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『OFFレンジャー最大の危機!』
(挿絵:ブルー隊員)
2012年12月4日。
2003年より誕生した我らがぐるぐる戦隊OFFレンジャーの結成10周年目という記念の日!
適当なことをしつつも地球やご町内の平和を守ってきたOFFレンも区切りを迎えるこことなった!
おめでとう!おめでとう! 10年続けば大したもんだ! 今日は飲めや歌えの大騒ぎ! 夜明けまでジャンジャン騒いじゃおう!
……と言いたい所だが、あいにくこの日、世界は重大な危機に瀕していた。
「どーゆーことですか! どーゆーことですかー!」
三角帽子を被り、両手にクラッカーを握り締めるという、大層はしゃいだ姿のグリーン隊員は、
窓にベッタリと張り付きながら、この世の終わりかのような悲痛な声をあげていた。
……いや、事実この世の終わりが実際に来ているのだからこれまたどうしようもないのだ。
「どうして結成10周年という記念の日に世界が滅亡しなければならんのですかぁーーっ!!」
金銀の飾りに彩られ、フライドチキンやケーキといったメニューの並んだテーブルに、シャンパン。
結成10周年記念パーティーが繰り広げられる直前、空は暗黒に包まれ、血のような火の玉が降り注ぎ始めた。
そこから間髪を入れず、地が裂け、海は割れ、五つの首を持つドラゴンが破壊光線を放ち、街には鬼が溢れ、さらに地震、雷、火事、親父。
挙句の果てには、NASAがあと1時間で地球が爆発するなんて、配慮の欠片も無い発表までしたのだ。そう、世界は今日確実に終焉を迎えるのだ。
「マヤの予言が少し早めにやってきたという事でしょうかね……」
いつもは冷静なクリームもさすがに動揺を隠しきれないらしく、両手でフライドチキンをぐちゃぐちゃに潰しながら、ぽつりと呟いた。
他の隊員達も、泣き喚く者、神に祈る者、暴れだす者、自殺を図ろうとする者、現実逃避する者、ふて寝する者などなどで溢れ、
『HAPPY 結成10周年!』という垂れ幕にまったく似つかわしくない、まったくもってアンハッピーな光景が繰り広げられていた。
「あぁ、なんてあっけない物でしょうか……46億年の歴史もついにこの日途絶えてしまうんですね……人類の歴史なんて宇宙から見ればゴミみたいな物ですか……
あぁ、一体私の人生ってなんだったんでしょう。これまで我々がしてきたこととは一体なんだったんでしょう。あっけない、本当にあっけない……」
張り付いた窓からゆっくりとずり落ちて、膝をついたグリーンは一粒の涙を零す。
それは後悔の涙でもあり、絶望の涙でもあった。最期の時には、正義も、悪も、何も関係などない。あまりにも無力であった。
「素敵な……10年でした……」
涙ぐむ視界には、炎に包まれた町並みしか見えない。もうすぐこのマンションも炎に包まれるだろう。
その際には、逃げるべきだろうか、それとも皆と一緒に炎に包まれながら、この正義の物語を終えるべきだろうか、
または、地球が爆発し宇宙に散る中、初めて見る宇宙に浮かびながら、かつての故郷に思いを馳せて永遠の眠りに付くべきか。
……いや、もう何も考えたくはない。全ては成り行きのまま、もう自分では決めたりしない、結末なんて一つしかないのだから。
「みなさん、さようなら……」
彼はか細い声で地球上の全ての万物に別れを告げると、そっと瞼を閉じた。
そして、その瞼は、もう二度と開かれることは無いのだった。
“ぐるぐる戦隊OFFレンジャー&地球”
《完》
『OFFレンジャーの皆さーーーーーーん!!!!!』
突如部屋に響き渡る絶叫にグリーンはハッと目を見開くと、おもむろに立ち上がり、周囲を見渡した。
隊員の声ではない。だが、部屋には荒れ狂う隊員以外、何者の姿も見当たらなかった。
『危ないので伏せてくださーーーーーーーーーーい!!!』
再び先ほどと同じ声が聞こえたかと思うと、部屋の中央の景色がいきなりぐにゃりと歪んだ。
その歪みの真ん中が、一瞬キラリと光ったと思うと、そこから突如バスケットボール大の物体がものすごい勢いで飛び出した。
「ぐえっ!」
あっと思ったのも束の間、次の瞬間に、それは一人伏せ遅れたグリーンの腹部へ見事に命中していた。
踏み潰されたカエルのような悲愴とも滑稽とも付かない表情のグリーンからぽとりと落ちたそれは丸い銀色のカプセルだった。
地面に触れた瞬間、カプセルの上部に小さな穴が空き、光が溢れ出した。それは四角く形作られ画面となった。
画面に映し出されているのは砂嵐だった。その向こうに何者かのシルエットらしきものがぼんやりとわかるが、それだけだ。
『OFFレンジャーのみなさん。グリーンさん。ご無事ですか!』
かすかなノイズに混じって、画面の向こうからあの声が聞こえた。
「大丈夫な、わけ、ないでしょうが……っ!」
精一杯の声を絞り出して、グリーンは答えたが、画面の中の人物は首を振り、
『ごめんなさい。これの映像は一方通行なのでそちらの音声は聞こえないのですが、大丈夫だと信じて話を進めます』
「ちょっと!」
『お久しぶりです、と言いたい所ですが、残念ながら皆さんは我々の事を覚えてはいないでしょう、おまけに自体は緊迫しています。なので、端的に申し上げます。我々は時間の流れと、そこから派生する多次元世界の平和と安定を図るタイムポリスという組織の人間です』
「た、たいむぽりす……?」
画面の向こうは自分たちの事を知っているようだったが、あいにく隊員達の中にはタイムポリスとやらの存在を知っている者は誰もいなかった。
当然、グリーンもまったくそんな組織の名前など記憶にない。向こうは知っててこちらは知らないとは、何だか変な気分だった。
『今、全多次元世界が消滅の危機に瀕しています、いや、もう8割の世界は既に消滅してしまいました。そちらのKLナンバー群の世界もあと数時間で消滅するでしょう。本来ならば、こういう時、多次元世界の影響を全く受けない時空間に存在している我々タイムポリスが、事前に察知、調整して事なきを得るはずなのですが、残念ながら時空間自体も影響が出てしまっており、もはや現在タイムポリス自体が機能していない状態となっています。恐らくここも消滅するのは時間の問題でしょう。我々がなんとか解析してみた結果、同時多発的にこのようなことになったのは、それもこれも“ノイズ”のせいだということがわかりました』
「ノイズ……?」
グリーンは画面に問いかけてみたが、そういえばこちらの声も様子も向こうに届いてない事を思い出し、何気なく咳払いでごまかした。
すると、向こうも問いかけられている事はなんとなく予想していたらしく、
『ノイズとはつまり、悪質なウィルスの様な物だと考えてください。普段はノイズが見つかれば異変があれば我々が急行し事なきを得るのですが、今回のノイズは後天型と言いますか、何の異常もないように見えておきながら、後々ノイズとして出現するという非常に厄介な代物です。それでも、99.9999999999%の探知率をすり抜けて、今回、このようなノイズを発生させ、全世界のバランスを崩し、時空間自体の崩壊まで起こしかけています。こんなこと、タイムポリス……いえ、世界の誕生以来まったく初めての事です。あと数時間で時間も宇宙も何もかも消え去ってしまう一大事です!そこで、OFFレンジャーの皆さんにこの危機を救えってもらいたいのです。いえ……これは皆さんにしかできません! 何故ならば……』
画面の向こうの鬼気迫る声に、隊員達は皆一様に息を飲んだ。
『その“ノイズ”は、皆さんのこれまでの活動……OFFレンジャーさんのこれまでの歴史上に存在しているということがわかったからです』
「「「えぇっ!?」」」
『恐らく皆さんは今大変驚かれている事と思います……しかし、時空管理課のコンピュータの分析結果が確かに皆さんの歴史上にノイズを発見しているのです。あいにく、現状が現状ですからそれ以上の分析は出来ませんでしたが、それがわかっただけでも、この状況下では奇跡としか言い様がありません。……今そちらに送ったカプセルには緊急用のタイムスティックが入っています。OFFレンジャーの皆さんにはそれを使って、ノイズを除去してほしいのです!』
「そ、そんな。どうやってそんなこと……!」
『恐らく皆さんどうすれば良いか不安に思っているでしょう。ご安心ください、今から皆さんにノイズを除去するための方法をご説明します。これを投影しているカプセル内には、時間を遡る事が出来るタイムスティックというアイテムを人数分ご用意しています。我々と違い、皆さんの歴史上に存在する時空間にはまださほど影響が出ていないので、タイムトラベルには何の問題もないはずです。皆さんには、これを使って、ノイズになると思わしき歴史を改変してもらいたいのです。本来ならばこういった歴史の改変は重大な犯罪行為なのですが、今回の場合は緊急事態ですから特例扱いとされていますので、安心して改変していただいて構いません』
その時、カプセルの中央部が横にスライドし、引き出しが飛び出してきた。
中には小さな懐中電灯の様な形をしたタイムスティックが詰められており、皆は恐る恐るそれを手にした。
『さて、ここからは皆さんが過去の歴史にタイムスリップする際の問題点に触れなければなりません。まず第一に、どの出来事がノイズかは分かりません。なので、皆さんがこれから向かう改変すべき過去の出来事の選択は、非常にアバウトながら勘に頼っていただくしかありません。そしてもう一つ。皆さんの所にお送りしたタイムスティックは緊急用の物なので、我々本職が使うタイムスティックと違い、かなりの制限がかけられています。なので、皆さんが1回にタイムスリップ出来る時間は30分だけです。それが過ぎると、強制的に現在に戻され、改変によって異なった現在を確認できます。皆さんには、戻るたびに現在のような"世界の危機"が起こっているか、起こっていないか、そこを確認していただければOKです。そして最後に、これが一番重要なのですが、緊急用のタイムスティックでは歴史改変の影響をガード出来る機能はありません……。なので、歴史の影響を受けて皆さんの何かが変化する可能性も確実にあると思われます。ただ、もしかするとそこにノイズがある可能性もあります。ですから、ここだと思う際には皆さんの中のどなたかが進んで自己の歴史を改変するのも手です。勿論、無事ノイズ消滅後は元に戻るように我々が全て修正します。……こういう状況でこういうことを言うのは不謹慎かもしれませんが、どーんと行ってもらいたいのです。ドーンと!』
その声はひどく申し訳なさそうなトーンでそう口にしたが、肝心の隊員達でも、「こうなったらドーンとやるしかないか」という空気になりつつあった。
どうせ何もしないで塵と消えるならば、どーんと行くしかしょうがないではないか。それは覚悟とも言えるし、ヤケクソとも言えた。
『最後に、カプセルには皆さんの時間軸のコアが消滅するまでのタイムリミットを表示しています。それを過ぎれば皆さんの歴史上の世界全てが消え去る事になります。
もうこの世界を、いや、ありとあらゆる存在を救えるのはOFFレンジャーの皆さん。あなた方しかいないのです。どうか、どうかグリーンさん……』
突然画面の向こうのシルエットがうなだれているように見えた、声には微かに悲しみが混じっているようにも聞こえる。
『おい、ライガ! やべーぞ! ブラックホールが3つも近づいてる!!』
その時、画面からは今までとは違う別な人物の声が聞こえてきた。
こちらはずいぶんと慌てふためいているようで、激しくなる雑音に混じって、言葉にならない声で喚き散らしていた。
『待てブラン。落ち着け! 電波が乱れるだろ!』
『うぁぁぁぁー!こんなことなら交通課の子たちとの合コン断るんじゃなかったーーー!!! 死にたくないーーー!!』
『おい、バカっ! 暴れるんじゃ……』
何かが倒れる音がした直後、ブチッという音と共に画面は黒一色となってしまった。
その途端、カプセルの上部にモニターが現れたかと思うと、それはタイムリミットを刻み始めた。
その時間は……10時間!
あまりにも重い、重すぎる使命を背負った隊員達は、皆一様に顔を見合わせた。
全隊員とも、気持ちは同じようであった。
「「「やってやろうじゃない!!」」」
ぐるぐる戦隊OFFレンジャー結成10周年目の記念すべきこの日、
どうやら楽しくワイワイお祭り騒ぎ、とはどうやらいかないようだ。
このOFFレン史上、最大の危機に隊員達はどのようにして立ち向かうのか。
まだまだOFFレン10周年記念号は終わらない。終わってたまるものですか!
果たしてOFFレンジャーに11年目はあるのか、それとも無いのか、
それとも感動のフィナーレか、はたまた裏をかいてとんでもないバッドエンドを迎えるのか……!
グリーンは火の玉が降り注ぐ窓の外を真剣な表情で見やると、隊員達に向き直り、パンパンと手を打った。
「さぁ、時間も限られていることですし、とりあえず我々の歴史のノイズがどれか見当をつけないといけません!」
タイムリミットを示しているカプセルを置いたテーブルを囲む様にして、隊員達は皆、神妙な面持ちでホワイトボード前のグリーンを見つめていた。
この結果次第で、自分の人生どころか全多次元宇宙の存在すら消滅してしまうのだ。かつてない重責にあのシェンナですら大人しく着席していた。
「皆さん、これぞノイズだと思える出来事があれば、遠慮してる場合じゃありません。世界のためにどんどん発言してください! はい、どうぞ!」
普段ならまず手を挙げずにひとまず様子を見る様な"日本人気質"も、さすがにこの危機を前にしては風の前の塵に同じ。
グリーンが言い終えるなり、間髪入れずに隊員達の右腕は次々に挙げられた。
「では、トップバッターはオレンジ隊員」
「はい!」
最初に指されたオレンジは意気揚々に返事をすると、髪型に似合わず真剣な眼差しをしてみせた。
「ボクが思うに"OFFレンジャー"って名前がダサすぎるんじゃないかな? もっとこう、熱血でパワーのある名前にするとか……!」
「はい、ではトップバッターはホワイト隊員にお願いしましょう」
オレンジの意見がタイムポリスの出る幕もなく瞬時に歴史から抹消されると、仕切りなおしのホワイトが腕組みをしながら、その険しい目を隊員たちに向けた。
「やっぱりさぁ、なーんか変な感じなわけよ。このマンションってごく普通のマンションなわけじゃない? 正義の味方がこれでいい?アタシたちの歴史で何か問題があるとすれば、OFFレン本部の崩壊しかないと思う。引越してきてヒーローっぽさが無くなってる気がすんのよね」
「なるほど、一理あります」
「ボクのとそんな変わんないじゃん! なんでなんでー!」
グリーンは彼女の意見に感心したように何度も頷くと、意義を申し立てるオレンジをよそに、
会議室から急いで持ってきていたホワイトボードへ「指令本部の崩壊」と書き込んだ。
「さ、この調子でどんどん意見を出していきましょう。では次は……ガーネット」
「はいだ! 俺は悪者さんともっと友達になることが大切だ! OFFレンのみんなさんは非常に素晴らしいです!オオカミさんやタイガさんや改造猫さんたちと仲良しのことをして一緒に平和の生活をするが良い!」
「うーん、敵との親睦ですか……まぁ、上手くやれればこれまでの騒動は割と防ぐ事はできるかもしれませんね」
「あ、じゃぁ逆に!」
グリーンがボードへ意見を書き込もうとすると、突如ブルーが声をあげた。
「悪者を変えちゃえばいいんじゃないすか?」
「といいますと?」
「例えば、BC団の改造猫を本来とは違う他の人に改造猫になってもらうんすよ。例えばとんでもなく悪者に向いてない人とか!改造猫を全部ダメダメで揃えればあっという間にBC団は内部崩壊。そしたら後々起こる指令本部崩壊事件だって起きないわけじゃないっすか」
ホワイトの意見まで解決してしまう鋭い意見を放つブルーに、隊員達からは「おぉー」という声があがった。
確かにブラックキャット団は何度も復活してはOFFレンを苦しめてきたわけだし、重大な事件を多数引き起こしてきたのも記憶に新しい。
洗脳されているとはいえ敵の改造猫だって元は一般人。被害者には変わりない。初期から行えば後に続く改造猫の被害者を大幅に減らす事も出来る。
「いいですねいいですね!"ブラックキャット団を内部崩壊させる"。一気に確信に切り込んできた感がありますよ! ささ、他に何かありませんか?」
「じゃぁBC団じゃなくて、そもそものオオカミ軍団でそれやっちゃうとかどうですか? スパイを放り込んで内部はボロボロとか」
イエローがさらにアイディアを発展させる。確かに根元から断つのも効果は絶大だ。
「そうですねぇ、イエローがいれば軍団内部でオオカミは絶滅しちゃいますから、効率的ですね」
賞賛とも皮肉とも付かない表情で、シルバーは発言するが、
「ええそうですね。"スパイに入ったオオカミシルバー"もまとめて解剖できますから願ったり叶ったりです」
「……ですねぇ。ですねぇ」
イエローの返答に少しだけ萎縮したように声を落とした所を見れば、どうやら皮肉のつもりだったようだ。
「えーと"オオカミ軍団の崩壊"っと……他はどうです? この際ですからね、ぱぱっと出しちゃいましょう」
グリーンは再度隊員達に訪ねてみたが、早くも「これしかないな」という意見が出てしまったせいか、挙手の数はすっかり激減してしまっていた。
唯一の挙手は、珍しく一人で着席しているブラック隊員ただひとり。
まぁ、ほぼ第一の結論は決まった様なものだが、一応聞いてみるだけ聞いてみることにする。
「では、ブラック隊員どうぞ」
「おう、任せろ」
ブラックはいつもより渋い男気あるトーンで返事をすると、椅子の背にもたれ掛かり、ふと思案するように天井を見上げた。
「……色々考えてみたんだけどな、怪しめば怪しめるようなものばかりだし、どうも決定打にかける。悪の組織もいいが、考えてみろ。俺達にとってかなり重大な要素が、現にこうして失われている現状が、俺はノイズ以外の何物でもないと思う」
「わかった変身スーツだ!」
「違う」
オレンジの意見を即座に否定して、ブラックは隊員達の顔を見渡した。
「今の俺たちに足りないものだよ」
「……キャラソン?」
「違う」
「聡明さですか」
「いやだから……」
「マスコットキャラクターですー!」
「そうじゃなくてさー!」
渋い男前を投げ捨てて、ブラックは頭を抱えながらいつもの彼として叫んだ。
「見ればわかるだろ! 俺達のメンツ見てみろよ。誰か忘れてるんじゃねーの?」
「ライトブルー?」
「それもそうだけど、もっと重要なメンバーがいるだろ」
「あっ、レッド!」
グリーンがすっかり忘れていたといった風にポンと手を叩くと、他の面々からも「そうだそうだ」という声が起こった。
「考えてみろよ、俺ら、レッドが隊長だった時よりもグリーンが隊長代理やってんのが長くね? こんな戦隊ヒーローいるか?」
「確かに……。限定的だったはずがタイガになって長引きましたし、やっと復帰したと思えば一時解散。今は音信不通で……なんだかんだで私がまた隊長代理になってます!」
「だろ、OFFレンにとってでっかい問題といえば"レッド長期不在問題"これしかない!」
ブラックから放たれた衝撃的かつ鮮やかな提案に、文句を挟む余地など微塵も残されていなかった。
確かにレッドがいれば、後のタイガの問題やら、虎猫問題から、様々な事柄が解決する。やはり、これしかない。
「グリーン、これしかないって。すぐにレッドがタイガにされる時に戻ろうよ!」
「これは大きく歴史が変わりますよ! 行きましょう!」
「やるっきゃない!」
隊員達に促され、グリーンは決意を新たにしたように頷くと、タイムスティックを前へ突き出した。
「皆さん、いよいよノイズ消滅作戦に出ます! 目的地は……レッドが隊長を交代した日の夜!」
レッドがグリーンと隊長職を交代したその夜。
隊員達の盛大な見送りの中、本部を後にしたのは良いものの、肝心のレッド元隊長は町外れの歩道橋の前でしゃがみ込んでいた。
「やばいどうしよう……うわーどうしよう……」
荷物を下げながら、黙々と高速バスの停留所を目指していたレッドであったが、おもいっきり道に迷ってしまっていた。
だが、よくよく考えればバスになど乗らなくとも転送装置さえあればタダで家に帰られるという事に気づきホッと一安心……ともいかなかった。
「よりにもよって腕時計型PC置いてきちゃったなんて……やっぱ高校あがってからじゃなくて、早めに携帯買ってもらえばよかった……」
尾布市を遠く離れ、土地勘のまったくないこの場所で連絡手段さえ見つからないまま、ただただレッドは途方に暮れるしかなかった。
おまけに春はもうすぐとはいえど、夜の風はまだ肌寒い。お腹も空くし、淋しい。なにより、この迷子状態のまま本部を探して歩き出すのも面倒くさい。
「近くに交番でもあれば……あっ、でも地図ないし……そうだ腕時計型PCで!……って、それを忘れてきてるんだった……」
"バカバカ、僕のバカ!" 自分で自分を攻めてみるが、そんな不毛な事をしても事態は一切進展しない。ついには頭を抱える始末だ。
これじゃぁ隊長どころか一般人としてもダメダメじゃあないか。よりにもよって隊長の名が廃る。隊長どころか副隊長さえこれじゃなれないぞ。
……レッドの自責がさらなる深みに嵌ろうとするその時だった。視線を落としていたアスファルトの上に、もう一つの影が現れた。
「……おい、ちょっといいか?」
「えっ?」
男の声に思わず顔を上げると、彼の前方には逆光に遮られた黒いシルエットが立っていた。
それは、ゆっくりとこちらに近づいてきていた。しかし、シルエットの向こうで激しく瞬く光のせいで、レッドにはその影が大きくなる様にしか見えなかった。
どこかで声を聞いたことがあるような……そんな思いが、眩しい光りの中でぼんやりと脳裏に瞬く。
「……今からお前を最高の場所に連れてってやる」
「最高の場所……?」
「そうだ。こんなしょぼくれた場所にいる必要のないまったく違う自分になれる最高の場所だ……」
目を細めてレッドはシルエットの正体を見極めようとした。しかし、穏やかに囁く影の両手は、徐々にレッドの頬へと伸びてくる。
不思議とこの時、レッドの中では危険よりも好奇心の方が強く存在していた。
最高の場所、違う自分になれる場所、それは一体……。自然とレッドの頭がぼんやりとして、夢を見ているような気分が彼の全身を包んでいった。
「わああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
そんなレッドの夢見心地を突如吹き飛ばしたのは、遠くから聞こえてきた尋常ではない勢いの叫び声だった。
「ぐぅおわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
まるで生死がかかっているような、本当の地獄を知っている者にしか出せないような、ありとあらゆる感情をかき混ぜたその怒号にも似た叫び……。
それはだんだんと大きくなって、こちらへ近づいてきているのが理性ではなく、本能でわかった。喧嘩か、それとも狂人か。
謎の絶叫に、目の前のシルエットもレッドから離れると何事かと辺りを見回し始める。
「な、何だ。何がっ……」
その刹那、レッドの視界から男の影は一瞬にして右方向へと消え去った。
……いや、それは間違いだった。ものすごい速さでレッドが左へ移動していたのだった。
「はァ~~っ!!! 間一髪! 危ない所でした!」
混乱しているレッドの隣で滝のような汗にまみれながら、深い深い安堵の息を吐いたのは、先ほど別れたはずのグリーン隊員だ。
よく見れば、彼以外にもOFFレンジャー隊員達が幾人も一緒ではないか。しかも見知らぬ女の子が2人、男の子が1人。
レッドはいつの間にか隊員達と箱型のソリの中に乗り込んで、そのまま歩道を猛スピードで滑っていたのだった。
「ど、どうしたのみんな。僕が迷子だってどうしてわかったの!?」
「ふふふ……何をおっしゃっていますか。"仲間"のピンチには、知らされなくてもすぐさま駆けつけるのがOFFレンジャーですよ!」
ピンと親指を立てて不敵に微笑むグリーンの姿に、レッドはハッと口元を抑え、目を潤ませた。
「グリーン……! たった数時間の間にそこまで立派な隊長になっていたなんて……!」
「ええ、なにしろ脳が若いですからね。吸収が早いんです」
「僕、やっぱりグリーンを隊長代理に任命しておいて間違いないって思ったよ。これなら僕がいない間のOFFレンジャーを任せられるって確信した!」
「おっと、あんまり褒めすぎると天狗になっちゃいますよ。何しろ若さってそういうもんですらね。危うくて、痛々しくて、しかし煌く火花の様でもあり……」
「しかも、すごく達観してる……! 何だかさっきまでのグリーンと別人みたいだね」
「まぁまぁ。そんな話は置いておいて。とりあえず近くの駅で降ろしますから」
「あっ、そうだ腕時計型PCを本部に忘れちゃって……」
レッドが言い終わらないうちに、グリーンはスッと腕時計型PCを差し出し、片頬で笑ってみせた。
「隊長代理を侮ってはいけませんよ、レッド」
「グリーン……す、凄い! グリーン凄いよ!」
"OFFレンジャーの弟"と呼ばれた大人しい小学生の驚くべき変身ぶりに、レッドは胸が熱くなるのを感じた。
ここまでの器を持つ人間になるとは、最低でも10年は必要になるはず。それがたったの数時間でここまでの大成を果たすとは。
素晴らしい同僚であり、素晴らしい部下であり、何より素晴らしい仲間である、OFFレンジャーの偉大さにレッドはただただ感激して、胸を詰まらせるばかりだった。
「さぁ、駅が見えてきましたよ。レッド、隊長復帰の日にまたお逢いしましょう!」
隊員達の身体を包んだ光の粒子が消え去ると、グリーンは大きく伸びをしながらソファに座り込んだ。
「ふぃー! やれやれ、と! それなりに感動的な展開にできたのではないでしょうかね!」
レッドを無事駅まで送り届け、お別れをそこそこに済ましながら制限時間の30分を有効に使い切り、隊員達は意気揚々と現代に舞い戻った。
迷子になるはずだったレッドが帰省してしまえば、ボスオオカミもレッドを改造することは不可能。レッドはレッドとしてOFFレンに帰ってくるのが決定するのだ。
「でも、レッドがいないなら、タイガくんはどうなるんだろう」
ピーターがぽつりと疑問を漏らすが、そんな彼女の肩をポンとクリームが叩いた。
「改めて別に捕まえた少年を改造して事なきを得るんじゃないでしょうかね。ボスオオカミは元々レッドと知らずに誘拐したわけですから」
「ということは、タイガはタイガでまた我々に絡んでくるということですか……。ま、それはいいでしょう、世界が平和ならば!」
グリーンはそう言ってソファからぴょんと飛び降りると、床に散らばったゴミを足でどけながら、いそいそと窓辺に向かった。
「さてと、外の様子はどうなっていますかね!」
すっかり一仕事をやり終えた達成感を全面に出しながら、グリーンは勢いよくカーテンを開ける。
その目に映ったのは、いつもと変わらぬ日常の景色……が、業火に包まれている光景であった。
地割れからは火柱が吹き上げ、そこから蛇のようなトカゲのような怪物が甲高い声を上げながら現れて……どう見ても状況は悪化していた。
「えーっと、ちょっと待ってくださいよ」
一旦カーテンを閉めて、グリーンは目を閉じて大きく深呼吸をした。
「……残像が網膜に残っていた可能性を考慮して。よし、もう一度見てみましょう!」
改めて恐る恐るカーテンの隙間を開く。落ち着いて落ち着いて。次こそ空目はしない!
……しかし、努めて冷静に慎重に確認してみたところで、やっぱり外の光景は地獄絵図に変わりはなかった。
「なんでですかーーーーーっ!!!」
やりきれなさを床にぶちまけるように、グリーンは膝から崩れ落ちた。
初っ端から手応えがあっただけにダメージも相当なもの。一瞬にして彼のやる気を失わせるだけの破壊力があった。
「やっぱレッドのタイガ化阻止って全然ノイズと関係なかったってことなんすかねぇ……」
意気消沈しすぎたのか、全身がすっかり青ざめてしまったブルーがぽつりと零した。
レッド復活大作戦に着手した当初は、なかなか良い線を行っていたと思った一同が、よく考えればノイズは必ずしも"良い線"の上にいるとは限らないのだった。
窓から漏れてくる轟音と異様な鳴き声をBGMに、隊員の間には再び暗く重々しい空気が流れ出す。出鼻を挫かれるとこうもテンションが下がるものなのだろうか。
「……おやぁ~?」
そんな時、場の空気とは全く正反対の半オクターブ高い声をあげながら、シルバーはわざとらしく首をかしげてみせた。
「考えてみればちょっとお馬鹿すぎてませんか~? ワタシたち」
「何がですか、シルバー」
「いやちょっとですねぇ」
怪訝そうなグリーンをよそに、シルバーは顎に手を当てると、うーんと唸りながら辺りを見回し始めた。
「ワタシたち、今メゾンぐるてんにいますよねぇ?」
「そんなの当たり前じゃないですか」
「しかもここにいるのは、音信不通のライトブルーとレッドを除いた14人ですよねぇ?」
「そうですよ。それがどうしたんです?」
「レッドがいないんですよ?」
「知ってます。だから我々は今しがた過去に戻って……あっ!」
「「「あぁーっ!」」」
グリーンに続けて、他の隊員達も一斉にシルバーの言わんとすることを理解した。
そうだ、過去を変えてもレッドがここにいないということは、他にも別な要因がレッドの復帰を邪魔しているという事ではないか。
マンションに越してきたのだって、指令本部の崩壊から一時解散を経てのことだし、もしかしたらタイガ化を免れても、BC団なんかに改造された可能性だってある。
「そうですよ。戻ってきてから現在が平和かどうかはちゃんと比べていたのに、そんな簡単なことに気づかなかったなんて!」
「まぁ皆さん、切羽詰ってますから仕方ないでしょうけどね。いささか冷静さを欠いてましたよ。最初に気づいたのワタシですから褒めてくださいね」
「さすがですシルバー。いつもヘラヘラフラフラしてる変人かと思えば、腐ってもOFFレン隊員です!」
「私の行間を読む能力を駆使してもまったくお世辞にすら聞こえませんが、まぁいいでしょう」
「シルバー、よくやりました。昨日投与した薬剤が上手く作用したみたいですね」
「全く身に覚えがない事実を知らされて内心動揺してますが、イエローもありがとうございます」
シルバーは満足したように頷いてみせると、突然ポンとそばのグリーンの背中を叩いた。
「話は変わりますが、無駄に時間を使って残り9時間を切りました。隊長代理ガンバです」
「ギャーッ! そうでした忘れてましたー!」
慌ててグリーンがカプセルのタイマーを確認すると、残り8時間50分。
状況を鑑みれば、毎度お馴染みのゆったりしたノリでお送りしている場合では無いというのに。何しろ世界がかかっているのだ。
「とととと、とりあえず皆さん。こうしている場合じゃありません! えーとえーと、と、と、とりあえずですね……!」
「まずは、タイガにならなかったレッドがその後どうなったかを確認するところから始めてはいかがでしょう」
いつものクールさを全く失っていないクリームが出した意見に、グリーンはすぐさま「それです!」と彼女を指した。
「まずはレッドがちゃんと隊長に復帰してるかが重要です。確認が先決です。まずは、えっとまずは……えーっと、」
「我々がタイガ化を阻止してから1年後の2004年の5月はどうでしょう。当初の予定ではレッドも復帰しているはずです」
「で、ですね。では、まずそこから確認してみましょう! はいはい皆さん急いでください!」
押し合いへし合いになりながら、隊員達はすぐさまタイムスティックのスイッチを入れる。
レッド復帰大作戦、第二章が新たにスタートを切った。
到着するなり、隊員達の目に飛び込んできたのはがらんとした指令本部のリビング風景だった。
スケジュールボードには"新隊員と慰安旅行!"と書き込まれていた。シェンナとクリームと共に慰安旅行に出掛けていた時期だ。
この時代の隊員達は今頃シェンナやクリームと共に温泉旅行を楽しんでいることだろう。未来の自分達がとんでもない危機に晒されているとは知らずに。
「さて、別段変わった所のない指令本部なわけですが……」
そんなボードを横目にやりつつ、グリーン一同は久々の指令本部をじっくりと見渡した。
レッドを復帰させるという大仕事をやり遂げただけに、多少の変貌は予感していたものの、実際は拍子抜けするほど何も変わっていなかった。
「でも……なんか懐かしいっすね」
ブルーが言葉にした気持ちは、他の隊員達もまったく同じであった。
嫌になるほど住んでいたこの場所も、崩壊によりマンション住まいになった今、なんだかものすごく愛おしい。
壁のシミも、使い続けてシワの目立ってきたソファも、皆で修理したダイニングテーブルも、地下特有のちょっぴりホコリっぽい匂いも全てあの頃のままだ。
「懐かしいけど感傷に浸ってる場合じゃないんじゃないの? 30分しか無いんだからさ~」
"懐かしいけどそれはそれ"という現代っ子的なドライさたっぷりにオレンジが腕時計を指で叩いた。
既にタイムスリップしてきて5分が経過していた。懐かしむ余裕など無い。
「オレンジの言うとおりです。とりあえず我々が留守の隙に、レッドがちゃんと復帰しているかどうか確認できるものを探しましょう」
グリーンの指示に、隊員達はすぐさま蜘蛛の子を散らすように本部のあちこちへ探りを入れ始めた。
今は無くなっているとはいえ、勝手知ったる第二の我が家には違いない。
グリーンもリビングの隅の本棚に並んだアルバムを調べ始める。こういう時、やはり写真が一番手っ取り早い。
ページを捲れば、レッドを助けた後の流れがだいたい理解できた。レッドはしばらくしてすぐに復帰し、隊長として活躍しているようだった。
しばらくすると少し顔つきの違うタイガと一緒にいる写真も出てきた。どうやらタイガも形を変えて誕生しているらしい。
「……おや?」
そんな時、思い描いていた通りに隊長職を全うしているレッドを微笑ましく眺めていたグリーンの表情が、あるページを境に一変した。
前のページでは頻繁に写っていたレッドが、次のページから突然いなくなっているのである。それ以降のページを調べてみたが、レッドは一切出てきていなかった。
写真の下に書かれていたキャプションを頼りに推測すると、レッドが再び居なくなった原因はどうやら2004年の春前にあるようだった。
「(2004年の春前と言うと……何かありましたっけ……)」
その頃の写真の数々を眺めながら、記憶を頼りに遡ってみるが、レッドがいなくなるような事件が起こった様な覚えはない。
当然歴史を変えたわけだから、グリーンさえ知らない新しい出来事が起こった可能性も高いが……。
「ちょっとみんな来て! レッドの部屋が……!」
リビングに駆け込んできたパープルの慌ただしい声に、グリーンはアルバムを放り出してレッドの部屋へと駆けつけた。
すぐさま隊員達と共に部屋の中を覗き込むと、グリーンはあっと息を飲んだ。……レッドの部屋には、何もなかった。
まるで以前から誰もいないかのように、家具調度品どころかチリ一つさえ見当たらず、ただただがらんとしているばかり。
ただ、特撮グッズを飾っていた棚の跡が、うっすら日に焼けて壁紙に残っている事だけが、そこにレッドがいた事を示す唯一の証拠であった。
「レッドは、OFFレンを辞めたってこと?」
ぽつりと呟いたホワイトの推理は最もな意見だった。一時休止の時、いつでも帰ってこられるように部屋をそのままにしていたし、
もしまた同じことがあっても、また万が一、殉職なんて事があったとしても、恐らくグリーンはそれと同様にこの部屋の保全に努めただろう。
だから、この部屋からレッドの一切の所持品を持ち去るなんてことは、レッド自身の何らかの意思がなければ行われない事だった。
しかし……それはあまりにも考えにくいことだった。
「でも、あのレッドがOFFレンを辞めるなんてこと……」
レッドがOFFレンを辞める。"そんなことまず有り得ない"と隊員達の心に引っかかっていた。
特撮ヒーローに憧れ、ようやくそれが叶った彼が、バイトを辞めるかの様にすんなりと辞めてしまうとは彼を知る隊員達には到底思えなかった。
むしろ、他の隊員が全員辞めても、たった一人で自分の夢であるOFFレンをやり続けて行くような人間である。
……とはいえ、人間の気持ちは分からない。何か活動を続けられない大きな理由が出来たのではないか。だが、そう考えてみてもやっぱり腑に落ちない。
「……そうだ、日記帳!」
ポンと手を叩き、グリーンはすぐさま自分の部屋へと駆け込んでいった。
当時から習慣としてつけていた日記帳、写真ではわからない自分自身の正直な気持ちが書かれてある日記ならば、何か手がかりが掴めるかもしれない。
ベッドの枕元に置かれた小さな戸棚の右端。本棚に隠した鍵の在り処もそのままだ。追いかけてきた隊員達に目もくれず、グリーンはページを開いた。
「2004年の春前、春前……あった!」
2004年の3月某日。そこには確かにレッドの事が記されていた。
──今日レッドが部屋の物を運び出して、行ってしまった。無人の部屋がなんとも淋しい。
あの時、まさかこんなことになるなんて思いもよらなかった。レッドをあんなやつに合わせなければ……。ただただ悔やまれるばかり。
レッドが居なくなったとおぼしき時期の日記で、彼について書かれていた部分はこれだけだった。
あの時? あんなやつ? レッドは何者かのせいでOFFレンから去ってしまったのだろうか。だとしたらそれは一体……。
「グリーン。日記には……なんて書いてあるの?」
恐る恐る声をかけてきたピンクの問いに、グリーンは日記の内容をかいつまんで説明した。
レッドの脱退には何者かが絡んでいる。そしてその人物が現れたのは2004年の春前……。隊員達に不安の色が広がる。
「シッ……皆さん静かに」
突然、クリームが人差し指を唇に当てながら部屋の外へ目をやった。
「……誰かいるようです」
彼女の言葉に隊員達は耳を澄ました。かすかにだが、リノリウム床の上を歩く何者かの足音が聞こえていた。
それはいわゆるコソコソとした忍び足ではなく、ゆっくり堂々としたものだった。
……どうやら指令本部がもぬけの殻だと知っているらしい。
「オオカミとか……?」
「タイガくんかも。下着とかを盗みに入ってきたとか?」
「いや案外ただの空き巣の可能性も……」
「誰であろうと勝手に入ってきたことには変わりありません」
小さな声で謎の侵入者の推理を始める隊員達に、グリーンはぴしゃりと言い放った。
「もしかしたら、レッド脱退の謎が解けるかもしれません。皆さん、武器を出してください……」
「りょ、了解」
険しい面持ちで隊員達は武器を構えると、グリーンの先導に続いてドア横の壁に向かった。
足音はペースを変えないまま、徐々にこちらへ近づいてきていた。
「…………」
グリーンは隊員達に見えるように、後ろ手に指で「3」を作り数回それを上下に振った。侵入者と相対するまでのカウントダウンだった。
指が一本折られて「2」、人差し指で「1」……全ての指を折った瞬間、グリーンが真っ先に部屋を飛び出した。すぐさま隊員達もその後を追う。
「何者ですかあなたはっ!」
グリーンの銃口が侵入者へ向けられたのとほぼ同時に、全隊員も一斉に同じ方向へ武器を向けた。
数秒遅れて脳が対象を認識する。相手は微動だにしない。真っ白な毛並みに映える黒い縞模様。黄色い瞳のその人物は……。
「ホラン!? あ、あなた一体何してるんですかこんな所で!」
銃口を降ろし、再び確認しても正面に立っていたのは紛れもない、ボーイズラブホワイトタイガーこと、ホランだった。
ホランは動揺するグリーンとは対照的に、ふうとため息混じりに首筋をポリポリと掻いていた。
「旅行に出かけていたと聞いていたんだが……いつの間にか戻ってきていたのかい?」
「そっ、そんなことはどうでもいいんですよ! あなたこそ一体何しに指令本部に入ってるんですか! 不法侵入ですよこれは!
あっ、わ、わかりましたよ! 無人のうちに私の部屋から何かを持ち出す……いや、何か怪しげな物を仕掛けるつもりだったんですね!
そうだと思ってたんですよ当時から! 捨てたはずの物が何故かあなたの部屋にあったりして。一体どこからあなたは入ってきてるんですかって話ですよ!」
「さっきから何を言っているんだ? 自意識過剰も甚だしいな」
つい熱が入ってしまうグリーンだったが、対するホランは妙に淡白だった。
「どうしてオレがキミの物を盗む必要があるんだ? いくらオレでもそんな下品な真似はしない」
「いやいやいやいや! 現に盗ってるじゃないですか! 一昨日だって床からにゅーっと現れたかと思えば、いきなり私のお尻をむんずと掴んで……!」
「いい加減にしろ!!!」
突如、牙を剥き出しにしながらホランは大声でグリーンを怒鳴りつけた。
その1ミリも予想していなかった状況と彼の形相のあまりもの迫力に、グリーンは目を点にしながらその場に腰を抜かした。
「どういう理由でこのオレがキミのようなちんちくりんにそんな事をする必要があるんだ!」
「ち、ちんちくりん……!?」
「ハッキリ言っておくが、キミのような奴はオレのタイプじゃない。自惚れるのもいい加減にしてくれ。オレにはココ一人で十分だ」
「こ、ここ……?」
どうやらこの歴史では、ホランが好意を向ける相手はグリーンでは無くなっているらしい事をようやくグリーンは察知した。
とはいえ、その"ココ"という名前は、グリーンだけでなく隊員達全員が初めて聴く名前だった。その者が男であることは判っているが……。
「ホラン、どうかしたの?」
その時、ホランの後ろから、ちょっぴり甲高い声の少年が駆け出してきた。
白地に虎縞のバンダナを巻いて、胸元にはお揃いらしい赤い球のペンダントを付けたホワイトタイガーの少年。
彼は血のような真紅の瞳をキッとこちらへ向けながら、両腕でぎゅっとホランに抱きついた。
「ちょっと、僕のホランに何するつもり? ホランに何かしたら承知しないからね!」
どうやら彼がこの歴史上での彼のお相手"ココ"であるようだ。……が、彼の姿を見るなり隊員達はそのココという少年に既視感を覚えていた。
どこかで見たことがあるような、ないような、いや、絶対にある。そもそもさっきの声だってどこかで……。
「あー。レッドですー!」
ピンと人差し指を向けてシェンナが叫ぶと、隊員達のモヤモヤは一瞬にして氷解した。
「うわあああああああ! 本当だ! レッドがホワイトタイガー!」
「しかも、ホランとおホモだちになっちゃってる!」
「じゃぁ、レッドが脱退した理由って……」
動揺と衝撃により、悲鳴にも似た声で隊員達が叫ぶ。
すると、ココことレッドの表情はみるみるうちに不機嫌そうに歪んだ。
「ちょっとみんな。僕、前にもあれほど言ったはずだよね! その名前で呼ばないでって! 僕には"虎々(ココ)"っていうホランが付けてくれた名前があるんだから。
OFFレンもレッドって名前も捨てて、オオカミ軍団に入ってホランの為に全てを尽くすんだって、ちゃんとみんな了解してくれたよね!?」
その返答により、やはり間違いなく、ココ=レッドであることを隊員達は再認識した。
しかも、どうやらホランと共にオオカミ軍団に所属して、いわゆる"敵"側になっているらしいこともよーく理解できた。
「い、いや、そのですねレッド……」
「あーっ! またその名前で呼んだーっ! ホーラーンー! このチビが僕を嫌な名前で呼ぶよーっ!」
レッドが目を潤ませながら抱きつくと、ホランの目は今まで向けられたことのない殺気に満ちた瞳でグリーンに向けられた。
「ココを泣かせる奴は誰であろうとオレが容赦しない。いいか。お前達なんて、このオレがいつでも八つ裂きにしてやれるんだぞ」
「そーだそーだ! OFFレンジャーのくせにホランに楯突くと知らないぞ! バーカバーカ! あっちいけー!」

ぴったりくっついた二人の白虎カップルを前に、隊員達は呆然としながら立ち尽くすしかなかった。
「ホランってカッコイイ……ますます大好きになってきちゃった」
「フフ、愛する者を守るのは男の使命だからね」
いちゃいちゃは盛り上がり、ついに二人の唇と唇が近づこうとする時、眩い光りが視界を覆った。ハッと時計を見ると、時間切れだった。
こうして隊員達はレッドのとんでもないシーンを見ずに済んだわけだが……問題は余計にややこしくなっていくばかりだった。
「……レッドが影響されやすい性格なのをすっかり考慮に入れ忘れていました」
トーテムポール型の石像が緑色の煙を吹きながら窓の外を横切ってゆく様をグリーンは遠い目で見つめていた。
「奴は催眠術が使えますが、多分あの執念深い求愛にレッドはつい心動かされて目覚めてしまったのでしょう。有り得る事です。ええ、だからこそ厄介です」
窓ガラスを叩くグリーンの拳は震えていた。それは怒りではなかった。レッドをあそこまでにしてしまうホランそのものに対する恐怖だった。
「……レッドを取り戻すには、ホランをレッドに会わせない事が必要です。何としても阻止しなければ、レッドが目覚めてしまいます! 」
「でも、それ無理じゃない? ホランに会わないようにずっとレッドを監視してゆくなんて」
ホワイトの意見は今度も最もだと隊員達の誰もが思った。そんな悠長なことをしている時間は今の自分たちには残されていないのだ。
仮に残されているとしても、何年にも及んでレッドの全時間を見張らなければならないわけで、とてもじゃないがそんな途方もないことは出来ない。
「じゃぁ、どうしろっていうんです? ホランを誕生させないようにしても、オオカミ軍団は第2のホランを作るかもしれませんよ」
グリーンは眉間にシワを寄せてホワイトの方を振り返った。
だが、対するホワイトはあっけらかんとした表情で、
「いやだから、もっと簡単な方法があるじゃん。要はホランが一目惚れするのはレッドじゃなくて、本来の……」
「あぁっ、やめてください! やめてください聞きたくない!その先は聞きたくないです!!」
グリーンは両手で耳を塞ぎ、激しく頭を振りながらその場にしゃがみこんだ。
最も最良でありながら、あまりにも残酷なその解決方法をグリーンの脳細胞は激しく拒絶していたのだった。
「もう諦めなよグリーン。結局それが運命だったってことでしょ」
「あぁぁ、いやーっ! いやです! そんな訳ないんです! きっとまだ何か他に解決方法があるはずなんです!」
「グリーン。"死ぬ"か"ホランくんに追い回されるか"どっちか選べって言ったらいくらグリーンでも、後者選ぶんじゃないの?」
「……それはそうですけど! その2つしか選択肢がないわけじゃないじゃないですか! そんなの詭弁です! 誘導尋問です! 人権蹂躙ですーっ!」
グリーンが駄々っ子の様に寝転ぶと、ジタバタを手足を投げ出してその場で暴れ始めた。ここまで暴れるのはOFFレンジャー結成依頼初めてのことだった。
しかし、この捨て身の駄々も『この人そこまでホランのこと……』と若干隊員らを引かせはしたが、所詮は無駄な悪あがきだった。
「グリーン、世界を救うためでしょ。ホランくんの事だってこれまでと何も変わらないままじゃない? だから、ワガママ言わないで。ね?」
そんなグリーンを見かねて、彼の傍に座り込んで、優しく声をかけたのはピンクだった。
彼女の諭すような、優しく言い聞かせる様な柔らかいトーンに、グリーンは浮かない表情で振り上げた手足をパタンと降ろした。
いくら隊員の中では一番の子供とはいえ、グリーンだって隊長代理を務められる人間だ。そんな事はよくわかっている。
「……わかってますよピンク。レッドの分まで私が"業"を背負うしかないのですね。わかってます、わかってるんですけどねぇー! 例えるならば……」
「はいはい、長台詞で時間取られそうだから、さっさと行きますよ」
「容量も限られてますからね」
イエローとシルバーに両脇を取られ、ガッチリ身動きを封じられたグリーンの目にタイムスティックを取り出す隊員達の姿が映った。
これ以上の悪あがきはもう無駄。覚悟を決めるしかない。グリーンは小さな小さなため息をつき、空を仰いだ。
「それじゃ行こっか! ホランくんのグリーン一目惚れ大作戦の始まりー!」
ホワイトの声に促され、隊員達は一斉にタイムスティックのスイッチをオンにした。まばゆい光に包まれ、隊員達は目的の日時へと向かう。
それはグリーンの運命を決定づけた日。2004年2月14日。バレンタインデーだ。
「ふ、フン。オレが0個なわけないさ。お前よりカッコいいもんね」
タイムスリップしてすぐさまリビングのドア越しに聞こえてきたのはタイガの明るい声だった。
「……美的感覚が狂ってるんじゃないですか」
「グリーンそこまで言わなくても……」
グリーンのトゲだらけの一言の後に、続けて聞こえてきたのはレッドの声だった。
やはりこの日までのレッドは、OFFレンジャーの隊長として未だ健在であるようだった。
「んだとコラァ!」
「まぁまぁ、タイガもグリーンも喧嘩しないで。タイガだってチョコ貰えるはずだよ」
「フン。当たり前だっつーの。オレみたいに強くてカッコイイ虎を放っておくほど女子達もバカじゃないぜ。
おまけにオレは今日、OFFレンの女子のみんなにもチョコをあげるからな。貰わない方がおかしいってもんだろ」
「え? でもそれってホワイトデーじゃないの?」
「馬鹿だな~。外国じゃバレンタインには恋人同士がプレゼントを交換するんだぞ。わかったか、帽子野郎」
「ぼ、帽子野郎???」
レッドの人格から派生してないとはいえ、やっぱりこっちのタイガも大して違ってない事に隊員達は思わず苦笑してしまう。
こういう歴史もあったかもしれないと思えば、何だかそれも悪くない。
「ちょっと皆さん、こんなしている場合じゃありませんよ。我々がホランと会うのはもうちょい先です。時間飛ばしますよ時間!」
眉間に皺をよせながらグリーンはタイムスティックを取り出す。
ここから移動する時期をを6時間後にセットすると、隊員達にもそれに合わせるように指示した。
「んじゃ、オレは早速特注のチョコレートを作ってもらいに出かけてくるぜ!じゃぁな!」
グリーンの言葉にに呼応したかのように、タイガがそう言ったかと思えば、軽やかな足音がこちらに向かって近づいて来る。
普通の隊員と違い、こんな状況で出くわしてしまったら面倒は避けられない。隊員達は目に見えて慌てふためきながらタイムスティックの時間を合わせる。
「ほ、ほらみなさん! 早く早く!」
グリーンに急かされボタンを押すと一瞬の点滅。ドアの開く音が遠くに聞こえたが、既にそこには隊員達はいなかった。
光に目が慣れ、気づいてみれば隊員達はどこかの会社らしき廊下に立っていた。
壁の商品ポスターを見れば、そこは間違いなく某菓子メーカーである事が確認できた。この会社こそ、問題の場所であった。
バレンタインの日に起こった女子隊員誘拐事件。その発端であったのが総入れ歯フェチの社長と秘書。そしてそれを影で操っていたのがホラン。
これこそがホランとOFFレンジャーが初めて顔を合わせた事件であり、そしてホランとグリーンの長きに渡る因縁が始まった日でもあった。
「……怖気が震うとはこのことです」
因縁の場所を前にして、グリーンの顔は血の気が引いたように青くなっていた。
ホランの標準が自分に合わされるきっかけとなったこの時を、例えあれから何年経ったとしても身体は覚えているのだ。
「フフ、後はタイガとOFFレンジャーがやってくるのを待つばかりというわけだな」
悪者らしい冷たさに満ちたホランの言葉が廊下の外へ聞こえてくる。
既に女子は誘拐され準備は万端。後はタイガが乱入して来てバトルし、ほどほど落ち着いたところで隊員が……というのが当時の流れだ。
「……史実通りにやった方が良いんですかねぇ?」
隊員達の方へ振り返ったグリーンは苦い顔を浮かべていた。
「ホランくんが一目惚れさえすれば良いわけですから、もうここで入っちゃって良いんじゃないですか?」
イエローがあっけらかんとした顔でドアの方へ"さぁ、どうぞ"とでも言うように手を差し伸べる。
他の隊員達もそれに続いて同じような仕草で入室を促し、グリーンは口を真一文字にしたまま再度ドアに向き直ったが、
「いや、でもですね。後からレッドが入ってきてそっちにさらに一目惚れするという可能性もありますよ」
すぐさま首を後ろへ捻り、隊員らに乞うような眼差しを向けた。口は波型になっていた。
「ほら、一目惚れの連鎖が起こったら大変じゃないですか。私は一瞬でポイ捨てかーいみたいな。無意味ーみたいな」
「とりあえず入室してみないことにはわからないですよそんなことは」
表情一つ変えないまま、イエローの鋭いメスはグリーンの屁理屈を真っ二つに切り裂いた。
「もし、レッドにも惚れちゃったたらその時はまた修正すればいいだけで。グリーンに一目惚れしたままならばそれで済むことなんですから」
「とりあえず待ってみません?とりあえず一旦ちょっと休憩を挟んで、万全の体制に整えてからにしましょうよ。ねぇ、皆さん」
「グリーン……」
グリーンを憐れむように見つめるピンクの潤んだ瞳に、彼の良心はチクチク傷んだ。
本当はわかっていた。そのような時間などあるわけもなく、また、そんなことをした所で奴の魔手から逃れる方法など一つも無い事を。
だが認めたくはなかった。それを認めればグリーンとホランの因縁は必然である事も認めてしまうこととなるのだ。
「うぅっ……あぁぁぁ! 私はなんて不幸な星の下に生まれてしまったのでしょう!」
「もうさ、そういうのいいからさっさとやってよ」
頭を抱えながら悶え苦しむグリーンの姿さえ、パフォーマンスとしてホワイト隊員に一刀両断される。
もはやグリーンにこれ以上逃避できる場所はない。前門の虎、後門の隊員達。覚悟を決めるしかない。ドアノブをグリーンははしっかりと掴んだ。
「……皆さん、これだけは覚えておいてください。私は人々の幸せの為、積極的に苦難の道を歩んだのだと……遥か昔、キリストが十字架にかけられた時も」
「とっとと行くですー!」
しびれを切らしたシェンナが声をあげるなり、
「ええい南無三!」
グリーンはグッと目を固くつむりながら、勢いよくドアを開け中へと飛び込んでいった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
奇声をあげながら部屋の奥へ駆け出していくグリーンの突然の乱入による室内の動揺は、外に待機している隊員達にもはっきりと伝わっていた。
灰皿や観葉植物らしきものが落ちて倒れて、菓子メーカーの社長や秘書の怒号に侵入者を制止するために慌てふためく足音が鳴り響く。
そんな中、どうやらグリーンはターゲットに近づいたらしく、
「なんだキミは! やめろ、やめないか! いきなり何を……あぁっ!……や、やめない、か……んぁっ、そ、そんな所、だめ、じゃない、か……んんっ……!」
強い口調だったホランの声が徐々にピンク色に染まり始めてくると、隊員達は、困惑した表情で互いに顔を見合わせた。
次第に室内からはホランの甘い吐息のみが廊下に漏れていた。男子は照れた様な苦い笑みを浮かべ、女子はドアに背を向けてダンマリを決め込んでいた。
そんな状況が10分ほど続き、虎の咆哮もただの子猫の鳴き声になった頃、突然室内からホランの慌てふためく声が響いてきた。
「ま、待ってくれ……お、お願いだ。どこの誰かだけでもいいから教えてくれ……、待ってくれ、行かないでくれ……!」
続けてこちらへ近づいてくる足音が聞こえてくると、その場にしゃがみこんで世間話に逃避していた隊員達はすぐさま立ち上がる。
ゆっくりとドアが開くと、なんとも険しい顔でグリーンが廊下へ出てきた。彼の表情にはもう迷いなど消え失せ、爽快さすら感じられた。
「……あそこまでやれば、レッドのことはもう何とも思わないでしょう……」
早口でそうまくし立てると、グリーンは後ろ手にドアを閉め、ぐっと全身でドアを押さえる様にもたれ掛かった。
フッと顔を上げた彼の表情は、まるで"一仕事やり終えた男"のような笑みを浮かべていた。
だが、そんな仕事人を最初に出迎えたのは、クマのぬいぐるみをきつく抱きながら、涙を浮かべるピンクの少女であった。
「グリーン……不潔!」
「えっ!? 」
とうとう涙をこらえきれなくなったピンクが、隣いにたパープルの胸に飛び込むと、
非難するような目でこちらを見てくる女子達と共に、男子達も好奇の様子で彼の周りを取り囲む。
「グリーン、とうとう踏み越えちゃったんすね」
「はぁ!?」
「一応さ、OFFレンジャーって"全年齢対象"でやってるつもりだからさ。ヤバイよそういうのは」
「な、なにがですか!?」
「ホランのDTを奪ったんでしょう?」
口元をニヤリとしながらシルバーがストレートに尋ねると、グリーンの表情はみるみるうちに熟したかと思うと、
「しししし、失敬なーー! いくら私でもそんな卑猥な事やりませんよ! 一体全体、何を考えてるんですかあなた達はぁーっ!!」
「でも、ホランの奴あんな声だしてたじゃん」
「大袈裟なんですよあの人は! そんな超絶アウトな事、私がやるわけがないでしょう! 多少積極的にやりはしましたが、親子もPTAも納得のギリギリセーフレベルです」
グリーンによる拳を振り上げての訴えに、隊員達は「そりゃそうか」と、すぐさま納得した。
ホランがどういう人物かはよくわかっているし、グリーンがそこまで踏み切る様な人間ならば、とっくにホランの彼氏になっているはずだ。
となれば、せいぜいほっぺに軽くちゅーしたとか、全身をくすぐってやったとか、せいぜいその程度の話なのだろう。隊員達の表情にも、安堵の色が広がっていく。
「よかった。私、グリーンがとてつもなくイヤラシイ人なんだって思っちゃった……ごめんね」
ようやく泣き止んだピンクも、ホッとした顔でグリーンに微笑みかける。
「いいんですいいんです。私も誤解させるような事してしまって、多少気恥ずかしいですが、まぁ一件落着です!
ホランも単純ですよ。なんてたって、ただ抱きついてって、延々耳を甘噛みしてやっただけですからね!」
グリーンの言葉に、和やかな雰囲気はさっと潮が引くように静まり返った。
何が起こったのかと一人ぽかんとしているグリーンに、隊員達は一斉に叫んだ。
「「「いやそれ普通にアウトだから!」」」
その瞬間、タイムスリップの制限時間に達した隊員達の身体は光りに包み込まれ、
同時ツッコミの叫びの余韻だけをその場に残し、OFFレンジャー達は現代へと帰っていったのだった。
“やっぱりね”
みんな口には出さなかったが、その胸中では誰もがこの5文字の言葉を浮かべていた。
窓の外では、炎を纏った巨大車輪が縦横無尽に転げまわっているし、一つ目のタコみたいな怪物が溶解液を吐いてビルをゆっくり溶かしている。
グリーンの捨て身の行動により、レッドとホランの関係を断ち切ろうとしてみたものの、事態は何も変わらないままだった。
「……ホランがここまでしぶといとは思いませんでした」
苦々しい顔でグリーンがぽつりと漏らす。
あれから何度かホランをグリーンに一目惚れさせようと苦心してみても、結局は何らかの形でレッドと出会くわし、OFFレンから隊長はいなくなってしまった。
それならレッドがタイガと分離し、隊長に復帰した時、何故彼は一目惚れしなかったのかと疑問に思うのだが、そこはやはり何らかの原因があるのだろうと彼は推測する。
だが、その原因とやらがさっぱり見えてこないのでは依然堂々巡りのまま。お手上げ、手詰まり、ゲームオーバー、暗い言葉が何度も脳裏をよぎる。
「一度、発想を転換してみましょう」
そう言って、クリームは顎に手をやり、何やら思案するようなポーズを取った。
「ホランくんの恋愛感情をどうこうするのではなく、もっと根本的に、ホランくんそのものがいなくなればどうでしょうか」
「そ、それって、つまりホランを俺らで始末するってことっすか……?」
真っ青な顔でブルーが尋ねると、隊員達の間にピリッとした空気が走った。もしこれがイエローなら「冗談じゃない!」などと言える空気になれるのだが、
彼女の場合、淡々とした口調も、その冷ややかな表情も、まるで「ええ、始末してしまいましょう」と言い出しかねない雰囲気を醸し出していたのだった。
殺し屋を見るような視線を集めていた彼女は、しばらくブルーの顔をまっすぐ見つめると、
「確かに、それも手の一つではありますが……そこまでしなくとも、ホランくんがいなくなる様にしむける方法があるはずです」
「廃人にしてやるですー!」
シェンナが拳を振り上げて主張するその言葉に、隊員達は息を飲んだ。そうか、殺すのも死んだように生きさせるのも結局は同じこと。
基本的にドライなクリームならば本当に考えそうなことだ。一同はクリームの次の言葉を息を殺して待っていると、
「……あの。皆さん、私を悪魔か何かと間違えてるんじゃないですか。いくら私でもそこまで人の道を踏み外したりしませんよ」
「薬漬けにしてやるですー!」
「アンタは黙ってなさい」
シェンナの頭をぐっと押さえつけ、クリームはふうと呆れたように息を吐いた。
「そんな風に思われていたとは心外ですが、緊急事態で気が滅入ってるせいもあるでしょうからここでは問題にしません。ホランくんの事に話を戻して……例えば、彼を遠い街に行かせるとかはどうでしょうか。そうすればまずレッドとは会わないでしょう」
「あ、それなら良い方法があるんじゃないですか?」
イエローがピンと人差し指を立てた。
「ほら、確か白虎隊の時、ホランくんが水浸しになってペイントが落ちて、その恥ずかしさから失踪したことがあったじゃないですか。ですから、そんな風に、もう立ち直れなくなって尾布市にいられなくなるほどに彼のプライドをズタズタにしてしまえばいいんですよ」
「いやぁ~とても正義の味方の発言とは思えませんねえ。いい感じに鬼畜で素敵です」
シルバーからの茶々が入っても、イエローは顔色一つ変えず言葉を続けた。
「ホランくんは頭も良いですし、"ど"が付くほどポジティブ思考な所もありますから、違う土地でも結構上手くやれるんじゃないかと思いますよ」
「しかし、元々の歴史ではタイガへの復讐のために結局戻ってきたじゃないですか?」
グリーンの疑問に、イエローは穏やかな笑みを浮かべた。
「で・す・か・ら。戻ってくる気にもならないほどズタズタにしてあげるんです♪」
「皆さん、普段から彼女の業の全てを背負っているのはこのシルバーですよ。お忘れなく」
和ませようとしているのか、それとも場をかき乱したいだけなのかわからないシルバーの発言をもってしても、
隊員達のイエローに対する複雑な気持ちは1ミリも晴れることはなかった。平然とこんな提案ができるとは、歩く殺戮兵器の称号はさすが伊達ではないと誰しもが思う。
しかし、当のイエローは隊員達の冷ややかな態度を前に不満げに唇を尖らせ、
「言っておきますけどね。ホランくんに1つの忘れられないトラウマを作ってあげようという仮説を出しただけでもかなり譲歩した方ですよ」
「イエローはですねぇ。"生暖かい臓物さえ入ってれば“ガワ”はどうでもいい!"って昨日Twitterで荒ぶってましたからねぇ~」
「そういうわけですから、そろそろ私がシルバーをどうにかしてしまう前に、この案に賛成かどうなのか早く決めてください」
イエローの宣言に隊員達は互いに目配せをしながら、スケープゴートになってくれる誰かの言葉を待った。
ホランは一応敵ではあるが、いささかこの方法は道義的に問題がある。とはいえ、基から絶つには最適の方法であるといえば……。
「……時間も無いですし、やってみるだけやってみても良いのでは。 ダメならダメで今後どうすれば良いかハッキリするかもしれませんし」
見かねたクリームの発言で、隊員達は「そうだ、クリームの言う通り」と一気に同調しはじめる。
そんな彼らの様子に、世界の終わりがかかっているこの状況であっても、皆随分調子が良いものだとクリームはちょっぴり呆れてしまったが、
まだイエローの非道な提案に一瞬で賛成することに比べれば、まだ隊員達の心がそれほど醜くない事の現れなのかもしれないと思い直した。
いや、でも結局人に責任をかぶせてる時点で……あれ、これはこれで違う意味に……
「さぁ、皆さん。そうと決まれば、もいっちょあの時代に行きますよ!」
思い悩むクリームをよそに、グリーンの号令で隊員達は既にタイムスリップの準備を始めていた。
「皆さんいいですね! 全身全霊を込めてやってください! ヤツを容赦してはいけません! 心を粉々に粉砕してやるのです!」
グリーンが若干私怨の入った調子で注意を呼びかけながら、隊員達がタイムスティックのセッティングを終えたのを確認する。
……もしこれでもレッドが復帰できないならば、別な要因を考えなければいけない。残り時間もあと6時間ちょっと。やっぱりやるしかなかった。
「それでは皆さん良いですね。レッド救出作戦改め、"ホラン暗黒トラウマ化作戦"……スタートです!」
「……やっと捕まえましたぞ。ホラン様」
タイムスリップした早々に聞こえてきたのは、野太い男の声だった。
グリーンはすぐさま辺りを確認しようとするが、何やら薄暗くて狭い場所に14人がすし詰めになっているので首を動かすにも苦労がいった。
なんとか窮屈地獄から抜け出したときには、ようやくそこが観葉植物と長机に挟まれた、部屋の一角である事に気づく。
隊員達は再び、ホランの一目惚れを大きく左右した2004年のバレンタインデーの日に、そして運命の場となる製菓会社の社長室にやってきたのだった。
「随分と騒ぐので捕まえるのにもかなり苦労しました」
「そうか。ご苦労だったな」
ホランの淡々としながらも氷の様に冷たい声が耳に入った。
やはりこの頃はまだ悪者街道まっしぐらだったのが、声色にもハッキリ現れているようだとグリーンは思う。
「だが、キミ達が頑張ってくれたおかげで準備はほぼ整った。礼を言わせてもらおう」
ぎゅうぎゅうに詰まって苦しげな隊員達をよそに、グリーンはゆっくり匍匐前進をして机の端まで向かう。
そしてカーペットギリギリの位置からそっと顔を出し、ホラン達の様子を探ってみる。
ここから見えるのは、机の上に腰を下ろすホランや、社長とその秘書の後ろ姿、気を失ったまま座り込んでいる女子隊員達。
そして、自分達の背丈くらいはある、タケノコみたいな形をした怪しげなメタリックの機械──。全て当時の現場のまま、他におかしげな所は無い。
「フフ、後はタイガとOFFレンジャーがバカ面を下げてやって来るのを待つだけだ……」
楽しげな笑みを漏らしながら、ホランの肩が揺れた。
まさかこのクールそうに見える男が後々、恐ろしいほどの色恋馬鹿に豹変するとは……思えば思うほど溜息が出そうだった。
「(おっと、そんなことを考えてる場合じゃなかったですね、っと……)」
グリーンは右手に握っていた水鉄砲の先を、こっそりホランの背中に向けて構えてみた。
机の上に座っているため社長や秘書もホランの後ろに回り込めず、横につっ立っている。おかげで、ここから彼との間を遮る障害物は何もなかった。
「(背中から水を浴びせて怯んだ所を、隊員達で一気に水責めにして、そこから先はイエローに任せて完了……ですかね)」
ざっと頭の中で計画の進行手順を組み立てると、グリーンは首を捻り、後方隊員たちの方を見やった。
未だに大混雑は解消されていないようであったが、オレンジやホワイトなど数名が脱出に成功しているため、各々が動けるスペースもだいぶ増えているようだ。
これなら、援護しようとして動いた瞬間、詰まって動けないなんて事にもならないだろう。計画遂行に問題なしとグリーンは判断した。
「(私が先陣を切りますから、続けて援護しにきてください)」
その囁きに、隊員たちは一様に親指を立てて"了解"のサインを送る。
後は隊長の一発目のタイミング次第。グリーンは水鉄砲の角度を調整しつつ、ホラン達の動向を探った。
「これで白虎がいかに優れた動物か、あの身の程知らずに思い知らせてやる。フフ、楽しみなものだな……」
「ええ、ええ。ホラン様もしっかり楽しんでください。我々の方も存分に楽しませていただきます!」
ホランも社長達も機嫌良さそうに話していて、こちらには全く気づいていない。
……今がチャンスだ! グリーンは引き金に手をかけた。
「ホラン様!」
突然、横から飛び出した紺色のスーツがホランの姿を覆い隠した。……まずい、バレた!
グリーンは発射しかけた水鉄砲を慌ててしまいこむが、どうやらそうではなかった。
「ホラン様のおかげです。我々総入れ歯フェチの長年の夢が、ホラン様のお陰でついに叶うなんて……!」
鼻息を荒くしながら、感極まったといわんばかりの声をあげて秘書はホランの肩を揉んでいた。
おかげで見事にホランの姿が見えず、まさかの事態にグリーンは顔をしかめながら「早くどきなさい!」と胸の内で叫ぶ。
「この日の為に、特別に作らせておいた“全自動総入れ歯マシーン”が役に立つ時がきましたねぇ、社長!」
「ああ、全くだねぇ。私もなんだか興奮してきたよ。ウン千万をつぎ込んだ分、いい仕事をしてくれた」
"そんなものはどうでもいいから早くどけ!" グリーンは秘書の背中に高濃度の念を送り続けた。
すると、ようやくグリーンの怨念が届いたのか、秘書の身体がホランの背後から離れてゆく。
いよっし! グリーンは脳内でガッツポーズをしつつ、水鉄砲を再び取り出したその瞬間だった。
「そんなガラクタが、そんなにするのか?」
「はい!」
振り返ったホランの問いかけに、秘書の身体は再び標的の姿を覆い隠した。
"そこで食いつくなよ!" グリーンの苛立ちは天高くまで昇りつつあったが、大声を出すわけにも行かずイライラは募るばかりだった。
そうこうしていると、秘書は床に置かれていたタケノコ型の機械を机の上まで持ち上げて、またも対象への延長線上に厄介な障害物が増えてしまった。
「ふむ、随分と不可解な外観だが……」
床と本体の間にその様な部品を設けているのか、ホランの手により機械はいとも簡単にくるくると回る。
裏から見るとただの銀色のタケノコに見えるそれであったが、正面から見ると随分と異様なフォルムをしていた。
上部に突き出た黄色い角の様なドリル、中央部にはセンサーらしき赤い一つ目、そして、まるで隙っ歯の様にも見える下部の黄色い格子と噴射口。
どこをどう見てもマトモな代物ではないのは一目瞭然で、僅かに見えたホランの表情も、理解が追いつかないらしく曇りがちだった。
「この噴射口から催眠ガスを吹き出し、気を失わせます。続けてこのセンサーで歯を捉えて、上部から伸びたアームで身体を押さえつけ、歯を抜きます。
さらにセンサーにより口内の状況を調べて僅か3分で総入れ歯が完成。女性の歯にセットして、最後に記念写真をパチリ! こんな仕組みとなっています!」
意気揚々と離す秘書と説明とのギャップにグリーンはどこか胸糞悪い気分を覚えたが、それはホランも同じだったらしく、
「……オレにはよくわからんが、高性能であることだけはよくわかった」
「そうでしょう! 人工知能搭載ですからどんな歯にも対応できますし、麻酔無しで歯をペンチで引っこ抜くドSモードも……あっ、あぁっ、興奮してきた!
早くこの子たちを総入れ歯にして穴があくほど眺めたいっ! 総入れ歯っ! 若い女の子の総入れ歯っ! これでもう婆さんの写真を掴まされずに済むううううう!」
「キミ、こんな所ではしたない。総入れ歯フェチたるもの、常に紳士的でなければいかんよ! 若い子の総入れ歯は自然界にまたとない崇高な芸術作品なのだからね」
想像を絶する別次元の話を聞かされながら、グリーンはひどい胸焼けをしたような気分になった。
それでもなんとか意識だけは、ホランが一人になる隙を伺い続けていた。二人の男達の性癖披露も、脳内で理解する為の処理を停止し、ただの雑音へと帰す。
しかし、なかなかホランへ当てられる瞬間は訪れない。こうなったら実力行使しかないか……そう思いかけた時、社長室の扉が乱暴に開け放たれた。
「ホランっ!!!」
その荒々しい声に、グリーンは「しまった!」と思った。タイガが乱入してくる時間がきてしまったのだ。
しかもこの後、怒りによる覚醒で大暴れするので、ホランにトラウマを与えるどころではなくなってしまう。
そんな目覚めた野獣が落ち着く頃まで待っていれば、今度はタイムスリップできる制限時間も終わってしまうだろう。
「タイガ……思ったより早いじゃないか」
「……ちょ、ちょっと待て……状況整理するから」
「まぁ、いいだろう。お前も道連れに」
「だから待てってば!!人の言う事聞けよ!モノクロ男!」
既にトラトラコンビの会話は、史実通りの大乱闘に向かって突き進んでいた。
こうなれば、タイガが覚醒する前に一気にカタをつけるしかない。グリーンの覚悟は決まっていた。
後方に控えている隊員たちへ目配せをすると、彼らも隊長の意思を感じ取ったらしく、再度親指を立てて重々しく頷いた。
「OFFレンを倒すのはオレの仕事だぞっ!」
「フン、悪者でありながら正義の味方に寝返った奴などにそんな資格はない」
「うぅ……」
二人の会話はまだ続いていた。
タイガは真っ赤な顔をしていて、相当苛立っているのが手に取る様にわかる。覚醒まで、あまり時間はない。
「まぁ、作戦くらいは教えてやろう。寝返った裏切り者にな……」
すっかり挑発を楽しんでいる口ぶりで、ホランは両手を机上に付き、その胸を張った。
背中はガラ空き。意識はタイガに向けられ、すっかり油断しきっている。
「ホランっ!」
グリーンはすぐさま立ち上がると、未だにこちらに気づかない標的の背中に向けて、その引き金を引いた。
途端に発射された水が背中一面を覆うと同時に、ホランは「ひゃっ!」という間の抜けた叫び声をあげ、机から転げ落ちる。
「逃しませんよぉぉぉっ!」
ぽかんとしているタイガや社長達をよそに、グリーンは机の上に飛び乗り、床の上に四つん這いになっていたホランに二発目をお見舞いする。
「あぁぁっ! や、やめろっ! 水はやめてくれーーっ!」
悲痛な声を上げてホランは両手で背中を庇うが、既に立派な虎縞模様は、失敗した水墨画へと変わりつつあった。
続けて飛び出してきた隊員たちも加勢し、上、横、斜め、あらゆる方向から一気に水を浴びせかける。
そんな状況に、多少は抵抗するかと思われたホランであったが、水責めの最中、彼はずっと模様を守ろうとしつつ、
「うぅっ、や、やめてくれぇ……オレの模様がっ……白虎としてのプライドがぁぁぁっ……」
と、涙混じりに鼻水まですすりながら、必死に懇願する哀れな姿を晒しているばかりだった。
そんな彼の様子に、さすがの隊員達も罪悪感を感じないでもなかったが、これも世界を救う為だと心を鬼にして白虎の素を洗い落としてゆく。
「なんだなんだ!? お前、ボディペイントしてたのか!? 白虎だとか何とか散々エラソーな事いいやがって、ただの白猫じゃねーか!」
みるみるうちに模様が消えてゆくホランを見るなり、突然タイガがこれみよがしに叫んだ。
さすがにこれには応えたのか、ずぶ濡れになった髪の毛の隙間から、キッと黄色の瞳を鋭くし、
「ち、違うっ! これは、これは用意していたDNAに不備があっただけだっ!」
「そんなの関係ねー! 模様がなきゃ虎でもなんでもねーぜ! そんなのは虎なんかじゃねぇ!」
「違う! 違う!! オレは白虎なんだぁぁぁっ! ただの虎よりも優れたホワイトタイガーなんだぁぁっ!」
とうとうホランは水たまりの上へ泣き崩れ、その周りでタイガは仕返しとばかりに挑発を繰り返す。
相当辛いであろうこの状況ではあるが、ここまでは大体元の歴史と同じ。ここで終わってしまえばわざわざタイムスリップした意味がない。
だからこそ、隊員達はここまで憔悴しきった彼に、思い出したくも"暗黒のトラウマ"という名の追い打ちをかけねばならないのだ。
「オレはっ……オレはホワイト、タイガーなんだっ……」
鼻水をすすりながら、濁った水の中で首を降るホランの姿。さすがのグリーンでも気が重くないといえば嘘になる。
「じゃ隊長、ここらでひと思いにトドメさしましょっか!」
何とも思っていないのか、それとも空元気なのか──願わくば後者であってほしいが──イエローがあっけらかんとした顔でグリーンの肩を叩く。
もうここまで来てしまっては仕方がない。正義の味方のすることではないが、これはあくまでレッドが戻るかどうかの実験なのだ。
もしダメだったら、また別な改変をしてこの歴史は綺麗さっぱりなくなるわけだから、どうかわかってもらいたい!
グリーンは胸の内でそう呟きながら、ゆっくりとホランに向かってにじり寄ってゆくイエローの後ろ姿を見送るのだった。
「な、なにをするんだ! や、やめろっ! やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「……さて、帰ってきたわけですが」
制限時間ギリギリまで使い、ようやく現代に戻ってきた隊員たちの表情は皆一様に暗かった。
何とも後味の悪い結果となってしまったが、ホランはもう二度と尾布市には戻っては来ないだろう事だけはハッキリしていた。
これでレッドがあのようなことになることもなく、グリーンも彼の亡霊に苦しめられることもない健全な歴史となっているのだろう。
しかし、これといって何かが変わった様子はまったくなかった。やっぱりという気持ちと、もしかしたらという二つの考えが脳裏をよぎる。
「一応、外がどうなってるかチェックしてみたらどうっすか」
ブルーから無感情な言葉をかけられて、グリーンは窓辺に向かうとそっとカーテンを開く。
果たして無意味にホランを傷つけただけで終わったのか、それともそのトラウマは正しい歴史として定着してしまうのか。
窓ガラス一枚を隔てた解答は──前者だった。隕石の雨、化物の徘徊、業火に雷鳴、瓦礫の山……見飽きた地獄絵図が飽きることなくそこに鎮座していた。
「やっぱり、今回も進展なしですか……」
もはや溜息も出なくなったグリーンは、静かにカーテンを閉めた。
あそこまでやっても結局事態に何の進展ももたらさないとなれば、"ノイズ"はレッド復帰に関する歴史上には存在してないということなのだろうか。
ならば残り時間で、軌道修正するとなれば一体どうしたら……タイムリミットだってもう5時間を切ろうとしてしまっている。
振り出しに戻りそうなこの状況を前にして、隊員たちの間に重い空気が漂い始めた時、
「……うぅ……」
突如真後ろに置かれたソファの裏から、何者か低いうめき声が聞こえた。隊員たちは全員揃っている。とうことは部外者であることは明白。
得体の知れないその声に、グリーンはふと隊員の方に目をやる。ブルーと目が合い「副隊長が見に行ってください」と口を開こうとしたが、
「ここはグリーンが代表してどうぞ……」
ブルーからの先手に、隊員たちの視線が一気にグリーンへと集中する。
日本社会特有の"他人任せ精神"に若干歯がゆい思いを感じつつも、こうなってしまったら一番偉い者が行くしかない。
恐る恐るソファに登り、グリーンはこわごわと裏側を覗いてみた。彼の目に飛び込んできたのは白い身体に黒い縞模様。これの意味する人物は一人だった。
「ほ、ホランですっ! ホランが倒れていますっっっ!」
グリーンの絶叫に近い声で叫びに、隊員たちは次々にソファに飛び乗り、その裏を覗き込む。
確かに白虎柄の少年が、床の上に転がっている光景がそこにはあった。
「もしもし、ホランくん。大丈夫ですか?」
慌ててイエローが声をかけてみたが反応はない。抱き起こしてみても、力なく頭をがっくりと後ろに倒したままだ。
念のため、外傷がないか、さらに脈拍や瞳孔の開きまでチェックしていくが、ただ気を失っているだけのようで一同はホッと安堵の息をつく。
「でも、どうしてホランがこんな所に……」
ホランの身体をソファに運び終えるなり、首を捻りながらグリーンは呟く。
「戻ってきてるってことは、もっとキツめにやった方が良かったんでしょうかね」
残念そうな口ぶりで、イエローは横たわるホランの腰部にクッションを挟み込んだ。頭部を下げ、血圧を戻すための対処法の一つだった。
続けてさらに確実なものとするため、ピンクに用意してもらった首元に冷えたタオルを当てようとした時、彼女はホランの顔を見つめながら「おや?」と声をあげた。
「あの~。この子、ホランくんじゃありませんよ」
「えぇっ!?」
予期せぬイエローの言葉に、隊員達は驚愕の声をあげて、ソファの少年を眺めた。
白虎柄の毛並みという先入観に騙されていたが、確かによく見れば少し小柄だし、顔も違う。俗に言うアホ毛もなければ、真っ赤な球のついた首輪もない。
というか、この人を隊員たちはつい最近どこかで見たことがあった。白虎柄のバンダナに、虎の顔を象ったペンダント、少し子供っぽい顔立ち……。
「……えっ、こ、これ、レッドじゃないですか!?」
グリーンの叫びで、隊員達は頭の中のピースはパチリとハマった。それは紛れもなく、つい先ほどホランとちちくりあっていたレッドの姿とほぼ同じであった。
まさか。そんな。どうして。なにゆえに。Why? 理解不能な状況を前に、隊員達の激しい動揺は収まらなかった。
「どうしてあの時のレッドがここに……!」
歴史改変により突如現れたレッド。これは一体何を意味しているのか。ノイズの真実に近づいた証拠か、ただの歴史のイタズラか、それとも……。
レッドを呆然を見つめる隊員たちの胸中には、再びじわりじわりと不安がうずまき始めていた。
──世界の終わりまで、あと4時間40分。
「どうしてあの時のレッドがここに……」
ソファの上に横たわるホワイトタイガー模様のレッドの姿──。
それは、少し前に隊員達が改変した歴史にあったホランの恋人としての姿だ。
しかし、今になってそれがどうして現代の本部に倒れているのか、誰としてその原因を理解出来る者はいなかった。
「ちょっと、しっかりしてくださいレッド! 一体何があったんです!?」
たまらずグリーンが身体を揺さぶってみるが、当の本人は顔をしかめながら「うぅ…」と声をあげるばかりで、目を覚ます気配は無い。
それなら何か手がかりになるような物でも持っていないか、皆で全身くまなく探してもみるが、1円玉すら出てこず、グリーンはため息をついた。
「弱りましたね……このままレッドが目覚めないことには進展しませんよ」
「キツイ薬使ってみますか?」
イエローの提案を、グリーンは無言で打ち消した。
いくら歴史の改変で無かったことにできるとはいえ、もしもの事があればあまりにも夢見が悪いことになる。
だが、レッドが目覚めないことには事の顛末がさっぱり掴めない。これがもしもレッドが気を失う前だったら……。
「そうです! その手がありました!」
ポンと手を打つなり、グリーンはタイムスティックを取り出した。
「これでこの部屋にレッドが気を失う前に戻って話を聞けばいいんですよ」
「さすがにお決まりの流れになってるですー」
シェンナの鋭い突っ込みも何のその。
グリーンは自らのグッドアイディアに満足しているのか、鼻歌混じりにスティックの日時を設定し始めていた。
「恐らく現場には隊員達も揃っていると思うので混乱が予想されます。なので私が代表して行ってきますね。皆さんはレッドを見ていてください」
「それは良いけど、変なことにはならないように気をつけてよね。レッドいなくなったら元も子もないんだから」
「あっ……」
ホワイトの放つ言葉に、グリーンの胸中に途端に暗い影が刺した。
良いアイディアではあるが、これは歴史のイタズラの結果。グリーンがもし下手なことをすればレッドがいなくなってしまう危険性は大いにあるのだ。
「ま、まぁ、大丈夫でしょう。私は物陰に隠れて様子を伺うだけにしますから。ね」
「……頼んだからね?」
ホワイトの鋭い目から目を逸らし、グリーンはタイムスティックのスイッチを入れた。
身体が光に包まれる最中、彼はこれまでで一番近場の時間旅行でありながら、これまでで一番重い時間旅行かもしれないと思わずにはいられなかった。
グリーンがタイムスリップしたのは、まだ世界の崩壊が迫っているなど誰ひとり微塵も感じていない結成10周年パーティーの最中だった。
咽めや歌えの大盛り上りの中、隅の観葉植物の陰に隠れて擬態を成功させると、グリーンは腕時計で時刻を確認した。
……間もなく、付けっぱなしのTVから臨時ニュースが流れ、隊員達は絶望の谷底へと叩き落とされるのだ。
『臨時ニュースをお伝え致します』
流れていたドラマの再放送が突如切り替わり、いつもと違う緊迫したアナウンサーの様子とその声に、隊員達の視線はすぐさま薄型の液晶テレビに向けられた。
客観的な立場とはいえ、あの瞬間の悲痛な光景を再び見ることになろうとは……。みるみるうちに皆の表情が凍りついていくと、あの時以上にグリーンの胸は痛んだ。
「ちょいと邪魔するぜ」
そんな時、乱暴にドアを蹴り開けて一人の少年が入ってきた。白虎カラーに白虎のバンダナ、胸元に光るペンダントは虎の顔を象った何から何まで虎尽くしのスタイル。
「(れ、レッド……!)」
改めて眺めてみても驚くべきレッドの変わりように、思わず叫びそうになる自分の口元をグリーンは押さえた。
隊員達は突然の乱入者も、降って湧いてきた人類の危機を前に、隊員達はオロオロとテレビと少年を見比べるばかりで、パニック状態。
ようやく皆がハッキリとそれがレッドであると認識したのは、彼がソファの上にどっしりと座り込み、不敵な笑みを浮かべた時であった。
「OFFレンジャー結成10周年パーティか。ヘッ、相変わらず能天気な奴らだな」
「レッド、何ですかあなた! 今更本部にノコノコやって来るなんて! 帰ってください!」
小馬鹿にした様な笑みを浮かべる白虎レッドに食ってかかるように、"この時代のグリーン"が怒鳴った。
「おいおい、来客にそんな言い方は失礼なんじゃねーのか? これでもOFFレンジャーの隊長だったんだぜ。そうだろ、なぁ?」
苦笑いしながらレッドは隊員達に問いかけたが、対する彼らの表情は皆一様に曇っていた。
目を合わせようとしないこの時代のグリーンに、これっぽっちも歓迎している素振りのない隊員達。アウェーとはまさにこの事であった。
「あぁ、そうか。オレはもう元隊長を名乗る資格がねえっていうんだな? そうかいそうかい。そりゃそうだよな。オレはお前らの敵だったもんなぁ。
だけどな、最初はオレだって反発したんだぜ。でもな、ホランが失踪してから今度こそ完璧なボス代理を作ろうっていうオオカミ達に選ばれたんだから仕方ねーだろ?」
「…………」
「ホワイトタイガーになってみるとなかなか良いモンだぜ。全身に力はみなぎるし、オレは色恋沙汰にも興味はねぇし、一時は世界征服も間近だったしなぁ」
「戯言はそれまでにして、とっとと出て行ったらどうです? 今はあなたみたいな人の相手をしている様な状況ではないんですが」
やはり目を合わせないようにしながら、吐き捨てるように、グリーンは冷たい言葉を放つ。
どうやら、歴史の改変の末にホランの代打役となったレッドと隊員達の間には、深い溝が出来ているようだった。
「そんな邪険にするもんじゃねえぜ。せっかく元隊長様から結成10周年のプレゼントを持ってきてやったのによ」
「そんなものいりません! もう、早く帰ってください!」
頑なにレッドを拒むグリーン。その横顔を見つめながら、レッドの鋭い真紅の瞳は怪しく光った。
「……今起こっている世界の危機から、お前らを救う方法があるって言ってもか?」
「なんですって!!」
衝撃に、グリーンは咄嗟に元隊長へと目を向ける。
ようやく両者の視線が交わったのを確認すると、レッドはフッと鼻を鳴らし、
「俺がお前らを助けてやってもいいんだぜって言ってやってるんだ」
「まさか、これは全てあなたの仕業ですか!?」
「いや、全てはあるお方のなされたこと……俺はただそれに賛同しただけだ」
「あのお方……!? まさかボスオオカミですか。まさかオオカミ軍団が復活を!?」
「んなわけねーだろ。オオカミ軍団が崩壊した後、オレは途方も無くさ迷い続け……そしてあのお方に巡りあったのさ」
「それは一体誰ですか」
この時代のグリーン同様に、タイムスリップしてきたグリーンもその答えを早く知りたかった。
まさかレッドを戻せば世界の崩壊が止められるかという推測が、少し外れてはいたものの、諸悪の根源にたどり着こうとしていたのだ。
「……あのお方は孤独なオレに素晴らしい理想郷を作るための計画を教えてくださった。その理想郷は何よりも素晴らしい喜びに満ちた世界……。
それを実現するためにオレは何でもすると誓った……今こうして思い浮かべるだけでも、体の芯が熱くなるのを感じるぜ……」
レッドは、まるで何かに酔いしれているかのような目で遠くを見つめながら笑みをこぼした。
「だが、このまま全人類を滅ぼしてしまうのも忍びない……だから、せめてもの詫びにお前達OFFレンジャーを助けてやっても良いかと思ってな」
「……つまり、我々は助けてやる代わりに世界の崩壊は見過ごせということですか」
「そうだ。嫌ならこのまま世界と共に滅ぶが良い。このオレに助けてくださいと泣いて頼めば、オレの裁量で身の安全は保証してやる」
「だ、誰がそんなこと……」
「すいませんごめんなさい助けてください!!」
喉が張り裂けんばかりに大声をあげて土下座をしてみせたのは、シルバー隊員だった。
悩む素振りもみせずにすぐさま保身に走るシルバーを、隊員達は呆れ顔で見つめた。最低という気持ちと、やっぱりシルバーか、という気持ちが半々といった様子だ。
「シルバー! アンタ正義の味方としてのプライドってもんがないの!?」
ホワイトの言葉に、シルバーはゆっくり頭を上げ、これ以上ない真剣な顔つき─その割に額がだいぶ赤くなっていたが─で振り返った。
「昔から"命あっての物種"と言いますからね。キツネのナースさんとネンゴロになるまで私は死ねませんよ常考!」
「自分さえ良ければそれでいいわけ!?」
「自分一人救えない奴が他人を救えるわけがない! ドヤァ!!!」
懇親のドヤ顔を見せながら、シルバーは自己保身と自己肯定に向けて突っ走っていった。
そんな彼を、レッドは腕を組みながら満足そうに見下ろし、
「フフッ、よし。じゃぁまず最初にシルバーは助けてやろう」
「ありがたき幸せですレッド様ー!」
「他の奴らも、オレの気が変わる前に早く後に続いたらどうだ?」
「皆さん、こんな奴に構うことありません! 正義の味方としてのプライドを持ちましょう!」
甘い誘いを、グリーンが激しく牽制するものの、隊員達は互いに顔を見合わせ、一様に「どうする?」といった表情を浮かべていた。
レッドの足にすがり付くシルバーの、その安心しきった顔……。心の天秤を大きくぐらつかせるには十分だ。
「フン、なかなか強情な奴らだな。じゃぁ10秒だけ時間をやる。この時間内に手を挙げない奴は、わかってるな?」
「皆さん聞いちゃいけません! 耳を塞いでください!」
「10、9、8、7、6、5、4、3……」
折れてゆくレッドの指と、迫るタイムリミットを前に、隊員達の間にざわめきが走る。
一歩踏み出そうとする者、それを制止する者、それを非難する者……。皆の反応は様々だ。
「2……いーーーーーーーーち……」
残るは人差し指一本のみ。最後の決断を前に皆はどうするのか、二人のグリーンが同時に息を呑む。
「ぜーーーーーー……」
ゆっくりと折り曲げられる真っ白な指。
幾人かの隊員達がその姿勢を僅かに前に倒す。裏切り者と真の正義の味方の分かれ道……。
「ろぉぉぉーーーー……」
レッドの背後がかすかに歪んだのに、タイムスリップしてきたグリーンが気づいた。
それは渦を巻き、小さなブラックホールに見えた瞬間、銀色の物体が弾丸の如き早さで飛び出す。
「……ンギャッ!?!?」
そして、それはレッドの後頭部に直撃した。
情けない悲鳴を上げてふらつく身体は、後方のソファの方へと倒れるが勢い余ってさらにその後ろへと落ちていく。
『OFFレンジャーのみなさん。グリーンさん。ご無事ですか!』
床に落ちたカプセルからは、あの時と同じタイムポリスと名乗る者からの声がしていたのだった。
「かくかくしかじかそういうわけなので、どうやら我々が行った歴史の改変の結果、この事件の張本人とレッドがつるんでいるようなのです」
現代に戻るなり、グリーンはのべつ幕なしに隊員達に事の詳細を伝えた。
隊員たちは、ここへ来て核心に一気に迫った驚きと、どの世界でも"悪者からの絶大な好かれっぷり"をみせるレッドに対する呆れっぷりを同時に見せている。
「そうと判れば話は早いですね。レッドを起こしましょう。その張本人が何者かを突き止めれば、後はそいつの計画を邪魔すれば世界は救われますから」
そう言いながら、イエローは胸元から注射器を取り出す。
中には蛍光グリーンに光る液体が入っていたが、
「あ、大丈夫です。死んだりしませんから。ちょっとテンションが異様に高くなるかもしれませんけど、そこは無視してください」
「…………」
今は緊急事態。
皆は彼女の言葉を素直に信じることにして、静かにイエロー隊員をレッドの傍へと向かわせた。
そのまま手際よくレッドの腕をアルコールで拭き、注射器の針カバーを外し、器内の空気を抜き、ゆっくりと針を近づける……
「……ハッ!」
今にも針が触れようとしたその時、突然レッドの目が大きく開かれた。
その目は、自分に突きつけられた危ない色の注射器を認めるなり、
「なにしやがんだこのやろぉぉぉぉっ!!!」
注射器を掴み取ると、レッドはイエローを突き飛ばした。
尻餅を付くイエローに女子隊員が駆け寄るのも気にせず、レッドは手にした注射器を地面に叩きつけた。
「お、オレを殺そうたってそうはいかねーからなっ! もうあのお方の計画は誰にも妨げることはできない!」
レッドの顔は、白くなっているせいで余計にハッキリとした赤みを帯びていた。
「もうお前達はお終いだ! せっかく昔仲間だったよしみで助けてやろうと思ったが、もうそんなもの一切無しだ!!」
「別に良いですよ」
あっけらかんとした表情でグリーンは答えると、レッドは「へっ?」と狐につままれた様な顔を見せた。
「そ、そうだ。シルバー! お前も助けるのは無しだぞ! オレを怒らせた事を後悔するんだな!」
「えっ、なんです? おっぱいがナントカまでは聞いてたんですけど……」
トボけた顔で下ネタをぶっ込むシルバーは、レッドが知っていたあの時のシルバーではなかった。
この場では唯一の味方であった存在を失い、レッドの怒りも行き場を失い、それは困惑した表情として現れるばかり。
「な、何だ!? オレが気絶してる間、お前ら何をしていた!?」
レッドからしてみれば、あれほど緊迫していた隊員達が突然態度をガラリと変えている事が不思議なのだろうが、
それはあくまでタイムスティックを手に入れる前の話。主導権はこちらに移っている事を知らないのはこの白虎だけなのである。
おまけにいくら悪者になったとはいえ、レッドはレッド。扱い方は隊員みんな知っているのだ。
「……すみません。実は、我々はレッドの言う理想郷がどのような物なのか理解できないので、現時点では返答できないという意見で一致したんです」
突然神妙な顔で、グリーンが話を切り出した。
「もしこの世界が崩壊した後に訪れる世界が、理想郷でなければ生き残った意味がないのではないかと思いまして……」
「なんだ、そうか」
レッドはようやく謎が解けてホッとした表情を見せ、
「安心しろ。あのお方の理想とする世界はとても素晴らしい世界だ。オレが保証してやる」
「もう少し具体的に教えていただけませんか。それがどのような世界なのか理解できたら、我々を助けてください。何でもしますから!」
「オレの足を舐めろと言ってもか?」
「舐めます! 交代で24時間舐め続けてでも、レッド様に我々を理想郷へ連れて行ってもらいたいのです!」
「……ふーむ」
顎に手を当て、レッドは何かを考えている素振りを見せる。しかし、その口元はニヤリと微笑んでいる。既に彼の中で答えは決まっていると隊員達は皆わかっていた。
いつも自慢したり良い気分になりたいレッドのこと。ここへ来たのだって最後に隊員達を前に優越感を味わおうという思いからのはず。
下手に出れば、ほぼ確実に悪い様にはならないのだ。
「よしわかった。特別に教えてやるか」
「ありがとうございます!」
「理想郷……それはな、あぁ……思い浮かべるだけでよだれが出るぜ……」
レッドの表情が恍惚に染まる。
夢見心地といった言葉がぴったりなそれは、色恋沙汰に燃えるホランのそれ似ていて、グリーンは何だか妙な気分を覚えた。
「レッド、もったいぶらずに早く教えてくださいよ!」
「んぁ……そ、そうだな。フフ、聞いて驚くなよ……」
「は、はい……」
ゴクリと隊員達がつばを飲むと、レッドはその真っ赤な瞳で皆を眺め、ようやく口を開く。
「それは、全ての女が総入れ歯となった世界だ!」
「はいぃぃ~?」
「そうさ、それが理想郷の姿なのさ……」
レッドは口の端からヨダレを垂らしながら、その目を輝かせた。
「あのお方の世界では、歯の生えた女など誰ひとりもいない。皆、歯を失い、総入れ歯を用いている! 喋る時も寝るときも食うときも総入れ歯。
そして、入れ歯の手入れをする時だけ、それを外し、その口内はただぬるぬるとした美しい口内が広がる! んぁっ……やべぇだろ……! すげぇ興奮するだろっ!」
鼻息を荒くしながら一人興奮しているレッドをよそに、隊員達は互いに目配せをしながら、薄々"あのお方"が誰なのかわかった気がした。
これまでのOFFレンジャーの歴史の中で、全ての女性が総入れ歯になる世界を望むような奴はあいつらしかいない。
つい数時間前にホランの件で2004年のバレンタインデーにタイムスリップした時にいた、製菓会社の社長と秘書だ。
「そうとわかればもう事件は解決したも同然です! 皆さん、急いで過去に戻って総入れ歯化する世界を阻止しましょう」
「な、なんだとーっ!」
宣言に、血相を変えたレッドがグリーンの腕に掴みかかった。
「何かおかしいと思ったらそういうことか! お前らにあのお方の邪魔はさせん!」
「レッド、いい加減目を覚ましてください。本当にそんな世界が素晴らしいとお思いですか」
「当たり前だ! 総入れ歯の女こそこの世で一番素晴らしく、最も尊いもの! オレが理想とする世界はそれしかない!」
レッドの目は完全に座っていた。
どうやら彼はすっかり"総入れ歯フェチ"に洗脳されてしまっているようだ。こうなれば言葉で説明しても無意味。
「仕方ありません……イエローお願いします」
「はいはーい」
「!?」
レッドが振り返る暇もなく、イエローは彼の首筋に、あの"蛍光グリーン"の液体を注入した。
その瞬間、ホワイトタイガーは鼻からドバっと鼻血を吹き出すなり、目をぐるぐる回しながら後ろに倒れる。
「……よし、大成功です!」
倒れたレッドの脈を見るなり、イエローはピンと親指を立てたが、どこが成功なのかは誰にもわからなかった。
鼻からは相変わらずドクドクと真っ赤な血が流れているし、身体はまるで釣り上げたばかりの魚みたいに跳ねている。
だが、それはそれこれはこれ。レッドの生命が安全であることはイエローからお墨付きを貰っているし、まずは事件の解決が先だ。
「まぁ、レッドはじきに元に戻るでしょう。この間に我々は急いでタイムスリップです! 目指すは再び、2004年のバレンタインデー!」
──結論から言うと、OFFレンジャーの総入れ歯フェチ撲滅計画はとても上手くいった。
タイムスリップするなり、部屋に突入して社長と秘書にOFFレンBOXを投げつけ、総入れ歯の女性がトラウマになるように仕向けたのだ。
効果は絶大。もう総入れ歯なんて口にもしたくない!と泣き叫ぶほど、総入れ歯が嫌いになった二人を見て、隊員たちは大いに安心する。
「これで世界の崩壊も無事に解決でしょう! 皆さんお疲れ様でした!」
「いやぁ、一時はどうなるかと思ったっすね」
「まぁ、何はともあれ世界が救われたことですから、大手を振って帰りましょう」
『ジャマモノハッケン……ピピッ……ジャマモノハッケン……ピピピッ……!』
突然部屋に響いた謎の電子音声に、隊員達の安堵は一瞬にしてかき消された。
社長も秘書もホランも皆すっかり気絶して、妙な声を出すような人間は誰ひとりいないはず……そう、人間ならば。
『プログラムキドウ……プログラムキドウ……ピピッ……ハカイサクセンヲカイシスル……ピピッ……』
その音声は、総入れ歯フェチの社長と秘書が制作した“全自動総入れ歯マシーン”から流れてきていたのだ。
『ピピピ……ソウイレバノセカイヲツクル……ソウイレバノセカイヲツクル……ピピッ』
マシーンは側面からロングアームを伸ばす。その先には鋭いドリル。
『ハイジョスル……ハイジョスル……ジャマモノ……ハイジョスル……』
「危ない!」
ドリルの先がブルーに向けられた瞬間、グリーンは取り出したレーザーガンでマシーンを打ち抜く。
バチバチっと激しい火花を吹いて、アームは力なく床に落ちる。まさか、こいつが真犯人だったのか、隊員達が呆然とマシーンを見つめるその時、
『プログラム……キンキュウヒナン……プログラム……キンキュウヒナン……ソウシンチュウ……ソウシンチュウ……』
マシーンからは何かを送信しているという旨の発言が飛び出す。プログラムをどこかへ移動しているのだとしたら危険だ。
グリーンは慌ててマシーンに駆け寄ると、後方から伸びたケーブルらしきものに気づき、再度レーザーガンの引き金を引く。
が、ワイヤーに覆われたケーブルはそれを跳ね返す。そうこうしているうちに、マシーンはピーッというけたたましい音を鳴り響かせた。
『ソウシンカンリョウ……ソウシンカンリョウ……ソウイレバケイカク……ジッコウニウツス……ジッコウニ……ウツス……』
最後の報告を追えるなり、犯人の入れ物であったそれは、小さく火花を吹き出すとその活動を終了した。
恐らく元の世界に戻っても、じきに目覚めたプログラムによる活動は続けられた末に起こる世界の危機は依然としてあるのだろう。
だとすれば、OFFレンジャーが総入れ歯計画を邪魔していると判断された瞬間、人工知能プログラムはネットのどこかへ転送されてしまうことになれば、
正面から突破するのも無理だし、メカを破壊しようとしても、あの頑丈そうなマシーンのことだから、送信される前に完全に破壊するのは至難の業。
「……どうやら、今回の事件は一筋縄では行かせてくれないようですね」
隊員達は、小さいながらも強大な敵の亡骸を前にただ黙り込んでいるばかりであった。
残るタイムリミットはあと、2時間40分……。
現在過去未来……全ての時間軸すら崩壊させてしまう強大な力を身につけた諸悪の根源、
それは2004年2月14日、総入れ歯フェチの男達が作った“全自動総入れ歯マシーン”に搭載された人工知能によるものであった。
人工知能の目的はただ一つ、総入れ歯フェチのための理想郷を作る事……。プログラムはただただ冷酷なまでにそれを遂行していたのだ。
ならばそのマシンを破壊してしまえば全てが解決する、と言ってしまえばあまりにも簡単なのだが……実際そう簡単には行かなかった。
まずマシーンは特殊合金で覆われているため、物理的に攻撃しようとすれば、破壊するまでに相当な時間がかかってしまう。
……とはいえ、破壊できるならば時間がかかっても破壊すれば良いではないかという問いは、実に最もな意見だろう。
だが、マシンには破壊等の緊急事態に対応するため、人工知能プログラムをネット上に送信し、生き延びさせるシステムが搭載されていたのだ。
マシンを破壊している間、本体に繋がれたケーブルによりプログラムは逃げおおせてしまう。ワイヤーで補強されたケーブルも断ち切るのも至難の業。
運良くプログラムの送信を完了する前にケーブルを断ち切れた所で、今度は電波を使ってプログラムをどこかへ転送してしまい、
OFFレンの預かり知らぬ所へコピープログラムを作ってしまう事も判明し、総入れ歯フェチどもの"欲望の深さ"を存分に思い知らされた。
さらにまた厄介なのが"人工知能"そのものだ。突然マシンを破壊しようといった行動を起こせば、すぐさまプログラムの送信を作動する。
また、そこにいるはずのない女子隊員が二名とも存在した場合なんかは、プログラムは不審な状況を察知し、これまたすぐにネットの世界へ逃走する。
……つまり、この人工知能はとんでもない"ビビリ"なのだ。
そして、これこそが、隊員達が幾度のタイムスリップを経た死闘の末、なんとか判明したマシンの詳細であった──。
「……ブルー、カプセルの残り時間は一体どうなっていますか?」
窓辺に佇むグリーンの問いに、カプセルを抱えて座り込むブルーは「あと58分っす……」と、淡々と答える。
ガラス一枚隔てた世界は暗黒だった。比喩ではなく、ただただ漆黒の闇が続いていた。それは、何もかも破壊尽くされてしまったからではない、
あちこちに表出した無数のブラックホールのうちの一つが、すっぽりとマンションを覆い尽くしてしまったせいだ。
「あと、58分……ですか」
誰に言うでもなく、ぽつりとグリーンは漏らす。もうこれ以上、打つ手は無かった。
「……あ、でも今57分になったっす」
「なるほど。あと57分ですか……」
グリーンは暗黒の奥を見据えながら、生命の終わりまでもう一時間切ってしまっているのか、と、ひどく穏やかな気持ちで思っていた。
いくらやり直してみた所で、すぐさまマシンは反応を示す。それを修正した所であっても、別な形でマシンはビビってしまう。
マシンに一切気づかれないようにしながら、ケーブルを切断し、電波が届く前までにマシンを破壊する。それまでは一つのミスも許されない。
「……ゆったり時間を取ってあと1回。シンプルにやってあと2~3回。ってところでしょうか」
クリームの言葉で、部屋には諦めの気持ちが広がりだしていた。皆、出口の見えない現状にほとほと疲れきっていたのだ。
「お前らそんなんで本当に正義の味方なのかよ!」
腑抜けた隊員に我慢できなくなったのか、現在は悪のホワイトタイガーこと、レッドは怒声を上げた。
「オレがいなくなってから、お前らそんな情けない奴らになっちまったのかよ!」
「レッドには関係ないでしょう」
肩ごしにレッドを見やりながら、グリーンは淡々と言い放った。
「だいいち、今のあなたは悪人のはずですよ」
「そんなの関係ないだろーがー! 世界が終わったら正義も悪もどっちもおしまいだぞ!」
「レッドは総入れ歯だらけの理想郷が待ってるからいいじゃないですか」
「何が良いんだよ」
「えっ?」
「そんなもんのドコが良いってんだよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
レッドは突然頭を抱え、絶叫の中膝から崩れ落ちた。
「……よくよく考えてみたら、総入れ歯の女とかどこがいいんだよ! それはどういう心理状態なんだよ一体!」
「レッド、まさか今の薬のおかげで正気に戻ったんですか!?」
グリーンの問いかけに、「あぁン!?」とガラの悪さたっぷりの返答をしながら、正気に返った男は顔を上げる。
「薬がどうしたって?」
「あっ、いえいえ。何でも」
「そんなことより!」
レッドは激しい勢いでグリーンの両肩に掴みかかった。
ぐっと眼前に寄せてくるその表情は激しい怒りと後悔に満ちていた。
「……オレはとんでもないことをしていたかもしれねぇ……」
「は、はぁ……」
「総入れ歯の世界なんて、絶対阻止しなきゃならねーよな!」
「えっ?」
レッドの手にぐっと力が入った。
「……みんなで、あのお方の野望を止めるしかない! そうだろ!」
「れ、レッド……」
グリーンは困惑の表情を浮かべつつ、レッドの腕にそっと触れ、
「あのですね。レッドは気絶してたから知らないでしょうけど。手詰まりなんですよ。既に我々が色々やってたんです」
「たったの4、5回だろ! 10回だめでも、20回やるくらいでやれよ!」
「計32回です」
「だっ、だったら40ぺんやれ!」
「でも、打つ手が無いんです。我々がどうあがいた所で結局ダメだったんです」
「本当か!? 本当に全部でダメだったのか!?」
レッドは背後にいる隊員達の方を向いた。
その目を合わせるなり、隊員達は弱々しく目を背け、無言のうちにグリーンの言葉に同意していた。
「お前らそれでも正義の味方なのかよ! このまま世界が滅んで総入れ歯だらけになっていいのか!?」
「…………」
「お前らがダメなんだったらオレが行く! 総入れ歯なんかごめんだからな! ほら、そのタイムスリップできる装置をよこせ」
「レッド、わかってください……」
「いいから貸せっつってんだろ! オレはオレにしかできないやり方でやってやる! とことんあがいてやるぜ!」
「えっ!」
「それがオレの、元隊長としてのプライドってやつだからな」
フッと微笑むレッドに、グリーンの表情は一瞬にして明るくなった。
「そうですよ! その手がありましたよレッド!」
「ケッ、やっとオレの気持ちが伝わったのか」
「あ、いえ違います」
「違うのかよ!」
グリーンはレッドの真っ白な方にポンと手を置くと、隊員達に向き直り、
「"レッドにしかできないやり方"。まさしくその手がありましたよ」
「な、なにがだよ!」
わけがわからず悪態をつくレッドをよそに、グリーンは彼の真っ白な毛並みを指差した。
「我々の動きがダメだったのならば、レッドに動いてもえばいいんです!」
「はぁ!?」
「我々を敵だとイメージしているメカが問題だったなら、仲間だと思っている人物がいれば活路は開けるかもしれません!」
「さっぱりわけんねーよ!」
「レッドがホワイトタイガーになってくれているおかげです」
「だーかーらー! 意味を早く教えろっつーの!」
グリーンはさっきとは反対に、突然レッドの両肩をぐっと掴むと、イキイキとした笑みを浮かべ、宣言した。
「……ズバリ、レッドには、ホランになっていただきます!」
グリーンのひらめきを足がかりに、隊員達が時間ギリギリまで練りに練った作戦──。
それはタイムリミットを30分間を残したところで、ついに火蓋が切られた。
すべてを完璧にこなし、失敗は一つも許されない。そんな綱渡りの作戦であるが、もうやるしかないのだ。
「作戦その1! ライトブルー引き込み作戦!」
目的の時代、指令本部のリビングにワープした隊員達は、すぐさまソファの裏や柱の影に隠れ、じっと息を潜ませた。
テレビ周辺では、この時代の男子隊員達がバレンタインの話に花を咲かせている。
「色は関係ないでしょう。とにかく私はチョコなんて要りません」
「やめとけやめとけ。万年0個のひがみなんだよ」
しかめっ面で新聞を広げているグリーンにタイガが声をかけた。
このまま、しばらくタイガの自惚れ話に隊員達が呆れ返っていることは、調べなくとも脳が覚えている。
「だって、お前の事だし。今まで1個も貰ってないんだろ?ダサいもんなお前」
「ムッ……それはどうですかね。タイガだってもらえない可能性もあるんですよ。ダサいですから」
この時代のグリーンとタイガによる、売り言葉に買い言葉のキャッチボールが開始されると、
ソファの裏に隠れていたグリーンが、隣のガーネットを肘で小さく小突いた。
「ガーネット、今のうちです」
「了解なのだ」
頼もしい爽やかスマイルを浮かべると、早速ガーネットはそろりそろりとソファ裏から這い出し、
ゆっくり立ち上がりながら、呆然と立ち尽くしている男子隊員の背後へと近づいていく。
「ふ、フン。オレが0個なわけないさ。お前よりカッコいいもんね」

胸を叩きながら、自信満々に言い放つタイガに男子隊員達の視線は集中していた。
「美的感覚が狂ってるんじゃないんですか」
「カチン」
唯一、この場で誰とも被らない男子隊員であるガーネットは、覚醒しかかっているタイガにハラハラしている隊員達をよそに、
ポケットから丸めた消しゴムのカスを取り出し、前方のライトブルーの後頭部に向かってピンと弾いた。
「……?」
緊張の場の中、ライトブルーは自分の後頭部に当たった謎の物体に気がつくと、怪訝な顔で後ろを振り返った。
『あんた誰?』とでも言いたげに、口を開きかけた彼にむかい、ガーネットはすぐさま人差し指を口に当ててみせる。
その意を理解するものの、余計に不思議そうな表情を浮かべつつ、ライトブルーは頷く。
「……わかりましたわかりました。僕の失言でした」
「…………わかればいいんだ」
タイガの覚醒が収まりつつあると、ガーネットはもう片方の手を使い、ライトブルーにそっと手招きをした。
怪しむ目つきをしながらも好奇心が勝るのか、そっとその場から離れながら、彼はガーネットの方へと歩み寄る。
すると、いきなりソファ裏に潜んでいたグリーンがライトブルーに飛びかかり、その口を塞いだ。
「!」
ライトブルーが驚きの声を上げる前に、すぐさま指をかけていたタイムスティックのボタンを押す。
そのまま、皆はライトブルーを連れたまま、一瞬にして、隊員達は別な時間へとワープしていったのだ。
「よぉし!早速チョコレートを特注で作ってもらうぜ!じゃぁな!」
意気揚々とリビングを飛び出すタイガを見送るなり、ため息をつきながら部屋を見回す男子隊員達。
ここにいる彼らは、今の今まで未来の自分たちがいたことも、ライトブルーがいなくなった事さえも気づいてはいなかった。
「ちょ、あれ、なんでみんなこんな所に!? ってかここどこ!?」
見知らぬ場所にいるせいでパニくっているライトブルーを落ち着かせ、グリーンは事のいきさつを手短に彼に説明する。
タイムトラベルや世界崩壊などの大げさな言葉に、納得するかどうか不安はあったものの、さすがOFFレン隊員だけあり、すんなり理解してくれたようだ。
「ライトブルーがいない事をメカに悟られると大変困ったことになるわけです。なので、よろしくお願いします」
「それはわかったけど、これから何をするわけ?」
その言葉にグリーンは立てた二本指をライトブルーに向って突き出した。
「作戦その2! 女子隊員入れ替え作戦!」
そう宣言するなり、グリーンは社長室のドアを開きその中へと入っていく。
そこには、気を失った女子隊員達が床の上に倒れている光景があった。
総入れ歯の女性を早速作り出すため、捕獲されてしまったこの時代の女子隊員達である。
「我々は彼女達を今から安全な場所に運ぶ間、こっちの女子隊員達には色々と準備を行っていただきます。
しばらくすれば、社長やホラン達がやって来て、そして肝心のメカのスイッチが入れられます。時間は僅かしかありません」
「スイッチが入ってないならその隙に壊せるんじゃないの?」
ライトブルーの疑問に、隊員達は皆フッと鼻を鳴らした。
「そんなのはもう何度もやってます。少しでも危害を加えたとたん緊急装置が作動して何もかもオジャンですよ。
それよりも、早くみなさん倒れた女子たちを運びますよ。女子の皆さんは以降の事をよろしくお願いします!」
すぐさま女子隊員達が部屋の壁際に向かうその脇で、男子たちは倒れた隊員達を抱え、転送装置でその場を後にした。
「作戦その3!“ホランじゃないよ? レッドだよ!”作戦!」
女子達を屋上に運び終えるなり、男子隊員達はすぐさま階段を駆け下りて、休憩室の扉の前に集合した。
ガラスの小窓からそっと中を覗くとホランの姿があった。一人カップのコーヒーを飲みながら、窓際の席に優雅に腰をかけている。
「ホランと入れ替わるタイミングはここしかありません。私がホランを引き付けておきますから、後はお話した通りでお願いします」
グリーンが早口で言い終えるなり、そっとドアをあけてグリーンが中へと入る。
これがホランにとってグリーンとのファーストコンタクトということになってしまうわけだ。
「キミは……! OFFレンジャーのグリーンだね! こっ、こんな所で出会えるなんて……!」
中からホランの上ずった声が聞こえてくるなり、バチバチと火花の音がしたかと思うとホランの声は一切聞こえなくなった。
しばらくしてグリーンから入室を促す声を聞き、隊員達は急いで部屋の中に入っていく。
と、そこには気を失っているホランと、スタンガンを手にしていたグリーンの姿があった。
「彼も屋上に運んでおきましょう。3時間は目が覚めないはずです」
容赦のないグリーンに若干引きつつも、男子達は打ち合わせた通り、ホランから紅い玉の首飾りを外し、
頭からアホ毛…もとい、ホランの前髪を模したエクステを付けているレッドの首元に装着させる。
黄色のカラコンを使い、完全に彼の瞳の色を再現。こうして、見まごうことなきホランのそっくりさんが誕生したのだった。
「いいですかレッド、ちゃんとホランの言葉遣いは頭に叩き込んでいますね?」
「わーってるっつーの。……キミのようなただの虎に白虎の強さを教えてやろう。……これでどうだ?」
首飾りの裏に仕込んだボイスチェンジャーのおかげで、誰が聴いてもそれはホランの声として辺りに響いた。
これでホランとの入れ替え作戦も無事に成功。グリーンは倒れているホランをブルー達に抱えさせると、
「そろそろ社長たちがレッドを呼びにやってきます。後は打ち合わせ通りとにかくタイガを怒らせてください」
「わかったよ、グリーン。愛するキミのためならね」
「その声色でふざけるのは辞めてください……」
「まーかせろって。これでも、元隊長だぜ」
パチンとウィンクをしてみせながら、レッドは机の上の紙コップを手にした。
「ホラ、さっさと次の作戦に行け。オレにここまでさせてんだからしっかりやれよ」
「はい。後は、よろしくお願いします」
グリーン達がホランを連れて移動した直後、休憩室の扉が開いた。
そこには、なんともいやらしい笑みを浮かべている総入れ歯フェチの男どもがたっていた。
「ここにいらっしゃいましたかホラン様。準備は整っております、さぁ社長室の方へ」
「……あぁ、わかった。それでは行くとしよう」
レッドは爽やかな笑みを浮かべ、椅子から立ち上がった。
その頃、肝心の社長室では、作戦の下準備を行っていた女子たちが、こちらへ近づく足音を聞きつけていた。
「まずい! 社長たちが戻ってきてる!」
「早く早く! みんな倒れて!」
手にした武器もそのままに、女子たちはその場に座り込み、気絶したフリをする。
その直後、社長室の扉が開き、社長と秘書、そしてホランになりきったレッドが入室してくる。
「……やっと捕まえましたぞ。ホラン様」
「ご覧下さい。この若いピチピチギャルたちがみんな総入れ歯になるのですよ!」
興奮するオッサンどもを尻目に、ホランはメカの横にある机の上に座り、いつでもマシンを見張れる位置に付く。
そうこうしているうちに、社長が手にしたリモコンにより、マシンはスリープモードから起動する。
とりあえず、計画は順調に進んでいる。マシンにも悟られぬよう、レッドはホッと息をつく。
「総入れ歯の世界をぜひとも実現させるため、ホラン様には感謝のしようもありません!」
「……そうか。あとはお前の好きにしていいぞ」
そろそろタイガがやって来る頃だとレッドは思った。
タイガのことはグリーンからの話でしかその人物像を知らないが、自分と似ているという事だから何とかなりそうな気もする。
しかし、やるしかない。緊張で激しく脈打つ鼓動の音がマシンにまで聞こえそうで、レッドは背中にじんわり汗をかきだしていた。
「では、そういうことで……」
「ですね。早速マシンでこの子たちを総入れ歯に……!」
張り切る社長達が、女子たちに向って一歩踏み出した瞬間……。史実通りに、社長室のドアは乱暴に開け放たれた。
「ホランッ!!!」
噛み付かんばかりの勢いで飛び込んできたのは、蝶ネクタイを付けた虎猫の少年こと、この作戦のキーマンの一人であるタイガだった。
もし来なければどうしようかと思っていただけに、ホランは安心して、早速タイガを挑発してみる。

「タイガ……思ったより早いじゃないか」
「……ちょ、ちょっと待て……状況整理するから」
「まぁ、いいだろう。お前も道連れに」
「だから待てってば!!人の言う事聞けよ!モノクロ男!」
いとも簡単に挑発に乗ってくるタイガに、レッドの口からは次々と言葉が飛び出す。
「OFFレンを倒すのはオレの仕事だぞっ!」
「フン、悪者でありながら正義の味方に寝返った奴などにそんな資格はない」
「うぅ……」
「まぁ、作戦くらいは教えてやろう。寝返った裏切り者にな……」
「う、うるさい!!」

青筋を立てながら、見るからに腹を立てているタイガを見て、レッドは口撃の手を休めなかった。
彼の怒りが限界に達しようとする瞬間、レッドは女子隊員たちを総入れ歯にするよう社長達に命じた。
可愛い女子たちに、銀色のペンチがゆっくりと近づく。慌てるタイガに、レッドはトドメの一言を放つ。
「安心しろ。抜いた歯はチョコにでもしてお前にくれてやる」
「……!」
その瞬間、タイガの全身の毛が総毛立った。
「いい加減にしろよ……ホラン」
タイガの表情は既に自我を失い、まさに野獣そのものであった。
前もって聞いていたとはいえ、さすがにそのただならぬ雰囲気を前に、レッドは思わず恐怖心を抱く。
「お、オイ……!」
「ウガァァァァッ!!」
既に話も通じない野獣と化したタイガは、鋭い爪をむき出しにしながらレッドに飛びかかってくる。
その衝撃で後ろに立つ社長や秘書の方まで二人は吹っ飛び、四者乱れての乱闘騒ぎが巻き起こる。
辺りには書類が舞い、カーペットが抉られ、壁という壁には無数の引っかき傷が付けられる。
その最中、危機的状況を悟った総入れ歯マシンの目がポッと赤く灯った。
『プログラムキドウ……プログラムキドウ……』
マシンからはプログラムの送信を行うアナウンスが流れ出す。
「今ですっ!」
その隙に、グリーンを先頭に男子隊員達が部屋に飛び込んでくる。
暴れまわるタイガを避けつつ、グリーンはマシンを飛び越えて、社長机の裏に仕掛けておいたグリーンレーザーを掴んだ。
レーザーに細工をして、マシンから伸びたケーブルに照射し続けていたおかげで、ワイヤーのケーブルは既に上部が焼ききれている。
「オレンジ!お願いします!」
「ラジャー!」
オレンジの持つ剣が、傷ついたケーブル目掛けて振り下ろされる。
バンッ!という激しい音を立てて、あれだけ頑丈であったケーブルは一瞬にして切断された。
『ピピッ……プログラム……ソウシンフノウ……ソウシンフノウ……ムセンモード……キリカエ……』
マシンはケーブルが切断された事を悟るなり、無線通信でのプログラム送信を始める。
目に見えない無線を断ち切る方法などないが、この時のために女子隊員を潜入させておいたのだ。
「ホワイト、スイッチをいれてください!」
「了解!」
ホワイトが起き上がるなり、手にしたリモコンを天井に向ける。
すると、壁のあちこちから、ブーンという低い音が鳴り響く。その音の正体は妨害用の電波発信機だ。
社長達がやってくるまで女子隊員らが行っていたのは、これを取り付けるためだったのだ。
『プログラム……ソウシンフノウ……ソウシンフノウ……』
またしてもプログラムを送信できず、打つ手の無いマシンはそう言ったきり静かに黙り込んでいた。
どうやら手も足も出ない現状に、すべてを諦めてしまったようだ。
「とりあえず、この間に急いでマシンを破壊しましょう。女子隊員はタイガを宥めてレッドを救出してください!」
グリーンの指示で、暴れるタイガの方へ女子らが向かう。すぐさま猛虎は子猫に変わり、おとなしくなった。
ボロボロになりつつも、なんとか互角に戦えたレッドは、若干不機嫌そうでもあり、誇らしげでもあった。
「それではみなさん、武器を持ってください。残り10分もないみたいですから、総攻撃でマシンを破壊しますよ!」
全員が武器を取り出し、マシンに向けて構えたその時だった。一瞬、マシンの全体がブルッと震えた。
『……キンキュウプログラム……キンキュウプログラム……サドウ……サドウ……!』
緊急プログラム──それが何を意味するのかを考える前に、先に答えを出したのはマシンの方であった。
突然マシンのアームがぐるりと自分の周りを取り囲む。かと思えばマシンの上部がパカンと開き、中から細長い物がまっすぐと伸びた。
かと思えばその棒は大きく左右に広がり……巨大なパラボラアンテナの形を表したのだった。
『プログラムソウシン……カイシ……カイシ……!』
マシンの言葉に反応するかのように、バチバチと音を立てて、壁に取り付けた妨害電波装置が火花を立てた。
まさかこんな奥の手が用意されているなんて。このままでは人工知能プログラムに逃げられてしまう。そして、世界が終わる……!
「ど、どうすれば……」
まさかの展開に思わず後ずさると、しばらくしてグリーンは動きを止めた。
ここまでしつこいマシンだとは思わなかった。そして、時間もあと数分……。どうすれば、どうすれば……。
「オイ! ビビってんじゃねーぞ! お前それでもオレの代わりの隊長なのかよ!」
背後から怒鳴りつけるレッドの声に、グリーンはハッと我に返った。
振り向けば、そこにいたのはホランの変装を解いた……白虎柄であっても、紛れもないレッドの姿であった。
「やるしかねーだろ。やるしかねーんだろうがよ!」
「れ、レッド……」
レッドの手には、OFFレンボールが握られていた。残す時間はあと僅か。グリーンは大きくうなづいた。
「……OFFレンボールいくぞーっ!」
レッドの言葉に隊員たちは一斉に位置についた。
高くトスされたボールがホワイトへ、ホワイトからオレンジへ、オレンジからシルバーへ、シルバーからイエローへ……。
次々とパスされていく最中、隊員たちの心は一つになっていた。全員揃ったOFFレンボール。これが世界を救う為の希望が詰まっているのだ。
「グリーン!行くっすよ!」
ブルーがグリーンにボールを投げた。耳元で滅亡へのカウントダウンが始まる。行けるか、行けるのか……。
「行けえええええ!グリーン!」
レッドが叫んだ。
「グリーン!」
「グリーンやっちゃえー!」
次々に隊員たちが声をかける。その手にボールが触れた。
「いっけええええええええええええええっ!!」

マシンに向ってグリーンはボールを投げつけた。ボールは光り輝き、まっすぐマシンへ向かっていく。
伸びたアームが阻止しようとボールの前を遮るが、一瞬にして打ち破られる。
そして、みんなの願いが込められた“希望”は、マシンそのものを貫いていった──。
「……残り時間……切れても……滅亡してません!! 外も実に平穏無事です!」
グリーンの言葉に、隊員たちは一斉にバンザイ!と叫んだ。
マシンを破壊し終えてからも、ビクビクしながら後処理を終え、現実に戻ってきてみたが、世界は平和だった。
「レッド、やりましたよ! 世界は救われましたよ!」
グリーンが声をかけたが、既にそこにレッドの姿はなかった。
ホランにトラウマを植え付けた歴史をスッポリとなくしてしまったため、レッドが改造される歴史も無くなったのだ。
結局、すべて元通りになっていた。外にいる人々も、これまでこの世界がどこまで重大な危機にさらされていたかすら、知る人はいないのだろう。
『みなさん、お疲れ様でした。危機は脱しました。本当にありがとうございます!』
カプセルからは、タイムポリスと名乗る男からの喜びの声が聞こえてきた。
言っていることはよくわからなかったが、少なくとも完全に世界の滅亡はまぬがれた事が証明されたのだ。
『これからは我々の方で早速乱れた歴史の修正作業に……いや、それはもうしばらく置いておきましょう』
「えっ?」
『今日は皆さんの結成10周年記念パーティーではありませんか。その続きをたっぷりお楽しみください』
タイムポリスはそう言うなり、何やらカチャカチャとキーボードを叩く音が聞こえた。
そして、恐らくエンターキーを叩き付けるような締めの音がするなり、グリーンらの前に、白虎レッドと、ライトブルーの姿が現れたのだった。
「あぁっ! レッドとライトブルー!」
『我々からのプレゼントです。お手伝いいただいた時間軸のお二人を特別に転送いたしました。……といっても数時間だけの特別措置です。
しかし、これで16名全員でたっぷりと結成10周年パーティーをお楽しみください!』
グリーンは、改めてレッドの姿を見つめた。
どこか恥ずかしげな表情を浮かべていたが、この世界に存在するレッドではなかったが、間違いなく彼は我々の隊長であった。
「なーに見てんだよ。時間ないだろ、さっさとパーティー楽しもうぜ」
「……ですね!」
グリーンはレッドとライトブルーに駆け寄ると、二人の手を引いて、隊員たちの集まりに引き入れた。
テーブルには、出来立てのままの料理も並び、窓からは暖かく明るい光が差し込む。
「さぁ皆さん。世界も救われたことですし、結成10周年パーティーの再会です!」
「オオーーッ!」
こうして、長々と続いたOFFレンジャーの10年の歴史の節目としてこの事件は刻まれることとなった。
結成10周年おめでとうOFFレンジャー!
これからもよろしくOFFレンジャー!!