第112話
『帰ってきたOFFレンジャー』
(挿絵:クリーム隊員)
──日の光さえも、ぶ厚い闇に遮られ、足下に瓦礫だけが広がるこの世界を、二人の男女が懐中電灯の明かりを頼りに進んでいた。
彼らの行く手には、くすんだコンクリートと鉄骨の残骸の道が、代わり映えする事も無く延々と続いているばかりだった。
いつになったら、目的の場所へとたどり着けるのか。胸の中に埃っぽい空気と共に吸い込んだ不安が、二人の中で渦巻いてゆく。
「きゃっ」
男は声のした方へ懐中電灯を向けた。瓦礫の山の上で転んでいたのは、カールした前髪、潤んだ様にキラキラとした大きな瞳、
そして鮮やかなまでの桃色をした少女……OFFレンジャーのピンク隊員だった。
「大丈夫ですかピンク。ちょっと私の方が急ぎ過ぎましたか?」
「ううん。ただの不注意。グリーンは気にしないで」
ピンクの言葉に、グリーンは安心したようにフッと笑って彼女に手を伸ばした。
立ち上がったピンクは、グリーンの傍に不安そうに寄りかかった。もう随分と歩き続けていたのだから無理も無いとグリーンは思う。
「思ったよりも状況は深刻でしたね……まさかここまで……」
グリーンは電灯の光で周囲を照らした。どこを見ても瓦礫ばかり。光の中で舞い散る埃のうねりがハッキリと見え、
思わず息を止めてしまいそうになる。
「本当に、この先にあるのかな……」
グリーンは、ピンクの顔を見た。彼女の表情は弱々しくて、儚げだった。
「何言ってるんですか。ありますよ。絶対あります。希望を持ってください」
「グリーン……」
「私がついてるじゃないですか。一応私だって男です。安心してどーんと任せてください」
「うん……」
ピンクは涙を貯めた目でこくりと頷くと、グリーンの胸にそっと顔を埋めた。
グリーンは、そっと腕を伸ばして彼女の背中へ回した。彼女の不安さえも全て包み込もうとするかのように……。
「ひゅーひゅー。熱いっすねー。グリーン」
「!?」
慌ててグリーンは懐中電灯の光を向けた。
そこにいたのは、数十分前に分かれたばかりのブルーとホワイト、そしてパープルの三人であった。
「人に探させておきながら、なに二人でイチャついてんのよ、ったく……」
「ホランが見たら発狂しちゃうっすよー?」
「ち、ち、違います! そ、そういうわけじゃなくて、私はただ、仲間としてピンクを!」
「……ま、いいけどね別に。さっさと探し物見つけてくれればさ」
足場が悪いせいか、時折ふら付きながらホワイトたちはグリーンの方へと歩み寄ってきた。
妙にホワイトの機嫌が悪いなと思ったら、彼女の真っ白な毛並みは砂埃で薄汚れていた。どうやら何度か派手に転んだようだ。
「ごめんねホワイト。なんだったら、私とグリーンだけで探すから三人は先に……」
「いいわよ別に。アタシだって、久々にOFFレン本部の現状を見てみたかったし? それに……」
「そうそう。こんなに滅茶苦茶でも、元は俺らの本部なわけっすから。付き合いますよん」
「ちょっと、それアタシがいま言おうとしてた言葉なんだけど!」
「えっ!?」
こんな所でもケンカを始めるホワイトとブルーの様子をグリーン達は呆れつつも、どこか懐かしそうに眺めていた。
OFFレンジャー本部が崩壊し、レッドによる活動休止が発表されてからだいぶ経った現在……。
今では隊員達はそれぞれ地元でいつもの生活を送るようになっていた。メールやチャットなんかで付き合いの続いている隊員もいるものの、
ほとんどは学業などに忙しいのか、すっかり連絡の取れない隊員や、ごくごくたまに、連絡を取り合う程度の隊員ばかり。
この日も、グリーンとピンクから「同窓会」の企画が持ち込まれ、都合の付いた3人が加わり、久々の再会となったのだった。
ファミレスで始まったたった5人だけの同窓会は、すぐさまあの時と同じように賑やかに楽しく過ぎていった。
そんな中、ピンクがふと「本部に取りに行きたいものがある」と言う話を持ち出した。
他の隊員がそれが何なのか尋ねても、彼女は恥ずかしそうに微笑むだけではっきりと明言しようとはしなかった。そんな時である。
『じゃぁ、取りにいきましょっか? あれから本部がどうなっているか、気になりますし』
というグリーンの一言で、同窓会はそのまま崩壊したOFFレン本部探索ツアーへと流れ込んで行った。
そういうわけで、この場所はOFFレン本部、そして隊員達はここへ探し物に来ているというわけである。
「……あ、そういえば、私たちは私たちでこんなの見つけたよ。ほら」
パープルは手の中の物をグリーンとピンク、そしてヘッドロックを"かけている"ホワイトと、"かけられている"ブルーに見せた。
それは、ホコリをかぶった小さなソフトビニール製の人形で、銀のメタリックな塗装が施されたメカ猫の造形をしていた。
「あっ、これ“サイバーK”じゃないですか! 実に懐かしいですね」
人形を手に、グリーンは顔をほころばせた。こんな中にありながらも、欠けや傷も無い綺麗な状態だった。
鋭い目付で、手や足には武器が装着された正義のサイボーグキャット。当時も今も人気の高い特撮作品だ。
「レッドのかな?」
「いやぁ、うちの隊員は、大抵サイバーKが好きでしたからね。わかりませんよ」
「そ、それに、OFFレン結成に貢献した、重要な、番組だったす、もん、ね」
「そうだっけ?」
「そうっすよ。これがなかったら、OFFレンも無かったかもしれないんすから」
ホワイトの腕を叩き、苦しいながらも、ブルーは懐かしそうに微笑んで、遥遠くを眺めていた。
「あの時のことは、ホント、今でも、覚えてるっすよ……」
青い帽子を被った少年は、カゴから放たれた小鳥のように、眼を輝かせながら、一目散に廊下を駆け出した。
「凄い! なんか、滅茶苦茶広いよここ!」
突然、自宅に届いた携帯型PCのスイッチを入れるなり、ワープしてきた4名の少年少女。
理解の手がかりを掴むため、わけも判らず目の前のドアを開け、中に入ることにしたのだった。
「……何かの施設の跡でしょうか」
天井に掛かったクモの巣を見つめながら、黄色い毛並みの少女が呟くと、
隣を歩いている眠たげな顔をした銀色の少年が口元をニヤつかせ、
「ラブホとかも大体こんな感じですよね。私は行った事ないですけどー。まだ10代ですしー?」
ポツリと漏らした。誰もそんな事聞いてないのに、黄色い少女が冷ややかな眼を銀の少年に向けた。
「ねーねー! こっちにシャワー室とかサウナがあるよー! なんか本格的なやつ!」
廊下の一番奥の曲がり角から、青帽子の少年がひょっこり顔を出した。
もしかして、健康ランドの跡地か何かなのだろうか。黄色の少女がそう思った時、
「あ、ここリビングみたいっすよ」
自分達の後ろを歩いていた少年の声に、黄と銀は振り返った。
ドアを開け、室内を覗いているのは、青色をした少年だった。
「リビングですか?」
二人は青少年の方へ引き返し、部屋の中を覗いた。そこは、キッチンと一体型のリビングであった。
多少ホコリが積もっていたが、大きなソファに、綺麗な木目のテーブル、まだ新しそうなカーペット、
それだけでなく、テレビ、クーラー、冷蔵庫等の電化製品もそのまま、あるべき所にきちんと設置されていた。
ちょっと掃除が苦手な人が住んでいる部屋です、と言われれば、誰もが素直に信じてしまう程であった。
「……だれかの住居って事ですかね」
「それは、見れば判りますね」
テレビの上を指でなぞる銀の少年は、上部に配置された電源スイッチを押した。
ブーンと言う音がした後、50型はあろうかと思われる画面上に、昼の情報番組が綺麗な色彩を持って映し出された。
「お、点いた。液晶ですね」
「ちょっ、勝手にいいんすか?」
「そんなの、不法侵入してる分際で何を今更ってなもんですよ」
銀の少年は口元に皮肉な笑みを浮かべながら、TV画面の正面に置かれたテーブルを跨いで、
その向こうにあるソファの上にゆっくりと腰を下ろした。ホコリが少しだけ舞い上がるが、彼は気にならないようだった。
「だからって、くつろぎすぎじゃ……もし誰かが帰ってきたらどうするんすか?」
「ホコリが均等に積もっていました」
「え?」
「多分、誰かの別荘か、それとも仕事場等といった感じだと思いますよ。それもろくに使われない場所。平気平気」
「あ、本当だ。冷蔵庫、コンセント抜けてるし、中も空っぽです」
青い少年が振り返ると、キッチンの方で、黄色い少女が、灯りの点いていない大きな冷蔵庫の中を覗き込んでいた。
扉を閉めると、彼女は調理棚や、シンク台下、電子レンジの中まで覗いたが、やはりどこも空っぽのようであった。
「うわっ、凄い! 何かドラマとかに出てくる部屋みたいだね」
青い帽子の少年が遅れて部屋に入ってくると、相変わらずの元気な表情で感嘆の声を挙げた。
「あ、あの、すみません。他の部屋とかどうだったっすか?」
いまだにこの場所が何なのか気になるため、一際進んで探検を行っていた彼に、青い少年は尋ねた。
「ん? まだ全部見れて無いけど、結構広いよ。部屋も何十個もあって、地下に続く階段とかも!」
「地下!?」
「なんか、暗くてよく見えなかったから、降りてはないけど、そこも結構広そうだったよ」
「ははあ、何十もの部屋に地下室ですか、となるとペンションの可能性も出てきますねえ」
とうとうソファの上に横になった姿勢の銀の少年が、呑気な口調で口を挟んだ。
「そうか、僕たち、ペンションのキャンペーンか何かでここに呼ばれたんだ!」
「いや、なんでそうなるんすか……呼ばれた以前に瞬間移動みたいな感じだったし、誰もいないじゃないすか」
「この状況は私が読んだ漫画とかじゃ、大抵このあと殺し合いゲームが始まったり、一人ずつ姿の見えない怪物に食われますね」
黄色の少女が、人差し指を立てて、何故だかワクワクしたような表情を浮かべて言った。
「そんなぁ! 今日の夕飯、僕の好きなカレーなのに、こんな所で死ねないよ!」
「脱出する方法は何か無いんすかねぇ!?」
「最後の一人になった時に判るかもしれませんねえ……」
「えーっ! 僕残る自信ないよぉ……」
「ちなみに女性とはいえ、私は今メスを5本所持してますから、下手な真似はしない方がいいですよと警告しときますね」
「うわぁぁぁぁぁ、この人危ない人だったーっ!!」
飛びながら彼女から離れたレッドは、ソファを飛び越え、真っ白なテーブルの上に着地した。
積もったホコリが余計に舞い上がり、青い帽子の少年は、顔をしかめて咳き込んでしまった。
「大丈夫ですよ。私、高校で生物部なんで。メスは解剖用のセットを持ち歩いてるだけですから」
「何で持ち歩く必要が……」
「そんなの、解剖が好きだからに決まっているじゃないですか。人体に咲く、血肉の華……生命の神秘に触れる瞬間!」
まるで王子様を夢見る乙女の様にキラキラした瞳で、彼女は遠くを見つめ、うっとりした表情をしていた。
変な人だ。とにかく変な人だ。TVを見ている人物を覗き、二人の少年は唖然としてそんな彼女を眺めた。
「ま、まさか、あなたも変な物とか持ってないっすよね?」
「あぁ、バレちゃいましたか。実は私、生物兵器なんで触れると即死しちゃうんですよ」
彼は飄々とした、感情の篭っていない声であっけらかんと答えた。当然、信じる者はいなかった。
大して面白くも無いテキトーな発言に、この人はこの人で変な人だと、青い少年は確信した。
続いて帽子の彼にも眼を向けるが、相手もすぐさまその意味を察知したらしく激しく首を振った。
「僕は、普通の男の子だからね。変な物だって持って無いし、悪い人でもないから!」
「そういう、あなたこそどうなんですか」
「えっ?」
疑惑はとうとう、自分の方に向いて来た事に、青い少年はたじろいだ。
「健全な青少年が、しつこく「すっす、すっす」喋ること自体怪しいじゃないですか!」
「そ、そういえばちょっと不自然かも……!」
よりにもよって刃物女から、警戒の眼差しで見られている事に若干屈辱を感じつつ、彼は胸を張って答えた。
「お、俺だって、何も持ってなんかないっすよ。それに、喋り方は普段もこうなんすから、どうこう言われたくないっすね」
「そんな口調をその歳になるまで見過ごされたまま、これまで生活出来た環境にいた事自体、怪しさ満点ですよ!」
「ほ、ホントだ。確かにそう言われれば、そんな気もしてきた!」
「…………」
帽子の少年のちょっとズレた感じを目の当たりにして、やっぱりこの人も変だと青い少年は思った。
そして、自分では普段通りの態度に対して言いがかりにもほどがある責められ方に、彼は苛立ちを感じ始めてきていた。
「解剖好きな人に言われたくないっすね。解剖が好きでメスを持ち歩くなんて、ちょっと異常だとしか思えないっすよ!」
「なっ、それは偏見にも程がありますよ! 理系はみんな解剖大好き、血みどろ大好きなんですからね!」
「そんな訳ないじゃないっすか!」
だんだん両者とも口論に熱が増し始めた時、銀の少年がまぁ、まぁ、まぁ、まぁ、と呑気な声を出し、
「別にまだ何も起こってないんですから、余計なエネルギー使ってどうするんですか。
どうせエネルギーを使うならば、おセックs……げふんげふん……別な物に使いましょう」
相変わらずトボケタ顔をソファから出しながら、そう言った。
「それに、もうそろそろ、正義のサイボーグキャット、サイバーKが始まりますんでね」
「えっ、もうそんな時間!? 」
帽子の少年は、目を輝かせてヘラヘラ男のいるソファに駆け寄った。
「おや、あなたも“サイK”好きですか?」
「うん。僕、これ毎週欠かさず見てるんだ。やっとメタルに続く新シリーズが出て来て期待してるから」
「あー、戦隊とライダーだけじゃ、ちょっと物足りないですよね」
「そう! そうなんだよ! もっと東映もバンダイも売れ線以外に、メタルみたく別路線にチャレンジをするべきなんだよね!」
「だったら、私は雨宮慶太のが見たいです」
「僕は坂本監督かなー! 丁寧な演出で好きなんだよね!」
何やら共通点のなさそうだった二人の間に、マニアックな特撮トークが繰り広げられ始めたのを、
残された青と黄、二人の男女は呆然としながら眺めていた。突然知り合いが仲良くなって、自分だけ置いてかれた気分だ。
「……ははは、お、俺らも“サイK”見ます? 毎週楽しみにしてんすよね。結構、面白いっすよ?」
「うーん……」
青い少年の問いかけに、彼女は口元に手をやり、何やら思案するような素振りを見せた。
解剖好きのマッドレディーには、特撮なんて範囲外であろう。それにやっぱり変な人そうだし。彼は自分から誘ったにも関わらず、
彼女から徐々に離れ、特撮マニアのグループへそろりそろりと歩み寄ろうとした。そんな時、
「……今週は確かライバルのサイバーM主役回且つ、山本脚本回ですから、心理描写に結構期待しちゃいますね」
解剖女がそうポツリと漏らしたのを聞いて、ブルーは驚いた。こいつも“サイK”を見ているのか。
青い少年は、彼女がそこそこオタク的な素質を持っている人物であることだけは、その喋り方から判断が付いた。
とてもじゃないが、人間の感情の機微などを気にする様な繊細な風には見えないが……。
「あれっ、なんだ。みんなサイK好きなんじゃない! 奇遇だね~」
仲間を見つけた嬉しさからか、帽子の少年は満面の笑みを浮かべた。
「ええ。私、普段はあんまり特撮とかは見ないんですけどね。サイバーTが解剖したいくらい可愛いのでついつい」
「ホント!? 僕もT好きだよ。サムライっぽくってさ、カッコイイ時はカッコイイしね」
「私はKですね。主役だけに影が薄めなのが、とてもよいのです」
「お、俺は、Mっすかね。一番メカニカルな外見だし、特に主人公のライバルっていうのが……」
「あっ!!」
青い少年が最後まで言い切らないうちに、大きな声を出したのは黄色い解剖女であった。
彼女はまたも口元に手をやりながら、眉間に皺を寄せて険しい顔をしてみせた。
「……これですよ」
「え?」
「な、何がっすか?」
「我々の共通点ですよ。我々4人全員がここに集められた理由を、私はずっと考えていたんです。
もしかすると、出生や、前世とかここにいる全員が何らかの理由で罪深き者達なのだろうと踏んでいましたが……」
彼女は白い人差し指をズバッを前方に向けた。
「ズバリ、我々は“サイK”好きという共通点で結ばれていたのです!!!」
「……な、なんだってー!」
人差し指を向けられた銀男は、大して感情の篭ってない、どこか冗談めいた口調で叫んだが、
残りの二人は(こればかりはさすがに帽子の少年も)、眉に困惑の色をハッキリと表していた。
「いや、マニアックなローカル番組じゃあるまいし、全国ネットだからそんなの結構いると思うんすけど……」
「そう言われても、他に私が他人と合いそうな趣味は、解剖か、人体実験か、ゲハ板ウォッチくらいしかありませんよ」
「趣味じゃなくて、例えば、住んでる場所とか、俺は埼玉なんすけど」
「えっ、私も埼玉ですよ!?」
彼女の言葉に、青と黄の二人はハッと眼を見開いた。両者「これだ」という確信を掴んだ瞳であった。
「……僕、愛媛」
「私は福島なのですよ」
しかし、そんな確信は、ものの10秒足らずで脆くも崩れ去ってしまった。
それから4人は血液型や誕生日、年齢、星座、ペットの有無などなど様々なプロフィールを照らし合わせたが、
結局彼らの間に共通点と呼べそうなものは何一つ存在しなかったのだった。とうとう、4人は根を上げて、
既にOPが流れ始めた『正義のサイボーグキャット、サイバーK』を鑑賞することでしばし休憩する事にした。
「あー、カッコイイっすよねー、M。俺いつも番組終わったら、サイトにMのイラスト投稿してんすよ」
「へえ、絵が得意なんだ。僕はあんまり上手くないから、書いたりしないでチャットとかするだけかな」
テーブルの上に頬杖を付いている青い少年が言うと、隣の帽子の少年が身を乗り出してきた。
「私もよくチャットするんですよ。もっぱら同じ人達ばかりなんですけれど」
「あ、私も絵はごくごくたまに。チャットメインですね。サイトの常連の方々で、レッドさんとか、グリーンさんとか……」
「えっ、そ、それ、僕の……ハンドルネーム……」
彼女の発言に、突然場の空気がピンと張り詰め、室内は恐ろしく静かになった。
そして、静寂を打ち破る様に口を開いたのは、この中で一際汗をかいている帽子の少年であった。
「レッド……僕、のハンドルネーム」
「うそっ、レッドさん!?」
驚いて立ち上がったのは、黄い少女だけではなかった。
まったく同じタイミングで、青、銀二人の少年も、幽霊でも見たかのように驚愕の顔で飛び上がった。
「……私、イエローです」
「えぇっ、イエローさんなの!?」
彼女はいつも、チャットでよく会うユーザーであった。
「俺、ブルーっすけど」
「えっ、えっ、いつもなんか、ありがとう!」
そして青い彼も、帽子の少年とは馴染みのネット友達であった。
残るは、銀色のヘラヘラ男。しかし、彼は飄々とした様子で「さぁ、誰でしょう?」と微笑んだ。
「私、あの人だったら嫌ですね。シルバーさん。意味も無く下ネタと意味不明発言するあの変な人」
「……違いますね。私はブラックです」
「えっ、ブラックさんだったの! なんだ、そうだったんだ。いつもチャットしてくれてありがと!」
「いえいえ、なんのなんの」
彼は口を開けて、はっはっはと笑った。
「これで共通点がハッキリしましたね。我々はサイKのファンサイトに集うネットユーザー、しかも馴染みの人々」
「確かに。これ以上の共通点は、もうなさそうっすね」
「後は、誰がこんな事を企てたかです!」
「それがわかると苦労はしねえんだよな」
その時、知らない声と共に、リビングの扉が軋んだ音を立てた。4人は一斉に振り向くと、そこには小さなシルエットがあった。
いや、シルエットではなく、元々黒い色をしていた。頭の上にサングラスをかけ、丸く大きな眼をした子供の姿だった。
「あ、現れましたね! ずばり、あなたが我々をここへ導いた張本人!」
「……ちげえよ」
黒猫の声は、その姿には似つかわしくない、低い、えらく男性的な声質だった。
「俺はブラック。俺もチャットでいつも話してる“サイK”仲間だよ」
「えっ、じゃぁ……」
一同は、自称ブラックの銀少年に目を向けた。彼は微笑を称えながら油汗をかいていた。
「もしかして、あなたシルバーさんじゃ」
「…………」
「嘘ついてたんすか?」
「……ええ、ええ、そうですよ! どうせ私は誰も彼からも嫌われているシルバーですよーだ」
「何もそこまで言って無いですけど」
「あ~あ、一匹狼カコイイなー!」
シルバーというHNの彼は、ふて腐れるようにして、ソファの背もたれに顔を埋めた。
どうやら、しょうもない嘘がバレたことを恥ずかしがっているのだが、それをあまり人に見せたくないようだった。
「俺の所にも変な荷物が届いたから、開けてみたら腕時計みたいな小型パソコンでさ」
男はどこからか腕時計型PCを取り出し、顔の前で小さく振って見せた。
「……気づいたら、ここにいたんだよ。で、出口を探して、廊下を歩いて……」
「出口はあったんですか!?」
「あぁ、あったよ。地上に続く階段が。で、昇ってみた」
「ここはどこなんすか!?」
黒猫はチラと上を向いた。
「……大阪だった」
「大阪!?」
「……タコヤキ屋とか、あったし」
突然現れた彼の言葉が信じられず、4人は彼と共に部屋を出て、その地上へ続く階段へ向ったが、
彼の言う通り、ここはとある塔の地下で、確かに関西弁を喋る人、関西風の外観を持った店が存在していた。
「なんで、我々が大阪になんかいるんでしょうか」
「大阪なんて来たの、修学旅行以来だ……」
再び部屋に戻った黒猫と4人は、大阪の風景を目の当たりにしたせいで余計に混乱していた。
ネットの知り合いが、現実で、大阪で一堂に会している。しかも一瞬でワープして。混乱するなという方が酷だ。
「旅費とか持ってないし、警察に保護を求めたとして、親になんて説明すればいいの……」
「はぁ~……これじゃ、まるでいつかの会話そのものっすね」
「なにが?」
青い少年の言葉に、帽子の少年が顔をあげた。
「いや、ずっと前、大阪で集まってヒーローがどうとか言ってたじゃないっすか」
「そういや、そんなことありましたね」
テーブルに顎を乗せて、銀の少年はヘラヘラ笑った。
「そうそう、あの時チャットで5人集まったから“戦隊作れますね”みたいな事私が言ったんですよね」
頭を抱えて憂鬱げだった黄の彼女も、顔をあげて、顔を綻ばせた。
「ブラックさんが、戦隊作ろうって提案して」
「そうでしたね。名前は確か……」
「OFFレンジャー!」
帽子の少年がバン、とテーブルの上に手をついた。
「そうだよ。その時、OFF会とかやりたいねって話してて、ついでにOFF会と戦隊作っちゃおうみたいな話してたよ!」
「そうか、大阪ってのも、常連の人らの居住地を見て距離的に集まりやすい場所ってことで!」
「じゃぁ、ここにいる5人はもしかしてその時の?」
5人はお互いの顔を見合わせた。そして全員がその話を知っていて、そして同じネット仲間。
もはやそれ以外、考えられなかった。自分たちはOFFレンジャーの5人なのだ。
「でも……だからって何も本当のヒーローになるわけじゃないっすよね? あくまでもその場のノリの他愛ない話だし」
「……それが、そうとも言えないみたいだぜ」
黒猫は腕時計型PCのスイッチを入れ、その画面を皆に見せた。
画面上には特殊なメールソフトが起動されており、そこにはたった一通だけメールが届いていた。
“先日、ネットであなた方のお話を拝見いたしました。当方、もう必要が無くなったため、
小型PC、秘密基地、機材、備品等、全て差し上げます。どうぞ、皆様の正義を守る活動にお役立て下さい。 正義の味方より”
メッセージはそれだけだった。4人は慌てて彼と同じようにPCを起動し、メールソフトを開いた。
そして全員の受信ボックスには一字一句違わず同じ物が届いていた。返信しようにも、細工をしたのか文字化けして送信不能となっていた。
「……これってつまり、どこかのヒーローが私達らの会話を見ていて、いらなくなったのを我々にくれたってことですか!?」
「俺らのバカ話を、そいつは本当に俺らが正義のヒーローを始めると勘違いしたんすかね?」
「そんなバカみたいな話があるわけ……21世紀とはいえ、正義の味方だなんて本当にいる訳が……」
「でも、こうして俺らは大阪にいるわけだし……」
何が何だか判らないと言う一同だったが、ただ一人、帽子の少年が下を向いたままの震えている事に気がついた。
あまりにも現実離れした事実の連続に、怖くなってしまったのか。「大丈夫ですか」と声をかけようとした時、彼は顔をあげた。
「僕……ずっとずっとずっと! ヒーローになるのが夢だったんだ!!!!」
「はぁ!?」
「これは凄くラッキーな話だよ! だって、正義のヒーローになんて、普通なれないんだよ!? 」
「そりゃまぁ、そうですけど」
「そうでしょ!?」
帽子の少年は、ピュアな男児の瞳を皆に向け、その表情いっぱいに“夢”を散りばめていた。
「これは、神様がくれた幸運だよ。正義のヒーロー、みんなでなってみようよ!
秘密基地もある、運賃なんて気にせず一瞬でみんなと集まれる、おまけに同じサイK好き、良い事づくめじゃない」
4人は顔を見合わせた。確かに彼の言う通り、100万回生まれ変わっても経験できない瞬間が今自分たちの身に訪れていた。
「ヒーローはともかく、サウナまであるこんな広い居住スペースに住めるだけでも有り難いですよね」
「ここにあるテレビも、俺ん家のより大きいっすもん。ブルジョア生活まで付いて来るとなればもう、これは」
「ヒーローになるっつーのも、なんか男心をくすぐるもんがあるしな」
「私は、中盤から現れるカッコよい新メンバーポジション希望しましょう」
4人は、自分らがヒーローになるという意見に賛同する眼を彼に向けた。
同意を得た帽子の少年はぐっと拳を握り締め、その腕を大きく頭上に振り上げた
「それじゃ、正義の味方OFFレンジャー、本日結成だーーーっ!!」

「へぇー、一番最初ってそんな感じだったんですか」
「そうなんすよ。今思い出すと、いや~懐かしいっす」
「私達まだその時、腕時計PC貰ってなかったから知らなかったなー」
しみじみと過去の思い出を噛締めるようにして、ブルーたちは人形を眺めていた。
彼の三白眼の血気盛んな顔つきですら、今となっては隊員達との再会を喜ぶ穏やかな笑みに見える。
「せっかくだから貰って帰りましょうよ。こんな綺麗なままなんですもん」
「そうだね。OFFレンにとって大事な思い出だもんね」
「じゃぁ、これ私が持っておくね」
パープルが人形をしまう横で、グリーンは過去を眺めるかのように斜め上を見、顎を擦りながら、ふうむと唸った。
「どうかしたんすか? グリーン」
「いえ。我々が合流したのは、その翌日でしたっけねとか思ったら、余計懐かしくなってきてしまって。
思い返してみれば、ここにいるピンクもパープルもホワイトとは、同じ日に入隊しましたからね」
「あったわねえ、んなことも……」
腕組みしながらホワイトが頷いた。
「あん時は、確かレッドやブルーが突然部屋に入ってきたんだったっけ?」
「そうそう。みんないきなり、大声出してね。レッドなんか、ひっくり返っちゃって」
パープルの言葉に、ブルーやホワイトもその時の記憶が脳裏に甦ったのか、表情がパァッと弾けた。
「あったあった」
「確か次の日だったんすよね」
「そだそだ。パープルよく覚えてるねえ」
懐かしそうに口元を緩ませて、彼らはOFFレンジャーに第2班の面々が合流した時の事を思い返した。
「でええええええええええええええええええ!?!?!?」
翌日、早速誕生したばかりのOFFレンジャー5名は、
本部をヒーローらしくピカピカに掃除するために、リビングを開けるなりひっくり返った。
そこには、昨日の自分たちと同じように困惑した表情を浮かべる6人の男女が集まっていたのだった。
「ま、まさかあなた方が我々をここに集めた張本人ですかッ!?」
緑色をした、まだ声変わりもしてないと思われる甲高い声の少年がレッドを指差した。
彼は、冬の時分はとっくに過ぎていたというのに、紫色のぶ厚いマフラーをつけた季節はずれの格好をしていた。
が、そんな人物に指された側としても、ずっこけてばかりもいられないので、レッドは胸を張って答えた。
「……違います! 僕らは、正義のヒーローOFFレンジャー!」
精一杯カッコよく名乗ってみたつもりであったが、未だに困惑状態の男女達には逆効果だったようで、
ますます眉寄せ身を寄せ、不審者を見るような目付のまま、ざわつき始めてしまった。
「しっ、思慮分別の付いているであろう年齢でありながらその言い様、ますます怪しいじゃないですか!」
「うん、まぁ、そうなんだけど……」
緑の少年は多分、まだ小学生だろうと思ったが、丁寧で語彙の豊富な言葉遣いで、やけにしっかりした印象をレッドらに与えた。
とりあえず誤解は早く解いておいた方が良い。ブルーがなるべく穏やかな表情を浮かべて前に出た。
「あのー……もしかして、みなさんも変な荷物が届いて、ここにワープして来たんすかね?」
「えっ!?」
彼らは驚いた顔をした。ブルーは「貴方達も?」と問われるより早く、簡単にあらかたの事情を説明した。
そして彼らもやはり、“サイK”ファンであり、例のファンサイトの常連で、レッドやブルー達とは馴染みのネット仲間であった。
『OFFレンジャー』の話をしていたのは先の5人であったが、今日ここにいるメンバーは、その会話のログを見て、
「面白そう」「じゃぁ俺もそれに入ろう」「私はグリーンかな」等とその話題に追随していたメンバー達だと言うこともわかった。
「……なるほど、つまり、どこかのヒーローが廃業か引越しか何かでここにいることができなくなり、
どうせいらない物ならばと、大阪で、且つヒーローをやろうと話していた我々に、譲ってしまおうと思い立ったわけですか」
「まぁ、そこまでは、わからないからあくまで憶測なんすけどね」
ブルーの説明に、みんなは一応、話は話として皆は聞き入れ、納得してくれたようだったが、
それを“事実”として完全に受け入れてくれた者は、現時点ではいないようだった。
自分達も、ようやく日を跨いで理解が追いついたのだから当然と言えば当然だろうと、5人は思う。
「でも、グリーンさんとか、パープルさんに、ホワイトさんまで一緒にヒーロー出来るなんて、こんな嬉しい事って無いよね!」
「……あのぉ……そ、それ何とかなりませんかね?」
「えっ?」
恥ずかしそうに眼を泳がせながら、緑の少年こと、ハンドルネーム「グリーン」さんはもじもじとした。
「……なんか、面と向ってハンドルネームで呼びかけられると、くすぐったいというか」
他のメンバーも同じ気持ちが少なからずあったようで、苦笑いを浮かべたり、軽く頷く者までいた。
「あ、それもそうか。君らも、OFFレンジャーに入るからには、色を決めないとね」
「色?」
「だって、戦隊ヒーローといえば、色でしょ? 見た感じ、ちょうどみんな色被ってないし、ちょうど良いよ」
皆はお互いを見回しながら、ここに集まるそれぞれのメンバーの色を眺めた。
確かに、緑やピンクや紫や橙色と、同じ猫なのに、よくぞここまでばらけているなと言うほど、綺麗に分かれていた。
戦隊ヒーローに、紫やオレンジなんて聞いたことは無いのだが、人数が人数だけに仕方ないといえば仕方がない。
「私はグリーンですか。まぁ、いいでしょう」
「グレーって、なんか地味だけど……まあいいか。俺自体は地味じゃないし」
「ボクはレッドが良かったなー!」
ヤンキーでも土下座するような異様な髪形をしたオレンジの少年が口を尖らせて言うと、
「ダメダメ! レッドは僕!」
その体に、赤さの欠片もない“レッド隊長”が大きく手を振って彼の意見を打ち消した。
当然、色=名前のルールが忠実だと思っていた彼ら6人の頭上には大きなハテナが出現する。
「あの……私から見ると、あなたは赤というより、黄白色なんですが」
おずおずと、グリーン隊員が隊長に申し出ると、隊長は大して気にも留めないと言いたげに笑って、
「だって、赤い人いないし。隊長のレッドがいないと戦隊として始まらないでしょ?」
「はぁ……」
「それに。僕はホラ、ここが赤いから!」
自身が被っている青い帽子に刺繍された赤い“M”の字を指差した。「ジョークなのか」と誰もが思ったが、
隊長の背後に居る一日先輩である4名の、若干腑に落ちてない表情を見る限り、どうやら本気である事を6人は瞬時に悟った。
「大丈夫! 僕はここにいる誰よりも特撮作品を見て勉強してるから、知識が豊富だし、安心していいと思うよ!」
「はぁ……そういえばぐるM……じゃない。レッドさんは、特撮マニアでしたね」
「さん付けなんてしなくて良いよ。これからは仲間だからね。レッドで良いよ。あっ、隊長でもいいかなぁ~!」
一人浮かれながら頭の後ろで手を組んで、大口をあけて笑う隊長を見て、
彼を除く隊員10名が、安心よりも不安の方が大きくなっていた事に、本人は当然、気づくことは一切なかった。
「あの時、私はこんな風に歳を取りたくないものだと切に思ったものです」
「アハハ……まぁ、でもそういう変に子供っぽい所がレッドの良い所でもあるんだけどね」
皆は、改めて足下の瓦礫の山を見回した。歩いている時はコンクリートや鉄骨の破片しかないものと思っていたが、
目が慣れてきたせいもあってか、点々と白や赤といった鮮やかな色をした何かが瓦礫の隙間から顔を覗かせている。
「こうして見ると、この中には色んな物が眠ってそうですね」
「歴史があるからね。この本部にも」
「出てこなくてもいいようなものとかも、あったりして」
「私に関してはそんなものありませんからね」
誰も聞いていないと言うのに、グリーンは前もってそう断言した。
ピンクとパープルは笑ったが、その微笑みには少しだけ疑惑の色が浮かんでいたのも事実だったりする。
「あ、見つけた!」
そんな時、ピンクが嬉しそうに足下から何かを拾い上げた。
「今度は何を見つけました?」
「えへへ、私のもけっこう凄いもの」
そう言って微笑むピンクが差し出したのは、何の変哲も無い1本のくすんだ金色をした鍵。
しかし、三人はそれを見るなりわぁっと声を挙げて、その顔をほころばせたのだった。
「えええええええええええええええええええええええええええ!?」
11人のメンバーが結集し、本格的に活動を始めた結成三日目のOFFレンジャー本部。
この日、一同は倉庫で見つけた鍵の束を持ち、初めて地下の内情を探っていた。
どこもかしこも、倉庫や物置の類であったが、一番奥の固い鉄扉の鍵を開けた時、
とうとう彼らは、とてつもない物を見つけてしまったのだった。
「こ、これ……本物なのっ……!?」
「いやだって、そりゃそうですよ。こんなでっかいハリボテ置いたって仕方が無いですよ」
隊員達は、恐る恐る手すりに捕まりながら、目の前のロボットの頭部を見つめると、
それから恐る恐る、2~30メートル以上は下にある巨大ロボット達の足下を見下ろした。
そこは、出る作品を間違えているのでは無いかと彼らをドギマギさせる十数体のリアルロボットが、
左も右も一列にお互いと向かい合って並んでいる、あまりにも壮大なロボットの格納庫であった。
「うわぁ……すげえ……なんかアニメみてぇ……」
通路は、格納庫の壁に沿って並んでいる全てのロボットが間近でぐるりと見渡せるよう、四角い吹き抜け通路で、
その四隅には、それぞれ降下用のエレベーターが設置されていた。まさにアニメさながらの内装である。
「こ、これ全部と合体して必殺技出したりするんですかね……」
引きつった顔でグリーンは言ってみたが、隊員達はただ茫然と、手すりの向こうのロボットを眺めていた。
天井を見上げると、それぞれのロボットの上に、恐らく外へ出るための物と思われるゲートがあった。
「なぁ、ちょっと、下へ降りてみねぇ?」
あまりにも壮大な光景に興奮しているらしいブラックが皆に声をかけた。
「そ、そうだね。下から見上げても結構迫力ありそうだし。行ってみようか」
「っすね。行きましょ行きましょ」
一同は早速、入り口から見て一番近い右側のエレベーターに乗り込んだ。
パネルのボタンは『△』と『▽』だけのシンプルな設計。とりあえずレッドは『▽』を押し、ゆっくりと降下して行く。
エレベーターは上下左右360度全て鉄網で出来ており、降下中に時折カシャンカシャンと、音を立てていた。
風が吹き上がってくる足下を向けば、このまま地面に激突していく様な感覚を覚え、隊員達は息を呑んだ。
そうこうしているうちに、エレベーターは無事最下部に到着し、鉄網の扉が開かれると、
隊員達は蜘蛛の子を散らすように、わーっとそれぞれのロボットの下へ走り寄っていった。
「俺、これにしようかな!」
ブラックが自分の背丈の5倍はある左足を指差したのをよそに、レッドは自分達の居た通路の方を見上げた。
遥か頭上の赤々とした照明が、ロボたちのボディに反射し、キラキラと輝く。
「はぁ~……」
ロボたちのあまりにも堂々とした佇まいとその重厚さに、レッドは最早そんな声しか出ない。
他の隊員達もほとんど同じ気持ちのようで、軽く辺りを見回しても皆レッドと変わらない様子。
変わっているのは、ロボの表面を叩いてはしゃいでいるブラックと、それを興味深げに見ているシルバーだけだ。
「ブラックとシルバー、ロボット好きなんだねぇ」
「あぁ、一応俺工業系行ってるからな」
「私も工業デザインとかに興味がありましてねえ。ガンプラも大好きですから」
「へ~……」
「それより、これ見ろよこれすげえぞ。多分、各機を個別に整備するための昇降リフトだぜ」
ブラックはそれぞれロボットが収容されているフロアの壁に設置されたリフトを上げ下げし始めた。
もはや、意識は完全にロボットに向いているようだった。一方、シルバーはただただニヤリと口元に笑みを浮かべている。
「こんな大掛かりな……電気代とか大丈夫なんでしょうか……」
ロボットの迫力の前に気づかなかったが、イエローの言葉に、隊員一同はハッとした。
電気なんて湯水の様に溢れ出るもので無いし、請求となればどうなるのか、
まさか上の塔の持ち主が立て替えてくれるわけでもないだろうし、市の財政にも組み込まれていないはずだ。
この歳でまさか電気代に苦労することになるかもしれないとは思わなかった。レッドの顔も一層青くなる。
「……それなら、多分、大丈夫じゃないですか。ホラ、あそこに発電機が……」
「えっ?」
グリーンが指差したロボットの格納庫の一番隅。何やらグォングォンと音を立てて動いている機械。
その側面には、ご丁寧に『自家発電機』と言うプレートが張られていたのだった。
「な、なんだ。よかったぁ……じゃぁ、電気代の心配は無さそうだね」
「んじゃ、ロボットもたっぷり乗り回せそうっすね!」
ブルーの言葉に、元気よく「うん!」と答えかけたレッドだったが、
ここに来て、再びイエローがひどく現実的な言葉を隊長に投げかけた。
「……これ、操縦出来ますかね」
「えっ!?」
「ウルトラマンじゃあるまいし、街中で動き回れるような場所もありませんし……」
「うっ!?」
「もし、何か建物とかを壊してしまったら賠償金とかの請求が来るでしょうし……」
「ぬっ!?」
「万が一、人間を踏み潰しでもしたら……」
「……ダメっ!」
パンパンと手を叩いて、レッドは叫んだ。
「僕らまだ免許さえ持ってないのに、こんな巨大ロボ乗れないよ!」
「えーーーっ!?」
その言葉に一際大きく反応したのはブラックだった。
「戦隊ヒーローにはロボは付き物だろ! 特撮好きとして、いいのかよそれで!」
「良いの! そもそも、戦隊シリーズに巨大ロボが登場したのはバトルフィーバーからで、
その前のゴレンジャーやジャッカー電撃隊じゃ、巨大ロボなんて全然出てこないんだから!」
レッドはコホンと咳払いをすると、不服そうなブラックやシルバーをしり目に、高らかに宣言した。
「ロボは見るだけ! よほどの事がない限り、ここは巨大ロボ展示室にします!」
「まだ、ライトブルーもピーターも居ない頃っすよね~。いやー、そんなことあったっすよ確かに」
腕組みをしながら、ブルーはしみじみとして鍵を眺めた。金色の鍵と言えばやはりロボの格納庫だ。
「あれから、ブラックとシルバーはメンテナンス担当ってことで、時々あそこに篭るようになったっけね」
「まだロボたち、いるかなあ」
「こんなことになるんなら、せめて一回くらいは乗ってあげればよかったね」
「格納庫はここよりも地下だし、ぶ厚い防護壁がありますから、多分無傷だと思いますよ」
グリーンはそう言ってピンクの手から鍵を手に取り、汚れを自分の腕で軽く磨いた。
「お、綺麗になりました。……ロボも我々の一員です。彼らの部屋の鍵は私が大切に預かっておきましょう」
「そうだね。そういうことはグリーンが最適かも」
「……ま、まぁ、そう言ってもらえると私としても有り難いですけどね」
微笑んだピンクを前に、グリーンは恥ずかしそうにぽりぽりと人差し指で頬を掻いた。
「あ、そうだ。その鍵がそこにあったってことは、他の鍵も近くに落ちてるんじゃない?」
パープルは人差し指を立てながら言った。
「そうっすね。この際っすから、記念に部屋の鍵みんなで持って帰らないすか!?」
「あんたって、こういう時だけは気の効いたこと思いつくのね」
「ふ、ふふん、俺が本気を出せばこんなもんすよ」
ホワイトの嫌味を苦笑いで受けながら、ブルーはピンクの足元の瓦礫を探り始めた。
崩れると危ないので、グリーンがピンクを奥の方へ移動させる。
そんな光景を、鍵探しに夢中でやっぱり気の利いてなかったブルーの背中にホワイトの溜息は虚しく吐かれた。
「あっ!」
と、早速ブルーが何かを見つけたようで、彼は瓦礫に手を突っ込み、中から何かの傷と思われる、
三本線が刻まれた壁材の破片を取り出した。だが、それを見ても他の4人はただの破片にしか見えなかった。
「なにそれ?」
「忘れたんすか? ほら、あの時のっすよ!」
遅れてライトブルーとピーターパンが加入した頃、OFFレンジャーは結成から2週間が経とうとしていた。
それは、OFFレン史上稀に見るほどのあまりにも平穏な平穏な2週間であった。
既に、パトロールと言う名の散歩や、情報収集と言う名のテレビ観賞だけでは我慢出来なくなっていた。
レッド隊長が繰り返し呟き続けた『悪者と戦いたい!』言葉も、隊員らには虚しく聞こえ始めていた。
そんな隊員達(主にレッド)の熱い気持ちが引き寄せたのかは判らないが、遂にその日、
尾布市に、長い間彼らの因縁のライバルとなる悪者達がやって来てしまったのだった……。
──ドゴォォォォォォォォォ!!!
インターホンと言うたいそうお上品な機械をガン無視して、
彼らが最初にしたOFFレンジャーへの挨拶は、ドアを吹っ飛ばすという実に乱暴なやり方であった。
そのため、ぬくぬくと爆音とは無音の世界で育ってきた隊員達は、最初何が起こったのかすら気づかなかった。
続けて、バタバタと玄関の方からなだれ込んでくる十数人の足音。それに混じって聞こえる大型犬の様な咆哮……。
ここでようやく隊員らもただならぬ事態が起こったことに気づいたが、誰も皆、腰が抜け、足が震え。
肝心の隊長でさえオロオロと、左右を見回すばかり。とりあえず出来たのは、ソファの裏や柱の影に隠れる事だけだった。
「ハーハッハッハッハ!!」
リビングのドアが蹴破られるなり、ズカズカと室内へ入ってきたのは、自分達の2~3倍の背丈はあろうかと思われる狼達だった。
皆一様に真っ黒なサングラスを掛け、その体格は、街中で絡まれればすぐさま土下座するほど肉付きの良い、立派なものであった。
「……ほぉ、なかなか、良い所じゃねえか。空き家にしては上等すぎるくらいだ」
ざっと2~30人はいるかと思われる狼達の奥から、シャープな形状の赤いサングラスを掛けた一際体格の良い狼が現れた。
深々と頭を下げる周りの狼達の態度や、立っているだけで醸し出してくる只ならぬオーラ。奴らのボスであろう事は予測できる。
「ご丁寧に、家具までそのままか……。まぁ、いい。盗む手間が省けるってもんだ」
ボス格の狼が部屋を見渡しながら、その口元に不敵な笑みを浮かべていた。
心臓の音が聞こえないか、犬だけに匂いで気づかれるのではないか。体格差から見て勝ち目はない。
隊員達は、この時、恐らく生まれてはじめての生死の危機を感じていた。
「よし! お前ら、ちょっと集まれ」
狼のボスらしき男が他の狼達の方へ背を向けたのを見て、ソファに隠れていた隊員達はホッとした。
正面のソファに隠れる彼らは、ソファの隙間からこっそり様子を窺っていたが、
狼の掛けているサングラスにより、奥の目が見えないだけに、気づかれているのではないかと言う強い緊張感を強いられていたのだ。
「本日より、我がオオカミ軍団は、この場所をアジトとして拠点にし、本格的に世界征服に向けて動き出す事とする。
俺の知り合いの情報では、この場所は、どこかのヒーローか何かの組織が使っていたらしいが、そいつらはもう居ないらしい。
心配していた入居者の存在も、どうやら杞憂であったようだ。皆は新たに、この尾布市で悪の限りを尽くすべく奮闘してくれ。以上」
ウォォォーンと、オオカミ達は見た目さながらの遠吠えをあげ、ボスの言葉に大きく答えた。
どうやらこのオオカミ達は悪人で、さらにここが空き家である事を聞き付け、アジトにしようと目論んでいるらしかった。
「よし、そうと決まれば早速、他の部屋を見て回ろう。団員用の改造室と、食料の保管庫が必要だからな」
「了解!」
オオカミ達は、ドタドタと入ってきたのと同じようにしてあっという間にリビングから姿を消した。
彼らのその素早さから、隊員達は隠れ場所から出て来ても、部屋全体を取り囲む非現実感に茫然としていた。
「……悪者本当に来ちゃった。ど、どうしよう。僕、体育苦手なのに」
今にも泣きそうな顔のレッド隊長を見て、隊員達の不安感は休息に増していった。
あのオオカミ達のガタイの良さを見れば、13対1だとしてもこちらが秒殺されるのは明々白々だった。
「おい、お前らそこで何をしている!」
その時、恐らく見張りか何かだと思われる1匹のオオカミが茶色い毛を逆立て、隊員達に叫んだ。
現実の過剰な残酷さに、隊員達は息を呑んだままその場に立ち尽くし、青ざめた顔でオオカミを見る事しか出来なかった。
「あ、あの……ちょ、ちょっと話をですね」
「ここは我らがオオカミ軍団のアジトだ。ガキとはいえ、ただじゃすまさねえぞ!」
グリーンの問いかけも虚しく、オオカミはその両手から鋭い鉄爪をシュッと剥き出しにした。
どうやら、悪の組織にいるだけあって、好戦的であり、穏やかに話し合いなどする気も無いようだった。
「……ふっふっふ。うっふっふっふっふ」
心の中で死を前にし、穏やかな気持ちとなる段階に移り始めた隊員達の中でただ一人、
シルバーが突然、不敵な顔で笑いながらオオカミの前に出て行った。とうとう、キてしまったのだと、誰もが思った。
「……初めましてですか。我々は、正義の味方OFFレンジャー。あなた方の敵ですよ」
「なにっ!? ガキがふざけた事を言うんじゃねえぞ!」
パニックにより、おかしくなってしまった子供にもオオカミは容赦しなかった。
彼はその両腕の爪を、無残にもシルバーに向って振り下ろした。が、そこにはシルバーの姿はなかった。
「こっちですよ」
──上だ。
隊員達がそう思ったのもつかの間、シルバーは彼を見上げたオオカミの顔面に、激しいキックをぶち込んだ。
そして、プロレスラー並みの体格であったオオカミは、彼のたったその一撃で後ろに倒れ、そのまま気絶してしまったのだった。
「す、凄い……」
「あらら、私とした事が飛び上がりすぎて、天井引っ掻いちゃいましたねぇ。ふっふっふ」
見事地面に着地し、三本線の爪跡を付けてしまった天井を見上げ、顎を撫でているシルバーを、
隊員達はアクションスターを見るような目で眺めていた。一際、目を輝かせていたのは勿論レッド隊長だ。
「シルバーって、格闘技の経験があるの!? カッコイイなー!」
「いいえ。ずぶの素人ですよ。痛いの嫌いなんで」
「でも、あのオオカミを一撃で倒しちゃうなんて、そうできることじゃないよ?」
レッドの言葉に、隊員達はうんうんと頷いた。するとシルバーは、はっはっはと口を開けて笑った。
「いやぁ、実は部屋で腕時計型PCをいじってたらですね、ヘルプの項目を見つけたんですよ」
「ヘルプって、パソコンだけに、要は説明書的な奴?」
「ですです。それで、色々なことがわかりました。例えば」
シルバーはそう言うと、右腕を顔の横に挙げ、銀色の毛並みに映える黒い虎縞模様を皆に見せた。
それを目にして、誰もが「ただの腕じゃん」と突っ込みかけた時、彼は自分の手首を人差し指でちょんと触れた。
すると、一瞬の閃光と共に、彼の右腕に腕時計型PCが突如出現したのであった。
「えぇーーっ!?」
「これなら普段付けていられますし、誰かに『それ何?』って突っ込まれずに済みますよね。
あと、出現させてない状態での装着感も無いですし、挿絵でこれを描かなくても良い理由付けが出来ます」
「なんちゅーハイテクな……」
“目が点”と言う形容がまさしくピッタリといった表情で、隊員達は口を開けたままシルバーの腕時計PCを見つめていた。
他の隊員も多少いじってはいたのだが、転送装置と、せいぜいネットやメールをちょっと使ってみた程度であった。
「あっ、もしかして、さっきの凄い戦闘能力もその腕時計型PCのハイテク機能によるものなんですか!?」
「ピンポンピンポン」
正解者のイエローを指差し、シルバーはニッと口角を上げた。
「このPCは、装着者の脳波か何かを読み取って、装着者が“戦闘”状態にあるとわかれば、
攻撃力に補正をかけてくれるらしいんですね。具体的な数値は判りませんが、まぁさっきぐらいの強さにはなります」
「戦闘状態……ってことは、普通の生活してて、その強い力で人や物を壊しちゃうって事もないわけだ」
「YES、その通り。握手で誰かの手を粉々に砕いたり、たまたま頭突きしちゃって脳天をかち割るなんて事もありません」
「だから、あんなに余裕な態度だったんだ」
「ええまぁ。一応、鉄パイプを5本くらい曲げたりしてみましたが、実戦に対応出来るか半信半疑だったんで、
なんだかんだで、良い機会になりましたよ。はっはっはっは……」
シルバーが、一同を差し置いて一足先にヒーローとなったのもつかの間、
ドタドタと、奥の方に行っていたらしいオオカミ達が、騒ぎを聞き付けてこちらに向ってきている足音が聞こえてきた。
「ど、どうしよう……!」
「シルバーの話聞いたじゃないっすか。俺らだって、この腕時計型PCがあれば、最強っすよ!」
「でも、いくら強くたって、あの爪で切られたりしたら痛そうだよ!」
「大丈夫です。ヘルプを見れば、防御面にも大きく補正がされて、痛みや怪我は大きく軽減されます。
あいにく、まったくのゼロとまではいかないようですが、生死に関わる様な怪我などをしないように、
相手の攻撃力に応じて、ある程度の範囲までセーブされるようになってる様です。平気平気。どーんと初陣やりましょう」
シルバーの言葉に、レッド隊長を初め隊員達も覚悟を決めた。
本来ならば何の策も無くボロボロにやられるだけなのだから、頼もしい機能があるだけラッキーだ。
「何だ、貴様らは。どこから入った!」
最初に顔を見せたのは、赤いサングラスのボスオオカミだった。威圧感に、少しだけ覚悟が揺らぐ。
しかし、レッドは隊長としての面目を保つべくビシッとボスを指差した。
「僕らは……OFFレンジャー! 正義と平和守る戦隊ヒーローだ!
ここは、僕らが先に秘密基地にしたんだ。悪者は大人しく出て行ってもらおうか!」
「……OFFレンジャーだと!? ……既に俺達はここが気に入っているんだ。出て行くのは貴様らの方だぜ」
「で、出て行かないなら、力づくでも追い出してやる!」
「……ほほお、まだまだ青いガキどものくせに、ずいぶんと骨のある奴だな。いいだろう」
ボスオオカミは、ニヤリとしながら周囲のオオカミ達に目配せをし、
OFFレンジャーの周囲をぐるりと、手下達に取り囲ませた。誰も彼も強そうで、一瞬怯む。
「ザコオオカミ達は、戦闘用の強化改造を受け、パワーアップした奴らばかりだ。
ガキだからって手加減はしない。何故なら、俺達は悪の組織だからな……だが、ある程度のルールは遵守してやろう」
ボスはそう言うと、三本指を立てて、OFFレンジャー達に突きつけた。
「貴様たちに3分間だけやる。さっさと変身してもらおうか」
「……え?」
隊員達は、ボスからの思わぬ言葉に目をぱちくりさせた。
「早くしろ。それくらいの気遣いは俺達にだってあるからな」
「……え、へ、変身って……え?」
「ヒーローは戦うために変身するのは常識だろうが! お前ら俺をバカにしてるのか!」
隊員達は、シルバーに一斉に目を向けた。
確かにパニックしてて気づかなかったが、戦隊ヒーローには変身はつき物。まさか生身で戦うわけが無い。
「……変身機能はありません」
「えっ!?」
「OFFレンジャーは生身で戦います!」
「でえええええええええ!?!?!?」
シルバーの言葉に、隊員だけでなく、オオカミ達までもがひっくり返った。
「そ、そんなヒーローがあってたまるか! お前ら、仮にも戦隊ヒーローだろうが!」
ボスオオカミは、なんとか体勢を立て直すと、隊員らに噛み付かんばかりの勢いで叫んだ。
とはいえ、無い物は無いのだから仕方が無い。ここまで腕時計型PCがハイテクなのに、いささか腑に落ちないが。
「で、でも、僕らは既にカラフルな体毛だから良いんだよ。そ、そうだよ!」
「そういうお前は、黄色と色が被ってるじゃねえか!」
「違うもん。僕は、レッドだもん!」
「どこがレッドだオイ!」
「ぼっ、帽子の刺繍が赤色だからいいの!」
ボスの言葉に、レッドが胸を張って答えると、オオカミ達はお互い顔を見合わせ、微妙な表情を見せた。
「おっ、お前ら……どこまでふざけてるんだ……オオカミ軍団初のヒーローとの戦いが、
よりにもよってこんな奴らだなんて……偏頭痛がさっきから治まらんぞ!!」
「ぼ、僕だって、どうせ戦うなら、ショッカーみたいなのがよかったもん!」
「あぁもう、お前らみたいな奴がそんな事言う資格なんかねぇ! オオカミ、とっととやっつけちまえ!」
ボスオオカミの声に、気を取り直したザコオオカミ達はすぐさま戦闘隊形に移った。
いよいよ、正義と悪の戦いの始まり。と思いきや、
「あ、ちょっと待って!」
レッドがオオカミに向って掌を向け、制止した。
「今度は何だ!」
「僕らも初めての戦いだし、ちゃんとやっておきたいから、もっかい名乗りからやらせてよ」
「あぁ、もう、ホントに……勝手にしろ!」
半分投げやり気味のボスオオカミの言葉を受け、レッドはコホンと咳払いし、右手を高く掲げた。
「おててに光る正義の肉球! ぐるぐる戦隊OFFレンジャー参上!」
「……なんだそれは」
「たった今、僕が考えたキャッチフレーズ。あと、さっき名乗った時、OFFレンジャーだけで、
何戦隊にするか考えてなかったから、とりあえず僕が隊長だし、僕のハンドルネームから取って……ぐるぐる戦隊だ!」
「おい、お前なんかキメ顔してるが、後ろの奴ら、勝手に決めるなよって顔してんぞ」
レッドは振り返ると、唇を尖らせながら『これにしようよ。カッコイイじゃん』と言う顔で隊員達に訴えた。
それを見せられた隊員達は、その隊長らしくない駄々っ子の様な表情に、仕方ないと思ったのか、渋々と頷いた。
「じゃ、ぐるぐる戦隊OFFレンジャーってことで、いくぞっ!」
「えっ、おい、俺らはちゃんと待ってやったのに、いきなりかよ!」
そんなボスオオカミの突っ込みも虚しく、オオカミ軍団とOFFレンジャーの初の戦いは、
わずか5分も経たずして、OFFレンジャーの圧勝で幕を閉じたのであった。
「あの時は無我夢中で戦ったっけ。面白いように、オオカミを倒せて気持ちよかったな」
「それから、オオカミ軍団との長い腐れ縁が続いたんですよねぇ」
「そっか、あの時のなんだね。これ」
ピンクやパープルは、破片に残る初陣の傷跡を指先で優しく撫でた。
「でも、これはさすがに、持って帰る人はいないっすよね。誰か要ります?」
「バカ。いくらなんでも、いるわけないでしょ」
呆れたようにホワイトは言った。
彼女の言う通り、ただの破片を記念に持ち帰ろうとする者は皆無。ブルー自身もいらなかった。
「っていうか、思い出話もいいけど、ここに来たのはピンクが取りに行きたい物を探すためでしょ?
こんなことしてたら、いつまで経っても帰れないじゃん! アタシ、色が白いからホコリが目立ってさぁ」
懐中電灯を、むすっとした顔のホワイトに向けると、彼女の毛並みの汚れは、より一層目立った。
「……どうせ思い出話するんなら、アタシはこんな砂埃だらけの場所以外が良いわ」
「そ、そうだね。ホワイトの言う通り、こんな所で長居すると喉とかにも悪いし、ご、ごめんね」
ピンクはペコペコと頭を下げたが、一方のホワイトは、居心地の悪い顔をしていた。
「そこまで謝らなくてもいいけど……とりあえずさ、とっとと見つけて夕飯食おうよ。もう6時前だしさ」
「えっ、もうそんな時間なんですか!? じゃぁ、急がないと、親御さんが心配しますね。ささ、ピンク」
グリーンは慌てながら、一足早くピンクの背中を押して瓦礫の奥へと進んだ。遅れてパープル達も後を追う。
ここがリビングだとすれば、目的地のピンクの部屋までそんなに距離は無い。
「……なんか、こんな風に歩いてると、壊滅したとは言え、本部なんだなぁって気がするね」
パープルが周囲を電灯で照らした。部屋の境も何もかも無くなってしまっているが、
それでも、ここがどの辺りか感覚で判るのは、長い間ここで確かに皆と生活してきた証だ。
「ホント。この辺、多分リビング横の廊下でしょ。ここでもさ、あったよね」
「何がっすか?」
ホワイトは何かを思い出した様にフフッと笑って、ブルーの頭を指で突いた。
「ほら、みんなしてOFFレンジャー辞めるって言い出した事、あったじゃん」
「ま、待ってよ! どうしてみんな、辞めるなんて言うの!?」
オオカミ軍団との初バトルから一夜明けた、結成15日目。
いよいよ本格的に始動しかけていたOFFレンジャーであったが、
ここに来て突如、半数以上もの脱退希望者が現れたのだから隊長の衝撃も半端なかった。
「せ、正義のヒーローだよ!? 僕ら、正義の味方になれるのにどうして!?」
部屋の外まで追いかけてきたレッドの問いに皆は黙っていた。
そして、とうとう意を決したようにホワイトは切り出した。
「……だって、昨日は家庭教師が来るのにあんな事になっちゃって、
どこ行ってたんだって親に怒られまくって……小遣い減らされそうになったし。時間的に無理」
「そんな! 正義を守るってことは、勉強と同じくらい大事なことだよ!?」
「だからその正義と同じくらい必要な勉強が疎かになっちゃうんだってば」
ホワイトの言葉にレッドは少しだけ圧されたが、すぐに持ち直す。
「で、でも、そうだ。勉強と正義を守るのを上手く両立すれば良いんじゃないかな!?」
「……というかですね」
ホワイトが反論するよりも早く、イエローがレッドの前に出てきた。
「私個人としては、変身しないヒーローというのがちょっと難があるんですよ」
「でもそれは……」
「そりゃぁ、生身でもそれなりに十分悪者と戦えることは昨日でよくわかりましたが、
素顔丸出しっていうのはちょっと問題です。もしマスコミか何かにすっぱ抜かれれば、
親や友人や学校関係者、挙句の果てにはネットのバカ共がこぞって騒いで、大変な事になります」
「うっ!」
「それだけならまだ良いです。悪者に素性が知れて、我々や親類縁者の身に危険でも起こったらどうしますか」
「ぬぅ」
「万が一、好意的に迎えられたとしても、実家の前に『ヒーロー生家』なんてダッサイ看板を立てられて、
自治体の妙な町おこしに使われでもしたら、未来永劫、末代までの恥だと思いませんか!?」
「ぐぅ……」
まくし立てるイエローの威圧感に、レッドは文字通り「ぐぅ」の音しか出なかった。
文戦両立はともかくとして、素顔で戦うのは、確かに問題があるのは確かだ。
「うふふふふ。隊長お困りの様ですねぇ。シルバーの助太刀がやって来ましたよ」
恐らく今まで自室で作っていたと思われるガンプラを片手に、廊下の向こうから、とぼけた笑顔のシルバーがやって来た。
隊長にしてみれば助太刀はありがたかったが、頼もしいのか頼もしくないんだか、よくわからなかった。
「お話は7割ぐらい聞いた気がしますが、ご安心を。それに関しても無事解決です」
「そんなのどうやって……」
言いかけたイエローが、廊下の奥を見てハッと言葉を詰まらせた。
シルバーの後ろには、色違いのガンプラを手にしたもう一人のシルバーが、相変わらずとぼけた表情で立っていたのだった。
「実は、あの後ヘルプをもっとkwskチェックしてみた所、装着者の原子構造をどうとかしてコピーを出現させる事が判りました」
「コピー!?」
「はい。自分の原子を半分だけ取り出してどうとかだったかと思いますが、一体だけ作る事が可能のようです。
吸収の際に、コピーの記憶も自分の中に取り込めますし、どっかの藤子キャラみたいに消えたりすることもありません」
「それじゃ、コピーを学校に行かせて、本人はここで活動するってのが可能になるわけですか……」
シルバーの話を聞いて、脱退希望の隊員達は周囲の顔色を窺うように見始めていた。
どうやら、「そんな便利な物があるなら」と、少し心が動きかけているようだった。
「いやいや、でも、顔バレの問題がまだ解決してませんよ」
なおもイエローが食い下がったが、シルバーはふるふると、首を左右に振った。
「それも大丈夫です」
「わかった、写真やテレビカメラに写ってもピンボケする様に補正がかかるとか!?」
「違いますね」
目を輝かせるレッドに、シルバーは同じように首を振った。
「この腕時計型PCを付けてれば、写真や映像で我々が取られたとしても、
知人らには微妙に自分の知ってる当人の顔の記憶とは異なって映ってしまうので、問題ないのですよ。
まぁ、そんな機能などなくても、まさか自分の子供が大阪で正義の味方やってるとは思わず、見てもスルーでしょうけどね」
シルバーは、はっはっはと腰に手を当てて笑った。
「……まぁ、確かに人間の記憶なんて曖昧だし、そんな機能あるなら……ねぇ?」
「ウチの母親も、クラス写真で別人をアタシだと思ってたなんて事もあったからね……うん」
「も、問題は一応解決したよ! これで辞めるなんて言わないでしょう!?」
レッドのすがるような目に、隊員達は渋々頷くと、レッドは大きく両手を上に挙げ、
「やったーーー!! これで僕もまだまだ隊長が出来るぞーーー!!」
レッドのズレた喜びように、隊員達はやっぱり脱退した方がいいのでは無いか。
まだ30秒も経たない内に、彼らはそんな事を胸の中で、ふと思ってしまったのだった。
「そーそー。シルバーの言う通り、TVに映ってもなんてことなくて済んじゃったよね」
「いい加減だよ、人間なんてさぁ」
「……見つけた!」
ついつい思い出話をまたもや始めてしまっていたホワイト達は、ピンクの声に一斉に彼女の方へ駆け寄った。
塵灰で黒ずんたその手には、一枚の写真立てがあった。
「…………」
ガラスは幸いヒビもなく、砂埃がこびりついているだけだった。
軽く埃を払う。そこには、まだこの本部があった頃、ガーネットが入隊し、
OFFレンメンバーが16名となったのを記念して撮られた集合写真であった。
あの時は、使い捨てカメラのフィルムたまたま残っていた為に撮影したのだが
今となっては、当時の確かな日々をありありと残している大切な品となっている。
「あの時、これ持ち出すの忘れてて……ずっと引っ掛かってて……」
ピンクはじっと、16人のメンバーの笑顔を眺めながら、言葉を詰まらせた。いや、彼女だけではなかった。
グリーンも、ホワイトも、ブルーも、パープルも、この写真を見た瞬間に、こんな瓦礫だらけの場所となっていても、
まさしくここには本部があって、そして、OFFレンジャーの賑やかな日々があったのだと確信した。
「……こうして写真で見ると、なんだか、そんな前の話じゃない気がするっすね」
「ブルーのボケボケな所も、変わってないしね」
「そういう、ホワイトも相変わらずでしょ」
「……また、OFFレンの皆と、こんなこと出来たらいいね」
ピンクの言葉に、隊員達は弱弱しく微笑んだ。本部が無くなった今、活動しようにもどうすることも出来ない。
皆、楽しい時間の終わりさえも、とうに過ぎ去ってしまった事を、心の奥底では判っていた。
「……そんなこと、そんなことないですよ!」
グリーンが突如、らしくないほどの大きな声で叫んだ。
「やっぱり、まだOFFレンジャーが解散するのは、早すぎますよ!」
いつも大人びていた彼の瞳は、何かで潤んでいたように見えた。
「でも、本部が無いんじゃどうする事も……」
「来てください」
グリーンは突然ピンクの手を取ると、出口に向って足早に歩き始めた。慌ててホワイト達も追いかける。
地上に出ると日が暮れていた。グリーンはいきなりタクシーを止め、運転手に行き先を告げると4人を車内に乗り込ませた。
どこへ向うのか、聞いてもグリーンは答えなかった。車は隣の市に入ってもまだ止まる気配は無い。
「ここでいいです。止めてください」
ようやく口を開いたグリーンの言葉で、運転手はどこかの公園のフェンスの側に車を止めた。
テキパキとお金を支払い、グリーンはすぐさま隊員達と下車し、タクシーに乗る前と同じ様にして歩き始めた。
周囲を見渡すと、マンション群や、大きなショッピングセンターがある、尾布市よりかは少し開けた場所であった。
「ここです」
車から降りてわずか3分。グリーンが足を止めたのは、20階以上はあると思われる新築マンションの駐車場であった。
「このマンション、私のマンションです」
「……え?」
「随分前に、ホランから誕生日プレゼントに貰って、秘かに個人で運営してました」
「えぇっ!?」
グリーンは、キッと強い眼差しで驚く隊員らを見つめた。
「そのうちの一室は、私専用の広い部屋があります。本部には負けますが、
16人が生活するには十分すぎるほどの広さはあります。管理者は私ですから、家賃もいりません」
「えっ、ちょっ、グリーン……まさか」
「……わ、私でも不思議なんです」
グリーンはピンクの肩にそっと手を触れた。
「解散してからずっと平気だったのに、こうして隊員の皆さんに会ってしまったら……凄く嫌になったんです。
OFFレンが、もうOFFレンが無くなってしまった事に、もう皆さんと毎日の様に会えなくなってしまった事に!」
「……グリーン」
グリーンは潤む瞳で、隊員達の手を取り、大きく頷いた。
「もう一度だけ、ここでOFFレンジャーやってみましょう。やってみようじゃないですか」
「……そ、そうっすね」
彼の言葉に、ブルーも頷いた。
「俺もなんだか今日の集まりで、もっかいやりたくなって来ちゃって、そういう言葉、待ってた気がするんすよ!」
「……アタシも、誰か言ったらいいなって、思ってた気がする」
ホワイトも頷き、フッと微笑んだ。
「私も、またレッドとか、シェンナとか、イエローとかに会いたいな」
「わ、私も……またグリーン達と……」
パープルも、そして写真立てを抱きしめたピンクも同意見の様だった。
誰もが、OFFレンジャーの思い出をもっともっと作りたいと、あの賑やかな日々をもう一度甦らせたいと望んでいた。
「……それじゃぁ、決まりですね」
悪戯っ子の様にニヤリと笑ったグリーンに、隊員らは一斉に頷くと、
右手に輝く、“正義の肉球”を高々と空に向って掲げて、叫んだのだった。
「ぐるぐる戦隊OFFレンジャー、再始動だーっ!」
──隊員達の前にそびえるマンションの遥上空、夕暮れ空の中を、真っ黒な影が飛行していた。
徐々にその影は降下し、ゆっくりとその建物の屋上に、降り立った。
「…………」
立ち並ぶ建物、人々の声、車の騒音、慌しく、混沌に満ちたこの情景を見つめながら、“それ”は、目を細めた。
その瞳はどこか冷たく鋭く、そして、邪悪さに満ちていた。
「ここが……人間界……か……」
その影は、自らの背中に生えた漆黒の翼を大きく広げ、口元に不敵な笑みを浮かべた。
それは何者なのか、まだ誰にも判りはしなかった。……しかし、判っている事が一つだけあった。
──世界に再び、悪が訪れ始めようとしている。