたいですー」
「みんなで行こー!」
「……ライガさん。そう言う事です」
ライガはいかにも困ったと言う顔で眉をハの字にして黙り込んでしまった。
きっと彼の中では、規律とかそう言う物が葛藤しているのだろう。
「邪魔しませんし、無事にレッドを救出できたら記憶の消去も全然OKですから。ね?」
「そうだそうだー!」
「女の子はみんなオレの所に来るんだったら良いよー♪」
「コラ、ブラン!」
「やったー!」
ブランの勝手な受け答えに、またもライガはしかりつけようと振り返ったが、ノリ気な隊員達の様子に根負けしたのか、
「……仕方ないですね。でしたら、皆さんもレッドさんの救出に協力してもらいましょう」
「ついでに、極悪人も捕まえちゃいましょう!」
「それは、我々の仕事ですからいけません。まぁ、どちらも平行しなければなりませんが…」
「よっしゃー!」
「SF漫画の題材にするのだ」
ライガが折れたおかげで、事実上パラレルワールドの大冒険が可能になった隊員達は、嬉しそうにはしゃぎまわっていた。
しかし、そのはしゃぎっぷりに、ライガは本当にレッドの救出がしたいのか、冒険がしたいだけなのか疑問に感じた。
「(どうしよう……こんな見知らぬ場所で……どうしようどうしよう……!)」
レッドは謎の人物に刃物を突きつけられたまま、見覚えのあるようなないような土地を歩き回っていた。
当然と言えば当然のことで、どんどん人気の無い路地へ入り込んでいく。金目当てにしては用心しすぎだ。
となると、リンチか、もしかしたら臓器目的!? レッドの妄想はどんどん悪い方向へと向かう。
「もう少しだから」
ぷるぷると震えるレッドに男は囁くものの、囁かれる本人はたまったものではない。
こんなことならば、一昨日のテレビでやっていた護身術講座をもっと真剣に見ておけば良かったと今更後悔。
「…………」
チラ、とレッドは黒目を出来るだけ最大限にずらして、男がどんな奴なのかを探ってみた。
背の高さは自分より少し低いぐらいだ、多分。「多分」と言うのは、彼がフードをすっぽり被っているせいだ。
服装の感じからして、いわゆるストリートギャングと言う奴だろうか……。しかも、肩から腕にかけてビッシリと黒のトライバルタトゥーが入っている。
間違いない。まず善良な青少年ではないだろう。確実に腎臓の一個は取られるはずだ。抵抗したいが抵抗すれば首から下が文字通りレッドになるだろうし……。
などと考えていると男はレッドから離れて正面に回り込んだ。フードで顔が隠れているのでよく見えないが目がこちらをじっと見つめているのだけは判る。
メンチを切っているのか……!? 逃げるか、戦うか。いや、でも刃物を持っているし……。わずか数秒間の間にレッドの頭の中では様々な考えが渦巻く。
とうとう、男はさっと下へしゃがみ込む。やっぱり腎臓だ……!! レッドは思わず下腹部を押さえた。
「すいませんでしたっっ!」
男は、土下座して大声でそう叫んだ。路地の谷間谷間にこだまする声。
レッドはお腹を押さえたままの自分がどうすれば良いのか判らず、ぽかんと目下の彼を見つめるしかなかった。
「お、オレ、オレっ、どうしてもレッドさんに会いたくて!」
「はぁ……」
男は立ち上がるとフードを脱いだ。レッドより2、3歳くらい若めの少年だった。心なしかどこかで見た様な気がした。
しかしフードを脱いだところでやっぱり健全な青少年と言う感じはしないのだが、目の輝きだけは健全だった。
「オレ、レッドさんの大ファンなんすよ! インディーズの頃からのCD全部買ってます!
レッドさんが始めて作詞作曲した『道』マジ最高すよね! オレあの曲聴いて、生き方ホント変わりました」
「はぁ、あ、ありがと……?」
「それと、それとっ、ライブの時に撮った写真、今もずっと財布に入れてて!」
少年は黒い財布を開けてレッドに写真を見せた。確かに映っているのはこの少年とレッド。
確かに顔は似ているが、大人の色気と言うのだろうか。どことなく愁いを帯びた瞳をしている。イケメンの目だ。
「それにそれに、今度のアルバム『Mid Night Joker』もバッチリ予約しました! 今から待ちきれなくって」
「いや、あの……」
「あぁ~! 超感激だ! 憧れのレッドさんがオレとタイマンで、話してくれるなんて!……オレ……この世に生まれてよかったー!」
どんどん、ヒートアップする少年に、レッドはただぽかーんとする事しか出来なかった。
すると、少年はキラキラした瞳をさらに輝かせてグイッとレッドの目の前に顔を近づけた。
「レッドさん、いつニューヨークから帰って来たんすか!? レコーディング早めに終わったんですか?」
「……その。ちょっと僕の話聞いてくれる?」
「もちろん! あ、ちょっと待ってください! こっちにラジカセありますから、録音待ちで! みたいな!」
少年の背後には小型のCDプレーヤーと小さな携帯テレビ。その他どこかのゴミ置き場から拾ってきたようなガラクタの数々。
それらの中央にゴザと薄っぺらい毛布が敷かれていた。
「キミ、まさかここに住んでるの?」
「はい。オレ、親が両方とも死んじゃったんで。預けられた親戚の家も飛び出して、1年くらいここで。
結構やんちゃしてたんですけどね、3年前にレッドさんの歌と出会ってから真面目にバイトやってます!」
「そうなんだ……」
「いや~、ホントは部屋借りたいんですけどね。レッドさんのグッズとかコンサート費用結構かかるし、それに……」
「それに?」
「オレ、定時制高校に通う金も溜めてるんです。やっぱちゃんと高校出て自分でしっかり生きていこうって思ってて」
何だ、見た目はともかく結構良い子じゃないか。と、レッドは少年を見る目が少し変わったのと共に、
そこまで少年の行き方を変えた自分そっくりの人物に興味が沸いた。
「……あ、あのね。さっきから言おうと思ってたんだけど僕はキミの言うレッドさんじゃないんだよ」
少年はガラクタの山から古びたラジカセを取り出して「またまた~」と嬉しそうにレッドの言葉を返した。
「だって、その顔レッドさんすよ?」
「いや、でも、服装も違うし」
「やだなぁ、オレだってお忍び用のスタイルだってことくらいわかってますよ」
「なんて言うか、あっちはあっちでレッドだけど、こっちはこっちのレッドで……」
「すいません! オレ10秒以上話されても、理解できないんで!」
「だから僕は他人のそら似なんだってばー!」
「あー、すいません。これ録音機能壊れてます。録音無しで!」
少年は、またも軽い感じでヘラヘラ笑いながらラジカセをガラクタの山へと放り投げた。
どうした物かとレッドが困っていると、向こうから同じくフードを被った似た様な二人組が歩いてきた。
「なんだ? おい、そいつ誰だよ」
「紹介してくれないか?」
「……あ?」
余計なのがやって来たとレッドは頭を抱えそうになった。さすがに不良少年が3人集まると怖い。
背格好からだいたいレッドと同じくらいの年だ。いや、でも若ければ若いほど不良とは厄介な生き物だ。
少年は2人を見て頷くと「レッドさん」と呼びかけだ。
「コイツら俺と良くつるんでるダチで……」
「テオ」
紫の少年がそう言うと鋭い目をレッドに向けた。思わずビクッとした。なめられてしまったか?と思い再びビクッとなる。
どことなくパープルを悪人面にしたような印象だ。そんな様子を見ている、これまた目付の悪い黒猫が低い声を出して名前を言う。
「俺は……ルベウス」
それだけ言うと、フードからチラと見える冷たい目がレッドを捉えた。薄暗かったが、その黒い猫の表情は、どことなく、
ブラックキャット団のウィックを思わせた。さすがにあの派手な模様はないみたいだ。……当然と言えば当然か。
と、一通り3人の自己紹介を済ませたところでレッドも冷静になったのか、早く誤解を解かなければと言う事を思い出した。
「あわわわっわわ!」
いきなり喋りだしたので変な声が出たが、3人の視線が集まったおかげですぐに次の言葉が出せた。
「あの、僕。何か勘違いされちゃっててですね! 僕、普通の一般人なんですけど。この人が僕がなんか有名人だと!」
「そ♪ この人が俺の憧れのレッドさん」
「いや、だから違うんだってば! だいいち、僕は元々OFFレン本部って所に居て、そんで、なんかこれで変な事になって!」
レッドはそう言ってどこからかスティックを取り出した。ブランから奪った物だ。
「……ふぅん、変な事って何だよ?」
テオがからかう様な口調でレッドに尋ねた。レッドはタイムポリスの事もこのタイムスティックの事も知らないが、
とにかく自分が体験したことをなるべく細かく、簡潔に判りやすく伝えた。しかし、結局は一笑に付されただけだった。
「それじゃ、まるでSFだな」
「夢でも見たんだろう」
「レッドさん、小説家にもなれるんじゃないっすか? あ、そうだ。今度本出してくださいよー!」
レッドは、本当なのにとムッとするしかなかった。確かに、信じろと言うのが難しいかもしれない。
しかし、事実は事実な訳で……。どうしたものか……。と思っているとテオがレッドの手からスティックをヒョイと奪った。
「だったら、もっかいいじってみようぜ? 本当にコイツの言う通りの事が起こったら、すげーことになる」
「オイ、レッドさんに返せよ!」
「どうだ? やってみろよ。俺達も妙な世界とやらに連れてってくれよ。な?」
テオはレッドにスティックを差し出す。
「レッドさん。コイツらの言うこと聞かなくて良いですよ?」
「どうする……レッドさん?」
レッドはテオからスティックを受け取った。スティックの側面についている中央の二つのダイヤルがついてある。どちらも目盛りは中央を指している。
どちらのダイヤルも、下に小さな液晶画面がついており、左側は何やら長い文字列。右のダイヤルは、西暦、日時、時間を指定できるようになっている。
とにかく、両方のダイヤルをめいっぱい、いじっていじっていじってみた。……が、何も起こらない。
「ホラな。やっぱり……」
バカにするテオの声が聞こえた瞬間だった。その場にいた4人の体を光が包み込み、炸裂!
4人は悲鳴をあげる間もなく、光に飲み込まれた……。
「さて……」
軽く咳払いをすると、ライガはチラとブランの方を冷たい目で見てから隊員達に目を向けた。
「このバカは放っておくとして、我々は我々で今後の事を考えなければいけませんね」
「うっせー。ゴミ」
ブランの微妙な反抗をスルーしたライガは腰元のスティックを取り出して、何やらボタンを押すとアンテナが飛び出させた。
かと思えばスティックが縦に割れそこから薄いモニター画面が現れ、レーダー変形完了である。隊員達も予想外のハイテクさに思わず声をあげた。
「皆さん、最近何か変わったことはありませんか?」
「変わったこと?」
「えぇ、例えば今までなかったはずの建物が出来ているだとか……妙な違和感とか感じませんか?」
「いや、特にそんな事は……。ねぇ?皆さん」
グリーンの問いにほかの隊員もうんうんと頷く。ライガはしばしレーダーを眺めると、携帯のアンテナを少しでも立たそうとする人のように、
手の機械を高くあげたり下げたり降ったりしては、画面を見てまた同じ事を繰り返していた。
「しいて言うならば、外国から新隊員が来たくらいで。と言っても1年以上前ですけどね」
「そうですか……」
「関係ないと思いますよ。ねぇ、群青?」
グリーンが後ろにいる群青色をした群青隊員に聞いて見るが彼もそうだと言わんばかりに頷いた。
どことなくアラビア風と言うかオリエンタルな顔立ちで、吸い込まれそうな黒い瞳をしている。
「ニポンノミナサンヤサシイ。シンセツ。ヒャクエンクダサイ」
「すぐに小銭を欲しがって国に送金しようとするのが悪いクセですけどね」
「………どうやら彼ですね」
群青隊員にレーダーを向けた瞬間ピーピー音が鳴り始めると、ライガは冷淡に呟いた。
「本来ならば、台湾から来た少年がいるのが正しいようですよ」
「それはいくら何でもウソでしょう? 群青とは出会いから今まで色々な思い出がありますよ?」
「ヒャクエンクダサイ。イッコデイイデス」
「記憶があるのは間違っているわけではありません。多分、過去のどこかで起きた些細な事がズレてこの人が来たのでしょう」
「つまり、過去が変わったので今が変わっているって事ですか」
「そう言うことです」
ライガは群青にレーダーを向けるなり、ボタンを押して赤い光を彼に照射した。群青はそのまま光の中に消えていった。最後まで小銭の話をしていた。
すると、今まで群青のいた所にはゴーグルを頭につけた台湾ボーイのガーネット隊員がぽかんとした顔で現れた。
「あ?」
「阿?」
隊員達は、彼の顔を見ても実感がわかないようで見知らぬ人を見るような目で見ていた。ガーネット側もそうであった。
そこへ、レーダーのモニターをガシャンと閉じたライガが隊員達に白いフラッシュを放った。すると隊員達は、ガネを見るなりあっ!と声を出した。
皆の記憶の中にあった群青がすっかり消え、元通りガーネットの記憶が戻ったのであった。
「パラレルワールド下にいる場合、過去の事象がズレればその後も変わるので記憶も当然変わって行きます。今、特殊抵抗光を皆さんに照射したので、
捜査中は過去にどんなズレが生じても皆さんの記憶や身体に一切影響はありませんのでご安心ください。……じゃ、ブラン。皆さんをくれぐれも丁重にな」
「わーってるよ」
「では、参りましょう」
「え、あ、ちょっと」
心の準備も出来ないまま、隊員達の体は眩い光と共に不思議な空間に漂っていた。体が浮かんだまま様々な光の輪が前から後ろへ、右から左へ流れていく。
例えてみれば、水族館の水中通路を通っているような物だ。隊員達は、宇宙に行った事はあるものの時空間には来た事が無いので当然ながらキャーキャーとはしゃいでいた。
写メまで取り始める隊員が出てくると、ライガに取り上げられ消去されてしまった。もったいないが、これもお役人の仕事なのだろう。
「今は、どこに向かってるんですか?」
「先ほどのズレの数値を導き出して、それを逆算すれば自ずと元にズレた場所へたどりつくんですよ。つまりそこに原因があると。そう言う事です。
ズレの数値はT=256、G=456。大元は割と些細なズレのようですからすぐ見つかると思いますよ」
「じゃぁ、例の悪者が何かデカイ悪事をしたらズレも大きくなるって事ですか」
「そう言う事になりますね。その場合は、与える影響が大きいので特定が少々難しいですが、
原因の世界を導き出すのは不可能ではありません。あ、もう着きますよ」
ライガは前方にスティックを向けた前方にぽっかりと穴が空き、隊員達はそこへと吸い込まれていく。
いよいよ、隊員はパラレルワールドにまで足を踏み入れたのである……!
「ウソだろぉ……」
空を見上げればカプセル型の通路を歩く人々と、ホバークラフトのような形の空飛ぶ車。
どこからどう見ても、何十年も前から描かれている未来の世界そのものであった。
「ほ、ほらぁ~! 僕の言った通りじゃないか! ね、ねぇ?」
「すげー! 映画みてえええええええ!!!!」
少年が一人はしゃぎながら、レッドの背中をバンバンと叩く。痛い。
残りの2人も苦い顔でお互い顔を見合わせている。「やべぇ……マジじゃん」と言う顔だ。
レッドは、少し優越感を感じて、その場を行く少年に声をかけた。彼はピチピチの特撮ヒーローみたいなタイツを着ていた。
「あの、今って西暦何年ですか?」
「2009年だけど?」
「じゃ、じゃぁ去年の流行語って何でした?」
「そんなに払ってねえ♪ そんなに払ってねえ♪でしょ?」
リズムに乗せて彼が言ったその流行語は間違いなくアレであった。
かと思えば、例の不良少年が明らかにイラついた様子で口を挟んでくる。
「はぁ、違ぇよ! そんなに関連ねぇ!だろー!?」
「何それ?」
「あれ~? 俺とお前って何か似てねぇ? でも、そんなに関連ねぇ! そんなに関連ねぇ!……これだろーが!」
少年の動きはレッドの知っているソレに酷似していたが、内容は全く違っていた。やはり3種3様の世界がの人物がこの場にいるのだ。
怪訝な顔で去っていた男の子をよそに、レッドは不良たちにスティックを見せ付けてやった。
「どー? これで、僕の話信じてくれたでしょー?」
「どういうことっすか?」
……この一番バカそうな少年だけはまだ理解していなかったらしい。
残りの2人も納得がいったか。と思いきや、テオがニヤリと笑ってレッドの手からスティックを奪った。
「面白れーじゃん。だったら、ちょっとこれで色々な世界を巡って遊ぼうぜ」
「ダメだよ! そう言う事しちゃ。帰らないとさー」
不良たちの手からスティックを奪い返し、レッドはフッと息を吹きかけて拭いた。
「でも、どっちみち帰るにはワープしなきゃいけねーだろ?」
「……そうだけど」
「別に、俺らだけが使うって言ってる訳じゃねーんだ。ただ、一緒に遊ぼうぜって言ってるんだ。判るよな?」
悪魔に囁かれると、レッドの好奇心も少しだけワクワクし始めた。男の子だもの。その気になってしまう。
「じゃぁ、ちょっとだけ遊んでから、帰ろう!」
「何して遊ぶんすか? 俺、よく意味が……」
「だから。僕が別の世界から来たレッドで。キミは勘違いしてるって事。で、今から異世界旅行しようって事」
「はぁぁぁ!? じゃ、テメェ……別人!?」
今頃気付いて少年はガクンとうな垂れた。理解力が悪いと本当に困る。今更って感じだ。
だが、少年は顔をあげ、燃え盛るような瞳をギンと青空に向けた。握りこぶしも作っている。
「でも、あんか面白そうじゃねーか。俺、映画の主人公みたいだぜ!」
「…この子、いつもこんななの?」
「さぁな」
一人だけ世界が違っているこの不良少年は、ガシッとレッドの腕を掴んであの輝く瞳を見せ付けると、
ニコッと笑って、ピン!と親指を立てて見せた。
「俺はエコ。よろしくな!」
レッドは、目が点になったまま少年を見つめた。サイボーグになる前のエコの姿や色がピタリと重なる。
「うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

「はぁ……ここがパラレルワールドですか」
生まれて始めてたどり着いたパラレルワールドは別段、変わった様子の無いごく普通の日本のスクランブル交差点だった。
別世界と言えども過去なわけだから、道行く人々のファッションスタイルも少々古かったが、
妙な建物があるわけでもなく、変わった道具を持っている訳でもなく、何ら目新しい物はなかった。
「ここは皆さんのいる世界から5ポイントずれた世界ですからね大して変わりはありませんよ」
「…………」
「一応、この世界も何者かの手によって微妙に本来の世界とは異なっているんですよ。些細な違いを楽しもうじゃありませんか」
ライガは、そういっていたが、隊員達は見るからに出鼻を挫かれたと言う風に、つまらなそうな顔で彼に不服を訴えかけていた。
ガーネットに至っては目を潤ませて、今にも泣きそうな子供の様な顔をしていた。
「良いですか。パラレルワールドは先ほどもお話したとおり、膨大な数が存在しているんですよ?
それこそ、核戦争で地球が滅亡した世界もあれば、髪の毛が1本抜けているか抜けていないかだけの違いの世界もあるんです。
この世界は番号で言えばZO軸です。それを30億ポイントほどずらしてもまだこの世界と変わりがない物も多くあります。
期待されていて、実際の物と想像の物と違うのは往々にしてある事です。ですから、そんな顔をしないでください」
隊員達も、頭では理解していたが、これほどまで代わり映えのない世界に連れてこられて期待はずれにならない方がおかしかった。
しかし、いつまでもスネていても仕方が無いので、観念したグリーンの一声で隊員達の不機嫌顔見本市は中止された。
「判ってくれて感謝します。では、早速この世界でのズレをチェックしますので……えーと」
ライガがレーダーを高く上げると、さっきとは大違いのブザーが鳴り始める。
画面にも驚くほど滅茶苦茶な波状が現れ、隊員達もライガも思わず動揺の色を露わにした。
「こんな……。どうやら、かなり近くに不信人物がいます」
「えぇっ! いきなりですか?」
「レッドじゃないんですか?」
ライガは目盛りを調整しながら、食い入るようにレーダーの波状を見ていた。
それは、徐々に険しくなり、
「……いえ、人数は少なくとも2人以上……レッドってまさかユニット名じゃありませんよね?」
「当たり前です」
「……! こちらに接近してきています! 皆さんは隠れてください!」
ライガは叫ぶが、こんな人の行き交う交差点で隠れる所などあるはずない。
オロオロしてもどうにもならなくて余計焦る。通りすがりの人も怪訝な顔で見るのでまた焦る。
ライガは、レーダーを銃の形に変形させ、往来である事も忘れて銃口を道路の方へと向けた。
「……出て来い!」
ライガの背後に2つの黒い影が現れる。隊員達も思わず危ない!と叫んだ。
……が、既に遅く、ライガの額にはデコピンが当てられた。
「全然方向が違うんですけどねえ~?」
刑事!とライガの言った、デコピン男は、背も高く、よく見れば刑事らしい顔をしているが、
今すぐにでも鼻で笑える準備をしているようなその顔つきが、彼の性格を誰でも一瞬で把握できるようにしてくれていた。
「ナズナ刑事! どうしてここに」
「それはこっちの台詞ですよ、ライガ警部補。あなたこそ、ここで何をやってるんでしょかねぇ~?」
嫌味な目付でライガを見つめながら彼の周囲をゆっくりと廻っているデコピン男。
ライガ自身も好いてはいないのだろう、一度も彼と目を合わそうとはしない。
「タイムシップ強奪犯の捜査を…」
「はぁ? そ・お・さ・ぁ~? パラ二課がですか?」
「…………」
「もしもぉ~し? 聞こえてますか~?」
デコピン男の嫌味は止まらず、何故かライガの目の前で黒電話のダイヤルを回すジェスチャーをしていた。古い。
もし彼がタイガだったら、多分とんでもないことになっているだろうが、ライガはただただ耐えていた。
「オイ、イマチ。どうやらライガさん、日本語わからなくなったみたいだから通訳してやれ」
「……は、はぁ」
デコピン男に呼ばれた隣にいる眉毛がハの字の青年は、おずおずとライガの前に歩み出、頭を下げた。
まだ若い刑事みたいだがずいぶん腰が低い。悪い先輩に振り回されそうなタイプだ。いや、現にこうして振り回されていた。
「すみません。あの、ライガさん。ナズナ先輩と僕らだけだったんッスよ。一課で爆発事故にあわなかったの。
向ってる途中にタイムシップの燃料切れで出遅れてしまったせいで運よく免れましてね……えーと、その」
「ぁもう、まわりくどいんだよ!」
後輩を押しのけてとうとうデコピン男が割って入ってきた。
「良いですかライガ警部補。パラ二課にはハナから捜査権限はあってないような物だと言うことをお忘れじゃないでしょうね?」
「……任命された仕事です」
「ええ、それはさっきタイムポリスでボス…刑事部長から聞きました。でも、それは我々がいなかったからこその応急処置でしょう?
部長はパラ二課に任せると言ってましたけど、被害者は一課の連中です! 捜査するのも一課の仕事です! あなたは部外者!」
「…………」
「センパイ、部長にもそう言って無理やり飛び出してきたんですよ」
「余計な事は言わなくていいんだよ!」
ポカッと後輩の頭を殴ると、ライガに顔を近づけて軽く舌打ちをすると、
「……とにかく、ボスから任命されようが、これは一課の問題です。あなたはいつも通りお掃除でもなさってくださいね」
ハンッと鼻で笑いながら、デコピン男は肩で風を切りながらどこかへ歩き出した。
隊員達は彼らが去ったのを見計らってライガに近づいた。遠くから見るとライガは極めて冷静に見えたが、
一人になった途端に、感情顔さえ切れなくなったのか、悔しそうに唇を噛み、目は涙で潤んでいた。
「全部……ブランのせいだ……」
同僚の悪口を呟くライガ、どういうつもりの発言かは判らなかったが、何やら彼の静かな怒りを隊員は感じた。
「あの……大丈夫……ですか?」
隊員達に声をかけられると彼はハッとし、さりげなく涙を拭いた。
すると、さきほどと変わらぬ務めて真面目な表情を隊員達に向け、「大丈夫です」と言った。
「お恥ずかしい所をお見せしました。我々のいる部署は目の敵にされていますから」
「部署って、あの“ぱらにか”って奴ですか?」
「タイムポリス刑事部パラレルワールド二課、通称パラ二課。私とブラン二人だけの部署で、
パラレルワールド一課の……サポートをするような部署です。派手な部署ではないので蔑まれやすいんです」
隊員達はそれ以上はこの事に関しては何も気かない事にした。サポートと言う言葉に包まれた本当の意味をなんとなく察知していたのだ。
と、この空気を打破するため、グリーンが今、気付いたかのように「あ!」と声を出す。
「そういえば、すっかり忘れていました。レッドとか、例の謎の集団とかの捜査を再開しないと! ね。ね。ライガさん」
「そうだよそうだよ。急がないと、ホラ、ライガさん」
「……そうですね」
ライガもようやく頭を上げ、腰元のスティックを再びレーダーに変形させた。
あの妙な波形が嫌味な同僚の物だった事が判明し、反応もごくごく微量な物だと思われた。
「……」
しかし、ライガはレーダーの画面を見るなり、険しい顔をして反対の道へ渡り始めた。
隊員達も、後追う。その都度、ライガの手にしたレーダーを覗き込むと確かにピコッピコッと反応が現れている。
「あの、もしかしてその反応、ウチのレッドですか?」
「いえ。この波形……どうやら、別の形式のタイムスティックの反応が……!」
ライガは最後まで言い終えることなく、突然に走り始めた。隊員達も、大捕り物を期待し、ダッシュする……!
レッドは、これで7回目の世界間ワープを実行した事になった。
今までは多少の変化は見られるが、やはり身近な世界を行ったり来たりしているので、大して面白みは無かった。
しかし、今回の世界は確実に今までとは違う世界である事がハッキリと感じられた。いや、明確だった。
ビルらしきビルはまったく無く、真っ黒な土の上に白い石畳が真っ直ぐ続いている。左右には、青々とした竹林が生い茂り、
そのせいで、空も隠れて薄暗い。等間隔に置かれた行灯の明かりが、料亭の敷地内のような雰囲気を醸し出す。
「なぁなぁ、なんか中華料理屋みたいじゃね?」
エコ……もとい、異世界のヤンキーであるエコは、レッド自身も知っているエコと同様にヘラヘラと間の抜けた笑みを浮かべて、
どうでも良い意見の回答を皆に求めていた。
「やっぱ、そうだって、俺の知ってる所に似てるって。なぁ、そう思わねー?」
「ちょっと黙れよ」
エコの不良仲間で、紫色のテオが、バッサリと彼の言葉を切り捨てる。目付きがキツイだけあって口調もキツイ。
逆に、もう一人の黒いルベウスとか言う奴は比較的大人しいが、顔つきはやっぱり善良と言う感じではない。
「じゃぁさー、お前の世界の俺ってどんなのなんだよー。教えろよぉー♪」
「……うん」
エコの話を聞き流しながら、レッドは彼ら2人の事を考えていた。
この、隣でうるさく話しかけてくる少年がエコ。彼が勘違いしているあの世界の自分は、ビーストズ風のバンド活動で大成功を収めている。
となれば、この二人も恐らく、レッドの知っている人物の異世界の姿なのだろうと言う事だった。
実際、テオは性別が違えどもなんとなくパープル……。しいて名前を付けてみればワルパープルとでも言うべきか。
ルベウスは、やっぱりその黒い体とどことなく目の奥の冷たい青い光はウィックを思わせるので、多分、同じウィックなのだろう。
多分、BC団に入らず、テオと知り合って、エコと知り合ってそのまま不良生活を続けている……そんな所だろうなと思った。
「それにしても、長い道だな……。飽きてきたぜ」
テオがポツリと呟くと、エコも「俺も俺も」と嬉しそうに同調する。落ち着きのなさも何となく本家と似ている。
だが、口に出して見るとそれを聞いた現実は真逆を行きたがるのか、白い中国風の屋敷が見え始めて来た。
真っ赤な大門の奥があり、豪華な中華料理屋はまさにあんな感じだ。
「ちょっと待て!」
門に近づきつつあった時、門番らしき2匹のオオカミが走り寄ってきて、さっとレッド達の前にヤリを突き出してきた。
よくよく見れば、レッドもよーーーく知っているオオカミ軍団のオオカミそのままだ。となると……おのずとこの建物も想像が付く。
「何てことをしてくれたんだ?」
「へ?」
てっきり、侵入者を排除しにやって来たのだと思ったレッドはオオカミたちの言葉に面食らってしまった。
何かしたかと言えば、せいぜい道を延々と歩いてきたと言う事だけだ。
「べ、別に、僕らは……ねぇ?」
同調を求めようと背後のエコ達の方へ振り向く。レッドはすぐさまオオカミの発言の意図を理解できた。
エコが青々としたあの笹の枝を振り回しているのである。
「おう。俺も別に何もしてねーぞ!」
ニパッと笑ったエコにオオカミ達は叫んだ。
「貴様達、確保だ!!!」
あっと言う間にオオカミに押さえつけられるレッド達とパラレルワールドのワルガキ達。
こんな異世界で捕らえられてしまった彼らの運命やいかに……!
≪その2に続く!≫