第106話
『ヒーローは誰だ!?』
(挿絵:ワルスカイ隊員)
『日本一のヒーローに送る!』
そう書かれただけの封筒には、地図と招待券が同封されていた。
久しぶりに届いたOFFレンジャーへのそうした奇妙な郵便物は、朝からとてつもない感動をレッド隊長にだけ与えていた。
「ねぇ、見てよこれ。日本一のヒーローに送るだって! まさかこんなに早く日本一のヒーローとして認められるなんて思わなかったなぁ」
本部に隊員がやって来るたびにレッドはそう言って手紙を見せ続けており、隊員はうんざりし始めていた。
喜んでいる隊長には悪いが、みんなさすがにOFFレンジャーが日本一と呼ばれるまでのヒーローになったとは思っていない。
おまけに何の情報も無い地図と招待券、どう考えても怪しさ100%。だが、レッドの無邪気な喜びぶりに誰も口を挟むことができないでいる。
「みんな、土曜日は絶対に空けておいてよね! ぐるぐる戦隊OFFレンジャーのカッコよさをババーンと見せ付けなきゃ! 日本一だもんね」
「……えっと、レッド」
ブルーが弱弱しく手を挙げて、おずおずと立ち上がると、やっと意見を言う人物が現れたか!と隊員一同はホッとして、彼を期待の眼差しで見上げた。
「ん、ブルーどしたの?」
「その、も、もしかしたら……罠……じゃないのかなー? とか、いや万が一の話っすよ? ちょっと警戒が必要なんじゃないんすかねー、とか」

「気にしすぎだよブルーは。そんな事イチイチ考えてたら全部怪しくなっちゃうよ? そんな事言ってたらこの中に敵のスパイがいるかもって話にもなっちゃうじゃん」
隣で麦茶を飲んでいるグリーンの肩をレッドが叩くなり、彼はゴホッと大きく咽せた。気管支にダイレクトに入った。
しかし、この行動をレッドは突然肩を叩かれたことによるものだと判断したようで、すぐに顔の前で手刀を切って謝った。
「とにかくね。ブルーはそう言うけど僕は罠じゃないと思うな!」
「レッド~……」
「もうすこし人を信頼しなくちゃダメだよブルーは。この世界にはいい人もいっぱいいるんだからさ!」
「いや、でも……」
「遅れたのだー!」
その時、リビングに台湾ボーイのガーネット隊員が駆け込んできた。バイト帰りだったのだろう、中華料理屋の白いエプロンを着けたままだ。
彼は荷物を部屋の隅に置くと、明るいニコニコとした表情で集まった隊員達を見回して「おはようです」とペコリと頭を下げた。
「あっ、ガーネット。ちょうど良い所に来たね。見てよこれ日本一のヒーローだってOFFレンジャーが認められたんだよ!」
早速、標的を見つけたレッドがすぐさまガーネットに駆け寄って手紙を見せた。彼は手紙を見るなり「おー!」と声をあげてレッドの手をがっしりと掴んだ。
「素晴らしいのだ。俺はとても嬉しく思って、OFFレン入るを良かった!」
「やっぱり~? さすがガーネットはわかってるねー」
「ガーネットはもしかしたら罠かもしれないと思わない?」
このままレッドを興奮させてはいけないとばかりに、ホワイトが立ち上がってガーネットに声をかけた。
隊員達も新たな見方の登場に大きく頷き、新たにやって来た人間がどちらの側に属することになるのか成り行きを窺っていた。
「皆さん、もっと人を信じるのが良いです! OFFレンは素晴らしい人々だ!」
──残念ながらレッドに初めての仲間がついてしまったようだ。もはや、隊員達も参加するより他ないようだ。
二人は満面の笑みを浮かべながら、わーわーきゃーきゃーはしゃいでいる。そして土曜日がやってくるまでこんな状況が延々と続くことになったのである。
土曜日。朝5時に起きたレッドはしっかりと朝食を食べ、5回だけしか出来なかった腕立て伏せを済ませると、きっちりと身支度を整え始めた。
眠い目を擦っている隊員達はそんなに元気なレッドの姿を呆れ半分、感心半分で眺めていた。だが、残念ながら「さすが隊長!」と思う物は誰も居ない。
「さすが隊長さんなのだ! テキパキさんだ!」
失敬、ガーネットがいたのを忘れていた。彼もレッドには及ばないが、笑顔でトーストをほお張りながらレッドの一連の動作を見ている。
「(レッドとは別のベクトルで厄介な隊員だ……)」
そんな事を考えていると、グリーンの携帯電話にメールが入ってきた。誰にも築かれないように両手で携帯を包み、素早くメールを開く。
『BC団には現在そのような計画はない』
タイガーアイからの物だった。BC団のスパイであるグリーンことカオンは、念のため組織に問い合わせをしたのだが、どうやら今回の件とは無関係らしい。
まぁ、行けば判ることだ。不可解に思いながらも彼はすぐさまメールを削除し、パタンと携帯を閉じた。
「みんな準備は良い? それじゃ、行くよー!」
頭のてっぺんから足の先まで完璧に身なりを整えたレッドが、握りこぶしを天に掲げて元気良く声を出した。
よく見るとマツゲがカールしている。ビューラーまで使ったらしい。ここまでの気合の入れようは逆に怖い。
「日本一のヒーロー、ぐるぐる戦隊OFFレンジャー出動!」
「…………」
「しゅ・つ・ど・う!」
隊員達は小さく溜息を付き、吹っ切れた表情でビシッ!と、敬礼した。
「了解!」
ちょうどその頃、ブラックキャット団のアジトではタイガーアイが珍しく目を輝かせて段上のウィックを見上げていた。
「本当ですか!」
彼は表情の端々に喜びを隠しきれない跡を見せながら、心を躍らせていた。
「本当に……我がBC団が『悪者の友』で扱われることが決定したのですね」
心では判っていながらも、彼は再び首領の口から報告を受けたかった。
自分のこれまでの成果がウィックから正式に認められているような気持ちになるからだ。
そんなタイガーアイの心は首領にも読めていたようで、柄も無く顔をほころばせる彼を見下ろしながら同じ言葉を再び繰り返した。
「『悪者の友』の巻頭カラー特集決定の連絡が入った。我がブラックキャット団としてはどの組織にも負けない活躍を載せる必要がある」
「は……はい!」
やはり現実なのだ。タイガーアイは喜びに打ち震えながらグッと拳を握り締めた。
「……取材班は9時ごろに到着するそうだ。取材期間は一週間。以降の対応は全て貴様に一任する。くれぐれもBC団の恥にはならないように気をつけるのだ。良いな?」
「勿論です、ウィック様。このタイガーアイ、命に替えてでもブラックキャット団の素晴らしさ、偉大さを見せ付けるよう務めさせていただきます」
「期待しているぞ……タイガーアイ」
ニヤリとしたウィックは、そのまま奥の闇の中に消えていった。タイガーアイはゆっくりと立ち上がりフッと息を吐いた。
長かった、ただこの組織を大きくすることだけを彼は望んでいた。それがハッキリとした形となって現れたのだ。そう簡単に冷静にはなれなかった。
今回ばかりは失敗は絶対に許されない。とにかく、与えられた一週間のうちに作戦を考えなければ……。それには優秀なブレーンが必要不可欠。
「……となると、奴しかいないか」
少し不安に思いながらも、やはりBC団で優秀なブレーンと言えば彼しかいない。とにかく時間が無い、行動第一だ。
そう自分に言い聞かせ、タイガーアイは一歩一歩、任務の重みを噛締めながらその場を後にした。
会場である海に面した尾布ベイエリアドームにやって来たOFFレンジャー達は、受付でバッチを渡され、小道具、機材云々の貸し出し云々を聞かされた。
そうしてよくわからないままそのまま中へと通された彼らは、眼前に広がる異様な光景に、ただただ唖然とするしかなかった。
「な、何これ……」
巨大なドームの中には、無数の数のカラフルな者達が所狭しと集まっていたのである。観客ではない事は一目瞭然だった。
どこをどう見ても、彼らは皆ヒーロー、ヒロインの格好をしている。さらに会場のそこここにライブステージらしき物が7つほど設置されており、
その上でも同じようなヒーロー然とした奴等がヒーローショーのような真似を演じており、歓声が上がっている。
「ど、どういうこと、これ」
「何ですかこのイベントは……」
隊員達は何の情報も知らされないまま、受付を通され入り口付近にあるステージに近づいた。
イカみたいな頭をした真っ白なヒーローが手からヒラヒラした糸の様な物を鬼に投げつけている。
まだカッコイイ投げ方ならマシなのだが、どうやら水気があるらしくベチョベチョと言う音が響いており、ハッキリ言って汚らしい。
「いくぞ! 怒りのイカイカキック!」
大して高さの無いとび蹴りを鬼に食らわしたそのヒーローは、着地に失敗して尻餅をついた。
だが、すぐさま立ち上がり「正義は勝つ!」とVサインでポーズをキメる。まばらな拍手が余計に悲愴感を際立てていた。
『はい、ありがとうございました~! 北海道の函館出身、イカソーMENさんでした。採点結果は~……おぉっ! 69点! 第2ステージ進出決定です!』
ステージ奥の電子パネルに69の数字が表示される。イカソーMENとか言うそのヒーローはガッツポーズをして会場にアピールしていたが、
肝心のギャラリーは全くの無反応だった。そんな光景を前に隊員の誰一人何がなんだかまったくわからないでいると、
「やぁ、キミ達もヒーローなのかい?」
隣にいたサングラスと全身タイツ姿の男がレッドに声をかけた。“も”と言うことはこんなイヤらしい姿の男もヒーローなのだろうか。
嫌な予感がしながらも、レッドはコクリと頷いて、「ぐるぐる戦隊OFFレンジャーです」と答えた。
「僕は、岡山出身の全身タイツマンだよ。元々は全身タイツの販売の一環として誕生したんだ。なかなかデンジャラスなインパクトがあるだろう? キミは何処だい?」
「え、あ、はぁ……一応、尾布市ってことになるかなと、思いますけど」
「地元か! おーい。みんな、ここに地元のヒーローがいるぞ!」
男の呼びかけに、レッドの周りにはおかしな格好をした男達がぞろぞろと集まって来た。
ガムテープで張り合わせたダンボールを被っただけの見るからに通報されるような者、一見リアルな戦隊スーツを着ているが、よく見ると所々に凹みが見られる者、
金ぴかのマスクをつけ、唐草模様のマントを羽織ったおっさん、どこをどう見ても歯医者さんなコンビ等々、可笑しな人ばかりだった。
「地元の子らだね、よろしく! 僕は、ブリって地域によってそれぞれ出生魚の名前が違うんだよ戦士のシュッセウォンさ!」
巨大魚に飲み込まれかけている人間としか思えない姿の男がビシッと親指を立てると、我も我もと周囲の人間達が自己紹介を始めた。
「地元かいな。ワイは“ナニワの漢・タコヤKING”や。毎週土曜日にごっつ美味いタコヤキ屋を載せたタコヤキマップを配ってるんやで」
「僕らはもうプルトップを送らないで欲しい事を愛知県で伝えている、プルトップV。テーマ曲『プルトップを送らないで』500円で発売中さ。よろしくね!」
「私達は日本換気扇協会所属のクリーンレディース。換気扇はいつも丁寧に掃除すれば100年は持つのよ」
「そして俺は岐阜県の悪口を言う奴は嬲り殺すぞマン! キミらも岐阜県の悪口は言わない方が身のためだぜ!」
「はぁ……」
次々と現れるイロモノヒーロー達。何故彼らがこんな所にいるのか、そして何故自分達がこんなイロモノ達の集まりにいるのか……。
ドームをいっぱいにするほど膨らむ疑問を、レッドはようやく口に出した。
「あの……この集まりって一体何なんですか」
「えっ!?」
レッドの周囲にいるヒーロー達は悲鳴に近い声をあげて、大きく仰け反った。
「き、君達は知らないでここに来たのかい?」
「だって、封筒には地図と招待券しか……」
レッドは手にした封筒を逆さにして上下に振った。やっぱり何も入ってない……はずだった。封筒の中からカードサイズの紙切れがひらひらと落ちたのである。
「ちょ、ちょっとレッド、どうなってるんですか」
「だ、だって最初に見た時は入ってないと思ってたんだもん」
恐る恐る紙切れを拾って裏返すと『第4回 ローカルヒーロー選手権!』と言う文字がレッドの目に飛び込んできた。
「ろっ、ローカルヒーローぉぉぉぉぉぉ!?」
「そう。このイベントは日本全国から集まったローカルヒーローが日本一を競い合う全国大会さ」
レッドの脳裏にこれまでの喜びに溢れた数日間が甦ってきた。あそこまで無駄に喜びを消費し続けた日々も無かった。
そんな絶望の奥から、徐々に怒りの感情が現れてきたのも当然の成り行きだった。
「ぼ、僕らはちゃんとした正義の味方じゃないか! 何でこんな所に呼ばれなきゃいけないんだよ!」
「でもこのイベントに呼ばれるのはローカルヒーローにとって名誉あることなんだよ?」
「だぁーかぁーらぁー! 僕らはローカルヒーローじゃないの! もっとちゃんとしてて、正統派の、カッコイイヒーローなの! 冗談じゃないよっ!」
レッドはビリビリに紙切れを破って地面に投げつけると、ぷりぷり怒りながら出口に向って歩き出した。
慌てて隊員らが追いかけると、レッドの怒りは相当な物の様で鼻息を荒くしながら大げさに一歩一歩踏み鳴らしながら歩いていた。
「失礼しちゃうよ。OFFレンジャーとあんな安っぽいヒーローとを一緒にするなんて! 喜んで損した!」
付いて来た方も大きな損なのだが、それを言うと余計レッドが怒ることは目に見えていたので隊員達はぐっと言葉を飲み込む。
こりゃぁ、当分機嫌が悪くなったままだぞ。皆そう思いながらレッドの背中を追いかけていたその時である。
「ちょっと失礼。こちらは出入り口ですよ」
出入り口にいた警備員がサッと前に立ちはだかり、レッドを制止した。ムッとしながら「わかってます。僕ら帰りますからっ!」とレッドは答える。
だが、その返答に警備員はサッと突然顔色を変え、無理やり出入り口に向おうとする我らが隊長を取り押さえた。
「ちょっ、何するんだよっ! 僕はローカルヒーローじゃないんだぞっ!」
「参加者用のバッチをつけられていますよね。参加表明された方はイベント終了までの退場は禁止されております」
「こんなイベントになんか参加したくない!」
「では棄権と言う事で宜しいのですね」
警備員は受付の方に目配せすると、受付奥のドアから黒いマスクを頭にすっぽり被った2メートルほどある屈強な男達がやって来た。上半身裸だ。
男達は警備員からレッドを受け取ると彼を肩に担いだまま、のしのしとドームの隅の鉄製のコンテナの方へと歩き始めた。
「ちょ、ちょっと待って! 何これ! ちょっと何!?」
レッドがコンテナの方に目をやると、その中から見るも無残な姿となったヒーロー達が担架に乗せられて運ばれていく姿が見えた。
その隣のコンテナの前では泣き叫ぶ男達が無理やり羽交い絞めにされながら中へと連れて行かれている。外に漏れてくる鈍い音がレッドの耳にハッキリと聞き取れた。
「うわぁぁっ! 僕この歳でこの世の地獄を見ちゃうよぉぉぉ! 降ろしてぇぇぇ!」
レッドは屈強な男共の肩甲骨辺りをぺちぺち叩いたが、そのマッチョな肉体の前では象の前の蝿よりも無力に等しかった。
コンテナはもう目の前(厳密に言えばお尻の前)に迫ってきていた。カラスの首を締め上げたような悲鳴が内部から聞こえてくる。
「棄権しない! 棄権しません! だから降ろしてよぉぉぉぉ!」
レッドの言葉に、屈強な男達はすぐさま立ち止まった。急いで隊員らが駆け寄ると、男の肩の上でレッドはベソをかいていた。
「棄権しません。だから降ろしてくださぁーい、ごめんなさぁーい」
屈強な男達は、肩に担いだレッドをひょいと摘み上げて地面の上に放り投げると、再びのしのし歩いて、受付の方へと戻っていった。
尻餅をついたのか、お尻を押さえて鼻水を啜っているレッドは、そんな男らが去るのを確認して
「何なんだよ、あれは……」
とポツリと漏らした。だが、全く彼と同じ疑問を隊員達も持っているため、誰もそれに答えることは出来ない。
「……キミ達は確か、“ブリって地域によってそれぞれ出生魚の名前が違うんだよ戦士シュッセウォン”と一緒にいた子らだね」
突然声のする方に隊員達は目を向けた。そこには太陽を背にメガネの中央を人差し指で上げている男が立っていた。
一見わからなかったが、よく見ると彼の頭には黄色いカチューシャがつけられており、そこから延びた二本スプリングの先端にはプラスチックの目玉がついていた。
どうやら、やはりこの人もイロモノヒーローの一人のようだ。それにしても、全然伝わってこない格好のヒーローだなぁ…とレッドは思った。
「キミ達は非常識にもほどがある。選手権を棄権するなんて随分と危険な行為だぞ。……付け加えておくと、これはダジャレではないからな」
「あ、あの。一体このイベントは何なんですか? あのコンテナは一体!?」
「まさかキミ達は何も知らずにここに来たのかい?」
「え? ここってローカルヒーローがヒーローショーをして、日本一を決めるトーナメントじゃ……」
「甘い!」
男は再びメガネをクイッと上げ、隊員達に向って強く言い放った。
「『日本一のローカルヒーロー』と言う栄光はそんな単純な物ではない。文字通り、ヒーロー生命を賭けてこその栄光なのだ」
「あの、おっしゃってる意味がよくわかんないんですけど……」
「ちょうど良い、シュッセウォンが来た」
男が顎でレッドの後方を示した。隊員達がそちらに目を向けると、さっきの屈強な男共の肩にシュッセウォンが担がれている。
彼は両手で顔を抑えながら嗚咽を漏らしていた。
「奴はさっきのトーナメントで“図書館の本に蛍光ペンで線を引かないで戦士 マッサラン”に敗北したんだ」
男は再びメガネをあげた。そうしている間に、シュッセウォンはコンテナの中に運び込まれ、悲鳴と共に、肉の塊を叩くかの如く物騒な音が、
一定のリズムで連続的に周囲に響きだした。途中、水気が溢れてきたのかピチャピチャと湿った音が一緒になって聞こえてくる。
「な、な、な、何であんなこと!」
「さっき言っただろう。ここでは日本一の座を『ヒーロー生命』を賭けて掴み取る。負けた物はローカルヒーローの活動権利を剥奪され、
そして二度とヒーローとしてやっていけない身体にされてしまうのだ。あんな風にな」
担架がコンテナの前に運び込まれると、中から再び屈強な男共が現れ、汚らしく黒ずんでボロボロになっている毛布をその上に載せた。
いや、よく見ると目鼻らしき物が見える。嫌な予感を確信するより先に、男は隊員達に説明してくれた。
「あれがシュッセウォンの成れの果てさ。あのように、奴はもう二度とヒーローにはなれない身体になってしまったのさ」
「えぇっ!?」
担架に運ばれていく毛布……じゃないシュッセウォン。よくわからないまま知り合って、あんな姿で再会してしまった衝撃は隊員達を震え上がらせた。
「わかっただろう。ここはそう言うガチガチの体育会系イベントなんだ」
「僕、文化系なのに!」
「……日本一の栄光を掴むのはそれほど困難と言うことさ。ここに来た以上、未来は2つしかない。……デッド・オア・アライブだ!」
男の言葉に隊員達はこの可笑しな格好をしたヒーロー達がとてつもなく男っぽい存在に思えた。
と、同時にそんな会場にやって来てしまった自分達の行く末を思うと足がすくみ始めてしまった。少年少女にとってあまりにも過酷なリアルすぎる。
「そ、そこまでするだけの価値があるんですか?」
「別に何も無い」
「無いの!?」
「むしろ、合コンで女の子にドン引きされ『え、ヤダ、なにそれ、キモイ……』って必ず言われるようになるだけだ」
「みんなドMなの!?」
「まぁ、参加者の思いはそれぞれさ。あ、自己紹介が遅れたね。……私は“縁日で売ってるこのタイプのおもちゃはすぐに電池が切れるよ君”だ。
いつかキミ達と一戦交える時が来るかもしれないね。頑張ってくれ」
最後に2回続けてメガネを上げると、男は手を振りながら去っていった。取り残された隊員達の背後からは絶えず悲鳴が聞こえてくる。
そしてそれが、ますます現在おかれている状況に対する隊員達の恐怖感を煽るのだった。
「……れ、レッドのせいで大変なことになったじゃない!」
いつも勝気なホワイトが震える人差し指をレッドに突きつけ、攻め立てた。
さすがの隊長もやっぱり男の子、今にも泣き出しそうな顔でうな垂れ、いじいじと指を絡ませているばかりだ。
「まぁまぁ、ホワイト。来た以上は仕方ないじゃないっすか」
「うっさいバカ!」
レッドをフォローしようとしたブルーに、ホワイトは八つ当たりの意味を込めて綺麗にアッパーを決めた。
「まぁまぁとかそんな問題じゃないでしょ! アタシはあんな目にあうの嫌なんだからね! 代わりにアンタがボコボコにされなさいよ!」
鼻血を出しながら目を回しているブルーに、さらに蹴りかかろうとするホワイトを他の女子達が止めに入った。
「レッド、何とか言ってみなさいよ! 今回の責任者兼アタシたちの隊長でしょ! え!? どうなのよ! 正統派ヒーローが聞いて呆れるっての!」
レッドは口を真一文字にし、キリッとした顔でまっすぐホワイトを見つめると、思わず彼女は出掛かっていた次の言葉を引っ込めてしまった。
「そ……そうだね」
恐怖心を飲む込むかのように、隊長はごくんと喉を鳴らした。少しだけ表情に明るさが戻ってきた。
「みんな、ごめん。こんな事につき合わせちゃって。責任を持って僕が指揮を執るよ」
「……隊長」
「大丈夫だよ。僕らは正統派ヒーローだからね、こ、こんな所であんな安っぽいただのお遊びヒーローに負けるわけにはいかないよ!」
隊員達の表情にも徐々に明るさが取り戻されてきた。そうだ、ただの企画物のローカルヒーローとは年季が違うのだ。
子供だからと言っても、ちゃーんと世界の平和を守ってきたのだから。そう思うと、この状況は決して絶望的じゃないと思えてきた。
「よ~し! こうなったら本格的なヒーローショーをやっちゃおうぜ!」
「私、裏方さんやる!」
「じゃあ俺は当然ヒーロー役だな」
「となるとイエローは悪の幹部で決定ですね」
「……シルバー、後で本部に帰ったら私の部屋に来てくださいね」
「シェンナはシェンナやるですー!」
隊員達はいつもの元気が戻ってきていた。レッドも思わずその光景に微笑み、そして同時にやる気が出てきた。僕らなら出来る。
ここで勝たなきゃヒーローの名が廃る! レッドは今朝ここに来る前の時よりも、もっともっと晴やかな顔で隊員達に向って声を張り上げた。
「絶対このイベントで優勝するぞ! ぐるぐる戦隊OFFレンジャー、出動!」
「了解!!」
その頃、誰もいないはずのOFFレン本部の中をうろうろしている人物が一人。
「あれっ? あれーっ?」
彼は携帯電話を片手に、片っ端から部屋と言う部屋を開けている。メタリックなボディに長いワイヤーの尻尾、しまりの無い顔、
オオカミ軍団兼、現在はBC団にも所属しているサイボーグキャット、エコだった。
「せんぱぁーい。OFFレンどこにもいませんよー」
『一人もいないのか?』
「はい。オレ、全部見て回ってるんですけどぉ……。誰もいないです」
受話器の向こうのタイガーアイはしばらく黙り込んでいた。『悪者の友』の特集は是非ともOFFレンジャーを倒す所を扱わせたかったのだ。
だからこそ、ブレイン役であるエコ(実際には子猫)がこうして借り出されたわけなのだが、肝心のOFFレンがいない事にはどうしようもなかった。
「どうしますか? お、オレ、もうちょっと待ってましょうか」
『その必要は無い。とりあえず代理の案を考えておけ。俺は先にアジト内の案内とウィック様のインタビューの手配をする。思いついたら連絡しろ。判ったな』
「は、はい」
電話が切れた携帯をしまうと、エコは腕組みしながら出口を目指した。OFFレン以外の案を考えろといわれても、そんな都合の良い敵なんているものだろうか。
子猫にならずとも、これはなかなか困難な要求になるぞとエコは思った。普通の悪事じゃタイガーアイは納得しないだろう、
かと言って、単なる破壊活動みたいな事をやっても、そんな真似はBC団にふさわしくない等と言われるに決まっている。
「どうしよー……」
本部を出て、地上への階段を上がったエコはハァ~と大きな溜息をついた。何とか良いアイディアを出さないと『悪者の友』に自分が載せて貰えない。
やっぱり一旦子猫になってちゃんと考えて見るしかない。……と、そう思って顔を上げた時だった。
「あっ、こんにちは。良い天気ですねぇ」
本部の正面右にある鮮やかな黄色のお弁当屋「まんてん屋」。そこの女店長がにっこりこちらに笑いかけて手を振ってくれたのだ。
彼女は店の両端に置いているノボリを片付けているらしく、大きなノボリを両手で担いだままふらふらとよろけていた。
「だ、大丈夫ですか?」
エコが駆け寄ってノボリの片側を持ってあげると、女店長さんは「ごめんなさいね」と笑って小さく会釈をした。
そのまま二人はそれを店の裏側の方へ持って行き、コンクリートの地面の上にそっと降ろした。店長さんは額の汗を拭い、再びエコに頭を下げた。
「本当にごめんなさい。お客さんにこんなことまで手伝わせてしまって」
「いえ、いいんですよ。この前お弁当貰ったお礼です」
そう、以前エコが家出した際に、ここで廃棄予定のお弁当をタダで譲ってもらったことがあった。
あれから何度かここにお弁当を買いに来ようとしたのだが、何分BC団に入ってしまったせいでなかなかここまで足を伸ばす機会がなかったのだった。
「……あれ、お店もう終わりですか?」
サンプルの陳列棚から少しだけ目線を上に向けると、カウンターにはシャッターが閉まっており『本日臨時休業』と紙が貼られていた。
アジトを出たのがまだ朝9時頃。OFFレン本部でうろうろしていた時間から考えてもまだ12時にもなっていないはずだ。
「ええ、今日は尾布ベイホールでイベントがあるらしいんだけど、そこのお弁当の発注を頼まれてて今から配達しに行く所なの」
そう言って店長さんは店の脇に止められたワンボックスの白いライトバンに目をやった。後方に山積みにされたお弁当箱がエコにもハッキリと見える。
「一人だけで行くんですかー?」
「そうなの。黒末君、先月から全世界コロッケ学会に行っちゃってて当分私一人だから」
「へぇー。でも、あんな大きい車運転できるなんて凄いですねぇー」
エプロンから車のキーを取り出し、クスッと店長さんは微笑んだ。
「この前、免許取ったの。女だからこそ、車ぐらいは乗れないとね。ベイホールまで自転車で行くわけにも行かないし」
「良いなぁー。お、オレも二輪の大型免許欲しいんだー」
「だったらあなたはもうちょっと待たないとね。……さてと、そろそろ行かないとお昼に間に合わないな」
店長さんは小さな腕時計に目をやると、そのまま車に乗り込んだ。シートベルトを絞め、左右後方をしっかり確認し、
そしてミラーを几帳面に確かめ終えるとようやくエンジンが掛かった。
「が、頑張ってくださーい」
車は少しだけ前進するとエコの側方で一旦停止した。ガラスが下がり、女店長さんが自信満々の顔でエコにVサインして見せた。
「じゃ、正義の味方のお腹を満たしにいってくるね」
「え?」
「今日ベイドームにはたくさんのヒーローが集まってるんだって。テレビのね、取材も来るらしいよ」
「えっ!」
「それじゃぁね。行ってきます」
「ちょっ、ちょっと待って!」
発進しかけた車の前に、慌ててエコが飛び出した。当然、急ブレーキの音と共に鈍い音を立てて、彼は衝撃で前方に吹っ飛ばされた。
「だ、大丈夫!?」
アスファルトに転がったエコは、窓から顔を出した店長さんに、無言で親指を立てて応えた。
「……だ、大丈夫だから、お、オレも……」
「え?」
彼はよろよろと立ち上がると、深々と頭を下げた。
「オレも……そこに連れてって下さい!」
「ではっ、配役とスタッフも決定したし、リハーサルをやっておこうか」
リハ用の区画でパンと手を叩くレッドの言葉に、一部の隊員がおーっと声をあげた。
逆に一部ではない隊員とは、読者も予想しているとおり、悪役の隊員達である。
「……あぁ、俄然納得行きません。どうして私が悪役なんですか」
額と両頬に赤と黄色の三角形を貼り付けたどこかの首領役のイエローは、ブツクサ文句を言いながらチラと横にいる部下役の隊員らを一瞥した。
「まぁ、ヒーローだけしか出ないヒーローショーなんて有り得ないんすから、ね?」
獣猫を思わせる格好をしているブルーが、隣のタヌキ顔のガーネットの肩をポンと叩いた。
「俺は化猫さんなのだ。妖怪なのだ。油を舐める人だ!」
「シェンナエコですー。腑に落ちないですー。でも、真似するのは得意ですー」
「ジャンケンで負けちゃったんだからしょうがないよ」
ギザギザ模様の帽子を被り、鈴をつけたシェンナの横で、虎縞模様のライトブルーが苦笑いを浮かべる。
彼はタイガーアイ役である。BC団ばかりかと思えば、オオカミももちろんいるわけで、
「女子がオオカミってのもねぇ?」
「ある意味面白いんじゃない?」
「……決まった以上やるしかないわね」
パープル、ピンク、クリームの3人娘が、オオカミのぬいぐるみを被ってザコ役を演じてくれることになったのである。
「悪者は一番このショーで大事な役割なんだから、頑張ってもらわないとね!」
当然ショーの中でも隊長役のレッドが、お気楽な様子で悪役勢に声をかけると、
運良くヒーロー枠に入れたグリーン、ブラック、ホワイト、そしていつに無く目を輝かせているグレーが大きく頷いた。
「で、残りは音響のオレンジ、照明がシルバーだね。あ、そだそだ。お姉さん役のピーターは元気良くやってよね」
「はいはーい♪」
裏方も楽な仕事と言う訳で幾分か気楽な様子だ。小道具・機材ブースで必要な物は全て申し込んだし、準備は万全。
ストーリーも皆でアイディアを搾り出して、正統派かつ王道な物を完成させた。お姉さんが司会をしている最中、
ザコオオカミや改造猫が彼女を拉致。そこへ颯爽とOFFレンジャーが登場し、ザコをなぎ倒す。お姉さんを助け出したと思った直後、
イエロー演じる首領達が登場しOFFレンを苦しめる。しかし、5人力を合わせて首領を倒しハッピーエンド。めでたしめでたし。
ざっと説明すればこんな感じである。まず失敗する事の無い無難なストーリー、だがあえてこんな内容にしたのはレッドのある考えがあったからだ。
“僕らの一挙手一投足は全て経験に裏打ちされたリアルな物だからね。これが単なるローカルヒーローと僕らが違う点なんだ”
このショーにモノホンの迫力を加えることで勝算は十分ある。それを浮き立たせるには王道的なストーリーこそが一番、そう考えたのだ。
これには隊員達も、いつも以上にレッドって隊長らしい!と感心した。だが、当人はそんな事は全くわからない。
「ハイハイ、本番まであんまり時間無いんだからリハーサル始めるよ! みんな位置に付いて」
レッドの声に裏方は機材を持って少しだけ後方へ、悪者達も渋々頷きながら舞台袖と言う設定の右端に寄って待機する。
一番最初にステージに出ることになるピーターがマイクを持ったまま、緊張しているのかぎこちない動きで中央部に向う。
「いいよいいよ。じゃ、ピーターの台詞でスタートね」
隊長の言葉にピーターが頷く。しばしの沈黙。重要な役だから頑張って。彼女を励ますように、レッドは微笑む、
彼女もつられて微笑んでいた。いけるよ、ピーターなら行ける! 無言のメッセージが通じたようで、彼女はすっと息を吸って声を出した。
「よ、良い子のみんなーっ! こんにちはーっ!」
尾布ベイホールの受付で特別スタッフ用のパスを貰った「まんてん屋」の店長さんとエコが車ごと中に入ると、
思わず二人は前後左右から聞こえてくる爆音に耳を押さえた。
『ぐああああああ! やられたああああああ!』
『地獄への餞別フラッシュ!』
『正義の力はキミの胸の中にあるっ!』
会場内のあちこちに設置された舞台からはどこもかしこも派手な照明、派手な音響、派手な動きを駆使してショーを行っている。
そのあまりの迫力に、圧倒されながら、車はゆっくりと会場内を進んでいった。ただでさえ人がひしめきあっている為、あまりスピードを出せないのだ。
「すごい人ねぇ。持ってきたお弁当で全部足りるかな……」
「う、うん」
窓ガラスに貼り付いてそれらを怪訝そうに見送るエコだったが、そのヒーロー然とした人間達の多さに密に心を躍らせていた。
ここにいる大量のヒーローを全て倒して、そこを写真に撮る。これ以上のカッコイイ写真があるだろうか、タイガーアイにも褒めてもらえるに違いない。
思わずエコの頬の筋肉だかメカニックだかも、ゆるゆるになってしまうという物だ。

「ねぇ、お弁当売る場所ってどこ?」
「えーと、G-17ブースなんだけど、さっきから見てても全然見つからなくて」
ホールの中では外壁に沿って様々なブースが並んでいた。タコヤキ、ハンバーガーといった軽食のブースの他、ドリンク、お菓子、もちろんお弁当、
さらには、ヒーローとの写真撮影サービスや、参加しているローカルヒーロー自身が自分達のグッズを販売していたりと、“ならでは”な物も多数見かけられた。
「あらぁ……? 今度はBの9ブースだ。ちゃんと見てたはずなのに」
不安そうにキョロキョロ辺りを見回して店長さんは困ったように車を止めた。バラバラに並んでいる訳でもないのに、目的地にたどり着かない。
仕方なく、通りかかった男性に声をかけてみたが無視されてしまった。通り過ぎてから判ったが「男は背中で語る者マン」と言うジャケットを身に着けていた。
「仕方ないわ、とりあえずちゃんと見ながら探すしか無いわね」
「そうだね。早くしないとお弁当売れなくなっちゃうもん!」
彼女は車をゆっくりと、それこそ牛歩の歩みと言っても差し支えないほどの低速度で発進させた。順番にあるはずなのだ順番に。
だが、なかなか着かない。「G」だけ外されているのではないのかと思うほどだ。
「どうしよう……。売る場所がなかったらせっかくのお弁当が台無しだわ」
「だったら、オレがいくつか持って帰ってあげようか。みんな喜ぶよー」
「それは助かるけど、お母さんのご飯がやっぱり一番でしょう。あなたのお父さんや他のご家族だって」
「んー。……お母さんとかじゃないんだけど、あんまり美味しくないよオレの所のご飯。塩ごはんとかタクワンだけの時とかもあるし」
「でも、ずっとじゃ無いんでしょ?」
「まぁね。たまにカレーとか作ってくれるよ。野菜が小さいけど」
「じゃぁ、良いじゃない。そういうの楽しいでしょ。……またKブースに来ちゃった!」
ハンドルを切る店長さんの姿を見ながら、エコはブンブンと首を振った。
「そんな事無いよ。オレ、ここのお弁当すっごく美味しいと思うんだ。オレより、おばさんの所が羨ましいよ」
「……そう?」
店長さんは目で追いながら薄っすら肩頬で笑った。
「おばさん優しいし、ご飯美味しいし、オレ、おばさんのとこの子供になりたかったなー」
「そう……?」
「きっとおばさんの子供も、こんな人がママで良かったなーって思ってるはずだよ」
「ごめんなさい。実は私、独身なの」
「え……」
これぐらいの年の人は全員結婚して子供がいて当然と言う狭い認識を持っていたエコにとって、彼女の答えは実に予想外だった。
面食らったのに加え、何と言って返したら良い物か困ってしまい、エコは頭をぽりぽり掻きながらチラチラと窓の外に目をやり続けた。
“絶対子供がいると思ったのに……”確信はまるっきり無かったが、いつの間にかエコはそう信じきっていたのである。
「昔は夫みたいな感じの人もいたんだけどね。今じゃサッパリ」
いつの間にか沈黙が続いていた車内で、彼女はぽつりと呟いた。エコは条件反射的に「そですかぁ…」とだけ返した。
「……結婚してればね。あなたぐらいの子供がいたかもしれないね」
「で、でも。おばさんだったら良い人と結婚出来るよ。オレ、そう思うなぁー」
店長さんは何も言わず、片頬で笑っただけだった。やっぱりこの話はやめておいた方がいいかもしれない、
昼ドラとかだと、こんな風にバツイチとかそんなことで気まずくなる光景をよく見るものだ。
結婚が女にとって意外と急所であることに、エコは漠然と気づいた。話を逸らそうと言う考えが頭を過ぎる。
「と、ところでさぁー」
「見つけた!」
ブレーキをかけた店長さんは嬉しそうにホール内の中央部を指差していた。見ると「G」と書かれた紙の貼られたブースが所狭しと並んでいる。
「そっかぁ、どおりで無いはずだ。真ん中にあるんだもん。ごめんなさいね。うろうろしちゃって」
「あ、いえ。オレは大丈夫です。それより早くお弁当売りましょうよー。きっとみんなお腹ペコペコだと思うなー」
「そうね、じゃ、行きましょうか」
再び車が発進するとエコのお腹も待ってましたとばかりに喚きだした。とりあえず自分のお腹も満たしてからアジトに連絡することにしよう。
ここなら絶対間違いなし、ヒーローはどれもみんな弱そうだし、おまけにOFFレンがいないのが良い。思わずエコは笑みを浮かべるのだった。
そう、OFFレンのリハーサル場所をたった今通り過ぎている事も知らないで……。
OFFレンジャー達は出入り口のほぼ正面にある、あのイカソーMENも立っていた第3ステージの舞台裏に待機していた。わかっていても緊張していた。
何と言っても、自分達の前に出ていたクラゲみたいなヒーローが敗北し、コンテナに運ばれていったのを間近で見たのが大きい。
ヤングパワーの塊と言えるようなこんな少年少女が再起不能になるまで痛めつけられると言うのは、現代日本ではまず味わえない恐怖である。
むしろ、緊張しない方がおかしいと言うものだ。
「……だいじょぶ。だいじょぶだよ。僕らは本家本元のヒーローなんだもん。負けるはずが無いよ」
半ば自分に言い聞かせているかのように胸を押さえながら、レッド隊長は後方に待機している隊員達に声をかけた。
単なる励ましなのだが、こんな時にはとても心強い言葉として聞こえる。隊員らの表情が少しだけ穏やかになった。
『さぁ、続いて行ってみよう。Aブロックは山口県出身、正しい分別を広めるために結成されたエコロジー戦隊ペットボトルボーイズ!』
わーっと言う歓声がハッキリと舞台裏へ聞こえてくる。
ペットボトルボーイズは、さっき皆が見た所では色を塗ったペットボトル製のアーマーを身に付けたヒーローだ。
あんな叩けばすぐに壊れるような物を身に付けた奴らが相手ならば、まずまず大丈夫だろう。隊員達は少しだけさらに安心する。
『そしてBブロック。大阪出身! 美味しいお麩を広めるため、若者達によって結成された、ぐるぐる戦隊、お麩レンジャーっ!』
「ちっがぁぁぁーーーう!」
今にも司会に飛び掛りそうなレッド隊長を皆は必死に抑えた。
どこでどうやったらそんな偽情報が入るのかわからないが、自信満々に間違いを叫ぶ司会のおかげで、
何故自分達がローカルヒーロー選手権なる物に呼ばれてしまったのか、隊員達は皆おぼろげながら、その理由がわかった気がした。
『さぁ、それでは行ってみよう。皆の注目を集めるのは一体どちらか! それではバトルスターーートゥ!』
ゴングの音と共に、両者のステージの幕が上がった。最初に登場するお姉さんことピーターが反対の舞台袖の隊員と目で合図し、
一歩一歩踏みしめるように舞台の中央へ向って行った。緊張の面持ちでありながら、予定通りの台詞をきっちりとこなしている。
「今日はみんなの大好きなOFFレンジャーに……」
「ぐははははは。ちょうど良い所に女がいたぜえ」
「手下ども出会え出会えだ!」
リハーサルどおり、バツグンのタイミングでブルーとガーネットの改造猫コンビが司会のお姉さんに絡みだす。
続いてやってくるオオカミ娘3人組も、のしのしとヤクザ風味な歩き方で舞台に入ってくる。何度も練習した成果が出ているようだ。
「誰か助けてーっ! 」
「ぐへへへへ。誰も助けになんて来やしねえんだよ」
「お前も天狗の納め時なのだ」
「そんなことないわ!」
間も無くOFFレンジャーの出番だ。ピーターが客席にOFFレンジャーコールを呼びかける。白熱する観客達、
辺り一面に響くOFFレンジャーの掛け声。汗、涙、太陽、青春、淡い初恋、旧友たち、懐かしき学舎……まぁ、とにかく盛り上がること間違いなしなのだ。
隊長も屈伸しながらキラキラと目を輝かせている。この際“お麩レンジャー”でも構わない。バンバン盛り上がればそれで良い!
「こんな時は、正義の味方OFFレンジャーが助けに来てくれるの。あなた達なんてイチコロなんだから!」
「なに~? OFFレンジャーだと?」
「それはとてもシャラクセーだ!」
「さあ、みんなでOFFレンジャーを呼びましょう! こんな悪い人たちをあっという間にやっつけてくれるわ!」
客席に向って、涙目で大声を張り上げるピーター。ここぞとばかりに女優魂を見せる彼女の姿に、控えている隊員達は胸を震わされた。
後はステージと観客が一体となってOFFレンジャーコールを3回続ければ、満を持してのOFFレンジャーの登場だ。
「ふはは、無駄だ無駄だ。そんな奴らが来るはずがない」
「やめた方が体にいいのだ!」
「さぁ、みんな大声で呼ぶのよ! OFFレンジャー!」
観客席からは誰もOFFレンジャーの名を叫ぶものがいなかった。皆、ピーターの迫真の演技の前に、こっぱずかしさを感じているようだった。
誰もが「大声で呼ぶのよって言われてもなぁ」と言う表情を一様に浮かべ、恐らく赤の他人であろう周囲の観客と「…ねぇ?」とアイコンタクトを繰り広げている。
「た、助けてお・ふ・れ・ん・じ・ゃー! さぁ、みんなも一緒に!」
予想外の反応にピーターも少し戸惑ったのか、今度は一音一音しっかりと発音して客席にコールを呼びかける。
だが、皆はやはり恥ずかしそうにアイコンタクトを続けている。とうとう「お前が言えよ」「なんでだよ」といった中学生じみた悪ふざけまで始まりかけていた。
「……どうするんですかレッド」
「さ、さすがにベタベタすぎたんじゃないの。大丈夫、これ!?」
一気に注目の集まるレッドの帽子の中から、汗が流れ落ちてきた。いくら何でもここまでノリが悪いとは思わなかった。
いや、ホワイトの言う通りベタすぎて逆に失笑を買ってしまったのだろうか。だが、ここまで王道ならノってくれる人だって……。
「あっ、レッド見て!」
舞台袖から見れる、向かい側のAブロック「エコロジー戦隊ペットボトルボーイズ」の舞台をホワイトは指差した。
隊長がチラりと顔を出す前から、物凄い歓声が上がった。もう客席から見えるのもお構いなしに顔を覗かせると、我らが隊長は息を飲んだ。
『食らえ! リユースリデュースリサイクルボンバーっ!』
敵のスーツから火花が噴出す。ペットボトル型の大砲が光る。回る。
『いくぞ、エコキャップ回収アタック!』
軽快な動作で3人がバク転する。動きのキレがまるでこっちと桁違いだ。一つ一つの動きが完全にキマっている。か、カッコイイ!
「……どうやら、見た目のショボさに反して、スタッフも演者もプロですね」
グリーンが言うまでもなく、隊員達は皆同じような事を考えていた。と、圧倒されるのと同時に、いっぺんにあの恐怖が甦って来た。
「ど、どうする!? 観客の心を鷲づかみだよアイツら!」
「アタシに聞いたってしょうがないでしょ!」
「完全にボコボコだね……」
「嫌だ嫌だ! 僕、まだまだOFFレンジャーを続けたいのに!」
隊長までが、威厳をなくした不安そうな表情で隊員達と顔を付き合わせる。いくらこっちの方がプロとはいえ、
あそこまでのことは若き少年少女には出来ない。もはやこのまま負けるしかないのか……!
「待てよ。みんな。俺達は本物のヒーローだろうが。え? それを忘れるんじゃねえぜ。だらしねえぞ!」
今のいままですっかり忘れていたグレー隊員が、一重瞼をキリッと見せ付け、怯えた子猫と化した隊員達を一喝した。
「ぐ、グレー……?」
「隊長さんよ。そんな悲観しちゃいけねえ。なんてったって、俺らには誰にも負けねえ本物の……ハートがあるだろうがよ」
彼は胸をドンドンと拳で叩き、フッと微笑んだ。表情と良い、気取ったアクションと良い、いつもと違う口調と良い、
どうやら、久々に目立つ役柄が与えられたせいで、この状況に酔っているようだった。
「さぁ、こんな所でグズグズしている暇があるなら、お嬢ちゃんを助けにいきましょうぜ」
グレーが舞台を顎で指した。あれからピーターは必死に観客達にコールを呼びかけている。ブルー達も困惑しながら何とか演技を続けている。
そうだ、負けるわけにはいかな。まずは真剣に、一生懸命本物のヒーローを見せることだ!
「みんな、行こう! まずは最後までやってみなきゃ!」
隊長の言葉に、隊員達も頷いた。再びピーターが叫んだら飛び出すっ……!
「さぁ、みんなも、OFFレンジャーっ! 助けてーっ!」
「お待たせーっ!」
舞台袖から一気に5人が飛び出すと、さすがに観客達からも注目の視線が一気に舞台へと注がれる。
「我ら、正義を守る正統派ヒーロー! ぐるぐる戦隊、OFFレンジャーっ!」
何度も試行錯誤したそれぞれのポーズをキメる。ハッという息を呑む声が聞こえた。
隊員達の目は真剣そのものだった。敵役の隊員達もそれを悟ったらしく、表情をキッと引き締めた。
「何だ貴様らは! 我らがあの最強最悪のウルフキャット軍団と知って邪魔するのか?」
「お姉さんを放せ!」
「嫌だと言ったら?」
「その時は、僕らがお前たちを倒す!」
客席の方を見なかったが、レッドも隊員達も観客がじっとこちらを見つめてくれていることがわかった。
小手先だけで注目を集めるのも良いが、やはり熱いハートは何よりも強いのだ。
「面白い……。ではこちらも力づくで倒させてもらうぞ!」
「かかってこい!」
敵側、正義側が一斉に動き出したその瞬間……突如ステージに吉本新喜劇のBGMが流れ出した。
あまりにも良いタイミングで流れ出したため、隊員達は一気にずっこけた。さっきまで真剣に見ていたはずの観客まで一斉に笑い声を上げる。
BGM担当のオレンジもさすがにヤバイと思ったのか、すぐさま音楽は止まった。よし、もう一度仕切りなおしだ。
……そう思う間も無く今度は笑点のBGMが流れ出し、観客はベタすぎて逆にツボにはまったのかゲラゲラ笑い始めた。
「(や、やばい。何とかしなきゃ、なんとか……!)」
さっきとは間逆の状況にテンパってしまった我らがレッド隊長は、傍にいたブルーの脛に思い切り蹴りを入れた。
何やら短い悲鳴を出して、ブルーは舞台の上に崩れ落ちた。すかさず、レッドがその背中に蹴りを入れる。
「こ、この悪者め! 僕らを笑いものにする気だな! そ、そうはいかないからな!」
「レッド、落ち着いてください。ちょっと」
「うるさぁぁぁぁい!」
テンパってしまったレッドがと目に入ったグリーンを突き飛ばすと、彼はそのままオオカミ3人娘の方に突っ込んだ。
なんせただでさえ動きづらいきぐるみに入っていただけあって、パープルとクリームは舞台袖を引っつかみ、引き破りながら倒れて、
控えているイエローやライトブルー達の姿が丸見えに。さらには正面からグリーンに追突されたピンクが照明器具ごと倒れ、機材からは火花が噴出する。
ちょうどタイミングを計ったかのようにディキシーランドジャズのBGMがかかった。これではドタバタコメディそのものだ。
「ど、どうするんのよレッド……」
ホワイトに言葉をかけられても、レッドは笑いに包まれたステージを呆然と見つめていた。今更軌道修正など出来るはずが無い。
オオカミの着ぐるみなんか首取れてるし。機材もなんか火ぃ吹いてるし。イエロー達、気まずそうに立ってるし。こうなったら、もう最後の手段しかない。
「……よ、よくもやったな悪者めええええ!」
レッドはイエローをビシッと指差した。そう、最後の手段とは、このままやってしまえってことなのだ!
「ええ、凄いイベントですよね。何だかこう、童心に帰ったような、そんな感じがします」
「本当ですよね。ボクも、こういう所来ると楽しいんじゃないかな?」
「ふぇっ!?」
マイクとテレビカメラを向けられたエコは、ロボットのようにガチガチな動きでピースサインをしてみせた。
レポーターから二言三言さらに尋ねられても、彼は緊張の面持ちでそのポーズのまま微動だにしない。
とうとう取材班が諦めて別なブースへの取材に向うと、店長さんから肩を叩かれてようやくエコは我に帰った。
「私テレビの取材って初めて。今日の夕方には見られるかしらねぇ」
「ふ、ふーん。オレは2回目だけどね。オムライス宣伝したんだ」
「へぇ~凄い。そのうちスカウトが来るかもよ」
「そ、そうかなぁー」
まだ右手がピースを作ったままなのに気づき、エコは左手で固くなった指をほぐした。あの時は前が見えなかったから緊張しなかったけど、
今回は真正面から撮影されていたのだから、緊張しないはずがなかった。せっかく食べたお昼のお弁当の味をすっかり忘れてしまう。
「こんなことなら、ちゃんとお化粧しておくんだったわね。綺麗に映ってるといいけど……」
店長さんは、ふうと一息つきながらパイプ椅子に座った。お昼のピークも過ぎて、ようやく店も落ち着いた頃合だ。
人だかりもすっかり減り、こっちからは遠くの方で何やら歓声が聞こえるのみである。
「なんか凄いことやってるみたいだねー」
「ねー。あ、どうせならキミ、せっかく来たんだから色々見学してきたらどう?」
「え、いいの?」
「お店の方はもう大丈夫だから。せっかくだから楽しんできなさいよ」
「そうですかー? じゃぁ、そうします」
エコはちょうど良いチャンスだと思い、彼女の配慮に有り難く甘えさせてもらった。
変な格好の奴等もいっぱいいるが、ヒーローはヒーローだ。早速携帯でタイガーアイに連絡を取るが、
『今は取り込み中だ! ウィック様が取材を受けているんだぞ。後にしろ!』
と、怒鳴られて切られてしまった。褒めて欲しかったが仕方が無い。とりあえずしばらく見学してから電話をかけることにしよう。
ぶらぶら歩きながらヒーローショーを見るのもいいもんだ。いつもはショーじゃなくてリアルだからな。そんな事を思っていると、
「エコ!」
突然、自分の名前を呼ばれたので、彼はドキッとして辺りを見回した。すると再び「エコ!」と言う声が辺りに響いた。
今度はハッキリと声のする方が判った。横のステージに立っているペットボトルを貼り付けた奴らが叫んでいたのだ。
「そう、地球を守るのはエコしかない! みんな、もっと俺達にエコパワーを与えてくれ!」
「エコ! エコ!」
エコはエコでも、エコロジーの方だったようだ。紛らわしいと思いながらも、こんな所でドギマギしていた自分が急に恥ずかしくなってくる。
違うと判っていても、エコエコ言われるのは居心地が悪いので、彼は足早にその場を去った。ちょうど向かい側に別なステージがある。そこで時間を潰そう。
「あっ!?」
エコの向ったステージに立っている奴らにどこか見覚えがあると思っていれば、見覚えがあるも何も宿敵OFFレンジャーだった。
何でこんな所にOFFレンジャーが。あと、何でこんなに笑われてるの。と言う疑問が湧き上がってくるものの、
同時に「物凄いチャンスなのでは」と言う想いが頭をもたげて来た。OFFレンまで倒して数も稼げる。エコは自分の幸運が怖いくらいだった。
「いやあああああ! 首がちぎれるっすよー!」
「ちょっとくらい派手な方がいいでしょーが!」
「ホワイト落ち着いて! 落ち着いて!」
「なるほど、 僕らの仲間を怒らせて仲間割れさせる作戦だな!」
「青いのは敵ですよレッド」
「手品するのだ」
ガーネットが口から国旗を出している後ろでホワイトがブルーにプロレス技をかけているが、余計に青白くなる彼を助けるために他の隊員達が止めに入る。
かと思えば、レッドが無理やり軌道修正を始めようとして逆に軌道から大幅に外れている。BGMはもうアルバムのCMのようにコロコロ変わっている。
なんでまたこんな滅茶苦茶なショーをやっているのだろう。数少ない観客も何だか苦笑い気味で、わかっていてここに留まっているような感じだった。
「そうだ。今からモノマネします! えぇ~……古畑任三郎です」
「面白い! これ面白いですよねぇ皆さん!」
エコはぼけーっとステージを眺めた。何ともフリーダムな空間であるが、重大な問題があった。……つまらないのだ。
何せ滅茶苦茶すぎているし、注目を集めようということだけに必死で、隊員は焦りだけが前面に出ている。おまけに統一感がなくて冗長だ。
「シェンナ、エコくんですよー」
エコは舞台袖から自分と同じ模様を付けた帽子を被って現れたシェンナに気づいた。何だか自分までショーに出ているらしい。……ちょっと嬉しかった。
シェンナは舞台をトコトコと歩き回ると、隅でオロオロしているブラックとグレーに中指を立てて挑発した。
「かかってこいやですー!」
「何だとこのやろう!」
二人はやっとやる事が見つかったとばかりにホッとした顔でシェンナに掴みかかった。
「どうだ。まいったか!」
「怖いですー。お漏らししちゃったですー」
「馬鹿、汚いんだよ!」
「エコくん泣いちゃうですー。えーんえーん」
さすがのエコもこの流れにはだんだん腹が立ってきた。「オレそんなんじゃない!」と叫びたいのは山々だがそうなれば観客にモデルが自分だと思われる。
悔しくてたまらない。ではどうするか、どうにかしてやっつけてやれないか、そんな時やっと彼は自分の分身の存在に気づいたのだった。
「(OFFレンジャーめ。タイガ先輩が来る前にやっつけてやるからな!)」
尻尾を掴みながら、エコは一目散に走り出した。確か受付の傍に色んな機材を置いた部屋があったはずだ。
仕返しして気持ちがいいし、タイガーアイにも褒められる。2倍のワクワクを胸に抱き、エコは子猫へと変身するのだった……。
『おぉ~っと! 100点対3点でペットボトルボーイズの大勝利だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』
涙すら出ないとはこのことだろうか。OFFレンジャー達は誰もが皆、こんなにも自分が落ち着いていられるのが不思議だった。
この後、屈強な男共に二度とヒーローをやれない身体にされるというのに。勿論、実感が沸かないのも理由の一つではある。
しかし、何よりも今までの馬鹿騒ぎによって何もかも疲れ果て、何も考えられないというのが大半を占めていたのだった。
「僕達……本物のヒーローなのに……」
レッドの虚しい呟きは、どこからか吹いた風に掻き消されてしまった。一足早い枯れ葉も一緒に舞っていた。
のっしのっしという振動が後方から近づいてくる。振り向かずとも、これから起こるであろう出来事を隊員達は何もかも理解していた。
「ひぇっ!」
突然、レッドの横にいたオレンジが一瞬で上空に飛んでいった。……いや、男に持ち上げられたのだ。
黒目だけをチラリと上方にやると、Gが掛かったのか、それともショックを受けたせいなのか、銀髪君は男の肩の上で泡を吹いて失神していた。
当然次は我らがレッド隊長の番である。
「……れ、レッド。今までお疲れ様でした」
グリーンの言葉は慰めにもならなかった。一個飛ばしてくれないだろうか、どうせなら偶数番嫌いの男だったらいいな等といった無意味な望みも、
さすがにこの場では無意味に等しかった。誰か助けてくれないだろうか。そうだ、こんなにヒーローがいるのにどうして誰も助けてくれないんだ!
レッドはだんだん腹が立ってきた。単なる八つ当たりでしかないことはわかっている。だが、歯がゆいじゃないか! いっぱいヒーローがいるのに……
「わっ!」
とうとう、レッドの首根っこがゴツゴツとした岩の様な指につままれた。もうお終いだ。先客のシルバーストレンジヘアー君みたいになってしまう!
……と、その時である。恐怖を前に閉じかけた彼の視界に見覚えのある男が映った。薄緑色のスーツに赤い岐阜の文字。最後の綱は奴しかないっ!
「あ、あ、あぁーっ! この屈強な男達、岐阜県の悪口言ってるーっ!」
腹の底から絞り出して叫んだその言葉は、“岐阜県の悪口を言う奴は嬲り殺すぞマン”をすぐさま反応させた。
「ぎ、岐阜なんて県名の語感が汚らしいし、藁食べてそうだとか偏見を言っ……」
「何だと貴様らぁぁぁぁぁぁぁ!」
全てを言い終わるより先に、岐阜県の悪口を言う奴は嬲り殺すぞマンは屈強な男共に飛び掛った。
突然、変なヒーローが体当たりをかましてくる状況に、屈強な男達も思わず、隊員達から注意を逸らした。
「今だ! みんな逃げろ!」
唖然としていた隊員は隊長の言葉で我に帰ると、雲の子を散らすかのごとくステージから飛び降り、出入り口に向ってダッシュした。
やっぱりこんな所でボコボコにされるわけにはいかないのだ。皆、懸命に走った。恐らく人生で初めての全力疾走だ。
「あっ!」
しかし、主催者側もそう簡単には逃がすわけには行かないようで、出入り口前には屈強な男×5が待ち構えていた。
絶体絶命、四面楚歌、背水の陣。OFFレン通信もいよいよ106号と言う中途半端な数で終わってしまうのか!?
その時だ。出入り口用のゲートが突然崩れた。いや、厳密に言えばゲート横にあった衣裳・機材置き場だ。
そこから屈強な男共を悠に超える巨大なロボットが姿を現した。長方形のボディに長い手足。雑な作りだが、とても頑丈そうだ。
恐らくこの会場内にいる全てであろう屈強な男10名がロボットに向って突進していったが、ロボは右手を高く上げ、その手で男達を一払いした。
あれだけの巨漢は、まるで赤ん坊になぎ払われた人形と同じく、斜め上に向って一気に吹っ飛び、空の向こうへと消えていった。
『はっはっはー。見たか、この超破壊ロボの威力は。これでお前ら全員倒してやるからなー』
ロボットからはボイスチェンジャーを通しているのか、妙に間延びしていながらも野太い声が流れた。
どこかで聴いたような感じもするが、そんな事を考えている暇はなかった。何せロボットはそうしている間にも周囲のヒーローをなぎ倒して進んでいるのだから。
『逃げろ逃げろー。一人残らず倒してやるぞー』
ロボットが通った後には、次々と無残な姿となったヒーローの屍の山が築かれて行く。ただでさえ無残な格好のヒーローまで一人残らずだ。
会場のそこここにあるステージや、ブースのテントも、何故か1つだけわざわざ避けて全てなぎ倒す。異色ながらも賑やかだった会場が一気に地獄絵図と化した。
「……運が良いのか悪いのか、ホントわかりませんね」
「このままじゃいけないよ。なんとかしなくちゃ」
破壊されたブースの中へかろうじて避難した隊員達だったが、実際の所、手も足も出なかった。
手足が出ると思い込んだ他のローカルヒーローが数組立ち向かっていたようだが、さすがに太刀打ちできるはずは無く、空の彼方へ飛ばされていく。
「よし、今だ。ブルー。OFFレンBOX用意して」
「ちょっと待ってくださいっす。このベルト、邪魔で……」
「待って」
身体をクロスしている窮屈な獣猫風ベルトに手をかけたブルーをレッドは留めた。
「皆、そのままの格好でいいから」
「どうして」
「いいからいいから」
不思議そうにしているブルーからボックスを受け取ったレッドはニッと笑って、一足先にロボの方へ向って飛び出していった。
続けて隊員達が一斉に隊長の背中を追いかけながら、武器を取り出す。
「待てっ! 悪いロボットめ。ぐるぐる戦隊OFFレンジャーが現れたからにはもう好き勝手はさせないぞ!」
『なんだと~!?』
足下のヒーローを蹴散らしたロボは、OFFレンジャー達の方へと振り返った。
『面白いじゃんかー。ま、オレの作ったこの最強ロボに勝てるわけなけどさー』
「やってみなくちゃわからない!」
『よ、よぉーし。だったらお前らなんかコテンパンにしてやる!』
ロボットが右足を上げて、レッドに向って一気に下へ落とす。間一髪で避けたレッドはサッとボックスを取り出して、地面に投げつけた。
ボックスから噴出した白煙はあたり一面を覆い隠す。やっと視界がハッキリして何を呼び出したのか、恐る恐る子猫は周囲を窺った。
だが、どこにも、何もない。何かみょうちくりんな武器や人物を出したわけではなさそうだ。ひょっとするとただのコケ脅しなのか?
『な、なんだぁ、何もないじゃないか。だったらこっちから先に行かせて貰うぞ!』
レバーを前方に傾ける子猫、しかしロボはビクともしなかった。前後左右に動かして見るものの、まるで氷付けにでもされたかのように足が動かないのである。
手は一応動かせるが、リーチの長さが届かない。もしかしたら強力な磁石か何かで足を固定させたのかもしれない。だが、何故そんなことを。
「……改造猫、いや、ブルー。本当の自分を思い出してくれ!」
「へ?」
突然、レッドが妙に芝居がかった口調で語りかけてきたので、言われたほうは間の抜けた返答をするしか出来なかった。
「キミは本当は僕らぐるぐる戦隊OFFレンジャーの一員だったんだ。だけど、悪の首領に捕まり、君は操られ、改造猫に仕立て上げられたんだ」
「……あ、あの~」
ブルーは恐る恐る問いかけると、隊長はパチパチと目でウィンクしながら合図して来た。しばらく目がどうかしたのかと思って眺めていたが、
徐々にそれが合図だとわかり、そしてその合図が意味する事をようやく彼は理解することが出来た。なるほど!と心の中で手を打った。
「フッフッフ、何をバカな事を言ってるんすか? 俺は悪の改造猫っすよ。そんな事を言って誤魔化そうとしたって無駄無駄ァ!」
「じゃぁ、このロボットの動きを止めたのは? ブルー、キミの能力タイムストッパーじゃないか。僕がピンチになってこの能力を使うなんて」
「そ、そうよ。アンタしかこんな事できないじゃない。いつまで寝ぼけてんのよ!」
同じく意図に気づいたのかホワイトもレッドに同調した。すると、お陰で他の隊員もレッドがやろうとしている事を把握できたらしく、
敵はブルーの後方に、味方はレッド側に寄って、第2ラウンドが始まったのである。
「信じるんじゃない。お前は我らがウルフキャット軍団の忠実なる部下。悪としての誇りを忘れるんじゃない!」
イエローが過去一番のノリノリ具合で言い放つと、他のオオカミや悪者勢もおーっと声を張り上げた。
「目を覚ましてよブルー! まだ君の中には正義の心が残っているはずだ!」
「う……うぅ……お、俺は……ウルフキャット軍団の……一員……」
「聞くんじゃない! 正義などまやかしに過ぎないのだ」
「お、俺は……」
ブルーはその場にしばらくうずくまると、バサッとマントを翻し、改造猫の衣裳を脱ぎ捨てた。
「正義のヒーロー、OFFレンブルーだ!」
「ブルー!」
「隊長、俺、やっと目が覚めたっすよ。さぁ、悪者をぶちのめるっすよ!!」
「ぬぅ! バカな! オオカミども、であえであえ!」
素でやっているかのごとくうろたえる悪の首領こと、イエローの周囲にオオカミ達が立ちはだかる。一触即発の状況。
しかし、レッドがその間に割って入り、今にも襲い掛からんばかりの彼女らを手で制止した。
「待って。こんな事をしても始まらないよ。今、するべきことは何か、この状況を見ればわかるはずだよ」
「何を言うか! 我々はこの世界を征服するために」
「違う違う…」
反論しようとするイエローに隊長は小声でそう言いながら微かに首を振った。
彼女はその反応に動揺したのか困った顔をして、しばし黙ると、恐る恐る自分なりの解釈を発表した。
「私は近視だからよく見えないのだ!……?」
「だいぶ違う…」
OFFレンの中では頭の良い部類に入るイエローでも、こちらの意図は掴めなかったと見えて、
レッドは咳払いをすると、手をバタバタ動かしている巨大ロボをビシッと指差した。
「今、僕らがすべきことはこの巨大ロボを倒すことだよ! これ以上キミ達としてもこれを放っておけないでしょ?」
イエローはようやくレッドの目的が把握できたらしく、あぁ…と声を漏らして、くるりと表情を悪者じみた笑いに変えた。
「なるほど、貴様の言うことも一理ある。我らの計画にこの巨大ロボは邪魔な存在だ。部下の皆もわかったな」
「イエッサー!」
「話がわかる紳士的な悪の組織で安心したよ。じゃ、ブルー。超久々の必殺技、OFFレンボールだ!」
「はいっす!」
数年ぶりにブルーが携帯型PCからOFFレンボールを取り出し、それをレッドに渡した。
少しほこっていたので、パンパンとそれらを掃い、レッドはそれを思い切りブルーに投げた。
「やっ!」
そして、イエローはそれをガーネットに渡す。ガーネットは、見よう見まねでホワイトに、ホワイトはブルー、ブルーはピンク、ピンクはグレー……。
正義に悪にと手渡されていくOFFレンボール。懐かしさから、いつの間にか隊員の表情には笑みが浮かんでいた。そしてボールはイエローの手に渡った。
「頼んだぞ! OFFレンジャー!」
期待以上の台詞を叫びながら、イエローからレッドに手に再びボールが戻った。ロボの手の動きが激しくなると同時に、もがくように上半身をくねらせている。
『や、やめろー!』
「必殺! OFFレンジャーボール!」
レッドがボールをロボットの胸部へと投げつける。すると、瞬く間にロボットの中からいくつもの光の筋が放射される。
そして『なんか熱い!』と言う声を最後に、ロボットは大爆発を起こした。空の彼方へ飛んでいく何かが見えたが、やっぱりよく見えなかった。
「ありがとう、ウルフキャットのみんな」
ロボが消え去ると、レッドはイエローに向って頭を下げた。
彼女は次に言うべき台詞をどうするか困っていたようだったので、隊長はニコリと笑って助け舟を出した。
「どう、悪の組織なんて辞めて、僕らと一緒に正義を守らない?」
「……フン。バカバカしい。だが、それもまたアリかもしれないな」
ホッとした顔のイエローはスッとレッドに手を出した。こちらの先を読んで対応してくれる彼女にレッドは非常に満足した。
「これから一緒に、正義を一緒に守っていこうね!」
「あぁ」

そう、全てはこれも含めてヒーローショーでしたという演出と言うことにする隊長の妙案だったのである。
見事、敵を倒してベタで強引なりにもちゃんとした形でストーリーを締めくくることができた。思わず隊員達からは拍手が起こった。
「敵を倒すだけじゃない、こういうやり方もヒーローには大切なんだ。みんな、これからもOFFレンジャーをよろしくね!」
しかし、精一杯の爽やかスマイルを向けた先には、先ほどの爆発で余計に被害を増した会場とギャラリーしかいなかった。
倒れているヒーローはそのまま、築かれた瓦礫の山からは、もはやさっきまで何が行われていたのかすら想像がつかない。
残っていた人々も避難してしまったのか、そこにあるのはただの淋しい被害現場であった。隊員達の視線が一気にレッドに注がれる。
「……つ、つまりこれは僕らの優勝ってことだよ! 僕らしか残って無いんだもん!」
「いや、それは……」
「ぐるぐる戦隊OFFレンジャーはやっぱり正統派のヒーローなんだなぁ! よかったよかった! OFFレンジャー撤収!」
「えぇーっ……」
こうしてOFFレンジャーは見事ヒーロー選手権に勝利した。帰り際に拾った優勝カップも無理やり隊長命令で持ち帰る羽目になったが、
なんとか危機は脱することが出来たので、それに関しては隊員達も安心した。
──勿論、この選手権は今年度限りで終了してしまうのだが、それはまた別のお話。
それから数時間後、タイガーアイとウィックは取材班を引き連れて会場にやって来ると、
エコが留守番電話に残しておいた通り、ヒーローの地獄絵図が描かれているこの状況にいたく感心し、全てBC団の成果として写真撮影を行った。
このグラビアが悪者の友に載った際に、ブラックキャット団の名前は広く知れ渡り、他の組織が恐れおののくまでになったのだが……。
それもまた別のお話。