Season2 第1話
『ワルをナメんじゃねえ!』
(挿絵:幾)
この世には正義の為に戦う者がいる。だが、その反対に悪の為に戦う者も存在する。
この世を邪悪と混沌に導くという信念を燃やし、日夜奮闘するダークヒーロー。その名も……。
「極悪戦隊ワルレンジャーだ!」
オオサカシティの町外れ、荒れ地に立ったいまにも朽ち果てそうな廃工場の地下深く。
携帯電話を片手に堂々と名乗りを上げた真っ赤な毛並みの少年こそが、そんなダークヒーロー達をまとめている隊長、ワルレッドだ。
「だーかーらー! 極悪戦隊ワルレンジャーだっつってんだろーが!」
牙をむき出しにして、怒鳴り声を挙げる彼が手にしているのは、悪の組織の為の機関紙「悪者の友 7月号」。
電話の相手は、それを発行している編集部の担当者。今朝届いたばかりのこの雑誌に目を通すなり、レッドの怒りはとどまるところを知らなかった。
「ランキングだよ! ラ・ン・キ・ン・グ!」
その理由とは、彼の言うように悪人界隈が最も注目されている巻末の『悪の組織ランキング』にあった。
毎月、機関に登録されている500以上の悪の組織に関する成果・資金・知名度・影響力といったデータを数値化し、ランク付けするという内容で、
定期的に各団体がどれほどの位置にいるかを確認出来るだけでなく、上位になれば名実共に自らが一大組織である証明にもなり、悪人にとっては重要な指標なのである。
「139ページ! 一番下だよ!」
139ページの「トホホな人たち」欄を、真っ白な指がトントン叩く。
数々の組織名がずらりと並んだリストの一番下には『最下位:極悪戦隊"ク"ルレンジャー《0ポイント》』という悲しい誤字が誌面に踊っていた。
「あン? どう責任取ってくれんだコラ! オレ様の組織をバカにしてんのか? えぇ? コラ! 誠意を見せろよ誠意をよぉ!?」
ヒートアップしていくレッドと反比例に、電話の向こうの担当者からは、事務的な対応が事務的に発せられるばかり。
「そう思ってんなら、年会費100年分タダにしやがれゴラァーッ! 最下位だからってナメてんじゃねーぞゴルァァァァァーーッ!」
とうとう怒りが抑えられなくなったレッドは、喉も張り裂けんばかりに喚きながら、足元に転がる空き缶を蹴飛ばした。
一瞬にしてボコボコになった缶は、変則的な音を立てながら、ヒビ割れたコンクリート作りの廊下の奥へと消えていく。
「はぁっ、はぁっ、ワルレッド様をナメてっと、痛い目に会うぞっ……ぜぇ……ぜぇ……わかったら、さっさと偉い奴出しやがれよなっ……!」
ひび割れた壁から生えてきた茶色い雑草を毟り取る。そして、意味もなく頭上へ投げ飛ばす。
相手の返答次第では、八つ当たりするものが更に必要になる。釣り上がった目で周囲に視線を飛ばすが、めぼしいものは何もない。
「おい! 聞いてんのか! さっさと偉いやつを」
「……オイ」
「オラ、さっさと出しやがれ!」
「……オイ」
「シカトしてねーで、うんとかすんとか言えよゴラァァァァァァァァァァァァ!!!!」
「その携帯、充電切れてんぞ」
その声に、レッドは耳元から離した携帯の画面を見る。見事に真っ黒。
「じゅっ、充電器持ってこい!」
「……電気止められてんだろ」
「んがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
携帯電話を床の上に投げつけて、地面をのたうち回るワルレッド。
その姿を呆れたように見下ろしているのが、さきほどから突っ込みを入れていたワルレンジャーの一員である少年ワルパープルだ。
全身紫の身体の上に、さらに紺色のフードパーカーを被っているが、そこから除く鋭い瞳は冷えた邪悪さに満ちている。
「……相変わらず面白い奴だぜ」
パープルはそう呟くのみで、決してレッドにフォローもしなければ叱りもしなかった。
最も、そんなことしてもこうなってしまった隊長は誰も手がつけられない。それを彼は誰よりもわかっている。
二人はある意味良いコンビなのだ……いや、パープル本人からすれば良い観察対象としか思っていないのかもしれないが。
「くそぅ……どいつもこいつもオレ達をバカにしやがってぇーっ!」
その観察対象は、とうとう涙声になりながら床の上に手足を投げ出す。これも隊長お決まりのコースである。いや、最近は特に酷い。
なにしろここ数年、ランキングの最下位は常にワルレンジャーが独占しているのだ。
かつてそのポジションは「オオカミ軍団」という組織の定位置だったのだが、既に解散。
それにより、かつては"まだ最下位ではない"というプライドを保つことで、なんとかやってきた組織達に順番が回り、あえなく連鎖的に解散が続いた。
そうして、とうとうワルレンジャーの番となるが、順位を上げる為の奮闘が全て裏目に出てしまい余計にドツボにハマるばかり……。
そして、本日「クルレンジャー」の仕打ちである。
「金もねーし! うちの隊員にロクな奴いねーし! もうどうすりゃいいんだよぉぉぉぉぉぉーーーーっ!」
窮地に陥れば恥も外聞も捨ててしまう。プライドの高いレッドが鼻水を垂らしながらパープルの足にしがみつく。
さすがのパープルもうんざりした様子で、眼下の無様な顔から目を逸らす。
「ったく……隊長のくせにみっともねぇな……」
「ンなこというならどっかから一億円くらい盗んできてくれよぉぉーっ!」
「バカ言うな……今どき、銀行襲ったってそんな大金置いてねえよ」
「だったらなんでもいいから、今すぐランキングの順位上げてくれよぉぉぉぉーーーっ!」
「……んなもん無理に決まってんだろ」
「パープル! オレを見捨てる気かこらぁぁー!」
「テメェな……」
足を鼻水でぐちょぐちょにされ始めたパープルはとうとう限界を超えた様で、
いきなりレッドの頭の毛を鷲掴みにするなり、その無様な顔をグッと上に向けさせた。
「……俺はランキングが何位だろうが、どうでもいいがな……テメェのみっともねぇザマを見せられるのはうんざりなんだよ」
「なっ、なんだよっ! ヤんのかコラァー!」
「何だったかな……どっかの奴が言ってただろ、最悪な状況だと思ったら……それはもう底だとか何とかよ……
底に付いたら、これ以上下がる事もねぇし。後は上がるだけだってな……キタねぇツラ晒してる暇がありゃ、少しは隊長らしいことやってみろ、このバカ」
「ぱ、パープル……」
レッドの表情筋が緩むと共に、右の鼻穴からどろりと鼻水が垂れた。
「お前、普段はつめてーヤローなのに、いざって時は良い奴なんだな! さすがオレが見込んだ奴だけのことはあるぜ!」
「……良い奴と言われても、ちっとも嬉しくねーがな」
「そうだよな! ウダウダしてる暇があるなら、1円でも多く盗んで体制を立て直してやるぜ!」
「……その前にまず顔を拭け」
「おーし! このままどん底から這い上がってやるぜー!」
──ドゴゴゴゴゴゴゴゴドドドドドドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴドゴドゴドゴドゴ
勢い良く突き上げた拳の先……コンクリートの天井越しに、これまで聞いたこともないような振動音が突如響き渡った。
「な、なんだぁ!?」
──ドドドゴゴドゴドドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴドゴ
砂埃をパラパラと落としながら、その振動は奇妙名をリズムを刻みながら、ある一定の休止期間を挟みつつ、定期的に鳴り響く。
この上で、何百人もの人間がバラバラに素早く足踏みをしているといった感じだ。しかし、この上はただの廃工場。そんな訳がない。
地震かとも思ったが、揺れているのは天井だけ。まさか、この上で巨大な怪物でも暴れているのだろうか……そんな考えが脳裏をよぎる。
「オ、オイ! ブルーいるか!」
「ハッ、ここに」
足元のコンクリートのひび割れが持ち上がり、下から青い忍者服の少年が顔を出した。
彼もワルレンジャーの一員であり、主に隠密行動を担当している忍者、ワルブルー隊員だ。
忍者らしく、隊長の言う事を(ある程度)忠実にこなしてくれる頼れる部下である。唯一と言ってもいいかもしれない。
「上がどうなってるのか、ちょっと見てこい」
「御意」
命令を受けるなり、こくりと頷いた忍者は床の下へと消えていく。
なんとも無駄が無く、命令していて気持ちいい隊員だと改めてワルレッドは思う。
……と、思ったのも束の間。ひび割れの隙間から忍者頭巾の一部が飛び出しているのに気づいてしまう。
「……!………………!…………!」
どうやらコンクリートブロックを下げる時に挟んでしまったらしく、床の下から何やらもがいているような音がかすかに聞こえる。
しばらくして、ビリリッという音と共に、レッドの真下がドスンと響く。「またか……」とレッドは溜息を付いた。
「どいつもこいつも、まともな奴はいねーのかよ……」
一見、かなりのヤリ手のように見えるブルーであるが、肝心な所でヘッポコなのが大きな欠点だった。
だからこそ、ワルレンジャーの最下位が揺るがないのは当然と言えるのかもしれない。
しかし、腐っても忍者。失態から僅か1分弱後、ボロボロになったワルブルーが再び床下から姿を表す。
「やっぱり怪物だったのか!?」
「いえ……この傷は、関係無いです。そ、それより、大変です隊長殿。上でおかしな奴らが上の建物を破壊しているようです」
「な、なにぃーーーっ!?」
──ゴドドドゴドドドゴドゴドゴゴドゴゴゴゴゴゴ
間髪入れずに響き渡ったあの振動音。上が壊されてしまえば下に住むワルレンジャーのアジトにも大きな影響が出てしまう。
下手にショッピングセンターでも建ってしまえば、いくらその前からアジトがあったとしても、組織の評価に大きな悪影響を及ぼすだろう。
「と、とりあえず、ブルーは片っ端から隊員を集めろ! 皆で上の奴らを阻止するんだ!」
「隊長殿」
「何だ! ぐずぐずしてないで早くしろ!」
ワルブルーはコホンと咳払いをすると、いつもどおり冷静な口調で応えた。
「皆は出払っていて、ここには我々しかおりませんが」
──ズドドドドドドドドドドドドドドドド!
天井に空いた大穴から差し込む月光に照らされて、一台のショベルカーは、かつて事務所であった部屋の壁にその牙を突き立てていた。
そして、その光景を重機の後ろで眺めている3人の人影。地下階段の蓋から覗いてみた外の様子はそんなところであった。
……3人ならいける! そう確信したレッドは勢い良く上蓋を跳ね除けて、外へと飛び出した。
「コラコラコラァーーーーッ! てめぇら何やってんだコラーーーッ!」
3つの影はレッドに気づいたらしいが、特に何のリアクションを起こす素振りは見せなかった。
「(ヘッ……完全にビビってやがるぜ!)」
最初にぶちかましたおかげで、すっかり主導権はこちらの物。これなら、3分でかたがつきそうだ。
……さっきまでの弱気はどこへやら、レッドの表情は余裕に満ち溢れていた。
「オイ、コラーッ! ここはオレ達のシマだ。ヨソから来て勝手な事してんじゃねーぞコラ! ぶん殴られてぇのかコラァ!」
怯んでいる所にすかさず軽いジャブをかます。これだけ凄めば尻尾を巻いて逃げ出すに違いない。長年の勘がレッドに勝利を告げ始めていた。
手前に立つ2つの影が、突如現れたレッドを見るなり互いに顔を見合わせる。奥の影は腕を組んだまま、ただじっとこちらを見つめている。恐らく奴がボスだろうと見当をつける。
「何だお前は」
「ここはガキの来る所じゃないぜ。とっとと帰んな」
シッシッと犬を追い払う仕草をする手下らしき影。声を聞く限り若いようだ。
……だが、まだまだ予想の範囲内。
「おっ、何だ? てめぇらオレが誰だかわかってねぇようだなぁ? てめぇら一人残らずボッコボコにされても知らねぇぞ、あぁン!?」
「はぁ~? 知るわけないじゃん?」
一人の手下が小馬鹿にしたような調子で言い返してくる。
オーケー、まだまだ予想通りに進んでいっている。このワルレッド様は、そんじょそこらの奴らとはくぐった修羅場の数が違うのだ。
「聞いて驚け! オレ様は、この世の悪の限りを尽くし、宇宙一の悪人と名高い極悪戦隊ワルレンジャーの隊長! ワルレッド様だ!」
「……だから?」
大丈夫。まだ。思い描いているコースから外れていない。
「このオレが怒れば海が割れて! 地が裂けて! そんで……とにかく、色々ぐっちゃぐちゃになっちまうんだぜ!」
「オレ、コイツの相手するの疲れそうだからパス~」
影は両手を顔の横に挙げて、降参のポーズを取る。
いや、まだ。まだそこまでズレてはいない。よし、ここで奥の手を出すしかないか。
「と、とにかく! オレのシマで勝手な事すんじゃねーよって事だ! ここを好きにしたいなら、それなりの金を持ってこい!
100万や1000万じゃ納得しねーぞ! 一億だ! それくらいよこさねーと、ここのボスであるオレ様を止める事はできねぇぜ!」
「ねぇ、パンサーさん、コイツ放り出しますか?」
「フォックスの言うとおり、これでは作業が終わりませんよ」
手下の影が後ろに控えるボスの方へと振り返る。さきほどから微動だにせず腕を組んでいる謎の男……。
こうなったら、ボスと一騎打ちするしかない。よし、なんとか思った通りの展開へと進みそうだ。レッドは小さく安堵の息をつく。
「オイ、さっきからもったいぶった感じのお前! ボスはお前なんだろ? とっととこっち来て、オレと勝負をつけようじゃねーか!」
「……勝負?」
ようやくボスが口を開く。声を聞いた限りでは、さほどレッドと歳が変わらないようだ。
……よし、なんとかなりそうだ。化け物みたいに強そうにも思えない。勝機はつかめた!
「そうだ。ここはボス同士タイマンでいこうぜ」
レッドは人差し指をクイッと曲げて、挑発のポーズを取る。
クックック……とボスから笑い声が漏れた。
「……腕が鳴るぜ」
「おっと、その前にまずオメーの名前も名乗ってもらおうか? それがルールだからな」
「いいだろう……」
ボスは首の骨をポキポキと鳴らしながら、ゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。
レッドは腰を深く沈め、いつでも拳を繰り出す体制へと入った。奴が不意打ちを食らわしてくることだって当然ある。
「Hey! YO~! このオレMCパンサーから始めるぜ今宵のShow time♪ オレの素性、お前に叩きこむぜ過剰に♪」
「へっ?」
いきなりラップを刻みだしたのは、紛れも無く、月光の下に現れたボスだった。その毛色は黄色地に表の斑点、いかにも豹そのものだった。
しかも、ツバを後ろへ回した帽子、青い短パン、赤いシャツ、首にはネックレス、耳にはピアスをぶら下げて、腕にはタトゥーが彫り込まれている。
どこからどう見てもそこらへんにいる、ヤンチャなラッパー少年。いや、それ以外に……無い!
「お前に答えるアンサー♪ Hey Yo! 俺がMCパンサー♪ オレの右に出る者いないぜFuck'in asshole♪ ただひたすら高み目指すKorean Lapper♪
てめぇらリリックで虐殺するため爪と牙研いできたこの数年間♪ たまにゃ馬鹿なこともしちまったぜオレのこの十年間♪」
ダメだ……見えたはずのゴールへの道筋が、完全にコースを外れ、そのまま異次元へと迷い込んでいく。
「オレのフロウはそうさ最高級♪ オレのラップこそがまさに最上級!」
拳を前に突き出して、ボス(だと思う…)である少年はニヤリと微笑んだ。
「さぁ、オレのDisに答えてもらおうか、メ~ン?」
……どうやら終わったらしい。レッドの脳は完全に使い物にならないほどにショートしてしまっていた。
予想外の予想外のさらに外へと突き抜けて、レッドのちゃちな脳みそでは目の前の事情を処理することはできなかった。
「さっすがパンサーさん、コイツ圧倒されてますよ!」
「これでまた無敗記録更新ですね!」
「ちょ、ちょ、ちょい待てよ!!」
ようやく、勝手に勝敗が決められている事を理解したレッドは慌てて3人の間に割って入る。
「何が何だかさっぱりわかんねーぞ!」
「Hum? だから、さっき全てオレのリリックでぶちまけてやっただろメーン?」
「その英語みたいなワケわかんねー言葉やめろ! もっとわかりやすく言え!」
「やれやれ……オレのリリックの素晴らしさがわからねー奴がいるとはな……。んじゃぁ、フォックス」
「はい」
"フォックス"と呼ばれて返事をしたのは、その名の通り細い目のキツネだった。
二本の尻尾を揺らしながら、じっとこちらを見てくるその目の周囲には、派手な赤と青の模様が縁取られている。
「我らは、アジアでは知らぬ者のいない大韓民国のギャング集団、太極派(テグッパ)日本支部のメンバーだ。今日からこの国で、色々と暗躍させてもらうから、よろしく頼むぞ」
「なっ、海外ギャングだと!? じゃぁ、てめぇら外人かよ!」
「その通り。俺のコードネームはフォックス。そう呼んでくれ。こっちはコードネーム・ヘッジホッグ」
フォックスの横に立っていたのは、パープルと同じく青いフードを被った灰色の少年。
さっきからレッドに対して生意気な態度をとってきた奴だ。
「そしてこちらにおわすお方こそ、コードネーム・パンサー日本支部長! 我が組織で1、2を争う最高にカッコイイお方だ!」
「日本人のチンピラどもめ、世界一の大悪人ことパンサーさんのオーラに恐れおののき、泣きながら跪くがいい!」
「シクヨロだぜメ~ン? おっと……ここは、海外ギャングっぽくいっとくか。チャルプタッケ、メ~ン?」

マイク片手にポーズを決めるパンサーは、相変わらずの余裕たっぷりの笑みと、必要以上の図々しさを押し付けてくる。
こんな奴が相手だとしても、アジトの真上に海外ギャングのアジトができてしまえば、世間からのいい物笑いだ。
「……ぎゃ、ギャングだろうと、オレのシマを荒らしてる奴には違いねぇ! 金出せよな金! 1億だ1億!」
「いいぜ?」
「へっ」
いやにあっけらかんと即答されてしまい、レッドは次の言葉をすっかり失う。
空耳ではない。間違いなくパンサーは「いいぜ」と言ったのだ。
「OKメーン。資金はいくらでもあんだ。一億でいいんだな?」
「ばっ、ば、馬鹿野郎! 金だぞ! 一円とかじゃねーんだぞ!」
「疑い深いジャリだな。よし、フォックス……ぶちまけてやんな!」
フォックスはハッと頭を下げると、すかさず黒いアタッシュケースを取り出しワルレッドの前に放り投げた。
地面に落ちた表紙に開いた中身は、紛れも無い紙幣の束がぎっしり詰められている。新聞紙ではないことは間違いない。
「なっ、あ、あっ……!」
「これで文句ないはずだぜFag? この場所はオレらが大金はたいて買ってるんだ。後は好きにさせてもらうぜメーン?」
「い、いや、あ、あっ、で、でも、お、お前ら、ひ、卑怯だぞ!」
地団駄踏み出すワルレッドに、ギャングの面々は思わず苦笑いをしてみせる。
「金貰って文句言うとは、日本人は変わってるな」
「やはり本国と違って手こずりそうですねボス」
「Hmmm……とっととFuck offだぜ、メーン?」
「ぱ、パープル! ブルー! お前らも何か言えよ!」
レッドは、後ろに控えている部下へと振り向くが、
「こいつはもうどうしようもねえな」
「こちらが対価をもらっていますからね」
しかし、二人の反応はあまりにも冷たかった
「オレらのアジトが無くなっちまってもいいのかお前ら!」
フンと鼻でパープルは笑う。
「別にオレは陽の光さえ防げばどこだっていいぜ」
「俺は隊長のいる所ならどこへでも付いていきます!」
「……どうやら、お連れさんも文句無いみたいだな」
「な、ぐっ、む、ぐぐぐ、んんんん……!」
完全に外堀を埋められてしまったレッドは、もう反論の余地が残されていなかった。
そして、完全に口で相手ができなくなった彼は拳という最低の方法に打って出た
「うがああああああああああああ!! やるならオレを倒してからにしやがれーーーーーーーー!」
ボスに向かって突進していくレッドの前に、部下達が立ちはだかった。
キツネ男のフォックスを突き飛ばすなり、おつぎはパーカーのヘッジホッグへ突っ込む。
「やれやれ、日本のワルは野蛮だねぇ」
ヘッジホッグは手を突き出す。パンチは余裕で交わせると思いきや、その手が針のように毛羽立つ。
かと思えば、拳全体がまるで水飴のように鋭く巨大な針へと変化する。
「うぉっ!」
間一髪で避けて、足元を掬う。後ろから倒れるヘッジホッグを尻目にいよいよ残るはボス。
完全に丸腰。そのまま身体めがけてタックル……!
「oops……」
ボスは右手の甲をレッドに向けた。拳全体が怪しい光に包まれると、ボスの目がガラリとその雰囲気を変える。
「テメェ、マジ、Fagだぜメーン!」
突然の変化に目を見開くレッドに向けて、MCパンサーの回し蹴りが飛んだ。
頬に直撃したそれは、彼の身体を大きく後方へと吹き飛ばした。そして、ただでさえ脆かった工場のシャッターを突き抜けて、外へと消えていく。
勝負あり。完膚無きまでの敗北であった。
「Fuck……オレが本気だすとこだったぜ……さぁ、テメェらも金持ってとっとと失せな」
隊長がやられてしまっては仕方がない。パープルは足元に転がったアタッシュケースを拾い上げると、ギャング共に一瞥もしないままブルーと共に工場を後にした。
この日、ついにワルレンジャーアジトは、海外ギャング太極派のアジトとして奪われることとなったのである。
「くそぉーっ! なんなんだよあいつらー!」
その日、レッドは元アジトから少し離れた所にある川原の上に寝そべっていた。
まだまだ日の出には程遠い。途方に暮れて、今では何もかもがどうしようもない。
「まだまだどん底じゃなかったみてぇだな……覚悟しといたほうがいいぞ」
パープルのフォローにならないフォローが余計に神経をいらだたせる。
しかし、いらだたせた所で、持って行き場がどこにもないのである。
「海外ギャングだか何だかしらねーが……! 覚えとけよあいつら!」
レッドはそこら中の草をむしりとると、思い切り頭上に放り投げて、夜の川へ叫ぶのだった。
「ワルをなめんじゃねえ! なめんじゃねーぞ! 必ずこの借りは返させてもらうからなーーーーー!!」