第104話

『ピラフに込めた親心』

(挿絵:ガーネット隊員)

「……と、言うわけで今週の炊事係はM班、トイレ掃除はR班が担当だ」

毎週月曜日朝6時より、オオカミ軍団では、定例集会が行われている。
数百人ものオオカミが密集したアジト内では最も広いこの集合部屋のステージ上では、
パイプ椅子に座っているボスオオカミの横で、進行役のオオカミが役割分担を発表していた。
大体の流れは、係の役割分担の発表と悪事を行う場合はその報告と説明、後はボスオオカミからの軽い一言ぐらいである。

「では、そう言う事ですので。各班のオオカミは今週も持ち場で頑張りましょう」

おう!と言うオオカミたちの野太い声が部屋中に響く。こういう集会に出るたびにオオカミたちは、
自分達が悪者であって、在籍している組織が悪の組織なのだと言うことを再認識することが出来て妙に気合が入るのだ。
そして、このむさ苦しい集団の中でここにも悪としての気合が入っている若々しい少年が最前列に座っていた(オオカミより背が低いため)
彼こそがサイボーグキャットのエコであると同時に、先日よりブラックキャット団の改造猫に仲間入りした子猫であった。

「(へへ…オレがBC団に入ったって知ったらオオカミ驚くだろうなぁ。いつもオレをバカにしてるくせに、全然気づいて無いんだもんなー)」

ちょっとした手違いでBC団に入った物の、普段はいつものエコの姿で、尻尾のスイッチを押せば悪エコ……にはならずに、
悪エコの頭脳を持つノーマルエコといった感じの“子猫”に変身するように設定されており、つまり彼はいわばスパイ的存在。
しかも、過去にリストラされた改造猫をまとめたBC団の支部長のような役職まで与えられているのである。調子に乗れないわけがなかった。

「(もしかしたらオレがオオカミ軍団を倒して、そのままここのボスになったりして。うわぁ、オレなら出来そうな気がしてきたぞ。
そしたら、特別にオレをバカにしてるオオカミをこき使ってやろーっと♪ あ、でも今のボスは時々優しいから副隊長にしてあげようかなぁー)」
「笑ってないでちゃんと話を聞け!」

エコがヘラヘラ笑いながら都合のいい妄想に浸っていると、彼の頭に鉄拳が振り落とされた。
ゴンと言う金属音と共に、周りからも見下したような笑い声が響いた。集会は半ばまで進んでおり、ボスの話に入ろうとしていた。

「(くっそぉ……。BC団に入ったからには、も、もうお前らにオレをバカにさせないからな! オレだって、暴走族入ってたワルなんだぞ!)」

頭を押さえながら、涙を決壊させないように歯を食いしばるエコの胸には、久々にメラメラと復讐の炎が燃え始めていた。









集会を終えたエコは、足早に集会部屋から飛び出すと、まっすぐボイラー室の方へと走っていった。
まず人が来ることは無い場所ではあるのだが、念のために誰にも見つからないように気を配りながら、中に入り、
すぐさま右手の壁に付いた小さなハンドルを回した。壁がゆっくりとスライドし、隠し通路が現れる。

オオカミ軍団のアジトに隠された何十個も設置されている隠し部屋の一つであるが、そのほとんどは使われていない。
それどころか、存在を知らぬオオカミの方が圧倒的に多く、ここの部屋、元はタイガのAVコレクションを補完しておくための部屋だった。
たまたまタイガが見つけてここを使ったらしいのだが、一度も見つかったことは無いらしい。
特別に教えてもらったエコだけが、タイガ以外で唯一この部屋の存在を知っている人間となっていたのだ。

「おっと、忘れてた忘れてた」

部屋に入る前に、エコは尻尾のスイッチを押してBC団改造猫、子猫に変身する。
なんとなく靄が掛かっているような頭の中が、みるみるうちに爽やかになり、悪いことがしたくなってくる。
よし!と気合を入れて、支部長らしく胸を張って、彼はブラックキャット団第二支部の活動拠点と変貌した内部へと歩みを進めた。

「お、おかえりなさいませニャ~!」
「支部長、お疲れ様なのさ」

早速中に入ると、改造猫が立ち上がり、子猫に声をかけた。
改造猫たちは、粗末なテーブルと椅子が置かれ、それぞれに改造猫が座っていた。全て粗大ゴミ置き場にあった物を持ってきたものだ。
裏口からこっそり入れるのに大変苦労したが、おかげで秘密部屋らしくなったおかげで、子猫の心境もグッと引き締まる。

「ハイ、これ差し入れだよ」

子猫は食堂から持ってきたカンパンの袋を差し出すと、ペコペコしながら猫猫が受け取った。
基本的に食べ物と飲み物は子猫が持ってくる。与える側に回ることで主従関係をハッキリさせることが出来るのだ。
もちろん、こんな考えも悪エコの頭脳とリンクできる子猫の状態だからこそなのだが。

「ところで支部長、先ほどウィック様から連絡が来まして」
「え、ウィック様から? 何だろ」
「BC団の方で密かに進めている作戦が、資金が潤ったお陰で再び開始されることになったそうなんです」
「作戦って?」
「はい、オレ様達の代から始まった極秘計画ですニャ」

猫猫が手揉みしながら、答えるとさらに子猫は首をかしげた。

「ふーん。どんな計画?」
「それはわかりませんニャ、なんせ極秘にゃので。オレ様達は穴掘りやらされてただけですニャ」
「えぇー!? じゃぁまさかオレも穴掘りすんの? やだなぁ」
「いえ、そうじゃありませんニャ」
「じゃ、どしたの?」
「そのおかげで、あの“悪者の友”の取材が決まりそうらしいんですニャ」
「えぇっ! 凄い!」

挿絵

『悪者の友』とは、日本の悪の組織のために無料配布される専門誌である。個人の悪人で無い限り、その知名度はほぼ100%。
載った組織はマズ間違いなく一目置かれるほどの存在になれる。特にカラーページで特集を組まれると、一般の感覚で言えば一部上場にも似た感覚である。
エコも毎月送られてくるこの雑誌を、食堂の本棚でよく読んでいたので知っている。オオカミ軍団も一度だけ載ったことがあるそうだ。

「それで、是非とも取材までにより一層ハクをつけるために、何かデカイことをやれってことですニャ」
「上手くやれば、写真1枚くらいなら撮らせてやっても良いって言ってたのさ」
「ホント!? お、オレ、あれに一度載ってみたかったんだ!」

子猫は腕を組んで、真剣にデカイことを考え始めた。だが、悪エコの頭脳なので過激な作戦しか出てこない。
悪エコの頭脳とエコの理性が一致することもなかなか無い。ただ、ある種の派手さが必要なことだけは一致していた。
派手となれば、やはり見た目のインパクトが大事だ。

「そうだ! 良い事思いついた」
「さすが支部長、きっと良いアイデアを思いついたって感じ」
「さいぼぐ、凄い」
「カッコイイのさ!」

改造猫達からの賞賛の声に子猫はますます鼻高々になっていく。この気持ちよさがたまらないのだ。
しかし、従来のエコと違うのは、この間にも脳内では着々と計画が練られており、あっと言う間に計画の概要が出来上がっていた。

「派手だし、お金も儲かるし、ウィック様にもピッタリの作戦だよ。しかも」
「しかも!?」
「OFFレンに悪事の手伝いまでさせちゃうんだ! へへー、オレって頭良くなったなぁー♪」
「ぜ、全然、作戦の想像が付きませんニャ」
「まぁ、色々とデータを集めなきゃいけないから、まだ実行はしないけどね」

そう口に出しながら、子猫は次々と出てくる脳内のシミュレーションに心を躍らせていた。
普段のエコならばせいぜい突進するぐらいしか思いつかないのだから、ここまでの構想が出来ること自体が気持ちよかった。

「だから今日はオレがこっそりOFFレンの本部に行って調査してくるよ」
「さいぼぐ、危険」
「平気だよ。普通のオレの姿で行けば怪しまれないから。へへ、オレがこんなに凄くなったなんて気づかないだろうなぁ~!」

ニコニコしながら、子猫はOFFレンの驚いて腰を抜かしひれ伏す姿を想像していた。
改造猫になったおかげで悪の自覚が強まったのか、よほどストレスが溜まっていたのか、今までの仕返しとばかりに復讐心が強くなっていた。
早くOFFレンを自分の力(悪エコの力がほとんどなのだが)で倒してみせる!

「じゃ、オレ、そういうわけだから、調査に行って来るね!」

そうとなれば居てもたってもいられないとばかりに、子猫は立ち上がって、ドアの方へと駆け出していった。
その間にも、調査するべき事柄が浮かんで浮かんで頭の中からあふれ出しそうなのだ。

「さいぼぐ」

と、そんなエコの気を削ぐかのように獣猫が声をかけた。

「何? ご飯ならあげたじゃん」
「姿、戻る、オオカミ、バレる」
「あっ!」

子猫は恥ずかしそうにエヘヘと笑って尻尾のスイッチを押し、エコに戻ると「行って来る!」と胸を張って威勢よく飛び出していった。
改造猫達はお互い顔を見合わせながら、不安な感情をお互いに共有していた。唯一、彼と親しい獣猫だけは凛々しい顔だったが。

「……えぇと、ウィック様。もう出て来ても大丈夫ですが」

操猫の言葉に、AVコレクションを収めた回転棚をくるりと廻し、中からBC団首領、ウィックが現れた。
こう言う時は、首領らしく怪しげな笑みでも浮かべるべきなのだが、隠れていた場所が場所だったため、彼はずいぶんと不機嫌そうだった。

「……貴様ら……こんな所しかなかったのか……」

挿絵

「は、はぁ、何せタイガーアイ様がここにいた頃に、そういう目的のために使った部屋らしいので」
「……タイガーアイの人格を改造して正解だったようだな……」

そう言いながら、ウィックはついタイガーアイがAVにまみれてヘラヘラしている姿を想像し、思わず舌打ちをした。
それを何やら自分たち改造猫の対応に対する不満だと感じたのか、傍にいた写猫が急いで自分の椅子を首領の背後に移動させるが、
座る素振りを見せず、ウィックは首を小さく振りながら、ビデオの棚からゆっくりと離れていった。

「……まだ悪者の友の話は仮段階だ……何せこの時期は、新人も入り、設備も一新したりと他の組織も新計画に力を入れる時期。
雑誌を作っているのも筋金入りの悪人達だ。賄賂の様な下手な小細工は一切通用しない。だからこそ、選ばれるということは、組織としても名誉なのだ」
「ええ、だからこそ、新生したブラックキャット団第二支部にご期待されていると言うことでしょう」
「その通り……だが、確かに俺は子猫をここの支部長にしたものの……まだ完全には信用はしていない」

ウィックの言葉に先ほどのエコのドジっぷりが目に浮かんで、改造猫達は何と反応して良い物か、大いに迷った。

「無論、良い仕事はするだろう……だが、あの能天気ぶりが足を引っ張らないとも限らない……」
「でも、それはアイツがサイボーグなので洗脳カプセルに入れても効果がないからだと聞きましたが」
「……だから、パンシェの力であそこまでにするのが精一杯だったのだ……多少悪人らしくなったが……先の件がある以上、放っておく訳にはいかない」
「あの、ウィック様、それはつまりどういう?」

ウィックはギロッと鋭い目を向け、その前に萎縮する改造猫達を見渡した。

「……本日の奴の行動ぶりを見て、第二支部の今後を検討させてもらう」
「えぇっ!?」
「安心しろ……最悪の場合でも廃止にすることはない……」
「何だ。よかったですニャ」
「その時は、子猫を支部長から外し、ただのブレーンになってもらう」
「それでは、俺達はどうなる感じなんですか?」
「……計画のために、色々利用させてもらう……」
「り、利用とはど、どのような?」
「……それは俺からは言えん……だが、元々貴様らは組織から弾かれた身……それを特別に俺が拾い上げてやったのだ。
最悪の時は、その身体だけでも我がBC団のために有効活用させてもらうことを、光栄と思うんだな……」

ウィックの残酷な笑みに、改造猫達は真っ青な顔をして一度に震え上がった。
そうなのだ。元々、改造猫らは子猫のBC団入りに伴い、第二支部の計画が持ち上がり、人員不足で拾い上げられただけなのだ。
いくらOBと言えども相手は悪の組織、再雇用だの手当てだのそんな物がもらえるはずも無い。当然、生命の保証だって……。

「……では、俺は子猫を見物させてもらうとしよう」

ウィックは改造猫達には興味は無いといった口ぶりでそう言うと、さっさと部屋を裏口から出て行った。
改造猫達は、よけい自分の抱えている不安をお互いに何度も確認していた。さすがの獣猫も口元が歪んでいた。

「だ、大丈夫かニャ……?」
「大丈夫じゃないと困るって感じ」
「化猫は絶対タヌキ汁だネ」
「うわああ! ぼ、ボクは猫なのさ!」
「……とにかくだな」

この中では一番落ち着いている影猫がゆっくりと立ち上がった。
しかし、冷静の塊のような彼もさすがに恐怖心があるのか、目線が泳いでいた。

「なんとしても支部長には、良い成果出してもらわなければ困る」
「でも、今日は調査だけだって言ってたニャ」
「だとしたら、余計なことをさせないようにすればいいだけだ。これは、オレ達の問題でもあるんだ」
「でも、ど、どうやって」
「……忘れているようだな」
「え?」

影猫は何とか繕ったと判らないよう、自信に満ちた笑みを浮かべた。

「オレ達は特別な能力を持った改造猫だと言うことをだ」















ただでさえ猫だと言うのに、さらにその上に猫をかぶった不自然極まりない態度でエコが本部のドアを開けると、

「うふふ」
「ははは」

OFFレン達に混じって、自分の両親が談笑している光景を目撃してしまい、慌ててドアを閉めた。
最初は何が起こったのかも判らなかった。しかし、念のためこっそり覗いてみても、やはりそれらは幻覚ではなかった。

「(……な、なんで!?……なんでオレのパパとママがOFFレンのとこに!?)」

ドアにもたれ掛かりながら、吹き出る汗と激しく脈打つ心臓によりエコの頭はパニックになっていた。
よりにもよって、調査すべき日に両親がどうしてこんな所に現れなければならないのだ。多分、子猫に変身しても冷静にはなれないだろう。

「ねぇ、エコくーん。出ておいでよ。ご両親来てるよ」

さすがに2度も開けたために、中から見られないはずがなかったようで、扉の向こうからピンクがエコに呼びかけてきた。
ドアを開けようとしているようだが、エコは必死に外から押さえていた。何としても親には顔を合わせたくない。エコにもプライドがあるのだ。
しかし、今日中に調査しなければ間に合わない。何とかしなければ、でも良いアイディアが思いつかない。ここは子猫に変身しよう。
ボタンに手をかけた時、ついエコは気を緩めて押さえていた右手を離してしまい、扉は勢い良く開かれた。

「……あれ?」

ピンクは目の前に立っている見知らぬ水色の猫の姿に思わず、辺りを見回し、エコの姿を探した。
上手く変身できたものの、子猫の状態がBC団関係者以外に見られるのは今回が始めての事だった。

「エコ……くん?」

まずい。自分がブラックキャット団であり、エコであるとバレてしまえば何もかも滅茶苦茶だ。
子猫は咄嗟に両手を挙げて、自分が出来る精一杯の悪い顔をしながら、叫んだ。

「ワハハハ! ち、違うぞぉ! お、オレは、ブラックキャット団の子猫様だぁぁ!」
「え?」
「何々? どしたの?」

思った以上に大声を張り上げてしまい、他の隊員がゾロゾロと集まってきてしまった。
子猫は両手を挙げてるし、足が震えてるし、口がパクパクしているしで、何とも無様なお披露目となってしまった。
隊員達もどうすれば良いか困ってしまっているようで、何やらヒソヒソと話し始めてしまう。

「(あれ、BC団の改造猫じゃない?)」
「(いや、顔つきとあの挙動不審な感じからしてどう見てもエコでしょ……)」
「(何でBC団の格好してるの?)」
「(BC団に入った……なんてことないか。エコなんか入れるわけがないよ)」
「(多分、親がいるから変装して誤魔化そうとしてるんじゃなの?)」
「(子猫なんてアンマリな名前だって、いかにもBC団がつけそうにない名前だもんね)」
「(変装するならもっと上手く変装すれば良いのにねぇ……)」
「(せっかくだから乗ってやれば良いよ)」
「(そうだね)」
「(その方が良いよ。こっちも親御さんの扱いに困ってたし)」

ある程度意見がまとまると、隊員達は一斉に子猫に向けてニッコリと微笑みかけてきた。
釣られて笑って見せるが、内心はただ一言「バレませんように」で埋め尽くされていた。

「そうですかぁ、子猫さんですかぁ。BC団も新しい改造猫を入れたんですねぇ」
「よかったらお茶でもしていきましょうよ」

寄って来た女子達に背中を押されて、子猫はリビングに入った。まずはバレてないことに一安心。
しかし、問題はやはりこの部屋の中にあるのだ。よりにも寄って真正面のソファに座らされてしまった子猫は、
久々に自分の両親とご対面しているのだ。二人とも相変わらずのほほんとした穏やかな笑みを絶やさず、じっとこちらを見つめている。

「(な、なんだよぉ……い、言いたいことがあるなら、さっさと言えよ!)」

さらに子猫も、久々に両親への反抗心が燃え上がってきたようで、キッと両親にガンをとばした。
しかし、両親はそんなガンを跳ね返すどころか逆に吸収しているかのように、ますますその穏やかさを増して行くのだった。

「ところで、子猫さんとやらは今日ここへ何しに来たんですかぁ~?」

グレープジュースを手渡すグリーンが、やけに嫌味な言い回しで子猫に訪ねた。
そう言えば、グリーンも今ではBC団の改造猫なのだ。子猫の状態のおかげで彼が内心相当苛立っていることがわかった。
みすみす、その姿をOFFレンに晒してしまったのだからそうなるのも無理も無いのだろう。となれば答えは一つしかない。

「べ、別に。暇だから来ただけで……」

調査だの何だのと本当の事が言えるはずも無く、エコはそう言って言葉の後を濁すと、グイッとジュースを流し込んだ。

「そ、それよりも、こ、この変な“ジジイ”と“ババア”は誰だよ」

半分あてつけの意味もあるのか、暴言の部分だけ語調を強くして子猫は気になっていたことを尋ねた。

「まぁ、パパ。私、お爺さんに見えるのかしら」
「いやはや、パパもお婆さんに間違われてしまったよ。参ったな」
「ねえ、婆さんや」
「なんだい爺さんや。いやぁ、こいつは愉快だなぁ。ハハハハ」
「ウフフフ」

かなりのマイペース人である両親の前では、暴言すら人間国宝級の職人の手により、和やかに変化してしまう。
子猫自身も、こんな事で気を悪くする両親でないことは本人が一番良く判っていたから尚更腹立たしかった。

「この方たちは、エコくんって言う我々の知り合いのご両親ですよ」

隣にイエローが座って子猫に説明したが、そんなのはハナから判っていた。が、口には出さない。

「道に迷ってたところを偶然出会って、保護したと言うわけですよ」
「な、何でこんな所に来てるんだよ。家はここから遠いはずだろぉー! た、多分、想像だけど」

子猫は変身しているはずなのに、両親を前にしたパニック状態のせいで滅茶苦茶マヌケな発言をしてしまう自分が悲しかった。

「旅行だそうですよ」
「りょ、旅行?」
「ええ、そうなの」

ピンク色の頬に手を当てながら、エコママがのんびりとした口調で答えた。

「今年は大阪で食い倒れちゃおうってパパと一緒に計画していたんです。ウフフ」
「僕ら、結婚してから毎年一回、家族水入らずで旅行に行ってるんですよ。ハハハ」

両親の和やかな笑い声の前に、子猫はただただ呆然としながら、ぽつりと呟いた。

「お、オレ、そんな話初めて聞いたけど……」

挿絵















「えっ、それってエコじゃなくてペコちゃんじゃないですか?」
「あらまぁ、どおりでお菓子屋の前で妙にあきれ返るほど首を揺らしてると思ったのよねえ」
「まぁ、でも名前が似てるから間違えるのは仕方ないさ。ハハハ」
「ちゃんと返してくださいよ。今、不二家も大変なんですから」

エコの両親との談笑が長引くたび、子猫の気分はどんどん沈んで行った。
どうやら家にはいつもの両親のおっちょこちょいのせいで、エコじゃなくてペコちゃんの人形が置かれているらしい。
しかも、その事実に今気づいたというのだから、余計落ち込まずに入られなかった。

「この前もエコかと思ったら猿のオモチャだったしなぁ。エコは親を騙すのが上手くて困る! 忍者だなアイツは。忍びの者だ」
「将来、詐欺師にでもならないようにちゃんとしつけなくちゃねえ」

詐欺師どころか、暴走族に入ったし、サイボーグになって悪の組織の一員になってるよ。と子猫は心中で悪態をついた。
とにかく親を早くこの場所から追い出して、早く調査を開始しなければ。子猫は、なんとか動く悪エコの頭脳を回転させながら計画に修正を加え始めた。

「さてと、そろそろ失礼しないと大阪見物出来ないわね」
「そうだなぁ、あんまり長居するのもご迷惑だし」

しめた。向こうから出て行ってくれるのならば、好都合だ。
腰を上げようとする両親を前に、子猫はついつい緩む口元を手で隠しながら、どっしりとソファに座りなおした。

「ねぇ、エコのパパさんとママさん。せっかくだから子猫さんに大阪を案内してもらったらどうですか?」

突然ホワイトがそんな事を言い出し、子猫は思わず「えぇっ!?」と声をあげた。

「な、なんでオレがそんなことしなきゃいけないんだよ! オレとコイツらは関係ないだろー!」
「嫌だと行ったら、BC団の改造猫だもん。ここで倒させてもらうよ?」
「うぐ……」

子猫は言葉を詰まらせ、ニコニコこちらに微笑を投げかけている両親に目をやった。
ただの調査だからここに来る際に何の準備もしていない。元々エコのままの状態で探りを入れる予定だったのだから当然だった。
悪エコの頭脳しか持ち合わせていない子猫にとって、ここで戦闘になれば間違いなく負ける。作戦のためには諦めるしかなかった。

「……わ、わかった。でも、オレはコイツらに親切でやるんじゃないからな! う、ウィック様のためにやられちゃ困るから仕方なくだからな!」

隊員達はニコニコしながら“ほーほー。そうですかそうですか”と言う半ば上からな態度で頷いていた。なおさら腹が立った。

「ほ、ホントは嫌で嫌で仕方がないんだからな! 本当なら今すぐここでぶん殴ってやっていいんだからな!」
「まぁまぁ、いいじゃないですか。楽しいと思いますよ。お母さん、ここが、ここがえびす橋。記念の写真を撮りましょうね。なんて」
「途中でエコくんともバッタリ出会うかもしれないしね」
「逢ったら泣くでしょう父さんも」
「日曜だし、大通りの方へ案内してみれば?」
「お祭りみたいに賑やかですよ」

隊員達の言葉に両親もすっかり乗ってきたようで、ワクワクしながら夫婦で微笑み合っていた。
こうなれば、しかたがない。手っ取り早く案内して、早く計画に戻らなければ。

「まぁまぁ、子猫くん。後で良い事があるかもしれませんから。明るく案内してあげないと」

イエローにポンと肩を叩かれても、子猫は明るくなれそうにも無かった。良い事なんて在るはずが無い。
あるとすれば、この二人が嫌な目にでも会えば。いや、待てよ。そうだ。何故こんなことに気づかなかったのだろう。

「(この旅行を滅茶苦茶にしてやる……へへ、誰もオレがエコだって気づいてないし、たっぷり嫌がらせが出来るぞ!)」

子猫はニヤニヤしながら脳内に浮かぶ様々な嫌がらせ方法に胸を躍らせた。何だか案内が楽しくなって、早く出かけたくなった。

「そうですよ。それそれ。そんな感じで明るく楽しく案内してあげてくださいね」
「うん。じゃぁ、オレ、二人を案内してやるよ」
「まぁ、ありがとう」
「良い人もいるもんだな」

喜ぶ両親の姿に、子猫は心の中で舌を出した。今までオレを苦しめた分、今度はオレが苦しめてやる!

「じゃ、オレについてきてねー」

颯爽と歩き出した子猫とその後を付いていく両親たちを見ながら、隊員達は良かった良かったと胸をなでおろした。

「これを機に親子ともども仲良くなってくれれば良いんですけどねー」
「えぇ……まぁ……そうですね……」
「グリーン、なんか疲れてるみたいだけど。どうかしたの?」

ただでさえヒヤヒヤしていたグリーンは、上手く追い出せたことに安堵し、力なく微笑んで顔の前で小さく手を振った。
このことはタイガーアイ様に黙っておこう。出来ればウィック様にも。そう思った矢先、グリーンはハッとして背後を振り返った。

「どうかしたの? グリーン」
「い、いえ、別に……」

グリーンは一瞬、ウィックの気配を感じたのだが、まさかこんな所には来ないよな、と思いなおし、
広くなったリビングで、おやつタイムを始めようとしている隊員達の方へと向った。













子猫が両親を大通りに連れてくのを追うだけでもウィックには大変だった。
なにせ気が付けば二人はふらりと商店街の店の一軒一軒に立ち寄り、八百屋に行けば、大根の出来がいい、うんうん、そうね。
魚屋に行けば、タコが赤いよ、ほんとうだわね。おもちゃ屋に行けば、これはなんだい、知らないわ。こんな具合ばかりなのだ。
とうとう本部を出てから、200メートル徒歩5分の商店街を抜けるまで一時間も掛かってしまった。まだ掛かるようなら帰ってしまっていた所だ。

「ねえ、パパ。観光って面白いわねえ」
「そうだなぁ。色んな物があるからね」

どこにでもある物しか見てないだろ!と子猫は言いたいのを飲み込んで、あくまで外見は親切な案内人を装い、先頭を進む。
とりあえず、ここからならば道頓堀のグリコ看板でも見せよう。あの川は汚いから落としてやれば相当大変だ。子猫は泣き崩れる両親の顔を想像しほくそ笑んだ。

「ね、ねぇ、パ……おじさん」
「なぁに?」

さっそく誘導しようと子猫が父親に声をかけたのだが、何故かエコママがおっとりとした顔で返答してきた。
会話のキャッチボール一投目にも関わらず、早速疲れがどっと肩に圧し掛かってくる。

「違うよ。ママのことじゃないよ……」
「そうだよママ。ママはおじさんじゃなくてクソジジイだったじゃないか」
「あら、そうだったわ。ごめんなさいね、間違えちゃったわ、クソババアさん」
「お、オレ、クソなんて付けてなかったけどなぁ…?」
「クソジジイ♪ ははは」
「クソババア♪ うふふ」

言った覚えの無い暴言を言い合いながらいちゃついている両親を目の前にして、
すっかり彼らのペースに自分が巻き込まれていることに気づき、子猫はダメだダメだと自身に言い聞かせた。
いつもこうやって昔から酷い目に会わされてきたのだ。ここで自分を見失ってはいけないのだ。うん。

「じゃ、じゃぁ、クソババアとクソジジイのお二人さん。これから道頓堀に行きましょうよ」
「道頓堀か、そう言えば行った事なかったな」
「確か自殺の名所だったわね。テレビで飛び降りてるのよく見るわ」
「うん、万歳しながら飛んでる大きな人もいたはずだ」

色々と勘違いしているようだが、イチイチ突っ込むのも面倒なので子猫は黙って歩いていた。
時折、ちゃんと付いてきているか後ろを振り返ると、キョロキョロしながらだがちゃんと後に続いてきていたので安心する。
道頓堀に付いたら、下を覗きこませてそこを突き飛ばしてやるのだ。川は汚いから最悪の旅行になるはずだぞ。子猫は口元を挙げながら小さく頷いた。

「……フン」

そんな一団を遠くから眺めているウィックは、若干馬鹿にしたように鼻で笑った。
親子仲良く大阪見物か、馬鹿馬鹿しい、馬鹿馬鹿しい! ……と、そこまで考えたところでウィックは妙に苛立つ気持ちを抑えた。
とりあえず一日を見ると決めたのだ。組織の首領ともあろう者が早計な判断をするのは禁物なのだ。

落ち着かせるべく、ウィックは目を閉じて、大きく息を吐いた。目を見開くと、既に子猫らは通りの外れに出ようとしていた。
ゆっくりとした足取りで、その後を追う。休日のために辺りは親子連れ、家族連れで溢れていた。
それらによって作られた行きの流れと帰りの流れ、どちらにも属さないようにその隙間を彼は進んだ。子供のやかましい声が歩みを速めさせた。

能天気な奴らだ…。彼は思った。いや、口に出していたのかもしれない。親子連れの目がこちらを見た様な気がした。
風船を持った男児が母親に手を引かれて、彼のテリトリーにはみ出していた。何も判らない愚かなガキだ。
そう思ったとき、彼は足を出して男児を転ばせていた。足早にその場所を去る。後方から泣き声が聞こえた。
母親の心配げな声がかすかに聞こえる。派手に転んだから血が出ただろうか……だと良いのだが。













道頓堀の橋の中央付近に子猫達が来ると、ウィックは橋の入り口付近に身を潜めて一同の動向を眺めた。
両親はグリコ看板に夢中になってるらしく、指を指しながらワイワイ声をあげている。
一方、一人だけ周囲をキョロキョロしている子猫の様子に気づいたウィックは、彼のこれからやろうとしていることを薄々感づいた。
恐らく橋の下に突き落とすために、目撃者がいないかどうか確認しているのだろう。ただでさえ人気の多いところだ、誰も彼らを見ている物はいなかった。

「ねぇ、クソババァさんとクソジジイさん」

実行可能と判断したのか、子猫が二人にそう声をかけるとすぐさまエコパパが振り向き、彼の頭にゴチンとゲンコツを振り下ろした。
子猫の行動を予想したウィックにも、この行動はさすがに予測不能だった。いや、誰にも予測不能だっただろう。

「人をクソババア呼ばわりするのはやめないか。一体どんなしつけをされたんだいキミは」
「ふ、ふぇ……だ、だって!」
「だってじゃない。キミが我が子なら、もっと叱るつけてやっていた所だぞ」

さすがに理不尽すぎたのか、子猫は頭頂部を押さえながら自分の父親を恨めしそうに見つめていた。
傍目にはすねたような瞳に見えるだろう、だがウィックにはその目の奥の憎しみをハッキリと捉えていた。今すぐにでも突き落とそうと思っているはずだ。
実際に子猫はこの時、途中の経過を省略してでもすぐさま計画を実行しようと決意していた。普段よりも余計に憎さの増し方も激しかった。

「それよりもさぁ、この前ここからカーネルサンダース人形が見つかったんだよ。知ってる?」
「えっ、ロッテリアのおじいさんが!?」
「やだパパ。モスバーガーよねえ」
「うん、そうだよ。あそこ、あそこ」

子猫は突っ込むことすら放棄したようで表情一つ変えずに、橋の手すりに寄りかかり、その下を流れる汚い川を指差すと、
どれどれと良いながら二人とも興味深そうに身を乗り出して、緑色に淀む水面の奥を少しでも深く見てみようと覗き込んだ。

「フフフフ……」

子猫は一人離れながら悪エコのように悪どい笑みを浮かべて、ゆっくりと両親の背後に回っていた。
スケールはともかく、悪人としては申し分ない態度だ。ウィックは無意識に小さく頷いていた。

「ちゃんと見ててね……」

子猫はそう言って、まだまだ両親に下を覗きこませると一気に走り出し両手を前に突き出した。
この分ではまず間違いなく両親はまっさかさまにヘドロの海に落ちていくだろう。脳内計算も完璧、今世界で一番悪い顔をしているはずだ。

「おや、子猫さんも見たいのかい?」
「どうぞどうぞ」

こちらを振り向いたエコママとエコパパが、こっちに突進してくる子猫の前を開けるように左右へさっと移動した。
子猫は途中で止まろうにも、文字通り目と鼻スレスレで避けられたので止まることも出来ずそのまま欄干から身を乗り出した。
ウィックは両目を手で押さえている自分に気づいた。今度は無意識ではなく、情けなさだった。見なくても判る。
向こうから、「ふぁぁぁぁぁん」と言う子猫の力の抜けた声が聞こえてくるのだ。が、それにしては飛沫の音がしない。ふと目をやると、

「子猫さん。大丈夫ですか。今、引っ張り挙げますからね」
「諦めないでね。もうちょっとよ」

子猫は、川へ落ちないように必死に欄干を両手で掴んでいた。彼を持ち上げようとする両親だったが、
さすがに彼はサイボーグなので重くて手こずっているようで、その光景を見ながらウィックはフンと鼻で笑っていた。無様にもほどがある。
こんな無様な姿を晒して、親なんかに助けてもらうとは……馬鹿な奴め……!

「だめだわパパ。この子おデブさんだから持ち上がらないわ」
「そうだね、見かけに反して重いにも程があるな……よし、じゃぁこうしよう」

親子の微笑ましい姿に苛立っていたウィックは、その認識を突然覆されてしまったため、一瞬我が目を疑った。
泣き叫ぶ子猫の手を両親は欄干から引き剥がそうとしているのだ。それもいつも通りの笑顔で。

「やだぁぁぁぁ~! やめてよパパぁぁぁぁ~!」
「下は水だから大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよぉぉぉぉぉ~!」
「ほら取れた!」

穏やかな両親の笑みとは対照的に、この世の悲しみを全てその顔に集合させた子猫は、
なにやら言葉にならない言葉を叫びながらまっさかさまに下へと落ちていった。
今度は飛沫が聞こえる。それだけでなく、子猫の悲鳴が悲惨さを帯びて快晴の空に響いた。

「(……な、なんだ今のは……)」

ウィックは呆然としながらそう思った。













「グリーンさん、次をお願いするのだ!」

ガーネットに声を掛けられて、グリーンは脳内にうごめいている不安をすぐさま引っ込めた。
爛々と目を輝かせているガーネットの横でピンクが心配そうにこちらを見ているのに気づき、グリーンはフッと笑って見せた。

「さっきからぼーっとして、もしかしてグリーン恋わずらい?」

レッドの能天気な問いかけに「いやいや」と笑いながら否定して、グリーンは絵札を読み始めることにした。

「ではいきますよ。わすれじの、ゆくすゑまでは、かたければ……」
「これなのだ!」

ガーネットは元気良く字札を叩く。グリーンはとてもじゃないが、和やかに百人一首なんてやっている場合じゃなかった。
こうしている間にも、もし子猫がおかしな事でもやってしまえば計画が全てパァだ。そして自分の身辺にも影響が……。
なんせ、子猫を推薦したのは不本意ながら自分自身と言うことになっているのだから。

「ガーネット、それ違う札だよ。“かひなくた…”じゃなくて“けふをかき”じゃない?」
「そうなのですか?」
「さっきからガーネット勢いはいいけど、全部違う札なんだよねえ」
「しかし楽しい気分だ!」
「うーん。楽しければ良いってわけじゃないんだけどなぁ~」
「……すみません。私、ちょっと用事を思い出したので出かけてきます」

グリーンはさすがに我慢が出来なくなって、その場から立ち上がり、持っている絵札をホワイトに手渡す。

「あーあ。ガーネット、グリーン怒っちゃったよ」
「そうなのか!? グリーンさん勘弁してくださいです! 要請します!」
「グリーン。どうせなら帰りにホームエンター行って来てよ。キッチンの換気扇のネジ1本なくなっちゃってるんだ」
「すみません。ちょっと無理です」

ガーネットが涙腺を潤ませながらグリーンに許しを乞うているが、別にガーネットの心象はどうでもよかった。
それよりもまず第一にウィックの心象が大事だ。そそくさとリビングを出ると、グリーンはいつの間にか駆け足になっていた。

「俺はグリーンさんに嫌われたのだ……心臓に釘を刺される……それは痛いです……」
「それは藁人形だよ。心配しなくてもいいからね」
「グリーンはそんな人じゃないから心配しないで。本当に用事だと思うよ」

地面に手を付いて、あっという間にネガテイブモードに入ってしまったガーネットを隊員達が慰める。
こっちはこっちで面倒くさいが、正直百人一首は難しいので安心した隊員もいるのも事実だった。









近くのトイレを散々文句を言われながら借りて、ようやく汚れを洗い流すことが出来た子猫は、
目付を出来るだけ鋭くさせながら、前方を歩いている両親をギンギンに睨みつけていた。
5分前まではもう少し柔らかい目だったのだが、

「子猫さん、臭いなぁ」
「後ろの方歩いて欲しいわ」

なんてことを実の親に正面切って言われたせいで、現在の彼は普段滅多にしない三白眼になっているのだった。
もう絶対に容赦しない。両親だろうが何だろうが自分には関係ないのだ。脳内は大パノラマの地獄絵図が広がっている。
次はとにかく血を見る事になっても良いぐらいのことをしてやろう。悪エコ成分が入っているせいで子猫の悪さもますます増徴していくばかりだ。

「あっ、そうだー!」

わざとらしく声をあげて、子猫は両手を叩いた。
しかし、両親は気づかぬまま歩いていたので、ムカムカしながら彼らの前方に回りこんだ。

「あの~お腹すきませんか? オレ、良い所知ってるんですよ」
「もう食べてきましたから結構です」
「ええ、しゃぶしゃぶ食べてきたの、私達」
「……じゃ、じゃぁ、どっか行きたいところないですか?」
「そうねえ、私、ぶどう狩りに行きたいわ」
「ぶ、ぶどう……」

今はぶどうのシーズンじゃないだろ!と子猫は叫びそうになったがここはグッと堪えることにして、
「じゃ、ぶどう狩りに行きましょうか」と微笑みかけたが、

「でも、今はぶどうのシーズンじゃないんじゃないかなママ」

と、こういう時だけ一般的なツッコミを入れるエコパパだった。

「あら、本当だわ。私うっかりしてたみたい」
「適当な事言っちゃいけないよ子猫さん」
「この子、結構いい加減なのねえ……」

あまつさえ、何と言う事か軽蔑の目を向けられているではないか。子猫は完全に堪忍袋の緒が切れた。

「……い、いい加減にしろよっ!」
「あら、パパあそこにお花屋さんがあるわ」
「ホントだね。行こうか」

ここぞとばかりにキレるつもりだったが、すぐさまエコママとエコパパは嬉しそうに手を繋いで子猫の傍を通り過ぎていった。
後に残されたのは、バカみたいに大声を張り上げて道の往来に立っている自分自身だけ。子猫は確信した。やはりパパもママも一筋縄じゃないかない。
いつものエコならばムカムカで終わるが、そこはさすがの改造猫。ふと冷静になって、二人の後を追い、今一度計画を練ることにするのだ。
二人がやって来ていたのはホランの会社ビルの真正面にあるフラワーショップ。子猫はいつもこの店を見ている。視線に関しては常連みたいなもんだ。

「まぁ、綺麗なお花」
「ホントだねえ、でも、ママの方がずっと綺麗だよ」
「やだわ、パパったら」

人の目があると言うのに店の前で見せ付けてくれる両親。いくら憎らしいと言えどもやはり身内としてちょっと恥ずかしい。
あんまり騒がしいからか、奥からは店員さんが花の手入れをしていたのだろう。紺色のエプロンで手を吹きながら「いらっしゃいませ」と顔を出した。
すると、突然店員さんはエコママの顔を見てあっと声をあげた。口を手で抑えて、表情の端々には嬉しさが垣間見える。

「お、お久しぶりです!」
「まぁ、あなたのお店だったのね」

エコママはそう言っておっとりとした笑顔で周囲を見渡すと、軽く頷いて「どおりで良く手入れしているはずだわ」と続けた。

「そりゃそうですよ。店長の下で頑張ってきましたからね」
「て、てんちょー!?」
「そうだよ、ママのお家はね。元々お花屋さんだったんだ。彼女はバイトでよくママの花屋でに働きに来てたんだよ」
「えぇっ!」

子猫の声に、エコパパは腕組みをしながらハハハと笑った。14年生きてきて初耳だった。
そういえば、食卓のテーブルには良く綺麗な花を飾ってはいたが、まさかお花屋さんだったなんて。

「あの頃のママは本当に綺麗だったなぁ……。まさに花のようだった」
「まあ、パパったら」
「旦那さんもお久しぶりです」
「うん、お久しぶりだね」

懐かしそうに会釈をする店員を見て和やかに会釈を返す両親を見て、子猫はただただ呆然としているしかなかった。
どうも、自分の外で色んなことがありすぎていたようで、考えていた作戦まで脳の外から飛び出してしまった気がする。

「本当にお幸せそうで何よりです。私、あの時はどうなるのかと……」
「もうあれから、15年くらい前になるのかなぁ」
「本当ですよ。あ、思い出した。せっかく引越し先の住所教えてもらって何度も手紙書いたのに、返事が帰ってこなくて。おかしいなぁおかしいなぁと思って調べたら、
店長の書いてくれた住所って皇居だったんですよ。私、びっくりしちゃいました。宮内庁から宛先が違うのでは?なんて手紙が来た時はどうしようかと」
「あら、そうなの? うっかりしてたわ」
「ママはそそっかしいからなぁ。ハハハ」
「お子さんはもう中学生くらいでしょう? あ、この子が?」

店員が子猫に目を向けたので思わず子猫はドキッとして首をブンブン振った。

「違います。この子は我々に大阪を案内してくれているんです」
「そうですかぁ、でもお二人のお子さんだったらきっと可愛いんでしょうね」
「そうねぇ。色が白くて、目鼻立ちがすっきりしてて、良い男になってるわ」
「おいおい、ママ。ママがいってるのは反町隆史じゃないのかい?」
「あら、ほんとだわ。うふふ」
「ハハハハ」
「……相変わらずですね店長」

昔の両親もマイペースだったのだろう、店員さんも苦笑いを浮かべていた。

「男の子で、名前はエコって言うの。本当はスリッパって名前を付けるはずだったんだけど…」
「えぇっ!?」
「ちょっとうるさいなキミは」

父親にたしなめられてしまったが、大声を出さずにいられないはずはなかった。
と同時に、なんの間違いかスリッパにならなくて良かったと子猫は心の底から思った。

「エコ君ですか。お二人のお子さんなら、さぞかし朗らかそうな子になってるでしょうね」
「でもねぇ、悪い友達と付き合ったりしていつも帰りが遅いし、暴走族みたいな所に入ったりしてオイタが過ぎるの」
「まったくけしからん奴だよ。親に悪態はつくし、暴言は吐くし、すっかり不良になってしまった」
「た、大変なんですねぇ……」

だって、両親が悪いんだから仕方ないだろと、子猫はここでも口には出さなかったが心中で悪態をついた。

「あんな悪い子供になるとは思わなかった」

子猫はムッとした。色んな事を言いたくなったが、今は子猫の状態だから頭が冴えている。言わないのが最適だとわかってる。
でも、どうしても突然やって来た心のもやもやが晴れない状態が、ますます子猫の中で膨らんでいくばかりだった。

「(お、オレだって、こんな親だとは思わなかったんだからな……)」











カオンがブラックキャット団のアジトに来ると、タイガーアイが焦った顔で駆け寄ってきたので一瞬たじろいでしまった。

「おい、カオン。ウィック様を知らないか!」
「え、ウィック様がどうかしたんですか?」
「……つい今しがた作戦の監視を終えて帰ってきたんだが、ウィック様がいないのだ」
「いつもの単独行動中なのでは? そんなに気にされる事はないと思いますよ」

タイガーアイは、鋭い目をカオンに向けたが弱弱しそうに彼から目を逸らした。

「どうか、されたので?」
「……近頃、ウィック様の様子が少しおかしいようだから、ちょっと気になってな」
「大丈夫ですよ。タイガーアイ様ともあろうお方がウィック様を信用されないでどうするのですか?」
「貴様もずいぶんと言う様になった物だ。まぁ、良いだろう。俺もウィック様を信用していないわけではないからな」

タイガーアイはそう言うとニヤリと笑みを浮かべた。

「タイガーアイ様はウィック様にも一目置かれていますから。毎晩、ウィック様の部屋の前で見張りを勤めているでしょう」
「当然だ……ウィック様だけが俺の全て。何かあった時は俺もウィック様の後を追う。ウィック様と俺は一心同体だ」

カオンにはホランの例があるのでタイガーアイの言葉を聞いて少しだけそっち方面の事を考えたが、タイガーアイの真剣な瞳を見ると
とてもそんな事を考えられないほどストイックな言葉にしか思えなかった。ウィックの思惑通りな人格へとなっているのだろう。

「所で、貴様はここへ何をしに来た?」
「いえ、おれっちもちょっとウィック様に用事があったんですが……いらっしゃらないようならば、また後でお伺いします」
「何だ?」
「いえ、大したことではありません。タイガーアイ様もお気になさらず。ハハハ」
「……ウィック様を守るのが俺の使命だ。あのお方に関係する事ならばまず俺を通せ」

タイガーアイの表情がどんどん険しくなっていった。カオンはマズイと思いながらヘヘヘと笑いながら手をパンと打った。

「あ、そうだそうだ。今BC団が進めている極秘計画。あれにおれっちも協力させてくれませんか。タイガーアイ様」
「貴様はスパイ担当のはずだぞ……ただOFFレンジャーの動きを逐一俺に報告すれば良いのだ」
「いや、そうなんですけどね。おれっちも、ウィック様とタイガーアイ様の特別なお計らいでこうして改造猫として生まれ変わらせていただいたでしょう?
もう、ブラックキャット団の一員になれたことはおれっちの誇りでしてね。どうにか恩返しをしたいなーと思っているんですよ」
「……当然だ。そうでなければ貴様を迎え入れることなどしない」
「おれっちも少しだけ作戦に噛ませてくださいよ~。お願いします。タイガーアイ様」

タイガーアイ様はチラとカオンを見やって、何かを考えているようだった。カオンは慌てて彼の前に跪き、再び「どうか」と声に出した。

「……まぁ、良い。いずれ時が来れば貴様にも協力させてやろう。今の所灰色猫による整備工事の段階だからな」
「はっ、ありがたき幸せです、タイガーアイ様。このカオン、より一層BC団、ウィック様タイガーアイ様のため、任務を務めさせていただきます!」
「……期待しているぞ。カオン」

タイガーアイはそう言って、跪いているカオンを見ることなくツカツカと廊下の奥へと歩いていった。
足音が聞こえなくなってからようやくカオンはふーっと溜息を付き、ゆっくり立ち上がった。

「……仕方ない。ウィック様がいないんなら、おれっち一人の手でやるしかないか」

黄色い爪に映る自分を見つめながら、カオンはゆっくりと頷いた。










「い、いたニャー! ウィック様もいるニャー!」

大声をあげる猫猫の口を押さえつけた獣猫は、茂みの中に隠れている改造猫達に親指を経てて合図をして見せた。
大通りまでやって来た彼らは、とりあえずホランの自社ビル前の植え込みに隠れていた。中にいるのは子猫だし、
花屋の外壁に持たれながら中を探っているバンダナ姿の男は間違いなくウィックだ。

「か、完全なシチュエーションだニャ! ここなら人も多いし、結果を出すには最適だニャ?」
「待て待て、やみくもに動いたら元も子もないって感じ」
「でも、ここに隠れていても仕方がないのさ?」
「じゃぁ、俺の能力を使って支部長を操る!」
「いやいや、ここは俺の能力だろ」
「俺、やる」

少しでも成果を出したいのか、はりきっている改造猫達だったが、彼らの様子から、
何もまとまらないことを悟ったのは、わいわい騒ぎ出す彼らの体を影を操る能力によって縛り付けた影猫ただ一人だった。

「……一人だけに任せるとボロが出る。ここは全員の力を合わせるべきだ」
「そうそう、影猫が良い事言ったニャ。ホールインワンだニャ!」
「それってワンフォアオールじゃねーの」
「で、影猫。全員の力を合わせるって言ったってどうすりゃ良いんだ?」

影猫は一通り改造猫達を見回し頷くと、化猫に向って指を指した。

「まず化猫があの花屋一体に幻覚を見せて、前の通り一帯をパニックにさせる」
「わかったのさ」
「続けて獣猫が動物を、オレが影の能力を使ってその状況に拍車をかける」
「俺、やる」
「その最中、操猫が支部長を操って移動させた隙に写猫が入れ替わり、上手く立ち回らせる」
「な~るほど。壮大なヤラセをやろうってことだネ」

影猫は重々しく頷いて再び改造猫達の顔を見渡した。

「……失敗したらその時はオレ達の最後だ。気を引き締めてやるしかない」
「おう!」

何時になく結束力の強まった雰囲気を醸し出しながら、皆一様に覚悟の顔で声をあげた。
と、そんな中微妙に場違いなとぼけた顔で猫猫が影猫の前に飛び出してきた。

「ちょ、ちょっと、待つニャ。オレ様はどうすれば良いのニャ?」
「猫猫の能力は微妙だから見張りを頼む」
「にゃっ、にゃんだと!」
「猫猫、見張り、する」

影猫に掴みかかろうとする猫猫の肩を獣猫が優しく叩いた。
険しい獣猫の表情から『ガマンの時だ』と言いたいことが非常によく伝わってきていた。

「……わ、わかったニャ。オレ様はこの中じゃ一番先輩だからニャ。一番地味かつ“重要”な仕事に相応しいニャ!」

猫猫は無理やり自分を納得させるようにそう言って、フフンと鼻で笑いながら胸を張った。
他の改造猫達はそんな猫猫に何の感情すら感じず、ただ自分の任務を完璧に遂行する事だけを考えていた。

「ところで影猫、どんな感じで作戦がスタートするんだ?」
「そうそう。ちゃんと決めてくれないと一番手のボクが困るのさ」
「……オレが合図する。その時でいい」

影猫はそう言って花屋の方を振り返り、ウィックと子猫らの動向を再び窺い始めた。
ウィックは相変わらず壁にもたれたまま、店の中へ耳をそばだてている。動くとしたらそろそろだと影猫は思った。











「ねーねー。こんな所もう良いから早く次に行こうよ」

いつまでも店員と両親の思い出話のせいでのけ者にされている子猫は、母親の腕を引っ張ると言う、
実に子供じみた事をしながらそう訴えかけた。が、母からは「ちょっと静かにしててね」なんて、
これまたそれをたしなめる母親のような言葉を言われたせいで、ムスッとしながら、傍に並べられたガーベラの花を手でいじるばかりだった。

「……子猫。貴様はどこまで無様な真似をすれば気が済むんだ……」

突然、店の外で聞き覚えのある冷たい声を聞き、子猫の全身に電気が走った。
赤いバンダナを巻いて額の紋章を隠しているが、それでも頬の模様はハッキリと目立っている。ウィックだった。

「う、ウィック様!」
「あら、お客さんみたいよ」

のほほんと自分の方を振り向くエコの母親を見てウィックは敵意の目で見返した。

「ど、どうしてここにウィック様がいるんですかぁ!!」
「……貴様の動向を見るためだ。一部始終見せてもらったが、貴様は支部長失格だ……情けない」

吐き捨てる様にそう言うと、彼はこちらを見てくるエコの両親を冷淡な瞳で一瞥した。

「ま、待ってください。お、オレ、今からでも何か凄いことやりますから!」
「もう良い……」
「すぐですからすぐ!」

子猫がすぐさま花屋を飛び出すと、やって来たトラックが彼を避け勢いよく横転した。
そこから、流れ出したガソリンに発火して車は燃え盛り、行き交う人々はパニックを起こした。
爆発の際に、燃え移った火の子のせいで全身火だるまになって、地面に転げまわっている。

「……」

子猫は道路に一歩足を踏み出したままの格好で目を点にしながら目の前に広がる地獄絵図を眺めていた。
そして、誰も気づかなかったが、ウィックも呆然としながらその光景にただただ絶句していたのだった。
もちろん、誰よりも驚いていたのは綿密に作戦を立てて今すぐにでも実行しようとしていた改造猫達であった。

「あらあら。なんだか物騒ねえ」

しかし、唯一動じないのがエコのご両親。まるで花火見物でもしているかのように、

「こんな危ないところにいたら危険だから、今日の所はもう帰ろうか?」
「そうね。帰りましょうか。子猫さん、ご苦労様でした」

マイペースな彼ら夫婦が帰っても、消防車がやって来て消火活動を終えるまで誰もそれに気づくことはなかった。


……だが、そんな光景をただ一人冷静に見つめていた人物が一人。彼は近辺のビルの屋上で、無線のスイッチを入れ、

「……エキストラの皆さんお疲れ様でした。撤収してください」

と言って無線を切り、額に滲んだ汗をふき取った。彼…カオンは、腹の底から安堵の息を吐いてその場に座り込んだ。

「ホランからの資金がこんな所で役立つとは……」

背を倒して、カオンは空を見上げながらニヤリと微笑んだ。

「……おれっちも運だけは良いみたいだな」

空は端から徐々に赤に染められ始めていた。子猫を除く全てのBC団の人間にとって長い一日が終わりを告げた。














「よくわかんなかったけど、ラッキーだったなぁー」

元の姿に戻ったエコは、両肩をぐるぐる回しながら今日のことを思い返していた。
なんとかウィックも自分の事を認めてくれたし、万々歳だ。きっとタイガーアイも褒めてくれるだろう。

「……そういえば朝から何も食べてなかったなぁ」

安心するとお腹が空くのは当然の事で、エコのお腹も「やっと催促できたぜ」と言わんばかりにグルグルと音を奏で始めた。
今日の晩飯は確か薄い味噌汁の残りとたくあんだ。さすがに育ち盛りの彼にはそんな夕飯じゃ今日は満足できない。
どこかで弁当でも買って食べようか。そうだ。OFFレンのとこの前に弁当屋さんがあったぞ。
エコはそうと思ったら早速、お弁当を食べる事に決めて、本部の方へと足を進めた。

「お、おべんとくださーい」

エコが弁当屋にやって来た時は、ちょうどお店がシャッターを閉めようとしていた頃だった。
店長さんはシャッターを掴む手を離してエコの方を振り返り、困った顔をして目を伏せた。

「あっ、あの。おべんとください」
「ごめんなさい。今日はもう店じまいなの。急に近所のエキストラ事務所から大量発注があって、材料全部なくなったから」
「えーっ。そんなぁ!」

エコはぺたんと地面に座り込んでガックリと肩を落とした。彼は全身で弁当を食べると決めていただけに全身が期待はずれを感じたのだろう。

「ごめんなさい。今晩はお母さんの美味しいご飯で我慢してね」
「……そんなのないもん……薄い味噌汁とかだもん……」
「うーん。困ったわね。オニギリでも作ってあげられたらいいんだけど……」

店長さんが困った顔でオロオロしているのを見るとさすがにエコも罪悪感を感じ始めて、
小さく首を振りながら、「やっぱり良いです」と呟いた。

「ごめんなさいね。お詫びに今度お弁当半額にしてあげるから。ホントにごめんなさい」

エコは何も言わずにペコリと頭を下げて弁当屋を後にした。
お腹の虫がさらに自分の中で縦横無尽に暴れまわる。このまま口から飛び出してくれれば良いのに。

「あ、エコくんですー」

向こう側から、コンビニ袋を持ったシェンナとクリームがやって来ていた。
エコは足を止めて、ハァ。と大きな溜息を付いた。

「エコくん。夜遊びはダメよ。ちゃんとアジトに帰りなさい」
「ですですー」
「オレ、お腹空いてるんだ。ねぇ、二人ともコンビニ行って来たんだろー? なんかちょうだい」

エコが右手を差し出すとシェンナとクリームはお互いに顔を見合わせてフッと笑った。

「な、なんだよー。いいだろ1つくらいー」
「まぁ、キャラメルぐらいならありますけど、それ食べちゃって良いんですか?」
「平気だよ。オレ、キャラメル好きだし」
「そうじゃないですー」
「ふぇ?」
「アジトに帰ってみれば何かわかるかもしれませんよ」

首をかしげるエコに二人はまたもニヤニヤと笑いながらエコの傍を通り過ぎて行った。
エコは後ろへ振り返り、街灯の下を通り過ぎて暗闇に消えていく二人に叫んだ。

「ま、待てよー! 何なのか教えろよぉー!」

とうとう二人の姿が見えなくなると、エコは傍の石ころを蹴飛ばして、また一つ溜息を付いた。
なんだか余計にお腹が空いてしまった。もう薄い味噌汁とたくあんでも良い。何か食べたい。
惨めな気分になりながら、エコはとぼとぼ歩いては、溜息の塊を一つ、また一つと地面の上に転がしていった。













「ただいまー……」

重い足取りで蛍光灯の切れ掛かった食堂に入ってくると、オオカミ達は苦笑いを浮かべて、
入り口の傍のテーブルに置かれたラップに包まれた大皿を目で示していた。

「今日の飯はそれだぞ」
「お前だけ特別だ」

レンジで一度暖めたのかラップの上面には細かな水滴が付着して中はよく見えないが、ご飯類であることは判った。

「OFFレンが持ってきたから毒でも入ってるかもしれねーぞ」
「OFFレンが?」

何でOFFレンが自分に夕飯を持ってきたのか、エコにはとんと見当もつかなかった。
しかし、薄い味噌汁とたくあんよりは100万倍マシだ。毒が入ってたとしてもサイボーグだからへっちゃらだし。

「ここじゃなくて別な所で食えよな。他のヤツラに食われるぞ」
「そうそう、大事なご飯でちゅからねー」
「ぶはっ、お前そういうのやめとけよ」
「わりぃわりぃ」

オオカミは小ばかにした様に笑いを押し殺していた。何かよく判らないが不愉快だった。
OFFレンにご飯を持って来てもらったのがそんなに子供じみていて可笑しいのか。
エコとしては、「だったらいらない!」くらい言いたい気持ちだったが、その行為の代償が薄い味噌汁おしんこ付きだと思えばさすがに踏みとどまるしかなかった。

「フン。言われなくても一人で食べるよ」

エコが取れるのはそう言ってぷりぷり怒りながら食堂を出ることだった。しかし、このまま部屋で食べるのも何だか悔しい。
そうだ。せっかくだから改造猫にも分けてやろう。いざとなれば一応毒見役にもなる。そう思い立ち、早速エコは隠し部屋へと急いだ。

「お帰りなさいニャー、支部長!」
「支部の存続が決定してよかったのさー!」

部屋に入るなり、改造猫達は大きく両手を広げて手を広げてエコを迎え入れてくれた。偶然とは言え、何だか気分が良い。
では気分が良いまま美味しくご飯を頂こうと、改造猫達の間に割り込んで関に向かおうとすると、一番奥のエコ専用座席には、
ウィックが腕を組みながらこちらを見つめて座っていた。しかたがないのでその隣の猫猫の席にお皿を置いて、ウィックにペコリと頭を下げた。

「えっと、あの、ウィック先…様。今日はありがとございました」
「……食いながらで構わん」
「は、はい」

エコはまたペコッと頭を下げると、席に着いて大皿にかかったラップを取った。その瞬間、良い匂いが束になってエコの顔面に昇って来た。
視界よりも先に、嗅覚でこの食べ物が一体何なのか、エコは瞬時に理解した。彼の大好物のえびピラフである。

「やった!」

思わず大声を上げると、エコはすぐさまスプーンを掴んでピラフをひとさじすくった。
と、妙な視線を感じて顔をあげると冷たい瞳でこちらを見ている隣のウィックと目が合った。

「……貴様はガキか」
「す、すみません」
「……第一、貴様はブラックキャット団としての自覚を持つべきだ。今日の一連の出来事を見ていてもまだ不服な点はある」
「は、はい」
「貴様の親だろうが何だろうが、あの無様な態度は何だ。貴様は、BC団員なんだぞ」
「お、オレだって、パパやママには悪いこといっぱいしてやろうと思ったんです。でも、上手く行かなくて……」
「殺してやるぐらいの勢いで行かないからだ……!」

しゅんとするエコの姿に、ウィックの口撃は止むどころかますます激しくなっていた。
ただの説教とは違って、何か別の原因もその中にありそうな気配だけはエコにも僅かに感じ取れた。
エコはただただうな垂れて、ウィックの気持ちが収まるまで待っていた。10分ほどして、ウィックはようやく大きな息を吐いて、

「……もう良い。食え」

と、再び腕を組んで、不機嫌そうな表情を維持したまま椅子の背にもたれ掛かった。
エコは、恐る恐るウィックの様子を窺いながら再びスプーンでピラフをすくい口に運んだ。

「お、美味しい!」

またも声に出してしまいエコは慌てて口を抑えた。しかし、本当に美味しかったのだから仕方がない。
へへへ、とウィックに愛想笑いを浮かべながらエコは再び二口目のピラフを味わった。三口目、四口目……。

「……!」

五口目に入ろうとピラフの中にスプーンを突っ込んだ時、エコの表情が変わったのにウィックは気づいた。
ピラフの中をじっと見つめたまま、少しだけ口元が動いていた。

「……何だ」

妙に気にかかってウィックが皿の中を覗き込むと、星型に切られたハムがスプーンの中にぽつんと乗っかっていた。
随分凝ったことをするものだなと思うと同時に、馬鹿馬鹿しいと言う気持ちでウィックが座りなおすと、エコの目からぽろっと涙が零れた。

「ど、どうしましたニャ支部長」
「変な物でも入っていたんですか?」

エコはぽろぽろと涙を零しては、唇を噛締めて黙り込んでいた。ただのハムじゃないか。何がそんなに悲しいんだ。

挿絵

そう、ウィックが尋ねようとすると、エコがポツリと蚊の鳴くような声で「これ、ママの……」と言うなり、ウィックは思わず立ち上がって叫んだ。

「……貴様は、貴様は、あんなに親に酷い目に会わされていたくせに……!」

ウィックは拳を震わせながら、血走った目でエコを怒鳴りつけた。腹立たしくてたまらなかった。とにかく、とにかく怒りでどうにかなりそうだった。
だが、エコは泣きながら、震えるスプーンを口に運ぶだけでそれきり何もウィックには応えなかった。

「……BC団の面汚しめ……! 貴様は、貴様はまだ親なんて物に……! まだ俺の言う言葉がわからないのか!」

今にもエコに掴みかかろうとした時だった。突然の金属音と共に、エコは口を抑えてテーブルの上に「うぇっ!」と何かを吐き出した。

「……!」

ウィックは目を見張った。
ピラフと一緒に油で黒ずんだボルトが、鈍い光を放ちながらテーブルの上に転がっていたのだ。

挿絵

「ふぁぁぁぁぁぁん。ママ、ひどいよぉぉぉぉぉぉ!」

入るとしたら物凄い偶然、いや、もしかしたら……?
こんな物、故意に入れない限り普通は入るわけが無い……はずだ。多分。

「……だから言っただろう」

エコの泣き声を聞きながら、少しだけ安堵した自分がいる事にウィックは気づいた。