第107話
『OFFレンジャーの提供は…』
(挿絵:ブラック隊員)
「今日がお前たちの命日だニャァァァァァーッ!!」
危ないところだった。まさかみんなでデパートに行った帰りに、BC団の改造猫が一斉に襲ってくるとは思わなかったもの。
運よくブルーがOFFレンボックスを持っていてくれたから良かったものの、まったく油断も隙もありゃしない。
「せぇーぎは勝つ!」
白目を向いて倒れている猫猫を足先でチョイチョイと突っつき、抵抗しないのを確認してレッドはVサインを周囲のギャラリーに見せつけた。
今までぼけーっと立っていた彼らも、何だかよくわからないがそういう雰囲気であることを察知して、まばらな拍手を送ってくれる。
「レッド。改造猫全6名、完全に沈黙。確認できました」
猫猫、写猫、獣猫、操猫、化猫、影猫を荒縄で縛り終えたグリーンが後始末の完了を報告すると、他の隊員達もパチパチと我らが隊長に拍手を送った。
実際のところ、彼はボックスを地面に投げつけて柔道の師範代を呼んだだけに過ぎないのだが、非常に気持ちの良い顔を見せていた。

当然いつまでも付き合っていられないため、隊員達は自販機の前に非難させた買い物袋を手に取って、帰宅の準備に取り掛かる。
「じゃ、そろそろ帰りましょっか」
「改造猫達どうする?」
「勝手に起きて勝手に帰るでしょ。ほっとこほっとこ」
「ですね」
「あーあ。せっかく買った卵、一個潰れちゃってるよ。参ったなぁ」
「あ、ちょっと待って」
ギャラリーも解散し始めたので帰路に着こうとする隊員達に、レッドが声をかけた。
「ちょっと、喉が渇いたから」
そう言って、彼は自販機でオレンジジュースを購入した。果汁100%。ミカンのつぶが入っているタイプのものだった。
レッドはすぐさまプルトップを開け、ゴクゴクと喉を鳴らして一気に中身を飲み干した。さすがミカンの国で生まれ育っただけのことはある(?)。
「ぷはーっ、美味いんだなこれが!」
「レッドー。もういいですか?」
「あ、もうちょっとだけ」
レッドは缶を逆さまにして、残ったつぶをトントンと口の中に落とすと、ようやく満足そうに舌をペロリと出し、急いで缶をゴミ箱へ投げた。
「えへへ、これがまた美味しいんだよね」
「もう良いですか」
「うん、OKOK」
そして、隊長が追いついてくれたのを確認した所で、再びOFFレンジャーは戦闘前と同じように和気藹々としながら本部へと向って行ったのだった。
──しかし、レッドは一つだけミスをしていた。空き缶がちゃんとゴミ箱の中に入ったかどうか確認をしていなかったのだ。
ゴミ箱に入り損ねた「愛と勇気のつぶつぶみかん」の空き缶は、コロコロと歩道の方へと転がっていく。トン。それは、まだ僅かに残っていたギャラリーの一人の足先で止まった。
缶の表面にプリントされた、みずみずしい雫の垂れたミカンの絵。思わずゴクリと喉を鳴らした人間が、一人、二人、三人……。
──そんなことがあってから三日が経ったある日の事。
突然、パリッとしたスーツを着た二人の男が本部のチャイムを鳴らした。応対に出たグリーンは最初押し売りかと思ったが、
これまた真新しい名刺を恭しく差し出されると、そこに印刷された文字を見て思わず目を見開いた。
「広告代理店!?」
「はい、私は広告代理店、株式会社ネガロトの矢野と申します。こちらは林原。私の部下です」
銀縁メガネの矢野と名乗る男の言葉に促され、林原と言ういたく無愛想(だが仕事は出来そう)な男は深々と頭を下げた。
何か固い話になりそうだったので、とりあえずグリーンは二人をリビングへ案内した。そこで歴代で最もちゃんとした客人の登場に隊員達は気付く。
一番最後に気づいたのはソファに寝転がって特撮ヒーローのムック本を眺めていた我らがレッド隊長だった。
「……ど、どなた?」
ムック本を閉じ、ゆっくり身を起こしながら男達の横に立つグリーンに尋ねる。こんなマトモそうな人は皆馴れていないのだ。
「広告代理店の方だそうです」
「ま、まさか電通!? あ、博報堂かな!? 読売広告社!? ADK!?」
「そこまで大きな企業じゃありません」
矢野はテーブルを挟んだ向こう側に座ると、グリーンの時と同じように丁寧に名刺を差し出した。
まったく知らない企業だったが、本社が大阪と言うことなので、関西を中心とした業務に携わっているらしい事は判った。
「ちょ、ちょっと、誰かお茶持ってきてお茶! 冷蔵庫に綾鷹あったはずだから!」
「どうぞお構いなく」
二人同時に深々とお辞儀をする。やっぱりここまで堅苦しい人物が本部に来るのは初めてだ。スケベやホモやおバカでもなさそうだし、
聖獣だとか、妖精だとか、てるてる坊主とかでもないことは明らか。気まずそうにチラチラとお茶を取りに行った女子の方を眺めながら、ようやくレッドは話を切り出した。
「……あのぉ、広告代理店さんが僕らに何の御用ですか?」
「早速ですが、こちらをお読みになってください」
矢野は、3センチはあるぶ厚い書類の束をテーブルの上に置いた。何やら難しそうなカタカナ語や円グラフ、棒グラフが印刷されており、
それだけで読む気の9割は削がれてしまった。しかし、読んで下さいと言われたため一応、手には取って見る。
パラパラページを捲っていると見覚えのあるデザインの缶がプリントされていたページでレッドの手がふと止まった。
「あ、これ……」
「ええ、それが関西地方を中心に販売している『愛と勇気のつぶつぶみかん』です。3ヶ月前ぐらいから我社が取り扱っている商品ですね」
「へぇ~。美味しいですよねこれ。僕もよく買って飲んだりしてますよ」
「それはどうも。しかし、最近売れ行きがかなり落ち込んでいるんです。不人気で」
「はぁ」
「ところが、これが今週に入ってから売り上げが倍増しているんです。生産が追いつかないほどでして」
「皆、これの美味しさが判ったんですよ。すっごいマイナーだったし」
矢野はレッドの言葉に反応するように大きく大きく頷いた。
「そうなんです。この商品は非常に美味しいんです。しかし、販売店の戦略が弱い。そこで、我社に依頼があったわけでして、
この商品の販売を上げるために様々なマーケティング調査を行っていた矢先だったんです。この売り上げの伸び率の増大は」
「えーと……」
全く話が見えないと言う顔でレッドは後ろ頭をポリポリと掻いた。小難しい話は全く判らない。
だが、矢野はその反応を待っていたかのように、キラリとメガネの奥の目を光らせた。
「……やはり、何かしらの介入があったわけではないのですね?」
「え?」
「我社では、様々な調査を行いました。販売方法も特に変わってはいませんし、何か変わったことがあったわけでもない。
では、何故このような売れ行きを見せたのか。結果、あなた方が戦闘中にこの商品を人々の前でお飲みになった為だと判りました」
「い、いや、戦闘が終わった後ですよ? ……と言うか、僕がジュース飲んだだけでどうして大人気になるんですか? 僕、普通の男の子ですよ」
「これは私の持論ですが、消費者は年々賢くなっているんです。人気の芸能人がいくら商品を紹介した所で誰も見向きはしません。
時期が変われば、飲み物を勧めていたアイドルは別な会社のお菓子を、またしばらくすれば別会社の携帯を、誰がアテにしますか?」
「う、う~ん……」
「今、消費者が広告に求めているのは“リアル”です。仕事として紹介するだけの見せかけの広告ではない。普通の人の率直な意見なのです!
あなたは、喉が渇いていた、商品を買った、飲んだ、美味しかった。そうでしょう?」
詰め寄ってくる矢野に、レッドはただただ圧倒され、頷くことしかできなかった。
「今の時代はそれが大事なのです。口コミを重要視して、皆がバズマーケティングを用いる時代です。信頼できるのは遠くのアイドルより、近くのヒーローです!」
「あ、あのぉ……」
「単刀直入に申しましょう。我社では新たな広告戦略としてあなた方を一種の広告媒体として用いさせていただきたいのです」
「そ、それって……?」
「皆さんに、スポンサーを付けますので、今度新発売されるスポーツドリンクを宣伝してもらいたいのです!」
「えぇーっ!?」
こればかりは、レッドだけでなくその場にいた全隊員が叫び声をあげた。
「ぼ、僕らにスポンサーですか?」
「ええ。私の目に間違いが無ければ間違いなく宣伝効果としては最適です。新たな宣伝手法として注目も浴びることでしょう」
「で、出来るかなぁ……僕らにそんなこと」
「大丈夫です。宣伝方法は我社のクリエイター陣が考えますので、皆さんはそのやり取りをなんとかその合間にやっていただくだけで結構です」
「そ、それでおいくらもらえるんですか!?」
レッドを押しのけて、目を¥に輝かせたグリーンが身を乗り出して矢野に尋ねた。
「そうですね。出演料と、それに制作費の一部を当てますので……」
矢野は胸ポケットから電卓を取り出し、慣れた手つきでボタンを叩いた。しばらくカチャカチャやると、ようやくその結果をグリーンに向けた。
「こんなもんでしょうか?」
ぜ、ゼロがちょっと多いんじゃないか。グリーンだけでなくレッドも同じ事を思った。ドラマに出るよりCMに出た方がオイシイと言う話は聞いた事があるが、
本当にCM関係ってオイシイようだ。思わずレッドまで¥の目が伝染してしまう。答えは考えるまでも無かった。
「ぜ、是非やらせてください!」
──それからさらに二日後の木曜日、午後6時15分、商店街、八百屋の前、そこに暴れている改造猫達がいた。
「ゴルァニャァァァ! とっとと食い物寄こせニャァァァァ!」
「だ、誰か! 助けてくれー!」
八百屋の店主に襲い掛かる猫猫。その傍では他の改造猫らが次々と農家の皆さんが丹精込めて作った野菜や果物を袋に詰めている。
只者ではない雰囲気に、周囲の人々もやってきたお巡りさんも手出しは出来なかった。このまま農家の皆さんが丹精込めて作った野菜や果物を奪われてしまうのか!
「待てっ!」
八百屋を取り巻いていたギャラリーが、その声にザッと二手に分かれて彼らに道を譲った。カラフルな色をした10数名の少年少女達、
いつもよりも自信と熱意に満ちたその瞳、正義のヒーロー、ぐるぐる戦隊OFFレンジャーである!
「先に言わないでよ。……まぁ、とにかく、ブラックキャット団の改造猫! 僕らが農家の皆さんが丹精込めて作った野菜や果物を奪わせはしないぞ!」
「出たニャ、OFFレンジャー! オイ、みんなやってやろうニャ!」
八百屋の主人から手を離した猫猫がレッドの前に歩み寄ってくると、他の改造猫達もその後ろに横一列に並んだ。
目をギラギラ光らせていつも以上に殺気立っている。恐らく……空腹だ!
「オレ様達、もう四日間も水だけしか口にしてないんだぞニャ……! ヒーローは困った人の味方じゃないのかニャ!?」
「僕は、前にシロツメクサをおひたしにすると美味しいって聞いたことがある!」
「わ、訳のわからないことを言いやがって! 猫猫、こんな奴らとっちめてやろうぜ!」
改造猫達は誰も彼も鋭い爪をむき出しにしながらじりじりと隊員達に詰め寄ってくる。今日はタヌキもなんだか怖い。
「ボクはタヌキじゃなうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
最期まで言い終わらないうちに早速化猫がレッドに向ってその鋭い爪を振り下ろした。
アクセサリーを付けすぎているせいで動きが少しノロイため、ラクラクと避ける。オマケにジャラジャラと言う音で次の動きも把握しやすい。
すぐさまペンダントを取り、サッとヨーヨーにして化猫の胴に向って投げつける。が、緊張で手元が狂い、彼の髪の毛をバッサリと切ってしまった。
「ぼっ、ボクの髪がぁぁー! うわぁぁーん! 2時間かけてセットしたのにー!」
地べたに崩れ落ちて泣き出す化猫を合図に隊員、改造猫は一斉に駆け出した。巨大メスを振り下ろすイエロー、それを弾く獣猫の爪、
グリーンのレーザーをチーターの様な速さで避ける猫猫、ブルーに変身して同じブルーと互角にやりあう写猫、影猫の操る影を避けて蹴りをかますブラック。
ちょうど帰宅、買い物ラッシュ真っ最中のこの時間。白熱した戦いぶりに、周囲のギャラリーもどんどん集まり始めていた。どうやらそろそろのようだ!
「OFFレンジャーBOX!」
レッドはどこからか取り出したOFFレンBOXを頭上に掲げると、思い切り地面に投げつけた。
BOXからは物凄い勢いで白煙が噴出す。改造猫達も思わず怯んで後ずさると、レッドはパチンと指を鳴らして叫んだ。
「マジック! 運動後に最適な話題の新商品、その名もスポーツウォーター!」
「え?」
改造猫は恐らく空腹のせいで聞き間違いを起こしたのだと思った。しかし、白煙がすっかり消え去り視界がハッキリしてくると、
目の前には薄い水色のペットボトルを手にしたOFFレンジャー全16名の姿が確かにそこにあった。
「ああ、暑い! とりあえず水分補給をさせてもらうよ!」
「ばっ、バカにしてんのかニャ!?」
「何言ってるんだよ。運動後は素早い水分補給が必要なんだ。でも、汗と共に排出されたミネラルは水やお茶じゃ摂取できない」
「だから、水分だけじゃなくて同時に失った栄養分も補給することが大事なんだね」
一歩前に出て、ライトブルーはハキハキした舞台役者の様な口調で隊長の後に続けた。
「そう、それにピッタリなのが新発売のスポーツウォーター。栄養はもちろん、程よいレモンの酸っぱさが爽やかな喉越しを与えてくれるんだ」
「このパッケージもなんだか爽やかで、涼しげな印象を与えてくれます。あっ、おまけにエコボトルじゃないですか環境にも気を使っているんですね」
「ま、とりあえず飲んでみないことには話は始まらないわね」
隊員達は一斉にボトルのキャップを開け、腰に手を当ててゴクゴクと飲み始めた。思わず改造猫らもゴクリと喉を鳴らす。
「はぁ……“フツーにおいしい、トビキリ爽やか”」
飲み終えた彼らは溜息と共に声を揃えて妙に台詞じみた事を言い放った。そして、ボトルに蓋をしてそっと地面に置く。
隊員達はイキイキとした表情で、ぽかんとしている改造猫達に爽やかな顔を向けた。
「よーし! スポーツウォーターのお陰で元気100万倍! さぁ、みんなで一気に片をつけよう!」
「オーーッ!」
改造猫が我に返ったとき、既に隊員達は目と鼻の先にまで近づいている頃だった。一気に攻撃を受ける改造猫達。
彼らが気を失うまで聞こえてくるのは「スポーツウォーターのお陰で体が軽いや!」と言う、妙に胡散臭い台詞ばかりであった……。
「あっはっはっはっは!」
一週間後、銀行通帳のおかげで笑いが止まらないグリーンのおかげで、本部は朝から非常に和やかな雰囲気だった。
皆で一晩高級ディナーを食べてもへっちゃらな金額である。大口を開けないこそすれ、思わず笑みが零れると言う物だ。
昼には矢野と林原が丁重に挨拶に来て、売り上げデータを持ってきてくれた。彼らの読み通りクチコミで話題になり、発売日から好調な売れ行きだと言う。
「こちらの想像以上の人気です。一部地域では品切れを起こしてしまいまして、現在増産中ですよ。皆さん、ご協力ありがとうございました」
「いえいえ、僕らはヒーローですから、お礼なんて良いんですよ」
「あーっはっはっはっはっは!」
通帳を眺めながら笑い転げるグリーンをチラと一瞥して、矢野はニコリと営業スマイル100%の顔をレッドへ向けた。
「実は、我社では次の商品の宣伝を再び皆さんにお願いしたいと思っているんです」
「えっ!?」
「今回の消費者広告の手法は、屋外広告でもイベント広告でもない新しい宣伝の形だと広告業界で話題になっておりまして。
様々な企業もこれに目をつけて、一昨日ぐらいから社の方にたくさんの依頼が舞い込んでいるんですよ」
「た、例えばどんな所ですか? あ、サラ金とかパチンコとかのギャンブルはダメですよ? 僕ら一応正義のヒーローだし」
「それは承知しています。あくまで我々は皆さんを単なる媒体ではなく、一種のパートナーだと思っておりますからね。OKを頂いた物だけということで。
とりあえず……現在依頼のある企業の一覧と、希望する宣伝形式をそれぞれプリントしてきましたので皆さんで精査してみてください」
矢野は、後ろに控えている林原に目配せをすると、彼はフトコロから、これまたぶ厚い束を出して上司に手渡した。
そしてそれをレッドが受け取り、とりあえず一枚目を捲った。菓子パンを製造している食品のメーカーだった。
「へぇ、メロンの入ったメロンパンかぁ。確かにメロン入ってないのにメロンパンって名前はおかしいと思ってたんだよ」
「そうだったのか!?」
後方で大声をあげるガーネットの声が聞こえたが、今のレッドにはどうでも良いことだ。期待感から思わず次のページを捲る速度も速くなっていく。
レッドの興味を引く商品もいくつかあった。面白そうだなとついつい笑みを浮かべる。それを見た他の隊員も見たくてうずうずしているようだった。
と、書類の半分ほど行った所でレッドの手がふと止まった。
「あのー、これ商品名書いて無いですけど……」
「会社名をどうぞ」
「えーと……株式会社ポピュラコミューン」
「それは商品ではなく、企業広告の希望ですね。イベント機材の会社なので」
「普通の会社の宣伝ですか?」
「ええ、無論そういう広告もありますよ」
矢野はそう言って、眉間にそっと中指を置いて眼鏡の銀のフレームをすっと持ち上げた。
「多くの方は広告とは商品を宣伝するためだけの物、商品広告しかないと思っていらっしゃいますが、お渡ししたのはそれに留まらず
他にも企業の意見を伝える意見広告、企業が投資家やアナリスト等に向けたIR広告、また、その会社で働く人に向けた広告もあります」
「えーっ、会社で働いてる人に宣伝なんかしてどうするんですか!?」
「いえいえ、従業員に宣伝するんじゃありません。従業員のために宣伝するんです。流通広告や、インナーコミュニケーションの領域ですね」
「……よ、よくわかんないなぁ」
「例えば、TVなどで宣伝することは、その企業の知名度を高めるだけでなく、そのような企業で働いている従業員の士気も向上します。
従業員の家族も安心するでしょう。無論、それは副産物的な物で、本来は就職のために学生へのアプローチでもありますが。
また、セールスやスーパー等で『TVでやってるでしょ?』なんて言葉を聞いたこと有りませんか。知名度があることで、売りやすくなるんですね。
流通に携わる人々や、従業員は十分これらの広告で恩恵を受けているんです。判りますか、皆さんの行う行為はとっても幅広いフィールドを舞台にしているんです」
はぁ……。と言う顔で隊員達は目を点にしながら矢野の話を聞いていた。思ったよりも宣伝活動と言うのは複雑で奥深い物のようだ。
ちょっと面倒くさそうだなとも思ったが、そんな隊員達の不安をかき消すかのように、矢野はパンと手を打った。
「まぁ、皆さんは我々の指示通りに動いていただくだけで結構ですから、心配しないでください。では、我々はこの辺で」
袖をまくって腕時計を見るなり、矢野は慌しげに立ち上がって林原を連れ、素早く帰っていった。多忙と名高い広告業界なだけあって、
この他にも様々な打ち合わせ等があるのだろう。唯一本部に残された『企業一覧』の書類は、彼らが去ると早速みんなで回し読みの時間に入った。
これは知ってる、これ宣伝したら商品もらえるかな、などと女子を中心に、賑やかに書類の中身を精査して行った。
……これでは通販のカタログと大差ない。
「ハハハハハ! 今日は大量だな、オイ」
久々に立派な悪の組織のまとめ役らしい高笑いをしているボスオオカミの表情は、銀行強盗が上手く行ったのも手伝って、いつにも増して輝いていた。
ここの所ブラックキャット団ばかりがこの辺りで悪の時代を悠々と謳歌していただけに、悪事にも力が入る。いつまでもくたびれた中年オヤジなどやってられないのだ。
鼻息の荒いザコオオカミも同じ気持ちな様で、駆けつけた警官の一団を物の1分で片付けてしまった。過去最高記録。いつまでも犬のようにのんびりしていられないのだ。
「待てっ! このまま見過ごすわけには行かないぞ!」
いくら悪事が上手く行って油断しているとはいえ、良いタイミングで奴らがやってくることは、オオカミ軍団でも既に想定の範囲内。
モーゼの逸話の如く、ぱっくりと左右に分かれた人ごみの間からカラフルな少年少女が駆けて来る。ボスが一言発する前にオオカミらは戦闘体制についた。
「来たなOFFレンジャー! 悪いがここ最近アジトの雨漏りが激しいんでな、今日ばかりはお前らに負けるわけにはいかねぇんだ。覚悟しろ!」
「そうはいかない。盗みは諦めて大人しくアジト中の茶碗を持ち寄るんだ!」
「馬鹿。茶碗どころかバケツや鍋使っても足りねえんだよ! オオカミ、行けっ!」
一斉に、鋭く尖った鋼鉄の様な爪を剥き出したオオカミがOFFレンに向って走り出した。先ほどの警官との戦闘で自信がついたのも手伝って心持ち体が軽い。
彼らは津波の様な速さで人と人との合間を駆け抜け、目前に迫った宿敵に向って銀色に光る爪を水平に構えた。日頃の訓練の賜物、秒単位で見事に統制の取れた動きだ。
奴らと接触するまであと、5秒、4、3……。
「イテッ!」
顔面から派手に転んだにも関わらず、気の抜ける声を発したのは自信の頭がガラパゴス化してしまったオレンジ隊員だった。
一瞬、このまま突っ込んで良い物かオオカミは迷ったが、レッドが右手でSTOPのジェスチャーをして「ちょっと待って!」と叫んだので、
ついつい、パラパラと足並みが不揃いになり、そのままその場に留まった。オオカミらは「何で止まるんだよ」「お前こそ」とそれぞれ顔を見合わせて、意志の弱さを責任転嫁するばかり。
「オレンジ、大丈夫?」
「あ、足首ひねっちゃったみたい。すっごく痛い」
「どれどれ、私に見せてください」
地面に座り込んでいるオレンジに、OFFレンジャーの医務担当、イエロー隊員が駆け寄った。左足首をくりくりと上下左右に回して痛がるオレンジの様子を見る。
少し右に曲げて見ると、痛みが走るらしくオレンジは苦痛に顔を歪めた。髪は別に何もなかった。
「……軽い捻挫ですね。誰かオレンジを本部につれて帰ってください」
「だ、ダメだよ! ボクがいなきゃこの戦いはどうなんの?」
「大丈夫。僕らがオレンジの分まで戦うから」
「それじゃダメなんだよ!」
大声で叫んだオレンジの声にOFFレンジャーだけでなく、オオカミ達までハッと息を呑んだ。
「OFFレンジャーは16人いてこそのOFFレンジャーでしょ。誰一人欠けちゃダメなんだ! ボクだってOFFレンの一員だろ!」
「……その言葉が聞きたかったんです」
「え?」
イエローはサッと前髪を掻き分けて、白衣のポケットから水色をした1本のスプレーを取り出した。
「これは今日発売されたばかりのスプレー式鎮痛消炎剤。清益製薬の『スグナオールスプレーEX』です。捻挫、肩こり、筋肉痛なんでもござれ」
「何だか凄く覚えやすくていい名前だね!」
「それに凄く効きそう!」
「カッコイイデザイン!」
「どこで売ってるのかなぁ!」
「EXって英語のトコが超ご機嫌じゃん!」
口々に感嘆の声をあげる隊員に微笑みかけたイエローは、素早くキャップを外してサッとオレンジの足首に向けてスプレーを噴射した。
「今まで幾多の戦闘での使用経験に基づいてこの種のスプレーに一家言を持つ私から言わせてもらえれば、まずこのスプレーは微香性で嫌な匂いがほぼゼロ……」
「女性にも使いやすそう!」
「続いて、炎症を治すには一番大事な冷却力が当社比20%アップ。素早い冷却力を実現しました」
「ホントだ。冷たくて気持ちいい!」
「さらに有効成分の配合により、優れた鎮痛効果を発揮しています。さぁ、オレンジ立ってみてください」
オレンジは頷いて恐る恐る立ち上がった。左足首を上げてトントンとつま先で地面に叩いてみる。みるみるうちに彼の表情が驚きに変わった。
「凄い! 全然痛くない!」
「これが清益製薬の『スグナオールスプレーEX』の力です。スグナオールスプレーEX、スグナオールスプレーEX!」
「も、もう一回商品名を教えて!」
「清益製薬のスグナオールスプレーEX、スグナオールスプレーEXです! 携帯用には『スグナオールスプレーEXミニ』もありますよ。清益製薬です」
オオカミ達は、呆然と軽快な喋り口でヤケにスプレーを紹介しているOFFレンジャー達を見つめていた。
「ボク、これならみんなと一緒に戦えるよ!」
「よかった。これもスグナオールスプレーEXのおかげだね。オレンジ、頑張ろう!」
ギャラリーからはパチパチという拍手が聞こえるが、オオカミは拍手どころではなかった。『なんか、コイツら変だ』誰もがそう思っていた。
「さぁ、オオカミ! いくぞ! OFFレンジャーBOXだ!」
オオカミが我に帰ったとき、既に自分達の頭上は巨大な投網が放り投げられていた。
彼らは網の中でボコボコにされながらも、その最中に隊員らが叫んだ言葉をハッキリと聞き取っていた。
「スグナオールスプレーEXは、用法容量を守って正しく使おう!」
最初のスポンサーがついてから、2週間。OFFレンジャーの生活はこれまでの物とは一変していた。
「あれ、また3Dテレビ買ったの?」
「うん。今朝届いたんだ。見て見て、ライダーブレイク、こんなに迫力あるんだよ!」
レッドが嬉しそうに指差すテレビ画面の左右にはこれまた別の3Dテレビが1台ずつ並んでいた。
それらの下には最新型のブルーレイディスクレコーダー。少し目線を下に落として見るとお掃除ロボがレッドの足下を静かに通り過ぎていく。
現在、OFFレン本部は最新家電の見本市。いや、最新家電だけではない。レッドの特撮DVDに始まり、漫画雑誌やアニメグッズ、
ジェットバスにサウナ室、カラオケセットまで備え付け、今や小さな“夢の国”が出来上がっていた。まさに広告成金と呼ぶに相応しい光景である。
「凄いよね。こんなに使ってもまだまだ入って来るんだもん」
「ホントホント。アタシ、一度で良いからこんな贅沢な暮らししてみたかったんだ」
そう言いながら女子達は、夢見心地な顔をしてネットで取り寄せたばかりのご当地スイーツをつつく。
しかし、さすがに食べ飽きてしまっているので、冷蔵庫には色とりどりのデザートたちが数十個も控えていた。
「若者が大金持つと碌なことが無いって言うけど、仕方ないよね~大金あるんだから」
「お金は使わなきゃ経済回らないんだからいいのいいの。新しいノートパソコン買うんだ~♪」
「シェンナ、これで恐竜の化石買うですー!」
「なにこれ……“初めての資産運用”?。ヤダ、シェンナそっちに手ェ出しちゃうの?」
「言っても聞かないのよシェンナは……」
「金は価値が下がらないから安心ですー!」
「しかも先物取引!?」
この調子で、すっかり隊員達はセレブ気分に酔いしれていた。何しろ依頼してくる会社は引く手数多、
実働時間に比べて報酬は超高額。子供にも受け始め、微妙なわざとらしさが受けているのか、男女問わず追っかけまでいるという。
そこまで話題になっているのだから、ミニコミ誌などからちょくちょくと取材があったりして思わぬ副収入も入ってくるようになった。
「なぁなぁ、今度の日曜日みんなでUSJ借り切って遊ぼうぜ」
「あそこって貸切できるの?」
「そんなの、札束で2、3回頬を打ってしまえば大丈夫ですよ。金に逆らえる人間なんかいません。イーッヒッヒッヒ!」
目を『¥』にしたまま、札束を広げてニマニマ笑みを浮かべているグリーンが大層下品な笑い声をあげた。
ここ最近、彼の様子がどう見ても悪者のソレなのだが、誰も何も言わず放置している有様だった。
実際の所、BC団に資金の一部を横流しして評価されているので気分が良いのである。彼はグリーンを演じることすら面倒になってきていた。
「金ですよ金。世の中は全て金なんですよ。ゲヘ、ゲヘ、ゲヘヘヘヘ」
「グリーン、なんかキャラ変わってきてる」
「まぁ、こんなお金手に入れちゃったら多少なりともテンション上がっちゃうもんだよ」
レッドはワイングラスに注いだオレンジジュースに口を付けると、テーブルの上のマカロンに手を伸ばした。
上部に隊員の顔が焼印された特別製の商品である。女子から飽きられたので男子陣の方へと流れ着いた残り物だった。
「まぁ、お金も儲かるし、経済効果もあるし、悪者も倒せるし、言う事なしだよ。僕らも完璧にやってることだし当分は安泰かな」
「残念ながら完璧ではありません」
幸せムードへ鋭角に切り込んで来たのは、いつ見ても同じ佇まいかつ、同じお堅い表情の矢野だった。
「あっ、ネギトロの矢野さん!」
「ネギトロではなくネガロトです。矢野です」
矢野が会釈をすると、後ろに立っていた林原が見えた。彼も同じように会釈する。何だか変な構図だった。
「あ、あの完璧じゃないってどういう……」
「ええ、残念な事態が発生してしまいました」
頭を上げた矢野はそう言って、素早い足取りでレッドのソファの前にやってくると林原と共に正座の姿勢を作った。
「ここは単刀直入に申し上げたほうがいいでしょう」
慌てて卓上のマカロンを片付けているレッドに、矢野はキッパリとした口調でそう切り出した。
「皆さんに、違約金を支払っていただきます」
「違約金!?」
ソファの奥のテーブルに座ってこちらを窺っていた女子達が真っ先に驚きの声をあげた。
正面切ってそういわれたレッドの驚きも大きいものだったが、まだ噛み切れていないマカロンを言葉ごと飲み込んでしまっていた。
「通常は所属事務所等に請求するのですが、皆さんはどこにも所属されていないため、企業側は直接こちらに請求をされるとのことです」
「ど、どうしてですか? 」
やっと喉の通りがよくなったので、レッドは恐る恐る矢野に問いかけてみた。レンズの向こうにある彼の目がキラリと冷たく光った気がした。
「二日前に、皆さんはコンビニ付近の駐車場で戦闘されましたよね?」
「は、はい。オオカミがコンビニ強盗してたんで……」
「なるほど。ではその時、皆さんがどうされていたか覚えていらっしゃいますか?」
「え……」
あの時は特に被害も出さずスピード解決。確かチューインガムを宣伝したはずだが、言われたとおりの手順で宣伝したし、不備は思い浮かばない。
思わずレッドは周囲の隊員と顔を見合わせた。彼らも隊長と同じ意見らしく「だよね?」と言う表情で返すばかりだった。
「あのー。僕らとしては、特に違約金が発生するようなことは何も……」
「ブルーさん」
レッドが言い終わる前に矢野はソファの横に立っているブルーの方へ向き直った。
「え、な、なんすか?」
「その手はお怪我をされているんですか?」
そう言って、矢野は絆創膏が巻かれているブルーの右手の人差し指を見た。
「あぁ、これ割れたガラスでちょっと切っちゃって」
「その絆創膏、どちらの製品ですか?」
「え? ど、どこって言われても……」
「私がお見受けしたところ、J&H社の『キズバリア』の様ですね」
「あのぉ……どういうことですか?」
まったく話の意図が判らないのでレッドがそう尋ねると、矢野はふうと息を吐き、机の上で両手を組んだ。
「まだ皆さんにはJ&H社がスポンサーについていませんよね?」
「はぁ、そうですけど」
「皆さんには既にスポンサーとして清益製薬さんが付いています。契約期間は3ヶ月ですからね。まだ続行中ですよ」
そこまで矢野が話すと、隊員にも話の概要が見えてきたのか、皆はサッと表情を曇らせた。
「あの、そこも絆創膏の販売を?」
「無論です。しかもJ&H社とは関西圏のシェアを争っているライバルです。清益製薬さんは大変お怒りで、今朝方スポンサーを降りると言う申し出がありました」
思わぬ誤算にうな垂れるレッド隊長。まぁ、かなりの大金を貰っているだけに仕方ない事なのかもしれない。
「後は他にも……」
「ま、まだあるんですか!?」
「チューインガムの宣伝。あれはマズかったですね」
「でも、僕ら言われたとおりにちゃんとやりましたよ?」
「敵にマズそうなガムといわれたそうですね」
確かに彼の言う通り、レッドはガムを取り出して噛んでいると『な、何だニャ! その不味そうなガムは!』と猫猫に言われた事を思い出した。
「その発言に対するフォローがなかったそうですね」
「でも、美味しいガムだってことはちゃんと」
「しかし、敵に不味そうなガムと言われる前に、既に味に関する発言は終わっていましたよね」
「そ、それは台本通りに進めた結果で……」
「アドリブと言うわけではありませんが、その発言に対するフォローが全くゼロだったのがスポンサーのお怒りに触れました。降板とのことです」
「……はい」
「続いて」
「えっ!」
思わず立ち上がるレッドだったが矢野の「何か?」と言う態度に、彼はただ小さく首を振った。
「続いて、戦闘の後、まだギャラリーが残っている最中ホワイトさんがコンビニでスポーツウォーターを購入されたそうですね」
「ちゃんとスポンサーの商品買ってるじゃない」
「ええ、それに関しては問題無いんですが。その横でピンクさん『私、最近お茶しか飲んでない』と言われたとか」
「あっ……」
口を抑えたピンクは、目を伏せたまま黙り込んでしまった。
「そこは、お茶も良いけどスポーツウォーターも良いと言って頂かないと。製造元はお茶を作っていません。スポンサーを降りられるそうです」
「ご、ごめんなさい……」
「えー、後は」
「ちょ、ちょっと!」
大人しく聞いていたグリーンは我慢の限界が来たのか、手にしていた札束を放り投げると、机に向って力一杯拳をたたきつけた。
「そんな些細な事で違約金なんて払う物なんですか!? 絆創膏だとか、お茶だとか、細かいことをネチネチと。これはもう言いがかりに近いんじゃあありませんかッ!」
「スポンサー企業には大抵、提供している番組を細かくチェックする人間がいるんです。この種の宣伝もソレと同様です」
「私は、聞いてませんよ。そんな話はあなた方から一切聞いていませんよ」
「全て契約書に書いてあることです。読み上げましょうか」
「い、いえ、結構。そ、そうです。我々だって人間じゃないですか。そう言うミスは誰にだってあります。たかが広告で小さなミスをしたくらいで……」
「なるほど。お話はわかりました」
矢野はメガネをクイッと上げて、ゆっくりと立ち上がった。ただ立っているだけなのに妙な威圧感があった。
細身の身体のどこにそんなオーラを秘めているのだろうか。グリーンは継ぎかけた二の句を詰まらせてしまった。
「皆さんは、ご自分たちが何をされているのか、全く理解できていないようですね」
「え?」
「何故、皆さんに支払われている金額が高額か考えたことがありますか。広告と言う物にはそれだけの効果があるからなんです。
木村拓哉のCMのギャラは1本超高額の1億円です。それだけの費用対効果が見込めるからこその1億円です。あの人が使ってるから買ってみよう、
あの人が良いって言うんなら使ってみようかな、そう思う人は皆さんの想像以上の数が存在しているが多いからこそ企業は彼に支払っている訳です。
その反面、マイナスの効果も大きいのです。皆さんがもし何か悪いイメージを持たれるようなことがあれば、それは企業イメージにも直結します。その逆もまた然り。
そして、そこで働く社員、下請け、株主、大きい所まで行けば日本経済そのものに繋がっていきます。皆さんの動き次第でマイナスにもプラスにも転じます。
皆さんの宣伝活動のお陰で、売り上げは着々と伸びている企業が存在しています。ファンも付き始めたと言うことは、集客力も上がっている証拠です。
生半可な態度で関わるのは勝手ですが、もう皆さんは、ただの少年少女ではないのです。両肩には日本経済そのものを背負っている。その覚悟でお願いしますよ」
矢野は鞄から書類の束を取り出し、ポンとテーブルの上に置いた。
「違約金の請求書です。よく目を通しておいてください。我々も注意しますので、今後はくれぐれもこの様な事のないように」
矢野と林原が去ると、レッドはじっと机の上の書類の束を見つめた。十数枚はありそうな厚さで、見る前からぐったりしてしまった。
思ったよりも荷の重い仕事だったのだと言うことを自覚したためか、我らが隊長は痺れた足を崩しながらソファの中へずぶずぶと沈んでいくのだった。
「……授業料だと思うしかないよ」
ブラックの慰めの言う様な、授業料と納得するにしては違約金は高額だった。
これまで購入した商品全てを売り払い、口座を解約して何とか支払うことが出来たが、スポンサーがなかなか付かなくなっていた。
返金が滞りがちになるわけで。いつからか本部の周りをグラサン姿のアグレッシブなお兄さん達が闊歩するようになった。ヒーローの本部なのに……。
こうなってしまえば後は赤ん坊でもわかる……もちろん比喩だけど。今後隊員達の身に危険が迫るのは明白だと言う事だ。
実際、シェンナがお兄さんに回し蹴りを食らわした後、何故か執拗に追いかけられた事があった。女性にすら容赦しないと言う奴らなりのメッセージなのだろうか…。
実害が出てしまえばさすがの隊長も、手段を選んで入られなかった。運よくまだ広告の出演依頼が来ている。仕事を選びさえしなければ返済は上手くいくはずなのだ。
「と、言うわけで。今日も借金を返すためにみんなで頑張ろう!」
「オー!」
それから、OFFレンジャー達は休日も返上して広告活動に勤しんだ。一回につき一つだなんてそんな手間はかけていられなかった。
「よし、ここでOFFレンジャーBOXだ!」
「レッド、それ違いますよ。BOXじゃなくて今度新発売の洗剤『マシロ』と、新素材歯磨き粉の『フロリン』に、新フレーバーが追加の『ガムガムくん』。
あれ、あまりにもシンプルすぎてよくわかりませんでしたが、この清潔感と気品溢れるパッケージは芳香剤の『消臭婦人』ではないですか?」
「あ! あんまり使い勝手がいいから間違えちゃったよ!」
「さすが隊長。使うものも最先端を行ってますね!」
「あれ、そういうグリーンこそ、良い匂いがすると思ったら新発売のメンズコロン『穀潰し』をつけてるんじゃ……?」
「さすが鼻の効く隊長ですね。私、これをつけてからMMK。そう、モテてモテて困っちゃうんです」
今までの戦闘時間が3倍に延びたが、少々乱暴なこれらの試行錯誤おかげでOFFレンジャーの貯金はぐんぐんと溜まり、僅か一週間で無事借金を返済できた。
そう、無事返済できたのだが……。落とし穴は、パッと見そこに穴があるとわからない物である。
「違約金を支払っていただきます」
「え!?」
朝一にやって来た矢野の言葉に、OFFレンジャー達はただただ驚くしかなかった。
「ブラックさんが商品名を噛みました、イエローさんが商品名を間違えました、ピンクさんが商品名を省略しました。商品名の間違いだけで3件。
その他諸々数十件。こちらに請求させていただきます」
請求額は、前のさらに倍。まさかまさかの一夜で借金王に元通り。こんな劇的な展開は誰も望んでいない。非常にマズイ!!!
レッドはとうとう、一大決心をするしかなかった。そう、もう来る仕事はどんな規模であろうと全部受ける。これにかけるしかなかった!
「おぉーっ、それはさらに味がマイルドになったスイートゼリーシリーズ! 今回からチェリーが追加されて見逃せない奴ですね!」
「うん、そうなんだ。冷たくってとっても美味しいからご贈答にも喜ばれること間違いなしだよ」
「そうと決まれば、早速悪い奴らを倒して美味しくいただいちゃいますか!」
「だね!」
コンビニ強盗の二人組を前にしながら15分のCMタイムを終えると、隊員達は店内に飛び込んで、ようやく勧善懲悪の第一歩を踏み出す。
しかし、そんな彼らの善への道のりを遮るかのように、スッと正義と悪の間に現れたのは、白髪の混じったオールバックに、
銀縁の眼鏡をかけて、口元には立派なヒゲを蓄えたロマンスグレーのオジサマであった。全くの初対面であった。
「ちょ、ちょっと、待ってくれないか」
「え?」
オジサマはレッドの傍に寄っていくと、耳元でポソポソと囁いた。グリーンも右耳をそっと割り込ませてもらう。
「……二人組みの一人はウチの息子なんだ。警察がどうのこうのとなってしまったらウチとしては非常に困る。見逃してくれ」
「何言ってんですか、アナタ。我々は正義の味方なんですよ?」
グリーンの鋭い突っ込みに、しばらく面食らっていたレッドもコクコクと頷く。そんな悪徳業者みたいな事は正義の味方には出来ない。
しかし、オジサマはそんな正論の壁を突き破って、二人にさらに顔を近づけ、胸元のピンバッチを指差した。見覚えのあるマークだった。
「わたしゃ、キミらにスイートゼリーの宣伝費を払っているんだがね」
「!」
「スポンサーなんだがね」
「!!!」
今、一番OFFレンジャーの中で敏感になっている5文字の言葉。気分はすっかり印籠を突きつけられた悪代官。
次の瞬間には我らがレッド隊長も、愛すべきグリーン隊員も、それはそれは綺麗な土下座を作って頭を地面にこすり付けていた。
「なんとか穏便に済ませますので、ご安心いただければ!」
「うむ、ありがとう。助かります」
その言葉を聞くや否や、オジサマはたいそう満足げに微笑んで頷いた。
レッドとグリーンは苦い顔をしながらも、とりあえず強盗の二人に飛び掛るフリをしつつ、奥へと移動して裏口から逃亡させた。
若者、特に躾のなっていない者にありがちな、甲高い馬鹿笑いをあげながら二人は駐車場のフェンスを越えて去っていく。
「あーあ。逃げられちゃってるよ」
コンビニを出て真っ先に野次馬から上がった一言がレッドの胸に鋭く突き刺さった。
隊長はそのまま傷口からダラダラと罪悪感を垂れ流しながら、本部へと帰り、すぐさま怪訝な顔をし続けていた隊員らに事情を説明した。
皆、「えっ」と言う顔をするものの声には出さず、すぐさま眉毛をハの字にしたまま困ったような笑みを向けるばかりだった。結構キツかった。
「まぁ、そのうち取り返してやりましょうよ。借金を返済しないことにはどうしようもないっすから!」
ブルーはそう言って隊長を励ましてくれたが、レッド自身だけでなく、もちろん何人かの隊員はイヤ~な予感がしていた。
そして、皮肉にもその予感は残念ながら現実の物となってしまった。状況と言う物も、落ちればとことん落ちるようである。
ある日は、倉庫荒らしを捕まえようとすると、どうやら犯人はその倉庫を管理している会社の資材課長であった。
資材を横流しして、取引先の賄賂用の資金に充てようとする所だったという。紛れも無く犯罪である。しかし、課長は急に態度を強めて、
『ウチの会社、お宅のスポンサーだよ。良いのかな』と突然言い出すのだから、隊員達はアッと息を呑むしかなかった。
慌てて、スポンサーリストを見ると確かに男の言う企業はOFFレンジャーのスポンサーについていた。嘘ではない。
おまけに男からダメ押しで「ウチの悪事が露呈したら、そんな所の広告塔になったお宅らにもあんまり良い事ないんじゃないかな……?」
なんて言われてしまったのだからたまらない。「スポンサー付かなくなっちゃうよねー?」まだ言ってくる。
……結局、OFFレンジャーは男が物資をどこかの国の舟に載せて、怪しげな外国人から報酬を受け取る所を見学することしか出来なかった。
当初の様な優良企業は殆ど付かなくなり、企業の選定すらもしなくなったせいもあるのだろう。こういう事例が頻繁に起こるようになった。
どうせ悪い企業なら確かに捕まえてしまえばなんとかなるかもしれない。だが、悪い企業の宣伝役になったタレントが一時干されてしまうように、
OFFレンジャー隊員一同は、「あんな企業に使われてた奴らなんか使ったらマズイ」と言う認識が広がることを極度に恐れていた。
質より量に切り替えたせいで、個々に入ってくるお金もグンと減り、返済もスムーズに行かない。さらに痛かったのはギャラリーまで減った事だ。
宣伝媒体としての価値が減少している。テレビで言えばかなりの低視聴率である。もう、手段を選んではいられなくなった。
「このバトルを最後まで見た人に、抽選で1名様にジュース100本プレゼント!」
「OFFレンジャーのバトルを見てスタンプを7個集めると、賞金が出ますよ!」
「見ないと末代まで祟りがあるかもしれない……」
「ポロリもあるよ!」
とにかく人目を引いて、集客するために節操がなくなってしまうのは自然の道理。最初は物、次はお金、次は脅しやアダルティじみた物まで。
やっている事は低俗どころか、単に必死になって見苦しいだけ。もはやヒーローどころか、打ち切り寸前となったバラエティ番組の末路を見ている様であった……。
そしてとうとう、来るべき日が来てしまった。いくら何でもそれだけは避けようと思っていたにも関わらず、判断能力を失った状態の隊員らには、
もはやそれを選定する能力が一時的に失われていたのかもしれない。入金までちゃあんと済まされており、契約書までしっかり作られている。
事が露わになった時、隊員達はブルー隊員よりも青ざめて、しばらく動くことが出来なかった。
遅れて本部にやって来たオレンジが「蝋人形の館かと思った」と言ったのも、あながち過剰に誇張された表現ではなかっただろう。
“新規スポンサー:オオカミ軍団、ブラックキャット団”。これが全ての悪夢の始まり……いや、悪夢の二番底への始まりであった。
オオカミ軍団の隠し部屋の中でエコ……こと子猫はニヤニヤしながら特別にオオカミに作って貰ったエビピラフを味わっていた。
悪エコの力を借りているとはいえ、ほとんど自分の手柄の様な物。おかげで一口一口食べるごとに、ピラフが豊潤な味わいの服を着て大舞踏会を開く始末だ。
「ヘヘー、オレの考えたとっておきの作戦順調だなー。ボスにもウィック様にも、おまけにタイガ先輩にも褒められちゃったよ」
何しろ、ここ最近、OFFレンジャーはオオカミ軍団にもBC団にも手出しできず悔しそうに悪事を完了させるのを見ている事しかできない。
おかげで、両組織の成績はうなぎ上り。ボスオオカミはご褒美に毎晩ご馳走を特別に用意してくれるし、ウィックからはケチな彼にしては大金な5000円を貰った。
「さすが支部長だニャ。OFFレンジャーにスポンサーをつけて旨味を持たせたところで一気にこちらの味方につけるなんてニャ」
「オレだって、悪者だからなー。頭脳は悪エコだけど、少しくらいはオレだからこそのポイントのおかげで思いついた作戦だと思うんだ」
「そのポイントと言うのは何って感じですか?」
「んー……そうだなぁ。オレ、毎日テレビ見てるからそれかなぁー」
「まぁ、でもこれでボクらの地位も安定間違いなし。OFFレンジャーも黙り込むしかないのさ~!」
「ハーッハッハッハッハ!」
改造猫が一斉に高笑いを浮かべるのを聞きながら、エコはまたまた頬を緩めてしまう。いつもバカにされてる分、ここまで崇められるのは実に気持ちがいい。
おまけに、OFFレンに酷い目にあってきた恨みを解消出来るのだから、毎晩非常に良く眠れる。広告会社ネガロトなんて物はハナから存在しないのだ。
全ては化猫によるイリュージョン、喋りは台本を制作した子猫による物。だから儲けの分は全てこちらに回ってくるので、ほとんどをBC団に回す。
OFFレンジャーを利用して金儲けするだけでなく、借金で披露させ、手も足も出なくさせて、正義どころではなくならせると言う非常に頭の良い作戦。
もしヘマをすれば借金で終わる。借金を無事返すにしても、悪をのさばらせている以上、正義の味方としても終わる(もちろん、完済させないように上手く調整する)。
このまま自転車操業的なやり方を延々と続けてもらえば、力尽きた時がOFFレンの最期。もはやOFFレンジャーは蟻地獄にも嵌ったも同然なのだ。
「(よーし。このまま、お金儲けして欲しかったバイク買っちゃおーっと。へへへー)」
これ以上崩れない所にまで子猫の顔が緩んでしまった時、突如オオカミ軍団のアジト内にとてつもない爆発音が響いた。
衝撃でエビピラフの中に突っ込んでしまった顔を上げると、ドアの隙間から白煙が漏れている。こんな隠し部屋の中にまで煙が来ているのだから、
先ほどの相当な爆発だったことがすぐさま推察された。ペロリと口元の米粒を舌で取る。やっぱり美味しい。
「な、なんだニャ!?」
「火事か!?」
「オレ、ちょっと見てくる」
急いで、子猫はエコの姿に戻って、部屋を出る。こっそり通路に出ると物凄い煙。やっぱり火事かと思ったが、食堂の方がかなり騒がし様子。
食堂にダッシュすると、オオカミ達のざわめきとOFFレンジャーの大声が混じって聞こえてきた。
「何やってんだOFFレンジャー!?」
「いいかげんなことすると、違約金だぞ、違約金!」
「お前らが悪の組織から資金をもらってる事をバラしても良いのか!」
食堂の中は、殺気だったオオカミ達で一杯になっていた。背伸びをしてみるが倍以上の身長であるオオカミの向こうが見えるはずも無い。
無理やり割り込んで中に入る。小柄な猫で助かった。ようやく毛深いジャングルを越えると、オオカミに取り囲まれたOFFレン達がいた。
「こんな騒ぎ起こしてどうする気だ。え? スポンサー様だぞ俺達は!」
「そんなのわかってるよ」
「へ、変なことしたら、大変なことになるぞー!」
何だか余裕げな顔をしているOFFレン達を見て、エコは「こいつらヤケクソになってる!」と思い、オオカミに混じって野次を飛ばした。
チラとレッドがこちらを見つめたので、思わずゴクリと喉を鳴らした。子猫じゃないからそんなに頭も回らない。何しに来たんだろうか。読めなくて苛立つ。
「僕ら、色々考えたんだけど。やっぱり借金があるし、スポンサーを蔑ろにすることは出来ないんだよね」
「当たり前だろー!」
「だったら帰れ帰れー!」
レッドはツンと済ましたまま、オオカミ達が静まるのを待った。小学校の朝礼の如く、しばらくしてオオカミ達は何も言わなくなったのを見計らうと、
我らが隊長はコホン、と軽い咳払いをして、ニッコリと微笑んだ。
「えー、そんな素晴らしいスポンサー様にお礼をすべく、本日、偉大なる我らがオオカミ軍団の宣伝をさせていただきます」
「何!?」
レッドはBOXを取り出すと、それを高く掲げた。条件反射でオオカミ達は出口に殺到するが、BOXはオオカミではなく、彼のすぐ足下に投げつけられた。
お決まりの白煙。それに包まれる食堂。中からキーンと言う音がする。それがハウリングだと気づいた時、隊員達の手には拡声器があった。
「えー、皆様」
さらに白煙が薄れていくと、食堂の中に物凄い数の人影が見えた。明らかに50名を越すと思われる数であった。
ようやく焦点が合って、それらの正体を目にした時、オオカミ達は思わず我が目を疑った。有名な悪の組織の幹部が続々と並んでいたのである。
ブラックキャット団のウィックと、タイガーアイの姿もそこにあった。皆、何故自分達がこんな所にいるのか判らず、困惑している様子だ。
「我々はぐるぐる戦隊OFFレンジャーです。オオカミ軍団は我々のスポンサーでございます。素晴らしい組織、オオカミ軍団。
僕らはそんなオオカミ軍団の良い所を皆さんに紹介させていただこうと思います。僕らはご存知正義の味方……」
悪の幹部らがざわつき始めるが、オオカミ達はOFFレンジャーの目的がまだわからず、お互いに顔を見合わせるばかりだった。
エコは何だか直感的にこの場にいない方が良いかもと言う雰囲気を感じて、すーっと後ろに下がっていく。
「では、宣伝させていただきます。せーのっ!」
レッドの合図に、隊員達は拡声器に向っていっぺんに叫んだ。
「オオカミ軍団はとっても素晴らしい組織でーーーーす!」
「昨日なんか、お年寄りの手を引いて横断歩道を渡っていましたぁぁぁぁ!」
「商店街の花壇に花を植える活動をしていまあああす!」
「な、なんだ!?」
オオカミ達がOFFレンジャーの行動に戸惑っていると、ざわめくギャラリー達の方を見てようやく彼らも隊員の考えに気が付いた。
みんな一般人ではない。誰も彼もが「悪の面汚しだ」と言わんばかりの冷笑を浴びせている。メンツを大事にする悪の組織にとって致命的である。
「や、やめろ! そんなこと宣伝されちゃ悪の組織としての立場が! オオカミ軍団の恥だ!」
「食堂には募金箱を置いていて、毎月それをユニセフに募金しています! 募金箱は牛乳パックを切って作っています。環境にも気を使っているんですね!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
一際大声で叫んだのは、ザコオオカミに紛れていたボスオオカミであった。かわいそうに、きっと当分ストレスで抜け毛が酷いであろう。
「ボスオオカミさんですね。我々『悪者の友』の編集部の物ですが」
「えぇっ!?」
「これはどういうことですか。正義の味方に出資なされていると、そういうことですか?」
「ち、違っ!」
とうとう、ボスオオカミは悪者の友の編集者にまで意見を求められてしまった。これでは面目丸つぶれだ。
苦し紛れに目を逸らすと、向こうの方でもどこから聞きつけたのかウィックが同様に記者から詰め寄られている。
彼も相当頭に来ているのか目が血走っているのがここからでもハッキリとわかった。
「さらに、オオカミ軍団はこのたび、僕らの提案に賛同してくれて、公園に遊具を寄付してくれるそうです!」
「わ、わかった! わかったああああ! や、やめる! やめるからもう出て行ってくれ!」
「何をやめるんですか?」
「す、スポンサーだ! オオカミ軍団はOFFレンジャーのスポンサーを降りる! 取り止める!」
とうとうボスが悲痛な声をあげるとOFFレンジャーはニヤリと笑って。一気に武器を取り出し始めたのだった。
「聞いたね?みんな、今からオオカミ軍団はスポンサーじゃなくなった。悪者だから、倒しましょう!」
「おーーーっ!」
ボスオオカミが弱弱しく崩れ落ちたのを合図に、OFFレンジャーは一斉にオオカミ達に向って行った。
それからオオカミをボコボコにした皆は、リビングでゆっくりと紅茶を飲みながら勝利とストレス解消のの余韻を味わっていた。
ついでに幹部もボコボコにしてやろうかと思ったが、まんまと逃げられてしまった。まぁ、本来の目的はヤツラではないので別に構わない。
しばらくしてから代理店から急いでやって来た矢野がスポンサー契約を打ち切りたいと言い出した。
なんだかいつもと声が違っていて、聞いた覚えのあるような声になっていたが、皆は快諾した。これでスポンサーに縛られなくて済んだわけだ。
無論、早期終了と言うわけで多少の違約金は払わなければならないが、一応その辺の目処は十分立っている。
「それにしてもよかったよ。まさかシェンナの資産運用が上手いこといくなんてね」
「シェンナ、ギャンブラーですー!」
そう、シェンナが勝手に行っていた金の先物取引の相場が上手い具合に行ってくれたおかげで、借金の返済も何とか上手く行く兆しが見えたというわけだ。
最初は「恐竜の化石を買う」の一点張りだったが、クリームの説得のおかげでなんとかこちらに回してもらうことが出来た。シェンナ様々だ。
「それにしても、スポンサー方式って結構厳しいんだなって事がわかったすね。今回」
「ホラン君も株式会社とかやってるけど、大変なんだろうね。色んなお金が絡んでくると」
「だね。ちょっと僕も反省しちゃったよ。目先の欲に目を奪われてちゃいけないんだよね! もっと、慎重にいかなきゃ!」
「そうですよー!」
シェンナはえっへんと胸を張りながら、フンと鼻息を荒くした。今回ばかりは多少偉ぶっても足りないくらいである。
「シェンナ、念のためにFXもやってるからもっと儲けるですー!」
「えぇっ、シェンナFXにまで手ェ出してたの? 大丈夫?」
「レバレッジ400にしたからガッポリですー!」
「……よ、400!?」
シェンナの頭をペシンと叩いたクリームは、慌ててシェンナの携帯型PCを奪い取り、なにやらカチャカチャやり始めた。
すると、突然額を抑えたままそのままふら付いたかと思うと、ペタンと尻餅を付いた。
「ど、どうしたのクリーム。ビバレッジって何?」
「……利率400倍です。上級者でも手を出さない率です。当たればデカいんですけど……完全に大損してます」
「え、そ、それって……」
「違約金どころか、今度はFX業者に借金が!」
「えぇーーーーっ!!」
「悪銭は身につかないですねー。やれやれですー」
「このバカシェンナ!」
そして、シェンナは一晩中、お尻が真っ赤に輝くまでクリームから叩かれ続けた。
再び借金まみれになってしまったOFFレンジャー、返済の目処は当然無かった。危うしOFFレンジャー!
「ブラックキャット団史上最大の恥……! ここまでコケにされたのは始めてだ……!」
アジトへの帰り道、夕暮れ。ブラックキャット団首領ウィックは、息を荒くしながらギラギラと目を光らせて静かに激怒していた。
その後ろからタイガーアイがエコの耳を乱暴に掴んで引きずり回していた。彼も首領同様、かなりご立腹の様子であった。
「い、痛い痛い! 痛いよぉー!」
「貴様のせいで、どれだけウィック様が辱められたと思っているんだ。本来なら俺自身の判断でお前をバラバラにしてやる所だ!」
「だ、だって、お金儲け出来たじゃないですかぁー!」
「悪の組織にとってメンツは金よりも大きいのだ。お前も悪としての自覚があるなら、それくらい理解しろ!」
「痛い痛い、いたぁーい! ふぁぁぁぁん! 先輩ごめんなさぁぁぁい!」
痛みに泣き喚くエコがようやく開放されたのは、見慣れた風景である通天閣のまん前であった。
「さぁ、OFFレン本部から契約書を回収して直ちに処分するのだ。ウィック様のご配慮で、特別にそれきりで許してくださる」
「ふぁぁぁぁぁぁん。せんぱぁぁぁぁぁい」
「泣くな! いいからとっとと処分してくるのだ!」
憧れの先輩にポーンとお尻を蹴飛ばされて、エコは顔面からアスファルトに突っ込んだ。かなり痛い。
「イテテ……せ、先輩。う、ウィック……様ぁぁー!」
エコの呼びかけには決して首領は答えず、タイガーアイが冷たい目をして彼に一瞥をしただけであった。
「だ、大丈夫?」
顔を真っ赤にしながらすすり泣く、エコに声をかけたのはOFFレンジャーの馴染みのお弁当屋さん「まんてん屋」の女店長さんだった。
彼女はエコをそっと立たせてくれると、膝元のホコリまで払ってくれ、再び「大丈夫?」と聞いた。
「だ、大丈夫……ですっ……」
「さっきから見てたけど、ケンカ?」
「そ、そんなんじゃないです。う、ウィックさ……せ、先輩……うぅ……OFFレンが……うぅぅ……」
エコは声を詰まらせながら不明瞭な訴えを彼女にしたが、不明瞭はやっぱり不明瞭であった。
「泣かないで。ね。そうだ。廃棄予定のお弁当あげるからね。それで元気出して。まだあったかいから」
「うぅ……あ、後にしてくださぁい……お、オレ、やること、あ、あるっ……からっ……うぅ」
エコはそう言って、まだまだグズりながらトボトボと地下への階段を降りていった。
残された店長さんは心配げにその背中を見送りながらも、彼が戻ってきた時用にお弁当を用意しなければと思い立ち、すぐさま店の中へと入って行った。
「泣く子と何とやらには勝てぬ」とはよく言うが、やっぱり可哀相な子を見ると彼女は放っておけない性質だった。弁当箱を手に取り、レンジに入れてあげる。
「あの……」
お客さんが来たらしく、店長さんはいつものように明るい返事をしてカウンターに向った。
真っ赤な口紅の女性がそこにはいた。日傘を差して、胸には高そうなブローチ。高級住宅街に住む有閑マダムといった風体はひどく場違いに思えた。
「はい、お弁当ですね。何にしましょうか」
「いいえ、そんなんじゃないんです」
「あら、すみません。お茶でしたら120円です。ホットで宜しいですか?」
彼女はペットボトルを入れたケースの鍵を開けて、「お~いお茶」を手に取った。
「……カスミさんですよね」
その言葉に彼女の手は止まった。「え?」と聞き返す前に、相手も表情からそうだと悟ったのか、続けて彼女に言い放った。
「……城崎の家内です」
その後、あんまり泣き喚くので、哀れまれながらもなんとかOFFレンに契約書を貰って処分することが出来たエコ。
しかし、帰宅したエコは、ボコボコになったオオカミ達に、作戦提案の責任と言う名目でさらにボコボコにされてしまうのであった。
「ふぁぁぁぁぁぁん。ひどいよぉぉぉぉぉぉー!」
めでたし、めでたし。