──これは別世界への旅です。

目や耳や心だけの別世界ではなく、想像を絶した素晴らしい世界への旅。

そこには空間の観念もなければ、時間の観念もない。
無限に広く、又無限に小さく、光と影の中間にあって、
科学と迷信、空想と知識……その間に横たわる世界。

アナタはこれから、Strange Zoneへ足を踏み入れようとしているのです──。



EPISODE.102

『THE STRANGE ZONE』

(挿絵:ピンク隊員)









“自分”と言うものには、4つの種類が存在しています。
自分も他人も良く知っている自分、自分だけが知っている自分、他人だけが知っている自分、そして……自分も他人も知らない自分。

そんな自分達とアナタは出会えるのです。このStrange Zoneの世界で──









Segment.1

「もう一人」







目を覚ますと、違和感を感じた。


朝になれば目を覚まして活動を始めることは至極当然のことで、ここに不審な点はありえない。
しかし正体不明の違和感はやはりそこに居座り続け、ならばきっと何かがおかしいのだろうと結論付けた。
結局のところ違和感の正体はつかめず、何の解決にも至っていないのだがそう考えるより他に仕様がない。
とりあえず身体を起こしてみると布団の外は思いのほか寒く、名残惜しさを感じながらも寝床から這い出した。


洗面台の鏡に向って顔を洗っている時も、歯を磨いている時も、そこはかとない違和感が付きまとった。
何かがおかしいのにも関わらずそれが分からないと言うことは、やはりおかしなことだから何かがおかしいのだろうけど――
そんなことばかり考えていたせいで、口に残った泡を洗い流しても何かが胸につかえたように嫌な感触が残った。
目の下にうっすらと見えるくまを指でそっとなぞってみる。別に意味など無いが、何故かそうしたくなったのだ。
そんな事をしている自分が少しだけ恥ずかしく思えて、誰が見ているわけでもないのに急いで洗面所を出た。


とりあえず何かをお腹に入れなければならないと、普段の習慣から来る一種の強迫観念が働いたので食堂に向う。
昨日買っておいたはずの即席麺を食べようと、乱雑に散らかったテーブルの上を探ってみるがどこにも見当たらない。
朝から調理するのは面倒だからと自腹を切って買ったはずなのに、一体どこに行ってしまったのだろう。空腹も手伝っていよいよ腹が立ってきた。
探している最中に見つけた飴玉を口の中で転がしていると、唐突に耳を劈くような高い音が聞こえた。コンロにかけられた薬缶が放った音だった。
止める人間がいないため薬缶はいつまでも狂ったように鳴き続ける。自分以外の人間が本部にやって来ていることに少々驚きつつも、いい加減煩いので火を止めた。

「ああ」

背後から自分に呼びかける声が聞こえた。振り返ってみて――心臓が止まる思いがした。

「何だ、起きていたのか。ヤカン、ありがとう」

そう言いながら右手を軽く上げた人物は、間違いなく私自身であったのだから。毎日鏡の中に見る人間の姿。決して独立し得ない存在。
未だにその衝撃から立ち直ることが出来ないので仕方がなしにその場に立ち尽くしていると、私の姿をしたその何者かはそんな私の姿を不思議そうに眺めた。
やがて思い出したようにこちらに近づいてくると、湯気の立ち上る薬缶を手にとってさっさと食堂から出て行こうとした。その一挙一動がつくづく私そのものに感じられる。
遠ざかっていこうとするその背中に何か言わなければならないと直感的に悟った私は、考えのまとまらないうちに思わず声を張り上げた。

「どうして、あなたが、こんな――こんなところで何をしているんだ!」

言っているうちに、自分が直面している現状に対する理不尽さに堪え切れなくなった。思いがけず声が裏返ってしまう。
薬缶を持った私は驚いたように振り返り、こちらを見つめたまま何も言い返してこない。居心地の悪い沈黙が流れる。薬缶のしゅんしゅん言う音だけが耳に聞こえる。
やがてその「私」は空いているほうの手をこめかみの辺りにそっと添えるようにして目を閉じた。私が思索に耽るときの癖にそれはよく似ていた。


しかし一体何を考える必要があると言うのか。私という存在がこうしてある以上、目の前にいる「私」は本来存在してはならないものであるはず。
ならば私が何をしているのかと問いただした時点で、お前は私の目の前から直ちに消えてなくなってしまわなければならないのではないのか。さあ、どうなのだ。
そう考え始めるとさらに腹が立ってきた。すでに確立していたはずの自己を否定されたような気分になった。目の前のそれを葬り去ってしまいたくなる。
だがそうするわけにもいくまい。私を私が屠ると言うことは、自分から自己の存在を否定することに繋がりかねない。それはまさに愚なことであり、相手の思う壺だ。
何より外見が自分と寸分違わないような存在を手にかけるだなんて、想像しただけでも気分が悪いし、背徳此処に極めりだ。
何とか殺気を抑えようと必死になっている私を他所に、そいつは呑気な口調で答える。


「そんな目で睨まないで欲しいな。何をしているって? そんなこと、あなたならとっくに分かっているんじゃないのかな。だって私はあなたなんだもの」


言い終えるや否や、そいつはそっぽを向いてさっさとどこかへ行こうとした。その背中に飛び掛ってやろうかなどとも思ったが、薬缶を振り回されたりすれば事なので止めておく。
仕方がないのでそいつの行く先について行くことにする。食堂を出ると、私がついて来ることを予期していたのか、そいつは少し離れた所からこちらを伺っていた。
私がそちらに向って歩き始めると、納得したようなあるいは満足したような表情をしてからそいつは先に立って歩き始めた。それがまた癪に障った。


着いた先は本部のロビーだった。そいつは広い空間の、ソファが添えられた一角に腰掛けると、テーブルに置かれていた即席麺の蓋を開けて薬缶の湯を注ぎ始めた。

「それは私が、私のために買っておいた物のはずなのだけど」

精一杯に不服そうな声を出そうと努めてみたが、そいつはそんなことなどお構いなしの様子で蓋を閉じると、

「私はあなたなのだから。あなたが自身の為に買った物をどうして私が頂けないのかな」

詭弁だ。私はそう吐き捨ててやりたい気持ちになった。一見すれば正論に聞こえなくもないが、お前は根本的なところで大きな過ちを犯している。
先ず第一に、お前の目の前にいる私の胃袋はそろそろ活動を始めたようで先ほどからぐるぐると唸り声にも似た音を立てて空腹を主張しているのだ。
この場合お前の言うような、即席麺に関わる所有権の所在についての議論など飢えた私に通用するはずが無く、ましてや空腹を満たす権利こそあれ、それを聞いてやる義務は無い。
そして何よりお前は私ではなく、私は私であって、それであるが故にお前はお前であってはならないのだ。いいからさっさと消えてくれ、即席麺だけを残して。

「まあそう慌てることもあるまい。そうだなあ、あと3分もすれば食べ頃だよ」

そんなことは聞いていないし、即席麺などというものは湯を注ぎさえすれば殆どが3分のうちに食べ頃になるように作られているだろうに。
お前とこのような問答を繰り返していても何も始まらない。まさに暖簾に腕押し、糠に釘を打つように虚無な時間が流れるだけだ。私は辟易した。
相手のあまりにもふてぶてしい態度を、こうも当たり前のように見せ付けられれば誰だって怒る気力も失せることだろう。
私はあいつの向かいにあるソファにどっかと腰を下ろした。それでも即席麺ばかり見つめるあいつにまた癇癪が起こって、ふんぞり返るような姿勢でもって睨みつけてやった。
待ちきれないのか、向かいに座るあいつはしきりに貧乏ゆすりをしていた。それがあまりに酷い揺れようなので、麺の載せられたテーブルさえも微かに動いていた。
しばらくお互いに何も干渉しない時間が過ぎた。目を開けていると嫌でもあいつの姿が視界に入ってきて、それが冷静になってきた今の頭には非常に不気味なものに映る。
私はたまらず目をぎゅっと結んだ。そのまま顔を手の平で覆い隠し、首をソファに預けて、あいつが繰り返す貧乏ゆすりの音に耳を傾けた。私のそれもこんなに酷かったのだろうか。

「さて、3分経った。早速いただきましょうか」

やがて聞こえたその声につられて頭を持ち上げてみると、あいつはいつの間に用意したのか、右手に割り箸を握って嬉しそうな顔をしていた。
私はこんなにも食い意地の張った人間だっただろうか。ふとそんな疑問が頭を掠めて、場違いにも頬が熱くなってくるのが分かった。
あいつは「いただきましょうか」と言いつつ、私に対しては箸の一つも用意していなかった。最初から私に分け与える気などなかったらしい。
あいつはそんなことに頓着する気配を微塵も見せることなく、即席麺の蓋を開けると威勢よく二つに割った割り箸でもってずるずると麺を啜り始めた。何ていやしい奴だ。
湯気にのって漂ってくる麺とスープの芳香がもどかしい。私は反射反応による結果として口内に溜まり始めた唾液を、物欲しそうにごくりと音を立てて飲み下す。
ああ、私の何といやしいことか。あいつもきっと、そんな私の様子に気付いているに違いないのに全く無視を続ける気らしい。
食べ始めてからというもの一向にこちらを見ようとしない。麺を掬い、吹き冷まし、口に運んで、咀嚼する――。
こちらを見ようとしないくせに、「これは美味しい」だとか「でも、これじゃあ偏食もいいところだな」だとかしきりに呟いているのはきっと嫌がらせのつもりなのだろう。一体何がしたいというのか。
あまりの空腹のためなのか、あいつの口に吸い込まれていく麺の数々をじっと眺めていると、それが自分と重なって見える心地がする。


訳も分からないうちに捕食され、消化されて、誰だか分からない者の血肉と成り果てる。
やがては老廃物として排他される運命にあろうとも、周りに叱責されるのが嫌だから健気で従順なる糧として働き続ける。
社会と言うものはそういう風に成り立っているのかもしれない。気が付けば社会は我々という存在を内包していて、否が応でも自分の都合に良いように私たちを変質させようと迫ってくる。
それに逆らおうものならば社会は彼を追いやって、狂人だの精神異常者だのという負のレッテルを貼り付けて抹殺しようする。逆らわなければ社会は彼を生かし、しかし飼い殺す。
私たちはその大いなる意思と呼んでも過言ではないような存在に気付くことなく、あるいは気付いていたとしてもどうすることも出来ずに、
ただただ一方的に植えつけられた常識の中でもがき続ける。やがて私たちは老いる。言うなれば循環する社会から取り残された濁りのような存在に成り下がる。
社会は濁りを嫌う。間もなく私たちは、この身を捧げてきた社会によって一枚の書類に掏りかえられる。
死亡届と書かれたその紙切れは、社会が社会に都合の良いように作り上げた社会制度に則って私たちの存在を迅速に抹消する。
紙切れと成り果てた私たちは役所の隅の暗い倉庫の中で、ただただ無為に過ぎ行く時間を眺め続けるのみ……

「なんて救いようの無い話だろう。悲観主義もここまでくると尊敬に値する」

いつの間にやら即席麺を食べ尽くしたいやしい私は、それでもまだ食べ足りないと見えて、箸の先を齧りながらそう口を出してきた。勢い余って意地汚い奴だ。
それにしても、どうして口に出してもいないのに私の思考が読み取れるのだろう。それともただ当てずっぽうに言ってみたら偶々前後の脈絡と一致したというだけの話なのだろうか。

「そんなつまらない理由じゃない。私は君だと言っているだろうに。故に私は君の思考などお見通しというわけだ」

なるほど、確かに道理は通っている。だが認めるわけじゃあない。もし認めたとすれば、お前が私である事を認めることにもなってしまうのだから。そんなことは毛頭考えていない。

「まだそんなつまらない意地を張っているのか、いい加減認めたらどうだ。君は内心では認めたがっているのだろう。私には分かる」

分かるものか。私がいくらお前の思考を詮索しようとしても手がかりどころか一向に理解できないことこそ、お前の言う道理が偽であることの反証に足る十分な根拠だからだ。

「それは仕方がないことだよ。だって私は君なのだから。君は君の内面を探して異な物を見つけようと躍起なっているようだけれども、
それらは君に属している以上決して異な物に成り得ないのだからね」

ならばどうしてお前に私の思考が読み取れたと言うのだ。それがお前にとって異な物であったからこそ、お前は私の思考であると判然と理解できたのではないのか。

「それは……」

相手が言い淀んだのを認めると、そこはかとない優越感に包まれた気がした。しかし言い負かした相手が自分であったことに気付くとそれもすぐに立ち消えてしまった。
さらにこの感情の変化の表すことは、私が少なからず目の前の私に酷似した存在を私であると認めていることに繋がりかねないということに気付いたときには、恐怖さえ覚え始めていた。
何とか相手にそれを悟られまいとして目を合わせないようにした。幸いなことにあいつは箸を口にくわえたまま俯いていたので悟られた気配は無かった。


やがてあいつの貧乏ゆすりが再発し始めた。今度はくわえている箸の先をやたらに噛みほぐす動作も付け加えられている。どことなく苛立っているような印象を受ける。
貧乏ゆすりは次第に悪化していくようで、初めは微かに揺れているだけだったテーブルが、今では上に乗せられている即席麺のカップが倒れんとするほどに左右している。
とうとうそれが倒れて、床に落ちてしまったにも関わらず、あいつは貧乏ゆすりをやめるどころか今度は地団太を踏むようにして闇雲に両足で持って床を蹴飛ばし始めた。
箸をくわえている口もすっかり歯茎が剥き出しにされている。しばらく小刻みに震えていた箸は、やがて音も無く食いちぎられてこちらも床の上にひゅうと落ちた。
私は少なからず恐怖していた。先ほど感じたそれとは異質な、もっと本能的な部分が感じ取る類のものだった。目の前の光景は私の日常とはあまりにかけ離れすぎていた。

「お前だけじゃないんだよ」

あいつは口に残った箸の片割れを思い切り床に吐き捨てると、喋ること自体が厭であるかのような非常に苦々しげな口調でそう言った。その響きに、思わずぞっとする。

「私だって、君と同じ感情を抱いているんだよ。まさか自分だけが被害者だ、などと被害妄想も甚だしいことを考えているんじゃあるまいね」

あいつは、何を言われたのか見当もついていない私の様子を察したようで続けざまにこう口を開いた。
相変わらず視線は床に向けられているため表情は読めない。ただ口調だけは軟化したように聞こえた。
それでもあいつが何を言わんとしているのか、私にはさっぱり理解が出来なかった。私が今抱いている感情と言えばお前に対する恐怖と、加速度的に膨らんでいく空腹とだけだ。

「前者は大いに認めよう、むしろ保証したって構うまい。ただ後者についてはどうだって構わない」

お前にとってはどうだって構わないかもしれない。つい先刻に即席麺を平らげたばかりなのだから。しかし私は違う。朝から何も食べていない。
そうやって身体が思い出してしまったがために、急に口の中に分泌される唾液の量が増した気がした。腹からも活発な活動音が絶えず聞こえてくる。空腹が恐怖感を凌駕し始める。

「呑気なものだね。目の前にある非常識な存在に、もう順応してしまったとでも言うのか。全く単純なものだ」

喉を鳴らして唾を飲み込み、腹の虫を放し飼いにし始めた私を見て、あいつはまるで侮蔑したような目でもってこちらを覗き込んできた。急に情けなくなる。
情けなくなって縮こまってしまった自分を想像して、さらにやるせない気分に落ち込む。それを何とか払拭しようとして、いきおい大声を張り上げて虚勢を張る。

「そんなことはどうでもいい。お前だけじゃない、と言うのは一体どういうことなんだ」

少しくらいは恐れをなすだろうと高を括っていたが、あいつは待ってましたとばかりに口元に笑みを浮かべて身を乗り出してきた。私は思わず身を引いた。
しばらく半身を乗り出したままでこちらをじっと見つめてくる。その瞳はあまりに色が無く、透かせば私の顔を映し出せそうなほどの虚無に包まれていた。これが自分だとは到底思えない。

「つまり恐怖の念を感じているのは何も君だけじゃなく、私も同じように君に対して恐怖しているということだよ」

挿絵

あいつは勝ち誇ったような表情をしながらそう言い放った。私にはまたその言葉の意味する所が分からなかった。ただただあいつの不敵な笑みだけが妙に胸の中を落ち着かなくさせた。
あいつは二の句を継がなかった。私の出方を見守っているのか、あるいはすでに勝敗は決しているので動く必要がないということなのだろうか。
いずれにせよ、この沈黙はいたずらに私の焦燥を煽る。

「これの意味するところが分かるかな。――分からないか、そうか」

そう言うあいつは別段失望したような素振りも見せず、どちらかといえば愉快そうな様子でこちらを見つめている。口元の笑みが嘲りの色を含み始めたのは気のせいだろうか。
もしかしたら私はとんでもない失敗をしてしまったのかも知れない。機を逃してしまったが故に、あいつの息の根を止め損ねてしまったのかも知れない。
あいつが箸を噛み切ったとき――「お前だけじゃない」と口を開いたとき。あの瞬間のあいつはすっかり動揺していて、それを覆い隠すためにわざとあんな動作に及んだのではないだろうか。
動揺は心に隙を作る。私はそれを敏感に察知して、あいつをもっと追い詰めてしまうべきだったのではないか。あいつが初めて言葉に淀んだその瞬間、私は一体何を思っていたか――。


優越感に浸っていた。己の詰まらない虚栄心が満たされたような心地がしていい気になっていた。そして次第に恐怖し始めたのだった。
改めて自分の愚かさを思い知った。負けず嫌いの気があると周囲から疎まれ再三注意されていたにもかかわらず、それに耳を貸さなかったことを今更ながらに後悔した。馬鹿だ。
あの瞬間にあいつを殺しきれなかったがために、目の前のあいつは颯爽と息を吹き返し、今ではいやらしい笑いを浮かべながら理屈を得意そうにいじくりまわしている。
あいつが私であるというのならば、何を言い返してもきっと反発してくるに違いない。私は負けず嫌いであるのだから。
人に指摘される事を嫌い、あまつさえそれを諫める人々を軽視する傾向にある人間なのだから。
そう考えた瞬間の私には、唯一無二でありたいと願うが故に、あいつから何としてでも取り戻したかった、独立性を持つ私という存在が、妙に醜悪なものに見えて映った。
あいつは相変わらず笑っている。

「いいかい。私が君と同じように恐怖を感じていると言うことは、私が自律した固有思考を持つ一個の個体だと言うことの証明になるということだ」

目をらんらんと輝かせて楽しそうに語るあいつにもはや何の感情も沸き起こらない。お得意の詭弁を弄する姿を見て、以前の私と比較してみる。居た堪れない心地がした。

「君は自分こそがオリジナルだと信じ、だからこそ私に対して恐怖した。それと同じ作用が私にも働いたと言うことは、つまり私が君であると言うことの証明にもなるじゃないか」

詭弁は塗り固めれば正論に限りなく近づく。しかし、所詮は近似値で打ち止め。詭弁は飽く迄詭弁であり、それを弄し続ける以上お前は虚であり続ける。

「さあ、此処で矛盾が生ずる。私は確立された一個の個体であるにもかかわらず、同時に君と等しい存在になってしまうという矛盾が。どうやってこれを片付けるべきだろうか」

あいつは唇を舌でひと舐めすると、両手をしきりに擦り合わせ始めた。いよいよ仕上げにかかるようだ。
だが、私の興味がすでに離れてしまっていると言うことにあいつは気付いていない。気付けない。

「簡単なことだ。私は確立された一個の個体ではない、君とあわせてやっと一個になれる、要は半個の個体というわけだ。故に我々は同一の要素で成り立っているにもかかわらず、
こうして相対することができる。
この場合どちらが先に存在していたのか、などという問題は瑣末なことに過ぎない。愚問だ。とどのつまり、やっぱり私は君で、君は私だった、というわけなのだから。
そう考えるのが普通さ。まさか異を唱えるような馬鹿げた真似はしないよね」

一気にまくし立ててそう言い放ったあいつは、さすがに息が苦しかったと見えて肩で呼吸をしていた。それでも表情だけは生き生きとしていて、こちらが反論してくることを露骨に待ち望んでいた。


あいつにとって議論は自分のために用意された場であり、そこで勝者となることが無上の喜びなのだ。楽しくてしょうがないから他人に議論を吹っかける。先手必勝、負けはあってはならない。
自分の主張を言いたいだけ言い流して、気が済んだらちょっと黙って相手に発言権を与えてやる。それが肯定を意味する応答ならば満足し、否定の意ならばさらに語気を強めて牽制する。
反論しようとする相手に喋らせまいと、舌の根も乾かぬうちに次から次へと言葉を弄して、口調はどんどん早くなり、唾を飲み込む猶予すらない口元からは白い泡が流れ出す。
仕舞いには論点などお構いなしに、相手の人格を否定するような発言に傾倒し始める。自分の主張こそが正しいのであり、それを否定する人間は家畜以下だと思い込む。
相手は次第に辟易する。高尚なる評論家である彼らはそんな扱いを受けたとしても決して激することはない。
議論とは澄んだ心で命題と直面し、相手を説得することに意識を注ぐものであるからだ。
それを心得たる彼らは、それを顧みない相手と対峙したときの対処法もまた心得ている。すなわちその場を去ってしまえばよいのだ。
手を出して噛み付かれるなら、その手をポケットにでも突っ込んでおけばよい。ほどなくして彼らは離れていく。それは直接的な意味でもあり、また間接的な意味でもある。
残されたる我侭な暴君は、まるで柳の枝の枝垂れかかるような彼らの態度に対して満足しない。暴君は相手が激し、それを冷ややかに見つめることを望んでいるのだから。
顔を赤くして必死に怒鳴る人間を作り上げ、それを鼻であしらうことを望んでいるのだから。議論などと言うものは彼にかかれば、目的への手段ではなく、目的そのものに成り果てる。
傍から見れば醜悪この上ない性癖であるにもかかわらず、自身だけではそんな結論に辿り着けないのが暴君の暴君たる由縁である。

「そして今日この瞬間、暴君は自身の暴君足る事実を発見する」

そんな言葉が思わず口をついて出た。あいつは不意をつかれたような顔をしていたが、それを悟られまいとしてかすぐにまた笑みを貼り付ける。稚拙な人間だ。
相手よりも常に優位であると実感できなければ決して満足することの無い、虚栄心とエゴイズムに塗り固められたあいつの性質は十二分に理解できた。
相手を小馬鹿にしたくてたまらない、路地裏の日陰のような陰湿さをもったその性質は、振り返ってみれば私の人生において普遍的な存在であるように感じられた。
私はそれが悲しかった。同時に悔しかった。また腹立たしかった。ありとあらゆる負の感情をまぜっかえしたような心地に陥った。目の前が霞んで見える。
あいつは涙を流す私を見て、それが議論で打ち負かされた敗者の結末であると思い込んだようで、急に鷹揚な態度でもって気持ちの悪い猫なで声を上げた。

「泣くことは無い。今この瞬間、君の世界はまた一段と広くなったのだから。間違った解釈など、人間である以上は日常茶飯事だ。ああ、気にすることは無い」

これほどまでに屈辱的な目にあったことが過去にあっただろうか。羞恥心が全身の血液を、沸騰させんばかりの勢いで熱していく。
涙を流した失態を見られたからではない。目の前の人間の愚かさ故に、さらにはその人間が自己を映す鏡であると言う事実を思い知らされたが故に。お願いだから、もう口を開かないでくれ。
嗚咽はとどまるところを知らず、声を殺して涙を流すのも限界に思えてきた。喉の奥からわけのわからない、しこりのような物がこみ上げてこようとする。
しこりはどんどんこみ上げてきて、次第に鼻の奥が、続いて眼球の裏側がまるで針で刺されたように鋭く痛み始めた。両手で顔を覆う。粘ついた粘液が手の平と指にまとわりつく。
視界の隅にあいつの下卑た薄笑いが見えた。その瞬間、堰を切ったように喉にあったしこりがありえない力でもって駆け上ってきた。生まれたての赤子のように声を出して泣きじゃくる。
言語にならない、獣じみた叫び声を上げながら、涙や鼻水さらには汗といったありとあらゆる分泌液が顔から、全身から溢れ出す。自分の意思ではもう止められない。



――――


どれくらいの間泣いていたのだろう。ふと我に返ると、目の前に座っていたはずのあいつの姿は見当たらなかった。もぬけの殻のソファが寒そうに鎮座しているだけである。
あたりはしんと静まり返っていて人の気配は無い。他の隊員たちはどうしたのだろうかと、鼻をすすりながら考えた。唾を飲み込むと少し喉が痛む。
次第に頭が覚醒し始め、先ほどまでの信じ難い事実を否定したい気分に囚われた。白昼夢だったのだと切り捨てることは簡単だが、果たして本当にそうだったのかと問われると自信は持てない。
かのフロイトは一体どのような診断を私に下すのだろうかなどと考えた途端、いつまでも顔をくしゃくしゃにして座っている自分が急に滑稽に思われた。立ち上がり、洗面所へと向う。
一歩踏み出した所で何かを蹴飛ばした感触があった。中身を感じさせない空虚な音が室内に響き渡る。見てみると何かの容器が転がっていた。今朝の即席麺だった。
もしやと思いあたりを見回してみると、案の定それは存在した。頭を切られた箸の残骸が一組。あいつが噛み切ったものだった。



鏡に映された自分の姿に一瞬だけ驚いたが、馬鹿馬鹿しい、すぐに気を取り直して蛇口を捻る。手に当たる水の感触が心地よい。そのまま盛大に顔を洗い流す。
何度か繰り返すと、少しだけ赤みを帯びた頬をした自分が見えた。近寄ってみると目の下にある隈を見つけた。今朝よりも若干濃いような気がする。
別段、何かを意識していたわけではない。ただ何となく、右手がその隈の上を滑るようにして撫で上げた。もう一度撫で上げる。さらにもう一度。今度は上から下に……
いつの間にかそんな作業に没頭している自分に気付いた。慌てて取り繕うように鏡から離れる。誰が見ているわけでもないのに妙な気恥ずかしさを感じる。


ふと、視界の隅で何かが動いた気がした。漠然とだが、それは鏡の中の何かだったように思う。じっと目を凝らすと、向こうもこちらを凝視し始める。
するとそいつは唇の端をひん曲げるようにしてにやりと笑った。ずる賢そうに前歯を光らせて、こちらを見ながら何度か頷いている。そして次第に近づいてきていた。
殆ど何も考える間も無く、私は握った拳を鏡に叩きつけていた。思ったよりも軽い手ごたえを残して砕けた鏡は、粉々になって洗面台や床に散らばった。
いつの間にか私は肩で息をしていた。妙に息が苦しい。だが、どこか満ち足りた幸福感に包まれているようでもあった。足元がおぼつかないような、奇妙な浮遊感を感じる。


気が付くと、どうやら私は笑みを浮かべていたらしい。頬が攣るのではないかというほどに持ち上がっていて、喉の奥から小刻みに空気が送られてくる。
声帯で音波となり口腔内で増幅されたそれらは、一旦私の体内から抜け出すや否や物凄い波長で部屋中を縦横無尽に駆け回り始めた。耳を劈くは狂気の沙汰。
私は終焉を連想していた。何もかもが終わり、何もかもに無価値が付加された世界。開演の時間はとっくに過ぎてしまっていたのだった。
私は生を望んだつもりで、死に固執していた愚か者だったのだ。








自分の全てを知る事は、果たして良い事なのでしょうか。
もう一人の自分を知る事で、彼は永久の暗闇に取り残されてしまいました。
そんな彼の迷い込んだ場所。それこそが、Strange Zoneなのです──








一人の男がいます。彼の名はグレー。あまりにも影が薄いキャラが定着してしまった男です。
そんな彼はどうやら今、Strange Zoneへの入り口に立っているようです──









Segment.2

「素晴らしいかな?人生」







「みんな、おっはよー!」

剣道の練習のため、久々に本部へやって来たグレーは、元気いっぱいにリビングの戸を開けた。
久々と簡単に言ってもじつに半月ぶり。何だかんだ言ってもOFFレンの一員だと言う意識は強い彼は、
強い絆で結ばれた仲間との再会に胸を躍らせていた。

しかし、いつも賑やかなはずのリビング内には、悲しいほど生き物のぬくもりが感じられなかった。
要は、誰一人として部屋の中にいなかったのだ。普通の人々ならこの状況から買い物か事件かと思うだろうが、
グレーはわかっていた。そんなことではないと。まっすぐ部屋の片隅のホワイトボードに向うと、女子隊員が書いたのだろうか、
5文字の言葉の周りにキラキラした模様がいくつも書かれていた。

「……みかん狩り」

聞いていなかった。まったく聞いていなかった。念のためメールをチェックするなどと言うことは、もう彼はしない。
彼がするのは、黙ってソファに座り、幾分か実年齢より老けた顔をしながら溜息を吐くことだけなのだ。

「……クソッ……クソッ……」

しかし、さすがのグレーにも限界が近づいていた。やり場の無い怒りは自分の中に蓄積し澱み、どす黒い感情に変わる。
彼の体内では、まもなくそのどす黒い感情が、部屋中に噴出する寸前にまでなっていた。具体的に言えば破壊工作だ。
暴力の対象が動物から人間にエスカレートするように、グレーは破壊に一種の憧れを感じ始めていた。大変危険である。

「どうせ……俺は……いらない隊員なんだ……だから……何をしても……文句は言わせない……」

挿絵

そうこうしているうちに、彼の中ではこれから移ろうとする行動に対する正当化が始まっていた。
正義の味方が悪に染まろうとする瞬間は刻一刻と近づいていた。……そのときである。彼の目の前に眩い光が放たれたのは。

「もしもし、そんなに自分を卑下するものではありませんよ」

やっと目が慣れてきて、グレーはようやく目の前に現れた謎の男の姿をハッキリと捉えることができた。
黒のスーツに銀のフレームのメガネをかけた優男風。そして背中には真っ白な翼。それが男の姿だった。

「ぜ、税金は払ったけど!」
「いえいえ、私は税務署の者ではありませんし、怪しいものではありません。私は天使。天使なのです」
「使徒ってこと!?」
「まぁ、そうなります」

男はそう言って頷くと、グレーの横に羽を折りたたみながら座り彼の肩をポンと叩いた。

「早速ですがグレーさん。私がこんな所に参上したのはあなたを助けるためなのです」
「は?」
「私の羽はまだ小さい。なぜならばまだ私は二級の天使だからです。飲み会も行きたくないせいで上司受けも非常に悪い」
「それと俺の件と何の関係があるんだよ」
「正直言うと点数稼ぎではあるのですが、あなたがあまりにも可哀相で見てられなくなりました。両方兼ねているんです」
「あっそう」
「なぜなら、あなたの境遇はあまりにも酷い」

天使はフッと哀れみとも侮蔑とも取れぬ微妙な笑みを浮かべた。

「影薄キャラなんて、有触れた題材です。腐るほど、吐いて捨てるほどいるんです」
「…まぁね」
「しかし、たいていの場合は『俺を忘れてるだろー!』とか、『なんで僕を忘れてるんだよぉ~』とか本人が自己主張する場合か、
『あれ、誰か忘れてない?』とか、『なんか忘れてるような…』みたいに、読者に仄めかしているんですよ」

グレーは天使の言わんとしている事を悟り、立ち上がって口を押さえつけようとした。
しかし、天使はあなたの自覚を促すためだと全身で言わんばかりにグレーの手を振り払いながら、言葉を続けた。

「なのに、あなたは、完全に忘れ去られている! 忘れられてるギャグにすらなってない! 忘れられてると言う伏線すら張られてない!」
「やめろやめろぉぉぉぉ!」
「だから、私はそんなあなたを助けに来たのですよ!」

興奮するグレーを突き飛ばして、天使は羽を大きく広げた。グレーの目には彼にうっすらと後光がさしているように見えた。

「お、俺を助けに?」
「ええ、あなただって立派な人格を持った方ではないですか。剣道も上手いし」
「でも、どうやって助けてくれるんだよ。俺、今までどんなことやっても目立てなかったし」
「良いですか。あなたに必要なのは自信です!」

天使がこちらを指差す。その際のビシッ!と言う擬音が、空耳ではなくグレーの耳を確かに劈いた…ような気がした。

「例え、目立てなくとも、影薄でも、自分がこの世に存在して良いのだと言う自信さえあれば全て大丈夫な物なのですよ」
「そういうものなのかな」
「あなたは自分の存在を信じられなくなっている。だからこそ、あなたの必要性をあなた自身が感じる必要があるのですよ」
「でもそんなことどうやって?」
「勿論、存在がどうのこうのなんてことを語るつもりはありません。そんなことはサルトルとかハイデッガーとかに任せておけば良いんです。
私がやるのはもっと簡単。百聞は一見にしかず。私が、あなたにあなたが存在しない世界をお見せするのです」
「えっ!」
「さぁ、5分ほどお時間をいただければ……」

天使はそう言って、グレーの前に手を差し出した。これはまさに今後を左右する分岐点だ。
今後の判断をするには、天使の言う世界を見てから判断しても遅くは無いだろう。…グレーはその手をぐっと握り締めた。











幽霊と言うか、何と言うか、グレーはそう思いながらふわふわと浮かんで目下の隊員達を眺めていた。
向こうからはこちら側が見えないらしいのだが、単に無視されているようにも思えるのはいつもの悪い癖だ。

「それじゃ、今日はOFFレン隊員全員揃っていることだし、久々に会議やろうか」

レッドの声にゾロゾロと会議室へ向う隊員達。特に代わり映えのしない、いつもの光景だった。
天使に促されて付いていってみるが、やっぱり内容としてもこれといって代わり映えの無い内容だった。
適当に雑談から入って、ニ、三のくだらない議題を話し合い、適当な感じで答えを出して終了。本当に何も変わっていない。

「……グレーさんがいる時よりも盛り上がってませんねえ」

天使がチラとこちらを見てそんな感じの事を言ったが、どう考えても無理のあるフォローだった。
とは言うものの、会議はいつもこんな感じなので、グレー自身では予想の範囲内だった。

「もう少し、時間を進めて見ましょう。そうだ。バトルですね。バトル。やっぱりバトルは大きいでしょう。1名少ないと」

グレーが何も答えないので落ち込んでいると思ったのか、天使は早口でそう言ってポンと肩を叩き、
パチンと指を鳴らした。一瞬の閃光と共に二人は駅前の広場の前にやって来ていた。日が暮れかけている。

「OFFレンジャー完勝!」

ピースサインをしているレッド隊長の前方には、ボロボロになったオオカミの山が聳え立っていた。
それらを5秒も見ないうちに、天使の「あっ」と言う声が聞こえて、再び閃光が走った。
改築でもしたのだろうか、今度現れたのは以前よりも広くなった本部のリビングだった。

「いや~、儲けちゃったね~儲けちゃった儲けちゃった」
「さっきの人、雑誌のモデルさんだそうですよ。今度、呼びませんか」
「モデルかぁ、いいねいいね~!」
「ささ、そんな話しは後にして。せっかく新本部が出来たわけだし。乾杯~!」

何やら、高そうなグラスのコップで乾杯する隊員達。そこそこ成果を上げているようだ。
当然、そこにグレーの姿はない。どうやら、とんだ未来を見せられてしまったようだ。

「……もっと未来に行けば」
「もういいよ」

天使はグレーの顔を見るなり、目を泳がせた。彼の表情は悟りの境地ともいえる微笑すら浮かべた表情だったのだ。
玉の様な汗を額に滲ませ、天使はグレーの肩を叩いた。

「こんなはずじゃなかったんです。どんな人間にも、必ず存在する理由があるものなのです」
「いいよ。所詮、俺はこの世界のバグだってことなのさ。フッと沸いてフッと消える…そんな存在なのさ」
「いいえ、いけません。そんなはずはないんです。あなたはそんなに自分を矮小化して考えてはいけない」
「慰めはよしてくれ」

神にも似た瞳で見つめられ、天使はそれ以上何もいえなくなってしまった。
凄惨な現実を突きつけられ、精神を地獄の前にさらし続けた結果、彼は生き仏に似た精神を手に入れようとしていたのだった。
もうこのまま何も無い現実に帰るべきだ。グレーの瞳は無言でそのように天使に向って語りかけていた。
どうしようもないのだ。これ以上、彼を苦しめるわけには行かない。と、天使がその瞳に頷きかけたその時である、
オレンジジュースを飲み干したレッドがぽつりと呟いたのは。

「あれ、そういえばグレーがいないねえ」

隊員達の視線を一斉に集めたレッドの発言に、戸惑ったのはグレーと天使も同じだった。
ここはグレーの存在しない世界ではないのか。天使は慌てて手帳を取り出すとペチンと額を叩いて、嬉しそうに笑った。

「すっかりヘマしちゃってました。ここはグレーさんのいない世界ではなく、単なる未来の世界でしたよ!」
「な、なんだ。そうだったのか」

安心の吐息を吐こうとして、グレーはその息を間一髪で飲み込んだ。未来でも忘れられているのか……。
と、思うと同時に、大して別な世界でも変わりが無いのではないかと言う懸念が拭いきれずにいる。

「今すぐ行きましょうよ。ね。グレーさん」
「……もし、どんな結果が出てもすぐに帰るからな」
「承知しました」

天使はパチンと指を鳴らすと、相変わらずの閃光と共に辺りは暗闇に覆われた。

「(どうせ、俺なんていなくてもいいヤツなんだろうな……)」

そう思いながら、グレーは目の前に広がる暗黒を眺めた。……1分経ってもその暗闇から出ることは出来なかった。
ワープ中にしては、ずいぶんと時間が掛かるものだなと思い、天使の方を見ると彼も同じように考えてるらしく、
手帳をパラパラとめくりながら首をかしげていた。すると、突然天使はハッと何かに気づいたような顔を見せ、重々しい動作で手帳を閉じた。

「まだつかないの?」
「……グレーさん」
「え?」
「もう着いているんですよ。目的の世界に」
「そ、それって……?」

天使は、ツバを飲み込むと、静かに口を開いた。

「……グレーさんのいない世界、いや、宇宙は、滅亡する運命にあると言うことです」








どんな人物にも何かの役には立っていると言う事が解っていただけたでしょうか。
ただの歯車は替えが効いても、人間と言う歯車には替えが効かない場合もあるようです。
彼がそれを知る事が出来たのは、このStrange Zoneのお陰なのです──








5分前のあなたは、何をしていましたか。本当に、あなたの記憶どおりだったのでしょうか。
誰もが知らないのです。時間の流れすらStrange Zoneでは無いも同然であることを──









Segment.3

「リフレイン」







キンモクセイの香りが鼻腔をくすぐっていた。僕の目の前には微笑んでいるタクトが立っていた。
彼はとても疲れているようだった。いつものペパーミント色したガラス玉みたいなその瞳が少しだけ曇っているように見えた。

「これからどこへ行こうか?」

タクトにそう声をかけると、彼は困ったように後頭部をかいていた。優柔不断な所があるのはよく知っていたけど、
この時は変な油汗をかいて、真剣に悩んでいるように僕には見えた。散歩ぐらいで大袈裟だなぁと僕は笑った。

「時間は有効に使うものだよ」

タクトはそう言って、不満そうに僕を咎める。僕はすぐにムキになる彼がおかしくてさっきよりも笑顔を咲かせて、
ごめんごめんと謝ったけれど、それはますます逆効果みたいで、もういいよとそっぽを向いてしまった。

「レッドは、僕のことなんて何もわかってないんだ」

まだ怒ってる。だけど、いつまでも機嫌が悪いままじゃ僕だって楽しくない。
だから、今度はちゃんと頭を90度になるくらいまで下げて、ごめんねってちゃんと言う。

「わかったよ、もう」

頭を上げると、いつもみたいに、まだ少しだけ拗ねた気分を拭い切れていないタクトの顔があると思っていたけど、
僕は彼が妙に淋しげな顔をして僕をじっと見つめていたのを目の当たりにして、びっくりしてしまった。
そんな僕の驚きに気づいたのか、タクトはやっぱりどこか淋しそうな顔をして首を振った。

「なんでもないよ」










僕らはとりあえず公園の中をまっすぐ進んで、ボートのある池の方まで向かった。
だいぶ前にパープルとピンクと一緒に漕いだ事がある。僕は疲れちゃったからほとんで二人に漕いで貰ってたけど。

「乗らないよね?」

普通は「乗ろうか?」って聞くと思うんだけど……。
タクトって水が嫌いだったのかな、初耳だ。

挿絵

でも、僕もそんなに乗りたいとは思わないから、一応、乗らないよと答えた。

「ふうん。そっか」

安心したと言う感じでもないみたいにそう言って、タクトは後ろを振り返った。
僕らはとりあえず公園の中をまっすぐ進んで、ボートのある池の方まで向かった。
だいぶ前にパープルとピンクと一緒に漕いだ事がある。僕は疲れちゃったからほとんで二人に漕いで貰ってたけど。

「乗ろうか?」

タクトはそう言って汗を拭いながら水面に浮かぶ真っ白なボートを指差した。
いつもならたくさんのカップルが乗っているボート乗り場も平日の昼間だからか、ガラガラだった。
ロープが切れたのか、一艘の黄色い無人のボートが池の中に浮かんだ太陽の真上を滑っていくのが見えた。

「ね。いいだろう。乗ろうよ」

あんまりタクトが乗り気なので、僕はまぁいいかと頷いて彼の意見に賛成した。
300円払って、二人で水色のボートに乗り込む。左右のオールを二人で一緒に漕ぎながらアテも無く池の中を進んでいく。

「向こう岸で降りようか」

ボートがなんとか順調に進み始めると、タクトはそう言って池の反対側のボート乗り場を指差した。
まだ乗って5分と経っていないので、僕は眉毛をハの字にしてえぇ~っと叫んだ。もったいないじゃん。300円も払ったのにさ。

「僕、船酔いするタチだからさ」

自分から誘っておいて船酔いするタチもないもんだ。僕はムスッとした顔を見せ付けるようにしながら、
オールをタクトとは逆方向に漕いだ。ボートがぐるぐる回る。ぐるぐるぐるぐる。タクトも困った顔をしている。

「やめてくれよ。頼むったら」

このまま池の真ん中でぐるぐる回っても仕方ないから、諦めて向こう岸に行く事に決めた。300円はおごりってことにしよう。
僕はオールを漕ぐ手を止めた。300円払って、二人で水色のボートに乗り込む。左右のオールを二人で一緒に漕ぎながらアテも無く池の中を進んでいく。

「向こう岸で降りようか」

ボートがなんとか順調に進み始めると、タクトはそう言って池の反対側のボート乗り場を指差した。
まだ乗って5分と経っていないので、僕は眉毛をハの字にしてえぇ~っと叫んだ。もったいないじゃん。300円も払ったのにさ。

「トイレに行きたかったのすっかり忘れてたんだ。頼むよ」

自分から誘っておいてトイレに行きたいもないもんだ。僕はムスッとした顔を見せ付けるようにしながら、
オールをタクトとは逆方向に漕いだ。ボートがぐるぐる回る。ぐるぐるぐるぐる。タクトも困った顔をしている。

「困るな。漏れちゃうよ」

ここでやればいいじゃないか。と僕は意地悪で言ってみる。どうせ同じ水分なんだから関係ないよ。
300円払って、二人で水色のボートに乗り込む。左右のオールを二人で一緒に漕ぎながらアテも無く池の中を進んでいく。

「向こう岸で降りようか」

ボートがなんとか順調に進み始めると、タクトはそう言って池の反対側のボート乗り場を指差した。
まだ乗って5分と経っていないので、僕は眉毛をハの字にしてえぇ~っと叫んだ。もったいないじゃん。300円も払ったのにさ。

「どうしてもダメかい?」

自分から誘っておいてトイレに行きたいもないもんだ。僕はムスッとした顔を見せ付けるようにしながら、
オールをタクトとは逆方向に漕いだ。僕らはとりあえず公園の中をまっすぐ進んで、ボートのある池の方まで向かった。
だいぶ前にパープルとピンクと一緒に漕いだ事がある。僕は疲れちゃったからほとんで二人に漕いで貰ってたけど。

「色んなボートがあるね」

タクトはそう言って汗を拭いながら水面に浮かぶ真っ白なボートを見て、言った。
いつもならたくさんのカップルが乗っているボート乗り場も平日の昼間だからか、ガラガラだった。
ロープが切れたのか、一艘の白い無人のボートが池の中に浮かんだ太陽の真上を滑っていくのが見えた。
僕は、タクトにボートに乗ろうかと持ちかけてみたが、彼は首を振って流れてくる汗を拭うだけだった。

「疲れたから木陰で休もうよ。自動販売機が向こうにあるはずだ」

僕はたいして喉が渇いていなかったけど、タクトは本当に暑そうで、汗の粒が熱そうで、
二人でボート乗り場を抜けて、向こう側にある木陰のベンチに座った。真横の自販機で、
美味しそうな果汁100%のオレンジジュースを2つ買って、一つをタクトに手渡す。

「ありがとう」

タクトはそう言って、缶を開けて美味しそうに飲んだ。僕もプルタブを開けてミカン果汁を一気に喉へ流し込むと、
甘酸っぱい香りがお腹の奥から鼻に抜けていく。木々の青々とした色を運ぶ風が気持ちいい。
二人でボート乗り場を抜けて、向こう側にある木陰のベンチに座った。真横の自販機で、
美味しそうな果汁100%のオレンジジュースを2つ買って、一つをタクトに手渡す。

「ありがとう」

タクトはそう言って、缶を開けて美味しそうに飲んだ。僕もプルタブを開けてミカン果汁を一気に喉へ流し込むと、
甘酸っぱい香りがお腹の奥から鼻に抜けていく。木々の青々とした色を運ぶ風が気持ちいい。
二人でボート乗り場を抜けて、向こう側にある木陰のベンチに座った。真横の自販機で、
美味しそうな果汁100%のオレンジジュースを2つ買って、一つをタクトに手渡す。

「……ありがとう」

タクトはそう言って、缶を開けようとしたが、プルタブを半分まで開けかけた時に、手から缶が滑り落ちた。
オレンジ色のしぶきが地面を染めて、僕の足元までやって来た。タクトの手は震えていた。気分でも悪いの。と僕は尋ねた。
真横の自販機で、美味しそうな果汁100%のオレンジジュースを2つ買って、一つをタクトに手渡す。
彼は頷いて、僕に缶を差し出した。

「開けてくれないかな」

僕は缶を開けて、タクトに渡そうとした。でも、タクトに確かに渡したはずの缶はするりと彼の手から落ちて、
地面の上に広がった。オレンジ色のしぶきが僕の足下までやってくる。

「……ごめんよ。ごめんよ」

タクトは肩を震わせていた。俯いているから顔は見えなかったけど、泣いているんだろうなと思った。
どうしてタクトは元気がないんだろう。おかしいな。……背後で音がして、僕は振り返った。
黒い服を来た男の人が僕の後ろに立っていた。サングラスの奥の目が暗闇みたいに深かった。

「レッド!」

タクトはそう言って、缶を開けようとしたが、プルタブを半分まで開けかけた時に、手から缶が滑り落ちた。
オレンジ色のしぶきが地面を染めて、僕の足元までやって来た。タクトの手は震えていた。気分でも悪いの。と僕は尋ねた。

僕はたいして喉が渇いていなかったけど、タクトは本当に暑そうで、汗の粒が熱そうで、
二人でボート乗り場を抜けて、向こう側にある木陰のベンチに座った。真横の自販機で、

一艘の白い無人のボートが池の中に浮かんだ太陽の真上を滑っていくのが見えた。

まだ乗って5分と経っていないので、僕は眉毛をハの字にしてえぇ~っと叫んだ。

まだ乗って5分と経っていないので、僕は眉毛をハの字にしてえぇ~っと叫んだ。

まだ乗って5分と経っていないので、僕は眉毛をハの字にしてえぇ~っと叫んだ。

ボートのある池の方まで向かった。サングラスのオレンジジュース太陽ピンクトイレに向こう岸がをに
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キンモクセイの香りが鼻腔をくすぐっていた。僕の目の前には微笑んでいるタクトが立っていた。
彼はいつものペパーミント色したガラス玉みたいなその瞳がからポロポロ涙を零していた。

「ごめんよ……ごめんよ……僕が悪かったんだ。君をこんなことに付き合せたのが間違いだったんだ」

何を言っているのか僕はわからなかった。タクトは何もしてないのに。
僕は知ってるんだ。いつの間にか出会って、仲良くなって、今まで色んな事をしたんだ。

「もうダメなんだ。精一杯、時間を戻したんだ。君が僕のせいで死なないように」

僕は首をかしげて何のこと。って聞こうとしたけど、タクトは僕の胸に飛び込んで来てわんわん泣き始めた。

「僕が逃げてきたのがダメだったんだ。せっかく友達になれたのに、とても楽しかったのに」

僕はタクトの頭を撫でながら、何だか悲しくなってしまった。タクトともう会えないみたいじゃないか。嫌だな。

「僕はね。僕はね、レッド……」









目を開けるとキンモクセイの香りが鼻腔をくすぐっていた。

誰も居ない、とても静かな公園の風景がそこにあった。










Strange Zone...
そこは、記憶の向こうに霞んでいる人、物、場所……全てが集う場所なのです。







★THE STRANGE ZONE★





Produce By:Red




Segment.1『I am You』




Starring By:Green


Written By:Green
Directed By:Green

Supervisor:Red




Segment.2『It's a Wonderful Life ?』




Starring By:Gray


Written By:Red
Directed By:Red




Segment.3『Refrain』




Starring By:RED


Written By:Red
Directed By:Red







-STAFF-




Planning By:Red


Planning Cooperation By:Green


Illustration By:Pink


Publication Cooperation By:melma!





Production&Copylight By

ぐるぐる戦隊OFFレンジャー製作委員会
OFFレンジャー通信編集部








今回、我々がお聞かせしたの3つのお話は、もちろんフィクションです。

しかし、ここで言う"フィクション"とは、単なる絵空事だという意味ではありません。
これらの物語は、ある別世界から伝えられた真実の物語なのです。

その世界は、我々の知りえない五次元の世界にある虚構と現実の隙間にある不思議な世界。
人はそれを、"Strange Zone"と呼ぶのです──