第118話

『訓練生は正義の味方!?』

(挿絵:ブルー隊員)

午後7時30分。

「この劣等民族どもがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

どこの家でも、夕飯を食べ終えて、さてのんびりしようと言う時間帯にもかかわらず、
ここ706号室では部屋の主であるジュノが、まだオカズが半分以上残っている皿ごとテーブルをひっくり返し、怒号をあげていた。

「ええい、気分が悪いっ!! 何が『日本のここが素晴らしい』だっ! こんな国のどこが良いものかっ!!
俺は団長から聞いて、全て知ってるんだぞ! 貴様らが他国から技術を盗み、それを全て自分達の手柄にしていることをなっ!!」

床に散らばった魚の骨をテレビ画面に投げつけても、未だジュノの心中が穏やかになる事は無かった。
たまたま夕食中に、情報収集の一環として見ていたテレビで『世界に誇る日本の技術』なる特集を放送していたのだが、
物心付いた時から『(偏見だらけの)日本憎し』が骨身まで染み付いている彼にとっては、不愉快以外の何物でもなかったのだった。

「クソッ、急いでこの国を我らが制圧して、早く日本人どもに吠え面をかかせてやらねば……!!」

舌打ちを繰り返しながら、ジュノは狭い部屋の中を右往左往し、『素早く日本を制圧する方法』を思案し始めた。
自分がテロリストとして遠い国から密入国して来たからには、あまり長居をすれば警察組織に目をつけられる可能性が高い。
無論、他にも組織の仲間があちこちに散らばっているだけに、一人でも見つかる事になればこれまたリスクも大きい。
やはり迅速に任務を遂行し、被害を最小限に抑えることこそが、どのような戦場においても最も望まれる方法である。
だが、実際の所「とにかくイライラするからそれを解消したい」と言うだけの気持ちを、それっぽく理由付けしている事に変わりなかった。

「があああああああああああっ! イライラして何も思いつかあああああん!」

部屋の往復が73回目に到達した頃、ジュノは激しく頭を掻き毟る。彼の苛立ちは頂点に差し掛かっていた。
もっとも、このような状態で彼が良いアイディアを思い付いた事は、生まれてこのかた一度だってない。

「くそぉぉっ! 元はと言えば、これも全て日本人どものせいだっ……! おのれあいつら……!!」

いつもの様に、怒りの矛先を日本国民へと向け始めた時。突如、部屋中に音楽が流れ始め、彼はその足を止める。

「くそっ、大事な時にっ! なんだいったい!!」

イライラ中のジュノは壁に掛けた上着の中に手を突っ込み、中からクラシック音楽を奏でる携帯電話を取り出した。
ジュノら革命戦士団員らは、登録の際に発生する厄介ごとを回避するため、基本的にプリペイド式携帯を使用している。

「もしもし?」
『お久しぶりです。親戚の山本です』
「……あぁ、どうも」

一週間前は柴崎だった。どうやらまた仲介役が変わったようだ、とジュノは思った。
会話を傍受される危険性や、芋づる式にメンバーが発覚する恐れがあるため、直接団員同士で電話連絡等はしない。
定期的に変更される何名もの仲介役を通じて、この様に普通の会話に見せかけた暗号で連絡し合うのである。

『実は明日、うちの子があなたにどうしてもお願いしたい事があると言っているんです』
「お願いしてるのはどの子ですか?」
『上の子です』
「上の子……ですか?」
『はい、上の子です』
「でも、上の子と会うのは久々で……背とかも大きくなったんじゃないですか? 今もうどれくらいですか?」
『そうですね。大きくなりましたよ。185cmくらいにはなったんじゃないでしょうか』
「えっ!?」

それは“組織内でもトップ3の地位に立つ凄い人物からの言付けである”と言うことを意味していた。

『今、田舎からそっちへ下の弟が野球部の合宿に行ってるんですけどね。明日、丸一日自由時間が出来ているので、
せっかくだから空き時間に野球の上手いって評判のあなたから、もっと野球が上手くなるようにアドバイスをしてもらって、
ついでに、もしよかったら是非一度、野球観戦にでも一緒に行ってもらえないかと言ってるんですよ』
「ほっ、ホントですかっ……!!!!」
『ええ。上の子が是非あなたにと、お願いしているんですよ。ご都合の方は大丈夫ですね?』
「もっ、も、も、もちろんっ……!」
『では明日、C駅の2番出口で待ち合わせをしましょう。良いですか?』
「は、はい。う、う、上の子に、よろしくとお伝え下さい!」
『わかりました。では、さようなら』
「…………」

通話が切れた後も、ジュノの胸の高まりは留まるところを知らなかった。
火照った体を畳んだ布団の上に横たえ、しばしの間、天井をぼけーっと夢見心地で見つめ続けていた。
さっきの会話の意味を要約すれば“組織のトップ3に位置する人物から、ジュノの腕を買われ、
そっちに送り込んだ訓練生を立派に教育し、なんならテロ活動でもついでにやってくれ”と言う事だった。

「(お、俺の評判が、まさかそこまで……日本には30名以上の団員がいるにも関わらず……この俺を……)」

彼の瞳は“恋人を想う乙女”の様に潤み、光り輝いていた。
実際、彼にとってこの報せは少女漫画の『憧れの先輩が、なんか私の事を好きみたいだよぉ~っ!☆』とほぼ同じ意味であった。
そんな人物からじきじきに指導を頼まれる様な訓練生となれば、かなりのツワモノである事はほぼ間違いない。
おまけに、その教育係を自分が任されたとなれば、これはもう上層部から多大な期待を寄せられていると言う証左であった。

「(185となると、や、やっぱり副隊長クラスの人だよな……ま、まさか、俺が次期副隊長の候補に……!?
いや、日頃鍛錬を怠らず、常に憎き日本を制圧する為に尽力していれば、いつかこういう話も来て当然だ。当然なのだ……!)」

ジュノの胸に、メラメラとやる気の炎が燃え上がった。国外で活動しているとはいえ、彼も所詮は末端。出世は何よりも代え難い喜びである。
ましてや、人一倍感情のふり幅が激しい彼にこんな吉報が飛び込んでくれば、熱意の炎もマンションを全焼させるほど燃え上がってしまう。

「ククク……日本人ども、貴様らもこれで終わりだ……なんせ、この類稀なる実力を持ったジュノ様が遂に本気になったのだからな!
明日は爆破、襲撃、何が飛び出すか、せいぜい、待っておくんだな……! ククククク……ハーッハッハッハ!!」

こうして、先ほどの怒りもすっかり忘れ、偉大なる革命戦士ジュノは高らかと笑い続けるのであった。……1時間も。

















翌朝。とある街のとある駅、そのホームに男は降り立った。

「ここが日本か……」

男は、真っ黒なソフト帽に、大きなサングラス、そして少し早めな黒のオーバーコートに身を包み、
そして手には、これまた怪しげな雰囲気を醸し出すジュラルミンのケース。

「(思っていたよりも古臭いな……フン、さすがに下劣な民族どもの棲家なだけある……)」

男はどこかの誰か同様、組織で培ったガチガチの偏見意識を胸に、周囲を冷たい目で見回す。
彼を待ち合わせ場所の近くまで運ぶための迎えが来るはずなのだが、それらしき姿も見当たらない様だった。

「(まぁ、良い。これも想定内だ……)」

彼は周りから怪訝な視線を向けられている事に気づかないまま、余裕だと言わんばかりに肩頬で笑った。
船に揺られて数日。初めて電車に乗って数時間。遠い祖国からようやくたどり着いてきた日本。
人一倍ナイーブな彼は、乗り物酔いによりふらつく足元に気をつけながら、人ごみに紛れて改札を出た。

「(この研修が上手く行けば、日本第二支部長への道が約束される……ククク……この俺ならば容易いことだ
何故ならば、俺は過去最短で上級革命戦士まで上り詰めたエリート! 制圧の暁には、一気に団長まで上り詰めてやるのだ!)」

これまた誰か同様、男は俯きがちにニヤニヤと笑いながら、脳内で華麗な戦闘を行っている妄想を繰り広げていた。
そうこうしているうちに駅の外に出ると、突然彼の鼻腔へ香ばしい空気吸い込まれ、彼の腹は、げに醜きうめき声を上げた。

「(……そういえば二日ほど、水以外何も摂ってなかった)」

男は腹底の怪物を目覚めさせた匂いの正体を探すべく、辺りへ目を凝らす。だが、それらしい建物は見当たらない。
ふと振り返って見ると、どうやら背後の建物からその匂いが漂っていた事がわかった。真っ赤な看板に黄色いMの字。マクドナルドであった。
革命戦士を生み出している男の国には一軒も無いが、名前だけは聞かされていた。そんな革命戦士たち共通のマクドナルドに対する認識というと、

「(これは……資本主義の犬どもが作った下劣な食い物を売る店……!!)」

しかし、腹は減っては戦は出来ぬ。それにマクドナルドは元々日本の店では無い。イコール、ならば革命戦士としても問題は無い。
その様に結論付けると、男は「話の種にもなるしな」などと誰に聞かせるでもなく呟いて、店の前に立った。

それから彼は自動ドアに死ぬほどビビり、カウンターの店員のスマイルに焦り、いらないと言うのにメニューを勧める店員にたじろぎ、
そんなこんなの奮闘の末、ようやく男は命からがらハンバーガーやらポテトやらを山盛りにしたトレイを手に、二階席へ腰を据える事が出来た。

「(クソッ……有り金の大半を使ってしまった……! あの腐りきった資本主義者どもめ……!)」

ホッとしながら心の中で悪態をついて見るものの、彼の意識はすぐさま目の前のファーストフードの山へと向けられた。
ハンバーガーが5つ、シェイクが2本、アップルパイが3つ、ポテトが4箱……見た事は無いが、美味そうな香りを放つそれらへ、
彼はゆっくりを手を伸ばした。とりあえず包み紙が迷彩服を思わせる緑のベーコンレタスバーガーを手に取ると、ゴクリと喉が鳴った。

「(こ、これは何の肉だ?……ネズミか……? それにこの白いブツブツは一体……いや、とにかく食ってみなければ始まらん)」

欧米文化とのファーストコンタクトに戸惑う男であったが、ようやく覚悟を決め、彼は大きな口を開けてハンバーガーに噛みついた。
……その直後、男の全神経に稲妻が走った。パニックになり、慌ててシェイクを掴み、一口飲む。脳みそが爆発した。
あまりの出来事に目が霞む中、ポテトを手に取り齧る。彼の身体は左右から現れた巨人の手にぐしゃぐしゃにされてしまった。

「(な、なんだ、これは……何なんだこれは……!)」

男は動揺だけでなく溢れ出す食欲まで抑えきる事が出来なかった。
気が付けば無我夢中、怪訝な視線も何のその。彼はそれこそ飢えた犬の如く、目の前の食べ物にがっつき始めるのだった。……が。

「……!?!?!?!?」



















その頃、真下の一階では一際目を輝かせ、美しい汗を流しながらトレイやゴミ箱を片付けている少年がいた。
彼は日々ニコニコテキパキ労働に励み、そして爽やか。この店を利用する人々の間でも有名な『勤労青年』であった。
その少年の名前は……。

「ガーネット君。お疲れ様、もうちょっとしたら上がって良いよ」
「はい! お疲れ様なのだ!」

ガーネット少年は、相変わらずのパーフェクトスマイルを店長に向ける。
スキンヘッドのジャガイモみたいな頭の店長は、思わず微笑み返しながら彼の肩をポンと叩いた。

「どうだい、日本語はもうしっかり覚えたかい?」
「覚えたのだ! スダレ! ヌカヅケ! フキノトー!」
「ははぁ、いつもご苦労様だねぇ。君みたいな子がいると店内の雰囲気も良いし、他のバイトもすぐに辞めなくなったよ」
「そんな事情無いです! 俺は仕事をしてるだけなのだ」
「偉い! キミみたいな若者がこれからの世の中に必要なんだよ。よし、奮発してバイト代50円昇給しちゃおう!」
「おぉー!」

パチパチと拍手するガーネットの姿に、店長は大きく頷き、

「これからも頑張ってちょうだいね。じゃ、最後に二階の片付けだけよろしく頼むよ」
「お任せだ!」

ガーネットは去り行く店長の背中に敬礼すると、早速二階席の方へ向った。
このバイトが終わった後も、彼には今日から数日間、派遣の登録バイトが待っている。
漫画修行中の彼にはどうしても絵を写すためのトレース台が必要であり、それを買うためのWワークであった。

「失礼するのだー!」

お昼時を過ぎていたため、二階席にやって来たもののお客は誰もいなかった。この時間帯はだいたいこんな物である。
隅のカウンター席に、置きっ放しのトレイや包み紙が残されていたので、とりあえずそれを片付ける事にする。
家族並みの注文数が出したゴミの量に、ガーネットは「ハ~」と感嘆の声をあげ、トレイごとゴミ箱へと運ぶ

「たくさん食べてるのだ。きっとお相撲さんなのだ」

あっという間にゴミも片付け、トレイを重ね、本日の仕事は終了する。
何か他にゴミでも落ちて無いかと周囲を見回すが、立派なもので、床もテーブルも綺麗そのもの。
座席にだってチリ一つ落ちていない。何やら見かけない銀色の座席もあるが、こちらもピカピカだ。

「…阿?」

よくよく見ればそれは座席ではなく、座席の上に乗った銀色のジュラルミンケースであった。
きょろきょろと持ち主を探してみるが、ハナから二階席には誰もいない。
手にとってみたが、しっかり鍵もかかっており、名前らしきものはどこにも記されていなかった。
耳を当てて見る、時計の音は全くしないので爆弾ということでも無い様だ。そうなると結論は一つ。

「忘れ物なのだ!」

こうしちゃいられない。きっと持ち主は困っているはずだと、彼は急いでケースを抱えながら階段を降りた。
奥へ直行し、服を脱ぎ、ロッカーに鍵をかけ、店長や店員に慌しく挨拶を済ませる。ここまで僅か1分。

「これを忘れ物しているのだー!!」

通りへと飛び出したガーネットは、頭上に高々とケースを掲げ、行き交う人々に向って叫んだ。
振り返るサラリーマン、変な目で避けてゆく自転車のおばさん、遠くで苦笑するOL……持ち主はいない様だった。
一応、通りがかる人に声をかけて見るが、

「もしもし、お相撲さん見ますか?」
「は?……いや……別に見たくないけど……」

全員が全員こんな調子で、ケースの持ち主(だと勝手に推理している)力士を目撃した者はいなかった。
通りの反対側にも行って尋ねてみたが、やはり結果は同じであった。

「……困ったのだ。これに大事な物が入っている事が必ずだ……」

両手でしっかとケースを抱え、ガーネットは店から100メートル先のガード下までやって来ていた。
一旦引き返して、お店にでも預けておいたほうが良いかもしれない。そう思った矢先、

「お待ちしておりました」

側に停車していた黒いワゴン車から、外国映画のスパイの様な全身黒ずくめの仰々しい3人の男が彼の前に現れた。
思わずケースを強く抱きながら後ずさろうとすると、三人の中で最も背の高い男がケースを指差した。

「わざわざここまで運んでいただきありがとうございました。重かったでしょう」
「おー! 皆さんの物だったか? とても良いのタイミングだったのだ!」

ガーネットは大喜びで男達にケースを渡すと、すぐさま彼らはそれを車内に運び込んだ。
無事一件落着、これでガーネットも安心して次のバイトに迎えられると背を向けようとした時、

「さぁ、どうぞ。お乗りください」

ヒョロ長の男が後部座席の扉を開け、車内の方へと手を差し伸べたのだった。

「何なのだ?」
「お仕事の場所までお連れするお約束だったではありませんか。遠路はるばるここまでご足労頂いた貴方に対する我が組織の礼儀です」

お仕事? 一瞬考え込んだガーネットであったがすぐに何の事が合点が行き、ポンと手を打った。

「おー! 派遣の人なのだ!」

これからガーネットが行く事になっている派遣の登録アルバイト。
そういえば、車輌で現場まで送ってくれる場所もあると聞いていた。なんと言う偶然。なんと言うラッキー。

「ええ。この為に我々が派遣されたのです。遠慮なさらず、さぁ、どうぞお乗り下さい」
「わかったのだ。とても便利だ!」

さっそくガーネットは車に乗り込むと、黒光りする怪しい車はすぐさま走り出す。
初めての登録バイト。一体どんな仕事をする事になるのか聞かされていないが、とにかくガーネットのドキドキは止まらなかった。










……一方その頃。
反対側の歩道では、まさかそんな事になっているとは露知らず、ケースの本当の持ち主が青い顔をしてふらふらと歩いていた。

「く、くそう……日本人どもっ……畜生……畜生っ……!」

食べなれない物を一気に食べたせいで、彼はおもいっきり腹を壊し、長い間一階のトイレに閉じこもっていた。
とりあえず波が収まって、席に戻って来るなりケースの紛失のショックでまたゴロゴロピーである。彼は身も心もボロボロであった。

「な、なんとかしないと……なんとか……」

なんとかしてケースを取り返さなければ取引出来ない。取引できなければ、待ち合わせ場所への送迎もしてくれない。
そうなれば、エリートの道が絶たれる所か、ほぼ確実に組織から追放。下手すれば組織により処刑される可能性もある。

「クソッ、エリートであるこの俺が、俺が……うううううっ!!!!」

優秀な頭脳を回転させる暇さえ与えさせまいとやって来る第四波の来襲に、エリート革命戦士であるはずの男は、
悔しそうに唇を噛締めながら、慌てて近くの喫茶店へと駆け込んでいくのだった……。















「(……遅い……遅すぎる……!)」

マンションから徒歩5分にあるショッピングモールの入り口から、5メートルほど離れた駐輪場にジュノは立っていた。
相変わらずの不審者然とした格好のせいもあり、やって来る人は皆この駐輪場を避け、遠い場所に停めていた。
そのせいで、余計に怪しさを浮き立たせているのだったが、彼はそんな事は気にも留めず、サングラスの奥で待ち人の姿を捜し続けていた。

「(C駅の2番出口で合っているはず……)」

駐車場に立つ時計の針を見ながら、ジュノはパタパタと足を慣らした。
駅のCとは当然隠語であり“駅付近の商業施設”を現している。2番はそのまま“2時”の意味で、
これらを総合すると『駅近くの商業施設に2時落ち合おう』と言う事になるのだが、待ち合わせ時間は現在、2時をなんと5分も過ぎていた。

「(……“狙撃と言えばジュノ”とまで言われたこの俺をここまで待たせるとは、よほどの大物に違いない……)」

実際“狙撃といえばジュノ”と言うのは教官から一度冗談交じりに言われただけで、そこまで大した意味はなかったのだが、
期待と不安に胸を膨らませながら、ジュノは行き交う人々を確認し続けていた。組織のマークをどこかしらに付けているはずなのだ。

「(……まさかあいつじゃないよな……)」

ふと向こうから、真っ黒いケースを手にニコニコと歩いてきている少年にジュノは目を止めた。
『革命戦士』と言う四文字から一番遠そうな少年の様子に、すぐさま目を逸らそうとした。が。

「(あ、あれは……!?)」

少年の持つ黒い革張りのケースの取っ手から、ぶら下がっている組織のマークを象ったキーホルダーに気づいた。
見間違いかと思ったが、彼の2.5の視力で再度確認してみても、赤い空に緑の山がそびえる革命戦士団のマークに間違いなかった。

「お、おい!」

そのまま通り過ぎようとした少年に声をかけると、彼はキラキラピュアピュアした瞳をこちらに向けた。
ジュノはすぐさま彼の手にしているケースを指差し、

「お、お前、それは、お前の物か?」
「そうだ。俺の仕事道具でもらったのだ!」
「仕事道具……だと?」
「今日の仕事で使うように渡されたのだ!」
「ちょっと見せろ」

ジュノは少年からバッグを奪い取ると、すぐさまケースの中を開けた。
中には、ジュノ垂涎ものの、最新式の立派なスナイパーライフルが入れられていた。

「こ、これは……じゃぁ、お前が待ち合わせていた、俺の下に就く事になっている者だな?」
「ツクとは何ですか?」
「俺の下で仕事をする為にやって来たんだな?」
「おぉー! YES! 良かったのだ。どこに所在するか探してたのだ!」

少年は100%フレンドリースマイルをジュノに向けると、すぐさまジュノの手を取り、握手した。

「俺はガーネットだ! 頑張るのだ。今日はよろしくをお願いしますのです!」
「お、おぉ……」

ガーネットの迫力に圧されつつあったジュノは、咳払いをすると先輩の威厳を見せるべく胸を張った。

「俺の名はジュノ。今日は先輩として、ビシビシ鍛えてやるから覚悟しておけ!」
「了解なのだ!」

満面の笑みを浮かべて敬礼してみせるガーネットに、ジュノはどこか力が入らなかった。

「(ホントにこいつがエリート戦士なのか……?)」











──その頃、本物のエリート戦士は、国道沿いを歩いていた。

「(くそぅ……なんだあのクソ日本人のジジイめ……! トイレを借りるくらい、いいじゃないか、クソッ!)」

彼は、相も変わらず腹部を押さえ、油汗をかきながら、表に出せぬ怒りに一人震えていた。
喫茶店に入ったは良い物の、『あのさぁ、何か注文くらいしたらどうなの? あン?』と嫌味ったらしく詰め寄られ、
彼はこれっぽっちも飲みたくも無い、バカみたいに量があるアイスティーを飲むハメになってしまった。

「(あんなクソ冷たい物飲ませやがって……いつかあの猿ジジイの頭を吹き飛ばしてやる……絶対に……ぐぉっ……!?」

冷たい物をジョッキで飲んだせいで、彼の腹部では現在進行形で大規模の花火大会が開催していた。
一旦休憩に入ったと思っていた矢先、とうとう第二部が始まったらしく、眩いばかりの花火が、どどんがどん、どどんがどん。

「ぐぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉおぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?!?!?!?!?」

彼は花火の音が聞こえない安住の地を求め、無我夢中で走り出した。

















あれから、ジュノとガーネットはその足で、マンションの前の公園へやって来ていた。
二人はそのまま奥に進み、小さな池のあるだけの人気も無く木々に囲まれ鬱蒼とした場所までやって来ると、
ジュノは茂みの中へガーネットを案内した。中へ入ると、四畳程度の空間があり、『訓練場』という小さな立て札がささっていた。
さながら秘密基地の様だと、ガーネットは思った。……ずいぶんと質素な秘密基地ではあるが。

「ここが、いつも俺が個人的に演習を行っている場所だ。ここならば、ほぼ誰にも気づかれず安心して日々の鍛錬に打ち込める」
「すごいのだ!」
「では、早速……」

ジュノは身に着けていた帽子やらマスクやらコートやらをバサッと脱ぎ捨て、いつもの迷彩服と迷彩メイクの姿へと早変わりした。

「おー! 手品なのだ!」
「感心している場合ではない! 貴様も早く服に着替えんか!」
「?……俺はこれしか持ってないのだ」
「なっ…革命戦士ともあろう者が、迷彩服の一つも持っていないとは、たるんでいると思わないのか!?」
「仕事に必要ですか? 急ぎで買ってくるのだ」
「売っているわけがないだろうがぁぁぁ!」
「そうなのか?」

顔を真っ赤にして憤慨するジュノ、しかしキョトンとした顔で見つめてくるガーネットに変な気分になり、
ジュノは足元の石ころを蹴り飛ばし、すぐさま脱ぎ捨てたコートの中から替えの迷彩服やメイク道具を取り出した。

「……きょ、今日の所は仕方ないから俺のを貸してやる。丁重に扱うんだぞ」
「ありがとうだ!」

ジュノはガーネットに服を着せ、バンダナを巻かせ、迷彩ペイントまで塗ってやった。
そうしてガーネットも見事に革命戦士としての正装に身を包む。

「カッコイイのだ!」
「ふむ。なかなか良い感じじゃないか。やはり戦士はこうでなくちゃな」

挿絵

「……しかし、穴がたくさんの空いてるのだ。虫が食ったか?」

上着の裾に空いたいくつかの穴から指をピコピコと出して、ガーネットは怪訝な顔をした。

「し、仕方ないだろう。我が組織には金がないのだ! 俺だって本音を言えば最新型の道具も欲しいし、いい加減新しい迷彩服も欲しい。
しかし、俺の持っている金は全て、我が祖国で仲間が必死に稼いでくれた仕送りなのだ。奴らの為にも俺は金を一銭たりとも無駄に使う事は出来ん」
「可哀相だ……」
「だが、これも試練の一つだ。この厳しい状況を乗り越えてこそ、我らの目標が達成されるというものなのだからな!」
「わかりました。いっぱいのお金を取れる様に、今日は頑張って働くのだ」
「ハンッ、たった一日でそう簡単に金が稼げてたまるか。……しかし、それぐらいの気概を持つのは良い事だ。しっかりやるんだぞ?」
「了解なのだ!」

ビシッと敬礼してみせるガーネットに、どうも調子が狂うなと思いつつ、
こんな事で先輩たる自分が惑わされてはいけないと、ジュノは激しく頭を揺さぶり、邪念を払い落とす。

「で、では、着替えも無事に終えた所で、本日行うスケジュールを発表しておくとしよう」
「わかったのだ!」
「まず、最初にこの公園でウォーミングアップをした後、夕刻のラッシュ時を狙い、駅で本番を実行する。以上だ」
「それだけか?」
「ん。そ、そうだが……何か文句でもあるのか?」
「俺はもっと働けるのだ」
「……熱心なのは感心だが、これは俺が寝ずに考えた最も理想的なスケジュールなのだ。明瞭簡潔ながら最大限の効果。
これぞ何事に置いても最も優れた計画立案だ。よく頭の中に叩き込んでおくように! わかったか!」
「了解だ!」

ホントにわかってんのか!?と、さらなる苛立ちを感じつつも、ジュノはとにかくスケジュール通りに行動する事が先決だと判断した。
そうして、すぐさま愛器のライフルをどこからか取り出し、ガーネットに向けて素早く構えた。

「おー!」
「ククク……どうだ。早撃ちのジュノと言われたこの俺の素早さを思い知ったか?」
「今日の仕事は面白そうなのだ!」
「…………」

ジュノは静かにライフルを下ろすと、大きな息を鼻から吐いた。
もう余計な話は無しにして、彼はライフルを背中に担ぐと、地面にしゃがみ込み匍匐前進の体勢を取った。

「グズグズするな。もう訓練は始まっているんだぞ!」
「はい!」

元気良く返事をし、ガーネットも同じように地面へ伏せた。
目線を下げてみれば、木々は膨らみ、地面から昇るひんやりとした空気が毛並みを優しく撫でる。
ただの茂みにしか見えなかった景色が、まるで深い森の中といった趣へと変貌していた。

「おぉー。面白いのだ!」
「面白がっている場合ではない! 行くぞ!」

そうして、ジュノはまるでゴキブリみたく俊敏に前方の茂みに向って這って行った。
人生の三分の一を匍匐前進に費やした彼にとって、歩くよりもこちらの方が快適な移動手段であった。

「…………」

と、いつものペースで進んでいたジュノだったが、ふとその動きを止め、恐る恐る後方を振り返った。嫌な予感は的中していた。
しばらく間を置いてから、とっくに自分が通過した茂みをのんびりとガーネットが這い出してきている。

「(……コイツ、匍匐前進さえもマトモに出来ないとはどういうことだ……!!!!!)」

苛立つジュノの血管はもう限界に近づいていた。

「おい、キサマ。なんでそんなに匍匐前進が下手なんだ!」
「難しいのだ。歩いたほうが楽なのだ」
「ばっ、バカな。戦場で悠々と歩いていたら勝利など掴めるわけがないだろう! 今まで何をしていた!」
「掃除や片付けだ。時々食べ物飲み物の運びもしたのだ!」
「何っ! そんなものは、戦士の資格の無い出来損ないがやる、くだらん仕事だ」
「そんな事ないのだ。俺は毎日頑張って、昇給もしてもらったのだ!」
「昇級……だと……ど、どれくらいだ?」

ガーネットはうーんと唸ると、大きく開いた手の平を見せた。

「これくらいなのだ」
「ご……!? 五階級……!?」

ジュノの様に日本に来ている人員はどれも一番下の級。それより5つ上となれば、隊長より偉い。もはや雲の上の存在。
エリート候補生なだけに、クズにも出来る様な雑務もまかせ、多くの経験を積ませたのだろうか、
しかし、一気に5つも昇級するとは、よほどの天才でなければまずありえない。ジュノは畏怖と尊敬の混じった眼差しを目の前の少年に向けた。

「俺はもっと頑張ってもっと昇給してもらうのだ!」
「……そ、そうですか……あ、いや、そ、そうか。しっかりやれよ」

ジュノは軽く咳払いをし、先輩であるプライドを頑なに守ろうと、胸を張った。

「匍匐前進は、まぁ良い。誰にでも得手不得手というものがあるからな。戦士である以上、肉体の鍛錬は必要ではあるが、
もっとも重要な、技術さえしっかりと身についていれば問題はないのだ」

全然“まぁ良い”の表情をしてなかったが、彼は茂みの中からアタッシュケースを取り出し、ガーネットの方へ放り投げた。

「早速、キサマの腕前の程を見せてもらうとしよう」
「俺は腕相撲は得意なn」

ガーネットが笑顔で手を挙げかけると、ジュノの瞳がギラリと光った。

「……忠告しておく。くだらん冗談を聞いている暇は無い。わかってるな」
「ご、ごめんなさいだ……」

さすがのガーネットも、ジュノが相当腹に据えているものがあるとすぐさま察知し、いそいそとケースを開ける。

「おぉー!」

中から現れた最新型のライフルを見るなり、ガーネットは感嘆の声をあげる。

「格好良いのだ!」

早速取り出してみると、思っていたより軽く、頭上に掲げて構えて見たりなんかしてみる。

「…………」

チラと、ジュノの方へ目を向けると、羨ましそうに爪を噛みながら、ライフルを見つめている姿。
悪戯心で、ガーネットは彼に銃口を向け、「バン!」と言ってみたが、相手は至極冷ややかな目をしてこちらを見返す。

「驚きしましたか?」
「……フン、安全装置(セーフティ)がかかっている物を、どうして恐れる必要がある……」
「どこにかかっているのですか?」
「ちょっ、ちょっと貸してみろ!」

ジュノは無理やりライフルを奪うと、さっきから我慢できなかったのか、目を輝かせながらその銃身を食い入るように見つめた。
独り言のつもりなのか、ジュノは延々とスコープがああだの、ボルトアクションがどうのと、よくわからない分析を呟き続けた。
よっぽど好きらしいなと感じたガーネットは、とんとんとジュノの肩を叩いた。

「欲しいならあげるのだ」
「バッ、バカを言うな。こ、これはお前の物だ」
「ジュノさんはそれを欲しいの様子だ」
「そ、そんな事はない。俺にはたくさんの愛機がいる。だ、だが、そこまで言うなら、この俺が試し撃ちをしてやろう」
「そんな事は言ってないのだ」
「ぐ……だ、黙れっ!」

ジュノはライフルをガーネットに押し付けると、茂みの向こうをビシッと指差した。

「あ、あそこに俺がいつも使っている的がある。早く腕前を見せてみろ!」
「どこなのだ?」
「あの木だ。枝に赤い布を巻きつけているからすぐわかる」
「よく見えないのだ」
「あんな近場にある物が何故わからんのだ!」

ガーネットは指差された方向を懸命に目を凝らして見つめた。
すると、池を挟んだ小さな林の中に、うっすらと赤い物が結び付けられている枝がぼんやりと確認できた。
見た所、50メートルは優に離れている。どう考えてもジュノの言うほどハッキリと見える代物ではない。

「……遠いのだ」
「ほぉ、皮肉だけは一人前に言えるようだな」
「皮肉じゃないのです」
「流れ弾や弾丸の回収の事を考えると、あそこしかなかったのだ……一応、俺がちょっと手本を見せてやろう」

ジュノはガーネットに手を差し出したが、表情がぽかんとしているのを見て不機嫌そうな顔をしながら自前のライフルを取り出した。
セーフティを外し、目標に標準を向け、引金に指をかける。

「ダメなのだ!」

引金を引いた瞬間、横からガーネットが体を突き飛ばした。ジュノの体は大きくぐら付き、
放った銃弾は50メートル先どころか、茂みから出てすぐの所にある2メートルほど先にある木、その枝の元にめり込んだ。

「なっ、何をするんだ、この馬鹿が!! 危ないだろうがっ!!」
「スズメがいます!」

ガーネットは池周りを囲む柵の上でピィピィ泣いているスズメのアベックを指差した。

「だから、なんだっていうんだ。だから!!!!」
「仕事でも、生き物を撃ってはいけないのだ。撃つのは木の方なのだ!」

ジュノはスズメのアベックに再び目をやった。何やらオスがメスの肩を抱き寄せているがそんな事はどうでもいい。
アベックのいる場所はちょうど、目標物の延長線上にいる。まさか、まさかそんなわけないよな。
まさか。銃口が向いてる方向が同じだからスズメを撃つと思ったとか、そんなバカみたいな理由なわけが。ジュノの血管が激しく脈打った。

「俺でもわかることを間違えるのはおかしいのだ。眠いですか?」
「……やめろ、もういい。やめろ。忘れてやる。忘れてやるから次はお前がやれ。いいな、早くやれよ」

出世のため、出世のため。ジュノは懸命に暴れだす怒りの感情を必死に押さえつけていた。
とりあえずガーネットが、ライフルを構え始めた時になると、少しは落ち着いて冷静になれてきた。

「いくのだー!」

ガーネットが引金を引く。サイレンサー内蔵型だから音も静かだ。最新型なだけあって実に静かだ。
銃弾も綺麗に飛んでいく。飛んで飛んで、曲がって曲がって、さっきの右斜めにある木の枝に見事命中する。

「間違えちゃったのだ。もう一回やるのだ!」

ジュノは、震える顔面の筋肉を無理やり笑顔らしきものに変え、ゆっくり頷いた。

















「(もう決めた……俺絶対、こんな国、海に沈めてやる。エリートの俺様が今決めた。日本人ども絶対許さない)」

無我夢中でたどり着いた公衆トイレ。
青年は、何度叩いても頑なに「入ってます」を繰り返す使用中の個室の扉に拳を打ちつけたまま、震えていた。
もはや限界を通り超え、試練は死の手前まで迫りつつあった。

「(やっ、やめろ……つつくな……失せろ……!!)」

彼の脳内では、赤い風船の周りを飛ぶ小鳥が、パンパンに膨らむそれをツンツン突いている光景が延々と繰り広げられていた。
これが割れたとき、彼のプライドや自信までも破裂してしまう。外でする、という選択肢もないわけではない。
だが、それは軽犯罪とかいうのになるらしく、下手すれば警察に連れて行かれ、自分の身分がバレてしまう多大なリスクを伴う行為だと聞く。
エリートとして、そんな危険な事は出来なかった。それならばまだ、このままブレイクしてしまった方が……。

「そ、それはダメだ。早く、早くしろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

激しく戸を叩いてみても、やはり帰ってくる言葉は同じであった。

「入ってまーす」
















ただでさえ脆いジュノの堪忍袋の緒がついにプッツンしてしまった。

「キサマはそれでも革命戦士かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

次から次へと機関銃の如く罵詈雑言が口から飛び出す。終いには母国語で喚き散らす始末。

「☆@▼#%◇*……!!!!」
「ごめんなさいだ」

とりえず頭を下げるガーネットの姿に、少し機嫌は収まったものの、ジュノの中に発生した怒りの感情はなかなか消えない。
下手にエリート候補生を殴って怪我でもさせられないため、それらの感情は“説教”となって出て行くしかなかった。

「匍匐前進も満足に出来ないどころか、腕立て伏せを1分間に20回しか出来んとは……革命戦士なら50は出来て当たり前なのだ!
我が組織には、こんな腑抜けた者しかいないとは、“革命戦士団の星”とまでいわれた俺からすればなんとも情けない事だ……!」

……読者の方々も当然わかっている事と思うが、本当の意味で彼が“革命戦士団の星”と言われたわけではない。
やはり団員らとの冗談の中で出てきた言葉を、唯一ジュノだけがマトモに受け取って記憶しているだけの事だったりする事を念のため補足しておく。

「それに、戦士のくせに銃器の扱いが素人並みとはどういうことだ。あれではそこらのガキの方がまだ上手いんじゃないか!?
キサマは一体何年訓練を行ってきたというのだ。あの過酷な訓練を耐え抜いておきながらあの腕前では、何をしてきたのだと問いたくもなる。
おまけにその喋り方は何だ。カタコトにもほどがある。文法からしてなっていないでは無いか。それでは明らかに外人だ!
そうだ。それにキサマは戦士らしい目をしていない! 戦士の目というものはもっと男らしく、それこそ鷹の様に鋭くなくてはいかんのだ。
とはいえ、そんなザマであってもこうして貴様が日本に来ている以上、何かしら秀でた物は持っているのであろう事はわかるのだが、
いかんせん、俺にはキサマのようなヤツが何故エリート候補生で、しかも俺より五階級も上なのかが、本当にわからんのだ!
これは、まさかとは思うのだが、キサマは自分がエリートだという自信から、階級が下である俺をバカにしてるのではないだろうな……!」

目を閉じてクドクド説教を続けるジュノは、キッとガーネットに目向ける。
だが、さっきまでそこで正座していたはずの彼の姿は忽然と消え失せていた。

「あ……アイツどこにいきやがった!!」

辺りを見回しても、ガーネットの影も形も見つからない。
まさかと思い、茂みに顔を突っ込んで見ると、堂々と革命戦士スタイルで道端に出て、誰かと会話している我が訓練生の姿があった。
しかも、会話の相手は青い制服に、警帽を被った若い男。どこからどう見ても警察官の姿であった。

「あ、あの、バカ……」

ジュノは激しい眩暈を感じ、思わず地面にぺたんと座り込んだ。
微かに霞む視界の中に、去ってゆく警察官に手まで振っているガーネットの姿が映った。

「も、もうお終いだ……」

あの格好を見られれば、すぐさま警察が動き公安も動き、すぐさま組織は一網打尽、拷問の末、ハラキリで処刑される。
そんな想像が、鮮やかな色彩と触感を持って彼の脳内をかすめて行った。

「ただいまなのだ」

しばらくして、ガーネットの声でジュノの途切れていた意識が戻った。
その瞬間、体中の血が一気に煮えたぎり、頭の血管が音を立ててブチブチと切れるのがジュノ自身はっきりとわかった。

「き、キサマっ……! 自分が何をしたか、わかっているのか!」
「落し物だ! 拾って渡したのだ」
「そっ、それだけか!?」
「落とした人は困っているのだ。俺は良いことをしたのです!」

ガーネットはキリリとした表情で自信満々に頷いた。

「か、か、革命戦士の正装でよりにもよって日本人の、しかも警察の人間に自ら向う事が、どどどど、どれだけ無謀な事か、き、キサマっ……!!」

もう我慢の限界だった。真面目にやったのならばこいつは戦士失格。わざとなのだとしたら、完全に愚弄されている。
ジュノは右の拳を握り締め、もはや狂ったとしか思えない訓練生を殴りつけるべく、勢い良くその拳を振り上げた。

「歯を食いしばれ! 矯正してやる!!」
「こうですか?」

完全にマジな雰囲気のジュノに対し、ガーネットは平然とイーっと歯を見せつけた。

「ちっがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

その瞬間、ジュノの体内で行き場を失った血液が、右のコメカミからぷーっと噴出し、
彼は激怒したまま、後ろへ卒倒してしまったのであった。














体中から血を噴出すジュノに慌てて駆け寄るガーネット。
そんな彼らのいる茂みの上空をパタパタと飛んでいる一人の少年がいた。エコである。

「あーあティオさまもかわいそうだなー。シオンさまにコキ使われて……」

漆黒の翼をバタバタと羽ばたかせ、エコはティオに頼まれて卵を買いに行っていた。
雑用ばかりなのは仕方ないとしても、秋も半ばとなった今、外を飛ぶのはやはり寒い。

「ん……?」

ふと、エコは鼻をピクピクとさせ、目下の公園を見下ろした。なにやら濃い悪のオーラを感じた。

「こ、これ、凄い……!」

エコは急いで公園の中に降り立った。その場所は公衆トイレの前であった。
ちゃんと掃除がされているタイル張りのそこは、悪のオーラとは程遠い場所であるように感じられたが、
もはや、ここだと疑う余地がない程に、エコは内部から漏れてくる濃厚な悪のオーラをハッキリと感じ取っていた。

「これだけあれば、悪のエナジーもいっぱい溜まるかも! ティオさま喜ぶぞー!」

エコは周囲に誰もいない事を確認すると、トイレの中へと入った。
個室トイレの前でうな垂れている男の姿を認める。男はエコに気づいた。

「……な、なんだお前!」

かなりいらだった様子で、大声をあげる男の姿に、この様子なら十分だと思った。

「ちょっと、ティオさまのために働いてもらうよ」

エコはどこっからデビルカプセルを取り出すと、不敵な笑みを浮かべた。

挿絵











「も、もう、俺は覚悟を決めたぞ!!」

ただでさえ吊り上がった目を余計に吊り上げながら、ジュノはヤケクソといった様に叫んだ。

「何を決めたのだ?」

ガーネットのストレートな質問は、完全に吹っ切れてしまった彼の脳みそには届かなかった。
ジュノは両手を懐に入れると、中からリモコン大の装置を取り出し、フハハハと狂気に満ちた笑い声をあげた。

「そうだ。そうなのだ! 警察に見つかろうが関係無い! その前に行動に移せば何の問題もないのだ!
警察だろうがなんだろうが、全て爆破して、とっとと日本人どもを相手に戦闘をしかければ良いではないか!!
そうだ。初めからそうすれば良いのだ。革命戦士として十分実力を兼ね備えたこの俺なら、楽勝なのだ!!!」
「どういうことだ?」
「ククク……知れたことよ。俺が徹夜して作り上げたこの高性能爆弾を、ショッピングモールに仕掛けて、
憎き日本の犬どもを木端微塵にし、戦線布告を発表。後は住人を人質にマンションに立てこもり、戦争を開始するのだ!!」

ジュノはもはや茂みに隠れていると言うことさえ忘れたようで、大声でそう宣言したかと思うと、再び高笑いを始めた。

「何故そんなことをするのだ? それは危険だ。すぐに辞めましょう!」
「あぁ!? 何を生温い事を抜かしているのだ。革命戦士ならば当然の行いではないか!!」
「それはとても危険なのだ」
「フン! 日本人がどうなろうが、俺の知ったことではない! 日本人は我々の敵なのだ!」
「そんなことないのです! とにかく危ないからダメだ!」

ガーネットはジュノの手から爆弾を奪い取ると、茂みを飛び越え、一目散に駆け出していった。

「ま、待て!」

ジュノも慌てて追う。既に理性を失った彼は迷彩スタイルのまま、公園の中を突っ走った。
もはや、気が狂った者は始末しても構わないと、彼はライフルを取り出しガーネットの背中に銃口を向けた。
走りながらでも簡単に当てることが出来る腕を持つ彼は、周囲に人がいるのも躊躇せず引金に指を当てる。

「グォァァァァァ!!」
「!?」

突然不気味な叫び声と共に、ジュノの視界が真っ暗になった。
遅れて焦げ臭い匂いを感じ、これは大規模な爆発が起きた物だと気づく。
いきなりの危機に、少しだけ冷静を取り戻した彼は後ろへ飛び退き周囲を見渡す。

「まさか、爆発したのか……?」

黒煙が薄れ始めると、草むらの上で腰を抜かしているガーネットの姿があった。
手には確かに2つの爆弾が抱えられたまま……。だとすると、この爆発は一体……。

「クックック……この俺様の砲撃を避けるとは、なかなかやるな……」

声は右上から聞こえた。すぐさま見上げると、側に立った樹木の枝の上に、漆黒の戦闘服に身を包んだ男がいた。
彼は肩にバズーカ砲を乗せ、そしてどこか邪悪な笑みを浮かべながら、こちらを見下ろしている。

「(……あ、あれは……)」

そんな男の姿に、ジュノはハッとした。
彼の額には、見覚えのあるコウモリを象ったマークが妖しく光っていたのだった。

「逃げろ、ガーネット! コイツは危険だ!」

ジュノの声に、ハッとわれに返ったのか、ガーネットは爆弾を抱えたまま一目散に走り出す。
追いかけようとするバズーカ男が背を向けた隙に、持っていたライフルを撃つ。撃つ。撃つ。

「……甘いな」

不敵な笑みを浮かべながら振り返った男は、手の中から、パラパラと今しがた発射した弾丸を落とした。
確かに、背中に当てたはず。まさか、全て後ろ手で受け止めたのか。理解を超えた男の行動にジュノの背筋には汗が滴る。

「さぁ、たっぷり料理してやる!!」

バズーカがジュノに向けられる。逃げなければ。そう思ったとき、ジュノの耳には、爆音が既に届いていた……。

「危ないのだ!」

突然、ジュノの体が真横に吹っ飛ばされる。視界の隅に映る火柱。
体が地面に叩きつけられたとき、身の安全と共に、彼は自分にしがみついているガーネットの姿を確認した。

「な、何故、戻ってきた……」
「ジュノさんを放って逃げられないのだ!」
「お、お前……」
「一緒に逃げるのだ!」
「あ、あぁ……」

ガーネットの差し出した手を、ジュノは無意識に掴んでいた。
二人は再び池のある道へと駆け出す。

「無駄だ無駄だ! この俺様から逃げ出せる者など一人もいない!」

追いかけてくる男の声が上方から聞こえてくる。ジュノは首を捻って、後方を探る。
男は驚くべき跳躍力で、脇に生えた木々の枝から枝へ飛びながら、アリを追いかける子供の様に楽しげに迫ってくる。

「そろそろ、チェックメイトだ!」

前方で爆音と共に黒煙が立ち上った。パラパラと砂が降り注ぐ中、直径一メートル程にえぐれた地面が露わになる。

「クックック……。まずは貴様らから始末してやる。このエリートの俺様を愚弄しやがる奴らめ、覚悟しろ!!」

逃げる事の出来ない二人はゆっくりと枝を飛んでやってくる男の姿を、緊張の面持ちで見つめていた。
ジュノは、チラとガーネットの手にしていた爆弾に目をやった。

「貸せ」
「?」
「いいから、貸せ!」

ガーネットから爆弾を受け取ると、角にある穴から小さなタコ糸を引っ張り出す。
装置が不発だった時のために、念を置いて導火線を付けておいてあったものだ。これをヤツに投げつければ……。
そう思った瞬間、彼の手から二つの爆弾は忽然と消えうせてしまった。

「(しまっ……!)」

気づいた時には既に遅く、バズーカ男の手にしていた長い鞭の先には、今しがた持っていた鉄の箱が巻きつけられていた。

「クク……なかなか面白い物を持っているようだな」

男は戦利品を誇らしげに手に取ると、こちらを向きフッと企む様な笑みを見せ、
手にした鞭を伸ばし、ジュノ、そしてガーネットを一瞬で縛り上げた。

「エリートの俺様を小馬鹿にしてくれた奴らへの見せしめにしてやろう。じわじわとその時が来るのを待つが良い」

男は時限装置のスイッチに触れた。自分の作った爆弾でこういう事になるとは、悔しさでジュノは唇をかむ。

「では、1分後。地獄で出会うが良い」

男は時限爆弾のスイッチを入れた。

「ぎゃふん!」

……その瞬間、男の手にしていた爆弾が爆発を起こした。
枝と共に、無様に地面に落下する男を、二人はぽかんと見つめていると、

「……クックック……。失敗失敗」

男は黒コゲのままカッコつけた風にそう言うと、かろうじて残っている木の枝にぴょんと飛び上がる。と、枝が折れた。

「ぎゃふん!!」

男は、情け無い声をあげて地面に叩きつけられる。
と、彼の手にしていた爆弾からバキッと言う音がなったかと思いきや、

「ぎゃふん!!!」

こちらも爆発を起こし、男は真っ黒コゲコゲになったまま目を回して気絶してしまった。
畳み掛けてくる“男の情けなさ”に、ジュノ、ガーネットはぽかんとしながら、ただただ立ち尽くすばかりだった。

「(……な、なんだ。この状況は)」























「ったく、アイツはどこに行ったのだ……!!」

爆発事件の影響で警察が出動してきたために、慌てて茂みの中に隠れたはいいものの、
そこにはジュノ一人しかおらず、ガーネットの姿は無かった。
もしや、警察に捕まったのかと不安にもなるが、容易に外へ出て行く事は難しかった。

「……えぇい。お、俺には関係の無いことだ!」

そう言って無視を決め込んで見るものの、助けてもらった恩人を見捨てるのはちょっぴり心苦しく、
一旦、事件現場から離れて遠くから様子を窺おうと顔を出して見る。
封鎖のテープの向こうの感じを見る限りでは、ガーネットがいる気配が無い。

「あー、きみきみ、ちょっと」
「!?」

突然声を掛けられ、ジュノはつい、いつの間にか目の前にいた警察官の姿をまともに目を合わせてしまった。
マズイ。そうは思っても、ここで逃げれば余計に怪しまれる。とはいえ、この姿を見られてしまっては……。

「お爺さん、公園でサバゲーごっこやってる少年ってこの子ですか?」
「おぉ、そうです。そうです。そんな化粧してましたな」

警官の後ろには、スーツに身を包んだ老人が立っていた。まったく見覚えが無い。

「この人、会社の社長さんでね。キミがついさっき拾ってくれた財布の持ち主なんだよ」
「……え?」
「お財布に会社のマークが入ってるから、もしかしたらと思って電話を掛けたらね。社長さんだったんだよ」
「は、はぁ……」

微笑む警察官は、老人を前へ通した。老人は財布から5万円を取り出すと、

「これはお礼です。何か美味しい物でも食べなさい」
「え、あ、ど、どうも……」

思わぬ大金を手にしてジュノは慌てふためきながらペコペコと頭を下げて二言三言、老人と言葉を交わした。
しばらくして警官と共に公園を出て行くと、ジュノは茫然としたまま手の中の5万円を見つめる。

「(さ、財布なんか拾ったか……?)」

そう思ったとき、ジュノの脳裏に稲妻が走った。
ガーネットが警官と話している場面、まさか、あいつがこの財布を届けたというのだろうか。

「へ、変な事をするやつだ。日本人などを助けやがって」

そう呟いてみると、彼の脳内に激しいフラッシュバックが起こった。

『いっぱいのお金を取れる様に、今日は頑張って働くのだ』

ガーネットが言ったあの言葉。まさか、この財布が会社社長の物だとわかっていたのか。
現に、祖国では贅沢に暮らせる分の金は手に入った。まさか、まさかと打ち消そうとするが、

「(待てよ……)」

これまでのガーネットの行動を考えてみる。
時限爆弾を持ち去ったのも、スイッチを押したら爆発したり、軽い衝撃で爆発するような失敗作と見抜いていたからではないか。
そして、関係ない枝を撃ったのも、男が落下する事を見越していたのでは無いか。いや、でもまさかそんな超能力者みたいな事。

「し、しかし、あの年で一気に五階級も昇進したのだ……ひょ、ひょっとして……」
「ひょっとして、何なのだ?」

突然ガーネットの声がし、ジュノは思わず茂みから飛び出した。
振り返ると、迷彩ペイントを落とし、戦闘服から私服に着替えていたガーネットの姿があった。

「き、キサマ! 今までどこにいたのだ!」
「もう夕方なのだ。帰る準備だ」
「ぐ……そ、そうか、そ、それならば、し、仕方ないな」

ジュノはしげしげと、ガーネットを見つめた。
よく見ればその佇まいが、どことなくドッシリとしていて大物感があるといえばある。

「なんなのだ?」
「いっ、いや、別に……。あ、そ、そうだ。お前の拾った財布の持ち主から礼金を貰った。受け取れ」

ジュノは5万円を差し出すと、ガーネットはおぉーっと歓声を挙げた。

「こんなにもらっていいのか? 俺は何も出来なかったのだ」
「け、謙遜するな。これは、お前が稼いだ金だ」
「…………」

ガーネットは5万円を受け取ると、中から2枚引いて、ジュノの方へ差し返す。
戸惑った顔のジュノに、彼はにこりと微笑むと、

「俺は全部もいらないのだ。これで新しい服の買うをしてください!」
「お、お前……」
「これもあげるのだ! 俺は今日だけだからもういらないです」

そう言って、ガーネットは手にしていたケースをジュノの足元に置く。
驚くジュノは、彼の顔を見返す。彼の表情は晴れ晴れとしていた。
自分が欲しがっているのを知って、自分の愛器を差し出す、そこまでの気遣い。どこまでもエリートだと思い知らされた。

「今日は楽しかったのだ。また一緒に仕事出来たらしましょうです! ありがとうござました!」

ガーネットは右手を差し出す。

「……お、おぉ……。お、お前も、元気でな。しっかり、やれよ……」

差し出された手を、ジュノは照れくさそうに握った。
しっかりと握り締めてくるガーネットの手に、ジュノは「こいつなら組織を任せられる大物になる」と思うのだった。




















──数週間後。

買い物の帰り道、すっかりサングラスとコート姿で歩いても季節的に違和感の無くなった頃。
マンション前にやって来ると、ジュノは公園に目を止め、ふとガーネットの事を思い出した。

「アイツ、今頃どうしてるかなぁ……」

今から考えても、あれだけの実力と人格の持ち主ならば、やはりエリートとして申し分無い。悔しいが完敗であった。
きっと組織を指示する立場になって、日本制圧計画を迅速に勧めているに違いない。

「あ、ちょうど良い所に!」

エレベーターのドアが開いて、歩き始めた時、廊下の向こうには707号室の住人が集まっていた。
相変わらず大所帯な奴らだと思いながら、ぺっこりと会釈をすると、

「実は、我々のお仲間さんが偶然近場にいる事がわかりまして、本日から一緒にここに移る事になったんですよ」
「はは、そうなんですか」

内心まったく興味が無いのをおくびにも出さず、ジュノは答える。

「せっかくだから、紹介させてください。台湾人のガーネットです」
「えっ?」

聞き覚えのありすぎる名前に思わず聞き返してしまった。
うじゃうじゃとしている見慣れた隣人の間から、これまた見慣れた少年が現れたのだった。ジュノの体は一気に固まる。

「こんにちは! 台湾から来たガーネットだ。漫画が好きです。プリンも好きだ!」
「ぇっ、ぁ、ぇ……」

不可解な状況に脳みそがショートしているジュノに微笑みかけるガーネットは、やはりガーネットであった。
耳の先からしっぽの先まで何度見ても、同胞であるはずの人物が台湾人を名乗って目の前に立っている。
逆スパイにしては、昔から知ってる知人みたいだし、この状況がジュノにはとことん理解できない。

「ガーネット、こちらはジュノさんと言って、お隣に住んでる高校生さんですよ」
「じゅの?」

ガーネットの怪訝な顔にジュノはドキリとした。もしかして潜入捜査だったのでは。
となると、ま、まさか、あの活動をばらされるのでは。自分がテロリストであること、
爆弾を製造していること、日本人ではないこと、etc...etc...。

「どうかしたんですか? ガーネット」
「うーーーーーーーん……」

じーっと顔を覗き込んでくるガーネットの目から、今すぐ逃げ出したい衝動に駆られる。
心臓がキリキリと悲鳴を上げているせいで、吐き気を催しそうになる。

「な、なに、か……」

ジュノの言葉に、ガーネットはニコリと微笑むと、すっと右手を差し出した。

「俺のバイトの友達にも同じ名前の人がいるのだ! ジュノさんよろしくだ!」
「…………は、ははははは、ははははは」

そうして、ジュノは乾いた笑いを浮かべながら、
まさかの再会を祝し、汗にべっとりと濡れた手で、彼の右手を握り返すのであった。