どうもどうも、皆さんこんにちは。

私の名前は、グリーン。

ちょいと学業のかたわらに正義の味方なんぞをやっております、サッカーとワビサビを愛するごく普通のしがない少年です。

ある日、そんな私の元に一通の封筒が届きました。

シールやノリ付けではなく、わざわざ封蝋がしてあって、何だか異様な雰囲気だったのですが、
とりあえず危険物は入ってないようだったので開けてみた所、ワープロ打ちの紙が一枚だけが入っていました。

書かれていた内容はこうです。



おめでとうございます!!

このたび、あなたを我が『IQ‐WORLD』城の特別祭にお招きいたします。

我が国では、日常の常識が通用しない、素晴らしい『IQ』の世界をじっくり堪能できるほか、

あなたの頭の中にある強固な物を少しだけずらして、新しい世界を開く鍵を発見できるかもしれません。

招待状一枚で、二名ご入場できますので、是非お友達、ご家族、ご親戚等をお誘いの上、いらしてください。


PS.お迎えの汽車はまもなく到着いたしますので、その際、車掌に本状をご提示ください。



「IQワールド? なんですか、その安っぽいファミコンソフトみたいな物は……」

読み終えるなり、これはスパムメールならぬ、スパム招待状だと瞬時に悟った私は、手紙を破り捨てようとしたのですが、
ベランダの向こうを銀色の車輌が横切ったのを見て、思わずその手を止めました。
もしやと慌ててガラス戸に駆け寄ると、それは紛れもなくうちのベランダに横付けされた長い列車であったのです。
しかも、車輌のドアには金色で『IQ』を崩して作ったらしい曲線的なロゴがプリントされていました。

「グリーン様ですね。お待たせしました。IQ-WORLDの者でございます」

ドアに付けられた小窓から、車掌らしき男性が顔を出して声をかけてきました。
そこで、やはりこれはIQワールドとやらへ向う送迎列車である事は間違いないようだと確信しました。

「行かれるのはお一人ですか?」
「え、あ、ちょ、ちょっと待ってください。まだ準備も何も……」
「停車時間は15分ほどですので、お急ぎ下さい」

わけのわからないまま、向こうの都合で15分以内に乗車するよう設定されてしまい、
私はオロオロとしつつも、まずは出かける旨を書いたメモを机の上に残しました。
すると、ちょうどタイミング良く、買い物から帰ってきたピンクと出くわし、彼女も連れてゆく事に決めました。

「えっ……大丈夫なの? なんか怪しくない?」
「まぁ、我々には、転送装置がありますから、危険な事があればすぐさま帰ってこられますよ」

実はピンクと同じ事を思っていましたが、その時、私はだんだん溢れ出てくる好奇心を抑えきれなくなっていたのです。
私の説得に彼女も納得してくれたのか、急いで身支度を済ませ、発車の3分前には既に準備を終えていました。

「お二人とも、忘れ物はありませんね?」
「はい」
「大丈夫です」

我々がそう答えると、車掌は何度も頷いて、突然こんな事を言い出しました。

「では、問題です」
「……へっ?」



◆【問題01】

「へ」と「ヘ」の様に、ひらがなとカタカナで同じ形をしている文字を2組挙げてください。



「な、なんですか? 問題ってなんなんですか?」
「我がIQ-WORLDでは、全ての基準はクイズによって決められています」
「く、クイズ?」
「正解か不正解によって、乗っていただく車輌が変わりますので、よくお考え下さい」

招待しておきながらその態度は何だ、と少しムッとしたのですが、そういう文化なら尊重しないわけにもいかず、
私は腕を組んで、頭の中に50音表をばーっと広げてみました。ひらがなとカタカナで同じ文字といえば……。

「えっと、まず『り』と『リ』ですよね」
「ブー」

私がそう言うなり、車掌は“してやったり”とばかりに白い歯を見せながら、両腕で作った×を嬉しそうに見せてきました。

「よく見てください。『り』と『リ』は確かに似てますが、違いがハッキリしてますよ」
「うーん……『か』と『カ』は……違いますし……」
「わかりませんか?」
「えーっ、そんなのありますかねぇー!?」



◇【T H I N K I N G - T I M E】◇

(読者の皆さんも一緒にお考えください)



「エとヱ……はどっちもカタカナだし……」
「わかりませんか?」
「あっ、そんな文字は無い!」
「ブー」
「ぐぬぬぬぬ……」


「……はい、時間切れ。では、正解を発表しましょう」



ニンマリ微笑む車掌は、私を手招きし、そっと耳打ちをしました。



「……『ぺ』と『ペ』、そして『べ』と『ベ』……です」














──キミの頭脳は起きているだろうか。


ここでは日常の常識など通用しない──


前頭連合野を刺激する問題の数々に、直感と推理力を駆使して挑んでもらいたい。


読者諸賢の健闘を祈る……




第121話

『IQ‐WORLD』

(挿絵:ブラック隊員)








クイズに答えられなかったせいで、我々は一番最後の荷物用車輌に載せられてしまいました。
いくらなんでもこの扱いはどうかと思うのですが、他方に『問題の不正解』という事実があるわけで、
あぁ、そうか。問題に間違ったから仕方ないよな、という妙に納得させられてしまう力があることも事実でした。

「でも、ちゃんと座る場所があるし、良かったよね」

座る場所といっても、床の上。ピンクの優しいフォローに私は胸を打たれました。
こういう健気な娘さんは法律で保護するべきだと私はつくづく思います。

「……あのさぁ」
「!?」

荷物の向こうから声がして、私達は思わず互いに飛びつきました。
裸電球が一個だけ吊るされている薄暗い車内です。暴漢か何かが潜んでいても納得できる状況でした。

私は目を凝らして、まじまじと積み上げられた荷物の方を見ました。
荷物は天井いっぱいにまで積みあがり、どれか降ろさない限り、こちらには入ってこられないようでした。

「ここだよ。ここ。別に何もしやしねぇよ」

荷物と荷物との間に僅かに空いたタバコの箱ほどのスペース。
そこに、この荷物の向こう側に居るらしき何者かの口元が見えました。
唯一の手がかりである声を聞く限り、相手は若い男性の様でした。

「……マッチ棒があるだろ」
「はい?」
「マッチ棒1本の長さは約5.2cmだ。みじけぇよなぁ。ホントにみじけぇ」
「あ、あの……」

私は男性の発言の意図がまったくわからず、同じく困惑気味のピンクと顔を見合わせました。

「でさ。このマッチ棒を、最低何本使ったら1mになるか。はい、答えて」
「えっ!?」


◆【問02】

マッチ棒の長さは約5.2cm。では、最低何本のマッチを使えば1mになるだろうか?



「えっと、ちょっと待ってくださいね。計算しますから……えっと、1mは100cmですから……1本が5.2cmで……」
「グリーン、わかるの?」
「ええ。私こう見えて数学のテストはいつも平均より良いんです」

早速、私は床の上で指をなぞりながら計算を始めました。これくらいなら何でもないのです。簡単簡単。

「もうちょっと待ってください。えーと……100割る5.2で19と少しだから、はい! 20本です!」
「……ハズレ」
「え、でも……」

私はもう一度計算してみました。
しかし、1mになるまでに必要なマッチ棒は、いくら考えても最低20本は必要になります。

「じゃぁ、19本と、長さの足りない1.2の長さに折ったマッチを……」
「それでも結局20本使った事に変わりないだろ」
「えぇ~っ……?」



◇【T H I N K I N G - T I M E】◇

(読者の皆さんも一緒にお考えください)



「どうだ。答えはわかったか?」
「……ピンク、どうですか?」

私の問いかけに、ピンクは小さく首を振り「全然わかんない」と答えるばかりでした。
その言葉、実は私もまったく同じだったのです。

「残念だな。もう時間切れだ」
「ぐぬっ……」

こちらから見える男の口元、その前方に、開かれた手の平が現れました。
それが意味するのはつまり……

「……正解は5本だ」
「えぇーっ!? たった5本じゃ30cmにもなりませんよ!」
「教えて欲しいか?」
「勿論です。納得できません」

どう考えてもおかしい正解に、私は「こりゃ私にあっけなく解かれたもんだから、適当言っているのだ」と確信しました。
だいたい5.2cmが5本で1mになるなんて、そんな答え、世界中の数学者どころかそこら辺の小学生だって黙っちゃ……



「……マッチ棒で『1』と『M』の文字を作れば、ちゃんと5本で1mになる……クックックック……」























あれからしばらくして、すぐさま列車はIQワールドとやらに到着しました。
下車の際、降ろされてゆく荷物の向こうには男の姿どころか、壁しかありませんでしたが、
世の中にはずいぶん細身の人間がいたものだと感心しつつ、我々はIQ駅を出ると、そのまま車道までやってきました。

「こちらに、まもなく送迎用のタクシーが参りますのでそちらにお乗り下さい」
「はぁ、ご丁寧にどうも」

深々と頭を下げて車掌さんが駅舎に戻った後、銀色にカラーリングされたタクシーが道の向こうからやってくるのが見えました。
しばらくして、車は我々の前にピタッと停車し、ドアが開きました。まさにVIPの気分です。

我々が乗り込むと、車は街の方へと向って行きました。
町並みは、どれも砂糖で出来た見たいに白く、西洋風で、なんだか絵画なんかで見るように綺麗な家々が並んでいます。
前方に目をやると、そびえる山の頂上に、ディズニーランドにあるような大きなお城が見えました。

「わぁ、すごい。本物のお城だ」

目を輝かせて、お城を指差すピンク。それを見て、私も何だか嬉しくなってしまいました。
なんといいますか、男を見せたといいましょうか。やはり男は女性を喜ばせる様な甲斐性が必要です。

「運転手さん、お城までどのくらいですか?」

私は何の気なしに運転手の背中に向って声をかけました。
すると、彼は何かを思い出したかのように、「あぁ…」と呟いて、こんな事を言い出しました。

「お客さん、こんな話があるんですよ」
「へっ?」
「ある日ね。わたしゃ、お客さんを乗せて隣町のホテルに向かっていました」
「……な、なんの話ですか?」
「で、しばらくして古いトンネルに入ったんです。ところが、ところがですよお客さん。
この車が、ある地点まで来た時、なんとトンネルの奥へ進まなくなっちまったんでさぁ」
「いや、それは単に……」
「もちろん、事故や故障があったわけでも、トンネルが何かの障害物でふさがってたわけでもありません」
「は、はぁ……」
「お客さん、いったい、こりゃぁいったい全体、どういうわけなんですかねぇ?」



◆【問03】

一台のタクシーが山道にある古いトンネルに入った。しかし、車がある地点まで来た時、
車は事故や故障でもないのに奥へ進まなくなってしまった。一体、どうしてだろうか?
もちろん、そのトンネルはちゃんと車が通り抜ける事の出来る、ごく普通のトンネルである。



「えーっと、目的地のホテルはそのトンネルの中にあった!」
「いいえ。さすがにホテルはそんな所へ作りませんよ」
「途中で引き返したとか?」
「いいえ、私は一切そんな事はしませんでした」

私とピンクは困った顔でお互いに見つめあいました。
列車の件を思い出して、何だか嫌な予感がしました。

「お、お客さんがトンネル内でいきなり膨張して、その重みで車が道に陥没して進まなくなった!」
「お客さんは細身のご婦人でした」
「じゃぁ、古いから落盤しちゃって、全然通れなかった……?」
「トンネル内に道をふさぐような障害物は無いと、さっき言ったはずですよ」
「う~ん????」



◇【T H I N K I N G - T I M E】◇

(読者の皆さんも一緒にお考えください)



「えーとですね……うーんと……あ、トンネル内の時空が歪んでいて」
「お客さん、ふざけるのもいい加減にしてくださいよ」
「ぐぬ……」

運転手のキツイ語調に私はすっかり怯んでしまいました。しかし、これはどう考えてもおかしな話です。
電車で聞いた様なトンチを利かせるべき問題であろうことは予想が付きますが、
この話の中にそんなトンチを挟める隙がまったく見えないことも確かでした。

「お客さん、わかりませんか?」
「…………」

私はなんと答えるべきか大いに迷いました。
電車の時の様に、間違えれば何らかのペナルティらしきものを受ける予感が依然として我々の中にあったのです。
私の中には、もしかしたらこのままずっと考えるふりをしていればそのまま目的地に付くのではないかという目論見がありました。
しかし、運転手はそんな狡猾な手を見抜いたのか、大通りを抜ける寸前、突如路肩へ車を停めたのです。

「お客さん、降参ですか?」

こうなったら、こちらも思い切って尋ねるしかない。私は不安そうなピンクの手を取って、運転手に尋ねました。

「あの。もし問題に正解できなくても、我々を車から降ろしたり、見当はずれな場所や再び駅へ向かったりはしませんよね?」
「勿論、お客さんにそんな失礼な事はしませんよ」

運転手は大口を開けて笑いながらそう答えました。
とりあえず言質は取れた。私はようやく安心し、ピンクの手の甲をやさしく叩いてやりました。

「では、すみません。降参です」

運転手は大きく頷くと、「そうですかそうですか」と満足そうに言いました。
そのまま彼はキーを回し、エンジンを動かすと、こちらへ満足そうな顔を向けました。


「トンネルは真ん中を過ぎれば、後はトンネルから出るだけで、奥へは進まないんですよ」


なるほど……私とピンクは納得したように顔を見合わせ再び運転手の方へ目を向けました。
すると、今しがたまで確かにそこにいたはずの運転手の姿は、煙の様に消えてしまっていたのです。



















確かに降ろされも、引き返しもしなかったなと、我々は苦々しい思いでタクシーから降りました。
遠くに見える山の上のお城。幼稚園児でもその距離のとてつもない長さが判ります。
こうなったらヒッチハイクでもしようかと思いもしましたが、通りには車どころか人の姿もありませんでした。

「とりあえずお城の方へ歩いてみようよ。そのうちパーティーのお客さんや車とかと会うかもしれないし」

ピンクの前向きさは、私が眉間に寄せた皺を優しく解いてくれました。やはりこういう時、女性は強い。
無粋な人から楽天的だと揶揄されようが、今の私にとって、間違いなく彼女は強い女性でした。

「そうですね。とりあえず歩いてみましょう。せっかくだから観光も兼ねれば」
「そうそう。せっかくだから楽しんじゃおうよ」

差し出されたピンクの手を、私は戸惑いながらも繋ぎ、我々は見知らぬ土地でアベックの如く歩き出しました。
ここに隊員がいなくて本当に良かったと思いました。いくら私でも、こういうのは慣れないものです。

しばらく歩いていると、十字路に出ました。
その角には一人警察官の姿があり、ギラギラと肉食獣のような目で辺りを見回していました。
何だか嫌な予感がするものの、そ知らぬ顔で通り過ぎようとすると、案の定、我々は足止められてしまいました。

「おい、お前たち。ここは立ち入り禁止だ」

警官の、誰も彼もを威圧するような乱暴口調に私は少々気分を害しました。
一体、警察というものは一般市民を何だと思っているのでしょうか。腹立たしい限りです。

「お前達はこの辺の者ではない様だが、どこへ行くつもりだ?」
「お城のパーティーに招待されているんです」

ぶっきらぼうな物言いで私が招待状を見せると、警官はそれを一瞥しフンと鼻で笑いました。

「城へ向かうには、この道をまっすぐ進むしか方法はない。だが、この辺には詐欺強盗ブログ荒らしと、
立て続けに3件も事件を起こした凶悪犯が逃げている。いくら招待客といえども、通すわけにはいかん」
「なんとかなりませんか」
「ふむ。捜査に協力してもらえれば、パトカーで護送してやってもいい」
「捜査?」
「凶悪犯の素性を調べるため、奴の住んでいたアパートの住人4名に聞き込みをしたのだが、
まったく証言内容がバラバラで、どれも内容が矛盾しているのだ」
「ぬ?」



◆【問04】

凶悪犯の素性を調査するべく、警察がアパートの住人4名に聞き込みを行った。

証言1「アー。ソノヒトハ“ワカイ”デスヨ」
証言2「アイツハ、ンー。トテモ、ベリーベリー“トシヨリ”ネ」
証言3「YES.アノヒト“オトコ”デスネ」
証言4「シッテマース。アノヒトハ“オンナ”デースネー。ハハーン?」

これはいったいどういうことなのだろうか?



「全員、外人さんですか……」
「あぁ。片言でも話せるとはいえ、おかげで苦労した」
「これはあれでしょう。国によって、若者と年寄りの基準が違いますし、45歳とか微妙な年齢の可能性が」
「なるほど」
「オトコでもあり、オンナでもある、これは簡単。ニューハーフということですよ」
「つまり、45歳ぐらいのニューハーフということか」
「そういうことになります」
「貴様は馬鹿か」
「ぐぬ……」



◇【T H I N K I N G - T I M E】◇

(読者の皆さんも一緒にお考えください)



「あっ、年寄りだけど、心意気だけは若く保とうとしているニューハーフの可能性も」
「そんなわけがないだろう」
「そんなこと言っても、それ以外何かありますか? だいいち……」

そのとき、私の訴えを遮るかのようにピピピピピと電子音が鳴り響きました。
警官は神妙な顔で胸ポケットから、音の発信源である携帯電話を取り出し、耳に当てました。

「何っ、犯人がつかまっただと!?」
「えっ?」
「それでどんな奴だったんだ? ふむ……ふむふむ……」

警官は携帯電話を切ると、私に相変わらずあの高圧的な目を向けました。

「まったく見当外れだったようだな」
「証言が間違ってたんですね」
「いいや、全ての証言は正しかった」
「え?」

私の怪訝な表情に、警官はまたもフッと鼻で笑うという、大変嫌らしい態度で返答しました。
しかし、明らかに矛盾しているこの4つの証言が、全て正しいなんてあるのでしょうか?


「つまりだな……」


警官は手帳を取り出すと、そこに何かを書付け始めました。
しばらくして、彼はそこに書いた4つの文字をこちらへ向け、ようやく我々は事の真相を知ることが出来たのです。





「犯人は“若井音子(わかい おとこ)”という名前の老婆だったのだ」

















結局、我々が捜査に非協力的だということで、警察官達はお城への道をガンとして通してくれませんでした。
どうやらこの国にも“国家権力を持つ者の驕り”というものが存在するのだと、皮肉な思いがしましたが、
やはりこれもクイズに正解しなかった報いである事には違いないわけで、一般常識から鑑みれば、大変不条理でありつつも、
やはり心のどこかでしぶしぶ納得せざるを得ない道理に、私は腹立たしさが増す一方でした。

「本当にこっちの道で合ってるのかな……」

警官に言われた回り道を歩きながら、隣のピンクは不安げに私の手を握りました。
私の苛立ちと比例して、彼女の不安も徐々に募っているようでした。
そんなことごとくクイズに正解できなかった不甲斐ない私に残されたのは、強くその手を握り締めてやる事だけでした。

「あっ、見てグリーン。立て札がある!」
「立て札?」

彼女が突如指差した先には、道の真ん中にでーんと立っている一本の立て札がありました。
そこには一枚の紙が貼られ、以下の様な文面が書かれていました。



◆【問05】

太郎くんがある物を買って食べた。

それは、
2個食べると100円
4個食べると200円
12個食べると400円になる。

さて、太郎くんはいったい何を食べたのだろうか?



「またクイズですか……」
「ぐ、グリーンがんばって!」

ピンクは私から手を離すと、少し後ずさり、そう言いました。
どうやらいつの間にか、クイズが出たら私が答えなければいけない役割になっていたようです。



◇【T H I N K I N G - T I M E】◇

(読者の皆さんも一緒にお考えください)



「うぬぬ……? 2個で100円……ということは一個50円ということですよね」
「でもそれじゃ12個買ったら600円じゃない?」
「わかった! 12個パックで400円というお買い得商品なんですよ」

そこまで言うと、立て札からぺろんと赤い舌が飛び出しました。どうやらアッカンベーをしているようでした。
私はたいそう立腹して「血色が良すぎて何か…もう…あれですね!」と、その舌に言ってやりました。
すると、それはぺろぺろと何度も立て札から舌を出し入れし始め、終いには大きく反って、貼られた紙をベロベロ舐め始めたのです。

「なんか気持ちの悪い立て札ですねぇ……」

すると、貼られていた紙がだんだん溶け出し、その下に小さく赤い字で何やら文字が書かれているのが見えてきました。
目を凝らそうとしましたが、ものすごい速さで動く舌の残像と、唾液によって表面がぬらぬらと光っているせいで、まったくわかりません。
ようやく、紙が完全に溶け切り、舌が立て札の中に引っ込んでしまったのを見計らい、私は恐る恐るそれに近づきました。

「グリーン、気をつけて!」

ピンクの言葉に後ろ手で丸を作りつつ、私は立て札に顔を近づけました。匂いはしませんでした。

「こ、た、え、は、と、っ、て、も、か、ん、た、ん、で、す」

一文字ずつ書かれた文字を読むと、それはどうやら、問題の答えでした。

「グリーン、答えは何なの?」
「……一串に3個刺さった1本100円のお団子だそうです」
「そっか。確かに2個食べても100円だね」
「……ええ、まぁ、そうなんですが……」

この時、私は答えを知ってどこか嬉しそうなピンクの様な心境にはなれませんでした。

「グリーン、どうかしたの?」
「いや、答えの下にちょっと気になる事が書いてあって……」
「気になる事?」

ピンクの方へ振り返った私の顔は、ピンクには相当情けなく映ったことでしょう。
失態に失態を重ねた挙句、またもやとんでもない失態をやらかすハメになったのですから。

「……不正解の場合、強制ワープのペナルティがあるそーです」





















黄色い稲妻の様な物が視界を走り、気づいてみれば我々は真っ白なリノリウムの床の上に寝転がっていました。
すぐさま起き上がり、周囲を見渡すとちゃんとピンクの姿もあり、私はホッと息をつきました。

「ピンク、おきてください。大丈夫ですか」
「うーん……」

うっすらとピンクが目を開けると、私は彼女の背中に手を添えて起き上がらせてやりました。

「ここは……?」
「こ、ここですか?」

彼女の言葉にようやく今になって私はこの場所がどこなのか目を凝らしました。
壁も天井も扉さえ、どこもかしこも眩しいくらい真っ白です。
よく目を凝らしてみると、部屋の奥には膝下くらいの高さの段差があり、その左右には白い幕もありました。
どうやらここは、多目的ホールの様なもので、この段差は催し物を行うためのステージではないかと私は推測しました。

『一年生になったーらー♪ 一年生になったーらー♪』

すると突然そのステージの左右の幕から、それぞれ黄色い帽子を被り、鮮やかな青色のランドセルを背負った男の子が二人現れました。
指先から足先までピンと伸ばして、元気に行進していく二人の姿をしばらく眺めていると、歩みが中央に差し掛かった所で、
二人は計ったかのように、統一された動作で同時にこちらへ向きを変えると、ぴたっと足踏みを止め、我々に“気をつけ”をしてみせました。

『ボクたちの誕生日は、2007年1月1日です!』

二人の男の子は突然声を揃えて、そう言いました。
よく見れば二人は共に丸顔で、瞳も黒目がちでくりっとし、小さくも筋の通った鼻と、まったく同じ顔をしていました。

『ボクたちのお父さんの名前は、タナカタロウです!』

『お母さんの名前は、タナカハナコです!』

『ボクたちは、一緒のおうちに住んでいます!』

『ボクが一郎で』
『ボクが二郎です』

私とピンクは可愛らしい彼らの発表に、いつの間にか微笑みながら見ていました。

『でも、ボクたちは双子じゃありません!』
「えぇっ?」

突然の宣言に、私は思わず声を上げてしまいました。改めて私は二人の男の子を観察しました。
どこか異なる点を見出そうと努力はしてみたものの、見分けられる箇所は皆無に等しく、どうみても一卵性双生児……。



◆【問06】

同じ生年月日、両親共に同じ名前、住んでいる家や、顔形まで一緒な二人の男の子。
しかし、彼らは双子ではないという。さて、この男の子達の関係は……?



「考えようによっちゃ、同じ名前の両親で、同じ生年月日の顔が似てる子供がいても不思議じゃないですね」
「でもグリーン、一緒の家に住んでるんでしょ?」
「おおざっぱにくくれば、誰もが“地球”という名の家に住んでるわけですし……」
『ちがいまーす』

どこか予感はしていましたが、やっぱりね、と私の中の誰かがつぶやきました。
わかっているんです。そんなめちゃくちゃな理論が通用する世界ではないということを……。

「ん~と。じゃぁ腹違い……なわけないですよね」
『ボクたち小さいから難しいことはわからないけど、違いまーす!』

まったく同じように首を振って、二人は答えました。

「ぬぬ……ひょっとして分身の術を使ったとかじゃないですよね」
『ちがいまーす』
「片方がクローンとか、ロボットとか、残像だとか……」
『ちがいまーす。常識で考えてくださーい』



◇【T H I N K I N G - T I M E】◇

(読者の皆さんも一緒にお考えください)



「……もしかして」

ピンクが私の背中をつつきました。見やると、彼女はニッコリ微笑みながら私に頷いて見せました。
どうやらここに来てようやく脳が活性化したらしく、その表情は自信に満ち溢れていました。

「あのね……多分なんだけど……」

彼女が耳打ちしたその回答に私は脳天が痺れる思いがしました。なるほど、確かにこれしかありません。
私もついつい表情を緩めて、ピンクの手をぎゅっと握り締めました。

「ピンク、これで間違いありませんよ!」
「ほ、ホント?」
「ええ。これもピンクのおかげです。待っててくださいね。あのガキどもにズバシーンっと叩き付けてやりますよ!」

私は、ようやく不正解の連続のせいで溜まったフラストレーションを晴らせるという興奮を全身に感じながら、
まるっこい目でじっとこっちを見ている男の子へ、細く、美しい直線を描く私の人差し指を、幕の方へと突きつけました。

「そこにいるのはわかっているんです。隠れてないで出てきてくれませんか?」

私がそういうなり、右の幕から一つの影がゆっくりとその姿を現しました。
それは既にステージにいる二人とまったく同じ顔、同じナリをした、3人目の男の子でした。

『ボクは三郎です』
「ほら!やっぱり! フッフッフ、大人の知能をナメてはいけませんよ! あなた方は双子ではなく、三つ子だったんですね!」
『ちがいまーす』
「ほーら……えっ!?」

まさかの不正解に私が呆然としていると、右の幕からまたもう一つの人影が現れました。

『四郎です』
「よ、四つ子!?」
『ちがいまーす』

そして今度は左の幕からまたクローンの如く、同じ姿の男の子がステージに現れました。

『五郎です』

私とピンクがぽかんとしている間にも、左右の幕からは次々と男の子の兄弟たちがステージに飛び出していました。

『六郎です』
『七郎です』
『八郎です』

男の子達はどんどんステージに現れました。 続いて九郎、さらに十郎、十一郎、十二郎、十三十四十五十六十七十八十九二十二十一二十二……



















二千郎を超えた辺りで聞き取れなくなってしまったので、結局何人までいたのかわかりませんでしたが、
空間いっぱいに溢れかえった男の子たちのせいで、部屋はとうとう破裂してしまいました。
その瞬間、無数にいた男の子達はキラキラとした粒子になって散らばり、そして消えて行きました。

「……あぁっ、ここは一体!?」

消えてゆく粒子を見送った後、気づいてみれば我々は荒涼とした空き地に放り出されていました。
目を凝らしてみても、建物どころかお城のある山の影も形もなく、ただただ乾いた土が360℃広がっているばかり。

「あぁ、もう。また歩かないといけないんですか?」

私が愚痴を吐きながらちらとピンクの様子を伺いました。
これまでならば、きっと彼女は「もうちょっとだからがんばろうよ」等と、私を元気付ける優しい言葉をかけてくれたことでしょう。
しかし、この時、もう私の側にはそんな気丈な女性はいなかったのです。

「もう無理……」

私の側で、糸が切れたマリオネットみたく、ピンクがその場に座り込みました。
気丈に振舞っていた彼女も、このどこまで続いているのかもわからない広大なこの場所を見てさすがに根負けしたようでした。
私はそんな彼女を弱いとは思いませんでした。むしろ、ここまでよく頑張ってくれた。私は目頭が熱くなるのを感じました。

「えーワープ屋はいらんかねー。安い早い美味い。三拍子揃ったワープ屋はいらんかねー」

そんな時、砂埃の向こうから台車に乗せた大きな壷を引いてやってくる男の姿が見えました。
なんというグッドタイミング。しかもワープ屋だなんて最高じゃありませんか。当然呼び止めない手はありませんでした。

「すみませーん!」

私が手を降ると、男はハイハイと小走りでこちらまで駆け寄ってきました。
男はねじり鉢巻に赤いふんどしという、飛脚のような成りをした、素朴な顔の青年でした。

「はい。まいど。ワープ屋ご入用ですか」
「ワープ屋ということは、つまり、行きたい場所にワープさせてくれるということですよね?」
「もちろんです。今なら運賃はお二人でたったの50アイキューという大特価ですよ」

青年の言葉に私はハッとしました。不思議と言葉は通じるものの、ここは異国には変わりありません。
なにしろやってきた経緯が経緯です。私はこの時一円も持っていませんでした。

「す、すみません。お金持ってないんです。お城のパーティに招待されていて……日本から慌てて来てしまって」
「お客さん……」

恥を忍んでそう告げると、青年は露骨に嫌な顔をしてみせました。客商売だから仕方ないとはいえ、この歪み方は酷い。
地獄の沙汰も金次第とは昔の人はよく言ったものです。私はこの若さで一体どれだけ気苦労をすれば良いのでしょうか。

「あの、お城の人に話してお代金はなんとかするので、お願いします……」
「バカいっちゃいけませんぜお客さん」
「あいすいません……」
「50アイキューはクイズ二問の正解分ですよ。そんな金目当てでこんな商売が出来るわけがないでしょう」
「へっ?」
「ささ、二人とも壷の中にお入りなさいな」

何が何だかわからないまま、青年は私とピンクをひょいと持ち上げて、そのまま壷の中に投げ入れました。
壷の中は、赤茶色で、からりと乾いていました。どこからどう見ても、ただの大きな水がめといった感じです。
私とピンクは立ち上がり、壷から頭だけ出す格好で青年を見ました。彼は手をすり合わせ、なにやらワクワクしているようでした。

「お客さん、それでは問題いきますよ」
「お手柔らかにお願いします……」

私がそう言うと、青年はふんどしの中をごぞごぞと探り、一つのミカンを取り出しました。
絶対あのミカンは食べたくないなと思っていると青年はそのまま皮を剥き、ミカンを食べだしたのです。

「つい先日、俺はミカンを5つカゴに入れて街を歩いていたんですよ。そしたらお腹を空かせた子供に出くわしましてね。
子供は5人で、俺はちょうど良いタイミングだと、ミカンを一個ずつ全員に分け与えたんです。
それなのに、カゴの中にはミカンが一個入っていたんです。当然ミカンは最初から5個だけしか入っていません。
もちろん、子供から付き返されたわけでもありません。つまりどういうことですかねぇ?」



◆【問07】

5つのミカンがカゴの中に入っていた。
そのミカンを5人の子供に一つずつ与えたのだが、その結果、かごの中にはミカンが一つ入っていた。

ミカンの数は最初から5個で、誰か一人から付き返されたわけでもないとしたら、
これは一体どういうことなのだろうか?



「ミカンをあげた子供の親がミカン農家で、そのお礼にミカンを貰ったとか」
「ブー。これはミカンをあげた直後の話ですよ」

今度はピンクが手を挙げました。
彼女の表情から、一刻も早くなんとかしてお城に向かいたいという気持ちをひしひし感じました。

「カゴが二つあったんじゃない? 二個目のカゴに一個だけ入っていたとか」
「ブー。カゴは当然一つだけですよ」
「5個のミカンと一個の夏みかんを入れていた!」
「ブー」
「夏みかんじゃなくてポンカンだった!?」
「ブー」
「グレープフルーツだった!!」
「ブー」

ピンクの表情は徐々に真剣みを帯びて、隣で見ていた私は少し唖然としてしまいました。



◇【T H I N K I N G - T I M E】◇

(読者の皆さんも一緒にお考えください)



「シークヮーサーだった!!!」
「カゴには5つのみかん以外何も入っていませんでした」
「…………」

ピンクから舌打ちが聞こえた気がしましたが、きっと私の空耳だと思う事にしました。

「わかりませんか?」

青年はこんな愉快な事はないという顔で私を見てきました。
悔しいけれど、やはり私にもまったくわかりませんでした。
……仕方ありません。ワープするには問題のうち二問正解すればいいんですから、とりあえず私はパスを宣言しました。

「パスです」
「正解は、5番目の子供にカゴごとミカンをあげたのです」
「なるほど……」

やはり一筋縄ではいかない問題だったなと思っていると、青年は「あ、そうそう」と手を打ち、

「次の一問に外れたら、どこに飛ばされるか保障できませんよ」
「えぇっ!? とりあえず出題されるうちから二問正解すればいいんじゃないんですか!?」
「それじゃぁ問題を浪費するだけで損じゃないですか。二問しか出しませんよ」

青年は「何言ってんのこいつ」というあからさまに侮蔑の目でそう答えました。
それはこっちの台詞だと言えたら、どれだけ楽なのでしょうか……!

「じゃ、じゃぁさっきの問題間違えちゃったんですけど、ワープはどうなるんですか?」
「ここからお城の距離の半分だけワープします」

『なんということだ』と思いましたが、やはり私のこれまでの失敗は“思い込み”にあるのだと自省するしかありませんでした。
不安そうなピンクの背中をさすってやりながら、私に残されたことはワープ可能な半分の距離を確保すること、それだけでした。

「お客さん何度も答えちゃうから、次の問題はお手つきありませんからね。ちゃんと考えてくださいよ」
「ええ、まかせてください」
「では最後の問題」



◆【問08】

1分間で2個に分裂する細菌がビンいっぱいになるのに1時間かかる。
では、同じ細菌を最初2個から始めると、ビンがいっぱいになるまで何分かかるか?



「1分で、2個に分裂するということは、つまり、さらに1分立てば、2個から4個に、4個から8個に……
つまり、そういうことですよね? それは間違いじゃありませんよね? ね?」
「無論そうです」

私は問題文に穴がないか、しっかり確認した上、もう一度問題文を考えてみました。
引っ掛け問題ではないとすれば、これは正直に考えた方が良いみたいです。

「よーし、わかりましたよ!」



◇【T H I N K I N G - T I M E】◇

(読者の皆さんも一緒にお考えください)



「ではお客さん、回答をどうぞ」
「……フフフ、簡単簡単。1個で1時間だから、2個から始めれば30分です」
「ファイナルアンサー?」
「ファイナルアンサーです!」

最後の最後にオマケしてくれた青年に私はパチンとウィンクしましたが、
青年はフッと鼻で笑って、あの蔑みと優越感の混じった笑みを浮かべたのです。

「残念。不正解」
「……えっ……!」
「正解は、59分」
「ど、どうして!」
「2個からスタートするということは、要は1個の細菌が2個に分裂する最初の1分を省略したに過ぎないのですよ」
「…………」
「それでは、おたっしゃで~」

私はピンクの顔を見ることは出来ませんでした。ただただ自分の愚かさを呪うばかりでした。
突如壷が黄色に輝くと、こちらに向かって手を降る青年の姿は光の輪の向こうに消え去って行きました。



















二重の意味で冷たくそびえた石柱の間を、いったい私達は何時間歩いたことでしょう。
赤く染まり始めた空には、もはや夜の帳が下りて、余計にこの墓場は寒々しくなっていました。

「…………」
「…………」

もはや我々は互いに言葉を交わす気力すら失っていました。
問題にことごとく外れ、そのたびになんという惨い回り道を歩かされたことでしょう。
頭の中はもう家に帰る事でいっぱいでした。しかし、それは頼みの綱だった転送装置の『圏外』表示に気づく前の話です。
とにかくお城に付いて、事情を話し、即座に暖かいマンションの707号室へ帰してもらう。それだけが今我々が歩く唯一の目的でした。

「…………」
「…………」

挿絵

おかげで、我々は人魂が出てたところでいちいち怖がる様な、そんな繊細な神経なんぞこれっぽっちも残っていませんでした。
むしろ、ちょっと明るくなったなくらいの気持ちしか沸かないというものです。
どうやら人間の感情というものはあくまで余裕の産物に過ぎず、消耗した精神の前では無意味のようでした。


「うげええええええええええええ!!」

そのため、私達は墓の下からバリトンを効かせながら出てきたゾンビを前にしても、まったくの無表情でした。
いたるところに虫の食ったシャツを着た、灰色の若いそれは卒塔婆を押し倒し、我々の前に立ちふさがりました。
かすかな腐臭に多少顔をしかめたかもしれませんが、それでもそれは結局溜息として発露するのでした。

「俺はぁぁぁIQワールド国民だからぁぁぁぁぁこの国の墓地にぃぃぃぃ埋葬されたんだけどぉぉぉぉ」
「…………」

私もピンクも、はいはいと言う感じでいきなり語りだしたゾンビを見つめました。
もう話の結末は、読めているのです。それはもう、痛いほどに。

「どっかの調査らしいんだけどぉぉぉぉ今アメリカに住んでてぇぇぇぇアメリカ国籍を取得してる日本人ってぇぇぇ」
「…………」
「家族が希望してもぉぉぉぉアメリカの土地にぃぃぃぃ埋葬できないらしいぃぃぃぃぃ何故だぁぁぁぁぁ!」



◆【問09】

ある調査によると、現在アメリカに住んで、アメリカ国籍を取得している日本人は、
例え家族が希望してもアメリカの土地に埋葬する事は出来ないという。何故だろうか?



「何故だぁぁぁぁぁぁ!?」
「…………」
「オマエは何故だと思うんだぁぁぁぁぁ!?」
「…………」
「……こっ、答えてくださいよ……」

ゾンビの言葉に、私は重い溜息を付きました。
どうやら、やはり答えないと先に通してはもらえないようです。

「ま、軍事基地とかホワイトハウスには埋葬できませんよね」
「うげええええええええええ!」

そう答えるなり、ゾンビはさも嬉しそうに雄たけびを上げると、辺りに肉片を飛び散らせながら跳ねだしました。

「そういう話ではないのだぁぁぁぁぁ! アメリカ全土に言えることなんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「ふむ……墓地にもダメって事ですか?」
「そういうことだぁぁぁぁぁぁ! 何故だかわかるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



◇【T H I N K I N G - T I M E】◇

(読者の皆さんも一緒にお考えください)



「ふーむ……アメリカ国籍を取得しているなら大丈夫そうですけどね」
「でもダメなんだぁぁぁぁ何故だぁぁぁぁぁぁ!?」
「…………」
「どうだぁぁぁぁぁ!?わからないかぁぁぁぁぁ!?」
「…………」
「な、なんか言ってよ……」
「仕方ないですね……」

私は再び地面に向かって溜息を転がしました。

「……じゃぁね。問題に答えてあげますから、代わりにお城への道を教えてください」
「それはだめだぁぁぁぁ!正解しないと教えてやることはできんのだぁぁぁぁぁ!」
「…………」

ゾンビは首を振りましたが、私はただただじっとピンクと共に彼を見つめ続けました。
その間も彼はずっと雄たけびをあげながら、うげうげ言っていましたが、やはりあるときを境に、急におとなしくなると、

「……あの、まっすぐ行って、紫色の実がなってる木を右折して直進すれば……近いです……」
「どうもありがとう。答えは……んーと、あれです。その日本人がアメリカ国土より大きいから埋葬できないんですよ」
「うげぇぇぇぇぇ!そんなわけがあるかぁぁぁぁぁ!不正解だぁぁぁぁ」
「それは残念、では我々はこれで」

そのまま私達はゾンビの脇を通り過ぎようとしましたが、
またもしおらしくなったゾンビは、「ちょっと待ってくださいよ!」と手で制止しながら再び我々の前に飛び出してきました。

「ほ、ほら。いくら家族の希望でも、現在アメリカに住んでいる人間を埋葬する事なんて出来ませんよね?」
「……はい?」
「現在アメリカに住んでるって事は死んでないって事ですね……」
「…………」
「し、死んでないとさ、埋葬なんか……できないですよね? ね!?」

彼は、ゾンビらしからぬ喜びと勝利に満ちた表情を浮かべてこちらの顔を覗きこんできました。
私達は何も言わないまま、彼の脇を早足で通り過ぎました。

「ちょっと待ってよー……なんなんだよー……」

城はもうすぐ。そんな期待の前には遥か後方から聞こえてくるゾンビのぼやきなど、もはやどうでもよくなっていました。

「……クイズは俺の生きる希望なんだぞ…………あ、俺死んでんだった……」




















「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

城の門が見えた瞬間、私はどんな名湯にも出せないであろう快感の叫びを発しました。
その心地よさに崩れ落ちそうになる私をピンクは支えてくれましたが、ちらとその時、彼女の瞳に光る物を捕らえました。
いよいよ、お城にやってくることが出来た。かなり予定より遅くはなってしまいましたが、何はともあれゴールしたも同然です。

「さぁ、さっさと中に入って、腹でも満たしてとっとと帰っちゃいましょう!」
「うん。そうだね」

私はこの時こそ男を見せる時だと、全身に力を込めて彼女の肩に手を置いて一緒に門の方へと歩いていきました。
もしこれが三流の漫画なんかだと『ガーン! 招待状をなくしちゃって入れないよぉ~(>△<;)』なんて安易なオチにしちゃう所でしょう。
ところがどっこい、私の手にはちゃんと招待状がしっかり握られていました。気分は半日以上前と同じVIPのそれを取り戻しつつあったのです。

「待て!」

そうして、全隊員が肩車してもその半分にすら届かないであろう巨大な門の前までやって来ると、
青い甲冑を纏った屈強そうな大男が、手にしていた槍をこちらに向けました。

「パーティーの招待客以外ここを通すことはできん!」

……フフフ。私はついついこぼれる笑みを隠しきれないまま、手にしていた招待状を門番に見せつけてやりました。
彼はそのまま私の招待状に顔を近づけると、

「確かに、本物の招待状に間違いないな」
「当然です」

私はピンクと顔を見合わせて、これまでの苦労を慰め合うかのように、笑みを交わしました。
そうして、そのまま、我々は城の中へ、行くはずでした。

「ようし、では問題だ」
「……え?」
「お手つきはなし。回答は一度きりのまさに一発勝負だ」
「ちょ、ちょっと……」
「では行くぞ。この問題を解く前に解いた問題を解いた後で解く問題を解く前に解いた問題が、
オマエがこの問題を解く前に解いた問題を解いた後で解く問題よりも難しかったとしたら、
オマエがこの問題を解く前に解いた問題はこの問題よりも難しいか? イエス、ノーどっちだ」



◆【問10】

この問題を解く前に解いた問題を解いた後で解く問題を解く前に解いた問題が、
あなたがこの問題を解く前に解いた問題を解いた後で解く問題よりも難しかったとしたら、
あなたがこの問題を解く前に解いた問題は、この問題よりも難しいか?

イエスかノーで答えよ。



「ま、待ってください! 一つ、一つだけ質問させてください!」
「何だ」
「もし、これに間違えたらどうなっちゃうんですか?」
「当然こんな問題にすら答えられない者は招待客と言えど城の中に通すことはできん。
間違えば、招待状は没収。そのまま早急に城から立ち去るのだ!」
「帰りはどうするんですか。日本へ帰るには」
「そんなもの、我々の知ったことではない。歩いて帰るんだな」

私は目の前が真っ暗になりそうでした。ここへ来てまだクイズに一問だって正解していないのです。
転送装置は圏外。つまり、中にも入れなければ帰る事も出来ない。お金も無いので何もできない。
そうなればその先は簡単。未来を嘱望された若い少年少女が見知らぬ異国で哀れにのたれ死ぬのです……!

「グリーン、どうしよう。もし間違えたら……!」

この危機的状況に、さすがのピンクも目を潤ませながら私の腕を掴んで揺さぶりました。

「だ、大丈夫です。聞いたでしょう答えはイエスかノーの二択です。確率は50%もあります」
「でもそれって結局間違える可能性とも確率が変わらないってことじゃ……」
「…………」

正直な所、私はこれまでにないほど緊張していました。
巷に溢れる世界を救う少年少女なんてお話など、遥かに私達より気が楽だと思います。
全ては私。私の手に、自分自身だけではなく、人様のお嬢さんの人生までもが、このどこにあるのかパッと見わからない両肩に圧し掛かっているのです。
……なんという重圧。なんという絶望感。なんという心臓の痛み。嗚呼……来るんじゃなかったこんな所!

「グリーン、がんばって!」
「ぬむむむむむむむむむむむむむむむむ…………」



◇【T H I N K I N G - T I M E】◇

(読者の皆さんも一緒にお考えください)



「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…………!!!!!」

私は全てのパワーを、全てのエネルギーを、脳みその中へ送り込みました。
今にも頭蓋骨をぶち破ってしまいそうになるほど、高速回転する私の頭脳……。

「グリーン、み、耳から煙が出てる!」

死ぬか生きるかの瀬戸際に、火花を散らして脳みそ回していれば、そりゃ煙だって出ます。
このまま脳細胞が一つ残らず燃え尽きたとしても、私はもうこの問題に、正解するしか、それしかっ、道は残されていないのですっ!!

「ふぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

私が雄たけびを上げたその瞬間、私の脳内でバラバラになったパズルのピースがピタリとはまった様な感覚が沸き起こりました。
点と点がそれぞれ線で結ばれ、それが直線として認識されたような、突き抜けた爽快感と達成感。私は半ば無意識で門番に人差し指を突きつけていました。

「答えはイエスッッッ!!!!! どうですかぁぁぁぁッッッ!!」
「……正解だ。よし、中に入れ」

その言葉を聴いた瞬間、私の頭蓋骨の中で脳みそが爆発し、私の身体はその場に後ろから倒れて行きました。
視界が歪み、聴覚が狂い、そうして私はしばらく原色とテクノポップの世界を漂いました。

「グリーン! すごい、すごい。よくやったよグリーン!」

だんだん五感が私の身体へ戻ってくると、私の視界には、私の頭を抱きかかえる様にしている座るピンクの顔が一番に捕らえられました。
彼女はこれまでにないほど、目にいっぱい涙を溜めて、目を腫らし、頬を赤く染めて、私の事をただただ、褒めてくれていました。

「50%の確率、運よく当てられてよかったね。私、すごく怖かったんだもん……」
「……ヤマカンなんかじゃありません。私はちゃんと、確信して、答えたんです」
「えっ?」
「問題の文章を整理すると“この問題の前に解いた問題が、この問題より難しかったとしたら、
この問題の前に解いた問題はこの問題より難しかったか”になりますから、答えはイエス。そういうことですよ」

私はフッと笑みを漏らし、彼女のぽかんとした顔を見つめました。

「えっ、問題の前が、後で……んん????」






















「お待ちください」

城の中を敷かれた赤絨毯に沿って進んでいると、タキシードを身に纏った老紳士に呼び止められました。
白髪が混じりつつもきっちりとセットされた髪、皺の深い聡明そうな顔つきと、いかにも執事然とした人物でした。
続けて言われる事はわかっていたので、私は手にしていた招待状を開き、彼に見せました。

「招待客です。ほら、ちゃんと招待状も」
「……あぁ、そうでしたか。これは失礼いたしました」
「会場はどこですか。お腹がもうペコペコで……案内していただけますか?」
「かしこまりました……それでは問題でございます」

私は眩暈がしそうになりましたが、もうここまで来たら腹をくくるしかないと半ばヤケクソになっていました。

「本日の特別祭は、王様の提案で、世界一の嘘吐きを決める『第1回嘘吐き大会』を行う事になりました。
そこで、世界中から嘘の得意な方々をお呼びしたのですが、そんなプロの皆様が満場一致である一人の方を優勝者に決定しました。
さて、それはどこの誰で、そしてその嘘とは一体、どのようなものであったか、おわかりになりますか?」



◆【問11】

『第1回 嘘吐き大会』が開催されることとなり、世界中から嘘のプロが集まったが、
そんな嘘の精鋭である彼らが満場一致で負けを認めた嘘吐きがいたという。
さて、その優勝者は一体誰で、それはどんな嘘だったのだろうか?



「……私は、嘘吐きのプロだなんて思ったことはありませんけど」
「我が国のマザーコンピューターが導き出した所によれば、身内を長い間だまくらかしていた事がおありのはずです」
「カオンの事でしょうが……ちょっと……言い方……」
「ねぇ、ちょっとグリーン……」

ピンクが不安そうに、私の腕を掴みました。最後の最後までのクイズ攻めにやはり不安なのでしょう。
しかし、その表情に目をやるとどうやらそうではないような、もっと何か別の不安が彼女の表情に影を差していたのです。

「どうかしたんですか?」



◇【T H I N K I N G - T I M E】◇

(読者の皆さんも一緒にお考えください)



ピンクは何やら言い出すのを恐れているようで、私の質問にどこか控えめに首を振りました。
一体ここまで来てどうしてしまったのか。気にはなりましたが、とりあえずは問題に正解することが先決です。

「えーと、問題文は確か……」

私は再び問題文を頭に思い浮かべました。嘘と言っても色々ありますからね。
ちまちました嘘、優しい嘘、ズルイ嘘、冷たい嘘、リアルな嘘、スケールのでかい嘘……。

「ハッ……!」

そのとき、私の脳裏に何やらとてつもなく嫌な考えが頭をよぎりました。
ば、バカな。そ、そんなわけが……。振り払おうとしましたが、それでも、その考えはますます強固に私の脳裏にこびりついてきます。
思わずピンクを見ると、青い顔で一度だけ重々しくうなづいて見せました。

「回答が見つかりましたか?」

落ち着いた口調でそう尋ねてきた老紳士の顔の方へ私は恐る恐る振り返りました。

「ま、まさか……」

老紳士は表情一つ変えず、じっとこちらを見ていました。
そして、遂に彼は、私とピンクのこれまでの何もかもを一瞬で消し去る一言を、答えたのです。



「はい。この特別祭自体が嘘だったのでございます」