第101話

『人生はコロッケです』

(挿絵:ピンク隊員)

このままだと人間の顔が判別できなくなるのではないか、とエコは思った。

その日、(株)ホワイトタイガーエンタープライズでは、新卒採用の最終面接を行っていた。
このためにホランもアメリカから一時帰国し、彼の一存でその日に食事目当てでやってきたエコも参加する事になったのだ。

この会社も今や急成長を遂げる1.5流の総合商社となっており、国立大学や有名私立大学の学生からのエントリーが数千件にも昇っていた。
その中を勝ち抜いてきた学生だけあって、ホランの目を引く人材も多数見受けられる。……が、何事にも限りはある物だ。
さらに彼らの中から良い人材を選び取る作業は会社側にとっても並大抵のものではない。社長であるホランも、これにはかなり頭を悩ませていた。

「……私からは以上です」

ハキハキとした口調の学生は、輝かしい瞳をホランやその他役員一同に行き渡せるように左から右へと移動させながらそう締めくくった。
彼の履歴書をそっと机の上に置いたホランは、隣に座っているエコに優しく声をかけた。

「エコ、キミから彼に質問はないかい?」

エコは内心「来た!」と思いながら、真剣に質問を考えた。これでもう11回目になるがなかなか慣れない。

「えぇと、えぇとぉ……」
「何でも良いよ」
「じゃ、えっと、す、好きなテレビ番組は何ですかー?」
「……私、テレビは見ません」

何を質問されるのか身構えていた学生は、安心したように小さく息を吐いてそう答えた。
しかし、エコはその学生の返答を前に、信じられない!と言う顔をした。

「て、テレビ見ないの!? あんなに面白いのに!? 見たほうがいいよ、ドラマなんかすっごく面白いし」
「その時間を勉学や資格など、自身のスキルアップに使いたいと私は考えていますので」
「も、もったいないなぁ……この後、2時から始まるドラマ面白いから絶対見たほうがいいよ」
「ご忠告ありがとうございます。お言葉を真摯に受け止め、今後の課題とさせていただきたいと思います」
「そんなことしなくても見るだけでいいよ?」
「……では、以上で面接を終わります。本日はありがとうございました。結果につきましては……」

最後の学生が退室すると、一番初めに息を付いたのはエコだった。
緊張して肩がこったのか、ぐるぐると肩を廻している。

「悪かったね。突然面接に参加させてしまって」

ホランが声をかけると、エコは軽く首を振って笑って見せた。

「大丈夫です。オレ、こういうの初めてで結構面白かったですよ」
「フフ…そうかい?」
「でも、みんなの言ってることが難しくて……。オレ、あんなので良かったんですかぁ?」
「大丈夫だよ。堅苦しい質問ばかりじゃ人間性は判断できない。キミみたいな子が出す
何気ない質問による学生の対応を見るのも、人間理解を深めるのには最適なんだ」

エコはホランの言葉の意味さえも良く判らなかったが、とりあえず「はい」と返事だけはしておいた。

「……よし。予定は全て終了だ。面接のお礼も兼ねて今から昼食に行こう」
「はい!」

今度の「はい」は、今日一番の元気の良さだ。このために来たのだから当然と言えば当然だが。
役員が机やパイプ椅子をしまう傍らで、ホランは学生らの履歴書をカバンにしまう。
……と、その最中、一枚の履歴書が束から抜け落ち、床にそっと着地した。

「先輩、落ちましたよ」

エコがその履歴書を拾い上げると、そこに貼ってある写真の顔と目があった。
誠実そうな顔立ちの青年だった。何と言っても目力が強い、野心的かつ情熱的な輝きを持つ瞳だった。
学歴の欄を見ると“東京大学 法学部”の文字がある。
しかし、エコにはその凄さは良くわからず、「そういう大学に行っているのか」という程度の認識しか抱かなかった。

「ありがとう。……なんだ。辞退の子か」
「その人 "じたい"さん って言うんですか?」
「いや、今日の面接を辞退するって言ってきた子だよ。優秀だし、人柄も良さそうで初期の段階でほぼ内定を出すつもりだったんだが」
「別の会社に行っちゃったんですか?」
「多分ね。まぁ、それくらい優秀な子だ。ウチよりももっと良い企業で活躍できるだろうし、実際こういう事はよくあるんだよ」
「もったいないなぁー。オレだったら絶対ホラン先輩の会社に行きますよ」

半分本気であり、半分お世辞のエコの言葉に、ホランはフッと笑ってポンポンとエコの頭を叩き、部屋を出て行った。
エコもすぐさま後を追う。ホランはエレベーターの前で携帯電話片手に何やら話していた。話の端々を聞いて見ると、車を呼んでいるらしい。

「じゃ、頼んだよ」

電話を切ると、ちょうどエレベーターがやって来ていた。
後からやってきたエコが乗り込むと、ホランよりも先に階数ボタンを押しながらエコは声をかけた。

「先輩。オレ、この前テレビで美味しいお好み焼き屋見つけたんです。そこ行きませんかー?」
「悪いが、その前にアジトに寄っても良いかい?」
「どうかしたんですか?」
「明日には帰るし、オオカミにも挨拶しておかないとね。ついでにハイネの詩集も取りに行きたいし」
「そ、そですかぁ。オレは別に大丈夫です」
「じゃ、アジトの後にお好み焼き屋だ」

1階に付いたエレベーターの扉がゆっくりと開き、ホランは玄関の方へ歩いて行く。
口の中に広がるソースの味を思い出しながら唾を飲み込んだエコも、その後ろに付いて行った。











時を同じくして、買い物帰りのレッドとグリーンは本部から一番近かったラーメン屋が"あった"場所に目を留めていた。

「……あれ、あそこ潰れたんだ」

ごちゃごちゃと古びた飲食店が並ぶここら一体に見事に調和していたあのくすんだ赤の看板が、不釣合いなピカピカで真っ黄色のそれに変わっていた。
死んだ魚のような目のオジサン達の中に一人だけフレッシュな女子高生が混じったかのような違和感を与えるその看板は、
レッドがこの近辺を往来するうちに、ただの風景の一部と化していたはずの場所へと再び目を向けさせるには十分すぎていた。

「知らなかったんですか? 先週辞めちゃったんですよ」
「先週!? また急だねぇ」
「奥さんとケンカして別れたそうです。何か営業中なのに奥さんがグチグチ何か言ってたらしくて、
そしたら旦那さんがキレて大喧嘩になっちゃって。お客さんがラーメンの丼を持ったまま外に飛び出てたそうですよ」
「ふ~ん……それでかぁ」

レッドはその旺盛な好奇心をギンギンに輝かせながら、小さい花輪が置かれた新しい店をまじまじと眺めた。

「買うんですか?」
「だって気にならない? こういうお店、近くになかったから色々不便だったしね」
「はぁ…でも外れも多いじゃないですか」
「応援の意味もこめて買っちゃおうよ。お腹も空いたしね」
「じゃぁ、私は先帰ってますからね」
「あ、だったらこれお願い」

レッドが自分のスーパー袋を手渡すと、グリーンは露骨に嫌な顔をしながらそれを持ち、本部への階段を降りていった。
それを見送ると、早速レッドは財布から500円玉を取り出し、お店の前に立った。メニュー表を見ると、多種のお弁当の名が書かれていた。
そこは弁当屋だった。名前は『まんてん屋』。舌をペロッと出してウィンクしているネコの顔がデカデカと看板に描かれている。

「いらっしゃいませ」

レッドに気付いたのか、この弁当屋の店長らしき白猫の女性が奥からひょっこりと顔を出した。
恐らく俗にいうアラフォー世代だと思われるが、整った目鼻立ちで、美人の部類に入るだろう。

「えーと、コロッケ弁当一つください」

とりあえずメニュー表でイチバン美味しそうに映っているお弁当をレッドは指差した。
本来ならば「はい、〇〇円です」とでも言われそうな物だが、何故か店員さんは暗い表情を浮かべた。

「ごめんなさい。今、ちょっと準備が整っていなくて……キュー飯弁当ならすぐ用意できるんですけど」
「きゅ、キュー飯弁当って何ですか?」
「キュウリの中に酢飯を詰めた新感覚のお弁当ですよ。ホラ、この緑色の」

店長さんはメニュー表の写真を指差した。お弁当箱の中に太めのキュウリが3本程入っており、
写真ではそのうち1本の断面が見えるようになっている。
店員の言う通り、写真ではキュウリの汁で微妙な緑色になった白米が無駄にぎっしりと詰まっていた。
黄色い吹き出しの『新人類待望! "超"新感覚お弁当!』という文字が妙な哀愁を誘う。レッドはすぐさま候補から外した。

「後でまた来ますから予約注文ってので良いですか?」
「うーん……ごめんなさい。ちょっと無理かもしれない」

店長さんは、再び申し訳なさを顔一杯に表明してレッドを見た。

「えっ。でも、メニュー表にあるじゃないですか。他の色々なお弁当」
「そうなんですけど……」
「材料が届いてないんですか?」
「ううん。材料はあるんだけど……」
「じゃぁ、どうしてですか?」

店長さんは辺りを窺い「ここだけの話ですよ」と前置きすると、身を乗り出してレッドに耳打ちした。

「……アルバイトの子、オープン初日にみんな辞めちゃったの。
ホラ、駅前にも大きめのお弁当屋がオープンしたでしょ、オープン前に引き抜かれたらしくて。
みんな経験者の子ばっかりだったから、ここにあるのは彼女達が作れるお弁当ばかりで、
私も彼女達に教えてもらいながら自分でも作れるようになっていこうって矢先だったんだけど……」

レッドが厨房の奥を覗くと、確かに無人だった。何パックか出来上がっている物があるが、
あれが恐らくキュー飯弁当なのだろう。白いパックの向こうにうっすらと緑色が透けて見える。

「私、まだキュー飯弁当しか習ってなくて、これしか作れないんです」
「そうだったんですか……」
「せっかく苦労してオープンさせたのに。私、もうどうしたら良いか……」

店長さんはエプロンで顔を覆うと、シクシクと泣き始めた。
オープン初日にキュー飯弁当しか売れないなんて、我らのレッド隊長でもやっぱり泣いてしまうだろう。
こんな本部の近くにオープンして、レッドがここに目を留めたのも何かの縁だ。レッドは決心した。

「店長さん。大丈夫ですよ!」
「え……?」
「僕とその仲間たちが立派にお弁当屋やっていけるように協力しますよ!」
「で、でも、初対面のお客さんにそんなこと……」
「大丈夫なんです!」

レッドはニッコリと笑うと、店員さんにピカピカでツヤツヤな肉球を見せて言った。

「僕、ぐるぐる戦隊OFFレンジャーですからっ!」












ホランは車から降りると、すぐに首飾りや髪の毛を整えた。エコは別に何もしない。
入り口の傍に見覚えの無い自転車が3つ停まっていたが、放置自転車はよくある事なので気にせず、
二人はコンクリートで出来た階段を降りていった。ここがオオカミ軍団のアジトである。

「いやいやいやいや!」
「どうしてどうして!」

地下通路に出ると、オオカミの声が聞こえてきた。玄関の前に何匹か集まっており、何やら騒がしい。
臨時収入のあった日等は酔っ払ってドンちゃん騒ぎなんて事もよくあるが、そういう訳でもなさそうだ。

「やぁ、オオカミ」
「ただいまー」

二人はオオカミ達に声をかけると、彼らは一斉にこちらに振り向き、口々に「ホラン様!」と声をあげると、
エコには目もくれず、ホランの周りにワッと集まってきた。

「ホラン様、おかえりなさい!」
「あぁ、ただいま」
「どうされたんですか、急用でも?」
「ちょっと会社の方でな」
「いつまで日本に?」
「長居は出来ないんだ。明日には帰国する」

ホランは相当オオカミから人望があるようで、一緒に帰るたび、いつもエコはこんな光景を目にしていた。
その度、自分の先輩を見る力は間違ってないなとちょっぴり自信を持ったりする。
なんてったって自分はこんなに部下から慕われて、愛されているホランの後輩なのだから……。

「あのぉ……」

と、オオカミの群れの中を掻き分けて一人の青年がホランの前に現れた。
エコは彼を見るなり、どこかで会った様な気がした。多分、そう前じゃなくごくごく最近。いや、ついさっき……?

「あなたがこちらの責任者の方でしょうか?」
「ん。確かキミは……」

ホランもエコ同様に彼見覚えがあるらしく、その顔をじっと見つめると、
相手の方は深々と頭を下げ、爽やかな笑みをホランに向けた。

「初めまして、ワタクシ黒末と申します」
「黒末?」
「あっ、先輩。この人、じたいさんですよ」
「あぁ」

ホランはエコに言われてようやく思い出したらしく、パチッと指を鳴らして黒末を指差した。
しかし、差された本人は何故ホランやエコが自分の事を知っているのか解せないという表情だった。

「キミ、今日ホワイトタイガーエンタープライズの選考を辞退しただろう」
「は。はぁ、辞退の電話を確かに先日入れましたが」
「それはオレの会社なんだ」

黒末は、ハッとして口を押さえると、心底申し訳ない顔をしてその場で土下座を始めた。

「大変申し訳ありませんでした!」
「いや、別に根に持っている訳じゃ……頭を上げてくれないか」

オオカミ達は一斉にめんどくさそうな顔をしながら彼を見ていた。
どうやら、さっきの騒ぎもこんな感じの出来事があったらしいなとホランは悟った。

「実はワタクシ、普通の会社員にはならない事に決めたんです」
「まぁ、キミは法学部だし、やっぱり法曹の世界に行きたいのかい?」
「いいえ、違います。ワタクシは……」

黒末は顔をあげてホランを見た。あのギラギラした野心的な目はやっぱり本物だった。

「悪の組織の一員になりたいんです!」

ホランはパチパチと目をしばたきながら、彼を見つめていた。どうやら理解が追いつかないらしい。
気を利かせてオオカミが肩を何度か叩くと、ようやくホランも言葉の意味を把握できたらしく、
「そうなのか」とだけ呟いた。そう呟くのがやっとだったと言うのが正しいかもしれない。

「お、驚いたよ。キミのような優秀な子がね、まさか」
「ワタクシ自信も大変驚いています。まさかそんな事を考えるなんてっ!
しかし、決心したんです。聞いてくれますか?」
「一体なにを」
「ワタクシが悪者になろうと思ったキッカケです」
「……どうぞ」

黒末は土下座の格好のまま、頭を下げるとハキハキとした口調で語り始めた。
何だか面接をしているような気分になる。

「ワタクシは幼い頃より成績優秀であり、学力テストで1位以外を取った事がありません。
記憶力もケタ違い、本を読めば全文記憶し、内容も完璧に頭に入ります。
おまけに超速読なので、とりあえず日本にある書物はこの22年の間に8割方読みました。全てソラでいえます。異常だと思いませんか?
それほど、優秀なこの頭脳を持ったワタクシは、何故自分がこんな頭脳を持って生まれたのか、ずっと考えていました。
難病の特効薬を見つけるため? 物凄い発明をするため? 難しい数式を解読するため? そんなはずは無いでしょう。
ワタクシほどの頭脳でなくとも、いずれ誰かがやるような他愛の無いことです。とりあえず、ワタクシは一流企業を受ける事にしました。
しかし、やっぱり自分の中にあるモヤモヤは晴れません。神様はワタクシに何かスゴイ事をやらせたいに違いないんです。
その時、ふと気がつきました。世界征服です! 一流企業だって世界を征服する事は不可能! ワタクシの頭脳を持ってすれば、
きっと世界征服も容易いはずです。だから、こそ、ワタクシは、悪の組織に入ろうと思い立ったのですよ!」

黒末は立ち上がると、ホランの腕を掴んだ。突然の事にさすがのホランも動揺の色を見せた。

「聞けばオオカミ軍団様は、最終的に世界征服を目指していらっしゃる。
規模数も良いし、離団率も低く、先ほど窺いましたところ、団員の皆さんがイキイキとしていらっしゃる!」
「……つまり、キミはオオカミ軍団に入団したいと言う事なのかい?」
「ハイ、ズバリその通りです。是非、ワタクシはこの組織で悪の限りを尽くしたいと思っています」

ホランは、オオカミ達に眼をやった。

「ボスは何と言っているんだ?」
「はい。ボスは一昨日から新潟へ湯治に行っていますので、帰るのは1週間後です」
「……だそうだ。1週間後にまた来てくれないか」
「待てません。ワタクシの頭脳を早くこの業界で活かしたいんです!」
「そう言われてもな」

ホランは思案するように口元に手を当てる。動機はともあれ、自分のホームであるオオカミ軍団が栄えるのは良い事だ。
しかし、こんな優秀な人材を悪の組織に入れてしまう事がとても勿体無く感じていた。これも職業病のせいか。

「ホラン先輩。だったら先輩が面接して決めたらどうですか?」

エコが黒末とホランの間に割って入った。何故かエコの表情がイキイキしている。

「そうですよ。ホラン様だってボス代理を務めていたんですし」
「ホラン様の決定ならボスも文句は言わないでしょう」
「せっかくの機会なんですから」

オオカミ達もエコの意見に賛同し始め、それは連鎖していく。
そして、ホランもとうとう彼らの声に押され、ようやく頷いた。

「……では、適正検査、健康診断、そして最後に面接を行って総合的に判断することにする」
「ありがとうございます!」
「早速、会場の準備だ。集会所があるだろう。あそこに椅子と机を運んでおけ。
試験内容は、2年前の悪者の友にあった性格診断テストを使用する。バックナンバーを出してコピーしておけ。
そして、面接官はオレと研究員2名、ザコオオカミ2名の計5人で行う。各自代表を決めておくように。以上!」

ホランの言葉にオオカミ達は雲の子を散らすように走り去っていった。
久々に元ボス代理らしさを見せ付けたホランは内心気持ちよかった。こういう時、少しだけ悪の血が騒いでしまう。
そして、そんな彼を見ているエコは「カッコイイなぁ」と惚れ惚れするのだった。













「そういうわけだから。みんなで一緒にお弁当屋さんを助けよう!」

レッドの言葉に、リビングにいる隊員達は一様に呆然とした顔を見せていた。
てっきり「おー!」という反応を見せるかと期待したレッドも思わず動揺する。

「みんなどしたの?」
「レッド、お人好しにもほどがあるっすよ」
「なにが?」
「商売事に俺らが変に介入とかしない方が良いんじゃないの?」

ブルーの頭の上に乗っかったブラックが、ポツリと呟くと、
その下のブルーもこっくりと頷いた。

「で、でも、今日開店なんだよ? ご近所さんなんだよ? 可哀相だよ」
「そう言っても前のラーメン屋は何もやらなかったわけでしょう?」

グリーンが読んでいる雑誌に目線を合わしたままレッドに言い放った。

「商売なんてそういう物なんですよ。資本主義社会は弱肉強食の世界。老舗にあぐらをかいていてはダメな時代です。
我々が助けても良くなる保証もありませんし、店にとってもかえって良くないですよ。安請け合いはやめましょう」
「……でも。可哀相だよ……キュー飯弁当しか売れないなんて。あきらかにハンデでっかいよ」

レッドが人差し指をツンツンと突き合わせながら、消え入るような声で反論すると、
イチバンレッドに近い、ブルーがソファに顎を乗っけたまま尋ねた。

「さっきから思ってたんすけど、そのキュー飯弁当って一体何なんすか?」
「あ、見たい? せっかくだから一個貰ってきたんだ」

レッドは手に提げているビニール袋を中央のテーブルに置いた。
好奇心に駆られた隊員達は、ぞろぞろとテーブルの周囲に集まるが、グリーンは関心が無いと言う様にまだ雑誌を読んでいた。

「美味いの?」
「食べてないからわかんないけど。でも、これを見ればみんなもお弁当屋さんを助けたいって思うはずだよ」

レッドは弁当屋のマークがプリントされた白いパックの蓋を勢い良く開けた。

「!?」

レッドは隊員達の表情が一変したのがすぐに判った。弁当なのに、青々とした太いキュウリが3本押し込まれている。
彼らの想像の範囲を遥かに超えてしまい、逆にこの弁当に未知の恐怖を感じたのか、震えだす隊員までいた。

「あ、これね。大丈夫。生で入ってるわけじゃなくて、中に酢飯が入っているんだ」

レッドがフォローするつもりでキュウリをポキンと折ると、中から黄緑色に変色した白米が何かの幼虫のように溢れて出た。
そんなものを目の当たりにした隊員たちは顔色をさっと変えると共に、絶句した。明らかに未知の存在に対する畏怖の念を感じている表情だった。

挿絵

「そ、それ、どこも切ってないのになんで米が入ってるんすか……」
「きゃぁ!」
「うわぁぁぁぁ!!!」

ブルーがさらに顔を青くしながら尋ねると、皆もその不可解な事実に気付いたらしく小さな悲鳴をあげた。
まさか、1つの弁当(きゅうり?)だけで何十人もの人間をパニックにさせるほどの破壊力を持っているなんて。

「そ、それはわかんないけど。でも、これで判ったはずだよ これしか売れないことがどれだけ可哀相かって!」
「こ、こ、これはこれで自業自得のような気もしますけど」
「さすがに商売向いてないと思うよ……」
「そんなぁー! みんなこれ見てなんとも思わないの!?」

レッドはキュー飯弁当を持って、皆に見えるように傾けた。皆は目を逸らしていた。
ただ一人、雑誌を読んだままのグリーンを見つけて、すがる様な思いで隊長は彼の側に寄る。

「グリーンもそう思うでしょ? お弁当屋さんカワイソすぎるでしょ?」
「もう、なんなんですか」

グリーンはめんどくさそうに雑誌から顔をあげた。

「私はそういうことには反対だと……」

すると、グリーンは目の前にあったキュー飯弁当を見るなり表情が固まった。

「な、なんですかこれは……」
「これがキュー飯弁当だよ。中にね、酢飯が入ってて……」
「……」

グリーンは、レッドの言葉を最後まで聞かないまま、突然、1本のキュウリを手で掴んだ。

「!?」

そして、隊員達の驚きの最中、彼はそのキュウリを勢い良くガリッと噛み切った。

「うわぁぁ!?」

ショリショリという、砂利を噛んでいるのかと思うような雑音を立てながら、グリーンはキュー飯弁当を噛締めていた。
しばらくして、ごくんと言う音と共にキュウリを飲み込むと、グリーンはレッドの表情をじっと見つめたまま立ち上がった。

「レッド……」
「……へ?」
「これ、すっごく美味しいじゃないですか! こんな美味しい弁当を食べたのは、私、生まれて初めてです」

グリーンは、今まで見せた事の無いような晴やかな笑顔を隊長に向けたかと思うと、
残りのキュウリを両手で掴み口に運んだ。そして、とうとうグリーンは、キュー飯弁当を一気に平らげてしまったのだ。

「レッド、私もその提案に乗りましたよ。こんな美味しい弁当を売る店が無くなるのをただ見てるなんて忍びないじゃないですか!」
「……う、うん?」
「皆さん。行きましょう! OFFレンジャー、お弁当屋救出作戦開始です!」
「えぇー!?」

とうとう隊員達の反対を物ともせず、緑が元隊長の威光を用いてOFFレンはお弁当屋を助ける事になった。
レッドは、ちょっと意図した感じとは違っていたものの、ひとまず安心した。十人十色とはよく言ったものだ。

















「……どう思う。オオカミ」

全テストの結果を見ながらホランは隣の研究員に尋ねた。
彼はサングラスをクッと上げて小さく頷いた。

「研究員の立場から言えば申し分はありません。実に優秀ですし、入団させて損はないでしょう」
「ザコオオカミの俺たちも同感です。良い奴そうだし」

オオカミの意見を聞くと、ホランも安心したように微笑んだ。
彼自身も彼の入団について、100%賛成と決めていたのだった。

「では、入団許可を出そう。所属部署等の最終的な判断は彼に任せる」
「了解しました。では、早速彼を呼びましょうか」
「そうだな。オオカミ、黒末君は今どこにいる?」

扉口にいるオオカミに声をかけると、彼はビシッと背筋を伸ばして軍人のように答えた。
彼は半年前に入ったばかりの新人だ。

「はっ、今、エコとアジト内を見学しているそうであります!」


──ほんの30分前から、待ち時間の間、どことなく所在無さげな黒末に気付いたエコは、
案内役を買って出、アジト内の様々な場所を案内していた。年上だが、入団順に言えばエコが先。
どことなく、子分を従えているような気分になり、気分がよかった。腰も低いのもなお良い。

「ここがシャワー室。お湯が出るのは夜の9時までだから、気をつけてねー」
「了解しました」
「その隣が、トレーニング室。えぇと、なんかいろんなヤツがあって体を鍛える所だよ」
「興味深いですね」
「えーと、で、そっちは……オレは入ったことないけど、多分なんかの部屋」
「ご存知ないのですか?」
「うん。アジトって結構広いからねー。部屋もいっぱいあるし。隠し部屋なんかもたくさんあるから」
「凄い! 隠し部屋なんてどこの一流企業にだってありませんよ」
「へへー。凄いだろ。オレが特別に教えてやったんだからなー」
「ありがとうございます。エコ先輩!」
「せ、せんぱいっ!?」

エコは彼の「先輩」という言葉に身震いを覚えた。

「よし、オレについてこーい!」
「はい、先輩!」

先輩……あぁ、なんて素晴らしい響きだろう。ますます調子に乗ってしまいそうになる。

挿絵










OFFレンは、まず基本中の基本、ライバル店の偵察を行うことになった。
乗り気なレッド隊長と、以下渋々付いてきたブルー、ブラック、ピーターの3名。足取りはバラバラ。

「しっかし、グリーンも時々訳わかんないっすよねー……」
「イナゴも食べてるからね……。舌がゲテモノを受け入れてるんじゃないかな」
「前はそんなにキュウリ好きじゃなかったよな。 成長と共に趣向が変わるってマジなのかも」
「みんな! あれだよあれ!」

これっぽっちも気分が乗らないという顔の隊員達をよそに、レッドは目と鼻の先にある弁当屋を指差した。
"黒猫のお弁当屋さん"という名の弁当屋が駅のすぐそばという、素晴らしく良い場所にオープンしていた。
客入りも上々のようで、少し様子を見ているだけでも、かなりのハイペースで人が出入りを繰り返している。

「ホラ、やはり飲食店はこういう場所に建てなきゃダメなんすよ。立地条件を考えなきゃ」
「まぁまぁ、いくら場所が良くてもリピーターがつかなきゃ、ダメなんだから!
大事なのは、この店の立地条件じゃなくてお弁当の美味しさでしょ?」

レッドは2人(ブラックはブルーの頭に乗っかっているので)の背中を押して弁当屋の中に入った。
さすが新築だけあって綺麗な店内、ケースにはたくさんのお弁当のサンプルが並べられており、
右端には弁当が出来るのを待つための丸型ソファが置かれている。
さらには、カウンターの奥から漂ってくる香りがまた空腹を良い感じにくすぐってくれる。

「僕は鶏肉弁当にするけど、みんなどうする?」

カウンターの前にできた列に並んで、隊員達はカウンターの上部に設置されたメニュー表を見て
注文する弁当を決めることにした。宣伝用だから当然だが、どれも美味しそうに写っている。

「俺、ハンバーグ弁当」
「俺はスタミナ弁当っすかね」
「んじゃ、私はサイコロステーキ弁当にしよ」

乗り気ではなかった隊員も、店に入るとその気になったのか割と真面目に注文する弁当を考えていた。
さすが、ちゃんとした弁当屋は違うな。とレッドも思わず感心していると、やっとレッド達の番になった。

「いらっしゃいませニャー!」
「あっ!?」

レッドの目に飛び込んできたのは、弁当屋のエプロンをつけたBC団の改造猫、猫猫の姿。
額のマークはお店の帽子で隠してあるが、それを見ずとも本人であるとハッキリと判った。

「ニャニャッ!? お前はOFFレンジャー! な、何しに来たんだニャ!」
「お弁当買いに来たんだよ。そっちこそ、何でお弁当屋さんで働いているのさ」

猫猫は一瞬、マズい事を聞かれたという顔を見せたが、すぐに作り物の様な笑顔を作った。

「別に。オレ様、金がないから普通に一人でバイトしてるだけだニャ?」
「猫猫、どうした」

奥から猫猫の声を聞きつけたのか彼と同じ格好の獣猫がひょっこりと顔を出した。

「……! OFFレン、何故、いる」
「何か、二人いるみたいだけど」
「ニャッ、べ、別にオレ様が一人なだけで、獣猫も一人働いてるニャ?」
「はーい、焼肉弁当お待ちって感じー」
「騒がしいネ」

さらには、写猫と操猫まで奥から現れ、OFFレンを見るなり「あっ」と声を上げた。

「あ、あと写猫と操猫も、一人ずつ働いてるニャ♪」
「へぇ……」
「生活が苦しいから仕方ないのニャー! 悪者だって、バイトぐらいしても良いはずだニャ?」
「そうだね。ちゃんと働いている分には僕も文句は無いよ」
「ニャァ、さすが正義の味方。ちゃんと判ってるニャ!」

猫猫は手もみしながら満面の笑顔をレッドに向けた。

「……ちゃんと働いているだけならな」

ブルーの頭上のブラックが呟くと、じわりと猫猫の額に汗が滲んだが、
すぐさまそれを誤魔化すかのように、サッと写猫が間に割って入った。

「早く注文しろよ! 後ろがつっかえてる感じなんだから!」
「あ、OKOK。鶏肉弁当と、ハンバーグ弁当と……」

一通り注文を済ませると、隊員達は注文待ちの人々ためのソファに腰を下ろした。
お昼どきはとっくに過ぎたというのに、いまだ客足が途絶えていない。さすが駅前は強い。
やっぱり立地条件だけでかなりのハンデがあるようだ。とそんな事を考えていると、

「じゃ、お疲れなのさー」
「あっ、待つニャ!」

奥からお弁当の入った袋を腕から下げ、カウンター出てきた化猫と隊員達は目が合った。

「OFFっ……!……OFFレンジャー。奇遇なのさ。こんな所で会うなんて」
「化猫も、ここでバイトしてるの?」
「えっと、その、単なる手伝いなのさっ♪」

化猫は髪をかきあげて体中からアクセサリーのジャラジャラという音を鳴らして答えた。

「で、このお弁当は今日の報酬で、ボクはこれを影猫やジョーズさんたちに持って帰るのさ」

化猫は、影猫たちと共にレッドの所属しているバンドの弟分としてラクーンドッグスというバンドを組んでいる。
変猫が突然、失踪してしまって以来、二人だけのバンドになってしまったが、何だかんだレッドとはここ最近付き合いがある。

「あ、そうなんだ。さすがだね。化猫」
「フフン。ボクは内面もカッコイイのさ♪」
「僕は"黒猫"のお弁当屋さんなんて名前だからてっきりBC団の店なのかと思ったよ」

レッドの言葉に、レジ打ちの改造猫達の動きがぴたりとその瞬間に止まったのだが、
隊員達は化猫の方を見ていたので、残念ながらそれに気付くことはなかった。

「か、考えすぎなのさ。じゃぁ、クロネコヤマトもBC団と関係してるっていうわけ?
違うよね~? 単なる偶然の一致、レッドが深読みしているだけなのさ。…そ、それじゃっ!」

化猫はそう言うと、猫猫と同じような作り笑顔をして足早に弁当屋を出て行った。
隊員が化猫の様子がおかしいと思おうとしたのも束の間

「……できた、これ、持ってく」

と、ビニールに入った弁当を獣猫が横から突き出すと、隊員達はすっかり弁当の方に気が行ってしまった。
レッドは弁当を受け取り、「真面目に働いてよね」とだけ獣猫に念を押して店を後にした。
隊員は今回も自分達が帰るなり、改造猫達がこれまた大きく、また同時に安堵の息をついていた事には気付かなかった。

















ブラックキャット団首領、ウィックは幹部タイガーアイに手渡された資料を見ながら彼の報告を聞いていた。
報告は、掻い摘んで言えば計画が順調に進んでいるという内容だったのだが、彼の表情はあまり良い物ではなかった。

「……以上が、弁当屋の運営によって我が組織に入る利益となっています」
「本当に成功するのか……?」

タイガーアイは、務めて冷静に報告する事だけをやろうとしていたが、内心ではウィックの浮かない表情に若干焦りを感じていた。
資金不足なBC団のために計画されたこの弁当屋の運営作戦。しかし、実現にはウィックのポケットマネーが必要だった。
そこで、タイガーアイが必死に説得し、こうして彼のポケットマネーの50分の1を引き出すことが出来たのだが……
彼の金への執着はあまりにも絶大なようで、利益が倍になって帰ってくる見込みだというのに、未だその事を密かに引きずっているのだ。

「ウィック様、ご安心ください。このタイガーアイが必ずやウィック様から頂いた資金を何倍にしてお返しいたします」

最後に、タイガーアイは精一杯の気持ちでウィックを安心させるためそう言うと、
ウィックは彼にふっと目線を向け、小さな声で呟いた。

「……頼んだぞ。タイガーアイ。お前だけが頼りだ」

その言葉を聞いて、タイガーアイの中にむくむくとやる気が沸いて出てきた。
自分の中で唯一の存在であるウィックから認められる事が何よりもタイガーアイの幸せなのだ。
だからこそ、必ずやこの計画を進めなければならない……。


タイガーアイは、弁当屋に寄る前に自分の部屋に一旦戻った。
彼の部屋にはただ一台のパソコンと、デスクが置かれているだけだった。
いつも食事は適当にしているし、睡眠はウィックの部屋の前で万が一の時に備えて片足を立てたまま行っている。
彼は余計な物は置かない主義だった。このパソコンも弁当屋の連絡に使うためだけにここに持ってきただけなのだ。
当然、今の彼はネット上のやらしい動画などを見たりもしない。彼の関心はBC団の繁栄とウィックからの賞賛だけだ。

メールボックスには『緊急! タイガーアイ様へ』という件名のメールが入っていた。
中を開くと、猫猫からであることはすぐに判った。何故ならば文字にも語尾にニャを付けているから……。



今日の昼過ぎに突然OFFレンがやって来ましたニャ!
作戦は気付かれていないようですが、ヤツら、ちょっとこの弁当屋を怪しんでいるみたいですニャ!
とりあえずオレ様たちは適当に誤魔化したんでご安心下さいニャ。

PS. 本当に日給300円いただけるんですよニャ…?



タイガーアイはメールを見るなり、眉間にしわを寄せた。
まさかオープン初日にOFFレンがやって来るとは、偶然か、それとも感づかれたのか……。
タイガーアイは苛立ちながら強く爪を噛んだ。絶対に失敗する訳にはいかない。まして赤字になってしまっては……。
すぐさま彼は、キーボードの隅にある『S』の文字を叩く。と、しばらくして彼の前にスッと人影が現れた。

「お呼びでしょうか。タイガーアイ様」

そこに現れたのは、OFFレンジャーにスパイとして送り込まれたカメレオン型改造猫カオン。
OFFレン隊員が改造された姿なので、腕の携帯型PCからそのまま転送装置を使ってやってきたのだ。

「OFFレンジャーが、BC団直営の弁当屋に現れた。感づいた奴がいるのか」
「いいえ、今の所は誰にもブラックキャット団の計画はバレてはいないと思いますが」
「では、何故OFFレンは弁当屋に現れた!」

タイガーアイは怒鳴るような声でカオンに向って尋ねた。
カオンは、何故タイガーアイがここまで苛立っているのか判らず面食らってしまったが、
弁当屋と言えば恐らくレッド達の行った弁当屋には違いない。彼は事情をタイガーアイに説明した。

「……と言う訳で。偵察のためにそちらに向ったのではないかと」
「フン。紛らわしいことをしてくれる物だ。では、計画はバレてはいないんだな」
「勿論です。仮にバレそうになれば、おれっちが違う方向へ上手く誘導しますよ」

カオンは黄色い爪を見せながらチロチロと舌を出し、悪者らしい不敵な笑みを浮かべた。

「……なら良い。俺も一安心だ。やはりOFFレンにスパイを置いて正解だったな」
「はっ、今後も何なりとお申し付け下さい」

跪くカオンを見ると、タイガーアイの怒りもすっかり遠くへ飛んでしまい、
安心したように彼は大きく息を吐いた。

「では、ついでだ。何か他に目新しい情報はないか?」
「はい……些細な事ですが、オオカミ軍団に新入りが入ってきたそうです」
「新入り?」
「東大の若者らしく、悪の組織に入りたがっていて、オオカミ軍団にやって来たと」
「……ふむ」

タイガーアイの脳裏にふと名案が浮かんだ。優秀な人材が欲しいのはどこも同じ。
特に今、タイガーアイが求めているのは、確実に弁当屋を成功させBC団の運営資金を作り出すことなのだ。
上手くやればあそこで働いている改造猫よりも良い働きをするに違いない。彼の口元は徐々にニヤ付いていた。

「カオン」
「はっ」
「ご苦労だったな。また何かあればすぐに報せてくれ」
「了解しました」

カオンは頷くと、すっと立ち上がり、その姿をカメレオン同様に変化させた。
そこに立っていたのは同じ緑色でも、OFFレンジャーのグリーン隊員。

「お前をスパイとして改造してやはり正解だったようだ」
「ありがとうございます。おれっちもブラックキャット団の一員になってから毎日楽しい日々ですよん♪」

ペロッと長い舌を出してグリーンは、ニッコリと笑うと、「おっといけない」という風に舌を元に戻した。
タイガーアイもその姿を見てほくそ笑み、部屋を後にしようとしたが、ふと足を止めるとカオンの方へ振り返った。

「……しかし、どこからそんな情報が手に入るんだ。オオカミ軍団のスパイと情報交換しているのか?」

グリーンは、微笑んだままゆっくりと首を振った。

「いえいえ、便利なおバカがいるものでしてね」

挿絵














『あ、レッド? オレだよオレ。エコ。あのさぁー。ビックリしないで欲しいんだけどー。オレ、先輩になっちゃったんだよねー。へへー。 東大って学校知ってる? そこの子なんだー』

お弁当を食べてる途中のレッドは渡された受話器から聞こえてくるエコの話をつまらなさそうに聞いていた。
どうやら、エコに東大生の後輩が出来たらしく、それを自慢したくてしかたないのか、
さっきから隊員一人一人に電話で自慢してまわっているのだそうだ。

『しかも、オレ、エコ先輩って呼ばれてんだ! すごいだろ。羨ましいだろー。
あ、そうだ。今度そっちに連れてってやるからさ、何か美味しいもの用意しといてよ。頼んだよ~』

レッドが相槌すら打たないまま、エコは電話を切ってしまった。
かと思うと、すぐさま電話がかかってきてブルーを呼ぶように催促された。いつものクセで切ってしまったようだ。
嫌々、ブルーが電話口に出ると、また同じように自慢するエコの調子に乗った声が聞こえてくる。

「はー、わざわざ自慢しに来るんだから、迷惑なヤツですよねぇ」

そこへやってきたグリーンは何故か嬉しそうな顔でレッドの肩をポンと叩いた。

「ホントだよね。せっかく、人が食事中だったっていうのに……。
でもま、中断されてイライラするような味でもなかったけどね」

レッドは口の端についたご飯粒をつまんでひょいと口に放り込んだ。
実際の所、あそこのお弁当の美味しさは中の下。ご飯も具も全てが安っぽい。
もちろん、食べる分には不満がないし、価格もまぁ手頃だろう。だが、何かが足りないのだ。

「ま、良いんじゃないんですか。無意味な自慢のおかげで良い事が聞けましたし」
「いいこと……?」
「オオカミ軍団に入ろうとする若者を阻止しなければ。そうでしょう?」
「あっ!」

レッドはすっかりエコの中身の無い自慢を聞かされて脳みそが麻痺していたらしい。
グリーンの言葉が隊長の頬をパチンと叩いてくれた。そうなのだ。今こうしている間にも、
一人の若者が悪の手に堕ちようとしているのだ。しかも、将来の日本を担う優秀な若者である。
正義の味方として、みすみす放っておくわけにはいかない。おまけにエコを調子に乗らせてもいけない!

「そうだよ。さっそく、オオカミ軍団に乗り込まなきゃ!」
「えぇ、そう思って、隊員達には既に準備をさせていますよ」
「あ、そ、そうなの。じゃ、話は早い! 早速乗り込むぞー!」

グリーンはニッコリ笑ったまま、張り切るレッドを見つめる。
これもすべてはタイガーアイからの命令。OFFレンがオオカミ軍団から若者を離した隙に、
向こうで待機させている改造猫達が連れ出し、その頭脳を生かしてBC団に尽くしてもらうのだ。

「隊長、みんな準備できましたよ」

隊員達が武器を携えて廊下に集まってくる。
まだ電話をしているブルーには、ホワイトが一発蹴りをいれて武器を取りに走らせた。
しばらくして彼が戻ってくると、レッドはビシッと人差し指を玄関の方に向けて叫んだ。

「今日は久々のバトルだ! ぐるぐる戦隊OFFレンジャー出動!」
「おー!」

一斉に声を上げる隊員達。グリーンは思わず長い舌が出そうになり、ハッと口を抑えた。
しかし、皆、レッドの方を向いていたので気付く者は誰もいなかった。

















「何だって!?」

合格の結果を報告したホランは、唖然とした顔で黒末を見た。
なんと、彼は今になって突然「辞退したい」と言ってきたのである。

「いきなり困るな。キミは十分吟味した上でオオカミ軍団を選んだんじゃないのかい?」
「それはそうなのですが……社風、いやこの場合は組織風ですか? 見学して団員の方々とお話したんですが、
それらを総合してみた結果、どうもワタクシと合わないのではないかと思いまして……」
「……エコ。キミは一体、どんな案内をしたんだ?」
「お、オレ、普通の案内しかしてないです!」

ホランに目を向けられたエコは、ブンブンと首を振って否定したが、
一部のオオカミの目は明らかにエコが何かやったに違いないと言う目をしていた。

「良いかい? これは、普通の会社の採用とは訳が違うんだ。悪の組織の場合、ほぼ確実に入団するつもりで受けてもらわないと」
「それは確かにそうかもしれませんが……」
「優秀なキミでも悪の組織の就職対策は不十分だったようだな」

腕組みをしたホランが皮肉を込めてそう言うと、黒末はその言葉の前に深く頭を下げた。

「……まったくその通りだと思います。悪の組織の入りたさのあまり業界研究が甘かったと言わざるを得ません」
「悪の組織とは言え、この業界はある種の礼儀という物があるんだ。酷い組織なら有無を言わさず改造・洗脳されている所だ」
「申し訳ありません」

あくまでも丁寧に誤る黒末の姿を見ると、ホランは大きく溜息を付いた。
こんな所でもしっかりと後始末を適切にこなそうとする彼を見て、これ以上責め立てた所で無意味だと思ったのだ。

「まぁ、良い。キミの人生だ。その代わり、後で再入団したいと言ってきてもそうは行かない事を理解して欲しい」
「ホラン様!いくらなんでもそれは勿体無い!」
「戻ってくるならそれはそれで水に流しましょうよ」

ザコオオカミ達から甘い言葉が投げかけられ、ホランはオオカミらをキッと睨み付けると、
オオカミ達はその目の前に耳を垂らしながらしゅんとした。ここ数年あまり見せていない、ホランの“悪”の顔だった。

「ダメだ。中途半端な態度では、オオカミ軍団の一員はおろか、悪人も務まるはずはないんだ」
「ホラン先輩、オレもそう思います!」

オオカミ達は一斉にエコを見た。ヘラヘラしながら、カッコイイ先輩を眺めている当の本人は、
何故か全てのオオカミ達が自分の方を見ているので、何か顔についているのだろうかと、頬を両手で撫でていた。

「……どうもご迷惑をおかけしました。別な組織にお世話になる事に致します」
「だったら、ウチに来ないかニャ~?」

頭を上げてその場を後にしようとした黒末の前に、BC団の猫猫と写猫が現れた。二人とも弁当屋の格好のままだ。

「オオカミ軍団なんて辞めてウチに来たほうが100万倍幸せになれるニャ~?」
「ホントホント。楽しいって感じ~♪」
「あの、失礼ですがあなた方は……?」

猫猫達はバッと弁当屋のエプロンと帽子を脱ぎ捨てた。額に輝くBC団員の証、赤と黄色の逆三角形模様。
改造猫の証であるベルトに光る猫のバックル、鏡のバックル。彼らは腰に手を当て、ポーズを決めた。

「我らはブラックキャット団!」
「……ブラックキャット団?」
「首領ウィック様を筆頭に改造猫達で構成されたオオカミ軍団よりもずーーっと本格的な悪の組織だニャ!」
「そうそう。こんなバカな猫もいないしね」
「ほ、ホラン先輩をバカにするなぁー! 先輩はすっごく頭良いんだぞ!」

写猫の言葉に怒りを露わにするエコだったが、ホランと黒末を覗く全ての人間が、
「お前だよ……」と心の中で突っ込んだことは言うまでもない。

「ま、とにかく。オオカミ軍団なんかに入らなくて正解だと思うニャ」
「はぁ……」
「この前はここら一体から金品を盗んだニャ。……オレ様は関わってないけどニャ」
「凄い! 大規模な犯罪じゃないですか」
「せっかくだから、ウチに来るって感じ?」
「よろしいんですか!」

黒末は目を輝かせて改造猫達の話に食いついていた。心変わりの早さはさすが若者。

「しかも、幹部のタイガーアイ様からじきじきに試験内容を頂いてるニャ」
「幹部の方からですか! どんな内容なんでしょう?」
「今、作戦の資金調達のために弁当屋をやってるって感じ。君にはまずそこの運営をやってもらって……」
「やっぱり、悪いこと企んでたんじゃないか!!」

ただでさえゴチャゴチャしているオオカミ軍団のアジトにさらに大人数の猫が現れた。
そう、もちろんみんなのぐるぐる戦隊OFFレンジャーである。

「ニャニャァ!? OFFレンジャー!」
「そこのあなた! 東大なのに悪の組織に入っちゃうなんて勿体ないよ!」

ビシッと黒末に指差すレッドだったが、彼は冷ややかな表情で隊長を見た。

「学歴だけで将来を決められたら適いません。東大だろうが中卒だろうが、自分の人生を決めるのは自分だけのはずです」
「う、確かに!」
「一瞬で言いくるめられてどうするんすか……」

弱気になるレッドを押しのけて、ブルーが説得を試みようとしたが、既に、黒末と改造猫達の姿はそこにはなかった。

「ささ、早速試験を受けて見るニャ。きっと君だったら合格するニャ」
「頑張ります!」

振り返ると、猫猫達に背中を押されながら軽快な足取りでアジトを出て行く黒末の姿があった。
正義の味方として悪人を増やしてはならない。隊員達もすぐに彼らを追いかけた。
オオカミがひしめくこの廊下だが、わずか数分の間に何十人物人間が入って、出て行くと、何故かこの場所も淋しく思えた。

「あれ……? ホラン先輩どこいったんだろ」

OFFレンが去っていくと、真っ先にエコがホランの姿までなくなっていた事に気付いた。
当然、彼の事だから愛しの彼と共に楽しい時間を過ごしている。オオカミ達のいる場所から少し歩いた所の空室に二人はいた。
……と言うよりも、グリーンを見つけるなり、ホランがここに連れ込んだのである。半ば強制的に。

「グリーン……グリーン……」
「ちょっと、辞めてくださいよ。もう!」

ホワイトタイガーのくせに、熟したトマトのような赤い顔をして、グリーンに抱きつくホラン。
さっきまでのキリッとした様子から一辺、すっかり甘~い態度でグリーンの匂いを嗅いでいる。

「……あぁ……グリーンの匂いがする」
「当たり前でしょうが」
「……キスして良いかい?」
「ダメです」

グリーンはイライラしていた。こんな事をしている場合じゃないのだ。
早くOFFレンやBC団のいる弁当屋に行かなければいけないのに……。

「……ちゅ……」
「あぁもう! 何やってるんですか!」
「フフ、照れてるグリーンも可愛いね。ますます胸が高鳴るよ……」
「離してくださいよ! あなたの相手している場合じゃないんですからっ」
「ヤキモチ作戦か……グリーンが恋の駆け引きなんて……大丈夫。そんな事しなくてもオレはキミ一筋だよ」
「だーかーらぁ……」
「何故ならば、オレは地位も金もあるが、それ以上にグリーン、キミの事が大切なんだからね……」
「(……金?)」

ふと、グリーンの脳裏に良いアイディアが浮かんだ。そうなのだ。
今まで、邪険に扱っていたホランだが、スパイの立場になってみれば、これほど利用価値のある男はいない。
金も地位もあるだけではない。この男は自分の言う事ならば無条件で何でも聞いてくれるのだ。
今まで利用しなかったのが嘘のような都合のよさじゃないか。稲妻が脳天に突き刺さった様な衝撃だった。

「……ちゅ」
「!!!」

グリーンは、ホランの唇に自分の唇を押し付けた。ホランの全身の毛が驚きで一瞬逆立った。
そしてすぐに、グリーンは興奮で震える腕でグリーンの体をぎゅっと抱きしめる。
どれくらい時間がたっただろうか、グリーンは唇を離すと、半分夢心地の真っ赤なホランの顔が目に入る。
完全にホランの心を掴んだ。グリーンは確信した。

「ぐ、グリーン……今日のキミはずいぶんと積極的だね……」
「だって、私、ホランの事、すっごく好きなんですもん」
「あぁ……グリーン……。お、オレも……キミのことを……」
「ねぇ、ホラン。ちょっといいですか?」

グリーンは上目遣いに甘える女の様な目をしてホランを見た。

「な、なんだい……」
「ホランは、私のお願いなら何でも聞いてくれますよね?」
「もちろんさ。愛するグリーンのためなら何だってしてあげるよ……」
「じゃぁ……毎月、1000万円私にください」
「1000万!? そんなにたくさん……」

グリーンは、トドメとばかりにホランの口を塞ぐように再度彼に口付けした。
あくまでこれは任務のためだと思うと、冷静な態度で行うことが出来た。
たかだか、唇を数秒間くっつけるだけではないか。そこに意味が無いと思えば意味はないのだ。

「ん……」

ホランはグリーンの体を抱きしめてそっと目を閉じたが、その瞬間、グリーンは顔を離した。
彼は物足りなさそうな顔をした。攻めるなら今しかない。

「ね、お願いですホラン。1000万くださいよぉ。だぁ~いすきなホ・ラ・ン♪」

ホランはその言葉に、グリーンがどこまで赤くなるのかと不思議に思うほど赤面し、ゆっくりと頷いた。

「……わ、わかった。キミのためなら1000万なんてはした金だからね」
「ありがとうございます!」

グリーンが笑顔で抱きつくと、ホランも相当興奮しているのかブルッと震えた。
これでBC団の資金源はどうにかなる。ウィックもさぞかし喜ぶだろう。ひとまず作戦は成功だ。

「あと、他にも色々お願いがあるんですけどぉ……聞いてくれますか?」
「あぁ、いいとも。で、でも、その前にもう一回……」

ホランは再びグリーンにキスを求めているのかそっと目を閉じる。完全に堕ちたと思った。

「フフ……。一回とは言わず、何度でもしてあげますよ? キスくらい」

グリーンは長い舌をチロチロとさせながら、利用されるだけの愚かな男に向ってニヤリと笑みを浮かべた。














OFFレンが弁当屋にたどり着くと、ドアには『臨時休業』の立て札がかられていた。
ガラス越しに中を見ると店内は消灯されていたが、奥の厨房にはかすかな明かりが灯っている。
とりあえずドアをこじ開けようとするが、しっかりと施錠されているためビクともしない。

「たぁー!」

愛護の手段とレッドはスターヨーヨーを思い切りガラス戸にぶつけた。
しかし、特殊なガラスを使用しているのか、ヨーヨーは、冷たい金属音を立てていとも簡単に跳ね返されてしまった。
裏口にも回って見るが、同様に硬く施錠され扉も正面同様に特殊な素材で出来ているのかビクともしない。
さすがブラックキャット団。あらかじめこういう場合を想定して設計を行っていたようだ。

「困ったな。手も足も出ないってこういうことを言うんだねぇ……」
「レッド、ボキャブラリーを実体験している場合じゃないですよ」
「そうっすよ。こうしている間にも、日本の将来を背負う優秀な人材が悪に染まろうとしているんすから」
「でも、これじゃぁどうやっても入れないでしょ。地下から入るにしてもきっと土台に何かやってると思うよ」

隊員は一様に腕組みをして「う~ん」と唸った。蟻んこ一匹入れない要塞(弁当屋だが)にどうやって侵入するか。
爆破という手もあるが、こんな人の行き交う駅前で爆破なんかしたら、
下手するとOFFレンはこの年で相当の損害賠償をしなければならなくなるだろう。

「シェンナ、ヒラメ板!じゃない。ひらめいたですー!」

隊員の中で最も柔らかい茶色の脳細胞を持つシェンナ隊員が、
暗雲立ち込める隊員達の心中を晴らしてくれるかのように元気良く挙手をした。
すぐさま横にいるクリームが、変な事を言った後の対処をするべくそっと彼女の背後に廻る。

「じゃぁ、シェンナ。良い意見頼むよ」
「ですー。困ったときの神頼みってよく言いますよねー?」
「うん、よく言うよね」
「ここはお弁当屋さんですー。だからここはお弁当の神様にお願いしてみるですー!」
「なるほど!」

レッドはポンと手を打ったが、すぐにある疑問にぶち当たってしまう。

「……でも、お弁当の神様なんてどこにいるの?」

そりゃそうだろと言う顔で隊員達はレッドを見る。お願いするにもお弁当の神様なんてどこにいるのか。
しかし、シェンナは既にそんな反応を予測していたのか「フッフッフですー」とこれ見よがしな笑い方をして、

「そ・こ・で、困ったときのOFFレンボックスですー!」

と、OFFレンボックスの補完係、ブルー隊員を指差した。

「あ、そうか。OFFレンボックスって手があったね」
「ここ最近、使ってないからすっかり忘れてたっすよ。んじゃ……」

ブルーはボックスを地面に投げつけると、「マジック! お弁当の神様!」と叫んだ。
突如、ボックスの中から白い煙が噴出し辺りを包む。煙の向こうに薄っすらと後光の差すお弁当の神様の姿が見えた。
それは、真四角で見るからにお弁当箱そのもの。細長い手足が生えており、手には先っぽに『弁』の文字が付いた杖を持っている。
どこかの五流のイラストレーターが「とりあえず弁当に手足でも生やしとくか」と、やっつけ仕事で作ったかのような御姿だ。

「あれが、お弁当の神様?」
「ですー」
「じゃ、隊長。できるだけ情に訴える感じでお願いしてください」
「OK。任せて!」

レッドは手を合わせて、早速お弁当の神様にお願いを始めた。

「お弁当の神様、このお弁当屋さんの中にいる生き別れのお弁当に合わせて下さいな。
腹違いで生まれて、7つの時から離れ離れになってしまったお弁当に合わせて下さいな」

お弁当の神様の後光がいっそう光り輝き、隊員達を包んだ。

「ヨ~イ~マ~ウ~ハ~ウ~ト~ン~ベ~!」

お弁当の神様の呪文が聞こえたかと思ったのも束の間、気が付くと隊員達は弁当屋の中にいた。
頭上にはお弁当の神様がふわりふわりと浮かんで、隊員を見守ってくれている。

「ニャニャニャ、なかなか、君は筋が良いニャ」
「ありがとうございます!」

隊員達はそろりそろり足音を立てないように厨房へと向った。
中を覗くと、台の上に並んだたくさんお弁当箱、そしてその中に具材を入れている黒末の姿があった。

「さて、次はスタミナ弁当だニャ。これは価格が高めであまり売れていないニャ」
「ワタクシ、5歳の頃に暇つぶしで栄養学を少しかじってたんですが、やはりこの弁当にはきんぴらごぼうが良いでしょう。
栄養面が良いからこそ、この価格だという事をアピールすれば、次第に売れ行きも好調になるのではないかと」
「はぁ、さすがだネ」
「ありがとうございます」

どうやら、黒末の優秀な頭脳を使って経営戦略と商品開発を行っているらしい。
このまま凄く美味しいお弁当を開発されてしまっては、BC団が栄えるばかりだ。
何とか阻止しなければいけないが、とにかく、今は様子を見るしかない。

「じゃ、最後はコロッケ弁当だニャ~」
「これ、マズイ」
「そうなんだよ。だから全然売れないって感じ」
「コロッケですか……ワタクシ、一応、書籍化されている料理のレシピは全て頭に入っているので、作れない事は無いですが」
「おぉ、頼もしいニャ!」

そんなこんなで黒末がコロッケを作り始めると、隊員達は集まって会議を始めた。
全員一度倒した敵とは言え、改造猫。下手すれば返り討ちに会う可能性もある。
おまけに黒末という人質までいる。下手に動けば最悪の事態を招くかもしれないし招かないかも。

「困ったなぁ。困った」
「困ったときの神頼みですー」
「それだ!」

小声でも元気なシェンナの声に隊員一同もひらめいた。
隊員達は手を合わせて頭上に浮かぶお弁当の神様に頼み事を始めた。

「お弁当の神様、あそこにいる改造猫達の悪事をやめさせてくださいな。
そして、あの悪の手に堕ちようとする青年を正しい道に導いてくださいな」

お弁当の神様の後光が眩しく店内を照らした。さすがに改造猫達も様子がおかしいのに気付き、
厨房から飛び出し、その場でしゃがみ込んで手足の生えた弁当箱に手を合わせているOFFレンジャー達を見た。

「ニャァーッ! そこで何やってるニャー!」
「お弁当の神様助けて!」
「ウ~ト~ン~ベ~チ~ウ~ノ~ク~マ!」

お弁当の神様が呪文を唱えると、突如、台の上に置かれた弁当箱達が改造猫達に襲い掛かってきた。
ある弁当箱は改造猫に体当たりをし、またある弁当箱は中の具を目に当てて痛めつけたり……。
たかが弁当、されど弁当で、改造猫達もてんやわんやの大騒ぎ。

「あだっ! いだっ!」
「ニャァーッ!何するニャー!」
「痛い、痛い、やめる、痛い」
「俺の目に当てるなヨー!」

しばらくすると、改造猫達はすっかり弁当箱の攻撃に参ってしまったらしく、
床の上に転がったまま、手足をぴくぴくと動かしながらのびてしまっていた。

「そこの青年さん。悪い事は言いません。その優秀な頭脳を世のために活かして下さい」

とうとう、残ったのは黒末ただ一人。彼は揚げたてのコロッケを箸で掴んだまま、隊員達を見ていた。

「い、嫌です! ワタクシの優秀な頭脳を、そんなちっぽけな事に使うなんて出来ません!」
「だからって、悪の組織に入ることはないでしょう」
「ワタクシの頭脳は、世界を征服するに値する優秀さなんです。世界一の企業に入って社長になったって、
世界を征服することなんて出来ないでしょう! どうせ、2、3の小国を裏から操る程度です!」
「悪の組織以外にも、もっと別な形で世界征服が出来るかもしれないじゃないですか」
「そんな事できませんよ!」

黒末は揚げたてのコロッケを隊員に向かって投げつけた。
レッドは間一髪の所でさっと避けたが、後方にいたお弁当の神様にぶち当たってしまった。

「あーっ、レッド。お弁当の神様をコロッケまみれにして、罰があたりますよ」
「ご、ごめんなさい。お弁当の神様!」

お弁当の神様は、再び後光を眩しく光らせた。かと思うと、神様は初めて言葉を発した。

「……黒末よ」

神様は50手前のダンディなオジサマ。という感じのかなり渋い声だった。

「私は、弁当の神だ」
「神様!?」

黒末は手にしていた箸を放り投げて弁当の神にの前に手を付いた。

「あ、あなたが神様ならば、教えてください。ワタクシは何のためにこの優秀な頭脳を持って生まれてきたのですか。
そんなワタクシのこの優秀な頭脳を最適な形で活かすにはどうすれば良いのでしょうか」
「教えてやろう……」

弁当の神は黒末の前まで降りてくると、子供に言い聞かせるようにゆっくりと語った。

「お前はコロッケを作るためだけに生まれてきたのだ」
「何ですって!?」

隊員達も思わず、「えぇっ!?」と声を出しそうになった。

「お前の優秀な頭脳は、美味しいコロッケを作らせるために神が与えたのだ。
だからこそ神は申された。“汝、コロッケを愛せよ”」
「こ、コロッケを作る!? そのためだけに優秀な頭脳を与えたですって!?
じゃぁ、ワタクシはただコロッケだけを作って人生を終えるのですか?」
「いいや……」

お弁当の神様はゆっくりと首(?)を振った。

「お前の作ったコロッケはあまりの美味しさにその名を世界中に知らしめる。
そして、その美味しさで世界中の人々を虜にし、心を安らかにさせる。それによって戦争や紛争に始まり
領土問題、犯罪、貧困、暴力、夫婦ゲンカ、姑の愚痴、ダメ上司、共産主義、薄毛、その他諸々の悪を地球上からなくしてしまうのだ」
「そ、そんな凄い……!」
「さらに、お前はノーベル平和賞を受賞し、世界中に記念館が建てられる。お札の肖像にもなる。
世界での認知度が100%になり、世界は黒末を中心とした一つの国家となり、最終的には地球が黒末という名に改名されるのだ」
「では、ワタクシは……遠い未来、世界の頂点に立つ者になるのですか」

弁当の神様は大きく頷いた。

「そう、すべて8ヵ月後の話だ」
「結構近かった!」
「よいか、黒末。お前の人生はチビコロッケに始まりジャンボコロッケに終わるのだ。
神から与えられたその頭脳を活かし、立派にコロッケ職人としての人生を歩むが良い」
「は、ははーっ!」

黒末はお弁当の神様に向ってひれ伏すと、お弁当の神様は満足したように頷き、光の中へと溶けていった。
神様がいなくなると、黒末はまだ興奮しているのか野心的な目をギラギラとさせながら、員達に向って手を付いたまま頭を下げた。

「あなた方のおかげです。ありがとうございます。これでワタクシの頭脳を一番良い形で活かす事ができます。
まさか、自分がコロッケを作るためだけに生まれたなんて思わなかった。全て判ってとても清々しい気分です!」
「はぁ……」

そんなもんかな。と隊員は思った。頭の良い人の考える事はよくわからない。

「でも、どうしましょう。コロッケを作るにしても、どこに就職すれば良いのか……。
悪の組織じゃ、コロッケは作れないだろうし。皆さん、どこか良い所知りませんか?」

黒末の言葉に、レッドはハッと思い立つことがあった。
レッドはニッコリ笑って、任せろと言わんばかりに胸を叩いた。

「君にちょうど良い所知ってるよ!」












──それからが大変だった。隊員達が協力して、なんとか他の弁当のおかずを店長さんに教え、
アルバイトの人も皆で見つけて来たり、ビラを配って宣伝したりしたおかげで、二日後には『まんてん屋』は正常運営を始める事ができた。

「OFFレンジャーの皆さん、本当にありがとうございました」

店員さんは涙を浮かべながら、何度も隊員達に頭を下げて喜んでくれた。
正義の味方として、感謝されるのはとても嬉しいことだ。思わずレッドも貰い泣きするか思った。

「これからは、私が一人でがんばってやっていきます。皆さんにこれ以上ご迷惑はかけられませんからね」
「その調子ですよ」
「これからも美味しいキュー飯弁当作ってくださいね」

グリーンの言葉に隊員は、一瞬言葉を失う。キュー飯弁当はすぐさま販売中止を提案していたのだが、
彼の猛反発で販売は継続された。と言うよりも、グリーン専用に販売を続けられたと言った方が正しい。

「なんてったって黒末さんのコロッケ弁当があれば、今の倍は繁盛するのは約束されたような物だしね」
「もう倍繁盛してるんですよ」
「え?」
「実は、この近くの雑居ビルにテレビのエキストラ事務所が入る事になったそうなんです。
そこで、ロケ用のお弁当をウチが作る事になって。明日から毎日300個作るんです。 私、もうビックリしちゃって」
「明日はコロッケ弁当なんですよ。だから、私も美味しいコロッケを作るために研究している所なんです!」

黒末青年も厨房からはち切れんばかりの笑顔を覗かせた。実にイキイキとしている仕事ぶりであることが窺える。

「これはお礼です。コロッケ弁当。と、キュー飯弁当」
「わぁ!」

OFFレンのみんな(グリーンを覗く)は、早速コロッケ弁当を買って食べてみたが、
ほっぺが落ちるという言葉の意味を人生で初めて肌で経験する事になった。衣のサクサク加減、
ジャガイモのホクホク感に加え、中のお肉の肉汁がじわりと口の中にしみ込む。心も体も満腹になりそうなとんでもない美味しさだ。
本当に近々、地球は黒末に改名されるかもしれないと隊員達は思った。

今の所、まだ大人気という所までにはなっていないが、日を追うごとにコロッケ弁当の売り上げが伸びているだけでなく、
口コミでじわじわと広まりつつあるようで、コロッケ弁当がこの店の大人気弁当になる日も近いだろう。

ぐるぐる戦隊OFFレンジャーはこれからまた心機一転頑張ろう。コロッケを齧りながらそう思う隊員達であった。















「……さすがだなカオン。まさか、こうも早く資金源を見つけてくるとは思わなかったぞ」

BC団幹部タイガーアイは、トランクにぎっしり詰め込まれた1000万円を見ながら、喜びを隠し切れない様子でカオンに目をやった。
カオンは長い舌で、キュー飯弁当を掴み、口に入れると、これまた同じように幸せそうな表情を浮かべた。

「当然ですよ。おれっち、悪者になってもOFFレンジャーの元隊長なんですからね~」
「……これで俺もウィック様に良い報告が出来る」

ニヤリほくそ笑むタイガーアイ。またも自分の計画が上手く行った事に満足していた。
幹部となり、結果を出し、そしてウィックに認められる。それこそが彼が唯一の幸せな瞬間なのだ。

「では、これからもスパイとしてBC団に尽くしてくれるな。カオン」
「勿論です。おれっちがいれば、OFFレンなんて既に負けているようなもの……」

カオンは最後のキュー飯弁当を飲み込むと、すくっと立ち上がりニヤリと微笑んだ。

その時、せっかくわざわざやり直してカッコつけたカオンの苦労を打ち消すかのように、
パソコンから電子メールが届いた。猫猫からだった。要約すれば「OFFレンの弁当屋に負けてます!」という内容だった。
タイガーアイはすっかり、弁当屋の存在を忘れていたことに気付いた。
しかし、資金集めのための弁当屋よりももっと良い金蔓を見つけた今となっては、逆に店舗運営なんて無意味にも程がある。

『資金集めはもう解決した。お前達は用済みだから勝手にしろ』

タイガーアイはそれだけ打ち込むと、すぐにメールを送信した。その後、何通かメールが届いたが無視して電源を切った。

「では、タイガーアイ様。怪しまれますので、おれっちはこの辺でOFFレンジャーの本部に戻ります」
「あぁ、任せたぞ」

カオンが去ると、タイガーアイはトランクを持って、部屋を出た。
早くウィックに金を返して、自分の成果を認めてもらうのだ。幹部として立派に任務を遂行した事を。

途中、鉄製のドアの前に来た時、自分の姿が映った。彼は満足げに幹部の証である頬の赤と黄色の模様を撫でる。
彼の脳裏に、今までの苦労の日々が蘇る。当然、大半は作られた記憶だが、当人がそれに気付く事はない。

「……全て順調だ。見ていろOFFレンジャー。……三度よみがえったブラックキャット団の力をな」












なお、駅前のBC団の弁当屋は運営が厳しくなったせいか、食材を安物にするわ、ご飯をスカスカに入れるわ、オカズは小さくするわといったケチな経営方針になだれ込んでいった。

その結果、あっと言う間に客足は遠のき、猫猫ら改造猫たちは再び路頭に迷ってしまったとさ。

めでたしめでたし。